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2026/09/28

■第48回万葉集サロン「山部赤人を通してみる万葉集」のご案内

第48回万葉集サロンは、前回の続きとして、山部赤人をとりあげます。
赤人を通して、改めて『万葉集』とは何かを探ってみようという野心的な試みです。
さてどんな『万葉集』が見えてくるでしょうか。
意外な大伴家持にも出合えるかもしれません。

赤人のどの歌が取り上げられるかはわかりませんが、有名な「吉野讃歌」は読んでくれるでしょう。

升田さんの万葉集サロンは、歌を通して、当時の社会や人々の生き方を読み解いていくところにおもしろさがあり、一味変わった『万葉集』の世界を楽しめます。
『万葉集』など読んだこともない人も、大歓迎です。気楽にご参加ください。

〇テーマ:「山部赤人を通してみる万葉集」
〇日時:2026年10月18日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:CWSコモンズ村湯島オフィス
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇講師:升田淑子さん(万葉集大好き研究者/元昭和女子大学教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

〔升田さんからのメッセージ〕

古代氏族伝承の存在が知られていますが、山部赤人を「山部」という氏の名から探って行くと、単に「宮廷歌人」という呼称では辿りきれない赤人の歌作姿勢が見えてくるように思います。

赤人の名は何故「赤」なのかという、時々サロンで聞かれる可愛い(?)疑問への答えも見つかるかもしれません。
名前には生命が宿っていると言います。「人」という名を持つ「柿本人麿」と「山部赤人」との違いが案外そんなところに見出せるかもしれません。

大伴家持が万葉集の中で言っている「山柿の門」は誰を指しているのか。「柿」は柿本人麿を指していると見て間違いは無いでしょうが、「山」を山上憶良とするか山部赤人とするかで家持の歌人像が異なってきます。
家持の歌と人。そこにも言い及ぶことが出来ます。ちなみに、私は山部赤人説をとっています。
「大伴」の名を負う家持はどこか赤人の影を引いています。

新しい「宮廷讃歌」と、「語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ」古代歌謡の「伝承」。万葉集の本質の一端も、そこに由来するのだと思います。

 

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