最近の日本の安保政策がとても気になる生活者の富沢さんと一緒に「憲法」を学び合うサロンの3回目は、「歴史に学ぶ」のその1。ヴァイマル憲法という立派な憲法を持っていたにもかかわらず、ヒトラーやナチを生み出し、第二次世界大戦を引き起こしていったドイツに学びました。
立派な憲法といわれたヴァイマル憲法にはどんな「問題点」があったのか。
そしてドイツ国民は、なぜナチの動きを支援していったのか。
ドイツ国民は、そこから何を学び、現在の「ドイツ基本法」(憲法)に何を組み込んだのか。
そして私たちは、そこからいま何を学べばいいのか。
この1か月、富沢さんが調べ学んだことを紹介してもらいながら、みんなで話し合いました。
今回も、前回につづいて小学5年のMさんが参加してくれ、最後に意見も話してくれました。
富沢さんは、まずヴァイマル憲法が、第一次世界大戦後のドイツで誕生した共和国憲法で、そこには国民主権や男女平等の普通選挙、そして社会権を含む人間の基本的人権が明記され、民主主義憲法のモデルと言われていたと説明してくれました。
しかし、そこには、国家の安全を守るための緊急措置や基本権の停止を大統領に認める「大統領緊急権」が規定されていました。当時はまだ国家そのものも不安定な時期にあり、民主主義への不安感も大きかった状況を考えれば、国家防衛のための措置としては、必要だと判断されたのです。
ヒトラーはヴァイマル憲法に違反して統治権を得たわけではありません。憲法に基づいた選挙によって内閣を任され、さらには憲法に従って全権を掌握していったのです。その経緯を富沢さんは詳しく説明してくれました。
ヒトラー、あるいはナチスが全権を得ていったのには、国民の支持も大きかったのです。
ヒトラーは「国民」(Nation)という概念にこだわりました。経済的に困窮状況にあった当時のドイツでは、労働者中心で政治を考える共産主義と国民中心で政治を考えるナチスが対立していたのですが、前者は「資本家」と「労働者」を分断し、しかも労働者は国家を超えて連帯するという思想でした。ヒトラーは、そうした「分断」を嫌い、ネーションとしての国家を重視したのです。それによって「国民」を統合し、支持を増やしていったわけです。
しかも当初は国民のボランティア意識(自発的労働奉仕)に焦点を当てて自発性による国づくりの仕組みを作り上げていきます。
なぜそれができたのか。そうした経緯を富沢さんはていねいに説明してくれました。
しかし、そうした「国民」のためのドイツが、そして国家存立の危機に対処するはずだった緊急事態条項を持っていたにもかかわらず、いや、ある意味ではむしろ、それがゆえに、ドイツは戦争を起こし、惨憺たる状況へと向かってしまったのです。
そこから何を学ぶべきか。
つづいて富沢さんは、戦後の西ドイツがこの経験から何を学んだかを、ドイツ基本法を材料に説明してくれました。
さらに補論として、ハンナ・アーレントの全体主義や人間の条件などの話もしてくれました。
こうした話をもとに話し合いが始まりました。
まず多くの人の認識として、ナチスが全権を掌握する以前のドイツの状況は、いまの日本に非常に似ているということだったような気がします。国民意識も非常に似ている気がしますし、政府の状況も似ている。そこに富沢さんは大きな危機感を持っているわけです。
「日本人ファースト」が議論される状況は、まさにヒトラーの「国民」重視の発想に似ています。緊急事態論議もまさに同じです。
今回、富沢さんはあまり触れませんでしたが、ヒトラーの「国民」概念は「排除」によって成り立っていました。ユダヤ人や移民や障害を持った人たちを排除した優秀なドイツ人が「国民」を構成していたのです。まさに「ファースト」発想です。
その根底には、以前、サロンでも何回か話題になったシュミットの「友敵理論」があります。要するに、分断を組み替えただけの話なのですが、多くの人は排除された人たちへの想像力を失っていたのです。というよりも、そういう「外部者」の存在によって、まとまりを維持していたと言ってもいいかもしれません。
さらに一番大きなヴァイマル憲法の失敗は、「大統領緊急命令条項」と呼ばれる条項です。
憲法は、第1回目の富沢憲法サロンで話題になったように、統治者が暴走しないように統治者を制約するものです。もし、主権者である国民が自らの人権を守るために統治権を認めたのであれば、国民の人権さえをも否定できるような条項を憲法の中に組み込んでしまえば、憲法の意味がなくなります。むしろそういう状況においてこそ、国民の人権が守られるようにするのが憲法の存在意義ですから。
憲法全体に対する例外規定である第48条こそが、ヴァイマル憲法の間違いだったのです。しかし、その教訓は今もってドイツですら活かされてはいません。もちろん日本でも。
ここで議論されるのは、「国益」という言葉です。「国益」とは何か。国益のために国民の人権が否定されてもいいのか。1人の人権と多数の人権とが対立し合う状況において、どう判断すればいいか。これは実に悩ましい問題ですが、だからこそしっかりと話し合う仕組みが必要です。
今回も、「国益」って何ですか、という問いを投げかけさせてもらいましたが、これはしっかりと考えてほしい問いです。
いずれにしろ、緊急事態という粗雑な概念で、統治者に全権をゆだねるなどという発想は捨てるべきで、むしろ平常時にこそ、そういう議論をしっかりとしておくべきでしょう。それを怠ったのが、ヒトラーを生み出したドイツの教訓だと思います。有名なニーメラーの反省を思い出して、緊急事態は突然にはやってこないことをしっかりと認識すべきではないかと思います。
もちろん自然災害も含めて、です。
「国民」概念も悩ましい問題です。
最近日本でも、ナチスドイツと同じような「国民」概念が広がっています。しかし、国民にしろ民族にしろ、人間が作り出した概念です。そこにはどうしても、「排除」の概念が入り込んできます。そして、そこから「対立」が生まれ、「戦争」が起こってくる。
日本では、ネーションもステートも「国家」と訳されますので、「ネーション・ステート」という語に出合うと、混乱してしまいますが、ネーションとステートとは全く違った概念だと思います。参加者からも問いかけがありましたが、「国家」とは何かも、改めて考えていく必要があると思います。
富沢さんは、サロンの最後に、大切なのは私たちの生き方ではないかというような話をしてくれました。そして、アーレントの言う「労働」や「仕事」ばかりではなく、もっと「活動」を大事にする生き方が必要ではないかといいます。
この3つの概念は以前サロンでも話題にしたことがありますが、簡単に言えば、生存のための労働や社会維持のための仕事だけでなく、もっと一人ひとりの豊かな時間を生み出す「活動」の時間を増やそうということです。
それは同時に自分でしっかりと考える生き方をしようということでもあります。
富沢さんは、全体主義やファシズムに関しても話題にしてくれましたが、全体主義は「思考停止」した「凡庸」な人々を生み出し、思考して体制に抗おうとすると暴力で排除されかねません。その結果、アイヒマンのように、体制に従って粛々とユダヤ人虐殺の「仕事」をする人が現れるわけです。もっともアイヒマンは決して「凡庸」ではなかったともいわれていますが。逆にそうした全体主義の流れを利用する人も出てくるわけです。
そうならないためには、我々は常に「考え」続けなければなりません。
ナチズム全盛時代、当時のドイツの国民の多くは、あまり考えることなく、ヒトラーやナチスを受け入れていたのですが、最近の私たちもそうなってはいないでしょうか。
最近では、体制に抗うことは「よくないこと」だという「常識」が広がっているという話もサロンではよく出ています。
まあ、注意しないと体制に抗う話し合いの場は排除されかなないご時世になりそうです。
さて私たちは、日本国憲法を使って、そういう流れを変えていくことができるでしょうか。
憲法は、私たち国民にとって遵守すべき法規ではなく、統治者に遵守させるべき主権者のツールなのです。活かさなければいけません。
そのためにも、もっともっと憲法を知らなければいけません。
次回の富沢憲法サロンは、大日本帝国憲法の下で日本が戦争へと向かっていった事例を通して、何を学び、どうしたら戦争を回避できるかを話題にします。
5月23日(土曜日)を予定しています。
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