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2026年7月

2026/07/31

■節子への挽歌6837:気功で腰の痛みはなくなりました

節子
腰の痛みはかなり緩和されました。
完全ではありませんが。
やはり水分補給不足だったのでしょうか。

ところで今日は、朝から脳神経外科の定期検診と午後は湯島でサロンです。
その中間に、友人と会うことにもなっています。
今日も大忙しの日なのです。

脳神経外科の定期検診は、今回は心電図と問題なしでした。

今日は脳神経外科の定期検診です。今回は心電図と動脈硬化の検査。
動脈硬化検査も心電図も問題なし。血管年齢は60代でした。

昨日の腰の激痛の話をしたら、水分不足ではないかと言われました。
また腎臓障害に関しても、カリウムと塩分もバランスよく取ればいいというアドバイスもらいました。

午後のサロンには久しぶりの人が参加しました。
薬剤師なのに、今は食や農に関心うつし、農作業に取り組んでいる崎川さんです。
もしかしたら、崎川さんは私のフェイスブックに書いた腰の激痛の投稿を読んで、わざわざサロンにきてくれたのかもしれません。サロン終了後に気功で腰痛を和らげてくれたのです。気功の効果を実感しました。

崎川さんは、そのうえで、足のしびれ対策や腎臓機能強化に関してもアドバイスしてくれました。私でもできそうな簡単なエクササイズです。

みんなに心配してもらえるのがいつもとても不思議です。
腰はもう大丈夫でしょう。

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2026/07/30

■節子への挽歌6836:突然の腰の激痛

節子
湯河原での作業途中の激痛の話を少し書いておきます。

最近は足腰の痛みが続いているのですが、今日は調子がよく、熱い中を1漫歩も歩いても大丈夫でした。
しかし、その後、書籍の廃棄処理や箱詰めをしていたら、急に腰に激痛が走り、動けなくなりました。幸いに少し休んだら少し良くなりましたが、作業はもうできず、果たして荷物を持って帰宅できるかどうか心配になるほどでした。

マンション売却反対の節子のメッセージかと思わないでもなかったのですが、まあ節子は私の判断には異を唱えないでしょう。
何しろ20年近く迷っていたのですから。

暑い中を歩きすぎたせいかもしれません。いつも以上に水分はとったつもりですが、足りなかったかもしれません。無理をすれば身体は自然とSOSを出してくれます。

しばらく休んで、なんとか動けるようになりましたが、座っていて立ち上がる時には相変わらず激痛が走ります。
なんとか書籍を詰め込んだカートを引きずりながら駅まで行って、電車にのりました。乗り換えの時が不安でしたが、なんとか無事、帰宅しました。
帰宅しても、姿勢を変えるときに激痛がはしり、ついつい声が出てしまうほどです。

なんとか帰宅できましたが、まだ身体を動かすときに激痛が走ります。
ともかく、様子を見ようと思います。

それにしても今日は大変な日になってしまいました。

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■節子への挽歌6835:人生を変える1日

節子
いささか大げさですが、今日は人生を変える1日でした。
節子との終の棲家と考えていた湯河原のマンションの売却を決めたのです。
私は、いま住んでいる我孫子で人生を終えることに確定しました。

節子が元気だったら、私が75歳になったら、湯河原に転居する予定でした。
そのために湯河原にマンションを購入しました。
転居するまでは、仕事場として使う予定でした。
書籍や資料もかなり送っておきました。

しかし、残念ながら節子は先だったため、転居は実現しませんでした。
以来、放置していました。
行く気が起きなかったのです。
しかし処分する気にもならず、ましてや賃貸に出す気も起きず、年に一度くらいしか行かないまま、放置して20数年です。
私はともかく娘たちが別荘として使うかと思っていましたが、私以上に娘たちも行きませんでした。

マンションとはいえ、住んでいないとどんどん荒れていきます。
しかも管理費や修繕積立費が毎月かなり必要なのです。
私は現金をほとんど持っていないので、負担できなくなってしまいました。
それに借金もそろそろゼロにしなくてはいけません。

でもなかなか気持ちの整理ができなかったのです。
ともかく節子はここが好きでしたから。
窓から見える十石峠がお気に入りでした。

でももう私には負担能力はありません。
それで処分することにしました。
たぶん販売価格は購入価格の3割くらいでしょうか。しかしなんとか借金は完済できるでしょう。

今日は、ユカにつき合ってもらって、2年ぶりに湯河原に行きました。
実は、1か月ほど前に都内の不動産会社からマンション売却なら相談に乗るという手紙が来たのです。それが背中を押してくれました。

湯河原に来ると、やはりいろいろと思いが押し寄せてきます。
そのいろいろな思いを整理してきました。
地元の不動産屋さんにも寄ってみました。
そして、気持ちを整理し、売却を決断しました。

ついでに書籍のなかで、企業経営関係やまちづくり関係の書籍を中心に思い切って処分することにしました。
これまでも、処分しようと思っても、最後には躊躇してしまっていました。
実際には今は全く「仕事」としてはやっていませんが、問題解決は私なりにある自負があり、なんとなく未練が残っていたのです。
でももう相談に来るところもないでしょう。そう思うと関連書籍や資料を廃棄することができるようになりました。過去に取り組んだ関連資料ももう読むこともないでしょう。今回は個別に考えずに思い切りバサッと処分しました。
これで気持ちが整理できました。
たぶん後で後悔するでしょうが。

手元に残したい書籍はすでにほとんど自宅に送っておいたのですが、まだ数百冊は残っています。今回もまた50冊くらいをユカと手分けして持ち帰り、段ボール5箱くらいを宅急便で送り返しました。
今回の引き取り書籍は、半分がコミック、半分がSF全集です。

いずれにしろ、今日は、ある意味、踏ん切りをつける日になったのです。

ところが、そうした作業をやっているときに、突然、腰に激痛が走り、動けなくなりました。やはりどこかで、心身が拒否しているのかもしれません。

やはりこのマンションを処分するのに、節子は反対しているのでしょうか。

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2026/07/29

■節子への挽歌6834:数年ぶりにMさんがサロンに来ると言う

節子
とてもうれしいメールが届きました。

余命2年と言われて闘病生活をしていたMさんが、今度、サロンに参加するというのです。もう2~3年ぶりでしょうか。いつも気になっていて、朝の祈りでは必ず思い描いていた一人です。

節子はもちろん知りませんが、3年ほど前、友人の紹介でやって来た時に、難病の血液がんのため、適切な治療法もなく、余命2年と言われているという話でした。
癌になる前は、とても行動的な人だったと聞いていますが、今はあまり旅行もできないようでした。

何回かサロンに来てくれた後、全く来なくなりました。
最後に来た時に、帽子を忘れていったのですが、それを返却することもできず、いつの間にかその帽子も無くなってしまいました。
しかし私のフェイスブックは見てくれていて、時々、「いいね」を押してくれていました。でもサロンに来ることはない、だからとても心配していたのです。

そのMさんがサロンに来ると言う。
サロンに来られるほど体調がよくなったということです。
こんなうれしいことはありません。

最近は、連絡がないまま、鬼籍に入ってしまった人が少なくない中で、こんなうれしいことはない。
元気なMさんに会えたら、きっと私も元気になるでしょう。

たまにはこういう明るいニュースもあるのです。

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2026/07/28

■節子への挽歌6833:「21世紀は真心の時代」

節子
先日、親指シフトのワープロ愛好者の話が話題になりました。
いまでもパソコンを親指シフトでやっている人がいるのだそうです。
私も、親指シフトファンでした。
パソコンを始めたときも、親指シフトのソフトを使って、入力していました。

そんな話から、私が親指シフトを始めたのは、富士通のオアシスのワープロをもらったからだという話になりました。
なぜもらったかというと毎日新聞社の懸賞論文で入賞したからです。
その論文は「真心の時代」というタイトルです。
実に懐かしい話です。

当時はまだワープロは普及していない時代で、会社にもありませんでした。
私はそのワープロが欲しくて、友人にワープロをもらうために懸賞論文に応募すると公言し、入賞したのです。当時から、私は何かをするときには公言して、怠惰な自分を元気づけていたのです。
当時、私は会社で経営層にレポートを届ける仕事をしていましたが、いつも手書きだったのですが、ワープロで書いたらもっと読んでもらえると思ったからです。

結果的に入賞してワープロをもらいました。
当時は確かプリンターを含めて200万円以上だったと思います。
それをもらい、最初に作ったのが「これからは川下戦略に変えた方がいい」という提言書でした。
これは幸いに評判になりました。会社役員からの反響もありました。

節子もワープロを始めました。
まだだれもワープロを使っていない時代でしたので、節子はそれで仕事をしようかと言い出し、何回かワープロ清書の仕事を請け負っていました。
しかしワープロは普及しだしその仕事もすぐやめてしまっていましたが。

そんな話をしたら、友人が「21世紀は真心の時代」を読みたいというのです。
私のホームページにアップしていますので、それを教えました。
https://cws.c.ooco.jp/magokoro.htm
読んでくれて、ほめてくれました。
私も読んでみたくなり、久しぶりに読みました。

残念ながら、21世紀は真心なき時代になってしまったのが残念です。

 

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■7月の茶色の朝サロンのご案内(2026年7月25日開催)

7月の「茶色の朝」サロンは猛暑の中、10人を超す人が集まりました。
暑さのせいで、みんないら立っているのかもしれません。いやますます社会が「茶色化」してきているのかもしれません。あるいは、そろそろもう集まれなくなるとの予感があるのかもしれません。ただ暇だったからかもしれません。
いずれにしろ、ともかく話し合いは活発でした。時間がともかく足りない。
と言っても、「政府批判」が多かったわけではありません。それはほとんどなかった気がします。いまの社会には気になることが多いという話です。
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まず参加者それぞれから気になることを一言ずつ話してもらった後、話し合いに入りました。

最初の話題は、複数の人から出された「巨人軍監督の娘への暴行容疑逮捕」事件でした。AIに相談したことの是非に関して正反対の意見が出されたのです。
そこから「家庭の問題」が社会化されてきていることも話題になりました。これも意見は分かれました。
AIのおかげで、考えなくなった人が増えてきているのではという意見もありましたが、それへの反対もありました。
そこから産業革命前の機械打ち壊し運動(ラダイト運動)まで話題になりましたが、それに関しても意見は分かれました。

ともかく、この事件から見えてくることはたくさんあります。
いずれにしろ事実をどのくらい知ろうとしたか、あるいはどこからの情報によって判断したかで、評価は正反対にもなりかねないことを、話し合いを聞いていて感じました。断片的な情報で考えることは、もしかしたら考えないことよりも危険かもしれません。
その意味でも、いろんな人と話し合うことは大切です。

異論が自由に飛び交う様子を見て、初めて茶色の朝サロンに参加した人は最後に、こんなに自由に意見が飛び交う場がもっとあればと感想を述べました。そう発言したのは、自分の意見をはっきりいう性格のため、これまでとても苦労してきた人です。
意見を自由に話す(放す)場がもっとあるといい。異論を出し合い話し合うことで、新しい「語り(物語)」が見えてきます。いまはそういう場が少ないので、誰かの描いた「物語」を鵜吞みにして、真相を見ようとしない人が多いように思います。
それこそが「茶色の社会」なのですが。

最近のテレビの気象情報番組で、「命にかかわる暑さ」といった脅迫的な表現や「今日は半そでがいいでしょう」などという余計なお世話情報が増えているのが、気になるという人もいました。私もいつも違和感を持っています。
これは話し合いには発展しませんでしたが、みんなの「思考放棄」を促しているように思えます。これも「茶色の社会」への道でしょう。私にはとても恐ろしいです。

国旗損壊罪法も話題になりました。秩序維持のための法が、次第に人々の心の中まで入り込んできて、人をマリオネット化してしまうのも、茶色の社会の特徴です。
最近の法律は、そこに近づいているのではないか、いやもうそこに来ているのではないか、そんな話も少し出ました。

とまあ、こんな感じでいろんな話題が出ましたが、参加者みんなが同じ意見だったわけではありません。政府批判で一色になってしまったら、それはそれでまた「茶色の社会」に転じやすくなるでしょう。異論に心を開くことが、このサロンの目指すところです。
「茶色の朝」サロンでは、各人の私見を大事にしたいと思っています。

今回もまた、いろいろなことに気づかせてもらったサロンでした。

以下は書こうかどうか迷いましたが、私の勝手な感想です。
今回、「機能不全家庭」(この言葉には私は違和感があります)に育ったと公言している参加者が、いろんな事例の「茶色度」を鋭く指摘してくれました。よく見えているなと感心させられました。
それを聞きながら、もしかしたら「茶色の社会」のモデルは「機能不全家庭」にあるのではないかという気がしてきました。そして、不登校の若者たちは、「機能不全学校」に気づいたので、そこに加担しなくなったのかもしれないという思いが浮かびました。
その一方で、多くの「社会人」は、機能不全会社や機能不全社会に自らを合わせて生きているのではないか、だから「生きづらい」などという。しかし、その「生きづらさ」㋾かいけつするために、そういう「機能不全社会」に引きこもろうとする。それこそまさに「茶色の社会」を目指す生き方です。
その「生きづらさ」が気にならなくなってしまうのが、「茶色の社会」ですから。
そうであれば、そこから救い出してくれるのは、不登校の若者や「ひきこもり当事者」と言われている人たちかもしれません。

いま私たちは、「茶色の社会」の生きやすさに向かうか、「茶色の社会」とは別の道を歩み出すかの岐路にいるのかもしれません。
さて、どちらを選ぶか。

茶色の朝のサロンは、やはり毎月、つづけていこうと思います。

 

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■湯島サロン「ひきこもり家族兄弟姉妹問題」のご案内

機能不全家族に関連して親子の問題がよく話題になりますが、あまり話題に取り上げられないのが、兄弟姉妹問題です。
湯島でのひきこもり関係のサロンで、最近、ひきこもり当事者の兄弟姉妹の問題が話題になりだしています。

社会の目は、往々にして「ひきこもり当事者」に目が行きますが、その兄弟姉妹が抱える問題は見過ごされがちです。
80/50問題も、当事者と親との関係だけではなく、当然、その兄弟姉妹も巻き込まれているのですが、そこまでなかなか目がいかないのも現実です。

これは引きこもりに限った話ではありません。
障害や犯罪においても、当事者の兄弟姉妹の問題はあまり語られることがないように思いますが、問題の深刻さは決して軽くはありません。むしろより重いかもしれません。
それにもしかしたら、機能不全家庭の親子関係の改善に、兄弟姉妹関係がひとつの切り口になるかもしれません。

この問題も取り上げ方が難しいのですが、幸いに最近湯島サロンに参加し始めた大林さんが、問題提起し話し合いをしてくれることになりました。
一度で解決できるような問題ではありませんが、とにかく一度、問題の所在を顕在化させ、話し合いのとっかかりをつけるサロンを開催することにしました。

急な呼びかけではありますが、関心のある方はご参加ください。
兄弟姉妹問題を切り口にしたサロンは、不定期になると思いますが、引き続き継続して開催していく予定です。

今回はまずは「ひきこもり当事者の兄弟姉妹」を中心に話し合えればと思います。
どなたも歓迎の開かれたサロンとして、まずは開催します。
テーマは重いですが、気楽にご参加ください。

〇テーマ:「ひきこもり家族兄弟姉妹問題」を考える
〇日時:2026年8月2日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇問題提起者:大林裕さん(ひきこもり当事者の兄)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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2026/07/27

■節子への挽歌6832:キリギリスの死

節子
昨日まで元気に昼夜鳴き続けていたキリギリスが死んでしまいました。
静かな朝です。

今回はつがいではなく、オスだけでしたので、産卵の可能性はなく、ただ鳴き声を楽しむだけでしたが、十分にキリギリスを楽しませてもらいました。
感謝しなければいけません。

我孫子ででもまたキリギリスの鳴き声を聞きたいと思っての、キリギリスつがいを林や藪に放す計画はなかなか実現しません。
できれば、私が畑作業をやっているところで試みたかったのですが、そこは戻さないといけなくなったので、できなくなりました。
もしこれからつがいのキリギリスがやってきたら、船戸の森かハケの道沿いの林に放すのがいいと思っていますが、まあその計画は無理でしょう。
繁殖していくためには一組くらいでは無理があります。
かといって、自分でキリギリスをとりに行くのはもう無理でしょう。

節子が元気だったころは、庭の池にサワガニを育てようと苦労して、節子にはいろいろと付き合ってもらいました。
いまから思うと、節子は良く付き合ってくれました。
毎年、帰省したら必ず帰りはキリギリスをたくさん捕まえて持ってきました。
あの頃は、近くに放して自然の繁殖を期待するという発想が皆無でした。
あの頃、その気になっていたら、キリギリスも実現したかもしれません。

まあ、節子はこういう私の思いに、よく付き合ってくれました。
いまから思うと感謝しかありません。

 

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■あと3年半の健康づくり活動報告6:腎臓機能維持対策

いま私がいちばん気にしているのは慢性腎臓病です。
医師からはフェーズ4だと言われていて、注意しないと人工透析になると指摘されています。
症状はいまは低位安定しているのと尿にたんぱくが出ていないので、腎臓関係の医師からはともかく様子を見ましょうと言われています。対策のアドバイスがほとんどないのがいささかの不満ですが。

いま私が自分で心がけている対策は3つです。
まずは毎日2回の水素風呂とそこで入浴中に足裏をもみほぐすことです。
水素風呂は腎臓機能にはプラスだと自分でも使っている友人が教えてくれました。
足裏の真ん中は腎臓につながっているというので1日2回、2~3分押し揉みをしています。これは足のしびれ対策にもつながっています。

2番目は毎日、果物酢を飲んでいます。また黒酢を使ったモズクとかもできるだけ食べるようにしています。要するに酢をとることに心がけています。
果物酢には腎臓に対するマイナス作用もあるかもしれませんが、ともかく脳神経対策の水分を摂るとも重ねての対策です。1日500~800ccを飲んでいます。

3番目は一番気にしていることですが、食生活において、カリウムやリン酸の多いものは食さないということです。これは意外と不自由で、果物があまり食べられなくなってしまいました。野菜も要注意です。
タンパク質にも注意しています。
最近は、プレーンのヨーグルトに冷凍のブルベリーを8粒ほど入れて朝食べるようにしています。

いまのところ、この3つしかできていません。

さてその結果、状況は良くなったかどうか。
次の血液検査は8月26日ですので、1か月後に結果が判明します。
いささか間があるのですが、その間、頑張って改善に向かえばと思っています。

腎臓関係の本も読んでいますが、私はどうも本の独海力がなく、あまり参考にはなりません。
私は基本的に体験者からのアドバイスしか耳に入ってこないのです。
腎臓機能回復に効果的な処方があれば、教えてください。

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■湯島サロン「どうやって死ぬかな? 生き方と死に方を考える」 報告(2026年7月20日開催)

呼びかけた吉本さんが、このテーマではたして参加者がいるだろうかと心配していましたが、酷暑にもかかわらず、何と10人の参加者がありました。
しかも参加したいが、日程調整ができなくて残念というメールが3人から届きました。
やはり、「死」は誰にとっても気になるテーマなのでしょうか。
でもなかには、話すのがちょっと怖いので参加を躊躇したという人もいました。
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案内にも書きましたが、今回の吉本さんの「どうやって死ぬかな?」の問いは、死に方ではなく、「生きている間の生き方」を考えようということです。
生き方がその人の死に方に現れてくるとよく言われますが、もしそうなら、「どういう死に方を目標にするか」から考えれば、生き方へのヒントが得られるはずだというわけです。

実はこのテーマは、これまでも年に1回程度は開催してきています。
しかし、今回は単刀直入に「どうやって死ぬか」という問いかけだったので、逆に受け取り方はさまざまだった気がします。

最初に参加者それぞれが自己紹介と「死に方」に関する考えを開陳したうえで、吉本さんから「死にまつわる想い出」や自分がいま取り組もうとしている「準備」に関しての話があり、そして「死ぬまでにどのように生きますか」という問いかけがありました。

いろいろの立場から、生と死が語られました。
いずれも実に生々しい。何らかの形で、実際の死につながる体験をしている人が多かったからかもしれません。
しかし、そうはいっても、自分の死ではない。自分の死は実際には体験できませんから(臨死体験はできるとしても)、どうしても語ると第三者の死になってしまう。死生観も同じです。自分の死生観は語れても、他者の死生観を論ずることはできません。でも話したがる人も多い。だから話し合いは、とても難しい。

吉本さんは、肝心の「どのように死のうか」の解はまだ見つけていないようですが、死に向けての準備はいろいろと考えているようです。
たとえば、自分の生活や思いを本やフォトブックに残すことにしたそうです。と言っても、出版するということではなく、パソコンソフトを使って自分で簡単に制作できる写真中心の小冊子です。
また、家族や友人と遊ぶことにも心掛けようとしていると言う。
死ぬまでにやろうとしていることが、フォトブックをつくって家族や友人と遊ぶこと?
こういう話を聞くと、いささか構えて参加した人は、なんだか肩透かしをくらった気がするかもしれません。しかし吉本さんは真剣なのです。みんなの話を聞いて、さてどう死のうか(=どう残された人生を生きようか)を考えようとしているのですから。
こうしたところにも、その人の死生観が出てきます。

ともかくこんな感じで、とかく「重くなるテーマ」を、吉本さんは誰もが気楽に話せる話題へと持って行ってくれました。
そうなると不思議なもので、逆に「重い話」も話しやすくなる。次々と、「重い体験」が飛び出してきました。みんなそれぞれに「重い体験」を持っているのです。
オフレコなので紹介はできませんが。

私は、吉本さんの問いに「痛みに苦しむことのない死に方をしたい」などと答えてしまいましたが、吉本さんはそんな当然のことを聞きたかったわけではありません。吉本さんの話を聞いていると、吉本さんは「自分の痕跡を残す/残ること」を目指しているようです。つまり、どうしたら自分が亡くなっても、自分の存在が残り続けることができるかが、吉本さんの問い「どうやって死ぬかな?」の真意のようです。そこに吉本さんの生命観、人生観がある。
話し合いでも、他者の死がどれだけ遺された者に影響を与えたかが話題になりました。裏返せば、自分の死がどのように他者に影響を与えるかが、吉本さんの問いには含意されているのです。「死」は自分事ではないのです。
そう考えると報告がさらに難しくなりました。

本論から派生した話を書くことにします。
当然と言えば当然ですが、自殺と安楽死の話が出ました。
これも何回も湯島では取り上げてきているテーマです。いつも抽象的な話が多いのですが、今回は身近に体験した人が少なくなかったので、ちょっといつもとは違う話し合いができた気がします。

でも驚いたのは、参加者の半数が自殺や安楽死を認めるというのです。
自殺(安楽死も含め)は、私には生命の私物化と思え、自殺を認めたとたんに、生から逃げることになると考えていますし、自殺を認めてしまえば、死刑も戦争も認めることになると私は考えています。自分を殺せる人は他者も殺せるでしょうから。
それに、今回のテーマの「どうやって死ぬかな?」も自分で決められることになる。それぞれが、勝手に死ねばいい。話し合うまでもないテーマになってしまいかねません。
自殺のない社会づくり活動に取り組んできた私には、何やらとても虚しい気がしてなりません。そういえば、「自殺」の問題はこの10年ほど、サロンでは取り上げてきませんでしたので、改めて取り上げようと思います。

医療と死も話題になりました。
医療とは死に抗う行為なのか、死を踏まえての行為なのかによって、医療の意味合いは変わってきます。私は後者の立場をとっていますが、だからこそ「いのち」を大切にしています。

こういう議論を聞きながら、改めて吉本さんの問い「どうやって死ぬかな?」の意味の深さが何となくわかりました。
生は一人では成り立たず、私物化できないように、死もまた一人では成り立たないのです。孤独死などあり得ない。でもそこに異論を持つ人が少なくない。
なぜなのか。なぜ自殺はなかなか減らず、安楽死の受け入れが増えているのはなぜか。
吉本さんの問いは、「生きる意味」まで問いかけてきた気がします。

なんだか独りよがりの報告になってしまいましたが、吉本さんはこの続きをやりたいそうです。吉本さんもきっと、いろいろと考えることがあったのでしょう。
次回は、どんな問いが発せられるか、興味あります。

吉本さん、意図に反する報告になっていたらすみません。
フォローしてもらえるとうれしいです。

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2026/07/26

■節子への挽歌6831:久しぶりの李東哲さん

節子
節子も何回かあったことのある李東哲さんが久しぶりにやってきました。
「貨幣論」をまとめたので、コメントしてほしいというのがやって来た目的です。
李さんは日本に留学していた頃、やってきて以来のつながりですが、彼はビジネスで成功し、今はビットコインに取り組んで論文などを書いているのです。

昨年もやってきましたが、今年はさらに一歩進んで、貨幣論を本にまとめたのですが、なかなかそれを議論する仲間がいないようです。

貨幣論に関しては、私も少しは勉強し、一時期はコモンズ貨幣を運営していましたので、議論は少しかみ合いました。
李さんにとっては久しぶりの議論なのかもしれません。
李さんと議論するのは、よほどの知識と思いがなければ簡単に論破されてしまいますから。

一度、彼の「貨幣論」をじっくりと読んで改めてまた議論することにしました。
また宿題が増えました。

昨日の朴さんもそうですが、朝鮮民族の血の濃い人と話すのは、体力も気力も必要です。多くの人が、熱量が高く情熱的なうえに、口調がとても厳しいですから。
でもみんな誠実で、嘘がない。
李さんとはまた近いうちに会うことにしました。

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2026/07/25

■湯島サロン「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践から」のご案内(2026年7月19日開催)

■湯島サロン「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践から」のご案内(2026年7月19日開催)

久しぶりに「協同労働」を取り上げました。協同労働の考え方は、日本でもかなり拡がってきていると思ってましたが、最近のサロンでの話し合いを聞いていて、まだあまり一般化していないのに気づいたので、協同総合研究所の田嶋康利さんにお願いしたのです。

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田嶋さんは、ご多用の中、わざわざサロン用に、協同労働について、実際の実践例も含めて、資料にまとめてくださり、それに基づいてていねいに解説してくださいました。

田嶋さんはまず「協同労働とは何か」から話を始めました。
簡単に言えば、「協同労働」とは、働く人が、出資をして組合員となり、それぞれの意見を反映させながら主体的に運営し、地域の多様な需要に応じながら、持続可能な社会づくりに向けて事業を行う働き方です。みんなで出資し、みんなで働き、成果はみんなで配分する。まさに「コモンズ組織」です。
日本では、「働く」というと、一般的に「雇用労働」を想像しますが、「協同労働」はそれとは全く発想の違う働き方なのです。

雇用労働とは違った働き方(「自分たちの仕事を自分たちでつくる」)として「協同労働」が意識され出したのは、日本では1980年前後からで、生活クラブ生協の生活者運動からワーカーズ・コレクティブが生まれました。1991年には「協同総合研究所」が設立され、協同労働理念の普及とともに、「協同労働の協同組合」の法制化の運動が始まりました。
法制化に関しては、私も当初ささやかに関わっていましたのでよくわかりますが、経済の形を変えていく可能性があるために、なかなか成立しませんでしたが、2020年12月に「労働者協同組合法」として成立しました。
そうした経緯に関しても、田嶋さんは詳しく解説してくれました。

協同労働や労働者協同組合には、大きな期待が寄せられていますが、そうしたことも紹介してくれたうえで、田嶋さんは、さまざまな分野での事例を紹介してくれました。
詳しくお知りになりたい方は、田嶋さんがまとめた資料がありますので、ご連絡いただければデータで送らせてもらいます。

話し合いに入る前に、私から2つの確認をさせてもらいました。
まず、協同労働の事業体であるワーカーズコープでは、メンバー間の給与(報酬)の格差はどのくらいあるのか、ということです。そこに組織の本質が象徴されるからです。
もう一つは、協同労働が目指す「経済・社会のあり方」は何か、です。協同総合研究所は、設立当初から『協同の発見』という機関誌を出しています。私の認識では、「雇用」から「協同」へというところに大きな意味がありますが、次第に「協同労働」とか「労働者協同組合」という言葉が中心になってしまい、当初の理念が大きく後退してしまったように感じています。そこで敢えて、理念・ビジョンに関して質問させてもらったわけです。

前者に関しては、具体的な数字はもらえませんでしたが、かなりフラットで、最近の株式会社のような格差はないようです。協同労働事業体でも、組織である以上、当然に「経営者」は必要ですが、株式会社のように、雇用者のために経営する経営者と仲間のために経営する経営者とは全く別の存在ですから、分断的な格差が生じないのは当然と言えば当然です。協同の理念はしっかりと生きているようです。

後者に関しては、田嶋さんが紹介してくれた事例から読み取ることができますが、田嶋さんは資料でこう書いています(サロンでも話ししていただきました)。
「協同組合運動とは「よりよい世界を産み出す『基盤』としての“ケア”と“コミュニティ”(人と人との協同の関係や自然や社会との人間的なかかわり=ケアリングコミュニティ)を、市民自らがそれぞれの協同性や主権性を発揮しながら、地域と社会に『増殖』させていく運動」。つまり、協同労働を広げていくことは、経済成長目標ではなく、“ケア”と“コミュニティ”を豊かにしていくことが目標なのです。
理念は変わっていないのです。ただちょっと見えにくくなってきている気はします。理念発信よりも実践にエネルギーが向いている時期なのかもしれません。

いずれにしろ、協同労働運動とは、ただ「もう一つの働き方」があるという話ではなく、社会や経済のあり方を変えることにつながっているのです。
そういう意識をしっかりと持っていないと、たとえば一時期、大きな期待を受けていたスペインのモンドラゴン(労働者が出資し、労働者が経営を決める協同組合企業グループ)が資本主義化しつつあるように、「もう一つの働き方」づくりで終わってしまいかねません。

働き方に雇用労働と協同労働があるように、事業体にも株主事業体とパートナーシップ事業体があります(協同組合事業体は広義にはパートナーシップ事業体と言っていいと思います)。そのふたつは組織原理が全く違います。そして、その違いは、それこそ経済や社会の形に大きくつながっているのです。

気をつけないといけないのは、「経営」とか「労働」という言葉が金銭資本主義経済の中で意味合いが固定されてしまったために、同じ言葉を使うことで、発想が引き戻されてしまうことです。
たとえば、「労働」ですが、最近の湯島のサロンでも話題になったように、稼ぐことや義務化されることにどうしてもつながりがちです。それを「働く」とか「活動」という言葉に変えるだけでも発想は大きく広がっていくはずです。

「労働」という語は、もともとは「苦労して体を動かすこと」を意味しています。そして、いまでは「賃金を得るための仕事」という意味になってきています。さらに「労働者」は階級階層をイメージさせる言葉でもあります。「協同の発想」には、労働という言葉はふさわしくないような気もします。
田嶋さんの話には、「ディーセントワーク」という言葉が登場しましたが、これは国際労働機関が提唱している「働きがいのある人間らしい仕事」のことです。「労働」と「仕事」という表現では大きく意味が変わってきます。

いずれにしろ、「共に働く協同労働」から学べることはあたくさんあります。
今回の話を聞いた参加者の中には、世界が広がったという人もいました。
実際に働き方が変わっていく人も出るかもしれません。

ちなみに湯島のサロンに参加している人にはフリーランスの方も少なくありませんが、一人で働いている人も、広い意味では「協同労働」していると言ってもいいでしょう。
なぜなら一人では、仕事はできません。むしろ「協同」の意識を持つことで、社会の見え方は全く変わってくるでしょう。

いまの経済では、供給者(生産者)と顧客(消費者)が別々ですが、協同労働の発想では、それさえもが「協同関係」です。一時期、生産者と消費者を組み合わせた「プロシューマー」という言葉がはやりましたが、そもそも「生活者」とは生産しながら消費している存在なのです。

「協同」することで新しい生き方や社会のあり方が見えてくる。そういう視点で「協同労働」を考えると、世界の見え方が変わってくるかもしれません。
このテーマは、しばらく断続的に続けていきます。

ちなみに、田嶋さんの協同総合研究所では隔月で『協働の発見』という機関誌を発行しています。そこにいつもさまざまな事例や協同労働に取り組んでいる人たちの生き生きした体験談などが紹介されています。若者たちの生き生きした働きも感じられるはずです。よかったらぜひ購読してください。
会員募集もしていますので、入会もお薦めです。
https://jicr.roukyou.gr.jp/aboutus/

今回もまた勝手な報告になってしまい、話し合いの紹介が少なくなってしまいました。
感想など投稿してもらえるとうれしいです。

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■節子への挽歌6830:朴さんと栄さんとうなぎ

節子
久しぶりに鰻を食べました。
小宮山さんのご馳走です。

小宮山さんの会社の元社員だった朴さんは、時々、湯島のサロンにも来ていますが、小宮山さんもコミーという会社も大好きです。その思いを時々聞かされています。
しかし、朴さんは韓国人ということもあり、また物をはっきりというために、みんなに誤解されがちです。たぶんコミーの社員時代にもいろいろとあったことでしょう。

コミーに関して、ある小さな依頼を受けました。
頼まれたら対応しなければいけません。
なんとかそれは果たせたのですが、そういうやりとりの中で、元社長との食事を思いついたのです。
それで実現したのが今日の鰻会食です。

湯島では私が一番おいしいと思っていた石橋亭に行きました。
代替わりになっていたのと、たぶん注文を取る人が間違えたのだと思いますが、期待したほどのおいしさはありませんでした。
でもまあ、朴さんと栄さんの会食が実現できたのは何か方から力が抜けた感じで、うれしい限りです。

でも美味しいウナギはやはり食べたいと思います。
今年はまだおいしいウナギに出合っていませんので。

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2026/07/24

■節子への挽歌6829:にことアリオに行きました

節子
久しぶりに、にことアリオに本を買いに行きました。
ついでにランチも一緒ですが、いつものようにどこで食べるかで意見が合いません。
メニューが決まらないのではありません。レストランで食べるか フードコートで食べるかで意見が分かれたのです。にこは フードコートが好きなのです。結局今回も フードコートになってしまいました。

にこの買った本も私好みではありません。
私の提案は歯牙にもかけてもらえません。一緒に行ったユカも、にこの味方です。ということは多分私は娘たちが子供の頃 自分の考えを押しつけていたのでしょう。それを体験した娘たちは、私から 孫を守っているのかもしれません。

書籍を買った後、にこは買いたいものがあると言って雑貨屋さんに行きました。私は疲れたので椅子で休んでいます。孫と付き合うのは大変です。
その後、冷たいものでも食べようと提案しましたが、また意見がわかれ、にこはそれよりポップコーンが食べたいというのです。結局、冷たいものは食べられず、キャラメルコーンを少し分けてもらっただけでした。

孫と付き合うのはストレスがたまります。
まあ、孫に付き合ってもらっているだけでも幸せなのかもしれません。

その後、にこは偶然に友達に会ったり、いろいろありましたが、無事帰宅できました。
なんだか中途半端な気分ですっきりしませんが、まあ疲れました。

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2026/07/23

■節子への挽歌6828:やはり夏の匂いと暑さが好きです

節子
今日も暑い日でした。
太陽が出ているときには畑作業に出かけたくなるのですが、最近の暑さでは、さすがに私も出かけることなく、朝からエアコンの効いた部屋で過ごしています。
これに慣れてしまうと、夏の暑さを忘れます。

ところが今日、急に兄からランチを誘われて、近くのイトーヨーカ堂の隣にある回転ずしに呼び出されました。ユカに車で送ってもらったのですが、車を降りたら、まさに真夏の匂いをした風が身体を包んでくれました。実に快いいい香りです。エアコンで冷えた身体が、急に夏をもらった感じで、なんだかとても幸せな気分になりました。

やはりこの熱風と身体に痛みを感ずるような太陽の陽射しが大好きです。
これがやはり夏です。
久しぶりに若い頃の夏の海を思いだいました。
日焼けしすぎて眠れなかったこともありました。

強い陽射しの中、しばらく夏を楽しんでいました。
おかしな老人に見えたでしょう。
しばらく暑さの中にひたっていましたが、少し歩きたくなりました。
さすがに人気は少なく、例年よりも暑いのでしょう。でも、歳をとると、感覚が鈍くなっているので、いまの私にはとても快適な暑さです。それが危険であることは十分わかっています。でもこの暑さの中で終われたら、それはきっと幸せなことでしょう。ムルソーもカミユも、若すぎたのです。

酷暑の夏も、楽しまなければいけません。

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■第5回富沢憲法サロン「日本の安全保障政策を自分ごととして考えてみよう!」報告(2026年7月18日開催)

富沢さんと一緒に「憲法」を学び合うサロンの最終回です。
4回にわたり、いろいろな切り口から、「憲法と安全保障」の問題を話し合ってきましたが、富沢さんの最初の動機は、「日本の安保政策」でした。ところが、学べば学ぶほど、不安が高じ、不安どころか、怒りさえ生まれてしまったようです。
そこで改めて、原点に戻って参加者みんなと日本の安全保障政策を自分ごととして考えてみよう、ということになりました。
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話し合いに入る前に、富沢さんはいまの日本が置かれている状況は「半分独立国家」だと結論づけました。5回にわたっていろいろと調べ考えてきた結果、いまの日本は「安政の不平等条約」よりもひどい状況にあるのではないかというのです。
日本全土が治外法権下にあり、しかも日本の空は米軍に支配されている。密約や日米行政協定などによって、日本国憲法はないがしろにされている。
日米安保条約を中心とした国際条約の下に日本国憲法は置かれている。つまり、日本国憲法は一般の法律と同じなのではないか。だとしたら、日本国憲法は、統治権者に制限を与える存在(歯止め)にはならない。単に「最上位にある法律」でしかないのではないか、というわけです。それで私たち国民の生活は守られるのだろうか?

日本は立憲主義などではなかったというわけです。極端に言えば、「憲法がない!」。
実際にこの数年、日本では憲法の制約など気にせずに、時の政権によって閣議決定で、国家安全保障にかかわる法律がつくられています。

こうした実状を、砂川事件での統治行為論からはじめて、日米地位協定や日米合同委員会、さらには昨今の高市政権の「国体」にもかかわる取り組みを紹介しながら解説してくれました。そして最後に、最近公開された、自民党の安全保障調査会の「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」の要旨を紹介してくれました。そこに、いまの日本の政府が向かっている方向が含意されているからです。
https://www.jimin.jp/news/policy/213608.html
そして、この提言に関する自分の疑問点を話してくれたうえで、「未来をどうすべきか」を話し合いたいとみんなに問いかけました。

あまりに膨大な内容なので、どこに焦点を置くかで、話し合いは全く違った方向にいきそうですが、思い切り単純化すると、富沢さんの問いは、次の2つになるようです。
ひとつは、日本はアメリカから完全独立することはできないのだろうか。言い換えれば、アメリカに縛られていることこそが、日本の安全保障を危うくしているのではないか、ということです。この問いは、日本の憲法を主権者たる国民がどう活かしていくかに関わっています。
もうひとつの問いは、憲法9条を守る以外に私(たち)の安全を守る方法はないのだろうか。この問いには、富沢さんの軍事的防衛力の必要性に対する「迷い」を感じます。そして、私たちを守ってくれるのは、誰なのか、という問いにもつながっていきます。

5回にわたって、憲法に取り組んできた富沢さんが行き着いた先が、ここに来るとは、やはりいまの日本が置かれている状況はかなり危機的なのではないかという気もしますが、同時に行くべきところに着いたという気もします。
一言で言えば、憲法が全く機能していない。9条への不安もある。
こうした時期だからこそ、改めて「憲法」が重要になっている。しっかりとみんなで「国のあり方」を「自分ごと」として考えなければいけません。改憲・護憲は、その先にあることです。

さて話し合いです。
例によって、全体の報告というよりも、私の印象に残ったことを紹介します。
具体的な話題に関しては、参加者のみなさん、できたら補足してください。

気になったのは、「安全保障」とか「戦争」とか「平和」って何だろうかという根本的な認識です。こういう言葉で議論すると、どうしてもみんな「国家」視点になってしまいます。
今回、富沢さんは「自分ごと」として考えようと呼びかけてくれましたが、話し合いを聴いているとやはりみんな国家視点で話しているように思えてなりません。

私にとっては、国家が軍事力を増強することは、私の生活を脅かすことにつながります。
「国家の軍事力は他国より自国民に向けられることが多い」という話もありますが、たとえ自国の軍事力であろうと私には恐ろしい存在です。
わかりやすくいえば、国家の力が強大になることは生活者の私にはあまり歓迎できません。いつそれが私に向かってくるかもしれないからです。最近話題になっている「冤罪」を考えれば、わかってもらえると思います。
「戦争」は国家と国家との間で行われるように見えますが、実際には、国家と生活者の間で行われているとも考えられます。戦争で被害を受けるのは、いつも生活者です。敵も友も、関係ありません。戦場でさえ、私は直面した敵国の人を殺傷したくありません。敵国の人を殺傷するように仕向ける国家こそが、私には敵のように思えます。

「国家ごととして考える安全保障」と「自分ごととして考える安全保障」は全く別のことのように、私には思えます。闘うべき相手が、すり替えられるからです。

さらに「独立」もわかりにくい言葉です。富沢さんは「半独立国家」だという。
たしかに日米安保条約によって、東京の空は自由に飛べないかもしれません。
しかし現在話題になっている皇室典範改正は国民の意向とは違った方向で法制化されつつあります。独立とは、国民の多くの意向で政治が決まっていくことであるとすれば、統治権がアメリカでも薩長閥でも自民党でも、そう違わないように思えます。
私は、日本国憲法の制定が、戦争を主導したのに生き残った日本の政治家たちや知識人たちではなく、GHQによって先導されたことを、よかったと思っています。
統治者が、生活者である国民視点であれば、それでいい。国家は誰のためにあるのか。そう考えていくと、そろそろ「近代国民国家」が限界にきているのかもしれません。

何やらややこしい話を書いてしまいましたが、私にとっての「自分ごとの安全保障策」は簡単なのです。いつもこのテーマでのサロンで話していますが、嘘をつかずに、周りの人と仲良くすることです。そして、いまの日本の憲法はそういう生き方を応援してくれている。
だから日本国憲法を大事にしたい。しかし、だからと言って、憲法を変えたくないなどとは全く思っていません。変えることがあってもいいですが、変える視点は、国民の自分ごとに置いてほしい。統治者の都合で変えてほしくありません。もちろん「憲法解釈」も。

また長くなってしまいました。
富沢さんの憲法サロンは終わりますが、誰か次にやってみようという人がいたら、再開します。気楽にご連絡ください。

ちなみに、今度の日曜日(7月26日)の小野寺翔太朗さんのサロン「消滅国家〜2023年、戦争で消滅したアルツァフ共和国」は、まさに今回話題になったテーマにつながっています。生活と国家を具体的に考えるたくさんの示唆をもらえると思います。
ぜひ多くの人に参加してほしいです。
小野寺さんの写真はホッとします。小野寺さんの文章は深く考えさせられます。

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2026/07/22

■節子への挽歌6827:元気なキリギリス

節子

朝 畑から取ってきたきゅうりをキリギリスにやろうとして蓋を開けたら、蓋の裏にキリギリスがついていて飛び出してしまいました。
慌てて捕まえようとしましたが私より元気です。
でもなんとか捕まえて 籠に戻しました。
私としては カゴなどに入れずに部屋で放し飼いにしたいのですが、ユカが許してくれません。それに 以前やってみましたが、虫のためにも あまり良くないようです。
やはり キリギリスは カゴの中が安心です。

ベランダの野菜に水をやっていたら大きな精霊バッタがいました。どこから飛んできたのでしょうか。住み着いてくれるといいのですが。

キリギリスは毎日、うるさいほどに鳴いています。
最近は風鈴を出していませんが、キリギリスの鳴き声で夏を堪能しています。

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2026/07/21

■節子への挽歌6826:梨の季節

節子
梨の季節です。
節子は幸水が好きでした。

節子が好きだったすぎの梨園の幸水が出荷され出したと聞いて、しょうなん道の駅に買いに行きました。
ちょっと行くのが遅く、お昼すぎだったので、なしはすべて売り切れていました。
やはり大人気なのです。
朝早く来なければいけません。

帰りに途中のスーパーで幸水を買ってきました。
早速節子に備え、私も食べてみました。
やはりこれでは節子は満足しないだろうなと思いました。

なしはやはり、すぎのファームの幸水です。
いやそう思うのは、節子のかけた呪縛かもしれません。
梨と節子とはどうも切り離せません。

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2026/07/20

■節子への挽歌6825:節子の遺した日記

節子
湯島のサロンで、節子の残した日記が話題になりました。
というか、日記を残したら遺された者は読むだろうかという話です。

私はこの挽歌を書き出したころ、節子の日記が残っているので、挽歌を書く材料は山のようにあるとか何が得ていました。
でも実際には、節子の残した日記はほとんど読んでいません。
いまもあまり読もうとは思いません。

節子はたぶん、誰かに読まれるとは思ってもいなかったでしょう。
ただ、結婚してからは、私は読んでもいい人になりました。
というのは、節子が私に会う前に書いていた日記も、私に見せてくれたからです。
節子とは、その日記を話題にしたこともあります。
そこには10代の節子がいたから、私は節子をからかう材料に浴したものです。

私も大学卒業まではかなり詳しい日記を書いていました。
しかし、節子と付き合いだした時に、過去をすべて捨てようと思い、すべての日記を廃棄してしまいました。
いまに思えば、大失策でした。
ですから節子は、私の過去をあまり知りません。
それではフェアではない。それがちょっと負い目で、節子の日記を読むのをやめたのです。

さて残された節子の日記。たぶん娘たちも読まないでしょう。
そう思って、私が死ぬ前には廃棄したいと、サロンで話してしまいました。
あとで、サロンの参加者から、まさかホントに捨てないでしょうね、とメールが来ました。
娘に残された日記を読むか、と聞いたら、読むかもしれないので捨てないで、と言われました。
さてどうするか、悩ましい問題です。

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■湯島サロン「からだのバランスを整えてみませんか」のご案内

最近、時々、湯島のサロンで話題になる「身体」に関わるサロンを不定期ですが、時々、開催することにしました。まずは、その第1回目のご案内です。

今回、取り上げるのは、「縦巻き横巻き理論」です。
「人間の体は左右でまったく異なる動きをしている。これこそが人体の絶対法則。血液型にいくつかのタイプがあるように、身体の正しい動かし方にも明確なパターンが存在する」。これは、内司和彦さんが提唱している独自の理論です。
https://home.tsuku2.jp/storeDetail.php?scd=0000135551

私は全く知りませんでしたが、もしかしたら、最近の私の身体不調は、身体の『回転方向』に逆らっているからかもしれません。
まずは、人体の絶対法則という「縦巻き横巻き理論」を知りたくなりました。
この理論を紹介してくれたのは、その初級講座講師ライセンスをもっているタカイシオミさんです。そこで、タカイさんに入門ガイダンスをお願いしました。

タカイさんは、24歳でヨガをはじめインストラクターになり、25才から野口整体を学びだし、いまは野口整体の他にそれをベースにした「身がまま整体」も学んでいます。そして、最近は‟小波津式”‟縦巻き横巻き整体”‟天掌”を学んでいるのです。

ちなみに、タカイさんは、知る人ぞ知る、自然や宇宙とのコミュニケーター。相手(動植物も含め)に触れても触れなくても思いが伝わってくるそうですが、現在は縦巻き横巻き理論など学んで、からだのこととこころのことを合わせたオリジナル手法を探求中だそうです。
https://shi-dobe-ginza-sea.jimdofree.com/

社会全体が、縦巻き横巻きで混乱している今、まずは自分の身体を整えることに挑戦してみませんか。

〇日時:2026年8月8日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「からだのバランスを整えてみませんか」
〇話題提供者:タカイシオミさん(チャネラー/メッセンジャー)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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■コロナワクチン後遺症の実態がまだ見えてきません

昨日またコロナワクチン後遺症で苦労している若者の話を聞きました。
「苦労している」などというレベルではなく、人生を変えられてしまったというべきでしょうか。
これまでも何回か、そうした人に会っていますが、今回は詳しくお話をお聞きできました。

一緒にいた人が、水俣病の時と変わっていないと発言されましたが、そうなのかもしれません。
政府はそうした被害者救済に相変わらず後ろ向きです。
話を聞きながら、被害者救済や問題解明に後ろ向きな政府とは、私のことではないかという気持ちを否定できずにいました。

国民の意思と政府の意思は、所詮は相反するのかもしれません。
国家制度の設計を根本から考え直さないといけないのではないかと思います。
ASIが、もしかしたら解決してくれるかもしれませんが、たぶんその解決策は、さらに問題を隠していってしまうでしょう。

今日はいい天気ですが、とても気の重い朝です。
今日もまたサロンで湯島ですが、気が晴れるといいのですが。

医療制度に関してどなたか展望を話してくださる方はいないでしょうか。
問題提起だけでもいいです。

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2026/07/19

■節子への挽歌6824:佐々木さんへのメールは届いていなかった

節子
岐阜の佐々木さんに、節子の犂だった梨を送ろうと思い、送り先の確認のメールをしました。佐々木さんは、パートナーの典子さんが亡くなった後、ずっと典子さんが引き継いだお寺に住み込んで、お寺を守っているのです。
昨年、ご自宅に送ったら名が今留守だったため、結局つかずに梨をだめにしてしまいました。そうならないように、今年は夏はどちらで過ごしているかのメールを出したのです。

ところが返信がない。
心配になって電話しました。
元気な佐々木さんが出て来たので安堵しました。

しかしそこでわかったのですが、どうも私のメールは最近佐々木さんに届いていないようです。
そこで佐々木さんといろいろと連絡しながら、いろんな青レスからメールしたのですが、私がメインで使っているアドレスはなぜかまったく届かないことがわかりました。

そこで判明したのですが、今年初めに送った「典子さんの追悼文」は佐々木さんに届いていなかったのです。確認すればよかったと大いに反省。
典子さんの追悼文集に掲載されなかったのがちょっと残念です。

しかしなぜ私のメールが届かないようになったのか。
理由はわからず、いまなお届かないようです。

他にもこういう状況が起こっていないか心配です。

 

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■新倉食養サロン「秋の食養生」のご案内

恒例の東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」のご案内です。
まだまだ、というか、これからますます酷暑が予想される季節ですが、8月7日は「立秋」。暦の上では、秋に向かいだします。
陰陽五行説では、立秋直前の2週間が「土用」なので、新倉食養生でも、季節の変わり目の食の調整期に間もなく向かうことになります。
というわけで、今回は「秋の食養生」。

「夏の土用の丑の日」に鰻を食べれば、秋への食養生ができるわけではありません。
それに最近は鰻も高価になりましたので、そうそう簡単には食べられません。
それに秋は長いです。
秋の食養生を新倉さんからじっくりと聞いて、秋の夜長を健康に過ごし、冬に備えたいと思います。

新倉さんのお話に合わせて、参加者それぞれからも、ぜひ季節に応じた食養生の話をご披露いただければと思います。

食や健康に関心のある人(誰でもだと思いますが)、ぜひご参加ください。
私のような「食音痴」でも、いつも実践につながるヒントをもらっています。

なお、今回はがんばって私が作った「桑の葉茶」を用意します。
たぶん。

〇日時:2026年8月11日(火曜日・祝日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「秋の食養生」
〇話題提供者:新倉久美子さん(東方健美研究所代表・農都共生総合研究所取締役)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2026/07/18

■節子への挽歌6823:同質な人たち

節子
会社時代の知人が37年ぶりに湯島にやってきました。
昨日、湯島で開催したサロンの問題提起者が、学生時代の友人なのだそうです。
その二人も久しく交流はなく、湯島のサロンのおかげで再会できたというわけです。
こういうことが時々起こります。

37年ぶりの知人は、仕事で一緒したことはないのですが、会社の図書室の責任者でした。どんな人かまったく知らないままの付き合いでしたが、今日、初めていろいろと知りました。
最近はもう会社を辞めていますが、最近はどうも「同質の人たちの世界」にばかりにいるので、違った世界に触れようかと思ってやってきたのです。
しかし、サロンの終わりごろ、「どうもここも同質に近い」と感想を述べました。

サロン参加者からもよく言われますが、このサロンに参加する人はみんな少数派だと言います。
私は、湯島のサロンの場をそういう同質の人たちの集まりにはしたくありません。
たしかに、高市政権に反対し、核兵器に反対し、お金万能の新自由主義資本主義にも反対な人が多い。その意味ではマスコミ報道にある「世間」とはかなり違う。

でも私にはみんな同質とは思えません。
今日も、原発反対派と賛成派がいましたが、そんなこと以上に、みんなそれぞれに自分の生き方を探そうとしている人に見えるからです。

しかし、その一方で、私とはみんな全く違うなと思うことも多いです。
そもそもみんなあまりにも常識に呪縛されている。
太陽は東から上がるものだと思い込んでいる。
だから私の言葉は、ほんとうはあまりみんなに伝わっていないのかもしれません。

今日はサロンで、そんなことを少し話し過ぎてしまいました。
やはり私は誰ともコミュニケーションできていないのかもしれません。

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■第21回あすあびサロンへのお誘い

明日の我孫子を話し合う集まり「あすあびサロン」のご案内です。
今回もテーマを設定せずに、参加者が「自分でやりたいこと」や「思っていること」などを気楽に話し合う「ゆったりサロン」です。

初めての方も大歓迎です。
途中参加や途中での退席も自由です。
ともかく気楽な集まりですので、気楽にお立ち寄りください。

お問い合わせは、事務局(qzy00757@nifty.com)にどうぞ。

〔第21回あすあびサロン〕
〇日時:2026年8月8日(土曜日)午前9時半~11時半(9時15分開場)
〇会場:アビスタ第3学習室
〇協賛費:会費ではなく、ワンコイン(100円)を目安にした自由寄付方式
〇問合せ先:あすあびサロン事務局 qzy00757@nifty.com

毎回説明させてもらっていますが、このサロンでは、年齢や立場に関係なく、みんな同じ住民の一人として参加してもらっています。
また問題や不平を話すのではなく、自分たちの住んでいるまちをさらに住みよいまちにするために、自分ができること/取り組みたいことを探していくこと、そして仲間を見つけていくことを基本にしたいと思っています。
その趣旨を踏まえていただければ、どなたでも参加歓迎です。我孫子市民にもこだわっていません。どうぞ気楽にご参加ください。
https://www.facebook.com/groups/1157264445390914

 

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2026/07/17

■あと3年半の健康づくり活動報告5:足のしびれ問題

これから時々、実際に取り組んでいることを書いていきます。

今回は「足のしびれ対策」です。
友人たちからは整形外科への受診を進められていますが、まだ行っていません。また理学療法士の友人からもストレッチの提案をもらっていますが着手していません。

状況はあまりよくありません。
半年ほど前に、左足のしびれで始まり、右足にも来ました。
いつもではないのですが、特に午前中、歩いていると足が重くなったり、足が勝手に動き出すような気分になったり、いろいろ不都合が起こるのです。
特に、ゆっくり歩いていたり、立ち止まっているときにひどくなります。
立っていられなくなることもあります。
一番の問題は、電車のホームでよろけてしまうことがあることです。ですから、ホームの端は歩かないようにしています。

念のために言えば、いつでもというわけではないのです。
午後はあまり問題が出ないのです。
しかし長い時間歩いているとおかしくなることがあり、先日は出先で、10分ほど立ったまま順番待ちをしていて、その後歩き出したら、途中でまともに歩けなくなって同行者に迷惑をかけてしまいました。

さてどうするか。
フェイスブックの広告で、薬がいろいろと出てきますが、一度購入しようとしましたが、なぜか申し込んでも現物が届きません。友人からはFBの広告での注文はやめた方がいいと言われ、やめました。
で結局、薬品治療はなし。

いまやっているのは、入浴時に足の裏を揉みほぐしたり、簡単なストレッチをするほか、足を投げ出しての上体前屈運動です。

足裏の揉みほぐしは、とにかく押して気持ちのいいところを押します。
前に妻が治療を受けた時にもらった「足の反射区図」を一応頭に入れてはいますが。
片足、3分ほどです。
当初、神経がツーンと痛く感ずるところがありましたが、最近はそういうことがなくなりました。それがいいことか悪いことがわかりませんが、今のところは何となくいい方向を感じています。

足裏揉みに加えて、足指のグーパーを10回、朝晩の入浴時(私は毎日朝晩2回水素風呂に入浴します)に行います。これも気分的には効果がある気がします。

私がやっているストレッチは簡単なものですが、面倒なので説明は省略ですが、ちょっと背筋に無理がかかり、しかし気持ちのいいことを大事にしています。

腰痛の問題にもつながっているかもしれません。こちらは隔日にロキソニンテープを貼ることと、長いこと座っていないことに努めています。腰痛対策はまた別途書きます。

足裏揉みなどは1か月ほど続けていますが、足指のグーパー運動や上体前屈運動はまだ半月位です。しかし最近は以前のような足のしびれはなくなったような気がします。
ただ今も時々、足が重くなったり、自分の意思に反して足が動き出したりすることが、時に起こります。
もう少し継続することで、効果がわかるかもしれません。
素人療法なので、悪化するかもしれませんが。

足のしびれ対策でアドバイスいただければうれしいです。

 

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■節子への挽歌6822:兄との会食

節子
兄と会食しました。ユカにも同席してもらいました。
兄はこのところ、いろいろとお医者さん通いで大変そうです。
なかなか会食の時間も合わずにいました。
しかし、私もそうですが、いつどうなるかわかりません。
できるだけ会っておこうと思っています。

しかしこのところ、兄も急に老化を感じます。
昨年までボランティアで学校に行っていましたが、それを止めてから急に老け込んだような気もします。
いまも囲碁に行っていたり、まちづくり協議会の活動にもかかわっているようですが、それが支えなのかもしれません。
しかし兄を見ていると、歳をとり方は、まさに人生の総括なのだなと思います。
それまでの生き方がはっきりと表れてくる。
私も多分そうでしょう。
これまでの生き方が、隠しようなく表出されてくる。それが年を取るということかもしれません。

しかし、あと5年後には、おそらく私か兄のいずれかはもう現世にはいないでしょう。そう考えると、とても不思議な気分です。

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2026/07/16

■節子への挽歌6821:偶には倅の言うことを聞いてくれ

節子
今朝、畑に行ってきました。
そのことは時評編に書きました。
フェイスブックにも投稿しました。

それを読んだSさんがこのブログにコメントしてきてくれました。
コメント欄に出ているので、ここに引用させてもらっても許してくれるでしょう。
こんなコメントです。

ご無沙汰している**です。 
暑い毎日が続きます。畑仕事は、自分有ってのものですからお辞めになるのが無難かと思います。野菜は生きて行く条件が整っていれば虫にも病気にも抵抗力がありますが、条件が欠ければあっという間にやられてしまいます。上手く行かなければ、ご自分のストレスばかりでなく同居人のストレスも高じてきます。 
私自身も95歳の母の健康管理をしていますが、偶には倅の言うことを聞いてくれと度々思ってしまうこの頃です。
ご自愛ください。

「偶には倅の言うことを聞いてくれ」。
家族とは、お互いにそう思い合っているものかもしれません。
倅は倅で、娘は娘で、親は親で。

果て家仕事の内容を変えようと思います。
ムリはせずに、最小限で。

それはそれとして、こうして勝手に情報発信していても、どこかで誰かが呼んでいてくれるのです。なんだか自分の世界があるようで、とてもうれしいです。

そういえば、フェイスブックのサロンの案内を見て、会社時代の知人がなんと連絡してきたのです。もう35年以上、音信不通のはずですが。しかも私との共通の友人がいたのです。これまたまさかのまさか。

人は見えないところで、つながり往来し合っているのです。

今回、コメントをくれたSさんは謎多き人です。
世界を舞台に活動していたのに、今はおそらく生まれ故郷に戻って、農のある暮らしをしているはずです。
在世中に、もう一度くらいは会えるでしょう。

ちょっと元気が出てきました。

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■農作業もどき日記2026(20):さてどうするか

一昨日、畑に行きました。暑さのため作業は娘から禁止されています。
案の定、畑は野草に覆われていて、野菜たちは息も絶え絶えでした。
せめて水やりだけは着ておけばよかったです。
正直、その状況を見て、気が萎えてしまいました。
やはり今年も収穫まで続けませんでした。
いつもは元気をもらえる畑から気を抜かれた感じです。

そのため、昨日は畑に行く気が起きませんでした。
でも気を取り直して今朝、水やりに来ました。
まあ野菜たちは悲惨な状況です。
申し訳ないことをしています。

野草はさらに元気になって、朝鮮朝顔も花を咲き出しています。
ミョウガ畑は、野草に覆われてミョウガが見えないほどです。
ついにミョウガは収穫できずに終わりそうです。

さてどうするか。
野菜を優先すべきか、私自身を優先すべきか。
以前は利害が一致していたのですが、今や利害が相反しています。
もう少し考えてみようと思います。

野草はだめでしたが、昆虫はたくさんいました。
2.3匹、捕獲して、家にいるキリギリスに供しようかなどと一瞬思いましたが、やめました。
キリギリスには花かつおをやりましょう。
朝も夜も、鳴き声を聞かせてくれています。

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2026/07/15

■節子への挽歌6820:高月メロン

節子
高月からメロンが届きました。
最近は高月とも交流が途絶えがちですが、節子の好きなメロンはいまも毎年届きます。暑さのせいか、どんどん時期が早まっているようです。
以前は、家族みんなで帰省した時に、収穫時期だったような気もしますが、記憶違いでしょうか。

問題は、せっかくのメロンも私は食べられないことです。
カリウムが多いので腎臓によくないのです。
メロンに限ったことではありません。ともかく果物はカリウムを多く含むため、ほとんどの果物がよくないのです。元リン待った悪食べられ名合分けではありません。しかしメロンであれば、薄い一切れなどとネットには書いています。
私の感覚では、薄い一切れはメロンではないのです。

腎臓を守るか、好きな果物を食べるか。
難しい問題ですが、まあその時の気分に任せています。
しかし大まかに言えば、果物を食べる量は圧倒的に減ってしまいました。
寂しい限りです。
山形からのサクランボもほとんど食べませんでしたし、バナナは最近は完全にやめました。
果物だけでなく、キュウリやレタスもあまりよくない。
最近の朝食がすっかり貧しくなってしまいました。
和食にしたい気分です。

巣言えば、畑に育てていたスイカ赤メロンかと期待していたのは、みんなキュウリでした。
そんなはずはないのですが、不思議です。
どこで入れ替わったのでしょうか。

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■湯島サロン「日本の個性と可能性~日本社会を変えるために「日本」について理解しよう」のご案内

新しいサロンがはじまります。
主催は増山博康さん(見沼菜園クラブ代表)。
テーマは、「日本社会を変えるために「日本」について理解しよう」です。
いささか大仰な気がしますが、まあ、増山さんの主催ですから、やってもらうことにしました。連続開催を予定しています。

第1回目は、増山さんの意図も含めて、「日本の個性と可能性」を少し語ってもらい、みんなで話し合います。サロンですので、講義型ではありません。増山さんのことですから、注意しないと独演会になりかねないので、みんなで防禦しましょう。
ともかく「日本」について理解を深める」サロンです。

増山さんのサロン開催の意図を案内の後ろに載せていますので、お読みください。
増山さんがそこで書いているように、「自分(の国、社会)を見つめなおす」ことで自分を変えていこうというのが増山さんの意図です。ぜひとも、増山さんも変えたいと思います。

どういう展開になるかわかりませんが、生きやすい社会づくりに関心のある方はぜひご参加ください。

〇日時:2026年8月9日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「日本の個性と可能性~日本社会を変えるために「日本」について理解しよう」
〇話題提供者:増山博康さん(見沼菜園クラブ代表)
https://saienclub.com/saienkyoshitsu/
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

〔増山さんからのメッセージ〕
約40年以上前、当時、学生だった僕は地域の障害者運動に関わり始めました。街頭闘争みたいな活動にどうも違和感があり、高校時代に、先輩に手伝わされた「在宅障害者の集い」のことを思い出して、当時の関係者を訪ねていって、脳性まひの人の介助に泊まり込みで入ることになり、その周辺の障害者運動に関わりだしたわけです。
ほぼ同時期に、僕の大学で点字受験を拒否すると言う出来事がありました。卒業式で聴覚障害学生が手話通訳を求めたのも却下されました。左翼の方面からは、抗議闘争をやろうと言う意見があったのですが、僕は、そんな事をしても、当局ははねつけるだけで、通り一遍の抗議声明を出して終わりになるだけだから、意味がないと断りました。
どういうわけか、僕が始めた地域の障害者介助をやりたいと言う女子学生が多く、彼女たちが、障害者の受験問題について、全教授周りをやると言い出しました。
結局、当時、既に点字受験や手話通訳などを認めていた大学の障害者学生を呼び、どういう風にやっているのか、ヒアリングをした上で資料を作成し、その全教授周りをやりました。
詳しい経緯は略しますが、この動きは、他大学にも波及し、今年は早稲田、翌年は上智と言うように、各大学で点字受験などが認められていきました。
と言うわけで、僕はけっこう歴史を変えちゃった人物のようです。
しかしながら、地域の障害者運動は徐々に行き詰まりだしました。なぜなんだろうと考えているうちに、僕は「日本書紀」を読み出しました。天皇制賛成とか、反対とか、そういうのは置いておいて、日本社会の体質と言うか、「個性」みたいなものを理解してみたいと思ったからです。
以来、40年以上、障害者運動、環境問題、農業、今は教育関係のことにも関わっていますが、僕の中では、この日本社会の「個性」と言うものをどうとらえるか? が社会を変えていく大きなカギになるんじゃないかと言う問題意識があるわけです。
と言うわけで、連続企画では、「日本」と言う国号がなぜ定められたのかとか、日本の宗教とは?みたいなけっこう大きなテーマを取り扱うとともに、そもそも、社会を変えるとはどういう事か?と言う「イメージ」の問題、僕らがやっていた障害者運動は、なぜ、大学への門戸開放に成功したのか?、なぜ、地域では行き詰まったのか? と言った社会運動論に関すること、うれしいです。それと、例えば、日本のアニメとかはけっこう海外でも人気だけど、大河ドラマみたいなのは、海外で通用するのか?みたいなくだけた話題など、をざっくばらんに取り上げていきたいと思っています。

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2026/07/14

■節子への挽歌6819:気になっていた人からメールが届きました

節子
昨日、「気になる人がいる」と書きましたが、昨夜遅く、メールがありました。
むしろ私の健康を心配して、水を飲みすぎるのも危険だと言ってきてくれました。
いささか心配しすぎたようです。

しかし今年の暑さはますます危険な状況になってきています。
私はエアコン嫌いですが、ユカがともかく入れろと昨日からリビングのエアコンを使い始めました。
畑行きも禁止に近いです。
まあそのために、畑はもう完全に野草の世界に戻ってしまい、畑作業を続ける気持ちはすっかり萎えてしまっています。
今日も、夕方畑に顔を出しましたが、以前なら元気をもらえたのに、今日は元気を吸い取られる気分でした。
今年も収穫に至りませんでした。

節子には呆れられそうです。

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2026/07/13

■節子への挽歌6818:気になる人が増えてしまいました

節子
気になる人がいます。
この2週間、連絡がありません。
連絡があってもいい人なのですが。
たぶん、と思う得る理由があります。
でも確認する勇気が出ません。いや、確認すべきではないかもしれません。

こういうことが増えてきています。
しかし気になりながらも放置していたら、突然私のFBに「いいね」を押してくれた人もいます。
ホッとしました。ともかく気になっていましたから。

こういう気になる人を毎朝、大日如来に向かって思い出して祈っています。
そういう人が増えてきて、自分のことを祈る時間がありません。
気になる人が多すぎる。

私を気にしている人もいるかもしれません。
そういう人には心配をかけないように、ともかくできるだけ私は発信しています。
と言っても、発信できるのはFBとブログだけです。
以前はホームページで克明に生活状況を発信していましたが、今はホームページは止まっています。

気になる人が多いことは、良いことなのか悪いことなのか。
気にすることが、良いことなのか悪いことなのか。
どうもまだもしかしたら、私も現世に未練があるのかもしれません。

 

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■第11回ブックカフェサロン報告(2026年7月12日開催)

新装開店に期待したブックカフェサロンですが、やはり参加者は私も入れて4人。
読書する人はやはり減ってしまったようです。
参加者の一人が教えてくれましたが、今の日本では6割の人がこの1年、本を読んだことがないという調査結果もあるそうです。
書籍がみんなをつなぐ存在ではなくなりつつあるのでしょうか。

今回のテーマは、「新しい本との出会い」。
カフェサロン開店前にいろんなジャンルの本を20冊ほど、テーブルに並べてみました。もしかしたらあの人は今日来るかなとイメージしながら選書したのですが、残念ながら待ち人は誰も来ませんでした。
しかし、私には「人と書籍」はつながっています。
202607

集まった人はみんな大の書籍好き。
サロンはまず雑談から入りました。それも面白かったのですが、みんな本を語りだすと切りがなそうで、余計なテーマをつけなくても、ただ「本を語る」サロンでいいことに気づきました。本好きの人には小賢しい工夫は不要なのです。

それはともかく、今回は各人好きな本を持ってくることになっていたので、まずはそれぞれから紹介し合うことにしました。

最初の人のお薦めは『バガヴァッド・ギーター』。
『神の詩~バガヴァッド・ギーター』(TAOラボブックス)
『精解 神の詩~バガヴァッド・ギーター』(きれい・ねっと)
バガヴァッド・ギーターは、以前一度、サロンもやったことがありますが、ヒンドゥー教の聖典のひとつで、「迷える人に、どう生きるべきかを示す神と人の対話の書」とも言われています。今回の推薦者は、いろいろと読んで、バガヴァッド・ギーターはこの著者のものがいいと言います。

次の人のお薦めは、まずは辻邦夫の『西行花伝』(新潮社)。作品もいいけれど、ともかく辻邦夫が好きだという。
くわえて全く分野が違いますが、漫画『いしぶみ』(ポプラ社)。『いしぶみ』は原爆で全滅したある中学校の1年生たちの記録で40年以上読み継がれているロングセラーですが、今回の紹介はその漫画版です。サメマチオさんが漫画化したもので、今年の日本漫画家協会賞大賞を得ています。
さらにその人はもう1冊、『ユ-ラシアの風 新羅へ』を紹介。これは2009年に開催された古代オリエント博物館での「ユ-ラシアの風 新羅へ」展の時に出版された本のようですが、ともかく写真が美しい。新羅の文化が、生き生きと伝わってくるのです。

3人目のお薦めは『模倣の時代』(仮説社)。上下巻で1000ページほどの大著です。著者は、湯島でも昨年連続開催した「仮説実験授業」の提唱者板倉聖宣さんです。私も昨年『模倣の時代』に挑戦しましたが、挫折してしまいました。でもまずは『脚気の歴史』(仮説社)を読むといいと薦められました。

私は今回「この1冊」ではなく、むしろできるだけ幅広い分野ということで用意して20冊以上の本を並べておきました。3人の話を聞いていて、私も1冊を持ってくればよかったと思いましたが、まあ準備しておいた手前、20冊ほどをすらっと紹介。
やはりすらっと紹介だと何も残りません。

たとえば辻邦夫の名前が出てくれば、『背教者ユリアヌス』や『安土往還記』が話題に出てきます。私も若い頃読んだ『眞晝の海への旅』を思い出してしまいました。
あるいは、『バガヴァッド・ギーター』。同じ古典でも、紹介者が違うと印象が全く違ってくる。どの人の紹介する『バガヴァッド・ギーター』に出合うかで、印象は違ってしまう。そんな話も面白そうです。
『模倣の時代』をお薦めした人は、その内容を紹介してくれました。惚れ込んだ本はいくらでも紹介できそうです。
しかし私のように、幅広く紹介してしまうと話し合いにはなりにくい。今回、光瀬龍の「星間文明史」シリーズを入れておきましたが、これに絞ったらいろいろと話せそうです。

というわけで、これからのブックカフェサロンの姿がようやく見えてきた気がします。ともかく好きな本を語ってもらえばいい。参加者を増やす必要はないのです。
次回は、好きな本を語る、をテーマに開催します。
ぜひ語りたいという方がいたら、ご連絡ください。その人の都合に合わせて日程を設定しますので。

ちなみに、少しずつですが、CWSライブラリーの利用者も出てきました。
うれしいことです。蔵書も増えてきています。
書籍は廃棄せずに、できるだけ残していきましょう。

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2026/07/12

■また「天皇制」が政治の道具になりそうです

私は、日本という国の大きな資産は「象徴としての天皇の歴史」だと思っています。
長い歴史に裏付けられた「天皇」の存在は、その時々の人たちの意向を超えた、社会の核とした「人知を超えた存在」だと思っています。いかに科学技術が発展しても、作り出せる資産ではありません。

第二次世界大戦後、憲法でも「象徴天皇」という言葉が使われるようになっていますが、本来、天皇は時間を超え、空間を超えた、象徴として、まさに日本という国の存続を可能にしてきたのだと考えています。

しかし、どうもその「天皇」がまた世俗的な政治の道具にされそうな気がしてなりません。
養子だとか男系継承だとか、小賢しい人為が議論されていますが、象徴天皇は人智を超え、人為を超えていればこその象徴です。無理やり存続させる必要など全くなく、自然に任せても存続していくのが「象徴」です。
なぜもっと「自然のまま」に扱えないのか。
そう思います。

国旗への敬意も同じです。
小賢しい愛国心強要と同じく、なぜせっかく存在している「人智を超えた象徴」の価値を貶めるような法律をつくろうとするのか。

いまの政治家たちが見ている世界は、どんな世界なのでしょうか。

もう一つ気になるのは、最近の政権の動きに批判的な自民党幹部も少なくないようですが、彼らはなぜもっと動かないのか。
彼らが自民党の枠を超えて動き出せば、そして国民とも連携すれば、政治は変わるはずです。
石破さんや村上さん、やれることはたくさんあるでしょう。
党内でぼやいているだけでいいのですか。

https://www.youtube.com/watch?v=agQYPCG5rSE

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■節子への挽歌6817:今年もキリギリスがやってきます

節子
セミの声につづいて、今日はキリギリス。

昨夜、吉田さんからメールが来ました。

今日八王子でキリギリス捕まえて来ました。
オス2匹ですが今日は鳴いていません。
月曜日か火曜日お届けに伺いたいと思いますが、いかがでしょうか。

吉田さんは、昨年は何回もキリギリスを届けてくれました。
私がキリギリス好きなのを知って、お孫さんと虫取りに行く機会を利用して、わたしようにわざわざ捕まえてきてくれるのです。

吉田さんとは最近のお付き合いなのですが、私のちょっとだけの言葉にとても感謝してくれたのです。
私と同世代の「昭和のひと」です。
ですからどこということなく、お互いに通じ合うところがあるのです。

それにしても義理堅い。
でもまあ、吉田さんも、私へのキリギリスを理由にお孫さんとの虫取りができるのを楽しんでいるようです。
お孫さんはと手御かわいい男の子で、どうも蝶々のほうが好きのようです。
孫と昆虫採集、実にうらやましい。
にこは私には付き合ってくれません。それに昆虫採集にはあまり興味がないようです。

さて今年の夏も、キリギリスの鳴き声が聞けそうです。

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■湯島サロン「今日の社会状況の疑問点をまず語りあいますか?」のご案内

最近の社会は少しおかしくなっているのではないかと感じている方は少なくないでしょう。そんなことを自由に話し合うサロンです。

企画者は、鴨下カズアキさん。
鴨下さんは、基本的には物事を肯定的に捉えたり、また逆説的に考えたりしてみたい人ですが、最近は、物事は思い通りにはいかないものだ、と考えているようです。

たとえば、昨今の立法府のプロセスをみると、主権者たる国民の意見や考えはどのような形で反映されたと言えるのか気になりますし、デモする国民はいても、それ以上先には進まない。そして国民の付託を受けた人々だけではなくて、国民の人任せにする風潮が堆積して今日がきているように鴨下さんは感じています。

そこでまずは、今日の社会状況の疑問点をまず語りあいますか、と呼びかけてきました。常識にとらわれることなく、逆説的な視点で考えてみるとどうなるか、話し合う。きっとそこから何かが見えてくる。

鴨下さんにつき合って、少し話し合ってみませんか。鴨下さんは、肯定的とはいえ、ちょっと斜に構えている人ですので、ちょっとややこしい話になるかもしれませんが、斜に構えないと見えてこないものもある。

暑い夏の一日、よかったらお付き合いください。

〇日時:2026年7月31日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「今日の社会状況の疑問点をまず語りあいますか?」
〇話題提供者:鴨下カズアキさん(物事を肯定的に捉えようとしたい人)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2026/07/11

■7月オープンサロン報告(2026年7月10日開催)

7月の定例オープンサロンは10人を超す大賑わいでした。
参加者も多かったのですが、話題も多く、さらにそこから実際の動きにつながりそうな話も多く、心身ともにちょっと疲れている私にはついていくのが大変でした。

オープンサロンは、出入り自由ですので、三三五五の参加です。
最初は4人だったのですが、だんだん増えてきました。そこで来た順番に簡単な自己紹介をしてもらい、終わったら何かテーマを選んでと思っていましたが、次から次へと新たな人が来るので、自己紹介が終わりません。
そのうち、ちょっと寄りましたという若者がきたりして、全く落ち着かない。しかし、彼はなんとCWSライブラリーから借りた本を返却に来たのです。しかも岐阜県から。まさか会えるとは思っていませんでしたが、次の用事があると10分ほどで出て行ってしまいました。でもこれは、私の理想形です。
たまたま東京に出てきて、時間が空いた時にちょっと顔を出すと誰かがいる。そんな空間をまたつくりたかったのです。最近はあきらめていましたが、やり方を変えればできるかもしれないと、ふと思ってしまいました。
オープンサロンが、コモンズサロンになればうれしいです。

そのうちに、ドアを開けて覗いたのに帰ろうとした参加者がいました。
参加者が多くにぎやかなので、いささか入りにくくなったようです。帰りそうだったのをなんとか思いとどまらせて、参加してもらいました。その人はいま医療事故の問題にかかわっていて、そのことでだれか関心を持っている人はいないかなと思って来たそうです。実際には医療カルテを読んでくれる医師を探しているそうです。オープンサロンにぴったりの話です。それでその問いかけもしてもらいました。
そこからひとわたり医療事故の話題でにぎわいました。
できれば、このテーマでサロンをやれればと思います。どなたかやってもいいという方がいたらご連絡ください。

20260710

湯島のサロンは話し合いの場ですが、話し合うだけではなく、そこから何か新しい物語やプロジェクトが立ち上がっていくことを目指しています。あるいは、なにか取り組みたいことのある人が、みんなに呼びかけて動き出すきっかけを得られる場にしたいと思っています。
そんなサロンにかける私の思いも少し話させてもらいました。
今回の話の中からいくつかのサロンが開催されそうで、うれしいです。

話題としては、ほかにもひきこもり兄弟姉妹問題や外国人排斥問題などで盛り上がりました。立ち寄った若者が整体をやっていることもあって、整体施術の縦巻き横巻き理論の話もありました。ほかにもまだいろいろとあったでしょう。そういえば、どういう流れの中だったか思い出せませんが、私が古代日本の中心は東日本だったという説を紹介させてもらいました。

というように、ともかくにぎやかなサロンでした。
やはりみんな、話を聞くより話すのが好きなようです。
オープンサロンは増やす方向で考えます。誰か「定例第2オープンサロン」を主催してくれませんか。時には私も参加しますので。

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■節子への挽歌6816:セミの声

節子
朝、遠くにセミの声が聞こえました。
セミの季節です。
畑で感じている今年の夏は、ちょっと生きものが少ない感じなのですが、セミの声を聴くと夏を感じます。

今日は前々からやらなければいけない宿題のタイムリミットだったのですが、やはりまた「先延ばし」してしまいました。
節子も知っているように、「やるべきことから手がける」節子と違い、「やりたいことから手がける」私の性格はなかなか直りません。
それでどれだけ大変なことを背負ってしまったか。しかし直りません。困ったものです。

梅雨もそろそろあけそうです。
畑作業を続けるかどうか、迷いますが、つづけないわけにはいきません。
今年はどんな夏になるでしょうか。

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■7月の茶色の朝サロンのご案内

7月の「茶色の朝」サロンは25日(土曜日)に開催です。

フランスの寓話『茶色の朝』(フランク・パヴロフ)にあるように、社会が少しずつ、気づかぬうちに全体主義へ傾斜していくような気配を感じることがますます強まっています。いや、その気配さえも、最近はまあしかたないかと気にしなくなってきている自分にも、時々気づきます。
みなさんはいかがでしょうか。

今月も、気になることを話し合いながら、何かできることをさがす、「茶色の朝」サロンを開催します。

「茶色の朝」サロンはちょっと気になる政治話題(生活話題)を話し合おうというサロンです。難しい政策論議ではなく、ちょっと気になることを話題にします。
私たちの周りで起こっていることのほとんどは、「政治」にかかっていますから。

「茶色の朝」サロンについては次をご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html
CWSライブラリーにも『茶色の朝』は蔵書されていますので、ご利用ください。

政治に関する考え方は、いろいろあると思いますが、茶色の朝サロンは多様な考えを重視しますので、自民党びいきも共産党びいきも、自称無党派層も、無関心の人も、歓迎です。違った発想も尊重しながら、話し合えればと思います。特定の政党を忌避することは、まさに茶色の世界への入り口ですから。

テーマは参加者次第で決まっていきます。
議論したいテーマがあればぜひ問題提起してください。

〇日時:2026年7月25日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■国民のデモから市民のデモへ

国会前のデモが続いています。いや、国会前だけではなく、各地でデモが広がり続いています。
マスコミ報道は相変わらずあまり報道しませんが、しかし、少しずつ報道も増えています。今朝の朝日新聞は社会面に出ていました。どうして社会面なのか不思議ですが。

デモは広がっても、政治はなかなか変わりません。
なぜなのか。
その理由は明確です。日本では政治と生活の距離が遠すぎるのです。デモに実際に参加して、シュプレヒコールなどを聴いていて、それを実感します。もっとも私は、安保法制でも以来、国会前にはいっていませんので、最近は変わってきているかもしれません。でも、デモが目的化しているような気がしてなりません。

それはともかく、日本での市民デモの取り組みにどこか問題があるのです。
つまりデモさえもが、すでに体制に取り組まれているのではないか。
市民運動としての主体性の問題かもしれません。

スペインでは2011年に広がった市民デモが、15M運動へと名前がつくほどのまとまりになり、そこから市民政党ポデモスが生まれました。そして当時の二大政党による国政を大きく変えました。
ちなみに、党名のポデモスの意味は「私たちはできる」です。オバマ大統領が使った“I can”です。党名そのものが「市民が力を持ち、変革を起こせる」という政治的メッセージになっているのです。
せめて山本太郎さんが、行動を起こした時に、党名にもう少し気を使っていたら、日本の政治はもしかしたら変わっていたかもしれません。山本さんの言動に深く共感していた私でさえも、「れいわ新選組」と聞いたとき、気が殺がれてしまいました。

デモを材料に、あたらいい政治のグランドデザインをつくれないものか。
そうしたシンボリックスターはいないものか。
デモは、思いを発する場ではなく、思いをつなぐ育てる場にしていかないと政治は変わらないような気がします。

今回は、自分では汗をかかずに、思いだけを書いてしまいました。
お許しください。

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■あと3年半の健康づくり活動報告4:日頃心がけていること

もう1回だけ書きます。日頃心がけている健康対策です。
あまりに内容がないので笑われそうですが、これからもう少ししっかりと取り組んでいくつもりですので、まあ現状を書いておきます。

まずは目標値が低すぎるのですが、1日、4000歩歩くことを目指しています。
でもただの散歩が苦手なので、4000歩でさえ いまは達成率50%です
今月中には達成率80%を目指し、穂数も少し高めようと思います。

いま気をつけているのは、カリウムの高いものを食べないということです。これは私以上に周りの人が気をつけてくれています。
昨日もサロンでしたが、サロンによく参加する野瀬さんはともかく気にしていてくれて、私がサロンの時にそこにある駄菓子を食べようとすると、「それはだめです」と禁止するのです。もちろん禁止するだけではありません。私が食べてもいいものを、いつも持ってきてくれるのです。昨日も私特別の和菓子「わらび餅」をわざわざ買ってきてくれました。そこまでやられると、私も気をつけざるを得ません。食生活はかなり変わりました。いや変わろうといています。

と、ここまで書いてきてわかったのですが、考えてみると、私は健康対策なるものをほとんど何もしていないようです。
これ以上なにも書くことがない。もう少し真面目に考えていると思っていたのですが。

それに健康対策というのは実に難しい。
例えば、私は脳神経外科医からは、1日2リットルくらいの水を飲むことを勧められていました。がんばって飲めるようになりました。
ところが腎臓障害の場合、水の飲みすぎは腎臓の負担になると言われました。ネットで調べると、体内に水が排泄できずに溜まることで、心不全・高血圧・むくみ・肺水腫などの重大な合併症を引き起こすため危険、と書いてあります。
さて、水は飲むべきか、飲まざるべきか。

プロテインやたんぱく質は要注意と腎臓医に言われましたが、昨日、会った人からは、体力をつけるためにアミノ酸のサプリを飲んだ方がいいと言われました。念のためネットで調べたら、アミノ酸サプリも腎臓にとっては窒素負荷が増える点で同じ方向の負担になるとありました。さてさて。

ある人は、ともかく自分が食べたいものを食べ飲みたいものを飲むのがいい。自分の身体を信ずるべきだと言います。
つまり、最善の健康対策は、自分の身体を信ずることだという。私も、かなり身体の自分を信じてはいますが、これまで裏切られたことはたくさんあります。
私は、体の私と頭の私と心の私を、それぞれ信頼はしていますが、その調整に苦労することもあります。
それに心の私は、正直、身体の健康などにはあまり興味がないような気もします。

なんだか書いていて、頭が混乱してきました。
要するに、あまり健康には心がけていなかったということです。
困ったものです。

というわけで、とりあえず、「あと3年半の健康づくり活動」に取り組み出します。
また時々経過報告します。

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2026/07/10

■節子への挽歌6815:宇和ジューシー

節子
渕野さんから愛媛の特産品の宇和ジューシーがどっさり届きました。
最近、食べられる果物が少ないため、果物不足になっていたので、うれしい限りです。

早速、節子に供えた後、一ついただきました。
さっぱりしておいしい。しかし大きいので、一つ食べたらお腹がいっぱいです。
1日、半分にした方がよさそうです。
でもまあしばらくは果実に恵まれそうです。

渕野夫妻は、節子のお見舞いにも何回か来てくれました。
ゆっくりと付き合う機会はありませんでしたが、節子の記憶にはしっかりと残っているでしょう。

私にとっても、渕野さんは心をすべて開けるような友人です。
節子が元気だったら、もっともっとつき合えただろうなとちょっと残念です。

節子も宇和ジューシー、味わいましたか。
そういえば、節子は四国に行ったことがなく、一度、行きたいと言っていましたが、とうとう行けませんでした。
今朝は、それを懺悔しました。

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■あと3年半の健康づくり活動報告3:健康のための朝のルーティン

最初なので続けての投稿です。

いま現在のルーティンを書いておきます。
基本的に早寝早起きで、就寝は9時で起床は5時が基本。実際には前後1時間ほどの幅があります。さらに、眠い時には寝坊もします。ともかく無理はしません。
朝起きて最初にやるのが、仏壇にいる妻の位牌とわが家の大日如来に挨拶。大日さんには、毎朝、懺悔ひとつと世界中のみんなが幸せになるようにという願いと今ちょっと生きることに苦戦している友人知人を数人思い出して、祈ります。

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つづいて重曹水をコップ一杯飲んで入浴。これは前立腺がん発見以来のルーティンです。
水素風呂に20分ほど浸かり、その間、歯磨きと足の裏を揉むのと足腰の軽い水中ストレッチ運動を行います。最後は足の指のグーパー運動。
いま私が一番効用を感じているのは、この水素風呂です。

お風呂をあがって、軽い朝食。以前はジュースやプロテインを飲んでいましたが、腎臓の関係でいまはやめています。
それで実に質素な朝食で、ザクロ酢を希釈した水1杯と好物のボロニアソーセージ3枚。以前は一緒にレタスをふんだんに食べていましたが、これも腎臓で禁止になりました。
主食は焦げ焦げの薄いトーストをマーガリンとジャムをぬって食べています。果物が好きなので、果物を食べたいのですが、カリウムの多い果物はだめ。ブルーベリーとリンゴくらいしか食べられません。でもまあ、時々、好きなものは食べています。
でも以前に比べると物足りません。
そこで数日前から、卵を食べることにしました。ボロニアソーセージを入れこんだ卵焼きかオムレツ化、あるいは簡単なゆで卵。まだ定型化していません。
珈琲はマグカップに溢れるほど入れて飲んでいます。ブラックではなく、牛乳と砂糖も入れます。砂糖は三温糖ですが。

腎臓にも優しい食事で、もう少し豊かにしたいと思っていますが、今はこんな貧相な朝食です。手間暇がかからないもので、お薦めのメニューがあれば教えてください。
私は早起きなので、朝食は自分でつくらなければいけませんので、面倒なのはできません。

食後、少ししてから足を投げ出して座り、娘に背中を押してもらい、上体の屈伸を10回。ぴんと伸ばした足に頭が着くのが目標ですが、まだまだです。これは最近始めたのですが、足のしびれ対策に効果ありの気がします。
また、最近復活したのが、足三里へのお灸です。まあ、お手軽なせんねん灸ですが、柿内さんからのお勧めです。

出かけない日は、この後、1時間後に畑に行って植物や土壌に触れあいます。最近は梅雨のためほとんど行っていませんが、少しずつ復活です。
これは別途時々報告している「農作業もどき日記」に詳しく書いています。

以上が朝(午前中)のルーティンです。
まあ時々手抜きになっていることはありますが、それは私の性格上、仕方ありません。

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2026/07/09

■CWSライブラリーに4冊加わりました

会社時代の先輩谷口文朗さんの訃報を教えてくれた同僚だった古舘さんが、谷口さんが晩年に出版した書籍4冊を送ってきてくれました。
谷口さんは、私より5歳年上。
私が企画部に転籍になった時の、いわば指導員。
エコノミストとしての専門職的な仕事に取り組んでいましたが、私は最後の5,6年はCIプロジェクトに専念し、谷口さんとの仕事のつながりは切れました。谷口さんは1年ほど、アメリカのハドソン研究所に出向し、ハーマン・カーンと交流があったはずです。残念ながら、アメリカで谷口さんが何を学んできたのか聞く機会はありませんでした。
私が会社を辞める時にも、あまり話をした記憶がありません。

退所後、一度だけ、谷口さんは湯島に来ましたが、その時はすでに会社を辞めて大学に転籍していました。
谷口さんの訃報を知ったのも古舘さんが教えてくれたのですが、彼女は生前、谷口さんからもらった谷口さんの著書を私に転送してきたのです。
いずれも、谷口さんが85歳になってから書き出したもので、谷口さんは、晩年、地域問題と国政に関心を持ったようです。

85歳と言えば、今の私と同年齢です。
1冊目の書籍のタイトルは「齢85歳の新憲法世代トップランナーによる『触媒国家史観』と『触媒国家憲法』の提唱」です。
しかも著者名は、“INNEREMORELAND Fumio TANIGUCHI”とあります。“INNEREMORELAND”というのは1970年前後にアメリカ陸軍参謀長を務めたウィリアム・ウェストモーランドをもじっているのだろうと思います。会社時代、谷口さんとウェストモーランドについて話し合った記憶があります。「西へ西へと世界を広げていった男」というような話でした。
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4冊の谷口さんの著書は、CWSライブラリーに蔵書します。
関心のある人は、ぜひ読んでみてください。

 

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■あと3年半の健康づくり活動報告2:現状

まずは現在の身心状況です。

身長169センチ、体重66キロ、平熱36.3℃。
高血圧で長年、降圧剤を飲んでいますが、現在の血圧は測定器によって大きく変動。かかりつけの昔ながらの手押しの血圧計では160/90前後ですが、病院に置いてある血圧計で測定すると時に200/110などというとんでもない数値が出ます。

定期検診を受けているのは、血圧のほかは、脳神経外科、前立せんがん、腎臓障害。いずれも3カ月ごとに検診を受けています。
脳神経外科は、脳内の血管が2本切れかかっているそうですが、もう10年近く安定。血液サラサラの薬を服薬。担当医は相性も良く、一番の信頼を置いていて、他のことも相談しています。
前立腺がんは発見から4年目。2年ほど前に陽子線治療で一応、落ち着いていますが、昨年まで2年間、ホルモン療法も続けていたため、身体的な変化あり。また陽子線治療で直腸を傷つけ、昨年後半から時々鮮血を下血。大腸のカメラ検査では腫瘍などは発見されずいまは放置。最近は下血もあまりなく安定。
問題は腎臓で、昨年末から腎臓医に定期的に検査に通っていますが、ステージ4のかなりの危険水域。現在は特に治療はなく、3カ月ごとに経過観察。

以上が通院の疾患ですが、他に問題は3つ。
まず足のしびれと腰痛。これが昨年から生じ、次第に悪化。いまは時には歩きにくくなるほど。腰痛対策では、最近、かかりつけ医に頼んでロキソニンテープをもらい、隔日使用。
2つ目は夜の頻尿。多い時には1時間おき。そのため、この2~3年、熟睡感を味わっていません。
3つ目は最近ですが歯茎が炎症を起こし、この2か月痛みを体験。歯科医の治療で治ったのですが、なんとなく歯茎全体が壊れだしているような気がします。一時的な炎症というよりも、歯茎全体の劣化のような気がします。ちなみに歯はまだ21本が健在。
さらに、4つ目を加えれば、視力や張力に問題あり。白内障手術を勧められていますが、今は放置。気になるのは日頃の視力ではなく、時々、30分ほど右目の視野がおかしくなること。軽いめまいのような状況が続き、焦点が定まらない。30分ほど、寝ていると安定。脳神経障害から来ているのかもしれません。聴力は、この3カ月で急速に悪化。テレビが聞きにくくなっています。

身体的にはそんなところです。
メンタルはいまのところ、大きな問題はありませんが、根気がなくなり、読書力が落ち、これまで以上に怠惰になってきています。いろいろと問題は抱えていますが、最近は、どうも「先延ばし」に逃げることが増えています。困ったものですが。
好奇心はあまり落ちていませんが、行動力は極度に落ちていて、かなりの出不精になっています。

さてこうした状況が、どう変わっていくか。

次はいま取り組みだしている活動を報告します。

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2026/07/08

■湯島サロン「台湾で見たAI産業革命/ AIエージェントが変える働き方」報告(2026年7月4日開催)

毎年、湯島のサロンでAI最前線の話をしてくれている菅野弘達さんが、6月に台湾で開催されていた‟COMPUTEX TAIPEI 2026”に行ってきました。併せてアジアのシリコンバレーと呼ばれつつある「新竹科学工業園区(サイエンスパーク)」なども訪問してきたので、その報告をお願いしました。
https://www.edgecortix.com/ja/computex-taipei-2026

菅野さんはそこで見てきたAI産業革命の最前線の話に加えて、ものすごい勢いで変化しているAIエージェントの動きも紹介。その話を聞いて、変わっていく社会のなかで私たちはどうしたらいいのか、をみんなで話し合いました。

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まずはCOMPUTEX TAIPEI 2026の視察報告。
COMPUTEXは、台湾で毎年開催されるアジア最大級のIT・テクノロジー見本市で、PC・半導体・AIの最新動向が一挙に集まる国際イベントです。
なぜ台湾でのイベントに世界中から集まるかと言えば、台湾はいまや世界的なIT・半導体の先進拠点になっているからです。そのため、COMPUTEXは「その年のITトレンドが決まる場所」とも言われているそうです。
ちなみに、こうしたことの背景には、台湾の国家レベルのAI戦略があることは言うまでもありません。政治と経済がうまく支えあっているのです。これは先日、吉田太郎さんに報告してもらった台湾の有機農政事情にも通じています。

今回のCOMPUTEX TAIPEI 2026のテーマは ‟AI Together”。AIは私たちの日常生活の中に入り込んできており、誰もそこからは抜けられないところまで来ているようです。
会場の展示から、菅野さんもそれを実感してきたようです。

COMPUTEXには今年も世界中から1215社が出展、来場者も世界中から11万人以上が来場。しかし、菅野さんによれば、日本の大企業の出店は見られず、日本がこの分野から大きく遅れていることを感じたそうです。
中国企業は台湾に次いで多く出展していましたが、残念ながらロボットに関する展示は少なかったようです。AIに並んで、最近のロボット技術の進歩は驚くほどの勢いですが、AIがロボット技術と組み合わされば、もう人間など不要になるでしょう。AIにとっては、ロボットのほうが親和性があるはずですから。
言い換えれば、人間の役割が変わってくる。「人間とは何か」を改めて考えなければいけない時代に入ったようです。

つづいて菅野さんは、NVIDIA(アメリカ企業)やTSMC(台湾企業)などを中心とした巨大サプライチェーンのAI産業ピラミッドができあがってきているという話をしてくれました。その中心が、アジアのシリコンバレーと言われる「新竹サイエンスパーク」なのです。
新竹は広大なアメリカのシリコンバレーとちがって、「1時間圏内」のエコシステムと言われるように、材料、装置、サプライヤー、そして優秀なエンジニアーが「1時間以内」に集まれる、世界で最も濃密な半導体集積地になっています。こうした地理的な集積が、トラブル時の即時対応や超高速での技術革新を可能にしているようです。
TSMCは地政学的なリスク分散の一環として、日本の熊本県にも子会社を建設しているようですが、こうしたAI産業ピラミッドに日本が乗り遅れているのは事実のようです。

なぜ乗り遅れたのか。菅野さんは、その解説もしてくれましたが、それを挽回すべくいろいろな動きがあることも紹介してくれました。それが意外な企業(たとえば味の素やTOTOなど)の意外なアプローチでした。内容は省略しますが、要はまだ挽回の機会はあるということです。

つづいて菅野さんは、こうした予想以上の急速なAIの進化で、組織のあり方や働き方も大きく変わっていくだろうという話をしました。
既に大企業での人員削減が進められていますし、「AIソロプレナー」という言葉も出てきています。AIソロプレナーとは、生成AI・自動化ツールを武器に 「一人で企業レベルの事業運営」を行う起業家のことで、要するに「全社員AIエージェントの会社」と言ってもいいでしょう。実際に、今年5月、LINEヤフー会長を退任した川辺健太郎さんが、AIエージェントだけを雇用する「AIソロプレナー」会社を創業するとは発表したそうです。

これは極端な事例ですが、いずれにしろ会社の形は大きく変わっていくでしょう。菅野さんは、これに関してもいくつかの視点で変わっていく会社組織のあり方を解説してくれましたが、その一つに「〈雇用〉から〈プロジェクト単位〉への移行」という指摘がありました。そろそろ「雇用労働」の時代は終わっていくようです。

なお、菅野さんは、日本企業にも独自の強みを活かす道は残っているという話もしてくれました。たとえば、「人にしかできない信頼関係づくり」です。

話し合いでは、私たち自身の暮らしにつながる話も多かったですが、そうした話から意外な話へと展開もしました。
たとえば、AIエージェントはドラえもんのような存在で、私たちはのび太になれるという話から、そうなればやりたいことが見つかりやすいという話になり、そこから「やりたいことが見つからない」という人が増えているという話に展開。「やりたいことが見つからない」人なんかいるのという人の問いかけを受けて、20代の参加者から、詰め込み教育を受けてきて、社会に出たら好きなことをやりなさいといわれても戸惑う人が多い、という話になり、学校教育の話題にまで発展。さらには、AIを使いこむというよりもAIに使われるのではないかという不安もでました。いや、それを「不安」というべきか、「安心」というべきかは、迷うところではありますが。

環境危機問題の話題も出ました。
AIの普及には膨大なエネルギーが必要ですが、光技術を使う省エネ化の話やAIと原発は切り離せないという話が出ました。さらに、AIは電力だけではなく、膨大なきれいな水が必要だという話から、環境危機問題にもつながっていきました。現在、地球環境危機は炭素の視点で議論されがちですが、最近、山本眞人さんが新著『生産と消費からケアと自由への転換』で問題提起しているように、炭素循環の視点だけではなく、水循環の視点も重要です。いつかこの問題も取り上げたいです。

いずれにしろ、AIにどう取り組んでいくかで、私たちの生活は大きく変わっていくでしょう。これまでSFの世界で語られてきたことが、今やまさに私たちの日常生活の話になってきているのです。
ともかく「吉と出るか凶と出るか」。対応次第で、真逆な結果が出るかもしれません。
AIに飼いならされないように、しっかりと生きたいものです。

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■『大衆の反逆』の新訳を読むことにしました

私は繰り返し読む本はあまりありません。
どうせ読むなら、新しい本を読みたいと思うからです。
しかし、繰り返し読んだ本もないわけではありません。
そのひとつが、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』です。
最初に読んだのは、もう50年ほど前になりますが、それから数回読みました。
なぜか気になって読みたくなるのです。
3年ほど前にも、また読みました。どうもすっきりしないからです。

例えば、角川文庫版(神吉敬三訳)の解説には、こんな文章があります。

‟現代の大衆人は文明世界の中に突如おどり出た未開人であり、野蛮人なのである。これが「大衆の反逆」の本質であり、こうした大衆人が社会的権力の座を占めたところに現代の危機があるのである。”

私は「大衆」こそすばらしい存在だと思っていますので、「大衆の反逆」には肯定的な意味を感じています。しかし、オルテガは「大衆の反逆」に文明の危機を感じている。オルテガは本当にそう思っていたのだろうか。それがいつも気になるのです。

ところが先日、宇野重規さんの『政治とは何か』(講談社現代新書)を読んでいたら、『大衆の反逆』は大衆を批判する本ではなく、むしろ危機の時代にあって、現代人が自らを批判するための書なのだと書いてありました。そして、それは佐々木孝さんの新訳を読むとわかるというのです。
そこで岩波文庫版の佐々木孝『大衆の反逆』を改めて読むことにしました。

さてオルテガの印象は変わるでしょうか。
1980年代の「反乱の時代」に大きな期待をもって、人生を変えた私としてはとても気になるのです。今回が『大衆の反逆』を読む最後になるといいのですが、

 

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■あと3年半の健康づくり活動報告1:85歳の決意

5月に85歳になりました。

私は妻の先立たれたこともあり、現世にはさほど未練はないのですが、一昨年、2人の若者たちから、別々に、あと5年はサロンを続けてほしいと言われ、ついうっかりと「わかった」と約束してしまいました。
ところが約束した頃から身体にいろいろと問題が出始めたのです。とりわけ今年は体調不良が3か月も続きました。若者たちとの約束は、あと3年半残っています。しかしこの調子だと3年半、湯島に通い続けるのはいささか不安があります。

そこで一念発起、健康対策に取り組むことにしました。
まだ定着したとは言えませんが、ここ1か月くらいの取り組みで、なんとか体調不良からは脱却してきた気がします。

私は公開しないと何ごとも続かないタイプです。
それで、この健康対策活動も時々公開していこうと思います。
同じような状況の人への参考になるかもしれないと思う一方、同じような状況の人からのアドバイスももらいたいと思っています。
それにこうやって書いていればおそらく3年半はあっという間に過ぎるでしょう。
若者との約束は守らなければいけません。
それにもう一人からも、ちょっとおだてられた上に、まだ聞きたいことがあるので、長生きしろよ、ジジイ」というメッセージももらいましたし。

明日から時々投稿するようにします。

 

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2026/07/07

■節子への挽歌6812:谷口さんが書いた晩年の著書

節子
会社時代の先輩谷口さんの訃報を教えてくれた古舘さんが、谷口さんが晩年に出版した書籍4冊を送ってきてくれました。
私にも読んでほしいというのでしょう。
内容は、意外なものでした。谷口さんなら、地道な経済論や企業論が取り上げられているだろうと思っていましたが、国家論でした。
しかも発想はグローバルで独特。いかにもと思う内容です。
CWSライブラリーの蔵書しようと思います。

昔は送ってもらった本は必ず10日以内に読んで、その感想をホームページに掲載していましたが、最近はその元気がありません。

谷口さんは、晩年、地域問題と国政に関心を持ったようです。
おして、85歳になってから本を書き出したようです。
85歳と言えば、今の私と同年齢です。
1冊目の書籍のタイトルは「齢85歳の新憲法世代トップランナーによる『触媒国家史観』と『触媒国家憲法』の提唱」です。
しかも著者名は、“INNEREMORELAND Fumio TANIGUCHI”とあります。“INNEREMORELAND”というのは1970年前後にアメリカ陸軍参謀長を務めたウィリアム・ウェストモーランドをもじっているのだろうと思います。会社時代、谷口さんとウェストモーランドについて話し合った記憶があります。「西へ西へと世界を広げていった男、というような話でした。

谷口さんは1年ほど、アメリカのハドソン研究所に出向し、ハーマン・カーンと交流があったはずです。帰国後、私とは仕事の接点はなく、私はCIプロジェクトに取り組んでいましたので、アメリカで谷口さんが何を学んできたのか聞く機会はありませんでした。
そのまま、私は退社し、接点が切れてしまったのです。

古舘さんの手紙によれば、2年前に散歩中、転倒し、それが原因で亡くなったそうです。
もう一度、話し合いたかったです。
このテーマならいろいろと議論ができました。
でもまあ近いうちにまた会えるでしょう。

 

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■湯島サロン「自治を希求する人々が創るつながりの経済~スペインにおける社会的連帯経済の事例視察報告」報告(2026年7月3日開催)

■湯島サロン「自治を希求する人々が創るつながりの経済~スペインにおける社会的連帯経済の事例視察報告」報告(2026年7月3日開催)

「社会的連帯経済」という言葉をご存じでしょうか。
資本主義にかわる「もうひとつの経済」のひとつとして、ラテン系の世界を中心に拡がっている経済です。湯島のサロンでも、「もうひとつの経済」が話題になることは多いのですが、最近は正面から取り上げたことはありませんでした。
今年5月に、守本香さん(生活クラブ生協東京組合員理事)が社会的連帯経済が広がりを見せている国の一つ、スペインに事例視察に行ってきました。それで早速にサロンをお願いしました。
多くの人に参加していただき、改めて「もうひとつの経済」を話し合う入り口にしたかったのですが、平日だったせいか、参加者が少なかったのがとても残念です。いつかもう一度、守本さんには話をしてほしいと思うほどですが、いずれにしろ今年は何回か、このテーマを取り上げていく予定です。

守本さんは、まず今回の視察先を紹介するとともに、背景としてのスペインの歴史的な変遷を最初にさらっと解説してくれました。
スペインは、強力な地方政府(自治州)から成る分権的な国家ですが、かつてはバスク地方のモンドラゴン協同組合が有名でした。今回はカタルーニャ、アラゴン、それにマドリードの3つの州で展開されている協同組合や時間銀行など16か所を訪問してきたそうです。この3つの州は、2011年の市民運動15Mから生まれた市民政党が一時期、知事職を担い、社会的連帯経済を積極的に進めてきた州です。

つづいて、いよいよ視察先の紹介です。
守本さんは、「社会的連帯経済とは何か」という話はせずに、「住まい・仕事・ケア・食といった暮らしの課題を市民が協同で解決するスペインの実践事例」をそのまま紹介してくれました。そこから参加者に「社会的連帯経済とは何か」を実感してほしいと考えているようです。現場視察報告として最高のスタイルです。

ただ視察事例をそのまま羅列したのではありません。そこから浮かび上がってきた社会的連帯経済の特徴を5つのテーマに分けて紹介してくれました。とてもわかりやすいので、それぞれの代表事例と併せて、そのまま紹介させてもらいます。
① 市民参加での地域コミュニティづくり
たとえば、組合員が運営する参加型のスーパーマーケット ‟La Osa”。
② コーハウジング
高齢者が自ら運営する集合住宅 ‟Trabensol”。
③ 社会的包摂の取組み
障害・精神疾患・移民・貧困など排除されがちな人に、働くことで社会とつながる場を作り出す生産者協同組合や社会的企業。
④ ネットワークと社会的連帯経済の基盤づくり
個々の実践を支え、つなぎ、広げていくための実践活動のネットワークや研究所。
⑤ 社会課題解決への取組み
暮らしの困りごとを市場に任せず、自分たちで解決するための「助け合いの仕組み」として、時間銀行やフードバンク、医療生協。

個々の事例から見えてくるのは、金銭や収益や成長を軸にした経済ではなく、つながりや支え合いや安心を軸にした経済です。新自由主義方資本主義に慣れきってしまった人にはなかなか理解できない「経済のかたち」です。

例えば、参加型スーパーマーケット‟La Osa”での「働き方」は、生活中心の働き方ですから、コスパやタイパとは無縁です。高齢者自らが運営する集合住宅‟Trabensol”は、単なる「住まい」ではなく、みんなで「暮らし」そのものを一緒に創り出しています。いずれの事例も、主役は市民(生活者)。みんな主体性を持って、生き生きと働き暮らしている。経済の主役は「金銭」ではなく「人間と社会」。まさに「経世済民」の経済が感じられます。

金銭と言えば、時間銀行にもいくつか訪問しています。時間は地域通貨と並んで補完通貨としてもうひとつの経済の基軸の一つになっていますが、資本主義的なタイパ(タイムパフォーマンス=時間対効果)発想とは全く違った位置づけがされています。そこで交換される時間は数量ではなく、むしろお互いに時間を分かち合い、持ちつ持たれつの関係を築くことに意味が置かれています。交換というよりも、共有に意味がある。

というように、守本さんの報告事例に通底しているのは、新自由主義のグローバル化がもたらす格差の拡大や個人主義によって分断された社会に「つながり」で抗っていこうという姿勢です。

最後に守本さんは、今回の視察から得たヒントと感想を話してくれました。
項目だけを並べれば、「市民が〈担い手〉になる」「住まい・仕事・ケアに協同で取り組む」「排除されがちな人に尊厳ある仕事と居場所を用意する」「中間支援が実践を面に広げる」「助け合いを仕組みにする」といったことが大切だと言います。そして、今回の視察を通して、日本でも市民が主役の社会はつくれる。協同と助け合いの積み重ねが力になると信じています、と締めくくりました。

そこから話し合いです。
参加者の多くは、「社会的連帯経済」という言葉は今回初めて知ったそうですが、同じような実践をしている人は少なくありません。
たとえば、今回広島から参加してくれた佐原さんは、発達障害の子どもたちのための仕事場を、仲間と一緒につくりあげてきました。ほかにもたくさんの事例があるでしょう。しかしスペインと違うのは、そうした個々の実践がつながっていないことかもしれません。点が面にならないので、実践が蓄積されていきにくい。

ちなみに、私にはこういう話は既視感があります。
1980年代から90年代にかけて、日本でもコーハウジングや時間通貨、あるいは市民共同発電など、支え合いを基本にした経済が広がっていた時期もありました。それが21世紀に入ってから、見事に見えなくなってしまった。
その背景には、私たち市民の意識や生き方、そして取り組み方の違いがあるような気がします。
スペインでは、まさに市民が主役であるとともに、政治に対しても働きかけをしているのです。つまり、日本では政治と経済がお金を軸につながっていますが、スペインでは生活を軸につながっている。今回の事例も、いい意味で、政治が市民の実践を応援し、市民もまた政治や行政に共創的な関心を持っています。
もっともこれに関しては、別の動きもあるので、それはおいおいサロンで取り上げていこうと思います。

話し合いでは、たまたま杉並区長選挙直後だったこともあり、ミュニシパリズム(住民自治による地域主権主義)の話も出ました。日本も少しずつ変わっていく可能性はあります。しかし、そのためにも、ヨーロッパや南米で拡がっている社会的連帯経済など、「もう一つの経済」についての実践から学んでいく必要があるでしょう。

今回の視察のガイドはジャーナリストの工藤律子さんにお願いしたそうですが、守本さんは最後に工藤さんの書籍をいくつか紹介してくださいました。ここではその中から、一番読みやすいと思われる1冊を紹介しておきます。今回紹介のあった事例もたくさん出てきます。ぜひお読みください。工藤さんは他にも何冊か出版しています。
『つながりの経済を創る』(工藤律子著 岩波書店 2020年)
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784000014120

ちなみに、湯島では7月19日(日曜日)に、協同総合研究所の田嶋さんに「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践」をテーマにサロンをお願いしています。また日程は決まっていませんが、山本眞人さんの新著『生産と消費からケアと自由への転換』の紹介も兼ねたサロンを予定しています。
いずれにしろ、「もう一つの経済」という切り口のサロンを少し続ける予定です。
どなたか話してもいいという方がいたらご連絡ください。

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■「愚かな戦争」?

テレビであるコメンテーターが、アメリカがイランに仕掛けた戦争を、「愚かな戦争」と評していました。
つい聞き流してしまいそうな言葉ですが、この人は、「愚かでない戦争」があると考えているのでしょうか。
そうした「ちょっとした言葉づかい」に、その人の本音が現れます。

戦争は、そもそも「愚かな行為」です。
いや「愚か」どころか、「やってはいけない行為」だと思います。
にもかかわらず、なぜ戦争を起こしてしまうのか。
戦争を起こす人は、決して「愚か」ではないでしょう。
愚かでない人が、愚かな戦争を起こす。
「愚か」って、一体、何なのでしょうか。

 

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2026/07/06

■節子への挽歌6811:カステラよりシール?

節子
久しぶりに湯島に来た友人が、遅くなったけど誕生日おめでとうと言って、紀ノ國屋の塩チョコレートカステラをくれました。但し、条件付きです。お孫さんと食べてください、という。
これは難題です。

にこは、何やら忙しそうで、なかなか付き合ってもらえません。
先日も、本を一緒に買いに行こうと言ったら、「時間が空いたらね」といわれました。
何やらともかく忙しい。よく友だちがやって来て騒いでいますが、祖父と付き合う時間はないようです。困ったものです。

昨日の日曜は、私は在宅でしたが、にこは朝からボーイスカウトで出かけて不在。
昨日も私は在宅でしたが、にこは学校から帰ってきたと思っていたら、ジュンと一緒に自動車で出かけてしまい会えませんでした。

ところが夜になって、なぜかやって来たのです。
そこでまた「上野に行く日を決めよう」と言ったのですが、あいかわらず「ムリムリ」と一蹴されました。このやりとりは、今では挨拶言葉になってしまっているのですが。
つづいて塩チョコカステラを食べようと誘いましたが、どうもそれどころではないようです。そしておもむろにレシートを出すのです。どうやら例のシールを買ってきて、それを私にプレゼントさせようとしているのです。
今のにこは、塩チョコカステラよりも、シールのほうが大事のようです。

プレゼントは事前申告だよ、と言ったのですが、「なんでもいつでもプレゼント券」をあげてしまっているので、立場が弱い。
せめてもの抵抗で、ではアミダクジで決めようと提案。了承されました。
早速、紙に線を引いてクジをつくりました。選択肢は4本、1本は逆に買ってきたシールを私にくれる選択肢を提案しましたが拒否されました。折衝の結果、〇が2つ、×が2つ。〇ならプレゼント成立です。
ところがやってみたら、〇になってしまった。まあ、そこからまたいろいろとあったのですが、結局、プレゼントさせられてしまった。

ちなみに、シールを見たら440円です。
これじゃ自分のお小遣いで買えるじゃないかと言ったのですが、440円はひと月のお小遣いとほぼ同額のようです。お年玉は相変わらず使わない。お金は使うためにあるという私の思いは相変わらず採用されていない。困ったものです。

「上野に大きなシールのお店があるから」とまた誘ったのですが、相手にされませんでした。まったく小憎らしい孫です。いつもまんまとやられてしまう。本格的なリベンジを考えなければいけません。

塩チョコカステラは、お預けになりました。

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■湯島サロン「どうやって死ぬかな? 生き方と死に方を考える」 のお誘い

毎年、ちょっと変わった視点で、生き方を考えるサロンを呼びかけている吉本精樹さん(仲直り支援の会代表)が、今年は、極めつけのテーマを提案してきました。
「どうやって死ぬかな?」です。

いささか物騒なタイトルですが、「自殺」の話ではありません。
自然死や病死を対象に、自分の死をイメージしようということのようです。

ちなみに吉本さんは現在60代半ばです。
50代までは自分の死を考えたこともなく、死は「他人事」だったようですが、ここ4、5年、自分もやっぱり死ぬんだなあ、という気がしてきたそうです。
そうなると、やはり「どう死ぬのか」がちょっと気になってくる。
それは、言い換えれば「どう生きるか」でもあります。
あるいは、家族や友人知人との別れ方と言ってもいいかもしれません。

こんなテーマではたして人が集まるだろうかと吉本さんは心配していますが、「死」から生き方を考えてみるのもいろんな気づきがありそうです。また、死ぬ前にこんなことをやっておきたいというような話も出てくるかもしれません。
「意図しない突然死」を回避するアイデアが見つかるかもしれません。

どんな話し合いになるかは全くわかりません。
私も参加しますが、よかったらご参加ください。

〇日時:2026年7月20日(月曜日/祝日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「どうやって死ぬかな? 生き方と死に方を考える」
〇ナビゲーター:吉本精樹さん(仲直り支援の会代表)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

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2026/07/05

■第10回SUN10ROサロン『黒澤明を探して』報告(2026年6月30日開催)

今回は黒澤映画ではなく、河村光彦監督の半生を追いかけた作品『黒澤明を探して』(ローランド・リチャード監督)をみんなで観たうえで、河村さんとリチャードさんに語ってもらいました。

河村さんは常々、黒澤映画は人生の教科書であると語っていますが、言い換えると、そうやって育ってきた河村さんの言動に黒澤映画の神髄を感じられるような気がする時があります。
おそらくこの映画を制作する気になったリチャードさんも、それを感じたのではないかと思います。映画だけでなく、彼が主宰する「リッキーレポート」でも、河村さんの取材記事を書いていますので、ぜひお読みいただければと思います。
https://rickyreports.jp/archives/kawamuramitsuhiko/

サロンではまず『黒澤明を探して』をみんなで観ました。
黒澤監督の作品『生きる』のシーンを思い出させるように、河村さんはブランコで登場します。これがなかなか「さまになっている」のです。

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つづくインタビューで、河村さんは、黒澤監督との出会いから、40年かけて完成させた『映画の中の黒澤明』制作の経緯、そしてそうしたことを通しての黒澤映画の意義を、いつもサロンで語っているように、淡々と語ります。

詳しくはぜひ作品を観てほしいのですが、河村さんと黒澤映画との出合いは、黒澤映画『乱』のメイキング撮影を依頼され、制作現場で150時間にわたって撮影したことです。黒澤監督の撮影現場で、150時間も自由に撮影するという経験をしたのは河村さんだけでしょう。ところが、その貴重な映像は公開されることなく長いこと行方不明になっていたのです。
しかし、この体験は、映像フィルムに記録されたのと並行して、河村さんの心身にも記録されたのです。いや、フィルム以上のものが、たぶん河村さんには残っているような気もします。私には時に、河村さんの人生と黒澤映画が時に重なって見えてしまうほどです。

それはともかく、長いこと行方不明になっていた150時間のフィルムが出てきたのです。それでまた河村さんの人生は大きく変わっていきます。
このあたりはこれまでのSUN10ROサロンでも語られてきたことなので繰り返すのはやめましょう。
ともかくそれを材料に、河村さんは私財を投じて、『映画の中の黒澤明』を制作し、黒澤映画の神髄を世界に伝えていくことを自らのミッションにしたのです。

河村さんが語る黒澤明監督は、「黒澤天皇」といわれるような雲の上の人ではなく、とても人間的であたたかな人です。俳優への指導も非常にていねいで、みずからも実際に演じて見せることも少なくなかったようです。
話を聞いていて、役を演じさせるのではなく、その役そのものになりきるように働きかけていたような感じを受けました。
そういう話は、サロンでもよく出てきますが、話を聞けば聞くほど、黒澤監督への親しみが増してきます。河村さんが心底惚れこんでいるからかもしれませんが、以前、SUN10ROサロンに来てくれた俳優の櫻井勝さんも同じような話をしてくれています。

またこれまでのサロンでもよく話題になっていますが、戦争や暴力を美化しない倫理観、 『乱』の戦闘場面では直接的な殺戮シーンを避けたという話も、話題になった『椿三十郎』の血が噴き出る惨殺シーンの強烈な印象を受けたことのある人にとっては意外な話でしょう。でも改めて、その後の作品を思いだせば納得できます。

そうした黒澤監督の精神を、河村さんは未来へ伝えることが自分の使命だと考えているのです。そして、それがいささかおかしくなってきているような今の社会を変えていくことだと考えているのです。
この作品は、そうした河村さんの思いを伝えてくれています。

河村さんにつづいて、この映画を制作したリチャードさんにも話してもらいました。
なぜこの映画を制作する気になったのか。リチャードさんは、河村さんの黒澤映画に対する思い入れの強さに触れて、こういう人の思いは伝えていかなくてはならないという思いが強まったと言います。
リチャードさんも、どこか河村さんと重なるところがある、
「黒澤監督の願いを伝えたい」という河村さん、「河村さんの思いを広げたい」というリチャードさん。河村さんという存在を知った以上、映画にしなければいけないと思い、リチャードさんも私財と時間を投じて映画制作に取り組んだのです。

類は類を呼ぶのでしょうか。とてもいい話です。
そこからみんなでの話し合いが始まりました。
いつもながら、黒澤監督や河村さんの新しいエピソードが出てきました。

ところで、『乱』は、30作品ある黒澤映画の中では日本では興行成績もあまりよくなく人気もいまひとつでした。ところが海外では、黒澤作品の中でも『乱』は上位なのだそうです。
その違いはどこから来るのか。
理由はいろいろと考えられますが、話をしているうちに、改めてみんなで『乱』を観ようということになりました。

『乱』は162分という超大作です。
映画館でならともかく、湯島で観るのはあまりに辛いので、それぞれが自宅で観てくるのはどうかと提案しましたが、やはりみんなで一緒に観るのがいいとみんないうのです。
それで、次々回(10月30日)のSUN10ROサロンの前に、『乱』をみんなで観ることになりました。午前中、希望者は『乱』を見て、午後、SUN10ROサロンです。
だいぶ先の話ですが、よかったらご予定ください。

また次回(8月30日)は、『乱』のメイキングフィルムを河村さんが編集した『映画の中の黒澤明』(ナレーション付き版)をみんなで観てのサロンです。
というわけで、これから2回は『乱』がテーマです。

なお河村さんは最近、『映画『乱』四十年目の証言」をアマゾンでオンデマンド出版しました。『乱』をより深く鑑賞するための手引書ともいえます。湯島ではSUN10ROメンバー特別価格(2,000円)で購入できます。
またほかにも、4冊、河村さんの思いをまとめた黒澤映画関連のオンデマンド出版(各1000円)もあります。ご希望の方は湯島に来た時にお申し出ください。河村さんの活動支援の意味でも、ぜひよろしくお願いします。

 

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■節子への挽歌6810:また訃報です

節子
会社時代の先輩の谷口さんが亡くなっていました。

先日、湯島にやって来た古舘さんが連絡してきてくれました。
私はもう20年ほど、交流が途絶えていましたが、彼女は一昨年まで年賀状のやりとりをしていたそうです。それが今年は来なかったので気にしていたそうです。
それで手紙を出したそうです。

昨年、散歩中に転倒し、頭を打ち、それが原因で亡くなったそうです。
私よりも3~4歳年上なので、もしかしたらと思っていましたが、やはり、です。

谷口さんは会社では一番のエコノミストでした。
会社の中にしっかりしたエコノミストを置くべきだというのが彼の持論でもありました。私も同感ですが、残念ながら経済そのものがおかしくなってきてしまいましたから、谷口さんの夢は実現しませんでした。結局、会社を辞めて大学に職を得たようです。
大学教授になってから一度、湯島にも来てくれました。
しかし、その後、節子が病気になって私はすべての交流を断ってしまいました。
今に思えば、残念なことしました。

まあ、しかし、間もなく私もまた会えるでしょう。

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2026/07/04

■節子への挽歌6809:足がおかしい

節子
久しぶりに川口の国際箸会館に行きました。
杉原さんにお願いした「手の面白さ研究会」ですが、これからどうしようかという相談です。おおもとの小宮山さんの関心が動いてしまっているので、原点に戻って組み替えることになりました。
いささか強引に研究会を立ち上げてしまい、杉原さんには申し訳ないことをしました。
結局、みんなで話し合って、とりあえず白紙に戻すことにしました。

そこまではよかったのですが、その後、みんなで食事に行くことになり、近くの川口のアリオにある家族亭に行くことになりました。
歩いて10分ほどでしょうか。
土曜日のためか混んでいて、待たされました。
立って待っていたのですが、足がおかしくなってきました。
歩いているよりも、立っているのがだめなのです。
まあそれでもなんとか頑張って、食事もおいしく食べました。

食後、川口駅まで10分ほどだというので、杉原さんと一緒に歩くことにしました。
ところが途中で足が完全におかしくなって、歩けないのです。
杉原さんに迷惑をかけてはいけないのでよろけながらも歩き続けました。
杉原さんが心配して、駅の改札口まで一緒に来てくれました。

さてさてこんなにひどいことになったのは初めてです。
足は少しいい方向に向かっていると思っていたのですが。

2時から湯島でサロンだったのですが、話題提供者の菅野さんに連絡して、鍵を開けて先に始めておいてほしいと連絡しました。
そして駅でちょっと休憩。
なんとかサロンにはぎりぎり間に合いましたが、大変な日になってしまいました。
ひどくならなければいいのですが。

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■7月18日の憲法サロンでは、「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を話題にします

7月18日に、富沢さんと一緒に憲法問題を考えるサロンの最終回がありますが、富沢さんから、参加される方は、最近、公開された、自民党の安全保障調査会の「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」をできれば事前に読んでおいてほしいと連絡がありました。
同提言は、6月24日に高市早苗総理に提出されたものですが、次のサイトで全文や要旨を読めます。
https://www.jimin.jp/news/policy/213608.html

当日は、日本が半独立国家であることについて解説し、そのうえで、この新安保戦略について参加者と話し合いたいということです。

ぜひお多くのみなさんに話し合いに参加していただきたいと思っています。

 

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2026/07/03

■節子への挽歌6808:佐原さんが湯島に来ました

節子
20年以上前でしょうか、コムケア活動の時に接点のあった佐原さんが湯島に来ました。いま、がん治療で、時々、東京に来ているのだそうです。
佐原さんのことは、この挽歌でも1か月ほど前に書きました。これまでの活動をまとめた書籍を送ってきてくれたのです。
それが縁でまた交流が再開したのですが、あいにく、今日は午前中いろいろと用事があったのと、それでいささか疲れ切って湯島に着いたので、あまりゆっくり話ができませんでした。

今日は午後、サロンでした。
テーマはスペインの社会的連帯経済の視察報告でした。
まさに20年前に佐原さんたちが取り組んでいた活動です。

私の感じでは、1980年代、日本は経済のパラダイムを変える方向に動き出していた気がします。ソフトエネルギーパスや社会的経済への関心が高まり、地域通貨なども広がりだしていました。私が生き方を変えたのも、そういう動きに少しでも加担したかったからです。

しかし、21世紀に入り、流れはまた反転しました。結局、経済のパラダイムシフトの動きも、バブルだったのです。
しかし、バブルに乗らずによかったです。
節子には苦労ばかりかけてしまったかもしれませんが、よい時間も一緒に過ごせました。

今の私があるのは、やはりコムケア活動のおかげです。
改めてそう思いました。

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2026/07/02

■第11回ブックカフェサロンのご案内

装いを新たに、の気分で、ブックカフェサロンの11回を開催します。
前回の報告での予告を変更させてもらい、7月12日(日曜日)の開催です。
本好きな方はぜひ。

テーマは「新しい本との出合い」。
参加者は、みんなに紹介したい本を1冊以上、お持ち込みください。
当日は、テーブルにそうした書籍を並べて、持ってきた人が簡単に紹介し、ぜひともみんなこれまでとは違ったテーマやジャンルの書籍との出合いを楽しんでもらうのが今回のサロンの趣旨です。
CWSライブラリー蔵書の書籍も、何冊か紹介させてもらいます。
きっと1冊くらいは、これまで読んだことのなったような書籍に出合えると思います。

なお、サロンは4時に終了しますが、希望者はそのままそこで読書を続けてもらってもいいです。
以前のディオゲネスタイム(話をせずに読書する時間)とは違い、話をしながらの読書でも大丈夫ですし、好きな本の話を片隅で続けてもらってもいいです。

新しい書籍との出会いを期待して、ぜひ新装開店のブックカフェサロンにどうぞ。

〇日時:2026年7月12日(日曜日)午後2時~午後4時
〇サロンテーマ:「新しい本との出合い」
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■節子への挽歌6807:最近ミスが多いのは能力を超えているからかもしれません


節子
この頃、ともかくミスが多いです。
能力を超えて、なにかをやりすぎているのでしょうか。
今朝もサロンの報告をメーリングリストに投稿しましたが、タイトルを「案内」にして出してしまいました。
友人との会う約束の時間を、ダブルブッキングの栲時間調整してもらったら、よくよく考えたら、1日、間違っていて、ダブルブッキングではありませんでした。
とまあ、こんなことが頻発とは言わないまでも、よく起こっているのです。

サロンの準備もなかなかできない。
サロンをやる場合、誰かに話題提供をお願いしたら、一応、その関連の書籍を読んだり事前の調査はそれなりにしているのですが、最近はそれが追い付かない。報告を書く時にあわてて少し拾い読みすることで対応してしまうこともある。
これもまさに今の私の能力を超えている。

困ったものです。
明日のサロンの準備もしなければいけません。
明日のサロンはスペインの社会的連帯経済の視察報告です。
報告してくれる守本さんから3冊の本を参考にして視察に行ったと教えてもらいました。幸いにそのうちの2冊は私も読んでいましたが、1冊はまだでした。図書館から借りてきて、サロンまでに読んでおこうと思っていましたが、まだ読み出してさえいません。
今日は雨。たぶんどこにも出かけない。
読めるといいのですが。

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■6月の茶色の朝サロン報告(2026年6月29日開催)

最近は「ファシズム」という言葉さえ、使われるようになりだした社会状況への危機感を強めている人も少なくないでしょう。
「フェイクファシズム」の時代が始まったと明言する人さえ出てきました。
というわけで、サロン続きになるにもかかわらず、茶色の朝サロンの呼びかけをさせてもらいました。あえてサッカーの試合にぶつけてです。

平日だったこともあり、参加者は少なかったのですが、いつものメンバーとはかなり違ったメンバーが7人集まりました。
茶色の朝サロンに初めての人が多かったのもうれしかったです。でも相変わらず若い世代が来てくれない。まあ、平日だから仕方がありませんが。
20260629000000000

しかし、メンバーが「濃すぎました」。
後半はいささかあるテーマで荒れてしまいました。
荒れたと言っても論争がぶつかり合って険悪になったということではありません。
ある思いの深い人が自らの取り組みを語りだしたら止まらなくなったのです。
彼女は、おかしなことに黙っていることができず、いろいろと取り組んでいるうちに、どんどん深入りしてしまっています。

茶色の朝に抗って、異議申し立てに取り組む場合、何が大切か。
彼女のおかげで、今回はそんなことも話題になりました。

言うまでもありませんが、茶色の朝サロンは、ただ話し合うことが目的ではありません。
行動につながっていかない話し合いは、逆に茶色の朝を呼び寄せかねません。
茶色の朝サロンから生まれる行動につながるサロンもこれからは企画していきたいと思います。もう話し合っているだけで安心できる段階ではありません。

ご存じの方が多いでしょうが、ドイツの牧師のマルティン・ニーメラーの有名な詩を紹介しておきます。

「ナチスが共産主義者を襲ったとき、自分は少し不安であったが、自分は共産主義者ではなかったので、何も行動に出なかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者ではなかったから何も行動に出なかった。それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人などをどんどん攻撃し、そのたび自分の不安は増したが、なおも行動に出ることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。そこで自分は行動に出たが、そのときはすでに手遅れだった」。

ニーメラーの二の舞にはなりたくありません。

「茶色の朝」サロンについては次をご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html
CWSライブラリーにも『茶色の朝』は蔵書されていますので、ご利用ください。

 

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2026/07/01

■節子への挽歌6806:資産から負債へ

節子
久しぶりに畑に行きました。
体調やら雨やらで、10日ほど行っていなかったのですが、案の定、野草に覆われだしていました。
ちょっと頑張りそうだった野菜たちも、野草に追いやられていました。
農とは、まさに毎日誠実に相手をしていないといけません。
吉田太郎さんがサロンで言っていたように、「農は生き方」につながっているのです。

その生き方を質すための農だったのに、どうも怠惰な私はあまりに不誠実のようです。
歳のせいにはできませんが、いささか畑が負担になってきたのも事実です。

というか、いろんなことが負担になって来ました。
私にとっての資産だと思っていたものが、だんだん負債になってくる。
ミニマリストがうらやましい。
少しでもそれに近づきたいのですが、そう簡単にはできません。
いや、そういう言い訳こそが私は嫌いなはずなのに、いつの間にかそういう言い訳で自分を許すようになってきています。
困ったものです。

節子がいたら、節子に頼めるのになあと時々思います。
私がいろいろとやってこられたのは、節子のおかげ。
最近はそれがよくわかります。

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■「僕らは医者である前に人を治す人間だ」

私が好きなテレビドラマの一つが、イタリアの「DOC あすへのカルテ」です。
https://www.web.nhk/tv/an/doc-karte3/pl/series-tep-4M514MWYX3
現在日本ではシーズン3が放映されています。

イタリアの医療制度というか、病院が、もし実際にこんなだとしたら、実に素晴らしいです。日本の病院とは大違いです。
毎回、いろんな意味で感激し、涙が出ます。

物語としても、実に見事です。
最初から観ていないとわかりにくいと思いますが、構成が実にしっかりっしていますし、何よりも登場人物がみんな「生きている」。

今日は、先日録画していたシーズン3の第4話を見ました。
そこで主役のDOCがみんなに言う言葉が、とてもいい。

「僕らは医者である前に、人を治す人間だ」

実際に、このドラマでは毎回、人が人生を取り戻す話が多いのです。
しかも「人を治す」と言っても、とても広い意味を指しているのです。
今回は、足を切断したけれども夢を取り戻した若者と、兄弟関係が回復したエピソードが2つ語られました。
しかも、治すべき人は患者だけではないのです。
医師自身もまた「治される対象」なのです。
そこが面白い。

ケアとは一方向の行為概念ではなく、全方向の関係概念だと私は思っていますが、まさにそうした「ケア」があふれている場が、このドラマの舞台なのです。

途中から観てもなかなかわからないと思いますが、ぜひともシーズン1の最初から、このドラマを見ると、医療とはどうあるべきか、病院とはどうあるべきか、が見えてきます。
そしてイタリアが好きになります。

とてもいいドラマです。

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■7月オープンサロン案内(2026年7月1日)

7月の定例オープンサロンは恒例の第2金曜日の10日です。

オープンサロンは、テーマも全くなく、参加した人次第で話題も決まりますし、話題もどんどん変わります。話す人も聴く人もいるサロンです。
出入りもいつも以上に自由で、申し込みも不要です。
カフェにコーヒーを飲むにいく感じで、気が向いたら気楽にどうぞ。

事前申し込みも不要です。
30分前から開店しています。

〇日時:2026年7月10日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
東京都文京区湯島3-20-9ニューハイツ湯島603号室
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

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■湯島サロン「日本再発見ーあなたが見つけたニッポンの良さ、面白さ、素晴らしさ」報告(2026年6月27日開催)

「あなたが見つけたニッポンの良さ、面白さ、素晴らし」を話し合う「日本再発見」サロンは、2つの台風が関東地方にやってくるという日にもかかわらず、9人が集まりました。
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ファシリテーター役の永田徹さんはまず、いくつかのアンケート調査結果での「日本の好きなところ」を紹介してくれました。どの調査も驚くほど似ていて(当然の話ですが)、上位3つは同じです。それは、「治安の良さ」「四季があって自然が豊か」「食べ物がおいしい」だそうです。
日本に旅行に来た外国人対象の調査もあります。その上位3つは「食」「独自の文化」「風景」だそうです。これもなにも日本に限ったことではないでしょう。

ところでサロン参加者はどうでしょうか。
それを引き出すのに、永田さんは「五感」と「四季」を組み合わせて、参加者の意見を聞き出そうと働きかけました。例えば「春は曙」というわけです。ここから、みんなが意識していない日本の良さが見えてくるのではないかというのです。
しかし、サロン参加者からまずは自由に「自分の好きなもの(こと)を出したら、という提案があり、サロンらしく混乱してしまいました。

「あなたが見つけたニッポンの良さ、面白さ、素晴らしさ」という言葉は、参加者それぞれにとって、受け取り方が大きく違うようです。特に、「再発見」という文字があったので、よく言われるような「日本の良さ」ではない、なにかを考えたいという意向が参加者にはあったような気もします。
そうした意見を踏まえて、永田さんも急遽方針を変更、まずは「春は曙」サロンとは違う、「残したいものサロン」になりました。

ところがこれまた捉え方がいろいろで、いろんな意見が出ました。台風のようにいささか混乱した議論もありました。まあ、それがサロンなのですが。
なかには、そもそも「ニッポン」という捉え方に異論があると言いながら、「長い歴史を持つ天皇という存在」を残したい、などという矛盾した意見を言う人も出てきました。困ったものです。まったくわかっていない。
こうしたことを、言葉で語ることの難しさに改めて気づきました。まあ文字で残すのはさらに難しいのですが。
というわけで、今回のサロンは、まさに筒井康隆の初期のショートSFの世界でした。と言っても、伝わらないですね。私の主観的イメージですから。

しかしみんなの合意があったのは、「日本語」ではないかと思います。
日本語は、話し言葉も書き言葉(日本では世界中のすべての文字が「書き言葉」として使われます)も素晴らしいという意見には異論はありませんでした。日本人のすごいところは、とにかく複雑な文字と言語を使いこなしているところではないかということです。そしてまた、その文字と言葉の恩恵を大きく受けているということです。

しかし、残念ながらその「日本語」が最近は変わりだしているのではないかという意見もありました。
自然に「お先に」という言葉が出ていたのに、今はそうした言葉が失われつつあるとか、「あざーっす」などという何やらわからない省略言葉が広がっているとか、漢字を書けなくなってきているとか、日本語が変化してきていることへの危惧です。
言葉の変化は、言うまでもなく意識の変化であり、人のつながりの変化でもあります。「お先に」という言葉も、あまり聞かなくなってきた。

つながりと言えば、自然とのつながりも話題になりました。
四季が豊かだというのは、ただ自然が移り変わるということではなく、移り変わる自然とのつながりがあるということです。これは観光客にはわからないことでしょう。
農に取り組んでいる人が来ていましたが、日本の農は自然との支え合うつながりがあり、それが生き方や考え方を支え育んできた。そういう視点からすれば、四季ではな24節季のように、もっと自然と密接につながった生き方がある。まさに歳時記の世界です。しかし今、その自然とのつながりが変わってきているという意見もありました。それに自然を認めるのではなく、猛暑を嫌い梅雨を嘆く風潮が広がっている。まるで暑くない夏を望んでいるようで、暑くてこそ夏だと考えている私には、どうも最近の風潮はなじめません。

他にもいろんな意見が出ましたが、あまりに多くて、思い出せません。
参加者のどなたかフォローしてくれませんか。

でも、サロンの後、参加者の一人からこんなメールが届きました。

日本再発見サロンの後に考えた。
日本人の凄いところは、とにかく複雑な文字と言語を使いこなしているところでしょうか。
漢字漢籍が入ってきたらそこに日本的意味を考え自国語でなんとか表現しようとして、そこから日本独自の文字や表現を作っていった。よく引き合いに出される紫式部。女が、長大な物語を書いた世界で最初の人と言われている。
(以下省略)

使いこなしてきたのは、「文字や言葉」だけではないでしょう。思想も技術も文化も、かもしれません。
しかし、そうした豊かな多様なものを活かし合ってきたのは、私たち日本列島に住んだりやってきたりした生活者だったと思います。
でもそれが「日本文化」とか「ニッポン」という言葉にからめとられてしまうと、私にはなんだか違うなあという気がしてなりません。
そして、そうしたものを育て残してきたのは誰だったのか。
私たちの祖先は、「良さ、面白さ、素晴らしさ」を享受していただけではなく、享受しながら育ててきていたのです。その姿勢が、いまは失われているのではない。
私には、そんなことに気づかせてくれたサロンでもありました。

いずれにしろ輪廻を信ずる私としては、今度また戻ってきたときに、日本がどうなっているかには興味があります。
だから「残したいものを残す行為」はこれからも続けていきたいと思っています。

サロンでの話し合いはいささか混乱したとはいえ、みんなそれぞれに考えたことでしょう。それがぜひ日ごろの行動につながってほしいです。まずは「お先に」という言葉をもっと気楽に使いたいです。

このテーマのサロンは、またやってもいいですね。混乱はするでしょうが。
どなたかまたやりませんか。

 

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