カテゴリー「社会時評」の記事

2009/12/19

■「会話のない社会」と土浦連続殺傷事件

土浦連続殺傷事件で水戸地裁は26歳の被告に死刑判決を下しました。
その事件で息子を失った被害者家族の方が、「本音を言うとね、彼がかわいそうな気もしたんだよ」と事前の取材で語っていたと昨日の朝日新聞に報道されていました。
彼とはもちろん被告のことです。
被告が「会話のない家庭」で育った生い立ちに同情することもあったというのです。

「会話のない家庭」。
そういえば、秋葉原事件の被告は「会話のない職場」で孤立していたのかもしれません。
いまはまさに情報や言葉はあふれていますが、「会話のない社会」になってきているのかもしれません。
みなさんの周りはどうでしょうか。
会話があふれているでしょうか。

私のオフィスではよくサロンをやっています。
そこに参加した人が時々、安心して本音で話ができて居心地がよかった、というようなことをいいます。
ということは、そういう場がいまは少なくなっているのかなと思います。
私のような歳になると、どこでも本音でわがままに話せますが、それが一般的ではないのかもしれません。

私の知人が「対話法」を独自に開発し、それを広げる活動をしています。
私も以前「対話の時代」という連載記事を雑誌に寄稿していましたが、いまは「対話」よりも「会話」が大事ではないかと思っています。
しかし、会話以前に「対話」すらできなくなっているとしたら、こうした事件はこれからも起こりそうです。

「本音を言うとね、彼がかわいそうな気もしたんだよ」。
その気持ちはとてもよくわかります。
この事件意外でも、そう思うことが私も時々あります。

ではどうしたらいいか。
会話のない社会を変えていくことが大事です。
私が取り組んできた「自殺のない社会づくりネットワーク」というのがあります。
いま少し関わりだしている子育て支援の活動があります。
信濃川に鮭を遡上させるプロジェクトがあります。
そうした活動に関わっていて、改めて感ずるのは「話し合い」「会話」の不足です。
根底にあるのは「会話のない社会」です。
それを変えていけたら、解決する問題はたくさんあります。
そうであれば、変えなければいけません。
それは簡単なことです。
会話をはじめましょう。
まずは家族、そして隣人、さらには仕事仲間。
表情のある会話を取り戻しましょう。
一人でもできることはたくさんあります。
だれかに同情しなくてもいい社会を目指したいです。

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2009/12/14

■相談には乗ってくれないのですか

湯島にある私のオフィスを「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」の事務局に提供しています。
電話も事務局に使ってもらっています。
事務局といっても普段は誰もいません。

そこで私がいるときには私が電話に出ます。
電話はお金がないので私のオフィスとも共有していますので、最近は何と言って電話に出ればいいか迷います。
いまは「佐藤です」と電話に出ます。
一瞬、相手が戸惑い躊躇する雰囲気が伝わってくる場合があります。
それが「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局あての電話なのです。
そこで、「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局と言い直します。
電話口の向こうから、ホッとしたような安堵感が伝わってきます。
電話は声だけではなく、気持ちもしっかりと伝えるものだと最近わかりました。

「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局は、自殺に関する電話相談は受けていません。
中途半端な相談はマイナスだというのが理由ですが、実際は相談を受けるまで私自身が腹を決めていないだけかもしれません。

今日もオフィスで仕事をしていたら電話がなりました。
友人からの電話を待っていたので、彼からだろうと電話に出ました。
違いました。すぐにわかります。

自殺に関する相談は受けていません。
相談であれば、こういうところに電話したら相談に乗ってくれるかもしれません。
そう答えます。
いや、そう答えていました。
相手はそれでもとても感謝してくれます。
しかし、電話を切った後、いつもとても自己嫌悪に陥るのです。
これこそ中途半端ではないか。

今日の電話は緊迫感がありました。
自殺しようという電話ではありません。
不思議なのですが、相手の気持ちはなぜか伝わるのです。
それだけ相手は真剣だということなのでしょう。
今日の電話の相手はたぶんDVがらみではないかと思いますが、シェルターを探していました。
つまり身を隠すところです。

私が紹介した場所の多くには彼女はもう既に電話したようです。
行政にも相談に行っているようです。
そして、そのすべてに失望感を持っていることが伝わってきました。
彼女と話していて、シェルターを紹介してくれるかもしれない人を思い出して伝えました。
すぐに電話するといいました。
ともかく切迫しているのです。
電話が切れなくなりました。
さてどうするか。

余計なことを言ってしまいました。
死のうなどと考えてはいけない、必ず道は見つかりますよ。
思わず出てしまった言葉ですが、話しながら自分の気持ちが動き出しそうなのがわかりました。
出来ることなら、相談にいってあげたいという気持ちです。
相談者としては失格なのかもしれません。
それをこらえて、何かあったらまた電話してください、と言いました。
その言葉が出るまでに少し間がありました。
そのため、相手の人は話が終わったと思い、電話を切ったのです。
相手の人にその言葉が伝わったかどうか、微妙です。

たかだか数分のやりとりでしたが、終わった途端にまた自己嫌悪に襲われました。
もし私が電話の向こう側にいる立場だったらどうだったか。
そう思うと心が痛みます。

この1か月で、こういう電話を何回受けたでしょうか。
電話などで見ず知らずの人にではなく、近くの人になぜ相談することができなくなってしまったのか。
こういう社会はどう考えてもおかしいです。
近くにちょっと様子のおかしい人がいたら、声をかけましょう。
そうしたら自分がそうならずにすむはずです。
それに支えあいながら解決策を考えたら、必ず道は開けるはずです。

そう思うのですが、最近はあまりに問題が多すぎます。
テレビの自殺関係の報道番組には、わたしはとても違和感があります。
自殺対策への基金もできたようですが、現実はそんなに悠長ではないのです。
現場は本当に切迫しているのです

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2009/12/06

■新潟水俣病のこと

新潟水俣病資料館に行ってきました。
新潟にいる金田さんの案内で、アポイントもなく立ち寄らせてもらったのですが、塚田館長にお会いでき、しかも2時間以上にわたってじっくりとお話を聞かせてもらいました。
改めて、水俣はまだ終わっていないと痛感しました。
そして若い頃感じたアカデミズムへの憤りを思い出すとともに、その中で誠実に取り組んでいる人たちへの敬意の念も思い出しました。
軽い気持ちで立ち寄ったのですが、私にとってはずっしりと心に応えた日になりました。

塚田さんから新潟水俣病が確認された当時、厚生省から出向していた新潟県衛生部長の北野博一さんの話をお聞きしました。
感動しました。
厚生省にもこういう人がいたのだという話です。
見事な対応でした。
しかし、その後、動きは鈍くなります。
大きな経済が、小さな生活に勝ってしまったのです。
コラテラルダメッジの一例でしょうか。

北野さんの名前は私の頭の中にしっかりと入りました。
帰宅してネットで調べたら出てきました。
お時間があれば読んでください。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/minamata/20060907/20060907_044.shtml

この記事に出てくる坂東弁護士がエントロピー学会で昨年話された講演の記録を以前読ませてもらいましたが、その坂東さんが書かれた「新潟水俣病の三十年―ある弁護士の回想」を読もうと思います。
久しぶりにまた水俣病に関心が戻ってきました。
つながりと支え合いが壊れだした原点が、もしかしたらそのあたりにあるのかもしれません。

塚田さんが、北野さんの原点はハンセン病療養所に関わったことらしいです、と教えてくれました。
その話しぶりがとても説得力がありました。
現場を知っている人は本当の人生を生きられる、という私の仮説に合っています。

塚田さんは最後に、私のところにある宝物をお見せしますといって、書庫を案内してくれました。
訴訟に関する克明な記録、原告の日記などが積まれていました。
塚田さんは、それを時間をかけてパソコンに入力されているようです。
こうした人によって社会は支えられているのだ、と改めて頭が下がりました。
自分の生き方の軽さを反省させられた1日になりました。

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2009/11/23

■サロンの効用

私はサロンが大好きで、湯島のオフィスでも、いろんなスタイルのサロン(気楽な話し合いの場)をやっています。
その一つがコムケアサロンといって、みんなが気持ちよく暮らしていける社会になるといいなと思っている人たちの気楽なサロンがあります。

いつもは湯島でやっていますが、今回、出前コムケアサロンというのをやってみました。
ちょうど、コミュニティカフェ(レストラン)を開こうとしているコムケア仲間がいたので、その開店直前にそこを会場にして、昨日、「食と農、そして居場所」を少しだけテーマにしたサロンを開催しました、
雨にもかかわらず15人ほどの人たちが集まってくれました、
私も会場まで1時間以上かかりましたが、同じ我孫子や近くの柏からも参加してくれた人もいます。
コムケア仲間ではなかったのですが、熊谷から参加してくださった方もいます。
こうした集りをやると、いつも必ず新しい人が参加してきてくれるのです。
今回は、実際に思いを持ってコミュニティカフェをやっている人も数名参加してくれました。

4時間の長いサロンでしたが、なかなか終わらずに、実に中身の濃い話し合いが実現しました。
はじめて会った方のほうが、みんな多かったはずですが、心が通じた気がします。

実際にコミュニティカフェをやっている人の話は感動的でした。
幸手市で、介護予防型コミュニケーション喫茶「元気スタンドぷリズム」をやっている小泉さんは、経済的にはかなり厳しいと思いますが、楽しそうでした。
形式にこだわる行政への対応にかなり疲れている感じもしましたが、行政に依存することなく、さまざまな試みに取り組んでおり、間違いなく小泉さんの試みは成功するでしょう。

大宮で、アレルギーっ子のための「おひさまカフェ」をやっている久間さんからは、アレルギーを持つ子どもたちの親の大変さを気づかせてもらいました。
こうした活動はまだ全国的にもほとんどないようです。
忙しいなかをわざわざ参加してくださいました。
久間さんの話を聞くと、時間がないなどという言い訳の不誠実さがよくわかります。

サロンの報告は、またホームページなどで書くつもりですが、
ともかく気楽に話し合う場の効用を改めて感じました。
こういう集まりが気楽にどんどん広がっていくといいなと思いました。

私がささやかに関わっている自殺のない社会づくりにしても、子育て支援にしても、まちづくりにしても、本業の企業変革にしても、出発点は現場を持っているいろいろな立場の人たちが、一緒にになって本音で語り合うことだろうと思います。
当事者が誠実に話し合えば、おそらく解決できない問題などはないはずです。
もちろんきちんと話し合うためには、基本的な情報は共有されていないといけませんが、情報の共有もざっくばらんな話し合いを通して実現するように思います。

コムケア活動で標榜している「大きな福祉」は、まずはいろんな人が気楽に立ち寄れるサロンづくりから始まるという思いを、ますます強くしました。
そういうサロンがどんどん広がると社会は変わっていくように思います。

私のオフィスでは、今月28日には「自殺のない社会づくりネットワーク」の交流会、12月2日には認知称予防をテーマにしたサロン、12月16日には農をテーマにしたサロンを予定しています。
私のホームページのお知らせに掲載されています。
他にも12月中に2つほどのサロンを計画しています。
ホームページのお知らせに案内を出す予定ですので、もしよろしければ気楽にご参加ください。

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2009/11/14

■農的に生きることへの思い

この頃、なぜか「農」の話が私の周りでとても増えています。
まあ農業ブームですから当然なのですが、どこに行っても出てくるのです。

たとえば、今日、地元のある集まりがありましたが、そこのメンバーからも「地産地消の事業」に取り組もうという提案がありました。
昨日は、子育て支援の関係のグループと話をしていたのですが、京都の丹波に大きな土地があり、そこに「新しい村」のようなものができないかという話が出てきました。
つい先ほどは、私が自殺のない社会づくりネットワークに関わっていることを知った友人が、「人間らしい、生き方を求めて、コンクリートから土と、ともに生きる。そんな生き方をすれば、自殺願望者も、減ることでしよう。ぜひ提案を聞いてくれ」とメールが来ました。

火曜日には「半農生活をはじめよう」の著者がやってきましたが、彼のところには問い合わせがたくさん来ているようです。
ぜひ「農的に生きる」をテーマにしたフォーラムをやろうと提案しました。
来週の土曜日には、埼玉の浦和で「農と食、そして居場所」をテーマにしたコムケアフォーラムを開催します
認知症にも少し接点が生まれだしていますが、その関係の話をしていたら、土とのつながりや農的生活の話が出てきましたし、ともかくいろんなところで、農の話が出てくるのです。

みんな土が恋しくなってきたのでしょうか。
私も来年のテーマの一つに「農」を置こうと思っています。
しかし、昨今のブームには乗りたくありません。

今年の春に、支え合いサロンで農をテーマに2回ほど話し合いをしたのですが、どうも思うような方向には持っていけませんでした。
農とは何か、を一度、じっくりと考えてみたいと思っています。
どなたかそうした話し合いの相手になってくれませんか。
そして、来春にでも「農的に生きる」をテーマにしたフォーラムを一緒にやりませんか。
「百姓として生きる」でもいいのですが。

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2009/10/30

■「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」

八丈島近海で転覆した漁船「第1幸福丸」の真っ暗な船内で4日間をがんばった船員の一人、宇都宮さんが、
「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
と語っていました。
とても考えさせられる言葉です。

転覆事故のあった24日、私は「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」のキックオフを兼ねた「自殺多発場所での活動者サミット」を開いていました。
この半年、準備を重ねてきたものですが、このテーマへのかかわりを深めれば深めるほど、自殺のない社会とはやはり「大きな福祉」の実現ではないかと思うようになりました。
「自殺対策」はもちろん大切ですが、自殺を引き起こすような「真っ暗な社会」での私たち一人ひとりの生き方こそを問題にしなければいけないという思いを強くしました。

真っ暗な社会でも、そして希望が見えにくい時でも、3人いれば支えあえる。
この事件は、そのことを教えてくれています。
「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
すべての人に聴いてほしい言葉です。

人は決して一人では生きていません。
たくさんの人に支えられています。
そのことに気づけば、先ず自らが周りの人を支えようという気が起こってきます。
支えることは一方的な行為ではありません。
誰かを支えれば、必ずそのことで自らが支えられるのです。
支えることは必然的に支え合う循環を生み出します。
そのことに気づけば、とても生きやすくなり、世界は平和になるでしょう。

「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
これは真っ暗な船室だけの話ではありません。
私たちの日常生活にとっても、大きな示唆を含んでいます。
私たちも、ちょっとだけ生き方を変えましょう。
それが、「自殺のない社会」「孤独死のない社会」「子どもの笑顔の溢れる社会」「だれでもが気持ちよく暮らせる社会」につながっていくはずです。
そうした、大きな「支え合い社会」は、まずは自らの小さな一歩から始まる。
そのことを、今回の宇都宮さんの言葉で改めて確信しました。

最近疲れたので、コムケア活動をやめたいと思い出していますが、元気がまた出てきました。

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2009/10/29

■モンスターの悲劇

「モンスターペアレンツ」が学校を徘徊しているという話はかなり前から聞いています。
理不尽な要求を学校に突きつける父兄のことを「モンスターペアレンツ」と呼ぶようです。
しかし、理不尽な要求を突きつけるのは、何も学校の父兄だけではないようです。

福祉の世界でも、そうした「モンスター」に悩まされている行政は少なくないようです。
企業のお客様にも「クレーマー」と呼ばれるモンスターがいるようです。

先日、介護保険関係の研究調査プロジェクトの集まりがありました。
介護保険の自己作成をもっと広げたいという思いをもった人たちの研究会なのですが、そこで介護保険の世界でもモンスターといわれる人たちに窓口が振り回されて、それが健全なケアプラン自己作成者の広がりを妨げているのではないかというような議論がありました。

私自身は、そもそもモンスターなどという発想には大きな違和感があるのですが、福祉の世界も少しだけ知っている立場からいえば、モンスター議論に関しても、さもありなんと納得してしまっていました。

私は、住民主役のまちづくりにささやかながら関わっています。
一昨日も、あるまちで住民たちと行政との話し合いの場に同席する機会がありました。
そこでいろいろと話を聴いていて、そうした「まちづくり」の場にも、モンスター発想が行政にあることに気づきました。
さらに気づいたのは、モンスターを生んでいるのは行政だということです。

ゴジラはモンスターでしょうか。
もしそうであれば、ゴジラを生み出した核爆弾をもった世界はモンスターの生みの親ということになります。
モンスターを生み出すスーパーモンスター。
大企業や行政こそ、実はモンスターの源なのです。

モンスターが悪者扱いされる風潮が広まっていますが、モンスターを生み出す状況こそが問題なのだとやっと気づきました。

かつてはモンスターだったゴジラは、次第に世界の救い手に変化してきました。
これは実に象徴的な話です。
モンスターは何も好き好んでモンスターになったのではありません。
そういう視点でさまざまなことを見ていくと、もしかしたらモンスターはモンスターを非難している私たちなのかもしれません。

自らがモンスターなのに、誰かをモンスターと呼んで、自らは健全だと思い込んでいるのは、喜劇ではなく悲劇です。
私はこれからはもう2度とモンスターなどという言葉は使わないようにしようと思います。
人をモンスターなどと称することの傲慢さは、持ちたくないものです。
あやうくその傲慢さを身につけるところでした。
まさにモンスターを生み出す世界に私たちは生きているのです。

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2009/10/17

■支え合いと思いやり

このブログでも何回か書いてきていますが、10月24日に、自殺のない社会をめざして「自殺多発場所での活動者サミット」なる集まりを開催します。
ところがなかなか参加者が伸びません。
まだ50人ほどですが、このお誘いをしていていくつかのことに気づきました。

まず「自殺」という問題は、日常生活とは離れた「特別の問題」だと考えている中高年者が多いということです。
あるいは拒否的に反応してしまうのかもしれません。
それに対して、若い世代はむしろ生活とのつながりを感じて、比較的関心を持ってくれるということを知りました。
タイトルに「自殺」の文字を2度もつかい、しかもチラシには大きな文字で「自殺」をうたったのは後から考えると失敗でした。
世間の人たちが、これほどまだ「自殺」の問題に距離を置きたがっていることは予想外でした。

それとは別に感じ入ったことがあります。
参加者が少ないので、友人知人に誘いのメールを送りました。
そうしたら数名の人たちが即座に反応して、それぞれの参加しているメーリングリストや自分のブログなどで次々と紹介してくれるのです。
その見事な展開ぶりに感激しました。
10年近くも会ってもいない人が、自分の主催するメーリングリストで流してくれ、それがまた回りまわって私にも届くと言うわけです。

今回の集まりの基本テーマは「支え合い」です。
今の社会には「支え合い」の文化がなくなってきているという意識からの取り組みですが、支え合いの文化や心遣いは、まだたくさんあることを実感しました。
何人かの方は、わざわざメールや電話をくださり、告知に協力してくれています。
私は時々、こうした集まりを主宰していますが、考えてみるといつもこうした「支え合い」によって実現してきたことを思い出しました。
準備がなかなか進まないので、いささか気分が沈んでいたのですが、何だかとてもうれしくなってきました。
当日はどういうことになろうと、もうこれで私は十分にやって良かったと思えそうです。

誰かが行動を始める。
それに共感する人が、自発的に動き出す。
そしてそれが次第につながっていって、大きな波になっていく。
そうやって社会は動いてきているのでしょうね。
まずは動き出すこと。
それが気持ちよく生きていく秘訣なのだと改めて思いました。
私も、見習わなければいけません。
できることはたくさんあるはずです。
もっともっと心身を軽くしなければいけません。

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2009/10/05

■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか

読まれた方もあるかもしれませんが、昨日、このブログに寄せられたコメントにこんな文章が書かれていました。

>本当のことを言うと、このコメントはウェブ上に公開されてしまいますので、
>ちょっと怖い気がしたのですが、敢えて小さな声として発信します。

みなさんはどう思われるでしょうか。
考え過ぎではないかと思う人もいるかもしれません。
でも、そう思っている人も少なくないでしょう。
実際にこのブログを読んでくださっている人から、私信としてそういう思いを伝えられたこともありますし、ネットでの発信はすべてチェックされているから注意した方がいいといわれたこともあります。

以前書きましたが、私が友人に送ったメールを読んだ警察の人から電話があった時にはさすがに私もゾッとしましたが、後でそれは友人の遺品の中のパソコンから読み取られたものであることを知って少し安心しました。
しかし、実際にはネット上でのやりとりは、おそらく監視されているのでしょうから、その気になれば、権力をもつ人はいかようにも利用できることは否定できません。

一時期、共謀罪が話題になっていましたが、最近はどうなったのでしょうか。
今の情報環境で共謀罪が成り立つようになれば、映画「マイノリティ・レポート」の世界が現出しかねないと危惧していましたが、実は既にもうそういう社会は実現しているのかもしれません。
私たちはいまや見事に自己規律化されてきているのです。
オーウェルの「1984年」やザミャーチンの「われら」の世界は、すでに現実のものになってきているのです。

しかし、意見を素直にいうことが「怖い」社会は決して健全ではありません。
そうした「会社」が、問題を起こして破綻してしまった実例を、私たちは最近、何社も見てきていますが、「社会」そのものがもしそうなっているのであれば、これは由々しき問題です。
社会が壊れだしているとしかいえません。

そんな社会で、どう生きていけばいいのか、悩ましい話です。

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2009/09/30

■「待て」と「お手」

わが家にはチャッピーという老犬がいます。人間にたとえたらおそらく70過ぎの老犬で、散歩に行ってもちょっと長くなるとくたくたになって自宅にたどり着くのがやっとです。
まあ老人の私といい勝負ですが。

そのチャッピーが、いまなお守っていることがあります。
ご飯やおやつの時に、「待て」というと待っていることです。
あるいは手を出すとお手をしてくることです。
その姿を見ていて、最近、何だか自分を見ているような気がしてきたのです。
いえ、正直に言えば、自分というよりも、多くの日本人というべきでしょう。
私もその仲間だと思うのはかなり辛いことではありますが、認めざるを得ないでしょう。

チャッピーに「お手」を教えた記憶はあるのですが、「待て」はあまり教えたことがありません。
もしかしたら、チャッピーがわが家の養子に来る前にしつけられていたのかもしれません。
それにしても、そのあまりの従順さに哀れさを感じます。
なぜ哀れさを感ずるのだろうかと不思議に思って気がついたのが、自分たちの生き方との類似性だったのです。

私たちはどこで誰に「待て」とか「お手」とか教えられたのでしょうか。
私はあまり記憶にありません。
でも周りを見ているとみんな本当に忠実です。
偉そうなことをいっている私も、かなり忠実です。
私の人生は、かなりわがままそうに見えても、所詮は「待て」と「お手」の人生でした。

「待て」と「お手」を身につけた人が、たぶん大人なのかもしれませんが、最近はどうもかなり若い世代まで、その躾が進んでいるような気がします。
一見、勝手気ままにやっているようで、所詮は家畜のような生き方をしています。
先日、渋谷や原宿を歩いた時の光景を思い出しました。
みんなよく飼いならされています。
そういえば、原宿では家畜が餌を求めるように、餌場のようなお店の前はいつも行列です。
わが家のチャッピーよりも「お行儀」はかなり悪いですが。

さて私もその一員なのでしょうが、小賢しい学びよりも、チャッピーに学ぶべきかもしれません。
そういえば、チャッピーは一見待っているような振りをして、時々、飼い主の目をごまかします。
見習わなければいけません。

人生すべて師ですね。はい。

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