■節子への挽歌6878:湯河原の荷物の仕分けがなんとか終わりました
節子
いよいよ湯河原の部屋を手放すことにしましたが、そこにあるものの整理に今日も、ユカと一緒に湯河原に来ました。
これは大仕事です。
湯河原のカレンダーは、最後に節子が逝った時のままになっていますが、それを今日、取り外しました。
日付は2006年8月。その時が最後だったのです。
以来、湯河原はほとんどだれもいかなかった。
娘たちもなぜか行かなかったし、私は行けなかった。
その時点で処分すれば、今のように経済的に破綻することもなかったでしょうが、そのころはそういう気が全く出ませんでした。
湯河原はいつか生活拠点にしようと思っていたため、いろんなものを送りこんでしまいました。節子も来客用に寝具もたくさん用意した。でもそれらはあまり使われることもないまま終わってしまった。
いくつかの捨てがたいものもある。
部屋の明かりも、節子の思いが入って照明具をわざわざ購入して取り付けていました。でももうそれも使う場所がない。廃棄しようと思ったのですが、どうも捨てる気にはなれない。娘たちは、持ってきても使えないというのですが、どうも捨てがたい。
節子が飾ったミコノスの絵やパピルスの額も持ち帰ろうかと思います。
でも大きすぎて持ち帰れない。
今回はがんばってトルコ旅行の時に買った絨毯を持ち帰ることにしました。
これには深い思い入れもある。
娘たちは廃棄したらというのですが、どうも踏み切れない。
いろいろな思いを断ち切りながら、自宅に書籍を6箱送り、大雨にならないようにと早目にマンションを出たのですが、駅に着く直前で雨が降り出し、駅に入ったとたん豪雨になりました。
わずかな差で雨に合わずに済みました。
節子が守ってくれたのでしょうか。
こうして私たちの終の棲家のはずだった湯河原は、だんだんと遠くなってきました。
寂しいというか、虚しいというか。
とても複雑な気分です。
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