カテゴリー「社会時評」の記事

2017/04/27

■じゃんけんで買ったものが席を譲る文化

昨日の地下鉄日比谷線での小さな出来事です。
広尾から乗車したのですが、次の六本木で小学生(たぶん1年生)が3人乗車してきました。
私の隣の席が2つ開いていました。
さてどうするか。
3人は譲り合っていましたが、結局、じゃんけんをして負けた2人が座りました。
で、ついつい、「どうして勝った人ではなくて負けた人が座ったの?」と訊きました。
最近、東京ではむやみに子どもに話しかけるのはやめた方がいいようなのですが、気になったことは質問したくなる性分は直りません。
彼女たちは怪訝そうに私の顔を見て、一瞬間をおいて,みんなが異口同音に「みんな譲り合っていたから」と答えたのです。
なるほど、相手に座ってほしいという思いをかなえるのがじゃんけんで勝った人のご褒美なのだと納得しました。
生物的にか弱い人類が、過酷な自然の中で生き残ってきたのは、こうした発想の影でしょう。

北朝鮮と日韓米のいまの状況は、たぶんそうした人類の歴史に反しています。
この子たちの、素直な優しさが、どこで変えられてしまうのだろうかと思いました。
じゃんけんで勝った人が譲る社会を取り戻したいものです。

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2017/04/13

■認知症予防ゲーム実践者交流会の報告


認知症予防ゲーム実践者交流会は10人を超す人が参加してくれました。
前回湯島でサロンをやったパズル療法士の細田さんなど、まだゲーム体験のない男性も3人参加してくれました。
実践している人たちは、ゲーム実践力はどんどん進化していきますが、それに伴い、目的が手段化していく傾向もあります。
大切なのはゲームを広げることではなく、ゲームを活かすことです。

これは認知症予防ゲームに限った話ではなく、さまざまな分野のNPO活動やボランティア活動に関わらせていただいていて、強く感ずることです。
私がさまざまなNPOに、余計なお世話的に関わらせてもらっているのは、そうした点で少しはお役にたてるかもしれないと考えているからです。

参加者のひとりが、「認知症予防」というと、何か「認知症」が悪いもので、避けなければいけないもののように聞こえるが、認知症は(生活習慣病のように)悪いものなのだろうかと発言されました。
私もずっと気になっていたことです。
これもNPOやボランティア活動でよく感ずることですが、言葉はとても微妙です。
以前、「自殺のない社会づくりネットワーク」を立ち上げた時に、自死遺族の人から「自殺した父が責められているように感ずる」といわれました。
言葉は、当事者の視点になって考えないといけないと教えられたのです。

考え方として「認知症予防ゲーム」は良いとして、しかしゲームに「認知症予防」という表現は再考する必要があるかもしれません。
それに、「みんなの認知症予防ゲーム」は、認知症予防だけに効果があるわけではありません。
もっと大きな効果があり、実際にもいろんな成果を上げてきています。
蛇足ですが、私は「認知症予防ゲーム」ではなく「認知症支援ゲーム」はどうだろうと提案してみました。
とても「受けました」が、冗談で終わりました。
でも、「認知症予防社会」よりは「認知症支援社会」のほうが、いつか認知症といわれるだろう私には、暮らしやすそうです。

参加者からそれぞれの活動の紹介がありましたが、やはり横から関わらせてもらっている立場から言えば、情報交換や一緒に何かを創りだしていこうという仕組みが相変わらずできていないような気がしました。
みんながバラバラにやっていては、大きなうねりにはなっていかないのではないかという指摘もありました。
またゲームの名称も、いつものように話題になりました。
「みんなの認知症予防ゲーム」では特徴が表現できず、伝播力がないというのです。

問題点はほぼみんなわかっているのですが、その解決がなかなか進まない。
やはりここは、ある意味での組織化が必要なのでしょうが、問題はだれがやるかです。
次回は何らかの形で動きだせればと思います。

話し合いが一段落したところで、細田さんにパズルセッションをやってもらいました。
細田さん開発のパズルを購入して、自分の活動にも取り入れたいという人やこれを広げる方法を考えたいという人など、そういう話になると一挙ににぎやかになります。

そして最後に、このゲームを体験したことのない3人の人が参加していましたので、ちょっとだけ体験してもらいました。

話し合いの内容はあまり報告できていませんが、みなさんの話を聞いていて、私が果たすべき役割が少し見えてきました。
今回で、この交流会も終わりにしようかと考えていましたが、むしろ発展させようかと思い出しました。
どなたか事務局的な役割を一緒にやってもいいという方がいたら、ご連絡ください。
よろしくお願いします。
また、夏か秋にでも、高林さんにも来てもらって、ゆるやかなネットワークのキックオフも考えたいと思います。

認知症支援社会の実現のために。

Ninchi201704


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2017/04/09

■カフェサロン「二宮金次郎(尊徳)の実像から見えてくるもの」報告

昨日の二宮尊徳サロンは、実に刺激的でした。
15人が参加しました。

露木さんの思いは、レジメにこう書かれています。

戦前に置いて二宮金次郎は、刻苦勉励の金次郎少年のイメージのみを国家によって抽出された理想の国民増に祭り上げられた。 再び見直されつつある二宮金次郎に再び同じ役割を担わせてはならない。 いまこそ必要なことは二宮金次郎の実像を知り現代に活かせる手がかりを探ること。

そして、露木さんは、二宮金次郎の遺書の言葉から、二宮金次郎が後世に残したかったことを読み解いていきます。
この部分は、「謎解き」のような面白さがあり、露木さんの発見に思い切りひき込まれてしまいました。
露木さんは、荻生徂徠や丸山眞男の論考などを紹介しながら、「人道は作為である」という、尊徳の思想の根本を紹介し、単なる道徳家ではなく、社会を変革していく実践者だった二宮金次郎の姿を浮き彫りにしていきます。
そして、金次郎が後世に残したかったことは、「俺は厳しい時代にいろいろとやってきた、そのやってきたことをきちんと学んでほしい、大切なことはやったかどうかだ」という実践の勧めではないか、と言います。
そのためには、尊徳の弟子が書いた書物ではなく、金次郎が残した分度や仕法のメモを、きちんと学ぶことが大切だ。
そして、地方創生が叫ばれているいまこそ、二宮金次郎の実像から学び、それを応用していくべきではないか、と露木さんは呼びかけました。

露木さんの呼びかけに説得力があるのは、露木さん自身が開成町で町長として、それを実行してきたことがあるからです。
露木さんは、こう呼びかけました。
まずは市町村レベルで社会を変えていく。
それが各地に伝播して国が変わっていく。
草の根からの社会革命です。

二宮金次郎は、農村のリーダーたちにそうした実践を強く求め、そのために分度や仕法の考え方やノウハウを提供してきたわけです。
しかし、そうした報徳思想は広がったにもかかわらず、残念ながら実際に社会を変えるとこにまではなかなかたどりつきませんでした。
その理由は、社会の支配層が、それを妨げたからです。
こうした状況は、いまの日本社会にも当てはまるような気がします。
そうした状況を打破していくためにも、露木さんは改めて二宮金次郎から学べと呼びかけているわけです。

ささやかにこれまで各地の「まちそだて活動」にも関わらせてもらってきた私も、そう思います。
社会は現場から変わっていきます。
そして各地ではいつもさまざまな変革活動が取り組まれている。
しかし、それがどうもつながっていかず、また持続も難しい。
そこをどうしていくかが、課題かもしれません。

露木さんは、他にもたくさんの示唆を与えてくれました。
私が興味を持ったのは、沖縄にある二宮金次郎像の話です。
これはまた別の意味で、これからの日本を考えていく上での大きなヒントを与えてくれるように思います。
5月27日に、開成町でわらび座によるミュージカル「KINJIRO!本当は面白い二宮金次郎」の公演の紹介もありました。
サイトをご紹介します。
また開成町に最近開所した、あしがり郷瀬戸屋敷「みんなの我が家」でサロンをやったらというお誘いもありました。
湯島サロンも、時にはどこかに出かけてのサロンも面白いかもしれません。

話し合いで出た話題も紹介したいのですが、長くなってしまいましたので、それはまたこのシリーズのサロンで深めていければと思います。

道徳家としての二宮金次郎ではない、社会革命実践者としての二宮金次郎に触れて、それぞれいろいろと気づきのあったサロンになりました。
露木さん
ありがとうございました。


Tuyuki20160408


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2017/04/04

■世界の対立軸が変わってきた気がします〔3〕

沖縄の辺野古移設の現地の活動は、首都圏に手はなかなか見えてきません。
マスコミ報道も関心がないのか、あまり取り上げません。
私自身、現地にも行っていないので実情を知っているわけではありません。
しかし、沖縄での最近の動きは、どこかこれまでと違うものが伝わってきます。

沖縄に新たな動きが出たのは、民主党に政権が移り、鳩山政権が「少なくとも県外移設」と言い出した時からです。
残念ながら鳩山政権は挫折しましたが、鳩山さんの残したものはとても大きいと思っています。
鳩山さんは、大きな流れに抗って棹を指すこともできることを自らの行動で示してくれました。

辺野古問題が変化を見せたのは、たぶん2014年11の沖縄県知事選だったと思います。
選挙の争点は辺野古移設問題。辺野古移設を承認した現職の仲井眞知事とそれに反対する翁長さんの争いになりました。
翁長さんはこう訴えました。
「豊かな自然環境はいまを生きる私たちだけのものではない。イデオロギーよりもアイデンティティに基づくオール沖縄として、子や孫に禍板を残すことのない責任ある行動がいま、強く求められている。」
イデオロギーよりもアイデンティティに基づくオール沖縄。

それまでの「保守対革新」とは違う次元の対立軸が浮かんできました。
野党連合とは違って、そこにあるのは「社会の構図の変化」です。
その後の選挙によって、現在の沖縄県内の衆議院小選挙区4議席、参議院選挙区2議席の計6議席はオール沖縄の議員が独占しています。
これまでの政党はもはや政治の基本組織ではなくなっているわけです。

最近、東京都の知事選でも、同じような対立構造が少しだけ見えています。
私はそこに時代の大きな動きを感じます。
数年前にこのブログで書いた記憶がありますが、政党政治の時代は終わりつつあります。
なぜなら社会の構図が変わってきているからです。

しかし、だからこそこれまでの社会を統治していた体制による反撃もまた激しくなっています。
それが様々なところで混乱を起こしているように思います。
アメリカでも、ヨーロッパでも、そして韓国でも。

社会の構図の基本軸が、組織対組織ではなく、組織対個人に変化してきているのです。
いささか不正確なので、もう少し説明していければと思います。

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2017/03/31

■世界の対立軸が変わってきた気がします〔2〕

このシリーズを続けて書こうと思っていましたが、間があいてしまいました。
最初に書こうと思った時の思いが少し薄れているのですが、再開しようと思います。

モハメド・アリの話から再開したいと思います。
先日、NHKテレビの「映像の時代」を見て、世界の対立軸の変化の象徴的な事件が示唆されていたからです。

よく知られているように、モハメド・アリは、ボクサーとしての絶頂期だった24才の時(1967年)にベトナム戦争のための徴兵命令を拒否します。
国家に対する命令拒否で、モハメド・アリは裁判で有罪となり、チャンピオンベルトもボクシングライセンスも剥奪されてしまいます。
当時、彼はこう語っています。
「戦争はひたすら何の罪もない人を殺して殺して殺し続けるだけだ」
「おれはベトコン(北ベトナム)にうらみはねえ」と言ったという話もあります。

アリの徴兵拒否をどう思うかと質問されたキング牧師は、こう答えています。

私も徴兵制度に反対だ。 アリが言うように、われわれは弾圧してくる体制の被害者なのだ。

そこから、アメリカでは徴兵礼状を焼き捨てる動きが広まっていきます。
時代はまさに、1960年代の対抗文化が広がりだした「緑色革命」の時代です。
チャールズ・ライクの書いた「緑色革命」に影響された若者は世界中にたくさんいたでしょう。
その本で、ライクは、世界の構造が変化しつつあることを語っています。
キング牧師が言っているように、人間と体制(システム)の対立が、世界の基軸になってきていたのです。
ベトナム戦争も、アメリカという国とベトナムという国が戦っていたのではなく、国家システムと人間が戦っていたのです。
アメリカという国家は、ベトナム戦争から多くのことを学んだはずでした。

当時、日本では宇井純さんが、そういう枠組みで活動を始めていました。
科学技術の世界では、高木仁三郎さんが、やはり科学技術というシステムに異議申立てしていました。
ヨーロッパでも若者たちが大きなパワーを発揮していました。
しかし、残念ながら、ほとんどすべての新しい波は、システムの攻勢の前に鎮められてきたような気がします。
システムはますます巨大化し、人間を弾圧しだします。
そして、9.11が仕組まれ、21世紀は再び「システムの時代」となっていきます。

アレントが懸念していた全体主義的風潮が、また世界を覆い出したのです。
1960年代の、あの若者たちの人間的なつながりはバラバラにされ、金銭つながりの人間たちがシステムの走狗として世界を牛耳だしました。
経済的な格差が政治的な格差を生み出し、システムから追い出されだした低所得者たちが声を上げだしました。
アメリカで、ヨーロッパで、アジアで。
しかし、低所得者は、高所得者と、結局は同じ種族です。
お金にこだわっている限り、新しい生き方はできないのですから、勝負は最初から決まっています。

しかし、そうでない、まさに新しい対立軸を示唆する動きもあります。
その動きがいま、沖縄で起こっている。
そんな気がします。

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2017/03/25

■まちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」の報告

まちづくりサロンでは、いろいろな視点から「まちづくり」を考えることにしていますが、今回は「保育力研究所」の若い2人の保育士(酒井玲奈さん・片野奈保子さん)をゲストに、「保育」という視点で「まちづくり」を考えてみました。

「保育力研究所」の母体は、「キッチン図鑑」活動ですが、これは今回話してくれたおふたりが、保育所を飛び出して1年間、墨田区を中心に活動してきた「社会実験」から生まれた組織です。
活動の内容はホームページをご覧ください。
http://kitchenzukan.net/

「保育力」という言葉に違和感を持つ人がいるかもしれませんが、要は「子どもが豊かに育ちやすいまちにしていきたい」というのが、おふたりの思いです。
保育力は保育士だけのものではないのです。
昨日も話題になりましたが、そもそも、まち(地域社会)とは子どもたちを育てる場でもありました。
しかし、保育所ができたことで、なぜか保育は保育所の仕事になってしまい、地域社会の子育て機能は失われてきています。
子育てがなくなれば、親も育ちません。
さらに昨今は、「保育園落ちた!日本死ね」などという言葉も話題になるほどです。
こうした「専門家」にお任せする風潮への懸念は、保育に限らず、高齢者介護においても感じられます。
私が改めて、「まちづくり」を考え直していきたいと思う理由は、そこにあります。

サロンは、まずおふたりのライフストーリーから始まりました。
2人が、なぜこのテーマに行きついたのかが、とてもよく伝わってきました。
その生活体験の中から行きついたテーマなので、たぶんこれほど頑張れるのでしょう。
そして仲間も広がってきているのでしょう。
それがよくわかりました。

話は、いつものように拡散しながら、進みました。
たとえば、そもそも専門性を保証する「資格」とはいったい何なのか。
子育てに関して、個別問題ではなく、もっと長期的な視点で相談できる人がいなくなっている。
フードバンクや子ども食堂の問題点。
活動を始めるといろんな人がいろんなものを提供してくれる。
社会活動にとっての「場所」の効用と商店街の現実。
そういえば、図書館の話も出ました。

これだけだとなんのことかわかりにくいですが、いずれも社会のあり方や私たちの生き方につながる問題です。
社会における「善意」がうまくかみ合わさっていない実態も話題になりました。
たまたま宮城から東京に来ていた方が参加して、宮城でのお話も少ししてくださいました。

子育てのために会社を辞めた経験のある男性は、子育ての幸せと子どもからの学びに関しても語ってくれました。
保育とは、子どもが育つだけではなく親も育って、社会が豊かになっていくことなのでしょう。
「子どもが豊かに育ちやすいまち」は、高齢者も含めて、みんなが暮らしやすいまちなのではないかと、改めて思いました。
「子はかすがい」と言われますが、子どもは夫婦をつなぐだけではなく、地域の人をつなげる存在でもあるのです。

東京新聞の記者の方も参加されたほか、サロンには初参加の方とサロンの常連の方も参加されました。
参加者が少なかったおかげで、話がいつも以上に拡散しましたが、またいろんな視点に気づかされたサロンでした。

保育力研究所は今年から本格的に活動を始めます。
いま活動拠点を探していますが、もし墨田区で場所を提供してくれる人がいたら応援してください。
子どもたちが豊かに育つまちが広がっていけば、保育園騒動もなくなるでしょう。
1年後にまたサロンをやってもらいたいなと思っています。

20190325


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2017/03/14

■カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」報告

カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」は、平日の夜にもかかわらず、16人もの参加がありました。
終了後も参加者同士の話が終わらず、みなさんの関心の高さを感じました。

前半では、室田さんが自らの保育園・子ども園で長年取り組んでいる「エピソード記述」によるカンファレンスを模擬的にやってくださいました。
まず、室田さんが用意した、保育士が書いたエピソード記述(背景・エピソード・考察から成り立っています)を読み上げ、それについて参加者が語り合うという設定です。
室田さんは、ファシリテーター役ですが、それぞれの意見に対して、気づきや思考を深められるように、問いかけをしたり、自分の考えを語ったりするのです。
模擬カンファレンスに先立ち、室田さんは、「間主観性」と「両義性」、あるいは「書くことは考えること」などという、「エピソード記述」の基本にある考え方を少しだけ話されましたが、そうしたことを抽象的にではなく、体験的に示唆してくれたわけです。
そこからさまざまな議論が展開しました。
そうしたなかから、人が生きる意味が、それぞれのなかに浮かびあがるという趣向です。
日々、子どもたちと誠実に付き合っている室田さんならではの発想だと思います。

話し合いの中では、室田さんのファシリテーションのもとに、具体的な感想が深掘りされ、言語化されていきます。
今回は、エピソードの書き手が、子どもから学んでいることに室田さんはやや重点をおいていたように感じますが、そこに室田さんが考える「子どもと保育士の関係」(さらには「親子関係」)を感じました。
教える保育ではなく、学び合う保育といってもいいかもしれません。
さらには、具体的な事例から、たとえば「私は私,でも私は私たちの中の私」というような、人の両義性といった普遍的な論点が可視化されていきます。

模擬カンファレンスでは、エピソード記述の、「かわいい」という言葉に、「かわいい」と言葉にした途端に思考停止になるのではないかという指摘がありました。
発言者自身も、保育士の資格を持ち、広い意味での保育活動に取り組んでいる若い女性ですが、現場感覚からの意見でしょう。
「言葉」が思考停止を生み出すという指摘に、私はとても興味を持ちました。

話し合われた話題はいろいろとありますが、いつものように、それは省略します。
生きた言葉を文字にすると、変質してしまうからです。
ただ報告者の特権として、私が一番興味を持ったことを書かせてもらいます。
それは、2人の男性が、エピソードの記述が「ふわふわした文章に感じた」「文章が長い」と発現したことでした。
それが悪いという指摘ではなく、そう感ずるということです。
私はそういう印象を全く持っていなかったのですが、言われてみるとその通りです。
発言はしませんでしたが、企業や行政という組織の中でも、こういう「ふわふわした長い文章」が主流になったら、世界は変わるだろうなと思いました。
そこでの文章形式は、その組織の文化を象徴しています。
効率性を重視する企業のなかの文章は、論理的で簡潔であることが重視されます。
でも、そこにこそ問題はないのか?
この議論は、いつかもう少し深めたいと思います。
とても大きな意味を持っていると思うからです。

エピソードによるカンファレンスの効用は、保育士の世界を広げ、コミュニケーションの力を高めると同時に、組織文化を高めていく効用があることがよくわかりました。
これは保育園に限らず、企業でも福祉施設でも、さまざまな組織で効果的な手法だと思いました。

「エピソード記述」をよく知っている2人の保育園長も参加してくれましたが、ほかの参加者は全員、「エピソード記述」未体験者した。
今回は、「エピソード記述」を多くの人に知ってほしいということが目的の一つでしたが、学童保育や高齢者に関わっている人たちが、自分たちの活動に取り入れてみようと考えてくださったのはうれしいことです。
しかし、話し合いが盛り上がったため、時間がなくなり、こうした活動を踏まえての室田さんの社会観がきちんと聞けなかったのがちょっと心残りでした。

後半は、そうした室田さんの社会観も含めた、「この国の未来」をテーマにしました。
室田さんの問題提起は、「近代をカッコでくくると、現代から近代的なものを差し引くことになります。いったい、何がのこるのでしょうか」という問いかけから始まりました。
そして、室田さんの展望が紹介されました。
これもまた刺激的なテーマでした。

後半が始まった直後に参加した久保さんが、フーコーの国家論まで言及したので、話が大きく広がってしまいましたが、自立とは何か、共同体とは何か、ガバメントとガバナンスといった話にまで行きました。
時間の関係で、これも話したりなかった人が多かったと思います。
私が少し話しすぎたことをとても反省しています。はい。

ところで、あくまでも私の印象ですが、前半と後半とでは話し合いの主役が違っていたような気もします。
前半は女性が主導、後半は男性が主導という雰囲気でした。
これも私にはとても興味深かったです。
大切なのは、前半のようなミクロな生活次元と後半のようなマクロな文化次元をどうつなげていくかかもしれません。

「ふわふわした冗長な」長い報告になってしまいました。
書いているうちに、いろんなことに気づいた自分に気づきました。
室田さんが言われたように、「書くことは考えること」だと実感します。

参加者が多かったため、十分発言できなかった方が多かったと思いますが、お許しください。
またいつか、パート2を開ければと思います。

201603131


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2017/03/12

■世界の対立軸が変わってきた気がします〔1〕

地震の前にはナマズが騒ぎ出すと言われていました。
3.11大地震の前にも、大量のクジラが浜に上がったり、馬たちが騒ぎ出したり、ということが確認されているそうです。
余計な知識に呪縛されずに、素直に生命が生きていたら、時空間を超えて、たぶんいろんなことを感ずるのだろうと思います。
人間においても、子どもたちは自然に素直に反応しているのでしょう。
彼らには邪気は感じられません。

私が、世界の地殻変動を感じだしたのは、1980年代に入ってからです。
年賀状などで、そのことを書いた記憶もありますし、当時、雑誌などに寄稿した文章にもたぶん残っているでしょう。
もちろん、それは予兆などではなく、世界経済や世界政治においては、大きな枠組みの変化がだれの目にも見えるようになっていた時代です。
しかし、どうもそうした制度的な変化ではない、パラダイム転換を感じていました。
「21世紀は真心の時代」という小論を書いたのは、そんな思いからですが、当時はまだ見えていませんでした。
http://cws.c.ooco.jp/magokoro.htm
大きな会社にいては、世界は見えてこないという思いもあって、会社という船から降りたのが1989年でした。
偶然なのですが、その年に、日本は昭和から平成に変わり、世界ではベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造は終わりました。
ちなみに、中国での天安門事件もこの年ですし、環境問題に火をつけたバルディーズ号の原油流出事故もこの年です。

東西冷戦構造は世界の構造原理の変質を示唆し、天安門事件は新しい対立軸を可視化しました。
バルディーズ号事件は、一株運動を広げました。
私の認識では、近代国家を要素にした世界の枠組みが変わりだしたのです。
対立軸は、国家対国家ではなく、国家を含む制度対個人としての人間へと変わりだしました。
同時に、人間にとっての自然の意味が変わりだした。

一つの象徴的な事件がアメリカで起こっています。
20年にわたって繰り広げられていた「オゾン戦争」の終結です。
1989年、世界最大のフロンメーカーだったデュポンが、フロンガスによるオゾン層の破壊を認め、フロン事業からの撤退を宣言したのです。
こうしたことに関しては、「広報・コミュニケーション戦略」(都市文化社)に寄稿した「企業変革のためのコミュニケーション戦略」に少し書いたものをホームページにアップしています。
http://cws.c.ooco.jp/communication1.htm

むかしのことを長々と書いてしまいましたが、私が会社を辞めて、社会への溶融を目指したのは、素直な生命的な反応だったような気がします。
以来、生き方は大きく変わりました。
そのおかげで、素直な生命力を、わずかばかりにせよ、取り戻せた気がします。
世界が素直に見えるようになってきたのです。
蛇足を加えれば、妻から学んだことも大きかったです。

世界の対立軸が変わりだしている。
その確信はさらに強くなりました。
しかし、世界はそうした流れに抗う揺り戻しや、対立軸の変化に伴う秩序の混乱によって、まさにさまよっている感があります。
そうした混乱の中では、さまざまな邪気がうごめきだします。
いまの世界を見ていると、まさにそんな感じがしてなりません。

世界がこのまま壊れることはないでしょうが、大きな転機にあるように思います。
そんなことを少し書いていこうと思います。

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2017/03/03

■「日本死ね!」ではなく「日本育て!」の姿勢を持ちたい

今朝も朝日新聞を開いたら、投書欄に「日本死ね!」の文字が出ていました。
とても暗い気持ちになり、朝食をやめて、これを書いています。

相変わらず新聞を開くと「日本死ね!」の文字によく出会います。
先日もそれについて書きましたが、暗い気持ちを払うために、フェイスブックに投稿しました。

保育園をおちたら、日本死ね!とヘイトする親の気持ちがまったくわからない。 それを取り上げる新聞やテレビの関係者の気持もまったくわからない。 子どもが育っていく社会に「死ね!」とヘイトする矛盾。 「日本死ね」ではなく「日本育て!」と思って、この社会を変える一歩を踏み出したい。 リンカーンクラブや湯島のサロンでは、それを目指して、一歩を踏み出す人を探しています。

最後の1行はいささか言いすぎですが、その思いには嘘はありません。
少子化が問題なのではなく、少親化が問題なのだろうという気がします。
保育士が足りないのではなく、子どもを育てる親が足りない。
保育園が足りないのであれば、今ある保育園をもっと多くの人でシェアしようとすればいい。
いくらでも方策はあるはずです。
そうしたことをしっかりと考える親たちが、少なくなってきているのでしょうか。

ちなみに、湯島では3月に保育関係のサロンを2つ開きます。
3月13日は、カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#170313
3月25日はまちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#170325
があります。
よかったらご参加ください。

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2017/03/02

■「看取り」という文化

昨日、フェイスブックで「「看取り」という日本語に当てはまるような外国語をご存知の方がいたら教えてくれませんか。日本独特の文化でしょうか。ちなみに、「ケア」に当てはまるような日本語も、何かいい言葉があれば知りたいとずっと思っています」と書き込みました。
数人の人からコメントをもらいましたが、どうも私の問いかけ方が悪かったようなので、もう一度、きちんと問いかけをしました。
このブログでも、問いかけさせてもらうことにしました。
関心がますます高まってきてしまったからです。

私が知りたいのは、死に寄り添うという意味の「看取る」という言葉です。
看病するという意味での「看取る」ではありません。

昨年から、湯島で「看取り文化」シリーズのサロンをはじめました。
できれば、看取りサロンのようなものを始めようと思っているのですが、
そこで、「看取り」という言葉、もしくは概念、文化が気になりだしたのです。

看病という意味での看取りであれば、当然、nursing でしょうが、
最近の「看取り」という言葉は、死に寄り添うという意味になっていると思います。
30年程前の大辞林には、そういう意味は出てきません。
看取りが死を看取るという意味に限定されてきたのは、日本でもこの数年ではないかという気がしてきました。
古語辞典などで調べても、私にはまだそういう概念の存在を見つけられずにいます。
昨日、万葉集の研究をしている友人にも訊いたのですが、
どうも万葉集には、看取るという言葉は出てこないそうです。
少なくとも、英語圏には、あるいはキリスト教圏には存在していないように思います。

言葉には文化が凝縮されていますが、逆に言葉になってこそ、概念は定着する、つまり文化になると私は考えています。
死にゆく人に寄り添い、最期を看取るという行為は、海外にもあるとは思うのですが、
それを一つの言葉で表現しているところはあるのかというのが、私の関心事です。
いまのところ、なぜか中央アジアあたりにあるのではないかという人に2人出会いましたが、実際にはまだ言葉は見つかりません。
私の関心は、あくまでも「一言に凝縮した言葉」、言い換えれば文化です。

ちなみに、逆に、ケアという概念を日本語に置き換えるとどうなるか、20年ほど前にコムケア活動というのを始めるときに考えたことがあります。
ケアは、一方的行為概念ではなく、双方向に動く循環的な関係概念だと私はとらえているのですが、それがなかなか伝わらないことに違和感があったからです。
「ケアの本質」という、メイヤロフの本が私が考え出したきっかけですが、どうも言葉に結晶しませんでした。
いまもなお、見つかりません。
「旦那」という言葉がいいかなと思ったこともありますが、
当時、私が行き着いたひとつが、友人から教えてもらった「情宜」(じょんぎ)という言葉でした。
南朝鮮と日本海側の北陸・東北の言葉のようです。
そこで、コモンズ通貨の「ジョンギ」も作ってみましたが、そこで止まってしまっています。

「医療の死」と「福祉の死」の現場は全く違います。
死は怖いものではなく、幸せにつながるものというのが、福祉の現場での死の捉え方ではないかと私は思っていますが、
看取るには「ケア」と同じ、双方向の関係要素があり、そこがとても今重要になってきているように思うのです。

「看取り」に関連して、最近気になりだしたのが、日本古来の殯(もがり)の風習です。
死に行く生者を看取るのではなく、死に行った死者を看取る行為です。
チベットの「死者の書」には、49日間の彼岸への旅立ちを支えるバルドゥの儀式が描かれていますが、死後49日はまだ生と死の中間で死者は「生きて」いますが、日本の殯は死者との寄り添い文化だと思います。
最近、遠藤央さんの「政治空間としてのパラオ」という本を読みました。
そこに「遺体をめぐる概念」という一節があるのですが、それを読むと、死者もまた生きている社会があることがわかります。
近代化の波から逃れてきた島々では、まだ黄泉の国との通路が閉じられていないのかもしれません。
沖縄には、まだそうした文化があるのかもしれませんし、アイヌにもあるかもしれません。
沖縄の方やアイヌの方がいたらぜひアドバイスください。

「看取り」文化への私の関心は、いまのところ深まるばかりです。
私の生き方にも深くつながっているからです。
よろしくお願いします。

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