カテゴリー「企業時評」の記事

2017/12/10

■企業を考えるサロン「コーオウンド・ビジネス」報告

難しいテーマにもかかわらず、15.5人のサロンになりました。
0.5人と端数があるのは、なんと1歳9か月のお子さんと一緒に参加してくださった方がいるのです。
湯島のサロンの年少記録がまた更新されました。

話題提供者の細川さん(従業員所有事業協会代表)は、何時間でも話せる材料をお持ちですが、今回は60分に絞ってもらい、その後みんなで話し合いました。
話の内容は、とても充実したものですが、報告は細川さんの書籍「コーオウンド・ビジネス」に任せたいと思います。
とても読みやすく面白い本なので、ぜひお読みください。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#170910

とても印象的だったのは、コーオウンド・ビジネスの会社はどこを訪問しても気分がいいという細川さんの体験談でした。
また「顧客第一」などと言わずに、堂々と「社員第一」を打ち出していること。
そのくせ、顧客からはとても愛されて大切にされていること。
ジョークやいたずらが大好きで、ともかくオープンマインドであること。
などなど、いいことばかりなのですが、細川さんによれば、そうしたことがデータなどによって実証されているのです。
私は、データなどなくても、素直に考えれば当然のことだろうと思います。
他者のために働くよりも、自分(たち)のために働く方が、効率も充実感も良いに決まっているからです。
そういってしまったら実も蓋もありませんが、そういうことが「問題」になるところにこそ、私は問題の本質があるような気がします。

会社をコーオウンド化(従業員が株式を所有)すると、コミュニティ的側面が強まってくるという話も出ました。
それに関連して、アソシエーションとコミュニティの関係が話題になりました。
これも、これからの企業のありようを考える時のポイントの一つです。
金銭を基準にした合目的的なアソシエーションの性格の強いアメリカ型の企業と金銭以外の要素も配慮されたコミュニティの性格の強い、50年ほど前までの日本型の企業との違いを、改めて考え直してみる時期かもしれません。
この議論に関連して、NPOの齋藤さんから終了後、「コミュニティは ウチ/ソト といった排他性を帯びることはないのでしょうか」という質問をもらいましたが、それを回避するために「弱いネットワーク」とか「オープンコミュニティ」の概念が広がっているように思います。
アソシエーションとコミュニティの議論と実際は、マッキ―バーの時代からかなり進化しているように思います。

コーオウンド型の会社を仲間と立ち上げた坪田さんが自社の話をしてくれました。
坪田さんの会社は、コーオウンド・ビジネスであると同時に、ホラクラシー(階層のないフラットな組織構造)をとっているそうですが、これも論点としてはとても面白いです。
つまり、所有組織と執行組織が日本の場合、混同されがちですが(最近かなり整理されてはきましたが)、細川さんは、経営は経営者の専権事項であることを強調しています。
コーオウンドはコーマネジメントではないのです。

コーオウンド・ビジネスモデルは、会社経営の思想を大きく変えていくだろうと思いますが、「現場的」に長年、たくさんの企業の経営にかかわってこられている高橋さんの、現場に根付いた新しい企業経営思想を創りだしていかなくてはいけないという話にはとても共感しました。
日本では数少ない「コーオウンド・ビジネス」の日本レーザーの近藤さんは、自らの実践を踏まえて、世界に向けて新日本型経営を打ち出していきたいとお話しされていたことがありますが、コーオウンド・ビジネスにはそのヒントがたくさんあります。

企業をコーオウンド化することで、従業員が社員になり、その結果、問題の捉え方が変わっていくことで、会社ももちろんですが、個々の従業員が組織の矛盾を自己消化していくことで、大きなエネルギーが生まれてくるという話も興味深い視点です。
これに関しては、参加者の近藤さんがとてもいい総括をしてくれていましたが、メモしていないので、正確に報告できないので省略します。
近藤さんがフォローしてくれるかもしれません。

細川さんは、来年こそは日本も「コーオウンド元年」になるだろうと話されていましたが、すでに上場企業がコーオウンド化に動き出しているそうで、来年はきっと大きな話題になっていくでしょう。
コーオウンド・ビジネスのことがもっと話題になっていけばと思っています。
コーオウンド化は、私たちの働き方にもつながっています。

コーオウンド・ビジネスに関心のある人は、細川さんが主催する研究会もありますので、ぜひコンタクトしてみてください。

細川さんは、終始楽しそうに話していました。
来年はきっともっと楽しそうに話すことになるでしょう。
「コーオウンド元年」の到来は間違いありません。

Hosokawa201712


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2017/12/03

■組織と個人の存立基盤を考える研究会スタート

組織と個人の存立基盤を考える研究会が正式にスタートしました。
1回目のテーマは「団体組織の法への入口」です。
提案者の杉本さんが用意してくださったレジメに沿って、人の集合の2つのタイプ(パートナーシップと社団)を確認したあと、団体組織に関するこれまでの民法の定説となぜそうした定説が形成維持されてきたのかを図解をつかってわかりやすく説明してくれ、それへの批判(問題点)を話してくれました。
そうしたテーマに沿いながら、時に寄り道しながら、いささかハードな話し合いが行われました。
メンバーは、湯島のサロンにもよく来るメンバーですが、一応、このテーマで連続して参加してもらえそうな人に声をかけさせてもらいました。
それぞれの関心領域や視点も違うので、何が出るかわからない面白さもあります。
それぞれに専門性を持っている人ばかりで、専門性のない「ただの放浪者」は私だけなので、少し心配していたのですが、まあなんとか進行役はつとまりそうです。
ついていくためには、私も改めて少し勉強しなければいけませんが、それもまた刺激になります。今回だけでも、いろんな気付きをもらいましたし、前に読んだ本も読み直してみたくなりました。

記念すべき初回だったので、みんなで写真を撮りました。

杉本さんは、今回お話していただく内容を書籍にすべく、すでに書き下ろしています。
これからおいおい説明していただく予定ですが、民法の根幹にもつながる「大きな問題提起」が含まれているのです。
惜しむらくは研究会のメンバーに「民法」の専門家がいないことです。
また右脳発想の女性や若い世代もいると話し合いは広がるだろうなと思っています。
どなたか参加してくれませんか。
もし追加で参加してくれる人がいたら、杉本さんに別途「補講」をしてもらいますので、民法(会社法でも組合法でも歓迎です)と右脳系の女性、そして頭脳の若い世代の人で、参加したい人がいたらご連絡ください。
毎月開催の研究会に、連続参加できることが条件です。

20171203


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2017/11/03

■企業を考えるサロン「コーオウンド・ビジネス」のご案内

今回の企業を考えるサロンのテーマに「コーオウンド・ビジネス」です。
ちょっと聞きなれない言葉かもしれませんが、「社員みんなが会社のオーナーになる」ことによって、会社を元気にしていこうということです。
言い換えれば、社員が情報共有し、プロフィットもシェアし、社員みんなの意識をオーナーシップ・カルチャーにしていくことで、会社のあり方を根本から変えていくことです。
実際に会社の株式の所有を社員にシフトしていきますが、いわゆる従業員株主制度とは違います。
社員を管理するというベクトルから、社員が会社を管理(統治)するベクトルへと、パラダイムシフトしていこうというところにポイントがあります。

といってもなかなか伝わらないと思いますが、詳しくは「コーオウンド・ビジネス」という本をぜひお読みください。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#170910
今回は、その本の著者の細川あつしさんに話題提供してもらうことにしました。

「これは私たちの会社だ」と社員が思っている会社ほど、強い会社はありません。
最近、そうした意識が希薄になってきているために、信じがたいような企業不祥事が起きているように思います。
もし「私たちの会社」だという意識があれば、不祥事への自浄作用が働くばかりではなく、自然とコストダウンは進むでしょうし、社員同士の支援関係も強まるはずです。

一時期、話題になった「自己組織化する組織」はまさに、個々の社員が自律的かつ全体最適解的に動く企業モデルですが、具体的な制度論まで展開できずに、理念で留まってしまっています。
従業員に「経営者意識を持って仕事に取り組め」という経営者がいますが、精神論だけでは実効性は高まりません。

そこで生まれたのが、コーオウンド発想で、米国ではすでに民間雇用の10%を担い、英国では2020年までにGDPの10%コーオウンド化を宣言するまでになってきているそうです。
しかし、日本ではまだほとんど広がっていません。
私が日本で最初に本格的なコーオウンド・ビジネス化を成功させた近藤さん(日本レーザー社長)に会ったのは、ちょうど4年前ですが、以来、そうした動きは聞いたことがありません。

そう思っていたところで、細川さんとの出会いがありました。
きっかけは、私が翻訳した「オープンブック・マネジメント」です。
考え方として両者は通ずるところがあるからです。
当時私は、オープンブック・マネジメントが広がれば、企業はみんな元気になるだろうと考えていましたが、残念ながらその本はあまり話題になりませんでした。
そもそも私が29年前に会社を辞めたことにも、この話はつながっていますので、細川さんとの出会いはとてもうれしいものでした。

細川さんたちの働きかけで、日本でも少しずつコーオウンド化の動きは出てきているようです。
そこで、今回は、細川さんに、コーオウンド・ビジネスをテーマにお話をしていただき、会社のあり方や会社を元気にする知恵を話し合っていければと思います。
ちなみに、コーオウンド・ビジネスは、ソーシャルビジネスや事業型NPOにも参考になるはずです。
さらにいえば、私たちの働き方にも通ずるところがあります。
ぜひ多くの人に、コーオウンド・ビジネスを知っていただき、日本でもコーオウンド化の動きを広げられればと思っています。

みなさんのご参加をお待ちしています。

〇日時:2017年12月9日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「コーオウンド・ビジネス」
〇話題提供者:細川あつしさん(従業員所有事業協会代表/跡見学園女子大学教授)
〇参加費:500円
○参加申込み:qzy00757@nifty.com


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2017/10/23

■サロン「Bコーポレーションってご存知ですか」報告

今回の企業を考えるサロンのテーマは「Bコーポレーション」。
台風襲来の最中にもかかわらず13人が参加しました。
台風が来ているのに終わった後もなかなかみんな帰ろうとせずに、話題を提供してくれた石井さんとの話が続きました。
新しい企業のあり方のヒントがたくさんあったような気がします。

Bコーポレーションとは、アメリカのNPO法人BLabが認証した企業で日本ではまだ4社しか認証されていません。
今回お話し下さった石井さんが社長をつとめる会社、石井造園はそのひとつです。
しかも、とりわけ何かをしたわけでもなく、認証されたいと思ったわけでもなく、NPOに評価されるということに興味を持った石井さんが、地のまま申請したら高評価で認証されたのです。

企業を評価する視点は3つあります。
まずは経済的な視点からの評価で、これはたくさんの評価の仕組みがあり、株価もその一つです。
もう一つは、そこで働く従業員の視点からの評価で、たとえば、GPTW(Great Place to Work:働きがいのある会社)調査があります。
これは一度、湯島でもサロンをやりました。
Bコーポレーション認証は、それらとは違い、もっと広範囲の視点での企業評価制度です。
大きくいえば、環境や地域社会などを含めた持続可能な社会(SDGs)という視点から企業を評価します。
ですから評価主体もNPOなのです。
そして、それは同時に、会社そのものの持続可能性にもつながっているという視点です。
私が一番信頼する企業評価の発想です。

石井さんの話はとても人間味あふれる話で、いまの企業が失ってきていることを思い出せる内容でした。
石井造園の経営理念は、「企業活動を通して、幸せを共有する企業を目指す」です。
BコーポレーションのBは、ベネフィットの略ですが、石井さんはこのベネフィットを「幸せ」と受け止めているように思いました。
ベネフィットは何かという話題も出ましたが、コーオウンド・ビジネスに取り組んでいる細川さんが「便益」と訳することに違和感を表明されました。
たしかにもっと広くて深い意味を感じます。
そうした広くて豊かな内容が、石井さんのお話から伝わってきました。

石井造園が取り組んでいる社会活動はいろいろありますが、その方針は「ついでに、無理なく、達成感のある活動」です。
「ついでに」というのは、本業とつなげながら、という意味です。
それでもできることはたくさんあると石井さんは考えています。
「無理なく」は持続性を大事にしているからです。
「達成感のある」は、社員がしっかりと関わっている活動だということでもあります。
この短い方針に、石井造園が社会とどう関わろうとしているかがすべて示されています。
そこから学ぶことはたくさんあると思います。

石井さんのお話を貫いていたのは、人を基点で考えるということです。
最近の多くの会社では、会社という仕組みに人を当てはめがちですが、石井造園は人を基点にして会社の仕組みを考えています。
ですから、有給休暇の前借りとか分割取得とかが、社員の要請によって制度化されてきています。
それは、石井さんの人間観に大きく影響されているように思います。
石井さんが社員のことを話しているうちに涙ぐむ場面がありましたが、石井さんがどのくらい社員と共にあるのかが伝わってきました。
そして社員もまた、石井造園という会社を「私たちのもの」と受け止めているようです。
ですから、社長がいなくても、社長の考えを社員が自ら行動に移していくのです。
その象徴的なことが、まさにあの3.11の時に起こったそうです。
社長が渋滞に巻き込まれて帰社できない状況の中で、会社を開放して、被災者への「ベネフィット」が提供されていたのです。
その後、そのベネフィットのおかげを受けた方からお礼の菓子箱がたくさん届いたそうです。
まさに「ついでに、無理なく、達成感のある活動」そのものです。

もう一つ印象的だったのは、社員が会社のなかだけではなく、社会で輝くことを支援しているという姿勢です。
それが会社の輝きにもつながってくることを石井さんは実感されています。
石井さんの視野は、会社の壁を超えて、社会を向いています。
それこそが、Bコーポレーションの精神だと思います。

他にも緑化基金の話やいろんな話が出ましたが、いずれもそこには人間を感ずるものばかりでした。
いつもメモを取らないので、偏った報告になっているかもしれませんが、できればどなたかフォローしてください。

なお、石井造園のホームページにはいろんな社会活動も紹介されています。
http://www.ishii-zouen.co.jp/company/


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2017/08/21

■企業を考えるサロン「生物学からみた企業」報告

4回目の企業サロンは、趣向を変えて、細菌学の研究者である益田さんに「生物学からみた企業」を話題提供してもらいました。
直前になって参加申し込みが増えて、結局、14人になりました。
しかも個性的な経営をしている企業の社長が2人参加しました。

生物の特徴は「復元性」だと益田さんは話し出しました。
また生物と環境は、図と地の関係にあるが、その境界は明確でないとともに、一方が消えたら、もう一方も消えてしまうという話もありました。
そして、そのわかりやすい例として、朱鷺が滅びたのは、朱鷺が生きていける環境が滅びたことでもあると話し、朱鷺を連れてきても環境がそのままではだめだろうということを示唆されました。
まさに企業にも通ずる話で、まさに昨今の日本企業が置かれている問題に通じていく話です。

図と地の関係で、どこまでを図の地、つまり主体にとっての環境と捉えるかが大切です。
そこで、ジフテリア菌をモデルに人間と企業(組織)の話になりました。
一部のジフテリア菌には、ファージという毒素を持つウィルスが寄生しているそうですが、ジフテリア菌が人間に悪さをするのは、そのファージなのだそうです。
言うまでもありませんが、ファージには「悪意」などありません。

それらは三層構造をしています。
ファージにとっては、地(環境)はジフテリア菌になり、ジフテリア菌にとっての地(環境)は人間の人体になります。
人はジフテリアを発病すると死に至ります。
でもそれは、ジフテリア菌の意図ではなく、ファージのせいなのです。
つまり細菌もウィルスも、自らの「直接の環境」を破壊することはないのです。
なぜなら図は地あってのものだからです。
ファージはジフテリア菌のために、人体を壊しますが、長い目で見ればそれはジフテリア菌にとっても不幸な結果をもたらすのです。
自らの生存を考える時に、どこまでを環境と考えるかはとても大切です。

企業になぞらえれば、「会社のため」と思ってやったことが社会に迷惑を与え、会社が倒産するという、企業不祥事の話につながっています。
こうした認識は、アメリカの企業で1980~90年代に広がりました。
企業にとっての地は、顧客や狭義のステークホルダーではなく、社会そのものだという意識が高まりました。
当時、IBMは社会にどう関わるかは企業にとっての「マターオブサバイバル」だと言っていました。
しかし、その後、どこかでまた、企業は「図と地」の捉え方を間違ってしまっているように思います。
救いの一つは、CSVですが、それも単なる経営戦術論になっているような気もします。
ちなみに、日本の商人道は、顧客のみならず社会を環境と認識していたように思います。

いささか先走りましたが、ファージとジフテリア菌と人体の話は、企業経営を考える上で示唆に富んでいます。
いろいろと考える材料があったように思います。

ところで、企業を三層構造で考えた時に、ファージの場所には何が入るでしょうか。
今回も少しだけ話が出ましたが、これがとても大切な問題です。
ここを深掘りできればよかったのですが、私の不手際でそこまで行けませんでした。
しかし、サロンでいろんな話を聞いたみなさんがそれぞれに考えてもらえればと思います。
「人」、それも「経営者」なのか「社員」なのか「出資者」なのか、あるいは「お金」なのか。
そこに今の企業を考えるポイントがあるように思います。

「復元性」の問題もとても重要な視点だと思います。
生物学における「進化」、とりわけ「共進化」の考えは示唆に富んでいますが、この復元には動的なダイナミズムがあるように思います。
参加者の石井さんや小宮山さんは、それぞれの地元で、地域社会を豊かにすることを視野に置いた経営に取り組んでいます。
そんな話にまで持っていきたかったのですが、時間切れでした。
そこで今度は横浜で造園業の会社石井造園を経営している石井さんに、企業サロンをお願いすることにしました。
石井造園は、数少ないBコーポレーションに認定会社の一つです。
10月になるかと思いますが、ご期待ください。


Masuda20170820


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2017/07/16

■カフェサロン「企業の社会性を考える」の報告

猛暑の中を10人の人が集まりました。
しかも仙台や高崎からの参加者もありました。
企業の現役の人は3人、女性は1人でした。

私が考える「企業の社会性」とは、企業のありかたは社会のあり方に大きな影響を与えるとともに、企業が提供する商品やサービスは、社会を大きく変えていくというという認識を企業がしっかりと持っているかどうかです。
企業の社会貢献活動は、私にとってはマーケティング戦略でしかありません。
社会を単なる「市場」として捉えて「経済的発想」で経営するのではなく、社会の「善き一員」としての「社会性」を持つことが、これからの企業にとって大切だろうと思っています。
正確に言えば、企業に関わる人たち(経営者、従業員、出資者)の「社会性」が尊重され、育むようになっているかどうかです。
不祥事を起こした会社の謝罪会見を見れば、なぜ不祥事が起こったのかはすぐわかります。
経営者にそうした「社会的認識」や「社会性」が感じられないことが多いのです。

30年ほど前に「コーポレート・シチズンシップ」(講談社)という本を、コーポレート・シチズンシップ研究会の名前で出版しましたが、その時からそう考えています。
しかし残念ながら日本の企業は、社会性よりも経済性を重視する方向を選びました。
それがたぶん日本企業が直面しているさまざまな問題の根底にあるように思います。

ですから今回も、企業の社会貢献活動とかCSR・CSVなどの話ではありません。
また社会起業家やソーシャルビジネスの話でもありません。
企業は、そういう「社会性」を大事にしているのか。
企業の活動が、社会にどう影響を与えているかを考えるサロンです。
企業が提供する事業のかたちや社員の働かせ方は、社会を方向づけていきます。
教育も福祉への影響も非常に大きいのです。
家族や地域社会にも、大きな影響を与えています。
しかし果たして会社の人たち、特に経営者たちはそういう認識を持っているかどうか。
つまり経済活動という領域でしか考えていないのではないかというのが、今回の私の問題意識です。
それでは結局は社会を劣化させ、回り回って自らの経営を困難にしていきかねない。

最初に問いかけたのは「社会にとって企業ってなんだろう」と「企業にとって社会ってなんだろう」という問いかけです。
ここを深掘りするだけでも、さまざまなテーマが出てきますが、今回はこれは前座。
そうした総論的なやりとりをやった後、具体的な事例や新聞への投書記事などを材料に話し合いをしました。
たとえば、こんなテーマです。
・内気な人たちに、あなたは「社会不安障害かもしれない」という抗うつ薬の広告
・途上国に化粧品を低価格で提供した結果、子供用品への支出が減ってしまった顧客創造戦略
・家族のために忙しく働いているという父親への疑問を投げかけた子どもの投書
・冬にトマトを食べることで豊かさは高まったのか
・利便性の向上(翌日到着の宅急便・元日開店のスーパー)で失われたものはないか
・会社の不祥事を告発することの是非

たとえば最初の2つの事例で言えば、会社に勤める人とそうでない人の反応は違います。
話しているうちに、会社役員の人が、会社を悪者扱いしすぎではないかと発言する場面もありましたが、会社に勤めていない人から見ると会社はあんまり信用できない存在のようです。
私は両方の世界に棲息しているバイリンガルなので、いずれの思いもわかります。
問題は、そもそも会社が悪いのではなく、会社という仕組みを使って悪いことをする人がいるだけの話なのですが(消費者にもいます)、それ以上に、それぞれに属する人たちの日頃の交流があまりにもないのが問題だろうと改めて思いました。

社会の中でここまで会社の存在が大きくなると、会社での働き方や会社が提供する商品や事業が社会の方向性を大きく決めていくことになります。
にもかかわらず、最近の会社は自閉的になってきているように感じます。

会社のあり方を決めるのは、会社に直接かかわる人たちだけではありません。
会社は、商品を購入し、サービスを受容する消費者がいて成り立っています。
ですから、いまの会社にもし何か問題があれば、その一因は消費者にもあるはずです。
それに会社を実際に構成しているのは、消費者でもある個人です。
にもかかわらず、よく言われるように、「会社の常識」と「社会の常識」の乖離は大きくなってきています。
不思議なことです。

もっともっと会社の経営管理にあたっている人と、会社とは縁の少ない主婦やNPO活動家や学校の人たちが、本音で話しあえる場が増えていくといいなと思っています。
それぞれが別々に話していても、何も変わらないでしょう。

めげずにもう少し企業を考えるサロンを継続することにします。

170715


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2017/07/01

■競争の社会から共創の社会へ

最近読んだ「開城工団の人々」は、北朝鮮と韓国の共同事業として行われていたケソン(開城)工業団地で働いていた韓国の人たちの体験談を集めたものです。
とても示唆に富む話が多いのですが、こんな話は皆さんどう受け止めるでしょうか。
チーム長として、北朝鮮の人たちが働くチーム長として働いてきた人の発言です。

あちらは社会主義なので一生懸命働いてもインセンティブがありません。 いい加減に仕事をしても、我々に人事権がないために制裁できないのです。 それだから仕事ができない人ができる人に合わせるのではなく、できる人ができない人に合わせるようになります。 こんな状態が続くと生産が落ちる場合が出てきます。 我々が望む生産力に到達しようとすれば、人員を補充するしかありません。 一つのラインに南側では12名が必要だとすれば、開城では15名を入れるというふうにです。 そうやって生産性を100%に合わせています。

組織の生産力を高めるには、各自の生産性を高めるか、働く要員を増やすか、の2つの方法があります。
私たちのいまの社会では、前者が目指されています。
生産性をあげられない人は、職場には居場所がなくなる社会かもしれません。
その結果、組織の生産性は高まり、経済的な競争に勝ち抜いてきたわけです。

でも確かに、後者の発想があります。
一番ゆっくり働く人を基準にして、必要な生産力を実現するための要員数を決めていくわけです。
そんなことをやっていたら、激しいコスト競争にさらされている企業としてはやっていけないと思いがちです。
でもそうでしょうか。
要員数と人件費とは同じではありません。
限られた人件費を、みんなでなかよくシェアすれば、人件費をあげなくても大丈夫です。
できる人の給料は下がるかもしれません。
でも給料以外の何かが獲得できるような気がします。
無理してお金を消費しなくてもよくなるかもしれません。
そして組織全体の雰囲気が変わっていくかもしれません。

人工知能が、人の働く場を奪っていくという話があります。
2045年のシンギュラリティ仮説危機など、私にはまったくばかげた話だと思いますが、それはそれとして、人工知能に限らず機械化や自動化は人の職場を奪ってきました。
だから景気が良くなっても仕事は増えていきません。
しかし、発想を変えたらどうか。
そもそも「職場が奪われる」という発想は、まさに機械と人間を同じ次元で考える競争の発想です。
その時点で、たぶん発想を間違えているのです。
機械が職場を奪っているのではありません。
職場を奪っているのは、機械を使って私欲を得ようという人間です。
仕事を機械が代行してくれるのであれば、そこから生まれた時間をみんなでシェアし、働く時間を減らせばいいだけの話です。

ケソンの話は、いろんなことを示唆してくれます。
そろそろ「常識の呪縛」から抜け出たいと思っています。
そうすれば、いまもそれなりに生きやすい時代です。

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2017/06/27

■企業の人たちと話していて感ずること

昨日は山城経営研究所のエグゼクティブフォーラムの、私の担当チームが湯島にやってきました。今月初めに奈良で合宿をして、一応、大きな方向性は出したのですが、それをもう少し深掘りするのが目的です。
7つの企業に属する管理者がメンバーですが、今回の共通テーマは、多様な価値観を持った社員を活かす組織(職場)にするにはどうしたらいいかというのが、みんなの関心事です。
答は極めて簡単だと私は思いますが、日本の現在の企業は、ダイバーシティ戦略などと口では言っていますが、実態はむしろヒューマンファクターを抑圧しながら思考停止した部品化を社員に求めているようにさえ、私には感じられます。
1980年代に広がりだした、生命論的組織観やオートポイエティック発想は後退しています。

企業の人たちと話していると、日本企業の実相が伝わってきます。
長年、この活動をしていて感ずるのは、日本の大企業からイノベ―ティブなアントレプレナーシップが消えてきていることです。
一言で言えば、日本の企業経営は大きく劣化してきています。
働き方改革が話題になっていますが、そもそもその問題の立て方が間違っていると思えてなりません。

30年程前に、ある企業が経営理念に「月曜日が楽しい会社」を標榜したことがあります。
そこで前回の合宿で、参加者に問いかけました。
「あなたは月曜日が楽しいですか?」と。
昨日のメンバーの中には「月曜が楽しい」という人がいましたが、管理者が月曜が楽しいと思っている会社がどのくらいあるでしょうか。
もちろん「日曜も楽しいが月曜も楽しい」が理想ですが。
大切なのは「働き方」ではありません。
仕事そのもの、企業活動そのものです。
問題の設定を間違えている以上、日本の大企業は元気にはならないでしょう。

このミーティングの前に個人の起業家と会い、その後は社員30人ほどの企業の社長と会いました。
2人とも山のような課題を背負って苦労していますが、楽しそうでした。

今日は朝から夜まで、ビジネス関係の人との議論でした。
福祉の分野から見えるものとはまた違った世界が見えてきますが、いずれも悪い意味で近づいているような気がします。

ちなみに、このチームに参考図書として挙げた1冊は藤井聡さんの「〈凡庸〉という悪魔」です。驚くことに少なくとも2人の人が読んでくれました。
http://cws.c.ooco.jp/book2.htm#006

企業という組織に使われるのではなく、企業という組織を活用して、価値を創りだす仕事をもっと多くの人に楽しんでもらいたいです。
Kae20170626


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2017/03/21

■企業サロン「働き方を考える」の報告

第2回企業サロンは、組織と働きがい研究所代表の斎藤智文さんに問題提起してもらい、「いまのような働き方・働かせ方でいいのだろうか」を話し合いました。
大企業の管理者の立場にある人、保健師や産業カウンセラーとして企業に関わっている人、大学でモチベーションや労働心理学を研究している人、経済団体でそうした問題にも広く関わってきた人、子どもの育児のために会社を辞めて主夫行をやったことのある人など、さまざまな立場の人が参加しました。
多彩のメンバーなので、話し合いは、かなり広がりました。

斎藤さんは、日本に“Great Place to Work”調査を取り入れた人ですが、組織と働きがいの研究や実践支援をライフワークにしています。
案内にも書きましたが、「社会全体の働き方に関する価値観」も変えていかなければいけないというのが、斎藤さんの思いです。
私もこれまでいろんな意味で、たくさんの示唆をいただいている人です。

まず、斎藤さんの考えていることや日本での働き方に関する動きの推移などをはなしてもらい、そこから話し合いになりました。
斎藤さんは、話し合いのきっかけとして、長時間労働や競争に参加するための働き方の変化、さらには労働の質の変化などの話題を出してくれました。
そこからいろんな話し合いが広がりましたが、もしかしたら最近の「働き方改革」が労働時間の問題を中心に語られているところにこそ、本質的な問題があるのではないかという議論がありました。
また、働き方改革は、消費者や生活者の生き方にも、つながっているという指摘もありました。
斎藤さんも、働き方は生き方の問題でもあると考えていますが、これは今回参加者のみなさんに共通していることでした。

斎藤さんはまた、「生産性を高めること」が働く人にとって苦痛であることが大きな課題ではないかと指摘しました。
私もそう思います。そもそも生産性向上とは何なのか。
そこで私は、その言葉の対語を考えることが大切ではないかと思いました。
あるいは、誰にとっての生産成果を考えることが必要ではないか。
湯島のサロンでも一度問題になったことがありますが、工業の視点からの生産性と日本の伝統的な農業の視点からの生産性は、たぶん違います。
ちなみに、私は「生産性向上」の対語は「人間性(生活)向上」だと思っています。

大企業の方が、自分の職場で取り組んだ、実践的な話をしてくれました。
組織に合わせる仕事の割り振りではなく、社員に合わせた仕事の組み替えによって、経営にとっての生産性と個々の社員にとっての生活のしやすさが両立し、双方にとってのウィンウィン関係が実現したという話です。
働き方と働かせ方が、あいまって双方に好ましい結果を生み出したわけです。
もっともこの話には後日談があるのですが、そこに大きなヒントがあるのではないかという話も広がりました。

他にもいろんな話が出ましたが、私にはとても刺激的なサロンになりました。
大企業の経営管理職の人の参加が少ないのが、とても残念ですが、引き続き継続したいと思います。
できれば次回は、世界に広がりだしている、話題のBコーポレーションの認定を受けた会社の社長に話題提供してもらおうと思います。
そういうテーマだと大企業の人も参加しやすいでしょうから。
彼が引き受けてくれれば、の話ですが。
いずれにしろ日本の企業経営は、私の目から見ると時代の流れに逆行しているように思えてなりません。

ところで、斎藤さんのレジメの中に、こんなことが書かれていました。
「変化を拒絶するので、よい習慣が身に付かない」
「いつも通りを維持したがるので、悪い習慣が止められない」
ここに問題の本質があるような気がしました。

そこで最後にこんな提案をさせてもらいました。
アメリカでは30年程前、ロバート・ベラーを中心としたグループが、社会的な活動をしているさまざまな人たちにインタビュー調査をし、それを踏まえて、極めてライブな「心の習慣」「善い社会」をまとめました。
それをモデルに、日本でもその種の調査があり文献も出ています。
いまもその種の取り組みはあり、私も一昨年、インタビューを受けたのですが、同じような手法をベースに「日本人の働き方」をテーマに、社会調査をするプロジェクトを起こせないかという提案です。
斎藤さんには事前に少しお話をしていて、興味を持ってもらっていましたが、その提案をしたら、早速、数名の方が一緒にやりたいと言ってくれました。
できれば一度、そうしたことを考えるチームも発足させられればと思っています。
企業サロンから生まれたサブプロジェクトですが、関心のある方はご連絡ください。


Saitousalon


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2017/01/29

■第1回企業サロン「電通社員過労自死問題から何を学ぶか」の報告

昨日、第1回の企業経営サロンを開催しました。
会社を辞めた時から、つまり30年近く前からやりたかったことの一つに、「企業時評」というテーマがあったのですが、ようやくそれに取り組むことにしました。
これは、企業に関わる「事件」を材料にして、そこからこれからの企業経営や自らの働き方を考えていこうというものです。
今回は、電通社員過労自死問題を切り口に、最近話題の「働き方改革」を話し合うことにしました。
当初は、私が長年関わってきた経営道フォーラムの最近のメンバーだけを対象にしようと考えていました。
経営道フォーラムでは、抽象的な議論になりがちで、ケーススタディに基づく具体的な話し合いはなかなかできませんので、いわば経営道フォーラムで学んだことを実践的に消化する場にしたかったのです。
10人ほどを想定していたので、最近のチームメンバーに限って控え目に案内しました。
1つのチームだけでも、フォーラム期間中であれば、6人前後は来ますので、集まり過ぎたらどうしようなどと考えていたのです。
ところが参加申し込みは5人。
それで、開催前日にフェイスブックなどで公募しました。
結局、半分は経営道フォーラム以外のメンバーになりましたが、むしろそれがよかったような気がします。
2回目からは、公開で開催する予定です。

話し合いは、それぞれがまず事件に関する感想などを述べることから始めました。
実は、事件に関わるアクターを整理したペーパーは用意しておいたのですが、そんなものは不要でした。
それぞれからとても多様な視点と問題提起がありました。
私が気づかされることもたくさんありました。
話の内容は一切省略しますが、いまの企業や社会のあり方、教育や報道のあり方、あるいはSNSとコミュニケーションの捉え方にまで話は広がりました。
過重労働問題や働き方・働かせ方の問題、さらには日本の企業の生産性の低さも話題になりました。
3時間経過しても終わりそうもないほどでしたが、改めてこうした話し合いの場の大切さを感じました。
そして、こうした「事件」に対して、批判するのではなく、そこから学ぶことが、企業関係者にも私たち生活者にも、もっと必要なのではないかと思いました。
それがあれば、同じような事件が、繰り返されなくなるかもしれません。
そして、何よりも、働く人も企業経営者も、そして社会も、少し賢くなるかもしれません。

サロンの最後のあたりになって、「働く」とは何なのだろうかという話になりました。
私たちは、そろそろ「働くことの意味」を問い直す時期に来ているように思います。
「働かせ方」や「働き方」も大切ですが、そもそも「働くとは何か」ということです。
子育て問題が待機児童数解消という数量の問題になっているように、働き方改革が労働時間という数量の問題になりがちなのが、私には違和感があります。
問題の立て方を間違うと、解決どころか事態を悪化させることにもなりかねません。
そういう意味でも、「電通社員過労自死問題」は大きなメッセージを与えてくれているように思います。

今回は報告の内容は一切省略しましたが、とても気づきや学びの多いサロンでした。
次回のテーマはまだ決まっていませんが、決まったらまたご案内します。
毎月開催していく予定です。
もしどなたかこんな問題で話し合いたいということがあれば、お知らせください。
ただし、具体的な「事件」や「事例」を切り口にするスタイルは大事にしたいと思っています。

Kigyousalon


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