カテゴリー「政治時評」の記事

2026/08/22

■河野有理さんの『日本史はいかに物語られてきたか』はおもしろいです

河野有理さんの『日本史はいかに物語られてきたか』(新潮選書)を読みました。
おもしろかったです。
本書は、戦後日本で話題になった著者や著書をとりあげて、皇国史観・マルクス史観の後に生まれた多様な史観をつないだ「戦後史論の物語」です。
私が生きてきた時代に展開されていたさまざまな史観がでてきて、いろいろなことを思い出しました。

著者は、21世紀に入り、そうした史論空間が弱まり、歴史が社会を語る力=物語性が失われつつあることに危機感を持ち、戦後の史論空間のやりとりを再検討することで、「史論なき時代」「史観なき社会」をどう生きるかの備えとしたいと述べます。

たしかに、最近は政治への関心は広がっているようですが、対話なき批難合戦ばかりで、しっかりした世界観や歴史観を持った言説に触れられません。

併せて、久しぶりにリフキンの『レジリエンスの時代』を読み直しました。
リフキンは、フロムの「バイオフィリア(生命愛)」を確信していますが、最近の湯島のサロンでは、相変わらず人間の攻撃性が前提で語られることが多いです。
人間は、生命から卒業しつつあると思ってしまうほどです。

湯島でも、歴史観や世界観を正面から話し合うサロンを開きたいのですが、どなたか問題提起をしてくれる人はいないでしょうか。

 

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2026/07/12

■また「天皇制」が政治の道具になりそうです

私は、日本という国の大きな資産は「象徴としての天皇の歴史」だと思っています。
長い歴史に裏付けられた「天皇」の存在は、その時々の人たちの意向を超えた、社会の核とした「人知を超えた存在」だと思っています。いかに科学技術が発展しても、作り出せる資産ではありません。

第二次世界大戦後、憲法でも「象徴天皇」という言葉が使われるようになっていますが、本来、天皇は時間を超え、空間を超えた、象徴として、まさに日本という国の存続を可能にしてきたのだと考えています。

しかし、どうもその「天皇」がまた世俗的な政治の道具にされそうな気がしてなりません。
養子だとか男系継承だとか、小賢しい人為が議論されていますが、象徴天皇は人智を超え、人為を超えていればこその象徴です。無理やり存続させる必要など全くなく、自然に任せても存続していくのが「象徴」です。
なぜもっと「自然のまま」に扱えないのか。
そう思います。

国旗への敬意も同じです。
小賢しい愛国心強要と同じく、なぜせっかく存在している「人智を超えた象徴」の価値を貶めるような法律をつくろうとするのか。

いまの政治家たちが見ている世界は、どんな世界なのでしょうか。

もう一つ気になるのは、最近の政権の動きに批判的な自民党幹部も少なくないようですが、彼らはなぜもっと動かないのか。
彼らが自民党の枠を超えて動き出せば、そして国民とも連携すれば、政治は変わるはずです。
石破さんや村上さん、やれることはたくさんあるでしょう。
党内でぼやいているだけでいいのですか。

https://www.youtube.com/watch?v=agQYPCG5rSE

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2026/07/11

■国民のデモから市民のデモへ

国会前のデモが続いています。いや、国会前だけではなく、各地でデモが広がり続いています。
マスコミ報道は相変わらずあまり報道しませんが、しかし、少しずつ報道も増えています。今朝の朝日新聞は社会面に出ていました。どうして社会面なのか不思議ですが。

デモは広がっても、政治はなかなか変わりません。
なぜなのか。
その理由は明確です。日本では政治と生活の距離が遠すぎるのです。デモに実際に参加して、シュプレヒコールなどを聴いていて、それを実感します。もっとも私は、安保法制でも以来、国会前にはいっていませんので、最近は変わってきているかもしれません。でも、デモが目的化しているような気がしてなりません。

それはともかく、日本での市民デモの取り組みにどこか問題があるのです。
つまりデモさえもが、すでに体制に取り組まれているのではないか。
市民運動としての主体性の問題かもしれません。

スペインでは2011年に広がった市民デモが、15M運動へと名前がつくほどのまとまりになり、そこから市民政党ポデモスが生まれました。そして当時の二大政党による国政を大きく変えました。
ちなみに、党名のポデモスの意味は「私たちはできる」です。オバマ大統領が使った“I can”です。党名そのものが「市民が力を持ち、変革を起こせる」という政治的メッセージになっているのです。
せめて山本太郎さんが、行動を起こした時に、党名にもう少し気を使っていたら、日本の政治はもしかしたら変わっていたかもしれません。山本さんの言動に深く共感していた私でさえも、「れいわ新選組」と聞いたとき、気が殺がれてしまいました。

デモを材料に、あたらいい政治のグランドデザインをつくれないものか。
そうしたシンボリックスターはいないものか。
デモは、思いを発する場ではなく、思いをつなぐ育てる場にしていかないと政治は変わらないような気がします。

今回は、自分では汗をかかずに、思いだけを書いてしまいました。
お許しください。

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2026/04/29

■誰かを敵に仕立てて仲間のきずなを確かめる

昨日の朝日新聞の「素粒子」です。

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「誰かを敵に仕立てて仲間のきずなを確かめる」

高市首相のことを言っているのでしょうが、同じことをやっている人が反高市派にもなんと多いことか。
どうしてみんな敵を作りたがるのでしょうか。
それでは戦争はなくならない。

平和を目指したいなら、まずは友敵思想から抜け出たいです。
敵をつくっておいて、戦争反対はいかにも白々しい。
せめて「高市」と呼び捨てるのはやめたいものです。
たとえどんなに嫌いであろうと。いや、嫌いならなおさらに。

と言っていたら、娘から、トランプ大統領も「トランプさん」と言わないといけないのかと言われました。
人の呼び方は実に悩ましい。

 

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2026/04/24

■フジテレビ系列で放映されている『銀河の一票』をお薦めします

茶色の朝のサロンの報告に書きましたが、ほう奥が長いので、後半に書いた『銀河の一票』の紹介のところまでたどり着かなかった人も多いでしょう。
それでその部分だけをまた投稿しようと思います。
ともかく多くの人に見てほしいからです。
https://www.ktv.jp/ginganoippyou/

まだ始まったばかりのドラマなので、これからどう展開するかはわからないのですが、その第1回目を何気なく見ていたのですが、最後の10分で感動しました。涙まで出ました。まあ半分は笑い涙でもありますが。
しかし、まさに私が日頃思っていることを主人公たちが語ってくれたのです。それで多くの人にも見てほしいなと思ったのです。

私がそう思ったところだけ紹介します。

政治家の秘書だった主人公に、今の政治に満足しているかと訊かれて、スナックに来ていた「庶民」たちが言います。
(満足はしていないけど)国のことは偉い人に任せるしかないでしょう。私たちはみんな自分たちのことで精一杯だから。
政治の話はよくわかんないし、手が届かないっていうか、変えたくても変えられない。

それに対して、政治家の秘書だった主人公が言うのです。
政治は私たちの話です。(政治には)手が届きます。届かなければいけないんです。(政治を)変えられないって、変えようとしたことありますか。政治家は単なる代表で、えらい人じゃないです。
届かない、変えられないって思わせてしまっているのは政治家たちです。
みんなが自分のことで精一杯の世界なんて辛いじゃないですか。

そして続けます。
でも手放さないでください。幸福追求の権利を。世界全体幸せにならないと個人の幸せはありえないのです。

そこからドラマが思わぬ方向に展開していくのですが、どうなるかは来週放映の第2話以降を見なければわかりません。私は録画予約をしました。みなさんもぜひ。

主人公が言うように、国民一人ひとりが政治を考えないといけない。人任せにしていたら、批判もできない。政治とは私たちの生活に関わることなのです。

湯島では毎月、そうしたことを気楽に話し合う「茶色の朝」サロンをやっています。
この主人公の発言に共感した人にはぜひ参加してほしいです。
誰でも歓迎の気楽なサロンですので。

このドラマには、もう一つ共感できるセリフがありました。
自殺(誤解なのですが)しようとした主人公が、止めてくれたもう一人の主人公に、どうして私のことをそんなに心配してくれるのかと訊くのですが、それに対してもう一人の主人公が、こう答えるのです。
あなただって世界の一部でしょう。私が幸せでいるためにあなたにも幸せでいてもらわないといけない。

世界から戦争をなくすのは簡単なのです。みんなが「世界全体幸せにならないと個人の幸せはありえない」に気づけばいいのです。

湯島では4月26日の午後、「戦争は廃絶できるか」をテーマにしたサロンを開催します。
お時間が許せばぜひご参加ください。
テーマは重いですが、誰でも歓迎の気楽なサロンですので。

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2026/04/20

■「見せられている世界」と「見たい世界」から抜け出しましょう

マスコミ報道とネット報道では、世界の描き方が大きく違います。
したがってどちらかだけを見ていると、世界は偏ってしか見えてきません。
極端に言えば、誰かが「見せたい世界」を見せられてしまっているかもしれません。

しかしネット情報が優れているわけでもありません。
ネット情報もまた、ある人たちに管理されているわけで、注意しないと、「見たい世界しか見えない世界」に閉じ困られてしまっているかもしれません。

「見せられている世界」と「見たい世界」。
大切なのは、そのいずれでもなく、「ありのままの世界」に触れて、自分でその意味を考える「自分の世界」に生きることではないかと思います。

そうした世界に生きるためには、まずは「怒り」や「不満」や「期待」を持ちすぎないことです。
そうしたものを持っていると、世界はなかなか見えてこない気がします。
湯島のサロンで話していて、感ずるのは、信念が世界を見えなくしているように感ずることが少なくありません。

しかし、信念がなければ、また世界は見えてこない。
ではどうすればいいか。
いろいろな信念に触れあうことだろうと思います。

昨日の戦争反対デモは盛り上がったようです。
デモも大切ですが、異論を持つ人たちと話し合って、自らの世界を相対化することも大切です。

今日は午後2時から、湯島で「茶色の朝」サロンを開催しています。
お時間が許せば、ぜひ。
世界はまさに今、大きく変わろうとしているよな気がしてなりません。

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2026/04/13

■言葉が死んでしまった時代に生きるのは悲しいです

昨日の自民党大会で、いよいよ自民党は念願の「憲法改正」に動き出しました。

いつも気になりますが、なんで「憲法改正」というのでしょうか。
憲法を正しい方向に改めようという言葉の意味であれば、誰も反対しようがないでしょう。まったく意味のない言葉を、賛成とか反省とか言っている議論が私には全く理解できません。だから護憲派も改憲派も、何も考えていない人たちだなと私はずっと思っています。

どうしてはっきりと「9条修正」とか「緊急事態条項を加える」とか、憲法修正条項の修正」とか言わないのでしょうか。
そもそも「改正」というのは、唯我独尊的な発想です。自分の考えていることが「正しい」と言っているのですから。
「憲法改正」などとあいまいな言葉でごまかしている人たちの議論には全く関心がありません。「右派」とか「左派」とかいう言葉を相変わらず使っている無知な人たちと同じく、私には違う世界の人です。

私自身は、憲法改正には賛成ですが、9条修正には関心があります。
さらに戦力廃棄や核廃棄条項を入れるのであれば、9条修正も賛成です。
そもそも絶対的に修正を認めない憲法という発想は私にはありません。

いま全国で、平和デモ・憲法9条守れデモが広がっています。
私は参加していませんが、正直、これにも違和感があります。
そのデモが社会の流れを変えていくかもしれないという期待はありますが、なんだか実体が感じられないからです。シュプレヒコールが好きになれないのです。

平和とは何か、9条とは何か。
これを機会に、賛成派と反対派が一緒にしっかりと話し合う場、相手の思いを理解し合う場がもっと広がってほしいと思います。

昨日の湯島でのブックサロンで、ある人が長田弘さんの「最初の質問」という詩を読んでくれました。
その最後は、次の質問でした。

あなたは言葉を信じていますか。

最近、言葉がまったく信じられていない自分に気づかされました。

言葉が死んでしまった時代に生きるのは悲しいです。

 

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2026/03/31

■ホルムズ海峡の重油タンカーを止めているのは日本政府

イラン戦争もあってガソリン価格が上がっているので大きな話題になっています。
価格だけではなく、重油そのものが入ってこなくなるのではないかと言われています。
こうした話には、いつでもおかしなことがたくさんあります。

トランプからホルムズ海峡への艦船派遣要請された高市首相は、憲法9条があるのでできないと言ったそうです。「出来るのに断った欧州各国と違い、日本はしたいけれど出来ないのと言った」という解説になっています。
これもおかしい。すでに憲法を破った過去のある日本の本音はそこにあるのか?

ホルムズ海峡を重油タンカーが通過することに対して、イランはアメリカ協力国以外の国は連絡すれば通過できると言っています。にもかかわらず、日本政府は相変わらずホルムズ海峡の危機を唱え、重油が入ってこなくなると言い続け、アメリカ産重油を買いだした。今回は、「できるけれどやらない」と言っているわけです。これもおかしい。

重油タンカーを止めているのは、イランではなく、日本政府なのです。
そして、9条を条件にして戦艦派遣をしなかったのは、別の理由がある。
トランプがやっているのは、国家間の戦争などではないのです。
そう考えるといろいろと見えてくる気がします。

まあしかし、戦争はどこから起こるかわからない。
その前に高市首相からは政治の世界から出ていってほしいです。
もう十分に役割を果たしてくれたのですから。
日本の政治のおかしさや問題点を、しっかりと認識させてくれました。
あとは私たち、国民が目覚めるときです。

高市さんを個人的の貶めるようなことしか言わない人たちにも退場してほしい。
自分の欠点は他者に写って見えることに気づいてほしい。社会の表に出てくる人は、みんなそういう意味で自分の鏡です。良い意味でも悪い意味でも。
そんなところに呪縛されていたら、未来は見えてこない。

まずは円安や株高を止めたいです。

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2026/03/27

■『スピノザの診察室』の中にこんな言葉が出てきました。

友人から勧められて2024年度の本屋大賞の『スピノザの診察室』を読み出しました。まだ半分ですが、そこにこんな言葉が出てきます。主人公の医師が、甥から「政治家ってなんだか悪いことばっかりしているイメージ」だと言われて、こう話すのです。

「それはこの国特有の問題だよ。国によっては、子供の将来の夢のトップに政治家が来ることだって珍しくないんだ。私はその方がはるかに健全な社会だと思うね。この国だって昔からろくでもない政治家ばかりだったわけじゃない。政治にかかわる人たちの器がすっかり小さくなってしまったのは、政治の問題というよりは、マスメディアの品性と、国民の知性の問題だと私は思っている。新聞や雑誌の紙面は、否定的で攻撃的な言葉であふれかえっているだろう。何をやっても批判と非難ばかりをぶつけられる世界に、まともな神経の持ち主なら、足を踏み込もうとは思わないわけさ」。(77頁)

「政治の問題というよりは、マスメディアの品性と、国民の知性の問題」。全く同感です。
批判と非難ばかりが大好きな社会には、いい政治家は生まれないでしょう。
どんな人にも、評価すべきものがある。
そう思って世界を見ると、違った未来が見えてくるような気がします。

 

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2026/03/24

■高市首相が破ったガラス

高市首相が米国晩餐会で踊り叫んで意見る写真が米国ホワイトハウスのホームページに掲載されているといろいろな人がネットで話題にしています。
それで私もネットで調べてみたら、たしかに載っていました。
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この写真はさまざまな評価を呼んでいますが、私が高市首相の評価をプラスに転じたことを昨日書いた理由の一つがこの写真です。

横須賀の米軍を訪問した時の高市首相も、同じ行動をしました。
これにも賛否両論ありましたが、私が彼女を見直したきっかけの一つです。

首相として軽率だとか言うコメントも多かったですが、私自身はそういう考えが一番嫌いなのです。現状の常識を基準にしていたら、現実は変わりません。
常識で評価する人はみな現状に満足しているからでしょう。だから○×判断をする人は、みんな現状の中でしか考えていません。
私とは違う世界の人です。

高市政権を非難(批判ではありません)する人は、いまの日本の政治状況を前提にしているのでしょうが、私は制度自体がもう袋小路に入って窒息状態に近づいているような気がしています。
立憲主義から大きくはみ出し、利権がらみの力で動いているようにしか見えないのです。
だからこそ壊したい、というか、大きく変わってほしい、と思っています。

そのパラダイムの中で発想し行動している人にはパラダイムは変えられません。
まずは「常識」から自由に言動で切る人でなければいけません。

制度を壊すには、まずは人間に戻らなくてはいけない。
それもいわゆるビオスとしての人間ではなく、ゾーエとしての人間に。つまり生物として生きる人間に。ある既存の掟に従うのではなく、自由に自分で判断する。
いまの高市首相には、それを感じます。30年ほど前にある会でお目にかかった時の印象とは全く違います。いや、首相になる前の高市さんとも違う気がします。

制度を壊すと公言して首相になった小泉元首相も同じではないかといわれそうですが、私にはゾーエを感じませんでした。彼には表情も感じませんでした。でも高市首相にはそれを感じます。

窒息状況の政治状況に、新しい風を吹き込んだ高市首相は間もなく役割を終えて、吹き飛ばされるでしょう。その後、既存制度に寄生する政治家たちと左翼右翼とか言われている既存制度に寄生している人たちが、また政治状況を正すと言って、修復作業に取り組むでしょう。言葉だけの論争を交わしながら。でも一度、違った可能性を見た記憶は多くの人からは消えないでしょう。

「政治」に関心がなかった若い世代が、きっと新しい芽を育ててくれるでしょう。
政治に無知な人でなければ新しい芽は育てられません。
新しいビオスが生まれる。
しかし金銭資本やAI勢力の攻勢は、ますます強まるでしょう。

最後の大戦がはじまろうとしている。
高市首相は、その可能性をちょっとだけ見せてくれました。
だから私は高市首相に期待することにしたのです。
彼女はおかしいことを顕現化してくれていますから。

28日に湯島でこんなことも話し合うサロンをやります。
ぜひ私の意見をぶっ壊しに来てください。

 

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