カテゴリー「社会時評」の記事

2019/03/12

■湯島サロン「東京で感じたこと、米子で見えたこと」報告

久しぶりに、まだ日本には救いがあるなと実感できたサロンでした。
これはきわめて主観的な感想ですが。

今回の話題提供者の矢辺さんは、鳥取の米子で育ちました。
東京で大学卒業後、障害者に特化した人材系会社に入社。
活動を通して、「障害者」の捉え方が変わり、本人が不自由を感じていたらそれはすべて障害なのではないか(その逆もある)、そうした生きにくさを抱えている人の問題を解決したいと思うようになったそうです。
その後、生活困窮者支援を行う国のモデル事業(パーソナルサポーター制度)の就職担当相談員に転身。
その制度がなくなったため、そうした活動のための会社を自ら起業しました。
しかし、2014年に父親から事業を引き継いでほしいといわれ、両親に「ものすごく感謝」をしていたこともあり、実家のある鳥取県の米子に帰郷しました。
たまたまその会社は、電力提供に関わる会社なので、そこで将来は、エネルギーの大量生産大量消費から地産地消ができないかという活動にも取り組みたいと考えています。
会社経営のあり方に関しても、ティール組織も参考にしながら、変革に取り組んでいるようです。

これが矢辺さんのこれまでの人生ですが、お話を聞いていて、さまざまなことを考えさせられました。
10年以上前に、大学時代の矢辺さんとはいろいろと話し合ったこともあるのですが、自らの志を軸にして、時流に流されることなく、しっかりと実践しているのに感心しました。

矢辺さんは、会社に就職しないと生活できない現在の社会に問題を感じています。
企業で働かなくても生きていける手段があれば良い。
企業だけに頼らずに、他者と支え合いながら、自然と調和した生き方を広げていきたいといいます。
そのためのいくつかの具体的な手だても矢辺さんは考えています。

個人の生き方に関しては、「おりる生き方」を提案しました。
それは、「企業で働いていなくても、福祉のお世話にならず、生きること」を目指す生き方です。
経済状況によって変化する企業業績に左右されず、財政事情によって変化する福祉制度に左右されず、「今日が来たように明日を迎える暮らし」、そして「つながりで生きづらさを解決する暮らし」というのが、矢辺さんが目指す生き方の基本です。
具体的な提案もありましたが、一言で言えば、「問題をお金で解決しない」生き方です。
お金を「稼ぐ」仕事は、週3日程度にし、後は「働く」仕事をし、顔が見える範囲の150人までの地域コミュニティとその核になる生活基盤となる家族をしっかりとつくっていきたい。
お金は家賃やライフライン代が払える程度あればいい。
できないことはみんなでフォローし合えるコミュニティがあればいい。
それが、矢辺さんが提唱する「おりる生き方」です。

最後に矢辺さんはみんなに問いかけました。

正しさとは?
生命力とは?

その問いかけから話し合いが始まりました。
話し合いは省略して、矢辺さんの考えだけ紹介しておきます。
「正しさは生命力を高めること」
「生命力とは自らの持つ良い部分を出し続けられること」

ちなみに、米子と東京に違いは何か、という話も出ました。
矢辺さんは、今回も羽田を降りた途端に、なぜか自分もせかせかと「速足」で歩いていたと話しました。
米子と東京とでは、時間の進み方が違うのかもしれません。

矢辺さんは、家族に頼れることのすごさについても語り、そうした「安心できる生活基盤」の大切さも語ってくれました。

「せかせかした生活環境」そして「安心できる生活基盤」。
この2つについて、私たちはもう少ししっかりと考え直す必要があるのではないかと、改めて考えさせられたサロンでした。
参加者は矢辺さんを含めて7人。ちょっと少なかったのが残念でした。

いま、時代の大きな分かれ目に来ているように思いますが、若者のメッセージの眼差しから、そして参加者の発言から、私としてはちょっと元気をもらいました。

矢辺さんのメッセージにつながるようなサロンを、4月5月と予定しています。
またご案内させてもらいます。

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2019/03/07

■名前がなくなっていく?

今朝の朝日新聞の投書欄に、昨年、掲載された郵便局員の方からの投書「表札それでも出しませんか?」への反響の投書が掲載されていました。
郵便局員の方からの投書は添付しますが、こんな文章が含まれています。

人や物や場所や建物などは、名前があることで区別・認識され、それで社会生活が成り立っています。表札を出すリスクはあるかもしれませんが、誤配や遅配、不着などを回避するために表札は欠かせません。表札を出さないのも各自の勝手だと思われるかもしれませんが、それで他のお客の配達が遅れることだってあり得るのです。
とても大切なメッセージがいくつか含まれているように思います。

表札を出さない人も増えていると聞きます。
昔はみんなの住所や電話番号も掲載された電話帳も配布されていました。
もう15年ほど前ですが、自治会の会長をやった時に、名簿も作成して配布してはいけないといわれました。

この郵便局員の方が言うように、人や物や場所や建物などは、名前があることで区別・認識され、それで社会生活が成り立っています。
その名前が隠されていく。
名前のない人や物で構成される社会とはどんな社会でしょうか。

ちなみに、この投書への意見のひとつに、配達のための「番号」があればいいという意見もありました。
その方は、表札に名前を書くことには反対ではないのですが、同時にこうも書いています。


最近は病院で名前ではなく番号で呼ばれることがある。個人情報を気にする方向けには配達番号をつくったらどうか。

そういえば、私たちにはすでに番号がついています。
どう使われているのか知りませんが、そのうち名前がなくなるような気がしています。
名前よりも「番号」の方が、管理効率はいいでしょうから。

2012年の自民党「日本国憲法改正草案」は、現憲法第13条の「すべて国民は、個人として尊重される」を「全て国民は、人として尊重される」と変えています。
「個人」には名前がありますが、「人」には名前がありません。
「個人」を基本として考えるか、「人」を基本として考えるかは、全く別のものです。
「個」という文字があるかないかで、人民や民衆は、国民や大衆、あるいは臣民になってしまいかねません。

表札を出さない生き方やそうさせてしまう社会は、息苦しい管理社会につながっているような気がします。

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2019/02/21

■目先の問題解決のために大切な文化をないがしろにしていないか

「24時間はもう限界」、セブン-イレブンFC加盟店が時短営業で本部と対立、という話題がテレビや新聞で報道されています。
人手不足が、その大きな理由です。
そして、海外の労働力を日本に持ち込もうという考えを、多くの日本人は受け入れてきているようです。

前に「移民と移住」について書いたことがありますが、個人レベルでの「移住」の受け入れと、国家としての「移民」政策は、似て非なるものだと思います。
昨年、話題になった、ダグラス・マレーの「西洋の自死」を読んで、この問題の私の理解はまだまだ不十分だったと反省しましたが、日本もまた「自死」に向かっているという、解説者の中野剛志さんの指摘を思い出しました。
それが、どんどん真実味を増しているからです。

ダグラス・マレーは、個人としての移民(イミグラント)と集団としての移民(イミグレーション)とは違うといっています。
私は、それを「政策としての移民」と「個人としての移住」と分けて考えて、「移住支持」「移民反対」の立場です。
最近の労働力視点で「移民」や「移住受け入れ」を考えることは、無責任であり、日本の文化をさらに変えてしまうだろうと懸念しています。
それに、そもそも人の生活を労働で考えてはいけません。
「人は人を手段にしてはいけない」というカントの言葉に反するからです。

その奥にあるのは、24時間営業を便利だと思う文化です。
いや24時間営業などという「例外」を「ルーティン」にしてしまってきた文化というべきかもしれません。
ちなみに、昔はどこの店も24時間営業などと言わずとも、万一真夜中にどうしても薬が必要になったら、店の戸を叩いて店主を起こすこともできたのです。
それが薬でなくて醤油だったら、隣の家に分けてもらいに行けたかもしれません。
まあそれはともかく、人手不足であれば、人手を減らす社会をつくればいいだけの話です。
その根底にあるのは、「成長信仰」です。

電力を無尽蔵に使いたいので原発を稼働させたことの問題を私たちは知りました。
にもかかわらず、懲りずに労働力を無尽蔵に使いたいので外国労働力を導入する。
労働力の担い手は人間です。

ダグラス・マレーの「西洋の自死」は、あまりに反イスラムなのであまり薦めたくはないのですが、この本を読んだら、今の風潮には疑問を抱く人も増えるかもしれません。

大切なのは経済ではなく文化なのです。

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2019/02/18

■不適切の流行

最近、「不適切」という言葉をよく耳にします。
「不適切動画」「不適切指導」「不適切処理」……。
しかも、その不適切動画なるものがテレビでも盛んに流されます。
流す必要などないでしょうが、テレビ関係者もまた「不適切動画」を広める活動に熱心です。
「不適切動画をスマホやユーチューブで流すのが「不適切」なのであれば、公共性がより高いテレビで流すのは、もっと「不適切」だと私は思います。
いまや公共メディアこそが「不適切」な存在ではないかと思いたくなります。

そもそも飲食店やコンビニなどで働いている人が、なぜ「不適切映像」を流すのか。
そこにこそ私は関心があります。
何も好き好んで、自らの解雇のリスクのある行動を行っているわけではないでしょう。
その背景には、そういう行動をしたくなってしまうような、「不適切環境」があるのではないかと思います。
当該企業のことだけではありません。
社会そのもののことを言っています。

言うまでもなく、「不適切」なのは「動画」ではなく「行為」です。
そうした「不適切」な行為を従業員が行ってしまうような環境をこそ正さなくてはいけません。

「不適切な指導」を行う親や先生も同じ捉えた方が必要です。
なぜ「不適切な指導」や「不適切なしつけ」が行われるのか。
問題をもっと大きな視野でとらえない限り、事態は変わっていかないように思います。

それ以上に問題なのは、世間の風潮そのものが「不適切さ」への感度を鈍らせていることです。
それを象徴し、それを促進しているのが、私たちが選んだ政治家たちです。
政治家の不適切な行動こそ、もっと問題にしなければいけません。
その「不適切度」を考えれば、テレビで報道されている「不適切動画」などは、私にはあまり気にはなりません。
むしろ「不適切な社会」や「不適切な生き方」への警告のようにも感じます。

政治や行政の世界から「不適切動画」がでてこないことにも疑問を感じています。
飲食店やコンビニよりは、働く環境がいいのでしょうか。
あるいは、人間的な感性が弱まってしまっているのでしょうか。

もちろん私は、「不適切動画」や「不適切指導」を肯定しているわけではありません。
私の投稿は、読み違えられることも多いので、念のために。

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2019/02/17

■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」の報告

留学生支援企業協力推進協会の太田さんにお願いして「留学生は日本をどう感じているだろうか」というサロンを開催しました。
最初に、太田さんがなぜ留学生支援に取り組んだかという話をされた後、韓国の温ビチャンさんとスリランカのJ.ラッセルさんからお話をお聞きしました。
関心のある人が多いようで、12人の参加者がありました。

留学生のふたりはいずれも、日本に来て、日本が以前より好きになったようですし、日本での留学生活にはあまり不満はないようでした。
ただ、来日前と来日後の印象は大きく変わったようです。

温さんは、学校教育の中で、日本のイメージをつくっていましたので、日本にはあまりいい感じを持っていなかったのですが、日本に来てイメージが変わったといいます。
特に感心したのは、日本では世界中の書物が翻訳されていて図書館でそれが読めるということだったようです。
そこに日本の強さの理由とこれからの可能性を感じたといいます。
これは意外と日本人は認識していないことかもしれません。

ラッセルさんが日本に来たいと思った理由は2つあったそうです。
小さなころから父親が日本をほめていたこととテレビの「おしん」の影響でした。
そこで日本への留学を決めたのですが、来日して、「おしん」の日本との違いに驚いたそうです。
「おしん」の世界はなくなっていましたが、今の日本も生活しやすく、別の意味での日本の良さも実感してもらっているようです。

ふたりとも来日して、日本がますます好きになったそうです。
参加者から、不満はないのかと何回か質問がでましたが、2人とも不満はないといいます。
日本の批判をすることへの遠慮があったのかもしれませんが、基本的には日本のファンになったようです。

ただ、ラッセルさんは今年卒業して日本で就職しますが、昨年の就職活動ではちょっと苦労したようで、その過程でちょっと違った日本も感じているようです。
来年日本で就職予定の温さんがどう感ずるかは興味深いです。

おふたりの話を聞いた後、質疑中心に自由に話し合いました。
家族関係の話、学校教育の話、経済的豊かさと生活の豊かさの話、便利さの話、政治の話…。

韓国は儒教の国であり、スリランカは仏教の国です。
いずれも「家族」を大切にしている国です。
そうした視点からは、どうも日本の「家族」のイメージにはちょっと違和感があるそうです。
スリランカでは、親は子どもの生活への関心が高いようですが、日本の場合、親は子どもの生活にあまり関心がないのではないかとラッセルさんは感じているようです。
コミュニケーションの問題もでました。
ラッセルさんは、日本には自動販売機が多いが、あれも人とのコミュニケーションの機会を奪っているという話をしました。
買い物は、お金の世界と人のつながりを育てる世界をつなげていく場ですが、ラッセルさんの指摘はとても大切な視点を気づかせてくれました。
私はもう長いこと、自動販売機は利用していませんが、コミュニケーションの視点で考えたことはありませんでした。

温さんは韓国の現代の話もしました。
日本人はあまりに現代史に無関心ではないかという指摘とも受け取れます。
温さんは、政治学を専攻されていますので、地政学的な話もされました。
この話は、できれば改めて温さんに頼んでサロンをしてもらいたいと思っています。

プレゼンテーションの仕方や内容も、国柄を感じさせました。
参加者の反応も、日本の実相を感じさせて興味深かったです。

お2人の話を聞いて、私は留学生に見える日本の姿と実際の日本の姿のギャップを感じました。
日本の表層だけではなく、便利さや豊かさや安全さの裏にあるさまざまな問題の現場にも触れる機会を留学生には持ってほしいと思いました。
留学生は、基本的には、学校と住まいとアルバイト職場を通して、日本と触れていますが、概して恵まれた環境で日本と接しています。
留学生ではなく、働きに来ている外国の人たちの話も聞きたくなりました。
どなたかそういう人を紹介してくれないでしょうか。

お2人は、サロンの場ではまだ十分に本音が出せなかったかもしれません。
終了後、有志の人たちと居酒屋で話し合ったそうです。
私は参加できなかったのですが、そこでどんな話が出たか、興味があります。
どなたかよかったら、さしさわりのない範囲で、教えてください。
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2019/02/12

■カフェサロン「種子法がなくなって、日本の野菜は大丈夫なのか」の報告

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「タネと内臓」(築地書館)の著者、吉田太郎さんのサロンには、有機農業に取り組んでいる霜里農場関係者も含めて、20人を超える参加者がありました。
新潟からわざわざ参加してくれた方もいます。
食の安全性に関する生活者の関心の高さがわかりますが、昨今の日本の状況を見ると、政府やマスコミの関心はどうも真反対の方向を向いているのではないかと、改めて気づかされたサロンでした。

吉田さんのお話は、なんと4億年前のデボン紀からはじまり、人類の未来にまでわたる長い時間の中で、いまの私たちの食の問題を、さまざまな話題を通して、わかりやすく、面白く、解説してくれました。
詳しい内容はとても紹介しきれませんが、たとえばこんな話題が出ました。

いまの食生活だと、あの知的で精悍だったホモ・サピエンスは太った豚のように進化していくのではないか、
遺伝子組み換えのコーンは、「カス」どころか、いまや「毒」といってもいい。
究極のデドックスは腸内細菌だ。
私たちが毎日食べている食べものが、体内の善玉菌を殺し、その腸内細菌の活動を抑えてきている。
土中微生物を消滅させる除草剤グリホサートは、世界的には追放されつつあるが、そうした動きも含めて、日本ではあまり報道されず、今も使われている。
ヨーロッパでは、地域と地球の生態系維持を目指すアグロエコロジーが広がっており、公共調達で取得する食材の6割を有機農産物にしなければならないことがルール化された。デンマークなどでは学校給食は有機野菜と決められている。
国連でも、2014年に「国際家族農業年」宣言をし、小規模な家族農業を重視する呼びかけを行っている。
日本ではメディアは、こうした問題をほとんどとり上げない。
世界各地で、子どもたちにまともなものを食べさせたいという母親たちの動きが社会を変えつつある。
アメリカ人は、食生活も大きな理由になって、短命になり、不妊になってきている。
ちょっと私の拡大解釈や誤解があるかもしれませんが、これはほんの一部です。
そして最後は、マネーでは幸せになれないという話や贈与経済の話にまでいきました。
興味のある方は、ぜひ吉田さんの著書「タネと内臓」をお読みください。

こうした状況にどう対処したらいいか(これに関しても吉田さんは話の中で言及されました)ということも含めて、話し合いが行われました。
食育活動に取り組んでいる参加者の方が、有機野菜とそうでない野菜を比べると栄養価が全く違うという話をしてくれました。
要は、量的には同じでも生命にとっての価値は全く違うというわけです。
栄養価や美味しさ基準で価格を評価したら、有機野菜のほうがずっと割安になるのですが、今の経済システムでは有機野菜は高いと思われてしまうわけです。
有機野菜はなぜ高いのかということに関しては、霜里農場の金子友子さんは流通の問題が大きいと言います。
生産者と消費者とを結ぶ活動をしている方も参加していましたが、有機野菜がもっと広がっていけば、価格問題はむしろ有機野菜のほうにとって有利になることは十分考えられます。
工業型生産野菜を主軸にしていこうという、現在の農政や経済政策を見直すことで、変えられる問題かもしれません。

価格だけではなく、味覚の問題も話題になりました。
有機のおいしい野菜を食べたら、味覚が戻ってくるという人もいますが、最近の子どもたちの味覚はもしかしたら、不可逆的に変わりつつあるのかもしれません。
急いで取り組むべき問題だと思いますが、日本では一部の母親たちを除いて、ほとんど無関心です。
せめて学校給食を変えていかなければいけません。
いずれにしろ、私たちは食やそれを支える農への関心をもっと高め、知識を増やしていくことが大切です。

吉田さんは、種子法廃止に関連して、長野県で「長野県主要農作物等種子条例(仮称)」制定の動きが出てきていることも紹介してくれました。
こうした伝統野菜を守ろうという動きが、これから広がっていくことが期待されます。
長野には「信州の伝統野菜」という制度もあるそうですが、行政に限らず市民活動として、その土地の中で育ってきた「地の野菜」を守ろうという動きも各地で始まってきています。
食を守るのは、やはり住民や市民が主役でなければいけません。
そのためにも、このテーマは引き続き、サロンで話し合えればと思っています。
話題(問題)提起したい方がいたら、ぜひご連絡ください。

霜里農場の友子さんが完全有機のイチゴとケーキを、柏のすぎのファームの杉野さんがなしジュースと食用ひまわり油とそれを塗って食べるためのフランスパンを持ってきてくれました。
いずれもとてもおいしかったです。
私の味覚はまだ、辛うじて大丈夫かもしれません。

最後にいささかの暴言を。
今回のサロンを聞いていて、私は、日本の政府が、少子化を促進していると改めて感じました。
表面的には、「少子化対策」を表明していますが、実際に行っているのは「少子化推進」ではないのか。
これは少子化に限りません。
認知症の問題にもささやかに関わっていますが、政府は認知症を増やしたいと思っているようにしか思えません。
これはかなりいじけた私の暴言ですが。


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2019/02/08

■心愛ちゃんと結愛ちゃん

また子供の命が奪われました。
しかもたくさんの人たちが、かかわりながら。
これは、それこそ「氷山の一角」でしょう。
昔から幼児虐待はあったという人もいますが、やはり「社会の壊れ」を感じます。

先日、海外の子どもたちの悲惨さを何とかしたいと言っている若い女性に会いましたが、日本の子どもの悲惨さはなかなか見えてこないようです。
今回の報道に関しても、非常に特異な事件のような報道が行われている気がしますが、その特異性を報道するよりも、その日常性を報道してほしいと思います。
これでもかこれでもかと、その「異常さ」の報道に触れていると、みている方の感覚がおかしくなってきかねません。
最近のテレビのニュースは、国民洗脳プログラムが組み込まれてしまっているような気がしてなりません。
最近のニュースや事件解説番組を、私は、最近見られなくなってきています。
それにニュースというよりも、オールズと言ってもいいほど、同じようなものが繰り返し(段々詳細に)報道されますし。
子ども現場で今何が起きているかを、もっと日常的なシーンで、可視化することの方が大切なような気がします。

ところで、今回の野田市の被害者は「心愛」ちゃんでした。
昨年3月に目黒で起きた事件の被害者は「結愛」ちゃんでした。
いずれの名前にも「愛」という文字が入っている。
生まれた時には、両親の「愛」に包まれていたはずです。
それがなぜ悲惨な事件へとつながったのか。

こういう事件が起こると、いつも、両親が責められます。
確かに両親の行動には許しがたいものがある。
しかし、その一方で、心愛ちゃんも結愛ちゃんもきっと両親を愛していたと思います。
2人がいちばん頼りにしていたのも、もしかしたら両親だったかもしれません。
そう思うとなおさら心が痛みます。

両親も子どもを愛していたはずです。
育児放棄しているわけではないからです。
観察者的に両親を責めることはだれにもできます。
しかし、事件を起こした両親たちと自分が全く無縁な存在だと思うほどの自信は私にはありません。

もちろん親子関係だけの話をしているわけではありません。
たとえば、以前起こった津久井やまゆり園の事件や繰り返し発生している高齢者福祉施設の死亡事件。
そうした事件と自らの生き方のつながりを意識するくらいの想像力は持ちたいものです。
質すべきは他者ではなく、自らです。

高齢者施設や外国人のための施設、あるいはごみ焼却場や墓地が自宅近くにできることへの反対運動はいまも残念ながら起こっています。
騒音が生活を乱す基地は沖縄住民に負担してもらい、その沖縄で観光を楽しもうという生き方であれば、私もそれに加担しているとしか言えません。
そういう生き方が、結果として子どもの虐待につながっているのかもしれません。

特異な事件の加害者を非難することで、自らを防衛し正当化する生き方にはどうしても私は与しえません。
最近のテレビの報道を見ていると、放送者やコメンテーターは、私とはまったく別の世界の人だなと思わざるを得ません。

世間から脱落して30年が経ちました。
最近、ようやく脱落できたと少しずつ思えるようになりました。
実際には今も少し世間やお金にも未練があって、心が揺れることはあるのですが、心愛ちゃんや結愛ちゃんの純真な生き方からもっと学ばねばいけないと思っています。
彼女たちは、最後まで逃げませんでした。
心が時々揺れる自分が恥ずかしい気がします。

事件は評論するためのものではなく、自らの生き方を質してくれるもの。
そう思っています。

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2019/02/03

■移民と移住

昨日と今日とで、録画していたテレビ番組ETV特集「移住50年目の乗船名簿」をまとめて観ました。
この番組のディレクターの山浦さんから、昨年、この番組にこだわっている相田洋さんの話と南米取材で訪問した弓場農場の話を聞いていたので、とても関心を持っていました。
相田さんは、1968年の最初の同行取材以来、10年ごとに移住者の取材を重ねてきたそうです。
今回のシリーズ作品は、その集大成でもあります。

番組は楽しみにして、今年初めに放映された予告編も見ていたのですが、どうもしっかりと観る覚悟ができませんでした。
特に最近は心身がどうもしっかりしていなかったので、先延ばししてきたのです。
覚悟がいると思っていたのは、移民に対する私のイメージがあまり良いものではなかったからです。
一時期、「棄民」という言葉が流行しましたが、私にも海外への集団移住には「棄民」というイメージが深く重なってしまっていました。
南米移民された方に直接お会いしたことは、私にも一度だけありますが、その体験も、私のなかでは「棄民」イメージが定着してしまっていたのです。

私が「移住者」にお会いしたのは、1980年代初めのサンパウロでした。
3週間ほど南米を旅行した時に、成功した移民2世の方のご自宅でのパーティに参加させてもらったのです。
今回の番組にも出てきましたが、牛一頭が丸焼きにされて供されるような豪勢なパーティでした。
移住者の方と直接ゆっくりと話し合う機会はありませんでした。

その翌日、今度は全く別の場所で、同行者の知り合いの、ちょっと苦労した移住者の家族の方をお見かけしました。
同行者のところに訪ねてきたのですが、私は軽くあいさつを交わさせてもらっただけでした。
その方はお聞きした年齢とは思えぬ感じで、いかに苦労してきたのかが想像できました。

大豪邸の成功者と苦労を重ねた方は、立場も見た目もまったく対照的でしたが、私にはいずれにも、なんとなくの「哀しさ」を感じました。
その頃から「移民」という言葉がどうにも馴染めませんでした。
そういうこともあったので、この番組を見るのは気が重かったのです。

4本続けて番組を見ました。
気が抜けるほど、素直に観ることができました。
覚悟など必要なかったのです。
そこにあるのは、どこにでもあるだろう、山あり谷ありの多様な人生でした。
念のために言えば、面白くなかったということではありません。
まったく逆です。
50年にわたって、一人のディレクターが人(個人の生活)に焦点を当てて取材を続けていることのすごさを感じたのです。
最近の「いかにも」というドキュメントとは全く違っています。
50年にわたり、それぞれの人生にしっかりと関わってきている相田さんの目線が、極めて日常的なのです。
それぞれには、言葉にできないようなさまざまな物語があったでしょうが、50年を超える長さの中で、おかしなドラマ仕立てではなく、生きることを冷静に考える示唆の詰まった大きな物語になっているのです。
人生は、苦もあれば楽もある。
そのことが実に素直に伝わってくるのです。
人生とはどこにいてもこんなものなのだと、奇妙に納得できたのが、私の感想です。

私の「移民」観は一変しました。
「移民」と「移住」との違いにも気づかされました。
外から見たら「移民」かもしれませんが、当事者は「移住」だというような、当然のことにさえ気づかなかった。
制度的な移民であっても、そこにいるのは「移民者」ではなく「移住者」です。
私はこれまで、あまりに「移民」という視点で考えすぎていたために、どうも考え違いしていたような気がします。
これは何も、移民だけの話ではありません。
たぶん多くの問題において、「移民的発想」で私は歴史を捉えていたのかもしれません。

そんなことを気づかせてくれた番組でした。
もちろんそれ以外にも、私たちの生き方を考えるうえで、たくさんのヒントやメッセージのある番組でした。
ちなみに、第4回で採りあげられている弓場農場の話はいずれまたドキュメント番組になるでしょう。
もし放映されることになったら、ぜひ皆さん、観てください。
まだまだ未来にも人間にも可能性があると思えるようになりました。

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■日馬富士が断髪しながら貴ノ岩に語りかけていたのを見て幸せになりました

昨日、貴ノ岩の断髪式が行われましたが、その様子をテレビでみました。
今朝の新聞にも出ていましたが、日馬富士が断髪しながら貴ノ岩に語りかけていたのが、印象的でした。
その様子を見て、この問題でずっと気になっていたことがスーッと消えていくような気がしました。
日馬富士と貴ノ岩の人間関係が壊れるはずがないと思っていたのです。
2人とも私は面識もありませんが、とてもうれしい映像でした。

この事件が起きた時に、私が思ったのは「文化の違い」でした。
昨年は、スポーツ界の不祥事がたくさん報じられましたが、すべては「文化の違い」が大きく影響しているように思います。
それが、周辺の人たちによって、違いの修復ではなく違いの増幅が進められ問題化されてしまう。
そして誰もが気持ち良い解決に向かわずに、問題も何一つ解決しない。 そういう気持ちが強まっていたのです。
そうした「文化の違い」に対して、大きな歴史の流れは「寛容」になってきているとばかり思っていたのですが、最近の動きを見ると、むしろ逆に「寛容さ」を失ってきているように思います。
そして、その違いも、どんどん「表層」の違いに目が行き出している。
「文化の違い」の根底にある、人間性にはなかなか目が向かない。
そこに目が向けば、違いはほとんどが克服されると私は思っています。
そして、「文化の違い」を活かしあう形で、人間性を豊かにしていくはずです。

私は湯島で毎週のようにサロンをやっていますが、それは「寛容さ」を育てるために、異質な世界と触れ合う場を広げようという思いがあるからです。
前に、ある平和の集会でも話させてもらいましたが、それが私の「平和活動」なのです。
さまざまな立場や考えに触れることによって、私自身はかなり世界を広げ、その結果として、私が共感できなかったり理解できなかったりしていることにも、かなり許容できるようになってきていると思っています。
時々、ストレスを強く感じることはありますが。

貴ノ岩の断髪式の話に戻ります。
非常に象徴的だったのは、日馬富士と貴ノ岩の笑顔と貴乃花の断髪式欠席です。
そこに私は、「文化の違い」と「人間性」を改めて感じたのです。

そもそも日馬富士と貴ノ岩の「事件」は、モンゴル出身の日本力士の世界の「文化」と、貴乃花の世界の「文化」の「ずれ」の話だと思っていました。
問題が「事件化」する前に、2人は仲直りしていました。
同じ文化のなかでの解決がすべて良い訳ではないでしょうが、文化はそうした苦い体験も重ねながら豊かになっていく。
貴ノ岩の頭のけががテレビで映し出されましたので、驚いた人もいたかもしれませんが、私の経験から言って、大したけがではないと思いましたし、日馬富士に「悪意」などあろうはずがないとも思っていました。
それに関しては、当時もブログで書きました。

私が一番気になっていたのは、二重の意味で異郷の文化の中でお互いに頑張ってきた日馬富士と貴ノ岩の関係でした。
ですから今回の映像は、とてもうれしいものでした。

「暴力」があまりに悪役になっています。 「暴力」の捉え方は、「文化」によって大きく違います。
「暴力」そのものがもし悪いのであれば、「暴力」を「制度的に独占」している国家は、悪の権化になってしまいます。

「暴力」とは何かということも大切な問題です。
最近も、小学生の子供が父親の「暴力」で命を落としてしまいましたが、彼女の悲痛な訴えを聞きながら、あろうことかそのことを父親に教えてしまった教育委員会の職員の行為は、私には父親以上に悪質な「暴力」だと思います。
もちろん個人攻撃をしたいわけではなく、彼もまた大きな暴力の装置になかに投げ込まれていたと言ってもいい。
うすうす事情を知っていた周辺の人たちの行為も私には「暴力」に感じられます。
もっと言い換えれば、子どもたちの世界を取り囲んでいる、多くの暴力装置(例えば学校制度)も気になります。

ヨハン・ガルトゥングは「構造的暴力」という言葉も使いながら、暴力を捉えていますが、私も「構造的暴力」こそが問題だと思っています。
ただ、直接的な暴力を認めているわけではありません。
私も心情的にはガンジーの非暴力・不服従の思想に共感しますし、いささか極端とはいえ、アーミッシュの生活にもあこがれがあります。
あそこまで、人を強くする宗教には、違う意味での「暴力性」も感じない訳ではありませんが。

ただその一方で、自らの中にある「暴力性」も否定できずにいます。
したがって、「暴力絶対否定論者」には違和感があります。
「いずれにしろ暴力は許せない」という言葉から始まる、事件の解説者には全く共感できません。
その一言にも、私は「暴力性」と「観察者目線」を感ずるからです。
それに暴力は絶対許せないと言えるほど、私には自信がありません。

話がまとまらなくなってきましたが、ともかく昨日の日馬富士と貴ノ岩のツーショットは、私にはとてもうれしいシーンでした。
そのシーンを見たおかげで、長引いていた風邪が昨日で治りました。
それだけを書きたかったのですが、話が広がってしまいました。

ちなみに、最近のテレビのニュースは、見ていてどんどん気が萎えていく話が多すぎます。
そんなニュースはやめて、もっと元気が出る話題や事件を流してほしいです。
テレビ界の人たちは、みんなきっと「不幸な人生」を歩んでいるのでしょが、ちょっと視点を変えると、世の中には、「いい話」もたくさんありますよ。
暗い話ばかり追いかけていると、病気になりますよ。

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2019/01/20

■カフェサロン「坊言サロン」の報告

お寺の掲示板に書かれている「言葉」(それを西坂さんは「坊言」と命名しました)を話題にする「坊言サロン」は、意外なことに私を入れて4人のこじんまりしたサロンになりました。
しかし、そのおかげでいつもとは違って、じっくりと話し合えました(かなり脱線はしましたが)。
もう一つ意外だったのは、「坊言」メッセージを掲示しているお寺は多くないということです。
私も、自分の菩提寺も含めて、4つのお寺を回りましたが、メッセージを出していたお寺はありませんでした。

最初に西坂さんから、本で紹介された「坊言」を中心に、「坊言」を出したご住職の想いなどの紹介がありました。
またどうして西坂さんが「坊言」コレクションを始めたのか、そしてそこから何を感じたかなどのお話もしてもらいました。
「坊言」からお寺の実情や世相が見えてくるなどとは言いませんが、そうしたことを考える材料はいくつかあったように思います。

西坂さんによれば、人間関係に関する「坊言」が多いようですが、参加者が共感した「坊言」を2つ紹介します。

「一人でいると孤独感 二人でいると劣等感 三人でいると疎外感」
これは広島県福山市の光林寺の掲示物にあったものですが、実にうなづけます。

もう一つ、
「仲間を作ることは 必ず仲間外れを作ることであります(玉光順正)」
これは、本明寺(東京都墨田区)にあったものだそうですが、玉光順正さんの言葉のようです。

西坂さんのコレクションではありませんが、今回参加できなかった方から寄せられた「坊言」も話題になりました。
「隣のレジは早い」
遠州、森の自得院にあったものだそうです。

ほかにも、西坂さんからいろんな「坊言」のお話がありましたが、考えさせられるも、笑えてしまうものも、誤解しそうなものも、いろいろとありました。
キリスト教の教会にも、箴言が掲示されていることは多いですが、そうしたものに比べると実に人間的で、心にひびいてきます。
最近では、生活とお寺の距離は少し遠くなってしまいましたが、お寺と生活をつなぐとてもいいメディアのような気がしてきました。
昔は、こうしたお寺の「坊言」が、地域社会の住む人たちに大きな影響を与えていたのかもしれません。

最近のお寺は、こういうところに力を入れる余裕がなくなってきているのかもしれません。
でもせっかくの「屋外広告板」を活かしていないのはちょっともったいないなと思いました。

もしお近くで、ちょっと気になる「坊言」に出会ったら、坊言集「きみはそのままでいいんじゃないか」の著者の西坂さんにぜひ連絡してやってください。


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