今回も、最近の日本の安保政策がとても気になる生活者の富沢このみさんが疑問に思って調べたことをもとに、みんなで話し合いながら、考えていくというスタイルをとりました。
前回の参加者に加え、新しい参加者も増え、さらに小学5年生の参加者もありました。
サロン終了後、問題提起者の富沢さんがフェイスブックで詳しく紹介していますので、それを富沢さんの了解を得て添付します。
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ここでは、私の視点で、富沢さんの問題提起とサロンでの話し合いになったことを紹介することにします。
富沢さんはまず、「憲法第9条で戦争を放棄しているはずなのに、なぜ、今にも戦時体制下に入れそうな法制度が整えられてしまっているのか」という疑問から話を始めました。
そしてその疑問を解くために、富沢さんがいろいろと調べた結果を紹介してくれました。
最初に、戦争放棄を明文化している憲法があるのに、国会での強行採決や閣議決定での法律制定で、次々と「戦争ができる国家」へと日本は変わってきている実態を説明。
そうした背景には、違憲立法などのお目付け役ともいえる内閣法制局への政府による人事介入という事実があったこと、そして教育基本法改正によって教育行政の姿勢が変えられ、「家庭教育」にさえ国家が関与していく方向へと法律が変わってきていることなども紹介してくれました。
こうしていまや、日本は、「個別的自衛権」だけではなく、「集団的自衛権」さえもが実行できるところにまで来てしまっているのです。
富沢さんは、なぜ、政府はそんなにしてまで「軍国化」を進めるのか、と問うのです。
「軍国化」という表現には、一部参加者から異論が出ましたが、「軍事力強化」「軍需産業強化」というだけでなく、「攻撃力強化」という意味を、富沢さんは含意しているのだろうと思います。
富沢さんは、こうした動きを、国連の一員としての独立国としては当然なこと、周辺環境の変化で独自に軍事力を強化せざるを得ないこと、アメリカからの要請に応えざるをえないこと、などの「やむを得ない」理由があるのか、と問います。
しかし、防衛という意味での最低限の軍事力は必要であるとしても、泥沼の戦争に陥らないための歯止めは必要ではないか。問題は、その「防衛力としての最低限の防衛力」をどう考えるかだが、それに関しては「国民が選挙などで政策をきちんと評価する以外にないのではないか、と富沢さんは考えるのです。
しかし、政府の提出する施策をきちんと評価するためには、国民である私たちもしっかりと事実を知り、学び、考えなければいけません。
富沢さんは今回改めて調べたことをいくつか紹介してくれました。
たとえば、防衛費を拡大したら果たして抑止力になるのか。
たとえば、私たちは攻められる状況を考えて対策を打っているのか。
たとえば、沿岸部にたくさんある原発施設は攻撃に対してしっかりと防衛されているのか。
たとえば、生活を守るための食料自給率は大丈夫なのか。
たとえば、他国はどういう形で自国の安全保障に取り組んでいるのか、知っているのか。
などなど。
その一方で、富沢さんは、平和憲法を楯に中立国になる方策の可能性も考えます。
そして、永世中立の条件を調べた上で、日本にはその道は無理だろうと結論します。
では永世中立が無理として、各国とのパートナーシップを広げていくのはどうか。
そうした動きを強めている中国やEUの実態を少し紹介してくれました。
こうしたことを通して、富沢さんの疑問が解けたわけではありません。
しかし「問題の所在」や「考える視点」は、間違いなく明らかになってきたはずです。
憲法が自分の生活にも深くつながっていることも実感したと思います。
そうした「憲法と国民」の距離が、とても大切なのだろうと思います。
ちなみに最近の小学校では、6年生で憲法を学ぶそうです。
小学5年生の参加者は、サロンが終わった後、大人たちにはいろいろな意見があるのだということを知ったと感想を話してくれました。彼女は来年6年生。きっとしっかりと憲法を学んでくれることでしょう。こういう若い世代が増えていくことを期待したいです。
そして、私たち大人も「いろいろな意見をきちんと聴ける耳」を持ちたいものです。
最後に、富沢さんは「高市首相が意欲を示す政策」と「自民党の憲法改正案」を簡単に紹介してくれました。時間の関係で、ここは詳しくは触れられませんでしたが。
ちなみに、自民党の憲法改正案は下記にあります。
https://www.jimin.jp/constitution/document/draft/
なお、案内文にも書きましたが、自民党による憲法改正案は、現実に合わせて憲法条文を変えようという方向になっています。しかも最近では国民の多くもそれに同調している感があります。
これに関しても、少し議論になりました。
憲法と現実が違っているときには、どちらに合わせるべきか。現実を規制する立憲主義の理念を守るべきか、現実に合わせて憲法を変えていく現実主義をとるか。
これは、憲法とはいったい何なのか、ということにつながっていきます。
少なくとも憲法は一般の法律とは違うのです。そこを誤解してはいけません。
主権者である私たち国民はもっと憲法への関心を高め、活かしていく必要があるでしょう。
話し合いの紹介の報告が不十分になりましたが、2点だけ紹介しておきます。
一つは、「近代国家制度の解体」と「一国二制度論」など、「近代国家制度」に関する議論。
私自身は、国家主権という概念そのものがすでに意味を失いつつあると思っていますので、世界の構造を近代国家の呪縛から離れて考える時期に来ていると思っています。そうなると、憲法観そのものも見直していく必要があります。
統治者を縛る憲法という発想さえもが見直されなければいけないのかもしれません。今回のサロンでも、憲法は統治者のみならず国民をも縛るものと言う意見も出ました。
また、「一国二制度論」は、ミュニシパリズムやバーチャル国家論・AI政治につながっています。これは以前の半田さんのサロンでも提起されたことですが、改めて話題にしたいテーマです。
もう一つは、憲法前文に関する評価。これは大きく分かれました。
憲法前文はこれまでも何回か話題になっています。たとえば前回の増田サロンでは、憲法前文には自国だけではなく世界への働きかけの理念が含意されているという話がありました。
これは一国平和志向か世界全体の平和志向か、という大きな平和観の違いにつながっていきます。そしてこれこそ、「安全保障」を語るときに忘れてはいけない視点だと思います。
これもこの後の憲法サロンで取り上げたいと思います。
そういった大切な課題をたくさん浮き彫りにしてくれたサロンでした。
富沢憲法サロンの3回目は、「立派な憲法があっても戦争に向かってしまう歴史の教訓はどう活かせるのか」がテーマです。たとえば、ワイマール憲法とナチズムの出現です。
4月4日(土曜日)午後2時~4時を予定しています。
富沢さんと一緒に話し合いながら学んでいくサロンですので、専門知識などなくても大丈夫です。憲法など読んだことがないという人ほど、参加してほしいサロンです。
憲法というと何か自分の生活とは関係ないように思う人もいるかもしれませんが、私たちの国のあり方を大きく決めている憲法は私たちの生活に深くつながっています。
次回は最後の富沢サロンです。ぜひ気楽にご参加ください。
またその後の憲法サロンで問題敵したい方がいたらご連絡ください。
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