カテゴリー「生き方の話」の記事

2017/03/21

■企業サロン「働き方を考える」の報告

第2回企業サロンは、組織と働きがい研究所代表の斎藤智文さんに問題提起してもらい、「いまのような働き方・働かせ方でいいのだろうか」を話し合いました。
大企業の管理者の立場にある人、保健師や産業カウンセラーとして企業に関わっている人、大学でモチベーションや労働心理学を研究している人、経済団体でそうした問題にも広く関わってきた人、子どもの育児のために会社を辞めて主夫行をやったことのある人など、さまざまな立場の人が参加しました。
多彩のメンバーなので、話し合いは、かなり広がりました。

斎藤さんは、日本に“Great Place to Work”調査を取り入れた人ですが、組織と働きがいの研究や実践支援をライフワークにしています。
案内にも書きましたが、「社会全体の働き方に関する価値観」も変えていかなければいけないというのが、斎藤さんの思いです。
私もこれまでいろんな意味で、たくさんの示唆をいただいている人です。

まず、斎藤さんの考えていることや日本での働き方に関する動きの推移などをはなしてもらい、そこから話し合いになりました。
斎藤さんは、話し合いのきっかけとして、長時間労働や競争に参加するための働き方の変化、さらには労働の質の変化などの話題を出してくれました。
そこからいろんな話し合いが広がりましたが、もしかしたら最近の「働き方改革」が労働時間の問題を中心に語られているところにこそ、本質的な問題があるのではないかという議論がありました。
また、働き方改革は、消費者や生活者の生き方にも、つながっているという指摘もありました。
斎藤さんも、働き方は生き方の問題でもあると考えていますが、これは今回参加者のみなさんに共通していることでした。

斎藤さんはまた、「生産性を高めること」が働く人にとって苦痛であることが大きな課題ではないかと指摘しました。
私もそう思います。そもそも生産性向上とは何なのか。
そこで私は、その言葉の対語を考えることが大切ではないかと思いました。
あるいは、誰にとっての生産成果を考えることが必要ではないか。
湯島のサロンでも一度問題になったことがありますが、工業の視点からの生産性と日本の伝統的な農業の視点からの生産性は、たぶん違います。
ちなみに、私は「生産性向上」の対語は「人間性(生活)向上」だと思っています。

大企業の方が、自分の職場で取り組んだ、実践的な話をしてくれました。
組織に合わせる仕事の割り振りではなく、社員に合わせた仕事の組み替えによって、経営にとっての生産性と個々の社員にとっての生活のしやすさが両立し、双方にとってのウィンウィン関係が実現したという話です。
働き方と働かせ方が、あいまって双方に好ましい結果を生み出したわけです。
もっともこの話には後日談があるのですが、そこに大きなヒントがあるのではないかという話も広がりました。

他にもいろんな話が出ましたが、私にはとても刺激的なサロンになりました。
大企業の経営管理職の人の参加が少ないのが、とても残念ですが、引き続き継続したいと思います。
できれば次回は、世界に広がりだしている、話題のBコーポレーションの認定を受けた会社の社長に話題提供してもらおうと思います。
そういうテーマだと大企業の人も参加しやすいでしょうから。
彼が引き受けてくれれば、の話ですが。
いずれにしろ日本の企業経営は、私の目から見ると時代の流れに逆行しているように思えてなりません。

ところで、斎藤さんのレジメの中に、こんなことが書かれていました。
「変化を拒絶するので、よい習慣が身に付かない」
「いつも通りを維持したがるので、悪い習慣が止められない」
ここに問題の本質があるような気がしました。

そこで最後にこんな提案をさせてもらいました。
アメリカでは30年程前、ロバート・ベラーを中心としたグループが、社会的な活動をしているさまざまな人たちにインタビュー調査をし、それを踏まえて、極めてライブな「心の習慣」「善い社会」をまとめました。
それをモデルに、日本でもその種の調査があり文献も出ています。
いまもその種の取り組みはあり、私も一昨年、インタビューを受けたのですが、同じような手法をベースに「日本人の働き方」をテーマに、社会調査をするプロジェクトを起こせないかという提案です。
斎藤さんには事前に少しお話をしていて、興味を持ってもらっていましたが、その提案をしたら、早速、数名の方が一緒にやりたいと言ってくれました。
できれば一度、そうしたことを考えるチームも発足させられればと思っています。
企業サロンから生まれたサブプロジェクトですが、関心のある方はご連絡ください。


Saitousalon


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2017/03/11

■煙石博さんの冤罪が晴れました

これまで何回か書いてきた、広島の煙石さんという元アナウンサーの方の訴訟の最高裁の判決がでました。
煙石さんは、66000円の窃盗の容疑で訴えられ、物証もなく、状況を知る限り、冤罪としか思えないのですが、有罪判決を受けてしまっていたのです。
昨日の最高裁の判決で無罪となり、冤罪が晴れました。
他人事ながら、うれしいことです。

この事件を知ったのは、広島の友人のおかげです。
広島の事件なので、最高裁に行くまでは関東圏では報道されることもなかったのですが、内容を知って驚きました。
警察の取り組み姿勢も含めて、まだこういうことが起こっているのだという、驚愕です。
私が中学生の時見た、八海事件を扱った映画「真昼の暗黒」を思い出しました。

冤罪を成り立たせているのは、司法制度にも問題がありますが、世間の関心の低さが、それを支えている面も否定できません。
多くの人がいまなお、司法の判断や警察の判断は正しいという前提で考えますから、自分ではきちんと考えようとしない傾向があります。
ですからいくら当事者が、あるいはその家族や友人たちが「冤罪」だと騒いでも、世間はなかなか耳をかしてはくれません。
それに、他人のそうした事件には関わりたくないという思いも、みんなどこかにあります。
ですから、冤罪はなくならないのでしょう。
そういう意味で、私にもまた責任があるわけです。

そういう思いもあって、このブログやフェイスブックなどに書きこんで、この事件の存在を私なりに広げてきました。
ですから、今回の無罪判決はとてもうれしいです。

実は昨日、このブログへのアクセスが急増しました。
その理由は、この判決でした。
話題になるとネット検索が増えて、私のブログにまでアクセスが増えるのです。
しかし、これも正直、ちょっと不安感もあります。
話題にならない限り、誰も関心を持たない。
話題になると過剰な関心を持つ。
それは結局同じことなのかもしれません。

マスコミの姿勢にも大きな違和感があります。
報道しても誰からも責められない事件を見つけると、最近の森友学園の事件のように過剰に報道する傾向が高まっています。
標的にされてしまうと、もう逃げようがないくらい執拗に追いこまれます。
世間もそれに同調して、そこに関心を集中してしまう。
その一方で、社会のさまざまなところで起こっている「小さな事件」は世間の目を逃れてしまう。
森友学園にまつわる事柄は、誰でもが「おかしい」と思うことですから、ただ罰して事態を質せばいいだけの話です。
ただただ詐欺罪として、あるいは官僚の背任事件として処理すればいいだけの話です。
ほんとうに恐ろしいのは、煙石事件のような話です。
私もそうですが、みんな最近は忙しすぎて、社会で起こっているおかしなことになかなか気づかないことが多い。
私は、そこに恐ろしさを感じます。

ちなみに、森友学園に関して言えば、マスコミは森友学園の見方であるような感じを私は受けています。
それに関しては、また別に書きたいです。

煙石さんの体験から、私たちは大きなものを学ばせてもらいました。
学んだことは、私も実行していこうと思います。

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2017/02/26

■コムケアサロン「豊かな高齢期をいきることの素晴らしさ」報告

昨年から始まった「看取り文化シリーズ」の第2回目は、小田原福祉会の潤生園の時田佳代子さんの話題提供をお願いしました。
申込者が20名を超すことになってしまい、会場を変えようかと思ったほどでしたが、何とか湯島で開催することができました。
関心の高さを知り、正直少しホッとしました。
葬儀不要論が広がる最近の風潮には大きな懸念を持っています。


時田さんは、小田原での長年の取り組みについて紹介してくれました。
潤生園では、「医療の死」とは違う「福祉の死」に長年取り組んできています。
医療や行政の「常識」にとらわれることなく、しかし、しっかりとした取り組みで、生きること、死ぬことに誠実に取り組んできているのです。
生活に立脚すれば、ある意味では当然のことながら、24時間365日、在宅での生活ケアが基本になりますし、生きるための基本は食になります。
医療技術の活用の仕方も変われば、食事のあり方も変わってくる。
しかも、それをきちんとデータを取りながら進めているのです。


時田さんの話は録音しておけばよかったのですが、あまりに引き込まれてしまい、記録も何もとりませんでした。
しかし多くの人たちに聞いてほしいと思いましたので、いつかまた講演会のようなものを開きたいと思います。
参加者のみなさんも、いろいろと思うことがあったと思います。
小田原に転居できるものなら転居したいと思った人もいるでしょう。

潤生園の取り組みや理念はホームページをご覧ください。
http://junseien.jp/corporate/
ホームページに書かれている次の文章に、潤生園の姿勢が感じられます。

潤生園が提供する「みんなの家」は、24時間365日地域での暮らしを丸ごとサポートいたします。「介護の安心」はもとより、「医療の安心」や「生活の安心」もおまかせ下さい。「みんなの家」は施設を利用される方だけでなく、地域で暮らす方々にとっても「安心」を提供したいと考えています。お困りのことがあれば「みんなの家」をお訪ね下さい。地域の方々の暮らしの拠り所として、みなさまのお役に立ちたいと考えています。

この文章だけだと、よくあるビジネスメッセージにしか聞こえないかもしれませんが、時田さんの話を直接聞けば、たぶん真意が伝わってきます。
ちなみに、潤生園の職員は「潤生園の原点」という小冊子をそれぞれが持っているようです。
昨日、時田さんから私も1冊もらいました。
潤生園を創設するに当たって、時田純さん(時田さんのお父上)は、戦中戦後の自らの体験を踏まえて、理念を掲げました。

人は人として存在するだけで尊い。真の福祉は、人のいのちの尊さを知り、個人の人格を心から敬愛するところからはじまる。
この理念を核に活動を展開しているのです。


昨日のサロンの内容報告にはなっていませんね。
すみません。
しかしたくさんの、しかもさまざまな立場の人が参加してくださったおかげで、話し合いからもたくさんの気付きをもらいました。
潤生園が目指していることは、これからの社会や福祉のあり方を考える大きなヒントが含まれています。
最近の福祉政策は方向を間違えていると感じている私にとっては、大きな元気をもらえるサロンになりました。
だれもが安心して暮らせる社会に向けて、個人でもできることはたくさんある。
改めてそのことにも気づかせてもらいました。


時田さんはじめ、参加して下さったみなさんに感謝しています。


長くなりますが、もう一つ感じたことを書きます。
時田さんの話の誘発されるように、両親を見送った時の自分の体験を話してくれた人が何人かいます。
看取りを語り合う、さらには伝え合うサロンがあるといいなと思いました。
考えたいと思います。
Tokita1


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2017/02/06

■子どもたちにとって、一番大切なのは何なのか

今年4月入所を目指した認可保育所の選考結果通知が全国で2月から本格化し、落選ラッシュで親たちが悲鳴を上げている。ソーシャルメディア上には「このままでは共倒れ」「ショック過ぎる」と悲痛な声が全国から寄せられている。昨年、認可保育所を落選した母親が「保育園落ちた。日本死ね!」とブログに書いて注目されて間もなく1年。親たちの声を集める動きは今年も始まっており、怒りは大きなうねりとなりそうだ。

これは昨日の毎日新聞の記事です。
「保育園落ちた。日本死ね!」に関しては、以前も書いたことがありますが、こうした状況で育っていく子どもたちの行く末が、心配です。
念のために言えば、私は「保育園が不足している」という状況を憂いているのではありません。
むしろ、こうした声を上げる親の元で、そしてこうした声が運動にまでなってしまうような社会で、子どもたちが育てられていく、あるいは育っていく状況が気になるのです。
そもそも保育の問題を保育園待機児童の数の問題にしてしまう社会にも疑問を感じます。
そこに私たちの生き方の本質が象徴されているように思うのです。
私には、問題の捉え方が間違っているとしか思えないのです。

東京都の三鷹市では、子どもを認可保育園に入れられなかったのは自治体が責務を果たしていないためだとして、市に対して、無認可の保育施設にかかった費用の一部60万円の賠償を求める訴訟を起こした両親もいます。
「保育園落ちた。日本死ね!」の発想からは、当然出てくる行動です。
私にはとても理解しがたい話ですが、そうした親に育てられた子どもたちがどうなっていくのか気になります。

こう書いていくと、保育の大変さは親でないとわからないと言われそうです。
いま娘が孫を育てていますが、その大変さは見ていてわかります。
しかし、だからといって、その大変さを解決する方策は、認可保育園に依存するだけではないはずです。
保育園がなかった時代もありました。
こういうと、さらに2つの指摘が来そうです。
いまは家族形態も変わったし、近隣社会の状況も変わってきた、と。
つまり共稼ぎも増えたし、家族構成のも三世代ではなくなった。
それに近隣の付き合いも疎遠になって、地域コミュニティもなくなった。
たしかにそうかもしれません。
しかし、だとしたら、なぜそうした家族や親子や地域社会の変化を問題にしないのか。
なぜ子育て時期にまで共稼ぎをする生き方を選ばなければいけないのか。
そういう時代の流れに問題はないのか。

3歳児神話は今ではまさに「神話」になってしまった感があります。
私は20年ほど前に、保育のあり方を考えて、新しい保育システムを提案する活動に取り組んだことがあります。
その時の問題意識は、保育という切り口から私たちの生き方や社会のあり方を問い直そうということでした。
つまり、「子どもを育てる」のではなく「子どもが(社会)を育てる」という発想です。
私たちは、子どもたちから学ぶことがたくさんあると感じていたからです。
その時にも、委員のみなさんからは3歳児神話は否定されていたように思いますが、私は3歳児神話、つまり3歳頃までは両親が、あるいは親密な人間関係の中で育てることの意味を否定できませんでした。
もちろん現実はそれが難しいわけですが、もしそうならなぜ問題を逆転させて、3歳児までは両親が中心になって育てられる仕組みを育てていかないのかが私の疑問です。
子供は社会が育てるというのと保育園で育てるというのとは全く別の話です。

ヴェトナム出身の禅僧、ティク・ナット・ハンはこう書いています。

みずからが幸せで平和でないならば、愛する人たちや、同じ屋根の下に住む人たちとさえ、平和と幸せを分かちあうことができません。 平和で幸せであるならば、私たちは微笑し、花のように咲き開くことができます。 家族全員、社会全体が、私たちの平和の恩恵を受けます。

子どもたちにとって、一番大切なのは、何なのか。
大人たちにとって、一番大切なのは何なのか。
「保育園落ちた。日本死ね!」という言葉には、幸せも平和も感じられません。
親の心が荒れていたら、子どもたちにも微笑みは消えていきかねません。

ティク・ナット・ハンは、こうも書いています。

人生は苦しみに満ちています。 しかし、人生にはまた、青い空、太陽の光、赤ん坊の目といった、素晴らしいことがいっぱいあります。

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2017/01/29

■2つのエピソード

塩野七生さんの「ギリシア人の物語Ⅱ」がやっと発売されました。
毎年年末の恒例行事が、塩野さんの本を読むことですが、今年は年初発売になり、今朝届いたので、読みだしました。
読み終えたかったのですが、いろいろあって、残念ながらまだ第1部しか読めていません。
しかし、その第1部の最後にあるペリクレスのエピソードは、とても示唆に富んでいます。
簡単に紹介するとこんな話です。

ある時、公務中のペリクレスに付きまとって、口汚く非難を浴びせつづける市民がいた。彼は、夜遅くになって公務が終わって、灯りで道を照らす召使を一人連れているだけのペリクレスに向って、批判・非難・中傷の数々を浴びせつづけた。家に帰り着いたペリクレスは初めて口を開いた。それは、男に向けられたのではなく、召使に命じた言葉だった。「その灯りを持って、この人を家まで送り届けてあげるように」。

ペリクレスはいうまでもなく、民主政治と言われる時代のアテネのリーダーで、「ギリシア人の物語Ⅱ」のテーマである「民主制の成熟と崩壊」の、成熟時代の主役です。
この話を読んで、もう一つ思い出した話があります。
韓国の禅僧の法頂さんが書いていた話です。

ある日、人里離れた山寺の老和尚が、夜中に用を足し、戻りがけに後ろの方に人の気配を感じた。みると、そこに、米蔵からお米を一俵盗み出して背負ったものの、その重さで立ち上がれない泥棒がいた。老和尚は後ろに回って泥棒がもう一度起き上がろうとした時、そっと押してあげた。やっと起き上がった泥棒がひょいと後ろを振り返った。 「何も言わずに背負っていきなさい」 老和尚は泥棒に低い声で諭した。翌朝、僧たちは昨夜泥棒が入ったと大騒ぎをしていた。でも老和尚は何も言わなかった。 それ以来、その夜のお客様はその山寺の熱心な信者になったという話である。

私が考える民主主義の理念は、老和尚の生き方です。
ペリクレスにもあこがれますが、私にはアテネには民主政治はあっても、民主主義はなかったと思っています。
ペリクレスは、ソクラテスと会いながらも友人になれなかったことも、塩野さんは本書で説明してくれています。
それを読んで、法頂さんの本を思い出したのですが。

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2017/01/28

■自分ファーストの風潮

昨日のブログの最後に、

アメリカファースト、都民ファースト。
貧しい時代になってきました。
と書きました。
そういう風潮に合わせて、「取り戻し」の動きが高まっていることが不安です。

私は、人の本質は、他者をおもんばかることにあると考えています。
それは、人に限らず、生命の本質だと思っていますが、その本質の揺らぎは、人が「死」を認識した時から始まったのかもしれません。
つまり、個体の死が、生命の個体化を意識化させ、そこから私利意識が始まった。
人が、その「死」をむしろ支え合いや思いやりにつなげてきたのは、これもまた生命の本性から出たことだと思っています。

それはともかく、生物的にはひ弱な人類が、生き残れてきたのは、「支え合い」によるものだということは、多くの人が語っていることです。
いま話題の「サピエンス全史」の著者は、アフリカ大陸の一隅で捕食者を恐れてほそぼそと暮らしていた「取るに足りない動物」だった現生人類が、地球を支配するに至ったのは、多数の見知らぬ者どうしが協力し、柔軟に物事に対処する能力を身につけたからだ、と書いています。
もしそうであれば、「支え合いの知恵」こそが、私たちの拠り所です。
そして、私たちはその知恵を時間をかけて制度化し、社会化してきました。
しかし、それを最近の「ファースト志向」は壊そうとしている。
トランプ大統領と小池都知事は、私には同じに見えていますが、それを多くの人が支援していることは、驚きです。

「○○ファースト」ブームです。
「アスリートファースト」という言葉が象徴していると思いますが、だいたいにおいて、「○○ファースト」と言っている人は、その「〇〇」ではなく、それを利用している「よこしま」人が多いように思います。
しかし、その「○○ファースト」に、「○○」の人たちはだまされてしまう。
そして、時代の風潮として、「○○ファースト」、つまり、自分たちのことだけしか考えていないという、生命らしからぬ考え方が広がりだしたということです。
いささか大仰に言えば、ホッブスの「万人の万人に対する闘争」が始まったのです。
まさに、余裕のない、貧しい時代を象徴しています。

自然は、すべての生命に自らを提供している。
最近の異常気象が引き起こす自然災害を見ると、自然は恐ろしいと考えてしまいましが、それは「人間ファースト」発想によって、私たちの生活を成り立たせてしまっている結果かもしれません。
自然には、悪意があるとは思えません。
支援災害を起こす、その自然のエネルギーが、同時にまた、私たち生命に、あるいは人間に恩恵ももたらしてくれます。
東北の津波被災地に、防波堤を造り上げるのと、メキシコとの国境に壁をつくるのと、私には同じ行為に見えてしまいます。

「自分ファースト」志向は、物事の一面しか見ない、短絡的な姿勢です。
一昔前に、「啓発された自己利益 (Enlighten Self-Interests)」という言葉がはやったことがありますが、利己と利他は時間軸や空間軸を広げていけば、結局は同じものに行きつくはずです。

他者をおもんばかる生き方が、どれほど豊かなものであるか。
私たちは、それを忘れているような気がしてなりません。

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2017/01/10

■なぜ日本人は「出生地」にこだわるのか

昨年、朝日新聞のコラムで、酒井啓子さんが刺激的な問いを出しています。
「日本の政治がひどくなって自由に議論できない社会になったら、海外に脱出するか」。
世界的にみれば、よくある問いの一つでしょうが、その問いへの同僚などの反応に酒井さんは違和感を持ったようです。
そのことに、私も大きな関心を持ちます。
日本から脱出することは、多くの日本人には選択肢にさえならないかもしれません。
日本人は、もしかしたら根っからの「国民」なのかもしれません。

そういえば、難民問題も、日本では「受け入れ問題」でしかありません。
そして受入に対して世代を問わずこぞって否定的なのは、福島原発の被災地から転居した子どもたちの扱いを見ればよくわかります。
出生地から出ることにも入ることにも、みんな抵抗があるのです。
日本はどうやら極めて、閉じられた社会のようです。
よく言われるように、「内」と「外」とは、別世界なのです。

福島原発事故につなげていえば、酒井さんの疑問はこういうようにも置き換えられます。
「住んでいるところの環境がひどくなったら、他のところに脱出するか」。
この問いに対しても、必ずしも答えは自明ではないでしょう。
実際に被災者のみなさんは、やはり住んでいたところに戻りたいという意向が強いように感じます。
もしかしたら、報道している人たちに、そうした発想が強くあるために、そういう姿勢で報道されているのかもしれませんが、なぜかみんな戻りたがる。
被災地に戻らずに加害者に転居を保障させるような動きは強まりませんし、政府も何とか除染して元に戻させようとしています。

これは組織への帰属性にもつながっているかもしれません。
かなり粗っぽい議論になりますが、こうした私たちの心性が、日本の社会を形成してきているように思います。
私たちにとって、環境は所与のものか、選択できるものか。
私には、その答えは明確ですが、みなさんはいかがでしょうか。
そのいずれかによって、生き方は大きく変わっているはずです。

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2017/01/03

■メガネを変えることも大切です

今年元日の朝日新聞は、「我々はどこから来て、どこへ向かうのか」というシリーズ記事の最初のテーマとして、「試される民主主義」を取り上げていました。
社説でも、民主主義の暴走への歯止めとしての立憲主義を取り上げていました。
それだけではなく、民主主義を意識した記事が多かったような気がします。
どうやらいま、「民主主義」が再び捉え直されようとしているようです。
大方の予想に反して、トランプが当選してしまったアメリカ大統領選挙のせいかもしれません。
トランプが当選したことが、何か民主主義の間違いであるかのような議論も多いような気がします。

そういえば、英国のEU離脱の国民投票も、同じような報道や採りあげられ方でした。
英国人がいかにも「間違った判断」を下したように言う人が圧倒的に多かった。
私もそう思ったこともありました。
だが、問題は、そう思うようになった、私たちの情報環境にあるのではないかと、いまは考えています。
問題の捉え方を変えると、結果の意味も変わってきます。

英国民やアメリカ国民の判断の良し悪しはともかく、なぜ私たちの思ってもいなかった結果が最近増えているのでしょうか。
私たちが得ている情報が歪んでいるのではないか。
そのために、世界を見損なってしまい、予想もしなかった結果を体験しているのかもしれません。

情報の歪みは報道の問題だけとは限りません。
たしかに昨今のマスコミの報道は偏っているように思いますが、その気になれば、マスコミ以外の情報も私たちはかなり得られる環境にあります。
世の中にあふれている情報をどう選択するかは、まさに私たち一人ひとりの問題です。
それに同じ情報でも、その読み方によってまったく違った意味になることもある。
だとしたら、情報提供者の問題にするのではなく、自らの情報読解力の問題として考えることが大切です。
他者のせいにしていては、何も変わっていきません。

年末にメガネをつくったのですが、メガネをかけたら視界がかなり変わってしまいました。
初詣に行った時、神社で石段を踏み外しそうになったほどです。
その体験で、やはり時にはメガネを変えることが大切だと改めて思ったのです。

与えられる情報で世界を見ていることは、与えられたメガネで世界を見ているのと同じことであり、その内に、そのメガネで世界を見るようになってしまいます。
目に合ったメガネでなくとも、気づかないうちに、目がメガネに合わせられてしまうわけです。
同じ世界も、メガネによって違って見えてしまう。
そして、そのこと、つまりメガネ次第で世界の解釈が違うということを認識することがとても大切なのです。

自分に見える世界だけを他者に押しつけてはいけませんが、それ以上に、自分でない人が見ている世界を押しつけられていることに気づかないのは危険です。
情報は、与えられるものではなく、得るものなのです。
それを忘れてはいけない。

民主主義をどう捉えるかは、いろんな考えがあります。
しかし、みんなが同じメガネをかけて、同じ思考をするようになれば、せっかくの民主主義も活きてきません。
ほとんどのマスメディアが、トランプ当選を予想できなかったことは、いまや情報の世界が非情報の世界になってしまっていることを示唆しています。
まさに、非情報社会が到来したのかもしれません。

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2017/01/01

■今年は歴史が善い方向に動き出す年になりますように

201701012


201601013


今年は久しぶりに地平からの初日の出が見られるかと思っていましたが、やはり雲のために、太陽が顔を出したのは数分後でした。
顔を出す前の雰囲気もとてもいいのですが、太陽が顔を出した途端に風景が一変していきます。
それからの数分は、世界に「いのち」が戻ってくるような、とても不思議な時間です。
「いのち」が息を殺している世界と動き出す世界。
でも私が生きたい世界は、その先の、「いのち」が普通に生きている世界です。
「いのち」が消えかかっているような、いまの世界は好きにはなれません。
昨年は、あまりにもたくさんのことに見舞われて、疲れ切っていましたが、
年末に2週間ほど、無為に過ごしたおかげで、意識に変化が起こりました。
今年も、これまでどおり、自らの「いのち」に誠実に生きたいと思っています。
1月4日と7日の午後、早速に湯島でオープンカフェを開店します。
近くに来たらお立ち寄りください。
ちょっと表情の変わったらしい私がいるだけですが。
面識のない人も歓迎です。
人はみな、友だちですから。
あたたかい陽光に包まれて、とてもおだやかな年明けです。
今年は、歴史が善い方向に動き出す年になることを祈っています。
「いのち」に恥じない生き方が、それを可能にしてくれるでしょう。
今年もまたお会いできますように。

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2016/12/31

■メガネで世界は違って見えてくる

メガネ生活になりました。
最初の1日は、うまく身体が適応できず、違和感を持ちながらの生活でした。
ところが2日目になると、違和感はなくなり、3日目はもうまったく普通に見えるようになりました。
人間の身体の適応力のすごさを、みずからで体感しました。

アメリカの心理学者のG.M.ストラットンの逆転眼鏡の実験は有名です。
彼は自ら上下左右が逆に見える眼鏡を着用して生活する実験を行いました。
その体験によれば、メガネをかけた直後は逆転していた視覚世界がやがて元のような普通の見え方になったそうです。
その話を読んだ時には、ただ驚いただけでしたが、今回、わずかばかりの体験によって、納得できました。
私も、今回、眼鏡をかけて帰宅する途中、違和感で吐き気がしほどでした。
安価な眼鏡だったせいもありますが、視界が歪んで見えていたのです。
ところがもう今は、まったくと言っていいほど違和感がないのです。
私の身体が適応したわけです。

つまり、私たちは自分が住んでいる世界に対する違和感を次第に失っていく存在なのでしょう。
年の最後に、とても考えさせられる体験をさせてもらいました。
政治とは、国民にどんな眼鏡をかけさせるかということなのかもしれません。
自分のかけているメガネを、時にはずすことが大切だと改めて感じました。

しかし、あきらかにこれまでと違ったことがあります。
世界が小さく見えるようになったのです。
たとえば、昨日ハガキを受け取ったのですが、そのハガキがいつもより小さいのです。
それで手元にあるハガキと合わせてみたら同じ大きさでした。
私の場合、近視なので、小さく見えるようになっているのでしょうが、コンタクトレンズの時よりも、世界が小さくなったような気がします。
もっともこれも間もなく慣れてしまうのでしょう。

しかし、メガネを使う生活は、たぶんこの1か月で終わる予定です。
となると、その後また、コンタクトレンズに戻った時に、世界はどうなるのでしょうか。

改めて人間の心身の不思議さに興味がわいてきます。

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