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2026年3月

2026/03/31

■節子への挽歌6702:風邪を終わりにしました

節子
ハイシー効果は確かにありました。
体調はだいぶ戻ってきた。
しかし昨日は、ちょっと読書しすぎました。
そのため、昨日の夕方は風邪がぶり返しそうな気配がありました。
それで昨日は枕元に本など置かずに、早目に寝ました。
就寝前の入浴も忘れずに。もちろんハイシーも。

今朝は5時過ぎに置きましたが、やることもないので、1時間ほど起きていましたが、また眠ることにしました。大事をとって。
ともかく、今日は、風邪の最終日ですので。

水素風呂がないのが残念ですが、鈴木さんに連絡したら、すぐに機器を交換してくれる手配をしてくれました。

読書はやめて、今日は、午後もまたベッドで寝ました。
夜間よりも昼間の方が眠れることに気づきました。
そして。4時に風邪を終了し、先ほど、仕上げの入浴。
さっぱりしました。
これで4日にわたる風邪は終了です。

風邪は大したことはなかったのですが、おかげでにことの春休み計画がほぼできなくなってしまったのです。
今日、にこに謝ったら、軽くいいよとあしらわれてしまいました。
まあ子どもにとっては老人と出かけても楽しくはないでしょう。

というわけで春の夢は儚く消えました。
夢は儚いものなのです。

さて湯冷めしないようにしなければいけません。
明日から平常に戻ります。

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■ホルムズ海峡の重油タンカーを止めているのは日本政府

イラン戦争もあってガソリン価格が上がっているので大きな話題になっています。
価格だけではなく、重油そのものが入ってこなくなるのではないかと言われています。
こうした話には、いつでもおかしなことがたくさんあります。

トランプからホルムズ海峡への艦船派遣要請された高市首相は、憲法9条があるのでできないと言ったそうです。「出来るのに断った欧州各国と違い、日本はしたいけれど出来ないのと言った」という解説になっています。
これもおかしい。すでに憲法を破った過去のある日本の本音はそこにあるのか?

ホルムズ海峡を重油タンカーが通過することに対して、イランはアメリカ協力国以外の国は連絡すれば通過できると言っています。にもかかわらず、日本政府は相変わらずホルムズ海峡の危機を唱え、重油が入ってこなくなると言い続け、アメリカ産重油を買いだした。今回は、「できるけれどやらない」と言っているわけです。これもおかしい。

重油タンカーを止めているのは、イランではなく、日本政府なのです。
そして、9条を条件にして戦艦派遣をしなかったのは、別の理由がある。
トランプがやっているのは、国家間の戦争などではないのです。
そう考えるといろいろと見えてくる気がします。

まあしかし、戦争はどこから起こるかわからない。
その前に高市首相からは政治の世界から出ていってほしいです。
もう十分に役割を果たしてくれたのですから。
日本の政治のおかしさや問題点を、しっかりと認識させてくれました。
あとは私たち、国民が目覚めるときです。

高市さんを個人的の貶めるようなことしか言わない人たちにも退場してほしい。
自分の欠点は他者に写って見えることに気づいてほしい。社会の表に出てくる人は、みんなそういう意味で自分の鏡です。良い意味でも悪い意味でも。
そんなところに呪縛されていたら、未来は見えてこない。

まずは円安や株高を止めたいです。

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■風邪のその後の報告

また油断してしまいました。
昨日、読みかけの『原爆80年』を読み出したら面白くて、ついに朝から午後3時過ぎまで読みふけっていました。それもノートまで取りながら。
そのせいか、夕方、またおかしくなってしまいました。
困ったものです。

それで娘に買ってきてもらった、北川さんお薦めのハイシー1000を2袋飲んで、早目に入浴、そのまま寝てしまいました。と言っても、夜間頻尿で1時間おきに目が覚める。
目が覚めるたびに、いろいろと考えてします。

昨夜は8時過ぎに寝たので、さすがに5時にはもう寝飽きた感じで(睡眠してはいないのですが)起きてしまった。幸いに熱は平常、ただどこか違和感があり、風邪の状況は抜けていません。気のせいか、のどがおかしい。入浴気分も出てこない。
でも北川さんのハイシー効果で、予定通り、風邪は今日で終わりにできそうです。

起きてきたのにやることがない。
いま午前5時50分。太陽は顔を出してくれない。
もう一度、ベッドに戻るか、入浴するか、録画テレビドラマを見るか、読書するか。
4択です。
さてさて。

 

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2026/03/30

■広島市立大学国際学部叢書『原爆80年』(人文書院)をお薦めします

人文書院から広島市立大学国際学部が出版している叢書の1冊に『原爆80年』というのがあります。書名が示すとおり、昨年末に出版されました。
副題は「被爆と核をめぐる過去・現在・未来」。
核問題に関心ある人にはぜひ読んでほしい本です。10編の論文から構成されていますが、いずれも興味深く、読みやすいです。

編者の一人、井上泰浩さんは「序章」をこう書き出しています「未来に向けて今、核廃絶を求めて声をあげなければならない」。
そして、こう締めくくっています。「核兵器は明白で、差し迫った、究極の危機だ。未来に向けて核廃絶を実現しなければならないし、そのために、わたしたち一人ひとりは声を上げることも、何かをすることもできる。その一つが本書『原爆80年』である」。
このメッセージに共感しますが、この本を読むこともまた、核廃絶に向けて私たちのできることの一つだと思います。読んで隣の人に薦めること、もです。

5日もかかりましたが、すべてをいま読み終えました。
いろいろな気づきをもらい、また新しい疑問が生まれてきました。
たとえば、アメリカのマスコミがフェイクニュースで成り立っているというのはどうも今に始まったことではなく、さらに韓国での原爆観の歴史など、私の視野からほとんど抜けていたことにも気づかせてくれました。

論考集とはいえ、それぞれはとても読みやすいです。
特に私が多くの人に読んでほしいと思ったのは、第9章、太田育子さんの「人類は戦争を廃絶できるか ラッセル=アインシュタイン宣言から考える国際秩序の未来」です。20ページほどの小論ですので、できればこの読書会をやりたいと思っています。
いささか高価な本なので、みなさんに購入しての読書会は難しいと思うので、何か方法は考えようと思います。できれば太田さんのお話もお聞きしたいと思いますが、どなたか友人はいませんか。

もう一つは、韓国の原爆観です。これに関しては2つの論考が収録されています。
金栄鎬さんの「『はだしのゲン』は韓国でどうよまれたか」と高橋優子さんの「朝鮮半島出身被爆者の暦と未来につづく課題」です。後者は、私の疑問(「なぜ語り伝えていかねばいけないのか」)への問いにも触れています。
なお、中沢啓治さんの『黒い』シリーズのコミックが紹介されていますが、どなたかお持ちであれば貸してくれませんか。

ちなみに、私の最近の一番の関心は日韓関係です。日本にとって一番大きな意味を持つのは韓国ではないかと思っているからです。
韓国の人にサロンをお願いしたいとずっと思っています。もし気楽にお願いできる韓国の人がいたらご紹介ください。湯島のサロンではお礼は一切できませんが。

風邪はまだ治りませんが、読書できるまでには回復しました。
遠隔治療の効果かもしれません。それに太陽も出てきましたし。

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■節子への挽歌6701:はたから見ていると働きすぎだそうです

節子

昨夜はやはり夜間頻尿のため、1時間ごとに起床。まったく困ったものです。
しかも、そのたびに、枕元の『原爆80年』が気になって、3回も途中で読んでしまいました。

そして朝。みなさんの遠隔治療のおかげで、熱もなく起きられました。
しかし、読書などしたせいか、身体の風邪感覚は残り、気のせいか、頭痛気分の上にのどもおかしい。
いやそれ以上に、口内炎が発症。ある意味、事態は悪化してしまいました。
いずれにしろ、すっきりと正常ではありません。
朝の入浴は、水素も出ないので中止。

まあしかし、とりあえず悪化は踏みとどまりました。
今日は太陽もでていないので、自力回復は難しい。
今日も遠隔治療をフェイスブックでお願いしました。
北川さんお薦めのハイシー1000は買ってきてもらうことにしました。

ところで、こんなことをフェイスブックに書いたら、何人かの人から、ともかくか集いすぎだから、たまにはゆっくり休めとコメントが入りました。
こんなにゆっくりのんびりさぼっているのに、他者からはどうもそう見えているようです。
広島の折口さんからは、「はたから見ていて、少し過密スケジュールとなっているのかもしれませんね!  奥様が、ドクターストップをかけられたようにも思います」との指摘。

そんな風に見えているとは思ってもいませんでした。
なにしろ過密スケジュールどころか、過疎スケジュールに近いという自己認識ですから。
過密スケジュールを楽しんでいた時がともかく懐かしい。
でもあの頃、もう少し節子との時間を大切にしておけばよかったです。

折口さんが言うように、これはもしかしたら節子の仕掛けかもしれません。
でも後4年はそちらに行けないのです。

さて、風邪は明日で終わりにします。

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■遠隔治療報告

昨夜、遠隔治療をみなさんにお願いしたせいか、今朝は熱もなく起きられました。
でもやはり身体に違和感があり、正常ではありません。
朝の入浴をちょっと躊躇しています。
みなさんの遠隔治療の効果だと思いますが、とりあえず悪化は踏みとどまりました。ただこのまま、何事もなかったようにしてしまっては、風邪菌たちの立場もないでしょうから、もう1~2日ほどは、彼らに場を提供しておきたいと思います。
いささか憂鬱なのは口内炎が発症。それに頭痛の気配もあります。いや、寒気もしてきた。困ったものです。矢張り今朝の入浴はやめた方がいいかもしれません。行く元気はまだ出てきていませんし。
もう少し寝ていればよかったような気もしますが、寝るほど退屈なことはない。
しかも今日も太陽がいない。自力回復は難しい。
今日も遠隔治療、お願いします。インフルエンザやハシカがうつるといけないので、遠藤クリニックに行くのはやめましたので。

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2026/03/29

■ダウンしてしまいました

風邪のようです。
昨夕から微熱を感じて昨日は早々に就寝したのですが、今朝起きたら、全身に違和感があります。熱はほとんど出ていないのですが、どことなく違和感がある。
今日も明日も予定が詰まっていたので、なんとか頑張りたいと思ったのですが、最近はそうした頑張りがききません。
潔くここは今日明日の予定をキャンセルすることにしました。
と言っても一つは湯島のサロンです。中止の案内を周知させるのは無理がある。そこで話し手の河村監督と常連の近藤さんに頼んで、私不在でやってもらうことにしました。
幸いにおふたりとも快諾してくれました。
明日のSUN10ROサロンは予定通り開催しますので、よろしくお願いします。

最近、私の体調を気にしてくれている人から「もしいつもと様子が違う熱の上がりかたのようなら待たされるの覚悟でも病院に行ってくださいね」とメールが入っています。
感謝しなければいけません。
でも幸か不幸か熱は上がらない。
それに今日は日曜。かかりつけの遠藤さんはお休みです。
それをいいことに、ともかく午前中は静かにしてました。
でも一向に良くならない。困ったものです。

風邪薬はあまり飲みません。こういう時にはリポビタンゴールドを飲むのですが、娘はあまりいい顔をしません。でもこっそりと飲みましたが変化はなし。昨日から3本目です。
これ以上はさすがに飲む気はしない。

食欲もなく食事はヨーグルトとハムエッグ。
今日は入浴もやめてすぐ寝ましょう。
明日はせめて読書くらいはできるようにまでは回復したいです。

遠隔治療できる方、気が向いたらよろしくお願いします。

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■節子への挽歌6700:やはり風邪でした

節子
時評編に書きましたが、やはり風邪でした。
28日に予感し、早く寝たのですが、やはり翌朝目が覚めたら、風邪の症状。
迷ったのですが、30日のサロンは河村さんと近藤さんにお任せできないかとおふたりに連絡。快諾を得ました。
今日は天気が良くなったので、昨年に続く「百姓一揆」デモなのですが、これは不参加。今日は自宅でゆっくりしようと思います。

ついでにフェイスブックで、みんなに「遠隔治療」をよびかけました。」
まあ「気」を送ってもらうわけです。
気は送ってもらいませんでした、北川さんは「ハイシー1000」を2袋飲むといいとアドバイスしてくれました。
鈴木さんは水素風呂のお薦め。ところがなぜか水素風呂のガス発生器が作動しない。私の体調と同調しているわけではないでしょうが。

なんだかチンタラ過ごす中、2日前に図書館から借りてきて読み出した『原爆80年』を読み出したら、面白い論考にぶつかってしまった。
広島市立大学の教授たちに会いたくなりました。

今日は入浴もやめてすぐ寝ることにしました。
但し枕元に『原爆80年』を置いてですが。

みんなが遠隔治療をしてくれたら、明日はすっきりと起きられるかもしれません。

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2026/03/28

■節子への挽歌6699:体調がおかしい

節子
オープンサロンで湯島に出かけました。
いつものようにサンダルです。
ところが我孫子駅に着いた頃から少し心身のおかしさを感じました。
まあどこがどうというほどではないのですが。

常磐線が事故で駅は混乱していました。
快速を待つか発車間際の各駅に乗るか、迷っているうちに各駅が発車。
仕方なく、次の各駅に乗って発射を待っていたら、送れるはずの快速が隣のホームに入ってきました。
慌てて電車を降り隣のホームへ。
慌てて電車に走り載ったとたんに、サンダルが段差に引っかかって前にのめり込みました。手をつくだけでしたが、転倒しそうになりました。
周りのひたとたちが、「大丈夫ですか」と声をかけてくれましたが、全くばつが悪い。
いい年をして、走って電車に乗ろうとする。実に恥ずかしい。
は、大丈夫です、と言って、次の車両へと移りました。
体調の違和感は、すっかり忘れてしまいました。

湯島に着くまでは何ともありませんでしたが、サロンが始まってからなんだかまた朝の違和感が出てきました。
オープンサロンですので、自由な話し合いですが、他者の意見がどうにも気にいらない。不思議に腹が立つのです。
いつもならしっかりとその人の眼を見て、反論するのですが、身体が動かない。横を向いたまま反論してしまいました。私にとっては明らかなルール違反。

そこから心身の違和感が高じてきました。
帰宅したとたんに、疲れがどっと出てきて、熱を測りましたが、平熱。
でもこれは間違いなく風邪の前兆です。
明後日はSUN10ROサロン。久しぶりの河村さんです。休むわけにはいきません。
急いで就寝。さて明日が心配です。

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2026/03/27

■『スピノザの診察室』の中にこんな言葉が出てきました。

友人から勧められて2024年度の本屋大賞の『スピノザの診察室』を読み出しました。まだ半分ですが、そこにこんな言葉が出てきます。主人公の医師が、甥から「政治家ってなんだか悪いことばっかりしているイメージ」だと言われて、こう話すのです。

「それはこの国特有の問題だよ。国によっては、子供の将来の夢のトップに政治家が来ることだって珍しくないんだ。私はその方がはるかに健全な社会だと思うね。この国だって昔からろくでもない政治家ばかりだったわけじゃない。政治にかかわる人たちの器がすっかり小さくなってしまったのは、政治の問題というよりは、マスメディアの品性と、国民の知性の問題だと私は思っている。新聞や雑誌の紙面は、否定的で攻撃的な言葉であふれかえっているだろう。何をやっても批判と非難ばかりをぶつけられる世界に、まともな神経の持ち主なら、足を踏み込もうとは思わないわけさ」。(77頁)

「政治の問題というよりは、マスメディアの品性と、国民の知性の問題」。全く同感です。
批判と非難ばかりが大好きな社会には、いい政治家は生まれないでしょう。
どんな人にも、評価すべきものがある。
そう思って世界を見ると、違った未来が見えてくるような気がします。

 

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2026/03/26

■節子への挽歌6698:変装しても見つかるものですね

節子
今日は朝からあまり調子がよくなく、だらっと過ごしていましたが、晴れ間ができたので、図書館に本を借りに行くことにしました。
先日のブックサロンで推薦があった夏川草介さんの『スピノザの診察室』です。

ところが昨日から髭も剃っていないし、髪の毛もぼうぼうです。
さてどうする。
帽子をかぶってマスクをすることにしました。
鏡を見たらいささかあやしい感じです。どう見ても不審者風。
でもまあ誰にも会わないからいいでしょう。
20260326

と思って外に出たら、途中で向こうから来る人が「佐藤さんではないですか」と声をかけてくる。しかし私はすぐに誰かがわかりませんでした。
失礼ですが、というと、先日、あすあびサロンでお会いしましたという。
その時のあすあびサロンは、和室で開催したためにあまり参加者の顔がきちんと見えなかったのですが、先方は覚えていたのです。冷や汗が出ます。

しかも私が湯島でサロンをやっていることまで知っていて、話は実盛坂の話にまで発展。聴けば、昨年まで、湯島のサミットの近くの学校で仕事をされていたとのこと。
世間はやはり狭いのです。

マスクは失礼なので外しましたが、髭がぼうぼう、髪はぼさぼさ。
いささか焦って、またつまらないことまで話してしまった気もします。

今日は心身ともに不調だったのですが、一気に目が覚めてしまった気がします。
油断禁物。どんなときにも、身だしなみには気をつけないといけません。
娘からはいつも厳しく言われていましたが、最近は娘もあきらめています。
でもこれを機会に、少しは気をつけるようにしましょう。
せめて髭剃りと整髪くらいは毎日やりましょう。

でも街を歩いていて、だれかに声をかけられるのはうれしいことです。
声をかけてくださって、ありがとうございました。感謝しなければいけません。


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■節子への挽歌6697:身体が今日は動きません

節子
実は最近、リンゴ・ニンジンジュースを止めています。
山森さんからのアドバイスに従っているのですが、そのかわりに「ざくろ酢」を毎日2杯飲んでいます。濃縮したものを薄めてですが。
これだといくらでも水が飲めます。
最近は水をかなり飲んでいますが、腎臓には水の飲みすぎは悪いのだそうです。

友人から、私は人のアドバイスを聞き過ぎて、結局は相殺されるどころかマイナス効果になっているのではないかと言われました。
たしかにその気配はある。
しかしせっかく親切にアドバイスしてくれることを無視はできないでしょうと答えましたが、仮にマイナスになったり相殺されたりしていたら、それはアドバイスしてくれた人にとっても本意ではないでしょう。
そう思い直して、もう少し主体性をしっかり持とうと思います。
とはいえ、どうやって主体性を持つか。基準がよくわからない。

この1年、身体の劣化はかなり自覚できるほどになって来ました。
そうならないように、歩いたり、運動したりすれ微いのですが、それさえもが疲れて億劫になってきた。まあ困ったものです。

それにお天道様が出てきてくれないと全くと言っていいほど元気が出てこない。
今日も曇天です。
なにかをやろうという気が起こらない。

それに朝からどうも気分が悪い。
まあ、こんな感じで、コロッと逝ってしまうこともないわけではない。
そうなったらどうなるのか。
若者たちの約束もあるので、それは避けたい。

というわけで、久しぶりにリンゴ・ニンジンジュースを作って飲みました。
山森さんは確かリンゴがよくないと言っていたので、これからはニンジンジュースにしてもいい。
しかし人間はなぜ飲食しなければ生きていけないのか。
不便な生き物です。
彼岸ではそんな不便さはなくなるのでしょうか。楽しみです。

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2026/03/25

■節子への挽歌6696:もう一人の永田さん

節子
今日はもう一人の永田徹さんからメールがどっさり届きました。
この永田さんは節子もよく知っているでしょう。
あの永田さんです。

彼からは、一度、絵画を見ながらの散歩をしませんかと言われています。
永田さんは社会美学を提唱していますが、絵が大好きのようです。
言葉も多いのですが、ほんとうの自分は「言葉」にはないということを私に理解してもらいたいというのが目的です。

私は絵画が嫌いだと言ったのですが、ぜひというので、受けることにしました。
但し、私は昔話と他人の話が嫌いなので、と条件を付けました。

その返事が次々と届きました。
詩人らしい言い回しですが、面倒なので、昨日畑で野草や虫と話してきたことを書いて、こう伝えました。

自然と話すのが大好きです。
人との会話は騒音でしかありません。

詩人の永田さんはすぐにわかって、こう返してきました。

ははは。結論が出ちゃった。

さて彼との絵画散歩はどんな展開になりますか。
いずれにしろはれ上がった日にしようという合意だけはできました。
場所は西洋近代美術館の常設展会場です。
どんな会話が展開されるのか、楽しみです。

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■節子への挽歌6695:深呼吸散歩も再開しようと思います

節子
久しく連絡のなかった深呼吸歩きの永田茂さんからメールが来ました。
まだ深呼吸歩きはしているか、体調はどうか、と。

残念ながら深呼吸歩きはルーティン化しませんでした。
でも歩く時には、3回吸って1回吐くというリズムと姿勢を正して速く歩くことには務めていると連絡しました。
それと入浴時の深い丹田呼吸も行っている。
そう伝えました。

永田さんからは、こんな返事が戻ってきました。ちょっと長いですが、その一部を。

佐藤さんにお伝えする中で、途中、僕が「インターバル速歩」のデータの影響を受けてしまい、「速歩」をプッシュしてしまったこと・・・。 最初の頃の、膵炎から退院されて、つっかけ(サンダル)を履いてブラっと外へ出られていた頃の佐藤さんが脳裏に残っていて・・・。 その「気分」をもっと大切に、尊重すればよかった、と・・・。

何はともあれ、外を歩き始めることで、単純に「身体が動く」ので、じっとしている時よりも呼吸が増えます。その呼吸を意識して、「深くする」ことなんです。 人間の身体のリハビリにとっての大切さ(効果)の優先順は、①呼吸、②姿勢、③体幹、④筋トレ、だそうです。 呼吸は肉体にとって即時性のある「エネルギーの内外循環」です。 即効性もあります。
ゆっくり歩きながら、身体の声を聴きながら、その時の身体の状態に合わせて、呼吸を深くしていく・・・。 呼吸は細胞レベルなので、効果は「万能」です。 ゆっくり歩いて「深い呼吸を身体に与える」だけでも、身体は力を得ると思います。
すみません、心をよぎったことをつい、書きつけてしまいました。 応援しています。

「応援しています」というのがちょっと気になりますが、永田さんも心配してくれているのです。
ありがたいことです。

腰痛もあいかわらずです。
その対策も兼ねて、あたたかくなってきたので、これを契機にまた少し取り組み直してみます。

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■湯島サロン「高山生活で見えてきたこと、わからなくなったこと」のお誘い

大学を卒業し、岐阜高山に転居し、「生き方」や「働き方」を模索している川端修平さんの高山生活も1年を超えました。予定では1年で戻ってくると言っていましたが、もうしばらく高山生活を続けるようです。

昨秋、高山生活報告サロンをやってもらいましたが、今回は、高山での1年で、何に気づき、何に迷いだしたかを話してもらい、川端さんの直面している課題を材料にして、「生きるとは何か」を話し合えればと思います。

川端さんからのメッセージをかきしますので、ぜひお読みください。
ちょっと風変わりのサロンですが、ぜひ多くの人たちに参加してほしいです。
若い世代の人に、特に参加してほしいと思っています。

〇日時:2026年4月7日(火曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:高山生活で見えてきたこと、わからなくなったこと
〇話題提供者:川端修平さん(20代の若者)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

〔川端さんからのメッセージ〕

高山での生活が一年経とうとしています。
色々あり、色々なひとたちと出会い、本当にいろんな人が生きていることに驚いたり、自分なんも知らなかったんだなってことを、(それでもまだまだほんのわずかだろうけど)痛感した一年だった気がします。
これまで気づかなかっただけで、本当にいろんな人や風土や文化が、すぐ間近で生きている。そしてそれは本当に面白く、時に大変。
自分が出会った世界をもっとみんなに話したい共有したいと思ったりもしながらも、なかなか表現も難しい。というかそもそもいくら言葉にしても、実際に経験しないとわからないこともたくさんある。そうやって燻ったりもしています。

でもそんな風にして、ひとまず僕の中には多様な生き物が生きてるみたいな土壌が耕されつつはある気がしています。
しかしそこからどんな芽が出せるのか、なかなか出てこれないまま、なんというか、土壌過多になって腐りそうなところもあります。
どこか力を持て余しているけれど、もっとしっかり、自分にとって大切なこと、切実なことに力を注ぎ込みたい。思い切り生きたい。まだまだぬるい。

そういうわけで、突破口を見つけるべく、湯島のサロンの力を借りることにしました。
自分にとって切実に大切なことってなんだろうか。それを本気で大切にするべく、何かに働きかけたり、取り組んだりするって、具体的にどんな生活を送ることなのか。 そういう問いに、具体的な手がかりを見つけていきたい。
参加者の皆さんとともに、何かが実際に一歩深まっていくようなサロンになったらいいなと思っています。

 

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■韓国の人の『真・韓国の歴史』の感想を聞きたいのですが。

今日は太陽が顔を出してくれません。
農作業には行けませんでした。
晴耕雨読というわけで本を読んでいます。
井沢さんの「真・韓国の歴史」です。数日前から読んでいましたが、いま読み終わりました。面白かったですが、現在の韓国の人の読後感を聞きたいです。
韓国の友人があまりいないのですが、韓国の人で本書を読んだ方、感想を教えてくれませんか。
できればサロンをやりたいです。
どなたか紹介してくれませんか。
9784344045507

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2026/03/24

■節子への挽歌6694:学校にも会社ができているのに驚きました

節子
にこがいつものように通知表を見せに来ました。本人は通知表にはほとんど関心がないようですが、一応、毎回、見せに来ることになっています。
まあいつも同じなのでさらっと見るだけなのです。
今回はすべての科目の項目が、「よくできる」でした。それにはお互い、ほとんど関心はありません。
しかしこれでは学校は楽しくないでしょう。

生活欄に「漫画・読書会社」という文字があるのに気づきました。クラブ活動のようなもので、子供たちが勝手に作るのだそうです。しかしなんで「会社」という言葉を使うのでしょうか。
驚きました。こうやってどんどん金銭経済社会への教育が進んでいるのでしょう。
社長はいるのかと訊いたら、いるそうです。孫は副社長だと言います。自分で手を挙げたのかというと、全く関心がなさそうに、そうだよという。どうして副社長なのかは聞きそこないましたが、幸いににこは冷めているようです。
というか、子供たちはたぶんみんな冷めているのでしょう。

学級委員長っているの、いるよ、という。これまで聞いたことがありませんでした。にこはやったことがあるのというと、これまた感心なさそうに、前にやっていたという。
張り合いがないほど淡々としている。
もしかしたら学校嫌いなのでしょうか。

修了式は教室でクラスごとにやるのだそうです。
校長先生の話は画面で見るそうです。
なにか違和感がありますが。

さて春休み。
どこかに行くことになっていますが、まだ行く先の合意ができていません。
私の提案はすべて拒否。
どうも私はにこにとっての敵役のようです。

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■節子への挽歌6693:農作業もどきをまたやりたくなりました

節子
家の下にある土地をもう半年使えることになりました。
節子が畑を始めたところです。節子がいなくなってから数年、放置されていたので、いまや荒れ放題でしたが、なんとか少しずつ「開墾作業」を進めてきたのです。
でも毎年、夏以降は行かなくなるので、収穫はいつもできません。
昨年も夏以降、行っていません。

それで半年ぶりにその空き地に行ってきました。
まだ野草はそう伸びていませんが、桑の木などが昨年大きくなっていました。
葉が茂りだすと面倒です。それでまずは桑の木の延びた部分を鋸と鋏で刈り取りました。それと枯れた琉球朝顔に覆いかぶさっているアジサイなども面倒なので整理しました。
しかし、20分ほどで体力が限界。

そこから地面に座って虫を探しましたが、まだあまりいません。
土を耕していないからかもしれませんが、2匹のテントウムシしか見つかりません。
しばらく彼らと遊んでいました。実にすばしっこいテントウムシでしたが、飛んでいくことをせずにせっせと歩き続けていました。まだ飛ぶことを覚えていないのでしょうか。

昨年、収穫せずに放置していたモロヘイヤが大きく育って種子がたくさんついていました。今年はこれをベランダにまいてみようと思います。
ベランダなら収穫できるでしょう。

その後、いつものように地面に寝転んで空を見ていたら、実に気持ちがいい。
ふと横を見たら昨年蒔いたニンジンが芽を出して残っていました。
但し間引きしなかったので大きく成長できないまま、冬を迎え、根っこのニンジンはたぶん育たなかったでしょう。

小さな野草がたくさん育っています。
植生は見事に毎年変化するのです。それも実に面白い。
今年はなぜか水仙がいろんなところに出て花を咲かせています。
昨年は畑一面を覆っていた琉球朝顔はまだほとんど出てきていません。
フキノトウはすでに時遅しでダメかと思ったので探しもしませんでした。

今日はあまり時間がなかったので、土を耕すにはやめました。
さて秋までの空き地で、農作業もどきをやるかどうか。ちょっと迷います。
畑まで来るだけでも疲れてしまうので、作業までやれるかどうか、いささか心配です。

でも川辺さんから、農作業は佐藤さんには合わないので止めるようにと強いお達しが来ていますので、ここはやはり裏切るのがいいでしょう。
もし川辺さんのアドバイスを受けて私がおかしくなったら川辺さんの責任になりますから。しかし、川辺さんの注意をきかずに農作業らしきことを続けておかしくなったら、川辺さんはそれ見たことかと喜べる。
土に触れていると、こんな風にやさしくなるのです。

それはともかく、土と触れると世界観も生き方も変わります。

明日から毎朝1時間、農作業もどきをやろうと思います。
ただし太陽がしっかりと出ている日に限ります。
私は一応、お天道様の小作人を自認していますので。

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■湯島サロン「ロシアやアメリカの暴挙の背景に何があるのか」報告(2026年3月22日開催)

久しぶりの「陰謀論」サロン、今回は「ロシアやアメリカの暴挙の背景に何があるのか」をテーマにしました。
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「陰謀」という言葉に拒否感を持っている人も、湯島のサロン参加者の中には少なからずいます。
しかし、言うまでもないことですが、歴史を見ればわかるように、現実は陰謀によっていつも大きく動かされています。「陰謀」というと、なにかフィクションの世界と思い込んでしまう人もいますが、「心」を持っている人間の社会は「陰謀」によって成り立っていると言っていいでしょう。

「陰謀」と「陰謀論」は違います。「陰謀論」は、そうした現に存在する「事実」としての「陰謀」を見えなくするための「言説」です。
陰謀の事実を隠蔽するために、面白おかしく飾り立ててフィクションだと思わせ、関心の眼を違ったところに向かわせるのが「陰謀論」です。私は「陽動的隠蔽」と呼んでいます。
しかし、「陰謀論」には「陰謀」が隠されていますから、事実を垣間見るためにも、陰謀論は無視できません。でも昨今は、情報が金銭を生み出す社会なので、むやみやたらに陰謀論が飛び回っているので気をつけなければいけません。なかには事実とは無縁の陰謀論もないわけではないでしょう。まさに「陰謀論ビジネス」です。しかし、それこそが「陰謀論」流行を働きかけている存在の「陰謀」ともいえます。

余計なことを書いてしまいましたが、なぜ湯島では「陰謀論」など取り上げるのだという人もいるので、あえての弁明です。

最初に北川泰三さんが、事実関係を整理してくれました。
北川さんは冒頭、「暴挙」などと簡単に決めつけるのではなく、事実をしっかりと見なければならないと指摘してくれました。
たとえば、ウクライナを舞台にしたロシアと欧米との戦争は、プーチンを暗殺し、ロシアの資源を収奪するために起こした事件で、欧米のプロバガンダが原因だと解説してくれました。ウクライナ騒動に関しては、これまでも湯島では何回かサロンをしていますが、今回のイラン戦争によって、アクターたちの意図が改めて確認されたように思います。暴挙はロシアではなく、アメリカにあるというべきかもしれません。

では今のイラン対イスラエル・アメリカはどうか。
これもしっかりと歴史を踏まえなければ真相は見えてこない。そこで北川さんは、イランの近代史を簡単にレビューしてくれました。
さらには、なぜこんなところにイスラエルが建設されたのかも考えておく必要があります。最初は「人」のいないケニアの地が選ばれたそうですが、「ライオン」がいるので嫌だとシオニストが受け入れなかったという話もあります。
いずれにしろ、イランとは関係ない欧米によって勝手に建国されたイスラエル。そこから見ていかないと問題は見えてこない。そしてイスラエルにとっては、四面楚歌のなかで、存立自体が問われている。
現実的には、そこに石油利権が絡んでいます。1979年のイラン革命によって、石油利権をイランにとられたイスラエルと英米はなんとかして取り戻したい。
つまり問題はいつも「資源」なのです。

まあこんな話を北川さんはしてくれたのですが、それに関連して、そうした資源収奪や国家指導者の暗殺を企んでいるのは一体だれか(あるいはどういう組織か)という話になりました。
ここでいまや有名になってしまったディープステート(DS)が登場するわけです。
陰謀の首謀者は誰か、というわけです。
もっと具体的には、ユダヤ・シオニストや金融資本家などが登場します。

ここで大きな落とし穴があります。
世界を動かしているのは、いまもなお「国家」なのかという問題です。
DSにとっては、国家も制度の一つでしかありません。
ですから国家を超えたグローバリストが登場します。
しかし、ウクライナやイランでの話をするときに、みんな「国家」を主語にして語ります。さらにDSさえも、「ステート(国家)」という文字で表現される。
それでは現実は見えなくなってしまいます。
いまイランを攻撃しているのは、イスラエル人でもアメリカ人でもなく、イスラエルやアメリカを使って、誰かが攻撃しているのです。つまり対立はイランとイスラエル・アメリカではないのです。そこを混同してしまうと事実は見えてこないでしょう。

北川さんの話を受けて、そうした「国家抗争」の現実の後ろにある「陰謀論の真相」を中嶋一統さんが「仮説」を述べてくれました。だれが何のために、争いを起こしているのか。
そうした「仮説」を置くことで、さまざまな疑問が解けてくると中嶋さんは言います。そこには驚きの「事実」や「解釈」がたくさんあって、参加者の中にはむしろ「混乱」してしまったという感想もありました。
でも「混乱」することこそ、陰謀論と付き合う意味があるように思います。
世界はそんなに単純ではありません。説明のつかないことが山のようにある。
でも私たちは、マスコミによる報道を唯一の事実として行け止めてしまいがちです。
それでは真実にたどりつけない、と中嶋さんは言うのです。

ではどうしたらいいか、それは「自分で考えることだ」と中嶋さんは言います。
与えられる情報だけではなく、出回っているいろいろな情報に自分からアクセスしていくのが大切だと北川さんは言います。
自分で主体的に調べて、自分で主体的に考える。
さまざまな意外な情報も、妄信したり拒否したりするのではなく、考える材料にしていけばいい。そして自分で考える。それが今回の結論だったような気がします。

中嶋さんの陰謀論仮設に関しては、一度またしっかりと話してもらう機会を作ろうと思います。
中嶋さんの「仮説」の話を受けて、話はどんどん広がりました。
今回の高市訪米にも登場した孫さんに関しても、AIならぬASI(人工超知能)の話がちょっと話題になりました。ほかにも、トランプ政権のゆくえやイランの今後、ネタニヤフ死亡説、さらには資本主義の限界など、いろんな話が出ましたが、それに関しては中途半端な報告は誤解されそうなのでやめます。

陰謀論サロンの報告はいつも難しいです。
関心のある方は、ぜひ直接サロンに来てもらえればと思います。これからも定期的に開催する予定ですので。

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■高市首相が破ったガラス

高市首相が米国晩餐会で踊り叫んで意見る写真が米国ホワイトハウスのホームページに掲載されているといろいろな人がネットで話題にしています。
それで私もネットで調べてみたら、たしかに載っていました。
Photo_20260324083401

この写真はさまざまな評価を呼んでいますが、私が高市首相の評価をプラスに転じたことを昨日書いた理由の一つがこの写真です。

横須賀の米軍を訪問した時の高市首相も、同じ行動をしました。
これにも賛否両論ありましたが、私が彼女を見直したきっかけの一つです。

首相として軽率だとか言うコメントも多かったですが、私自身はそういう考えが一番嫌いなのです。現状の常識を基準にしていたら、現実は変わりません。
常識で評価する人はみな現状に満足しているからでしょう。だから○×判断をする人は、みんな現状の中でしか考えていません。
私とは違う世界の人です。

高市政権を非難(批判ではありません)する人は、いまの日本の政治状況を前提にしているのでしょうが、私は制度自体がもう袋小路に入って窒息状態に近づいているような気がしています。
立憲主義から大きくはみ出し、利権がらみの力で動いているようにしか見えないのです。
だからこそ壊したい、というか、大きく変わってほしい、と思っています。

そのパラダイムの中で発想し行動している人にはパラダイムは変えられません。
まずは「常識」から自由に言動で切る人でなければいけません。

制度を壊すには、まずは人間に戻らなくてはいけない。
それもいわゆるビオスとしての人間ではなく、ゾーエとしての人間に。つまり生物として生きる人間に。ある既存の掟に従うのではなく、自由に自分で判断する。
いまの高市首相には、それを感じます。30年ほど前にある会でお目にかかった時の印象とは全く違います。いや、首相になる前の高市さんとも違う気がします。

制度を壊すと公言して首相になった小泉元首相も同じではないかといわれそうですが、私にはゾーエを感じませんでした。彼には表情も感じませんでした。でも高市首相にはそれを感じます。

窒息状況の政治状況に、新しい風を吹き込んだ高市首相は間もなく役割を終えて、吹き飛ばされるでしょう。その後、既存制度に寄生する政治家たちと左翼右翼とか言われている既存制度に寄生している人たちが、また政治状況を正すと言って、修復作業に取り組むでしょう。言葉だけの論争を交わしながら。でも一度、違った可能性を見た記憶は多くの人からは消えないでしょう。

「政治」に関心がなかった若い世代が、きっと新しい芽を育ててくれるでしょう。
政治に無知な人でなければ新しい芽は育てられません。
新しいビオスが生まれる。
しかし金銭資本やAI勢力の攻勢は、ますます強まるでしょう。

最後の大戦がはじまろうとしている。
高市首相は、その可能性をちょっとだけ見せてくれました。
だから私は高市首相に期待することにしたのです。
彼女はおかしいことを顕現化してくれていますから。

28日に湯島でこんなことも話し合うサロンをやります。
ぜひ私の意見をぶっ壊しに来てください。

 

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2026/03/23

■節子への挽歌6692:50年たったのに何も変わっていませんね

節子
会社時代に私のアシスタントをやってくれていた女性から久しぶりに手紙が届いたのを契機に、今度、数名の人が湯島で集まるそうです。
どうせOG会をやるなら、湯島で開催して、私を招待するようにと提案したのです。
それが受け入れられたのです。
4月に集まることになりました。

ところでその中の一人が、私のフェイスブックを見つけて、コメント書き込んでくれました。
それはうれしいのですが、コメントの内容が気にいりません。

50年振り 何も変わっていませんね

なんということか!
全くもって失礼な。
あの頃の私と今の私は、天地ほどの差があるではないか。
と言いたいのですが、やはり人間はなかなか変わらないのでしょうね。

さて、この「変わっていない」のは一体何なのか、を今度会ったら訊いてみないといけません。

しかし50年ぶりということは、彼女と最初に会ったころからということでしょう。
まさに最初の段階で見透かされていたということです。
女性たちは、その直感で、その人の本質を見極めてしまうのでしょう。
恐るべし、女性、です。

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■3月2度目のオープンサロンのご案内

前回のオープンサロンの報告で予告しましたが、恒例の毎月第2金曜日のオープンサロンに加えて、もう1回、曜日を変えてのオープンサロンを開催することにしました。

とはいえ、今回は、できればいまの日本の政局(とりわけ高市政権)やイラン情勢などを主な話題にできればと思っています。

出入りもいつも以上に自由で、申し込みも不要です。
気が向いたら気楽にどうぞ。
事前申し込みも不要です。

〇日時:2026年3月28日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
東京都文京区湯島3-20-9ニューハイツ湯島603号室
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/03/22

■節子への挽歌6691:全国を回っている高橋さんに見習うべきでした

節子
一昨日の半田さんのお別れ会では、たくさんの懐かしい人に会いました。
高橋茂人さんにも会いました。
高橋さんとはこれも不思議なつながりなのです。
どこでどう出会ったのかさえ思い出せません。
しかしなぜか湯島にも何回も来てくれました。

お別れ会でも隣に座ってくれました。
そして私が話をして席に戻ると手を出してきて握手してくれました。
あの握手はどういう意味だったのでしょうか。

高橋さんは、寺島実郎さんつながりでしょうか。記憶がないのですが、仕事では関わったことはないはずです。
そもそも私はあまり仕事はしてきませんでしたから。
でもなぜか私に親しくしてくれるのです。

高橋さんは、いまもなお全国を駆け回っています。
その様子はフェイスブックで拝見しています。
彼もまた教え子たちが全国にいるのでしょう。現世でもう一度会っておきたい人が全国にいるようです。
我孫子にもひとりいるというのです。
お名前を聞いたのですが、残念ながら私の知り合いではありませんでした。
大企業の元経営者でした。

岐阜の佐々木さんのところにも行きたいと言っていました。
そう言えば、私が佐々木さんのところにお伺いしているときに、高橋さんから佐々木さんに電話がありました。高橋さんもまた、私のフェイスブックを見てくれているようです。

私もやはり今のうちに懐かしい人たちに会っておいた方がいいでしょうか。
体力と資力があれば、全国を行脚したいですが、残念ながらそのいずれもが不足しています。
節子が健在だったらそうするはずでした。
でもその気力が萎えてしまっていました。
困ったものです。

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■日本構想学会を再起動させたばかりの半田智久さんが急逝されました

一昨日、「敬愛する友人の半田さんのお別れ会」のことを投稿しました。
中途半端な書き方だったので、数名の方から問い合わせが届きました。
「あの半田さん?」「お線香をあげに行きたい」「早すぎないか?」「なんで教えてくれなかったのか」「まさかホントじゃないよね」・・・・

今朝になっても止まりません。
そこでやはりきちんとお伝えしようと思います。
半田さんには叱られるかもしれませんが。

日本構想学会を昨年、再起動し、12月に第1回の大会を開催した、半田智久さんです。
湯島のサロンでも、何回か話をしてもらいましたし、日本構想学会のお誘いもしてもらいました。あの半田智久さんです。
湯島とは縁が深く、1989年に湯島のサロンを始めて以来のサロン仲間です。

昨年11月に半田さんから病気のことをお聞きしました。
ただ誰にも言ってほしくないと言われました。まだ詳しくわかっていないからでした。
訃報が届いたのが1月末。お見舞いに行こうと思っていた矢先のことでした。
最初はまさに冗談としか思えませんでした。

半田さんの強い意向があったのだと思いますが、葬儀は内々に済ませてから妹さんが連絡してきてくれたのです。彼はそういう人でした。

半田さんの教え子たちが、お別れの会を企画し、3月20日に開催しました。
私も参加させてもらいました。半田さんの思いがきちんと継承されていました。
とてもいい集まりでした。教え子たちは韓国からも含めて、たくさん集まりました。
半田さんも満足していたでしょう。
半田さんほど、学生に愛され学生を愛した先生を私は知りません。

妹さんのお話によれば、半田さんは「充実した人生だった」と言って、その後を教え子たちに託したそうです。
教え子たちが、半田さんを引き継いでいくでしょう。
なかには中学生もいるのです。

再起動した日本構想学会は、しばらく休眠させることになりました。
でもその活動の一部は、教え子たちによって継続されます。そしていつかまた再起動するでしょう。

彼とはまだ決着をつけなければいけない争点がいくつかありましたし、私が亡くなった後の約束もありました。でも年上の私を置いて先に逝ってしまった。
これは半田さんらしからぬ行為です。半田さんの本意ではなかったでしょう。無念で仕方ありません。残された者の辛さを良く知っているはずですから。
私は、まだまだ時間があると思って、油断してしまっていました。残念です。

やはり人生には油断は禁物です。
改めてそう思い知らされました。

半田さんが32歳の時に出版した『知能のスーパーストリーム』(新曜社)という本があります。奇しくも私が会社を辞めた年であり、世界が変わりだした年です。
いま改めてそれを読み直しています。
CWSライブラリーにも置くようにします。

半田さんは、まさに今のAIと人間の知が組み合わさって、「超知能」が登場することを、そのころ既に見ていたのです。そして、ネオ・アレクサンドリア構想を描いていた。
そうした半田さんの活動に、ささやかながら接しさせてもらったことがとても懐かしいです。半田さんとはもう少し話し合いたかったです。そして彼に見送ってほしかった。

「天空の人」半田智久さんの冥福を祈っています。
半田さんについて語り合いたい人は、湯島ではいつでも歓迎です。ご連絡ください。

 

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2026/03/21

■節子への挽歌6690:お墓参り

節子
春のお彼岸で、娘たちとお墓参りに行きました。
今日はにこはボーイスカウトのキャンプ、峰行は仕事です。
いつものように、お墓をきれいにし、花を供え、お線香をあげて般若心経を唱えました。
やってくるのが遅かったので、他には一人しかいませんでした。

気のせいか、お墓参りもだんだん人が少なくなってきているように思います。
わたし自身もお墓に来る頻度が大きく減っています。

にこの世代になったらどうなるでしょうか。
そもそもお墓という仕組みは残っていくでしょうか。

昨日、半田さんのお別れの会に参加しました。
現世にいない人と別れるのは難しいです。
それにそもそも別れる必要があるのか。
葬儀とお別れ会は、どうちがうのか。
いろいろと考えてしまいました。

位牌が自宅にあるのに、なぜお墓に行くのか。
これもわからない。
お盆の時にいつも考えてしまう問題です。

そう言えば、半田さんのことを私のフェイスブックを読んで知った人たちから、メールが届きました。
そのお一人が、もし埋葬地を知っていたら教えてほしいと聞かれました。
やはり多くの人は墓前で祈りたいのかもしれません。
半田さんは、妹さんを通してそうしたお墓参りや献花は辞退されています。
お墓の所在も公開していません。
その旨、伝えたら、一人で追悼の1日を過ごすといってきました。

お墓はなくても追悼はできる。むしろその方が、時空間にとらわれることなく、しっかりと追悼できる。
そんなことを考えながらのお墓参りでした。

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■6689:節子の寝顔を見た私以外の唯一の男性

節子

昨日の半田さんのお別れ会で私が話したことを採録しておきます。
節子のお見舞いに半田さんが来たことも話しました。
以下のようなことを話しました。

半田さんには、ンダハさん、西さんなど、私が知っているだけでも6つの名前があります。6人の半田さんがいた。
ですから、今日も、もしかしたらそのうちの誰かが来ているのではないかと期待していました。残念ながら、誰の姿も見えない。
でもまだいつかどこかから、ひょこっと7人目の半田さんが登場してくるかもしれない。半田さんは、そんなおちゃめな冗談も好きでしたから。
いささか不謹慎な話をしてしまいましたが、そんなことを考えてしまうほど、突然の、信じられない訃報でした。正直、まだ実感が持てないでいます。

半田さんとの最初の出会いは、半田さんがまだ大学院の学生だったころです。といっても、既にITを活用したインテルフォースという会社を起業していました。
当時、私は会社に勤務していて、あるプロジェクトに取り組んでいました。それに関連して、半田さんにある調査を依頼したのが最初の接点でした。
その結果報告はITを駆使した見事な内容でした。
しかし、なぜか私には不満でした。それで翌日、半田さんのところにおしかけて、2時間ほど話をしました。その内容は思い出せないのですが、ただ私がかなり厳しく不満を述べた気がします。身勝手なクライアントの苦情と非難を半田さんは、反論もせずに聞いていました。
本来であれば、そこでふたりの関係は終わったはずです。
しかし終わらなかった。むしろ、そこから私たちの交流が始まったと言っていい。

その後、私は会社を辞めました。そして、湯島に小さなオフィスを開きました。
そこになぜか半田さんは時々来るようになったのです。もちろん仕事とは関係ありません。半田さんが取り組みたいことなど、いろいろと話し合った気がします。
彼の関心は「知能環境論」、「知」のあり方の問い直しでした。そこで言う「知」は人間の脳にある「知」ではなく、今でいうAIと人間の知能が組み合わさった「知」、半田さんは「超知能」と言っていました。時代を大きく先取りしていたのです。

そのうちに半田さんはビジネスの世界からアカデミズムの世界に重点を移すことになり、自分の会社は休眠させるので、しばらく所在地を湯島にしてくれないかと言ってきました。そして半田さんは宮城大学へと赴任し、仙台に転居しました。

宮城大学では半田さんは自らのビジョン・構想の実現に取り組みだしました。
ネオ・アレクサンドリア構想、新しい学びの場づくりです。
そして私にも声をかけてくれたのです。そこから私の宮城大学通いが始まりました。
一つは宮城大学創立記念としての連続公開シンポジウム。もう一つは日本構想学会。いずれも実に魅力的でわくわくするようなプロジェクトでした。
これらに関しては、今日参加している端田さんや大村さんのほうが詳しく語れるでしょうから、私からはただただ面白かったとだけお話ししておきます。

その後も、いろいろなプロジェクトの話がありました。
できればそうした半田さんのプロジェクトにも関わらせてもらいたかったのですが、実は私の妻が進行性の胃がんになってしまいました。
それで私は仕事を一切やめて、妻につき合うことにしました。
そのため、残念ながら半田さんとの交流も、途切れてしまったのです。

妻は、国立がんセンターの病院に入院していました。
ある日、私が病室に行ったら、花が枕元に飾られていました。お見舞いは断っていたのですが、誰かが来てくれたようです。
妻に聞いたら、寝ていたので気づかなかったが、半田さんが来てくれたらしいというのです。なぜ半田さんと思ったのかも今は思いだせませんが、半田さんがメモなどを置いていくはずがない。それで、半田さんに確認したら、やはりそうでした。確認しなければわからずじまいでした。これもいかにも半田さんらしい。
というわけで、半田さんは私の妻の寝顔を見た、私以外のただ一人の男性です。

妻が亡くなって暫くしてからまた半田さんとの交流が始まり、半田さんが湯島にも来るようになりました。
昨年の11月だったかと思いますが、湯島に来ていた半田さんが帰り際に、がんセンターの病院で診てもらうにはどうしたらいいか、と突然訊くのです。どうしたのと訊くと、最近どうも食欲がない、というのです。つまり自分のことのようでした。でもそれ以上のことは話してくれませんでした。
半田さんは、言うべきことは言いますが、話さないことはいくら質問しても話してくれない人ですから、私もそれ以上は訊きませんでした。でも、きちんとした検査をして、その結果がわかったら教えてと頼みました。
私自身も最近、癌の宣告を受けていたので少しは役に立てると思っていたのです。

次に会った時には、しっかりした病院で精密検査をするというので、正直、気になりながらも安堵しました。
そして、年が明けた頃、入院の連絡を受けました。てっきり検査入院だとばかり思っていました。しかし、その後、連絡がない。
気になって電話をしようと思っていた矢先に、突然の訃報。
最初はまさに冗談だとしか思えませんでした。とても悔しいです。

半田さんとは決着をつけなければいけない争点がいくつかありましたし、何よりも、私の考えの一部を継承してくれると言ってくれていたのに、その話もしないうちに、先に逝ってしまった。残念でなりません。

年上の私を置いて逝ってしまったのは、半田さんの本意ではないはずです。
先を越されて遺された高齢者にとってはとても辛い。間もなく私は半田さんに会えるでしょうから、その時には、最初と同じように、思う存分文句をぶつけたいと思っています。
でもやはり、現世でもう一度、ゆっくり話し合いたかったです。
まだまだ時間があると油断してしまっていました。
いまはただ思いにふけることしかできないのが、無念でなりません。

心よりのご冥福を祈っています。

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■第18回あすあびサロン「あびこ行探クラブの活動報告」報告(2026年3月23日開催)

3月の「あすあびサロン」(明日の我孫子を話し合う集まり)は、メンバーの横手紀昭さん(「あびこ行探クラブ」)に話題提供してもらいました。
横手さんは長年、我孫子市議会を傍聴しながら、行政や議員とは違った視点で、市が関わる問題などを調査し、そこから行政にいろいろと提案もされている方です。
「行探」とは、行政探索というような意味で、横手さんの造語です。

今回はそうした活動の一端として、下記の3点を中心に話してもらいました。

1. 傍聴席から見た市議のみなさんの活動で気づいたこと
2. 「「政務活動費の取り扱いに関する基準」を廃止し、「政務活動費の手引き」を制定、運用を求める陳情」を行ったこと
3. 社会福祉法人のある事実の気づき事項を解明のため収集した公開情報の種類などの事例のこと

横手さんのお話を聞いた後、参加者みんなでの話し合いです。
市議会を傍聴された方は少なく、横手さんの話は大きな刺激を与えてくれました。
そのせいか、いつもになく議論は白熱しました。
政務活動費の使途の話からそもそもの市議会のあり方まで話し合いは多岐にわたりましたが、やはり市民と議会との距離はまだまだ遠いような気がします。
今はその気になれば、ネットなどで議会の様子はいろいろと接しられますが、なかなかその気にならないのが現実でしょう。
でも議会で話題になるテーマが、自分の生活につながっていることがわかれば、議会傍聴者も増えるかもしれません。

横手さんの行探クラブ活動に関しては、また時々報告してもらえればと思います。
また、市議会傍聴を組み込んで、みんなで議会を傍聴した後、話し合いを持つようなあすあびサロンがあってもいいかもしれません。
これは横手さんと相談して、ぜひ企画したいと思います。

ちなみに今回は市議会議員の方も2人参加してくれました。
あすあびサロンは、議員だから職員だからといって特別扱いはしません。
立場は違っても、自分たちのまちを豊かなにしていきたいという思いをゆるやかにつなげていければと思っています。できるだけ前向きに建設的に話し合っていければと思います。
職員の方にも呼びかけていますが、なかなか参加は難しそうですが、そういう壁をできるだけ取り払っていければと思っています。

次回はまたテーマなしの、自由な話を想定しています。
4月下旬を予定しています。

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2026/03/20

■節子への挽歌6688:半田さんお別れ会

節子
半田さんのお別れ会でした。
会場は彼が大好きだった国際フォーラムのGルーム。
彼は大学の先生だったので教え子たちが企画してくれたのです。
友人として話をしてもいいというので、少しだけ話もさせてもらいました。
なんとかうまく話せました。
終わって席に戻ったら、隣の高橋茂人さんが握手を求めてきました。
安堵しました。

私以外は、みんな教え子たちでした。
半田さんほど、学生を愛し、学生に愛された教授はそういないでしょう。
昔、半田さんのいくつかのプロジェクトに関わらせてもらったおかげで、教え子の中には私の知っている人もいます。韓国からもカン・ミエさんが来ました。私も久しぶりに会えました。川端修平さんも、藤井理緒さんも来ていました。

1_20260320192201 半田さんが蒔いたタネがどう育っていくか。
楽しみです。

でも先を越されて遺された高齢者にはつらいものです。
順番は守ってもらわないと困ります。

お土産に、武蔵さんのパートナーに百合の花をもらいました。
昔、節子が入院していた時に半田さんがお見舞いに来てくれました。
その話もしたのですが、節子に供えさせてもらいました。

Photo_20260320192201

半田さんのご冥福を祈ります。

 

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■節子への挽歌6687:「お別れ会」にはやはり気乗りがしません

節子
今日は半田さんの「お別れ会」です。
正直、できることなら行きたくない気分です。

しかし、「お別れ会」などというのは一体誰が始めたのでしょうか。
そもそも、そこにいない人と、どうやって別れられるのか。
そんな気がしてきました。
やはり「お別れ会」は、生存中にやっておくべきだなとつくづく思います。

それでもお別れする故人が、年上なら納得できます。
でも今日のお別れ相手は私よりも一回り以上若い半田さんです。
遺された高齢者には、つらい話なのです。

墓前で2人だけでのお別れ会ならいいのですが、会ったこともない人も集まるお別れ会。まったく気が進みません。
でも行かないわけにはいきません。
話もしなければいけない。
知らない人もいる人前で話すとなると、言い回しにも気をつけなければいけない。
気が重いです。

それにそもそもサンダルでは行けません。
でもまあ、これも仕方がない。

10分ほどで話すこともとりあえず整理しました。
うまく話せる保証は全くありませんが。

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2026/03/19

■第3回憲法サロン「立派な憲法があっても戦争に向かってしまう歴史の教訓は、どう活かせるのか」のご案内

富沢さんと一緒に「憲法」を学び合うサロンの第3回目です。
今回のテーマは「歴史に学ぶ」のその1です。
話題にするのはヴァイマル憲法という立派な憲法を持っていたにもかかわらず、ヒトラーやナチを生み出し、第二次世界大戦を引き起こしていったドイツです。

立派な憲法といわれたヴァイマル憲法にはどんな「問題点」があったのか。
そしてドイツ国民は、なぜナチの動きを支援していったのか。
そこからいま、私たちは何を学べばいいのか。
またドイツの国民は、そこから何を学び、現在の「ドイツ基本法」(憲法)に何を組み込んだのか。

この1か月、富沢さんが調べ学んだことをお聞きしながら、みんなで考えていきたいと思います。
統治者への制約である憲法も国民の意識次第で、大きく変わってしまう。
歴史を繰り返させてはいけません。

専門知識などなくても大丈夫です。生活者視点での憲法サロンです。
富沢さんと一緒に話し合いながら考えていくというサロンですので、誰でも歓迎です。
憲法というと何か自分の生活とは関係ないように思う人もいるかもしれませんが、私たちの国のあり方を大きく決めている憲法は私たちの生活に深くつながっているのです。
まずは、もっと「憲法」への関心を高めていきたいです。
ぜひ多くのみなさんに参加していただきたいと思っています。

〇日時:2026年4月4日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:立派な憲法があっても戦争に向かってしまう歴史の教訓は、どう活かせるのか
○問題提起者:富沢このみさん(最近の日本の安保政策がとても気になる生活者)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌6686:人はいつも気づくのが遅すぎる

節子
半田さんのお別れ会の話すために、久しぶりに半田さんの昔の著書を引っ張り出して少し読んでみました。
私がある雑誌に寄稿した半田さんの紹介記事も見つかりました。宮城大学の創立記念プログラムとして行われた連続公開シンポジウムの報告書もあります、
そこに写っている私もですが、半田さんは若々しくてまさに私がイメージしている「星の王子様」そのものです。
私の手元にある最初の著書が『知能のスーパーストリーム』(新曜社)は半田さんが32歳の時の著書です。半田さんの才気が伝わってきます。
私が半田さんを紹介した記事のタイトルは「知の構造を鳥瞰する天空の人」となっています。

そんなものを読んでいるうちにまた、いろんなことが思い出されてきて、考えをまとめるどころではなくなってしまっています。
なぜもっと半田さんとじっくりと話しておかなかったのだろう、と改めて悔いが残ります。

節子の時もそうですが、人はいつも気づくのが遅すぎるのです。
失ってこそ、その価値に気づくのです。
その繰り返しを何度したことでしょう。

今日は気の重い一日でした。
明日はもっと気が重い。
果たしてうまく話せるでしょうか。
正直、あまり行きたくない気分です。

「お別れ会」などというのは一体誰が始めたのでしょうか。
そこにいない人と、どうやって別れられるのか。
やはり「お別れ会」は、生存中にやっておくべきだなとつくづく思います。

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2026/03/18

■節子への挽歌6685:急逝した半田さんとここ数日ずっと付き合っています

節子
気の重い数日です。
明後日、半田さんのお別れの会なのですが、そこで話すことを考えなければいけません。でも何を話したらいいか、考えがまとまらない。考えようとすると、半田さんのことをいろいろ思い出してしまいます。そうすると思いがどんどん広がって、話すことなど思いつかなくなってしまいます。
でもそうやって、先週から半田さんの思いに浸ってしまっています。

同じ経験を昨年しました。
典子さんに関する想い出を寄稿してくれと佐々木憲文さんから頼まれたのですが、書こうとすると佐々木夫妻との関係がいろいろと思い出されて、追悼文を書く気になれなかったのです。頼まれてから2カ月以上たって、やっと書けたのですが、佐々木さんに送ったものの締め切りを過ぎてしまっていたようで、追悼文集には掲載できませんでした。
佐々木夫妻には申し訳ないことをしました。
書く前に、話す前に、あまりにたくさんのことが思い出されてくるのと、それにとらわれすぎて、なかなかまとめられないのです。というか、まとめる気にならなくなってしまうのです。
しかしそうやって故人と付き合っていると故人がまだ生きているような気がします。
でもなんだかとても気が重くなる。
文章を書く気にも、話す内容をまとめる気にもなれず、何かとても重い気になってしまうのです。

この数日、重い毎日はそのためでしょう。思い出の中で付き合っているのはいいのですが、話すことをまとめるのは実に気が重い。
でも今回は20日には話さなければいけません。
もうタイムリミットです。そろそろ話をまとめなければいけない。

佐々木典子さんへの追悼文は、せっかく書いたので、残しておきたくなりました。
彼女の命日の日(2月14日)に、アップしておこうと思います。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2026/02/post-bf4aee.html



半田さんのお別れ会での話は、明日まとめようと思います。

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■今日からの湯島サロンのご案内

今日(18日)と明日(19日)、湯島では国際箸学会主催の2つの集まりが開催されます。また日曜日(22日)は陰謀論のサロンです。
もしお時間があればどうぞ。

18日 第16回箸ラボ「箸技大会報告と今後の広報、研究テーマについて」
      箸学会研究部会による箸にまつわる研究活動の話し合いです
19日 第21回箸技湯島サロン「新しい箸技あそびで脳に喜びを!」
      箸学会事業部会による箸技ゲームを楽しむサロンです。
22日 湯島サロン「ロシアやアメリカの暴挙の背景に何があるのか」
      昨今のキナ臭い世界情勢を陰謀論も交えながら考えるサロンです。

いずれも誰でも歓迎の公開イベントですので、気楽にご参加ください
詳しい案内が必要な方はご連絡ください。

 

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2026/03/17

■節子への挽歌6684:終活に取り組みだしました

節子
最近、ちょっと自宅に引きこもりがちになっています。
実はいよいよ「終活」を始めようと思っているのです。
しかしなかなか動き出せません。
手始めは、まずは書籍・雑誌や資料の廃棄です。

以前、書籍はかなり廃棄しましたが、今回は雑誌と資料の廃棄です。
これも依然一度、取り組み、かなり廃棄はしましたが、捨てられずにいる雑誌や資料がまだかなりあるのです。
雑誌で一番大量なのは『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー』です。
20年ほどの同誌がすべて残っています。
中には私が書いた記事もありますし、思い入れの強いテーマの特集もあります。
何よりも全冊があるので、廃棄に躊躇してしまうのです。
誰かほしいという人があれば譲りたいのですが、雑誌はその気になれば、図書館などで読めるので、活かしてくれる人はいないでしょう。
今回は思い切りましょう。

もう一つは、私が最も愛読していた『談』です。
JTが発行していた雑誌ですが、これも20年ほどが揃っています。
私は雑誌があまり読めないタイプなのですが、この『談』だけは毎号ほぼすべて読んでいます。そこから学んだことはたくさんあります。

この雑誌は、編集に関わっていた若い友人の加瀬さんが毎号、送ってきてくれていました。その加瀬さんは、一時期、湯島によく来ていたのですが、突然死してしまったのです。彼とはいろいろ一緒にやりたいこともあったのですが、とても残念です。

『談』には、他にもいろいろな話があるのですが、その編集長の佐藤真さんも突然亡くなってしまいました。彼とは直接の接点はなかったのですが、一度ゆっくりと話したかった人です。
編集長がなくなったので、この雑誌も廃刊になるでしょう。彼あっての『談』でしたから。
『談』はもう少し保管することにしました。もう読むことはないでしょうが、よほど時間ができたら読みたいバックナンバーがあるからです。

書棚がまた一つ減らせそうです。
しかしこんなテンポでは、間に合いそうもありません。
明日は資料の大処分です。さてできるでしょうか。
私の過去を捨てることでもありますので。

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■世界平和に向けて、もっと考えたいですね

一昨年、湯島のサロンで「世界議会」のお話をしてくだった原田雄一郎さんが、いま、「世界議会を作ろう!」というサイトで、世界平和に関係する2つのコーナーを担当し、投稿しています。
https://peace-union.org/

ロシア対ウクライナ戦争、米国・イスラエル対イラン戦争、北朝鮮核強国へと、第三次世界大戦前夜のような感じもするこの頃、世界平和を求める運動を少しでも進めるように努力したい、というのが原田さんたちの思いです。
日本でもますますキナ臭い話が増えており、憲法9条改正が現実の課題になりそうなうえに、核兵器に対する姿勢さえ変わりつつあるような、心配な状況になってきています。

こういう状況であればこそ、目先の動きに振り回されずに、原田さんたちが取り組んでいる「世界議会」の理念を改めてしっかりと考えていくことが大事だと思います。

原田さんは、上記サイトのブログの中で、「『世界議会 21世紀の統治と民主主義』を読み解く」と「平和な世界を求めて。考えようーお勧めの本」の2つのコーナーを担当しています。
昨今の世界の動きに不安を感じている方にはぜひ読んでほしいと原田さんは思っています。感想などもできれば原田さんに送っていただければうれしいです。

原田さんたちが取り組んでいる『世界議会』改訂版の翻訳も進んでいるようです。
また一度、原田さんの「世界議会と世界平和」サロンも企画できればと思っています。

原田さんたちが翻訳出版した『世界議会 21世紀の統治と民主主義』は、原田さんからCWSライブラリーに寄贈されていますので、貸出可能です。ぜひ多くの人に読んでほしいです。ご希望の方は湯島に来た時にでもお申し出ください。

ちなみに、原田さんの湯島での世界議会のサロンの報告は次にあります。
サロンに参加されていない方、ぜひお読みください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2024/11/post-329355.html

 

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2026/03/16

■節子への挽歌6683:3人目の久しぶりの人

節子
時評編に書きましたが、3人目が現れました。
東レ時代に私のアシスタントだった古館さんからハガキが届いたのです。
なんというタイミングでしょうか。先日、橋本さんと働き方に関しての話をしていて、彼女の話をしてところです。

私という、いささか変わった上司を持ったために、彼女はとても苦労したそうです。
どこが変わっていたかといえば、最初に私から、私が頼む仕事で、もしやりたくない仕事があったら断っていいと言われたのだそうです。
自由に楽しくやればいいという程度の気楽な話だったのですが、相手には主¥九突き刺さってしまったようです。

まあそれはともかく、先日、東レ時代のOG会をやったそうです。
懐かしい顔ぶれです。
もちろん全員、よく覚えています。
せっかく集まったのであれば、声をかけてくれればいいのにと思いますが、まあ会社を辞めてからもう40年近く。そもそも私が元気かどうかもわからないでしょうから、声はかけられないでしょう。
でも次回は声をかけてと頼みました。

それにしても不思議です。
興隆が途絶えていた旧知の人から、つづけさまに4人も連絡が届いたのです。
不思議なシンクロニシティです。
もしかしたら、私の人生の総決算が始まったのでしょうか。

当て4人目は誰か。
と思っていたら、それらしき連絡がありました。
今度は節子もよく知っている神戸の人です。
なぜか今日、フェイスブックでコメントが届きました。
「fb閉じたと思ってましたら、生きてました」とのこと。
もう長いこと交流は途絶えていたのですが、どうして急にこんな連絡が届くのでしょうか。

もしかしたら、節子のいたずらでしょうか。
私を呼び寄せようとしているのでしょうか。
まあ、それはそれでもいいでしょう。
でももしそうなら、ちょっと身支度しなければいけません。
体調が悪いなどといってはいられません。

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■節子への挽歌6682:「大切な1日」

節子
こんなうれしいメールも届いています。

先日は、私の人生にとっても大切な1日になりました。
これまではと違う視点で、自分の過去現在未来を見つめられるようになっています。

もし彼にとっての「大切な1日」だったのであれば、私にとっても「大切な1日」と言っていいでしょう。
まだ私も少しは若い世代に役立てているようです。
もう少しがんばらないといけません。

それにしても最近はどうも調子が悪いのです。
右横腹の痛みが消えません。
腰痛も悪化、夜間頻尿も治らず毎夜5~6回目が覚めます。
こうなったら気力であと4年がんばらないといけません。
誰かに役立つ生き方を維持しながら、誰かに迷惑をかけていく。
そうならないようにしなければいけません。

いささか気が重いです。

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■不思議は続いています

昔の友人・知人からの連絡がまだ続いています。
私が書いた記事を読んでなら、不思議ではありませんが、そうではないのです。

今日はハガキが届きました。
会社時代に私のアシスタントをやってくれていた女性からのハガキです。

それによると、先日、会社時代のOG会をやったそうです。
みんな「ほぼ」後期高齢者だそうですが、なつかしい日本橋たいめいけんとミカドで会ったようです。声をかけてくれればいいのにと、ちょっと残念ですが、まあ私が参加したら興ざめでしょう。
でも会社時代、職場の女性全員になぜか誘われて、日本橋のTOPSで、コーヒーをご馳走させられたことがあるので、そのお返しをしてもいいと思うのですが。

会社時代はまあ、いろいろとありました。
手紙をくれた彼女は、おかしな上司のために苦労したそうです。
私が辞めた後、湯島に来て、その話をしてくれました。
私は全く気付いていませんでしたが。

実はさらに不思議なのですが、先日、橋本さんが湯島に来た時に、ちょうどそのことを話したのです。これもまた不思議なシンクロニシティです。

なにやら私の人生の総決算が始まったのでしょうか。

今日はもう一人、私が長生きを約束した若者からもメールが来ました。
自分はもう50年は生き続けるので、佐藤さんがやり残したことを引き継いでもいいですよ、と。
うれしい話ですが、若者に引き継がせるようなことはしたくありません。
若者は、自らの道を開くのが一番いいですから。
でもそんなことを言われるのはうれしいことです。

それにしても、どうなっているのでしょうか。

 

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2026/03/15

■節子への挽歌6681:「人生でやることやった人」

節子
またうれしいメールが届きました。
私に以前、「長生きしろよ、ジジイ」といってきた若者です。
どうやら働く気になったようで、いや、働くことができるようになったというべきでしょうか、目指すべき目標も考えだしたようです。
ともかく前に向かって進み出せれば、才能豊かな若者なので大丈夫でしょう。

加えてこんなことまで書いてきました。

60年整体をやってて県外からもよく客が来る人の雰囲気が佐藤さんに似てましたよ。
若い頃は酒タバコ女と娯楽を楽しみ尽くして執着があまりないようで、人生でやることやった人特有の雰囲気みたいなのがある気がしました。

「人生でやることやった人特有の雰囲気」が私にもあるというのです。
私は「人生でやることやった人」では全くなく、むしろ「やりたいことをあきらめてしまった人」ですので、同じ雰囲気を感じてくれたとは、とても光栄なことです。
それに彼が、私の雰囲気を実感してくれていることがうれしいです。

しかし、改めて「やりたいことがまったくできなかったこと」の悔いが浮かんできます。
節子のせいにしてしまいがちですが、最初からたぶんやり方が間違っていたのです。
その負け戦に節子を巻き込んでしまったことが最大の反省です。
次の人生では間違わないようにしなければいけません。

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■「正直なことは性格の悪さ」のこともある

昨日、孫とのやりとりを投稿しました。
受け取り方はさまざまでいろんなコメントをもらいました。
少しだけ補足したくなりました。孫のためにも。

言葉は両義的です。
たとえば「正義」を明言する人は、大体において、自らもその行為を「正義」だと確信していないことが多いと思います。自分を納得させるために、「正義」を声高に唱えるわけです。本当に正しいことだと確信していれば、「正義」などと言葉にすることはないでしょう。
それに、そもそも「正義」などという事実は存在しません。どういう視点に立つかで、正義は真逆な意味にもなるからです。

事ほど左様に、言葉は両義的です。
私が「性格が悪い」と孫に言うときの意味は、孫への誉め言葉でもあります。但しそこにちょっとした注意も込めています。

孫は、見事に私に「正直に言うことこそ性格が悪い」と返してきました。
その言外に私が受け取った意味は、「正直に話すのは、自分の視点でしか考えていないからで、相手の立場を考えていない身勝手なこと」です。
いささか読みすぎだと思うでしょうが、子供の言葉にこうした深い意味が含意されていることが多いのです。
もちろん本人が意識したり意図しているわけではないでしょう。でも子供の感覚や言葉の使い方は、実に見事です。
時に試験的に使っているのではないかと思うこともありますが、大体において直感的に言葉を身心で理解しているように思います。

相手のことを考えながら、しかし正直に話すのは難しい。
正直と自分本位な判断でとは違いますが、つながっている。
でも大人は子供に対して、ついつい自分本位に話しますから、子供を傷つけることもあります。
家庭でのDVの話を聞いているとそういうことが少なくありません。
だいたいにおいて、親子の話し合いは、子供のほうに客観的正当性があるように思います。それにきちんと対応できないために、親の立場を利用して命令的な言葉で制したり、時には暴力を使ってしまう。
しかし、そうした状況で育った子どもたちは、大きくなると反逆します。ただあまりにひどい扱いを受けた場合、子供は親を捨てていく。でも残念ながら親子のつながりは、子供を縛っていくように思います。だからこそ、子育ては大切なのです。

長々と中途半端なことを書いてしまいました。
子どもから学ぶことはとても多い。親が子どもを育てるのではなく、実は子供が親を育てているのではない。と私は常々感じています。
これは同時に、学校教育にも当てはまります。
学校での先生と生徒の関係も逆転した方がいいと、子供の頃から思っていました。
もっと先生は生徒に学ばなければいけません。もちろん相互に学び合うということですが。
しかし今の学校の先生には、そういう余裕はないようです。

ちなみにこれは家庭や学校だけではありません。
病院も会社も、すべてにおいて当てはまるような気がします。
社会構造原理のパラダイムを反転させたいと思っているのはそのためです。
まあ挫折の連続でしたので、果たしてそれが正しいかどうかはわかりませんが、私の信念なのです。

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2026/03/14

■節子への挽歌6680:正直すぎるのはいまや性格の悪さになるようです

節子
みんなで食事に行きました。
先日、親だけで食事に出かけたら、それを知ったにこが「いいなあ」と嘆いたので、にこも連れての家族ランチです。

にことは春休みに一緒に出かけようということになっているいるのですが、何処を提案してもにこは「無理」と断るのです。うっかり同じ場所を重ねて提案すると、先ほど答えたでしょうと、いかにも冷たい。声が小さいので聞こえなかったというと、耳が悪いからでしょという。まったくもって敬老の精神がない。
それでついつい「性格が悪いね」と言ったところ、「人のことを性格が悪いと正直に言うおさむさんも性格が悪い」と反論されました。正直に言うのはいいことでしょうと言うと、正直すぎるのはよくないという。まったくもって小生意気な孫です。

自動車で帰る途中、ゆかが八百屋さんに寄ったのですが、私は自動車を降りずにレタスを買ってきてよ、と頼んだら、またにこが「なんで自分で買いに行かないの」というので、「もう死にそうなほど歳とっているので頼んだんだよ」といったら、「死にそうなのにそんなにのんびりスマホなんかやっていていいの」と小憎らしい発言。やはり性格が悪い。年寄りを大切にする気持ちがない。困ったものです。

さてこの「性格の悪い孫」が喜んで私と一緒に行こうという魅力的な場所はないものでしょうか。
まあ最後の手段は「おいしいもの」ですね。なにしろにこはくいしんぼなのです。性格の悪さも、おいしいものにはたぶん勝てないでしょう。
さてにこがあっと驚く魅力的なおいしいものを探さないといけません。

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■不思議なことが起きています

最近、なぜか長らく交流が途絶えていた友人・知人から連絡が入ります。

1989年、歴史が変わった年ですが、その年に私は会社を辞めました。
そして九州の北部の、北九州市か佐世保市か大牟田市に転居しようかと考えました。
当時の社会から離脱したかったのです。
結局、その思いはあ実現しませんでした。
会社では触れられなかった社会のおもしろさにひかれたからです。
当時、いろいろなところに通いましたが、北九州市と佐世保市はかなり通いました。

しかしその後また私の人生は一転し、多くの付き合いを断ってひきこもりました。
結局、2~3年後にまた社会にひかれて出てきてしまったのですが。
でもそのために交流が途絶えた友人・知人は少なくありません。

今月初め、佐世保市のHさんが私のブログにコメントしてくれました。
佐世保に通っていた頃にいろいろとお世話になった一人です。
市役所の職員ですが、職員らしからぬ自由な発想をしていた人なので記憶に明確に残っています。
そのHさんが、なぜか私のことをネットで調べてブログに行き着いたようです。
そして、最近出版した「詩集」を送ってきてくれました。
まさかの「詩集」ですが、考えてみれば、そうだよなの「詩集」です。

懐かしんでいたら、昨日、湯島にこれまた突然、北九州市のNさんがやってきたのです。
彼女の上司のことは覚えていましたが、話しているうちに思い出しました。
北九州市にも毎年数課相通いましたが、その最初に出合った一人でした。
彼女も、なぜか私のフェイスブックに出合って、フォローしてくれているそうです。
いまは市役所を卒業し、「生きづらさに悩む女性の居場所」を運営しているそうです。
市役所の職員は、退職後、できることは山のようにあります。それを実践されているのです。

HさんにしろNさんにしろ、私を覚えてくれたことが無償にうれしいです。
しかも30年ほどの間をおいて思い出してくれたのです。

人は決して死ぬことはない。
改めてそう思いました。
おふたりにつづいて3人目はどこから便りが届くでしょうか。

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2026/03/13

■節子への挽歌6679:思ってもいなかった人の来訪

節子
寂しいことがあれば、うれしいことも起きる。
まさにそれが人生です。

今日は湯島でオープンサロンでした。
出かけるのがいささか億劫なほど、あまり調子がよくありません。
でも今日はサロンの前に湯島で橋本さんと会う約束がありました。
彼のことがとても心配だったので、会うことにしたのですが、彼と話していて少し安心しました。
彼の生き方は全くぶれていません。
ちょっと安心しました。
橋本さんの話も書きたいのですが、実は橋本さんとの話が終わりかけていた頃に、思ってもいなかった人がやってきたのです。
それがあまりにうれしくて、体調の悪さを忘れるほどでした。

最初はだれかさえも分かりませんでしたが、やってきたのは北九州市の西本さんです。と、いわれても最初は誰かがわかりませんでした。
話していてだんだん思い出しました。
もう30年以上前になりますが北九州市役所に通い出した最初の頃にお会いした職員の方です。話しているうちにお名前も思い出しました。
興隆はすっかり途絶えていました。

なんでまたそういう人が突然にやってきたのか。
西本さんは、私のフェイスブックを見ているそうです。まだ私とは友だちにはなっていないので、一方的に見ているのだそうです。
しかもそれを見て、自らの活動のヒントも得ているというのです。
私はそんなことは全く知りませんでしたが、西本さんは私の生活の様子をいろいろと知っているようです。

いまは市役所も退職し、仲間と一緒に「生きづらさに悩む女性の居場所」を毎月開催しているとのことです。その活動も、私の活動が少しは役に立っていると言ってくれました。とてもうれしい話です。

今回はたまたま東京に用事があってきたそうですが、フェイスブックにサロンのことが書いてあったので、その合間に寄ってくださったのです。
ともかく私の顔をみたかったと言ってくれました。
西本さんと話しているうちに、当時のことをいろいろと思いだしました。
渡辺さんとか山下さんとか石松さんとか、懐かしい顔が思い出されます。
特に渡辺さんとは長らく交流がありませんが、私が最初に北九州市でしっかりと話をした人です。実に懐かしい。

それにしても最近、なぜか昔の知り合いからのアクセスが続いています。
これは一体どうしたことでしょうか。
西本さんとの交流が、フェイスブックを通してですが、復活できそうです。
水俣市、佐世保市につづいて、北九州市。
そろそろ今度は宇部市から意外な人がアクセスしてくるかもしれません。
いや山形市でしょうか。福島県や青森から来たら最高ですね。

地方とのかかわりは20数年前に止めてしまいました。
節子の闘病の問題もありましたが、市町村合併に動く地方には全く興味を無くしていたからです。
でもそれまでの10数年、いくつかの地域に関わっていたおかげが、いまいろいろと出てきています。何よりももう長いこと経つのに、覚えてくださっている方がいることがともかくうれしい。
今日は体調不良を少し忘れて元気になった気がします。

 

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2026/03/12

■節子への挽歌6678:気が滅入っているとネガティブな話が集まってくる

節子
また訃報です。
気が滅入っていると、こうやってネガティブな話が集まってくる。
不思議です。

湯島は日本子どもNPOセンターに事務所を提供していました。
そのNPOの代表の小木さんが亡くなられたのです。
先月に日本子どもNPOセンター宛てに手紙が届いていたので名古屋に入り小木さんに転送したのですが、いつもなら連絡があるのに、なぜか連絡がないので気になっていましたが、亡くなられたのだそうです。
共通の友人から連絡がありました。

このNPOには私は参加はしていませんでしたが、いろいろとかかわりは持っていました。
5年おきに出している「子どもNPO白書」にも寄稿していました。
それが打ち切られるのも残念です。

こうして私の友人知人も次第に少なくなっていきます。それと共に私の世界も小さくなっていく。
まあ、それが自然の摂理。歳をとるとはそういうことなのでしょう。

実はこの前の記事を投稿してから、なんとか状況を変えようと出かけようとしたのですが、また出かける気が萎えてしまいました。

録画してため込んでいるテレビドラマ『水滸伝』を観ることにしました。
北方謙三の『水滸伝』のドラマ化です。
元気を与えてくれるといいのですが。
https://dorama9.com/suikoden-cast/

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■節子への挽歌6677:ネガティブな厭世感

節子
新潟の裕さんが、湯島のサロンにまた来てくれるそうです。
サロンのためにわざわざ新潟から出てくるのには感謝です。

せっかくなので、サロンだけではなくゆっくりと話せないかと連絡しました。
今回は時間がとれそうです。
ランチを一緒にすることにしました。

裕さんの話をするといくらでも話せますが、彼との交流も不思議な関係です。
最初の出会いはまだ会社にいた頃で、友人がやっているある会で会いました。
なぜかそこから交流が始まり、彼が新潟に戻ってからも交流は続きました。
彼から誘われて、新潟で彼がやっている会で話をさせてもらったこともあります。

その後、彼にはいろんなことがありました。
もちろん私にもあったわけですが、お互いにある意味での思いを共有することができたのかもしれません。

人は思ってもいなかったことに出合うと変わります。
私も彼も、おそらくある意味での厭世観に陥ったのではないかと思います。
厭世感は、社会との付き合い方を変えます。
社会の眼など気にしなくなるのです。
そうすると、その厭世感は「否定」から「肯定」へと変わることがある。
世間を肯定しながらも、世間からは自由になってくる。
私の場合はそうです。
ただ今も時々、ネガティブな厭世感に襲われてしまうこともないわけではない。

実は最近がそうなのです。
その気分が彼と会って反転するかもしれません。
そうあってほしいものです。

今日は太陽もまぶしいほどのいい天気です。
でも気が戻ってきません。
お医者さんに行く予定でしたが、その元気もない。
全く困ったものです。

まあこうやって人は朽ちていくのでしょうか。

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■3.11で想いだすのは津波か原発事故か

東日本大震災から15年が経ちました。
午後2時46分。ひとりで黙禱しました。そしていろいろ考えました。
気がついたら3時を過ぎていました。
思うことがあまりにも多い。

新聞もテレビも大きく報道しています。
でもなぜか原発事故のことはあまり取り上げられていない気がします。
もちろん社説や論考記事では取り上げられていますが、多くの人は読まないでしょう。

一般記事やテレビでは、私の気のせいか、自然災害のことばかりが目立ちます。
原発事故は言及されてはいますが、原発事故の悲惨さはほとんど書かれていません。
たしかに地震や津波などの自然災害は恐ろしい。
でも、私にはもっと恐ろしいのが原発です。
原発事故は回避できるにもかかわらず、放置している人間が恐ろしいのです。
自然災害と原発災害は、違う災害です。

原発事故が回避できるというのは、事故が起きないように運転するという意味ではありません。そんなことができるはずはありません。
私が回避できるという意味は、原発を無くするという意味です。
自然災害と原発事故は、違うものです。

フクシマの事故を起こした原発周辺の住民調査によれば、いまなお「暮らしが回復していない」と答えた人が4割だそうです。
この数値を見て、なぜみんな恐れないのでしょうか。

原発再開を決めて野田政権以来、原発はまた動き出しています。
そして今やむしろ原発への期待は高まっています。
どうして人は懲りないのでしょうか。

フクシマのことを私たちはもっと知らなければならない。
それこそが、3.11の被災者への追悼になると、改めてそう思います。

 

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2026/03/11

■節子への挽歌6676:青木さんが夏ミカンをどっさり持ってきてくれました

節子
節子も知っている近くの青木さんが、家の木になった夏ミカンをどっさり持ってきてくれました。
家ではあまり食べないのだそうです。

そういえば、我が家の近くにも庭に夏ミカンがたわわになっているのに放置していて、地面に落っこちている家が数件あります。
今時は酸っぱい夏ミカンはあまり食べないようです。
夏ミカンだけではありません。柿なども鳴りっぱなしでカラスのエサになっている家も少なくありません。

節子は庭に果実の木を植えるのをあまり好みませんでした。
なぜか不思議なのですが、何か理由があったのでしょう。
もっとも桃や梅は飢えたことがあり、収穫もありましたが、新しい家に来てからは植えるのをやめました。ですから我が家の庭には果実の木はあまりありません。

ところで夏ミカンです。
酸っぱいのでお隣さんなどに配るのも何なので(わが家でも次女家族は食べません)、近くの兄の家に持っていきました。義姉は食べないのですが、兄なら食べるでしょう私と同じに育っていますから。
期待通り引き受けてくれました。

それにしても、食生活は大きく変わってしまいました。
何もかもが甘くなり、人工的になって来ました。
テレビで見る食関係の風景は私には理解しがたいものが多いです。
そもそも高価すぎます。食べ物はそもそもお金をかけるものではないと私は思っていますので、飾り立てたスイーツや手の込んだ料理には違和感があるのです。
素朴な食材を素朴に料理したものが私には合っています。

そんなことを考えていたら、急に学生のころ食べた素朴なとんかつが食べたくなりました。
新宿にあった「和光」のとんかつです。
娘に頼んで、近くにある「和光」に行きました。
気のせいか、ここのとんかつは変わっていません。
ちょっと小さくはなっていますが、しくみもそのまま。
おいしかったです。
帰宅してから、青木さんの夏ミカンをいただきました。

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2026/03/10

■節子への挽歌6675:最近ちょっと不安な気分を味わっています

節子
先週は暖かくて春が来たかと思っていましたが、今朝はまた寒さが戻ってきました。

先日書きましたが、私より年上のYさんが、参加申し込みのあったサロンの前日、体調が悪いので行けなくなったと娘さんから連絡があったのですが、サロンの翌日に急逝されました。
私の周りだけではなく、最近、こうした急に亡くなる話をよく聞きます。
決して他人事ではありません。
私も最近時々、不安を感ずることがあります。
ユカから言われているように、いわゆる終活を進めなければいけないようです。

昨夜、Yさんの娘さんからメールが来ました。
Yさんは机の前に仏像の写真を貼っていたそうです。
意外な感じがしますが、Yさんもまた毎日仏に祈っていたのかもしれません。
娘さんがその写真を送ってきてくれましたが、たぶん聖観音でしょう。
とてもいい表情の仏さまです。
私も、わが家の大日如来の写真を送りました。

死を意識した時、人はやはり仏や神を意識するのだろうと思います。
という意味では、私はずっと「死」を意識しているのかもしれません。
20代の頃から、仏像が好きでした。
私の場合は、死は決して怖いものではなく、むしろ興味を感じるものでした。
しかし、最近になって少し気持ちが変わりました。
わたし自身にとって死は何でもないのですが、その後に遺る人たち、とりわけ家族を考えると、不安感が生じてきたのです。

私はミニマリストではないので、書籍や資料や個人所有物が少なくありません。
まずはそれが迷惑な存在になるでしょう。
経済的には娘たちには遺産を遺すこともありません。お金は使うものという考えがありますので、貯金はありません。不動産物件がありますが、まあ管理費がかかる「負動産」になってしまっています。これも早く処分しなければいけません。
というようなことを、最近少し意識しだしたのです。

あと4年は元気でいようと思ってはいるのですが、どうも最近いろんなところにおかしな症状が出始めてきています。
困ったものです。

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2026/03/09

■節子への挽歌6674:一人静が1本枯れました

節子
永田さんからもらった「ひとり静」が1本枯れました
今朝、部屋の植物に水をやろうと思って気づきました。
先日まで元気だったのですが。
「ひとり静」は、毎年冬には枯れ、春にまた芽吹いてくると聞いていますが、なぜかこの冬を超えてきたのです。

この「ひとり静」は、節子も知っている永田さんがくれたのです。
彼が私に持ってきたのには、とても深い意味があるようです。
彼は教えてくれませんでしたが、少しだけヒントはくれました。
それで考えていますが、答えが見つかりません。

しかもいまある「ひとり静」は3つ目です。
最初にもらったのは大事にしすぎて水をやりすぎて根腐れし、2回目のは水を枯らしてまただめにしてしまいました。
それでも永田さんはまた持ってきたのです。
なにか彼にも私にも、大きな意味があるようです。
3回目は大事にし、冬を越しました。
彼は、冬を越すのは不思議だと言いました。

その「ひとり静」が今朝、1本、枯れてしまったのです。

最近、ちょっと私自身のメンタルが弱っています。
いろいろなことがありすぎます。
そんな時に、枯れた「ひとり静」を見ると、ますます気が萎えます。

今朝は思わず、わが家の大日如来に自分のことを祈ってしまいました。
こんなことは、たぶん初めてです。
いや2回目です。

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2026/03/08

■湯島サロン「ロシアやアメリカの暴挙の背景に何があるのか」のご案内

久しぶりの「陰謀論」サロンです。
今回取り上げる切り口は、宣戦布告なきイスラエル・アメリカのイラン攻撃です。
しかもそれによって、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害されました。
ここから第三次世界大戦がはじまってもおかしくありません。

しかもロシアによるウクライナ侵攻以来、戦争を回避しようという思いは失われ、核兵器使用のバリアも低くなってきている気がします。
ともかく世界はおかしくなってきています。

こうした状況を作り出した背景には、何があるのか。
それに関してはさまざまな論考や憶測が広がっていますが、今回は、そうした最近のキナ臭い世界情勢を、陰謀論視点も入れて、解説してもらおうと思います。
もちろんトランプのアメリカや高市政権の日本のゆくえも論じてもらいます。

世界のゆくえに不安を感じている方は、ぜひ。

〇日時:2026年3月22日(日曜日)午後1時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「ロシアやアメリカの暴挙の背景に何があるのか」
〇話題提供者:
中嶋一統さん(事業戦略アドバイザー・商品企画販促コンサルタント)
北川泰三さん(世界動向ウォッチャー)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■第8回ブックカフェサロン「核に関するお薦め書籍」報告(2026年3月7日開催)

第8回ブックカフェサロンのテーマは「核に関するお薦め書籍」でした。
最近のサロンの重点テーマの「核時代に生きる」につなげた形だったのですが、残念ながら参加者は3人でした。
少人数だったので、いろいろと突っ込んだ話ができたのはよかったのですが、ちょっと寂しかったです。

まずは私からは2つのコミックを紹介しました。
中澤啓治さんの『はだしのゲン』と旭岡光志さんの『ある惑星の悲劇』です。
『はだしのゲン』は紹介するまでもなく有名ですが、『ある惑星の悲劇』は知っている人は少ないでしょう。
私も知ったのはつい最近です。この作品は広島で被爆し家族を失った男性の手記をもとに1969年に雑誌に連載された作品ですが、湯島のサロンでも話をしてくれたコミック編集者のイシモトタネオさんが、ぜひ再刊したいと働きかけて、2019年に電子書籍として復刊されたのです。
その経緯は添付の新聞記事をご覧ください。
20191218

『はだしのゲン』は紹介の必要もないほど有名なコミックですが、今回のサロンのために私は第一部10冊を全巻読みました。
被爆で何が起こったかが多面的に、そして生々しく描かれています。これはやはり多くの人に読んでほしいコミックだと思いました。ぜひ近くの図書館で借りて読んでください。

そのほかに、私は豊下楢彦さんの『「核抑止論」の虚構』(集英社新書)を紹介させてもらいました。
最近、核抑止力信仰が復活していますが、核抑止論は論理的には成り立つとしても、時に論理的にではなく動く人間を考えたら、実際には成り立たないということがわかりやすく解説されています。そして、先日の折原さんの「核のリアル」のサロンで話題になった、ゴルバチョフの「新思考外交」(安全保障は他国の利益を無視しては成立しないという発想)こそを基軸にすべきであり、核抑止論はその真逆ではないかと示唆しています。

ピースツアーの報告サロンをしてくれた升田さんは、立花隆の『最後に語り伝えたいこと』(中央公論社)を推薦してくれました。反戦の思いを学生にぶつけた長崎大学での講演と大江健三郎との対話をまとめた、立花隆さんの「遺作」です。立花さんは田中角栄さんとの関係で有名ですが、長崎生まれで、日本における核兵器反対運動の草分けです。

升田さんは、その本に加えて、被爆関係の何冊かの書籍も紹介してくれましたが、先日のサロンで話し足りなかったピースツアーの話や、これからいろいろと取り組みたいことなども話してくれました。
升田さんのサロンは、どうももう一度くらいやった方がいいかもしれません。
話し足りないことがまだまだたくさんあるようです。

もう一人の参加者、鈴木章弘さんは、ネヴィル・シュートの『渚にて』を紹介してくれました。
映画化もされているのでご覧になった人もいると思いますが、核戦争によって人類滅亡が迫る中、最期を待つ人々の日常と葛藤を静かに描いた物語です。
そこから映画の話になりましたが、鈴木さんは核に関わる2本の映画を紹介しました。『チャイナ・シンドローム』と『博士の異常な愛情』です。
さらに話しているうちにいろいろな映画も出てきました。そして書籍もいろいろ出てきました。

原子力に焦点を合わせた哲学者ギュンター・アンダースは、『時代おくれの人間』のなかで、核は人間の想像力の限界を超えていると言っています。
だからいま必要なのは、想像力の形成、フィクションによる想像力の形成であると言うのです。論理的に考えていても、見えてこないものがある。小説や映画こそが、核のリアルを教えてくれるというわけです。

核エネルギーの出現によって、歴史は新しい時代に入ったという人は少なくありません。新しい時代であれば、発想も行動も見直す必要がある。
でも私たちは、相変わらず昨日と同じ生き方をしている。
それでいいのか。
サロンでは紹介しませんでしたが、戸谷洋志さんの『原子力の哲学』(集英社新書)という本があります。欧米の7人の哲学者の核時代論を紹介している本です。「核時代」の意味が多角的に語られています。先のアンダーズの話もそこからの引用です。
もしお時間が許せばぜひ。

ブックカフェサロンは、あまり参加者もいなくてどうも人気がありません。
もうやめようかとも思いますが、もう一度だけ、今度はテーマなしで、ともかく本を話題に知るもっと自由なサロンにしたらどうかという提案もあって、次回はそんな形で開催しようと思います。
沈黙の読書時間のディオゲネスタイムはさすがに今回で打ち切ろうと思います。
話をしないサロンという考えがとても気にいっていたのですが、残念です。

 

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2026/03/06

■節子への挽歌6672:『はだしのゲン』を全巻読み終えました

節子
明日は湯島でブックサロンです。
テーマは「核に関するお薦めの本」です。
そのために、『はだしのゲン』(第1部)を全巻読むことにし、なんとか今日、読み終えました。

もう30年ほど前に、第1巻と第2巻だけは読んだのですが、以来、気になりながらも読んだことがありませんでした。
最近、近くの図書館にあるということを知り、今日に間に合うように全巻読もうと思ったのですが、なんとかサロンの前までに読み終えました。

1,2巻で戦前から原爆被爆直後までが描かれていたので、その先は読まないでいたのですが、むしろその先のほうにこそ、戦争の悲惨さ、被爆の悲惨が読み取れました。
あらためて本書の意義を感じました。
この本はもっと読まれてしかるべきですね。

本書の中に『夏のおわり』という書籍をゲンたちが印刷して配布したエピソードが出てきます。これも図書館で探しました。同名の本はありましたが、『はだしのゲン』に出てくる本とは違うようです。

ある時期に図書館から『はだしのゲン』は追放されたと思っていました。しかしどうもそれは間違いで、いまなお図書館に置かれ、読み続けられていることを知って、少しホッとしました。
たしかに表現にはいろいろと批判する人もいるでしょうが、これが実際だったのでしょう。と同時に、いままた同じような状況が出現しつつあるような気がします。
おそろしい話です。

『はだしのゲン』は、多くのボランティアの手によって、今では20以上の言語に翻訳され世界各地で出版されているそうです。
しかし日本では、テレビでも放映されませんし、学校の図書館にはなさそうです。
読んでいる人もさほど多くはないでしょう。
被団協のようなグループが、もっと喧伝してもいい書籍だと思います。

明日のサロンでは、この書籍のほか、最近読んだ2冊の新書を紹介しようと思います。
私が核に関する書籍を盛んに読んでいたのは、もう40年ほど前ですが、最近のわが家の書庫は解体されてしまったため、当時の書籍が見当たらないのです。
高木仁三郎さんの本が何冊かあるはずなのですが。

書庫を解体していたため、いまは書籍がどこにあるかわからず不便です。

 

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■節子への挽歌6671:小学校時代の同級生が12人集まりました

節子
小学校を卒業して、70年以上が経過しました。
数年前から同窓会も開かれなくなっていますが、時々、湯島でミニクラス会を開いています。女性たちは元気で、同級会に限らず、サロンにもよく来てくれるのですが、男友だちは少なくなってきてしまいました。

私は途中からの転校生だったので、小学校時代、よく遊んだ友だちは限られています。一番仲の良かった2人はもう亡くなってしまっています。
卒業後仲良くなった男友だちもだんだんいなくなってきてしまっています。

昨日のミニクラス会を企画し呼びかけたのは女性たちでした。
集まったのは女性7人、男性5人。
数の上ではそう違わないのですが、4時間の間、話していたのはほとんど女性です。
これから海外旅行に行くとか、ゴルフでホールワンしたとか、ともかく女性は元気。一方の男性は静かなものです。
参加できなかった女性たちは、それぞれに差し入れを送ってきたり、なかには昨日、湯島の部屋の前に差し入れを置きにきたりした人もいるそうです。
私も昨日は、あまり、というか全く元気のない日で、話にほとんど加われませんでした。
この違いは一体どこから来るのでしょうか。

みんなの写真を撮りました。
写真をそのままアップするのは女性たちが嫌がりますので、生成AIを使ってイラストにしました。みんなやけに若くなってしまいました。

私は入っていません。
20260305

 

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2026/03/05

■核戦争が起きてもおかしくない状況ですね

イランをめぐる状況は、毎日のテレビ報道を見ているとどんどん悪化しているような気がしてなりません。このままだと、どこかで核戦争のボタンが押されてもおかしくない。

核兵器はシステムによって管理されているでしょうが、だからこそ責任感が希薄化されていますから、ひょっとした「誰かの気分の迷い」から引き金がひかれてもおかしくありません。なにしろ日本にさえ、人の死を喜ぶような気持ちが漂い出している時代ですから。

システムでの管理ということほど、恐ろしいことはありません。
そこでは、そこにかかわる人間の「責任」はシステムに帰せられますから、誰もが真剣には考えなくなります。さまざまなチェック機能が仕組まれてはいますが、いずれもそれはシステムが正常に機能するかどうかのためであって、結果が人間にとってどういうものであるかの評価はないでしょう。
そうしたことは、企業組織が時々犯す事件が、個人の責任や良識とは切り離されていることからわかるでしょう。組織やシステムは、そのためにあるといってもいい。

そもそも核兵器の使用結果などというものは、人間の想像を超えていますから、いわゆる「プロメテウス的落差」によって、人間でさえも評価できません。
冷静に考えれば、核兵器を使用したいと思う人間はおそらくいないでしょう。その結果は自分にもやってくるのですから。しかし、人間はいつも冷静であるわけではありません。
あるいは分業化された課題を担当する人間にも、そうした想像力は作動しないでしょう。

いつシステムが人間とは別に動きだすか。そのシステムに引き寄せられる狂気がいつ生まれるか。そんな不安が、毎日強まっています。
そんななか、今日、WBCが開幕。

時代の狂気を感じます。
祈るしかありません。

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■節子への挽歌6670:来世はないかもしれません(2026年3月5日)

節子
世界はいま混乱の中で、核戦争に向かっている感じです。
自信のない権力者が増えている結果でしょうか。

宣戦布告もなく、他国の首都を攻撃し、公海を航行している戦艦を爆破する、とても人間のやることとは思えません。
しかも敵国と勝手に決めた他国の指導者を殺害したことがまるで良いニュースのように報道され、しかも関係のない日本の一部の人までそれを喜んでいる。
嫌な時代になってしまいました。

核兵器はシステム的な管理下に置かれているので、そう簡単には発射されないでしょうが、一人の狂気によって発射されないとも限りません。
システムとはそういうものですから。

節子がいなくなった時、私は時々、この世界が終わってしまえばいいのに、と思ったことがあります。
もし核兵器のカギを握っている人が、あの時のような私に気持ちになったら、と思うと恐ろしいです。
とともに、そういうような思いを持った自分自身に悲しさを感じます。

核兵器は、おそらく人間には理解できない道具です。
理解できない道具を作り出してしまった人間の未来は決まっています。
それがいつ来るか。
もしかしたら私の来世はないのかもしれません。

そんな気がする毎日です。

 

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2026/03/04

■節子への挽歌6669:友人から著書が届きました

節子
また友人から厚い著書が届きました。
最近は少なくなりましたが、以前はよく届きました。
届いたら必ず書評を書いて、私のホームページで紹介していました。
しかし最近はその元気がなくなりました。
ただただいただきっ放しです。
一条真也さんこと、佐久間庸和さんからはいまも毎年数冊の新著が届きますが、しっかりと読んで書評するまでできていません。
それでも佐久間さんは毎回送ってきてくれるのですg。

今回、送ってくださったのは立柳聡さんです。
仲間たちとの共著ですが、なんと1万円近い学術書です。
テーマは「共助」をテーマにした日韓コミュニティ比較論。
とりあえず、立柳さんの書いた論考の一つだけ読みましたが、読みごたえがある。
立柳さんは、佐藤さんとは少し考えが違うかもしれませんが、と書いてきていましたが、そんなことはありません。
でも読み進めるのはかなりのエネルギーが必要です。

いま並行して、先月送られてきた一条真也さんの『「鬼滅の刃」と日本人』を読んでいます。
新書ですので、以前なら1日で読み切れましたが、最近はそうはいきません。
一気に読み終えることが難しいのです。
困ったものです。

劣化しているのは身体機能だけではありません。
読書力も大幅に低下しました。
そろそろまた蔵書を思い切り整理するべき時期に来ているのかもしれません。

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■第2回憲法サロン「自民が憲法改正に向かうとしたら、何は譲れないのか、何はやむを得ないのか、私たちは、何をすべきか」報告(2026年3月1日開催)

今回も、最近の日本の安保政策がとても気になる生活者の富沢このみさんが疑問に思って調べたことをもとに、みんなで話し合いながら、考えていくというスタイルをとりました。
前回の参加者に加え、新しい参加者も増え、さらに小学5年生の参加者もありました。
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サロン終了後、問題提起者の富沢さんがフェイスブックで詳しく紹介していますので、それを富沢さんの了解を得て添付します。

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ここでは、私の視点で、富沢さんの問題提起とサロンでの話し合いになったことを紹介することにします。

富沢さんはまず、「憲法第9条で戦争を放棄しているはずなのに、なぜ、今にも戦時体制下に入れそうな法制度が整えられてしまっているのか」という疑問から話を始めました。
そしてその疑問を解くために、富沢さんがいろいろと調べた結果を紹介してくれました。

最初に、戦争放棄を明文化している憲法があるのに、国会での強行採決や閣議決定での法律制定で、次々と「戦争ができる国家」へと日本は変わってきている実態を説明。
そうした背景には、違憲立法などのお目付け役ともいえる内閣法制局への政府による人事介入という事実があったこと、そして教育基本法改正によって教育行政の姿勢が変えられ、「家庭教育」にさえ国家が関与していく方向へと法律が変わってきていることなども紹介してくれました。

こうしていまや、日本は、「個別的自衛権」だけではなく、「集団的自衛権」さえもが実行できるところにまで来てしまっているのです。
富沢さんは、なぜ、政府はそんなにしてまで「軍国化」を進めるのか、と問うのです。
「軍国化」という表現には、一部参加者から異論が出ましたが、「軍事力強化」「軍需産業強化」というだけでなく、「攻撃力強化」という意味を、富沢さんは含意しているのだろうと思います。

富沢さんは、こうした動きを、国連の一員としての独立国としては当然なこと、周辺環境の変化で独自に軍事力を強化せざるを得ないこと、アメリカからの要請に応えざるをえないこと、などの「やむを得ない」理由があるのか、と問います。
しかし、防衛という意味での最低限の軍事力は必要であるとしても、泥沼の戦争に陥らないための歯止めは必要ではないか。問題は、その「防衛力としての最低限の防衛力」をどう考えるかだが、それに関しては「国民が選挙などで政策をきちんと評価する以外にないのではないか、と富沢さんは考えるのです。

しかし、政府の提出する施策をきちんと評価するためには、国民である私たちもしっかりと事実を知り、学び、考えなければいけません。
富沢さんは今回改めて調べたことをいくつか紹介してくれました。
たとえば、防衛費を拡大したら果たして抑止力になるのか。
たとえば、私たちは攻められる状況を考えて対策を打っているのか。
たとえば、沿岸部にたくさんある原発施設は攻撃に対してしっかりと防衛されているのか。
たとえば、生活を守るための食料自給率は大丈夫なのか。
たとえば、他国はどういう形で自国の安全保障に取り組んでいるのか、知っているのか。
などなど。

その一方で、富沢さんは、平和憲法を楯に中立国になる方策の可能性も考えます。
そして、永世中立の条件を調べた上で、日本にはその道は無理だろうと結論します。
では永世中立が無理として、各国とのパートナーシップを広げていくのはどうか。
そうした動きを強めている中国やEUの実態を少し紹介してくれました。

こうしたことを通して、富沢さんの疑問が解けたわけではありません。
しかし「問題の所在」や「考える視点」は、間違いなく明らかになってきたはずです。
憲法が自分の生活にも深くつながっていることも実感したと思います。
そうした「憲法と国民」の距離が、とても大切なのだろうと思います。

ちなみに最近の小学校では、6年生で憲法を学ぶそうです。
小学5年生の参加者は、サロンが終わった後、大人たちにはいろいろな意見があるのだということを知ったと感想を話してくれました。彼女は来年6年生。きっとしっかりと憲法を学んでくれることでしょう。こういう若い世代が増えていくことを期待したいです。
そして、私たち大人も「いろいろな意見をきちんと聴ける耳」を持ちたいものです。

最後に、富沢さんは「高市首相が意欲を示す政策」と「自民党の憲法改正案」を簡単に紹介してくれました。時間の関係で、ここは詳しくは触れられませんでしたが。
ちなみに、自民党の憲法改正案は下記にあります。
https://www.jimin.jp/constitution/document/draft/

なお、案内文にも書きましたが、自民党による憲法改正案は、現実に合わせて憲法条文を変えようという方向になっています。しかも最近では国民の多くもそれに同調している感があります。
これに関しても、少し議論になりました。
憲法と現実が違っているときには、どちらに合わせるべきか。現実を規制する立憲主義の理念を守るべきか、現実に合わせて憲法を変えていく現実主義をとるか。
これは、憲法とはいったい何なのか、ということにつながっていきます。
少なくとも憲法は一般の法律とは違うのです。そこを誤解してはいけません。
主権者である私たち国民はもっと憲法への関心を高め、活かしていく必要があるでしょう。

話し合いの紹介の報告が不十分になりましたが、2点だけ紹介しておきます。
一つは、「近代国家制度の解体」と「一国二制度論」など、「近代国家制度」に関する議論。
私自身は、国家主権という概念そのものがすでに意味を失いつつあると思っていますので、世界の構造を近代国家の呪縛から離れて考える時期に来ていると思っています。そうなると、憲法観そのものも見直していく必要があります。
統治者を縛る憲法という発想さえもが見直されなければいけないのかもしれません。今回のサロンでも、憲法は統治者のみならず国民をも縛るものと言う意見も出ました。
また、「一国二制度論」は、ミュニシパリズムやバーチャル国家論・AI政治につながっています。これは以前の半田さんのサロンでも提起されたことですが、改めて話題にしたいテーマです。

もう一つは、憲法前文に関する評価。これは大きく分かれました。
憲法前文はこれまでも何回か話題になっています。たとえば前回の増田サロンでは、憲法前文には自国だけではなく世界への働きかけの理念が含意されているという話がありました。
これは一国平和志向か世界全体の平和志向か、という大きな平和観の違いにつながっていきます。そしてこれこそ、「安全保障」を語るときに忘れてはいけない視点だと思います。
これもこの後の憲法サロンで取り上げたいと思います。

そういった大切な課題をたくさん浮き彫りにしてくれたサロンでした。

富沢憲法サロンの3回目は、「立派な憲法があっても戦争に向かってしまう歴史の教訓はどう活かせるのか」がテーマです。たとえば、ワイマール憲法とナチズムの出現です。
4月4日(土曜日)午後2時~4時を予定しています。

富沢さんと一緒に話し合いながら学んでいくサロンですので、専門知識などなくても大丈夫です。憲法など読んだことがないという人ほど、参加してほしいサロンです。
憲法というと何か自分の生活とは関係ないように思う人もいるかもしれませんが、私たちの国のあり方を大きく決めている憲法は私たちの生活に深くつながっています。
次回は最後の富沢サロンです。ぜひ気楽にご参加ください。
またその後の憲法サロンで問題敵したい方がいたらご連絡ください。

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2026/03/03

■人類の遺産がまた失われるのが心配です

アメリカ・イスラエルとイランとの破壊合戦が、これ以上エスカレートしなければいいのですが。

テヘランにあるユネスコ世界遺産のゴレスターン宮殿が被害を受けたという報道がありました。タリバンによるバーミヤーン大仏の破壊には驚きましたが、それと同じようことをアメリカもイスラエルもするのだと知りました。

私はシラーズの近くのペルセポリスが大好きなのですが、あそこが破壊されないことを祈ります。ペルセポリスに立った時、ギリシアから始まる歴史とは違う人類の歴史に少しだけ触れた気がして、私の世界観は変わりました。
私がペルシアもイスラムも好きなのは、そのせいかもしれません。

私が訪問したくてできなかったのは、シリアのパルミラです。
パルミラはISによって破壊されましたが、あんな愚行はもう繰り返してほしくないです。
過去を破壊していくことは、未来の破壊につながります。
現在は、過去と未来をつなぐことにこそ意味がある。

これ以上、人類の記憶を壊していってほしくないです。
もちろん第三次世界大戦は起こってほしくないですが、人類の遺産も壊してほしくない。
トランプさんとネタニヤフさんに、それくらいの知性は期待したいです。
壊し合いをやるなら、月の裏面ででもやってほしい。
あるいはバーチャル空間のゲーム世界でやってほしいです。

イランには、いや中東には、素晴らしい遺跡がたくさんあります。
そこから私たち人間の歴史がこれから明らかになっていくはずです。
それを壊してしまえば、私たちの未来はたぶん開けていけないでしょう。

人類は間違いなく退化しています。
本来の人類に戻れなくなってしまうことが恐ろしいです。

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■節子への挽歌6668:核兵器が投下された夢を見ました

節子
夢を見ました。
日本お近くに核兵器が投下された夢です。
なぜかそれにどう対処するかの集まりがあり、そこに私が紛れ込む夢です。
私の知った顔が何人かいて、私も話し合いに参加するようにと誘われました。
被害は、しかし2~3万人の人が死ぬかもしれないという話で、どうも本格的な核兵器ではなさそうです。
夢ですから、矛盾だらけの話ですが。

昨日、20年後の顔写真を生成AIで作成して、余計な文章をつけてアップしたせいかもしれません。
嫌な夢でした。

しかし今朝のテレビもイラン攻撃に始まる世界の動きで騒がしいです。
まるで高市政権を選んだ日本国民への警告なような気もします。
これからどう展開していくのか、予断はできません。
ともかく「友敵理論」に呪縛されているかぎり、世界には平和は来ないでしょう。
来るとしても、友だけの平和です。
それは平和とは言えません。
そうした平和観は捨てなければいけません。

今日も寒いです。

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■節子への挽歌6667:20年後の私

節子
節子がいままだ元気だったら、どんな顔になっていたでしょうか。
最近の生成AIを使うとそうした画像が作れます。
昨日、私自身の顔をいろいろとつくってみました。
10歳当時の顔とか20年後(104歳)の顔とかいろいろとやってみました。
いずれもあんまり似ていません。
若い頃の顔がもし本当なら、私はさぞかし女性にもてたでしょう。
残念ながら生成AIは、依頼者にあまりに好意的です。
困ったものです。

節子の顔もまた作ってみようと思いますが、この調子だと、あまりがっかりしないような顔に仕上げてくれそうです。

まあそれはともかく、私の20年後の顔をここにアップしておきましょう。
もしこんな状況で20年後も生きていられるのであれば、生きていてもいいでしょう。

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この写真をフェイスブックにアップしました。
ちなみに、この写真に下記のような説明文をつけておいたのですが。

差出人の書いていない荷物が届きました。何も気にしないで封を開きました。 煙が出てきました。中は空っぽです。
しばらくして 気がついたのですが、いつのまにか 20年が経過してしまっていたようです。幸いなことにどうやら 第三次世界大戦は回避されたようで、地球は存在していました。
地球温暖化も解決したようで、今日は寒いです。

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2026/03/02

■節子への挽歌6666:うれしい知らせもあれば悲しい知らせもある(2026年3月2日)

節子
うれしい知らせもあれば、悲しい知らせもある。

訃報が届きました。
私よりも2歳年上でしたが、私を「先生」と呼んでくれていた人です。
私は、先制と呼ばれるのを好みませんし、いつもは呼び方を変えてほしいというのですが、この人の場合は言えませんでした。なぜならその人こそ、みんなから「先生」と呼ばれていましたから、言い出せなかったのです。

実は2月初めのサロンに、その人を意識したサロンを企画し、その人も参加する予定でした。
ところがサロン前日になって、行けなくなったという連絡が入りました。
もしかしたら体調崩したのかと思っていましたが、訃報はがきによれば、サロンの翌日に亡くなったそうです。
今年2人目の急逝。
しかも会う約束をしていた、まさにその時にです。

午前中は元気だったんですが、なんだかまた気力が萎えてしまいました。
寒さもあって、どうも元気が出ない。

昨日はハメネイ師に死の冥福を祈っていましたが、今日はYさんの冥福を祈って、静かに過ごそうと思います。
武士のような人でした。

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■節子への挽歌6665:うれしいメールが届きました(2026年3月2日)

節子
とてもうれしいメールが届きました。
もう20年以上前に、湯島にも時々来てくれた佐世保市の廣山さんからの、思ってもいないメールです。
こんな内容です。

佐藤さん、長いご無沙汰です。
数日前、本当に久方ぶりに「湯島サロン」を拝見しました。
ほんとうを言うと、まだ「湯島」はあるのだろうか、と思いつつ、辿りつけました、現役の「湯島」に。あ~、続けられている!多彩に多様に。

黒岩比佐子さんがいらした頃です。わたしが何度かおうかがいしたのは。
仕事を辞めて12年、77歳の冬です。
77歳の冬に詩集を編みました。もちろん少部数の私家版です。数少ない友人知人に
勝手に差し上げています。佐藤さんにも勝手に謹呈します。(明日、発送します)

あの廣山さんも、77歳。
私と付き合い行政職員はみんなちょっと一味違う人ばかりでしたが、廣山さんもそうでした。しかし詩集を出すとはうれしい話です。

実は最近、湯島に来ている人と西海市の話が時々出ています。
その人も西海市に関わったことがあり、そこに孫の名前を冠したミカンの木を育ててもらっているのだそうです。
そしてそこでできたミカンを戴きました。
とてもおいしいミカンでしたが、その時に、実は廣山さんを思い出していたのです。
まさにシンクロニシティ。

そういえば、佐世保で活動している人が、いまも私のフェイスブックをよく読んでくださっています。
廣山さんも知っている人です。
佐世保にもまた行きたいと思いますが、多分もう行く機会はないでしょう。
でも近いうちに廣山さんの詩集が届くでしょう。

佐世保は一度、節子も行ったことがあります。
その時にもしかしたら廣山さんにお会いしているかもしれません。
少なくとも湯島では会っていると思いますが、覚えているでしょうか。

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2026/03/01

■節子への挽歌6664:日本構想学会の理事会

節子
昨年、日本構想学会をリブートした半田さんが先月急死しました。
体制がまだ確立する前に、昨年12月に「リブート大会」と称しての学会大会を開催した直後のことでした。
あまりに突然の死だったので、教え子たちも混乱して、日本構想学会をどうするかの話し合いにもたどりつけずにいました。
私は半田さんから学会の監事役を依頼されて引き受けていましたが、なかなか理事会が開かれなかったので、ともかく開いてもらいました。
半田さんの教え子の理事が3人、もう一人は第1期の学会の中心人物だった一人がオブザーバー参加しました。

結果、学会はしばらく休眠させることになったのですが、ともかく半田さんが一人で仕切っていたため、会員名簿さえもがまだ把握されていない状況なのです。

半田さんらしい話でもあるのですが、半田さんとはまだまだ話し合いたいテーマが山ほどありました。
考えは私とはかなり違いますが、お互いに違いを含めて理解はしあっていました。
そして考えも違いながらも、なぜか共感し合う部分も少なくありませんでした。
学会も新しいスタイルを志向するという点では共感できていました。
半田さんも最近は「コモンズ」という言葉を使いだしていたので、コモンズ論も議論したいと思っていた矢先でした。

これで私とは考えが違いながら、根底のところで理解し合い、共感しあっていた友人を4人失いました。
なぜ私が残っていくのか。
まだ残っているわずかの心の友を失う前に、私も急がなければいけません。
でも若者たちとの約束期間が後4年も残っています。

これ以上の悲しみは味合わないように祈らなければいけません。

 

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