カテゴリー「生き方の話」の記事

2022/11/17

■大谷選手や大坂なおみ選手には反省してほしいです

暗号資産の大手交換所FTXトレーディングの経営破綻で損害を受けた投資家たちが、FTXの広告に登場していた大谷選手や大坂なおみ選手に対して、損害賠償を提訴したとテレビで報道していました。

大谷選手や大坂なおみ選手に限りませんが、そうした有名人が私企業にしろ政府にしろ、その事業の内容をしっかりと理解せずに「広告塔」として加担する風潮に私は大きな違和感をもっています。

そのことは、統一教会の広告塔になっていた政治家にもつながっていることですが、何かを支援する時には、しっかりと内容を確認したうえで行動してほしいです。

社会的に有名になれば、それなりの「責任」が発生します。
有名であることは、それなりの社会的価値を生み出しますが、その価値は当の個人が勝手に利用できる性格のものではありません。有名人が、何を好み何を応援するかは、社会に大きな影響を持っているからです。
ですから、仮に何かの商品やサービス事業の広告宣伝に登場する場合は、それなりの責任を覚悟すべきだと思います。
「有名」を利用するほうも悪いですが、利用される方はもっと悪いように思います。

スポーツ選手がユニフォームに企業名を入れているのを見るたびに、私は悲しくなりますが、それ以上にやはり、安直に自らを広告手段にせざるを得ないスポーツ選手の現状に恐ろしさを感じます。
私がスポーツ嫌いな理由の一つです。

 

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2022/11/13

■仕事と生活のどちらに基軸をおくのか

昨日、湯島で「在宅ワーク」を切り口にした「働き方を考えるサロン」の2回目を開催しました。1回目は「企業で働くこと」を切り口にしたのですが、この時にも大きな示唆をもらったのですが、今回は、私には「目から鱗」の気づきがありました。
問題提起してくださった山本紀与さん(株式会社キャリア・マム)に感謝です。

サロンの報告は改めて行いますが、その気づきについて少しだけ書き残しておこうと思います。と言ってもたぶん文字にしたら、なにが「気づき」なのかと思われるでしょうが。

私は近代産業革命以来の経済や社会のあり方に違和感を持ち続けてきています。
その基本にあるのは、金銭労働だからです。人間にとって楽しいはずの「働くこと」が、金銭を得るための退屈な「作業労働」に貶められてしまったからです。
生活の場と働く場が切り離され、工場(あるいは事務所)に9時から5時まで集められて、生活から切り離された「仕事」をするのが、そこでの働き方の基本モデルです。
盛んに言われていた日本での「働き方改革」も、その発想の枠の中での取り組みでした。
そこでは、「働くこと」が生きるための目的になっていて、苦肉の策として、ワークライフバランスというおかしな言葉が出てきましたが、所詮は、働くために生きる「生き方」が基本になっていました。

ところが、昨日のサロンで「在宅ワーク」の話をしていて、在宅ワークの発想には、この近代労働モデルを変えていく力があることに気づきました。
つまり、定められた勤務時間に一か所に集められて、生活を忘れて働くのではなく、自分の生活の拠点をホームベースにして、働く時間も生活を基軸に自分で割り振りできる働き方が可能になってきたと言うことです。

私は、「シャドウワーク」とか「アンペイドワーク」という言葉にも違和感を持っています。そうした発想は、金銭経済の思想を基本に考えているからです。
まえに、「お茶くみ仕事」にこそ価値があるということを書きましたが、ほとんどの人はそれに反対していました。私にとっては、そう言う人こそ、金銭至上主義の流れに加担しているように思えているのですが、なかなかそのことは通じ合えません。

働き方を考えていくと、生き方や社会のあり方につながっていきます。
このテーマのサロンは、来年もさらに続けていきたいと思っています。

中途半端な書き込みですみません。
ただ私は、働くことが楽しい社会になってほしいのです。
学ぶことが楽しい社会にも。

 

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2022/11/10

■退院後の自宅養生で考えたこと

入院中に考えたことをFBにアップしたら、それを読んだ娘から、退院後の自宅療養で考えたことも書けと言われました。娘には大変な負担をかけているからです。たしかに、私自身も退院後が大変でしたし、娘はさらに大変なのです。
もちろん娘は皮肉を込めて言っているので、書くことは望んでいないでしょうが、素直な私は書くことにしました。

何が大変かと言えば、やはり食事です。
一応、退院時に栄養士にいわれた通りのことには注意していましたが、ちょっとした油断で大変な状況になってしまうのです。特に内臓系の病気の場合、退院後の食事は大変です。食事指導を実際に個人に当てはめるのはそんなに簡単なことではありません。個人の好みもありますが、食はそれこそ個人によって全く違うのです。ただ脂っぽいものをやめるとか甘いものや刺戟性のものは避けるというような話ではないのです。

それに多くの場合、食生活は3度の食事だけとは限りません。
また私の場合のように、1週間も点滴投与で絶食していた場合、慎重に戻していかないといけないでしょう。退院したから入院前と同じような食生活に戻れるわけではありません。

あまりに自分の恥をさらすのもと思い書いていませんが、実のところ、2回も失敗があり、いささか食事不安症になっているのです。
そのうち、一回目はかなりひどい状況で、悪夢のような一夜を過ごしました。事情を知っている友人からは再入院を勧められましたが、入院嫌いな私は自力で頑張りました。それで娘は大変だったわけです。私も実に苦しい数時間でしたが。病気は当人よりも周辺の人が精神的には大変なのです。

生活リズムもなかなか取り戻せません。
病院ではやることもないので、院内の散歩やラジオ体操もやっていましたが、自宅では時間をつぶすことはいくらでもあり、生活リズムをとるのは難しいのです。
それに自宅だとどうしてもわがままになります。特に私のように、「家族は迷惑をかけ合うのが当然」という思いを持っている場合、ナースでもスタッフでもない娘は大変です。「来世でお返しするから」と言ったら、「もう来世は関わりたくない」と言われてしまいました。さもありなんと思います。

そうは言うものの、家族関係はお互いの行動に根強く埋め込まれています。介護疲れや介護トラブルの事情が少し実感できるような気もします。当事者は本当に大変なのです。
これは知識や理屈の話ではないのです。

娘から指摘されて私が気づいたのは、私の生活がいかにいい加減だったかということです。そういう意味では、生活を見直すいい機会になりました。

最大の教訓は、やはり同居している人がいることの心強さです。
最近独り暮らしの友人知人が増えていますが、やはり人は誰かと一緒に住むのがいいような気がします。たしかに独り暮らしが一番気楽でしょうが、病気になった時に一番支えになるのは、一緒に住んでいる人のような気がします。
施設や家族とは違う意味での、仲間と一緒に暮らす「家」の仕組みが創り出せないものか。それこそが私が目指す「ケア・コミュニティ」の基本だなと改めて思っています。
家族ほど近すぎず、施設ほど遠くない関係が維持できる「仲間たちの住居」が構想できないものでしょうか。

 

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2022/11/08

■市民的不服従から市民的行動へ

岸田政権への支持率がさらに低下、ついに30%台になり、不支持率のほうが大きく上回る状況になっています。

「森の生活」で有名なヘンリー・デビッド・ソローは、29歳の時に「人頭税」の支払いを拒んで逮捕=投獄されました。友人が保釈金を出してくれて保釈された後、彼は雑誌に「市民政府への抵抗(Resistance to Civil Government)」を投稿します。後に「ソローの市民的不服従(Civil Disobedience)」として話題になった論文です。当初の「抵抗」から「不服従」へと表現が変わっています。

この市民的不服従の考えは、その後、ガンディーやルーサー・キングの非暴力抵抗論、ロールズの正義論、アーレントやハーバーマスによって深まり、さらにアナキストにも影響を与え、いまではデジタルデータやエネルギーの統治の問題へと広がってきています。そうした「市民的不服従」の考えや実践の歴史を整理してくれているウィリアム・E・ショイアマンの「市民的不服従」読みました。いささか読みにくい本ですが、世界の潮流に日本が例外的に遅れていることに気づかせてくれました。

ぜひ多くの若者たちに読んでほしいなと思い、あえて紹介させてもらいました。

ショイアマンは、抵抗と言え不服従と言っても「法の尊重」が大切だと言います。
問題は、「法の尊重」とは何かです。
市民的不服従の行動では、時に「法律」を犯すことはありますが、その法律がたとえば「憲法」に違反したものであればどうでしょうか。残念ながら日本にはそういう法律は少なくありません。法律を多田守だkでは、法の尊重にはなりません。
また、市民政府への抵抗と言いますが、その政府が「市民」を代表していないようなものだったらどうでしょう。国民の過半数が反対している政策や法律に異議申し立てをすることは、違法なのでしょうか。

私は大学で「法の精神」について学びました。
大切なのは条文ではなく精神なのです。

ちなみに、私は「市民的不服従」という表現が好きではありません。
その言葉は、統治者を基準にして発想しているからです。
単に「市民的行動」と言えばいいように思います。

そういう市民的行動をつぶすような政府は市民政府とは言えないでしょうし、法の精神にも反しているような気がします。最初から不服従や抵抗などと規定することはありません。市民的行為が広がっていくことで、法や制度が見直されていくのが市民政府でしょう。

過半数の人が支持していない政府に身を任すいまの状況をどうしたらいいのか、ぜひ、本書をじっくりと読んで考えてほしいと思います。

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2022/10/12

■対立よりも共創

久しぶりに昔読んだ2つの政治関係の論文を読みました。
カール・シュミットの「政治的なものの概念」とハンナ・アーレントの「真理と政治」です。最近、「友」と「敵」、あるいは「嘘」の捉え方がよくわからなくなってきたからです。

私自身には、友とか敵とかいう概念はあまりありません。
しかし、どうも世間の多くの人たちは、「友敵理論」に支配されているのではないかと思うことが最近多いからです。
たとえば、最近、湯島のサロンでフェミニズムが話題になりましたが、フェミニズムを語る女性たちの男性への敵対意識を強く感じました。
ウクライナ戦争への対応でも、国葬議論でも感じました。

嘘の問題も私の関心事です。
嘘と真実は敵と味方を分かつ基準を示唆しているとも思っています。
つまり嘘と真実はコインの裏表だと思っているのです。
そう考えると、アーレントが言うように、真実を語ることは反体制的な行為になることも納得できます。
さらに言えば、学問のあり方にもつながる話です。

そんなことから、シュミットとアーレントを改めて読みたくなったのです。

全く忘れていましたが、「真理と政治」にこんな話が出てきました。
ホメロスが、「イリアス」で、ギリシア側の行為ばかりかトロイア勢の行為をも歌い、自分と同族の英雄アキレウスの栄光のみならず、敵であるばかりか戦いに破れたヘクトルの栄光をも賞賛したようなことをあげて、「友と敵、勝利と敗北を平等な眼で眺めることのできた文明はそれ以外になかった」。そしてアーレントは、「この平等な眼は、人間の生の運命にとっては究極的なものであるとしても、ホメロス以来、人間の判断力の究極的な基準とは認められていない」と書いています。

日本にもこうした事例はあるような気がしますが、たしかにトロイ戦争ではヘクトルもアキレウスもいずれもが讃えられていて、そこには友と敵の「憎しみ」は感じられません。あえて言えば、友と敵をの呪縛を超えた「神の視点」(私はむしろ「生きる人間の視点」と捉えたいですが)がそこにはある。

私は、敵と味方という二元論をどう超えるかが大切だと思っています。
他者を敵と捉えたり味方と捉えたりしたとたんに、世界は小さく窮屈なものになってしまうような気がします。ただし「生きやすく」なるかもしれません、考えなくてもよくなりますから。

非難や否定からは何も生まれませんから、私はみんなで一緒になって創り出す「共創」を基本的な生き方にしています。そのために、どんな人や制度にも、そこにある私にとって共感できる「価値」を見つけ出そうとしています。
そういう生き方はいささか疲れます。

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2022/09/17

■他者を評価するより自己を見つめることが大切

菅前首相の出身地の秋田の湯沢町では市民有志が菅さんの胸像を建立するらしいですが、私は菅さんを犯罪者(憲法や法律違反者)だと思っていますので、人の評価はこんなにも違うものかと思ってしまいます。私の知人の中にも、菅さんを高く評価している人が数名いますが、どこを見るかで人の評価は全く違ってくるのでしょう。

昨日の湯島のサロンで、20歳前後の若者が2人参加していたのですが、彼らの発言は実に耳に痛い指摘でした。
どうしてみんな他者を「評価」したがるのか、というのです。

私自身「評価」という言葉が好きではなく、「行政評価」ブームの時にある報告書を書く羽目になり、その時に捻出したのが「共創型評価」ということでした。
他者評価ではなく、自らも入れこんだ評価という姿勢です。
もっともこの発想は事務局にも受け入れられずに私も途中で放棄してしまいました。

私も「評価」が好きな人がいかに多いかには辟易していますが、自分自身も恣意的に他者を評価していることが少なくないのに時々自己嫌悪しています。
昨日の若者たちは、他者を評価する前に自分を評価したほうがいいよと言ってくれているのです。

湯島のサロンで20代前後の人が話をする時にはいつも参加者が溢れるほど多くなります。みんな若者の声を聴きたいのでしょうか。しかし実際には、「聴く」よりも若者に向けて「話す(放す)」人が多いのです。昨日は若者から、みんな話す場がないのでしょうね。とさえ言われてしまいました。

湯島のサロンでの話し合いを聞いていると、社会が大きく変わろうとしているのを感じます。しかしその先が、私には見ることができないのが残念です。
やはりもう一度、戻ってこないわけにはいきません。
しかし来世に戻ってきたときに、いまの記憶を維持できているといいのですが、何か方策はないものでしょうか。

ちなみに私が菅さんを「犯罪者」だと思う一番の理由は、学術会議任命拒否です。
その持つ意味は、私には実に恐ろしい。この問題はもっとみんな関心を持つべきだと思いますが、残念ながら世間の関心は高くないようです。
この問題も湯島のサロンで取り上げたいですが、どなたか問題提起してくる人はいないでしょうか。

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2022/09/07

■価値観がどう変わろうとしっかりと大地の上で生きている人はすばらしい

この数か月、2つの中国制作のテレビドラマを観ていました。
「三国志〜司馬懿 軍師連盟〜」と「始皇帝」です。
いずれも80話前後の長編ですが、先月終了しました。
物語はともかく、さまざまなことを学ばせてもらいました。

今回の「三国志」は、曹家と司馬家の関係を主軸にしたドラマでした。
三国志では、私は曹操が一番好きなのですが、司馬懿には前からあまりいい印象を持っていませんでした。
しかしこれも中国ドラマの「三国志の秘密」(漢王朝側からの三国志)を観て、司馬懿が中国ではとても好かれているのだと知りました。

今回のドラマも主役は司馬懿で、少なくとも70話くらいまでは司馬懿は理想的な人物として描かれていました。その影響で、私もかなり好きになってしまいましたが、最後のあたりでまた以前の評価に戻ってしまいました。彼の生き方は潔いようで潔くない気がするのです。

そこで思い出したのが、昔読んだ阿部謹也さんの「「教養」とは何か」に書かれていた「魏の君子の生き方」です。そこでは司馬家に対立していた嵆康の生き方が書かれていました。それを思い出して、本を探したのですが、残念ながら見つかりません。そこでしかたなく図書館から借りてきて、昨日読み直しました。まあその部分だけですが。

嵆康はいわゆる竹林の七賢人の一人ですが、39歳で刑死しています。
竹林の賢人たちの生き方は、仙人とは違い、韜晦的な生き方ですから、刑死はある意味では理想的だったのかもしれません。
私はお酒を飲めませんので、彼らのような生き方はできませんし、それ以上に嘘が嫌いなので、私にはなじまない生き方です。しかし、三国志の時代にもし生まれたら、そういう生き方をしたかもしれません。なにしろ才がないうえに気が弱いですから。

ところで嵆康が司馬家に不評を買った一つは、司馬家とも親しかった鍾会への態度です。
鍾会もドラマ「三国志」には重要な役で登場しますが、父親とは大きく違った社会に生きています。今で言えば、「合理的」なのです。

今回の「三国志」で強く感じたのは、曹操の時代とその次の時代、さらにはそのまた次の時代とで、「合理」の中身が全く違っていることです。つまり、理と利が全く違っている。みんな「理と利」の世界に生きているのですが、どうもその内容が違うのです。
ちなみに私は曹操の世代の価値観ですが、私よりも若い世代は明らかに違います。しかも最近は、さらに新しい価値観世代が出始めています。湯島でサロンをやっていると、そういう風景が見えてきます。

そんな大きな時代の変わり目を、今回のドラマ「三国志」とてもはわかりやすく見せてくれましたが、同時にいまの時代を見るにも大いに役立ちました。

ところで、嵆康の親しい友人で司馬家に仕えていた山濤が、世間から離れて生きていた嵆康に仕官の道を斡旋しようとするのですが、嵆康は逆に山濤を絶交してしまいます。
いろいろな見方があるようですが、要は潔しとしなかったのでしょう。
そういう生き方をした嵆康に、やはり少し憧れます。
残念ながら嵆康はドラマには登場しませんでした。

ドラマに登場した人物で、私が共感できた人物は、司馬家につかえる料理人の候吉です。
私自身は、候吉のような生き方はできませんが、友にしたい人物です。
おおらかに生きながらも、司馬家の家族とは共に怒り哀しみ喜ぶ。
そしておそらく誰よりも賢く、誰よりも長生きした。

価値観がどう変わろうといつの時代にも、しっかりと大地の上で生きている人はすばらしい。
そこにこそ普遍的な知が育っている。
やはり嵆康よりも候吉が私には理想です。もちろん司馬懿や曹操よりも。

自分の生き方を顧みて、いろいろと思うことのあったドラマでした。

 

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2022/07/21

■農から離れた生き方を見直しませんか

フェイスブックに「畑作業もどき報告」を時々書いていますが、昨日の報告の最後に、ついつい「日本国民は、農業から離れてしまったために、何かとても大きなものを失ったのかもしれません」などと大仰なことを書いてしまいました。

ところがその直後、今度予定している原爆と原発関係のサロンのために、久しぶりに読み直した「原爆後の人間」(新潮選書 1971年出版)の最後に、それにつながるようなことが書かれていました。
同書は、当時、広島原爆病院院長の重藤文夫さんと作家の大江健三郎さんの対話集です。

最後に出てくる重藤さんの畑作業に関わる話がとても印象的なのです。
重藤さんは激務の合間に、時々、家族と一緒に生まれ育った近くの農村に出かけて行って、畑作業をしていたようですが、それにまつわる話です。
長いのですが、ぜひみなさんにも読んでほしいと思い、要約して引用させてもらいます。

たいてい日曜日には生家のある農村に行っています。お昼を持って、食べて帰ってくるんです。農家の人たちと話をするのが好きなんです。みなやってきますよ、「そのクワの持ち方はだめだ」とかね。
私たちの野菜は手入れも不十分なので、あまりよくできない。帰るときは、農家の人たちが、「うちの畑から掘って帰んなさい」と言うのです。

そこの農村は野菜を売ったりしないところなんです。自分のうちの分だけ作っている。そして、私たちにも持っていけと言ってくれる。
それは楽しいもんですわ、田舎はね。農村の人が親切で、私などを小さいときから知ってるから、一体感をもっているんです。現に小学校時代の仲間もいますからね。おんなじですね、学校にいったのと、そこに残って百姓をしてきたのと、互いに。
私も行くときには必ず聴診器と血圧計を持って行きます。無料健康相談、往診であれ何であれ、村のものならいっさい報酬は要りませんから…。

みんな熱心で、よく働く。でも最近は兼業が多くなりましたがね、広島へ出る。でも農業をやめて、広島に出たり、役場に入ったり、町会議員になったりする人たちの家は、みんなぼれてるんです。村の人が来て、「先生、よく見なさいよ。あんたの家もぼろぼろになっているし、あそこの家も。みな百姓きろうてよそへ出たやつだ」って…。百姓を一生懸命やってきた家はみな立派になっています。

しかし農村もいまスキなんかで耕作しないでしょう。ですから建物の構造が変りつつあります。昔は牛舎があったのがみななくなって、機械を入れる倉庫になって、どんな百姓家でも自動車がある。大型のトラックと乗用車と。

以上が重藤さんの話した概要です。最近、よく湯島で話題になっているラダック地方の「懐かしい未来」を思い出すような話です。
ちなみに重藤さんは、田舎に帰ると「フミヨーさん」と昔の名前で呼ばれるのだそうです。そこではもう病院長でも医学博士でもない。

そういえば、今見ている中国ドラマ「三国志」でも魏国の大都督にまでなった司馬懿が生まれ育った故郷に帰ったら、そこでは昔の仲間から、司馬懿と呼び捨てにされていました。司馬懿は土との付き合いも忘れなかったようです。
だから80歳を過ぎてもなお生き方を間違えなかった。
そんな気がします。

さて今日もまた畑に行こうと思います。整理した花壇に蒔く花のタネを買ってきましたので。今頃蒔くのが意外とあんまりなかったが残念でしたが。
今日は、帽子と水は忘れずに行く予定ですので、ご安心を。

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2022/07/20

■汗をかくと元気になります

今日も午前中、畑に行きました。

出かけるのが8時半になってしまったので、30分で切り上げるつもりだったのですが、昨日、目標設定したアジサイの下の薮の周辺の笹竹とつる草を刈り取る作業を始めたら、面白くて時間があっという間に過ぎてしまいました。
気づいたら10時近くになっていました。
汗は滝のように流れ出ていますが、水分を持参するのを忘れてしまっていたため、注意しないとだめだなと思い、心残りながら途中でやめました。
しかし、昨日と今日の写真を並べてみるとよくわかると思いますが、かなり整理できました。なかには1センチほどの太さになっている竹も多く、鎌で切り取るのが大変でした。

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野草もだいぶ刈りましたが、土の中から芽を出し損ねていたチューリップの球根などがいくつか出てきました。さすがにこれからは無理でしょうが、埋め直しました。

そこまではよかったのですが、帰宅が大変でした。
さて帰ろうと立ち上がったらめまいがして、傾斜地だったので身体のバランスを崩してゆっくりとですが、転がってしまいました。なんとまあ無様なことか。刈り取った草がたくさんあったので、まあ気持ちのいい転倒でしたが。
何とか自転車を引きずりながら帰宅。玄関で横になったらもう動けません。娘に水を持ってきてもらい何とか脱水症状にはならず、しかしそこで20分は寝ていました。
無茶をするなとまた叱られましたが、当人にとっては無茶かどうかはなかなかわからないものです。

30分して何とかシャワーをする元気が出てきましたが、水でシャワーしたのに汗は止まりません。何とかおさまったのはさらに20分後でした。
しかし、疲れ切りましたが、気分はかなり爽快になりました。
昨日から実はかなり滅入っていたのですが。
やはり汗をかくのはいいことです。

それに、いつも思うことなのですが、仕事が面白くての過労死のことがよくわかります。
会社時代、仕事が面白かったのを思い出します。
もうそれができないと思うと、いささか寂しいです。
まあ今ではできることと言えば、こうして野草の刈り取りくらいですから。

今日の中国テレビドラマ「三国志」は面白かったです。
司馬懿は、戦闘よりも土を耕すことが大切だと、次男の司馬昭に言い聞かせていました。
ドラマではまだ司馬昭は納得できていませんが、この教えがあればこそ、司馬昭は三国時代を終わらせることができたのです。

日本国民は、農業から離れてしまったために、何かとても大きなものを失ったのかもしれません。

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2022/06/22

■情報デトックスの3日間

ちょっと所用で2年ぶりに生活圏から外部に出かけました。
そのついでに、以前、仕事場にしていて、75歳で転居する予定だった湯河原のマンションに立ち寄りました。転居計画は妻の死で諦めましたが、そのまま放置していました。

なにしろ15年以上、ほとんど空き家状況で、管理維持費を何とか支払っていたのですが、ついにお金が無くなり、維持困難になったのでどうにかしなければいけません。
それもあって、おそるおそる少し足を延ばして立ち寄ってみたのです。
写真を撮るのを忘れてしまいましたが、廃墟に近く大変でした。

光熱費も銀行残高がなくなったため、その時点で切られていましたが、何とか電話で回復してもらいました。電気とガスと水道は確保したものの、ネット環境はなく、予期していなかったのですが、久しぶりにネットから解放された日を過ごしました。
普段使っていないSurfaceは持参しましたが、使いにくいので気になっていた万葉集サロンの報告をまとめるだけで終わりました。
スマホはあるのですが、スマホはメール以外では使っていないのです(電話も基本的には使いません)。

テレビもないし新聞もない。スマホでのネット検索はする習慣もないので、世間からちょっと解放された時間でした。自転車はパンクしていて使用不可。久しぶりに湯河原の街をよく歩きました。

湯河原や熱海には会社時代の先輩など知り合いも少しはいるのですが、連絡先も持ってこなかったので、連絡をせず、結局、無為の日々を過ごしました。
帰宅して気づいたのですが、写真も1枚も撮らず、誰にも会いませんでした。
こういう時間を持つのもいいかもしれません。

以前はここで原稿など書いていたので、まだ書籍は書棚5つ分残っています。今回は、あまりやることもなかったので、雑誌や書籍など処分することにし、数百冊の企業経営関係の書籍を廃棄、残していた雑誌も処分しましたが、見た感じ一向に減りません。よくまあ集めたものです。

久しぶりに情報デトックスした気分です。
同時に、死についても少し意識する気になりました。
このまま突然だといかにも迷惑をかけすぎますので。
妻の死がどれほど遺された私にとって大変だったかを思い出したのです。

メールにもあまり返信しませんでした。
帰宅しましたので、少しずつ返信していきます。
情報デトックスはできましたが、身体的疲労はむしろ蓄積されました。
いささか歩きすぎました。

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