高市首相が米国晩餐会で踊り叫んで意見る写真が米国ホワイトハウスのホームページに掲載されているといろいろな人がネットで話題にしています。
それで私もネットで調べてみたら、たしかに載っていました。
この写真はさまざまな評価を呼んでいますが、私が高市首相の評価をプラスに転じたことを昨日書いた理由の一つがこの写真です。
横須賀の米軍を訪問した時の高市首相も、同じ行動をしました。
これにも賛否両論ありましたが、私が彼女を見直したきっかけの一つです。
首相として軽率だとか言うコメントも多かったですが、私自身はそういう考えが一番嫌いなのです。現状の常識を基準にしていたら、現実は変わりません。
常識で評価する人はみな現状に満足しているからでしょう。だから○×判断をする人は、みんな現状の中でしか考えていません。
私とは違う世界の人です。
高市政権を非難(批判ではありません)する人は、いまの日本の政治状況を前提にしているのでしょうが、私は制度自体がもう袋小路に入って窒息状態に近づいているような気がしています。
立憲主義から大きくはみ出し、利権がらみの力で動いているようにしか見えないのです。
だからこそ壊したい、というか、大きく変わってほしい、と思っています。
そのパラダイムの中で発想し行動している人にはパラダイムは変えられません。
まずは「常識」から自由に言動で切る人でなければいけません。
制度を壊すには、まずは人間に戻らなくてはいけない。
それもいわゆるビオスとしての人間ではなく、ゾーエとしての人間に。つまり生物として生きる人間に。ある既存の掟に従うのではなく、自由に自分で判断する。
いまの高市首相には、それを感じます。30年ほど前にある会でお目にかかった時の印象とは全く違います。いや、首相になる前の高市さんとも違う気がします。
制度を壊すと公言して首相になった小泉元首相も同じではないかといわれそうですが、私にはゾーエを感じませんでした。彼には表情も感じませんでした。でも高市首相にはそれを感じます。
窒息状況の政治状況に、新しい風を吹き込んだ高市首相は間もなく役割を終えて、吹き飛ばされるでしょう。その後、既存制度に寄生する政治家たちと左翼右翼とか言われている既存制度に寄生している人たちが、また政治状況を正すと言って、修復作業に取り組むでしょう。言葉だけの論争を交わしながら。でも一度、違った可能性を見た記憶は多くの人からは消えないでしょう。
「政治」に関心がなかった若い世代が、きっと新しい芽を育ててくれるでしょう。
政治に無知な人でなければ新しい芽は育てられません。
新しいビオスが生まれる。
しかし金銭資本やAI勢力の攻勢は、ますます強まるでしょう。
最後の大戦がはじまろうとしている。
高市首相は、その可能性をちょっとだけ見せてくれました。
だから私は高市首相に期待することにしたのです。
彼女はおかしいことを顕現化してくれていますから。
28日に湯島でこんなことも話し合うサロンをやります。
ぜひ私の意見をぶっ壊しに来てください。
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