カテゴリー「妻への挽歌7」の記事

2009/10/20

■節子への挽歌779:ゆっくりと歩くことを教えてくれた節子

秋らしくなりました。
久しぶりに湯島で一人なので、ゆっくりと空を見ています。
雲がゆっくりと流れる空が好きなのです。

私の生き方はあまりゆっくりではありませんでした。
節子はいつももっとゆっくりと生きたらといっていました。
私自身は、それでもかなりゆったりと生きているつもりなのですが、節子から見るとまだまだ急ぎすぎだったのです。
食事もお風呂も早いのです。
その上、ビデオの映画まで早送りで見るほどでした。
私と会った人はご存知でしょうが、早口なのです。
講演ではよくもっとゆっくり話してくださいといわれました。

人はそれぞれに自分の時計をもっているような気がします。
私のはちょっと時間の進み方が早いのかもしれません。

節子が病気になってから、一緒に散歩をしました。
一時、元気が出てきた時には、一緒にハイキングもしました。
それ以前も早さが違っていたのですから、その違いはもっと大きくなっていました。
節子は私に合わせるのに大変だったかもしれません。
しかし、そのうち、私のほうが節子の速さに合わせるようになってきました。
いかにわがままの私でも、節子の状況が理解できるようになってきたのです。
そして節子と一緒に歩くようになって、私はたくさんのことに気づきました。
いや、気づいたはずでした。
もっとゆっくりと生きなくてはいけない。
そうしないと周りの風景も周りの人の表情も見えてこない。

ところが最近また、急いで歩いている自分に気づきます。
久しぶりに空の雲の流れを見ていて、そう思いました。
思ったら少し涙が出てきました。

もうすぐ人がやってきます。
涙はとめなければいけません。
空を見るのはやめましょう。

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2009/08/02

■節子への挽歌700:「節っちゃんはきつかったね」

福井に来た帰りに、敦賀にいる節子の姉夫婦の家に寄りました。
節子と一緒に、年に1~2回は私もお世話になっていました。
西と東に別れていましたので、若い頃はなかなか会う機会も少なかったのですが、それぞれが子育ちから解放され、仕事からも解放されるにつれて、節子たち姉妹の交流は増えてきていました。
性格はかなり違うように思いますが、仲の良い姉妹でした。

和食のお店を予約していてくれたのですが、節子の気に入りそうなお店でした。
魚三昧でしたが、とても美味しい鯛の兜煮が出ました。
節子は金目鯛の煮物が大好きでしたが、私がそう思っていたら、やはりその話になりました。
みんな思うことは同じなのでしょう。

義兄が「節っちゃんはきつかったね」といいました。
姉が、「私にはとても言えないことを言ってくれていた」と同調しました。
知らない人が聴いたら、節子の悪口に聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
節子は、自分の身内や関係者には遠慮せずに物言う人だったという意味です。
まあいつもは遠くにいるので、言えたという面もありましたが、節子は思ったことをわりとはっきりと言う人でした。
身内だけではありません。
たとえば、近所に悪さをする子供がいれば注意するということもありました。
もっとも誰にでも言えたわけではなく、私の関係の親戚や友人にはほとんど何も言いませんでした。
その理由は簡単で、私のほうが「きつかったから」です。
後で、節子から言いすぎだと怒られることはしばしばでした。

しかし、その一方で、相手の親族や友人には、逆にかなり寛容で受容的でした。
ですから、節子はわが両親からは「良い嫁」であり、私は節子の両親からは「良い婿」だったのです。
念のために言えば、「仮面」をかぶって装っていたのではありません。
身内に厳しいことと、他者に優しいこととは、同じコインの裏表です。
そして、そうした生き方が、とても生きやすい生き方であることを私たちはよく知っていました。

そうした点で、私たちは「似た者夫婦」だったわけです。
どちらかがどちらかに影響を与えたのではなく、最初からそうした性格でした。
鯛の兜煮を食べながら、そんなことを思っていました。

それにしても美味しい兜煮でした。
福井県のJR敦賀駅の商店街にある「建」というお店だったと思います。

節子が戻ってきたら、連れて行きたいと思います。

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2009/08/01

■節子への挽歌699:死と向き合う

昨夜は六呂師高原温泉で泊まりました。
一度、死に向かいあった人たちの集まりは、最初は重い感じでの始まりでしたが、話しているうちにみんなの心も開けだしました。
心が開きだせば、むしろ絆は一挙に深まります。
それにしても、この2日間は気づくことの多い集まりでした。
頭での知の気づきではありません。
心身での生の気づきです。
テレビや新聞の取材関係者もかなり来たのですが、彼らも含めてすべて一緒に扱うことにしました。
こういう集まりもめずらしいでしょう。
しかし、みんな同じ人間なのですから、当然といえば当然です。
私の好きなスタイルです。

しかし、こうした大勢での集まりが苦手な人もいます。
会場に座っているだけでもストレスがかかるのです。
それに、参加者のリズムがそれぞれ大きく違います。
状況にあわせて、それこそ「カジュアル」に進行させなければいけません。
思いもしなかった事態も起こりましたが、そうしたことに慣れている人も何人かいましたので、結果的にはすべていい方向に向いたように思います。
またホームページや別のサイトでもう少し詳しく書くつもりですが、私には刺激的な2日間でした。

私は参加者の全員と話すことができました。
長く話した人もいますし、一言二言だけのやり取りだった人もいますが、それぞれに心に残る人たちばかりでした。
人生を誠実に生き、一度は死を試みた人の語りは、言葉の奥にたくさんの思いが詰まっています。
それが、私にも強く響きます。
節子のことがなかったら、その響きは頭にしか入ってこなかったかもしれません。
私も単なる一方的な「善意の支援者」になってしまったかもしれません。
しかし、節子のおかげで、一人ひとりの思いが痛いように伝わってきます。
涙にも冷静に対応できます。
そして遠慮せずに、軽口もたたける自分に気づきました。
人は一度、死に直面すると変わるものです。
そんなことをつくづくと思いました。

職人のHさんは、最初話もできませんでしたが、最後にはとてもたくさんのことを話してくれました。
彼にはまた数年後に会いたいと思いました。
料理人のTさんにはいつか料理を食べさせてもらう約束をしました。
Sさんは、自分の苦しさにもかかわらず、誰か同じような人がいたら応援したいと最後に言ってくれました。

たくさんの感動と喜びの2日間でした。
節子にじっくりと話を聴いてもらえないのが、とても残念です。
喜びと同時に、実は悲しさやさびしさも背負い込んできたのです。
一人でいいから、私にすべて任せていいと言ってくれる人がいてほしい、と言った人がいました。
その言葉は、心に深くしみこみました。
節子は、私のとっての、そういう人でしたから。

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2009/07/31

■節子への挽歌698:任侠の世界の人との奇妙な一晩

節子
今日は福井に来ています。
節子との最後の旅になった芦原温泉近くの六呂師高原温泉です。
昨日の時評編に書きましたが。昨夜、このブログにも時々、登場する daxさん(daxさんと書くと何だか彼のイメージと違うので以下「さん」なしにします)の運転する自動車でやってきたのです。
この歳で、夜行の自動車はいささか辛いですが、daxと同行することにはちょっと魅力がありました。
それでdaxの誘いに乗ったわけです。

ところでなぜ福井に来たのか。
しかも任侠の世界の人だったdaxと同道したのか。
これは書き出すと長くなりますが、私たちをつなげたのは東尋坊の茂さんです。
今日と明日、一度は自殺を考えた人たちの集まりをここでやるのです。
私は当事者ではないのですが、会を企画した「自殺のない社会づくりネットワーク準備会」の事務局を引き受けた関係で来ざるを得なくなり、しかも私が行かないと俺は行かないというわがままなdaxの誘いに屈してしまったために、こういうことになったわけです。

節子がいたら話したいことが山ほどあります。
節子ならきっと笑い転げるほど面白がるでしょう。
しかし奇妙な組み合わせです。
ひ弱な私と迫力のある彼とが並んでいるだけでアンバランスです。
しかし、節子なら、そのアンバランスの向こうにある私たちの共通点をきっと見通したことでしょう。
まあ、daxはそんな人なのです。

久しぶりの高原ですが、あまり来たくなかった理由は、節子を思い出すからです。
daxにそんな弱みを見せるわけにはいきません。
彼の言葉を使えば、ここは「男前」を守らなければいけないのです。
しかしまあ、daxはお見通しでしょう。
なにしろさまざまな場を体験し、人生の機微を肌身で知っている人ですから。
daxからはいろいろな気づきをもらえます。

肝心の合宿の話はまたどこかで書くようにします。
これも実にたくさんのことを気づかせてくれました。
誠実に、しっかりと自分の人生を生きてきた人たちからは教えられることがたくさんあります。

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2009/07/30

■節子への挽歌697:「人は幸せになる権利があるし、みんなを幸せにする権利もある」

数日前に、「人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない、だから死んではいけない」ということを書きました。

その後、ある人から、「人を不幸にする権利はない」という表現に違和感があるとメールをもらいました。
節子との体験のなかから実感していた、そこに込めた私の思いをお伝えしましたが、そのやりとりの中で、この言葉の持つ「トゲ」に気づきました。
「人を不幸にする権利はない」という表現は、批判の要素を持っています。
ですから、感受性の高い人や当事者に近い人は、ドキッとさせられるのかもしれません。
捉えようによっては、節子を批判することにもなりかねないわけです。
私の先のブログをきちんと読んでもらえれば、そうした誤解は避けられるかもしれませんが、それは書き手の勝手な要望ないしは弁明でしかありません。

こうした間違いを、この挽歌でもこれまで何回も繰り返してきているのでしょう。
まだまだ配慮が足りません。
自分の勝手な「言葉の世界」に安住しているのかもしれません。

ところで、先の言葉ですが、トゲを抜くにはどうしたらいいか。
「人を不幸にする権利はない」ではなく、「人を幸福にする権利もある」というほうがいいですね。
ですから、こういう表現になります。
「人は幸せになる権利があるし、みんなを幸せにする権利もある、だから死んではいけない」。
ちょっとイメージが曖昧になって、意味不明になりそうですが、繰り返しこの言葉を声に出して読んでください。
きっと元気が出てきます。
そして、人は本来周りの人を幸せにしてくれる存在であることを思い出させてくれます。
生まれたての赤ちゃんがみんなを幸せにしてくれたように。

節子はいなくなってしまったけれど、今も死んではいないのです。
私や娘たちに、幸せを送り続けていてくれるのです。
節子が、私を幸せにするために、どんなにがんばったか、私にはよくわかっています。
私もがんばらなくてはいけません。

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2009/07/29

■節子への挽歌696:オフィスとサロンの復活

節子
思い切って湯島のオフィスを片付けだしました。
とりあえず電話を開通させたのですが、そこでストップしていました。
今日、何となく湯島で空の雲の流れを見ていたら、節子だったらきっともう動き出しているだろうなと突然思いました。
今日の雲の動きは、穏やかに、しかし速いのです。
それで複写機の修理を頼むことにしました。
メンテナンス会社の人が来て、複写機を持ち帰りました。
持ち帰った後のがらんとした様子を見ていたら、無性にさびしくなりました。
そういえば、こうしたがらんとした部屋を2人で掃除をして荷物を運び込んだのです。
急に掃除をする気が出てきました。
書類を整理しだしました、
山のような書類を捨てることにしました。

しかし一人でやっていると疲れます。
案の定、途中でダウンしました。
節子がいないと何をやっても続きません。
でもオフィスを復活させる気力が出てきました。

実は今日は「支えあいサロン」をやる予定です。
毎月やっているサロンの一つですが、久しぶりに節子の知っている、昔のオープンサロンの常連が何人か来ます。
昨日までは10人弱の申し込みでしたが、今日になって4人も申し込みがありました。
久しぶりに賑やかなサロンになりそうです。
節子がいたら花を活けてくれ、軽食を用意してくれるのでしょうが、花もなく、軽食も近くのコンビニで買ってきたものです。
節子は、サロンの時には上野から汗をかきながらいろんなものを買ってきてくれました。

そういえば、あの頃は会費もありませんでした。
初めてやってきた人が会費もなくてビールが飲み放題と言うのはおかしいといいました。
私たちはやはりどこかで常識を欠いていたのです。
しかし、提供できる人が提供するのは、理に適った行為です。
最近は貧しくなったので、500円、会費をもらうことにしました。
そのくせ、ビールはなくて、お茶とコーヒーです。
またあの人が来たらおかしいというでしょうか。
私のルールは、払える人が500円置いていくというルールなのですが、これもおかしいという人がいました。

節子と私の常識は、どうも世間の常識から少し外れていたのかもしれません。
一人になると、何だか自分が間違っているような不安に襲われます。
困ったものです。

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2009/07/28

■節子への挽歌695:自分をさらけ出すことの効用

節子
根本さんにもらった朝顔が部屋の窓のところまで伸びてきました。
そういえば最近根本さんから連絡がありません。
どうしたのでしょうか。
「便りがないのは元気な証拠」という言葉がありますが、実際には「便りがない」ことは心配の材料です。
元気だといいのですが。

インターネットの普及で、「便り」はコストも時間もかけずに送れるようになりました。
ですから、「便りがないのは元気な証拠」とは必ずしも言えなくなってきたように思います。

私の場合は、このブログやホームページで自らのライブな状況をさらしていますので、個別の便りはほとんどしなくなってしまいました。
自分をさらけ出しておくことで、気分的にはとても生きやすくなります。
いささか自分勝手な発想ですが、みんなが見ていてくれて、いざとなったら支えてくれるだろうと思えるからです。
実際に、そうしたことは時々起こります。
支えられていることを実感できることは、とても幸せなことです。

私の周りには、私と同じように自分の生活をブログに書いている人もいます。
そうした人に関しては、時々、そのブログを読むと状況がわかりますので、便りがなくとも安堵できます。
ということは、自分の生活をさらけ出すということは、周りの友人知人に安心させるという効用があるということになります。

私の大きなテーマは「支え合いの文化の回復」です。
節子はそのことをとても理解してくれていましたから、私が会社を勝手に辞めても、借金が増えても、いつも何も言わずに応援してくれていました。
病気になってからでさえも、修さんのやりたいことの邪魔をして悪いわね、と言うほどでした。
節子は、まさに身をもって私の支え合いづくりを支えてくれていたのです。
それが、私のモデルになっています。
つまり、自らを相手にさらけ出せば、自ずと支え合いの芽が育ちだすというわけです。

根本さんはどうしているでしょうか。
メールを出してみました。
そうしたら、他にも気になる人が出てきました。
今日は用事があって在宅なので時間があります。
たまにはこうやって、気になる人にメールすることも大事ですね。
そういえば、これも節子がよくやっていたことです。
節子はメールではなく、ハガキでしたが。

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2009/07/27

■節子への挽歌694:惑うことなく、惑えた幸せ

誰しも心の中には何人かの自分がいます。
心の中にある「思い」のネットワークが、バランスしながら、日々の言動を具現化しているのだろうと思いますが、そのバランスをとる要(かなめ)は多くの場合、自分の心の外にあります。
自己同一性とも訳される「アイデンティティ」という言葉がありますが、これも「社会のなかでのポジショニング」と考えられ、関係性の概念であることはいうまでもありません。
そこを勘違いしてしまうと、アイデンティティはわかりにくい概念になってしまいます。

私の場合、アイデンティティを具現化させる基準は「節子」でした。
節子との距離感や会話(価値観)のやりとりの中から、自分の言動を相対化させ、私の心身に内在する多様な価値観を構造化できていたように思います。
踏み外れるほどに大きく外側に揺れても、戻ってくる目印があったのです。
ですから私は思い切り自分の考えを飛躍させられました。
戻るところは、節子と共有できている世界でした。
節子が許容できる世界と言ってもいいでしょう。
道がなくなったら、そこに戻ってくればよかったのです。
ですから、惑うことなく、惑えたのです。

ところが、その節子がいなくなりました。
とても些細なことでも、自分だけでは判断に迷うことがあることに気づきました。
人生にはさまざまなことがあります。
一つひとつは些細なことなのですが、これまでずっと節子との話し合いの中で決めてきたために、「決める」と意識することもなかったのです。
それに、ただ「決める」だけでは終わりません。
決めたらそれに沿った行動をしなければいけません。
つまり行動が決めることと一致していたのです。
節子がいなくなったために、決めたら自分でやらなければいけません。
そのため決定を延期し、やるべき作業が溜まっていくわけです。
そしてある時、面倒だからもうやめようと言うことになってしまう。
そして自己嫌悪に陥り、滅入ってしまうのです。

日常の暮らしの中で、私たちは周りの人たちとたくさんの問題をシェアしています。
シェアしていればいるほど、私たちの暮らしは安定します。
しかしシェアしにくい問題もあります。
そうしたことが、これまで何気なく(無意識のまま)節子とシェアできていたことが、私の言動を安定させていたことに最近気づきました。
ということは、最近はそれができていないので、あんまり安定していないということです。

最近またどうも精神が安定しません。
これはどうも「暑さ」のせいではなさそうです。

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2009/07/26

■節子への挽歌693:怠惰でもないのですが時間破産です

節子
今日はついに時間破産に陥ってしまいました。
なぜこんなにいろんなことをしなければいけないのだろうかと、つくづく思います。
節子がいつも、修さんは何でそんなに引き受けてきてしまうのと言っていたことを思い出します。
まあ自分の能力以上のことを引き受けてしまうのは私の昔からの悪い癖です。
節子や家族は、そのためにどれほど迷惑を受けたことでしょうか。
この頃、ようやくそのことを反省しだしていますが、最近、またそうした悪癖が出てきてしまっています。

と言っても、節子が元気だったころに比べれば、引き受けている量は桁違いに少ないだろうと思います。
要は私の処理能力が低下したのと、怠惰に過ごす時間が増えただけなのです。

今日はホームページの更新日でもありましたので、なんとか更新しました。
この2年、手抜きの更新になっていますが、更新だけは毎週やっています。
挽歌は毎日です。
さぼるわけにはいきません。
さて今日は何を書きましょうか。
もう少し待てばきっと書くことが浮かんできますが、実は今日中にまだやらなければいけないことがいくつかあります。
それで今日はここまでで挽歌にしてしまいましょう。

こうした状況になった時の私の状況を知っている節子は、許してくれるでしょう。
大変ね、といいながら、相変わらず要領が悪いわね、と笑っている節子の顔を思い出します。
困ったものです。

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2009/07/25

■節子への挽歌692:人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない

節子
今日は、自殺のない社会づくりネットワークの交流会でした。
今回はテーマなしで、気楽に話し合ったのですが、とても刺激的で本質的な話し合いになったような気がします。
いつものように多彩なメンバーでしたし。

初めて参加した「若い僧侶」(もっとも彼は今は全く違う仕事をしています)が、「なぜ死んではいけないのか」という根本的な問題提起をしたのです。
いろいろと意見が出ましたが、ある人が「人には幸せになる権利がある」と言われて、死んではいけないことに気がついたと話しました。
彼女は、自らもまた自殺を試みたことのある女性です。

その言葉に刺激されて、ついつい私も話してしまいました。
節子のことを、です。
一人の人が亡くなると、周りの人たちがどれほど不幸になることか。
人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない、だから死んではいけないのだと話してしまったのです。
話しおわった後、話さなければよかったと思いました。
話してしまうとなにか私の実感とは違うものになってしまうのです。

おそらく同じ体験をした人でなければ意味がわかってもらえないでしょう。
私は、コムケアの活動を通してさまざまな福祉活動に関わってきましたが、当事者と支援者との微妙な気持ちの違いが、このころとても強く感じるのです。
いわば、彼岸と此岸の違いですが、最近、私自身が彼岸に来ているのを実感します。
自らの弱さに気づいた時に初めて、人は強くなれるのかもしれません。

初対面の人もいる人たちの前で(節子を知っている人は一人しかいませんでした)、節子の話をしたのは、もしかしたら初めてかもしれません。
もちろん妻を見送ったとしか話しませんでしたが、あやうくまた涙が出そうでした。
やはり人前で節子の話をするのはタブーにしなければいけません。

節子
私を不幸にさせないために、節子がどんなにがんばったか、よくわかっています。
生きるために、節子が壮絶な時間を過ごしてくれたことを私は決して忘れません。
それに、私を不幸にしてしまいましたが、それを数倍上回る幸せを節子は私に与えてくれましたので、相対的にいえば今も私は幸せです。
でも幸せでなくてもいいから、やはり節子がいたほうがいい、というのが本音ではありますが。

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