カテゴリー「生き方の話」の記事

2024/03/29

■取り返しのつかないミス

人は時々、取り返しのつかないミスをしてしまう。
しかし、大体において、そのことには気づかないことが多いのだが、今回は不幸なことに気づいてしまった。
もう2時間前のことなのに、いまも悔やんでも組み切れずにいる。

陽子線治療で4日前から待合室で少しずつ会話を交わしはじめた「10時の人」がいる。
その人は今日が治療の最後の日。
それで、今日が最後ですね、と声をかけたら、そうです、でも21日がんばったけれどがんが治ったのかどうはわからないし、終了時の診察もない。どうもけじめがつけられないというのです。

そこで私は呼ばれてしまったので、話はそれで終わっていまいました。
私の治療の後は、入れ違いにすぐ「10時の人」が治療室に入りますが、わざわざ私に、「どうぞお大事にしてください」と言ってくれたのです。
それが、涙が出そうになるほど、うれしかったのです。

いつもスマホやノートを出して何かやっていたので、最初は話しかけにくい人でしたし、娘からは話しかけたら迷惑だよと注意されていたのですが、迷惑ではなかったのです。たぶん。
私は、しかしいつのようにそのまま会計をして、今日は湯島に来る予定だったので、病院からのバスに乗ってしまいました。

そしてハッと気づきました。
10時の人」の治療が終わるのを待って、21回完了のお祝いに、待合室隣のドトールでコーヒーをご馳走すればよかったと気づいたのです。そうしたら連絡先も交換できたかもしれません。少なくとも、彼にとっては一つの区切りができたはずです。
癌体験を楽しんでいる私と違い、「10時の人」はいろいろと口に出したいことが多いことは、なんとなくこの数日の会話で気づいていました。それを聞くだけでも、「10時の人」は喜んでくれたでしょう。「10時の人」の笑い顔にも出合えたかもしれない。そして私は友人がつくれたかもしれない。

悔やんでも悔やみきれないミスをしてしまいました。
実は昨夜、私はちょっと体調に異変があり、よく眠れませんでした。
今朝はほぼ回復したのですが、そんなこともあって、私自身の余裕がなかったのです。
今週はいささか用事を入れすぎてしまったのかもしれません。
治療中である認識が欠けています。困ったものですが。

10時の人」と会うことはもうないでしょう。
そう思うと涙が出そうになるほど、さびしいです。
なぜでしょうか。

 

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2024/03/10

■生きづらさをテーマにしたサロンをやろうと思います

また朝の思いつきでしかないのですが、生きづらさをテーマにしたサロンをやろうと思います
今朝起きてパソコンを開いたら、ふたりの友人から「生きづらさ」に関するお薦め書籍とお薦め講演の連絡がありました。迷っていたのですが、おふたりの関心を知って、開催することに決めました。問題は切り口ですが。

友人が進めてきた書籍は、貴戸理恵さんの『「生きづらさ」を聴く』です。私も読んでいますが、大阪で活動している「生きづらさからの当事者研究会」、俗称「づら研」での実践をベースに、生きづらさに取り組んだ本です。
私も別の友人から教えてもらって読んだのですが、私が取り組んでいる活動(とまでは言えませんが)と通底しているものを感じていました。

もう一人が薦めてきたのは、東野哲彦さんの講演です。騙されたと思って一度聴いてくださいと書いてきました。若いころはともかく、この歳になると騙されることはないのですが、聴かなくてもメッセージはほぼわかります。
東野さんの「耕せ・にっぽん」の活動も少しは知っていますし。

友人は、「少し『引きこもり』脱却の手法は違いますが」、と書いてきましたが、私は『引きこもり』脱却などという発想は皆無です。そもそもそんなことをしようとするから、生きづらくなり、ひきこもりに意味を感じてしまうように思うからです。なかなかそういうことは伝わらない。

私の生き方は、ありのままに、〈今ここ〉を前向きに生きることです。
そういう生き方であれば、生きづらいなどということは起きようもない。

でもやはり生きづらさが問題になっているのがいまの日本。
今朝、この2人とのやり取りで、生きづらさのサロンの切り口が見つかりました。
ドロモロジーです。
できれば3月なかに開催したいと思っています。
どなたか問題提起してくれる人はいませんか。

 

 

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2024/02/26

■「ちゃんと話せば悲劇は起きなかった」

前にも書いたことがありますが、テレビドラマの「アストリッドとラファエロ」は数少ない私が好きな番組です。
https://www.nhk.jp/p/astridetraphaelle4/ts/P2J4XW64VM/

毎回、共感する一言に出合いますが、昨夜の「死神の呪い」で出会ったのは、「ちゃんと話せば悲劇は起きなかった」というラファエロの言葉です。
この言葉は、先日の脱ひきこもりサロンでも、私が発言させてもらった言葉ですが、ずっとそう思っている言葉です。
要するに、「嘘さえつかなければ、人生は素直に過ごせる」のです。

テレビのサスペンスドラマの事件は、ほとんど「ちゃんと話さないこと」によって発生し、「ちゃんと話さないこと」によって解決が遅れるのですが、現実は同じです。
ちゃんと話した結果、不幸がやってくることもありますが、人生において不幸な事件は避けがたいものです。それに不幸があればこそ「幸せ」がある。
しかし「ちゃんと話さないこと」、つまり嘘をつくこと、あるいは事実を話さないことから生ずる悲劇は、不幸を超えていますので、「幸せ」にはつながりません。

私は、社会から大きく離脱していますから、「ちゃんと話せる」生き方ができていますが、だれもが「ちゃんと話せる」社会なら離脱することもなかったでしょう。
ほんとうは、社会がとても好きですから。

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2024/02/24

■「あなたはまだ眠ってる 私の骸の上で」

今朝も、まず机について「詩の檻はない」のページを開いて、そこにあった詩を読みました。目が覚めました。こういう2行から始まる詩です。

あなたはまだ眠ってる 
私の骸の上で

三木悠莉さんの「夜はもうあけているのに」の最初の2行です。

私の最近の日課は、起きてすぐに入浴です。
そこでいろいろと考える。
昨日、久しぶりに詩を書いてみたのですが、今日も書いてみようかななどと思っていて、思いついたのが「昨夜もあの人の夢を見た」という1行でした。
あまりの同調にこれは、偶然ではないだろうと思ってしまいました。

何かを始めると、何かが始まる。

今朝は久しぶりに日の出を見ました。
外装リフォームで覆われていたネットが取り外されたのです。
とても気持ちがいい。
私を覆っているネットも取り外さないといけません。
そして目を覚まさないといけない。
骸のなかに安住していてはいけない。

三木さんの詩は、次の3行でおわります。

さあ起きて
遅すぎる目覚めでも
そのまま死ぬよりずっといいでしょ

今日もまた、詩を書いてみようと思います。
3日続けるのが私の流儀ですので。

 

 

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2024/02/21

■「詩の変革力を心から信じています」

先日、「タリバンが今、世界で一番知的な人たち」というタイトルの投稿をさせてもらいました。それを読んだ友人が、「タリバンについてのご意見を拝見したので、参考に送ります」という添え書きをつけて、わざわざ本を送ってきてくださいました。
この友人は、私が時に道を踏み外しそうだと感ずると、言葉ではなく、本などで私に注意喚起してきてくれるのです。私が、いつも気ままに生きていけるのは、こういう守護神たちに支えられているからなのです。

届いた本は、「詩の檻はない」(デザインエッグ株式会社)です。
昨年1月に、アフガニスタンのタリバン政権が詩を制限する命令を出したことに対して、アフガニスタンの詩人ソマイア・ラミシュさんがSNSで、抗議の詩を書こうと世界中に呼び掛けたのです。2か月ほどで100人を超す詩人たちから詩が届いたそうです。日本人も30人以上いたそうですが、今回、私にこの本を送ってくれた人もその一人です。
そうして集まったなかから50ほどの作品を集めて出版されたのが本書です。
私に本書を送ってきてくれた友人は、「民主主義の死」を書いている岡和田晃さんです。
https://webafghan.jp/siten077/

本書の序文で、ラミシュさんは、「本書はアフガニスタン陥落2周年の日に出版されます。この本の出版は、詩とあらゆる形態の芸術を禁止したテロ運動であるタリバンにアフガニスタンが引き渡された恥辱に対する断固たる抗議です。彼らは少女たちから教育を受ける権利を剥奪し、女性を家の中に閉じ込めたのです」と書いています。
友人が、私の投稿に違和感を持ったことにもつながっているでしょう。

私も、自分の投稿記事も読みなおしてみました。
たしかに、私がタリバンを肯定的に評価しているように読み取れますね。私にはそんな意図はなく、どんな評価も固定させずに、常に吟味しなおす姿勢が必要だといいたかったのですが、友人を心配させてしまったようです。

昨日、湯島でオープンサロンだったのですが、そこでも私の発言が他者を傷つけていると叱られました。思ったことを気楽に話してしまう愚鈍さからは、なかなか抜け出せません。さらに別の人は、この本を読んで佐藤さんの言っていることが少しわかった。この本の方がわかりやすい、と本を貸してくれました。私の話はやはり伝わりにくいようです。投稿記事へのコメントを読んでいて、それはいつも感じてはいるのですが。
もう少しコミュニケーション能力を高めないといけません。
そういえば、なぜか昨日は、この本が面白いと言って、コミュニケーション関係の本まで貸してくれた人もいます。私にはそう言ってきた人のほうが、私よりもコミュニカビリティは弱いと自負していましたが、私の言語力や表現力は、それほどダメなようです。困ったものです。

ところで、私も高校生の頃、詩人になりたいと思っていたことがあります。詩も書いていましたが、20代後半からは、詩は書かずに、詩を生きようと決めました。
こんなことを書いたら、また岡和田さんに冷やかされそうですが、その思いは今も続けているのです。
それを思い出しながら、久しぶりにいくつかの詩を読ませてもらいました。

序文で、ラミシュさんは「詩の変革力を心から信じています」と書いていますが、同感です。
明日から毎朝、この詩集の詩をひとつずつ読んでみようと思います。
きっと何かが変わるでしょう。

 

 

 

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2024/02/18

■山折哲雄さんの「ブッダに学ぶ老いと死」(朝日新書)も面白い

昨日、図書館から2冊の本を借りてきましたが、その一冊の「一神教と帝国」はぜひ多くの人に読んでほしくて、昨日、紹介させてもらいました。
その後、もう一冊も読んだのですが、これも紹介したくなりました。
ただしこちらは高齢者向けですが。
山折哲雄さんの「ブッダに学ぶ老いと死」(朝日新書)です。
書名にあるように、老いと死を考えるヒントがたくさんあります。
文字が大きいので、1時間もあれば読み終えられます。

釈迦は、29歳で「出家」したのではなく、バラモン教の四住期の人生観にしたがって、林住期に入った。そして、自由気ままな旅暮らしのなかで、35歳で悟りを得て、聖者の生活に入った。世俗の生活と遁世の生活との中間に、聖とも俗とも言えない、その間を迷いながら行きつ戻りつする林任期的な遍歴が釈迦にもあった。
と考えると、釈迦の全体像の見え方、ひいては仏教の人生観の捉え方ががらりと変わると、山折さんは言うのです。
なんだか長年のもやもやがすっきりしました。

こうした林任期につづく遊行期では、彼岸と此岸は折り重なっているでしょう、
私は聖者にはなれませんが、彼岸と此岸がつながった世界には行けそうです。

山折さんは、70代になってから心身の生命力を維持していくために自分に3つの原則を課すことにしたそうです。
「飲み過ぎない」「食べ過ぎない」、そして「人に会い過ぎない」の3つです。
10歳遅れましたが、私も追随することにしました。3番目はいささか自信はないのですが。

山折さんは、私と同じく断食往生死を目指しています。
見習いたいと思います。

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2023/12/27

■前立腺がん治療体験報告1;国立がん研究センター東病院初診

いよいよ私の前立腺がん治療も第2段階です。
これまでも病院にかかっていましたが、治療方針を決めておらず、治療のための条件づくりと奇跡起こし挑戦の5か月でした。

12月6日に、主治医と相談し、量子線治療を第1候補として選択し、近くの国立がん研究センター東病院を紹介してもらい、今日、初診でした。
ここは、妻がお世話になった病院で、20年ほど前には定期的に通っていました。その関係で、正直、あまり行きたくはなかったのですが、近くで量子線治療ができるのはここだけなのです。

妻がお世話になった外科医はとてもいい医師でしたが、その後、お世話になった内科医は、典型的な今様の医師でした。つまり患者の顔よりもパソコンを見るタイプの医師なのです。その印象ととにかく待ち時間が長いという記憶が残っているのです。

久しぶりの病院は雰囲気が全く変わっていました。待合室の一角にドトール珈琲のお店があり、クリスマスの福袋まで売っています。それに待合室には、いろんなブースができている。混雑具合は変わっていませんが、何かとても賑やかな感じです。

9時半の予約時間の30分前には着いていましたが、やはり診察が終わったのは10時半過ぎ。診察時間は5分ほど。担当医との面談で、改めて転移を確認するRI(骨シンチ検査)をすることになりました。検査日は1か月後。その前にもう一度、診察を受け、もしかしたらホルモン療法に入るかもしれません。

いずれにしろ今日は、採血のみで終了。しかし、バイオバンクに登録したり、いろんな説明を受けたりで、結局、終わった祖は11時をかなり過ぎていました。
娘に車で送ってもらったのですが、それでも疲れます。毎日、治療に来るとなるとやはり大変です。かといって入院は難しく、併設のホテル宿泊は経済的にも私には合わないでしょう。ちょっと気が重くなります。

この骨シンチ検査結果で、私のその後の生き方は変わってくるでしょう。
この1か月、骨への転移が起こらないように祈るばかりです。でも、もしかしたらすでに転移している可能性もゼロではない。まあ天に任せるしかありません。

とりあえずその結果がわかるまでは、これまで通り、体力を整え免疫を高めていくように努めたいと思います。「非常時なのだから、もっときちんと療養するように」と複数の友人から言われていますが、もう少し緊張感を持たなければいけません。

でも、実は、前立腺がんとは別に、昨日からちょっと別の意味での体調不振が起こっています。まさに1年前に突然入院になったときと同じように、胃腸あたりが苦しくてとてもいやな感じがするのです。

実は起こったのは昨日の朝ですが、昨日は予定が4件もあり、しかもその一つは遠方から相談に来るというので断るわけにもいかず、つらさをこらえて相談を受けました。次も予定通りでしたが、最後の用事はさすがにつらすぎて、事情を話してキャンセルさせてもらいました。私にも「非常時」があれば、友人知人にもそれぞれの「非常時」がある。そこが難しいところです。
今朝もすっきりしていなかったのですが、予約していたのでがん研究センターには行きましたが、どっと疲れが出てしまい、いささか心配です。
帰宅したら、また胃腸が痛くなってきた。困ったものです。
前立腺がんも問題ですが、その前にまずはもっと体調を整えないといけません。

私にとって大切なのは、「前立腺がん」ではなく、「善い人生」ですから。

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2023/12/12

■引きこもりとコロナ陰謀論をつなぐもの

この土日に、引きこもり関係のサロンとコロナ陰謀論関係のサロンを開催しました。全く別のテーマのサロンですが、話を聞いていて、そのつながりに改めて気づかされました。
まだ報告を書けていませんが、いずれもとても示唆に富むもので、この数日、話を思い出しながらいろいろと気づかされています。昨晩も夜中に目が覚めて思い出して考えていたら2時間近く眠られずにいて、今日は寝不足です。

2つのテーマがどうつながっているのか。
キーワードは「分断」です。
社会が分断されてきているとはよく言われることですが、その分断の深さは予想以上に深いような気がします。社会はいま「分岐」し始めているようにさえ思います。
経済格差による「分断」は修復可能ですが、おそらくいま始まっている「分断」は、もっと深く、再び合流できないような、深い深い分岐に向かいだすような気がします。

コロナ・ワクチンをどう捉えるかで、離婚したり家族崩壊したりという話も聞きますし、生き方の違いが引きこもり問題の根底にあるように思います。
生き方と考え方はつながっていますが、同じではない。
生き方が合わせられなければ、別の世界に生きるしかない。

湯島で話していても、最近は「考え方の違い」ではなく、「生き方の違い」を時々感じさせられます。ここでいう「生き方」はライフスタイルとか生活価値観という意味ではなく、生命観のようなものです。生き方が違うのであれば、コミュニケーションも成り立たない、「別の種」と言ってもいい。

いささか大げさですが、昨夜はそんなことを考えていたら眠れなかったのです。
今日は、サロンの報告が書けるといいのですが。

 

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2023/12/06

■WFCレポート5:プロジェクトは今日で終了

WFC(ワルサくんとのファーストコンタクト)プロジェクトは今日で終わります。

結果は「40日奇跡プロジェクト」以上の、見事な失敗です。
私自身は学ぶこと・気づくことが多かったのですが、所期の目的そのものの間違いにも気づかされたのです。目指していた成果はもちろん全く出ませんでした。

途中でちょっとわかったような気にもなったのですが、結局、がん細胞とは何なのか、わからなくなってきてしまったのです。
途中で唯識の本まで読んだのですが。
生物学に関連して、ソーシャル・ベースライン理論なるものにも出合ましたし、改めてユクスキュルの「環世界」やチョムスキーの「宇宙人の言語は地球人の言語とあまり変わらない」という話を思い出して、関連した本もざっとですが、読み直してみました(正確には見直してみたという程度ですが)。

結果的には、ますますわからなくなりました。
やはり癌は一筋縄ではいかないようです。

しかも今月に入り、腰の痛みが強まってきて、「不安」にも出合ってしまいました。
ある友人からは、もう放射線治療に入っているとメールが来ました。
それを読んで、私は何もやらずに4か月過ごしてしまった気がしてきました。

その友人は、いろいろと文献を調べて放射線治療を選んだそうです。
そしてたくさん読んだ本の中から、これが参考になると一冊を教えてくれました。
でも私自身は、そういう本を読むのがいたって苦手なのです。
相変わらず今も「前立腺がん」とは何かさえほとんど理解できていません。

治療に関しても、友人がいろいろと情報をくれますが、そうした情報に触れるたびに、自分の無知さと無関心さ、あるいはまったく調べようとする気のない怠惰さを反省するのですが、そうした性向は直り様もありません。
一度、病院に電話してみましたが、その応対ですっかり疲れてしまいました。
困ったものです。

いずれにしろ今日の午後、再度血液検査をし、PSA値を調べ、その後、主治医とこれからの方針を決める予定です。
前回は、主治医の意外な提案に動転してしまいましたが、今回はそうならないようにしなければいけません。

結果はどうなるか。
私の基礎体質や免疫は改善されていると思うので、PSA値は低下していると期待していますが、確信は持てません。
結果の判定は今日の夕方です。
今日はあまり天気がよくないので、私の元気もあまりありません。
いつもなら、賭けてみませんか?と言いたいところですが、そんな元気はない。
結果次第では、おろおろしてしまうかもしれません。
最近ちょっと弱気になっているのです。

「怖がらなくても良い」と言いに来てくれる宮沢賢治がいてほしいです。

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2023/12/01

■がん民間療法体験その後

50回にわたるがん民間療法体験報告の後、わけのわからないWFC報告になってしまい、ある人からその後、一体どうなったのか気になると問い合わせられてしまいました。
それでその後の報告を簡単に。

結局、まだ40日奇跡プロジェクト期間とほぼ同じ生活を続けています。
困ったものですが。

さまざまな民間療法はかなり緩やかにですが継続しています。
朝晩のヒートマットと水素吸入と座禅でのワルサくん(がん細胞)とのコミュニケーション行為は続けています。
水素風呂も1週間ほど休止しましたが復活しています。
高価なサプリメントはいまも採用していません。

標準医療ですが、重粒子治療は早くて4月以降というので申し込みを止めました。摘出手術はやめて、近くの癌研センターで陽子線治療を中心に考えようと思っていますが、まだ行っていません。126日の主治医との相談で決める予定です。

体調は全くと言っていいほど異常なしで、相変わらず病人だという自覚は皆無です。
むしろ民間療法のおかげで、基礎体温は36.4度に上昇。体重も安定しています。
一時期、骨への転移を不安がらせていた腰痛も弱まっています。

今も時々、心配して見舞いがてらやってくる人もいますが、私が元気そうなのでちょっとがっかり?してしまうほどです。

ワルサくんとの関係はとてもよくなって、最近は一緒にこの状況を変えようという関係になったと実感しています。今朝の座禅時には、ワルサくんからの声が聞こえたような気さえしました。

5日後の126日には主治医からの判定が下されると思います。
今度こそどういう結果であろうと転院を考えるつもりですが、民間医療はもちろん継続します。

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