カテゴリー「社会時評」の記事

2021/08/30

■粗探しがはびこる時代には明日は来ない

この週末は暑さに負けずに都心に行きました。
少しいいことがありました。

電車は始発駅から乗るので、いつも座れます。
いつものように、優先席に座っていましたが、うつらうつらしているうちに混んできました。
そのうちに目が覚めたのですが、なんとなく前に立っている人のカバンをみたら1枚の缶バッチがぶら下がっていました。
そこに「おなかにあかちゃんがいます」と書いてありました。

反射的に立ち上がって席を譲ろうとしましたが、私が高齢者であるせいか、彼女は辞退しました。
でもほかの人は誰も立ち上がろうとせずに、結局、座ってくれました。
冷静になって考えたら、ちょっと反省しました。
高齢者を立たせてしまったと彼女は負担を感じたかもしれません。
しかし、私としては、高齢者でも役に立てることを実感して、疲れがちょっと消えました。

昨日は大した話ではないのですが、湯島のビルに着いたら、ちょうど自転車でビルに入ろうとする人がやってきました。
ドアが閉まっているので大変だなと、自分の体験を思い出して、彼を待ってドアを開いてやりました。
そんな小さなことなのに、その人は大きな声で2回もお礼を言ってくれました。
まあそれだけの話なのですが、私も元気をもらえました。

フェイスブックもそうですが、人の悪口によく出合います。
私も、つい書いてしまうこともあります。
でも誰かを非難したり、否定したりすることは何も始まりません。
生きているとそういうことがよくわかります。

逆に言えば、元気になるのは難しいことではありません。
誰かの小さな役に立つだけも、自分が元気になれます。
誰かのちょっとした行動をほめるだけでも元気がでます。

しかし最近はどうもみんな粗探し探しばかりする。
自分が粗探しをしているので、誰かの言葉も「粗探し」だと誤解してしまうこともあるでしょう。
粗探しがはびこる時代には、たぶん明日は来ない。

私も注意しなければいけません。

 

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2021/08/14

■少しでも命が助かる(可能性が高い)行動をとってください??

西日本を中心にまた大雨被害が広がっています。

そんな時に不謹慎かもしれませんが、報道を聴いていて、どうも気になる言葉があります。
「少しでも命が助かる(可能性が高い)行動をとってください」という言葉です。
今回に始まったことではなく、少し前からこういう言葉をよく聞くようになりました。

少しでも命が助かる?
命を守るではないのか?

文法的には正しいのかもしれませんが、どうもこの言葉には違和感があります。
自分が主体的な存在として扱われていないような、そんな気がしてしまうのです。
コロナがらみでの「人流」という言葉も不快ですが、あれと同じ違和感があります。

この言葉に限らず、最近はどうも、危険を煽るような刺激的な呼びかけが増えています。
しかも、自分で意志をもって行動することも、なんとなく否定されているような気さえします。自分の目や耳で危険を確認するよりも、テレビやネットの情報がたくさんあるので、それにむしろ頼るようにとも言われます。
しかし、行政による警報がもし間違っていたとしたら、どうなるのか。

私はやはり自分の身心で危険を察知し行動を自分で判断することを基本にしようと思っています。
コロナ感染症対策も、そう務めていますので。

自然の猛威から学ぶことはたくさんあります。
「少しでも命が助かる行動」ではなく、「自分でしっかりと命を守る行動」こそが、大切なことだと思っています。

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2021/08/07

■もうこれ以上を「不安」をばらまかないでほしい

昨日、小田急線の車内で、突然、乗客の一人が車内の乗客を次々と刃物で刺すという事件が起きました。加害者の若い男性は、緊急停車した車内から逃走しましたが、1時間ほど後に、コンビニで「ニュースでやった事件は私がやりました」と自首したそうです。
こうした事件の報道を見て、いつも感ずるのは、加害者はなぜそんなことをしたのかという疑問です。

 どんな理由があれ、他者を指すような行為は許されません。しかし同時に、そういう事件が何を意味しているのかは、しっかりと考えなければいけません。私自身、いつ、同じような事件に巻き込まれるか、あるいは起こすか、わかりませんから。

すべてを昨今の社会のせいにするつもりはありませんが、いまの社会の風潮が全く無縁であるとも思いません。正直、私でさえ、時にイライラしてしまうこともある。暑さのせいもあるかもしれませんが、やはりどこかにコロナ騒ぎが影響していると思います。
もうこれ以上、不安にさせないでほしいものです。政府がやるべきは、国民の不安を解くことですが、いまの政府はその真反対のことばかりやっています。

私は、比較的わがままに、自分の意志を貫こうとしていますが、多くの人はもっと他者に気遣い、付き合い上、ワクチンをうち、マスクもし、外出も自粛しているでしょう。
思うように活動できない運動好きの高校生が、東尋坊に向かいたくなるほどなのです。
見えないところで、大きな何かが鬱積し、突然にそれが爆発してしまう。いつ誰に、そんなことが起こっても不思議でないほど、いま社会は窮屈になっているのかもしれません。

どうしたらいいのか。
私にできることはないのか。
こういう事件の報道に接して、いつも考えながら、何もできずにいます。

 

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2021/08/05

■若者たちに何が起こっているのか

コロナ感染者の発表数字は上昇の一途です。
しかもそれに対する医療体制政策が相変わらず右往左往している感じで、みんなの不安は高まる一方でしょう。政府に対する信頼感がない状況で、パニックが起こらないかと不安です。

私自身は、しかし、新型コロナ感染症よりも不安なことがあります。
みんな新型コロナ不安にばかり目が行っていますが、その背景で起きていることがたくさんある。それはおそらくこれからの社会のあり方を方向づけていくでしょう。

もう一つの不安は、周辺ですでに起こっている気になる動きです。
連絡が取りにくくなってしまった若者もいますし、精神的な失調を起こした友人も一人ならずいます。人に会うことが難しい状況が続くと、高齢者でも心身の不調を起こしかねない。

今日、東尋坊で見回り活動をしている茂幸雄さんから電話がありました。
最近、なんと高校生に出合うことが増えているというのです。
それもスポーツをやっている高校生が、精神的に失調を起こしている。

若者の自殺が増えているという報道もありますが、数字に出てきてしまってからではすべては遅いのです。
外出自粛や他者との交流制限が、他者への関心を失わせなければいいのですが。
最近会っていない友人知人に、できるだけ声をかけていこうと思います。

人と会って話したい人がいたら、湯島に来てください。
コロナ感染症よりも恐ろしいことはたくさんあります。
外出自粛ができれば、それに越したことはありませんが、もっと大事なことがあることもお互いに理解し合いたいものです。
自分を守れるのは自分だけです。
自分にとって何が大切か、それぞれが考えなければいけません。

それにしてもこの数日の菅首相の発言は、まるでアンドロイドのようです。
私もそうならないように、私としてできることを見つけていこうと思います。

 

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2021/07/22

■オリンピックの本性が露呈されてきています

オリンピック開会式前日になってまた開会式ショーディレクターが解任になりました。
こんどはユダヤ人大量惨殺ごっこが問題になっています。
オリンピック開会直前になって、こう関係者の辞任・解任がつづくのか。
私の娘は、なぜもっときちんと事前調査をして、「そういう人」を避けられなかったのかなと言います。

しかしそうでしょうか。
私の考えは全く逆です。
つまり、「そういう人たち」が東京オリンピックに寄り集まっているということです。
彼らは「東京オリンピック村」にふさわしい人たちなのです。
そう考えれば、いろんなことが理解できます。

しかも私には、辞任・解任された人たちは「小者」にしか思えません。
そんな些末な話に惑わされないようにしたいです。

余計なことを言えば、最近の日本の笑い芸人の本性に私は生理的な違和感があります。
人気が出てくると態度を替えますが、本性は変わりません。
もちろんなかには、きちんとした笑い芸人もいますが、私には不快な芸や芸のない芸があまりに多いような気がします。そういう人ほど、人気があるのも不思議ですが.

また言わずもがなのことを言ってしまいました。
困ったものです。

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2021/07/13

■アメリカのホームラン・ダービーで敗退した大谷さんの笑顔

アメリカのホームラン・ダービーの実況を見てしまいました。
トーナメントの1回戦は、大谷選手とソト選手。

接戦のあげく、大谷選手は敗退しました。
しかし終わった後のインタビューで大谷さんは「楽しかった」ととてもいい笑顔で応えていました。
実況を見ているかぎり、大谷さんは心底楽しんでいたようです。

負けた後も、大谷さんの行動はとても楽しそうでした。
こういう風景を私はオリンピックでは見たことがありません。
この雰囲気はまさに私がイメージするスポーツです。

日本のスポーツ選手はどうしてみんなあんなに暗いのか、いつも気になっていますが、大谷さんの明るさは大きな救いです。
元気が出ます。

 

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2021/07/12

■関係者だけのイベントとそれを喜ぶ人たち

オリンピックの聖火リレーイベントが、関係者だけで行われている報道を見るにつけ、いったい何のためのイベントなのかと不思議に思います。
オリンピックそのものも関係者のためのオリンピックになっているのでしょう。
どうもわけのわからない時代になってしまったものです。

しかもそういうイベントにまだ大喜びする「関係者ではない人」も多い。
テレビでこれほど聖火リレーイベントが報道されるのも気持ちが悪い。
最近、私はかなり「偏屈」になってきているようですが、聖火イベントに登場してはしゃいでいる人を見ると蹴とばしたくなります。
タレントにしろアスリートにしろ、いや一般の人であれ、同情よりも軽蔑したくなります。障碍者も例外ではありません。障碍者を応援する気持ちも最近は萎えてしまいそうです。

こういう人たちが社会を壊していくように思います。
私には到底許せない人たちです。
かなり「偏屈老人」になってしまったものです。
コロナの恩恵も受けずに、長生きしすぎたようです。

それにしてもどうしてみんな権力者や富裕者に迎合するのでしょうか。
自分ができないことを彼らにやってもらって満足するのでしょうか。
テレビで高価な料理を食べ歩く芸能人たちの番組が増えています。
視聴率が高いので増えているのでしょう。
しかし時々見てしまうそういう番組の料理は、私の食生活とは全く異次元です。
時には私の1か月の食費を1回の食事で消化してしまうほどです。

高級料理を出しているお店も私には違和感があります。
せっかく食の技があるのなら、もっとやることがあるだろう。
皇帝の雇われ調理人のような「高級シェフ」には、私は敬意を払う気など毛頭ありません。
この世の中には、今日の食事さえ満足にできない人もいることを知らないのかと思いたくなる。
偏屈ではなく「ひがみ」も入っているのかもしれません。困ったものです。

一方でお金を湯水のごとく使う人がいれば、一方にはまともな活動もできないほどお金に困っている人もいる。
経済とは、あるいは政治とは、そういう状況を生み出すためのものなのか、あるいはそういう状況をなくしていくためのものなのか。

オリンピック騒動で、少しはそういうことを考える人が増えることを祈っています。
政治も経済も、この数十年で全く変質してしまったとしか思えません。

まるで古代アテネのようなひどい社会になってしまいました。
まあそれを理想としてきたのだから、仕方がありませんが。

 

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2021/07/07

■オリンピックボイコットをつづけます

私はオリンピック日本招致の時から、とても残念に思っていました。
21世紀に入ってからのオリンピックのビジネスイベント化には違和感がありましたし、いまは日本がオリンピックをやる時期ではないだろうとも思っていましたから。
招致が決まった時の会場で大騒ぎしている人たちの様子には吐き気がしました。
いまでも頭から離れません。
それを見て一緒に喜んでいる人たちにも違和感を持ちました。

招致後の動きを見ていると、すさまじい経済活動化に唖然としていました。
招致当初の方針であれば、反対ではありますが、まあ何とか我慢できました。
しかし、その後のすさまじい私欲のぶつかり合いの場の状況を見ていると、我慢できなくなりそうなので、無視することにしました。一人での「オリンピックボイコット」運動です。
オリンピック協賛マークを見るたびに不快になりますが、オリンピック協賛企業の商品はできるだけ購入しません。私の払う対価の一部がオリンピックに回ると思うからです。ただJRなどの交通機関や宅急便などは利用しないわけにはいかないので、不快ながら利用しています。

オリンピック関係の報道記事は基本的には見ないようにしています。
スポーツ関係もこれまで以上に関心は少なくなりました。
スポーツがビジネスになってしまい、スポーツ選手が商売の道具になっていく様子が私にはとても見てはいられないからです。
どうしてスポーツ選手たちがオリンピックのこうした動きに、異議申し立てをしなかったのか、私には理解できません。
決してスポーツ選手を非難しているわけではないのですが、私とは全く別の世界を目指している人たちなんだなと思うばかりです。
最近のスポーツはもはや私の考えるスポーツではありません。

今年初めにはオリンピックは中止になると思い、少し心穏やかになりましたが、今やもう完全に開催されるような状況です。
最近心穏やかでないのは、そのせいです。ますます社会は劣化するでしょう。
ソドムとゴモラのように、天の裁きがあるような気がしてなりません。
もう始まっているのかもしれませんが。

もっとも私のまわりにはオリンピックを楽しみにしている人もいます。始まったらもっと増えるかもしれません。
ですから私はますます多くの友だちを失うでしょう。

ちなみに私がオリンピック開催に反対なのは新型コロナ感染症のせいではありません。
日本政府の判断基準の優先順位を気づかせてくれた新型コロナ感染症には、むしろ好意をもっています。
テレビの報道番組の本性も暴いてくれましたし。

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2021/07/01

■まちづくりの基本はまず生活地域からだと思います

今年、私は自治会の会長役を引き受けさせてもらいました。

私たちの自治会は200世帯弱なのですが、16の組に分かれていて、順番に担当組のだれかが会長役を引き受けることになっているのです。
私たちの組は13世帯なのですが、私が最年長なので、前回も今回も会長をさせてもらっています。
ほかの役員もいろいろとありますが、それも会長役の組で引き受けますが、みんなとても協力的なので、手を挙げた人がそれぞれの役割を担ってくれていて、メーリングリストで連絡しながら、みんなで役割を果たしています。

私の役割の一つは、何か問題提起されれば、その解決にちょっとだけ手を貸すだけです。
基本はそれぞれの関係者が自らで解決するようにしたいと思っていますので、できるだけ何もしないのが理想です。

しかし一つだけ私が始めたことがあります。
毎月、自治会活動の報告を書いて全戸に回覧することです。
長々と書いては読んでもらえないので、毎月、A4版1枚に5項目以内でまとめるようにしています。
また、単なる報告ではなく、できるだけ呼び掛けるように心がけています。

たとえば今回は、地区社協は住民の寄付とボランティア活動で成り立っていることを紹介し、活動にボランティア参加する人の呼びかけをしました。意外とみんな、地区社協の活動は知らないのです。

あるいは、近くの交番の担当のおまわりさんの名前を紹介し、何かあれば相談に行くといいと書きました。もちろんそのおまわりさんにはもしだれかが言ったらよろしくとお願いしています。一度、おまわりさんを囲む会もやってもいいかなと思っています。何しろ最近は高齢者狙いの電話詐欺も多いようですし。

そんな形で、自分たちのまちは自分たちでできるだけよくしていこうと呼びかけているのです。
今日は6月の報告を書いて、いま回覧に回しました。

 

 

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2021/06/22

■意思を表明することの勇気

サッカー・ワールドカップ予選の日本戦で、ミャンマー代表のピエ・リヤン・アウン選手が3本の指を揚げた行為に感心しましたが、その後の経緯を知るにつれて、それがどれほどの勇気ある行為だったのかがわかり、感心は感謝の念に変わりました。
「感謝」というのもおかしな話ですが、不思議に感謝の念が強まってきたのです。
こういう勇気ある行為を行う人のおかげで、私のような軟弱な人間も何とか自由を享受できているのです。

以前、湯島のサロンでミャンマーや香港の話が出た時に、日本の現在はそことどう違うのだろうかと問いかけたことがあります。
議論は深まりませんでしたが、日本の方がよりよい社会だと思っている人がほとんどのようでした。
しかしそうでしょうか。
私には、状況はそう違わないようにも思います。
でも日本では実際の運動は起こっていません。

報道の仕方一つで、事実の見え方は真反対にさえなります。
いまや世界中の動きが見えるようになったと思いがちですが、どのメディアを通して世界を見るかで、世界は違って見えてくる。
さらに他国の事件の情報が多くなるにつれて、「灯台下暗し」的に日本の事件は見えにくくなってしまってきている。そんな気がしてなりません。

私は、マスコミ報道は参考にはしますが、それがすべてだとは思わないようにしています。報道情報を前提にしてしまうと事実が見えなくなるばかりではなく、考えることさえも忘れてしまい、それを事実と考えてしまいがちです。
最近のワクチン議論を見ているとまさにそれを感じます。
ワクチン待望論者もワクチン拒否論者も、みんなある情報をベースに、それを補強するための情報ばかり集めて、もう自分では考えなくなってしまっている。一部の情報に依存しすぎるためにほかの情報が見えなくなってしまっている。これでは何のための情報かわからない。
理解を深めるのではなく、対立を深めるための情報になってしまいかねない。
さびしい話です。

マスコミ報道や専門家の意見は、あくまでも判断材料の一つです。判断を他者に丸投げする生き方は楽ですが、そういう生き方からは他者を非難する発言は出てきますが、自らの人生を賭した行動は出てこない。

この数日のオリンピック関連の政府の動きを見れば、香港やミャンマーの人たちだったらどうするでしょうか。
そう考えると、香港やミャンマーが日本より本当にひどい状況なのか、私にはよくわからなくなります。
少なくともいまの日本人よりも国民たちは賢明で知的だとは思いますが。

 

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