■節子への挽歌6886:坂谷さんが自動車で湯河原に連れて行ってくれました
節子
坂谷さんが湯河原の荷物回収に自動車でも行ってもいいと申し出てくれました。
あまりにも迷惑をかけることになるので躊躇しましたが、お願いすることにしました。
正直、いま湯河原にあるものを回収しても、多分使えるものはないでしょうし、書籍の回収ならほぼ終わっています。
でも何か私の中ではもっと回収したいという気持ちがあるのです。
坂谷さんは宿泊も考えたようですが、できれば日帰りにしたいということで、朝5時に家を出発しました。
ところが運悪く雨のためか、出た途端に渋滞、さらに途中大雨になり首都高も渋滞。往路だけで5時間もかかってしまいました。
途中、節子と一緒に自動車で来たことなども思い出しながら、私はただ横に座っているだけの5時間でしたが。
実はこだわっていたのは、シャンデリアです。
この購入にはかなりのこだわりがあり、私と家族とでは意見が分かれ、結局、私が折れて、機能性より好みを優先して、2つで40万円以上もしたのです。
なぜ節子や娘たちがこだわったのかわかりませんが、あの頃のわが家の金銭感覚はいまとは大違いだったのです。
いまとなってはこのシャンデリアを回収しても、使い道もなく、もしかしたらそう遠くない先に廃棄することになりかねません。
そもそも自宅に持って帰っても置き場すらない。
それならこのシャンデリアよりも2台の自転車を持ち帰った方が意味があります。
でもやはり私としてはシャンデリアにこだわってしまった。
ところで、自動車で行ったため、いろいろと詰め込めるため、シャンデリアの他にも予定していなかったものを詰め込んでしまいました。
積めるとなると、これもあれもと未練が出てきてします。
自分の物欲にいささか呆れるほどです。
しかも、その物欲の基準が、我ながらおかしいのです。
持ち帰っても家では使えないとか、家で結局は廃棄処理することになりそうな物への執着が強いのです。
それに寝具や家具などそのまま廃棄されるのかと思うと、なんとなく罪悪感も出てきます。寝具関係の象徴として、私が使っていた枕だけ持ち帰ることにしました。
結局、予想以上のものまで自動車に積み込み、帰路に向かいましたが、また渋滞に合うといけないと坂谷さんは、食事もせずに12時過ぎに湯河原を出発。
運転のみならず、荷物の積み込みもやってくれたので、坂谷さんの疲労はかなりのものでしょう。私はただ横に座っているだけですが、さすがに彼の疲れは隣にいても感じられ、海老名で軽食をして少し休息。
回収荷物以上に、私という「荷物」に何かあるといけないと坂谷さんはかなりのストレスだったようです。出発前に、私は行かずに自分だけで行くのは可能かと問い合わせがあったほどですから。
幸いに帰りは雨にも合わず無事に5時に家に着きました。
案の定、持ち帰った荷物を見て、ユカは何でこんなものまで持ち帰ったのか、家には置く場所がないでないかと言われました。でも私としては、気持ちが収まりました。
人間の判断は、いつも合理的だとは限りません。でもそこに本性がある。
今回の一番の発見は、自分でもあまり気付いていなかった本性が垣間見えたことです。
そして何だか湯河原とのつながりも切れた気がして、安堵しています。
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