■節子への挽歌779:ゆっくりと歩くことを教えてくれた節子
秋らしくなりました。
久しぶりに湯島で一人なので、ゆっくりと空を見ています。
雲がゆっくりと流れる空が好きなのです。
私の生き方はあまりゆっくりではありませんでした。
節子はいつももっとゆっくりと生きたらといっていました。
私自身は、それでもかなりゆったりと生きているつもりなのですが、節子から見るとまだまだ急ぎすぎだったのです。
食事もお風呂も早いのです。
その上、ビデオの映画まで早送りで見るほどでした。
私と会った人はご存知でしょうが、早口なのです。
講演ではよくもっとゆっくり話してくださいといわれました。
人はそれぞれに自分の時計をもっているような気がします。
私のはちょっと時間の進み方が早いのかもしれません。
節子が病気になってから、一緒に散歩をしました。
一時、元気が出てきた時には、一緒にハイキングもしました。
それ以前も早さが違っていたのですから、その違いはもっと大きくなっていました。
節子は私に合わせるのに大変だったかもしれません。
しかし、そのうち、私のほうが節子の速さに合わせるようになってきました。
いかにわがままの私でも、節子の状況が理解できるようになってきたのです。
そして節子と一緒に歩くようになって、私はたくさんのことに気づきました。
いや、気づいたはずでした。
もっとゆっくりと生きなくてはいけない。
そうしないと周りの風景も周りの人の表情も見えてこない。
ところが最近また、急いで歩いている自分に気づきます。
久しぶりに空の雲の流れを見ていて、そう思いました。
思ったら少し涙が出てきました。
もうすぐ人がやってきます。
涙はとめなければいけません。
空を見るのはやめましょう。
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