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2026年6月

2026/06/30

■節子への挽歌6805:またブルーベリーとリンゴ

節子
私の腎臓障害がフェイズ4だと知った人が、ともかくいろいろと心配してくれます。
湯島のサロンで、ついそこにある駄菓子に手を出すと、それを食べたらだめでしょうと注意されるのです。
特にうるさいのが野瀬さんです。
ともかく心配してくれている。
昨日のサロンにも来てくれましたが、沖縄からの参加者が持ってきてくれたお菓子を食べようと思ったら、ダメですと言って、小さく割って、このくらいなら食べてもいいと渡してくれました。
全く困ったものです。

しかし野瀬さんは食べるのを制限するだけではありません。
これなら食べていいというものを持ってきてくれるのです。
昨日は、わつぃが果物好きなのを知ってか、ブルーベリーとリンゴを持ってきてくれました。リンゴも、今出ているリンゴはおいしくないので、これなら大丈夫だとわざわざ探して買ってきてくれたようです。
困ったなどと言わずに感謝しなければいけません。

まあこんな感じで、私は何とか頑張れているのです。
あと3年半、サロンは続けなければいけません。
今日もサロンです。
沖縄から来た人は、今日もサロンに来てくれます。それにしても、わざわざホテルに泊まって参加、この人にも感謝しなければいけません。

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2026/06/29

■節子への挽歌6804:朴さんと小宮山さん

節子
久しぶりに小宮山さんと2人で会いました。
最近はいつも誰かがいて、なかなか2人だけで会うことがありませんでした。
相変わらず小宮山さんは邪気をすべて超越した、幸せで豊かな人です。
話していて心が安堵します。

思い出して、以前コミーにいた朴さんのことを話しました。
そのうちに、彼女と一緒に食事でもしようということになりました。
早速に電話しました。
話がまとまりました。
また朴さんからは、朴さんらしい依頼もありました。
会食とは全く別の話ですが、実は数か月前に朴さんから突然依頼があったことです。結局、その依頼は朴さんから取り消されてきましたが、それを小さく実行することを頼まれたのです朴さんの名前は一切出さないで、私の名前で行うことが条件です。でも私のことだから、ついつい朴さんの名前を出してしまうでしょう。
困ったものですが。

朴さんはコミーという会社も大好きでしたし、その創業者の小宮山さんも尊敬しています。
さてどんな会食になりますか。

 

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2026/06/28

■節子への挽歌6803:3年音信不通の人がやってきました

節子
昨日のサロンは無事終わりましたが、終了しようと思った、まさにその時に、意外な人がやってきました。
この3年ほど、音信不通になっていたIZさんです。
昨日、湯島で開催していたひきこもり当事者のサロンに参加したかったのですが、参加できず、今日のサロンに参加しようと2時に来る予定が結局ついたのは4時。
IZさんは長らくの引きこもりでしたが、数年前から少しずつ湯島に来られるようになっていたのです。それがまたある事情で動けなくなってしまったようで、連絡が途絶えてしまったのです。

私の場合、そういう人が数人いますが、なんとなくつながっています。
IZさんにも時々メールを出していますが、返信はなし。でも読んでくれていたのです。
心配していましたが、彼自身は元気そうです。

まあサロンに参加していた人たちは事情を知らないので、ただ遅れてやってきた人と受け止めたでしょうが、そういう風景を見ていると、やはりみんな自分の世界の閉じこもっていて、社会をほとんど見ていないなという気がします。
まあそれは仕方がない。

でも調子よくそれに合わせて動いている人たちを見ると、みんなが善意で動いているのはわかっているのですが、なんだか怒りのようなものを感じてしまいました。
理由のない怒りです。

今日はそれだけではありません。
なんだか腹が立つ1日でした。
厭世感がいつも以上に強い。しかもその原因が自分にあることもわかっている。

サロンは無事終わりましたが、疲れました。
なぜでしょうか。

今日は1日また自宅でお休み。
雨で予定が変わって在宅のにこを誘って本を買いに出かけようと思いましたが、その元気が出ません。

歯の疼きがまだ残っている気がしていますが、そのせいかもしれません。

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2026/06/27

■節子への挽歌6802:2つの台風がやってきています

節子
2つの台風が関東地方にやってきています。
それで今日予定している湯島のサロンを延期するかどうか、問題提起者の永田さんに確認したら、延期せずに開催したいというのです。
かなりひどい雨風になりそうなので、いささかの躊躇はあったのですが、永田さんの意向を尊重し、開催することにしました。
そして昨日、予定通り開始の通知を出しました。

今朝は心配して起きたのですが、拍子抜けするくらいおだやかな朝です。
たまたま今日は、ユカも前々から友人たちと足利フラワーパークへのバスツアーでした。早朝に出かけましたか、雨も降っていませんでした。
我孫子では9時くらいから降ってきましたが、風もなく静かです。

私は、どちらかと言えば、台風が好きです。
というよりも、自然の荒々しい姿に触れるのが好きなのです。
もちろん災害は嫌ですし、好きだからと言って望んでいるわけではありません。
しかし、お天道様のおだやかなパワーの対称にある、荒々しい自然に時々合うことで、なにか心身が現れるような気がするのです。
最近はもうそういう時に外出する体力や気力はありませんが、台風一過の翌朝の気分は何とも言えません。

でも今日の台風は、なにか不気味です。
風がないからでしょうか。

風が出てこないうちに湯島に行くことにしようと思います。
さて今日はいったい何人の人が来るでしょうか。
久しぶりに武田さんも来るそうです。

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2026/06/26

■節子への挽歌6801:『ケアの倫理と平和の思想』と『額田王の暗号』

節子
今日は1日、ずっと本を読んでいました。
先日読んだ山本眞人さんの「ケアと自由への転換」の中に紹介されていた岡野八代さんの『ケアの倫理と平和の思想』です。
これがとても面白い。
私は基本的にフェミニストへは反発を感じていますが、どうもフェミニストを誤解しているのかもしれません。

本書は副題が「戦争に抗する」です。
私は、戦争に抗する出発点は、敵を、つまり自分たちとは違う人たちをつくらないことだと思っていますが、フェミニストはフェミニストと自己規定した段階で、敵をつくっているような気がしていたのです。
でもどうやらそれは私の誤解だったようで、山本さんの本に出てくるフェデリーチなどの考えには共感できます。フェミニストと言っても、考えや活動はいろいろのようです。
岡野さんの本は、別にフェミニストを主張しているわけではありません。
いささか読むのが大変ですが、今日はほぼ1日、読んでいました。
それでも読み切れなかったのですが、最近は読書速度が落ちた上に、理解力も大きく低下しています。

並行して今日は、藤村由加さんの『額田王の暗号』の一部を読みました。
30年ほど前に読んだ本ですが、先日行った万葉集サロンの報告を書くために、額田王が斉明天皇に代わって詠んだ「熱田津に…」の歌の仮説を読んだのです。
これもまた実に面白い。

というわけで、今日は読書三昧でした。
いま台風が接近していて、外は一日中、雨でした。

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■第46回万葉集サロン「額田王の熟田津での「感慨」」報告(2026年6月21日開催)

今回は、額田王の「熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」(巻1-8)が取り上げられました。

升田さんは、まず瀬戸内海の地図を配布し、参加者に瀬戸内海に島はいくつあると思いますかと問いかけました。みなさん、いくつあると思いますか。なんと727島、小さい島も入れると1000を超えるそうです。
さらに升田さんは、瀬戸内海は急流の場所も多く、航海は難儀だったと言います。
ちなみに、飛鳥から今回の舞台の熟田津までに6日間の船旅だったようです。

熟田津(にぎたつ)は、いまは正確な場所はわかりませんが、四国の松山の道後温泉の近くとされています。
万葉初期の歌に出て来る地名の多くは、たまたまその歌を詠んだ場所だったからというのではなく、歌の意味するところに深くつながっています。しかもこの歌の場合、「熟田津に」と「に」がついている。「に」は「で」と違って、その場所でなければいけないという意味を含意しているそうです。
ちなみに「熟田津」の「津」は船着場を示し、「熟田」は「湯の湧き出る所」と読み取れます。油田という言葉があるように、「田」は何かを生み出す所という意味を持っているそうです。「ニキ」は「和」という字を当てることが多くなっていくそうですが、そうなると、ますます温泉を感じます。
この「熟田津」は、風土記逸文などにも天皇の行幸地として登場していますが、歌の詠み手(実際の詠み手は額田王ですが、斉明天皇の代作ですので、詠み手は斉明ともいえます)もまた、以前に夫の舒明天皇とここにきています。しかも、舒明との最後の旅だったようで、斉明にとっては深い思い出の地なのです。

ちなみに、歌を詠むのは、個人の思いを詠む趣味の世界だけの話ではなく、社会を動かす公的な儀式としての公務でもありました。代作された歌は、したがって、公的な意味を持っていたと言ってもいいでしょう。単に、代わりに詠むというような話ではないのです。言い換えれば、2種類の歌があったと言ってもいいでしょう。

ところで、私が若い頃にこの歌を読んだ時には、この船出の時間は月が煌煌と輝く夜だとされていました。しかし、最近は、夜ではなく昼間だという説が通説になっているそうです。「月待てば」の「月」を「月齢」と読めば、たしかに夜だと決める必要はありません。

この船旅は、言うまでもなく行幸ではありません。唐と新羅に滅ぼされようとしている百済への出兵の途中なのです。そこから、この「船出」を兵を鼓舞するための儀式という捉え方もあるそうですし、当時、病気の斉明の回復祈願のための祭儀とも解せます。
しかし、もっと深い意味がある、と升田さんは言います。

この歌には、気になる「左注」がついています。そこに、「天皇、昔日より猶ほし存れる物を御覧し、当時忽感愛の情を起す。所以に歌詠を製りて哀傷したまふといへり…」とあります。この一文から様々なことが読み取れるというのです。
升田さんは、熱田津という地に、かつて連れだって遊んだ亡き夫、舒明天皇との幻の邂逅をみて、斉明天皇の心が強くゆさぶられている様子がうかがえると説明してくれましたが、「哀傷」とは、人の死を悲しみ哀悼する時に用いられることばです。
「今は漕ぎ出でな」という威勢のいい言葉に、「死」のイメージはなかなかつながりません。しかし、この歌の背景には、たくさんの「死」が存在しています。

升田さんは、額田王は、「月」を「喪船」と観相した物語を背景に持っていたのではなかったか、とも言います。月を舟と見たのは柿本人麿歌集の歌でも知られているそうです。
「喪船」は死者を乗せる舟ですが、その出を天空に待つところに「死と再生」のドラマが観相されている。そう考えていくと、この歌の世界が広がっていきます。
実際に、斉明天皇はこの後、筑紫に向かい、目的の百済に行くことなく、そこで病死します。この話は、神功皇后が新羅討伐にかなり重なっています。

この歌は、謎の多い歌のように感じられるけれど、額田王らしい特徴を具えた歌だと思う、と升田さんは言います。そして、「語り」「物語」が歌の背後にあるというのです。
たとえば、「潮も…かなひぬ」という表現は額田王独特のもので、いわゆる歌言葉ではなく語りの言語だそうです。「月」と「潮(海)」が互いに引っぱり合う引力の魔法を眼前にしている、熟田津の海の壮大な「時間と空間」を観想させるといいます。
そこから、升田さんは、「瀬戸内海」という特異な地勢の発するエネルギーやそこを取り巻く古代の国々と歴史を見るのでしょう。
言い換えれば、この歌1首から、古代の日本列島が見えてくるのです。

なにしろこの時代は、それまで深くつながっていた朝鮮半島から離れて、国としてまとまりだした時期で、想像を広げようとすればどんどんと拡げられます。
ついついそちらの報告ばかりしてしまいましたが、「古代の1音に込めた意味」も今回のテーマでした。

この歌については、斎藤茂吉が助詞の律動感を讃えていますが、「熟田津に」の「に」の一音に深い意味があるように、助詞の一音にもそれぞれ深い思が込められているようです。
声に出して読むとわかりますが、「…に」「…ぬ」「…な」と続く流れに、大きな時空間、一つの物語を感じます。ぜひ一度声に出して読んでみてください。
そして、締めくくりの「漕ぎ出でな」の「な」。升田さんは、この「な」によって、額田王自身「わ」の願望でありながら、斉明天皇をはじめとしたみんなの願望にもなっているといいます。そしてこう詠うとき、額田王は「た」と完全に融合した「わ」の状態にあったのだと言います。

升田さんは、今回もたくさんの視点を出してくれたので、その一部しか紹介できませんでした。しかも、なかなか消化できず、升田さんの意図をどの程度伝えられたか心配です。
それで、升田さんに一番言いたかったのは何ですかと訊いたら、「熟田津に寄港し病の身をしばし道後温泉で癒やす斉明天皇の、命の活性を象徴する歌を、額田王は詠んだのではないかというのが今回の結論です」と教えてくれました。
この船旅は、征西ではなく、西にある死の国への旅だったのかもしれません。

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2026/06/25

■節子への挽歌6800:まる一日、テーブルに座っていました

節子
雨です。雨なので畑に行けません。
また野草の王国化が進んでいるでしょう。

また事件がありました。
まだここには書きづらいので書きませんが、私が引き合わせた人同士の関係がどうもおかしくなってしまったようです。
人をつなげることは本当に難しいです。
その一方の人は、私も先日から連絡していますが、返信が全くないばかりか、私の連絡も観ていないようです。
何ごともなければいいのですが。

もっと心の萎える話もあります。
昭さんの事故死とは違って、もう少し悲しい事件です。
平安な生活を維持することは、ほんとうに難しい。

今日は一日中、リビングのテーブルに座っていました。
気が滅入っているのです。
なんとかサロンの報告を2つ書きあげましたが、数日前のサロンなのに、あまり思い出せません。
記憶力の減退か、書く気力の喪失か、困ったものです。

明日は元気になるといいのですが。
この頃、ともかく愚痴ばかりの多い挽歌ですね。
節子、どうにかしてくれませんか。

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■湯島サロン「ひきこもりの老後~解決への道筋は必ず見つかる!」報告(2026年6月17日開催)

長年、ひきこもりの問題に身を挺して取り組んでいる阿部達明さん(ライフプランニング・リレーションズ代表)が、この度、本を出版しました。
『あきらめない ひきこもりの老後』(株式会社法研)です。
https://www.sociohealth.co.jp/book/detail/30231185/
そこで、早速にサロンをお願いしました。
ひきこもり当事者やその家族を中心に、10人ほどが参加しました。
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阿部さんは最近、心臓のカテーテル手術で入院しましたが、そこでの体験、その時感じたことから話を始めました。その体験で感じたことが、ひきこもってしまう人、ひきこもっている人の気持ちを理解することにも通じているというのです。

ひきこもりに限りませんが、相手の問題に対処するときに、自らの経験や体験につなげて考えていくことは、とても大切なことです。そこに、同じナラティブを感じることができるからです。専門家のアドバイスが、時に虚しく頭の上を通り過ぎるのは、そこに「現実」が感じられないからです。
阿部さんの対応は、いつも自分の体験から発想しているので、一緒にナラティブをシェアしやすいのです。だから問題を起こすこともないわけではありませんし、時に、ケアの方向が逆転していることさえもある。しかし、それこそが「ケア」の本質だろうと思います。

その話の中で、阿部さんは、手術は医師に身を委ねることだが、ひきこもりの人たちは、誰かに身を委ねられるだろうかと問いかけました。自分の状況を丸投げできる人がいたら、外の世界に出ていけるはずだ、というのです。
身を委ねるとか自分を丸投げするというとかなりハードルは高いですが、「信頼」という言葉に置き換えると、少し考えやすくなるように思います。
他者から信頼されるのは簡単ではないとしても、他者を信頼することであれば、その気になれば、誰にもすぐにできるはずですから。

阿部さんは、「ひきこもりには矜持がある」と言います。本人は、「世の中に取り込まれたくなくて、ひきこもっている」からだという。でも、今のままでいいとも思っていない。変わるきっかけを待っている。
矜持があるということはある意味で自らを信頼しているということです。自分を信頼していると言ってもいい。だからその気になれば、自らを丸投げする覚悟はできているともいえるでしょう。それに気づけばきっかけも得られるかもしれません。
しかし、そのきっかけを得るのはそう簡単ではないかもしれません。むしろ逆の働きかけに囲まれていることが多いからです。

私の体験では、ひきこもり当事者よりも、その周辺の人の方がむしろ自分の世界にひきこもっているケースが多い気がします。「信頼」という視点で見ると、ひきこもりの風景は全く違って見えてきます。

こんな話を少しした後で、話はいよいよ「ひきこもりの老後」に移りました。
課題として阿部さんは3つをあげました。
「住まいの確保(居場所)」「月々の生活費」「相続(8050問題)」。
そのそれぞれに関して話をしてくれましたが、この点はぜひ阿部さんの著書をお読みください。

ひきこもり関係者が多かったので、阿部さんの話の合間にも質問や意見が飛び交いました。その話にも、大きな示唆がありました。
ひきこもりは当事者それぞれによって状況は違いますので、一般論で律するのは逆効果です。しかし、お互いの経験はそれぞれに参考になります。また自分の状況を話すことによる気づきも少なくないでしょう。ですから阿部さんも、話し合いを大切にしています。
というわけで、今回も途中からは、それぞれが自分の状況を紹介しながらの話し合いになっていきました。

サロンでの個人事情の話はオフレコなので紹介はできませんが、今回、ひきこもり当事者を兄弟姉妹に持つ人が複数参加していたため、兄弟姉妹の視点からの話があったのが記憶に残りました。視野を広げると、ひきこもりも違った風景が見えてくる。
この問題は、改めてサロンを企画したいと思います。
話をしてもいいという方がいたらご連絡ください。

私も、自分の生き方を問い直す刺激をもらいました。ひきこもりは、誰もが何らかの形で体験しているはずですから、また時々、開催したいと思います。
なお、ひきこもり当事者を中心にしたサロンは、湯島でも開催されています。関心のある方はご連絡ください。

誰にとってもですが、ひきこもりの一番外側のひとつの場に、湯島サロンがなれればと思っています。
また、阿部さんに一度相談したいという方がいたら、ご連絡ください。紹介させてもらいます。

 

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■第10回ブックサロン報告(2026年6月24日開催)

苦戦しているブックサロンですが、昨日は5人が集まりました。
何やらオープンサロン的な展開になりましたが、集まった人たちは「本好き」な人ばかりで、ブックサロンやCWSライブラリーに関しても、いろいろとアイデアを出してくれました。
今回は、高山で読書会をやっている川端さんも参加してくれました。

結論的に言えば、これからのブックサロンの方向が決まりました。
一言で言えば、毎回、店長を変えて、その人が「好きなスタイルでサロン」を開催する「書店」にしようということです。
時間もあまり限定せずに、その前後に図書館で読書するような時間があってもいいということになりました。そうなると、私が目指していたディオゲネスタイムも復活するかもしれません。ライチタイムや夕食にカレーを出したらという提案もありましたが、それは店長任せにしようと思います。

次回は、とりあえず昨日のサロンで一番賛成の多かったスタイルを私が店長で開催します。
テーマは「新しい本との出合い」。実際に新しい本に出合えるようなサロンです。
7月20日(海の日)の午後、開催を予定しています。近いうちに案内を出します。

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2026/06/24

■湯島サロン「よりよい生活と平和のために〜NPT再検討会議傍聴報告〜」報告(2026年6月16日開催)

6月の「核時代を生きる」サロンは、4月にニューヨークで開催されたNPT(核不拡散条約)の再検討会議を傍聴してきた樽井美樹子さん(東京都生活協同組合連合会専務理事)に、ニューヨークでの活動報告を中心に、樽井さんご自身の、これまでの平和への取り組みをお話しいただきました。
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樽井さんはまず、ご自身が平和活動にかかわるきっかけから話を始めました。大学入学と同時に、大学生協の活動に関わることになり、その関係で「第5福竜丸展示館」を訪問したのが、そもそものきっかけだと言います。書籍からの知識も大切ですが、やはり、歴史をしっかりと形として残しておくことの大切さに改めて気づかされました。

樽井さんは、「Peace Now!」活動など大学生協での平和活動に取り組んだ後、2024年に東京都生協連に移籍し、平和活動への取り組みを広げてきています。
特に昨年は被爆80年ということで、被爆者団体の東友会と都内の生協と一緒に取り組んだ被爆80年東京ピースプロジェクトを展開。「ヒロシマ・ナガサキ原爆パネル展」や湯島のサロンでも報告してもらった広島・長崎へのピースツアーを実施。そして今年は、さらに輪を広げ、ニューヨークの国連で開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議に被団協・原水禁・原水協と一緒にチームを派遣、樽井さんも参加したのです。

核不拡散条約(NPT)は、正式には「核兵器の不拡散に関する条約」と言い、核兵器保有国の増加を防ぐことを主な目的とした条約(1970年発効)です。現在は国連加盟国のほとんどの国が参加していますが、そこから次のステップである核廃絶への進みはなかなか進まず、また核軍縮に向けての5年ごとの再検討会議での議論も、目的とされている次の行動計画をまとめる「最終文書」の合意に至らないことが多く、今回もまた「最終文書」は採択されませんでした。

しかし、参加国の政府だけではなく、世界から多くのNGO(非政府機関)が参加し、情報交換したり、各国政府や国際機関に働きかけたりし、また核拡散禁止や核廃絶に向けての世論喚起のためのイベントやアクションを展開しています。

今回の代表団は被曝者8人を含む42名。4月24日から5月1日までニューヨークに滞在し、NPT再検討会議の傍聴を中心に、平和行進や原爆展、被爆証言、各国政府代表や国連軍縮部との懇談などを行ってきました。

再検討会議では、冒頭から副議長選出をめぐる米国とイランの応酬があり、各国が自国の主張を繰り返す「批判合戦」が繰り広げられ、歩み寄りの姿勢が見えない国際政治の現実をまさに実感したそうです。
日本からは外務副大臣が出席しましたが、大臣ではないことや、核の傘に依存する姿勢などから、核廃絶に向けた日本政府の本気度を問う声も上がっていたようです。

会議の傍聴と並行して、代表団はさまざまな啓発活動を展開しました。
ニューヨーク市内をパレードし、生協組合員が折った折り鶴を現地の人々に手渡し、核廃絶を訴えたり、ラガーディア・コミュニティ・カレッジなどで被爆者が証言を行い、米国の若者たちと交流したりしました。国連ロビーでパネル展も開催しました。
詳しい報告は、次のサイトをご覧ください。
https://coop-toren.or.jp/news/news_detail_310.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000173187.html

ニューヨークでの呼びかけの反響は大きかったようで、樽井さんは、「被爆の実相」を被爆者から直接伝えていくことの重さを痛感するとともに、これからも被爆者たちと一緒に、被爆や戦争の実相をより多くの組合員に伝える機会をつくっていくことが生協のできることだと改めて実感されたそうです。

樽井さんの報告の後、「どうしたら平和を広げられるか」を、みんなで話し合いました。

冒頭、ある人から、大国の核保有を認めてそれ以外の国は保有してはいけないという不平等さに違和感があるという意見が出されました。そう思っている人も少なくないでしょう。これがNPTへの関心が高まらない一因かもしれません。
しかし、NPTは核保有国を合法化した代わりに、核保有国に対して「誠実に核軍縮交渉を行う義務」も課しています。言い換えれば、「核廃絶に向けて行動していくための出発点」を合意したところの意味があります。
それに核兵器が実際に存在する以上、それを認めて相互にしっかりと管理し合う責任を持ってもらったほうが安心です。不平等だと言って、誰もが核兵器を持てるようになったら、それこそ核使用の危険性は拡大します。NPTは、核軍縮・不拡散を合意することによって、核廃絶に関する国際条約の基盤になっているのです。
まずはそうしたNPTの意義を私たちはしっかりと理解する必要があります。

とともに、核兵器禁止条約を頂点にした、核実験禁止条約や非核地帯条約などの核廃絶関係の国際法体系や最近話題になっている日本の非核三原則のような核兵器に対する国家政策、さらには原子力発電政策など、すべてがつながっていることも忘れてはいけません。

しかし、以前のサロンでもとりあげましたが、Gゼロと言われる現在、まさに自国第一主義が横行し、政府間の話し合いには限界があります。
だからこそ、国家政府を超えたNGOの連携や活動が大きな意味を持ちます。核兵器問題は‟国家の安全保障”に直結し、利害が極端に対立しているために、核問題NGOの国家を超えた連帯はできてはいるものの、環境危機問題のように強力な統一メッセージは出しにくいのが現実ですが、であればこそ、これからますますNGOの役割は大きくなるでしょう。
被爆体験は日本だけだとしても、被曝体験は前回の核時代サロンで話題になったように世界中に広がっています。そうした人たちがつながっていったら、新しい風を起こすこともできるでしょう。

生協に視点を当てれば、全世界にある生協のつながりを活かすことで違うフェーズがめざせるのはないかという意見もありました。それが起爆剤になるかもしれません。
国内に限って考えても、現在、国民の半数以上が何らかの生協に加入していると言われていますので、生協のネットワークでできることはいろいろとあるのではないかという意見もありました。
何千万人の組合員を抱える生協が、学習と募金の仕組みを活用し、平和運動を継続・拡大させていくこともできるのではないかといった具体的な提案もありました。

さらに、核兵器と原発の話や気候危機問題を脱炭素の文脈だけで考えていいのかという指摘もありました。
原発や核兵器に関して、参加者の中に廃絶への異論もありましたが、今回は時間の関係もあって話し合いは行いませんでした。異論を理解し合うことは大切ですので、いつかサロンを企画したいと思います。

いろいろな話が出ましたが、NPT体制の維持と核兵器禁止条約への批准を求める動きを加速させつつ、被爆の実相を「自分事」として次世代にどう繋いでいくかが、今まさに問われているというのが今回の結論でした。

「核時代を生きる」サロンは継続していく予定です。

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■節子への挽歌6799:湯島に行くのがやっとになってきました

節子
この頃、足のしびれもあって、歩行がつらくなってきました。
今日も湯島に行くために、御徒町から歩いたのですが、10分ほどの距離なのに、途中で座りたくなるほど疲れました。

しかし疲れるだけならまあいいのですが、今日は歩いていて失神しそうな気分にもなりましたし、体幹が定まらずにふらつくのです。
後ろから見ていたら、危ない歩き方に見えるでしょう。
駅のホームでは、最近は気をつけて端は歩かないようにしていますが、この調子だとあと3年半、湯島に生き続けるのは危ういです。
対策を立てなければいけません。

今日は、湯島に着いたら既に先客がいました。
高山にいる川端修平さんです。
昨日から東京に来ていて昨夜、ある用事があって、それが終わる時間が遅いので、終電に間に合わないので、湯島に泊ったのです。
まあ、湯島はコモンズ空間を目指していますので、時々宿泊する人がいます。もちろん事前に連絡があって、鍵を渡すのですが。
以前、2度ほど、無断で使用していた人が見つかり、コモンズ空間にする構想は後退してしまったのですが、また少しずつ復活しようと思っています。

久しぶりに川端さんとゆっくりと話しました。
彼もまた迷っているようです。
でももっと冒険してほしいですが、どうも高山は居心地がよすぎるようです。
壊さなければいけません。
でも今の私には、その元気がない。
早く元気を取り戻さないといけません。

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2026/06/23

■節子への挽歌6798:歩いている途中に靴底がはがれてしまいました

節子
最近は着るものや履くものに無頓着で、昨日の葬儀も大変でした。
喪服は何とか間に合ったのですが、問題は靴です。
黒い靴が2足ありますが、いずれも友人の靴屋だった友人の基之が送ってきてくれたものです。私がサンダルを履いているのを見て、彼はいつも歎いていました。おして靴を送ってきたのです。
それがたぶん6~7年前ですが、ほとんど履いていません。

昨日、そのうちの普通の黒くつで葬儀に出かけました。
ところが、駅を降りて、葬儀場に向かう途中、靴底がはがれてしまい、パカパカ言い出しました。あまり使わなかったので、靴底がはがれてしまったようです。
何と括ろう居ながら葬儀場につきました。
早速そこにあった売店に接着剤を買おうと行ったら、お店の人が時々そういうことがあるといって、店に常備していた接着剤を貸してくれました。
それで靴底を張り付け、何とか急場しのぎをしました。
しかし、冷や汗ものでした。

この20年ほど、社会のいわゆるお付き合いから離脱しています。

靴やジャケットを着るのは年に2~3回でしょうか。
しかも、慶事や弔事のお誘いは、基本的に辞退させてもらっていますので、スーツや黒靴はめったに履くことはありません。
衣服の面からも、だんだん世間の付き合いができないようになってきているのです。

困ったものです。

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2026/06/22

■節子への挽歌6797:昭さんの葬儀

節子
昭さんの葬儀は、家族葬で行われることになりました。
追ってお別れ会は行われるでしょうが、そこに行くよりは、家族葬のほうが私には向いているので、無理を言って割り込ませてもらいました。

相模原市営斎場での家族葬です。
昭さんのパートナーのよしえさんの関係の親族が10人ほど集まっていました。
私はほとんど面識はありません。

葬儀の後、みんなで会食でしたが、そこにも参加させてもらいました。
おかげで、これまでほとんど交流のなかったよしえさんの親族の人たちを知ることができました。
息子の啓太さんがすべてを取り仕切っていましたが、彼はいままさに忙しい時期なのに大変だったでしょう。

その日、昭さんは夕方、よしえさんを誘って近くにドライブに出たそうです。
昭さんは運転には極めて慎重のひとでしたので、まさかの自動車事故と思ったのですが、左折するところで、右から走ってきた自動車にぶつけられたのだそうです。
エアバッグが作動したら、死ぬことはなかったでしょうが、なぜか作動しなかったようです。そのため、車外に投げ出され、そのため死亡してしまったようです。隣に座っていたよしえさんは全くの無傷です。

朝6時に家を出て、帰宅は3時過ぎ。
疲れました。
葬儀はやはり疲れます。

 

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2026/06/21

■節子への挽歌6796:2組の相談がありましたが

節子
今日は万葉集サロンでしたが、その前に2人の相談を受けました。
正直、そんな気分ではないのですが、前からの約束なので、仕方ありません。

ひとりは友末さんです。
先日、久しぶりにオープンサロンに来てくれたのですが、その時に彼の生き方に関して少し話をしたのです。
どうもそのことが気になったようで、そんな話です。
簡単に言えば、彼が自然や人に「呼応」していきたいと言った言葉についての話し合いです。
彼自身、いまの自分に少し疑問を持ち始めているようで、そんな話をしました。

つづいてやってきたのは葉紅さんです。
彼女はボランティアで、中国現代小説を日本語に訳す活動を長年やっていますが、それに関して、私が訳すだけではなく、もっと広げる活動をするべきだと言ったことに反応して、それについて話したいと言ってきたのです。
今回はその入り口を話しましたが、これに関しては改めてまた話そうと思います。

つづいての万葉集サロンは、ちょっと私の期待とは違う話になっていました。
これに関しては、時評編で報告しますが、今日、取り上げたのは額田王の「熱田津に…」です。この歌は、その背景にある古代史への想像が無限に広がる歌です。
私は、大和と吉備の関係に関心があるのですが、そこには言及されませんでした。
ちょっと残念です。

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■第10回中国現代文学サロン「裘山山の『道聴塗説』」報告(2026年6月14日開催)

第10回中国現代文学サロンは、裘山山の作品『道聴塗説』をとりあげました。
これまでの作品と違い、21世紀に入ってからの、都会に暮らす普通の庶民の日常を描いた作品です。
これまでの作品の舞台はもう少し前の時代の農村が多かったのですが、私にはあまりに「重くて」、いつもため息をつきながら読んでいました。しかし今回はそれとはかけ離れて、ちょっとバブルさえ感ずる暮らしが描かれていました。こんなにも違うのか、という驚きを感じ、これまでとは別の意味の「ため息」が出ましたが。

作品に入る前に、葉さんは今回の作品のタイトルについて解説してくれました。
『道聴塗説』。孔子の『論語』に出てくる言葉だそうです。
本来は「道ばたで聞いた話をそのまま道ばたで他人に話すこと」という意味で、受け売り・軽薄な噂話・根拠のない言説を戒める語だそうですが、現代では、深刻な話ではないからそのつもりで聞いてね、などというように使われるそうです。
著者の裘山山さんは、いい加減な噂・流言・受け売りの言説が社会をどう歪めるか、を主題化した随筆・評論的な作品も多いそうですが、この作品にも「深い意味」があるような気もします。

葉さんはもう一つ本作品に出てくる四字熟語にも言及しました。「天涯海角」「天涯地角」です。「天の果て、地の果て」という意味ですが、現代では、たとえ天の果て、地の果てに行っても、心変わりすることなく、共に暮らす誓いに使われるフレーズだそうです。これは、この作品のテーマにつながっています。
こうしたちょっとした言葉の中に、作品の深いメッセージがあることに葉さんは気づかせてくれました。

つづいて著者の裘山山さんの紹介。なかなか魅力的な人のようです。
軍人の家庭に生まれ、本人も18歳で人民解放軍に入隊しています。そして軍隊に属したまま、20代半ばから文学作品を発表しだし、中国作家協会の会員になっています。
しかも第11期(2008~2015年)の全国人民代表大会の代表にもなっている。
さらに興味深いのは、軍では出版物の編集にも当たり、その関係でたびたびチベットに取材に行っています。チベットに関するノンフィクション作品も書いていますが、その『遥远的天堂(遥かなる天国)』は魯迅文学賞を受けています。
今は軍から退職し、作家活動に専念しているそうです。

裘山山さんにはチベットを舞台にした作品も多いそうです。『遥远的天堂』はまだ日本語には翻訳されていないそうですが、とても興味があるので、いつか葉さんにその一部でもいいので、翻訳紹介してもらうことをお願いしました。

今回の作品は、団体旅行に出かけた若い女性が、その道々で出合ったことを描いた作品ですが、参加者の一人が指摘したように、ともかくテーマが「てんこ盛り」。登場する人の価値観も、多様です。どこに焦点を置くかで、いろいろな解釈ができる作品です。
不倫や離婚、バブルな生活など、いろいろな話が出てきますが、その根底には「真実の愛」や「博愛の精神」、さらには「革命による人間解放」のメッセージが込められているようにも読み取れます。

しかし、作品に関しては、読んでいない人には意味がないので、話し合いの紹介は控えます。でも読みやすい作品ですし、いろいろなメッセージが読み取れますので、気が向いたらぜひ読んでみてください。

次回(10月11日)も裘山山さんの作品を読みます。
『臘八粥』。今回の作品と同じく、「中国現代文学」11号に掲載されています。同誌はネットでも購入できますが、ご希望の方は葉さん経由でも購入できますのでお申し出ください。

中国の現代小説を読んできていますが、それを通して、マスコミ報道とは違った、中国社会のなまなましい状況が垣間見えてきます。
ぜひ仲間を増やしていきたいと思います。
関心のある人がいたらご連絡ください。

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■第20回あすあびサロン報告(2026年6月20日開催)

第20回あすあびサロンはいつものように、テーマなしで、参加者がそれぞれ自由に話し合うサロンでした。
新しい参加者が来てくれたので、最初にまた改めて参加者それぞれが簡単な自己紹介をすることから始めました。自己紹介は、毎回、同じようで違ったことが入り込みますの、つながりを広げ深めるのに役に立ちます。
その後は、自由な話し合い。
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これまでも手賀沼の魅力などについていろいろと話をしてくれていた野中さんが、今度、人生をもっと面白くしたい大人のための交流会『真規子の部屋』(案内を添付)をスタートするという紹介があったり、リサイクルセンター問題に関する審議状況に詳しい深井さんからその紹介があったり、他にも手賀沼や公園坂通りをもっと魅力的にする話など、いろいろとありました。

あすあびサロンは、いつも書いているように、誰もが同じ立場で気楽にあびこを楽しくしていくための「ゆる~い」つながりの場です。
いろいろな活動が緩やかにつながっていく場に育っていけばと、改めて思いました。
あまりテーマにこだわらず、これからも毎月開催していく予定です。

 

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2026/06/20

■節子への挽歌6795:幸いに喪服は着用可能でした

節子
今日は「あすあびサロン」でした。
昭さんの葬儀のこともあり、またあまり体調もよくないので、それどころではなかったのですが、先月、開けなかったので、ともかく今回は参加者がいなくても開催しようとがんばりました。
ところがうれしいことに今回は、初めての市役所職員の参加がありました。
私がずっと、このサロンでは議員も職員も特別扱いはしないと言い続けてきたことに共感して、自発的に参加してくれたのです。
それでちょっと元気になりました。

しかし1時間くらいは何とか元気を持続できたのですが、葬儀の件で電話が入ったりして、やはり落ち着けずに、11時ころ後を横手さんに任せて退席させてもらいました。

こういうことができるのも、長年のつながりのおかげです。
帰宅して明日の葬儀の準備を始めました。
問題は、喪服が切れるかどうかです。
なんとかぎりぎりでズボンは履けました。
白いワイシャツもありました。
黒いくつもある。

兄と相談しましたが、兄はやはり行くのは無理なので、私一人で行くことにしました。
なんだかまったく落ち着きません。

 

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■農作業もどき日記2026(16)ブロッコリーが復活しそうです

梅雨に入ると畑には行く気が起きません。
それに加えて、なかなか体調が戻りません。
また1週間、畑に行きませんでした。

今朝もあまり体調は良くないのですが、朝の畑に行ってみました。
変化は2つ。歯が虫に食べられて丸裸になっていたブロッコリーが少し葉を取り戻していました。木酢液のおかげです。
上か穢多森平野も、まだ小さいですが、育ちそうです。
スイカに花が咲いていました。モンシロチョウが周りを飛んでいましたので、受粉してくれるでしょう。
小さなバッタを見かけましたが、すばしこくて写真は撮れず。
芋類はやはりあまり元気ではありません。周りの野草を抜かないからでしょうか。
先日植えたミニトマトはがんばっています。

また倒れると悪いので草刈りはしませんでしたが、なんとかしなければいけません。
とりあえず目立った背高アワダチソウだけは抜いてきました。40本ほど抜いたでしょうか。それだけでもうへとへとです。

畑に行ったにもかかわらず、今日は元気が戻ってきません。
太陽が出ていないからでしょう。
今日は、朝から「あすあびサロン」です。
それでなくとも元気がないのですから、注意しないといけません。

 

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2026/06/19

■節子への挽歌6794:無為な一日

節子
やはり元気が出ません。
今日もどこにも行けませんでした。
どこがどう、というわけではないのですが、なんだか気が高まらない。
心身ともに「どんより」としているだけです。
畑にも行けず、サロンの報告も書けず、やらなければいけなあい課題も手がつかず、無為に一日過ごしてしまいました。

「生き方」も難しいですが、「死に方」も難しい。
そんなことを一日、考えていました。
これからまた何回か、こうした経験をすることになるでしょう。
遺された者は、やはり辛いものです。

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■湯島サロン「有機を進める台湾の農政(台湾交流報告)」報告(2026年6月11日開催)

4月に台湾の最新農政事情を見聞してきた吉田太郎さんと金子友子さんに、その報告と、そこから日本は何を学ぶべきかのサロンを開催してもらいました。
今回の台湾交流は、元農林水産大臣山田正彦さんを団長に、おふたりの他に宇都宮大学の西山未真教授も同行されましたが、台湾の政府要人との意見交換に加え、東アジア初の有機農業専門研究所での研究者や全村が有機農業に転換したオーガニック・ビレッジでの交流など、盛りだくさんだったようです。
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最初に金子友子さんから全般的な流れと感想を、続いて吉田太郎さんから次の4点に焦点を合わせた報告を話してもらいました。
・台湾の有機学校給食の実状
・台湾の有機農業政策
・台湾の有機農業研究の現状
・社会実装としてのオーガニック・ビレッジとの交流
そして最後に吉田さんから「台湾から日本は何を学べるのか?」という話がありました。
吉田さんの報告の詳しい内容は、吉田さんがyou tubeにアップしていますのでそれをご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=iKalCU-ruLU&t=11s

報告の紹介は上記you tubeに任せるとして、私が印象に残った話をいくつか紹介します。

最初に友子さんが話したのは、有機農政に対する政府の姿勢です。
台湾では、トップダウンによる政策によって、有機農政への推進が図られています。例えば、学校での有機給食に関して言えば、日本では下からの草の根運動で学校給食に有機を導入しようとしていますが、台湾では政府主導で進められているそうです。
そもそも政府の関心(政治の質と言ってもいいでしょう)が、日本と台湾とでは違っているのでしょう。
ただ、同時に、友子さんは、政府主導で子供の学校給食が有機になったことに母親たちはあまりありがたみを感じていない状況もあるようだと話してくれました。とても興味深い話です。これもおそらく「政治の質」に関わる問題でしょう。

吉田さんが最初に話してくれたことも興味深い話でした。
吉田さんは、花蓮の有機農業研究センターのスタッフの言葉に驚いたという話をしてくれました。それは、「有機農業は単なる農業システムではなく生き方そのものである」という言葉です。政府関係の人がそう言い切ることに吉田さんは感心したのでしょう。日本では有機農業はビジネスになるかどうかと捉え方がされがちですが、台湾の農政の基本には「有機農業は生き方そのものだ」という姿勢があるのです。
この一言に、私は台湾の有機農政への取り組み方が象徴されているように思いました。事実、それに前後する吉田さんの報告をお聞きすると、台湾政府は、農業をただ経済として捉えているのではないことがよく伝わってきます。
「農業への取り組み姿勢」が日本と台湾では全く違うのではないか。「儲けるための農業」と「生きるための農業」。その捉え方の違いから出てくる具体的な政策は、全く違うものになっている気がします。

吉田さんはこんな話もしてくれました。
吉田さん自身、日本で有機農業をこれからどういう風に進めたらいいかなかなか見えなかった。でもその研究センターで説明してくれた「有機農業発展史」のチャートに改めて大きな気づきをもらった、というのです。
まず有機農業の技術を開発し、それを実践推進していく。それから、今度は村という形で平面展開していく。いわゆる「オーガニック・ビレッジ」です。そこからさらに、有機産業としての6次化展開に取り組み、生態系農業(アグロエコロジー)へと発展させ、最終的には有機的な生活に持っていく。
有機農業を目的にせずに、有機的な生活、有機的な社会、といった大きなビジョンのもとに、有機農業を位置づけることで、展望が見えてくる。
「生態系と農村の活性化を促進し、新しい農業と持続可能な農業を統合」するのが、同センターの目標になっていますが、吉田さんはそこに改めて大きな示唆を得たようです。
もっともこれはたぶん吉田さんがずっと考えていることに通じた話だと思います。ですから、吉田さんは「見えた」のではなく「確信した」ということでしょう。
ちなみに、吉田さんは一昨年、サロンで「アグロエコロジーから学ぶ農と食と社会のあり方」を話してくださっています。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2024/05/post-d605d2.html

吉田さんたちは、実際に有機産業的な展開をしているオーガニック・ビレッジ‟羅山村”も訪問してきましたが、そこの紹介もしてくれました。ちなみに‟羅山村”に関しては、吉田さんの最新の著作『社会実装するオーガニック』(築地書館)にも詳しく紹介されていますので、関心のある方はぜひ同書をお読みください。
このオーガニック・ビレッジの誕生の経緯も、日本とは全く違っていて、とても興味ありますが、長くなるので省略します。

最後に吉田さんは、日本が台湾から学ぶべきこととして、次の4点をあげました。
・コールドチェーン、カット野菜含めプラグマティズム
・給食補助、直接支払い、公共調達(軍)等農家支援
・アグロエコロジー研究
・役人が村に入る地域おこし

その後、話し合いに入りましたが、今回は私の体調がよくなく、さらに報告を書くのが遅くなってしまい、どうも思い出せません。すみません。
「農と生活をどうつなげるか」というような話もあったような気がします。
参加された方、できたらフォローしてください。

ただ、最近、AIの関係で台湾に行ってきた菅野さん(7月4日にサロンをしてもらいます)が、AI分野も農業も似ているところがあると繰り返し発言していたことが記憶に残っています。
AIと農業が似ている状況? これも実に興味があります。

台湾、に限りませんが、他国から学ぶことはたくさんあるようです。

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■湯島サロン「自治を希求する人々が創るつながりの経済~スペインにおける社会的連帯経済の事例視察報告」のご案内

今年5月に、守本香さん(生活クラブ生協東京組合員理事)が社会的連帯経済の先進国の一つ、スペインに事例視察に行ってきました。
そこで守本さんに、その報告をしてもらい、社会的連帯経済への理解を深めるとともに、私たちの生活にとっての経済のあり方(それは私たちの生き方につながっています)をみんなで話し合いたいと思います。

守本さんからのメッセージです。

今年5月に生活クラブ生協・東京としてスペインにおける社会的連帯経済の事例視察を実施し、そこに参加しました。
現地を毎年取材し続けているジャーナリスト工藤律子さんの案内で、マドリード、サラゴサ、ジローナ、バルセロナにて、15か所ほどの事例を訪ねてきました。
視察した事例の中には、労働者協同組合、生活協同組合、NPO、社会的企業などがありました。目的や活動の内容、設立の経緯によって組織の形態はさまざまですが、共通しているのは人のつながりを軸にしていることと、自治を希求する強い思いだと感じました。
社会的連帯経済というキーワードがサロンでも時々話題に上がっていると思います。
これは、社会的経済という概念と連帯経済という概念を組み合わせた言葉ですが、日本ではまだ耳なじみの薄い言葉かも知れません。ざっくり言うと、経済活動においてお金がすべての物差しになっているような資本主義経済に対して、より民主的で公正な経済活動のことを指す概念です。
私自身も、皆さんに確信を持って社会的連帯経済について説明できるほど理解が深いわけではありません。
今回は、スペインで見てきた事例をご紹介したうえで、私たちが心地よい経済活動はどういうものなのかについて意見交換できたら嬉しいです。

以上、守本さんからのメッセージです。
平日ではありますが、ぜひ時間を調整して参加していただければと思います。
なおこれを契機に、今年は久しぶりに「経済」や「働き方」をテーマにしていこうと思います。

〇日時:2026年7月3日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「自治を希求する人々が創るつながりの経済~スペインにおける社会的連帯経済の事例視察報告」
〇報告者:守本香さん(生活クラブ生協東京副理事長)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2026/06/18

■節子への挽歌6793:昭さんがそちらに行きました

節子
いとこの鈴木昭さんが、昨夜、自動車事故で亡くなりました。
鈴木昭さんは母の妹の子どもですが、私たち兄弟と昭さんは、まるで3人兄弟のように子供の頃から一緒に育っていた気がします。
従兄の中でも、この3人はちょっと違った関係でした。

最近は私の腰痛のことを心配してくれて、いろいろとアドバイスをしてくれたり、湿布薬を送ってきてくれたりしていました。
先週も電話で話していて、近々、従兄弟みんなで会う予定でした。

みんなといっても、いまはもう集まれるのは4人だけなのですが、まさか次の欠員が昭さんになるとは全く予想もしていませんでした。私の方が先だったはずなのですが。

この歳(85歳)になると、同世代の訃報は「悲しく」はありません。ただ「寂しい」だけです。ただ、こうも訃報が続くと、やはり気が萎えてしまいます。
今日は、雨の寂しい朝です。
お天道様の配慮に感謝しながら、今日一日、喪に服します。

邪気の全くない、山を愛する人でした。
80代になっても、夫婦で山に登っていました。

また少し寂しくなりました。

 

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2026/06/16

■節子への挽歌6792:疲れが抜けません

節子
やはりどうも体調がおかしい。
今日は朝、歯医者さんでの治療後、湯島に行ったのですが、御徒町から湯島までのたった10分ほどの歩行が、とてもつらくて、途中で2回も休みたくなりました。
足のしびれが出てきてからもう半年以上経ちますが、整形外科医に行こうかどうか迷いながらもまだ行っていません。
官足法やストレッチで自我流の対処をしていて、変化も起きていますが、それがプラスなのかマイナスなのかもわからない。
プラスのような気がしていますが、今朝は逆にしびれというよりも、足が勝手に動き出す感じがあったり、何やら自分の足ではないような気がしたりといった感じで、湯島までたどり着くのがやっとでした。

やはり「呪詛」を受けているのでしょうか。
朝懺悔を続けなければいけません。

しかし、午後になるとかなり収まります。
午後のサロンは大賑わいでした。
比嘉さんまで来てくれたうえに文友会会長の吉重さんも来ました。
みなさんと話していて、少し元気が出てきました。
しかし、やはり疲れはたまっているようで、帰りの電車ではねてしまい、乗り過ごして砦まで行ってしまいました。

あと3年半の約束が守れるといいのですが。
最近ちょっと弱気です。
困ったものですが。

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2026/06/15

■呪詛と祈り

国会議員の原口一博さんが昨年、ベッドから落ちる事故に会い、肺に骨が刺さるという大けがをしました。しかし、なんと奇跡的に8日後には酸素マスクもいらないほどに回復しました。
そのことを独白しているユーチューブがあります。
https://www.facebook.com/share/r/18b64x1s3R/?mibextid=wwXIfr

友人がそれを送ってきてくれました。そして、こう書いてきたのです。

原口一博さんは、呪詛によって、狙われて、ベッドから落とされて、酷い骨折となった。しかしながら、彼を支えているファンや呪術師、霊媒師の祈りによって、今でも元気に活動できている。それは、多くの祈りが効いていると、原口さん自身が話しています。
おそらく佐藤さんもそうした状態になっているのではないか。

さてどう解釈すればいいか。
私もまた誰かの呪詛によって、この2か月、ひどい心身不調に見舞われているのか。あるいは私が最悪の方向に向かわないのは、多くの祈りのおかげなのか。

それで、どっちなのかと質問しました。
友人は、多くの人の祈りがいまの佐藤さんを支えていると思うと返信してきました。
まあ、正面から訊かれたら、そう答えるしかないでしょう。

でも、祈りが支えになるのであれば、呪詛もまた効果を発するはずです。
呪詛と祈りはセットのものでしょう。
というわけは、私もまた多くの呪詛を受けている、というわけです。
困ったものです。
が、あながち否定はできない。

それで、朝の祈りに加えて、これまでの数々の悪行の懺悔をすることにしました。
まずは親不孝の悪行を懺悔しました。
まあ、親は呪詛はしていないでしょうが、もう少し親孝行しておけばよかったです。
これがいま私には大きな悔いになって残っています。
それで娘にはその思いをさせたくなく、思い切り娘には迷惑をかけて、親孝行の機会を与えているわけです。
でももしかしたら、これで娘から呪詛されるかもしれない。
いやはや、生きることは難しい。

 

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■節子への挽歌6791:節子への朝懺悔

節子
今朝は節子のことに関して朝懺悔を行いました。
思い出せば出すほどに、節子には謝罪したいことが出てきます。
しかし、一番は「がんを治してやれなかったこと」です。
私にできたことは、今から考えれば、まだたくさんありました。
いや、それ以前に、私は間違った対応をしてきたのではないかと思うのです。
こればかりはいくら悔やんでも悔やみきれません。

しかし、節子はすべてを許しているでしょう。
節子はみずからの一生を私にくれたのですから。
だから私もまた、私の一生を節子に任せたはずでした。
しかしどうも私には、邪気がある。身勝手さがある。

今朝は、改めて節子に謝罪しました。

 

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■湯島サロン「消滅国家〜2023年、戦争で消滅したアルツァフ共和国」のご案内

みなさんは「アルツァフ共和国」をご存じでしょうか。
たぶんほとんどの人が知らないでしょう。独立を宣言してからも他国の承認を得られないまま戦争で消滅してしまった国家ですから。しかし、つい最近の話です。

アルツァフ共和国は、南コーカサス地方のアルメニア人が多数派を占めるナゴルノ・カラバフ地方に1991年に建国され、事実上の独立国家として機能していましたが、2023年9月にアゼルバイジャンの攻撃を受け降伏し、消滅してしまいました。しかし、いまもなお、アルメニアに事実上のアルツァフ亡命政府が存続しているようです。

その、‟消滅した未承認国家アルツァフ共和国”を取材してきたフォト・ジャーナリストの小野寺翔太朗さんに、短かったアルツァフ共和国の歴史を通して、「国とは何なのか」を考えるサロンをお願いすることにしました。
小野寺さんは、ウクライナの取材も続けており、アルツァフ共和国の人々とも交流があるので、「国民」視点と「国家」視点双方からのお話をいろいろとお聴きできると思います。

日本のような国にいると、‟消滅した未承認国家”というのはなかなか実感できませんが、それを実際に体験している人たちの生活や声から、国とは何かを考える材料をもらえると思います。
なぜ国が大切なのか。国がないと何が困るのか。国はどうやって生まれるのか。そして、一人ひとりの生活者にとって、国とは何なのか。それは、いまの私たちに大切なことを気づかせてくれるはずです。

私は、そろそろ「近代国民主権国家」モデルは、限界にきているように思っていますが、だからといって「国」を否定しているわけではありません。むしろ、新しい国のあり方を見つけたいと思っています。ですから、アルツァフ共和国にはとても関心があります。
小野寺さんも、国とはなんなのか、参加者と一緒に考えたいと言っています。

なお、小野寺さんは、戦禍のウクライナや消滅したアルツァフ共和国で生きて暮らす人々の声を紹介する『声なき声』を、今年初めに出版しています。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784865981278
関心のある方はご購読ください。サロン当日も販売してもらいます。

ぜひ多くの人に参加してほしいサロンです。
私たち日本の国のあり方を考えるためにも。

〇テーマ:「消滅国家〜2023年、戦争で消滅したアルツァフ共和国」
〇日時:2026年7月26日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:小野寺翔太朗さん(フォト・ジャーナリスト)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/06/14

■節子への挽歌6790:呪詛と祈り

節子
国会議員の原口一博さんが昨年、ベッドから落ちる事故に会い、肺に骨が刺さるという大けがをしました。しかし、なんと奇跡的に8日後には酸素マスクもいらないほどに回復しました。
そのことを独白しているユーチューブがあります。
https://www.facebook.com/share/r/18b64x1s3R/?mibextid=wwXIfr

北川さんがそれを送ってきてくれました。そして、こう書いてきたのです。

原口一博さんは、呪詛によって、狙われて、ベッドから落とされて、酷い骨折となった。しかしながら、彼を支えているファンや呪術師、霊媒師の祈りによって、今でも元気に活動できている。それは、多くの祈りが効いていると、原口さん自身が話しています。
そう紹介した後で、北川さんは、おそらく佐藤さんもそうした状態になっているのではないかと、書いてきました。

さてこれはあどう解釈すればいいか。
私もまた誰かの呪詛によって、この2カ月、ひどい心身不調に見舞われているのか。あるいは私が最悪の方向に向かわないのは、多くの祈りのおかげなのか。

それで北川さんに、どっちなのかと質問しました。
北川さんは、多くの人の祈りが支えていると思うと返信してきました。
まあ、正面から訊かれたら、そう答えるしかないでしょう。

でも、祈りが支えになるのであれば、呪詛もまた効果を発するはずです。
呪詛と祈りはセットのものでしょう。
というわけは、私もまた多くの呪詛を受けている。
困ったものです。
が、あながち否定はできない。

それで明日からは、朝の祈りに加えて、これまでの数々の悪行の懺悔をすることにしました。
まずは今日、朝ではありませんが、親不孝の悪行を懺悔しました。
まあ、親は呪詛はしていないでしょうが、もう少し親孝行しておけばよかったです。
これがいま私には大きな悔いになって残っています。
それで娘にはその思いをさせたくなく、思い切り娘には迷惑をかけて、親孝行の機会を与えているわけです。

でももしかしたら、これで娘から呪詛されるかもしれない。
いやはや、生きることは難しい。




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■節子への挽歌6789:時に無理もいいものです

節子
歯茎の痛さから抜け出られました

昨日は無理な草刈り仕事で、ひどい目にあいましたが、そのおかげで、2週間ほど続いていた歯茎の痛さから抜け出られました。それに昨夜は前向きの夢を見たような気もします。それに気がかりだった県も、朗報が続いて入りました。まさに「災い転じて福となす」です。

気持ちのいい朝です。時に無理もいいのかもしれません。
またユカや友人に叱られそうですが、ほどほどの無理を、充分に注意しながら、生きる生き方は変えられなさそうです。

寝坊してしまい、遅くなってしまいましたが、さて畑に水やりに行ってきます。

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2026/06/13

■節子への挽歌6788:いささかがんばりすぎてしまいました

節子
時評編に書きましたが、今日は久しぶりに畑にいったのですが、ついつい篠笹刈に頑張りすぎて、熱中症になってしまったようです。
回復までに2時間かかりましたが、その後も調子が悪く、せっかくのにことのお出かけができなくなってしまいました。
もう無理ができない身体になってきています。

さらに心配なのは、腎臓です。
最近、どうも気になってきて、悪い方に考えてしまう傾向が出てきてしまいました。
ネガティブ志向は、ネガティブな方向への道を用意しがちなので、その罠には囚われなくないのですが、ちょっとしたことが腎臓の状況悪化へつなげて考えてしまうようになってしまってきています。

しかし悪いことだけではありません。
今日は2時間以上、熱中症的症状の中で横になっていたのですが、そのおかげで、歯茎の痛みから抜け出せました。
まあそれどころではなくなってしまっていたのです。

夕方には、回復しました。
それにしても今日は大変でした。
身の程知らねばいけません。

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■農作業もどき日記2026(15):2週間ぶりの畑作業(20260613)

2週間ほど、農作業をさぼってしまいました。
私が体調を崩してしまったからですが、2週間も畑作業をさぼると、回復不能になるほど畑は野原に戻ります。なにしろここはもともとの農地ではないですから。

体調は実はまだ完全には戻っていませんが、今日は何とか出かけてみました。
ベランダで育てていた野菜が少し育っていたので、それも移植する必要がありましたが、まずは野菜たちへの挨拶だけでもと思っていたのです。
野菜と付き合うのは、作業面ではもちろんですが、精神的にも気を使わないといけません。

畑に行ったら、やはり唖然とするほどの野菜勢の敗退ぶりです。
野草が一面に広がり、放置していても育つはずのジャガイモやサツマイモも育っていません。大根はもう自立したので大丈夫ですが、他はなぜか育っていないのです。
ブロッコリーは青虫たちに完全にやられていて、葉っぱがなくなっていました。
キャベツが穴だらけの葉っぱながら一本育ちだしていました。
スイカは全く育っていません。でも青虫にはやられていませんでした。
野草のなかから4本のニンジンを発見し、野草を排除しました。
地這えキュウリは2本が消えずに残っていました。
苗から植えたキュウリは、なぜか育っていません。例年ならもう大きくなっているはずですが、いまにも枯れそうです。
モロヘイヤは完全に消滅。
という感じで、つづける気力さえなくなりますが、これはすべて私のせいです。
詫びながらなんとか最小限の野草だけ整理し、ベランダからのミニトマトとモロヘイヤを移植しました。
青菜類には薄めた木酢液をかけました。回復してくれるといいのですが。

これから梅雨なので、太陽の日だけ作業する私には厳しい時期に入りますが、なんとか梅雨を乗り切りたいです。最後の年ですから。

今日は体調もあって、それで帰る予定だったのですが、茂りだした篠笹が気になって刈り取りを始めてしまいました。これがかなり大変なのですが、始めると止まらなくなるのです。15分ほど続けたでしょうか、さすがに疲れて、限界を超えたのに気づきました。あわてて作業を止めて帰宅しようとしたのですが、立ち上がれない。私は地面に腰をつけて草刈りをするので、疲れに気づかないことが多いのです。

やはり無理をやってしまったと後悔しましたが、もう遅い。
家までの500メートルの道が、いつも以上につらくて、その間、3回も道にしゃがんで休むほどです。異常なほどに汗がたれてくる。

なんとか玄関に入ってダウン。娘に水を持ってきてもらって、玄関で30分ほど倒れていました。わが家は狭いのですが、玄関だけは広いのです。
なんとか2階の部屋に戻ったものの、一向によくならない。今回はいささか限界を越してしまいました。1時間たっても立ちあがれず、立とうとすると立ち眩みみたいになって失神しそうになる。汗を流したくて、お風呂を沸かしてもらい入浴。お風呂に30分浸かっていました。心配して娘が時々声をかけていましたが、なんとか無事、入浴を済ませました。しかし、食事も食べられずに、回復したのは2時間後。
いやはや、大変でした。

孫と本を買いに行くことにしていたのですが、今回はパスしてもらいました。
幸いに孫は本を買いに行くよりもゲームのほうが楽しいようで、今も隣でゲームに専念です。相変わらず私と上野に行くのは拒否されていますが。畑作業はもちろん手伝ってくれません。まったく困ったものです。

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■中国の現代小説を通してもっと中国を理解したい

明日は4カ月に1回開催の「中国文学サロン」です。
今回は、裘山山の『道聴塗説』を読みます。
このサロンは、中国の現代小説を読みながら、葉紅さんにその背景などを解説してもらい、中国社会を理解していこうというサロンです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2026/05/post-6a591d.html

明日は参加者のお一人が、江蘇省の宜興(イーシン)市から送られてきた積み立ての新茶をふるまってくれます。
このサロンに出る人はあらかじめ、取り上げた作品を読んでおくことが条件ですが、もし急に参加したいという人がいたら、ご連絡ください。
短編ですので、すぐに読めます。

中国の現代小説は、『三体』シリーズなど、話題になる作品も増えていますが、中国理解のためにももっともっと読まれて話題になればいいのにと思っています。
今回はともかく、中国現代小説を読んでみようという方がいたらご連絡ください。

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2026/06/12

■6月オープンサロン報告(2026年6月12日開催)

6月の定例オープンサロンはめずらしく参加者が少なかったのですが、めずらしい人が参加してくれました。
参加者は少なくとも、やはり定例日のオープンサロンは意味がありそうです。

毎月第2金曜日の午後はオープンサロン。
ぜひご記憶ください。

Open20260612

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■節子への挽歌6787:「貧すれば鈍す」

節子
今日も結構つらい1日でした。
今回はちょっと油断が過ぎました。
予兆はかなり前からあったのを放置していたうえに、歯医者さんに通い出してからも油断していました。
しかし、葉や歯茎の痛さは、脳にすぐ近いせいか、精神を萎えさせます。

今日のオープンサロンは、最初は常連の二人だkでした。
ですからかなり深い話もできましたが、中ごろに意外な人がやってきました。
時々こういうことがある。
やはり場所の維持は大事です。
湯島を持続させていくにも、やはり宝くじを当てないといけない。
もう少し早く、なぜ気づかなかったのか。悔いが残ります。
考えてみれば、バブル時代に手に入れたお金は、ほぼすべてこれまた無駄になくなっていきました。いや、むしろその時の愚行に今もなお亜経済的には負担を強いられています。まったく困ったものです。

宝くじを当てるしかありません。
まあ今から思えば、寄付してくれるという人がいたときに素直にもらっておけばよかったとさえ、時々思います。
これを「貧すれば鈍す」というのでしょうか。

でもまあ今日も無事、1日を終えました。
歯茎の状況は良くはなっていますが、まだ食事は不便ですし、なんとなく湯鬱です。
山本眞人さんが送ってきてくれた新著『ケアと自由』を読み始めようと思いますが、頭に入るでしょうか。

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■第10回ブックサロンのご案内

5月のブックサロンは、私が咳風邪になってしまったため、直前に中止させてもらいました。申し訳ありません。
湯島のブックサロンは、あまり人気がなく、参加者がいつも少ないのですが、なんとか続けていきたいサロンです。

どうしたら参加者が増えるだろうかと参加者にもお聞きしているのですが、どうもよい案が見つかりません。中止になった前回は、テーマを公募しましたが、残念ながら提案はありませんでした。

自分の著書を語るというようなことも考えたのですが、それではテーマサロンになってしまいます。何か本を決めて、それに関する話し合いという読書会スタイルは私が考えるブックサロンではありません。
テーマを決めて、関連書籍を持ち寄り紹介し合うサロンは一度やりましたが、参加者が少ないのと話し合いが盛り上がりませんでした。好きな本を持ちこんでも不成功。

さてどうしたものか。
そこで次回は、「こんなブックサロンをやりたい」というテーマを設定しました。
ますます参加者がいなくなりそうですが、まあ時には「ひとりサロン」もいいかもしれません。

よほど気が向いたら、ご参加ください。
CWSライブラリーも、蔵書も増えてきているのに利用者は増えません。
困ったものです。

〇日時:2026年6月24日(水曜日)午後2時~午後4時
〇サロンテーマ:こんなブックサロンをやりたい
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/06/11

■節子への挽歌6786:長生きの対価

節子
昨夜は歯茎の痛さで眠れませんでした。
夕方から痛くなり、歯医者さんからもらっている頓服薬の痛み止めを飲んだのですが効果なし。痛くて眠れないほどです。

なんだか最近はどこもかしこも、がたがたです。
最近気づいたのですが、耳が急速に悪くなっていて、テレビの音声レベルがこれまでの15では聴きにくいのです。
記憶力の低下はさらに急速です。
固有名詞が出てこないばかりならいいのですが、言葉そのものがうまく出てこない。
話していても、最近はどうも思っていることがうまく話せない。それが自分でもよくわかるので鵜から、聞いている人にはもっとわかるでしょう。
活舌が悪いという話を越えて、論理だてや言葉遣いがまったくおかしいのです。

眼はさらにひどい。私はずっとコンタクトレンズで視力を矯正していましたが、2年ほど前からコンタクトレンズの着用を止めてしまいました。世界は一挙に狭くなり、ぼんやりとしてしまいましたが、さほど不自由を感じなくなったのです。
さらに脳神経の関係で、時々、視界がおかしくなる。でもそれは30分ほど休めば元に戻る。

まあこんな感じで、体力というか身体機能はどんどん落ちてきています。
歳をとるとはそういうことでしょうから、それを甘んじて受けて、彼岸への旅立ちの準備をしているわけです。

でも歯の痛さは辛い。
いしど歯科医の次の治療は来週なので、今日はとりあえず痛み止めの抗生物質をもらいに行こうと思いまう。

歳と共に、生きること自体に面倒くささが増えてきます。
困ったものです。長生きの対価です。

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■第5回富沢憲法サロン「日本の安全保障政策を自分ごととして考えてみよう!」のご案内

富沢さんと一緒に「憲法」を学び合うサロンの最終回です。
4回にわたり、いろいろな切り口から、「憲法と安全保障」の問題を話し合ってきましたが、今回はこれまでの議論を踏まえながら、最初に富沢さんが気になった「日本の安保政策」に戻って、話し合いたいと思います。

富沢さんは、このサロンを契機にいろんなことを学んできていますが、学べば学ぶほど、不安が高じている。いや、不安どころか、怒りさえ生まれているようです。
「江戸末期に列強と結んだよりも酷い治外法権を認めた日米安保条約に今更のように驚き憤っていて、この気分のままでは、私が理想の満州国を作るのだぁ!などと青年将校のように叫びかねない」と物騒なことを言っています。

その一方で、日本が武装強化せざるをえないほど、本当に中国の脅威はあるのか。
それに、そもそも日本とアメリカの関係をどう捉えればいいのか。
憲法は、そうした状況にどう役立つのか。

今回は、原点に戻って、現在日本が置かれている日米関係を整理し、政府が喫緊で進めようとしていることの是非をみんなで意見交換したいと富沢さんは考えています。
私たち一人ひとりの生活に、もろつながってくるはずですから。
歴史を繰り返させてはいけません。

ぜひ多くのみなさんに参加していただきたいと思っています。

〇日時:2026年7月18日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:日本の安全保障政策を自分ごととして考えてみよう!
○問題提起者:富沢このみさん(最近の日本の安保政策がとても気になる生活者)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2026/06/10

■節子への挽歌6785:「体調は大丈夫ですか?」

節子
小宮山さんの電話で少し元気になったのもつかの間、昨日からまた歯か歯茎かわからないのですが、痛さが戻ってきてしまいました。
脳に近いせいか、葉や歯茎の痛さは、結構つらいものがあります。
なにもやる気が出てこない。

本も読めないし、テレビも見る気が起きない。
ましてや畑にも行きたくない。
仕方がないので、痛み止めを飲んで過ごしましたが、気持ちが晴れない。
まあこういうときは無理をすることはない。
思い切り気分的には沈んで、浮きあがるのを待つしかありません。

最近どうも体調の悪さを口にしたり文字にしたりしているせいか、いろんな人が連絡してくるときに、「体調は大丈夫ですか?」という1行が入っていることが少なくありません。
それに対して、いつも「底は打ちました」とか「回復に向かっています」と返しているのですが、正直、一向に底は打たないし、回復に向かっていると確信が持てない。
まさに毎日が前に行ったり後ろに下がったりで、安定しないのです。
困ったものです。ほんとに。

その基底にあるのは、もしかしたら「腎臓疾患」が気になっているのかもしれません。先日の血液検査でも、事態は「悪化」はしていないのですが、「改善」もしていない。足のしびれもそうです。毎日、入浴中に足をもんだりストレッチをしていますが、これも以前変化なし。

梅雨が明けたら気分は変わるでしょうか。
そうあってほしいものです。

今日は陽射しもあり、畑に行ける条件がそろった日でしたが、結局、行けませんでした。
野菜たちは怒ってるでしょう。ベランダで育てている苗たちも、なぜか育ってくれません。みんな、私に呆れているのかもしれません。
生命は、みんなつながっていることがよくわかります。

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■6月の茶色の朝サロンのご案内

いまこそ「茶色の朝」サロンが必要だと思ってはいるのですが、なかなか、「茶色の朝」サロンが開けません。
こういうことの積み重ねが、社会を壊していくのでしょう。
社会の「茶色度」はすでにかなり濃くなってきている気がします。
これでは、ニーメラーの二の舞になりかねません。
そこでがんばって、「茶色の朝」サロンを開催します。

「茶色の朝」サロンについては次をご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html
CWSライブラリーにも『茶色の朝』は蔵書されていますので、ご利用ください。

「茶色の朝」サロンはちょっと気になる政治話題(生活話題)を話し合おうというサロンです。難しい政策論議ではなく、ちょっと気になることを話題にします。
私たちの周りで起こっていることのほとんどは、「政治」にかかっていますから。

政治に関する考え方は、いろいろあると思いますが、茶色の朝サロンは多様な考えを重視しますので、自民党びいきも共産党びいきも、れいわびいきも参政党びいきも、自称無党派層も、無関心の人も、歓迎です。違った発想も尊重しながら、話し合えればと思います。特定の政党を忌避することは、まさに茶色の世界への入り口ですから。

テーマは参加者次第で決まっていきます。
議論したいテーマがあればぜひ問題提起してください。

〇日時:2026年6月29日(月曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/06/09

■湯島サロン「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践から」のご案内

「協同労働」という言葉をご存じでしょうか。かなり以前に湯島のサロンでも何回か取り上げたことがありますが、久しぶりにまた「協同労働」を取り上げたいと思います。

「協同労働」とは、働く人が、出資をして組合員となり、それぞれの意見を反映させながら主体的に運営し、地域の多様な需要に応じながら、持続可能な社会づくりに向けて事業を行う働き方です。「雇用労働」とちがって、みんなが同じ立場で、「共に」働くという仕組みです。

そうした働き方にいち早く取り組んできたのが、協同総合研究所です。
https://jicr.roukyou.gr.jp/aboutus/

今回はそこの副理事長の田嶋康利さんにお願いして、協同労働の考え方を、これまでの実践の一例である「ケア-ワーカーズコープ」の紹介とともにお話ししてもらうことにしました。

「働き方」や「生き方」は、湯島サロンの根底にある大きなテーマですが、協同労働の考え方は、そうした問題を考えるうえでとても示唆に富んでいると思います。そして、それは「社会のかたち」にもつながっていきます。
田嶋さんたちが取り組んでいるビジョンもお聞きできると思います。

特に若い世代の人たちに参加してほしいと思っていますが、年齢を問わず、生き方を見直したいみなさんにもぜひ参加してほしいサロンです。

〇テーマ:「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践から」
〇日時:2026年7月19日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:田嶋康利さん(協同総合研究所副理事長)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■湯島サロン「トランプの大芝居と3IATLAS」報告(2026年6月7日開催)

「トランプの大芝居と3IATLAS」をテーマにしたサロンは、参加者16人という大賑わいでした。どうしてこうしたテーマのサロンはいつも参加者が多いのか、ともかく毎回盛り上がってしまうのが「陰謀論」サロンです。困ったものです。
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3IATLAS(スリーアイ・アトラス)は、2025年に発見された恒星間彗星で、 昨年末に地球のそばを通り過ぎていきました。太陽系外から飛来した史上3例目の天体として大きな注目を集めましたが、その軌道や活動性の異常さから「地球外文明(宇宙人)が送り込んだ探査機」ではないかという説が出され、それがまたアメリカでの情報開示が始まったUFOや陰謀論とつながり、話がどんどんと広がってしまったのです。

その3IATLASでやって来た宇宙人(情報)の後押しを受けて、今度の7月4日(アメリカ独立記念日)に、トランプがなにか歴史の大転換につながるような「大芝居」をうつのではないか、という期待が、参加者にはあったと思いますが、呼びかけの割には、中嶋さんは今回、慎重で、もしかしたら、トランプと同じく、中嶋さんにも3IATLAS宇宙人の働きかけがあったのかもしれないと思うほどでした。

まあそれはともかく、今回は、中嶋さんは丁寧に自らの陰謀論の考え方を説明してくれました。世界は表の情報とは違った裏の動きで進んでいるということを40年前に落合信彦さんの『砂漠の狂信者』で知ってから、以来、そういう視点で世界の動きを見ていると、おのずとマスコミ情報とは違った「真相」が見えてくるというのです。

世界を見る目も、たとえば国際関係としてみてしまうと、アメリカと北朝鮮、あるいはアメリカとイランが対立しているように見えますが、実は国家(政府)ベースではむしろ、「共演」していることが多いというのです。
国家(制度)をだれが創り上げたかを考えれば、私にはそんなことは「自明の理」なのですが、どうもそう考えるのは一般的ではなく、湯島のサロンでも「国家≒国民」という捉え方がなされているような気がします。そこに大きな落とし穴がある。

たとえば現在のイラン紛争(中島さんは「イラン紛争」と表現します)。中嶋さんによれば、アメリカはイランとの戦争に見せかけているが、実はイスラエルに対する軍事作戦だと言います。つまり、実際にはイランからのイスラエルへの反撃が主役で、イスラエル(特にテルアビブ)の被害は開戦当初から顕著だそうです。
さらに、中嶋さんはネタニエフはおそらく既にこの世にいない。後々のシナリオプロセス上必要になったので、今身代わりを仕立てのだと言います。イスラエルはおそらくアメリカの統治下に置かれるが、その指令を「ネタニエフ」にやらせる方がイスラエル内部を統制しやすいからだというのが中嶋さんの説明です。なんだか80年前の日本を思い出します。

とまあ、こういう話がいろいろと出ました。まさに「陰謀論サロン」。
参加者からも、プーチンは入れ替わっているという意見や3.11事件や月面着陸に関する陰謀話も出ました。月が本当に球体なのかという、衝撃的?な話題も出ました。陰謀論の広がりは際限がない。

まあそういう陰謀論の話から、いよいよ3IATLASへと話は移ったのですが、なぜかそこからUFOや宇宙人の話になってしまいました。
しかも参加者の中に、身近にUFOを観た人が3人もいて、実際に自分で撮影した動画まで見せてくれたり、もしかしたら自分の体内に埋め込まれたという受発信器を触らせてくれたりする人までいて、話は一挙に宇宙人の話で盛り上がってしまいました。さらには、良い宇宙人・悪い宇宙人などという話にまで展開。
こうなるともう管理不能になってしまい、まるでオープンサロン、いやまるで、筒井康隆の世界のようになってしまいました。

しかし、何とか軌道を戻して、宇宙人からのメッセージとトランプの大芝居へと話を戻しましたが、一度、広がってしまったために話は拡散しがち。困ったものです。

3IATLASに関する中嶋さんの話は、私には全く受け入れられない話なので、私の言葉ではなく、改めて中嶋さんに確認させてもらったことを以下にそのまま紹介します。

昨年後半、太陽系に飛来した巨大彗星の3iATLAS(スリーアイアトラス)は自然物としての彗星ではなく、明らかに地球人類を凌駕する高度技術を持った知的生命体が作り出して操作しているものであることがわかっています。
が、ご承知の通りマスコミでは一切報道されていません。しかし、その挙動を微細に観測した世界中の天文学者や物理学者たちの結論は一つの方向に向かっており、そのことが今回のイラン紛争の引き金を引いたトランプの背中を押したのではないかというのが私の推測です。
そしてある著名金融評論家の方にそれらの話をしたところ、イラン紛争に関する仮説も3iATLASの絡みも否定はできずむしろ積極的に肯定するとまで言って頂きました。その方の話では政府関係者やトランプの周辺でも3iATLASの話題はよく出るそうなのです。
すでに太陽系からは去りつつありますが、この3iATLAS、地球にはさまざまな置き土産を残しており、それをついに来た神の降臨と捉えている識者も多くいます。
つまり地球人類は新しいフェーズに入ったとも言えるのです。

以上が中嶋さんの話です。
私は「地球人類を凌駕する高度技術を持った知的生命体」という表現には否定的です。
ただ、一部のチャネラーが主張しているように、3IATLASが持つ意識覚醒メッセージ効果には意味を感じます。私たちは、ある意味、大きな警告を受けていると捉えることは大事です。それに、中嶋さんが言うように、「新しいフェーズ」に移らなければ、地球人類の未来は描きにくい。
しかしここは、宇宙人などと捉えるのではなく、(サロンでもある人が発言しましたが)、光瀬龍・萩尾望都の作品『百億の昼と千億の夜』が言っているように、外部生命として宇宙人ではなく、「生命(人類)の起源に関わる“創造者/管理者”」と言続けるのがいいように思います。

余計な私見を加えれば、手塚治虫の宇宙生命(コスモゾーン)や、最近のダン・ブラウンの作品『シークレット・オブ・シークレッツ』のテーマ「非局在型意識」などにつなげていくと、世界はさらに広がっていくような気がします。
私もある意味、中嶋さんと同じく、『砂漠の狂信者』やUFO世代なので、この分野にはとても興味を持っています。書き出すと際限なくなりそうなので、このあたりで。

問題は、7月4日にトランプ大統領は世界に向けて何を発表するのか、です。
中嶋さんはなにかを確信しているようですが、今回はただ、「歴史の大転換を引き起こすこと」としか明言しませんでした。聞きようによっては、具体的なメッセージを受けた人がいるかもしれませんが。
さてどんな発表がなされるのか。7月4日が待ち遠しいです。
いずれにしろ、頭を柔軟にし、思考を広げる、楽しい3時間でした。
みなさんの世界を見る眼は、変わったでしょうか。

最後にまた蛇足を。
参加者の一人が「宇宙人っていろいろいるのですか」と問いかけました。
深い問いかけですが、議論には発展しませんでした。言うまでもなく、私たちも宇宙人です。要は、世界をどう捉えるかの問題です。そして自分がどの世界を生きるのか。それこそが大切なテーマのような気がします。

いささか私見を込めすぎて叱られそうですが、お許しください。

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2026/06/08

■節子への挽歌6784:元気が出る電話

節子
いささか朝から気持ちが萎えてしまっていましたが、午後、小宮山さんから電話をもらいました。
私が最近、元気がないのを知って、元気づけに電話をくれたのです。
大丈夫かと、気遣ってくれました。

小宮山さんは、私より一つ年上で、最近も入院するほどの病気に直面しているのですが、退院後はもう元気で、私のことを気遣うほどなのです。

小宮山さんのことは節子もよく知っています。
テレビに小宮山さんが出ると、いつも私に教えてくれていました。
小宮山さんは、私の知っている、2人の全く邪気のない人の一人です。
邪気がないと人は健康を維持できるのかもしれません。たとえ病気になったとしても。

いつもはそう感じないのですが、今回は不思議な事煮込みやMさんと話していたら、なにやら気持ちが収まり元気が戻ってきたような気がします。
気持ちが晴れたという感じでしょうか。
ちょっと元気が戻ってきた。

週末には小宮山さんに会おうと思います。
まさか小宮山さんの電話が私を元気にしてくれるとは思ってもいませんでした。
やはり邪気のない心は、人を支えてくれるものです。

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■湯島サロン「台湾で見たAI産業革命/ AIエージェントが変える働き方」のご案内

毎年1月に、湯島のサロンでAI最前線の話をしてくれている菅野弘達さんが、6月に台湾で開催されていた‟COMPUTEX TAIPEI 2026”に行ってきました。併せて菅野さんは、アジアのシリコンバレーと呼ばれつつある「新竹」なども訪問してきました。
https://www.edgecortix.com/ja/computex-taipei-2026

今回は、菅野さんにそこで見てきたAI産業革命の最前線の話や、日本が置かれている状況の実感、そしてそこから菅野さんが感じた「AIエージェントが変える働き方」を話していただこうと思います。

菅野さんは、いまやNVIDIA社(アメリカの企業)を頂点に、半導体、メモリー、サーバー、ラック、ケーブル、通信、電力、データセンターまで、多くの企業が関わる巨大なAI産業ピラミッドが形成されてきていて、AIは21世紀最大の裾野産業として成長し始めているが、残念ながら、日本の企業はこの船にほとんど乗れていない、と言います。

さらに、AIの活用によって、会社や組織を使わず、ビジネスをしていく時代が到来し、今後、急速に働き方や組織のあり方が変わっていくだろうと言います。
予想以上に、AIが私たちの生き方に影響を与える速度は速いようです。

今回は、前半で「台湾で見たAI産業革命」を紹介してもらい、後半で「AIエージェントが変える働き方」についての菅野さんの予想を話してもらおうと思います。
そして、そのあと、みんなで、「日本企業はAI時代に生き残れるのか」「AIエージェントが変える働き方、組織のあり方」「AIによって豊かになるのか、格差が広がるのか」などを話し合いたいと思います。

明日の私たちの生活につながってくる問題です。
ぜひ多くのみなさんに参加してほしいと思っています。

〇日時:2026年7月4日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「」
〇話題提供者:菅野弘達さん(株式会社ハイパーメディアマーケティング代表)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■節子への挽歌6783:昨日はUFOの話で盛り上がっていましたが

節子
どうも元気が回復しません。
どうしたことでしょうか。

昨日のサロンは16人もの人が参加しました。
テーマは「陰謀論と3I/ATLAS」でした。
どうしてこういうテーマにたくさんの人が集まるのかも、何となく元気が出ない一因です。みんな逃げているように感ずるのです。

昨日はしかし、UFOの話で盛り上がってしまいました。
実際にUFOを身近に見た人が3人も参加していました。お一人は写真を撮っていてそれを見せてくれましたし、ひとりは自らの耳に埋め込まれたかもしれないもののことを話してくれました。

私がUFOを見たのは、1964年、滋賀県の大津で、でした。会社の人たちとみんなで見た記憶があります。
UFO関連の本は、一時期、読み漁りました。学術書までも読んでみましたが、いずれもどうもピンときませんでした。
そもそも「宇宙人」などという概念が、あまりにお粗末で、せめて「宇宙生命」と言ってくれれば、受け入れやすいのですが。

昨日読み終えた小説『火星の女王』も、先日詠んだダン・ブラウンの『シークレット・オブ・シークレッツ』も、ある意味では、宇宙生命とのファーストコンタクトものと言ってもいいでしょう。
そうした者には興味を持ちますが、UFOなどというのはあまりに「当然」すぎて面白くありません。
みんなものすごく盛り上がっていましたが、なんだか私は引いてしまっていました。
UFOは見える人に見える。ただそれだけの話ですから。

でももっと別のものを見てほしい。そんな気がしながら、サロンの盛り上がりの中でも、元気が出せずにいました。
今日も元気が出そうにありません。
困ったものです。

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2026/06/07

■第20回あすあびサロンへのお誘い

明日の我孫子を話し合う集まり「あすあびサロン」のご案内です。
今回もテーマを設定せずに、参加者が「自分でやりたいこと」や「思っていること」などを気楽に話し合う「ゆったりサロン」です。

初めての方も大歓迎です。
途中参加や途中での退席も自由です。
ともかく気楽な集まりですので、気楽にお立ち寄りください。

お問い合わせは、事務局(qzy00757@nifty.com)にどうぞ。

〔第20回あすあびサロン〕
〇日時:2026年6月20日(土曜日)午前9時半~11時半(9時15分開場)
〇会場:アビスタ第4学習室
〇協賛費:会費ではなく、ワンコイン(100円)を目安にした自由寄付方式
〇問合せ先:あすあびサロン事務局 qzy00757@nifty.com

毎回説明させてもらっていますが、このサロンでは、年齢や立場に関係なく、みんな同じ住民の一人として参加してもらっています。
また問題や不平を話すのではなく、自分たちの住んでいるまちをさらに住みよいまちにするために、自分ができること/取り組みたいことを探していくこと、そして仲間を見つけていくことを基本にしたいと思っています。
その趣旨を踏まえていただければ、どなたでも参加歓迎です。我孫子市民にもこだわっていません。どうぞ気楽にご参加ください。
https://www.facebook.com/groups/1157264445390914

 

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■節子への挽歌6782:ルーチンを戻したものの元気が出ない

節子
朝のルーチンを復活と思って、まずは朝起きてすぐに畑に水やりに行きました。
畑は、数日こなかっただけで悲惨な状況です。一昨日の台風で、水は十分ですが、野菜はみんな元気がない。
ブロッコリーも芳賀虫に食べられていき絶え絶えです。

それはともかく、どうも以前のように畑から元気がもらえません。
むしろ逆です。
畑がどうも私を歓迎していない。
野草が全体を覆っている感じです。
この雰囲気は何でしょうか。

帰宅して水素風呂に浸かりました。足のマッサージや漢多難なストレッチをし、洗髪しましたが、いつものように元気が出ない。
この気分は一体何なのか。

今日は湯島のサロンですが、大丈夫か?

珈琲も飲みたくなく、久しぶりに紅茶。
ともかく元気が出ない。

今日のサロンは参加者が大勢です。
元気が回復するといいのですが。

 

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2026/06/06

■節子への挽歌6781:陰鬱な一日

節子
どうも畑に行けません。
太陽が出て来たのですが、気温が上がらない。
困ったものです。

なんだか周辺にいろんなことがありすぎて、元気が出ないのかもしれません。
本来なら、今頃は社会を離れて節子と2人で自然を楽しんでいるはずなのですが、相変わらず人間たちに紛れて、あくせくしている。
まあ、だからこそ、独りになっても生きながらえているわけですが。

ベランダで育てているトマトなどが大きくなってきているので、畑に植え替えないといけないのですが、その気が起きない。
いや、やらないといけないことが多すぎるのかもしれません。
こうなると、ミニマリストの意味がよくわかる。
結局、人生の最後は身軽であるほど、たぶん平安が得られるのでしょう。
でもいまさらもう遅い。

午後になって晴れてきたにもかかわらず、どうも元気が出てこない。
珈琲も飲む気がしないし、読みかけた小説『火星の女王』も一向に進まない。
娘につき合って、買い物に行ったけれど、買うものがない。
まだ陽が出ているので、頑張って畑に行こうか。
でも今日はなぜか行く気が全く起きない。

まあこういう日もある。
誰かから、うれしいニュースは届かないものか。

明日からルーチンを取り戻せるだろうか。

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■湯島サロン「日本の農業の先行きを一緒に話し合いましょう」報告(2026年5月31日開催)

「農と食」シリーズのサロン、今回はJA全中元専務理事の比嘉政浩さんに、農業を考える基本的な視点を整理してもらいながら、その先行きに関してみんなで話し合いました。
「農業」と一口に言ってしまうと、現実が見えてこなくなるということを、比嘉さんはわかりやすく話してくれました。
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比嘉さんは、まず「食料自給率の低下」を取り上げ、「食料自給率」には2つあり、その2つの動きは乖離していることをデータで解説してくれました。ちなみに、「カロリーベース」の食料自給率は令和6年度で38%ですが、「生産額ベース」だと64%です。
さらに、生産額ベースを品目別に分解してみると面白いことがわかります。収益のあがる作目へのシフトが日本農業政策の作戦だったことがわかるのです。ここに、日本の農業政策の本質が象徴されているような気もします。

ここで「収益」という言葉が出てきますが、比嘉さんは、農業は2種類に分けて考えないといけないと言います。「土地利用型農業」と「非土地利用型農業」です。
「土地利用型農業」は面積当たりの収益が低く、収益を確保するには相当程度の広さの農地が不可欠な農業です。米、麦、大豆、綿花、甘味資源作物、多くの飼料作物などが含まれます。
それ以外の農業が「非土地利用型農業」です。相対的に土地条件の制約の小さい、園芸(野菜・果樹)、中小家畜(養豚、鶏肉、鶏卵)などが該当します。

国際競争力という視点にたてば、土地の面から前者は日本には競争力がありません。しかし後者にはハンディはない。日本農業にも明るい芽があるといって取り上げられる事例は、主として後者です。いわゆる「儲かる農業」です。

農業が話題になるときに、「どちらの話か」を踏まえて聞くと理解しやすいのではないかと比嘉さんは言います。確かに、同じ「農業」と言っても、「土地利用型農業」と「非土地利用型農業」とでは、全く違うものと言ってもいいでしょう。
ですから、「日本農業の未来」などと、一口でくくってしまうと、問題が見えなくなってしまうわけです。

つづいて比嘉さんは、消費者にとって優先すべき農業政策に話を進めます。
重要なのは、誰のための農業かということです。2種類の農業のどちらに重点を置くかで政策のあり方は全く変わってきます。

たとえば、政府は「スマート農業・農業DXによる成長産業化(令和4年度農業白書より)」などを強調し、予算もつけています。成長産業化は農業者にとっては重要で、経済成長を最重視する立場であれば理解できますが、消費者の立場から考えるとどうでしょうか、と比嘉さんは問いかけます。
日本の農業を支えている農業者を支えることが日本農業を支え、ひいては消費者のためになると普通は考えますが、そこで語られる「農業」が、「土地利用型農業」か「非土地利用型農業」によって、話は全く違ってきます。
たとえば、比嘉さんは「農業の成長産業化」の一例として、「稲作をやめ、農業用ハウスを建て、マンゴーを栽培し、一個数千円で売る」という話をしてくれました。農業の収益は上がり、経済成長には寄与するでしょうが、不耕作地は増え、米の生産は減少する。消費者にとっては、どうでしょうか、というわけです。

比嘉さんは言います。「かつて「食料安全保障」は、農業者が農業政策全般の必要性を主張する際に使われることが多かった。しかし、いまや消費者にこそ必要な時代になったのではないのか」。
そのことは、昨今のコメ騒動でも明らかになってきました。
農業は、ただ経済の問題ではないのです。私たち生活者が、ただただ「消費者」として「農業」の「顧客」でいればいい時代は終わったというべきでしょうか。

さらに、比嘉さんは最近話題のコメをめぐる話をしてくれましたが、長くなるのでこれは省略し、つづいて話してくれた「日本農業は「過剰」から「不足」の時代に」の話を少しだけ紹介します。

高度経済成長期以降、日本で「農業問題」というと「過剰」問題でした。米も牛乳もみかんも生産過剰だから生産を抑制すべきだ、と。それどころか、農業者が多すぎるとされ、農業者受難の時代がつづきました。私たちは、「消費者」として、その恩恵を受けていたと言ってもいいかもしれません。
でも、みかんの生産量は最盛期の1/5まで減り、他の多くの作目も「品薄の単価高」の時代になりました。ここにも、日本の農業政策の本質が現れています。

しかし、多くの農産物価格の水準は、特に土地利用型農業においては、いまでも「再生産不可能」な状況です。にもかかわらず、なんとか生産が続けられているのは、投資(購入)済みの農業機械、水路などを含めた整備済の農地、過去に育成した果樹などのおかげだと比嘉さんは言います。農機具が使えなくなり、農地の整備が不十分になり、果樹が老木になっていけば、とても今の価格では継続できない。このままだと、今後、米も牛乳も果樹も、現在の価格では購入できないことは確実だと言います。

儲かる農業を目指す「非土地利用型農業」はいいとしても、私たちの生活を支えてくれるのは、主食のコメなどを生産する「土地利用型農業」です。しかし、そこに次世代の農業者が就農するには、あまりにリスクが大きい。生産者もいなくなっていく。先行きが心配です。

こうした状況を変えていくためには、消費者の私たちが、農業にもっと関心を持つことが必要だと比嘉さんは言います。言い換えれば、私たちの生活を支えるという意味での日本の農業を支えていくカギは、私たち「消費者」が握っている。
と、比嘉さんは、消費者である私たち参加者に問いかけて、話し合いが始まりました。

農業を、「土地利用型農業」と「非土地利用型農業」に分けて考えることの意味は極めて大きいと思います。
話し合いでも、「食べ物が食品という商品になってしまっている」という話が出ましたが、「食べもの」づくりや「環境保全」に取り組んでいた「土地利用型農業」と「儲かる農業」を目指す産業としての「非土地利用型農業」とは、考え方がまったく違うのです。産業発想をするのであれば、農林水産省ではなく、経済産業省の世界でしょう。

「土地利用型農業」と「非土地利用型農業」の違いをもっと際立たせるために、たとえば、「社会基盤型農業」と「収益事業型農業」というような表現にすると問題の所在が見えてくるように思います。

それにも関連して、農福連携の話も出ました。「農福連携」も多分、いまだに産業発想で考えているので、私には何も新しい価値を生んでいないような気がします。
これはまた別のサロンで話題にしてきたテーマですが。

アルメニアやウクライナで生活したことのある参加者が、そこでは都会に住んでいる人たちも週末には郊外に行って農業に触れる生活をしていたという話をしてくれました。「農業」はただの産業ではなく、生活にとっての大切な一部として位置づけられているのです。
日本でも以前、ロシアの「ダーチャ(郊外の菜園付き別荘)」をモデルにしたグリーンツーリズムが話題になったことがあります。いまもその名残が一部に残っていますが、ダーチャ的な「滞在しながら耕す・食べる・暮らす」自給的生活体験によって、農と生活がつながっていけば、「消費者」の意識も変わっていくでしょう。そして、比嘉さんが期待する「消費者」の関心も高まり、行動が起こるかもしれません。

ただ私としては、そもそも「消費者」などという表現に呪縛されているかぎり、事態は変わらないような気がします。少しでもいいので、「耕し、食べて、暮らす」自給的生活体験をして、「消費者」ならぬ「生活者」として、農を考えていけないかと思います。
サロンでも、いま一坪家庭菜園に取り組んでいる人の話がありましたが、一人でも多くの人が、週末農業に取り組むだけでも、日本の農業の先行きは変わっていくような気がします。

長くなってしまいました。まだまだ報告したいことはありますが、比嘉さんにはまたサロンで話し合いを呼びかけてもらいたいと思っています。
なにしろ、農業は私たちの未来を大きく方向づけていくものですから。

最後に、私の勝手な感想を一つだけ書かせてもらいます。
これは比嘉さんのお考えとは無関係で、私の私見です。
比嘉さんが、そのど真ん中にいた「農協」は、「公と私と共」という湯島サロンでよく私が話させてもらっている社会の3つのセクターということで言えば、「公」ではなく「共/コモンズ」です。そのおかげで、「民営化」を回避できたのだと思います。
国鉄や郵便・電話は事業主体が「公」だったがゆえに、「民営化」という言葉で「私企業化」され、世界の金融資本に取り込まれつつあります。もし農協が国営だったら、「民営化」されて、今頃は穀物メジャーに吸収されていたかもしれません。
そう思うと、比嘉さんたちが頑張って、農協を株式会社化しなかったことに感謝しないといけません。
しかし、これから日本の農業を守るのは、比嘉さんが問いかけたように、私たちみんなかもしれません。
私たちに何ができるのか。またぜひこのテーマのサロンを続けていきたいと、改めて思いました。

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2026/06/05

■節子への挽歌6780:ヒュームの因果性の錯覚

節子
朝のルーチンが、なかなかルーチン化しません。
困ったものです。
やはり私は根っからのものぐさなのかもしれません。

ルーチン化しないのは、心身が「いまひとつ」のせいでもあるのですが、逆に「ルーチン化できない」ために、心身がいまひとつともいえます。
まあ“ヒュームの因果性の錯覚”ではないですが、物事の因果関係はいかようにも組み替えられます。
そう思って人生を振り返ると、私の人生も全く違ったものに見えてくるかもしれません。
しかし、それにしても、なんでこんな状況になってしまったのか、この頃、時々、若干の反省を込めて、思います。
もう少し「楽な時間」を過ごせるはずだったのではないか、と。

でもまあ、これが私の現実なのでしょう。
この歳になって、相変わらず悩みや迷いを持ちながら、悠々自適とはいいがたい生活を送っています。
困ったものです。

台風が去って、畑に行かないといけないのですが、太陽が出てきません。
太陽が出てこないと、なぜか畑には行けません。
野菜たちがまた、野草に負けてしまわなければいいのですが。

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■第10回SUN10ROサロン『黒澤明を探して』へのお誘い

5月のSUN10ROサロンはお休みでしたが、6月は予定通り30日に開催します。
今回は、黒澤映画ではなく、SUN10ROクラブの主役の河村光彦監督本人を俎上に上げたいと思います。
前回の報告では、次回は『映画の中の黒澤明』のナレーション付き最新版を上映する予定だったのですが、それは次回(8月30日)に回し、今回の主役は河村監督です。

今回、みんなで一緒に見る映画は、ドキュメンタリー映画『黒澤明を探して』(ローランド・リチャード監督)です。これは、常々「黒澤映画は人生の教科書だった」と語っている河村光彦監督の半生を追いかけた作品です。
今年5月に開催された横浜国際映画祭では、河村監督の作品『映画の中の黒澤明』がノミネートされましたが、その翌日、下北沢でこの作品が上映されました。
この作品を観たSUN10ROクラブの前園さんが、その感想をこう書いています。

河村監督は、登場シーンからかっこよすぎる。
SUN10ROサロンで気さくにお話してくださる監督が『映画の中の河村光彦』になった時、時代や困難を越えながら信念を貫き生きる一人の人間像が色濃く浮かび上がってきて、眩しく見えました。
黒澤明監督が文学や哲学を映画の中で重層的に響かせたように、この作品でもまた、河村監督自身の人生と、黒澤映画『生きる』が静かに重なり合っているようでした。
リチャード監督の着眼も鋭く、映像センスにも強く惹かれました。
映画は、人生そのものを映し出す“もうひとつの鏡”なのかもしれませんね。『映画の中の黒澤明 Filming Akira Kurosawa』と一緒にみなさんにも観ていただきたい作品です。

これを読んで、次回のSUN10ROサロンでは、『黒澤明を探して』を切り口にして、改めて河村監督を徹底解剖したくなりました。
幸いに河村さんも、それを受けてくれました。

というわけで、今回の主役は河村さんご自身です。
「河村監督の中の黒澤明」。どんな河村さんや黒澤明が見えてくるか、楽しみです。
河村さんにとっての人生の教科書である黒澤映画の魅力が、また違った形で見えてくるかもしれません。

気楽なサロンですので、黒澤映画を観たこともない人も大歓迎です。
みなさんの参加をお待ちしています。

〇日時:2026年6月30日(火曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇上映映画:『黒澤明を探して』(23分)
○話題提供者:河村光彦さん(映画監督)
〇サロン会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

「SUN10ROクラブ」(「さんじゅうろうくらぶ」は、「なぜ人間は仲良く良心的に生きていけないのか」というテーマを描きたくて映画を作りつづけたという黒澤明監督の精神に共感し、黒澤映画からのメッセージを読み解きながら、社会に広げていこうとしている河村光彦監督の活動のゆるやかな応援団です。
河村さんが、フェイスブックのSUN10ROクラブでいろいろと情報発信しているので、ぜひお読みください。
https://www.facebook.com/groups/1312667559794431
毎月30日に、湯島でSUN10ROサロンを開催しています。サロンは、SUN10ROクラブのメンバー以外にも公開です。ぜひ気楽にご参加ください。

SUN10ROクラブへの参加は常時受け付けています。
フェイスブックのグループに直接申し込んでいただいても大丈夫ですし、SUN10ROサロン事務局にご連絡くださっても大丈夫です。
まだ活動が本格化していませんが、事務局作業を分担してくださる方がいたら、大歓迎です。

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2026/06/04

■ダン・ブラウンの最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』を読みました

昨日は台風のため、サロンを延期したので、まる1日、読書に充ててしまいました。
読んだのは、一昨日から読み出していたダン・ブラウンの最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』です。
ご存じ、ラングドン・シリーズの6作目です。

今回の舞台はプラハ。節回しの主役は、なんとゴーレム。そして話題のテーマは「非局在型意識」。
ダン・ブラウンの作品の予見性は評判があります。2013年の『インフェルノ』ではパンデミックを、2017年の『オリジン』ではAIエージェントを話題にしていますが、いずれも数年後に現実化しています。

正直、今回の作品は物語としてはいささか退屈ですが、意識や死に関する記述、とりわけ「非局在型意識」に関してはとても共感できます。
もちろん今話題のASI(超知能)にもつながっていますが、もしこれまでと同じく、予見性を持っているとしたら、数年後はどうなっているのか。残念ながら私には社会は現実体験できそうもありませんが、個人体験はできるでしょう。
私の考えていることととてもつながっているので、とても共感が持てました。

物語は、私にはあまり面白くはありませんでした。やはり第1作の『ダ・ヴィンチ・コード』が面白すぎた。
この作品は、うまさは感じますが、ワクワクはしない。
ただ、最初に出てくる節回しの主役のゴーレムが誰なのかを解く謎解きはおもしろいです。
私の最初の予想は全くの的外れで、上巻を読み終えてやっと正体がわかったと思ったのもつかの間、下巻に入ってそれも見事に外れていました。
かなり最後になるまで正解に辿りつけませんでした。あとで考えれば、実に簡単な話なのですが。自分の頭の固さに気づかされました。
考えさせられる指摘もいろんなところにちりばめられています。
たとえば最後に近い当たりで、主役の一人の純粋知性科学者がこう言うのです。

「全人類の精神が互いにつながっているという証拠が明らかになれば、世界は恐怖と競争ではなく、共感と理解でつながることになる。その世界では、国家の安全保障という概念は過去の遺物と化しているだろう」。

全く同感で、いまでさえも、私はそうできるはずだと思っています。

ラングドン・シリーズは全作読んでいますが、本作品もやはりお薦めの作品です。
ゴーレムが誰か。上巻の半分まででわかった人はすごいです。いやそれがわからなかった私が、やはり脳の衰えが進んできているのかもしれません。

 

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■新倉さんの夏の食養生サロン報告

東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」、今回は私の不手際があって、開催日が遅れてしまいまいました。しかも夏の到来は先倒しになってきています。
ややタイミングのずれた「夏の食養生」サロンになってしまいました。すみません。

202605000000

参加者が少なかったこともあり、さらに新倉さんのお手製おにぎりの差し入れもあり、いつも以上にゆるやかな食サロンになりました。

サロンは、なんと「ボーヴォワール」から始まりました。新倉さんの「ふるさと薬膳活動」への取り組みの背景には、ボーヴォワールの影響があったのです。
まあ、こんな感じで、新倉さんの食養生サロンでは、毎回、新しい話題が登場します。
また時代の流れを俯瞰するような話も出てきます。

今回、初めての参加者がいたので、改めて新倉さんがふるさと薬膳に取り組んだ経緯やその実践活動も話してもらいました。そして、新倉さんオリジナルの「五行配当表」に基づく食養生の知恵も、「夏」に限らず全季節、話してくれました。
そうしたことに関しては、これまでのサロンの報告をお読みください。
たとえば第1回目の新倉さんのサロン報告は次にあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2023/11/post-c35e3b.html
また,「季節に合わせた食養生」の話は「夏」と「土曜」について今回詳しく解説してもらいましたが、これに関しては次をご覧ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2024/06/post-523de8.html

今回は、それに加えて、新倉さんがこれまで取り組んできたふるさと薬膳事業のいくつかの現状なども話してくれました。
新倉さんが最初に取り組んだ10か所に関しては、すべてが今も存続しているわけではありませんが、その影響を受けて、「ふるさと薬膳」活動は全国各地に広がっているように思います。私も昨年秋に、岐阜県で体験しました。ふるさと薬膳思想は着々と浸透しているように思います。

しかし、「薬膳」というと、どうしても中国薬膳をイメージしてしまいます。
今回も少しだけ話題になりましたが、「薬膳」という言葉から離れた方がいいかもしれません。もちろん、新倉さんの話のなかにも、これまでも「身土不二」とか「薬食同源」という言葉は出てきていますし、「地のものを旬の時に」と新倉さんはいつも繰り返しています。そういうことを踏まえた「新しい言葉」が必要なのかもしれません。

地産地消とか食育とか、有機とかオーガニックとか、いろいろな言葉がありますが、いずれも私のような生活者にとってはピンときません。いずれも専門家の使う言葉ですから。
食は生活や文化の基本です。みんなが「食のあり方」を真剣に問い直すような、生活者が自分の言葉だと思えるような、いい言葉はないものでしょうか。

今回、新たに参加してくださった方からは、大きな問題も提起されました。
地球の水がどんどんと汚染されているため、いくら有機に熱心に取り組んでも個人の活動では限界があるというのです。佐渡島のように、かなり広域で取り組んでいく動きも広がってはいるもののもっと大きな意味での環境汚染は防ぎようがありません。
先日の折原さんの『サイレント フォールアウト』が示すように、大気も水も地球レベルで汚染されてきています。
そういう状況の中で、食にどう向き合うか。
そんな大きなテーマもまた、いつか考えてみたいです。

次回の新倉さんの食養生サロン(秋の食養生)は、立秋(8月7日)の後の8月11日です。
今度はきちんとまた案内させてもらいますので是非ご予定ください。

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■節子への挽歌6779:柴崎兄弟

節子
柴崎明さんを覚えているでしょう。
節子ががんばってくれていた頃の夕方サロンによく参加し、節子も気にしていた一人ですから。

最近まったく連絡がないので、ずっと気になっていました。なにしろ彼の生活ぶりや気性もある程度知っているものですから。
でも問い合わせるほどの勇気が最近は出てこなかったのです。

昨日、柴崎さんの弟さんが私のフェイスブックのある記事に「いいね」を押してくれました。これ幸いと、彼に様子を訊きました。
すぐに返信が届きました。
明さんは元気だそうですが、相変わらずの生活のようです。
それに加えて、思ってもいなかったことが書かれていました。

本日母が亡くなり、明も世話などがなくなるので自由になると思います。

まさに昨日、柴崎兄弟の母上が亡くなったとのこと。
話には聞いていましたが、しっかり生きてきた活動家だったようです。
柴崎兄弟は性格や生き方は違いますが、たぶん2人ともご両親の影響を受けているのです。

弟さんによれば、「2人で湯島を通った時、少しそちらに寄ろうかなど話したこともあります」とありました。私のことを覚えていてくれているのがうれしいです。
きっと近いうちに会えるでしょう。
しかし、またまた訃報込みです。

死が近づいてきているのがよくわかります。

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■節子への挽歌6778:ダン・ブラウン最新作を読みました

節子
今日はサロンの予定が台風で延期になったので、完全に1日が空いてしまいました。
サロンの報告などやらないといけないことはあるのですが、今日は、一昨日から読み出したダン・ブラウンの最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』を読むことにしました。昨日までで上巻をほぼ読んでいたので、今日は下巻を一気に読みきろうと思います。

ところが、下巻になったらいささかややこしい話が増えてきました。
今回のテーマは「非局在型意識」論なのですが、ダン・ブラウンらしく、衒学的な話が時に長々と続くのです。
それにもへこたれずに読み切ることができました。
物語としては、あまり私の好みではないのですが、犯人の正体に気づくのにはてこずりました。下巻の100頁目あたりになったやっとわかったのですが、それも間違っていました。

物語はともかく、「非局在型意識」論は私の思っていることとほぼ同じなのに驚きました。
久しぶりのフィクションでしたが、一気に読めました。
おかげで、まだ読めていない『火星の女王』に着手する気が起きました。
一気に読めるといいのですが。

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■湯島サロン「NPT再検討会議傍聴報告」のご案内(日程変更)

台風のため開催を延期した「よりよい生活と平和のために〜NPT再検討会議傍聴報告〜」のサロンを6月16日(火曜日)に開催します。
とても大切なテーマです。ぜひ日程を調整して参加していただければうれしです。
参加希望者は改めてご連絡ください(qzy00757@nifty.com宛にお願いします〉

■湯島サロン「よりよい生活と平和のために〜NPT再検討会議傍聴報告〜」のご案内

6月の「核時代を生きる」サロンは、4月にニューヨークで開催されたNPT(核拡散防止条約)の再検討会議を傍聴してきた樽井美樹子さん(東京都生活協同組合連合会専務理事)に、ニューヨークでの活動報告を中心に、樽井さんご自身の、これまでの平和への取り組みをお話しいただくことになりました。

日本生協連は、NPT再検討会議にあわせて日本被団協と代表団を結成し、国連での会議の傍聴や、現地で行われる諸企画・集会等のサポートにとりくんできました。今回も、被団協からの参加者8名を含む、全国の生協の仲間たち計42名の代表団が現地を訪問しています。

今回は、樽井さんのお話を聞きながら、「どうしたら平和を広げられるか」をみんなで話し合い、考えたいと思います。
ちなみに、タイトルの「よりよい生活と平和のために」は、全国の生活協同組合共通のスローガンだそうです。

NPT(核拡散防止条約)は、昨今の国際情勢の中で「かつてない危機的な状況」と言われていますが、5年ごとに条約の再検討会議が開催されています。
日本は、核兵器国と非核兵器国の橋渡し役を期待されていますが、その一方で、「アメリカの核の傘に依存する日本は本当に中立か?」とも言われています。日本政府の対応も微妙です。世界各国で核問題に取り組んでいる人たちの集まる場で、樽井さんが何を感じてきたか、そして再検討会議では何が語られているのか。マスコミ報道とは違った、生々しいお話が聞けると思います。

平日の午後ですが、ぜひ多くの人に話し合いに参加していただきたいと思っています。そして、みんなの「よりよい生活」のために、それぞれができることを見つけたいと思います。

〇日時:2026年6月16日(火曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「よりよい生活と平和のために〜NPT再検討会議傍聴報告〜」
〇話題提供者:樽井美樹子さん(東京都生活協同組合連合会専務理事)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2026/06/03

■節子への挽歌6777:市川覚峯さんの活動30周年

節子
日本経営道協会の市川覚峯さんが、活動30周年を迎え、締めくくりのイベントを開催しました。
私にもぜひ参加とのお誘いがありましたが、最近は夜のお誘いは一切、お断りしているので辞退しました。
集まりは大盛況で300人ほどの人が集まったそうです。
市川さんから、わざわざその報告がありました。

市川さんとはいろんなことがありました。
比叡山での修行に入る得度式には私も参加しました。
高野山での修行明けには節子と一緒に高野山の宿坊で泊まり、修行明けの市川さんに奥の院まで案内してもらいました。
吉野の修行も満願明けに行きました。
その前後の付き合いも含めて、いろいろなことがありました。

市川さんは自分の道を生きていました。その道がしっかりとしてきてからは、私との交流も無くなってきました。そして見事なほどに、自分の道を前に進んだのです。
300人の集まるとは、実に素晴らしい。
たぶん私の知っている人も何人か参加したでしょう。

市川さんは、「お越し頂きたかったのですが残念でした」としたうえで「当日の写真共有を持って報告とさせていただきます」と当日の写真を送ってきてくれました。
そして、「(いま)78歳ですので40周年は出来ないと思います」と書いてきました。
まあ、彼のことですから、40周年もできるでしょう。

しかし、こんな風にして、友人知人との縁は少しずつ薄れていきます。
この頃、それをひしひしと感じます。
でもそれが歳を取るということでしょう。
85歳とは、たぶんそういうことなのです。

市川覚峯さんとのファイルも、とりあえずこれで終わりです。

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2026/06/02

■節子への挽歌6776:関東に台風が来ます

節子
どうやら明日、関東に台風がやってくるようです。
明日のサロンをお願いしている樽井さんが心配して、延期しましょうかと一昨日から気遣ってくれています。

私は台風が、なぜか好きなのです。
こんなことを言うと不謹慎だと思われそうですが、台風は私たちの生き方に自然が警告を与えてくれているような気が、子供の頃からしていたのです。
同時に、自然の力も教えてくれた。
ますます不謹慎のそしりを受けると思いますが、荒れた自然を見ることで自分の生き方を問い直せるのと自分の小ささを実感できるのです。
ですから台風の時には出かけるのも好きなのです。

いまはもう出かけられませんが、ほんとうはサロンにも行きたいのです。
でもそんなことを考えるのは私だけでしょう。
それで今回もサロンを延期することにしました。
正直、ちょっと残念でしたが。

でもすでに各地で台風の被害は発生しているようです。
そこから私も学びたいと思います。
私たちの生活の在り方が、そうしたことに少なからずつながっているのですから。

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■第46回万葉集サロン「額田王の熟田津での「感慨」」のご案内

今回とりあげるのは、額田王の「熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」(巻1-8)です。
これまでも額田王の歌はなんどか出てきましたが、額田王をテーマにするのは初めてです。但し、今回は額田王自身というよりも、もっと大きな話になるようです。

升田さんからのメッセージです。

この歌は万葉集中の名歌としてよく知られている歌ですが、紙の上ではなく音(声)に聴く瀬戸内海を見てみたいと思います。
瀬戸内海を挟んだ古代の四国と中国地方。「熟田津に」の歌にどんな事情が読み取れるか取れないか。
古代の瀬戸内海の地勢。古代吉備王国と大和。「記紀」や『風土記』、山部赤人の歌(巻3-322〜323)などを参考にしながら、古代の1音に込めた意味も注視しながら、額田王の熟田津での「感慨」を聴いてみたいと思います。

いつもながらの思わせぶりの升田さんのメッセージです。
ワクワクします。
この歌は、日本の古代史を解く上でもたくさんのことを含意している歌です。
そのあたりに話が行くかどうかはわかりませんが、「音(声)に聴く瀬戸内海」とか、「古代の1音に込めた意味」とか、またまた話題満載のサロンになりそうです。

升田さんの万葉集サロンは、歌を通して、当時の社会や人々の生き方を読み解いていくところにおもしろさがあり、一味変わった『万葉集』の世界を楽しめます。
『万葉集』など読んだこともない人も、大歓迎です。気楽にご参加ください。

〇テーマ:「額田王の熟田津での「感慨」」
〇日時:2026年6月21日(日曜日)午後2時~4時半
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/06/01

■節子への挽歌6775:体力・知力お化け

節子
最近いろんなところがおかしくなってきていますが、なんとかサロンも続けています。
それを見ていて、サロン常連の鈴木さんがこう書いてきました。

身体のあちこちにトラブルが出ているみたいですね。
しかしある人に言わせると、佐藤さんは
「年齢を考えれば体力・知力お化け」なのだそうです。
仕事で高齢者に接する機会があるわたしもそう思います。

「体力・知力お化け」?
たぶんそう言っている人は予想がつきますし、うれしい「評価」ではありますが、たぶん現実ではないでしょう。最近の「体力・知力」の衰えは自分ながらに大きいのです。正直、最近の状況だと若者たちとの約束の「あと3年半」もいささか危うい。

85歳になったのを契機に、少ししっかりと自分の心身管理を意識しようと思います。
「お化け」なら、こんなことは不要なのですが。

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