日本で初めての女性総理が実現し、高市政権がスタートしました。
世論調査では圧倒的な支持率になっていますが、私の周辺ではなぜか「批判」が多いのが気になります。私自身は政策面において、とても不安ですが、支持が広がっている理由が何なのかがわかりません。
それもあって、高市さんを政治家として支持するという加藤誠也さんにサロンを開いてもらいました。
14人の参加者があり、関心の高さを実感しました。

加藤さんには、高市さんの政策ではなく、高市政権実現の社会的な意義のよう視点から、話をしてもらいました。
加藤さんは、今回の動きを「高市現象」として捉え、「単なる一政治家の人気の問題にとどまらず、社会的主体の深層における〈自己の対話的構造〉の変容を示す現象」として理解することができるのではないかというのです。そして、この現象を活かすことで、現在広がりつつある分断社会を自己再構成できるのではないかとも言います。
というわけで今回は、加藤さんの「高市現象に見る対話的自己の社会的投影 ー 分断社会における自己再構成の試論」をお聞きしての話し合いでした。
こういう時期であればこそ、支持派も反対派も、少し頭を冷やして現実を見て、自分を問い質せという加藤さんのメッセージは、感情的に反応してしまっていた私自身、いささか反省させられるものでした。
しかし、やはり世間は過熱しています。
最初にいつものように参加者から自己紹介と今回参加した思いのようなものを話してもらったのですが、それぞれの高市政権への思いが出てきて、それだけで30分以上が経過してしまいました。
ちなみに14人の参加者のなかで積極的支持者は一人だけ。もう一人、「私たち世代はいまの政治には関心がない」という20代の若者を除けば、残り全員、不支持で、なかにはかなり手厳しい批判もありました。
世論調査との違いに驚きましたが、しかし高市さん批判と高市政権不支持とは必ずしも重ならないかもしれません。そこにこそ、加藤さんのメッセージにつながる鍵があるのかもしれません。
そこから加藤さんの話が始まりました。
これまでの経緯や高市政権実現後の反応などをていねいに説明してくれました。
案内にも書きましたが、加藤さんは、高市さんを支持する人たちも反対する人たちも、その根底には「社会が崩壊していくのではないか」という不安を感じているのではないか。そして、不安を顕在化する高市現象は現代社会の「分断」を克服する契機になるのではないかと考えているのです。
いかにも加藤さんらしい発想ですが、そういう「したたかさ」が今こそ必要なのかもしれません。反対や賛成と騒いでいるだけでは何も変わりませんから。
社会は「未来への見通しの喪失」と「共同体的意味の空洞化」に直面している。この 喪失感は、社会全体に「自国・自己の無力化」への不安を醸成し、その心理的反動として「強さ」「誇り」「決断」を希求する傾向を生み出している。
対立する2つの語りの対立は価値の衝突として表面化するが、その根底には「社会が 崩壊していくのではないか」という共通の存在的不安が横たわっている。すなわち、両者は同一の不安を異なる物語的枠組みの中で処理しているにすぎない。
言い換えれば、高市現象における政治的分断は、社会的主体が自己内部に抱える「理性と感情」「自由と秩序」「寛容と誇り」といった両義的契機を、外的な政治的対立として投影している構造とみなすことができる。
だとしたら、高市現象を「悲劇」や「脅威」としてのみ捉えるのではなく、社会的自己が再統合へと向かう過程として理解することにより、現代社会の変容をより深く洞察できるだろう。「誇り」と「多様性」、「強さ」と「共感」を対立項としてではなく、共時的に包含しうる言語的・意識的構造を再構築すること。それこそが、分断を超えて社会的自己が成熟するための条件である。
とまあ、加藤さんのメッセージをまとめるとこういうことになります。
いささか固い表現ですが、確かに共感できます。
「不安をめぐる2つの物語り的処理」。これに関して、加藤さんは2つの表にまとめてくれました。そして、「対話的自己から見た統合の方向」も示唆してくれました。
加藤さんの了解を得て、その3つの図表を添付します。
じっくりと見ていただければ、加藤さんのメッセージが伝わるかと思います。

加藤さんはこうした話に加えて、問題を考えるための視点として、アーレントとハーバーマスと井筒俊彦、さらには「対話的自己」のハーバード・ハーマンスなどの考えを簡単に紹介してくれました。
加藤さんはこうした話を踏まえて、「高市現象」を活かして、対立する考えを統合するための「対話」を意図していたと思いますが、残念ながら今回はそこまでいきませんでした。なにしろ参加者と加藤さんの温度差は大きすぎました。
やはり「対話的自己」を通して、分断を超えた社会的自己を育てていくのは、そう簡単ではありません。まずはお互い、少し冷やす時間が必要です。
どんなに高市さんが嫌いでも、高市さんが日本の閉塞していた政治を、ブレークスルーしてくれている面は評価せざるを得ません。「高市現象」を一時の話題で浪費しないようにしていきたいと思います。
しかし、その前にもう少し具体的な高市政権論を話し合わないと、なかなかそこまでいかないようなので、何回か「高市政権」をテーマにしたサロンを開催した後で、また一度、加藤さんには「対話的自己」をテーマにしたサロンをお願いしたいと思っています。
なお話し合いではいろんな話題が出たので、それも報告したいところですが、今回は長くなったので省略します。
ともかくやはり、政治の話題はもっとサロンでもとりあげようと思います。
ちなみに、「今の政治には無関心」と発言した若者も、私からすれば「政治への関心」は高いです。言い換えれば「今のような政治のあり方」に異議申し立てしているような気がします。このテーマもまたとり上げようと思います。
なお、11月の茶色の朝サロン(17日開催)は、高市政権の政策をテーマに取り上げますので、ぜひご参加ください。
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