カテゴリー「社会時評」の記事

2017/03/14

■カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」報告

カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」は、平日の夜にもかかわらず、16人もの参加がありました。
終了後も参加者同士の話が終わらず、みなさんの関心の高さを感じました。

前半では、室田さんが自らの保育園・子ども園で長年取り組んでいる「エピソード記述」によるカンファレンスを模擬的にやってくださいました。
まず、室田さんが用意した、保育士が書いたエピソード記述(背景・エピソード・考察から成り立っています)を読み上げ、それについて参加者が語り合うという設定です。
室田さんは、ファシリテーター役ですが、それぞれの意見に対して、気づきや思考を深められるように、問いかけをしたり、自分の考えを語ったりするのです。
模擬カンファレンスに先立ち、室田さんは、「間主観性」と「両義性」、あるいは「書くことは考えること」などという、「エピソード記述」の基本にある考え方を少しだけ話されましたが、そうしたことを抽象的にではなく、体験的に示唆してくれたわけです。
そこからさまざまな議論が展開しました。
そうしたなかから、人が生きる意味が、それぞれのなかに浮かびあがるという趣向です。
日々、子どもたちと誠実に付き合っている室田さんならではの発想だと思います。

話し合いの中では、室田さんのファシリテーションのもとに、具体的な感想が深掘りされ、言語化されていきます。
今回は、エピソードの書き手が、子どもから学んでいることに室田さんはやや重点をおいていたように感じますが、そこに室田さんが考える「子どもと保育士の関係」(さらには「親子関係」)を感じました。
教える保育ではなく、学び合う保育といってもいいかもしれません。
さらには、具体的な事例から、たとえば「私は私,でも私は私たちの中の私」というような、人の両義性といった普遍的な論点が可視化されていきます。

模擬カンファレンスでは、エピソード記述の、「かわいい」という言葉に、「かわいい」と言葉にした途端に思考停止になるのではないかという指摘がありました。
発言者自身も、保育士の資格を持ち、広い意味での保育活動に取り組んでいる若い女性ですが、現場感覚からの意見でしょう。
「言葉」が思考停止を生み出すという指摘に、私はとても興味を持ちました。

話し合われた話題はいろいろとありますが、いつものように、それは省略します。
生きた言葉を文字にすると、変質してしまうからです。
ただ報告者の特権として、私が一番興味を持ったことを書かせてもらいます。
それは、2人の男性が、エピソードの記述が「ふわふわした文章に感じた」「文章が長い」と発現したことでした。
それが悪いという指摘ではなく、そう感ずるということです。
私はそういう印象を全く持っていなかったのですが、言われてみるとその通りです。
発言はしませんでしたが、企業や行政という組織の中でも、こういう「ふわふわした長い文章」が主流になったら、世界は変わるだろうなと思いました。
そこでの文章形式は、その組織の文化を象徴しています。
効率性を重視する企業のなかの文章は、論理的で簡潔であることが重視されます。
でも、そこにこそ問題はないのか?
この議論は、いつかもう少し深めたいと思います。
とても大きな意味を持っていると思うからです。

エピソードによるカンファレンスの効用は、保育士の世界を広げ、コミュニケーションの力を高めると同時に、組織文化を高めていく効用があることがよくわかりました。
これは保育園に限らず、企業でも福祉施設でも、さまざまな組織で効果的な手法だと思いました。

「エピソード記述」をよく知っている2人の保育園長も参加してくれましたが、ほかの参加者は全員、「エピソード記述」未体験者した。
今回は、「エピソード記述」を多くの人に知ってほしいということが目的の一つでしたが、学童保育や高齢者に関わっている人たちが、自分たちの活動に取り入れてみようと考えてくださったのはうれしいことです。
しかし、話し合いが盛り上がったため、時間がなくなり、こうした活動を踏まえての室田さんの社会観がきちんと聞けなかったのがちょっと心残りでした。

後半は、そうした室田さんの社会観も含めた、「この国の未来」をテーマにしました。
室田さんの問題提起は、「近代をカッコでくくると、現代から近代的なものを差し引くことになります。いったい、何がのこるのでしょうか」という問いかけから始まりました。
そして、室田さんの展望が紹介されました。
これもまた刺激的なテーマでした。

後半が始まった直後に参加した久保さんが、フーコーの国家論まで言及したので、話が大きく広がってしまいましたが、自立とは何か、共同体とは何か、ガバメントとガバナンスといった話にまで行きました。
時間の関係で、これも話したりなかった人が多かったと思います。
私が少し話しすぎたことをとても反省しています。はい。

ところで、あくまでも私の印象ですが、前半と後半とでは話し合いの主役が違っていたような気もします。
前半は女性が主導、後半は男性が主導という雰囲気でした。
これも私にはとても興味深かったです。
大切なのは、前半のようなミクロな生活次元と後半のようなマクロな文化次元をどうつなげていくかかもしれません。

「ふわふわした冗長な」長い報告になってしまいました。
書いているうちに、いろんなことに気づいた自分に気づきました。
室田さんが言われたように、「書くことは考えること」だと実感します。

参加者が多かったため、十分発言できなかった方が多かったと思いますが、お許しください。
またいつか、パート2を開ければと思います。

201603131


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2017/03/12

■世界の対立軸が変わってきた気がします〔1〕

地震の前にはナマズが騒ぎ出すと言われていました。
3.11大地震の前にも、大量のクジラが浜に上がったり、馬たちが騒ぎ出したり、ということが確認されているそうです。
余計な知識に呪縛されずに、素直に生命が生きていたら、時空間を超えて、たぶんいろんなことを感ずるのだろうと思います。
人間においても、子どもたちは自然に素直に反応しているのでしょう。
彼らには邪気は感じられません。

私が、世界の地殻変動を感じだしたのは、1980年代に入ってからです。
年賀状などで、そのことを書いた記憶もありますし、当時、雑誌などに寄稿した文章にもたぶん残っているでしょう。
もちろん、それは予兆などではなく、世界経済や世界政治においては、大きな枠組みの変化がだれの目にも見えるようになっていた時代です。
しかし、どうもそうした制度的な変化ではない、パラダイム転換を感じていました。
「21世紀は真心の時代」という小論を書いたのは、そんな思いからですが、当時はまだ見えていませんでした。
http://cws.c.ooco.jp/magokoro.htm
大きな会社にいては、世界は見えてこないという思いもあって、会社という船から降りたのが1989年でした。
偶然なのですが、その年に、日本は昭和から平成に変わり、世界ではベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造は終わりました。
ちなみに、中国での天安門事件もこの年ですし、環境問題に火をつけたバルディーズ号の原油流出事故もこの年です。

東西冷戦構造は世界の構造原理の変質を示唆し、天安門事件は新しい対立軸を可視化しました。
バルディーズ号事件は、一株運動を広げました。
私の認識では、近代国家を要素にした世界の枠組みが変わりだしたのです。
対立軸は、国家対国家ではなく、国家を含む制度対個人としての人間へと変わりだしました。
同時に、人間にとっての自然の意味が変わりだした。

一つの象徴的な事件がアメリカで起こっています。
20年にわたって繰り広げられていた「オゾン戦争」の終結です。
1989年、世界最大のフロンメーカーだったデュポンが、フロンガスによるオゾン層の破壊を認め、フロン事業からの撤退を宣言したのです。
こうしたことに関しては、「広報・コミュニケーション戦略」(都市文化社)に寄稿した「企業変革のためのコミュニケーション戦略」に少し書いたものをホームページにアップしています。
http://cws.c.ooco.jp/communication1.htm

むかしのことを長々と書いてしまいましたが、私が会社を辞めて、社会への溶融を目指したのは、素直な生命的な反応だったような気がします。
以来、生き方は大きく変わりました。
そのおかげで、素直な生命力を、わずかばかりにせよ、取り戻せた気がします。
世界が素直に見えるようになってきたのです。
蛇足を加えれば、妻から学んだことも大きかったです。

世界の対立軸が変わりだしている。
その確信はさらに強くなりました。
しかし、世界はそうした流れに抗う揺り戻しや、対立軸の変化に伴う秩序の混乱によって、まさにさまよっている感があります。
そうした混乱の中では、さまざまな邪気がうごめきだします。
いまの世界を見ていると、まさにそんな感じがしてなりません。

世界がこのまま壊れることはないでしょうが、大きな転機にあるように思います。
そんなことを少し書いていこうと思います。

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2017/03/03

■「日本死ね!」ではなく「日本育て!」の姿勢を持ちたい

今朝も朝日新聞を開いたら、投書欄に「日本死ね!」の文字が出ていました。
とても暗い気持ちになり、朝食をやめて、これを書いています。

相変わらず新聞を開くと「日本死ね!」の文字によく出会います。
先日もそれについて書きましたが、暗い気持ちを払うために、フェイスブックに投稿しました。

保育園をおちたら、日本死ね!とヘイトする親の気持ちがまったくわからない。 それを取り上げる新聞やテレビの関係者の気持もまったくわからない。 子どもが育っていく社会に「死ね!」とヘイトする矛盾。 「日本死ね」ではなく「日本育て!」と思って、この社会を変える一歩を踏み出したい。 リンカーンクラブや湯島のサロンでは、それを目指して、一歩を踏み出す人を探しています。

最後の1行はいささか言いすぎですが、その思いには嘘はありません。
少子化が問題なのではなく、少親化が問題なのだろうという気がします。
保育士が足りないのではなく、子どもを育てる親が足りない。
保育園が足りないのであれば、今ある保育園をもっと多くの人でシェアしようとすればいい。
いくらでも方策はあるはずです。
そうしたことをしっかりと考える親たちが、少なくなってきているのでしょうか。

ちなみに、湯島では3月に保育関係のサロンを2つ開きます。
3月13日は、カフェサロン「子どもの世界から見えてくる私たちの生き方」
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#170313
3月25日はまちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#170325
があります。
よかったらご参加ください。

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2017/03/02

■「看取り」という文化

昨日、フェイスブックで「「看取り」という日本語に当てはまるような外国語をご存知の方がいたら教えてくれませんか。日本独特の文化でしょうか。ちなみに、「ケア」に当てはまるような日本語も、何かいい言葉があれば知りたいとずっと思っています」と書き込みました。
数人の人からコメントをもらいましたが、どうも私の問いかけ方が悪かったようなので、もう一度、きちんと問いかけをしました。
このブログでも、問いかけさせてもらうことにしました。
関心がますます高まってきてしまったからです。

私が知りたいのは、死に寄り添うという意味の「看取る」という言葉です。
看病するという意味での「看取る」ではありません。

昨年から、湯島で「看取り文化」シリーズのサロンをはじめました。
できれば、看取りサロンのようなものを始めようと思っているのですが、
そこで、「看取り」という言葉、もしくは概念、文化が気になりだしたのです。

看病という意味での看取りであれば、当然、nursing でしょうが、
最近の「看取り」という言葉は、死に寄り添うという意味になっていると思います。
30年程前の大辞林には、そういう意味は出てきません。
看取りが死を看取るという意味に限定されてきたのは、日本でもこの数年ではないかという気がしてきました。
古語辞典などで調べても、私にはまだそういう概念の存在を見つけられずにいます。
昨日、万葉集の研究をしている友人にも訊いたのですが、
どうも万葉集には、看取るという言葉は出てこないそうです。
少なくとも、英語圏には、あるいはキリスト教圏には存在していないように思います。

言葉には文化が凝縮されていますが、逆に言葉になってこそ、概念は定着する、つまり文化になると私は考えています。
死にゆく人に寄り添い、最期を看取るという行為は、海外にもあるとは思うのですが、
それを一つの言葉で表現しているところはあるのかというのが、私の関心事です。
いまのところ、なぜか中央アジアあたりにあるのではないかという人に2人出会いましたが、実際にはまだ言葉は見つかりません。
私の関心は、あくまでも「一言に凝縮した言葉」、言い換えれば文化です。

ちなみに、逆に、ケアという概念を日本語に置き換えるとどうなるか、20年ほど前にコムケア活動というのを始めるときに考えたことがあります。
ケアは、一方的行為概念ではなく、双方向に動く循環的な関係概念だと私はとらえているのですが、それがなかなか伝わらないことに違和感があったからです。
「ケアの本質」という、メイヤロフの本が私が考え出したきっかけですが、どうも言葉に結晶しませんでした。
いまもなお、見つかりません。
「旦那」という言葉がいいかなと思ったこともありますが、
当時、私が行き着いたひとつが、友人から教えてもらった「情宜」(じょんぎ)という言葉でした。
南朝鮮と日本海側の北陸・東北の言葉のようです。
そこで、コモンズ通貨の「ジョンギ」も作ってみましたが、そこで止まってしまっています。

「医療の死」と「福祉の死」の現場は全く違います。
死は怖いものではなく、幸せにつながるものというのが、福祉の現場での死の捉え方ではないかと私は思っていますが、
看取るには「ケア」と同じ、双方向の関係要素があり、そこがとても今重要になってきているように思うのです。

「看取り」に関連して、最近気になりだしたのが、日本古来の殯(もがり)の風習です。
死に行く生者を看取るのではなく、死に行った死者を看取る行為です。
チベットの「死者の書」には、49日間の彼岸への旅立ちを支えるバルドゥの儀式が描かれていますが、死後49日はまだ生と死の中間で死者は「生きて」いますが、日本の殯は死者との寄り添い文化だと思います。
最近、遠藤央さんの「政治空間としてのパラオ」という本を読みました。
そこに「遺体をめぐる概念」という一節があるのですが、それを読むと、死者もまた生きている社会があることがわかります。
近代化の波から逃れてきた島々では、まだ黄泉の国との通路が閉じられていないのかもしれません。
沖縄には、まだそうした文化があるのかもしれませんし、アイヌにもあるかもしれません。
沖縄の方やアイヌの方がいたらぜひアドバイスください。

「看取り」文化への私の関心は、いまのところ深まるばかりです。
私の生き方にも深くつながっているからです。
よろしくお願いします。

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2017/02/06

■子どもたちにとって、一番大切なのは何なのか

今年4月入所を目指した認可保育所の選考結果通知が全国で2月から本格化し、落選ラッシュで親たちが悲鳴を上げている。ソーシャルメディア上には「このままでは共倒れ」「ショック過ぎる」と悲痛な声が全国から寄せられている。昨年、認可保育所を落選した母親が「保育園落ちた。日本死ね!」とブログに書いて注目されて間もなく1年。親たちの声を集める動きは今年も始まっており、怒りは大きなうねりとなりそうだ。

これは昨日の毎日新聞の記事です。
「保育園落ちた。日本死ね!」に関しては、以前も書いたことがありますが、こうした状況で育っていく子どもたちの行く末が、心配です。
念のために言えば、私は「保育園が不足している」という状況を憂いているのではありません。
むしろ、こうした声を上げる親の元で、そしてこうした声が運動にまでなってしまうような社会で、子どもたちが育てられていく、あるいは育っていく状況が気になるのです。
そもそも保育の問題を保育園待機児童の数の問題にしてしまう社会にも疑問を感じます。
そこに私たちの生き方の本質が象徴されているように思うのです。
私には、問題の捉え方が間違っているとしか思えないのです。

東京都の三鷹市では、子どもを認可保育園に入れられなかったのは自治体が責務を果たしていないためだとして、市に対して、無認可の保育施設にかかった費用の一部60万円の賠償を求める訴訟を起こした両親もいます。
「保育園落ちた。日本死ね!」の発想からは、当然出てくる行動です。
私にはとても理解しがたい話ですが、そうした親に育てられた子どもたちがどうなっていくのか気になります。

こう書いていくと、保育の大変さは親でないとわからないと言われそうです。
いま娘が孫を育てていますが、その大変さは見ていてわかります。
しかし、だからといって、その大変さを解決する方策は、認可保育園に依存するだけではないはずです。
保育園がなかった時代もありました。
こういうと、さらに2つの指摘が来そうです。
いまは家族形態も変わったし、近隣社会の状況も変わってきた、と。
つまり共稼ぎも増えたし、家族構成のも三世代ではなくなった。
それに近隣の付き合いも疎遠になって、地域コミュニティもなくなった。
たしかにそうかもしれません。
しかし、だとしたら、なぜそうした家族や親子や地域社会の変化を問題にしないのか。
なぜ子育て時期にまで共稼ぎをする生き方を選ばなければいけないのか。
そういう時代の流れに問題はないのか。

3歳児神話は今ではまさに「神話」になってしまった感があります。
私は20年ほど前に、保育のあり方を考えて、新しい保育システムを提案する活動に取り組んだことがあります。
その時の問題意識は、保育という切り口から私たちの生き方や社会のあり方を問い直そうということでした。
つまり、「子どもを育てる」のではなく「子どもが(社会)を育てる」という発想です。
私たちは、子どもたちから学ぶことがたくさんあると感じていたからです。
その時にも、委員のみなさんからは3歳児神話は否定されていたように思いますが、私は3歳児神話、つまり3歳頃までは両親が、あるいは親密な人間関係の中で育てることの意味を否定できませんでした。
もちろん現実はそれが難しいわけですが、もしそうならなぜ問題を逆転させて、3歳児までは両親が中心になって育てられる仕組みを育てていかないのかが私の疑問です。
子供は社会が育てるというのと保育園で育てるというのとは全く別の話です。

ヴェトナム出身の禅僧、ティク・ナット・ハンはこう書いています。

みずからが幸せで平和でないならば、愛する人たちや、同じ屋根の下に住む人たちとさえ、平和と幸せを分かちあうことができません。 平和で幸せであるならば、私たちは微笑し、花のように咲き開くことができます。 家族全員、社会全体が、私たちの平和の恩恵を受けます。

子どもたちにとって、一番大切なのは、何なのか。
大人たちにとって、一番大切なのは何なのか。
「保育園落ちた。日本死ね!」という言葉には、幸せも平和も感じられません。
親の心が荒れていたら、子どもたちにも微笑みは消えていきかねません。

ティク・ナット・ハンは、こうも書いています。

人生は苦しみに満ちています。 しかし、人生にはまた、青い空、太陽の光、赤ん坊の目といった、素晴らしいことがいっぱいあります。

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2017/01/09

■虚構と真実

今朝の朝日新聞で知ったことです。
2004年からネットで「虚構新聞」を発行している人がいます。
その人によれば、最近は政治的なネタはやりにくくなったそうです。
「かつてなら冗談とわかって笑ってくれた。でも今は、いかにもありそうなウソの見分けがつかず、真に受ける人が多いんです」と言う、その人の言葉が紹介されていました。
たしかに、嘘のような本当の話や、本当のような嘘の話が、まかり通る時代になってしまいました。

オックスフォード英語辞書は毎年、「今年の言葉」を発表していますが、2016年世界の今年の言葉は「post-truth(ポスト真実)」だったそうです。
オックスフォード辞書のキャスパー・グラスウォールさんは、「ポスト真実」は「我々の時代を最もよく表す言葉のひとつ」になるかもしれないと選考理由を説明したそうです。
ちなみに、「post-truth」という表現が最初に使われたのは1992年だったそうです。

最近、世界で話題になっている「サピエンス全史」という本があります。
あまりの厚さに、私はまだ読む気にはなっていませんが、その本のキーワードは「詐欺」や「虚構」だそうです。
たとえば、農業革命は史上最大の詐欺。
そして、貨幣、国、宗教は虚構。

リチャード・ヴェルナーの「虚構の終焉」の表紙には、「フィクション・エコノミクス」という言葉が併記されています。
貨幣という虚構に基づいて、いまの経済は構築されているというのが同書のメッセージです。
それをベースに、その虚構の部分をていねいに解説されたのが天野統康さんの「〔詐欺〕経済学原論」です。
経済には、金銭経済と生活経済のふたつがありますが、それらは全く次元の違う話であることが、この2冊を読めばわかってきます。
ちなみに、私の経済の捉え方は、後者に基盤を置いているので、なかなかわかかってもらえません。

「サピエンス全史」の農業革命は史上最大の詐欺というメッセージは、視点を変えるということを示唆しています。
私は読んではいませんが、農業革命によって、「人類が小麦に家畜化されている」と書かれているようです。
主客を反転させると、見えなかったことがよく見えてきます。

虚構が悪いわけではありません。
「サピエンス全史」の著者は、インタビューでこう発言しています。
「虚構は重要で、価値があるものだと思います。なければ社会は成り立たない」。
しかし、その一方で、こうも語っています。
「文明が発達するほど、我々は不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされたからだ」。
文明は私たちに利便性を与えてくれていますが、その裏で、不幸も与えているのかもしれません。

「ポスト真実」の時代には、虚構と真実を見分けるのが難しい。
というよりも、真実とは何かということが改めて、これまで以上に深い次元で問われることになるでしょう。
私自身は、虚構も真実も連続していると捉えていますので、すべてが虚構であり、すべてが真実です。
真実の裏には虚構があり、虚構の裏には真実がある。

「虚構新聞」の編集者が、社会の変化を感じたのは、2012年に、「橋下市長、市内の小中学生にツイッターを義務化」と報じたときだそうです。
それがものすごい勢いで拡散し、「なぜウソの情報を流すのか」と次々に怒りの声が上がったのだそうです。
虚構新聞の記事の意味が、伝わらなかったわけです。
情報リテラシーが全く変わってしまったと言うべきかもしれません。
これも大きな問題です。

反知性主義につづく、「ポスト真実」。
知性と真実の捉え方を変えることが大切かもしれません。

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2017/01/03

■メガネを変えることも大切です

今年元日の朝日新聞は、「我々はどこから来て、どこへ向かうのか」というシリーズ記事の最初のテーマとして、「試される民主主義」を取り上げていました。
社説でも、民主主義の暴走への歯止めとしての立憲主義を取り上げていました。
それだけではなく、民主主義を意識した記事が多かったような気がします。
どうやらいま、「民主主義」が再び捉え直されようとしているようです。
大方の予想に反して、トランプが当選してしまったアメリカ大統領選挙のせいかもしれません。
トランプが当選したことが、何か民主主義の間違いであるかのような議論も多いような気がします。

そういえば、英国のEU離脱の国民投票も、同じような報道や採りあげられ方でした。
英国人がいかにも「間違った判断」を下したように言う人が圧倒的に多かった。
私もそう思ったこともありました。
だが、問題は、そう思うようになった、私たちの情報環境にあるのではないかと、いまは考えています。
問題の捉え方を変えると、結果の意味も変わってきます。

英国民やアメリカ国民の判断の良し悪しはともかく、なぜ私たちの思ってもいなかった結果が最近増えているのでしょうか。
私たちが得ている情報が歪んでいるのではないか。
そのために、世界を見損なってしまい、予想もしなかった結果を体験しているのかもしれません。

情報の歪みは報道の問題だけとは限りません。
たしかに昨今のマスコミの報道は偏っているように思いますが、その気になれば、マスコミ以外の情報も私たちはかなり得られる環境にあります。
世の中にあふれている情報をどう選択するかは、まさに私たち一人ひとりの問題です。
それに同じ情報でも、その読み方によってまったく違った意味になることもある。
だとしたら、情報提供者の問題にするのではなく、自らの情報読解力の問題として考えることが大切です。
他者のせいにしていては、何も変わっていきません。

年末にメガネをつくったのですが、メガネをかけたら視界がかなり変わってしまいました。
初詣に行った時、神社で石段を踏み外しそうになったほどです。
その体験で、やはり時にはメガネを変えることが大切だと改めて思ったのです。

与えられる情報で世界を見ていることは、与えられたメガネで世界を見ているのと同じことであり、その内に、そのメガネで世界を見るようになってしまいます。
目に合ったメガネでなくとも、気づかないうちに、目がメガネに合わせられてしまうわけです。
同じ世界も、メガネによって違って見えてしまう。
そして、そのこと、つまりメガネ次第で世界の解釈が違うということを認識することがとても大切なのです。

自分に見える世界だけを他者に押しつけてはいけませんが、それ以上に、自分でない人が見ている世界を押しつけられていることに気づかないのは危険です。
情報は、与えられるものではなく、得るものなのです。
それを忘れてはいけない。

民主主義をどう捉えるかは、いろんな考えがあります。
しかし、みんなが同じメガネをかけて、同じ思考をするようになれば、せっかくの民主主義も活きてきません。
ほとんどのマスメディアが、トランプ当選を予想できなかったことは、いまや情報の世界が非情報の世界になってしまっていることを示唆しています。
まさに、非情報社会が到来したのかもしれません。

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2016/12/28

■全体が見えなくなってきています

たとえば今朝の朝日新聞朝刊の1ページ目には、
「首相 「不戦の決意」強調」
というトップ記事に並んで、
「辺野古 国が工事再開」
という大きな見出しがあります。
今日に限ったことではないのですが、
個々の報道からのメッセージと、さまざまな報道全体からのメッセージと、齟齬を感ずることが最近とても多いような気がします。

不戦の決意を強調した政府が、一方では戦争に向けての軍事力を強めるために沖縄の人たちの平安な生活を踏みにじっている。
安倍首相は、戦争をしたのか、したくないのか。
まともな思考力を持つ人であれば、悩んでしまうでしょう。

最近、30年程前にアメリカで話題になった「善い社会」という本を、私としてはかなり丁寧に読みました。
2回読み直したのです。
そこで1970~80年代のアメリカ社会のことがていねいに語られていますが、
そこに、全体が見えなくなってしまったことの懸念が指摘されています。
全体が見えないということは、あるところだけを取り出して、判断を決めるようになるということです。
全体を見えない人たちは、右往左往しますから、いかようにも操作できるのです。

しかし、理解しがたい矛盾の言動は、安倍さんだけではありません
私のまわりの多くの人がどうも矛盾する言動をしているのです。
たぶん私もまたそうなのでしょう。
全体像が見えなくなると、人は論理的には個別の判断しかできなくなる。
だから、自らの矛盾さえ気づかなくなる。

そして矛盾があっては落ち着かないので、自分でその矛盾を編集して、自分が支持できる安倍政権を虚構してしまうわけです。
辺野古のことも高江のことも、みんな「不戦の決意」につなげてしまう。
人の命が大切だと言いながら、死刑を執行してしまうようなものです。

沖縄の現実を見れば、不戦の決意の意味は見えてくる。
それは、選ばれた人たちのための不戦や平和であり、その実現には弱い人たちを押さえつけることがセットにされている。
しかし、全体が見えない中で、そう考える人は少ないでしょう。
そもそも、恐喝による不戦は、すでにその出発点において、戦争の実行です。
でも多くの人はそうは思わない。

新聞は、それでも「不戦の決意」と「辺野古工事再開」とが並んで表記されますので、全体像とは言いませんが、矛盾や多様さが目に入ってきます。
しかし・ネット情報に依存している人は、個別情報が個別にしか入ってきませんから、ますます個別の世界で情報を受け取ることになる。
全体像はますます見えないでしょう。

そうしたことが、私たちの意識をどう変えていくか。
考えると恐ろしい気がします。

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2016/12/21

■「なぜこのような事件が後を絶たないのでしょう」

7年前に島根で起こった殺人事件の犯人が確定したことで、遺族の方が「なぜこのような事件が後を絶たないのでしょう」と話していました。
「なぜ後を絶たないのか」。
よく耳にする言葉です。
しかし、その「なぜ」がきちんと考えられることは、あまりありません。
みんな、その言葉にうなづきながらも、「なぜ」を考えない。
だから、この問いの答えは明らかです。
このような事件が後を絶たないのは、誰も「なぜ」を考えないからです。
むしろ、同様な事件を誘発するようなことばかりしているのが、いまの社会のような気がしてなりません。
かなり厳しい言い方になりますが、当事者もまたその例外ではないことも多い。

ところで、「このような事件」とは、不条理な殺人事件だけではありません。
なぜ繰り返されるかと思われるような「このような事件」はたくさんあります。
子どもたちの自殺や「いじめ」と称する暴力行為も、後を絶ちません。
政治家の嘘も後を絶たなければ、報道の偏った編集報道も後を絶たない。
沖縄では、相変わらずの事件が繰り返されています。
原発事故はまだ「再発」していませんが、いまのままでは「後を絶つ」ような状況にはありません。
世界では、不幸な自爆「テロ」事件も広がっている。

「なぜ」をどうして考えないのか。
それは、原因は社会の制度や文化、あるいは自分とは別の世界にいる人たちにあると考えるからではないか、と私は思います。
ロバート・ベラーは、30年程前に出版した「善い社会」のなかで、「自らの社会の制度について考える私たち自身の能力を高めないことには」、「善い社会」は実現しないと書いています。
もし30年前のアメリカの人たちが、ベラーの警告に耳を傾けていたら、いまのようなアメリカにはなっていなかったかもしれません。
9.11も、たぶん起きなかったでしょう。
ベラーの警告は、いまの日本社会にもぴったりと当てはまります。

私はこの30年近く、さまざまな社会の問題に取り組む現場の人たちと、ささやかにお付き合いさせてもらってきています。
子どもの問題、高齢者の問題、障がいのために生きにくくなっている人たちの問題、自殺の問題、認知症の問題、メンタルヘルスの問題、…。
問題は違っても、「なぜ」を繰り返していくと、みんな同じところに行きつくような気がします。
それは、私たちの生き方です。
簡単に言えば、私たち一人ひとりの生き方が、「後を絶たない」問題を生み出している。
私たち一人ひとりの生き方が、社会をつくりだしているとしたら、そこで起きる「問題」に無関係な人などいるはずもない。
自分の生き方が、誰かを追い込み、誰かを不幸にしていることはないのか。
自分の生き方を変えることなく、社会に疑問を投げかけても、何も変わるはずはないのです。
「なぜ」を問うのであれば、まずは自分の生き方から問うのがいい。

私は、こうした言葉を聞くたびにそう思い、生き方を問い直すようにしています。
できることはたくさん思いつきます。
昨日よりも、もっとゆっくり歩くだけでもいい。
エレベータで乗り合わせた人に声をかけるだけでもいい。
気になっている人に、電話するだけでもいい。
物やお金への執着を少しだけ弱めるのでもいい。

「なぜこのような事件が後を絶たないのでしょう」と問いかけるだけでなく、
「このような事件が起きないように、自分にできることは何か」を見つけ、実行する。
「問い」は、「行動」につなげたい。
それぞれがそうしていったら、いろんなことが「後を絶っている」社会になるのではないか。
そう確信しています。

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2016/12/15

■第2回まちづくりサロン報告

第2回まちづくりサロンは、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンの副代表理事である、池本修悟さんにお招きして、ミニワークショップも体験しながらのサロンになりました。
参加者は14人という大人数でしたが、池本さんのリードで、ワークショップも盛り上がりました。
コミュニティ・オーガナイジングは、課題に直面した人たちが、自ら立ち上がって状況を変えていくための方法です。

池本さんは、まずそうした「オーガナイジング」の根底にある考え方を、事例も含めながら、わかりやすく説明してくれました。
出発点は、「私の課題は何か」ではなく、「だれが私の同志か」です。
当然、課題設定も、「私の課題」ではなく、「私たちの課題」となりますが、ここにポイントがあります。
実際にまちづくり活動(組織変革でも同じですが)に取り組んでいる方は、個々人の課題ではなく、「私たちの課題」にしていくことで、状況が全く変わることを経験されていると思います。
そして、「同志」(仲間、あるいは当事者たち)が持っている広義の資源を共有化し、創造的・創発的にパワーに変えていくのです。
つまり、人々の関係性を高め、人々の持っているさまざまな力をパワーに変えていくことで社会に変化を起こしていこうという考え方なのです。

具体的には、パブリック・ナラティブ(みんなで物語る)を基本に置いたワークショップなどで、共有価値を核にしたコミュニティをオーガナイズしていくのですが、そうして生まれたコミュニティは、持続的で能動的な課題解決のもっているわけです。
ちょっと理屈っぽい説明になってしまいましたが、池本さんはアメリカや日本の事例も紹介しながら、わかりやすく説明してくれました。

後半は、パブリック・ナラティブを構築するための3つの要素の入り口である、「ストーリー・オブ・セルフ」のミニワークショップを4つのグループに分かれて行いました。
参加者それぞれが、自らの価値観を語り合い、相互にコーチングしあいました。
ミニワークショップとはいえ、実際に体験するといろんな気付きがあります。
価値観を意識したストーリーを語るわけですから、自らを問い直すことにもなりますし、生々しい話も出てきて相互の理解度もずっと深まります。
その入り口を、それぞれに体験させてもらいました。

最後にみんなが一言ずつ感想を言い合って、刺激的なサロンを終わりました。
なお、コミュニティ・オーガナイジングについては、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンのホームページをご覧ください。
http://communityorganizing.jp/

最後に私の感想です。
池本さんは、コミュニティ・オーガナイジングのモデルは日本にもあるという、提唱者のガンツ博士の話を紹介してくれました。
たしかに日本の一昔前までの文化には、コミュニティ・オーガナイジングに通ずるものがあったように思います。
しかし、同時に私は、アメリカこそ、こうした理念で建国され、発展してきたように思います。
19世紀のアメリカの見聞記をまとめたトクヴィルの「アメリカのデモクラシー」には、そうした事例がたくさん出てきます。
当初のタウン・ミーティングはまさに、コミュニティ・オーガナイジングでした。
しかし、20世紀にはいり、アメリカの社会は大きく変質しました。
1980年前後のアメリカ人の価値観を200人を超す人たちのインタビューによって調査したロバート・ベラーの「心の習慣」によれば、すでに当時、そうした文化は消え去っていたようです。
そして、それに抗うように、いままた個人の価値観、つまり生活に戻って、社会を捉え直そうとする動きが広がっている。
そこから、私たちが学ぶことはとてもたくさんあるように思います。
国家のあり方(つまり政治のあり方)もまた、それと無縁ではないように思います。

来年は、そうした「価値観」の問題に関わるようなサロンをいくつか考えています。
池本さんのお話は、そうしたことに深くつながっているような気がしました。
池本さんの語ってくれた、ご自分の物語も、私にはとても刺激的なものでした。

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