カテゴリー「NPO時評」の記事

2020/10/05

■『手賀沼でやりたいことプレゼン大会(仮)』の報告

我孫子まちづくり編集会議は、地域社会を楽しくしたいと思っている人たちがお互いに支援しながら、新しい物語を生みだしていくオープン・プラットフォームづくりを目指していますが、今回、『手賀沼でやりたいことプレゼン大会(仮)』のテスト開催を開催しました。
これまでいろいろと話をしてきましたが、ともかく「議論」より「実践」ということになりました。それがタイトルの「大会(仮)のテスト開催」という表現になっています。

告知も“WE LOVE ABIKO”というフェイスブック・コミュニティに案内を投稿しただけで、まずはメンバー中心で小さくはじめ、体験知をシェアしながら活動の進め方も模索していこうということになったのです。
幸いに、“WE LOVE ABIKO”を通して知ってくださった方も含め、総勢14人の集まりになりました。10代の方の参加も2人ありました。

最初に会の趣旨などを説明した後、参加者の自己紹介、つづいて、手賀沼を舞台に『私がやりたいこと』を2人の人から発表してもらいました。
今回は、これまで話し合ってきた「手賀沼台船祭り」プロジェクトと「人をつなぐペーパーメディア」プロジェクトで、発表後、参加者それぞれが興味を持ったプロジェクトを選んで、グループ・ディスカッションを行いました。
何の働きかけもしなかったのですが、みごとに同じ人数に分かれました。
グループごとに話し合った後、それぞれからどんな話があったかを紹介してもらい、それを踏まえて全員で話し合いました。
結論的には、いずれの提案も仲間が増えて、具体的に前に動き出すことになりました。

最後に、こういう活動をこれからどう進めていったらいいかも話し合いました。
初めて参加してくださった方から、こういうスタイルの集まりを定期的に開催したらどうかとの提案もあり、早速、11月に第2回目の「テスト開催」を開催することになりました。
発表プロジェクトはまだ決まっていませんが、もしこれをお読みになって、自分も提案したいという方がいたらご連絡ください。ちょっとしたアイデアでも、思いを参加者に呼びかければ、みんなが「思い」を「かたち」にしてくれるかもしれません。そういうプラットフォームを目指したいと思っています。

我孫子まちづくり編集会議は、これから毎月、2回程度の開催を予定しています。
ちなみに、いまは「我孫子」とタイトルしていますが、地域は我孫子市に限ってはいません。柏や白井のメンバーもいますし、昨日は東京からの参加もありました。
とてもゆるやかな、楽しい集まりですので、ご関心のある方は気楽にご参加ください。

みんなが主役になって、そしてお互いにできることを引き受けながら、自分の住んでいる地域を楽しくしていく、そんな「みんなの支え合うつながり」を育てていければと思っています。

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2019/12/29

■東尋坊からのお餅に込められたメッセージ

東尋坊で見回り活動をしている茂さんたちから、今年も「お餅」が送られてきました。
年末に、毎年、茂さんや川越さんたちが東尋坊で遭遇した自殺を思いとどまった人たちと一緒に、心を込めてつき、みんなで丸めたお餅です。
茂さんがいつも言っているように、「形は不揃いでも、味は何処のお店屋さんにも負けない絶品」です。

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茂さんたちの見回り活動は、もう16年近くになりますが、これまで672人の人を思いとどまらせてきています。
今年も32人の人に出会い、全員が見事に再出発を果たしているそうです。
私は、その活動が始まったころに、ささやかに応援させてもらった関係で、こうして今もお餅が毎年届くのです。

お餅と一緒に、「東尋坊の見守り人形 人生標語集」という小冊子が送られてきました。

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聞いた人が元気になるような、「短い力強い言葉」に、茂さんたちの活動を支援している仙台在住の「じぞうもじ書家」後藤夕深さんが「じぞうもじ」を添えた、心があったかくなる小冊子です。

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茂さんや川越さんのあったかい心が伝わってきます。
川越さんたちが一針一針手縫いした「見守りお地蔵さま人形」とこの小冊子を遭遇した人たちに渡しているそうです。

お餅に添えられていた手紙に、茂さんはこう書いています。

私たちの活動は、今までは「水際対策」に重点を置いてきましたが、来年からは「上流対策」(東尋坊での自殺者の8割は県外者です)に、もっと目を向け「これ以上、東尋坊に自殺企図者を送りこまないで下さい…!」と訴える活動にも力を入れていきたいと思っています。

以前からお聞きしていた茂さんの次の目標の一つです。
しばらく茂さんの活動に関わらずにいましたが、来年はこの茂さんの思いの実現に何かできることはないかを考えたいと思います。

一緒にやろうという方がいたらご連絡ください。
日本の自殺者は減少しているという統計もありますが、少なくとも私の周辺では減っているという実感は得られません。
私にも誰にでも、できることは必ずあるはずですので。

 

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2019/12/19

■不登校や引きこもり体験者と話して思ったこと

昨日、ブログの「挽歌編」に書いたのですが、むしろ「時評編」の内容だなと気づき、その一部をリライトして、時評編にも載せることにしました。

湯島では、私の主催ではない集まりがいくつかあります。
たとえばほっとスマイルプロジェクトという世界に笑顔を広げていこうという集まり。ちょっと霊的な要素が入っている地上の楽園を目指す集まりなどです。
そうしたものの一つに、引きこもり体験者などを中心とする集まりがあります。
これはオープンハートを主宰する阿部さんがやっています。
以前から私にも声がかかっていたのですが、なかなか参加できずに、昨日、初めて参加しました。
わたしを入れて、6人ほどの集まりでした。
かつて引きこもっていたり不登校だったりしていた人です。
それもかなり長期にわたってです。
不登校や引きこもりに、なぜか多くの人はコンプレックスを持っています。
世間も、それがおかしいと考えています。
私自身も、かつてはそうでした。
しかし、不登校や引きこもりにコンプレックスを持つ必要などあるはずもありません。
問題は、コンプレックスや罪悪感を持ってしまうことから始まります。
はじめてなので、それぞれにどんな人かをお聞きしました。
ちなみに、私のことはたぶん阿部さんからみんなには伝わっているようです。
「いまは働いていない」と言った人がいました。
そこで、「稼いでいないだけではないですか」と問い返し、生きている以上、働いていない人はいないと言付け加えました。
人は、そこに存在するだけで必ず誰かの役に立っています。
もちろん誰かに迷惑をかけているともいえるのですが。
役に立つことと迷惑をかけることは、私には同じことのように思えます。
稼いでいないと価値がないと考えるようになったのは、いつのころからでしょうか。
私が、そのことのおかしさに気づいたのは3年ほど前ですが、その呪縛から解き放たれると生きやすくなります。
同じように、学校に行かなければいけないという思いからも自由になるのがいい。
「学校だけが学びの場」ではありません。
いや学校こそが学びをワクワクさせない場所になってしまっています。
学びはわくわくする面白いものでなければいけません。
学校に行きたくないのは自分をしっかりと生きているからだともいえます。
私は子ども時代、あまりしっかりしていなかったので学校には行きました。
学校に行かないことができるということに気づいたことがないのです。
ただ高校時代には学校が嫌いでしたので、不登校ではありませんでしたが、嫌いな授業はさぼって図書室で本を読んだりしていました。
いまの子どもたちには、学校と家庭しかないと思わせているところに問題があります。
ちなみに塾や学童保育の場は、もう一つの学びの場ですが、いずれも大人たちに管理されている場であることには変わりはありません。
子どもたちが自分たちの場が作れないところに問題を感じます。
ネットのようなバーチャルな場は、私には別の世界のように思えます。
みんなと話していて、やはり社会そのもののおかしさを改めて感じます。
ここに集まっている人たちのエネルギーや思いを束ねたら、みんな生き生きしてくるでしょう。
いつもこういう人たちと話していると思うことです。
いろいろなことを気づかせてもらいました。
不登校や引きこもりを体験した人たちの素直さにはいつも感心しますが、いろんな世界に触れてこなかったが故の視野の狭さも感じます。
現在のさまざまな対策や相談に取り組む活動には、やはりどうしても共感できません。
基本的な捉え方が、すでに間違っているように思えてなりません。
やはりだれをも区別(差別)しない、サロンを続けることが大切だと改めて思いました。

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2019/10/11

■ちょっと、そしておおいに残念なこと

ちょっと残念なことがありました。

もう1か月以上前の話ですが、新潟の友人から電話がかかってきました。
憤慨している口調で、新潟日報に集英社文庫の新刊の広告が大きく掲載されているというのです。
本は「水が消えた大河で ルポJR東日本・信濃川不正取水事件」で、著者は朝日新聞記者の三浦英之さん。
2008年に発覚したJR東日本が信濃川にある水力発電ダムで契約以上の水を取水していたという事件を現地取材したドキュメンタリです。

新聞広告には、「魚が消えた。土地が死んだ。愛すべき日本一の信濃川を涸れさせたのは、誰だ」と挑発的な文字を大きく出ています。
私も当時の信濃川の実状は見ていますので、これは大袈裟な表現ではありません。

 しかし、電話をくれた友人が怒っている相手は、JR東日本ではなく、集英社と著者であり、さらにはこんなに大きな広告を載せた新潟日報です。

 実はこの本は「新刊」ではありません。
2010年に出版された本を文庫化して復刊したものです。
友人が怒っているのは、なぜ今頃に、ということなのです。

この本は私も前に読んでいます。
問題を明確に整理したいいドキュメンタリです。
しかし、そこで告発された問題や状況は、その後大きく変わってきています。

この事件を契機に、JR東日本は誠実に問題に取り組みだしました。
事件を反省し、改善しただけではなく(それは当然のことですが)、信濃川に鮭を遡上させようという活動に取り組んでいた新潟のNPOとも協力し、ダムに鮭が遡上できる魚道を作り直し、NPOと一緒になって鮭の稚魚放流にも協力。信濃川の状況は大きく変わったのです。

 私は当時、そのNPOの顧問をさせてもらっていて、たまたま面識のあったJR東日本の当時の社長とNPOのコアメンバーとのミーティングをセットさせてもらいました。
私には、JR東日本はとても誠実に対応してくれたと思います。

 友人は、そうしたことを知っているはずの三浦さんがなぜ今頃、この本を復刊したのか、なぜ集英社は復刊したのか、新潟日報がなぜそういうことも知りながら大きな広告を出したのか、ということです。
ちなみに三浦さんも、文庫の中で「今回、文庫化するにあたり、私は再度、JR東日本の「犯罪」を糾弾したいと考えたわけではありません」と書いています。
しかし実際には、JR東日本の「犯罪」を糾弾していることになっているように思います。

私が残念に思うのは、せっかく的確な指摘をし、状況を変える一助になる本を出版した三浦さんが、なぜその後の状況の変化、とりわけJR東日本の誠実な取り組みを取り上げ、企業が社会性を高める動きを支援しなかったのかということです。

糾弾は目的ではなく、それによって状況がよくなるための手段です。
にもかかわらず糾弾で終わってしまい、事態が変わった後になってもそれを言い続ける。
私にはヘイトスピーチにさえ感じられます。
そして新潟日報までもが、それに乗ってしまったのは、とても残念です。

JR東日本の当時の社長は、NPOへの評価も変えてくれました。
企業とNPOとは文化が違いますが、こうした具体的な「事件」を共有することで、それぞれの価値や意味が実感的にわかってくる。
そこからいい意味でのコラボレーションが始まります。
考えややり方は違うとしても、企業もNPOもいずれも、基本的にはみんなが住みやすい社会を目指しているのです。

私は現在の企業にはきわめて否定的ですが、企業の本来的な価値は高く評価していますし、ちょっと経営方針や事業行動を変えるだけで、再び企業は社会的な存在になると確信しています。
その格好の事例が信濃川で展開されだした。それがこのJR東日本のダム問題だったかもしれません。
そうした新しい動きこそ、三浦さんには書いてほしかった。

企業は問題も起こしていますが、たとえば東日本大震災でもたくさんの企業が誠実な社会活動をしています。
個別には語られますが、そうした企業の社会活動が見えてくれば、社会の企業を見る目も変わり、それによって企業そのものが変わるはずだと思うのですが、相変わらず企業を糾弾することばかりが話題になりやすいのがっとても残念です。

ちなみに、私も水が涸れた信濃川を上流まで体験させてもらいました。
それで私もNPOの活動に共感してささやかな協力をさせてもらったわけですが,信濃川にはJR東日本のダムのほかにも東京電力のダムがいくつかあります。
そのダムの取水方法や魚道の見直しなどにも取り組むはずだったのですが、東電とNPOとが一緒に鮭の稚魚を放流する予定を組んだミーティングの一週間後に不幸な3.11が発生しました。
東電の関係者はそこで動けなくなってしまったように思います。

企業にもNPOにも、それぞれ良い面もあれば悪い面もある。
お互いに悪さを補い、良さを活かし合う方向に向かえば、社会はかなり変わるでしょう。
マスコミは、糾弾ばかりに精出さずに、良さを活かし合う動きを支援してほしいと思っています。

 

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2019/01/30

■カフェサロン「ケアプランって知っていますか? マイケアプランが18年間言い続けてきた思い」報告

全国マイケアプラン・ネットワークは、介護保険のケアプランは自分で考えようという活動に取り組んでいる人たちのグループです。
介護保険発足当初から、制度的にも認められている「ケアプラン」の「自己作成」を提唱してきましたが、なかなか自己作成は広がりません。
行政やケアマネジャーのいう通りに「ケアプラン」をつくり、それに従ってしまう人が多いからです。
なぜなのか。
18年間活動を続けてきた島村さんのお話から、日本の福祉政策の実情や日本人の福祉に対する意識が見えてきます。
島村さんは、また「措置」の時代に戻ってきているような気さえするといいます。
お話を聞いて私の気分はちょっと重くなってしまいました。
なんとかしなければいけません。

そもそも「ケアプラン」の捉え方に問題があるのかもしれません。
介護の世界では、「ケアプラン」というと介護保険の利用計画のことですが、本来はもっと大きな意味で捉えられなければいけません。
それぞれの人本来のケアプラン(ライフプラン)があって、その一部を介護保険制度の利用で対処すると考えるべきでしょうが、なぜか日本では介護保険中心の「ケアプラン」発想が強いのです。
言い換えれば「制度に合わせたケアプラン」ということになりやすい。

島村さんがこうした活動に取り組む契機になったのは、お義父様の介護です。
まだ介護保険制度がなかった時代です。
島村さんは、活用できる地域資源を探しまくったそうです。
そして、地域にはケアに役立つさまざまな地域資源(たとえば、福祉制度はもちろん、病院や福祉施設からコンビニの配食制度やカラオケなどの施設まで)がたくさんあることに気づきます。
人のつながりも大切な地域資源でしょう。
そうした地域の制度・資源をとことん使って誰も犠牲にならない介護を目指したのです。

その後、介護保険制度ができたのですが、まさにそれは島村さんがお義父さんの時に求めていたものと一緒でした。
お義母さんの時の介護は、自らがケアプランを作成し、介護保険制度もうまく活用しての介護に取り組まれたそうです。
独自の工夫も取り込みました。
たとえば、40年間地域で暮らし、井戸端会議を日課としてきた義母の暮らしに合わせて、島村さんは自宅前にベンチを置き近所の人との井戸端会議の場とし、そこで義母流デイサービスを行っていたそうです。
大切なのは、その人らしい暮らしが続けられること。
介護制度の既存サービスになければ創り出せばいい。

しかし、自己選択・自己決定・自己負担という「利用者主体」の介護保険制度は、その後、その内容を進化させてきているのか。
どこか違うものになってきてしまったような気がします。
「ケアプラン」の主役となるはずの「利用者」が、制度のお客様になってしまっていることが、その一因かもしれません。
しかも、その制度は予算の関係で、内容が次第に制約されてきてしまっているのです。
「制度」の枠の中で「ケアプラン」を考えていれば、制度の規模縮小に伴って、ケアも次第に縮小されてしまうことになりかねない。
暮らしを中心に考えていかないと、そういうおかしなことが起こりうる。

介護保険制度は、ケアを支える仕組みの一部でしかないのです。
制度に依存するのではなく、制度を活かしていける自らのケアプラン意識を持つことが、介護保険制度を活かしていく上では不可欠です。
それがないと、「措置される福祉の受益者」に終わってしまいかねません。
制度をよくしていこうという視点は、そこからは生まれにくい。
福祉の実態もよくなっていかない。

自分で、ケアプランを立てることは、暮らしの棚卸作業だといいます。
そして、それに基づいて、自分らしい暮らし方を考えることこと、制度にあてはめられたケアプランではなく自分らしく生きるケアプランが実現できる。
みんながそうやって、自らのケアプランを真剣に考えていかなければ、日本の福祉は「昔のような「措置制度」に戻ってしまいかねない。

私が今回、一番強く感じたことは、そういう危機感でしたが、それに関して詳しく書きすぎてしまいました。

島村さんは、ケアプランの話はもちろん、「自己作成の方法」「マイケアプランを実践するためのヒント」などに関しても、わかりやすく説明してくれました。
実際にケアプランを自己作成してわかったことも、紹介してくれました。
ケアプランに関して、「目から鱗だった」と感想をくれた人もいます。

知っているようで、知らないケアプランに関しては、ぜひ多くの人に、介護に直面する前からきちんと知っておいてほしいと思います。
そうしたことは、全国マイケアプラン・ネットワークの講演会やワークショップにぜひ参加してほしいですし、もし何人かが集まって話を聞きたいといえば、島村さんたちのことですから、きっと話に来てくれるでしょう。
いやそのまえに、全国マイケアプラン・ネットワークのホームページを見てもらえば、たくさんの情報がありますし、ケアプランづくりを支援するツールも紹介されていますので、それを参照してください。
また、サロンの映像記録も後日公開する予定です。

ケアや福祉についてのとても大切な問題提起がたくさん込められていたサロンでした。
そして私たち一人ひとりの生き方への、重い問いかけもあったような気がします。
ほんのごく一部しか、島村さんのメッセージをお伝えできないのが残念です。


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2018/12/20

■人がつながっていけば社会は変わっていくでしょう

先日の私のサロン(「なぜ私は湯島でサロンをしているか」)の報告を読んだ、NPOファミリーステーション・SACHIの高橋雅栄さんからメールをもらいました。
もう15年ぶりほど前にサロンをしてくださった方です。
高橋さんは、長年、子育てサロンの活動を続けています。
ご自身の子育てを終わってからも、です。

以下、その内容の一部を紹介させてもらいます。

私の思いも、かなりの確率で佐藤さんに共感します。
特に、みんな「自分」をしっかりと生きるのがいいのではないかと思っています。
というところは、私が今日みんなと語って来た主軸となるところです。

自分を生きることをママがやって見せることが子育てで、子どもは子どもの人生を生きるのだから、ああしろ、こうしろなんて必要ない。
親は言うほど偉いわけではないのに、親になったら子どもに指図するのが親だと思うのは違うと思う。
ましては、支援者の立場にある私たちは、もうただただ利用者さんの不安や、悩みに耳を傾けて必死で話を受け止めるのが務め。寄り添って、共感することが精一杯です。
の、はずです。

喜んで人さまの土台となる。
それが出来ない日は、利用者さんの側になって支えてもらえるからこのサロンを始めたんだよ、という話を今日の集まりでしてきました。

22年の子育てサロンの活動を通してエンパワメントされて元気になったママは2500組以上、年、市の出生数の10%の方が私たちと出会っています。
毎年新たに支援団体が生まれています。
元気になって、自分らしく生きる道を見いだして、起業した方は10組以上。
サロンにブースを出して、起業を考え中の方が15組います。
子育て支援の分野は、20〜25年前には、子育て支援という概念すらなかったほどですが、今は、自治体が子育てサロンを運営しています。
私は、サロンで、社会はちょっとは変わるよなぁと思う一人です。
こうあるベキ!とか言って
何かと闘って生きるより
隣の人と知り合って、助けて!と言える関係を作った方が、子育てしながら自分らしく生きていくことが出来るなぁと思います

以上です。
こういう活動が少しずついま広がっていると思います。
社会はきっと変わっていくでしょう。
来世が楽しみです。

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■全国マイケアプラン・ネットワークの例会に参加させてもらって思ったこと

先日、全国マイケアプラン・ネットワークの例会に参加させてもらいました。
私はメンバーではないのですが、立ち上げ時にささやかに応援をさせてもらいました。
このグループは、介護保険のケアプランを自分で作ろうという利用者と家族、および賛同者のネットワークですが、介護保険のケアプランを自分たち(要介護者や家族)で「自己作成」することを広げていこうと活動に長年取り組んでいます。
詳しい内容はホームページをご覧ください。
http://www.mycareplan-net.com/

ホームページにも書かれていますが、ケアプランづくりをケアマネジャーに任せるかどうかが一番の問題ではありません。
なにがなんでも「自己作成」というこだわりはないのですが、ただ自分たちの問題なのだからしっかりと当事者意識を持ってケアプランづくりに主体的に取り組もうということを大切にしているのです(私の解釈なので間違っているかもしれません)。
ですから、介護保険のケアプランというよりも、もっと広義な「ライフケアプラン」発想を広げていこうとしているのです(これも私の解釈なので間違っているかもしれません)。

私が関わらせてもらったのは、その立ち上げ時ですので、もう15年以上前です。
途中でも一度、研究会に参加させてもらったので、順調に進んでいるなと思っていました。
その時、私は「介護の社会化」は「介護の市場化」なのではないかと話させてもらいました。

久しぶりに例会で、現状の様子を実感しました。
あれ!っと思いました。
全国マイケアプラン・ネットワークのがんばりにもかかわらず、どうもあんまり状況は変わっていないような気がしたのです。
いやむしろますますおかしくなってきているのではないか、とさえ思いました。
全国マイケアプラン・ネットワークが、ではありません。
社会の動き、がです。

このグループは、私が考えている理想的なグループのひとつだったのですが、時代の大きな流れには勝てないのでしょうか。
ちょっと気分的にへこんでしまいました。
NPO活動について、改めてまた少し考えてみようと思います。
私にできることが見つかるかもしれません。

ちなみに、全国マイケアプラン・ネットワークの代表の島村さんたちが書いた「ケアプランを自分でたてるということ」という本があります。
私のホームページでも紹介しています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#100207
とても読みやすい本ですので、是非お読みください。
また例会には兵庫県からマイケアプラン研究会の北島さんも参加されていましたが、北島さんも「リアリズムの老後」(かもがわ出版)を出版されています。
副題が、「自分らしい介護とマイケアプラン」です。
またホームページでも紹介させてもらおうと思っています。

介護の問題は老後の話ではありません。
社会のあり様に繋がっている「みんなの問題」です。
来年、島村さんたちに湯島でサロンをお願いしようと思います。
まあ引き受けてくれるかどうかはわかりませんが。

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2018/12/18

■官民一体となって原発輸出を進めてきた?

三菱重工や日立製作所は、政府と一体となって進めてきたトルコの原子力発電所の建設計画を断念する方針を固めたという報道がありました。
日本の原発輸出事業は、よく「官民一体」で進められていると表現されます。
官民一体で進めてきたとしたら、その「民」には少なくとも私は入っていません。
私は、日本においては「民」、つまり「国民」ではないのです。
これまで何回もこのブログでは書いてきていますが、改めて書きたくなりました。

社会は「公」と「私」で構成されているといわれていました。
「公」と「私」は時々、「パブリック」と「プライベート」とも表現されます。
しかし、「公」はパブリックなのか。「私」はプライベートなのか。

「公」の主役は政府で、「私」の主役は企業です。
であれば、「公私」などいわずに、「官民」というのが適切でしょう。
となると、官民で社会が構成されているとは言えません。
なぜならそこに私たちの生活社会がないからです。
つまり「官民」とは民を統治する側の概念であり、しかも「官尊民卑」という言葉があるように、要するに「官」のことなのです。
そこには「人民」という意味での「民」はもちろんですが、「国民」という意味での「民」すら含まれません。
アメリカ憲法はpeopleという言葉を使っていいますが、日本国憲法の英語表記のpeopleをなぜか日本政府が「国民」と訳してしまいました。
“people”と「国民」とは、全くと言っていいほどの違いがあると思います。

「官民」とは違う私たちの現実の「生活社会」は公でも私でもない「共」の社会です。
平たく言えば地域社会、近代西欧の言葉を使えば「市民社会」です。
私は、それを「コモンズ」と呼んでいますが、要は、peopleが支え合いながら暮らしているリアルな社会です。
それが、大きな政府や大きな企業によって、縮小され片隅に追いやられていたのが、明治維新から最近までの日本かもしれません。
地域社会の主役であるべき自治会は行政の下請けの端末組織になり、期待のNPOもまた、同じように行政の下請けや企業の類似物になってきているというのが、私の現状認識です。
もちろん、主体的に活動している自治会やNPOもたくさんありますが、大きな流れはどうもそういう感じではないかと思っています。
これに関しては、かなり前のものですが、小論があります。
○コモンズの視点から発想の流れを逆転させよう
http://cws.c.ooco.jp/commonnsronbun1.htm
○私の視点「NPO支援 資金助成よりも活動支援を」
http://cws.c.ooco.jp/npo-toukou2.htm

ところで、日本の原発輸出が各地で頓挫している理由は、採算が取れないことです。
まともに考えれば、原発事業は経済的に成り立ちません。
日本でもそういうことは、私が知っている限りでも1980年代にはかなり明らかになってきています。
原発事業が保険の対象にならなかったことを考えれば、最初から分かっていたことです。
しかし、「官」が「民」(大企業)には有無を言わさずに、「安全神話」を、それこそ「官民一体」となって広めてきたのです。

官民だけで社会や世界は構成されているわけではないのです。

「民営化」とか〔〈介護の〉社会化」とかいう言葉に騙されてはいけません。
それらはすべてpeopleの資産を誰か個人に貢ぐことを意味しているのかもしれません。
社会を構成している主役は、people、私たち生活者なのです。
少なくとも現在は、という意味ですが。

官民一体には私は断じて入っていません。
官民が横暴な行為をするようなことがあれば、沖縄の人たちを見習って、それに抗わなければいけません。

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2018/11/13

■カフェサロン「ナチュラリストが見る社会の危うさ、あるいは自然界の面白さ」報告

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日本で暮らしているゴキブリは52種類もいて、しかもよく見かける室内のゴキブリは外来種だということをみなさんはご存知でしょうか。
そして日本に昔からいるゴキブリは、とても大切な仕事をせっせとやっていることを知っているでしょうか。

木村さんの「ナチュラリストが見る社会の危うさ、あるいは自然界の面白さ」は、ちょっとゆるいサロンと言いながら、とても充実した内容で、いろいろと目からうろこの話も多く、しかも日本の社会のあり方への、まさにナチュラリストからならではの本質的な問いかけがあったように思います。

印象に残っている話をいくつか紹介します。
人口の多い都市部の自然からは、ホトケドジョーが少なくなり保護の対象になっているが、少し離れた千葉の集落には今でもいくらでもいて、むしろ人口がいなくなってしまうとホトケドジョーもいなくなってしまうかもしれないという話は、とても示唆に富んでいます。
日本では自然と人間がうまく支え合って暮らしていることを象徴しています。

木村さんは、自然の保護と管理は表裏一体だと言います。
「自然」か「開発」か、ではなく、その「折り合い」が大切なわけです。
そんなことはわかっていると言われそうですが、実は私たちは頭ではそう思っていても、実はその「折り合い」において、小さな相手は軽視しがちのようです。
ダンゴムシの話で、木村さんはそれを教えてくれました。
この話はとてもいい話ですが、紹介すると長くなるので、これは参加者だけの特典として報告はなしです。

アフリカの動物保護には関心があるが、地元の自然にはあまり関心のない人が多いのではないかという木村さんの指摘にもとても共感しました。
木村さんは、環境保全は地元を愛することから始まるといいます。
その地元には、たぶんダンゴムシも入っているのです。
ちなみに私は昨日、わが家の庭で、ダンゴムシのミニ観察をしました。
みんなまだ、いわゆる「外来種」で、日本での暮らしはまだそう長くはないようです。

ところで、外来種と在来種に関しても、テレビ番組などで簡単に区別されて、外来種は悪者だ、駆除すべきだなどと扱われがちなことも木村さんはおかしいと言います。
そもそも外来種と在来種をどういう基準で分けるのか。
それに国家の枠組みに規制されて生きている人間と違って、そもそも生物は自由に移動し自然交配しているのですから、勝手に国籍を決めてもらいたくはないでしょう。
在来種に有害な外来種を殺処分するという発想は、その根底で、移民排斥にもつながる思想ではないかという話もありましたが、私自身そこまで深く考えたことがなかったので、はっとさせられました。

ちょっと似た話で恐ろしい話もありました。
最近は犬の「雑種」が「市場」で高値を呼んでいるそうです。
それは飼い犬が管理されすぎて、自然交配が行われないので、雑種が産まれにくいのだそうです。
生物の進化にまで介入しているわけです。
生物多様化を主張する人は多いのですが、本当にみんな生物多様化を望んでいるのか、と木村さんは問いかけます。

鳥獣害の話も出ましたが、これはそもそも日本から聖域がなくなってきたことと無関係ではないと木村さんは言います。
そして「聖域」と「人間界」の結界を守っていた「年寄」がいなくなったことも影響しているのではないかと木村さんは(たぶん)言ったような気がしますが、これは私にはとても興味のある話でした。

そもそも日本人は、生き物との付き合いが深い暮らしをしてきました。
日本に住む動物の名前もたくさんあります。
最近読んだ本には、アマゾンのある部族は、鳥はみんな「鳥」と呼ぶのだそうですが、日本にはたくさんの鳥の名前があります。
そうした多様な生物たちとの付き合いが、私たちの暮らしを豊かにしてきたのではないかと私は思っていますが、最近は、自然の中での生き物との付き合いが減っているのかもしれません。
実際に目にする小動物も少なくなってきました。

環境保全に取り組んでいるNPOの高齢化の話も出ました。
NPO活動の世代交代に関しては、とても大きな問題ですが、一度、サロンのテーマにしたいと思います。
もしかしたら、ここにこそ、個人と組織の問題、さらには社会のあり方や私たちの生き方を考える大きなヒントがあるように思っています。
ちょっと今回のテーマと離れますが。

木村幸一郎さんは「ハイパー・ナチュラリスト」です。
そもそも「ナチュラリスト」とは何者かという関心でサロンに参加された方もいます。
なかには、「ヌーディスト」と勘違いされた人もいましたが、木村さんのお話をお聞きして、私は「ナチュラリストは、自然と一緒に、お互いウィンウィンに生きている人」だと思いました。
木村さんはとても幸せそうです。
私も少しは「ナチュラリスト」的な生き方を目指していますが、小村さんほどにはまだ幸せにはなれていません。

他にも、マムシとの付き合い方とかSDGsの話とか、いろいろとありましたが、最後に一つだけ蛇足を書きます。
ゴキブリの話ですが、日本にずっと前からいたモリチャバネゴキブリは、森の枯葉を小さく噛み砕いて、それを微生物が食べやすいようにし、還元活動に寄与しているそうです。
家に棲む、あの嫌われ者の「チャバネゴキブリ」はどういう仕事をしているか木村さんに質問したら、人間には役立っていないので、見つけたら退治してもいいと言われました。
私もこれまでそうしていましたが、もしかしたらなにかとても大切な仕事をしているのではないかと思い直しました。
わが家のキチンも時々夜に出ているようですが、私が寝ている間に何かしているのではないか、そんな気がしてきました。
人間の見えないところで、人間に役立つ仕事をしてくれているのかもしれません。
ゴキブリもかわいそうな存在です。
今度、ゴキブリに出会わしても、バシッと叩き潰せないかもしれません。
さてどうなるでしょうか。

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2018/10/22

■カフェサロン「『子どもNPO白書2018』を刊行して」報告

日本子どもNPOセンターが出版した「子どもNPO白書2018」をテーマに、執筆者の交流会もかねてのサロンを開催しました。
白書に関しては、既に紹介させてもらいました。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#180923

今回は、白書の編集代表でもある日本子どもNPOセンター理事長の小木さんが名古屋から参加、大坂からも日本こども未来研究所所長の川野さんも参加してくれました。
日本子どもNPOセンターのメンバーでない人も数名参加し、総勢15人ほどになりました。
社会保障を専門にされている本間先生も参加してくれました。
東京新聞の飯田さんも取材に来てくれました。
編集委員の金さんは子連れ参加で、場の雰囲気も変わりました。
異分野の人ができるだけ接点を持つというのが湯島の精神ですので、うれしいことです。

私も白書は読ませてもらいましたが、さまざまなところでさまざまな活動が行われているのがよくわかります。
子どもたちは、大人と同じように、さまざまな問題の絡み合いの中で生きています。
子どもが生きているのは、決して「子どもの世界」ではありません。
無防備な子どもたちこそ、社会全体の縮図を体現しながら生きている面がある。
ですから、子どもの世界からは大人たちの社会の実相がよく見えてきます。
子どもの世界に現れている問題は、実は大人の問題の写し絵でもあり、そこから私たち大人の生き方が鋭く問われているわけです。

同時に、子どもの世界だけを見ていると見えなくなってしまうことも少なくありません。
今回の白書では、子どもたちを取り巻く法的環境の変化がていねいに解説されています。
それは、子どもたちにとっては逆風の流れのように思いますが、その流れに抗うためにも、あるいは新しい流れを創りだしていくためにも、さまざまな現場の人たちが横につながっていくとともに、実践者と研究者とのつながりがますます大切になってきています。
これだけさまざまな現場で実践している人たちがつながって、研究者と一緒になって動き出せば、法的環境を能動的に変えていけるように思います。
いやそれこそがNPOの大きな使命ではないかと改めて思いました。
この白書の継続的な出版活動は、そうしたつながりを育てる場にもなっていくでしょう。
実践者たちの交流や問題をシェアしあう場が、もっともっと必要だと話し合いを聞いていて感じました。

もう一つ感じたのは、白書もそうなのですが、総じて「大人の視点」で語られていることです。
もっと子供たちが主役として登場してほしい。
子どもたちを語るのではなく、子どもたちの思いを聞きたい。
私は障害のある人や高齢者の問題にもささやかに関わらせてもらっていますが、当事者とそれを支援する人の見ている世界はかなり違うのが、いつも気になっています。
そもそも支援するという一方向的な活動ではなく、お互いに学び合っていくことが必要ですが、子どもから学ぶことは山のようにあるはずです。
子どもたちは何を困っているのか、そうしたことをもっと聞きたかった気がします。

話し合いではいくつかの話題が出ました。
たとえば、福祉と教育の関係、あるいはNPOと行政の関係。
また「地域施設」という領域の立て方の是非も議論されました。
いずれも湯島のサロンで時々話題になるテーマですが、子どもの視点で、そうした課題を話し合うことは大切です。

もう一つの大きな課題は、この白書をどうやって社会に広げていくか、言い換えればたくさんの人たちに購入してもらうか、です。
読んでもらって何かの行動につながっていくことが白書の目的です。
どうしたら広げられるかについても、いろんな意見が出されました。
みなさんも、もしよかったら購入して読んでみてください。
そしてできればまわりの人たちに紹介していただければ嬉しいです。
湯島でも購入できるようになりましたので、読んでみようという方がいたら、湯島に来た時に声をかけてください。

せっかくの機会なので、私もいくつか提案させてもらいました。
たとえば「子どもNPOラウンドテーブル会議の発足」です。
執筆者である、領域を超えたたくさんの実践者や研究者たちが、子どもたちが置かれている現状の問題を可視化し、公開フォーラムのスタイルで、ぜひ社会に発信していってほしいと思います。
そして、さまざまな立場の人を巻き込んで、時には子どもたちも巻き込みながら、全国各地で定期的に公開のラウンドテーブル会議を展開し、問題を解決していく実践につなげていく。
それは同時に、大人や高齢者も含めて、みんなが住みやすい社会になることにつながっていくでしょう。
子ども世界は大人の社会の写し絵なのですから。

子どもたちの直接の声を社会にしっかりと伝えていく活動も必要です。
NPO活動の一つの落とし穴は、問題の当事者と問題解決を支援するNPO関係者との思いが「ずれていくこと」です。
問題を観察者的あるいは支援者的に捉えるのではなく、当事者(この場合は子どもたちですが)と一緒に活動していく。
白書でもそうした事例はいくつか紹介されていますし、最近そうした活動も増えていますが、子どもたちがいまの社会を、あるいは今の大人たちの生き方を、どう見ているのかは、必ずしも社会に発信されていないように思います。
子どもたちが見ている社会の姿を、私たちはもっと学ばなければいけません。
これは子どもに限りません。
高齢者も障害のある人たちにも、すべてに言えることです。

日本子どもNPOセンターの「白書活動」の価値を、改めて実感したサロンでした。
書店や図書館に注文したりして、ぜひみなさんも、この白書の存在を広げていってください。
子どもたちの育ち方が、私たちの未来を方向づけていくのですから。

報告というよりも、思いを書きすぎてしまいました。
すみません。
引き続き、具体的なテーマについてのサロンもやってみたい気がします。
どなたか問題提起したい方がいたらご連絡ください。


Kodomo181021


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