カテゴリー「NPO時評」の記事

2017/11/05

■カフェサロン「重度知的障害のある人の一人暮らしとコミュニティ」報告

風雷社中代表の中村さんのサロンは、三連休のど真ん中にもかかわらずに10人を超える集まりになりました。
最初に、中村さんたちがやっている、シェアハウス&コミュニティスペース『Transit Yard』で自立生活をする重度の知的障害のある青年げんちゃんの映像記録を見せてもらいました。
自立生活支援の活動の映像かと思っていたら、そうではありませんでした。
さりげない生活風景をただ映し出しているものです。
しかし、すっかり見入ってしまいました。
そこからさまざまなものが伝わってきて、いろいろと考えさせられました。
障害とは何か、自立とはなに、支援するとはなにか、そしてコミュニティとはなにか。
同時に、屈託のない、げんちゃんの笑顔と周りの人のすごく自然な表情や態度と、げんちゃんのお母さんのとても素直な言葉が、強く残りました。
さりげない映像の持つメッセージ性の大きさに改めて気づかされました。

中村さんたちの取り組んでいる活動やスタイルにもとても共感しました。
タイトルに中村さんが「コミュニティ」という言葉を入れた意味もよくわかりました。
実はあまりに多くのものをもらったので、消化できずに、今回も報告を書くのが遅れてしまいました。
しかし、今回ほど、自分の生き方に重ねあわせて考えたことはありません。
そうした「気づき」を、うまく言葉として書けないのが残念ですが。

Transit Yardではさまざまな生活がシェアされています。
現在はげんちゃんとフォトジャーナリストの人が住んでいて、1階(3階建ての住宅です)では今回も参加してくれた石川さんがイベントスペースを展開していて、そこではさまざまな人の集まりやイベントが行われているそうです。
げんちゃんが暮らしているTransit Yardは、施設でもグループホームでもなく、げんちゃんにとっても、またそこに関わっている人たちにとっても、コミュニティ的な存在なのです。
そして、そこにはまさにげんちゃんのコミュニティがある。
コミュニティの仲間同士での、支え合いや助け合いがある。
もちろんトラブルもあるのだろうと思います。
しかし、強い絆に呪縛されるような、拘束的なコミュニティではなく、ゆるやかな開かれたコミュニティを感じました。
アソシエーションではなく、まさに、トランジット・コミュニティ!。

映像を紹介してくれた後、中村さんはたくさんのことを話してくれました。
なぜ、げんちゃんと関わるようになったのか、Transit Yardを始めたのか。
自立支援制度に関する話も出ましたし、Transit Yardへの世間の目の話もありました。
いろいろと話し合いもありましたが、今回、私は自分のことと重ねていろいろと考えてしまったこともあり、あんまり思い出せないのです。
すみません。

でも、私が質問させてもらったことは少し覚えています。
げんちゃんのおかげで、とても人間的なコミュニティが育っているのではないかという私の感想には中村さんはあんまりうなづいてはくれませんでしたが、でも、げんちゃんはまわりの人に喜びや幸せを与えているというような話をしてくれました。
また、この15年ほど、日本の福祉行政は劣化しているのではないかという私の意見に、中村さんは全体としての障害を取り巻く社会環境はよくなってきていると教えてくれました。
現場の人がそう思うのであれば間違いありません。
そして中村さんから、マイナス面だけに目をやらずに、むしろ良くなった点を活かしていく方がいいと諭されました。
その言葉に、私は自らの姿勢を大きく反省しました。

参加者のなかには、さまざまな立場や方法で同じような活動に取り組む人たちが多かったのですが、NPO法人ぱれっとで活動している人たちがいました。
ぱれっとでは、障がいを持つ人と持たない人が一緒に暮らす家「いこっと」を運営していますが、ぱれっとの人たちの話もとても示唆に富むものでした。
http://www.npo-palette.or.jp/index.html
いつか話をしてもらいたいと思いました。

こうした実例が広がってくれば、障がいということへの意識が勝っていくだろうと思います。
なによりも、障がいを持つ人の親の意識も変わっていくかもしれません。
もちろん障がいを持つ人自身も。

今回のサロンでは、福祉の本質が語られたような気がします。
もっと多くの人に聞いてもらいたい話でした。

風雷社中では、RANSIT YARDで、毎週のように、重度知的障害者自立生活の記録 【げんちゃんの記録①〜③】の上映会&茶話会を開催しています。
案内は、下記にありますので、ぜひ一度参加してみてください。
https://www.facebook.com/events/1993776757532963/

また、案内の時にも紹介しましたが、げんちゃんに関しては、新聞でも報じられたことがあります。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/genchan?utm_term=.dnJjjMYxzW#.yv0JJQwlrd
これもぜひ読んでみてください。

最後に中村さんは、いま取り組んでいる「知的障害者の自立生活についての声明」の話をしてくれました。
中村さんたちが目指しているのは、知的障害のある人たちが、自分が生まれ育った地域で安心した生活をしていけるような社会ですが、それは同時に、認知症になっても安心して生活できる社会につながっていくことを中村さんは気づかせてくれました。
こう考えると、「知的障害者の自立生活」とは、すべての人に無縁ではない話です。
これも今回、私が気付かせてもらったことの一つです。

「知的障害者の自立生活についての声明」もぜひお読みください。
https://jirituseikatu.jimdo.com/%E7%9F%A5%E7%9A%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87/%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87%E7%B4%A0%E6%A1%88/
この声明への関心を広げていきたいです。

いつものように偏った報告ですが、なにしろ最近のサロンは受け取る情報が濃密で大量なので、消化するのが大変です。
長い報告を読むのも大変だと思いますが、書くのもそれなりに大変なのです。
ぜひみなさん湯島のサロンで直接話し合いに参加してみてください。
私の報告など思いも及ばない気付きが得られると思います。

中村さんと石川さんはじめ、参加されたみなさんから、たくさんの宿題をもらったことに、感謝します。

Nakamura20171104


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2017/08/08

■ほっとスマイルプロジェクトがスタートしました

ご案内の通り、「スマイル記念日」とされている8月8日、ホットなスマイルを広げていこうという、壮大な思いをもって、ゆるやかなネットワーク「ほっとスマイルプロジェクト」が立ち上がりました。
台風が心配されていましたが、幸いに台風の影響もなく、14人の人が集まりました。

「ほっとスマイルプロジェクト」は、NPO法人認知症予防ネットを中心にして全国に広がってきている「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者の交流会のなかから、生まれたものです。
これまでの何回かの交流会の中で、単に認知症予防のためのゲーム活動だけではなく、「だれもが気持ちよく暮らせる明るい社会」に向けて、実践者がゆるやかにつながりながら、活動分野も少しずつ広げていけないかという意見が出てきました。
これまでも何回か産まれそうになったことはありますが、いつもどこかで曲がってしまいましたが、ようやく大きな方向での合意が育ち、今日、スタートにたどり着きました。

しかし、みんな忙しい時間の合間を活かして、活動している人たちばかりですから、新たに新しい組織を立ち上げたり、そのために時間を取られたりするのは難しい。
そこで、
・それぞれが取り組んでいる現在の活動を、そのまま活かしたカタチでつながっていく。
・他の人の活動をシェアしながら、ゆるやかな協力関係を育てていく。
・定期的に集まる場をつくる。
ということを基本にし、さらに、
・みんなの認知症予防ゲームを核におきながらも、ほかの活動ともつながっていけないか。
・認知症予防だけではなく、子どもも含めて、社会全体を元気にしていくことはできないか。
といったことを目指そうということになりました。

そこでまずは、「笑顔を世界中に広げよう」という主旨に共感してくれる人たちの、ゆるやかなネットワークをつくることになったわけです。

そうした経緯から、今回は「みんなの認知症予防ゲーム」の実践者が中心でしたが、徐々にネットワークを広げていくことになりました。
活動の内容も、これからみんなでゆっくりと育てていくことになりました。

参加者それぞれの活動内容の紹介の後、ネットワークとしてどんなことがあればいいかなどの話し合いを行い、これからの方向性がなんとなく見えてきました。
それぞれの体験を話し合うだけでも、大きな気づきや刺激をそれぞれ受けたのではないかと思います。
当面は、フェイスブックを中心にそれぞれの活動をシェアしながら、なかまをふやしていくことになりました。
ご関心のある方は、ぜひフェイスブックのコミュニティに参加してください。
https://www.facebook.com/groups/1607233655975417/
ご自分の簡単な紹介や参加の意図などを送ってもらえればと思います。
みんなの認知症予防ゲームを実践されている方はそのことをお書きください。

また定期的に、交流会や勉強会も行っていく予定です。
ネットワーク全体として活動するというよりも、当面はメンバーそれぞれがいろんなプロジェクトやプログラムを起こしていくというスタイルです。

まだスタートしたばかりですが、ゆっくりと、小さく、しかし大きなビジョンを持って、仲間が広がっていけばと思います。
内容に関する問い合わせなどは、フェイスブックのコミュニティにお願いします。

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2017/07/31

■箸ぴーゲームサロンの報告

久しぶりに湯島で「箸ぴーゲーム」サロンを開催しました。
湯島に来た人は体験した方も少なくないと思いますが、殻つきのピーナツを箸で1分間にいくつ移動できるかを競うゲームです。
国際箸学会を立ち上げた小宮山さんの創案したもので、これまでもいろんなところで開催していますが、昨年は小宮山さん自らがアメリカのシアトルに出かけてやってきました。
ゲームの効用もいろいろと出てきています。
多文化交流や多世代交流にも効果的ですし、認知症予防や養護学校などでの活用も進んでいます。
詳しくは、国際箸学会のホームページをご覧ください。
http://www.kokusai-hashi.org/index.html
今回はさらに、新しい「箸輪ゲーム」もお披露目してもらいました。

サロンには12人が参加しました。
みんなそれぞれに、暮らしやすい社会を目指していろんな活動をしている人たちです。
高崎から参加してくれた方もいます。
ゲームの公式審判員(制度化されています)の二宮さんも参加してくれました。

小宮山さんからこのゲームへの思いを語ってもらった後、みんなでゲームを体験しました。
はじめての方もいましたが、みんなとても高スコアなのに驚きました。
このゲームの効用はいろいろありますが、副次効果として、利き手でないほうも使うので、両手使いとまでは言えませんが、利き手以外のほうも活性化されます。
それと箸の使い方が改善されるのです。
テレビでも取り上げられましたが、このゲームを活用している養護施設もあります。
時間がなかったので、今回は映像は流しませんでしたが、希望者にはDVDが配られました。
毎年、「箸りんぴっく大会」も開催されています。
http://www.kokusai-hashi.org/pg104.html
すごい記録も出ています。

つづいて、新しい箸輪ゲームにも挑戦しましたが、これはまだ開発段階なのでゲームを競うまでには行きませんでした。
これは箸の多様な機能を使う「5種競技」になっています。
ゲーム体験型サロンだったので賑やかなサロンになりました。

実はこのサロンは、あるプロジェクトのプレイベントでもありました。
こうした誰もが元気になるゲームなどを活用して、社会に笑顔を広げていく活動に取り組んでいる人たちのゆるやかなネットワークをつくろうという思いの人たちがなんにんか集まりだしていますが、その人たちの話し合いのなかから「ほっとスマイルプロジェクト」というのを立が得ることになったのです。
サロンの最後に、その呼びかけが呼びかけ人の櫻井さんから行われました。
すでにフェイスブックも立ち上がっています。
またキックオフイベントを8月8日に湯島で開催する予定です。
関心のある方はご連絡ください。
また箸ぴーゲーム等に関心のある方もご連絡ください。
さまざまな効用のあるゲームですので、もっと広げていければと思っています。

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2017/07/09

■コムケアサロン「無縁化防止に取り組んで6年」報告

今回のコムケアサロンは、6年前に「無縁化防止団体OMUSUBI」を立ち上げた心理カウンセラーの北原千香子さんに話題提供をお願いしました。
12人の人が参加しました。
無縁化防止団体OMUSUBIのミッションは、「孤独で居場所のない思いを抱えている人を一人でも少なくする」ことです。
そのため、毎月2回「ホームルーム」という居場所づくりをしています。
なぜOMUSUBIなのか。
おむすびを食べながらのサロンなのかと思いましたが、そうではなく、OMUSUBIのOの文字が丸い円に見えることから、円=縁をむすぶ、おむすびと命名したそうです。

Kitahara201707

北原さんがこの活動を始めようと思ったのは7年前の2011年2月。
あの3.11の1か月前です。
NHKスペシャル「無縁社会」を見て、雷に打たれたような強烈な感覚で、孤独死を防ぐために何かをしなくては、と思ったことがきっかけだったそうです。
北原さんは「あれは今でも不思議な体験です」と言っています。
それまで精神科クリニックや企業でたくさんの人の話を聞く中で、孤独な人が多いと感じていたこともあって、ともかく何かをしなくてはと思い、仲間と一緒に、まずは人の集まる場所を探し出したそうです。
そして始めた「ホームルーム」という居場所の提供は、いま7年目を迎えています。
しかし、一緒にやっていた仲間も転勤や仕事などの関係で活動が難しくなり、いまは北原さんがほぼ一人で活動を継続しているそうです。

私がとても共感するのは、思い立ってすぐに活動を起こす姿勢、欲張らずにできることからやってしまう姿勢、一人になっても持続していく姿勢です。
北原さんは、テーマを決めたり、世代を限ったりではなく、だれもが気楽に集まれる場をつくりたいと考えていますが、それにもとても共感できます。
そういう漠然とした活動には、行政もなかなか耳を傾けてくれませんが、いま必要なのは「個別問題の解決」ではなく、だれもがホッとする場を広げていくことだろうと思います。

北原さんの話を聴いていると、だれもがもしかしたら自分でも取り組めそうだと思える気になります。
しかし、実際には、こういう活動を持続していくことが一番難しいのかもしれません。
それに大変なこともあります。
つい最近ですが、集まりに来てくれる独り暮らしの人がなぜか来ないので、気になってご自宅を訪問したら、亡くなっていたそうです。
警察から北原さんは関係を質問され、普段付き合いのある近隣の知り合いというよりも説得力があるだろうと思い、無縁化防止団体OMUSUBI代表と自己紹介したそうです。
そうしたら、警察からはむしろ、不信感を持たれてしまったらしいのです。
最近は、高齢者などを対象とした、いささか怪しい団体が多いということを示唆している話のように、私には思えました。
そこにこそ、最近の福祉の深い問題があるように思います。
北原さんにとってもきっと大きなショックだったと思います。

無縁化防止団体OMUSUBIは任意団体です。
私は、NPO法人よりも、こうした住民たちのささやかな活動こそが大切だと思っています。
それも、だれもがその気になれば取り組めるような活動こそが、社会を変えていく。
困っている人たちを支援していくというようなサービス提供活動よりも、お互いに支え合う仕組みこそが本来的な市民活動ではないかと思うのです。
それにOMUSUBIに集まった高齢者が、それぞれの自宅でまた集まりを開いていけば、それだけでも「無縁社会」を変えていけるでしょう。
そこに私は、北原さんの活動の大きな意義と可能性を感じます。

いろいろと示唆に富む話し合いはありましたが、3つだけ紹介しておきます。
人が孤立しないためには、社会のなかでの役割があることが大切だという意見がありました。
あまり集まりに参加したがらなかった父親が、ある役割を見つけて以来、進んで参加するようになったという体験も紹介されました。
ただ人をつなげばいいわけではなく、つながるためには、やはりお互いの役割がみつけられるようにすることが大切で、そのためには参加者を「お客様」にしないことも必要かもしれません。
人はみんな、世話されるよりも、世話する方が楽しいのです。

活動を広げていくためには、工夫も必要かもしれないという話もありました。
人はそれぞれ得意なことややりたいことを持っています。
OMUSUBIの集まりでも川柳が好きな人がいて、いまは川柳もメニューの一つになっているそうです。
今回のサロンには、箸ピーゲーム、ラフターヨガ、琵琶で万葉集を語るなど、さまざまな活動をしている人が参加していましたが、そういう人に遊びに来てもらうだけで、仲間が増えたり、別の世界の人たちが仲間になってくれたりするかもしれません。
今回参加してくださった方は、北原さんから声がかかればきっと集まりに参加して、何か新しい風を吹き込んでくれることでしょう。
そういうかたちで、人のつながりが育っていけば、お金を介さずにできることはたくさんあるはずです。

とはいえ、活動には時にはお金が必要で、資金を提供してもらうための活動も必要かもしれません。
北原さんは、企業から助成金を提供してもらうためには企業にどういう価値を提供できるかという問いかけをしました。
活動の主旨をしっかりと相手に分かってもらうためにはそれなりの準備が必要ですが、要はその活動に価値を見出してくれる人を見つけることかもしれません。
ただ私はこの問題に関してはちょっとこだわりがあるため、いささか誤解されそうな発言をしてしまい、反省しています。
私は、そもそも「助成金をもらう」という発想が、間違いではないかと最近思いだしています。
「もらう」というよりも「活用してあげる」と考えられないか。
お金をしっかりと活用していくことで、むしろ相手を助成するのはこちら側。
ますます誤解されそうですが、助成金をもらっているという発想があると出資者への借りの感覚が生まれてきますが、活用させてもらうという発想が持てれば、自らの活動に自信が持てます。
なんだかとても傲慢なことを言っているように聞こえると思いますが、お金を稼ぐのと同じくらい、お金を活用するのは難しいことだと私は思っています。
いつかこの話題でのサロンもやってみたいですが、まだ私自身、説得力のある論理建てができていません。

いつもながら、話し合いのほんの一部の、それも私の視点での紹介になってしまいました。
北原さんの話を聴きながら、改めて福祉の原点を考えさせられました。
それと北原さんのような(華やかな世界を歩んでいた)若い人が、「無縁社会」に強く反応されて、行動を起こしたことにとても興味を持ちましたが、そこは残念ながら、突っ込こめずに終わってしまいました。

このシリーズも3~4回続ける予定です。
もし話題提供したい方がいたらご連絡ください。


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2017/05/28

■マイナス給料の発想

昨日、高齢者の生活支援を1時間1000円で引き受けるようなネットワークづくりをしている人に会いました。
私が知っている人だったこともあり、正直、大きなショックを受けました。
市民活動やボランティア活動が市場化されていることに違和感を持って、それとは別の視点で生きているものにとっては、心が乱された気分で、すっきりしませんでした。
どうしてみんな「働くこと」をお金と結びつけるのでしょうか。
お金がないと生きていけないなどと言いますが、お金がなくても豊かに生きていたほうが、人類の歴史としては長いのです。
ましてやお金をもらうこと「稼ぐこと」を「働くこと」と考えるようになったのは、つい最近のことでしか、ありません。

私自身は、お金のために働くという意識を変えてから30年近くになります。
お金とは無縁な生き方をしてきたわけではありませんが、意識的にはお金の呪縛から自由になろうという生き方は、最近はかなり身についてきました。
この10年は、お金をもらうことを条件に仕事をしたことはありません。
結果としてお金をもらったことはありますが。
それでもなんとか生きてこられたのは、多くの人に支えられたからですが、それまでの人生で得たお金の支えがあったからかもしれません。

しかし、多くの人はやはり仕事とお金は切り離せないのでしょう。
頭がすっかりそうなっているからです。
ですから、悪意など全くないのに、ボランティア活動にまで時間給という発想を持ってしまうのです。
ボランティアで小遣い稼ぎもできるという人もいますが、この言葉にもずっと違和感を持っています。
念のために言えば、ボランティアの謝礼としてお金をもらうことに違和感があるのではありません。
対価と謝礼は違いますし、小遣い稼ぎをモチベーションにすることにも違和感があるのです。

そして一晩寝て、妙案に気づきました。
マイナス給与という発想です。
ボランティア活動の場合、1時間働いたら、働かせてもらったお礼になにがしかのお金を相手に支払うというのはどうでしょうか。
つまりマイナス給与制度です。

以前、マイナス原稿料方式で2冊の本を出版したことがあります。
原稿を書いた人にはマイナス原稿料を払う、つまり実際にはお金を出して原稿を書くのです。
自費出版を思い出せば、これはそうおかしなことではないでしょう。
ではそれと同じで、仕事をしたら対価を負担するというのはどうでしょうか。
実は以前、コモンズ通貨というのをやっていた時に、同じようなことが起こったのです。
ある人がテーマパークのチケットを購入したのですが、行けなくなった。
そこで誰か活用してくれる人はいないかと呼びかけて、ある人がそれを活用したのです。
その時のコモンズ通貨(地域通貨のようなもの)は、チケットを買った人から、ではなく、チケットを売った人から相手に渡されたのです。
私のホームページのどこかに記録が残っているはずですが、私は感激しました。

そんなことを思い出しながら、ボランティア活動の場合、お金を絡ませるのであれば、流れを逆転させたらどうかと思いついたのです。
実に妙案ではないか、と自画自賛したくなっています。
もう少しきちんと説明しないとわかってもらえないかもしれませんが、まずは自分でできることからはじめようと思います。
問題は、いまの私にはお金がないことですが、お金がなかったら、自分でお金を発行すればいいだけかもしれません。
コモンズ通貨を復活させたくなりました。
http://cws.c.ooco.jp/jongi.htm

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2017/04/13

■認知症予防ゲーム実践者交流会の報告


認知症予防ゲーム実践者交流会は10人を超す人が参加してくれました。
前回湯島でサロンをやったパズル療法士の細田さんなど、まだゲーム体験のない男性も3人参加してくれました。
実践している人たちは、ゲーム実践力はどんどん進化していきますが、それに伴い、目的が手段化していく傾向もあります。
大切なのはゲームを広げることではなく、ゲームを活かすことです。

これは認知症予防ゲームに限った話ではなく、さまざまな分野のNPO活動やボランティア活動に関わらせていただいていて、強く感ずることです。
私がさまざまなNPOに、余計なお世話的に関わらせてもらっているのは、そうした点で少しはお役にたてるかもしれないと考えているからです。

参加者のひとりが、「認知症予防」というと、何か「認知症」が悪いもので、避けなければいけないもののように聞こえるが、認知症は(生活習慣病のように)悪いものなのだろうかと発言されました。
私もずっと気になっていたことです。
これもNPOやボランティア活動でよく感ずることですが、言葉はとても微妙です。
以前、「自殺のない社会づくりネットワーク」を立ち上げた時に、自死遺族の人から「自殺した父が責められているように感ずる」といわれました。
言葉は、当事者の視点になって考えないといけないと教えられたのです。

考え方として「認知症予防ゲーム」は良いとして、しかしゲームに「認知症予防」という表現は再考する必要があるかもしれません。
それに、「みんなの認知症予防ゲーム」は、認知症予防だけに効果があるわけではありません。
もっと大きな効果があり、実際にもいろんな成果を上げてきています。
蛇足ですが、私は「認知症予防ゲーム」ではなく「認知症支援ゲーム」はどうだろうと提案してみました。
とても「受けました」が、冗談で終わりました。
でも、「認知症予防社会」よりは「認知症支援社会」のほうが、いつか認知症といわれるだろう私には、暮らしやすそうです。

参加者からそれぞれの活動の紹介がありましたが、やはり横から関わらせてもらっている立場から言えば、情報交換や一緒に何かを創りだしていこうという仕組みが相変わらずできていないような気がしました。
みんながバラバラにやっていては、大きなうねりにはなっていかないのではないかという指摘もありました。
またゲームの名称も、いつものように話題になりました。
「みんなの認知症予防ゲーム」では特徴が表現できず、伝播力がないというのです。

問題点はほぼみんなわかっているのですが、その解決がなかなか進まない。
やはりここは、ある意味での組織化が必要なのでしょうが、問題はだれがやるかです。
次回は何らかの形で動きだせればと思います。

話し合いが一段落したところで、細田さんにパズルセッションをやってもらいました。
細田さん開発のパズルを購入して、自分の活動にも取り入れたいという人やこれを広げる方法を考えたいという人など、そういう話になると一挙ににぎやかになります。

そして最後に、このゲームを体験したことのない3人の人が参加していましたので、ちょっとだけ体験してもらいました。

話し合いの内容はあまり報告できていませんが、みなさんの話を聞いていて、私が果たすべき役割が少し見えてきました。
今回で、この交流会も終わりにしようかと考えていましたが、むしろ発展させようかと思い出しました。
どなたか事務局的な役割を一緒にやってもいいという方がいたら、ご連絡ください。
よろしくお願いします。
また、夏か秋にでも、高林さんにも来てもらって、ゆるやかなネットワークのキックオフも考えたいと思います。

認知症支援社会の実現のために。

Ninchi201704


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2017/03/25

■まちづくりサロン「保育力を活かしたまちづくり」の報告

まちづくりサロンでは、いろいろな視点から「まちづくり」を考えることにしていますが、今回は「保育力研究所」の若い2人の保育士(酒井玲奈さん・片野奈保子さん)をゲストに、「保育」という視点で「まちづくり」を考えてみました。

「保育力研究所」の母体は、「キッチン図鑑」活動ですが、これは今回話してくれたおふたりが、保育所を飛び出して1年間、墨田区を中心に活動してきた「社会実験」から生まれた組織です。
活動の内容はホームページをご覧ください。
http://kitchenzukan.net/

「保育力」という言葉に違和感を持つ人がいるかもしれませんが、要は「子どもが豊かに育ちやすいまちにしていきたい」というのが、おふたりの思いです。
保育力は保育士だけのものではないのです。
昨日も話題になりましたが、そもそも、まち(地域社会)とは子どもたちを育てる場でもありました。
しかし、保育所ができたことで、なぜか保育は保育所の仕事になってしまい、地域社会の子育て機能は失われてきています。
子育てがなくなれば、親も育ちません。
さらに昨今は、「保育園落ちた!日本死ね」などという言葉も話題になるほどです。
こうした「専門家」にお任せする風潮への懸念は、保育に限らず、高齢者介護においても感じられます。
私が改めて、「まちづくり」を考え直していきたいと思う理由は、そこにあります。

サロンは、まずおふたりのライフストーリーから始まりました。
2人が、なぜこのテーマに行きついたのかが、とてもよく伝わってきました。
その生活体験の中から行きついたテーマなので、たぶんこれほど頑張れるのでしょう。
そして仲間も広がってきているのでしょう。
それがよくわかりました。

話は、いつものように拡散しながら、進みました。
たとえば、そもそも専門性を保証する「資格」とはいったい何なのか。
子育てに関して、個別問題ではなく、もっと長期的な視点で相談できる人がいなくなっている。
フードバンクや子ども食堂の問題点。
活動を始めるといろんな人がいろんなものを提供してくれる。
社会活動にとっての「場所」の効用と商店街の現実。
そういえば、図書館の話も出ました。

これだけだとなんのことかわかりにくいですが、いずれも社会のあり方や私たちの生き方につながる問題です。
社会における「善意」がうまくかみ合わさっていない実態も話題になりました。
たまたま宮城から東京に来ていた方が参加して、宮城でのお話も少ししてくださいました。

子育てのために会社を辞めた経験のある男性は、子育ての幸せと子どもからの学びに関しても語ってくれました。
保育とは、子どもが育つだけではなく親も育って、社会が豊かになっていくことなのでしょう。
「子どもが豊かに育ちやすいまち」は、高齢者も含めて、みんなが暮らしやすいまちなのではないかと、改めて思いました。
「子はかすがい」と言われますが、子どもは夫婦をつなぐだけではなく、地域の人をつなげる存在でもあるのです。

東京新聞の記者の方も参加されたほか、サロンには初参加の方とサロンの常連の方も参加されました。
参加者が少なかったおかげで、話がいつも以上に拡散しましたが、またいろんな視点に気づかされたサロンでした。

保育力研究所は今年から本格的に活動を始めます。
いま活動拠点を探していますが、もし墨田区で場所を提供してくれる人がいたら応援してください。
子どもたちが豊かに育つまちが広がっていけば、保育園騒動もなくなるでしょう。
1年後にまたサロンをやってもらいたいなと思っています。

20190325


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2016/12/15

■第2回まちづくりサロン報告

第2回まちづくりサロンは、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンの副代表理事である、池本修悟さんにお招きして、ミニワークショップも体験しながらのサロンになりました。
参加者は14人という大人数でしたが、池本さんのリードで、ワークショップも盛り上がりました。
コミュニティ・オーガナイジングは、課題に直面した人たちが、自ら立ち上がって状況を変えていくための方法です。

池本さんは、まずそうした「オーガナイジング」の根底にある考え方を、事例も含めながら、わかりやすく説明してくれました。
出発点は、「私の課題は何か」ではなく、「だれが私の同志か」です。
当然、課題設定も、「私の課題」ではなく、「私たちの課題」となりますが、ここにポイントがあります。
実際にまちづくり活動(組織変革でも同じですが)に取り組んでいる方は、個々人の課題ではなく、「私たちの課題」にしていくことで、状況が全く変わることを経験されていると思います。
そして、「同志」(仲間、あるいは当事者たち)が持っている広義の資源を共有化し、創造的・創発的にパワーに変えていくのです。
つまり、人々の関係性を高め、人々の持っているさまざまな力をパワーに変えていくことで社会に変化を起こしていこうという考え方なのです。

具体的には、パブリック・ナラティブ(みんなで物語る)を基本に置いたワークショップなどで、共有価値を核にしたコミュニティをオーガナイズしていくのですが、そうして生まれたコミュニティは、持続的で能動的な課題解決のもっているわけです。
ちょっと理屈っぽい説明になってしまいましたが、池本さんはアメリカや日本の事例も紹介しながら、わかりやすく説明してくれました。

後半は、パブリック・ナラティブを構築するための3つの要素の入り口である、「ストーリー・オブ・セルフ」のミニワークショップを4つのグループに分かれて行いました。
参加者それぞれが、自らの価値観を語り合い、相互にコーチングしあいました。
ミニワークショップとはいえ、実際に体験するといろんな気付きがあります。
価値観を意識したストーリーを語るわけですから、自らを問い直すことにもなりますし、生々しい話も出てきて相互の理解度もずっと深まります。
その入り口を、それぞれに体験させてもらいました。

最後にみんなが一言ずつ感想を言い合って、刺激的なサロンを終わりました。
なお、コミュニティ・オーガナイジングについては、コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンのホームページをご覧ください。
http://communityorganizing.jp/

最後に私の感想です。
池本さんは、コミュニティ・オーガナイジングのモデルは日本にもあるという、提唱者のガンツ博士の話を紹介してくれました。
たしかに日本の一昔前までの文化には、コミュニティ・オーガナイジングに通ずるものがあったように思います。
しかし、同時に私は、アメリカこそ、こうした理念で建国され、発展してきたように思います。
19世紀のアメリカの見聞記をまとめたトクヴィルの「アメリカのデモクラシー」には、そうした事例がたくさん出てきます。
当初のタウン・ミーティングはまさに、コミュニティ・オーガナイジングでした。
しかし、20世紀にはいり、アメリカの社会は大きく変質しました。
1980年前後のアメリカ人の価値観を200人を超す人たちのインタビューによって調査したロバート・ベラーの「心の習慣」によれば、すでに当時、そうした文化は消え去っていたようです。
そして、それに抗うように、いままた個人の価値観、つまり生活に戻って、社会を捉え直そうとする動きが広がっている。
そこから、私たちが学ぶことはとてもたくさんあるように思います。
国家のあり方(つまり政治のあり方)もまた、それと無縁ではないように思います。

来年は、そうした「価値観」の問題に関わるようなサロンをいくつか考えています。
池本さんのお話は、そうしたことに深くつながっているような気がしました。
池本さんの語ってくれた、ご自分の物語も、私にはとても刺激的なものでした。

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2016/10/03

■第1回まちづくりサロンへのお誘い

いま、さまざまな活動が、自分たちの生活環境を安心で豊かなものにしようという、広い意味での「まちづくり」に向かっています。
また、行政主導のまちづくりから、住民主導のまちづくりへと、「まちづくり」のとらえ方も、大きく変わってきているように思います。
そうしたことを踏まえて、これまでさまざまな形で、広義の「まちづくり」に関わってきたメンバーで、今春、「まちづくり編集会議設立準備会」を立ち上げ、議論を重ねてきました。

「まちづくり編集会議」という言葉に違和感を持つ人もいるかもしれません。
私たちは、こう考えています。
地域社会には、多種多様な素材があり、多彩な人材がいます。
そうした素材や人を探しだし(取材)、整理・味付けし(編集)、その地域ならではの「魅力的な物語」を育てていくことが、「まちづくり」ではないか。
それも、だれかが編集するのではなく、そこに住む住民たちみんなが主役になって編集するという、「共創」型のまちづくりが大切ではないか。

 そのためには、どうしたらよいでしょうか。
そこで、各地でそうした活動に取り組んでいる人たちの、ゆるやかなネットワークを創るとともに、各地に、その地域の「まちづくり編集会議」をつくっていきたいと考えています。
そして、そうした全国各地の「まちづくり編集会議」をゆるやかにつないでいくことで、この社会をもっと素敵なまちに変えていきたい。

いささか大仰な目標ですが、その準備活動のひとつとして、「まちづくりサロン」を毎月開催していくことにしました。
毎回、テーマを決めたり、ゲストに来ていただいたりして、まちづくりを具体的に語り合う場にしていきたいと思いますが、最初の集まりは、こういう思いに共感してくださった人たちに集まってもらい、これからの「まちづくり」について、それぞれの思いを語り合う、気楽なサロンにしたいと思っています。
「まちづくり」の概念をできるだけ広くとらえていきたいと考えていますので、どなたでも歓迎です。
それに、サロンですので、気楽な語り合いの場にしたいと思っています。
さまざまな立場のみなさんのご参加をお待ちします。

○日時:2016年10月23日(日曜日)午後3時~5時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「まちづくりってなんだろう」
参加者それぞれの「まちづくり」に関する思いを語り合ってもらいながら、これからの「まちづくり」の方向性を考えていければと思います。
○会費:500円
〇主催:まちづくり編集会議設立準備会
○申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

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2016/10/02

■「みんカフェ・我孫子」がスタートしました

誰でも、そこに行くと自分の居場所が見つかるような、「ゆる~いカフェ」を、ゆる~くつないでいこうという活動を、昨年から、湯島でスタートさせています。
主旨に共感してくださった方が、それぞれの場所で自分流に開いてもらい、いつかそれがゆる~くつながればと思っています。
現在、湯島のほか、新潟と成田と印西などで、開催されだしていますが、今日は、私の住んでいる我孫子で、MTねっとわーくの土佐さんが第1回の「みんカフェ・我孫子」を開催してくれました。
私を含め、7人が参加しました。
今回は、いろんな活動をしている人たちが集まりましたが、地域によって、また主催者によって、スタイルはさまざまです。
テーマのない集まりであるからこそ、さまざまなサロンが創れます。
今回は、さまざまな活動が、ゆる~くつながっていく機会になったような気がします。
これからどう展開していくか、楽しみです。

もしやってみようという方がいたらご連絡ください。
簡単なメモですが、「みんなのゆる~いカフェ」(みんカフェ)ネットワーク構想を送ります。
そして、できるだけ応援させていただきます。

みんなが、自分の居場所が持てるような社会になれば、きっと豊かな社会になっていくでしょう。
今生は、それが期待できそうもありませんが、来世ではそんな社会に住みたいと思っています。


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