« 2026年8月 | トップページ | 2026年10月 »

2026年9月

2026/09/30

■10月オープンサロン案内

10月の定例オープンサロンは恒例の第2金曜日の9日です。

〇日時:2026年10月9日(金曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

オープンサロンは、テーマも全くなく、参加した人次第で話題も決まりますし、話題もどんどん変わります。
出入りもいつも以上に自由で、申し込みも不要です。
カフェにコーヒーを飲むにいく感じで、気が向いたら気楽にどうぞ。

事前申し込みも不要です。
15分前から開店しています。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌6902:ジュンと買い物

節子
ユカは幸いにインフルではなく、風邪のようです。
しかし今日は大事をとって寝ているというので、私が買い物に行くことになりました。
買い物リストを作ってもらい、ジュンと一緒に出掛けました。
ジュンのアドバイスを受けながら買い物を終了、セルフレジも潤にやってもらいましたが、途中で私のミスで2回も店員を呼ぶ羽目になっていました。
いまや買い物も一人でできなくなったようです。
困ったものです。

以前は私もお米を炊いたり、みそ汁を作ったりしていたのですが、最近は何もしなくなってしまあいました。
ユカに言わせると、私ができるのはポップコーン作りだけだそうです。まあそんなこともないのですが。

ユカには早く治ってもらわないといけません。

| | コメント (0)

■湯島サロン「幸せに生きることを阻む「お金に関わるしくみ」」報告(2026年9月27日開催)

「誰もが心底幸せになる世界」づくりに取り組む大野忠治さん(あまねく社会研究所代表)の構想をお聞きするサロンでした。
2026092700000000
大野さんの構想の鍵は「お金」です。
「お金に関わる5つのしくみ」が5000年かけて、私たちの心に不安や恐れを埋め込み、私たちが幸せになるのを阻んできた、というのが大野さんの出発点です。そして、もしそうなら、その「お金の仕組み」を変えればいい。お金を「私たちの心だけでなく、社会や環境をも守るもの」にしていけばいい、と大野さんは考えています。

構想の話に入る前に、大野さんはまず「本当の幸せとは何か」から話を始めました。
大野さんが考える「本当の幸せ」とは、「自分を大切に思い、自分はありのままで大丈夫なんだ」と思える自尊心を持つことで安心でき、自分を愛せるようになり、他人も心から愛せること」です。
もしそうであれば、幸せは自分で実現できるはずですが、社会の状況はそれを許しておらず、自尊心を奪ってきていると大野さんは考えています。
ここで、まずちょっとした議論がありました。私が疑問を呈してしまったのです。
私は、この意味ではいまも「幸せ」ですが、その気になれば、誰もがこの意味での「幸せ」は手に入るのではないかと思ったのです。「青い鳥」の話を思い出したのです。
しかし、ここにこだわりすぎると話が進まないので、これはまた改めて別のサロンに任せたいと思います。

つづいて大野さんは、そういう自尊心、つまり「幸せ」を奪ってきた「お金にまつわる5つの仕組み」を説明してくれました。「単一穀物大規模栽培(最初の税)」「お金」「資本主義」「利子」「債務貨幣制度」の5つです。
最初の「単一穀物大規模栽培(最初の税)」とは(最初の税)とあるように、「国家」の意味のように私は受け取りました。
大野さんも、国家ができる前には、食糧など自分たちが生きていくために必要なものを自然の中から自由に自分自身の力で得ることができた。つまり、「天の恵み・地の恵みを得ていた状態」だったのに、約5000年前に「国家」ができ、麦や米が、今の税金の代わりになって支配者に納められた、と言います。やはり「国家」が問題なのです。
つづいて、「お金」「資本主義」「利子」「債務貨幣制度」の説明。こうした仕組みによって、私たちはいまや「無限の経済成長」を強いられる状況に置かれてしまったというわけです。
こういう認識はいまではほぼ社会共通のものになっていますが、その度合いをどう評価するかは人によってかなり違います。そこから論が分かれていくわけですが、大野さんは、そうしたことの核になっている「お金の仕組み」を変えるところに焦点を置いています。

ちなみに、食糧とエネルギーに関しても、大野さんは言及しました。そのいずれにおいても、現状の仕組みのせいで、「不安と恐れ」が広がっているというのです。

そういう状況を解決するにはどうしたらいいか。
大野さんが解決策の鍵と考えているのが「ベーシック・インカム」と「公共貨幣制度」です。つまり、「お金の仕組み」を変えれば社会は変えられるというのです。

べ-シックインカムを大野さんは、「すべての国民に、生活に必要な額のお金を定期的に配ること」と定義し、「天の恵み・地の恵み」の代わりになるものと捉えます。それによって、すべての人が、「何も持たない存在」ではなくなり、「自尊心」を持ち、自由と自立を得て、心の底から安心して、幸せになる、というのです。
私にはかなり違和感があります。「天の恵み・地の恵み」というよりも、「国の恵み」のように感ずるからです。

解決策の2つ目は「公共貨幣制度」です。
「公共貨幣制度」に関しては、前にサロンもやりましたが、簡単にいうと、政府が借金を伴わずにお金を発行し、経済を安定させるために計画的に供給する仕組みのことで、現在の債務貨幣制度(銀行が貸し出しで作るお金)とは違って、誰の負債にもならない貨幣として発行されるお金です。
たしかに、公共貨幣は、利子や返済義務はありませんが、信用をベースにしているという点では、債務貨幣の一種です。結局は、国家の恵みということになりはしないか。

しかし、大野さんはこう言います。
べ-シックインカムがあれば、「天の恵み・地の恵み」を得ていたのと同じ状態になり、公共貨幣制度になれば、お金は「私たちのもの」になる。また、有機農業や再生可能エネルギーへ移行すれば、食糧やエネルギーは、私たち自身や地域社会のものになる。つまり、すべての人々のもとへ広く行き渡る。
そして、大野さんは、「広く行き渡っている状態」を「あまねく」と言うので、このような社会を「あまねく社会」と呼ぼうと提案します。

以上が、大野さんの構想です。
大野さんは、そうした「あまねく社会」を実現する活動を起こそうとしています。そのために、まずは「あまねく社会」について学ぶ団体を作ろうとしています。
そこで「あまねく社会」実現のための道筋を考え、活動につなげていこうというのです。

現在の社会の問題点や言葉、たとえば債務貨幣制度の説明などに時間がとられすぎてしまい、肝心の「あまねく社会」の具体的な構想やそれに向けての構想の紹介が不十分だったこともあり、話し合いはあまり対話型にはならず質疑応答型になった気がします。
また大野さん自身、限られた時間では十分の説明ができないため、詳しくは間もなく公表する論考に書いてあるという説明になってしまいました。

大野さんのホームページはすでに公開されています。
https://www.amaneku-ri.org/

そこに順次大野さんの論考が発表されていきますので、関心のある方はご覧ください。
そして一緒に活動していきたい方がいたらぜひ大野さんに連絡してください。

なお、「お金の問題」は別のおふたりからもサロンを提案されています。貨幣論は正面から取り組むと難解なので、躊躇しています。関心のある人はご連絡ください。
またベーシック・インカムに関しては、前にも一度、サロンをしましたが、改めてベーシック・サービス論と併せてのサロンを考えています。

 

| | コメント (0)

2026/09/29

■節子への挽歌6901:ユカの風邪はインフル?

節子
一難去ってまた一難。
私の頭の後ろは治ったものの、今度はユカが昨夜から急に熱を出しました。
インフルがいま流行しているのですが、インフルだったら大変です。
ともかくうつらないようにしなければいけません。

今日は大事をとって、私も在宅での読書三昧でしたが、ユカが風邪だと食事などすべて私がやらないといけませんが、私にはそれができないのです。
困ったものです。
まあ今日は冷蔵庫にあるものでなんとかしのげましたが、明日は不安です、
しかし、まあおかげで、今日も1冊、本を読みました。
『非核三原則』です。
読書ペースもどうやら戻ってきたようです。

とはいえ、まだ気になることもある。
実は今日また、ナンプレに挑戦したのですが、やはり最後で矛盾が生じ失敗しました。
やはり脳のどこかで異常が起きているのかもしれません。
いやはや、困ったものです。

| | コメント (0)

■CWSライブラリーに新しい書籍が増えました

CWSライブラリー・プロジェクトはなかなか進みません。
でも蔵書は少しずつ増えています。
最近、サロン仲間から寄贈された書籍10冊の紹介です。

〇『声なき声』(小野寺翔太朗 アルファベータブックス)〔小野寺翔太朗さん提供〕
戦禍のウクライナ・ブチャと消滅したアルツァフ共和国で“声なき人々”の生を記録し、沈黙の奥に潜む光を描くルポルタージュ。(現在絶版ですが、新版出版に取組中)

〇『あきらめないひきこもりの老後』(阿部達明 法研)〔阿部達明さん提供〕
長期化・高齢化するひきこもりと“8050問題”に直面する家族へ向けて、‟必ず解決の道筋はある”と具体的に示す、希望の実践書。

〇『十年ひきこもりから世界へ』(山添博之 Irodori Hub)〔山添博之さん提供〕
10年の重度ひきこもりの暗闇から、海外一人旅と異文化交流を通じて〈世界とつながる自分〉を再発見していく “自己回復の軌跡”を、率直な言葉で綴った再生の記録。

〇『小さな声で、地球とはなす』(小室二胡桃子 ブイツーソリューション)
湯島サロンの仲間の小室桃子(二胡)さんが思いを込めて出版した本です。どこからでも読めますので、どこかを開いてそこを話題に話し合うのもお薦めです。

〇『「共助」をめぐる伝統と創造』(松本誠一編 岩田書院)〔立柳聡さん提供〕
日韓における「共助」や「公益」の考え方の違いから「コミュニティのあり方」をいろいろな視点から考察した論考集です。副題は「日韓コミュニティ比較の視座」

〇廣山芳宣詩集『離れゆく蒼空』(海鳥社)〔廣山芳宣さん提供〕
最近は参加されませんが、20年以上前にはサロンにも時々参加していた佐世保市の廣山さんが出版した詩集です。

〇『戦争という仕事』(内山節 信濃毎日新聞社)〔井澤昭広さん提供〕
「戦争を仕事にしてしまう社会の仕組み」そのものを変えなければ平和は訪れないという根源的な問題提起の書。

〇『わたし 真実と主観性』(D・R・ホーキンズ ナチュラルスピリット)〔鈴木章弘さん提供〕
前回のブックサロンで話題になった本。自我を超えた“根源的な〈わたし〉”の主観性に立ち返り、真理がどこに立ち現れるのかを示すホーキンズ哲学の到達点。

〇『線場のひと』(上・下)(小宮りさ麻吏奈 リイド社)〔段田亜由美さん提供〕
戦後という“まだ戦場である”時代を、日本とアメリカに生きた4人の若者の視点から描いた衝撃のコミック。

〇『知能のスーパーストリーム』(半田智久 新曜社)
日本構想学会をリブート(再起動)させた半田智久さんが32歳の時に書いた書籍です。最近、話題になりだしている「ASI(超知能)」を半世紀以上前に議論していました。半田さんは今年の初め、急逝しましたが、改めて読み直すとその後の半田さんの著作の出発点がわかります。

 

| | コメント (0)

■ジュリオ・ボカレッティ『水の世界史』はおもしろかったです。

ジュリオ・ボカレッティ『水の世界史』は、「人類文明は水をめぐる闘争・管理・利権の歴史である」という視点から、1万年の人類史を“水”という一本の軸で読み解く歴史書です。とても読みやすく、面白いです。いささか厚いのが難点ですが。

水は、究極のレス・プブリカ(公共財)ですが、同時にそれを扱う水インフラには、政治構造が顕現すると著者は考えます。制度としての国家に関心のある人にもお薦めです。
また、水は自然を支える基本要素でもあります。そこから、ちょっと違った世界史が説かれているので、歴史好きのひとならきっと楽しめます。
たとえば、2010年インドを襲った熱波から始まった物語は、国際政治を変えてしまいました。

著者のこんなメッセージが気になります。

歴史を振り返っても現代ほど、世界中の社会が、市民や消費者個人の権利をこれほどまでに重んじながら、その一方で、こうした自己の存亡に関わる重大事を扱う権限を、他者にすっかり委ねている時代はない。

AIも恐ろしいですが、水も恐ろしい。
昨今の大雨被害は、その警告かもしれません。

 

| | コメント (0)

■第14回ブックカフェサロン「日本古代史」のご案内

10月のブックカフェサロンは、予告通り、「日本古代史」をテーマに、お勧めの本を持ち寄って、それぞれの日本の古代イメージや疑問などを話し合うサロンです。

サロンでは、前半では参加者各自からお薦めの古代史関係の本を紹介し合いながら、それぞれの関心事を紹介。後半では、前半で話題になった関心事のどれかを選んで話し合うようなことを考えています。昔であれば、邪馬台国論争なのですが、今だと何が論争になるかも楽しみです。
ただあまり専門的になってしまうと話し合いが難しくなりますので、あくまでも古代史愛好者レベルの話にしたいです。
これは一応の目安ですので、当日の状況に応じて変わる可能性は大ですが。

なお、現在、CWSライブラリーでは日本古代史をテーマにした書籍50冊を集めて公開しています。よかったらご利用ください。

サロンは4時に終了しますが、希望者はそのままそこで読書を続けてもらってもいいです。CWSライブラリーの蔵書も読んでもらえるとうれしいです。

〇日時:2026年10月24日(土曜日)午後2時~午後4時
〇サロンテーマ:「日本古代史」
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

 

| | コメント (0)

2026/09/28

■節子への挽歌6900:読書三昧の1日

節子
頭の後ろの異常さはまだ治りません。
注意しないといけません。
誰かがいるときに倒れればいいのですが、一人の時に倒れると大変です。
それで今日はともかく在宅することにしました。
在宅での読書三昧することにしました。

ちょうど図書館から借りてきた『水の世界史』を数日前から読み出したのですが、読みやすい本なので、まあ脳にさほどの負担をかけずに読める本です。それにとても面白い。

というわけで、今日はついに1日中、『水の世界史』を読んでいました。
幸いに夕方には、読み終えるとともに、頭の後ろの異常さも消えたようです。
なんとか危機を乗り越えた気分です。

| | コメント (0)

■同好サロン「西部劇について話しませんか」報告(2026年9月26日開催)

新たにスタートした同好サロンの第1回目は「西部劇」を選びました。
もう死語になったような「西部劇」での呼びかけでは、誰も来ないだろうと思っていたら、反響も多く、当日の参加者も7人。
ただ話し合いはなかなか盛り上がりませんでした。
やはり「西部劇」はもう過去のものだなと感じました。
0000_20260928101601

とはいえ、話す材料はいろいろ持ち寄られました。
西部劇がテーマならと久しぶりにサロンに参加してくれた斎藤さんは自分が選んだ「代表的西部劇100本」をリストにしてきてくれました。
私も観ていない西部劇が3本もありました。

コミック編集者のイシモトさんも、西部劇変遷史をまとめてきてくれました。そこにはマカロニウェスタンの最重要作品5作がありました。
ただ残念ながら西部劇音楽ベスト3はありませんでした。
イシモトさんは、当時の映画のポスターや当時映画館で販売していたパンフレットを持ってきてくれました。
このおふたりは、話したいことが山のようにある感じでしたが、今回はかなり抑え目の発言でした。

石川さんは好きな作品3つをあげてくれました。その一つ、『シェーン』でジャック・パランス演ずる殺し屋とシェーンの打ち合い場面の話をしてくれました。アラン・ラッドの早撃ちが話題になった場面です。
西部劇ファンには必ずと言っていいほど、何回も見てみたい場面がいくつかあります。私もそうで、その場面だけを見たくて昔は映画館に通い、今はDVDを観ることが少なくありません。『シェーン』のこの場面は、むしろシェーンがほんとは死んだのではないかという話が広まったこともあります。映画『交渉人』でも話題にされていました。
ちなみに、私の『シェーン』の好きな場面は、シェーンとヴァン・ヘフリンが一緒に大きな木の根っこを掘り起こす場面なのです。自分でもその気分を味わいたくてチャレンジしたこともあります。

世代が若い段田さんの一押しは『大いなる西部』、つづけて『縛り首の木』をあげました。私も『大いなる西部』が大好きで、今も毎年DVDで、年に2~3回は観ています。特に好きな場面があって、そこは繰り返し観ても飽きません。ちなみに私のその好きな場面は、『アラビアのロレンス』や『史上最大の作戦』などの作品にも使われています(と私は思っています)。
このサロンのこともあって、先週、古い西部劇を5本観たのですが、その一つが『縛り首の木』でした。私はゲーリー・クーパー派ではないのですが(ジョン・ウェイン派でもありません)、この映画は音楽が好きなのです。
段田さんは、『3時10分、決断のとき』もあげました。リメイクされたほうです。旧作よりもキャスティングが私にもピンときます。キャスティングのせいかもしれません。

万葉集の升田さんも西部劇ファンだったそうです。その理由は「馬が好き」だったからだと言います。それで挙げた作品が『荒馬と女』です。
野生の荒馬を人間の都合の良いように調教しようとする元夫に対抗するマリリン・モンローが良かった、と言います。馬の調教と言えば、『大いなる西部』での「海の男」が荒馬を乗りこなすシーンはあったかくて楽しいです。

黒澤映画の研究家の浜崎さんは、黒澤明や岡本喜八、ジョージ・ミラーなどに多大な影響を与えた「西部劇」について知りたいという思いで参加してくれました。
浜崎さんは『駅馬車』や『荒野の七人』は観ているそうですが、ジョン・フォードの『駅場所』をはじめとした騎兵隊3部作は黒澤監督に影響を与え、逆にジョン・スタージェスの『荒野の七人』は黒澤作品がハリウッドに影響を与えています。マカロニウェスタンも、黒澤映画の影響を大きく受けています。
このあたりは、いつかまた浜崎さんにサロンをお願いしたいと思いました。

テレビ西部劇の話題も出ました。だれかが『ボナンザ』を話題にしたので、毎回観ていた私が反応してしまいました。テレビ西部劇と言えば、『ララミー牧場』『ローハイド』でしょうが、あれで一挙に西部劇が子どもたちにも広がった気がします。私自身は、いずれもあまり好きではなく、『拳銃無宿』や『シャイアン』『ボナンザ』のほうが好みで、当時は録画できなかったので、すべてに優先して、その時間は在宅していました。『拳銃無宿』はカラー化されて、数年前にテレビで再放送されましたが、いま見るとなんであんなに夢中になったのかが不思議です。しかし、ドラマの『シャイアン』はもう一度観たい気がします。
ただ、映画館で観るのとテレビで観るのとでは、全く違うという話もありました。たしかに、ドラマと映画は別の世界のような気はします。

今回のサロンの呼びかけに、ある人から西部劇はインディアンを人間として描いていないから嫌いだというメールをもらいました。そんなことはありません。
今回も、『ダンス・ウィズ・ウルブス』が話題になりましたが、1964年にジョン・フォードが『シャイアン』(テレビドラマとは全く関係がありません)で、インディアンの人権を真正面から描いています。『駅馬車』などでジョン・フォードはインディアンを「悪役」扱いしていますが、その贖罪を込め制作したとフォード監督自身が語っています。
実際には、それ以前にもインディアンを人間として描いた作品はあります。有名な作品では1950年の『折れた矢』です。じっくり見れば、インディアンはただ「悪役」としてだけ登場しているわけではありません。

『ガン・ファイター』のテーマも話題になりましたが、これはいささかシリアスなので深堀までにはいきませんでした。ただその最後の決闘の話はいかにも「西部の男」という話ですが、今回は話題に至りませんでした。
マカロニウェスタンはあまり話題になりませんでしたが、『ウェスタン』は話題になりました。マカロニウェスタンの中で、私が唯一、また観てもいいかなと思う作品です。もっとも、いかにもマカロニウェスタン的なので、楽しくはないのですが。

ほかにも、『駅馬車』での暴走した馬の制御シーンや『大いなる西部』での殴り合いのシーンなどが話題になりました。あの映画は確かに映画の流れを変えたと思いますが、私自身はその世代ではなく、むしろジョン・スタージェス世代です。最初に観た西部劇の一つが『ブラボー砦の脱出』ですから。

升田さんはサロンの後、『リオ・ブラボー』の中で、リッキー・ネルソンが歌う「マイ ライフル ポニー アンド ミイ〜♪」を思い出したとメールをくれました。それでギターも始めたとか。歌もですが、あの映画のリッキー・ネルソンは輝いていました。
あまりにも時間差があるので、サロンではみんなまだ十分に思い出せなかったのかもしれません。サロンの後、私もいろんなことを思い出しました。
もしかしたら、今回はイントロダクション(火付け)だったのかもしれません。だからベスト100リストや西部劇変遷史が出て来たのかもしれません。
私は、実はみんなそれぞれがこんな場面が好きだったとか、いう話になるかなと思っていたのですが、そこまではいけなかったのはそのせいかもしれません。
参加者もそうだったかもしれません。どうも不燃焼気味に終わってしまった感があります。その原因は、私にたぶんあります。すみません。

そこで、同好サロンからのスピンアウトサロンとして、新たに「西部劇サロン」を開催することにしました。
できれば、最初は斎藤さんやイシモトに30分ほど、今回配布してくれたリストを中心に話をしてもらってのサロンを考えたいと思います。まだおふたりの了承は得ていませんが。
時にはSUN10ROサロンのように、映画をみんなで観ながらのサロンも考えたいです。

あまり気は進みませんが、メーリングリストでは盛んにやり取りされていたマカロニウェスタンも取り上げます。私は好きではありませんが、それでも初期のころの作品は20作品くらいは観ていますので。好きな場面はあまり思い出せませんが。

相変わらず勝手な報告になってしまいました。
参加者のみなさん、よかったらフォローしてください。

| | コメント (0)

■第48回万葉集サロン「山部赤人を通してみる万葉集」のご案内

第48回万葉集サロンは、前回の続きとして、山部赤人をとりあげます。
赤人を通して、改めて『万葉集』とは何かを探ってみようという野心的な試みです。
さてどんな『万葉集』が見えてくるでしょうか。
意外な大伴家持にも出合えるかもしれません。

赤人のどの歌が取り上げられるかはわかりませんが、有名な「吉野讃歌」は読んでくれるでしょう。

升田さんの万葉集サロンは、歌を通して、当時の社会や人々の生き方を読み解いていくところにおもしろさがあり、一味変わった『万葉集』の世界を楽しめます。
『万葉集』など読んだこともない人も、大歓迎です。気楽にご参加ください。

〇テーマ:「山部赤人を通してみる万葉集」
〇日時:2026年10月18日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

〔升田さんからのメッセージ〕

古代氏族伝承の存在が知られていますが、山部赤人を「山部」という氏の名から探って行くと、単に「宮廷歌人」という呼称では辿りきれない赤人の歌作姿勢が見えてくるように思います。

赤人の名は何故「赤」なのかという、時々サロンで聞かれる可愛い(?)疑問への答えも見つかるかもしれません。
名前には生命が宿っていると言います。「人」という名を持つ「柿本人麿」と「山部赤人」との違いが案外そんなところに見出せるかもしれません。

大伴家持が万葉集の中で言っている「山柿の門」は誰を指しているのか。「柿」は柿本人麿を指していると見て間違いは無いでしょうが、「山」を山上憶良とするか山部赤人とするかで家持の歌人像が異なってきます。
家持の歌と人。そこにも言い及ぶことが出来ます。ちなみに、私は山部赤人説をとっています。
「大伴」の名を負う家持はどこか赤人の影を引いています。

新しい「宮廷讃歌」と、「語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ」古代歌謡の「伝承」。万葉集の本質の一端も、そこに由来するのだと思います。

 

| | コメント (0)

2026/09/27

■節子への挽歌6899:脳出血のおそれ

節子
昨夕からちょっと気がかりなことがあります。
頭の左側の後ろ舌が何となく熱っぽく重い気がするのです。
それが今日になっても収まりません。

脳梗塞とか脳出血の恐れがあるかもしれません。
まあ脳神経外科では定期検査をしていますが、ともかく水分を摂るようにと言われていますが、私は水を摂るのが苦手なのです。

今日はサロンなので湯島に出かけていましたが、あまり感情の起伏を起こさないようにしていましたが、やはりサロンとなるといろいろあります。
ついつい感情的になってしまうのが私の悪いところなのです。
今回もちょっとそうなってしまいました。
でもなんとか無事に帰宅しました。

なんだか爆弾を抱えているようで心配です。

| | コメント (0)

■第2回健康サロン「健康のためにやっていることを話し合いませんか」のご案内

「健康のためにやっていること」や「こんなことで困っている」などを、気楽に話し合うサロンの第2回目です。
「健康づくり」や「病(やまい)対策」の体験知をみんなでシェアしていき、「みんなの健康情報センター」を目指して毎月開催という思いですが、最近サロンが多いため、当面は隔月開催します。

みんなの参考になる健康法があれば、ぜひご紹介ください。
どこに相談していいかわからない「気になること」や「困ったこと」があればぜひ話してみてください。
どこか問題を抱えている人も、抱えていない人も、ぜひ気楽にご参加ください。
身体面も精神面も対象です。それらは決して切り離せませんし。

さてどんな展開になっていくか、とても楽しみです。

〇日時:2026年10月14日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「健康のためにやっていることを話し合いませんか」
〇話題提供者:参加者全員
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

| | コメント (0)

2026/09/26

■節子への挽歌6898:西部劇嫌いの節子でしたが

節子
今日はダブルサロンでした。
午前中は我孫子で「あすあびサロン」。午後は湯島で「西部劇サロン」。

西部劇サロンは思い付きサロンだったので、誰も来ないかもしれないと思っていたら、6人も参加者がありました。
でもあまり話はかみ合いませんでした。
もっとディテイルに入った話をしたかったのですが、根っからの西部劇ファンはやはり少ないのでしょう。

節子は西部劇が嫌いでした。
人が簡単に殺しあうのが節子の好みに合わなかったのです。
だから西部劇の話は節子とはほとんどしたことがありません。
ただ節子と一緒に暮らし始めた滋賀県の瀬田の家の近くに、マカロニウェスタンの『荒野の用心棒』の大きなポスターが貼られていたのを覚えています。
まあそれもあって、節子と一緒に見に行きました。
西部劇嫌いの節子は、なぜか主役のジュリアーノ・ジェンマのファンになって、たしか続篇まで観に行ったような気がします。
まあ、そんな感じで、節子の「人を簡単に殺しうあ西部劇は嫌い」といった話もかなりいい加減だったのですが。

ゆっくりと2人で観た西部劇は、『大いなる西部』ぐらいでしょうか。
たしか大津の映画館で観た気がします。

| | コメント (0)

2026/09/25

■節子への挽歌6897:枕

節子
先週、坂谷さんに自動車で湯河原に荷物回収に行ったとき、私が湯河原で愛用していた枕を持ち帰りました。
以来、それを自宅で使っているのですが、とても快適です。

実は私は、もみ殻の枕をずっと使っています。
節子が元気だったころは数年おきに、そのもみ殻を入れ替えてもらっていましたが、節子がいなくなって、もう20年以上、もみ殻を替えたことがありません。
そのため、あまり快適な枕とは言えない状況になっています。
もみ殻も私はパンパンに入れてもらっていたのですが、さすがに今は枕もぺしゃんこになってしまっています。
でもなぜか替える気にはなれなかったのです。

それを今回、変えてみたのですが、実に調子がいい。
湯河原の枕はもみ殻ではないのですが。

湯河原は来客用に寝具を4人分セットしていましたので、もしかしたらこれよりもいい枕がまだ4つはあるはずです。節子の使っていた枕もある。
それも持ち帰ればよかったと思いました。
寝具はたぶんすべて廃棄処理されてしまうでしょう。

枕だけでも救出すればよかったです。

| | コメント (0)

■9月の茶色の朝サロン報告(2026年9月23日開催)

2か月ぶりの茶色の朝サロンは、9人の参加者がありました。
みんなそれぞれに危機感を感じているようです。
ちなみに今の高市政権に批判的な人が多かったですが、支持者もいました。
辛うじてエコーチェンバーサロンに陥らずにすんでいます。
20260923

いつものように、参加者それぞれがちょっと気になる話を出しながら、今の政治状況を考えるサロンです。

最初に出たのは、AIのこわさの話です。
最近はマスコミでもよく話題になっていますが、こわさの実体がよくわからないままの不安だけが煽られているという気がしないでもありません。しかしこの2~3年のAIの発展の勢いは驚くほどです。
一方では、その利用を誘う働きかけもすごくなってきていますので、その便利さを体験している人も少なくないでしょう。

しかし、AIがどれほどの電力や水、つまり環境を使用するかに関しては、あまり知られているとは思えません。たとえば、いま進められている秋田の山奥でのデータセンター建設の話はあまり話題にはなっていませんが、日本の水環境を壊しかねないプロジェクトです。

これに象徴されるように、私たちは目先の便利さや不都合さに関心が向かいがちで、その先に何が起こるかはあまり見ないようにしているのではないかという意見もありました。たしかに目先の満足、ある意味では「小さな満足」「小さな贅沢」に目が向いてしまっている。その結果、気候危機はティッピングポイント(転換点)を越えてしまったかもしれないと思いつつも、相変わらず先のことへの関心は低い。
なぜそうなるのかと言えば、私たちの生活の余裕のなさではないかという意見が多かったです。

しかし問題を先送りしていていいのか。例えばひきこもり問題でよく80/50問題と言われていますが、いまや当事者自身が60代になってきている。これも先送りの結果の一例かもしれません。

ティッピングポイントを越えたのは、日本のコメ問題もそうかもしれません。
一時期話題にはなったものの、米作農家の経営状況は変わっておらず、いまなお大規模な米作経営者は廃業に向かっていると言われます。自分たちのコメ作りはするとしても、市場に出すコメは減っていくかもしれません。にもかかわらず、農水省も消費者も、目先の問題潰しにしか頭にないような気もします。数年後には、各自が自分の食べるコメの確保に取り組まないといけなくなるかもしれません。米国からの輸入米やパンを食べるのではあれば、大丈夫かもしれませんが。

社会問題を扱った映画の話題も複数の人から出ました。福祉政策に関わる映画や戦争につながる映画です。映画を観た人は、とても感動したと言います。最近はこうした問題提起型の映画の上映会やトークショーも増えています。映画によって、世界を広げられることは間違いない。「知識」や「想い」は広がっている。
問題を知ることから、行動は始まります。いままだあまり動きは見えませんが、多くの人が事実を知ることで、きっと動きが出てくるでしょう。

しかし、そうした動きを抑える動きもある。
最近も国会議事堂前に限らず、毎週のようにデモは行われていますが、マスコミはほとんど報道してくれませんから、実際に行かないとわからない。

しかし、事実を知ったからといっても、動きはそう簡単には起こらない。
そもそも最近の食料物価の上昇は驚くほどですが、誰もデモを起こさない。
こんなに物価が上がり生活が苦しいのにどうして誰も立ち上がらないのか。みんな社会を変えられると思っていない、方法がわからないのでは、とか、生活に余裕がないので動けないのではという意見もありました。

でも国政はともかく、自分の住んでいる地域での課題は、その気になれば解決できることもある。まずはそこから始めるのがいいという意見もありました。だれかが動いたら、それをできる範囲で応援するのでもいい。
政治というと、私たちはついつい高市首相の顔を思い出しがちですが、自分の住んでいる「まちの問題」も、政治であることを忘れてはいけません。

高市首相の国連演説も話題になりました。
ほかにも皇室典範や憲法9条の話もありました。
そこから「人権」の話や「戦争」の話も出ました。

茶色の朝のサロンはこんな感じでいろいろと話し合いながら、それぞれが自らの生き方を問い直すのが趣旨です。それぞれの立場で、見えている社会も大きく違うことも感じられます。話し合いを通して、社会の動きを見る眼を広げるとともに、自らの考えを整理していくことこそが、茶色の朝にならないようにするための出発点かもしれません。

できればみなさんの周りでも、気楽な「茶色の朝サロン」を広げてもらえればと思います。

 

| | コメント (0)

2026/09/24

■節子への挽歌6896:トム・ドーリー

節子
久しぶりに、キングストン・トリオの「トム・ドーリー」を聴きました。
先日、映画『縛り首の木』を観て思い出したのです。
というか、なぜか「ハンギング・ツリー」と「トム・ドーリー」とを勘違いしていたのです。

まだ節子と付き合いだす前ですが、節子は会社の朝の放送を担当していました。
音楽を流すのですが、「トム・ドーリー」を流したことがあります。
それで、同じ職場だった節子に、「トム・ドーリー」は私の好きな曲だと何気なく話したことがあるのです。
そうしたら時々、「トム・ドーリー」を流してくれるようになったのです。

まあそれが縁で付き合いだしたわけではありません。
つき合いだしたのは、休日に京都に行く電車のなかで会ったからです。
当時、私も節子も、大津にある工場に勤めていました。
私は毎週、日曜日には今日とか奈良に出かけていました。
その日は、私は一人でならに行く予定でしたが、電車に乗ったら、そこに節子がいたのです。
節子は京都の叔母の家に遊びに行く途中でした。
そこで、それまであまり話したこともなかったのに、奈良に行こうと誘ったのです。
節子はなぜか、それに応じてくれたのです。

それが結局は結婚につながっていったのですが、人生はちょっとしたことで大きく変わってしまうものなのです。
あの電車の中の会話はいまも思い出します。

| | コメント (0)

■第10回中国現代文学サロン「裘山山の『臘八粥』のお誘い(案) ■第10回中国現代文学サロン「裘山山の『臘八粥』]のお誘い

第11回中国現代文学サロンの案内です。

今回は、前回の『道聴塗説』の著者、裘山山の作品『臘八粥』をとりあげます。
『道聴塗説』と同じ「現代中国文学11号」(ひつじ書房)に収載されています。

『臘八粥』は、中年女性の孤独・喪失・鬱屈した心の痛みを、臘八粥という“温かい食べ物”の象徴を通して描く、極めて心理描写の濃い作品です。主人公が、愛犬の失踪・母の死・重度の不眠という三重の喪失に沈む中で、臘八粥の“温かさ”が人生の再起の小さなきっかけとなる、そんな静かな再生の物語です。
今回は、たぶん心穏やかに読めるかと思います。
ちなみに、「臘八粥(ろうはちがゆ)」は薬膳料理の一つで、中国では「施し」「温かさ」「再生」を象徴する食べ物だそうです。

案内役は、いつものように中国現代文学翻訳会の葉紅(よう こう)さんです。

参加者それぞれがこの作品から何を読み取ったか、そして葉さんがこの作品をどう読み解いてくれるか、も楽しみですが、この作品を通して葉さんが解説してくれる中国事情もいつもとても面白いです。マスコミ情報や書籍などからのとはちょっと違った、中国や中国の人たちの理解が深まります。
参加者は必ず同作品を読んだ上で参加してください。
「現代中国文学11号」はアマゾンでも購入が可能です。
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-652-5.htm

どなたでも歓迎の、気楽な集まりですので、気楽にご参加ください。
中国の現代小説を読んだことのない人ももちろん大歓迎です。
ただ、参加ご希望の方は事前に連絡をください。

〇日時:2026年10月11日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇作品:裘山山の『臘八粥』(現代中国文学11号 ひつじ書房収載)
〇案内役:葉紅さん(中国現代文学翻訳会会員)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

| | コメント (0)

2026/09/23

■節子への挽歌6895:デモに初めて行った時の節子

節子
今日は茶色の朝サロンでした。

そこで、デモの話になりました。
わつぃはもう最近は、デモにはいきませんが、デモの話になるといつも思い出すのが、イラク派兵反対デモです。
それまで激しいデモには参加したことのなかった節子を誘いました。
国会周辺を回るデモでしたが、かなり激しいデモで、もみくちゃになりました。
節子は初めての体験で、いささか怖かったというほどでした。
そして帰り際に、明日の新聞が楽しみだと言っていました。
でも翌日の新聞には一行も書かれていませんでした。

それで節子は、新聞では現実は何にも見えてこないことを実感したのです。
それを契機に、激しいデモではなく、おだやかなでも、たとえば、ピースウォークなどに参加するようになりました。
しかし、そのうちにがんが見つかり、それにも行けなくなりました。

デモの話が出ると、いつもあのもみくちゃで押しつぶされそうになったデモのことを思い出します。

| | コメント (0)

2026/09/22

■節子への挽歌6894:手賀沼に水辺ができていました

節子
今日は台風一過のいい天気になりました。
手賀沼に行ったら、案の定、水があふれていて、いつも座るベンチも水のなかでした。
この風景は、とてもなごみます。
子どもずれの家族が、水辺で騒いでいます。
子どもたちはみんな大喜び。
水辺はやはり子供たちにとっては、魅力的なのです。

水辺に限りませんが、境目は両側に通じている不思議な空間です。

最近、時々、自分が彼岸と此岸の境目にいるような気になることがあります。
その境目を往来できればいいのですが、身近には感ずるものの、水辺と違って、ちょっとだけ足を突っ込むというのは難しい。
しかし、むしろ足ではなく、脳というか心というか、身体を離れた自分が、著音だけ彼岸を除く気分になることはできるような気がします。
というか、意識的にではなく、時に越境していたような気になることがあるのです。
残念ながら、越境したからと言って、節子に会えるわけではありませんが、何か心が平安になっていたようなことがある。
でも気付くと此岸にいる。

こうやって人は少しずつ死に慣れていくのかもしれません。
残念ながら、死は自分の問題ではないので、そう勝手になれてしまってはいけないのでしょうが。

| | コメント (0)

■第13回ブックカフェサロン報告(2026年9月20日開催)

あまり参加者がいないので、継続不安のあるブックサロンは、台風予想のなか、私を含めて5人の参加になりました。しかも今回は参加できませんでしたが、興味を持ってくださる方も出てきました。あきらめずに頑張れば、報われます。
今回は特にテーマを決めずに、参加者がそれぞれ本を推薦する「私のお薦めの1冊」です

参加者から推薦された本は次の通りです。
『「手放し」のすすめ』(デヴィッド・R・ホーキンズ)ナチュラルスピリット
『マルクス・アウレリウス「自省録」を読む」(岸見一郎)祥伝社新書
『他者との共生はいかに可能か マルクス・アウレリウス「自省録」』(岸見一郎)NHK出版
『それでも、私は憎まない」(イゼルディン・アブエライシュ)亜紀書房
『チッソは私であった』(緒方正人)河出文庫

それぞれ簡単な内容紹介をしておきます。
『「手放し」のすすめ』は、ネガティブな感情への執着を静かに手放し、より高い意識状態へと上昇するための“手放し”の実践法を示す、人生を根底から変えるための内的ワークの書です。推薦者は、この本に習ったセルフワークによって、成果を上げていると言います。いつかその人にワークショップをやってもらえるかもしれません。

『マルクス・アウレリウス「自省録」を読む」と『他者との共生はいかに可能か マルクス・アウレリウス「自省録」』は同じ古典の紹介ですが、推薦者は別々で、偶然の結果です。

「自省録」は、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスが戦場と政務の合間に自分自身に書き続けた、ストア哲学の核心を体現する“内なる声の記録”で、外界に揺さぶられず、理性と徳に従って生きるための実践的な方法が示唆されている書です。

『それでも、私は憎まない」は、3人の娘をイスラエル軍の砲撃で失いながらも、なお憎しみではなく“共存”を選び続けたガザの医師が、暴力の連鎖を断ち切るために示した赦しと人間の尊厳の力を語る自伝です。

『チッソは私であった』は、水俣病の被害者としてチッソを告発し続けた著者が、長い葛藤の末に「加害の構造は自分の中にもある」と気づき、自らの生き方を問い直した告白書です。

今回、推薦された5冊には共通点があります。
みんな問題を他者や外部のせいにせずに、自分を問い直す姿勢の本なのです。
期せずして、湯島サロンの根底に置いている理念の一つ、「一人称で語る」に通じるテーマに通じています。
ちょっとうれしい一方で、ちょっと不安な気がしました。
異論がなくなることは、サロンの意味が変わってしまうともいえるからです。

それは読書の姿勢にもつながる話です。
社会を知るために読書するのか、自らの生き方を問うために読書するのか。
読書する場合、いずれの効用もあるでしょうが、主目的をどちらに置くかで、読む本も読み取り方も変わってきます。
そんな話もちょっとありましたが、いつか、「何のために読書するのか」というテーマでのブックサロンも面白いかもしれません。

もしいずれかの本を読んで、推薦者と話し合いたいという方がいたら、推薦者をご紹介しますのでご連絡ください。

10月のブックサロンは、予告通り、テーマを「日本古代史」に設定しています。関連図書を50冊、CWSライブリラリーで公開していますのでご利用ください。
50冊のリストは次のところにリストされています。
https://www.facebook.com/groups/3908195772765997/posts/4384551031797133
上記は決して網羅的ではないので、もしほかにお薦めの書籍があればぜひご紹介ください。

書籍は貸出していますが、日本古代史関係の本に限って、10月のブックサロン(下旬の予定)までに返却をお願いします。

 

| | コメント (0)

2026/09/21

■節子への挽歌6893:我孫子も大雨でした

節子
久しぶりに我孫子も大雨でした。
下の大通りも冠水し、車も一方通行でした。
それにしても今年は雨が多い。
9月はほとんど太陽を見ませんでした。
おそらく今日も、手賀沼は溢れていることでしょう。

もっとも私は、いささか不謹慎ですが、大雨は大好きです。
何か自然の力、というか、意思を感ずるからです。

節子が元気だったころは、大雨の翌日は利根川を見に連れて行ってもらいました。
遊水地が水でおおわれている風景も何回か観ましたが、水はともかくすごい。
全てを消し去ってくれるのです。
雪と同じです。

節子を見送った数年、大雪や大雨がすべてを消し去ってくれるといいなと思っていたことを思い出します。
さすがにそういう気持ちはもう今はないですが。

それにしても今日の雨もすごいです。

| | コメント (0)

■湯島サロン「わたしの「農」体験談」報告(2026年9月19日開催)

農に取り組む薬剤師の崎川さんのサロンにつづいて、今度は農に取り組む弁理士の可兒佐和子さんに、ご自身の「農」体験談を紹介してもらうサロンを開催しました。
000000_20260921161601

40代半ばの可兒さんはこれまでほとんど農業とは縁のない生活をしてきました。農業に関心があったわけでもありません。いまの弁理士の仕事は楽しく、仕事を変えるつもりも全くない。それが、昨年、なぜか米づくりに取り組み出したのです。

きっかけは、知人から土中環境の話を聞き、興味をもって調べているうちに、「稲の多年草化栽培」研究会の存在を知り、「稲は本来多年草である。お米はもっとかんたんにつくれる」と知ったことです。そんなに簡単なら、都市で暮らす人に移住以外の選択肢もあるのではないか、自分でも生活のなかに米づくりを取り込めるかもしれないと考えたのです。
米づくりというと、村中総出での田植えを思い出しますが、多年草化した稲であれば、個人でもできる。

というわけで、好奇心の強い可兒さんは、早速研究会に参加。よくわからないなりになぜか感銘をうけ、その勢いで相模原市で行われている多年草化した稲による米づくり研修会に参加、杉並から毎回2時間半かけて、通い出したのです。しかも伴侶も巻き込んでの夫婦参加です。ちなみに今回のサロンにも、伴侶の足立さんも参加してくれました。
https://nagominou.com/?page_id=1579

実際にはじめてみると、つらいことも多いものの、ともかく新しい気づきがあるし楽しみもある。それに研修には、日本中からいろいろな目的・動機を持った人たちが集まってきていました。そういう人たちと共同作業を通してつながりが育ち、交流も始まったそうです。
自然への理解も体験的に深まり、水の流れやその力、あるいは生物多様性の実態も実感できてきたようです。自然とのつながりもまた、深まったと言ってもいいでしょう。

研修は1年で終了しましたが、その後実験田んぼを同期の仲間たちと借りてあと4年ほど続ける予定だそうです。みんな、「農業」ではなく自分の食べる分の稲を作りたい人たちなので広い田んぼではなく、機械も使用しない。不耕起で化学肥料も使わないそうです。

こうした活動に取り組むうちに、自分が住んでいる杉並区の公園内に、ボランティアが田んぼを運営しているところがあるのを知り、そこで行っている家族向けの田植えや収穫などのイベントにも参加するようになりました。そこでも稲の多年草化栽培と同じく、「不耕起+冬季湛水」という農法でやっているそうです。

さらに今年になって新しい進展がありました。
相模原よりもっと遠い、福島県の会津の自然農法無の会の有機農作業に手伝いで通うことになったのです。
https://munokai.com/?srsltid=AU7gw4V_bamw2ENLbIfgQ2uDj4xMYrnC83PYEvkwqElGf2NAfKgVSccA

きっかけは、去年から関わり始めたYou be You株式会社の「アトリア」というコミュニティのメンバーから誘われて、そこが関わっている会津の自然農法無の会の農作業に参加、そこで食べたお米がやたらおいしかったこともあり、また初めての家族以外の人との共同生活も新鮮だったので、ここにも1年通うことにしてしまったそうです。
ここでは、各地から集まった10人ほどが一緒に、大きな古民家に寝泊まりする共同生活なので、相模原市とはまたちがった体験で、農業体験というよりも、生活の中に農があり自然があるという感じだと可兒さんはいいます。農のある生活と言ってもいいでしょう。

とまあ、この2年の可兒さんの生活は、農に関わることによって大きく変わってきているようです。まだ十分には言語化できないことも多いようですが、生き方も考え方も変わってきていることは間違いないでしょう。

可兒さんは、何か明確な目的があって、農に関わりだしたわけではありません。
「稲の多年草化」という新しい取り組みに興味を感じたことから始まったのですが、今では趣味という感じではないものの、自分にとって「農」はともかく「人とつながり・人を知る場」としての面白さを感じていて、いまや欠かせないものになっているようです。
多年草化栽培が今後の米づくりの一つの選択肢になるかどうかは未知数ですが、もうすこし関わってみたいと可兒さんは言います。

稲の多年草化で、個人でも手軽に米づくりができるようになれば、いま不安視されている日本の米作問題も解決するかもしれませんが、それよりも可兒さんが体験されているように、農に関わることで、人とのつながりや自然とのつながりが変化し、生き方や考え方が変わっていけば、社会も平安な方向に変わっていくだろうなと改めて感じさせてもらいました。

可兒さんは、稲の多年草化によって、都会のプールや家のバケツでも米づくりができるのではないかと言います。大きな水田で機械化を進め工業的に取り組んで、商品としてのコメを生産・消費するのではなく、自分(たち)の主食のコメは自分(たち)でつくるようになれば、社会のあり方は全く変わるでしょう。

霜里農場の金子友子さんも参加していたのですが、内から見る農とはまた違った、外からの農の捉え方や効用などがわかって面白かったと言っていました。
できれば1~2年後にまた、可兒さんのお話をお聞きしたいなと思いました。

なお、稲の多年草化に関しては、湯島のサロンで「地湧の思想」のサロンを主催している増田圭一郎さんが、小川誠さんの『稲の多年草化栽培』を出版しています。
https://www.amazon.co.jp/%E7%A8%B2%E3%81%AE%E5%A4%9A%E5%B9%B4%E8%8D%89%E5%8C%96%E6%A0%BD%E5%9F%B9-%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E8%AA%A0/dp/4910533028?tag=search5-22
CWSコモンズの蔵書にもありますので、関心のある方はお読みください。

食と農のサロンはこれからも続けたいです。どなたか話したい人はいないでしょうか。

| | コメント (0)

2026/09/20

■節子への挽歌6892:ナンプレができなくなってしまった気がします

節子
最近、ナンプレができなくなってしまいました。
この2日間、途中で挫折してしまうのです。
そう難しい問題ではないのですが、なぜか途中でダウンしてしまいます。
ここ3日間、連続して失敗です。

やはり脳の老化でしょうか。
途中で急いで数字を確定してしまい、結果的に矛盾が生じ、そこで放棄というパターンです。

記憶力の減退も進んでいます。
固有名詞が思い出せないことが多くなりました。
身体の老化もですが、脳の老化も順調に進んでいるようです。

精神はどうでしょうか。
好奇心や疑問を持つ姿勢はあまり変わっていない気がします。
でもそれも自分では気づいていないだけかもしれません。

長生きはたくさんのリスクを含んでいます。
できれば過剰な長生きはしたくないのですが、自分ではコントロールは難しい。

身体のみならず、脳も心も、なにか対策を講ずる必要があるのかもしれません。
節子のように、伴侶がいれば、何お悩みもなく、あるがままの老化ができるのですが、節子のいない今は、やはり注意しないといけません。
娘たちには過剰な負担はかけたくありませんし。

| | コメント (0)

2026/09/19

■節子への挽歌6891:琉球朝顔で畑がまた覆われていました

節子
ずっと気になりながら行けずにいた 畑に今朝 行ってきました。
もしかしたら、放置しておいた大根やさつまいもが 少しは取れるのではないかと期待していましたが、それどころではありません。畑一面がまた琉球朝顔に覆われていました。野菜の痕跡はほとんどなく、唯一残っていたのは痩せ衰えながらも健気に頑張っているモロヘイヤだけでした。
それにしても琉球朝顔の勢いはすごいです。土が全く見えないのです。
Photo_20260920062501

一方 切ったはずの桑の木は、2本ともまた勢いを盛り返しており元気さを誇っていました。その生命力もすごいです。
人類が滅びたら、地球はまた緑で絵覆われるのでしょう。

そろそろ畑じまいをしなければいけないのですが、これは大ごとになりそうです。
次から次へと難問が出てきます。
これまでの生き方が、あまりに無計画でいい加減だったことの咎を受けているのでしょう。
もう少し計画的に生きていたら、今頃はもっとのんびり生きられていたのでしょうが。
困ったものです。

| | コメント (0)

2026/09/18

■節子への挽歌6890:孫とのディール合戦

節子
にこから声をかけられました。
夏休みの科学作品をフェイスブックに載せたお礼はないの、というのです。
耳が悪くてうまく聞こえなかった振りをして、ああ、載せてあげたお礼をしてくれるのなら、今度ココスで朝のヴァイキングをお願いしますと返しました。
そしたら、すかさず、にこは「さよなら」と返してきました。
今回は、どうやら私のペースが通ったようです。

そういえば、先日のアミダクジの賞品に関しては、まだ何も言ってきていません。
聞くところによると、スクイーズは買ってほしいと親に言ったら、自分の小遣いで買ったら、と言われたそうです。それでお鉢が私のところに回ってきたわけです。
なにしろ私は、昨年末のクリスマスに、「なんでもいつでもプレゼント券」をにこにあげているのです。
有効期限をつけなかったため、永久に使えます。
取り戻さないといけません。
さてどうするか。
知恵を出さないといけません。

| | コメント (0)

■湯島サロン「健康に役立つのは薬か栄養か食材選びか? 薬剤師が農に関心を持ったわけ」報告(2026年9月14日開催)

今年の湯島の重点テーマの一つ「食と農」のサロンです。
今回は薬剤師から食に関心を強め栄養士に、さらに食材への関心から農に取り組み出している崎川康子さん(農に取り組む薬剤師)に、ご自身の体験からの生々しい「健康と食と自然」の話を聞きました。自分の健康や社会の健康、そして自然の健康に関心のある人にはぜひ聞いてほしい話がたくさんありました。
Photo_20260918172501

ともすると多くの人は仕事(専門)から世界を見るようになりがちですが、崎川さんはどうも反対のようで、世界をどんどんと拡げています。
したがって仕事もどんどん変わっている。いや、仕事ばかりではなく、気になるとまた学び直して世界を広げるという、ともかく止まることがない。長く付き合っている友人は、会うたびに新しい仕事に取り組んでいるので楽しみだと言います。

多くの人は、どこかに定住しがちですが、崎川さんはどんどんと動いている。
おそらくこれが人間の本来の生き方なのだろうなと、私はその生き方に関心を持ちました。
そこをこそ話題にしたかったのですが、今回は「農と食」のテーマのサロンです。

始まりは大学で学んだ薬学を活かして薬剤師として化学メーカー企業に入社。そこから調剤薬局、中医学系の漢方薬局、さらには学校薬剤師として活動。薬剤師の世界でも、立場によって違った世界が見えるのでしょう。そしていろいろな「疑問」も見えてくる。
多くの人は、そうした疑問にも何とか帳尻合わせをして、その世界に定住しがちですが、崎川さんは止まりません。
薬局である相談者に食の話をしたら、薬を飲んでいるからと関心を持ってもらえず、そうしたことが直接の契機になって、栄養士の専門学校に入学。今度は行政栄養士として、食に関わることになります。
しかし、そこでも食品成分や栄養摂取基準、さらには食料関係の政策に「疑問」を感じるとともに、日本の食材・食品の実状にも「問題」を感じたようです。

そして、東京農大のグリーンアカデミーに入学。いまは農作業にも取り組んでいます。
家庭菜園に取り組み、菌ちゃん農法に取り組み、農場の作業も始めましたが、そこでもまたいろいろな気づきを得てしまう。
学んでいるうちに、もう「農」に取り組むだけでは間に合わないという気がしてきたようで、最近の関心は生態学です。
ネイチャー・ポジティブという考えにも出合った。気候崩壊はもしかしたらすでにティッピングポイント(転換点)を越えてしまい、もう消極的な環境対策では間に合わず、自然破壊の流れをマイナスからプラスへ反転させる積極的な「自然再興」策が必要だと崎川さんも考えているようです。

「人の健康は地球の健康とつながっている」というのが、いま現在の崎川さんの結論です。そして、その考えに基づいて、いろいろな活動に取り組んでいる。
こうした流れに並行して、自らの身体にも関心を持ち、合気道や気候にも取り組んでいます。私たち個人一人ひとりも、地球の一部として、地球の健康の一部を構成しているという考えに、私も共感します。地球(自然)とのつながりは、私も日々感じています。

崎川さんの生き方とそこでの気づきなどをざっと紹介しましたが、サロンでは、それぞれの段階で、つまり薬剤師として、栄養士として、農作業者として、崎川さんが気づいたことや考えたことを話してくれました。
この話が私にはとても参考になりました。私自身の薬に対する姿勢や食材に対する姿勢も、いくつか考え直す気にもなりました。
本当は、この話を報告するのがいいのですが、いささか微妙な問題も含む内容なので、中途半端に書くと誤解を引き起こしかねないため報告はやめますが、ぜひとも多くの人に聞いてほしいと思いました。
知っている人は知っているのでしょうが、知っているのと実践につなげるのとでは全く違います。知りながら、気になりながら、大きな流れに流されてしまっている人も少なくないはずです。
医療界や食品産業や農業の現場においても、仕事としておかしいと思いながらも、実際には行動を起こせないでいる人も多いでしょう。でもそうやって、見逃してきているうちに、気候危機はティッピングポイントを越えてしまったかもしれません。

いろいろなことを考えさせてもらったサロンでした。
できれば、いつかまた同じサロンを崎川さんにしてほしいと思っています。
もっと多くの人たちに聞いてほしいと思うからです。

なお、明日19日は、今度は弁理士なのに農を始めた可兒さんのサロンです。
お時間が許せば、ぜひご参加ください。
食と農は、私たちが生きていくための基本ですから。

| | コメント (0)

■節子への挽歌6889:藤本君からもらった西部劇特集雑誌

節子
今回、湯河原からの回収物の中に、西部劇特集の映画雑誌が4冊ありました。
節子と結婚してからは西部劇はあまり観に行きませんでしたが(節子は好きではなかったからです)、高校・大学時代は西部劇ファンとしてよく映画館に行きました。
一時は映画評論家になりたいなどとさえ思ったこともあります。

残っていた4冊の映画雑誌は「映画の友」と「スクリーン」ですが、節子と結婚してからも「スクリーン」は購読していました。
ちなみに4冊の中で一番古いのは「映画の友」臨時増刊西部劇特集です。発行されたのは1960年10月です。
私が高校に入った時ですが、この本は高校時代の友人の藤本君にもらったのです。

私が最初に見た西部劇は小学校時代の『シェーン』と中学に入ってからの『ブラボー砦の脱出』です。この2本で西部劇が好きになりましたが、まだ映画館に通うというところまでにはいきませんでした。
高校に入って、西部劇の刺激を与えてくれたのが、藤本君です。
あまり親しかったわけではありませんが、なぜか高校卒業時に彼がこの雑誌を私にくれたのです。
というのも、私は大学に入れましたが、彼は大学入試に失敗し、留年となり、しばらくは映画を観に行けないので、これをあげると言って私にくれたのです。
それもあって、私はその後、西部劇を観るようになったのかもしれません。

以来、藤本君には会っていません。
しかも藤本君の記憶は、この雑誌をもらったことだけしかないのです。
西部劇に関して話し合ったはずですが、その記憶が全くないのです。

西部劇のビデオテープはかなり集めましたが、結局、機器が変わりすべて廃棄。その後、DVDを集め、一時は主な西部劇はすべて集めようと思い、かなり集めましたが、実際には見る機会はあまりない。いまあるDVDも結局は廃棄されるのでしょう。

その中から懐かしい『縛り首の木』を今日観ました。
それを見て、大きな間違いに気づきました。
キングストントリオの『トム・ドーリー』がこの映画の主題歌だと記憶していたのですが、違っていました。『ハンギング・ツリー』と混同していたのに気づきました。
私の記憶はかなり間違いが多いようです。
もしかしたら、過去がいま創られつつあるのかもしれません。
高校時代の友人の「藤本君」の実在もちょっと不安になりました。

| | コメント (0)

■湯島サロン「『ダニーさんの気づき』~平和のためにできること」報告(2026年9月15日開催)

「『ダニーさんの気づき』のサロンに、私は急用ができて参加できませんでした。
サロンを提案してきたニコさんが報告してくれましたので、それを使わせてもらいます。この報告を受けて、私もコメントさせてもらいましたので、それも併せて。

〔ニコさんの報告〕
進行役苦手なニコ、佐藤さんに頼っていたら急遽予定が入ったと、ひゃー😵
 しかしサロンに集まった方々ステキな方ばかりで、機器セットしてくださる方、コーヒー淹れてくださる方、進行を受けてくださる方、うれしくなり緊張が解けましたー🫨😁

報告も上手くできそうにないので、先ずは、最後に書いていただいた参加者の方々の感想を載せさせていただきますね。

🪷良い映画を観せてくれました。
ダニーさんの魅力、行動力がよく理解できました。ありがとう(O)
🌸Nikoさん、今日は上映会サロンを開いてくださりありがとうございました。ダニーさんのお話や皆さんのお話を聞きながら、人間の被害者意識や内なる感情との向き合う姿勢について考える機会になりました。物の見方を少し変えてくれるような時間を皆さん共有できたこと、主催してくださったNikoさんに感謝いたします。( H)
🌺「ダニーさんの気づき」をただ観るだけでなく、その後に皆さんと話ができたことがとても良かったです。(笑)
🪻ダニーさんの活動を動画で見せていただき、平和を願いながら、実際に自分は何を行動しているのか?を問う機会になりました。考える、ふりかえる機会をいただきありがとうございました。(T)
🌼いくつもの気づきがありました。ありがとうございました。(Oi)
🏵️いろいろ気づかされる、ハッとできる映画でした。(U)
🌻とても良いビデオでした。いろいろ気づきがあり、改めてそうだ!と思うことが多々あります。貸し出しをすればいいかも。(Ur)
🌸「ダニーさんの気づき」DVDを観て、中之条の「おろかものの碑」の話は、力のある人が、自分が使った力の結果を逃げずに受け止めた矜持の話でほっとしました。(K)
🪷今日の「ダニーさんの気づき」で自分の気づきと体験を様々と思いました。沖縄も、広島・長崎も…しかしそれ以前の歴史をしっかり学び…未来に続けなくては…と思います。福竜丸でも、日本語ボランティアでも(K)

あの、私は何をお話したのかあまり思い出せませんが、たしか…
・ダニーさんのお話は、ユーモアがたっぷり入ってる
・民の想いと国(政治)が「まもる」ものは違う。
・気づき〜どんな人であっても、人の心の中には神がいます〜どこで気づくかは其々…教育は大きい
・「悟り」を考える…人の成長は、自己の感情をどう自身がコントロールできるか、人生はその修行場である。
・ハンナ・アーレントの見たアイヒマン
・「それでも私は憎まない」平和を訴えるパレスチナ人医師アブラエーシュ博士。

話し合いはとても楽しいものでした。
どの方もご自分のこと、ご自身の周りや家族のことを思い出しながら、……ああ、これがそれぞれが自分の気づきの第一歩なんだろうかなぁ、などと勝手に思ってしまいました。

纏まらなくてごめんなさい🙇‍♀️
このほか、死刑制度、文化の違いから偏見を生みやすい、とにかく会って話すことが大事、歴史教育の中で日本は近現代史をやっていない。戦国時代が好き⁈

※イスラエル🇮🇱と日本🇯🇵の共通点。…これは参加者の多くがショックを受け、しかし納得するようでした。

※被害者が加害者になるのは、武器と教育があれば簡単である。

全くまとまりもなく、参加した人にしか理解不能かもしれませんが、だからこそ、是非どこかでこの映画観てください、貸し出しもいたしますよ。
お声がけください。

以上、報告にならない報告でした。🤪
ニコ😘💕

〔佐藤修のコメント〕
ニコさん
昨日はありがとうございました。急に参加できなくなってしまい、すみませんでした。ニコさんの報告を読ませてもらいました。

とても楽しく意義深いサロンになったようで、とてもうれしいです。

私も、このサロンのために、ダニーさんの書いた本を2冊ほど読んで準備していたのですが、まだ映画は見ていませんでした。サロンでもいろいろ案内があったようですが、ダニーさんの映画は、検索すると上映会などのお知らせがありますので、できるだけ早く観ようと思っています。
またニコさんのサロン報告にあるように、ニコさんも貸し出しているようです。できればみなさんも、一人で見るのではなく、今回のニコさんのように、周りに呼びかけて、ただ見るだけではなく、この映画を話題に話し合えるような場をつくるといいと思います。

ちなみに私が今回のサロンの準備のために読んだ本は、次の2冊です。
『イスラエル軍元兵士が語る非戦論』(集英社新書)
『どうして戦争しちゃいけないの?』(あけび書房)
とても共感したのは、次の3つのメッセージです。

・「戦争で平和はつくれない」とわたしたちが心から思う時、戦争はなくなります。
・「敵」とはつくられた概念。(なくそうと思えばなくなります)
・(私たちがいま受けている「平和教育」は)「平和は大切だ。そのためには力(抑止力)が必要だ」ということを疑わせないという意味での「平和教育」です。

「敵」がいると思う限り、「戦争」はなくならないと私は思っていますので、ダニーさんのメッセージにはとても共感します。

先週の土曜日の朝日新聞に水俣の漁師の緒方正人さんのインタビュー記事が載っていました。緒方さんは水俣病で父を亡くし、水俣病を引き起こしたチッソに対する抗議運動の先頭に立っていたのですが、ある時、突然そこから身を引き、「私もまたチッソだった」と言い出します。「敵の企業を憎みぬいた末に緒方さんが見出したのは、「自らの内なる‟加害者”だったと、インタビューした人は書いています。
緒方さんの2冊の本も、ダニーさんのメッセージにつながるような気がします。
読んでもらえるとうれしいです。
『常世の舟を漕ぎて』(世識書房)『チッソは私であった』(葦書房)

昨日は私も実はハードな1日でしたが、友人のおかげで、無事ミッションを果たせました。疲れ切っていましたが、ニコさんのうれしい報告に、ついついコメントしたくなりました。
平和に向けて、私たち一人ひとりができることはたくさんあります。
今日も、そう思いながら、生きようと思います。

 

| | コメント (0)

■同好サロン「西部劇について話しませんか」のご案内

湯島のサロンも、いろんな人が呼びかけて開催されるスタイルが少しずつですが、育ってきています。湯島のサロンは敷居が高いなどという話もありますが、その敷居もどんどんなくなってきていると思います。

そこでさらに敷居を取り外して、何かについて話し合いたくなったら、みんなに呼びかけてサロンをやるのはどうかなと思いつきました。湯島の場所そのものを「サロン」にしていくというわけです。
そこで試しにまず、私が呼びかけてみようと思います。
名づけて「同好サロン」の始まりです。マニアである必要はありません。ただ「好き」なだけの人が中心の気楽なサロンです。もちろんうんちくを語ってもらってもいいです。

私は高校生・大学生時代、西部劇が大好きで映画館によく通っていました。
マカロニウェスタンが出てきて、西部劇のテイストが変わってしまったので西部劇から離れましたが、単純な勧善懲悪型西部劇のファンでした。

実は最近、書籍の大処分を行ったのですが、そこから西部劇特集の雑誌が何冊か出てきました。そこで、一度同じ西部劇ファンとなつかしい西部劇談義をしたくなったのです。

誰も来なかったら、一人で西部劇雑誌を読むか、あるいは好きだった西部劇のDVDを観るかしようと思います。
というわけで、自分勝手なサロンの第1回目は「西部劇」です。
よほどお暇だったらぜひどうぞ。

〇日時:2026年9月26日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「西部劇について話しませんか」
〇話題提供者:佐藤修(元西部劇ファン)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

| | コメント (0)

2026/09/17

■『それはどこでも起こり得る』のメッセージに共感します

プレディみかこさんの『それはどこでも起こり得る』(文藝春秋)を読み終えました。とても面白く、共感を持ちました。みなさんにもお薦めしたいです。

同書は、現代社会に生まれている“気になる新語”を手掛かりに、民主主義が壊れつつある現在の社会をわかりやすく解説し、「自分の尊厳を守り、抵抗する個の力を取り戻せ」と訴えています。
取りあげられている言葉は、「自己責任」「極中」「クラス・シーリング」「プラットフォーム・ポリティクス」「テクノ大衆」「リマイグレーション」。

壊れつつある世界に対して何が必要かについても提言しています。
簡単に言えば、他者を支配する力(power over)ではなく、“個の力(power of)”を取り戻せ。そしてそれを、他者と共有する力(power with)へとそだてていけというのです。私がささやかながら長年取り組んでいることに通じています。
残念ながら私の場合は、見事に挫折途中ですが、とても元気づけられました。

ぜひ多くの人に読んでほしい本です。
とりわけ女性に読んでほしいです。

| | コメント (0)

■湯島サロン「冤罪と再審法を考える①」報告(2026年9月13日開催)

この2~3年、司法関係のサロンはあまり開催していませんでしたが、日本の司法界はますます国民の意識から遠のいているような気がしています。マスコミでは「冤罪」や「裁判の再審制度」が話題になることは増えていますが、実際にその内容を知れば、状況が変わってきているようには思えません。

そもそも「司法」とは、国家秩序の安定を最優先に考えている制度です。したがって私たち国民の生活を守ってくれるためのものですが、あくまでも秩序優先ですから、時に個人の生活が犠牲になることはあり得ます。したがって、「コラテラル・ダメッジ」(秩序維持のためのやむを得ない犠牲)として「私」が冤罪などに巻き込まれることは起こり得ます。
司法は「私たちのため」にあるのであって、「私のため」にあるのではないのですが、私たちはそこの区別には実際に「当事者」にならないと気づきません。
万一、「当事者」になってしまい、判決が間違って下された時のために「再審制度」がありますが、当事者になる確率は極めて低いので、再審制度はどうしてもほとんどの人にとっては「他人事」なのです。

秩序優先の司法制度に対して、日弁連は長年、すべての人々が個人として尊重される社会を目指し、「市民のための司法制度」への改革に取り組んできています。そうした視点で、21世紀に入り大きな「司法改革」が行われ、法テラス設立や裁判員制度が導入され、冤罪や再審制度などへの関心も高まってきています。
そして今年の7月に刑事訴訟法も見直され、再審制度も「改正」されました。
言葉だけ聞いていると、これまでの検察都合での再審制度が変更され再審が行われやすくなったように思われるのですが、冤罪で苦労してきた当事者たちからは、むしろ再審制度は「改悪」だと言われているように、冤罪の救済はむしろ難しくなったとさえ言われています。
よく言われる刑事事件における「推定無罪原則」は軽視される方向にますます動いているのではないかという指摘さえあります。

そうした状況の中で、私たちはもっと「司法」への関心を深めていくことが必要です。袴田さん事件や大川原化工機事件で「冤罪」についての知識は広がりましたが、まだ自分とは関係ない話だと思っている人は多いでしょう。しかし、いつ自分に降りかかってくるかわからないのです。

そこで改めて湯島のサロンでも「司法」の問題を取り上げていくことにしました。
その第1回として「再審制度改定」を取り上げました。これはあくまでも入り口であって、できればいろいろな視点から「司法のあり方」を話し合っていき、司法への理解を深めていければと思っています。

今回は最近の冤罪事件などに関心をもって裁判や集会などにも参加している近藤和央さんに「冤罪・人質司法・再審法」の全体像をわかりやすく解説してもらいました。
近藤さんがまとめてくれた全体像はとてもわかりやすいので、それを添付します。
Photo_20260917140901

図からわかるように、近藤さんは、確証バイアスへの無自覚のもとに、自白偏重・証拠軽視が相変わらず続いていて、「推定無罪原則の軽視」がますます進行していると捉え、日本的エートスの暗黒面が生み出す「脱法的独善体質」が司法界を覆い、おごり高ぶり増長し敵なしの野放し状態になっているのがいまの日本の司法ではないかと手厳しく指摘してくれました。根本は「人権意識の問題」。日本に果たして「人権意識」が育っているのかどうか、これも意見の分かれるところでしょう。

こうした状況を変えていくには、「検察・司法への市民による監視」を強めていくことだと近藤さんは言います。袴田さんの冤罪を晴らしたのは、市民の理解が深まり運動へとつながり、検察・司法への関心が高まったことが大いに影響していることを考えると、まさに近藤さんが言うように、司法への関心を私たち市民が高めていくことが大切でしょう。
「司法」は決して「無謬」(間違いを起こさない)ではないのです。むしろ時に秩序優先で、個人に犠牲を強いることがあることを忘れてはいけません。言い換えれば、「私たち」のために、個人の「私」が犠牲にされてしまうことがあるということです。

具体的な話し合いや今回の再審制度改定のどこが問題なのか、そしてそれを踏まえた話し合いに関しては、これから開催していくサロンで繰り返し話題になると思うので、報告は省略します。むしろその気になって調べればすぐわかりますので、むしろそれぞれが調べてもらう方がいいでしょう。ただ「再審法改正」の言葉だけでなく、どう変更されたのかをぜひご自身で確認してみてください。

こんな感じで、これから日本の司法問題を取り上げていきます。
次回は、11月1日に、もう一度、近藤さんを中心に「冤罪と再審法を考える②」を開催します。海外での再審制度などの話も踏まえて、話し合いを深めていく予定です。
今回参加できなかった方も歓迎です。ともかく、「司法に関して気楽に話し合う場」をつくっていきたいと思います。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌6888:今日は読書三昧の日

節子
少し元気が戻ってきました。
やはり湯河原と縁を切ったことにどこか寂しい気持ちがあって、それがどうも気をそいでいるようです。

今日も在宅です。サロンの報告が2つたまっていますが、今日はそれは忘れて、読書に専念しようと思います。図書館から借りている3冊の本があるのです。
1冊は軽いのですが、2冊はいささか思い本です。
高橋哲哉さんの『記憶のエチカ』とベイトソン父娘の『天使のおそれ』です。
いずれも数日前に借りてきたのですが、まだ読み出してさえいないのです。
ベイトソンは、これまで2回挑戦していますが、いずれも挫折。今回は3度目の正直です。

その前に読みかけているプレディみかこさんの『それはどこでも起こり得る』を読み終えようと思います。これはとても面白く考えさせられる本です。

そういえば昨日鈴木章弘さんから定期便のハガキが届き、そこに「今年99冊目」の本を読んでいると書いてありました。
私も調べてみました。
昨日までに読了し、ノートをとっている本が84冊でした。
ノートをとらない本も少なくとも10冊はありますので、鈴木さんとほぼ同じようです。コミックを入れると100冊は越えていますから。

今日は読書三昧の日にしようと思います。

| | コメント (0)

2026/09/16

■節子への挽歌6887:コミック『伊賀の影丸』を読みました

節子
昨日の湯河原行きは、どうも思った以上に心身ともに疲れたようで、今日は何もやる気が起きません。
昨日持ち帰った荷物もまだ片づけられずにいろんな場所に積み重なっています。
段ボール箱はまだそのままで、中身さえほとんど開けていません。
ひとつあけたら、コミックの『伊賀の影丸』6冊が出てきました。

午前中はボーっとしていたのですが、午後はその『伊賀の影丸』を読みました。
コミックとはいえ、6冊もあるので2時間以上かかってしまった。
ユカは小学生みたいだと笑います。確かに、なんで『伊賀の影丸』と我ながら思います。

果たして今回、回収した書籍と残して廃棄されてしまう書籍との選択は正しかったのか、いささか心配です。いま思えば、『伊賀の影丸』ではなく、日本平和学会の機関誌のほうを選択すべきだったかもしれません。
いや、沈黙の世界史13巻のほうがよかったのではないか。そういえば、その隣に『古代オリエント』があったなどと、また余計な雑念が入ってくる。
困ったものです。

これはもしかしたら「物欲」ではなく、「過去への執着」なのかもしれません。
やはり切れたようでまだ切れていない。
前に進み出したようで、まだ呪縛されている。
今回は私が書いたものや連載していた雑誌などは回収せずに残してきたのですが、やはりまだ引きずっているようです。

人が生き返るのは難しいものです。

ちなみに『伊賀の影丸』はおもしろかったですが、なんだか無駄な時間を過ごした気がしています。
でも手塚治虫の作品は、まだ読む気になってきません。

| | コメント (0)

2026/09/15

■節子への挽歌6886:坂谷さんが自動車で湯河原に連れて行ってくれました

節子
坂谷さんが湯河原の荷物回収に自動車でも行ってもいいと申し出てくれました。
あまりにも迷惑をかけることになるので躊躇しましたが、お願いすることにしました。
正直、いま湯河原にあるものを回収しても、多分使えるものはないでしょうし、書籍の回収ならほぼ終わっています。
でも何か私の中ではもっと回収したいという気持ちがあるのです。

坂谷さんは宿泊も考えたようですが、できれば日帰りにしたいということで、朝5時に家を出発しました。
ところが運悪く雨のためか、出た途端に渋滞、さらに途中大雨になり首都高も渋滞。往路だけで5時間もかかってしまいました。
途中、節子と一緒に自動車で来たことなども思い出しながら、私はただ横に座っているだけの5時間でしたが。

実はこだわっていたのは、シャンデリアです。
この購入にはかなりのこだわりがあり、私と家族とでは意見が分かれ、結局、私が折れて、機能性より好みを優先して、2つで40万円以上もしたのです。
なぜ節子や娘たちがこだわったのかわかりませんが、あの頃のわが家の金銭感覚はいまとは大違いだったのです。
いまとなってはこのシャンデリアを回収しても、使い道もなく、もしかしたらそう遠くない先に廃棄することになりかねません。
そもそも自宅に持って帰っても置き場すらない。
それならこのシャンデリアよりも2台の自転車を持ち帰った方が意味があります。
でもやはり私としてはシャンデリアにこだわってしまった。

ところで、自動車で行ったため、いろいろと詰め込めるため、シャンデリアの他にも予定していなかったものを詰め込んでしまいました。
積めるとなると、これもあれもと未練が出てきてします。
自分の物欲にいささか呆れるほどです。
しかも、その物欲の基準が、我ながらおかしいのです。
持ち帰っても家では使えないとか、家で結局は廃棄処理することになりそうな物への執着が強いのです。
それに寝具や家具などそのまま廃棄されるのかと思うと、なんとなく罪悪感も出てきます。寝具関係の象徴として、私が使っていた枕だけ持ち帰ることにしました。

結局、予想以上のものまで自動車に積み込み、帰路に向かいましたが、また渋滞に合うといけないと坂谷さんは、食事もせずに12時過ぎに湯河原を出発。
運転のみならず、荷物の積み込みもやってくれたので、坂谷さんの疲労はかなりのものでしょう。私はただ横に座っているだけですが、さすがに彼の疲れは隣にいても感じられ、海老名で軽食をして少し休息。
回収荷物以上に、私という「荷物」に何かあるといけないと坂谷さんはかなりのストレスだったようです。出発前に、私は行かずに自分だけで行くのは可能かと問い合わせがあったほどですから。

幸いに帰りは雨にも合わず無事に5時に家に着きました。
案の定、持ち帰った荷物を見て、ユカは何でこんなものまで持ち帰ったのか、家には置く場所がないでないかと言われました。でも私としては、気持ちが収まりました。

人間の判断は、いつも合理的だとは限りません。でもそこに本性がある。
今回の一番の発見は、自分でもあまり気付いていなかった本性が垣間見えたことです。
そして何だか湯河原とのつながりも切れた気がして、安堵しています。

| | コメント (0)

2026/09/14

■節子への挽歌6885:「ご縁ってありがたいですね」

節子
昨日はサロンで湯島に行っていたのですが、お昼ごろメールが届きました。

ご無沙汰しています。坂戸市のSです。
今日は柏市の講演会を拝聴しにやってきました。駅から目的地への道を調べていたら、なんと!エヴィーバというお店が途中にある!
で、今ランチを頂いています。
超美味しいです。🤗💕

Sさんはかつて取り組んでいたコムケア活動の時に知り合った人ですが、今も高齢者支援のための活動に取り組んでいます。ともかくエネルギッシュです。
最近お会いしていなかったので、懐かしくさっそく電話をしてしまいました。
それに「エヴィーバ」の名前を憶えていてくださったのもうれしいです。
エヴィーバは私の娘の伴侶がやっている、小さなイタリアンのお店なのです。
こうやって、いろんな人が時々、立ち寄ってくださるのです。

Sさんは最後にこう書いていました。

佐藤さんやコムケアで出会った方々の顔が思い浮かんできます。
繋がりを感じつつ、今は帰りの電車に揺られています。
佐藤さん、ご縁ってありがたいですね。

ご縁はありがたい。まったく同感です。
私が今も元気で生きていられるのは、多くの人との縁のおかげです。

思い出せば、節子の葬儀の時、Sさんは仲間たちとわざわざ来てくれました。
その時、私は不覚にも泣きつづけていて、話すことはできませんでしたが。

| | コメント (0)

2026/09/13

■節子への挽歌6884:孫の成長?

節子
昨日のアミダクジの話です。
今日、帰宅すると机の上に昨日書いたアミダクジの絵の賞品が書かれていました。
私がいないうちに、にこが来て、書き込んだのだそうです。
1等は流行のスクイーズ、2等は海の生き物のぬいぐるみ、3等はちいかわのシールと書かれていました。外れは上野動物園(これは私が記入)。
よく見ると、その横に、おさむは線を書いてはいけないと書いてありました。
つまり、にこはどこを選べば1等が当たるとわかっているのです。
そこで、こっそりと線を1本を加え、1等に行くところを選ぶと外れに行くようにしました。

そのうちに、にこがやってきました。そこでまだアミダクジの書き込みを見ていないふりをして、にこに選ばせました。私の線の書き加えには気づいていない。当然、1等のところを選び、結果は外れになって上野動物園に行くことになると考えていました。

ところが、です。
にこは1等のところを選ばずに、たぶん2等のところを選んだのです。
結果、本人も私も予想していたところではなく、なんと3等のところに行き着いたのです。実は3等は、にこはあまりほしいものではないのです。

にこは、なぜ1等のところを選ばなかったのか。
何となくその後、わかったのは、1等は高価なのだそうです。
それで選ばなかったようで、もっと安価な2等を選ぼうとした。しかし欲しくもない3等になってしまった。どうもそうらしい。
なぜそうなったのか、にこはわかったかどうかはわかりませんが、結局、もう一度やろうということになった。
結果は、1等になってしまった。今度はお互いに「ずる」はなく正当な結果です。
ところでまた、にこは、でも2等のでもいいよ、というのです。
どう考えたらいいでしょうか。

結局、にこに任せることにしました。
どうせおさむさんには買えないでしょうと、いうからです。
また上野動物園行きは失敗です。
もう5年も交渉し続けているので、いまやお互いに惰性になっているのですが。

| | コメント (0)

2026/09/12

■節子への挽歌6883:にこの作品は千葉県の作品展に出品になりました

節子
にこの夏休みの宿題の科学工作の作品が入賞し、今度は千葉県の作品展に出品されることになりました。
いまアビスタで展示されているので、今日、見に行ってきました。
今年のテーマはモーター。
タイトルは「海の中のダンスパーティー」。
にこのナレーション入りの解説映像がついていました。
20261

毎年の入賞ではありますが、1年生の時の作品がいちばんよかったです。
だんだん退屈になってきている。
でもこんなことはニコニは言えません。
娘だったらいえますが、まあそういうことが娘からは批判されているのですわけです。

入賞のお祝いに、あみだくじをやることにしました。
選択肢は4本、内、3本は当りで、一本は外れ。外れだと上野動物園につき合うということにしました。
そこまでは交渉が成り立ちましたが、当りの3つの商品が決まりません。
相変わらず私の提案は悉く拒否、にこの提案はどうも気にいらない。
そのうちに、にこは友達との遊びに行く時間になった、交渉は中断。
なかなか孫には付き合ってもらえません。

| | コメント (0)

■CWSライブラリーの貸出ノートをつくりました

CWSライブラリーの蔵書が100冊を越えました。利用者も少しずつ増えてきました。
そこで「貸出ノート」をつくりましたので、借り出したい人は必ず、ノートに記入のうえ、借り出してください。

ノートの表紙に、貸出ルールとノートへの記入方法が書いてありますので、お読みのうえ、ご利用ください。
貸出ルールは次のとおりです。

・貸出対象図書は、背表紙に緑または黄色のシールが貼ってある本です。
それ以外の本および映像作品は、佐藤に確認したうえで借り出しをお願いします。
・背表紙に赤のシールが貼ってある本は、貸出対象外です。
・書籍を借り出したい人は、このノートの新しいページに次の3点を書き込んでください。
書名・自分の名前・貸出日および返却予定日
・貸出期間は原則2週間ですが、最大1か月後には必ず返却してください。
・返却時には貸出時に記入したページに簡単でいいので、読後感などを記入してください。

書籍の紛失が何冊かありますが、貸出ノートへの記入を必ずお願いします。

なお、10月のブックサロンは「古代史」をテーマにします。いま「古代史関連書籍コーナー」をつくり50冊をそろえていますので、ぜひご利用ください。
9月のブックサロンは、9月20日(日曜日)です。読書時間もとっていますので、よかったらぜひ。

| | コメント (0)

■節子への挽歌6882:メンバーを自由にするのが家族の機能

節子
「Tシャツが乾くまで」というテレビドラマが話題になっています。
昨日が最終回。私もずっと観ていました。
いろいろ考えさせられるドラマなのですが、私が共感したのは、「家族」の捉え方です。メンバーを呪縛するのが家族の機能ではなく、メンバーを自由にするのが家族の機能ではないかと最近私は考えているのですが、そうすると結婚とか同居とか親子とか夫婦とかの意味が変わってきます。
そもそも「不倫」とか「しつけ」などという発想もなじみません。「血縁」もあまり意味がない。そもそも家族の核になる夫婦は血のつながりがありません。
こうしたことは、節子と一緒に暮らすなかで、実際に感じていたことですが、節子はもしかしたら「呪縛」されていたかもしれません。
とりわけ若い頃は、私にも呪縛されていたかもしれません。
今にして思えば、悔いることがあまりに多い。

ドラマの最後で、主人公がたまたまバスで隣り合わせた子供に、「大人になったら帰るところがたくさんできるから」と話す場面がありました。
考えさせられるメッセージです。
残念ながら私の場合、帰るところ増やせませんでした。

節子のことを思い出しながら、観ていましたが、もし節子が元気でいつづけたら、私たちはどんな夫婦になっていたでしょうか。
それが体験できなかったのが、ともかく残念です。

| | コメント (0)

■9月オープンサロン報告(2026年9月11日開催)

9月の定例オープンサロンの参加者は4人でしたが、意外な人が参加しました。
いつものように、遅れての参加ですが。
参加したのは、デンマークのフォルケホイスコーレ(民衆大学)に行っていた仲谷さんです。一昨日、帰国したそうです。
元気そうでした。笑顔が増えていました。

時々、連絡があったのですが、この8か月、仲谷さんがやっていたことといえば、15キロを走ったことと2カ月のボランティア活動しか連絡はありませんでした。
しかし、当然のことですが、いろいろと学び気付いてきたようです。
今回、ほんの少しだけ話をお聞きしましたが、10月に2回にわたり仲谷さんの報告サロンをやることになりました。1回目は10月4日の予定です。

もう一人、数年ぶりに「現世」に戻って来た友人の参加(昨夜メールが来ました)を期待していたのですが、顔を出しませんでした。
しかし、久しぶりに東京や現世にやってきた人がふと立ち寄る場としてのサロンは、やはり守っていきたいと改めて思いました。

仲谷話題のほかは、「消費税の一時減税の意味」と「若い女性の立ちんぼ問題」などでしたが、最後は社会を変えるにはどうしたらいいかの激論になりました。
もっとも私の言動は異端のようで、なかなか本意が伝わらない。パラダイムが違うとやはり理解されないのでしょうか。40年前と同じ気がして、ちょっと気が萎えました。
でもまあ、「蟻の一穴」を確信していきたいです。
久しぶりに私の思いを話すサロンを企画したくなりました。最近やっていませんので。

202609

最近のオープンサロンは、政治がらみの話題が多く、まるで茶色の朝サロンのようになってきています。ただ、「放す」サロンになりがちで、「象る」サロンにはなかなか向かいません。オープンの場での「対話」はやはり難しい。

ちょうど昨日、オルテガの『大衆の反逆』の「イギリス人のためのエピローグ」を読み直していたところなのですが、オルテガがサロンに来てくれたらと思いました。
私が半世紀前に考えた「21世紀は真心の時代」は、まだ遠そうです。

| | コメント (0)

2026/09/11

■節子への挽歌6881:しばらくぶりの旧サロンの常連からの連絡

節子
節子もよく知っている、というか、いつも気にかけていたSさんから久しぶりに連絡が来ました。
この数年、音沙汰がなく、弟さんにも確認したことがあり、それで元気にしていることだけは伝わってきていましたが。

長いこと介護していたお母様が先日亡くなったそうです。
それで前に進もうという気になったようで、なにか仕事がないだろうかという相談です。ここでいう「仕事」は稼ぎ仕事のことです。
残念ながら今の私は彼の力になってやれませんが、彼が前に向き出したことはうれしいです。

Sさんは、私があるところで話したのを聞いて、湯島に来始めました。
節子とやっていたサロンにはよく来ていました。
寡黙でしたが、強い主張を持っていました。
世俗の生き方にはなじめず、思考の世界に引きこもりがちでしたが、強い正義感も持っていたため、ちょっと間違うと過激な革命を起こしそうな雰囲気もありました。
ともかくサロンでも特異な存在だったので、節子の印象には強く残ったのです。

Sさんからのメールを見て、当時のサロンのことをいろいろと思い出してしまいました。あの頃の常連たちはいまどうしているでしょうか。

今日は湯島でオープンサロン。
Sさんが突然現れるかもしれません。

| | コメント (0)

2026/09/10

■あと3年半の健康づくり活動報告10:腎臓のパフォーマンスがまた劣化してしまいました

足裏の揉み解しで、腰痛はほぼ解消し、足のしびれ問題もほとんど解決しました。
この方法は、副作用はないと思いますので、ぜひお薦めします。
ただ即効性はありません。私の場合、朝晩2回、各3~4分の足裏揉み解しを4か月つづけてようやく効果が出てきて、半年近くでほぼ完治でした。かなり根気が必要です。
ちなみに、揉み解しだけではなく、足の指の開閉や足首回しなども後半は加えました。これも効果を高めたのかもしれません。

しかし、最近の最重点課題は腎臓病対策です。
ステージ4で、人工透析の可能性を指摘されているのでさすがに本気で考えています。もっとも腎臓病は積極的な対処法がないのだそうで、現状維持が目標です。

そこで友人たちからのアドバイスで食生活を注意しています。
そのため好きな果物もあまり食べられずに、結構ストイックな食生活をしています。
ところが、昨日の定期検査で腎臓病の症状を示すクレアチニンの数値が一挙にまた2を超えてしまったのです。いささか危険な状況です。

もっともこれはある意味、予想されていたことでもあります。
というのは2週間前、医師との相談でフォシーガ(医薬品)を2週間飲んでみることにしたのです。
フォシーガは血糖値を下げる効果があるのですが、同時にクレアチニンを高めるのだそうです。クレアチニンが今の私の最大の関心事ですが、医師によれば、長期的には血糖値を下げる方が腎臓の負担を減らすというので、ともかく2週間飲むことにしたのです。それに私は「実験」という言葉には抗い難いのです。

ここは慎重さが必要なので、2週間後の昨日、結果を見に検査を受けたのですが、まさに予想通り、尿蛋白はマイナスになっていたもののクレアチニンの値は2割もアップし、2を超えてしまいました。
予想通りとはいえ、あまりに上昇値が高い。そこで薬の服用はやめることにし、2か月様子を見にすることになりました。そこで尿たんぱくがプラスに転ずれば、また服用を考えるというわけです。医師が、それで検証できますから、というので、これまたうっかり乗ってしまいました。
しかし、クレアチニンの上昇値があまりに高いのでちょっと不安ですが、なんとか次の2か月で尿蛋白もマイナスのまま、クレアチニンを1.7前後まで戻したいです。
食生活管理をきちんとしなければいけません。
でもやはり果物の魅力には勝てず、今日も社員マスカットと桃を食べてしまいました。明日からは自重したいです。

もし腎臓病の方で、クレアチニンの数値などの情報を戴けるとうれしいです。
また血糖値を下げる方法のアドバイスももらえたらうれしいです。

ともかくあと3年はサロンを続けるために、腎臓透析は避けたいです。

 

| | コメント (0)

■節子への挽歌6880:湯河原の荷物回収

節子
湯河原の書籍を先月行った時に思い切って大幅処分したのですが、それをフェイスブックで知った2人の人から、廃棄するのなら引き取りたかったという連絡が来ました。
それで今回は、廃棄は資料中心にし、できるだけ書類は残してきました。その写真をフェイスブックにアップしたのですが、前回申し出があった一人の人からやはり引き取りたいという連絡が来ました。
問題はどうやって引き取ってもらうかです。

さらに、自動車を使わないと持ち帰りできないので困っていることを知った我孫子の友人が、自動車で手伝ってもいいと申し出てきてくれました。
わざわざ仕事を休んでの大仕事です。
娘はそんな迷惑をかけてはいけないと言いますが、引っ越し業者に連絡したら、日程も含めて、中途半端な運送はなかなか難しそうなのです。

さてどうするか。
結局、我孫子の友人に頼むことにしていましましたが、娘はまた余計なものを持ち帰らないようにと心配しています。物に対する思いが娘たちと私とでは全く違うのです。

ちなみに一昨日家に宅送した書籍ですが、たぶん2年前であれば、絶対に選ばない書籍が選ばれていた気がします。生き方や関心が変わると、モノの価値は全く変わってしまう。そのことを今回、実体験しています。

でも8月に湯河原に行った時に、思い切って大事にしていた書籍を中心に大処分したのは正解でした。
思いが断ち切れた気がします。

| | コメント (0)

2026/09/09

■節子への挽歌6879:腎臓が心配です

節子
今日は腎臓病と前立腺があんの関係で、午前と午後、病院でした。

午前は腎臓病。
リスクを承知で2週間前に、医師の提案でフォシーガ(医薬品)を2週間飲んでみることにしたのです。今日はその結果の検査でした。
予想通り、尿蛋白はマイナスになっていたもののクレアチニンの値が2割もアップし、2を超えてしまいました。これもある意味、予想されていたことですが、あまりの上昇にいささか不安になりました。
医師によれば、長期的には血糖値を下げる方が腎臓の負担を減らすのだそうですが、これだけクレアチニンが上昇するとやはり不安です。
医師と相談して、一度、フォシーガの服用はやめることにしました。
医師は2か月後に尿たんぱくがプラスに転ずれば、また服用も考えようというのですが、私自身はあまり服用したくない気分です。
というわけで、なんとかフォシーガ服用なしでも尿たんぱくのマイナスは維持したいと思います。
でもどうやればいいかよくわからないこれから調べないといけません。

一方の前立腺がんはPSAが安定していて、もう大丈夫でしょう。
まあ定期検査は継続することになりましたが。

| | コメント (0)

2026/09/08

■節子への挽歌6878:湯河原の荷物の仕分けがなんとか終わりました

節子
いよいよ湯河原の部屋を手放すことにしましたが、そこにあるものの整理に今日も、ユカと一緒に湯河原に来ました。
これは大仕事です。

湯河原のカレンダーは、最後に節子が逝った時のままになっていますが、それを今日、取り外しました。
日付は2006年8月。その時が最後だったのです。
以来、湯河原はほとんどだれもいかなかった。
娘たちもなぜか行かなかったし、私は行けなかった。
その時点で処分すれば、今のように経済的に破綻することもなかったでしょうが、そのころはそういう気が全く出ませんでした。

湯河原はいつか生活拠点にしようと思っていたため、いろんなものを送りこんでしまいました。節子も来客用に寝具もたくさん用意した。でもそれらはあまり使われることもないまま終わってしまった。

いくつかの捨てがたいものもある。
部屋の明かりも、節子の思いが入って照明具をわざわざ購入して取り付けていました。でももうそれも使う場所がない。廃棄しようと思ったのですが、どうも捨てる気にはなれない。娘たちは、持ってきても使えないというのですが、どうも捨てがたい。
節子が飾ったミコノスの絵やパピルスの額も持ち帰ろうかと思います。
でも大きすぎて持ち帰れない。

今回はがんばってトルコ旅行の時に買った絨毯を持ち帰ることにしました。
これには深い思い入れもある。
娘たちは廃棄したらというのですが、どうも踏み切れない。

いろいろな思いを断ち切りながら、自宅に書籍を6箱送り、大雨にならないようにと早目にマンションを出たのですが、駅に着く直前で雨が降り出し、駅に入ったとたん豪雨になりました。
わずかな差で雨に合わずに済みました。
節子が守ってくれたのでしょうか。

こうして私たちの終の棲家のはずだった湯河原は、だんだんと遠くなってきました。
寂しいというか、虚しいというか。
とても複雑な気分です。

| | コメント (0)

2026/09/07

■節子への挽歌6877:大雨被害が続いていますが

節子
最近、大雨が日本列島各地を襲っています。
今日は関東地方も大雨予想だったため、予定していたサロンを延期しました。
先日も我孫子も大雨だったため、私を心配してくれる人もいました。
でも今日の我孫子は雨もあまり降らず、何事もありません。

ところで昨今の連続大雨被害はいささか異常です。
天が怒って私たちを戒めているとしか思えないほどです。
死者も出ています。我孫子でも事故も起こっている。

気候危機については、ローマクラブの報告書を読んで以来、私はそれなりに理解していたつもりでしたが、一時少し、人間の行動よりも自然の摂理の法に視点を移してしまい、判断を誤ってしまい。いささか楽観してきた気がします。
今にして思えば、温暖化の動きを過小評価していました。
これほどの勢いで急速に変わるとは思っていなかったのです。

それにして、私のたかが80年の生活の中で、自然の変化や気候の変化がこれほどまでに変わるとは驚きです。というか、ある意味では、その変化を実体験でした、稀有な世代といってもいいのかもしれません。
自然に対する感覚は、たぶん孫世代とは全く違っているでしょう。

雨は嫌いですが、大雨は好きです。
こんなことを言ったら不謹慎ですが、荒れた自然が好きなのです。
でも自然の荒れ方が違ってきているような気がします。
でも最近は、あれた日は在宅するようにしています。

| | コメント (0)

■湯島サロン「古希にて南半球一周の船旅をしてきました」報告(2026年9月3日開催)

ピースボートの「南半球一周船旅108日クルーズ」に夫婦で参加した安威誠さん(クレプランニング代表)を追体験する楽しいサロンでした。
なにしろ地球一周ですから、話題は盛りだくさんですが、船上での安威さんの活動も盛りだくさんで、単なる「観光報告」ではありません。
乗客は約2000人。6割が日本人、3割が台湾の人、残りはその他の国からの参加。ともかくいろいろな人が参加していたようです。
0

最初に安威さんは、世界地図でコースを紹介してくれました。今回は、東回りで、ハワイ、タヒチそしてイースター島から始まり、南米のペルーに上陸、謎の空中都市マチュピチュではちょっとした冒険旅行。つづいて、チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジルをめぐって、次はもう一つの大陸アフリカへ。そしてマダガスカルに立ち寄ってから、アジアに向かうというコースです。

船旅といっても、要所要所で陸にも上がり、観光地にも行くし、たとえばリオのカーニバルにも参加するということで、話題は山積みです。
その報告もとても楽しかったのですが、単なる観光報告ではありません。どうしたら楽しく観光できるかも、安威さんはそれとなくしっかりと紹介してくれました。もしこれからピースボートのクルーズに参加される人がいたら、とても参考になるお話でした。

船上での安威さんの活動も、まさに「ピースボート」の理念に沿った「お手本」のようなものだったといえるでしょう。
ピースボートの理念のひとつは「みんなが主役で船を出す」だそうです。船上では、みんなが主役になって企画をつくり、交流を生み出し、行動することで、世界とつながる市民としての意識を育てることが目的とされていますが、安威さんはいろんな企画を呼びかけ、参加者の多くとのつながりを生み出したようです。しかも、それを思う存分楽しんできたようです。

たとえば、安威さんもメンバーの国際箸学会で世界に広げていこうと取り組んでいる「箸技ゲーム」を紹介し、何と最後には世界箸技選手権大会までやってしまったようです。手応えがありすぎたようで、これは世界に通用するゲームだと安威さんは確信したと言います。「箸で世界に平和を!」。まさにピースボートにふさわしい。
箸技ゲームは湯島でも定期的にサロンが開催されていますので、みなさんも一度、体験してみてください。

安威さんは「まろ」という名前で通したそうですが、ともかく参加者との交流に心がけたようで、お互いにそれぞれの船室を訪問し合う関係をつくった人が各階にわたってたくさんできたそうです。船上では、いろんなグループも生まれるようですが、そうした集まりにも顔を出し、たくさんのつながりができた。クルーズを終わった今も、そうしたつながりがつづいて忙しそうです。

こうした安威さんのお話を聞いて、「ピースボード」がこの活動を続けている意味が腑に落ちた気がします。
たとえば、こんな話も紹介してくれました。車椅子生活になった人に乗船してもらい、クルーズの間に車椅子なしで歩けるようにしようという課題をつくって挑戦した結果、刺激の多い船上生活のおかげで、下船時には車椅子なしで歩いて降りるところまで回復したそうです。そうしたことに触れて、安威さんは日本の介護事業についても、いろいろと考えさせられたようです。

マチュピチュでの話やリオのカーニバルの話など、観光地の話も楽しかったのですが、私は安威さんの船上での生活や参加者との関係づくりに興味を感じました。
ともかく面白い話が山積みで、途中での質問も多く、30分時間を延長したにもかかわらず、今回はブラジルで終わってしまいました。
それに、肝心のこのクルーズを通じて、安威さんが何を感じ、どう変わり、何を発見してきたのかをもう少しお聞きしたかったのですが、今回はかないませんでした。
アフリカ編にも魅力があります。参加者も、パート2を望んでいますので、できれば安威さんにはぜひパート2をやってもらいたいと思っています。安威さんが受けてくれればの話です。

ちなみに今回の安威さんの活躍は参加者やスタッフたちにも伝わったようで、旅の最後の下船時の式典では、日本代表としてのスピーチを依頼されたそうです。
安威さんのおかげで、今回参加された人たちの楽しみもきっと増幅されてのではないかと思います。もちろん一番楽しんだのは安威さんでしょうが。

安威さんは、楽しんだだけではありません。
安威さんご自身、自己の振り返りや日本の再発見やらリアルな世界情勢やらほんとに勉強になったと言っています。3か月以上も限られた空間(船上)で生活を共にすると、いろんなことが見えてくるのでしょう。まさに非日常的な日常から学ぶことは多い。
平和に向けて私たちが心がけることは何なのか、そんな話も安威さんからお聞きしたいです。今回のサロンでもいくつか示唆されていましたが。

ちなみにサロンに参加した人が仲間と一緒に来年、西回りの北半球コースのクルーズに参加するそうです。そのなかには、箸技ゲームに取り組んでいる箸タイマーもいるので、もしかしたら第2回船上世界箸技選手権大会が開催されるかもしれません。「箸で世界に平和を!」も夢ではないかもしれません。

安威さんのお話の面白さや楽しさを伝えられないのが残念です。
安威さんがなぜこのクルーズに参加したかなど、も書き出したら、いろいろとあるのですが、それはまた。
Photo_20260907175201

| | コメント (0)

■湯島サロン「幸せに生きることを阻む「お金に関わるしくみ」」のご案内

「誰もが心底幸せになる世界」をつくる方法を話し合うサロンのご案内です。

大野さんは、いまの社会に大きな疑問を感じ、もっとだれもが安心して暮らせる社会ができないものか、そんな思いから国会議員の政策担当秘書に転職しました。その後、両親の経営していた会社をたたんで、土地の売却や借金の返済などの経験を踏みました。

そして行き着いたのが、「お金に関わる5つのしくみ」。
それを切り口に、社会を変えていく活動に取り組もうと動き出すことにしました。
今回のサロンは、そうした大野さんの構想と実現に向けての具体的な取り組みを話してもらい、みんなで話し合いたいと思います。

大野さんのメッセージをお読みください。

私たちは、自尊心(自分を大切に思い、「自分はありのままで大丈夫なんだ」と思える感覚)を持つことで幸せに生きることができます。
しかし、「お金に関わる5つのしくみ」は、5000年かけて、私たちの心に不安や恐れを埋め込み、それを阻んできました。
「お金に関わる5つのしくみ」とは、単一穀物大規模栽培(最初の税)、お金、資本主義、利子、債務貨幣制度(今の「お金を発行するしくみ」)のことです。
サロンでは、これらのしくみが私たちに与えた影響を解き明かし、解決策(これも、お金に関わるしくみで、私たちの心だけでなく、社会や環境をも守るものです)を探って、「誰もが心底幸せになる世界」をつくる方法を考えます。

以上が大野さんの思い、と言うか、実現に向けての決意表明でもあります。
1時間ほど、大野さんのお話を聞いたうえで、後半の1時間では、「誰もが心底幸せになる世界」をどう実現できるか、みんなで一緒に考えていきたいと思います。

みなさんの参加をお待ちしています。

〇日時:2026年9月27日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「幸せに生きることを阻む「お金に関わるしくみ」」
〇話題提供者:大野忠治さん(一般社団法人公共貨幣フォーラム 理事)
〇会費:500円
〇参加申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

 

| | コメント (0)

2026/09/06

■節子への挽歌6876:孫にとって魅力あるものがわからない

節子
にこの夏休みの宿題の科学工作が、また入賞したそうです。
めずらしくうれしそうに、にこが報告に来ました。
私は作品は見せてもらえていないのですが、今年はモーターを使ったのだそうです。
かなり苦労していましたらか、どんな作品に出来上がったか楽しみです。
まあ近いうちに近くのアビスタで展示会があるでしょう。

ご褒美に、上野動物園にいこうと提案しましたが、32日ならいいよといわれました。つまりノーということです。
上野動物園に行く交渉はもう数年になりますが、全く進展はありません。
しかし最近、なにやらにこが集めているキャラクターのお店なら行ってもいいという気配が出ています。

しかし今どきの子供は、祖父との付き合いには興味はありません。
私自身のことを思えば、それは当然のことです。
友だちと遊ぶのがいちばんです。
まあそこが悩ましいところですが、一度くらいつき合ってほしいものです。
そのためにはどんな魅力を提案すればいいのか。
それがまだ見えてきません。

| | コメント (0)

2026/09/05

■節子への挽歌6875:「温故知新」と「志士仁人」

節子
フェイスブックをやっていると、時々、知らない人からメッセージが届きます。
最近届いたのは岡山在住の森さんという方です。
私とほぼ同世代。岡山大学の名誉教授です。
フェイスブックを見ると、いささか個性的な、というかかなり変わった人のようです。まあ私の感覚では、むしろ正常な人ともいえますが。
仏教哲学や東洋思想がご専門のようで、著書も多いです。
小学校や中学校の校長先生の経験もおありのようです。

その森さんが、なぜか本を送ってきてくれました。
『クマ先生と読む論語』
子どもたちにも読めるようにと漫画入りの読みやすい新書版です。
私には、その最初の2つの章を読んで、読み終わったらお孫さんに、と手紙に書かれていました。

最初の2つは、「温故知新」と生き方を示す「学而第1-15」です。まさか私のことを「志士仁人」と言ってくれたわけではないでしょうが、この2つの章を指定してくれたのはうれしい限りです。

ちなみに『論語』は、私の生き方にたぶん大きな影響を与えています。
下村湖人の『次郎物語』と『論語物語』を中学時代に読んで、それがたぶん私の心にかなりの影響を与えているような気がします。

森さんは私のフェイスブックを読んでいて、湯島のサロンのことを、「うれしくてうらやましい」と言ってくれています。
いつか森さんにもサロンをしてほしいですが、さすがに岡山は遠い。
でもきっと森さんにはいつか会えるでしょう。

| | コメント (0)

■9月の茶色の朝サロンのご案内

8月は「茶色の朝」サロンができませんでした。
それで9月は少し早めに、と思っていましたが、最近はサロンが多くなかなか日程がとれませんでした。しかし、忙しさを理由にする生き方こそ、茶色の朝につながっていくと反省。サロンが最近多いので、躊躇していましたが、連休最後の23日に開催させてもらうことにしました。

周辺にあるちょっと気になることを出しあいながら、いまの政治に関して話し合うサロンです。

〇日時:2026年9月23日(水曜日/休日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

フランスの寓話『茶色の朝』(フランク・パヴロフ)にあるように、社会が少しずつ、気づかぬうちに全体主義へ傾斜していくような気配を感じることがますます強まっています。いや、その気配さえも、最近はまあしかたないかと気にしなくなってきている自分にも、時々気づきます。
みなさんはいかがでしょうか。

今月も、気になることを話し合いながら、何かできることをさがす、「茶色の朝」サロンを開催します。

「茶色の朝」サロンはちょっと気になる政治話題(生活話題)を話し合おうというサロンです。難しい政策論議ではなく、ちょっと気になることを話題にします。
私たちの周りで起こっていることのほとんどは、「政治」にかかっていますから。

「茶色の朝」サロンについては次をご参照ください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-dd3c.html
CWSライブラリーにも『茶色の朝』は蔵書されていますので、ご利用ください。

政治に関する考え方は、いろいろあると思いますが、茶色の朝サロンは多様な考えを重視しますので、自民党びいきも共産党びいきも、自称無党派層も、無関心の人も、歓迎です。違った発想も尊重しながら、話し合えればと思います。特定の政党を忌避することは、まさに茶色の世界への入り口ですから。

テーマは参加者次第で決まっていきます。
議論したいテーマがあればぜひ問題提起してください。

 

| | コメント (0)

2026/09/04

■節子への挽歌6874:生き方を間違えていました

節子
今日は湯河原に行って、回収する書籍や小物を持ってこようと思っていましたが、いささか最近疲労が重なっていて、体調もあまりよくないので止めることにしました。
節子がいたら、自動車で行ってすべてを持ち帰られるのですが、ユカもジュンも日帰りでは無理だというし、そもそも東京を抜ける自信がないようなのです。

節子は自動車が好きでしたが、娘たちは私に似てか、運転が好きではないようです。
峰行に頼もうかと思いましたが、彼も忙しいのと休みがあまりないので、やめました。簡単な引っ越し便も探しましたが、いろんな意味で無理そうです。

というわけで、2回ほど通って持ち帰ったり、ヤマト便で送ろうかと思っているのですが、いささか憂鬱です。

やはり物はない方がいい。
お金は使うものでためるものではないという考えが強かったため、マンションなどを買ってしまったのはいまにして思えば、大きな誤算で、今はそれに苦労しているわけです。困ったものですが。

そう考えると、私の生き方は、その都度主義で、計画性が全くありませんでした。それでも何とかうまくいったのは、節子がいたのと時代が支えてくれたのでしょう。
ひとりになったら何もできないうえに、時代が変わってしまった。

湯河原の不動産は、売却すれば老後の生活費になると思いきや、現実は借金返済にも達しない。さてさてこれからどうするか。
いろいろと考えると、いささか憂鬱になりますが、いまはともかく湯河原をきれいにしなくてはいけません。
そういえば、トルコで買った絨毯も湯河原にある。あれも回収するとなるとこれまた荷物が増える。それに持ってきても使う場所がない。
ネットで売りに出したら買い手が現れるかもしれませんが、それも面倒。

むすめたちから馬鹿にされるのも仕方がない。
もう少し先を考えて生きてくればよかった。
どうも私は生き方を間違えてしまったようです。
そういう生き方を注意もせずに、先に逝ってしまった節子の責任は大きい。
全く困ったものです。

今日は湯河原行きをやめてしまったので、在宅で過ごしました。
おかげで本を2冊、読みました。

| | コメント (0)

■東畑開人さんの『カウンセリングとは何か』(講談社現代新書)を読みました

私は、カウンセリングという言葉に違和感があります。そういう文字がついている書籍は、ある時から全く読まなくなりました。どうも「うそっぽい」からです。
ところが、『カウンセリングとは何か』という本が図書館の新書の棚で目について、なぜか借りてきてしまいました。あまりに直球の書名であり、徴発されているような気分になったのです。
というわけで、今朝、ちょっと読みだしたら、著者の思いが伝わってくるのです。
で、止まらなくなり、結局、飛ばし読みですが、読み終えてしまいました。おかげで今日の予定はできませんでした。人生はなかなか予定通りにはいきません。
とても示唆に富む本だと思うので、それらしき活動をしている友人に薦めたくなりました。ついでにここでも紹介しておきたくなりました。

東畑さんは、カウンセリングとは、生活を回復するための科学的営みでもあり、人生のある時期を過去にするための文学的営みでもある、と書いています。
「文学的営み」という表現は、いささかわかりにくいでしょうが、私にはとても腑に落ちました。人生は、科学ではなく、物語ですから。もっとも、東畑さんは、科学的な次元と文学的な次元を生きるのが人間である、と言っていますが。

東畑さんはまた、カウンセリングとは、近代の根源的なさみしさの中で、ほんとうの話をすることを試み続ける場所である、とも言っています。これは、まさに私が感じていることです。というか、そういう私の考えからすれば、昨今のビジネスとしてのカウンセリングの場は、むしろ「封じ込めの場」に思えていたのです。

さらに東畑さんは、死ぬことと生まれることは表裏一体であり、古い物語を終わらせることが新しい物語を始めることでもある、といい、重ねて、ちゃんと生きるとは、ときどき死んで、その都度新しく生まれることだ、とも言います。実に納得できます。「死と再生」があればこそ、人生は楽しい。

こうも言います。心には生活と人生という2つの次元がある。そしてそれに応じて、カウンセリングも「作戦会議としてのカウンセリング」と「冒険としてのカウンセリング」があるという。
「冒険としてのカウンセリング」。不謹慎だといわれそうですが、ちょっとワクワクしませんか。ちなみに、その2つのカウンセリングの実践に関しても東畑さんは丁寧に解説してくれています。私は面倒なので飛ばし読みしてしまいましたが。

新書版にしてはちょっと厚い本ですが、とても読みやすいです。
人生に疲れている人にお薦めします。

| | コメント (0)

2026/09/03

■節子への挽歌6873:20回忌

節子
今日は節子の20回忌。もう19年が経過しました。信じがたいほどの年月です。

朝、娘たちとお墓参りに行きました。
いつもなら、会食なのですが、うっかりして今日は湯島のサロンを入れてしまいました。困ったものです。

ところで自宅の供花も、ユカが用意してくれたのですが、今年のユリはカサブランカではありませんでした。
節子はカサブランカが大好きだったので、命日にはいつもカサブランカを供えてます。私もカサブランカの香りが大好きで、その香りで充満した部屋で命日の前後は過ごしますが、今年はカサブランカではないの、ユリの香りも弱いです。
ユカによれば、昨日は花屋さんにカサブランカがなかったのだそうです。

今年は特にお寺での法事はしませんが、来年は、もしかしたら私のマイナス3回忌(または7回忌)と併せて、節子の21回忌をしようかと思っています。
湯からは、冗談にもならないようなことはやめてほしいといわれていますが。

今朝は秋らしい朝です。
19年前を思い出します。

 

| | コメント (0)

2026/09/02

■節子への挽歌6872:やはりユリがあると落ち着きます

節子
ユリが届きました。
明日は節子の20回忌。節子があいなくなってからもう19年が経過したのです。
20回目の命日に向けてユカが供えてくれました。
やはりユリが落ち着きます。
残念ながら今年はカサブランカではありませんが、まあ元気のいいユリなのでいいでしょう。

うっかりして明日の命日にサロンを入れてしまいました。家族での会食もできません。困ったものです。
サロンに出かける前に、お墓参りに行く予定ですが、うっかりも度が過ぎているとユカに叱られました。

明日からはまた、気を入れて前に進もうと思います。
この2日間、ほとんどリビングの長椅子で過ごしてしまいました。

| | コメント (0)

■第11回SUN10ROサロン『映画の中の黒澤明』報告(2026年8月30日開催)

今回は、改めてまた、河村光彦監督の作品『映画の中の黒澤明』をみんなで観ました。
またとはいえ、前回とは違って河村さんご自身のナレーション入りの新編集版です。
ナレーションが入ったことで、全くと言っていいほど印象が違います。
河村さんの解説もとても適切でわかりやすい。
若い時の河村さんも映像で登場します。
Sun10ro2026081

私は今回で3回目ですが、毎回、新しい気づきをもらえます。
特に黒澤明監督に対しては、書籍で読むのとは全くと言っていいほど違う人柄を感じ、やはり河村さんと同じく学生で応募して黒澤映画に出演した櫻井勝さんが、つい自然と「くろちゃん」と言ってしまったという話もよくわかります。
しかし河村さんは、実に生真面目に黒澤監督に対応したようです。それもまた河村さんらしい。

『映画の中の黒澤明』は、黒澤明監督の大作映画『乱』(1985)のメイキング映像をまとめたドキュメンタリーですが、黒澤監督が自由に学生たちに撮影を任せたのも驚きです。しかも、時にアドバイスまでしていたようです。
一本の映画の撮影現場をここまで詳細に記録した映像は、おそらく他にはないでしょう。その意味で、本作品が日本映画ペンクラブ賞奨励賞など受賞したのも納得できます。
しかもこの作品を河村さんは私財をなげうって、一人で制作したのです。
改めてその行為に頭が下がりますが、河村さんはそれほどまでに黒澤明に惚れているのです。
惚れているだけではありません。使命感を背負っているのです。
黒澤監督の映画づくりの記録を通して、「効率やアルゴリズムが映画制作を主導する現代に、黒澤明の“忍耐・規律・人間への信頼”を提示する」ことで、映画とは何か、創造とは何か、人間をどう信じるか、という黒澤明の精神そのものを残したいと河村さんは言っています。
AIによって。映画制作が大きく変わりつつある今だからこそ、河村さんの思いと活動は貴重です。

いささか固いことを書いてしまいましたが、サロンでの河村さんの話は、いつものように楽しく愉快なものでした。
それに今回は、新たに黒澤明研究家の20代の浜崎さんが参加しました。
20代の若い世代の黒澤明の研究家。とてもうれしい話です。

浜崎さんは、昨年からこの映画を何回も観ています。
そして、黒澤映画に取り組む河村さんのドキュメンタリーをプロデュースする話も進んでいます。もし実現したら、前回のローランド・リチャードさんのとはまた別の河村さんの魅力が引き出されるでしょう。もし実現したら、リチャードさんも加えての鼎談サロンを企画したいです。

黒澤映画は、日本では最近はあまり話題になりませんが、海外での評価はいまなお非常に高いと言っていいでしょう。「映画の中の黒澤明」で取り上げられている『乱』も、公開時日本では興行的には失敗だといわれましたが、海外では非常に好評でした。
その理由に関しても、河村さんはしっかりと分析しています。

ちなみに、『乱』の製作費は 26億円でしたが、日本での興行収入は 17億円弱だったそうです。『映画の中の黒澤明』のなかでも、4億円かけてつくったお城を燃やす場面が出てきます。いろいろな意味で面白い場面です。
いまではこういう場面もAIでつくられるのでしょう。同じ映画でも、全く違ったテイストになるのは当然といえば当然かもしれません。

次回のSUN10ROサロン(10月30日)は、いよいよ映画『乱』を取り上げます。
まだ観ていない人、あるいはもう一度観たい人のために、サロンの前の午前中、湯島で映画を上映します。10時スタートの予定です。
サロンは、午後2~4時です。
映画『乱』を別のところで観て、サロンだけに参加するのももちろん歓迎です。
また改めて正式の案内を出しますが、ぜひともご予定ください。

河村さんに託された黒澤明監督の思いを、ぜひとも開花させたいと思っています。

| | コメント (0)

2026/09/01

■節子への挽歌6871:こころがやすまらない

節子
9月になりました。
元気が出ないのは、やはり9月だからかもしれません。
ともかく「不安感」から解放されないのです。
ともかく「こころがやすまらない」。
最近は、生きていることと死んでいることとの違いがあいまいになってきていますので、そういう「不安」ではないのです。
でもなぜか落ち着かない。

やらなければいけないことがあるにもかかわらず、やる気が起きない。
気になっている人も少なくないのですが、声をかけられない。
この無力感は、一体何なのでしょうか。

| | コメント (0)

■第9回増田サロン「ケアと自由」報告(2026年8月29日開催)

増田圭一郎さんと一緒に「地湧の思想」を考えていく増田サロンの9回目は、今春、『生産と消費からケアと自由への転換』を出版された山本眞人さんに、同書で伝えたかったメッセージを紹介してもらいました。
そこでの主張が、増田さんの「地湧の思想」に深くつながっているというのが増田さんの意図でしょう。

最初にまず山本さんから、著書の内容を紹介してもらいました。
『生産と消費からケアと自由への転換』を読んでいない人のために簡単に説明すると、同書はD・グレーバーの『万物の黎明』で提起されているメッセージを現代的課題につなげて、現代社会変革の指針と方法を提起している「実践の書」です。
20260829

グレーバーのメッセージは、いろいろな物語として読み解くことができますが、山本さんは意外な読み解き方をしています。
まずフェミニストのF.フェデリーチたちと歴史家のP.ラインバウが取り上げられ、その後にグレーバーが登場するのです。この構成はグレーバーが重視した「対話性」に同調し、活動家・著作家としてのグレーバーが一方的に主張するのではなく、多様な他者との対話を通じて思想を深めた姿勢に倣ったのだそうです。

山本さんの主張は、「生産と消費」を中心に組み立てられた資本主義的世界観を根本から組み替え、「ケア」と「自由」を社会の中心価値に据えるべきだ、というパラダイム転換の必要性です。しかもそれが、気候危機・不平等・帝国化・生態系破壊という複合危機を突破するための“現実的な社会モデル”として提示されているのです。

最初に取りあげるのはフェミニストのフェデリーチ。ちなみに、私は本書を読むまで、フェミニズムは経済成長や資本主義に加担しているように感じていて、否定的でしたが、フェミニズムもどんどん変わってきていることにようやく気付かせてもらいました。フェミニズムという言葉自体にはまだ違和感がありますが。
フェデリーチは、1980年代にナイジェリアでアフリカ諸国を資本主義的市場経済に組み入れるための「構造調整プログラム」に触れ、それを「新しいエンクロージャー」と捉え、資本主義が繰り返し必要とする暴力であると主張したのです。
女性の視点から読み直すと、かつてのエンクロージャー(土地囲い込み)によってコモンズが解体され、再生産を担う女性たちにとって最大のセーフティネットが失われた。そして、それが、「生産」と「消費」を分断し、「生産拡大」「消費拡大」を前提とする近代の価値観を生み出したというわけです。

いままた「テクノ封建制」や「デジタル囲い込み」といわれるような、新しいエンクロージャーが進んでいますが、グローバルノース(北)においても「ケア・コモンズの再構築」が必要だと山本さんは言います。
そしてそこから、グレーバーの「価値論」における「価値(value・単数)」と「諸価値(values・複数)」の対比を紹介。前者は貨幣で測れる交換価値、後者は数量化・比較不可能な文化的・生活的価値(真善美など)を指しますが、資本主義のなかでは諸価値が貨幣的価値に一元化される「倒錯」が起こる。生命やケアの領域は「インフラバリュー」として重視される価値であるにもかかわらず、この倒錯によって低く評価され、経済は人間からどんどん遠ざかっていく。
ちなみに、ここでいう「ケア」は支え合う相互関係、「自由」はケアを基盤にした関係性の自由として再構想されています。

グレーバーはこの倒錯からの脱却の糸口として「ユニバーサルベーシックインカム(UBI)」を挙げていますが、山本さんは「グレーバーが生きていればその先を論じたはずだ」として、議論の続きを読者に呼びかけるのです。
今回はあまり深堀はできませんでしたが、UBIについては、新自由主義との親和性や監視社会化のリスクを懸念する声もあり、またむしろ「貨幣」から自由なベーシックサービス(食・住・ケアの現物保障)の方が有効との意見がありました。

つづいて、「価値の倒錯からの脱却」の具体例として、山本さんはスペインのカタルーニャ統合協同組合(CIC)、メキシコのサパティスタ、シリアのクルド人難民キャンプの自治政体ロジャヴァなどを紹介してくれました。
山本さんは、サパティスタなどの「シェルター的なオルタナ・コミュニティのネットワーク」が世界を変えていくと考えています。
南の民衆運動(生態的コモンズ)と北の社会運動(気候正義・マイノリティ排除への抗議)が、「ケア・コモンズ」の視点で結びつくことで、ポスト資本主義への道が開かれるというわけです。

話し合いで出た話題を一部紹介します。
最初に出たのは「国家」。サパティスタが続いているのは、国家との距離の取り方に関わっているように思いますが、国家をどう位置づけるかは重要なテーマです。
国家はなくならないという認識のもとに市場の中にオルタナティブな経済(社会的連帯経済)を作ることと、国家の政策を変えることの両方が必要だという主張と国家とは切り離されたケア・コモンズのネットワークが国家を後退させていくという両論がありましたが、今回は議論にまではいきませんでした。

それに関連して「公共性」も問題になりました。
これは湯島サロンでの根本的なテーマで、これまでも何回も話題になっていますが、「公(パブリック)」と「共(コモンズ)」の概念的混同が日本の問題の核心であり、市民社会(コモンズ)という第3のセクターを可視化し、むしろそこを中心に社会構造を変えていくことが大切で、その手始めに「公共性」という言葉を捨てるべきだというのが私の考えなので、これも今回は議論を差し控えさせてもらいました。

しかし参加者から、生協運動、コミュニティ財団、フリースクール、農福連携、労働者協同組合、ビュートゾルフなど、市民社会的な事例や話題も出されました。
なぜ日本では広がっていかないのかという話も出ました。私もこれまでいろいろな活動に触れてきていますが、そこには「公共の罠」があるように感じています。

山本さんは、同書の中で、人間と生き物たちは、「脆弱性」と「相互依存性」という基本的条件を共有し、それを前提に相互に支えあって生態系や社会システムをつくりだしている、と書いています。つまり本来、人間を含めた生命の世界は「ケア・コモンズ」なのです。そこには上下関係や一方的な依存関係はない。とても共感できます。
山本さんは、そうした「ケア・コモンズ」に向けて、この30年間、サパティスタは、思想的、実践的に、とても誠実につきつめてきた、という。そしてそこに大きな希望をお持ちなのです。

ちなみに山本さんは、その点に関して、『ケアと自由』に書ききれなかったことをnoteに発表されています。ぜひお読みください。
「複合的危機に立ち向かう闘いのネットワーク」
https://note.com/yamamoto_mahito/n/nb3eebf4e820e

ほんの一部の紹介、それも勝手な紹介になってしまいましたが、できればぜひ山本さんの『生産と消費からケアと自由への転換』(BMFT出版部)を読んでおいていただけると、うれしいです。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784991293481

ちなみに同書の終章は、「気候危機と「水のコモンズ」」です。ここだけでもぜひ多くの人に読んでほしいと思います。
https://kenji-world.net/commons/wp-content/uploads/2026/07/%E3%80%90%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%81%A8%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%80%91%E7%B5%82%E7%AB%A0.pdf?utm_source=copilot.com

| | コメント (0)

« 2026年8月 | トップページ | 2026年10月 »