■日本構想学会を再起動させたばかりの半田智久さんが急逝されました
一昨日、「敬愛する友人の半田さんのお別れ会」のことを投稿しました。
中途半端な書き方だったので、数名の方から問い合わせが届きました。
「あの半田さん?」「お線香をあげに行きたい」「早すぎないか?」「なんで教えてくれなかったのか」「まさかホントじゃないよね」・・・・
今朝になっても止まりません。
そこでやはりきちんとお伝えしようと思います。
半田さんには叱られるかもしれませんが。
日本構想学会を昨年、再起動し、12月に第1回の大会を開催した、半田智久さんです。
湯島のサロンでも、何回か話をしてもらいましたし、日本構想学会のお誘いもしてもらいました。あの半田智久さんです。
湯島とは縁が深く、1989年に湯島のサロンを始めて以来のサロン仲間です。
昨年11月に半田さんから病気のことをお聞きしました。
ただ誰にも言ってほしくないと言われました。まだ詳しくわかっていないからでした。
訃報が届いたのが1月末。お見舞いに行こうと思っていた矢先のことでした。
最初はまさに冗談としか思えませんでした。
半田さんの強い意向があったのだと思いますが、葬儀は内々に済ませてから妹さんが連絡してきてくれたのです。彼はそういう人でした。
半田さんの教え子たちが、お別れの会を企画し、3月20日に開催しました。
私も参加させてもらいました。半田さんの思いがきちんと継承されていました。
とてもいい集まりでした。教え子たちは韓国からも含めて、たくさん集まりました。
半田さんも満足していたでしょう。
半田さんほど、学生に愛され学生を愛した先生を私は知りません。
妹さんのお話によれば、半田さんは「充実した人生だった」と言って、その後を教え子たちに託したそうです。
教え子たちが、半田さんを引き継いでいくでしょう。
なかには中学生もいるのです。
再起動した日本構想学会は、しばらく休眠させることになりました。
でもその活動の一部は、教え子たちによって継続されます。そしていつかまた再起動するでしょう。
彼とはまだ決着をつけなければいけない争点がいくつかありましたし、私が亡くなった後の約束もありました。でも年上の私を置いて先に逝ってしまった。
これは半田さんらしからぬ行為です。半田さんの本意ではなかったでしょう。無念で仕方ありません。残された者の辛さを良く知っているはずですから。
私は、まだまだ時間があると思って、油断してしまっていました。残念です。
やはり人生には油断は禁物です。
改めてそう思い知らされました。
半田さんが32歳の時に出版した『知能のスーパーストリーム』(新曜社)という本があります。奇しくも私が会社を辞めた年であり、世界が変わりだした年です。
いま改めてそれを読み直しています。
CWSライブラリーにも置くようにします。
半田さんは、まさに今のAIと人間の知が組み合わさって、「超知能」が登場することを、そのころ既に見ていたのです。そして、ネオ・アレクサンドリア構想を描いていた。
そうした半田さんの活動に、ささやかながら接しさせてもらったことがとても懐かしいです。半田さんとはもう少し話し合いたかったです。そして彼に見送ってほしかった。
「天空の人」半田智久さんの冥福を祈っています。
半田さんについて語り合いたい人は、湯島ではいつでも歓迎です。ご連絡ください。
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