■悦子への挽歌6852:送り火でお寺に行きました
節子
今日は送り火でした。
サロンでしたが、早目に終わる予定だったので、帰宅してから家族みんなにお寺に行くことにしました。ちょうちん持ち役はにこです。
自宅から運んで行った火で、線香を供えて、節子は無事、戻りました。
さすがに遅くなったので、お墓も静かでした。
短い帰省でしたが、節子は自宅を楽しんでくれたでしょうか。
いつもはカサブランカの香りで部屋が充満するのですが、今年はカサブランカがなかったので、ちょっと不満だったかもしれません。
わが家は薄情で、精霊棚には果物やお菓子は供えられていますが、食事は供えられないのです。そのすぐ前で、私たちは食事をするのですが。しかもお盆だからといって、特別の食事も用意しないのです。ユカがお盆にご馳走を食べた記憶がないというのです。
私たちにとっては、お盆は寂しいだけの日でしたから、ご馳走を食べようなどという気が起きなかったからなのでしょうか。せっかく節子が戻ってくるのだから一緒にご馳走を食べようという発想は、わが家では起きなかったのでしょう。少なくとも、今はそうです。
精霊棚ではずっとろうそくの火がついていますが、パソコンをやったりテレビを見たりしている時には、常にその火が見えています。節子が帰省中、私は在宅時はずっと精霊棚の近くで過ごしていました。
まあそれが何よりの接待だと思うからです。
夕方、節子の位牌はまたいつもの仏壇に戻りました。
お墓に戻っていった節子と仏壇に残っている節子。
いつもいささかの混乱が生じます。
しかし、毎年、送り火で節子が帰った後は、気が抜けてしまうのです。
間もなく節子の命日です。
この日の前後には一応、家族みんなで食事をします。
いや、その前にお寺のお施餓鬼があります。
この時期、節子を思い出す日が多いのです。
私にはいささか複雑な時期なのです。
| 固定リンク
「妻への挽歌23」カテゴリの記事
- ■節子への挽歌6874:生き方を間違えていました(2026.09.04)
- ■節子への挽歌6873:20回忌(2026.09.03)
- ■節子への挽歌6872:やはりユリがあると落ち着きます(2026.09.02)
- ■節子への挽歌6871:こころがやすまらない(2026.09.01)
- ■節子への挽歌6870:五色ご飯(2026年8月31日)(2026.08.31)

コメント