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2026/01/27

■湯島サロン「被ばく「封じ込め」の正体」報告(2026年1月23日開催)

今年の重点テーマ「核時代を考える」シリーズの第2弾は、岩波ブックレットの『被ばく「封じ込め」の正体』の著者のおひとりである白石草さん(NPO法人OurPlanet-TV代表)にお話をお願いしました。

ここでの「被ばく」とは、核爆弾による直接の「被爆」とさまざまなかたちでの放射性微粒子による内部被曝を含む放射線「被曝」を含意しています。人間(や自然)への影響という点では同じものと言っていいと思いますが、それらが別々に捉えられることによって、その脅威が見えにくくなっているばかりか、現実が「封じ込められている」と白石さんは指摘します。

*以下の報告は私の理解不足での誤解があるかもしれません。文責はすべて私にあります。できればぜひ、白石さんたちが書いた岩波ブックレット『被ばく「封じ込め」の正体』をお読みください。
 https://www.iwanami.co.jp/book/b10146264.html

そうした状況に大きな影響を与えたものとして、白石さんはまず3つのことを話してくれました。
まずは、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)という組織の設立目的。この機関は、放射線による被曝の程度と影響を評価・報告するために1955年に設置された国際機関で、いまもなお放射線リスクに関する権威ある存在ですが、その設立目的には「あらゆる核爆発の即時停止を求める提案を阻止する意図」と明記されています。
つまり、核実験を続けていくためにつくられた機関なのです。当時の核兵器に関する国際社会の捉え方を象徴していますが、そういう意図で設立された国際機関が今なお「権威」になっているわけです。

次に示してくれたのが、米国アイゼンハワー大統領が1953年に国連総会で行った演説「平和のための原子力(Atoms for Peace)」。ここで核の平和利用が提唱されたのです。日本でも「核の平和利用」が盛んに説かれ、原発導入に向かっていきました。

そうしたことの一方で、原爆被爆者の救済活動はなかなか進みませんでした。その背景には「戦争被害国民受忍論」がありました。それが、被ばく者たちが声をあげていくことへの見えない圧力になり、また国民の関心を削ぐ結果になったはずです。

こうしたことにより、日本での被ばく(被爆・被曝)の実態は、当初から「封じ込め」の状況にあったのです。そして被爆国だったにもかかわらず、いやむしろそのために、日本政府は、核開発や原発を推進するための国際体制に加担する(利用される)ことによって、その実態と危険性を「封じ込め」る役割を果たしてきている。つまり、日本は「核被害国」であると同時に、「核加害国」なのではないか、と白石さんは指摘します。
私にとっては目から鱗でしたが、考えてみれば確かに納得できます。核兵器促進に取り組んでいるのであれば、核兵器禁止条約の批准などするはずもありません。

そうした状況の中で、「被ばくの実態や危険性」は「封じ込め」られているわけですが、たとえばその実例を、3.11フクシマ原発事故後に話題になった「100MSV論」やビキニ被ばく事件に関して紹介してくれました。
「100ミリシーベルト以下なら大丈夫」「内部被曝は大したことはない」といって、被ばくの被害を抑え込んでいるのは、放射線被曝の権威と目される人たちであり、そうした見解が、立派な報告書に仕上げられ、「国際合意」という「科学的権威」を生み出し、被害者を切り捨てているというのです。
そこには広島や長崎を拠点に研究している人も多いといいます。その背景にあるのは、「研究費」を通しての日本政府の意向かもしれません。

参加者からもいろいろな感想が出ました。
長年、核時代の生き方を問題にしている本間照光さんは、本書はこれまでばらばらに議論されていたヒロシマ・長崎・ビキニ事件・フクシマが見事につなげられて語られていることに大きな意味があると指摘しました。
確かにこれまで、同じ被爆地なのに、広島と長崎は、たとえば被爆者認定に関しても分断されてきていました。被ばく体験者たちの連携もあまりなかったかもしれません。まさに分断して統治せよ、です。

最近、新型コロナウイルスワクチンの後遺症についてのドキュメンタリー映画『ヒポクラテスの盲点』を観たという参加者は、ワクチンと同じく被ばくもですか、と不安の声をあげました。被ばくやワクチン後遺症だけではなく、ほかにもさまざまなところで実態の封じ込めが行われているのではないかというのです。
事実、このサロンの次に開催された「安倍元首相襲撃事件判決を話し合うサロン」では、襲撃事件の実態が封じ込められていることが話題になりました。
「封じ込め」はいまや社会全体を覆いだしているのかもしれません。

私が感じたのは、実態を知っているのは被疑者たちで専門家ではないにもかかわらず、なぜ政府認定の「専門家」が実態を仕切るのかという疑問です。
白石さんたちによれば、被曝者の声はきちんと聴取されていないようです。実際に被曝者の声も聞かずに、専門家たちは勝手に基準をつくり、被曝者支援よりも国家政策の支援に加担しているのです。実態を知らない専門家に代わって、実態を知っている被爆者たちが声をあげられる仕組みが必要ですが、それためには私たちがしっかりと実態を見ようとする姿勢が大切です。大いに反省しました。

ともかくいろいろな気づきをもらったサロンでした。
最後に、『被ばく「封じ込め」の正体』の最後の文章を引用させてもらいます。

顕在化していない被害、押し込まれている声は世界中にあるはずで、その封印を解けない限り「核の時代」は終わらない。本書の刊行を機に、「封じ込め」に抗う連帯した動きが続くことを願っている。

「封じ込め」に抗う連帯。
私も、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。
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