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2026年2月

2026/02/28

■節子への挽歌6663:近いうちに市役所にまた行こうと思います

節子
今日は、明日の我孫子を話し合う「あすあびサロン」の第17回でした。
参加者はなかなか増えませんが、ともかく継続しようと決めているので、毎月やっています。

うれしいことに、毎回の参加者は増えないものの、参加者をつなぐメーリングリスト・コミュニティは増えています。
今日は近くの農家の青木さんが参加してくれました。
午前中は忙しいのでいつもはだめなのですが。

午後、青木さんが自宅に、今日は言いたいことを勝手に話してすみませんでしたと言いに来ました。そんなことは全くなか卯、青木さんのおかげでいい話し合いになったのですが。
サロンの報告は時評編に書きましたが、ともかく私は、行政と住民との対立という今のおかしな常識を壊していきたいのです。
立場は違い、行政も住民もみんな自分たちの町を住みよくしたいと思っています。
にもかかわらず、どうも相手の非難に傾きがちです。
今日も報告を我孫子関係のフェイスブックコミュニティに投稿したら、ある人が早速に「無能で何もやらない市長」と非難を書いてきました。
全く不愉快ですが、こういう無責任な住民を相手にする行政も大変です。
今日の話し合いの内容を、市役所のキーマンたちにメールしました。

最近市役所にも行っていないので、近いうちにまた行ってこようと思います。
それにしてもどうしてみんな自分を棚に上げて他者を非難するのでしょうか。
ホントに嫌な気分です。

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■第17回あすあびサロン報告(2026年2月28日開催)

第17回あすあびサロンでは、いつものように、明日の我孫子をテーマに自由に話し合いました。参加者は7人と少なかったのですが、長年我孫子に住んでいる人もいれば、最近我孫子に移ってきた人、我孫子にはだいぶ前に移ってきたが地域活動は最近という人など、いろいろでした。

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最近、我孫子がテレビドラマや映画のロケ地として使われることも増えていますが、手賀沼フィルムコミッションに関わっている参加者からそうした活動の紹介がありました。
フィルムコミッションは柏市をはじめ、たくさんありますが、我孫子市ではほかの市とは違い行政活動ではなく市民のNPO活動(完全なボランティア活動)として取り組んでいます。そのため先方の要請に対応しやすく、それが強みのひとつになっているようです。ボランティアで関わっている人は大変でしょうが、楽しくもあるそうです。ここに、本来の「まちづくり」の秘訣があるように思います。

手賀沼の魅力をどう高めていくか、という話もいつものように出ました。せっかくの鳥の博物館や山階鳥類研究所があり、毎年ジャパンバードフェスティバルが行われ全国から大勢の人が来てくれているのに、それを活かしたまちづくり活動は積極的には展開されていないように思います。
せっかくのスワンボートもあまり利用者はいません。そうしたことも含めて、もっと手賀沼の魅力を引き出し、我孫子のまちづくりの物語の核にできないかという話も出ました。

関連して、せっかく我孫子駅と手賀沼公園をつなぐ公園坂通りに代わる自動車道路ができたのに、公園坂通りはむしろさびれてきている、楽しい「歩く生活道路」にはなっていない、下から駅に向かう自動車は相変わらず多く、むしろその入り口の道路設計が危険ではないか、という意見も出ました。

電車での集客も目指した、我孫子駅と手賀沼公園をつなぐ公園坂通りを軸にした楽しい空間設計はどこにいってしまったのか。
最近、我孫子でもいろいろなプログラムや計画が取り組まれていますが、住んで楽しく訪ねて楽しいという我孫子をどう設計していくかというグランドデザイン・大きな物語が不足しているのではないかという意見もありました。

我孫子新田の温泉施設の話も出ましたが、その話も住民との十分な話し合いがあったとはいえず、反対運動も起こってしまいました。本来なら、行政も住民も一緒になって、知恵を絞りあったらもっと大きな物語が展開できたかもしれません。

本来、まちづくりは行政も住民も、それぞれにわくわくするような楽しい取り組みであるはずですが、残念ながら今の我孫子にはそういう状況は感じられません。
そうしたことから、「行政と住民との関係」が、今回かなり話題になりました。
地域の問題を行政に相談に行ってもなかなか対応してもらえないという、具体的な話も出ました。多様な意見を持つ住民への対応に行政も苦労しているだろうという意見もあり、行政と住民とが協働的に話し合える場が実現できないかという話も出ました。

あすあびサロンにも、行政職員にも来てもらえるといいのですが(当初は声も掛けました)、えてして、こういう場に職員が来ると期待や苦情がぶつけられるので、そうならないでお互いに前向きに楽しく話し合える場をどう作り出すかがポイントです。そのためには、住民も行政の苦労をもっと理解しなければいけません。
次回は行政職員をゲストに呼ぼうという話も出ましたが、もう少し状況づくりが必要なので、次回はここ数年、市議会を傍聴しているあすあびメンバーの横手さんに、市議会の話をしてもらうことにしました。

横手さんは、市議会を傍聴するとともに、そこで関心を持った問題に関して、自らで公開情報を集め調査し、問題が見つかれば行政への提案も行っている、いわゆるベリングキャット活動を一人で取り組んでいる人です。

こうした活動も、ある意味、住民ができるまちづくり活動の一つだともいますが、次回はそうした話を中心にあすあびサロンを開催します。
開催は3月21日(土曜日)の午前9時半から11時半、アビスタ第3学習室です。
改めて案内させてもらいますが、ぜひご予定ください。

あすあびサロンには連絡用のメーリングリストがあります。
ご希望の方は事務局(佐藤:qzy00757@nifty.com)にご連絡ください。登録します。

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2026/02/27

■節子への挽歌6662:湯島はみんなに支えられて維持されています

節子
小学校時代の同級生からメールが来ました。
今年も湯島サロンの応援に口座に振り込みましたという連絡です。
この人はサロンにはほとんど来ないのですが、報告を読んでいるということで、毎年、自発的にCWSコモンズ村の口座に寄付してくれているのです。
彼女の振り込みがきっかけで、メーリングリストで毎年1回、寄付依頼をすることにしたのですが、それに応じて、数名の方が毎年、寄付してくれるのです。
サロンにはあまり参加しない人が寄付してくれるのがむしろ多いのも不思議です。
会社時代に一緒に仕事をした後輩もサロンには来ないのに寄付してくれますし。高校や大学時代の同級生も、よく寄付してくれます。

寄付してくれたからと言って、お礼のメールさえしたことがありません。
確認もすぐにはしないようにしています。
私も人間ですので、寄付した人としない人とがわかると対応が変わってしまうかもしれません。
人によって対応が変わってしまうことが、私の一番嫌いなことですが、そういう人があまりに多い。ですから、私もそうならない自信がないのです。

湯島のサロンが維持できているのは、しかし小宮山親子のおかげといってもいいでしょう。最初に経済的な支援をしてくれたのが小宮山親子なのです。
小宮山栄さんはもう忘れているでしょうが、息子の社長に頼んで湯島を応援してくれているのです。いま使っているエアコンも息子さんが寄付してくれました。

経済的な支援も含めて、ボストン在住の坂口さんの支援も大きいです。
彼女は私の活動の価値を評価してくれていて、このブログや最近はサボっているホームページを何とか残せないかと言ってきています。

こうした多くの人たちの支援で、湯島でのサロン活動を続けられているわけです。
感謝しなければいけません。

最近、宝くじを時々買っています。
また宝くじを買っている人たちにも、もし当たったら3000万円を私に回してくれるように頼んでいます。
3000万円あれば、湯島を購入して、なんとか維持していけるようにできるでしょう。

今ちょうどジャンボ宝くじが発売されているそうです。
娘に買ってもらい、当たったら3000万円をもらおうとおもっています。
みなさんも、もし当たったら3000万円をお願いします。

 

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■『はだしのゲン』を読みたいのですが

先日、コミックの編集者のイシモトタネオさんから手塚治虫の『ブッダ』をCWSライブラリーにいただきました。以前、私も2度ほど読んでいますが、最近手元に見つからず、読めずにいたのです。
イシモトさんは読んだら涙が出ますよ、と言っていましたが、涙は出ませんでした。
でも学校の副読本にしたいほど、私には共感できる本です。

その延長で、石森章太郎の『サイボーグ009』を読んでみようと思いつき、わが家の書庫跡を探しましたが2冊しか出てきません。もう数冊あったような気もしますが、とりあえず読んでみました。
以前はおもしろかったのですが、今回は読むのが疲れました。
でも読みだしたのでこれも全巻読むことにしました。
近くの図書館に全巻あったのです。

次は『はだしのゲン』を全巻読みたいのですが、所蔵している図書館を探さないといけません。
イシモトさんによれば、近くの柏の図書館にあるそうですので、今度行ってみようと思います。
しかしどうして「はだしのゲン」は図書館から外されてしまったのでしょうか。
20か国を超える言語に翻訳されて、世界中で読まれているというのに。

やはり日本の核兵器に対する姿勢はおかしいです。
いや歴史に対する姿勢がおかしいのかもしれません。
先日、ピースツアーのサロンを開催して、改めてそう痛感しました。

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■湯島サロン「広島長崎ピースツアー報告パート2」報告(2026年2月23日開催)

被爆80年の昨年、東京の被爆者団体である東友会と東京都生協連が協同して核兵器廃絶を東京から発信するために「被爆80年東京ピースプロジェクト実行委員会」を立ち上げ、その活動の一環として、「広島・長崎ピースツアー」を呼びかけました。そこに参加した東友会の升田さんによる報告サロンを昨年開催しましたが、今回改めて生協連の参加メンバーからの報告サロンを開催しました。
前回の升田さんのサロンの報告は下記にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2025/12/post-b3453f.html

サロンに入る前に、いつものように参加者全員から一言ずつ参加した理由などを話してもらったのですが、みんな話したいことがたくさんあるようで、いつもとは違い、それだけでもだいぶ時間がとられました。
やはりこの問題には、みんなの関心も高いようです。
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それを踏まえて、長崎ツアーに参加した生活クラブ生活協同組合東京副理事長の守本香さん(組合員)と生活協同組合パルシステム東京の小林竜大さんに報告してもらいました。

守本さんは3日間の訪問先を、感想をまじえながら紹介してくれました。小林さんもツアーの感想とそれによって自分が変わったことを話してくれました。
私の印象に残った点をいくつか報告させてもらいます。

ツアーでは、被爆遺構を残す2つの小学校を訪ねたそうですが、それぞれの小学校の中には慰霊碑や独自の資料展示があり、今も先生方や生徒たちの活動で守り継がれているそうです。小学校の門の正面にある平和の像に、そこを通る在校生の子どもたちが必ず立ち止まって一礼してから門を出入りしていたことが、とても印象的だったと守本さんは話されました。学校生活のなかに地元の歴史を通じた平和学習が日常的に根付いていることを感じたそうです。

小林さんも、小学校で犠牲になった教職員や子どもたちの写真展示に強い印象を受けたそうです。いまなお写真が展示されているのです。東京の小学校はどうでしょうか。東京大空襲の写真を展示している小学校などあるでしょうか。いや東京に限りません。戦争の記憶を思い出させるようなものを残している学校が広島・長崎(と沖縄)以外にあるでしょうか。
そんなこともあって、小林さんは、戦争の歴史は決して長崎とか広島だけではなくて、自分が住んでいる町にもある、それをしっかり語っていかなければいけないと思ったそうです。そして実際に企画に取り組みだしています。

長崎市民の被爆体験との関係や長崎の小中学校での平和学習に関しては、以前、長崎出身の鐘ヶ江さんがサロンをやってくれました。鐘ヶ江さんは東京に転居して、被爆日の生活が長崎と東京では全く違うことに驚いたといいます。年に一度思い出すのと日常生活の中に埋め込まれている記憶とでは意味合いがまったく違います。広島・長崎では今なお被爆は生活の中にあるのに対して、それ以外の人たちには「思い出すべき記憶」になっているのです。

守本さんは、資料館の展示からも改めて原爆の凄まじさを感じたそうですが、特に印象的だったのは、展示の中にあった現在まで続く核実験などの年表だそうです。原爆の凄まじさを知りながらもまだ核実験を続けている人間の愚かさに打ちひしがれるような気持になったと言います。
しかしこれはもしかしたら、核実験だけの話ではありません。原発事故を体験しながらもなお、原発に依存しようとしている私たちそのものかもしれません。

放射線影響研究所では、原爆がまさに「壮大な人体実験」であることの一端のようにも感じでやるせなさを覚えたといいます。これはまさに先日の白石さんの「被ばく封じ込めサロン」で話題になったことです。

最後に守本さんは、こう話しました。
原爆のことはもちろん知識としては知っていたし、本や映画、演劇などを通じても触れてきており、ある程度分かっているつもりだった。しかし、現地を訪れてその爪痕を生々しく残す遺構や、そこから立ち上がって平和を願う人たちの思いで作られた様々な施設などを実際に見ることで感じるものは迫力があった。
やはり「現場・現物・現実」の持つ力は大きいのです。

そこから話し合いに入りました。
話し合いでも紹介したい話はたくさんありますが、長くなると読んでもらえそうもありませんので、3つだけお伝えしたいと思います。

ひとつは「語り伝え」「体験継承」の話です。
時間が経過するとともに、体験者も少なくなり、被爆の事実をどう伝えていくかは大きな課題です。若い世代が継承しようとしていますが、果たして「伝えていく」だけでいいのか。しかも「特別な事実」として語っていくだけでいいのか。
これまでもいろいろと伝えてきたのに、むしろ最近では核兵器保有を望む人が増えてきているのはなぜなのか。「伝えること」があまりに目的化してしまっているのではないか、という気もします。
これに関して、参加者の一人が、被爆体験に限らず、戦争体験を私たちは自分の子どもにしてきただろうかと発言されました。とても示唆に富む指摘だと思いました。
語り伝えるべきは被爆体験だけではないのです。

もう一つは3年間にわたって東京の小学校で平和学習のプログラムに取り組んでいる学校の先生からの話です。
その活動の中で、広島の中学生と交流した時に、「東京にはどんな被害があったか教えてもらえますか?」と訊かれたそうです。生徒たちも東京大空襲とかはちょっと勉強していたけれど、やっぱり自分たちの関心が広島に向いていて、広島にだけ被害があったって思うようなところがちょっとあった。自分たちの住んでいる地域について意外と知らないことに生徒たちが気づいたそうです。そして、もっと東京大空襲も調べてみようということになった。生徒たちからは、日本のどこにいても、みんな戦争経験者だっていうことに気づいたという感想もあったといいます。
これはとても大切な指摘だと思います。

さらに加害者体験の話も出ました。戦争では日本も満州やフィリピンなどでいろいろと残虐なことをしたりしている。被害とともに、加害の事実も忘れてはいけない。
戦争は被爆被害にだけ悲惨さがあるわけではありません。「平和学習」というと、つい「広島・長崎」に思いが行ってしまいますが、なにか他から目をそらさせるような意図を感ずるのは思い過ごしでしょうか。
これも大切な指摘だと思います。

3つ目は、にもかかわらず広島・長崎の体験学習には特別の意味があるということです。そこには、「戦争の悲惨さ」と同時に「核の恐ろしさ」があるからです。
これもよく話題になりますが、「広島・長崎」の情報はある意味でかなり管理されてきました。それは、単なる戦争被害ではなく、核が絡んでいるからです。
私たちが知らされているのは、ほんとうの事実なのか。
「戦争」とか「平和」の視点からだけではなく、「核」の視点からも、広島・長崎の事実はもっと広がっていってほしいと思います。
隠され続けている核の恐ろしさがもっと多くの人の知るところになれば、核に対する世論も変わるかもしれません。

ちなみに、「平和とは何か」も話題になりました。これに関してもとても示唆に富む意見がいろいろと出ましたが、いつか改めて話題にしていこうと思います。

長い割には書きたいことのほんの一部しか書けていません。
参加された方、ぜひともフォローしてください。

「核時代にどう生きるか」のサロンは、継続していきます。
ぜひ多くの人に参加してほしいです。
話題提供・問題提起したい人、ぜひご連絡ください。サロンを企画しますので。

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2026/02/26

■節子への挽歌6661:やはり料理は苦手です

節子
今日はユカが友人たちと松島に出かけているので、私一人です。
食事の用意をしていこうかと言われたのですが、自分でやるからいいよと答えました。

私は節子がいた頃から、自分で料理するのが極めて苦手です。
娘たちが小さい頃、夏休みなどで節子と娘がみんなで帰省してしまうときは、数日分の食事を用意してもらっていましたが、それがなくなったら自分で料理してというよりも、空腹を我慢する方でした。独りでの外食は好きではなかったので、最後のほうはいつもひもじい毎日でした。

節子ががんになった時、私の料理を教えようとしてエプロンまで購入して特訓を始めましたが、やはり私には無理でした。
幸いに、娘たちとの同居が続いたので、私は何とか生き延びたのですが、たぶん一人住まいだったら、もうこの世にはいないでしょう。

いまも基本的には同じですが、時々、少しチャレンジしてみようと思うのです。
しかしいざとなるとやはり空腹のほうを選択します。

今日はお昼は一応、昨日の残り物とごはんで対応できるのですが、それも面倒なので、ご飯とお漬物とみそ汁(これだけは自分でも作れます)だけにしました。
まさに一汁一菜の私の理想とする食事です。
しかし、夕食はどうするか。
いろいろと食材はあるのですが、まあ面倒です。
やはり私には料理は向いていません。
餅でも焼いて食べようかと思っていたら、ユカから連絡が入り、意外と早く帰宅するそうです。
それで帰りにお寿司でも買ってきてよと頼みました。

なんとか空腹で夜を迎えることは回避できました。
しかし、人間はなぜ食事をしなければいけないのか。
食事といい、睡眠といい、面倒なことが多すぎます。

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■新倉さんの食養生サロン「春の食養生」報告(2026年2月22日開催)

恒例の東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」、今回は季節に応じた「春の食養生」と併せて、新倉さんが取り組んできた「ふるさと薬膳」レストラン事業の話もしてもらいました。
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まずは恒例の「新倉版五行配当表」で、季節に合わせた食養生の考え方を話してくれました。
陰陽五行説とは、自然界に存在するものが五行、木・火・土・金・水の5つの要素から成り立つという古代中国での世界観に基づく思想で、それに基づき、人間の五臓、諸器官や感情、食物の五味五性を五行に配当したのが「五行配当表」です。
新倉さんは実際に中国で薬膳や五行配当を学んできましたが、それに基づいて、日本の風土に合った独自の「新倉版五行配当表」をつくっています。
これに関してはすでにこれまでの報告で何回も説明していますので、今回は省略します。関心のある人は過去の報告をお読みください。

日本には「身土不二」という思想があります。「身土不二」はもともと仏教から生まれた言葉で、人間(身)と自然環境(土)とは切り離せないという意味です。日本では、そこから「地元の旬のものを食べよう」という食養生の考えが生まれました。
西洋医療と東洋医療との違いがよく取りざたされますが、その根底には「人間と自然との関係」に関する世界観の違いがあるように思います。人間もまた自然の一部であるという発想に立つかどうかで、医療や食の考え方は全く違ってきます。
この考え方の違いは、医療や食に限ったことではなく、湯島のサロンで話題になるほとんどのテーマにつながっています。たとえば、「平和」の問題も「教育」の問題も、「生きづらさ」も「豊かさ」も、です。「身土不二」の視点に立つと世界は違って見えてきます。個人の生き方も社会のビジョンも。

話がそれました。元に戻します。
新倉さんは、そうした「身土不二」や「薬食同源」(これも日本で生まれた言葉です)という日本の食養生の考えを取り入れて、「新倉版五行配当表」をまとめ、それに基づいての食養生の話を毎回してくださっているのです。
「新倉版五行配当表」に関しては添付しますが、時々また、サロンでも詳しくお話ししてもらおうと思います。
「身土不二」や「薬食同源」などに関するお話も、これまで何回もしてくださっていますが、これもまた定期的に機会を見て詳しく話してもらおうと思います。

次に「春の食養生」。いつものように質問にも答えながら具体的に話をしてくれました。
春の食養生のポイントは「春は肝臓、酸味」だそうです。
春は、暖かくなる気候により植物が芽吹き、樹木は枝葉を伸ばす柔軟でのびやかな季節です。この季節を健やかに過ごす、食のポイントを漢方では「蔭」を養い育てて、肝機能を補う食事を心がけようという意味から「養蔭補肝」という言葉で表すそうです。
具体的には、涼性、冷性の食材(「暑熱を取る」と新倉さんは説明します)で肝機能を補う作用のある旬のもの、葉物野菜やサヤエンドウ、レタス、ノビルやカンゾウ、ハコベなどの山野草、鶏肉、レバー、白身の魚などに「酸味」を加えて、食べるとよい、と新倉さんは言います。
また、春は目が疲れる、目がかすむ、など目にトラブルが多い季節だそうですが、こうした目の症状は肝機能の低下によることが多いそうです。ですから、旬の食材を上手に組み合わせて調理し、酸味を多めに摂るように心がけるのがいいそうです。

と、言うわけで、私は早速、翌日から酢を使うことにしました。料理できない私もできることはいろいろとあるのです。
山野草もいいというので、野草摘みにも行こうと思います。菜花もいいそうです。
「食音痴」の私の愚問にも、いつも新倉さんはていねいに答えてくれます。

今回は、春の食養生に加えて、新倉さんが取り組んできている日本各地での「ふるさと薬膳料理レストラン」展開活動の話をしてもらいました。
いまでこそ「ふるさと薬膳」を名乗るレストランは各地にありますが、その第1号は、新倉さんが関わった小淵沢(現・北杜市)の「森樹」です。
当時、全国10か所にモデル的に「ふるさと薬膳レストラン」を展開し、そこから次々と全国各地に「ふるさと薬膳」レストランが広がっていったのです。いまから30年程前の話です。
スタート当時のふるさと薬膳料理「森樹」のパンフレットを見ると、しっかりと新倉版五行配当表が掲載されています。ただ残念ながら最近の「森樹」のホームページには見当たりませんが。

新倉さんがかかわっていた「ふるさと薬膳」レストラン事業は、単に食生活に新しい動きを起こしただけではありません。
その企画から経営まで、地元小渕沢の女性たちが立ち上げた「小淵沢町食と健康を考える会」が担っているのです。主婦起業家のはしりともいえるでしょう。
その経緯もとても興味深いものがあります。

しかしその後、日本経済は成長から停滞へと大きく変化していくのですが、新倉さんご自身の状況にも変化があって、残念ながら「ふるさと薬膳構想事業」は変質(こういう言い方は新倉さんには叱られそうですが)していったような気がします。
しかし、いまこそ「新倉型ふるさと薬膳構想」が求められているような気がします。食生活の面からも、経済構造を変える面からも。改めて新倉さんには頑張ってもらいたいと思います。

しかし、この活動に関しては、中途半端な聞きかじりで報告したり展望したりするのは誤解も生じかねず、新倉さんの御本意ではないでしょうから、今回はとりあえず私の勝手な感想としてお受け止めください。
この問題は、改めてしっかりと学びたいと思います。

なお、新倉さんは最近、実際に「ふるさと薬膳料理」の体験会のような活動を始めています。関心のある方はご連絡ください。
開催予定などをご案内できるかもしれません。

次回の新倉薬膳サロンは、5月17日(日曜日)を予定しています。

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2026/02/25

■節子への挽歌6660:腎臓疾患

節子
いまの私の最大の健康問題は腎臓です。
腎臓がかなり小さくなっていて、関連数値がかなり悪化していることが判明したのです。ステージは透析直前の4だそうです。レベル的にはさらに進むと人工透析になりかねないと言われています。

わかったのは昨年末ですがそれからもう3~4回、病院に行っていますが、毎回検査で終わっています。
今日も血液検査でしたが、幸いに悪化は止まり少しずつですが、改善されています。しかし、まあ誤差範囲と言っていいかもしれません。気は許せません。

昨年末の検査につづいて今日もまた検査だけでしたが、状況はほんの少しだけ良い方向に進んでいます。幸いに尿検査でたんぱくが検出されていないそうです。たんぱくが検出されると問題なのだそうです。
医師に、対処策はといつも訊くのですが、何のアドバイスもありません。
ていねいな医師ですが、まるで人体実験されているようで、あまり気持ちはよくありません。

腎臓疾患には水素風呂がいいと山森さんから教えてもらったので、それ以来しっかりと水素風呂に入ったり、酢がいいというので果実酢を飲んだりしていますが、いささか心もとない。

でもまあ悪化していないのは少し安堵します。
腎臓疾患は大変だと複数の人から言われているので、注意しないといけません。

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2026/02/22

■第44回万葉集サロン「藤原宮の役民の作れる歌」報告(2026年2月15日開催)

今回は「藤原宮役民作歌」を通して、日本という「くにづくり」のはじまりを読んでいこうという、これまた壮大な試みです。
今回、初めて万葉集サロンに参加してくださった方が、万葉集は歌集だと思っていたが、そこから歴史が見えてくるのですねというような趣旨の感想を話してくれました。まさにその通りで、「記紀」によって隠された歴史が、万葉集には秘められています。升田万葉集サロンは、そこにも視点を置いているのでおもしろいのです。

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升田さんはまず、「持統天皇と藤原宮」の話からサロンを始めました。
藤原宮は新しい都の構想の象徴として構想され建造されました。宮殿だけではありません。宮殿を中心にした日本最初の条坊制の都、「藤原京」が造られたのです。
それまでは天皇が変わるたびに、天皇の住まいである宮殿は場所を変えて建て替えられていました。したがって、飛鳥板蓋宮とか飛鳥浄御原宮などといわれていますが、そこは天皇の住処(宮殿)であって、いわゆる国の首都としての都とはちがいます。
しかし、天皇中心の中央集権国家を目指した天武天皇は、代替わりごとに造り替える宮殿ではなく、都の象徴としての宮殿を構想しました。そしてそこを中心に都を造ろうとしたのです。そうした天武天皇が意図した新しい都は、天武亡き後、妻の持統天皇によって完成されました。

藤原宮の誕生は日本という国のはじまりといってもいいのです。
都といえば、私たちはまず平城京を思い出しますが、藤原京は平城京よりも大きかったと言います。
もっとも藤原京は結局、20年足らずで平城京へと遷都され、さらに平安京へと移っていくのですが、それこそまさに日本という国が、完成していく過程だと捉えていいでしょう。藤原京はある意味での実験都市だったのです。
いずれにしろ、藤原京づくりは、日本列島の新しい時代を開く大イベントだったのです。

ワクワクするような時代だったのではないか。そんな気がします。
そんな時代に詠われた「藤原宮役民作歌」。
かつては柿本人麿を作者とする説もあったそうですが、いまはその説は否定されているそうです。しかし、役民が詠んだとは考えにくい。序詞が多用され格調も高く、人麻呂のような宮廷歌人が「役民」の「作歌」に擬した歌と言われているそうです。

升田さんは歌をていねいに読み解いてくれましたが、歌の内容も興味深い。
歌には藤原宮を建造するための木材を宇治川上流の田上山から運ぶ情景が描かれています。田上山は壬申の乱の決戦地になった淡海の瀬田の近くです。そこにも興味を感じますが、なぜそんな遠くから木材を運んだのか。
それはすでに飛鳥界隈の樹木は、それまでの寺院建造などで消尽されていたのと、ともかく巨木が必要だったからだと言います。持統は巨大な都を造りたかったのです。
その後の諸寺院の建造で、田上山ははげ山になり、いまもまだ回復していません。私が登ったのはもう50年以上前ですので、いまは少しは戻っているかもしれませんが。

話がそれましたが、万葉集の歌からはこういう感じで、当時の様子がいろいろと垣間見えてくるのです。

ところでこうした藤原宮の建造に駆り出された役民たちは、どうだったのか。
権力者に強制されてつらい労働を強制されたのか、それともみんなで新しい国づくりのための喜びの労働だったのか。
受け取り方は分かれましたが、この歌を繰り返し読むと、そこに働く役民たちの歓びを私は感じてしまいます。新しい都づくりが、楽しくないわけがない。そもそも「働くこと」は楽しいことではなかったのか。当時はまだいまほど格差も権力構造も固定化されたものではないはずで、現代の先入観で読んでしまうと事実は見えてこないような気がします。

ちなみに「役民(えのたみ)」ですが、「役」は原文では「にんべん」だそうです。この旁(つくり)は武器とか道具という意味だそうですので、「道具を持った人」ということになる。つまり人々の集団(社会)の中で役割を持った人ということになります。
「わ(我)」を取り巻く人の集まりである「た(他)」が、役を持った「た(多)」の集まりになってきたと考えてもいいでしょう。
いささか勝手な解釈を加えれば、「〈た(多)〉の中に育ってきた〈な〉と〈わ〉から、逆に今度は〈た(他)〉が生まれ、個性が生まれてきた結果、社会の構造が変わった」といってもいいでしょう。

また横道にそれてしまいました。升田さんに叱られそうです。

ところで、升田さんは、この歌の中にある「散和久御民(さわくみたみ)」という表現の「さわく」に注目します。
「さわく」は、いまの「騒ぐ」ですが、万葉集ではさまざまな文字が当てられています。「さわく主体」も「鳥・波・舟・人」とさまざまですが、いずれにしろ、その「さわき」に、何かが発動するエネルギーを観想し、「讃」に帰納する力を感受している、と升田さんは言います。
そして、この歌で、役民たちを「さわく」と表現したところに新しい宮造りを通して天皇への讃美の意味があるし、そこに勤しむ役民を「た」の中から抜きん出ている「集(衆)」と認識した新しい形が見て取れるように思うというのです。
「た」を「衆」と感ずる。支配する人の目線がある。そこに升田さんは、「くに」意識の誕生を感じます。だから、この「藤原宮役民作歌」が、万葉時代に一つの変化が起きようとしているのを感じさせる重要な意味を持つ歌だと升田さんは考えているのです。

升田さんはさらに補足するように、藤原宮への遷都後、旧都を懐かしんで詠んだ志貴皇子の歌を紹介しました。「藤原宮役民作歌」につづく短歌と長歌です。
そして、この歌は「懐旧」という心象の新たな表現だと同時に、遷都後の旧都に巨大な力の滅びを見ている「わ」は、すでに「国」対「自己」の形を顕し始めている、と言います。〈わ〉が変化しだしたのです。

ともかく時代が変わりだした。人々の意識も変わりだした。

「藤原宮役民作歌」は万葉集巻一の50番目に出てきますが、この歌以降を巻一原万葉集に追補したものという説があるそうです。そう考えると、この歌の意味がまた深まるように思うと升田さんは言います。
なぜここに挿入したのか。誰が挿入したのか

前回、升田さんはこの歌は防人の歌につながっていくとも話していましたが、防人の歌とこの藤原宮役民とはどうつながっていくのか。
そしてそれは、当時の人々の意識や「くに」の成り立ちにどうつながっていくのか。
想像はどんどん広がります。

やはり「万葉集」は、歌集ではなく、歴史の真実を埋め込んだ歴史書なのです。
蛇足的な私見を加えれば、藤原京は藤原不比等の野望とも絡んでいますが、その後の日本の国のあり方を決めていったと言ってもいいでしょう。そしてたぶん平城京の建造の時に駆り出された役民は、藤原京の時のように楽しくはなかったでしょう。
今回は勝手に想像を飛ばしてしまいました。私はこの時代が大好きなものですので。

 

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2026/02/21

■節子への挽歌6656:にこのお誘い

節子
大事をとって今日も一日休養にあてようと思っていたのですが、まさかのにこからのお誘いです。ユカが一緒に出掛けることになったのですが、どういう風邪の吹き回し化、おさむさんも一緒に行こうと言うのです。私もにこにある本を買おうと思っていたのでちょうどよかったので、付き合うことにしました。もしかしたら一昨日の旅行のお土産のお返しにご馳走してくれるかもしれません。

と思って出かけたのですがまたにこにやられました。
近くのある店で流行りのシールが売り出されるニュースが入ったようです。
にこの言っていたお店に着いたらすでに混んでいて親子連れや子供たちが並んでいます。この様子だと30~40分はかかりそうです。
にこがわざわざ誘うのは変だとは思ったのですが。いま人気のなんとかシールを私に買わせようとしたようです。でも幸いに私はお金もカードも持っていくのを忘れてしまいました。

それでユカが買うことになり、2人は一緒に並んでいましたが、私は近くの書店でお目当ての本探しをしましたが、ありませんでした。それで仕方なく近くの椅子で座っていました。全くもって祖父不幸な孫です。

さてどうやってリベンジするか。暇なのでその作戦でもねろうかと思いますが、今日はまだ疲れていて頭が回りません。
それにしても、何でみんなあんなシールに夢中になるのでしょうか。
困ったものです。

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2026/02/20

■湯島サロン「核(兵器・原発)のリアルをどうとらえ、乗り越えるのか」報告(2026年2月14日開催)

今年の湯島サロンの重点テーマの一つが「核時代をどう生きるか」です。
その3回目は、折原さんに「核(兵器・原発)のリアルをどうとらえ、乗り越えるのか」をテーマに問題提起してもらいました。

核廃絶どころか、ここにきて急に多くの国民の意識が反転して、核兵器保有さえもが話題になりだしている今、多くの人が参加すると思っていましたが、残念ながら参加者は3人と少なく、映画まで用意してくださっていた折原さんには申し訳ないことをしました。
幸いに折原さんは、このテーマに関して、論考(添付)を書いていますので、ぜひ読んでいただければと思います。

ダウンロード - e9bb92e6b2a2e698a0e794bbe381aee4bb8ae697a5e680a7efbc92.pdf

サロンではまず、黒澤明監督のオムニバス映画『夢』から「赤富士」と「鬼哭」の2つのエピソードを紹介してくれました。
「赤富士」では原発の爆発と逃げ惑う人々が描かれ、「鬼哭」では実際に水爆を使ってしまった人間の悲劇と末路を諷刺的、寓話的に描いています。
この映像を紹介した後、折原さんは核(兵器・原発)のリアルを、「物質的・物理的・科学的」な側面と「人間と心」の両面でどう考えるかを参加者に問いました。
リアルに感じた人、むしろリアルを感じなかった人に分かれました

映像はネットでも観られますので、ぜひ折原さんの問いを考えてみてください。
「赤富士」
「鬼哭」

つづけて折原さんは、核のリアルを実感して世界観を変え、行動を変えた2人の証言を紹介してくれました。
一人は、長崎原爆投下後の写真を撮った従軍カメラマン、ジョー・オダネル。
彼は、「傷ついた人々を撮影しているうちに、日本人に持っていた憎しみが消えていった。なぜ人間が同じ人間にこんな恐ろしいことをしてしまったのか」「あの原爆はやはり間違っていた。それは100年経っても間違いであり続ける。絶対に間違っている、絶対に。歴史は繰り返すと言うが 2度と繰り返してはいけない歴史もあるはずだ」と書いています。
もう一人は、「原爆の父」といわれるオッペンハイマー。
「我々はあるものを作りました。真に恐ろしい兵器です。我々が持ついかなる基準から見ても悪であります」。

2人はそれぞれ原爆開発・使用を決めた大統領にそうした問いをぶつけていますが、それに対する大統領の反応は興味深いです。
詳しくはサロンで折原さんが配布してくれた資料(添付)に書いてありますので、ぜひお読みください。

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つづいて折原さんは、Future of Life Institute作成の「ロシアとアメリカ全面核戦争シミュレーション動画」(4分)を見せてくれました。
https://futureoflife.org/focus-area/nuclear/

ある国による1発の核兵器の使用が世界中に核爆発を起こし、「核の冬」が到来、100日後には50億人の人が死ぬとあります。しかも核の冬により、地球は冷え切った星になってしまうのです。
この動画を見て、参加者は核のリアルをより強く感じたと言います。

こうした「核の危機」を回避するにはどうしたらいいか。
それを考えるヒントを与えてくれる書籍を折原さんは紹介してくれました。
豊下樽彦さんの『「核抑止論」の虚構』(集英社 2025年)です。

この本は手軽に読める新書ですが、核抑止論の本質が歴史的にとてもよく整理されています。
しかも、核廃絶に向かう道筋と日本の採るべき選択肢を提起していて、私からもぜひお薦めしたい本です。

豊下さんがそこで「新思考外交」を紹介しています。
そして、「自国の安全保障」ファーストで考えてきたこれまでの規範を、「相手側の安全保障を考えることなく自国の安全保障は考えられない」という「発想」に変えようというのです。

そして、日本の役割についてもこう提案しています。
日本は、ともかくも「平和憲法」と「非核3原則」を維持してきた。さらに何より、日本は唯一の被爆国であるとともに、かつて中国戦線の錦州や重慶などに対し「都市無差別空爆」を行った国である。この日本こそがこうした歴史的経緯を踏まえつつ、世界に向かつて軍拡の流れを反転させ、緊張緩和と軍縮の緊要性を訴えるべきであろう。

最近の日本は「ファースト発想」が流行しているうえに、核武装論まで議論され出しています。もし核の脅威をリアルに受け止めているのであれば、こんな状況にはならないでしょう。
私たちはもっと「核時代に生きていること」をしっかりと自覚し、ヒロシマ・ナガサキ・フクシマのリアルを、世界に伝えていくべきではないかと思います。
折原さんの問題提起は、改めてまたもう一度お願いしようと思います。

次回の「核時代をどう生きるか」は今月23日に開催します
ぜひご参加ください。


 

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■節子への挽歌6655:年に一度の観音巡礼

節子
この3日間、京都・奈良に行ってきました。
年1回の観音巡礼なのですが、今回は聖林寺と大報恩寺の六観音が圧巻でした。
仁和寺の観音堂も特別公開でしたので、千手観音にも会えました。たぶん初めてでしょう。いささか疲れ切っているように感じましたが。
わが家がお世話になっている宝蔵院の真言宗豊山派の総本山の長谷寺の観音にも久しぶりに会いました。平等院も最近は鳳凰堂はいつもパスしていましたので、鳳凰堂の如意輪観音も久しぶりでした。もちろん十一面観音にも会ってきました。
他にも数体の観音に会いました。

観音のほかにも、広隆寺の弥勒、安倍文殊院の文殊に会いましたが、弥勒はますます寂しげでした。安倍文殊院の文殊ははじめてでしたが、元気さは伝ってきました。

聖林寺の観音はもう50年前から会いたかったのですが、感動しましたが、やはり寂しそうでした。独り隔離されていましたから。あの閉じられたお堂で、宿泊できたらいいのになと思いました。観音も喜ぶはずです。

今回もよく歩きましたが、体調がよくなかったので、いささかきつい旅でした。
同行してもらったユカにはいろいろと迷惑をかけてしまいました。
でも仏たちが守ってくれたのでしょう、無事、3日間の観音の旅を完遂できました。
今回も三月堂の月光に会えませんでした。もう10年近く会っていないでしょうか。
50年前に会いたいと思った観音はあと数体です。
奈良では残っているのは海住山寺の十一面観音です。
しかし、初めての観音よりも、久しぶりの観音のほうについつい気が向いてしまいます。
その前にやはりまた斑鳩界隈の観音に会いたくなりました。
来年は斑鳩にまた行こうと思います。
今回、近くまで行った飛鳥の岡寺も、今回長谷でポスターが貼ってあったので、行きたくなってきました。
いずれにしろ来年はまた行こうと思います。
十一面観音に会うと、元気がもらえます。

帰宅後もまだお腹の調子があまりよくありません。
今日はともかくゆっくり休みました。

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2026/02/19

■節子への挽歌6654:観音巡礼3日目(2026年2月19日)

節子
3日目です。早朝に奈良を立って宇治平等院から万福寺を回り伏見稲荷によって京都駅へ、そこから東本願寺と西本願寺を回り、もし時間と元気が残っていたら東寺の講堂の曼荼羅空間で過ごそうと思っていました。
しかしとんでもないことがいろいろ起こって、予定は達成できませんでした。

まず宇治に到着。昨秋、ここは来ています。
平等院前のスタバで朝食。庭がなかなかいいです。

平等院が8時半から開園だとガイドブックに書いてあったので8時半に着きました。ところが開園は8時45分、しかも 本堂で仏様に会うには9時10分からの予約受付が必要で入園したらすぐ取ってくださいと言われました。結局 40分のロス。予定がすっかりかわってしまいました。まあそこで調子がくるってしまいました。

その後まあいろいろあって平等院には2時間も滞在してしまいました。
そこから 昨年来た時、平田さんに案内してもらった宇治上神社に立ち寄り、ついでに 昨年お世話になった宇治日和でお茶と思っていたのですが、あいにくの定休日でした。
相変わらずおなかの調子もあるい。

かなり遅れてしまったので、万福寺は今回はパスすることにしました。実は数年前も 万福寺に行こうとしたのですが、途中で摺り師のところに立ち寄って話し込んでしまい時間がなくなり山門でお寺に挨拶だけして帰りました。万福寺は会社に入って大津石山に実習でいた時に友人たちと訪ねたのが最初でした。以来、時々チャレンジすますがなぜかいけません。これも何か理由があるのでしょう。

伏見稲荷もやめる予定でしたが、娘がにこのお土産を買いたいと言って降りることにしました。何やら限られたところにしかないキャラクターグッズを頼まれたようです。駅を降りたらやはり混んでいます。しかしお目当ては意外と早く買えました。それでついでなので、伏見稲荷も千本稲荷まで上り降りてきました。いつも通り混んでいましたが、私の許容範囲内でした。

まあ それから色々あって、娘が行ったことがないと言うので 東本願寺と西本願寺をお参りしました。これは退屈でしたし、疲れました。そこでねるぎーが切れた感じでした。
それでいささか早かったのですが、タクシーで京都駅に戻りました。帰りの電車の時間まで2時間近くもあります。
私は休んでいる間に、娘は買い物をしていました。
4時に京都駅をスタートなんとか無事に帰宅しました。

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2026/02/18

■節子への挽歌6653:観音巡礼2日目

節子
巡礼2日目。
実は昨夜、古都華で食事をしていた時、目の前の壁に法華寺の十一面観音の大きなポスターが貼ってありましたが、その写真が夢に出てきて、目が覚めました。
私が最初にあった奈良の十一面観音です。白洲正子さんの『十一面観音巡礼』で知って会いに行ったのです。節子にまだ会う前でした。
以来、法華寺のある佐保路はよく歩きました。その観音が好きになったからではありません。白洲さんは魅惑的と言っていましたが、私には違和感がありました。しかしそこから私の観音巡礼がはじまりました。節子と一緒に行ったこともあります。
そしてそこから渡岸寺の観音につながり、もしかしたら節子につながったのかもしれません。
渡岸寺のある高月で育った節子に頼んで、一緒に当時まだ在所の人たちに守られていた観音に会わせてもらいました。
そんなわけで法華寺の観音には恩がある。その観音の夢を見た。明日は長谷ではなく、久しぶりの法華寺にしようと思います。

ところが起きて調べてみたら、法華寺の観音はいまでは非公開になっており拝観は年2回。今日行っても会えないことがわかりました。

非公開とか秘仏化は私は不当行為だと思っています。仏たちは衆生とともにあってこそ仏です。それを勝手に閉じ込めてしまうのは仏たちの本意ではないでしょう。実際に特別公開であった仏たちはみんな表情に生気がありません。
秘仏化だけではありません。国宝館などと称して、コンクリート建造物に移してしまうのも仏たちには苦痛でしょう。広隆寺の弥勒は寂しそうでした。

私が大好きだった渡岸寺の観音も、最初は手の届くところで会えましたが次第に立派な建物に移され、だんだん魅力を失っていきました。今も会いに行く気にもなれません。
法華寺の観音も最初にあった頃はすぐ目の前で同じ目線で会えました。触ろうと思えば触れたほどです。
今日午前中に会いに行く聖林寺の観音はどうでしょうか。ちょっと心配になっていました。

ところで佐保路はやめたので、今日の午前中は安倍文殊院と聖林寺でした。
いずれも私は初めてです。第1の目標は聖林寺の十一面観音でしたが、安倍文殊院もとても良かったです。まず文殊菩薩が素晴らしい。感動しました。古墳も感動です。安倍の清明堂から見る風景は飛鳥三山が一望でき、これもよかった。
聖林寺の観音は言うまでもなくすばらしい。私たち以外、誰もいなかったのが不思議です。

午後は、長谷に向かいました。長谷寺前で、吉野葛入り地元名産三輪そうめんのにゅうめんをいただきました。そしてこれも60年ぶりの長谷寺へ。
予想以上に階段が大変でした。ともかく階段また階段で疲れきりました。実は来る途中の電車から大神神社の大鳥居が見えたので、帰りに寄ろうかと思ったのですが、その元気はなくなりました。幸いに午前中、聖林寺から三輪山を拝んでおきましたので、今回はそれで済ませることにしました。 40年ぶりに訪ねたかったのですがちょっと残念です。

帰りの近鉄電車は平城宮跡の真ん中を走っています。今日も発掘作業している姿が見えました。西の京近くでは 薬師寺も見えました。
早目に奈良に戻って、奈良公園を散策する予定が、奈良駅に着いたら雨になりそうな雰囲気。それでホテルに戻りました。ホテルに戻ったらも言う出かける元気はありません。それにお腹の調子は相変わらずよくない。
ユカには悪かったのですが、今日は外食は中止。しかしホテルだと一番安くて 5000円 なのでやはり我が家のレベルでは無理があります。それでユカと協議の上、ホテルの隣にあるスーパーで1人2000円の予算で好きなものを買ってくることにしました。
年に1度の旅行なので同行してくれるユカにはちょっと贅沢もさせてやりたいと思ったのですが、これがまあ貧しい庶民の実態なのです。
ちなみに今日は2万歩を超えました。

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2026/02/17

■節子への挽歌6652:観音巡礼1日目

節子
早朝に家を出て、9時過ぎに京都に着きました。
年1回の奈良旅行。その前後はユカにつき合って京都を回ります。

今日はまず広隆寺に行きました。目当ては当然、弥勒菩薩です。おそらく60年ぶりに訪問でしたが、やはり設置場所が変わっていました。くらい収納庫のような場所に隔離されていました。
つづいて仁和寺。仁和寺は3年前に行きましたが 今回は観音堂の特別拝観ができるそうでそれに行くそうです。観音堂の十手観音は初めてですが、私の好みではありません。

続いて北野天満宮。ここまでで1万歩ほど歩きました。遅めのランチは、天満宮の近くの上七軒の鮨芳月。そのあと、ユカお薦めの千本釈迦堂(大報恩寺)に行きました。 私は行ったことのないお寺でしたが、なんと6観音が並んでいました。とてもよかったです。ちなみに、馬頭観音と聖観音以外は同じ顔をしていました。まあ、当然と言えば当然ですが。
このお寺はおかめ塚でも有名だそうです。大きな おかめの像もありました。
ここで今日の予定は終了。少し早いですが奈良に向かいました。

奈良の宿泊は日航ホテル奈良です。駅続きなので楽なのですが 奈良公園まではちょっと遠いのが難点です。ここは2回目ですが気に入っています。

ホテルのディナーは5000円と高かったのですぐ近くの駅ビルの中にある奈良の農園直送レストラン「古都華」で食事。いつもなら近鉄奈良駅の方の繁華街で食事をするところを探すのですが 今回はいささか疲れてその元気が出ません。元気をつけるために ヤマトポークのとんかつ御膳をお願いしました。量が多くて食べきれませんでした。
ユカは同じハンバーグ御膳を頼みましたが、そちらの方が正解だったようです。

今日は1万5000歩 歩きました。明日は多分2万歩は行くでしょう。
実はお腹を壊してしまい、トイレ探しが大変でした。
明日が思いやられます。

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2026/02/16

■第2回憲法サロン「自民が憲法改正に向かうとしたら、何は譲れないのか、何はやむを得ないのか」のご案内

第2回憲法サロンのご案内です。
前回に引き続き、今回も富沢さんの問いかけに応じる形で話し合いを進めます。
テーマは、「自民が憲法改正に向かうとしたら、何は譲れないのか、何はやむを得ないのか」です。

日本国憲法第9条は、戦争放棄と明言していますが、その一方で、アメリカとの間に集団的安全保障条約(日本の基地使用を認める)を結んでいます。
日本国憲法制定時の状況は、その後、激変していますが、そうした変化に応ずることなく、ただただ「9条」を守ることが大命題にされ、正面から向き合っての議論はされてきませんでした。その結果、憲法9条の文言は変わっていないにもかかわらず、憲法解釈で実際には9条はおろそかにされてしまっている状況が生じています。
自民党による憲法改正案は、そうした現実に合わせて憲法条文を変えようという方向になっています。しかも最近では国民の多くもそれに同調している感があります。
現実を規制するという立憲主義の理念とは逆に、現実に合わせて憲法を変えていくというというように、憲法が貶められていると言ってもいいでしょう。
憲法とはいったい何なのか。憲法はどういう力を持っているのか。主権者である私たち国民はもっと憲法への関心を高め、活かしていく必要があるでしょう。

そこで今回は、国際状況の変化も踏まえながら、最近の日本の安保法制の動きと今回の自民党の圧勝で現実化してきた自民党の憲法改正案を読み直して、何は譲れないのか、何はやむを得ないのかについて議論したいと富沢さんは考えています。

自民党の憲法改正案は、下記にありますので、ぜひそれも読んでサロンに参加してください。
https://www.jimin.jp/constitution/document/draft/

専門知識などなくても大丈夫です。生活者視点での憲法サロンです。
憲法など読んだことがないという人ほど、参加してほしいサロンです。
富沢さんと一緒に話し合いながら学んでいくというサロンですので、誰でも歓迎です。
憲法というと何か自分の生活とは関係ないように思う人もいるかもしれませんが、私たちの国のあり方を大きく決めている憲法は私たちの生活に深くつながっているのです。

ぜひ多くのみなさんに参加していただきたいと思っています。

〇日時:2026年3月1日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:自民が憲法改正に向かうとしたら、何は譲れないのか、何はやむを得ないのか
○問題提起者:富沢このみさん(最近の日本の安保政策がとても気になる生活者)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌6651:明日から奈良旅行です(2026年2月16日)

節子
明日から年1回の奈良旅行です。
今回は山の辺の道を歩くつもりだったのですが、腰痛もあって、無理はしないことにし、結局、桜井を歩くことにしました。
元気があれば、ついでに飛鳥も回るのですが、今回は無理をしないつもりです。
節子といった樫原神宮も今回はパスします。

ユカが横行してくれて、新幹線もホテルもすべて予約してくれています。
ですからほぼ手ぶらで行けばいいのですが、さすがにサンダルはやめています。
天気がちょっと心配でしたが、幸いに雨は免れました。

明日は5時半出発です。
寝坊すると大変なので、もう寝ようと思います。

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■第9回増田サロン「自覚と平和のプログラム」報告(2026年2月11日開催)

第9回「地湧の思想」サロンは「自覚と平和」を取り上げました。
これに関しては、和田重正さん(「地湧の思想」の提唱者)の3冊の関係著書があります。『自覚と平和』『もうひとつの人間観』『母の時代』です。
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増田さんは、心の底からもう戦争はいやだと言える戦争体験者は数少ない時代になった。さらには、今回の選挙結果からもうかがえるように、積極的に戦争は必要、軍備は必要と唱える若者も多くなった、という話から始めました。
しかし、若者たちが平和を望んでいないわけではありません。むしろ平和を望めばこそ、軍備増強を望んでいると言ってもいいでしょう。戦争も「平和のための戦争」なのです。そこをしっかりと理解しないと問題の立て方を間違ってしまいます。

「平和のための戦争」はともかく、和田重正さんは、平和実現の方法には2通り考えられると書いています。
一つは反戦・反核運動であり、世論の力を高めていくことによって戦争勢力を抑えるやり方です。しかし、これでは戦争の根本原因や戦争への不安を解消することはできない、と和田さんは言います。
もう一つは人間観を問い直し、人間の本性に目覚めること(自覚)です。そしてこの「人間観」を転換できるかどうかが、平和への大切な岐路だというのです。

この「人間観」、つまり人間の本性をどう捉えるかが、「地湧の思想」の核心ではないかと思いますが、今回、増田さんは具体的には明示しませんでした。人間の本性にそれぞれが自分で目覚めることこそが大切で、よそから与えられた「知識」として「知る」だけでは十分ではないと考えているのです。
概念として捉えるのでは、むしろ真実から離れてします。
そこで「人間の本性を考える視点」や「自覚と平和に向けたプログラム」にそって、そのヒントを提示しながら、参加者を「人間の本性」の話し合いに誘っていきました。

増田さんは最初に、「“いのち”を自覚すること」。つまりこの自分とは何か、どんなものであるか、をよく知ることから始めることを呼びかけます。平和の起点は「人間とは何か」を考えることだというのです。ここでどう考えるかで、その後の展開は真逆になります。
そして増田さんは、仮説として、「不可分一体のいのちの世界」を提示します。人間の本来のすがたは、誰とでもみんな同じ一つのいのちを共有している仲間同士であって、足りないものは補い合い、困ることは補し、合って平和に暮らすようにできている」という人間観です。
「一つのいのちを共有」という点は、いささかわかりにくいという意見もありましたが、みんなつながっていると考えれば理解しやすいでしょう。そこでは「敵」など生まれようがない。
人によっては、有名なホッブズのように「人間は自然状態において自己保身のために争いを繰り返す生き物」と考えるかもしれません。確かにそうした人間観が、西欧近代社会の根底にあると言ってもいいでしょう。そして私たちもまた、そういう人間観を学校教育で学んできました。しかし、それはあくまでも「一つの人間観」でしかありません。
西欧世界でさえ、最近はそうではない「もう一つの人間観」が唱えられだしています。考古学者や人類学者によって、原始時代の人間の本性としても、そう語られ出しています。生物界がそうであるように、人間の本性は決して争い合うものではなく(局部的にはそうした行動はあるとしても)、全体としては支え合うものと考えるほうが理に適っているように思います。
この話は、湯島ではよく話題になります。

つづいて増田さんは、「平和とは何か」を問います。平和とは、単に戦争のない状態ではなくお互いの補い合い、扶け合う状態ではないのかというのです。

そこで増田さんは、日本国憲法前文の言及し、それを読み上げました。
日本国憲法前文には、世界の平和への潮流を変える力が潜んでいるというのです。
日本国憲法を積極的に解釈して、世界の平和創造への役割を果たすべきではないか、と考えているようです。

話がいささか飛躍しましたが、ともかく、平和に向けての出発点は、人間は互いにバラバラで対立しているという人間観からいかなる人間も決して赤の他人ではなく一つにつながりあっているという人間関係への転換であり、その実践である、というのが「自覚と平和のプログラム」の思想です。
この思想に立てば、こうした自覚のない反戦運動は、逆効果かもしれません。

平和のための戦争が今も各地で行われています。
しかし戦争によって得られる平和は、強いられた平和であり、「利害の平和」に過ぎません。本当の平和は、人間観の変革からしか生まれない。
とても共感できます。

私たちはもっと自然界の摂理を理解し、その一員としての人間の本性に目覚めなければいけない。
改めてそう気づかされたサロンでした。
そして、いま並行して行われている湯島の憲法サロンにおいても、日本国憲法を積極的・能動的に捉え直して、国内だけでなく、平和に向けての世界の潮流を生み出すために何ができるかも考えてみたくなりました。

人間の本性を明らかにし、それを一人ひとりが自覚すること、それが戦争のない世界をつくる源だと考えることで「平和」に向けての構想を描いていく「自覚と平和のプログラム」。いつかこれをワークショップで展開できないか考えてみたくなりました。
どなたかチャレンジしてみませんか。

 

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2026/02/15

■2月オープンサロン報告(2026年2月13日開催)

今年最初のオープンサロンは、衆院選直後だったので、選挙結果を話題として取り上げることにしました。そのせいか、いつもよりも多くの人が参加しました。
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最初に、今回の選挙にどう臨んだか、そして結果についてはどう想うか、などを、参加者一人ひとりに話してもらいました。
今回も、自民党に投票したという人はいませんでした。
それだけでサロンに参加した人たちの傾向がわかります。
このテーマに関心を持って初めて参加した人は、自分の周りにはあまりいない高市自民党支持者の意見を聞きたいという目的で参加したそうですが、残念ながら思いは実現しませんでした。
私もそういう思いで期待していたのですが、あれほどフェイスブックで辛辣な意見を投げてきてくれている人が参加してくれないのは残念です。見捨てられたのでしょうか。まさにこんな感じで、話の場さえもが、いまや「分断」されているのでしょうか。
そうだとしたら、話し合いの場さえもがエコーチェンバの場になってしまい、逆効果になりかねません。

幸いに今回は参政党支持者が2人ほどいました。
「みらい」に対しての評価はいろいろでした。
「高市現象」に好意的な人(高市自民党を支持するということではありません)な人もいました。
すべてがすべて同じ意見だったわけではありません。
そのため議論は盛り上がり、2時間の予定が4時間近くになっても終わりませんでした。

不正選挙の話題や陰謀論的な意見もありました。たしかに今回の投票数の結果は理解しにくいとことが少なくありません。不正投票の余地は実際に少なくはありません。でもそうした可能性さえも知らない人が多いでしょう。
話は盛り上がって、トランプ政権との関係やディープステイト論にまで広がりましたが、そうした議論を「トンデモ議論」として簡単には否定できないような事実の報道も増えています。選挙制度はもちろんですが、選挙のやり方自体、もっと関心をもたないといけないと思います。

サロン終盤では、日本もいよいよ戦争に向かうのかとか、スパイ防止法で言動が制約されていくのかという話になりましたが、同時に最近の若い世代は、秩序を壊したり大勢(権力)に異を唱えるのは良くないという風潮が広がっているという話になりました。
私はいまに始まったことではないと思いますが、仕組みとして、そうした体制ができあがってしまったという意見が多かったです。

さてそうしたなかで、私たちはどうしたらいいのか。
これが私の最大の関心事ですが、やはりこれまで通り、愚直におかしいことをおかしいと言い続けるしかないのかもしれません。

その一方で、いまどきの若い世代にとっては、ここで議論しているようなこと自体に否定的なのかもしれません。
未来の社会の主役になる若い世代の声をしっかりと受け止めることも大事です。
政策など無関係に「サナエ」推し活で自民党が圧勝したことを否定的に捉えていいのか。中途半端な知識で政策の是非を判断するよりも、人を選ぶやり方のほうがいいのではないのか。
これまでの常識を、改めて根本から考え直すのも必要かもしれません。
なにしろ今の社会の風潮を作ったのは、間違いなく、私も含む中高年以上の世代なのですから。
若い世代の声に謙虚に耳を傾けたいと思います。

湯島サロンも、注意しないと「老害」になっていくかもしれません。
ぜひ若い世代を湯島サロンに来てもらうように、みなさんも心がけてもらえると嬉しいです。

 

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■節子への挽歌6650:3日連続のサロンを何とか乗り越えました

節子
この週末は3日連続のサロンでした。
さすがに疲れましたが、なんとか乗り越えられました。
1月はサロンはかなり抑えたのですが、その反動もあって2月はまたサロンラッシュになってしまいました。

サロンはいろいろなテーマで行っていますし、必ずしも私の思いだけでしているわけではありません。
しかし不思議なのですが、内容がどんどんつながっていくのです。
万葉集と現代政治とは無縁のようですが、しかしそこで話題になることにも共通点がある。

今日は万葉集サロンでしたが、藤原宮の造設に駆り出された労働者たちがどんな気持ちで働いているかが話題になりました。
私はみんな楽しく働いていたと思っていますが、多くの人は苦役に駆り出されたと思っているようです。
みんな現在の自分の状況から過去を解釈するのはやむを得ないとして、やはり歴史は現代社会の反映でしかないのかもしれません。

サロンが続くのはいいのですが、その後の報告が結構大変です。
といっても、報告を書くのは大変ですが、ある意味、創作活動なので楽しくもあるのですが。

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2026/02/14

■第9回中国現代文学サロン「残雪『よそ者』」報告(2026年2月8日開催)

前回に引き続き、中国のカフカとも言われる残雪の作品をとりあげました。
作品は『よそ者』(近藤直子訳)。
著者の残雪については、前回のサロンで葉さんが詳しく紹介してくれましたので、前回の報告をご覧ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2025/10/post-db98fd.html

「新実験小説」とも言われている残雪の作品は、難解のものが多いですが、今回も参加者全員、開口一番、難しすぎるという感想でした。まさにみんな残雪の意図につかまってしまった ようです。

そんな戸惑いを踏まえて、葉紅さんはいつものように作品を読み解くカギや、作品から中国社会を理解するヒントを整理してくれました。
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まずは題名の「よそ者」。原題は「外地人」です。
「外地」とは日本でも様々な使い方がされる多義的な言葉ですが、中国でも同じように使われているようです。ある辞書には第一に「原籍以外の地」と出ているそうです。「原籍」は、日本の本籍と同じ意味ですが、日本と違いまだ固定的で簡単には動かせないようです。また、北京では北京以外の中国国内のすべての地方の人を「外地人」と呼ぶそうです。こういう小さなところに、相互理解を深める大きなヒントがあるのではないかと私は思っています。

問題は、この作品の「よそ者(外地人)」とは誰なのか。「よそ者」は一体何を描こうとしているのか。これこそが、この作品の最大の謎だと、葉さんは言います。
そして、それに関していくつかのヒントを与えてくれましたが、葉さん自身、確答があるわけではありません。さらに謎は、それ以外にもたくさんあり、読み終えてもその答えは見つからない。この作品はそういう作品なのです。

葉さんは、残雪の作品を読んでいていつも戸惑ってしまうが、その戸惑いの理由を知りたい、と話してくれました。そして、そのために、この作品を読み解くいくつかの仮説を提示し、話し合いに入りました。

参加者からは様々な意見が出てきました。
戸惑っているわりには、いや戸惑ったからこそ、というべきでしょうが、さまざまな意見が堰を切ったように出てきました。残雪の意図はまさに成功しています。
そのいずれもが、とても示唆に富むもので、作品を読み解くヒントが含まれているのですが、いろいろな解釈を聞けば聞くほど、混乱します。でも間違いなく世界は広がります。同じ記述も、人によって解釈が大きく違うこともある。
後で、葉さんが、今回はとても話が盛り上がってよかった。いつもながら、いろんな読み方があるのね、と改めて思いました、と言ってきたほどです。

作品を読んだ人でさえ、わからないのですから、作品を読んでいない人には話し合いの内容を紹介しても意味がないですね。
それで、話し合いから外れますが、残雪の作品について勝手な私見を少しだけ紹介します。関心を持ってもらえたらぜひ読んでほしいと思います。

前にも書きましたが、残雪は「中国のカフカ」といわれています。
たしかに、論理の飛躍や不条理な展開など、類似点もあります。そしておそらくカフカも残雪も、読者に受動的に作品を読むのではなく、読者自身に作品を読むことで自らの物語を創造してほしいと考えているように思います。残雪は、カフカに関する論考の中で、「カフカを「読む」とは、書き手の「共謀者」として意味の創造に参与していくこと」と書いていますが、残雪もまた読者に同じことを期待しているように思います。
しかし私にとっては決定的な相違点があります。それは作品全体に含意されているメッセージが向いている先がまったく違うことです。
カフカの作品は、社会に向いているのに対し、残雪のそれは読者の心に向いている気がします。実際に残雪は、自らの作品を「魂の探求」と呼んでいます。その違いのために、私はどうも残雪の作品が苦手なのです。
これは、中国社会の置かれている現状にも大きく影響されているのでしょう。

そのためもあって、私はこの作品がどうも好きになれませんでしたが、ただ、「論理的な思考を捨て、もっと根源的な感覚(無意識)で世界を捉え直せ」という残雪のメッセージには、共感できます。残雪ほどではないのですが、私自身そういう姿勢を大事にしていますので。

こう書いてきてしまうと、この作品への興味を持ってもらえないかもしれません。
しかし、この作品に挑戦してみるのも面白いです。カフカの作品ほど長くないので、ある意味では挑戦しやすいですし、自分を問い質すのにはいい作品かもしれません。
たとえばこの作品には、多くの生物が出てきます。それらが何を象徴するのかを考えるだけでも面白いかもしれません。
ともかく「途方に暮れる作品」ですので、一度、挑戦してみるのも面白いです。

しかし、こんなにも読者を途方に暮れさせるにもかかわらず、世界的によく読まれ、ノーベル賞候補にもよくなるのはなぜなのか。
そこにも興味があってか、葉さんは、残雪の作品をこれからも取り上げたいと言います。ただし、つづけてだと疲れますので、次回は違う作品を取り上げ、また少し間をおいて読むことになりました。
次回(6月14日)は、裘山山の作品「道聴塗説」をとりあげます。
今回の作品と同じ「中国現代文学」11号(ひつじ出版)に収録しています。
同誌ご希望の方はご連絡ください。葉さんにお願いして取り寄せますので。

読者会的なサロンの報告は難しいです。
やはり参加するのが一番です。
中国を理解するためのちょっとした話もいろいろと伺えます。
文学好きな方に限らず、ぜひ気楽に参加してほしいと思います。

蛇足ですが、せっかく、中国現代文学翻訳会のみなさんと出版社ひつじ書房が、定期的に中国文学を紹介してくださっています。
もっと多くの人の目に触れて、各地で読書会が広がっていかないものかと思います。
なにかいい方法はないものでしょうか。

 

 

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■節子への挽歌6649:核のリアル

節子
今日は折原さんによる核のリアルをテーマにしたサロンでした。
ところが時間になっても参加者が集まらないのです。
このテーマ、しかも今核兵器保有が取りざたされているときですから、参加者は多いと考えていたのです。
来たのは栗山さんと升田さんだけ。

サロンの報告は時評編のほうで別途行いますが、最初に黒澤監督のオムニバス映画の『夢』から「赤富士」と「鬼哭」をみんなで見ました。
折原さんは、この作品で核の恐ろしさをリアルに実感できるのではないかと考えています。今回、作品を見た参加者の2人もそう感じたようで鵜Sが、私は逆効果絵はないかと思いました。
あまりに「つくっている」からです。
この作品よりも、被爆地に立った一人の子供の写真のほうがよほどリアルを伝えてくるような気がしました。

折原さんは、核兵器が使われた場合のシミュレーション映像も見せてくれました。
いわゆる「核の冬」の到来も描かれています。
これも私には全く退屈でしたが、参加者はみんな恐ろしさを実感できたという。

私の感覚はかなりずれているようです。
感覚がずれているとサロンの参加者とも話が合わないはずです。
やはり私の言葉はあまり理解されていないのかもしれません。
リトマス試験紙役をはあたしていた節子がいなくなってから、どうも私はますます社会から脱落しているようです。

困ったものですが。

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2026/02/13

■手の面白さ研究会が始まります

新たに始まる「手の面白さ研究会」のご案内です。
湯島でもいろいろなサロンを開催している国際箸学会の主催です。

国際箸学会は現在、箸技サロンや箸ラボなど、いくつかのサロンを開催していますが、今回新たに、手の面白さをテーマにした研究会をスタートさせます。
研究会ですから、サロンとはちょっと趣向が違いますが、たぶん最初はサロン的なスタイルでスタートすると思います。

なぜ「手の面白さ」なのか。
清水馨八郎さんは、「手の解放」こそ人間を動物から解放した最大の契機であると言っています。さらに、日本人は手の文化、欧米人は足の文化とも。
日本の手の文化は、モノづくり文化につながっています。
国際箸学会会長の小宮山栄さんも、「モノづくりの基本は〈手〉だと言い、〈手〉にこだわってきました。そこから生まれたのが箸技ゲームです。

ところが最近、その「手の役割」が工業化文明によって奪われつつあります。「手仕事」という言葉も次第に使われなくなってきています。
小宮山さんはそうした動きに大きな懸念を持っています。

そこで、手に焦点を合わせて「手の働きの面白さ」を再確認し、「手でなくてはできないこと」を整理しながら、「手の文化」を掘り起こしていく研究会を立ち上げることになりました。現在のメンバーは、好奇心の塊のプロダクトデザイナーの河端伸裕さん、高等遊民会議の杉原学さん、そして小宮山さんと私です。

杉原さんによれば、「手の面白さ研究会」は、「手の面白さ」を再発見する会で、研究会での話し合いをベースに、『手の面白さ』を本にまとめる計画もあります。
入会募集中です。ぜひご参加ください。
「手仕事」「手の文化」「モノづくり」などに関心のある人はぜひ。そして人生に退屈している方はもちろん、人生を楽しんでいる方も、ぜひご参加ください。
ともかく「面白い研究会」になるはずです。

第1回の研究会(3月8日)は、創案者の小宮山さんに「技と手」「日本文化と手」「人の手とゴリラの手」などの話から、この研究会への思いを語ってもらい、どういう形で研究会を展開していくかを自由に話し合いたいと思います。
詳しくは、杉原さんから案内があると思います。
お時間が許せば、ぜひご参加ください。

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■節子への挽歌6648:手の面白さ研究会(2026年2月13日)

節子
今度また小宮山さんたちと一緒に「手の面白さ研究会」を立ち上げることにしました。
しかし今回は、先行きも考えて、中心になって動く役割を高等遊民会議の杉原さんに頼むことにしました。
おかげで気楽に参加できることになりました。
頼む以上は最初の基本設計が大切です。
ところがその点で小宮山さんと何回か話していますが、なかなか合意できないのです。手の面白さといってもさまざまな取り組みがあります。そこで私と小宮山さんとはちょっとずれているのです。

しかし、はやく動き出さないと私も小宮山さんも、先が長いわけではないのでともかく動き出そうということになりました。
それで大枠を決めてスタートすることにしました。

さてどんな展開になりますか。
杉原さんがどう展開してくれるか楽しみです。

3月8日スタートです。

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2026/02/12

■節子への挽歌6647:イシモトさんからのうれしいプレゼント

節子
節子が逝ってしまってから知り合った人とのつきあいのほうが最近は多くなってきました。
まあ、それは仕方がありません。

今日は柏のコミック編集者のイシモトさんとエヴィーバで会食しました。
イシモトさんは、以前、豊四季にいたことがり、時々、エヴィーバの前を通ったことがあったそうで、エヴィーバも覚えていてくださったのです。
いつか行ってみたいという話を聞いたのですが、今日ようやく会食できました。

イシモトさんはコミック編集者ですが、日本橋発の旧街道をすべてバイクで走破しているそうです。
つい最近は中山道を走破してきたそうで、その話も聞きたいなと思ったのです。

イシモトさんには前に湯島でサロンをしてもらったのですが、ともかく話題が多く、とても話しきれませんでした。今日もいろいろとお話を聞きましたが、実に興味深い話ばかりです。

うれしいことにイシモトさんは手塚治虫の『ブッダ』全8巻を持参し、CWSライブラリーに寄贈してくれました。
『ブッダ』は、かつて読んだときに、この本は中学校の副読本にしてほしいなと思ったほどの作品です。あまり話題にならなかったのが残念です。
私も久しぶりに読み直そうと思います。
安彦良和さんの『アリオン』もと言ってくださったのですが、『アリオン』は私も全冊持っています。これも読み直そうと思います。『ブッダ』もあるはずなのですが、最近の書庫解体で行方不明になってしまいました。

『はだしのゲン』が蔵書されている図書館も教えてもらいました。
『はだしのゲン』は最初の数冊しか読んだことがないので、改めて全冊読んでみようと思っているのですが、なかなか出会えていないのです。

イシモトさんの次の取り組みのお話も少しお聞きしました。
これまた実に魅力的なテーマです。
楽しみです。

それにしてもコミックの話をするときのイシモトさんは、実に輝いています。
私もまた、コミックを読んでみようと思います。

ザボンの手作りジャムももらいました。

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■明日から3日つづきのサロンです。

明日2月13日から湯島では3日続きのサロンです。
お時間があればどうぞ。

2月13日 オープンサロン
今回は先の衆院選の結果を話題にしたいと思います。

2月14日 折原さんの「核兵器のリアルを考える」
今年の重点テーマの一つ、核時代をどう生きるか」の3回目です。

2月15日 升田さんの万葉集サロン
今回は藤原宮の役民たちが詠った歌を読みます。

いずれも2時から4時の予定です。

 

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2026/02/10

■選挙が終わっても相変わらずの罵り合いにはうんざりですね

ネットの世界でさかんにコメントしている人は、どうして自分がないのでしょうか。
それとも自信がないのでしょうか。
自信がないから、ついつい過剰の強い表現になるのでしょうか。
誰かの言動に非難ばかりで、自分の主張はほとんどない人が多いですね。

みんな勝ち馬に乗りたいだけの貧しい(経済的ではないですよ)人なのかもしれませんが、落選した政治家や予想を間違えて評論家、あるいは敗北した政党の人にまで、ここぞとばかり悪口を突くのは実に不快です。そこまで自分を貶めなければいけない状況には、まあ同情はしますが。
私の記事にさえも、非難してくる人がいるのですから、よほど、心が荒れている人が多いのでしょうね。
そういう社会をだれがつくったのか。80代の私も、その責任の一端を担っているのでしょうね、反省しなくてはいけません。

しかしこれからますますそういう人が増えていく恐れがあります。
子どもたちや若い世代がそういう状況の中で、情報に接していきますから。

この殺伐とした社会。
貧しいのはお金ではなく、心でしょう。
働かされて働かされて働かされてしまっているからでしょうか。
ちょっと余裕をもって他者に接すると、悪いところばかりではなく良いところも見えてきます。他者の良いところが見えてくると、自分の良いところにも気づきやすくなる。

まずは誰かを罵倒するのをやめるといい。
言葉遣いひとつで、人は変わりますから。
良いところを見つけて、それを真似るといい。

選挙は闘いであって、戦いではないのですから。

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■湯島サロン「水素はなぜ健康に役立つか」報告

健康に関する「水素の効用」をテーマにしたサロンの3回目です。
今回は、ご自身でも体験実践されて効用を確認されているサイエンティストの山森俊治さんに、「水素はなぜ健康に役立つか」を、ちょっと専門的な視点から解説してもらいました。題して「慢性炎症・老化・エネルギー代謝に挑む分子の物語」。
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さまざまな視点を盛り込んだ資料を用意してきてくださって、とても内容の濃いサロンでしたが、当日になって参加できなくなった方も数名いて、参加者が少なかったのがとても残念でした。多くの人にぜひとも聞いてほしい内容でした。

山森さんはまず、目に見えない小さな分子「水素(H₂)」の話から始めました。
水素は物質でありながら量子力学的な存在であり、粒子であり波であり、確率であり可能性である。その曖昧さは、私たちが「癒し」や「生命力」と呼ぶものの本質に似ている。科学と自然が交差するこの分野には、癒しと再生のヒントが潜んでいる。そして、ともかく水素には副作用なくいろいろな効用がある、というのです。

つづいて「炎症」の話。生体に対する刺激や侵襲によって生じる局所的反応の一種である炎症のメカニズムを図解してくれた後、炎症こそ万病の元であり、加齢に伴う老化は、免疫の機能を落とし(免疫老化)、炎症を慢性化(炎症老化)しやすくすると話してくれました。
老化の原因は、主に活性酸素による損傷が蓄積して体の機能が衰えることだそうですが、この活性酸素には「善玉」と「悪玉」があるそうです。
そして、免疫システムや活性酸素の話やミトコンドリアについて、解説してくれました。
このあたりは資料に詳しく解説されているので、もしご希望者があれば、山森さんの了解を得て送らせてもらうようにします。

こうした基礎知識を解説してくれた後、いよいよ「水素の効能」へと話は写りました。
一言で言えば、水素は悪玉活性酸素だけと結びつくことで、悪玉活性酸素を無害な水へ変化させる。副作用がないのはよくわかります。
つまり、水素は、ミトコンドリアの劣化防止や抗炎症作用を持ち、細胞機能低下を抑制し、老化を大幅に遅らせるのです。
具体的な水素の効能に入る前に、もう少し基礎知識の話がありました。
抗酸化システム、食品添加物のデドックス、アセトアルデヒドの毒性、オートファジーと水素の関連などなど、基礎的な知識とはいえ、私には消化不十分なので報告は省略。まあ山森さんのお話を何回か聴いているうちに理解は進むでしょう。

そしていよいよ「水素の効能」の話です。
この話は、過去2回の水素サロンで近藤さんや鈴木さんが解説してくれていますが、そうした効能がなぜ生まれるのかを今回山森さんはていねいに解説してくれました。
ここは基礎知識をもう少し深めてじっくりと聞かないとそう簡単には消化できませんが、山森さんは資料としてしっかりまとめてくださっているので、自学自習できそうです。

私が今回、一番興味を持ったのは、水素が老化を制御する、つまりアンチエイジング効果があるということに関して、山森さんが「白寿者と水素産生菌との関係」を話してくださったことです。
ちなみに、水素産生菌とは、腸内で水素を産生することが知られている菌種だそうです。
これらの菌は、腸内で発酵を行う過程で水素を生成し、腸内ガスの一部として放出されるそうですが、その水素は体内で抗酸化物質として働く可能性があり、特に慢性炎症や老化関連疾患への影響が研究されているそうです。

白寿者(百寿者)とは、99歳以上の高齢者を指す言葉で、日本では長寿の象徴的存在になっています。
白寿者の腸内には、善玉菌の比率が高く、水素産生菌も比較的多く存在する傾向があるとする報告があるそうです。これは、炎症の抑制や免疫機能の維持に寄与している可能性があると山森さんは言います。白寿者の呼気には水素が沢山含まれていることも報告されているそうです。
白寿者の多くは、発酵食品(納豆、漬物、味噌など)を日常的に摂取しており、これが水素産生菌の定着と活性化に寄与している可能性があるとしても、いずれにしろ長寿者は水素産生菌をたくさん持っているということなのです。とても興味があります。

つまり、長寿の人間は、抗酸化作用を持つ水素を自分でたくさん発生している。ということは、たとえ外部からでも「水素」を取り込むことは、生命現象となじむと考えてもいい。「水素」は生命体にとっては、自然に近いものなのではなのか。
副作用がないということが、とても納得できました。

水素に関しては、3.11福島原発事故の後、放射性汚染除去をテーマにサロンをやったことがありますが、冒頭、山森さんが「水素は宇宙を根底から支配する究極の物質」といったことの意味が少し理解できました。
水素サロンは継続して時々開催したいと思います。

私自身、この2年半、水素風呂や水素ガス吸入などを体験し、その効用を実感しています。私ばかりではなく、湯島の水素サロンの話を聞いて、数名の方が水素免疫療法に取り組んでいますので、次回はそういう体験者のみなさんに、実際の体験報告をしてもらおうと思います。
できればいろいろな知見を集めておきたいと思います。
水素に関心のある方がいたら、ご連絡ください。

 

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2026/02/09

■1日、あれやこれやと考えていました

昨日の選挙結果をじっくりと見ながら、今日はいろいろと考えて過ごしました。
それにしても、いまの小選挙区制度では、投票者の変化が拡大される仕組みになっているようです。

それにしても立憲民主党は今回、政権交代の可能性があったにもかかわらず大きなミスをしてしまいました。これに関しては中道連合発表の時に書きましたが、自ら解党してしまい、公明党に吸収されました。前原さんの時の希望の党の繰り返しです。なんでそんなバカげたことをしたのか、しかも選挙直前に、です。敗北は目に見えていました。
与党時代に野党に政権を投げ出したのも野田さんでしたが、今回の身売りも野田さんです。これは何を意味しているのでしょうか。

テレビでは、自民党の圧倒的勝利と盛んに言っていますが。勝利したのは自民党でしょうか。あるいは立憲民主党が大敗北したと言われますが、これもそうでしょうか。
勝ったのは高市さんであり、負けたのは野田さんではなかったのか。
若い世代が政治に関心を持ちだしたとも言われますが、これも本当でしょうか。政治を勘違いしていないでしょうか。
政治資金や統一教会などの黒い噂のある人たちもみんな戻ってきました。
統一協会と創価学会が勝利したとまでは言いませんし、トランプが勝利したとも言いませんが、どうもすっきりしません。

何やらすっきりしませんが、高市さんへの期待もないわけではありません。
高市さんは、これも話題になっていますが、他党や他者の悪口はあまり言いませんでした。それに対して、これまで罵倒し合っていた立憲と公明党は急に相手を褒めだしました。高市さんのスピーチは聞いていて不快さはあまり感じませんが、中道連合や野党のスピーチは聞いていて不快なことが多いです。
悪口ししかいわない人には投票しようという気にはなりません。

とまあこんなことしか考えられないほど、今日は元気が出てこなかったのです。
なにしろ私が支援していた唯一の政党のれいわ新選組が消えてしまいそうになってしまいましたから。
いずれにしろアメリカ産軍複合体のために社会保障費を削減して防衛費を拡大し、円安を進めて経済力を低下させ、企業の株価を上げて株式投資などできない貧しい生活者の生活は困窮化させる。言論封じ込めは加速されるでしょう。

それに対処するにはどうしたらいいのか。何ができるのか。
孫のために、真剣に考えなければいけません。

2月13日午後、湯島でのオープンサロンでは、この選挙結果を話題にしたいと思います。
今回の結果を歓迎している人、ぜひご参加ください。
私の悲観論を打ち壊していただければうれしいです。

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■ザムザの気持ち

朝、起きると世界が変わっていました。
グレゴール・ザムザを思い出しました。彼には新しい世界はどう見えたのでしょうか。彼の場合は、変わったのは自分ですが。

昨夜、眠る前にある程度わかっていたのですが、これほどの激変とは思っていませんでした。
いつもは元気をもらえる日の出が、黄昏に見えて仕方がありません。
れいわは沈み、立憲主義は名実ともになくなり、物価はますます上昇し、生活の格差はさらに拡大するでしょう。
税金はますます「国益」(たとえば軍事費や原発開発費)のために使われ、国民の安心には向かわなくなるでしょう。

でもそれが国民の多くが望むことなら、それもひとつのあり方です。
そうやってこの400年、世界は進んできたのですから。
私の生き方は変えるつもりはありませんが、孫の時代が心配です。

カフカを読み直そうと思います。
ザムザから学ばなければいけません。

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2026/02/08

■私にとっての選挙投票行為は明日まで続きます

今朝、投票に行ってきました

今日の今朝まで、いろいろと考えました。
選挙結果は今日の8時にはわかります。
でも私の場合はそれで「選挙投票行為」は終わりません。
結果を見て、明日は改めて日本の政治をじっくりと考える日にしています。

選挙は投票するだけでの行事ではありません。
私は、投票よりも、国民一人ひとりが、普段は政治家に任せている政治について、自分の問題としてじっくり考えることが、選挙の意味だと思
ています。

今日の朝日新聞の「日曜に想う」にコラムニストの吉田純子さんが書いていた文章を紹介します。

今日は他の誰のものでもない「私」の心を、1票という形で「私」自身が可視化する日だ。政治への無関心は、己への無関心に通ずる。喧騒を離れ、今日だけは独り静かに自問してほしい。選挙というものの真の意義は、おそらくそこにある。

全く同感です。
私の投稿記事にさえ、他者を罵倒するようなコメントも少なからずありますが、これもいまの日本の政治家のまねをしているのでしょうか。私は、他者よりも自らに目を向けてこその選挙ではないかと思っているのですが。他者を罵倒しても、自らを貶めるだけなのですが。
噂やマスコミ情報に操られて、自分を失っている人がいかに多いか。
今回、改めてそれを実感させられました。

私にとっての、選挙投票行為は、明日まで続きます。

ちなみに2月13日(金曜日)の湯島のオープンサロンは、今回の選挙結果を話題にできればと思っています。
どなたでも歓迎です。私の私見にいろいろとコメントくださっている方、ぜひご参加ください。
学ばせてほしいと思いますので。

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2026/02/06

■今回の選挙結果(当たらないために)

今回の選挙結果はどうなるでしょうか。
選挙結果をいつも予想しますが、私の予想は当たったことがありません。
それで、はずれることを願って書いておくことにします。
もしかしたら、私の予想は外れるというこれまでの実績?が現実になるかもしれません。
それを心から念じながら。

結論的にはやはり高市さんの一人勝ちでしょう。
自民党は高市さんに救われました。かつて小泉さんに救われたように。そしてどんどん日本の政治は劣化していくでしょう。あの時から日本は堂々と壊れだしました。
中道連合は半減するという最近の予想は私も当初からそう思っていました。完全な独りよがりの党中枢部の判断は通用するはずがありません。さすがに今回は私も中道連合には投票したくありません。
野田さんよりは私は高市さんのほうを支持していますが、高市政権は長くは続かないでしょう。隙がありすぎですから、誰かがまたでてきてキャストを変えるでしょう。
かくして日本の政治は相変わらず変わらない。
困ったものです。

賛成党は予想以上に伸びる気がします。みらいは間違いなく伸びるでしょう。
そこには希望と不安が同居しています。政治がビジネス化し、結局その先にあるのはAI政治かもしれません。

維新や国民民主も今回の選挙で衰退に向かうでしょう。
私が期待する唯一の政党の「れいわ」は、今回生き残られれば反転に向かうでしょう。もちろん上向くという意味です。但しもっと「開かれた政党」にしないとだめでしょうが。

テレビの報道を見ていて、あまりに憂鬱になったので、つまらないことを書いてしまいました。
明日は大雪かもしれません。でもみなさん、ぜひ投票に行きましょう。
雪も怖いですが、暴走する政府はもっと恐ろしいですから。

しかしこう書いてみると、なかには当たってほしいものもあります。
やはり政治はそう簡単な論理問題ではなさそうです。

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■第1回湯島憲法サロン「安保政策と日本国憲法改正を考える」報告(2026年2月1日開催)

改めて憲法の勉強をしたいという富沢このみさんの提案でスタートした「湯島憲法サロン」の第1回目は、参加者が少なかったのがとても残念ですが、とてもいいサロンになりました。
これから継続開催していきたいと思います。
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富沢さんは、昨今の安保政策などが気になりだして、改めて憲法を学び直そうと考え、憲法関係の本を読みだしたそうです。その一冊の佐藤欣子さんの『お疲れさま日本国憲法』(TBSブリタニカ 1991年)には、現行憲法には、国家の理念が欠けており、国民の義務が明記されていない。その結果さまざまな問題が起こっていると書かれていた。最初に私が富沢さんからメールをいただいたのは、なぜ日本国憲法にはこの2点がないのかという問いかけでした。
私にとっては、その問いは「思ってもいない問い」でしたが、富沢さんもそこからさらにいろいろと調べられたようです。

今回、ご自分の疑問を整理し、それを考える材料まで集めてくださって、問題提起してくださいました。当初の疑問のいくつかは、すでにご自身で解いていらっしゃいましたが、それも含めて、話してくださいました。

富沢さんはまず「憲法とは何か」という問いから始めました。
「国家権力を縛るもの」、そして「国柄を示す国家の理念を示すもの」というのが、現在、富沢さんが行き着いた結論のようです

日本国憲法に「国民の義務が明記されていない」というのは事実誤認ですが、憲法が「国家権力を縛るもの」であるなら、そこに「国民の義務」が書かれているのはなぜなのか、という疑問が生まれます。富沢さんは世界の憲法でも、国民の義務が明記されている国と明記されていない国があることを調べてきてくれました。ここから「国家と国民」の関係が透けて見えてきます。それはまさに「憲法とは何か」を示唆しています。
そして、「日本の憲法とは何か」「日本に主体性はあるのか」という問題にもつながっていきます。さらに、例年5月に開催してきた憲法サロンでよく話題になる「日本国憲法と日米安保条約の関係」へとつながっていく。

「国柄を示す国家の理念を示すもの」に関しては、前文も含めて現在の日本国憲法には十分表記されていないと佐藤欣子さんは書いていますが、そうでしょうか。
富沢さんは、日本国憲法の前文や自民党の憲法改正案、それに併せて大日本帝国憲法の告文や憲法発布勅語まで紹介してくれました。また、国の理念を明記している他国の憲法の例も紹介してくれました。
日本国憲法が「天皇」から始まっていることに関しても話題になりました。そうしたなかに、まさに日本の国の形が示唆されていると言う人もいるでしょう。

富沢さんはまた、日本国憲法が「護憲・改憲」論ばかり盛んで、他国の憲法のように、修正がまったく行われてこなかったことと憲法裁判所がないことに関しても問題を投げかけました。あまりに強い憲法改正アレルギーで、憲法そのものが私たち国民の手の届かないところにあることが問題なのかもしれません。

そして後半は、憲法第9条と日米安全保障条約の話題へと移りましたが、これに関しては時間の関係で、富沢さんの集めた情報や問題の紹介が中心で、話し合いを深めるには至りませんでした。これは、自民党改正案も含めて次回取り上げられる予定です。

最後に富沢さんは、「どういう国にするかを明示する必要があるのではないか」「国家権力を縛るもので合って欲しいが、「主権者である」国民の義務もやはり大切ではないか」「国民の中にある根深い不信感(再び戦争するのでは)が逆に憲法を国民から遠いものにしているのではないか」というような問題提起をして、次回への課題を与えてくれました。

私が今回、改めて感じたのは、やはりどういう書籍や専門家の話から入るかで、考え方は大きく方向づけられるということです。だからこそ、いろんな考えや立場の人と話し合うことが大切なのだと思いました。

中途半端な報告になってしまいましたが、むしろこのサロンを通して、問いかけ者の富沢さんが何を学び何に気づいたか、また話してみてどんな感想を持たれたか、などを報告してもらえれば、サロンの雰囲気や価値が伝わるように思いますので、富沢さんにお願いしようと思います。富沢さん、ぜひお願いします。

第2回憲法サロンは3月1日(日曜日)を予定していますが、次回も富沢さんにお願いしたいと思います。今回と同じく、富沢さんの問いかけをもとに、みんなで話し合えればと思います。参加者の素朴な問いかけも大歓迎です。

どんなに小さなことでもいいです。わからないこと、気になること、そんなことを話題にする憲法サロン。この憲法サロンは継続します。
月に一度くらい、憲法に関して話し合う機会があってもいいでしょう。
ぜひ多くの人の参加をお待ちしています。
問いかけたいことがあれば、ご連絡ください。

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■節子への挽歌6641:死者を弔うとは死者と共に生きること

節子
久しぶりに若松英輔さんの『霊性の哲学』を読んでいました。
前回は見過ごしていましたが、そこに吉満義彦さんのこんな言葉がありました。

死者を弔うとは死者と共に生きること。

以前は、節子にだけこの言葉が当てはまっていましたが、最近は、ようやくこの言葉が誰にも当てはまっていることを実感できるようになりました。
そしてこの言葉がしっかりと実感できると、死のイメージが変わります。

この数日、改めてそのことを実感しています。
要するに、「死んだ」などと思わずに、遠くに行っていると思えばいい。
そしてまた会えると確信すればいい。

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2026/02/05

■節子への挽歌6640:悲報続きで喪から抜け出せません

節子
今日から動き出そうと思っていましたが、今度はかなりの腰痛が襲ってきました。
結局、今日も出そびれてしまっていましたが、また青木さんがやってきました。
青木さんは近くに温泉施設が建設されるに伴って生じるであろう交通混雑を気にしています。
それで市役所や警察、あるいは業者などに働きかけているようですが、その報告です。
本来は、そうした活動は市議会議員が取り組むべきなのですが、なかなか取り組んでもらえないのが青木さんの不満です。
というわけで、私がその怒りの聞き役になっているわけです。
青木さんには、あまり怒ると身体に良くないといつも言っていますが、まあ人のいい青木さんは私に一渡り怒りをぶちまけるとすっきりするようです。

わけです。

ところで半田さんのことは一応、この3日間で自分なりに決着をつけたのですが、なぜか続けてまた訃報やら病気の話やら、連日のように悲報が届きます。
寒さも関係しているのでしょうか。
私自身もひどい腰痛に陥っていますが、気の滅入る日が続いています。

この1週間、朗報が皆無です。
一つくらい朗報がやってきてもいいはずですが。

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2026/02/04

■節子への挽歌6639:節子の誕生日なのに嫌な1日になってしまいました

節子
今日は節子の誕生日。ユカとまずはお墓参りに行きました。
節子が活きていたら、80歳。イメージしがたいです。

それに半田さんの喪にも服する1日でした。
半田さんのことはいろいろと考えてしまいますが、もしかしたら本当は生きているのではないかなどとつい考えてしまいます。
あり得ない話ではありません。

というわけで、今日はいろいろと思いにふけりたい日でした。
ところが、なぜか朝から電話が続きました。
それも何も今でもいいじゃないかという電話が多く、いささか気が滅入っていました。
極めつけは、あまり親しくない知人から、政治に関して2人だけで話したいので、電話くださいというメール。そういう人のために湯島でも何回もサロンをしているにもかかわらず、そういう時には顔を出さずに、よりによって私が静かに喪に服している日に電話をくれという。どういう感覚をしているのかとムッとしました。
相手に電話番号を知らせていないということは、電話ではつながりたくないということなのに、それさえ気づかない。ともかく目線が高いメールです。
仕方ないので、時間の合間に電話しましたが、腹が立っていたので対応がぞんざいになり、おそらく相手は気分を害したことでしょう。
私も電話が終わった後、後味がともかく悪い長電話になってしまったのです。

電話は相手の状況などお構いなしにやってくる。
よほど親しい間柄でない場合は、避けるべきだろうと改めて思います。

せっかくの節子の誕生日にもかかわらず、ともかく今日はとてもいやな1日になってしまった。
しかし、救いは最後の長電話でした。
これは節子もよく知っている小宮山さん。
あるプロジェクトを起こすことにしたのですが、それに関しての意見の違いの電話です。
小宮山さんの場合は、意見の違いがあっても、お互いにわがままを言い合えるので、腹は立たないし、気が滅入ることもない。
小宮山さんとのやりとりで少し救われた1日でした。

やはり友だちはいいものです。

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■司法の役割

司法には2つの役割があります。
「犯罪」を裁くことと「犯罪」を予防することです。
「犯罪」とは何かという問題がありますが、今回それは棚に上げておきます。

安倍元首相銃撃事件の奈良地裁の判決に対して、山上被告は控訴を決めました。
当該判決に関する前回の投稿はいささか過剰な反応を起こしてしまいました。
今回はそうならないことを祈ります。

私が問題提起したいのは、司法のあり方の問題です。
日本の司法は、砂川事件の統治行為論以降、政治の下部組織になってしまっていることを指摘したかったのですが、余計なことを書いたために伝わりませんでした。

司法の役割ですが、生活上、何か問題があれば司法に訴えれば解決してくれるという一面があります。それがうまく機能すれば、私刑を含め犯罪は予防されるはずです。
山上さんは統一教会との関係で、司法(広義)に相談したにもかかわらず、解決してもらえませんでした。そのため、彼は「被害者」として追い詰められたのです。犯罪を予防するはずの司法が機能しなかったといってもいいでしょう。

そこで山上さんは、仕方なく、司法制度以前の自分で解決するという方策に向かいました。制度が被害者の自分を助けてくれないのであれば、自力救済しかないと考えたのでしょう。しかし、いまの社会ではそれは「犯罪」です。そして「犯罪」が行われ、彼は「加害者」になってしまった。

犯罪は裁かなければいけません。そこでもう一度、司法の出番が来ます。
ここで注意すべきは、裁くのは「犯罪」であって、「犯罪者」ではないということです。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は最近では死語かもしれませんが、「犯罪」と「犯罪者」は違います。
「犯罪」を裁くには、事実を明らかにしなければいけません。
つまり司法が「犯罪」を裁くとは、事実を明らかにしていくことです。被告を呼び捨てにして、人権をはく奪することではありません。疑問があれば、その疑問を解かなければいけません。疑問を隠したり、都合のいい事実を作り上げることではありません。
私が思うには、奈良地裁の裁判では、そこが十分になっていない気がします。

しかし、ここからがややこしい。
裁かれるのは「犯罪」であるとしても、その罰を背負うのは「犯罪者」だからです。
加害者と被害者は、実はコインの裏表です。どこに視座を置くかで違ってくる。
そこで情緒的な同情論などが入り込んでくると、事実は見えにくくなってしまいます。
「情状酌量」は同情論などであってはいけない。裁くのは「犯罪」でなければいけない。
同情は事実を見えなくしてしまいます。

さらに「犯罪」は、どこまでを視野に入れるかで、全く違ったものになる。
その「犯罪」が起こした結果も配慮すべきではないかと思います。「犯罪」が人を救うこともある。そもそも「犯罪」とは、法律に反する行為です。マイナスばかりではありません。そこがややこしい。

いずれにしろ、「政治性」をどれだけ排除して、事実を事実として把握しようとするか。
今回の事件ですが、刑事事件である以上、控訴しても、事実がそう広げられて開示されるわけではありません。
しかし、その気になれば、この判決のその後の動きから、いろいろな気づきをもらえると思います。
私も関心を失わずに、その後の動きをフォローしていきたいと思います。

 

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2026/02/03

■政治の「非人間化」

排外主義的なポピュリスト政党が世界中で擡頭しています。
日本でも例外ではなく、選挙のたびに、その勢いは強まっています。

今朝の朝日新聞にアウシュビッツ・ビルケナウ博物館長のピョトル・ツィビンスキさんのインタビュー記事が載っていました。

Sinnbun20260203
とても共感できる発言がありましたので、多くの人にも読んでほしくて紹介させてもらいます。

「政治家からポピュリスト的な発言が一つ出ると、他の政治家たちはより過激なポピュリズムに走らざるを得なくなる。その結果として、言葉の上で『非人間化』が急速に進みます。」

まさに今、テレビで毎日見ている選挙立候補者の演説が、そうです。
うんざりしながら聞いていますが。

ツィビンスキさんはさらに続けてこう言っています。

「政治的に対立する側、異なる思想を持つ人を『敵』と呼び、完全な人間として扱わないような提案を始めます。こうした、状況が退行していることを示す初期の兆候を見た時、自分に何ができるかを考えなければなりません。」

自分に何ができるか。
少なくとも異論者を「敵」と見なしたり、その論を非難することだけはやめようと思います。
どんな意見にも、学ぶべきことはりますから。

 

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■第7回SUN10ROサロン「魂創造論」報告

今年最初のSUN10ROサロンは、映画上映はなく、河村監督が昨年、書いた「魂創造論」の話を、語ってもらいました。

 Sun10ro20260130

河村さんは、宇宙がまだ存在せず、時間も空間もない超エネルギーの場に、「ただ一つの存在」があったと話しだしました。その「存在」は、すべてを包含する「完全な存在」。ある宗教では、それを「神」と呼んだというのです。

そこから生まれた「宇宙」はまた、すべてのものを生み出す場ですが、与えられて生まれるのではなく、創り出し、育て上げていくことで生み出されてくるというのです。
魂もまた、そとから与えられるのではなく、そこで生まれた生命が、自ら織り上げていくもの。言い換えれば、「魂は創られるもの」だというのです。「創る」のは、私たちそれぞれ。誰かが創ってくれるのではないのです。
この宇宙は、魂を生み出す豊饒さを持っている。その豊穣な世界の中で、魂を創造していくことこそが、「生きること」だというのです。

河村さんの著書『魂創造論』は、副題に「愛と意志による情報存在としての魂の生成と進化」とあり、人間の意識、霊の本質、そしてそれが宇宙といかに関わり、響き合っているのかという壮大なテーマが展開されています。
その背後にあるのは、量子情報理論や倫理哲学、宗教的直観です。「魂創造論」は、物理的な宇宙と霊的な実存とを結び直す「橋」だと、河村さんは書いています。
そして、有名な問い、「私たちは、どこから来て、どこへ向かうのか」の答えが、ここにあるというのです。

サロンでは、そういう壮大な理論を、時にご自身の人生と重ねながら、語ってくれました
しかし、なかなか難解で、うまく消化できません。しかし、河村さんが伝えようとしている思いは、なんとなく共感できる気がします。河村さんの「魂創造論」をただ語っているだけではなく、河村さん自身が実践しているからかもしれません。今回もそれが参加者には伝わったと思います。

河村さんは、同著書のあとがきにこう書いています。

魂は、神から与えられる不変の本質ではなく、私たち-人ひとりの選択、赦し、共感、悔恨、愛、希望といった行為や感情の総体として、日々織り上げられていく動的な情報存在です。そしてその魂は、宇宙に響き、神と共鳴しながら、新たな秩序と意味を生み出す存在となっていきます。

さらにこう続けます。

どのような魂を創り出すか-その問いは、どのように生きるか、そして死んだあとに何を宇宙へ提出するかという問いに重なります。あなたが今日選んだ愛のひとしずく、赦しのまなざし、想像力の働きかけ。そのすべてが、あなたという魂を形づくるだけでなく、神の深奥に響き、宇宙に永遠の意味を刻むのです。

これが河村さんのメッセージです。
自らの魂の設計者としての責任と喜びをみんなにも味わってもらいたい。
そういう河村さんの呼びかけに、応じたいと思います。
もちろん「喜び」だけではなく、「苦しさ」や「哀しさ」も共に引き受けながら。

河村さんの「魂創造論」は、黒澤映画とともに長年思索を重ねてきた集大成です。
アマゾンで電子ブックでもオンデマンドの紙媒体の書籍としても購入できますので、関心のある方は是非購読してください。
https://www.amazon.co.jp/-/en/%E9%AD%82%E5%89%B5%E9%80%A0%E8%AB%96-%E2%80%95%E2%80%95%E6%84%9B%E3%81%A8%E6%84%8F%E5%BF%97%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E9%AD%82%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%88%90%E3%81%A8%E9%80%B2%E5%8C%96-%E6%B2%B3%E6%9D%91%E5%85%89%E5%BD%A6/dp/B0FCSR8JMJ

次回のSUN10ROサロンは3月30日です。
次回はまた黒澤映画を鑑賞してのサロンにしたいと思っています。

 

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■節子への挽歌6638:老化の進行

節子
腰痛がひどくなりました。
昨日は全くと言っていいほど、座っていたからかもしれません。
何しろ動く気がしなかったのです。
いろいろと考えてしまうと際限がありません。

でも吹っ切らなければいけません。
そうしないとまた、節子の時のことを思い出して、動けなくなりかねない。
佐々木さんの時のようなことを繰り返さないようにしないといけません。

今日も美しい日の出出した。
陽光も気のせいか、いつもより強い。

今日は少し出歩こうと思います。
この腰痛だと再来週の奈良旅行も難しくなりそうですので。

夜間頻尿と腰痛。
加えて、最近は目も耳も能力低下です。
認知力のほうも、自分では気づいていないのですが、かなり低下しているのでしょうね。
困ったものですが、これが老化ということでしょうか。

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2026/02/02

■新倉さんの食養生サロン「春の食養生」のご案内

恒例の東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」のご案内です。
季節の始まりに、その季節の食養生の話をしてもらってきましたが、今年からは、同時にその都度、新しい話題に関してもお話をしてもらうようにしていきたいと思います。

今回は、新倉さんが全国に呼びかけて展開してきた「ふるさと薬膳」レストランの話を少し詳しく紹介してもらおうと思います。
そこにとても大きな示唆が含まれているような気がします。
そしてまさにこれからそういう動きがもっと広がっていけばいいなと思うのです。
できればそんな話もしたいと思っています。

もちろんいつものように、中国の陰陽五行学説に基づく「新倉版五行配当表」で、季節に合わせた食養生の話もしてもらいます。

また今回から、参加者による「食養生」体験談の紹介もお願いしたいと思います。
「食をしっかりと考えるサロン」として、今年も季節ごとに開催していければと思っています。
食や健康に関心のある人(誰でもだと思いますが)、ぜひご参加ください。

〇日時:2026年2月22(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「春の食養生/ふるさと薬膳レストラン物語」
〇話題提供者:新倉久美子さん(東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2026/02/01

■湯島サロン「広島長崎ピースツアー報告パート2」のご案内

昨年、被爆80年ということで、特別に企画された広島と長崎のピースツアーに参加した文友会(文京区原爆被爆者友の会)副会長の升田淑子さんの報告サロンを開催しました。報告は下記にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2025/12/post-b3453f.html

被爆者との対話や交流も含めて、一般にはなかなか触れることのできないところにも行けた充実したツアーだったので、ぜひとも多くの人にも聞いてほしいと思ったのですが、日程設定を間違ったためもあって、参加者が少なかったのが残念でした。
そのため、報告でも予告しましたが、改めてもう一度、開催することにしました。

今回は升田さんに加えて、やはり同ツアーに参加した生活クラブ生活協同組合東京の副理事長の守本香さんにも参加していただき、ちょっと違った視点で報告してもらうことにしました。

ぜひ多くの人に参加してほしい報告会です。
私たちはまだまだ「広島・長崎」で起こったことを知らなすぎますから。

〇日時:2026年2月23日(月曜日/休日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「広島・長崎ピースツアー報告パート2」
〇報告者:守本香さん(生活クラブ生協東京副理事長)・升田淑子さん(文友会副会長)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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■節子への挽歌6637:昨夜は2回も金縛りにあいました

節子
昨夜、半田さんお急逝の連絡を受けました。

珍しく眠るのが遅くなったのですが、久しぶりに金縛りにあいました。
それも2回も。
1回目は大声をあげてなんとか抜けられました、2回目は抜けられずに四苦八苦が長く続きました。
早々に早起きしましたが、まだ半田さんの死は信じがたい。
いろいろと想像してしまいます。

半田さんとは長い付き合いです。
大学院生の頃からです。
私が最も敬愛した若者でした。
私をもっと杜化してくれた友人でもありました。
生き方や考えはかなり違いましたが、どこかで通ずるところがありました。

その彼が、ちょっと弱気の問いかけをしてきたのが、昨年の秋でした。
がん研究センターの病院のことを訊かれたのです。
それからきちんと検査したらまたきちんと話してくれるということでしたが、なかなか話してくれないうちに、しばらく療養に専念したいという連絡が来ました。
なんとなく入院先も聞いたのですが、確定したら連絡するということでした。

彼は武士のような強固な意志を持った生き方をしているので、それ以上の質問はやめました。
落ち着いたら話してくれてまた会えるだろうと思っていたからです。
でも年が明けてもなかなか連絡が来ない。
かなり気にはなったものの、半田さんは詮索を嫌う人なのでそれ以上の詮索は控えていました。

そして昨夜、突然の連絡。
連絡は半田さんの教え子の武蔵さんからでした。
あまりにも突然の訃報。

考えてみれば、いかにも半田さんといえるかもしれません。
昨秋、ふたりで上野界隈を散策しようという提案をし、でも私の体調が悪かったので、他の友人も交えて会食したのですが、あの時はやはり2人で散策すればよかったです。
半田さんは覚えていませんでしたが、彼と2人で昔、新宿のどこかを散策した記憶が私にはあるのです。
歩いたことのない道でした。
その時に、彼は私に、佐藤さんは背広が一番似合うと言ったのです。
その言葉が奇妙に今も残っているのです。

半田さんのことを昔ある雑誌で紹介したことがあります。
その時は、「星の王子様」と紹介した記憶があります。
私には、そう思えたのです。

その半田さんが逝ってしまった。
土の星に戻ったのでしょうか。

まあそのうち会えるでしょうが、現世でもう少し話したかった。
ともかく無念でなりません。

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