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2026/03/15

■「正直なことは性格の悪さ」のこともある

昨日、孫とのやりとりを投稿しました。
受け取り方はさまざまでいろんなコメントをもらいました。
少しだけ補足したくなりました。孫のためにも。

言葉は両義的です。
たとえば「正義」を明言する人は、大体において、自らもその行為を「正義」だと確信していないことが多いと思います。自分を納得させるために、「正義」を声高に唱えるわけです。本当に正しいことだと確信していれば、「正義」などと言葉にすることはないでしょう。
それに、そもそも「正義」などという事実は存在しません。どういう視点に立つかで、正義は真逆な意味にもなるからです。

事ほど左様に、言葉は両義的です。
私が「性格が悪い」と孫に言うときの意味は、孫への誉め言葉でもあります。但しそこにちょっとした注意も込めています。

孫は、見事に私に「正直に言うことこそ性格が悪い」と返してきました。
その言外に私が受け取った意味は、「正直に話すのは、自分の視点でしか考えていないからで、相手の立場を考えていない身勝手なこと」です。
いささか読みすぎだと思うでしょうが、子供の言葉にこうした深い意味が含意されていることが多いのです。
もちろん本人が意識したり意図しているわけではないでしょう。でも子供の感覚や言葉の使い方は、実に見事です。
時に試験的に使っているのではないかと思うこともありますが、大体において直感的に言葉を身心で理解しているように思います。

相手のことを考えながら、しかし正直に話すのは難しい。
正直と自分本位な判断でとは違いますが、つながっている。
でも大人は子供に対して、ついつい自分本位に話しますから、子供を傷つけることもあります。
家庭でのDVの話を聞いているとそういうことが少なくありません。
だいたいにおいて、親子の話し合いは、子供のほうに客観的正当性があるように思います。それにきちんと対応できないために、親の立場を利用して命令的な言葉で制したり、時には暴力を使ってしまう。
しかし、そうした状況で育った子どもたちは、大きくなると反逆します。ただあまりにひどい扱いを受けた場合、子供は親を捨てていく。でも残念ながら親子のつながりは、子供を縛っていくように思います。だからこそ、子育ては大切なのです。

長々と中途半端なことを書いてしまいました。
子どもから学ぶことはとても多い。親が子どもを育てるのではなく、実は子供が親を育てているのではない。と私は常々感じています。
これは同時に、学校教育にも当てはまります。
学校での先生と生徒の関係も逆転した方がいいと、子供の頃から思っていました。
もっと先生は生徒に学ばなければいけません。もちろん相互に学び合うということですが。
しかし今の学校の先生には、そういう余裕はないようです。

ちなみにこれは家庭や学校だけではありません。
病院も会社も、すべてにおいて当てはまるような気がします。
社会構造原理のパラダイムを反転させたいと思っているのはそのためです。
まあ挫折の連続でしたので、果たしてそれが正しいかどうかはわかりませんが、私の信念なのです。

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