カテゴリー「企業時評」の記事

2019/05/09

■湯島サロン「過労死問題が問いかけるもの」報告

過労死をテーマにした2回目のサロンには10人を超える人が参加しました。
小林康子さん(東京と神奈川の過労死を考える家族の会世話人)は問題の背景などを話してくれた後、参加者に3つの問いかけをしました。

「業務における過重な負荷」
「業務における強い心理的負荷」
「そのような就労環境」

これに関して話し合おうということになりました。

ところが最初から、過労死問題の捉え方に関する根本的な問いかけが出されました。
昨今の過労死問題や働き方改革は「雇用労働」に焦点を絞りすぎているのではないのか、過労死は個人営業やフリーワーカーの人たちにも発生している、というのです。
そして波乱万丈のサロンになっていきました。
そんなわけで、さまざまな話題にとびましたが、そのおかげで、「労働」を超えた社会のあり方や私たちの生き方へと視野は広がり深まったと思います。
そして、小林さんの問いかけにも深い意味でつながっていったように思います。

少し具体的な話を紹介すれば、時間以外の要素にもっと目を向けるべきではないかという意見が多かったです。
納得できていない仕事と納得して取り組んでいる仕事とでは同じ労働時間でもまったく違うのではないか。
個人で仕事をしている人たちの労働時間は場合によっては雇用労働者の残業時間よりも長い場合もあるが、だからといって過労死が問題にならないのはなぜか。
働かされているのか、働いているのかで違うのではない。
ILOが取り上げているディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)や雇用労働と協同労働の話もでました。

日本には、組織を辞める自由が少ないし、辞めることを恥と思う文化もある。
本人が自分に負荷をかけている面もあるのではないか、といった日本人の考え方や生き方の話も出ました。
組織のため、会社のために働いていることが問題ではないか。
かつては、会社のためと自分のためとがつながっていたが、いまは切り離されてしまった。
もっと自分の生活を起点に考えることが大切ではないか。

お金に縛られすぎているのではないかという話もありました。
そうならないように、いろいろな人のいろいろな生き方を知ることが大切だという指摘もありました。

過労死に向かってしまう人は、自分が見えなくなってしまう。
家族などのまわりの人が忠告してもわかってもらえない。
そういう時に、相談に乗ってくれる人や、気づかせてくれるような場や仕組みがほしい、と遺族の方からの体験談もありました。
企業でもカウンセラーや相談窓口をつくっていますが、当事者目線での仕組みがまだ不十分のようです。
これは過労死に限ったことではありません。

働き方改革の動きが、逆に労働条件が悪化させる危険性もあるという指摘やそもそも「正規」「非正規」という働く人たちを分断しているのが問題ではないかという指摘もありました。

過労死問題の原因は3つ。90年代に外資系コンサルが日本人の働き方を変えたこと、日本人の好きなスポ根文化、そして日本人の帰属意識重視文化だという指摘もありました。

さらには、教育の問題やセイフティネットまで、書き出していったらきりがないほど、いろんな話が出ました。
「過労死問題が問いかけるもの」は労働や企業だけにはとどまらないのです。

私は、経済ではなく生活を基本にした社会に変わっていくことが必要ではないかと思いますが、そのためにはまず私たち一人ひとりが自分の生活を大切にしていくことではないかと思います。
過労死は、社会のあり方を象徴している表現の一つです。
制度的な対策も必要でしょうが、私たちの生き方や社会のあり方に根差している。
そのためにはまず、いろんな生き方があることやいろんな世界があることをもっとみんなに知ってほしいと思います。
それが湯島でサロンを続けている理由の一つなのです。

生き方として何に価値を置くか。自分が価値があると認められることのために働くことは楽しいことです。
働くことは楽しくなくてはいけないと思っている私としては、働くことは生きることなので、過労死という捉え方にはそもそも違和感があります。
私たちはいったい「何のために」働いているのか。
そこから問い直さないと「働き方改革」は、事態をさらに悪化させていきかねない。
改めてそう思わされたサロンでした。

最後に小林さんが、こういう議論を広げていくためにも、秋に公開フォーラムを開催したいという提案をしました。
有志で実行委員会を立ち上げることを検討したいと思います。
一緒に取り組みたい方は、ぜひゆるやかな実行委員会のメンバーになってください。
ご関心を持っていただけたら、私にご連絡ください。

Karoushi190506

| | コメント (0)

2019/03/16

■経営者は労働者ではないのか

24時間営業をやめたために本部から違約金を請求されそうになったセブンイレブンの事件は、世論の盛り上がりにも支えられてか、なんとか無事おさまりましたが、事態は何も変わっていないのだと改めて思ったのは、昨日(2019年3月15日)の「コンビニ店主は労働者ではない」という中央労働委員会の判断です。
5年前の地方労働委員会の判断を覆したものです。
地労委の委員は現実と個人に目を向けているのに対して、中労委の委員は、法律条文と政府に目を向けているとしか思えません。

「地方の判断」と「中央の判断」が正反対になることは多いのですが、少なくとも私は、ほとんどの場合、地方の判断の方に納得します。
そこには、「地方分権」と「地方主権」の違いが表れていますが、一時、言われ出した「地方主権論」はもう忘れさられたようで残念です。

しかし、そう遠くない先に、関係の反転が起こると私は思っていますが(そうでなければ社会は破綻しますから)、今回、話題にしたいのは「コンビニ経営者は労働者か」という問題です。

中労委は「オーナー店主は労働者とはいえないとして団体交渉権を認めない」としました。
法論理的にはそういえるのかもしれませんが、法の精神は果たしてそうなのかは疑問です。
以前も、「みなし管理職」という概念で、裁判で問題になったことがありますが、オーナーというのは名ばかりで、実際には雇用労働者よりも「労働者」なのではないかと私には思えます。

4年前に東京都労働委員会は、ファミマのオーナーたちのユニオンに対して本部との団体交渉権を認めましたが(今回、それが否定されたわけですが)、その報道の時に紹介されていた、コンビニオーナーは、次のように言っていました。

「オーナー・店長といっても、仕事のほとんどの時間は、アルバイトと同じような業務を自ら行っています。ファミリーマートが以前、あるオーナーに示した経営資料では、加盟店のオーナーと家族で毎週7日、1日18時間の店舗労働を担うことが前提とされていました」
「私たち加盟者は、再契約をしてもらえなければ家族単位で職を失う。本部が1店失うのとはまったく重みが違う。それなのに“対等の事業者”であるというならば、対等の意味をはき違えている」

非正規社員よりも過酷なのではないかと私には思えます。
それはそれとして、問題は、労働者とは何かです。
経営者の一部は、確かに労働しない「不労所得」を得ている人もいるでしょう。
しかし、経営者といえども、特に中小零細企業の経営者は、雇用している社員よりも収入は少ないことも少なくありません。
しかも、従業員よりも時間的にも精神的にも労働している人を私も知っています。
そして過労死した人も、自殺を図った人もいます。
「経営者」と「労働者」は対立概念ではなく、役割分担が違う、同じ労働者(働く人)ではないでしょうか。
実際には、「経営」という労働をしていない「不労経営者」が多くなっているのかもしれませんし、「経営者とは労働者とは違うのだ」というゴーンさんのような人が増えているのかもしれません。

「働き方改革」の本質が、今回の中労委の判断に象徴されているように思えてなりません。
それにしても、なぜ過酷な条件のコンビニオーナーの成り手がいるのかが不思議でなりません。
「働き方改革」の捉え方が私にはまったく理解できません。
だれかが「働き方改革」をしてくれるなどと思ってはいけません。
その改革の「方向」は、もしかしたら反対を向いているのかもしれません。

改めるべきは、働き方ではなく、私たちの生き方であり、社会のあり方ではないかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/28

■カフェサロン「人を大切にする経営とは」

個人と組織の関係をテーマにしたサロンは、坂本研究室で長年調査活動に関わっていた桝谷さんに「人を大切にする経営」をテーマにお話しいただきました。
桝谷さんの誠実さがあふれるようなサロンでした(この表現は参加者の杉本泰治さんの言葉です)。
桝谷さんは、3つの代表的な企業の話をしてくれた上で、「経営とは〈やり方〉ではなく〈あり方〉だ」といいます。
そして、「会社は、関わる全ての人の永遠の幸せを追求するためにある」というのです。

〈やり方〉ではなく〈あり方〉。
「人と会社」あるいは「人と人」の関わり方のなかにこそ、経営の本質が見えてくる。
小手先の技術ではなく、会社そのものの現実にこそ経営があらわれている、ということでしょう。
私もいくつかの会社の経営に関わらせてもらってきましたが、会社というのは、現場で働いている人たちの表情をしっかりとみていれば、ほぼすべてのことがわかります。
有価証券報告書などの資料や雑誌や新聞などの紹介記事からはなかなか見えてきません。

桝谷さんはまた〈需要〉と〈供給〉に関して興味ある指摘をしました。
ケインズ流にのっとった一般の経営の考え方では「企業の成長は貨幣的な裏付けのある〈有効需要〉」を獲得することを目指すが、いい会社の共通項は「〈供給〉を重視している」というのです。
つまり、顧客が欲しがるいい製品・いいサービスといった〈有効な供給〉を作り出せば顧客は必ず見つかるというのです。
この発想の違いを、改めてしっかりと考えることはとても大切のような気がします。

桝谷さんは、企業とは5つの業からなる生命体だといいます。
「環境適応業」「市場創造業」「幸せ創造業」「人財育成業」「社会貢献業」。
ちょっと未整理な気もしますが、いずれにしろ企業はさまざまな顔を思っています。
経済的機関であるととも、社会的機関・文化的機関であることは間違いない事実です。
少なくとも会社が生み出しているのは経済的な金銭利益だけではないことは大切な視点です。
そしてさらに言えば、多くの人間がそこで多くの時間を過ごす場でもあります。
そうした企業の持つ多義性をもっと重視していくことはますます大切になっていくはずです。

「新しい経営のモノサシ」につなげて、「人を大切にする経営学会」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などの紹介の後、桝谷さんは「人を大切にする経営」を広めることは、人々の幸せを作り出し成熟した日本へ向かっていくための推進力になるはずだと締めくくりました。
いろんな意味で共感します。

ところで、「人を大切にする経営」とが話題になるのは、現在の会社経営においては人があまり大切にされていないことを示唆しているといってもいいでしょう。
さらにいえば、人を大切にしなくても成り立つ経営があるということです。
ほとんどの人はそんなことに疑問を持たないかもしれません。
しかし、組織の主役は常に人です。
人の力を活かしていくための制度が会社であるならば、経営の基本は本来、人を活かすということ、つまり〈大切〉にするということです。
実はこの問題は、「経営」とは何か「会社」とは何かにつながっていくのです。
今回は、そこまでは議論は進みませんでしたが、今回の桝谷さんのお話をベースに、そのパート2として、そのあたりの議論を深めるサロンしてみようかと思います。
話したい方がいたらご連絡ください。

今回のサロンも、桝谷さんと近藤さんの協力を得て、公開させてもらいうことにしました。
https://youtu.be/Etau9Pnvz5M

Masutani190123_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/17

■「人間の成長」とは「新たな働きかけをする人へ自分自身が変わること」

昨年末、長年の友人の経営コンサルタント荻阪哲雄さんが湯島に来たのですが、その時に、昨年出版された新著『成長が「速い人」「遅い人」』を持ってきてくれました。
荻阪さんは、プロセス・コンサルティングの視点で、長年、組織開発に取り組んでいる、論理的な熱血漢のプロフェッショナルです。
これまでも何冊かの経営関係の書籍を出版していますが、その主張は、ご自身の実体験に基づいていますので、いずれも具体的かつ実践的です。
その荻阪さんが、「個人」の働き方支援に重点を置いてまとめたのが、本書です。
組織開発の出発点である個人の成長を支援しようというのが今回のテーマです。

荻阪さんは、「人間の成長」とは「新たな働きかけをする人へ自分自身が変わること」だと捉えています。
私にはとても共感できる捉え方です。
この捉え方に、荻阪さんの経営思想やコンサルティング理念が凝縮されています。
新たな働きかけをする人たちの集まった組織は、放っておいても生き生きと動き出す。
それこそが、荻阪さんの考える、個人を起点とした組織開発のポイントです。

しかし、実際には、新しい「働きかけ」をすることはそう簡単なことではありません。
組織の中にいると、さまざまな呪縛が「働きかける」ことの足かせになってしまうからです。
それを荻阪さんは「7つの悩み」にまとめています。

その悩みを解いてやるにはどうすればいいか。
それが本書で提唱されている「飛躍の7力(ななりき)」モデルという人間成長法です。
さまざまな現場で、さまざまな人たちと長年接してきた荻阪さんの体験知を体系化し、誰もが自分に合った「気づける力」を高める取り組みができるようにしたのが、このモデルです。

「飛躍の7力」とは、熱望力、実験力、修業力、結果力、体験力、盟友力、好転力です。耳新しい言葉もありますが、大切なことは、これらの7つの力が、相互に活かしあう関係でつながり、全体として循環している仕組みに気づくことです。
その仕組みを踏まえて、自分の得意な「力」から入っていけば、自然と無理なく、「飛躍の7力」を会得し、人間力が高まっていく。
本書では、その7つの力を高めていく方法が実践的に説明されています。
詳しい内容は本書をお読みください。

「飛躍の7力」モデルの出発点は「熱望力」になっています。
「熱望力」とは、「惹く力」だと荻阪さんはいいます。
仕事を通して、強く望んでいる「想い」や「感情」、それがさまざまなものを惹き付け、自らもまた惹き付けられていく、これこそが成長するための出発点だと。
いわゆる「志」といってもいいかもしれません。

しかし、「想い」は自らの中にあるだけでは大きくは膨らんでいきません。
「飛躍の7力」モデルの7番目は「好転力」。
「好転力」は、自らの目の前にある現実をよくする力だと荻阪さんは言います。
人は自らが置かれた環境の中で、他者と関わりながら、現実を生きている。
同時に、自らの存在や生き方が、環境をつくりだしていく。
自分と環境(他者)は、一体であり、共進化関係にある。
つまり、自らの想いが現実をよくしていくことで自らが成長し、環境(会社)は成長していく。
それこそが、個人を起点にした組織開発であり、継続していく生きた組織づくりだというわけです。
「熱望力」から「好転力」に向けての「飛躍の7力」がどうつながり、どう循環していくかは、本書を読んでじっくりとお考えください。

本書はビジネスマンに向けて書かれた本ですが、会社の中での生き方にとどまるものではありません。
この「飛躍の7力」モデルは、生きる上でも大きな示唆を与えてくれます。
個人を起点とする社会や組織にしていくことを課題にしている私には、とても示唆に富む本です。
企業人にはもちろん、社会を豊かにしていきたいと思っている人にも、お勧めします。

もし本書を読んでもう少し議論を深めたいという方が複数いらっしゃったら、荻阪さんもお呼びして、読書会的サロンを企画します。
本を読まれて、関心を持たれた方は私にご連絡ください。

Photo


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/07

■カフェサロン「大家族主義経営を考える―個人と組織の関係」報告

久し振りの企業経営をテーマにしたサロンは、今回は徳島にある西精工株式会社の事例をベースにして、個人と組織の関係を考えるサロンでした。
西精工は、「ホワイト企業大賞」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などを受賞し、「人間尊重型経営」で成果を上げていると話題になっている会社です。
最近、西精工の経営を紹介した「人間性尊重型大家族主義経営」(内外出版社)を編集した上本洋子さん(自在株式会社)に、同社の紹介をしてもらいました。
西精工の現場にも行ったことがある内外出版社の関根さんも参加してくれました。
最初に先ず、上本さんから西精工の紹介をしてもらいました。

社長の西さんは、東京の広告代理店で働いていましたが、会社の後継者候補だった従兄弟が病気で急逝したため、急遽、会社を継ぐことになり、徳島に戻りました。
入社してわかったことは、業績はいいものの職場風土にいろんな問題があることでした。
どうにかしなければと思っている矢先、西さんご自身が腎臓病になってしまい、1年間の闘病生活を余儀なくされてしまいます。
病気回復後、会社の中の気の流れを変えたいと決意し、掃除や挨拶からの風土改革を始めたものの、なかなか思うようにはいきません。
そしてさまざまなドラマが始まっていくのですが、これはぜひ本を読んでください。

同書には前半で、西精工と重ねながら最近話題の「ティール組織」のことが紹介されています。上本さんは、そのエッセンスも話してくれました。
「ティール組織」は話題になっているわりにはその実体がなかなかわかりにくい「組織モデル」ですが、個人と組織の関係を考える上では大きな視点を提起しているように思います。

上本さんのお話の後、話し合いが始まりました。
最初に私から、西精工の会社現場の雰囲気を質問しました。
本やテレビで描かれている話と実際の現場とは大違いの会社が少なくないことをこれまで何回も経験しているからです。
たとえば西精工では、毎朝1時間の朝礼が行なわれていますが、その雰囲気はどうなのか。
朝礼にも参加したことのある関根さんから即座に答えが返ってきました。
社員の表情が輝いていて、みんな楽しそうに話し合っていたというのです。
工場の雰囲気もとてもいいそうです。
本の記述と実態は違っていないことを、私は確信しました。
社員の顔は嘘をつかないからです。

本にも書かれていますが、会社を死に場所にしたいと言っていた社員の話に、そんな会社があるのだと驚いた人が一人ならずいました。
会社が、その人にとって、自分の生きがいを満たしてくれている場になっているということでしょう。
しかし、その一方で、そんなに会社べったりでいいのだろうかという違和感を持った人もいたかもしれません。
それではかつての「会社人間」と同じではないか、と。
そこで、「家族」ということの意味が話題になりました。

本のタイトルは「大家族主義経営」ですが、西精工社内では「家族主義」という言葉はあまりつかわれていないようです。
ここで「大家族主義」という言葉に込めた意味は、社員のことは家族の一員のように、最後までしっかりと面倒を見るとともに、仕事の上での上下関係を人間としての上下関係にせずにお互いに支え合う関係を大事にしようということではないかと思います。
「家族」という言葉には、拘束的な面や他者を排除するような面もないわけではありませんが、西精工にはそうしたことはないようです。
たとえば工場周辺の掃除にしても、ただ工場周りだけではなく、まちなかにまで掃除を広げているようですが、そこに象徴されるように、家族ファーストではないのです。
西さんの祖母の言葉が、とても示唆に富んでいます。
「社員さんが250人おったら、×(かける)4せなあかんのよ」。

西さんは、経営とはみんなの幸せを追及することだと考えています。
宮沢賢治の「世界ぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」を思い出します。
それは、同社の行動指針にも明確に表現されています。
そこで大切にされているのは、「つながり」とか「コミュニティ」です。
決して閉じられた「家族主義発想」ではないのです。

西さんは、主体者は社員で、社長はサポートする人だと言っているそうです。
そこには人を信頼して任せる、各人の常識に委ねる。
ここにも従来の家父長型の家族主義発想はありません。

西さんは、子どもの頃から本に囲まれて、たくさんの物語になじんで育ったそうです。
そのためか、自分を主役に物語を語ることになれている。
そして、社員と一緒に物語を語りながら、社員とコミュニケーションを深めていくようです。
物語を語ることは大切です。
社員一人ひとりが主役になる組織、まさに「ティール組織」が目指されています。

ティール組織に関する議論もいろいろとありました。
ティール組織の議論は、社会の状況に合わせて組織の構成原理も変わっていくという話ですが、いまの日本の社会や人間は変わってきているのだろうかという話もありました。
上本さんは、朝の通勤時の電車の様子を見ると人間の質も上がっているのではないかと言いました。

西精工のような、人間の生活をつなげる「人間尊重型」の経営は、どこでも実現できるのか。
参加者からは、地域社会の特性と無縁でないのではないのかという意見が出ました。
東京と地方の会社に関わっていて、そう実感されているようです。
上本さんも、四国という土地柄が関係しているかもしれないと言います。
まさにティール組織論が言うように、社会の状況が組織のありようを決めていく。
同時にまた、組織のありようが社会のありようを決めていくのかもしれません。
だからこそ、会社のありようは社会的にも大切なのです。

企業は社長の経営観や価値観で変わってくる。
しかし、会社を変えていくには、社長一人ではなく、何人かのコアになる人が必要だという意見も、実際に企業変革に関わっている人から出されました。
西さんの経営観は、どこで培われたのか、もしかしたら1年間の入院生活が何らかの影響を与えているのではないか、という話も出ました。
人は世界の広さによって、経営観も変わってきます。
大病経験が西さんの経営観を豊かにしたのかもしれません。
障害を持つ社員がいるおかげで、経営に関する考え方も広くなったという参加者の発言もありました。

まだまだいろんな話が出ましたが、長くなりすぎたので、これでやめます。
上本さんが、時々ポツンとつぶやいた言葉が私にいろんなことを考えさせてくれました。
経営者からの話も示唆に富むことが多いですが、編集者から企業のことを聞くことの意味がよくわかりました。

いつもながら、私の関心に合わせて報告させてもらいました。
個人と組織(会社には限りません)をテーマにしたサロンは、来年も続けます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/21

■お金が人間をどんどんと劣化させている

日産を立て直したと言われるゴーンさんが逮捕されました。
それに関しては、何の感想も持ってはいないのですが、これに関して日頃から気になっていることを書きたくなりました。

ゴーンさんは名経営者とか日産を立て直したとか、よく言われます。
日産では2万人の従業員を解雇したにもかかわらず、日産の売上規模は大きくは変わらず、それで会社はV字回復したと言われています。
たしかに会社の業績で評価すれば、立て直したと言ってもいいでしょう。
しかし会社とは何なのか。
2万人の解雇された従業員の視点に立った時、「会社が立て直された」と言えるのかどうか。

そもそも会社とは何なのか。
会社にとって従業員は単なる手段なのか。
従業員を解雇して会社業績を上げることは、「会社の立て直し」と言えるのか。
私には、それは「経営」とはとても思えないのです。

もう一つ気になるのは、高額な報酬です。
海外のグローバル企業の経営者の報酬に比べたらそんなに高額ではないといわれています。
たしかにそうでしょう。
しかし、そもそもグローバル企業の経営者の報酬が高額すぎるのです。
自らの会社の従業員の給料に比べて比較にならないほどの高額の報酬を得ていることになんの疑問ももたない経営者は、はたして経営者と言えるのか。
私には、そうした人たちは「経営者」とはとても思えないのです。
略奪者でしかない。

まだまだ気になることはあるのですが、まあそういうことを少しでも考える人が出てきてほしいです。
せめて「経営者」とか「経営」の捉え方を見直してほしいです。

お金が人間をどんどんと劣化させている。
そんな気がしてなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/19

■カフェサロン「過労死など起こらない働き方の未来を考える」報告

「過労死など起こらない働き方の未来を考える」のサロンは、7人の参加者がありました。
「働き方」が問題になっているので、もっとたくさんの人が参加すると思っていたのですが、意外でした。
今回、問題提起してくださった小林さんは、過労死は、突然誰に起こってもおかしくないのではないかと話してくれましたが、私も同感です。
多くの人にとって、決して「無縁」ではありません。
しかし、まだまだ「過労死」は特別の「事件」と位置付けられているのかもしれません。
私は、そこにこそ問題の本質があるような気もします。
本気で「働き方」(生き方)を変えようとみんな思っているのでしょうか。

小林さんは、15年前の40代の時に企業で働いていた夫を過労死で亡くされました。
小林さんと3人の子供たちの生活は大きく変わってしまったでしょう。
企業での過労死の場合は、会社の上司や経営者への怒りも起きがちで、憎悪におそわれることもあります。
小林さんは、しかし、憎悪の世界に引き込まれることなく、悲しみのなかで、なぜ夫は過労死に追い込まれたのか、そしてどうしたら過労死をなくすことができるのか、に取り組んできました。
医療や福祉の分野で仕事をしていた小林さんの使命感もあったでしょうが、それが小林さんの支えになってきたのかもしれません。
そして、いまは過労死家族の会に参加して、同じ立場になってしまった家族の支援や過労死防止のための活動に取り組んでいます。
小林さんは、そうした15年を語ってくれました。

小林さんはこう話してくれました。
過労死は社会問題となって既に30年近くになるのに、いまもなお、過労死・過労自殺は年齢、性別、職種を超えて広がり続けている。
毎年2万人以上の自殺者の中には、相当数の過労自殺が含まれている。
疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因として、「長時間にわたる過重な労働」が考えられるが、相変わらず長時間労働の実態は改善されず、最近話題になったように、裁量労働制などでむしろ長時間労働を是認するような動きさえも見られる。
長時間労働は、脳や心臓疾患との関連性が強いという医学的知見が得られているし、業務における強い心理的負荷による精神障害により、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺に至る場合もあると考えられている。

そして小林さんは、残業時間をせめて月45時間以内にすれば、過労死をかなり減少させることができるはずだ、とデータで示してくれました。
厚労省が発表している「過労死等の労災補償状況」(平成29年度)によれば、時間外労働時間が45時間以内の場合は、該当者がゼロになっています。
1998年には、月45時間を限界とする行政指導基準が労働大臣の告示として出されているそうですが、法的拘束力がないばかりか、適用を回避する条件も示されています。
時間がすべてではないだろうが、せめてこの45時間基準に法的拘束力をつけるだけでも、かなりの過労死は避けられるはずだ、と小林さんは考えています。
そしてそうした活動に、仲間と一緒に取り組んでいるのです。

小林さんは、最後に2つの文章を読み上げてくれました。
ひとつは亡くなった夫が残した家族あての遺書。
もうひとつは、国際労働機構(ILO)が昨年スタートさせた「仕事の未来世界委員会」で確認された次の方針です。
「仕事の未来は、既に運命的に決まっているものではなく、われわれの主体的な意思や行動で
より良いものに変化させることのできるものだ」。
いずれも心に響くものがあります。

小林さんの話を受けて、いろんな視点での意見が出されました。
「個人と組織の関係」や「働くとは何か」。
みんな時間に追われているという意味でも「時間」が「人」を追い込んでいるのではないか。
過労死に追い込まれるような会社よりも、みんなが楽しく働けるような会社のほうが業績を上げている事例も多いのに、なぜそうした会社が増えていかないのか。
ほかにもいろいろと出たはずなのですが、なぜかいつも以上に、思い出せません。
この問題には私も少し思い入れが強すぎるからかもしれません。
参加された方、できれば話し合いのところを補足してください。

過労死は、小林さんが言うように、いまのような社会においては、誰にでも起こりうることです。
過労死までいかなくても、精神的にダウンしてしまっている人も少なくありません。
過労死の問題は、まさに私たちの生き方、さらには社会のあり方につながる問題です。

それはまた、現代の組織の本質につながる問題かもしれません。
人間にとっての仕組みだったはずの「会社」や「組織」が、いつの間にか人間を追いやってしまう存在になっているのかもしれません。
そこで、湯島のサロンでは、「個人と組織の関係」をさまざまな視点から考えるサロンを時々開催していこうと思います。
それが、「過労死がなくなる社会」に向けて私のできることのひとつだと思うからです、
案内はまた別に投稿させてもらいますが、その第1回を12月5日に開催します。


Karousi181117


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/10/15

■企業サロン「企業の〈インターナルコミュニケーション〉を考える」報告

〈インターナルコミュニケーション〉をテーマにした企業サロンは15人参加のにぎやかなサロンになりました。
最初に、清水正道さん(CCI研究所代表・日本広報学会前理事長)から、これから発表しようとしている「インターナルコミュニケーション経営(IC経営)」の紹介をしてもらい、つづいて大企業と中小企業、それぞれについて数社の事例発表をしてもらいました。
パワーポイントを使用しての体系的なお話を要約するのは難しいので、近いうちに当日のサロンの映像記録を公開するようにします。
また当日清水さんが使用したパワーポイントですが、10月28日に開催される日本広報学会シンポジウムで報告発表後、関心のある人にはデータを提供して下さるそうです。
ご希望の方は、CCI研究所代表・清水正道さん宛に、ご自分のメールアドレスを連絡すると、29日以降に清水さんからデータを送って下さるとのことです。
メールアドレスは、tactico@nifty.com です。
したがって清水さんのお話はそれをぜひご覧ください。

話し合いはまたいつものようにいろいろと広がりました。
清水さんは「インナーコミュニケーション」と「インターナルコミュニケーション」の違いも含めて、最初に注意すべき2点を指摘しました。
まずそもそも「インナー」とは「内面」というような「自分自身とのコミュニケーション」という意味がありますので、違う概念であること。
そして、インターナルという場合、インとアウターの境界(バウンダリー)をどこに置くかが重要な問題であることです。
特に、インターナルコミュニケーションを考える時の視野をどこまで包摂していくかは、コミュニケーションにとっての本質的な問題です。
参加者の椎原さんは、最近は「コミュニケーション」ではなく「リレーション」の視点から考えるようにしていると話されました。
私自身は、さらに一歩進んで、そこから新しい価値が生まれるという意味で「コラボレーション」の視点を大事にするべきだと考えています。

IC活動あるいはIC経営を進めることで、どういう価値あるいは目的が達成されるのかという質問も出ました。
いうまでもなく組織のパフォーマンスが上がるということでしょうが、そのパフォーマンスの捉え方がいま大きな岐路にあるように思います。
そういう意味では、コミュニケーションの問題は実は組織論の問題になって行くはずです。
ティール組織や企業規模の問題にも少し話が広がりました。

組織で働く人の話も出ました。
そもそも組織のメンバーが、最近は主体的に思考し主体的に動くということができにくくなっているのではないかという話にもなりました。
私自身はそこにこそ現在の企業のコミュニケーション問題の本質があるように思います。
自分で考えて主体的に行動する人どうしで行われるコミュニケーションか、それとも指示に従って動くだけの情報伝達型のコミュニケーションかによっては、その意味も方法も全く違ってきます。
同じ「コミュニケーション」という言葉を使いながら、それは全く違うもののように思えます。
言い換えれば「機械的コミュニケーション」か「人間的コミュニケーション」かと言ってもいいでしょう。
ここまで来ると、経営そのものの話になってきて、その流れで、組織論やモチベーション論、さらにはCSRの話も出ました。

大企業と中小企業の事例が紹介されましたが、参加者からは規模によってIC経営のスタイルは違ってくるのではないかという指摘もありました。
しかし、仮にそうだとすれば、用語を変える必要があるでしょう。

コミュニケーション問題は長年の組織活動に於ける重要課題です。
一番問題なのは、「コミュニケーション」をどう捉えるかということではないかと思いますが、IC経営の提案が、そうした視点をぜひ出してほしいと期待しています。

今回のサロンでも話題になったいくつかの企業の事例を題材にして、具体的なサロンをまた企画したいと思っています。

Shimizu20181014_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/03/19

■カフェサロン「現代こそドラッカーに学び、人を活かす経営を考える」の報告

ジャズミュージシャンにして経営コンサルタントの村瀬弘介さんの「ドラッカー」をテーマにしたサロンは、「インテグリティ」という言葉から始まりました。
ドラッカーを理解するキーワードは「インテグリティ」だというのです。
インテグリティを、「真摯さ」と訳し、それには「対象に対する真摯さ」と「自分に対する真摯さ」があると説明したあと、人間として正しいかどうかが大切だという話をされました。

こういう話で、村瀬さんのドラッカー経営論は始まりました。
村瀬さんの経営論の基本には、「人間の尊厳」が置かれています。
企業関係者も多かったのですが、多分こういう形でドラッカーの話を聞いた人は少ないと思います。

なぜ「インテグリティ」なのか。
村瀬さんは、ドラッカーがナチスドイツによるホロコーストを体験したことにも言及しました。
ドラッカーが「経済」や「経営」をどう位置付けていたかの話もされました。
そして村瀬さんがたどりついた「経営観」は、「経営とは、人間が幸せになるすべてである。人の尊厳を実現するものである。経営で成果を上げるとは人間が幸せになることである」というものです。

私は寡聞にして、ドラッカーをこういう視点でしっかりととらえた経営学者や経営コンサルタントにこれまで会ったことがありません。
もし一人でもお会いでできていたら、私のドラッカー観は変わっていたはずです。

私がドラッカー経営論に否定的なのは、「経営は顧客の創造」だと紹介されてしまったことです。
経営は、「価値の創造」であって、「顧客の創造」であってはなりません。
人を「顧客」ととらえるところには、「人間の尊厳」の発想はありません。
私も、会社時代に経営について少しは考えてきましたが、そこで大切にしたのは、「人間の尊厳」と「価値の創造」でした。
そしてそれを私が所属していた企業の経営の理念にするプロジェクトに取り組み、その結果として私は人生を変えてしまいました。
ですから今回の村瀬さんの話には、心底嬉しさを感じました。
ドラッカーの思想の起点は「人間の尊厳」です。
ようやくほんとうのドラッカーに出会えた気がしました。

村瀬さんは、ドラッカーは「資本主義のための経済ではなく、自由民主主義のための経済」を目指していたと言います。
そういう意味での経済(経世済民)がうまく行けば、カリスマも出てこないし、ホロコーストも起きないとドラッカーは考えていたのではないか、と言います。
同感です。
ドラッカーの最初の著作は、「経済人の終わり-新全体主義の研究」です。
ぜひ読んでほしい本の一つです。
その延長で、ドラッカーの著作を読めば、違った受け止め方ができるはずですから。

村瀬さんはリーダーシップにも言及しました。
リーダーシップとは「責任」であるというのです。
これも含蓄に富む言葉です。
ちょっとした言葉の言い換えではないかと思うかもしれませんが、私には視点が全く違う、新しい経営論のように感じます。
つまり、組織の視点からではなく人間の視点から経営が考えられている。
今の日本の企業に一番欠けている視点です。

「経営」とはそもそも企業の世界だけの話ではありません。
NPOにおいても行政においても、地域社会においても、さらには人生においても大切なことです。
経営とは技術の話ではありません。思想の話なのです。
村瀬さんの経営論を、ぜひいろんな分野の人に聞いてほしいと思います。
ちなみに湯島では、以前、NPOとドラッカーと言う視点で、市民性や社会性をテーマに、『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』の著者の田中弥生さんにサロンをやってもらいました。
「市民性」「社会性」も今回少し話題になりましたが、改めて考えたいと思います。

村瀬さんは、ジャズミュージシャンです。
ご自分でも話されましたが、論理ではなく感性で受けとめるタイプです。
ある時にドラッカーを読んで涙が出てしまった。
それがドラッカーを語りだした出発点だそうですが、村瀬さんの話には魂を感じました。

村瀬さんの話の入り口だけの紹介になりましたが、村瀬さんが話してくれた話は、先月出版された村瀬さんの『ドラッカーが教えてくれる 人を活かす経営7つの原則』(産業能率大学出版部)をぜひ読んでください。
http://jlom.xsrv.jp/cs2/44/
また次のサイトで村瀬さんの話に触れられます。
ドラッカー講義動画集『感動から分かる ドラッカー経営』
http://jlom.xsrv.jp/cs2/25/

ついでに村瀬さんの音楽もどうぞ。
https://www.youtube.com/channel/UCOtRQ7cRiznIUxNtsGcl6rg

村瀬さんはいろんな所で講演活動もしていますので、ぜひどこかで村瀬さんの魂に触れてみてください。

Murase20180317


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/02/11

■カフェサロン「モノづくり企業の経営を支えるカイゼン」報告

残念ながら、最近の調査では、日本の企業の労働生産性は世界で20位、主要先進国7か国では最下位だそうです。
企業の現場を飛び回り、日本企業の「現場」の改善力の強さとそれが戦略につながる可能性を実感している柿内幸夫さん(柿内幸夫技術士事務所所長)は、その状況を変えていくことを自らの使命にしているように思います。
そして、難しい手法や理論よりも、誰でもできる「カイゼン活動」が、企業を変え、社会も変えていくと確信されているようです。
私は、その柿内さんの考え方と実践にとても共感しています。
なによりも、自ら汗をかいて実践している。
今回の企業サロンは、その柿内さんにお願いしました。
15人が参加しました。

柿内さんは、日本と欧米では仕事の進め方、従業員の位置づけに大きな違いがある、と言います。
日本のいいところもあれば、悪いところもある。
それをしっかりと踏まえて、企業に関わるみんなが、知恵と汗を出せば、日本の製造業が再び世界をリードできる時代を呼び寄せることができるはずだ。
どうしたらそれが実現できるか。
長年の活動から得た答は、みんなが自らの現場で、日々、改善に取り組むことです。
そのために、柿内さんは「チョコ案」制度を考え出しました。
ちょこっとした改善アイデアをみんなで実行して、それを簡単に用紙に書いて報告する仕組みが「チョコ案制度」です。
ポイントは、提案して採用されたら実行するのではなく、「実行して報告する」こと。そして、それを通して、みんなの「改善の心に火をつける」ことです。
興味のある方は、柿内さんの「ちょこっと改善」(経団連出版)をお読みください。
簡単な紹介は次のところにしています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#160306

そういう柿内さんの実践とそこから得たメッセージを柿内さんは話してくれました。
私は、柿内さんの「ちょっとしたカイゼンが大きな変化を起こす」という発想に共感していますが、それは企業に限ったことではないことを改めて確信しました。
行政でもNPOでも、あるいは家庭でもグループでも、さらには個人としての生き方にだって、効果を発揮する考えです。
しかも、たぶんそれを実践すると、人生が楽しく豊かになる。
いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、たぶん長年実践してきている柿内さんには賛成してもらえるような気がします。
今回も、福祉に関わっている人が自分の活動につなげて発言してくれましたし、自分の生き方につなげて考えていた人もいると思います。
自分の生き方が社会を変えていくと思っている私も、柿内さんの話からたくさんの気づきをもらいました。

話し合いで出た話題も紹介したいものがたくさんあるのですが、書きだすときりがありません。
しかし、聞いていて、感じたのは、みんなの発言に通底しているのは「人間が主役」ということです。
みんなそれにきづいているのに、なぜなかなかそれができない。
義務とか制度とか、そんなことに縛られてしまう。

ひとつだけ、いささか刺激的な問題提起があったので紹介します。
それは「現場」という言葉です。
私の生活信条は「解決の鍵は現場」ですので、今回のサロンでもかなり現場という言葉を使ったような気がします。
ところが、私から見ると、とても現場を大切にしている方が、現場という言葉は、現場を一段下に見た差別用語のような気がすると発言されました。
思ってもいなかったことですが、たしかにそういわれるとそんな気もします。
その人は、「現場」よりも「第一線」という言葉を使っているそうです。
考えは同じなのですが、人によって、言葉の持つ意味は多様です。
こんなことに気づかされるのも、サロンの魅力です。

時間もだいぶ延ばしましたが、やはり話し合いすることができないテーマも多かったです。
湯島のサロンは、みんなよく話すので、2時間ではいつも足りません。
これをどう解決するかも、サロンの課題の一つです。

ところで、参加者のお一人から、後でメールをもらいました。

柿内さんの語り方や「それは考えていなかった。とても嬉しい」というような話なされ方は人の心を穏やかにし、素直にさせる素晴らしいスキルで、私も学びたいと思います。

私も、そう感じていました。
自分の考えを相対化し、他者の意見に新鮮な思いで学ぶという柿内さんの姿勢に、サロンの運営者としても大きく学ぶことがありました。
今年の私の課題にします。

今回のサロンは近藤さんが録画してくれました。
公開するかどうかはまだ決めていませんが、もしご覧になりたい方がいればご連絡ください。
公開したらご案内します。

柿内幸夫さんのホームページもぜひ見てください。
http://www.kakiuchikaizen.com/


Kaizen20180210


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧