« ■節子への挽歌6817:今年もキリギリスがやってきます | トップページ | ■第11回ブックカフェサロン報告(2026年7月12日開催) »

2026/07/12

■また「天皇制」が政治の道具になりそうです

私は、日本という国の大きな資産は「象徴としての天皇の歴史」だと思っています。
長い歴史に裏付けられた「天皇」の存在は、その時々の人たちの意向を超えた、社会の核とした「人知を超えた存在」だと思っています。いかに科学技術が発展しても、作り出せる資産ではありません。

第二次世界大戦後、憲法でも「象徴天皇」という言葉が使われるようになっていますが、本来、天皇は時間を超え、空間を超えた、象徴として、まさに日本という国の存続を可能にしてきたのだと考えています。

しかし、どうもその「天皇」がまた世俗的な政治の道具にされそうな気がしてなりません。
養子だとか男系継承だとか、小賢しい人為が議論されていますが、象徴天皇は人智を超え、人為を超えていればこその象徴です。無理やり存続させる必要など全くなく、自然に任せても存続していくのが「象徴」です。
なぜもっと「自然のまま」に扱えないのか。
そう思います。

国旗への敬意も同じです。
小賢しい愛国心強要と同じく、なぜせっかく存在している「人智を超えた象徴」の価値を貶めるような法律をつくろうとするのか。

いまの政治家たちが見ている世界は、どんな世界なのでしょうか。

もう一つ気になるのは、最近の政権の動きに批判的な自民党幹部も少なくないようですが、彼らはなぜもっと動かないのか。
彼らが自民党の枠を超えて動き出せば、そして国民とも連携すれば、政治は変わるはずです。
石破さんや村上さん、やれることはたくさんあるでしょう。
党内でぼやいているだけでいいのですか。

https://www.youtube.com/watch?v=agQYPCG5rSE

|

« ■節子への挽歌6817:今年もキリギリスがやってきます | トップページ | ■第11回ブックカフェサロン報告(2026年7月12日開催) »

政治時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ■節子への挽歌6817:今年もキリギリスがやってきます | トップページ | ■第11回ブックカフェサロン報告(2026年7月12日開催) »