カテゴリー「社会時評」の記事

2026/02/10

■選挙が終わっても相変わらずの罵り合いにはうんざりですね

ネットの世界でさかんにコメントしている人は、どうして自分がないのでしょうか。
それとも自信がないのでしょうか。
自信がないから、ついつい過剰の強い表現になるのでしょうか。
誰かの言動に非難ばかりで、自分の主張はほとんどない人が多いですね。

みんな勝ち馬に乗りたいだけの貧しい(経済的ではないですよ)人なのかもしれませんが、落選した政治家や予想を間違えて評論家、あるいは敗北した政党の人にまで、ここぞとばかり悪口を突くのは実に不快です。そこまで自分を貶めなければいけない状況には、まあ同情はしますが。
私の記事にさえも、非難してくる人がいるのですから、よほど、心が荒れている人が多いのでしょうね。
そういう社会をだれがつくったのか。80代の私も、その責任の一端を担っているのでしょうね、反省しなくてはいけません。

しかしこれからますますそういう人が増えていく恐れがあります。
子どもたちや若い世代がそういう状況の中で、情報に接していきますから。

この殺伐とした社会。
貧しいのはお金ではなく、心でしょう。
働かされて働かされて働かされてしまっているからでしょうか。
ちょっと余裕をもって他者に接すると、悪いところばかりではなく良いところも見えてきます。他者の良いところが見えてくると、自分の良いところにも気づきやすくなる。

まずは誰かを罵倒するのをやめるといい。
言葉遣いひとつで、人は変わりますから。
良いところを見つけて、それを真似るといい。

選挙は闘いであって、戦いではないのですから。

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2025/07/16

■昨日は上流社会の人の話を聞きました

昨日は久しぶりに「上流社会」の人に会いました。
やはり「上流社会」の人は気持ちがいい。たぶんいつも良い空気を吸い、自然に恵まれているからでしょうか。ともかく交流している仲間に恵まれているのでしょう。
しかし、最近は上流社会でも付き合いが難しくなってきているようです。
さらにそのまた上流からの来客が増えているようです。
たとえば、昨日会った「上流社会」の人の場合は、鹿との付き合いに困っているようです。

昨日お会いした「上流社会の人」は森と棚田に囲まれた水俣の愛林館の沢畑さんです。
https://kumamoto.guide/spots/detail/3229
標高約200メートル、水俣湾に流れ込んでいる水俣川の上流に位置しているのです。
昨日は、その「上流社会」に住んでいる沢畑さんにサロンを開いてもらいました。
多くの人に聞いてほしいお話でした。
サロンの報告はまた別途させてもらいますが、上流の人にはやはり世界が見えている。

私は「下流の人」とも付き合いがあります。
東尋坊で長年、見回り活動をしている茂幸雄さんです。
茂さんは、川の下流にいますが、流れてくるのは水だけではないようです。
「上流社会」で人生に疲れて、やってくる人が多い。
だから茂さんからは、上流の人たちがもっと暮らしやすい社会にしないと見回りが忙しくなると言われています。

社会はすべてつながっています。
さまざまな流れが社会をつないでいる。
どこかの社会が「自分たちファースト」と言い出したら、どうなるか。

自然と少しでも触れ合っていると、すべての存在は支えっていることがよくわかります。

 

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2025/06/25

■湯島サロンのアフォーダビリティ

最近、湯島のサロンの持つアフォーダビリティを実感しています。
「アフォーダビリティ」という言葉はあまり聞きなれないかもしれません。
たとえば、アメリカなどで「アフォーダビリティ」といえば、「購入できるか否かの値ごろ感」という意味でつかわれていますが、私が使う意味は全く違います。

もう20年以上も前になりますが、一応、企業の経営コンサルタント的な仕事をしていた時に、導入した私の勝手な言葉ですが、そのもの(存在)がもつ意味のような意味で使っていました。私の役割は、社会にとっても社員にとっても、その企業の存在がそれを豊かにしてくれるようにするにはどうしたらいいかを提案することでした。
残念ながらそうした私の思いや姿勢は、共感してもらえずに、仕事につながることはほとんどなく、結局、赤字続きの会社になってしまい、いまなお借金を抱えています。

湯島サロンのアフォーダビリティというのは、したがって、湯島サロンが引き起こすことにつながっています。ここで「サロン」とは空間の意味もあれば、そこで行われている話し合いのサロンという活動の意味もあります。

私が経営コンサルタントして企業に関わる場合は、その企業が引き起こす価値を高めることにありました。いうまでもなく、その価値は「マイナス価値」も考慮に入れての純粋の創出価値です。もちろん金銭価値ではありません。当時はキャッシュフローとしての価値が全盛の時代でしたから、それに抗う存在意義としての価値など、なかなか受け入れてもらえませんでした。

しかし、湯島のサロンは、活動としても空間としても、いろんな価値を引き起こすアフォーダビリティが育ってきた気がします。
湯島ではいろんなことが起こります。
なんでもない空間ですが、そこに来るとなぜかホッとして心を開いてしまうと言う人がいます。思ってもいなかったことも起こる。
私も今は、湯島のサロンのおかげで元気を維持しているのかもしれません。
湯島から始まった物語もあります。

ちなみに、私が「アフォーダビリティ」と言うことを勝手にい出したきっかけは、アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンの造語「アフォーダンス」に依拠しています。ギブソンは、動詞 afford(与える、もたらす)の名詞形として「アフォーダンス」という言葉を作り、環境が動物に対して与える「意味」あるいは「価値」を指す言葉として提唱したのです。

実は最近、この「アフォーダンス」が私の意図したことではない価値を引き起こすことを体験させられました。
価値とはまさに人によって真逆にもなるものなのです。
自分の視野の狭さを、まざまざと感じさせられて、この数日、いささか混乱していました。
幸いにその「事件」は大ごとにならずになんとか解決しましたが、学んだようで私は全く学んでいないことを思い知らされました。

湯島は閉じようかとさえ思ったのですが、やはり継続していこうと思います。

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2025/03/31

■個人情報保護という発想への違和感

この数日、改めて人のつながりの面白さを実感しています。
数日前に40年程ぶりに、かつてあるプロジェクトの相談を受けていた人がやってきました。その頃、私はまだ企業関係の仕事もやっていましたので、その人も企業の人で、プロジェクトも企業がらみでした。
そのプロジェクトは残念ながら企画段階で終わってしまいました。もし実現していたらまさに今の時代にも大きくつながるおもしろい構想でしたが。

40年ぶりにやってきた人とは最近フェイスブックでつながったのです。
それで再会となったのですが、その人はビジネスマンだとばかり思っていましたが、画家であり演劇人でした。それで話していたら、意外なことがわかりました。
先日、演劇関係の講演会に友人に誘われて行った時に、偶然隣に座った人と話したら私と共通の友人がいたことをフェイスブックに書いたのですが、その宮城さんと知り合いだと言うのです。まあそれもあって今回、久しぶりに訪ねてきてくれたのかもしれません。
それだけではありません。
私が一度話してみたいなと思っている人とも、その画家の人は知り合いでした。
人の輪はどんどん広がっていく。

そんなことが最近よく起こっているのです。

昨日は令和の百姓一揆のデモに参加したのですが、以前、ピースウォークに参加した時に、定刻に誰も集まらず、2人だけで歩いた人がいますが、その人のこと思い出して昨日一緒に行った人に話したら、なんとその人とは活動を共にしたことがあるそうで、その人の伴侶とは学校の同級生だったと言います。まさかのまさかです。

こうやって話していくと、人はたぶんみんなつながっているのでしょう。
80億人というと、いかにも膨大な人数のような錯覚を持ちますが、兆単位でつながっている微生物に比べればわずかな数の集団です。
まさに「スモールワールド」で、みんな6~7人を介してつながっているのです。

にもかかわらずいまだに地球からは戦争がなくならない。
人のつながりがもっと可視化されれば、世界は変わるかもしれません。
だから、みんなもっと自らの世界を開いていけばいいなと思っています。
そして、私は思い切り自分のことを開示する生き方をしているのです。

個人情報保護という発想にも、私は違和感を持っているのです。

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2025/03/18

■マイホカードの拾得電話に気をつけましょう

昨日、私は「マイホカード」を落としたそうで、我孫子の警察者の落し物が借りの安田さんから電話がかかってきました。私は留守だったので留守電に入っていました。

「マイホカード」というのを私は知りませんが、パソコンをやっているうちにどこでどう間違ってクリックしてしまったのか、時々、なんで送られてきたなのかなあと思うようなカードが届きます。
しかしそうしたカードを持ちあるくことはないので落とすはずはありません。
でもまあ最近の警察は親切で、落としていないものも拾ってくれるのかなあという気にもなります。そう思わせるほど、電話の主は、とても「いい人」らしさのある声でした。

みなさんのところには、安田さんから電話はないでしょうか。
もちろんこれは「詐欺電話」です。
最近こうした電話が多いです。
そのためわが家の固定電話は常に留守電になっています。
そろそろもう固定電話はなくしたいのですが、Wi-Fiを使いたいので、なくせません。

みなさんも「マイホカード」拾得の知らせにはお気を付けください。

 

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2024/12/16

■脳の腐敗 brain rot

日本は今年の漢字に「金」を選びましたが、オックスフォード英語辞典の出版社は今年の単語に「脳の腐敗」(brain rot)を選んだそうです。今朝の朝日新聞の天声人語で紹介されています。「取るに足らない、特にオンラインコンテンツの過剰消費による精神状態や知的能力の低下」と定義されているそうです。
知識は、脳を腐敗させると、私もこの頃、痛感しています。

私の脳も、かなり腐敗しているのでしょうね。

困ったものです。

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2024/12/14

■使っていないパソコンがあったら寄付してくれませんか。

湯島のパソコンが古いため動きが遅くなってしまいました。
プロジェクター映写などに使う程度なのですが、最近はいささか不便になってきました。

それでお願いなのですが、組織で使っているパソコンなどで、更新のため廃棄処分するようなパソコンが発生したら、湯島に寄付してもらえないでしょうか。
主にプロジェクター映写時などに使うため、オフィスなどのソフトは入っていなくてもいいです。

急ぎませんので、もし廃棄処分PCが出たら、よろしくお願いします。

 

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2024/12/13

■今年の漢字が「金」とは!

今年の漢字がまた「金」になったそうです。

嘆かわしいというよりも、実に腹立たしい気がします。
テレビで、巨大な和紙に揮毫している清水寺の森貫主が、悪魔の強欲僧に見えてしまいました。あの書き方も気に入りませんが。森貫主には信念というものがあるのでしょうか。宗教者としては、あるまじき行為ではないかといつも思っています。

 こんなことを言うと、偏狭者と言われるでしょうが、日本漢字能力検定協会もこんな「世論」をあおるようなイベントではなく、しっかりした「輿論」を育てるような活動にしてほしいものです。

 私は、「金銭」や「金メダル」が好きではありません。
金銭からできるだけ自由な生き方をめざしていますし、金メダルのような評価制度には背を向けていきたいと思っています。
ますます偏狭者と嫌われそうですが。

 もちろん色としての「金色」も好きはなれません。
そんなわけで、「金」が象徴する世相は、私にはまったく合っていません。

困ったものですが。

 

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2024/09/20

■「仕事とは生きること。お金に換えられなくてもいい」

今朝の朝日新聞に千葉県の長南町で活躍している木原さんご夫妻の紹介記事が出ていました。
おふたりには昨年、湯島でサロンをやってもらいましたが、こういう生き方をしている人が湯島のサロン仲間にも少しずつ増えています。

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「仕事とは生きること。お金に換えられなくてもいい」。
サロンの時にも木原千賀子さんは話していましたが、今回の記事の最後にも紹介されています。これこそ私が考えている「仕事」であり、社会の理想です。
最近こういう記事を時々見ることができるようになりました。
湯島のサロンを長く続けていて、本当によかったです。

今日も午後2時から湯島でサロンです。
テーマは「私たちは外国の人たちをどう扱っているのか」。
体験知からのお話が聞けます。
お時間が許せば、ぜひどうぞ。

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2024/06/02

■世界がますます見えなくなってきています

5月31日、「WHOから命を守る国民運動」が呼び掛けて、日比谷で集会をし、銀座にもデモ行進をしました。
https://anti-who.jp/

台風襲来が予想されていたにもかかわらず、たくさんの人が集まりました。
私は天気と疲れを口実にさぼってしまいましたが、友人たちが参加し、集会風景などを教えてきてくれていました。現場にはいませんでしたが、ちょっとだけ、臨場気分も味わいました。

しかし、マスコミはこうした動きを報道していません。
問題の存在さえも報道しない。

マスコミ報道では、私にはほとんど些末としか思えない「大事件」ばかりが取り上げられています。その一方で、ネットでは過剰に膨らまされた言説が飛び交っている。
私はいずれもからもいろんなことを学ばせてもらっていますが、信頼するのは、私が直接触れるか、あるいは私の知っている信頼できる人が直接体験した情報だけです。だから、最近のように行動範囲が狭くなると、世界がなかなか見えてこない。それでがんばっていろんな立場の人と会うように努めていますが、正直、会うたびに、つまり新しい世界に触れるたびに、さびしくなることの多いほうが多い。

見ない方がいいなと思うことの方が多いのです。
でもそれではやはり無責任です。
最近いささか逃げていましたが、やはり湯島でのサロンでも話題にしていこうと思います。

昨日は5.31日比谷デモに参加した人や沖縄南西諸島の実状を追いかけている人に会いました。詳しい話を聞いたわけではありませんが、会っただけで伝わってくるものがある。
おふたりにはそれぞれサロンをお願いしました。

サロンはますます多くなる。
世界は、あまりに平和ではない。私も平和でいられない。困ったものです。

 

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