■湯島サロン「『共に働く』協同労働とケア-ワーカーズコープの実践から」のご案内(2026年7月19日開催)
久しぶりに「協同労働」を取り上げました。協同労働の考え方は、日本でもかなり拡がってきていると思ってましたが、最近のサロンでの話し合いを聞いていて、まだあまり一般化していないのに気づいたので、協同総合研究所の田嶋康利さんにお願いしたのです。

田嶋さんは、ご多用の中、わざわざサロン用に、協同労働について、実際の実践例も含めて、資料にまとめてくださり、それに基づいてていねいに解説してくださいました。
田嶋さんはまず「協同労働とは何か」から話を始めました。
簡単に言えば、「協同労働」とは、働く人が、出資をして組合員となり、それぞれの意見を反映させながら主体的に運営し、地域の多様な需要に応じながら、持続可能な社会づくりに向けて事業を行う働き方です。みんなで出資し、みんなで働き、成果はみんなで配分する。まさに「コモンズ組織」です。
日本では、「働く」というと、一般的に「雇用労働」を想像しますが、「協同労働」はそれとは全く発想の違う働き方なのです。
雇用労働とは違った働き方(「自分たちの仕事を自分たちでつくる」)として「協同労働」が意識され出したのは、日本では1980年前後からで、生活クラブ生協の生活者運動からワーカーズ・コレクティブが生まれました。1991年には「協同総合研究所」が設立され、協同労働理念の普及とともに、「協同労働の協同組合」の法制化の運動が始まりました。
法制化に関しては、私も当初ささやかに関わっていましたのでよくわかりますが、経済の形を変えていく可能性があるために、なかなか成立しませんでしたが、2020年12月に「労働者協同組合法」として成立しました。
そうした経緯に関しても、田嶋さんは詳しく解説してくれました。
協同労働や労働者協同組合には、大きな期待が寄せられていますが、そうしたことも紹介してくれたうえで、田嶋さんは、さまざまな分野での事例を紹介してくれました。
詳しくお知りになりたい方は、田嶋さんがまとめた資料がありますので、ご連絡いただければデータで送らせてもらいます。
話し合いに入る前に、私から2つの確認をさせてもらいました。
まず、協同労働の事業体であるワーカーズコープでは、メンバー間の給与(報酬)の格差はどのくらいあるのか、ということです。そこに組織の本質が象徴されるからです。
もう一つは、協同労働が目指す「経済・社会のあり方」は何か、です。協同総合研究所は、設立当初から『協同の発見』という機関誌を出しています。私の認識では、「雇用」から「協同」へというところに大きな意味がありますが、次第に「協同労働」とか「労働者協同組合」という言葉が中心になってしまい、当初の理念が大きく後退してしまったように感じています。そこで敢えて、理念・ビジョンに関して質問させてもらったわけです。
前者に関しては、具体的な数字はもらえませんでしたが、かなりフラットで、最近の株式会社のような格差はないようです。協同労働事業体でも、組織である以上、当然に「経営者」は必要ですが、株式会社のように、雇用者のために経営する経営者と仲間のために経営する経営者とは全く別の存在ですから、分断的な格差が生じないのは当然と言えば当然です。協同の理念はしっかりと生きているようです。
後者に関しては、田嶋さんが紹介してくれた事例から読み取ることができますが、田嶋さんは資料でこう書いています(サロンでも話ししていただきました)。
「協同組合運動とは「よりよい世界を産み出す『基盤』としての“ケア”と“コミュニティ”(人と人との協同の関係や自然や社会との人間的なかかわり=ケアリングコミュニティ)を、市民自らがそれぞれの協同性や主権性を発揮しながら、地域と社会に『増殖』させていく運動」。つまり、協同労働を広げていくことは、経済成長目標ではなく、“ケア”と“コミュニティ”を豊かにしていくことが目標なのです。
理念は変わっていないのです。ただちょっと見えにくくなってきている気はします。理念発信よりも実践にエネルギーが向いている時期なのかもしれません。
いずれにしろ、協同労働運動とは、ただ「もう一つの働き方」があるという話ではなく、社会や経済のあり方を変えることにつながっているのです。
そういう意識をしっかりと持っていないと、たとえば一時期、大きな期待を受けていたスペインのモンドラゴン(労働者が出資し、労働者が経営を決める協同組合企業グループ)が資本主義化しつつあるように、「もう一つの働き方」づくりで終わってしまいかねません。
働き方に雇用労働と協同労働があるように、事業体にも株主事業体とパートナーシップ事業体があります(協同組合事業体は広義にはパートナーシップ事業体と言っていいと思います)。そのふたつは組織原理が全く違います。そして、その違いは、それこそ経済や社会の形に大きくつながっているのです。
気をつけないといけないのは、「経営」とか「労働」という言葉が金銭資本主義経済の中で意味合いが固定されてしまったために、同じ言葉を使うことで、発想が引き戻されてしまうことです。
たとえば、「労働」ですが、最近の湯島のサロンでも話題になったように、稼ぐことや義務化されることにどうしてもつながりがちです。それを「働く」とか「活動」という言葉に変えるだけでも発想は大きく広がっていくはずです。
「労働」という語は、もともとは「苦労して体を動かすこと」を意味しています。そして、いまでは「賃金を得るための仕事」という意味になってきています。さらに「労働者」は階級階層をイメージさせる言葉でもあります。「協同の発想」には、労働という言葉はふさわしくないような気もします。
田嶋さんの話には、「ディーセントワーク」という言葉が登場しましたが、これは国際労働機関が提唱している「働きがいのある人間らしい仕事」のことです。「労働」と「仕事」という表現では大きく意味が変わってきます。
いずれにしろ、「共に働く協同労働」から学べることはあたくさんあります。
今回の話を聞いた参加者の中には、世界が広がったという人もいました。
実際に働き方が変わっていく人も出るかもしれません。
ちなみに湯島のサロンに参加している人にはフリーランスの方も少なくありませんが、一人で働いている人も、広い意味では「協同労働」していると言ってもいいでしょう。
なぜなら一人では、仕事はできません。むしろ「協同」の意識を持つことで、社会の見え方は全く変わってくるでしょう。
いまの経済では、供給者(生産者)と顧客(消費者)が別々ですが、協同労働の発想では、それさえもが「協同関係」です。一時期、生産者と消費者を組み合わせた「プロシューマー」という言葉がはやりましたが、そもそも「生活者」とは生産しながら消費している存在なのです。
「協同」することで新しい生き方や社会のあり方が見えてくる。そういう視点で「協同労働」を考えると、世界の見え方が変わってくるかもしれません。
このテーマは、しばらく断続的に続けていきます。
ちなみに、田嶋さんの協同総合研究所では隔月で『協働の発見』という機関誌を発行しています。そこにいつもさまざまな事例や協同労働に取り組んでいる人たちの生き生きした体験談などが紹介されています。若者たちの生き生きした働きも感じられるはずです。よかったらぜひ購読してください。
会員募集もしていますので、入会もお薦めです。
https://jicr.roukyou.gr.jp/aboutus/
今回もまた勝手な報告になってしまい、話し合いの紹介が少なくなってしまいました。
感想など投稿してもらえるとうれしいです。
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