カテゴリー「生き方の話」の記事

2017/11/12

■なんのために稼ぐのか

思うことあって、久しぶりにソローの「森の生活」を、時間の合間に少しずつ読み直しています。
最初に読んだのはもうかなり前ですが、その時はあんまり共感を覚えませんでした。
世間の評価が高かったためかもしれません。
その頃の私は、世間の評価が高い作品にはどこかで反発がありました。
今回もあまり共感を得られないまま読んでいますが、面白い気付きはあります。
たとえば、こんな記事が最初のほうに出てきます。

比較的自由なこの国においてさえ、たいていの人間は単なる無知と誤解のために、しないでもよい苦労やよけいな、取るに足りない生活の仕事に追いまくられて、その素晴らしい人生の果実を手にすることができない。

まるでいまの日本、そして私自身ことのような気がしますが、これは19世紀中ごろのアメリカです。

もっとハッとさせられるのは、次の文章です。
前に読んだ時にはまったく心に残らなかったのですが。

南部の奴隷主のもとで働くことはつらいことであるが、北部の奴隷主のもとで働くほうがさらによくない。しかし、最も悪いことは自らが奴隷の使用人となることだ。

この本が出版された10年後にアメリカでは南部に展開されていた黒人奴隷制度が廃止されます。
そして、いわば新しい北部型奴隷制がスタートしたとも言えるかもしれません。

「アメリカのデモクラシー」を書いたトクヴィルも、表現と意図はまったく違いますが、同じ事実を語っています。

その時々の状況によって、同じ本から得られる共感は違ってきます。
今朝読んだところも面白かったです。

一部の人間が物質的環境において未開人よりましな状態に置かれてきたことに正比例して、他の文明人が物質的の中には未開人以下に堕落していった人間がいるということは明らかであろう。

そしてソローはこう書いています。

ある人が私にこんなことを言っている。「どうしてお金を蓄(た)めないのかね。旅行がお好きだから、汽車に乗れば今日でもフィッチバーグ(コンコードの西にある町)に行って、その地方が見物できるでしょうに」。しかし私は賢いから汽車になど乗らない。私がすでに知っていたことは、最も迅速な旅行者というものは歩いて行く人だということだ。

そして具体的にその理由を書いています。
興味を持たれた方は、書店か図書館で、講談社学術文庫「森の生活」の77~78頁をお読みください。

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2017/11/05

■カフェサロン「重度知的障害のある人の一人暮らしとコミュニティ」報告

風雷社中代表の中村さんのサロンは、三連休のど真ん中にもかかわらずに10人を超える集まりになりました。
最初に、中村さんたちがやっている、シェアハウス&コミュニティスペース『Transit Yard』で自立生活をする重度の知的障害のある青年げんちゃんの映像記録を見せてもらいました。
自立生活支援の活動の映像かと思っていたら、そうではありませんでした。
さりげない生活風景をただ映し出しているものです。
しかし、すっかり見入ってしまいました。
そこからさまざまなものが伝わってきて、いろいろと考えさせられました。
障害とは何か、自立とはなに、支援するとはなにか、そしてコミュニティとはなにか。
同時に、屈託のない、げんちゃんの笑顔と周りの人のすごく自然な表情や態度と、げんちゃんのお母さんのとても素直な言葉が、強く残りました。
さりげない映像の持つメッセージ性の大きさに改めて気づかされました。

中村さんたちの取り組んでいる活動やスタイルにもとても共感しました。
タイトルに中村さんが「コミュニティ」という言葉を入れた意味もよくわかりました。
実はあまりに多くのものをもらったので、消化できずに、今回も報告を書くのが遅れてしまいました。
しかし、今回ほど、自分の生き方に重ねあわせて考えたことはありません。
そうした「気づき」を、うまく言葉として書けないのが残念ですが。

Transit Yardではさまざまな生活がシェアされています。
現在はげんちゃんとフォトジャーナリストの人が住んでいて、1階(3階建ての住宅です)では今回も参加してくれた石川さんがイベントスペースを展開していて、そこではさまざまな人の集まりやイベントが行われているそうです。
げんちゃんが暮らしているTransit Yardは、施設でもグループホームでもなく、げんちゃんにとっても、またそこに関わっている人たちにとっても、コミュニティ的な存在なのです。
そして、そこにはまさにげんちゃんのコミュニティがある。
コミュニティの仲間同士での、支え合いや助け合いがある。
もちろんトラブルもあるのだろうと思います。
しかし、強い絆に呪縛されるような、拘束的なコミュニティではなく、ゆるやかな開かれたコミュニティを感じました。
アソシエーションではなく、まさに、トランジット・コミュニティ!。

映像を紹介してくれた後、中村さんはたくさんのことを話してくれました。
なぜ、げんちゃんと関わるようになったのか、Transit Yardを始めたのか。
自立支援制度に関する話も出ましたし、Transit Yardへの世間の目の話もありました。
いろいろと話し合いもありましたが、今回、私は自分のことと重ねていろいろと考えてしまったこともあり、あんまり思い出せないのです。
すみません。

でも、私が質問させてもらったことは少し覚えています。
げんちゃんのおかげで、とても人間的なコミュニティが育っているのではないかという私の感想には中村さんはあんまりうなづいてはくれませんでしたが、でも、げんちゃんはまわりの人に喜びや幸せを与えているというような話をしてくれました。
また、この15年ほど、日本の福祉行政は劣化しているのではないかという私の意見に、中村さんは全体としての障害を取り巻く社会環境はよくなってきていると教えてくれました。
現場の人がそう思うのであれば間違いありません。
そして中村さんから、マイナス面だけに目をやらずに、むしろ良くなった点を活かしていく方がいいと諭されました。
その言葉に、私は自らの姿勢を大きく反省しました。

参加者のなかには、さまざまな立場や方法で同じような活動に取り組む人たちが多かったのですが、NPO法人ぱれっとで活動している人たちがいました。
ぱれっとでは、障がいを持つ人と持たない人が一緒に暮らす家「いこっと」を運営していますが、ぱれっとの人たちの話もとても示唆に富むものでした。
http://www.npo-palette.or.jp/index.html
いつか話をしてもらいたいと思いました。

こうした実例が広がってくれば、障がいということへの意識が勝っていくだろうと思います。
なによりも、障がいを持つ人の親の意識も変わっていくかもしれません。
もちろん障がいを持つ人自身も。

今回のサロンでは、福祉の本質が語られたような気がします。
もっと多くの人に聞いてもらいたい話でした。

風雷社中では、RANSIT YARDで、毎週のように、重度知的障害者自立生活の記録 【げんちゃんの記録①〜③】の上映会&茶話会を開催しています。
案内は、下記にありますので、ぜひ一度参加してみてください。
https://www.facebook.com/events/1993776757532963/

また、案内の時にも紹介しましたが、げんちゃんに関しては、新聞でも報じられたことがあります。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/genchan?utm_term=.dnJjjMYxzW#.yv0JJQwlrd
これもぜひ読んでみてください。

最後に中村さんは、いま取り組んでいる「知的障害者の自立生活についての声明」の話をしてくれました。
中村さんたちが目指しているのは、知的障害のある人たちが、自分が生まれ育った地域で安心した生活をしていけるような社会ですが、それは同時に、認知症になっても安心して生活できる社会につながっていくことを中村さんは気づかせてくれました。
こう考えると、「知的障害者の自立生活」とは、すべての人に無縁ではない話です。
これも今回、私が気付かせてもらったことの一つです。

「知的障害者の自立生活についての声明」もぜひお読みください。
https://jirituseikatu.jimdo.com/%E7%9F%A5%E7%9A%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87/%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87%E7%B4%A0%E6%A1%88/
この声明への関心を広げていきたいです。

いつものように偏った報告ですが、なにしろ最近のサロンは受け取る情報が濃密で大量なので、消化するのが大変です。
長い報告を読むのも大変だと思いますが、書くのもそれなりに大変なのです。
ぜひみなさん湯島のサロンで直接話し合いに参加してみてください。
私の報告など思いも及ばない気付きが得られると思います。

中村さんと石川さんはじめ、参加されたみなさんから、たくさんの宿題をもらったことに、感謝します。

Nakamura20171104


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2017/10/24

■時代に生きるのではなく、自分を生きたい

最近、英国のテレビドラマに興味を持っています。
最近面白かったのは「Unfogotten」です。

「Unfogotten」は、日本では英国クライムサスペンス「埋もれる殺意」としてテレビで放映されましたが、偶然に発見された遺体から、39年前や26年前の事件が掘り起こされていく話です。
http://www.wowow.co.jp/detail/111321
腕時計に残っていた職人のサインから被害者が特定されたり、26年間水没していたポケベルから交流のあった人たちの通話データが復元されたり、ともかく記録が社会システムとして残っていることがわかります。
時計職人が30年前の修理の記録を残しているという文化は、いまの日本では極めて限られたものになってしまっているでしょう。
なにしろ1年前の行政上の重要な記録さえ廃棄され復元が拒まれる社会なのです。
企業も同じです。
最近の大企業の醜態をみれば、もはや記録を残す文化はなくなってしまっているように思います。
消費型になってしまった日本社会では、もう30年前の事件を掘り起こすことなどできないでしょう。
歴史を大事にしない国(組織・都市)には未来がないような不安があります。
このドラマを見る限り、イギリスは違うようです。
長い時間軸で生きている英国社会の蓄積制というか、システム性というか、そういうことにも圧倒されます。
最近はどうなっているかはわかりませんが、このドラマの時代設定は現在です。

このドラマは、サスペンスとありますが、むしろ物悲しい人間ドラマです。
さまざまな人間の生活が時間軸も含めてていねいに描かれています。
だれもが過去を背負って生きている人間であることもさりげなく語られています。
主役の警部や警部補さえも、それぞれ家族にも自分にも、日常的な問題を抱えています。
人の哀しさや素晴らしさがじわじわと伝わってくるドラマです。
イギリスという国の文化やイギリス人の思考も伝わっていきます。
英国人の生きる時間軸も、いまの私たちとは違うようです。

第2シーズンの最終回のなかで、私の心に深く響いた言葉があります。
過去(26年前)のことを調べる警部に関係者がこう言って協力を拒もうとします。
「もう大昔の話じゃないか」
そこで警部(女性です)が語気を強めます。
「昔々って、もううんざりです。
でも昔と言って片づけられないんです。
そのような人間のせいで、被害者は今でも苦しんでいます。
彼らは死ぬまで癒えない傷を抱えるんです」

事件は、10代の時に性的暴行を受けた事件に絡んだ物語です。
26年前当時は社会の価値観が違っていたと、関係者は言います。
「時代は変わった、おれたちも変わった。今はああいう人間を見過ごすことはない」

警部は怒りを抑えてこう言います。
「そうだといいんですけど。でも10年前に見過ごした人も時代のせいにするんです。今の人たちが将来、同じ言い訳をしないことを願います」

Unfogottenとfogotten。
時代に生きるのではなく、自分を生きたいと、改めて思いました。

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2017/10/06

■見えないものを見ようとすることの大切さ

小説は、見えないものへの気づきを与えてくれます。
昨日、ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロさんの作品には、そういうメッセージを感ずることが多いです。
そこで描かれている未来やあるいは創作された世界、あるいはもう忘れられてしまった過去が、いま現実的に存在していることに気づかせてくれるのです。
フェイスブックには先日書きましたが、ブアレム・サンサルの『2084 世界の終わり』にもそれを感じました。

30年以上前に、「非情報化社会」という小論を書いたことがあります。
http://cws.c.ooco.jp/antiinfo.htm
当時は情報化社会の到来が盛んに言われた時代でしたが、私には逆に、時代が「非情報化」に向かっているように感じたのです。
創られた情報、つまりフェイクニュースが横行しだすだろうと思ったのです。
そうした「喧噪の時代」から「対話の時代」へと向かう可能性を感じたのも、その頃でした。
http://cws.c.ooco.jp/taiwa.htm

しかし、時代は逆方向に向かい、まさにポスト真実の時代が到来しました。
多くの人は「見たいもの」をますます見るようになり、「見たくないもの」への関心を捨てだしました。
社会を統治する人たちが「見せたいもの」を見せようとするのは仕方がないとしても、マスコミ、さらにはジャーナリストの多くさえもが、そうした動きに同調し、しかも「見せたい」ように「見える」状況づくりを加速してきています。
それに抗って、「見たいもの」を見ようとする運動もありますが、それも所詮は同じ土俵での抗いであって、自らもまた「見たいもの」しか見えなくなるという落とし穴に落ち込んでいることが少なくありません。
まさに相手と同じ過ちを犯しているとしか思えません。

どうしたら「見えないもの」や「見たくはないけれど存在するもの」が見えるようになるか。
それは簡単なことです。
「裸の王様」の寓話にあるように、子どもになればいいのです。
しかし、いささか悩ましいことがあります。

現実を見るためには、知識や言語が不可欠です。
言語があるから世界は理解できます。
知識があればあるほど、世界はよく見えてきます。
言語は事象を区別し可視化してくれますし、知識は見えるものに意味を与えてくれます。
しかし、その一方で、知識や言語は世界をせばめ、ゆがめる力も持っています。

一昨日のサロンで、発達障害が話題になりました。
発達障害という知識がなければ、そういう人たちの言動が理解できずに誤解してしまうかもしれません。
しかし、逆に発達障害という知識が、相手を型にはめてしまい、その人の生き生きした実体を見えなくしてしまうかもしれません。
北朝鮮やイスラムに対しても、同じことが言えるかもしれません。
私たちは、言葉や知識で、それらを理解しようとしますから、与えられた言葉や知識でしか、見ることができません。
知識や言葉は、世界を見えるようにする一方で、見え方を方向づけてしまうことで、事実とはずれていく恐れがあります。
知っていることが知らないことになるという、おかしなジレンマが起こってくるわけです。

親鸞が88歳の時に書いた和讃のなかに、「よしあしの文字をもしらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり」という言葉があるそうです。
善し悪しという文字で物事を判断しない人は、すべて、真実の心をもっているというのです。
知れば知るほどに「まことのこころ」を見失ってしまうと、自らの姿を戒め、慚愧した言葉と言われています。
人が獲得できる知識など、たかが知れています。
そんなわずかな知識で、わかったような気になってしまい、現実が見えなくなってしまう。
恥ずかしながら、私がたびたびおちいってしまうことです。

しかし、親鸞がそうであったように、素直に生きていると、少しずつですが、知識の向こうにある「見えないもの」が見えてくることがあります。
しかし、それはやはり、私が「見たいもの」でしかないのかもしれません。
なぜなら、どうも昨今の風潮は、私の考えとは真反対に動いているからです。
世間の多くの人たちと見える世界の風景が違うような気がしてなりません。
それが最近の私の生きづらさです。

「見えないけれど見えるもの」をブログで少しずつ書いていこうかと思い始めています。
元気があればですが。

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2017/10/05

■10月の「みんカフェ」の報告

フェイスブックの効果がでてきたのか、なんと初めての方も含めて20人を超えるサロンになりました。
テーマのない「ゆる~いカフェ」を予定していましたが、これだけ集まると、なかなかゆるくはなりません。
ゆるいどころか、「当事者」という言葉をめぐっての深い議論になりました。
途中から参加した人が、ゆる~いと思って来たのにゆるくないと笑いながら言ってくれましたが、まあ「何でもあり」という意味でのゆるさだと考えてもらえればと思います。
何が起こるかわからない。
そこにも湯島サロンの特徴があります。

最初に参加者に自己紹介をしてもらいましたが、ある人が「発達障害の当事者です」と話すのを聞いた初参加の人が、「当事者であることを自己表明するのはなぜか」という問いかけをしてくれました。
そこから「当事者」とは何か、さらには発達障害とは何か、などと話は広がり深まりました。
なにしろ20人を超す参加者なので、視点もいろいろで、刺激的でした。

実は今回は長年社会教育などに関わってきた人が複数参加されたので、その話を少ししてもらおうと思っていたのですが、発達障害や引きこもり体験者の方が多かったこともあって、そうした人たちの思いや体験が次々と出てきて、話題も自然とそちらに向かいました。
初めて参加したビジネスの世界にいる人にとっては、こんな集まりははじめてだったかもしれません。
翌朝、「私のあまり知らない世界のお話をお聞きして大いに考えさせられました」というメールをもらいましたが、同じ社会を生きていても、なかなか触れ合うことのないことはたくさんあります。
最近は、同質の人たちで集まりやすい傾向が強くなっているような気がしますが、湯島のサロンはできるだけさまざまな人たちが、しかし同じ立場で話しあい何かを分かち合えればと思っています。
さまざまな人と触れ合って自分の世界を広げていけば、差別とか障害などということの無意味さがわかってくるかもしれません。
あるいは、人は誰もが違うのだということがわかれば、そして違いには優劣などないということに気づけば、とても豊かな社会、豊かな生き方ができるようになると思います。
こういう場を広げていけば、もしかしたら60年後には誰もが住みやすい社会になっているかもしれません。
だから私は来世が楽しみなのです。

具体的な話をひとつ紹介します。
発達障害だという人が話してくれたことがとても示唆に富んでいます。
彼は子どもの頃、母親に「テレビをきって」と言われて、のこぎりで切ろうとしたという体験があるそうです。
あるいは電車のホームで「白線の内側で待ってください」というアナウンスを聞いて、20センチほどの白い白線の上で待つのだと思い、大変苦労したということもあったそうです。
いずれも冗談だろうと思われたそうですが、彼はまじめにそう考えたのです。
そうした事例がたくさんあるそうです。
同じ言葉でも受け止め方や解釈は実にさまざまです。
ここまで大きく解釈がずれているといつか間違いに気づくでしょう。
しかし、小さなずれはなかなかお互いに気づかない。
そして、そうした小さなずれはたぶんすべての人の間にあるはずです。
発達障害の人だけが、コミュニケーション不全にあるわけではありません。
改めてそのことを実感しました。

ちなみにこの話を聞いて、私はこうした話し手と受け手のずれの事例をたくさん集め、それを「辞書」にして出版したらどうだろうと考えました。
発達障害に限らずに、いろんな意味でコミュニケーション環境を改善できるかもしれません。
どなたか一緒にやりませんか。

ところで、「当事者」ですが、「当事者」表明をすることで誤解されないですむという「当事者」からの発言もありました。
逆に「当事者」を意識するとそれが逆に自分を縛って、ますます「当事者」らしくなる危険性もあるのではないかという話もありました。
私は、みんなそれぞれ自分の人生の当事者になって生きれば、つまり、社会や組織や常識に合わせるのではなく、もっと素直に自分の人生を生きることが、長い目で見れば生きやすさにつながっていくと思っています。
目先の生きやすさのために自分に嘘をついたり、自分を抑え込んでしまうと、いつかその反動がくるばかりか、社会そのものがおかしなものになっていくのではないかと考えているのです。
当事者という言葉を概念的に使った「当事者主権」とか「当事者主義」という概念もありますが、当事者はそれぞれ多様な存在であって、一括りにはできません。
ですから当事者主義とは、多様性を認め合うということでもあります。
そんな話も合ったような気がします。

いろんな話が出ましたが、いつものように極めて主観的な報告でした。
発言したりなかった人が多かったと思いますが、お許しください。
ゆる~いサロンどころか、たくさんの気づきをもらった、「濃いサロン」でした。

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2017/10/01

■カフェサロン「呼吸器の子・重い障害を生きる意味」の報告

15人のサロンになりました。
医療関係者の参加が少なかったのが残念でしたが、さまざまな話題が出て、たくさんの気づきをもらえたサロンでした。
松永さんは60枚にもわたるパワーポイントをつかって、在宅で人工呼吸器をつけている凌雅くんとその家族の生活ぶりを紹介してくれました。

物語の始まりは、凌雅くんのお母さんが発した「在宅人工呼吸器の今の生活が楽しい」という一言への松永さんのひっかかりからでした。
寝たきりの最重症、介護疲れ、不自由不便、自宅での孤立… なぜ「楽しい」と言えるのか?
それが松永さんの疑問だったそうです。
そうして、凌雅くん一家との交流が始まり、松永さんは自分の思い込みの間違いに気づいていくのです。
今回のサロンに参加した人も、松永さんのお話を聞いて、たぶん納得、というよりも、共感できたのではないかと思います。

凌雅くんは生後5か月の時に、ゴーシェ病と診断されました。
患者数は日本で10~20人しかいないという病気で、余命は2歳までと言われていました。
それを知った時、凌雅くんのお母さんは、「障害児として生きるのであれば、受け入れることができるが、短命ということには耐えられない」と思ったそうです。
そして、「何のために生まれてきたのか? 早く死ぬために生まれてきたのか? 残りの命はあと1年しかない。生きる意味は何なのか?」と、地獄の底に落ちた心境だったと言います。

凌雅くんは、1歳半の時に自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器を装着することになりました。
そこで家族は選択を迫られます。
一生を病院で過ごすか、それとも自宅で呼吸器をつけて暮らすか。
家族は迷うことなく後者を選択します。
病院は病人を治療する場所。これから生きていくには、その場所が病院でいいはずがないと考えたのです。

そこから家族の生き方が変わっていきます。
凌雅くんの世界も大きく広がっていきます。
そしてまわりのたくさんの人たちに喜びや幸せを広げていくのです。
その話は、ぜひ松永さんの書いた「呼吸器の子」(現代書館)をお読みください。
とてもここでは紹介しきれませんし、正確に伝えられる自信もありません。
凌雅くんはいま中学校に通っています。

最後に松永さんは、「私が学んだこと」と言って3つのことを話してくれました。
3つ目だけを紹介します。
不自由なこと、不幸なことはイコールではない。
なぜならば、人間とは、人間とは何かをつねに決定する存在だ。

パワーポイントの最後は、凌雅くん一家がアクアパーク品川に行った時の写真でした。
両親と凌雅くんの姉、みんなとても幸せそうな笑顔でした。
この笑顔を見れば、今の生活が楽しいというお母さんの言葉に納得できるでしょう。
私は、こんなに素晴らしい笑顔の家族はそう多くないかもしれないとさえ思いました。
同時に、この家族を幸せにしているのは、まさに凌雅くんだと確信しました。
長年、身近で接してきた松永さんは、そのことをもっと強く実感しているでしょう。

松永さんは、凌雅くんの看護師の言葉を紹介してくれました。
「苦しみの中にちょっとした楽しさや前向きの気持ちを見つけて、それにすがって生きていかざるを得ない。楽しさを見つけてキャッチする、障害児の母はそういう能力を自ら開発している」。
とても考えさせられる言葉だと思います。
私たちが忘れてしまっていることかもしれません。

話し合いは、いつものようにさまざまな話題が出ました。

凌雅くんは他者とどういうコミュニケーションをしているだろうかという話から、凌雅くんの生活を支えるためのいろいろな人たちを元気にし、言語ではないコミュニケーションをしているという話が出ました。
松永さんは、みんなも凌雅くんに支えられているとも話してくれました。
まさにケアの本質がそこにあります。

凌雅くん家族は、余命2歳の「医療界の常識」を否定しましたが、そうした事実によって、その後、障害児医療はどう変わったのでしょうか。
医師たちの考え方は変わったのでしょうか。
残念ながら大きく変わった事実はないようでした。
たぶん凌雅くん家族のことを知っているかどうかで、医師の考え方は変わるのではないか。
だからこそ、松永さんは本書を医療関係者に読んでほしいと思っているのです。
医療関係者だけではありません。
凌雅くん家族の幸せは社会を変えていく大きな力を持っているように思います。
医療を変えるのは、医療関係者だけではありません。
一番の当事者である患者、つまり私たち生活者もまた、医療を変えていく存在なのです。
それに、障害者のとらえ方も変わってくるでしょう。
そうした話から、医療のあり方や医師教育のあり方にも話は広がりました。

ちなみに、なぜ凌雅くんは余命2年の常識を変えられたのか。
ここに私は医療の本質が示唆されているように思います。
いつか、そんなテーマのサロンを企画したいです。

出生前診断の話も出ました。
これに関しては賛否ありますが、それを考えるうえでも凌雅くん家族の話は大きなヒントになるでしょう。

凌雅くん家族はすごいのかという話も出ました。
たしかにそうかもしれませんし、恵まれていたのかもしれません。
でも、そうしたくても、そうできなかった家族はどう思うでしょうか。
松永さんは、本の中ではそうしたことに関してとても誠実に心配りしていますが、だれもが凌雅くん家族のようにできるわけでも、なるわけでもありません。
でも大切なのは、どんな場合にも、それには十分の意味があると思うことかもしれません。

電車の中などで、障害者を見てしまうことも話題になりました。
その時に、「可哀そう」だと思うことの意味も話題になりました。
凌雅くんの父親は、「見られるのは当たり前。だって呼吸器を付けているのだから。これも人生」と言っているそうです。
実に自然体で、誠実に生きていることが伝わってきます。

障害児の自立についての父親の考えはとても共感できます。
「児童が好きなものを見つけていく。好きなものが見つかれば、仲間ができる。仲間が増えれば、その児童は幸福になれる。夢・目標に向かっていく姿勢を自立と呼びたい」。
私も、はっと気づかされた言葉です。

医療費は限られているのだから、重度障害児治療よりも、もっと大勢の子どもたちのための治療に向けたほうがいいのではないかという発想から、重度障害児治療に消極的な人も多いそうです。
これは大きな、そして実に悩ましい問題です。
それに関して、「海外での心臓移植治療のための巨額な費用の募金活動の呼びかけを受けた時に、ほかの同じような子供のことを考えると募金すべきかどうか迷ってしまった」という発言がありました。
つながっている話だと思いますが、書き出すときりがないので、今回はそうした話も出たことだけを報告しておきます。
いろんな視点に気づかされるのが、湯島のサロンの魅力なのです。

身体的ではないが、精神的な障害で、今日、このサロンに来るのもやっとだったという参加者の発言もありました。
彼女も、凌雅くんからたくさんの気付きをもらったようです。
精神障害は身体障害と違って、外からは見えにくいこともありますが、だからこそ大変な面もあります。
今回、松永さんのお話を聞いていて、私は改めて、障害観に関する大きな示唆をもらった気がします。

生きるとは何か、幸せとは何かを、考えさせられるサロンでした。
いろんな気付きがあって、この報告がなかなか書けず、夜になってようやく書く気力が出てきたため、遅くなってしまいました。
長くなったのですが、書き足りない報告になっています。

サロンの映像記録を近藤さんに撮ってもらいましたので、もしかしたら公開させてもらえるかもしれません。
その場合は、またご案内しますが、ぜひ松永さんの著書「呼吸器の子」(現代書館)を読んでもらえればうれしいです。
松永さんは特に医療関係者に読んでほしいと言っていますが、すべての人に読んでほしい本です。
松永さんはその本の最後に、「本書は、私たちの中に潜む差別思想に対するカウンターブローにしたい」と書いていますが、間違いなくそうなるでしょう。
だからこそたくさんの人に読んでほしいのです。
残念ながら本書はまだ重版に至っていません。
ぜひみんなで購入して重版に持っていきたいです。
社会をもっと住みやすくしていくためにも。

なお、「呼吸器の子」は、私のサイトに少しだけ紹介しています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#170709

Matsunaga1709


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■私は共和主義者です

私は共和主義者です。
最近の政治状況を見て、目指すべきは共和制だとますます考え出しています。

それに関して、最近、自分の考えを確信させてもらった本があります。
内田樹さんと姜尚中さんの対談「アジア辺境論」(集英社新書)です。
そこで内田さんが「民主か独裁か」のスローガンはカテゴリーミステークだと話しています。
つまり民主制と独裁制は親和性が高いというのです。
同書の44ページです。
そして内田さんも「共和制」の話をしています。

独裁者たちの饗宴がますます広がりだしています。
民主党が解党するのは、民進党に改組された時から期待していましたが、残念ながら解党ではなく企業のM&Aさながらの大安売りになったのには驚きました。
政治も今や市場化されてしまっています。
松下政経塾が始まった時の感じていた懸念は、その後、現実のものになってきています。

しかし、前原さんがこれほどの独裁者だと思ってもいませんでした。
その政治政策の考え方には、賛成しがたいものがありましたが、生活への誠実さを感じていました。
いやそれ以上に、もう少し賢明だと思っていました。
目的のために手段を選ばないのは、自らの目的を否定することです。

異論が出てこない自民党を批判していた民進党も、自分たちもまた異論を出せない状況になっていたのにも驚きました。
昨日になって、辻本さんが私は希望の党へは行かないと明言しましたが、いまとなっては遅いでしょう。
なぜ異議申し立てをしなかったのか。
残念です。

「アジア辺境論」で内田さんは、「国会議員の質の劣化というのは、これは明らかに意図的に作られた状況ですよね」(75頁)と話していますが、みんなすでに部品になってしまい、人間であることを捨てています。
安保法制に強烈に反対していた若者議員が、安保法制支持に回っている姿を見るとなんだか悲しくなりますが、原発推進派(核武装のための原発は不可欠です)の小池さんが「脱原発」を標榜したりしているのですから、政治家の言葉はもはや営業トークでしかありません。
独裁者の信念は「私が法」ということなので、原理原則などないのかもしれません。
そして、独裁者のまわりには阿諛追従族が集まるのでしょう。
これも内田さんがわかりやすく話してくれています。

簡単に読める本ですので、22日の投票日までには第1章だけでも読んでもらえるとうれしいです。

ちなみに政局に関しては、山本太郎さんのような若者が出てきて、生活寄りの政治を打ち出せば、日本は変わっていくのでしょうが、マスコミに洗脳され過ぎた国民は、希望の党に投票し、日本はますますの右傾化を進めるでしょう。

韓国とどうしてこんなに違うのか。
何が欠けていたのでしょうか。

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2017/09/25

■「亜由未が教えてくれたこと 障害者の妹を撮る」


昨夜のNHKスペシャルで「亜由未が教えてくれたこと 障害者の妹を撮る」というドキュメントが放映されました。
NHKの26歳のディレクター(坂川裕野さん)が、自分の妹を1か月介助して感じたことを映像で見せてくれました。
「障害者は不幸をつくるだけ」という、あの忌まわしい相模原市の事件を起こした青年の発言への、一つの回答です。
坂川さん自身はもちろんですが、家族みんなが実に素直に、その思いを見せてくれました。

障害者をテーマにした番組は、その多くがどこか肩に力が入っている気がして、見ていて疲れることも多いのですが、この番組はとても素直に、そしてとても共感を持ってみることができたばかりでなく、押しつけの姿勢が全くなかったので、素直に反応しながら、いろいろと思いを広げることができました。

再放送があります。
9月27日午前0時10分から、つまり26日の深夜の放映です。
簡単な番組紹介は下記にあります。
ぜひ多くの人に見ていただきたいです。
いつか坂川さんに会いたいです。
http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2017-09-24&ch=21&eid=09352&f=46

という内容をフェイスブックに書きこみました。
そうしたらなんと友人から、こんなコメントが来ました。

亜由未ちゃんのお母さんが、わたしの大学時代の同級生で!!、仲良くしていたのですが、30年近く前に連絡が途絶えていて、もう会えないのかと思っていました。昨夜テレビを見ていた西川さんから連絡が入り、めでたくつながることができました。深夜までおしゃべりしていました。^^ お母さん、ぜひ呼んでください。めっちゃパワフル&楽しい方です!!

そして、「あゆちゃんち」というFBページをおしえてもらいました。
さらにそこに書きこまれた亜由未ちゃんのお母さんのコメントを教えてくれました。
ぜひ読んでみてください。
これだけでも多くの人に読んでほしいです。
https://www.facebook.com/ayuchanchi/photos/a.489864241116030.1073741829.488057837963337/1039002972868818/?type=3&theater


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2017/09/05

■大衆の時代の憂鬱

先月、久しぶりにオルテガの「大衆の反逆」を読み直しました。
前にも2回ほど読んでいますが、今回が一番共感できました。
私もだいぶ保守的になってきたのかもしれません。

オルテガの大衆観をいくつか書き出してみます。

大衆とは、自分に対して特別の要求を持たない人々、生きるということが現在の自分の姿の繰り返し以外のなにものでもなく、自己完成への努力を自ら進んではしようとしない人々のことである。

大衆とは、善い意味でも悪い意味でも自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は「すべての人」と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずること喜びを見出しているすべての人のことである。

大衆人は他の人々が建設し蓄積してきたもの否定しながら、いまだにその自分が否定しているものによって生きている。

なんだか自画像とも重なってくるような気がして、心が滅入ります。
以前読んだ時には、かなりの反発もあって、自分はオルテガが言うところの「大衆」ではないと勝手に思っていたものです。
しかし、まあ今にして思えば、典型的な大衆人です。

オルテガを引き合いに出すまでもなく、近代は大衆が豊かになった時代です。
しかし、大衆の豊かさは、政治の自己中心化を進め、短期志向を生み出します。
それはまた、経済優先から金銭重視へと生活を変質させてきました。
豊かさの概念が、そこでは大きく変質していますが、みんなどこかで少しは気にしているものの、その流れから抜け出そうとはしません。
お金がないからできない、理想はともかくお金がなければ生きていけない、とみんな言います。
パンよりもバラだろうという人はめったにいません。
しかし、パンだけの人生に何の意味があるのか。
ウィリアム・モリスは、「わたしたちはパンだけでなく、バラも求めよう。生きることはバラで飾られねばならない」と言いましたが、バラでなくとも、野の花でもいい。
それに野の花は独占しなくてもいいのです。
気をつければ、まわりに見えてくる。

オルテガの「自分が否定しているものによって生きている」という指摘にも身が縮みます。
原発を否定しながら、電力の恩恵を手放せてはいません。
安倍政権には批判的ですが、その恩恵も受けています。

大衆の時代は、いかにも憂鬱です。
オルテガなど読まなければよかったと後悔しています。
困ったものですが。

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2017/09/02

■カフェサロン「食はしあわせのたね」報告

「食」を切り口に、「人がつながるしあわせ」をテーマにした高石さんのサロンは、気づかされることがとても多かったです。
福祉の原点を問い直される気がしました。
食は生きることの基本ですが、文化の起点でもあります。
たくさんの人に聞いてほしいお話がたくさんありました。

高石さんは、学校の先生を辞めて、「ゆいの家」という活動に取り組まれだしたのですが、先生時代に体験した「食の大切さ」の話から、いま取り組んでいる活動まで、具体的な事例も交えてとてもわかりやすく話してくれました。
現在は、「食」からしあわせの種まきをするために「食からの未病学」を立ち上げて、料理教室や講演活動などをされていますが、未病のための陰陽講座のさわりの話もしてくださいました。

高石さんは、食のあり方次第で、生活や言動が変わってくること、食を通じて人の関係が変わり、まさに食は「幸せ」につながっていることを、たくさん体験されています。
「食」は単に栄養補給だけではなく、もっと大きな意味をもっています。
しかし、昨今の状況は、そうした「食」のもつ豊かな意味が軽視されているのではないかと高石さんは言います。
運動会での給食の話や、子どもたちが自分たちで食事をつくるという学校の活動の話なども出ましたが、お聞きしていて、食を通して、学校での「いじめ」や不登校などの問題も、あるいは先生たちの悩みの多くも、解決できるのではないかと思いました。

学校に限りません。
家庭においても職場においても同じことかもしれません。
一緒に食事をすることの意味はとても大きいですが、最近は「孤食」も増えてきています。
とてももったいない話だと思います。
せっかくの「食」の役割を、活かせていない社会になってきているのではないか。
「食」を通じて、社会の実相が高石さんには見えているのでしょう。

高石さんは食の意味を3つあげました。
「料理も食もほんらいとても楽しいこと」
「食は自分にとっての最高の主治医であること」
「食を通して人は豊かにつながれること」
お話を聞いていて、とても共感しました。

福祉分野で活動している参加者の方たちも、食の効用を話してくれました。
企業に関わっている人は、食を通じてコミュニケーションが豊かになった事例を話してくれました。
食の効用はたくさんあります。
ただ「食べるだけの食」にしておくのはもったいない。
時間の都合で遅れてきて参加してくださったのがマクロビオティックに取り組んでいるおふたりです。
一度、湯島でもサロンをしてもらったことがありますが、いよいよ京都で活動を開始するそうです。
今回は、たまたま東京に来ていた青森の薬剤師の方も参加してくださいましたが、サロンの始まる前に聞いた「薬剤師」のお仕事のお話はとても共感できるものがありました。
薬も食と深くつながっていますが、薬剤師の人にもぜひサロンをやってほしくなりました。
どなたかやってくれませんか。

高石さんのメッセージは、高石さんのブログでも読み取れます。
http://www.at-ml.jp/70023/%E3%80%8C%E9%A3%9F%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%9C%AA%E7%97%85%E5%AD%A6%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF/
ご関心のある方はお読みください。

ゆっくりしたサロンでしたが、考えさせられることが多く、私自身少し食のあり方が変わりそうです。
Takaishi20170902


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