カテゴリー「企業時評」の記事

2020/08/24

■家の前にトイレットペーパーがワンパック置かれていました

私の住んでいる地域では月に1回、新聞紙を回収してくれる業者がいます。
新聞紙一袋に対してトイレットペーパー2つを置いていってくれます。
雑誌や書籍も置いておけば回収してくれます。
行政のごみの回収でも持っていってくれるのですが、わが家の場合、ごみを出す場所がちょっと離れているので、重い書籍や雑誌はそこまで持っていくのが大変なので、ついついその業者の方にお願いしてしまいます。
ただわが家は道の突き当りに位置していて、業者の方が回ってくるのがいつも最後のようで、用意してきたトイレットペーパーがなくなってしまい置かれていないことが時々あります。

昨日はその回収日でした。
昨日、駅まで迎えに来てくれた娘が自動車の中で、家のドアを開けると驚くものがあるよ、というのでなんだろうと思ったら、トイレットペーパーの大きなパックでした。
回収後、家の前に置いてあったそうです。
昨日出しておいた新聞紙は一袋、それに雑誌類と書籍がありましたが、本来であればトイレットペーパーは2つでいいのです。
それがなんと18個も入っています。

以前、回収時に孫がちょうど来ていて、その方にお礼を言ったら、1つおまけにトイレットペーパーをくれたという話は聞いていましたが、私は一度しかお会いしていません。
しかしなぜかとてもうれしい気分になりました。

こうしたちょっとしたことで人は幸せになるのです。
さてどうしたら回収する方に謝意を伝えたらいいでしょうか。
そんなことを考えるのもまた楽しみです。

ビジネスは金銭の交換ではありません。
金銭の交換はほんの一部でしかありません。
そのことが忘れられているのがとても残念です。

昨日のサロンでも、ちょっとそうした話にも触れさせてもらいましたが、あまりにも金銭中心での生活になじみ過ぎてしまっているためか、誰もそこから抜け出せないでいるのが残念です。

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2020/07/17

■企業経営関係の本を2冊、紹介させてもらいます

久しぶりに企業経営関係の本を2冊、紹介させてもらいます。
「カイゼン4.0-企業にイノベーションを起こす」と「トヨタチーフエンジニアの仕事」です。書名からのイメージとは違い、企業関係者だけではなく、さまざまな立場の人にも示唆に富む内容なので、紹介させてもらうことにしました。

いずれも個人を起点に置いて企業経営に取り組んできた体験をまとめたものです。
それぞれの著者とは親しくお付き合いさせてもらっていますが、そのお人柄と誠実な仕事ぶりから生まれた、信頼できる実践的な経営書です。

ポストコロナ時代の経営を考えるための示唆が得られるだけではなく、仕事とは何か、経営とは何か、そして働くとは何かを問い直す視座も得られると思います。

まずは、企業を現場から変えていこうという活動に長年取り組まれている柿内幸夫さんの新著です。
『カイゼン4.0-スタンフォード発 企業にイノベーションを起こす』(柿内幸夫 サニー・プラス 1500円)

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柿内さんの著作は以前にも紹介させてもらいましたが、今回は柿内さんが実際に取り組んだ事例をふんだんに紹介しながら、これまでの実践知を改めて、体系的にまとめています。
「カイゼン」活動と言えば、モノづくり現場でのコスト削減や生産性の向上というイメージが強いと思いますが、柿内さんの目指す「カイゼン」は、企業にイノベーションを起こす活動です。ですから本書の書名も、『カイゼン4.0-スタンフォード発 企業にイノベーションを起こす』とされています。

柿内さんは、こう書いています。

カイゼンという日本発の技術は、お金がかからないシンプルな技術であり、正しく運用すると生産性や品質はもちろんのこと、新商品や新マーケットをも生み出してしまうすごい不思議な技術なのです。そしてこれは日本にしかできない特別な技術です。ですから正しいカイゼンができていない会社が多い今の日本の中小製造業の状況は、とてももったいないと思っています。
私はカイゼン指導が専門のコンサルタントです。そして私の指導先ではそのすごいことが普通に起きています。

本書でも紹介されていますが、まさに「すごいこと」を、柿内さんはいろんな会社で引き起こしています。
しかも、現場のカイゼンにはとどまりません。会社そのものが大きく変わるばかりでなく、異分野のヒット商品が生まれたり、新しいマーケットが発掘されたりすることもあるそうです。

柿内さんは全組織協働型の経営改革活動と言っていますが、その原動力は会社を支えている全員の力ですので、大きな資金投入など不要です。
魔法のような話ですが、その取り組み方法はきわめて簡単なのです。
ポイントは、社長など経営トップと現場で働く人々が同じ目線に立って、一体となって取り組むことですが、それをどうやって進めるか、そして経営とは何か(経営者の役割とは何か)が、本書には具体的に書かれています。

とても読みやすい本ですので、会社の経営に関わっている方にはお勧めです。
会社だけではなく、NPOや行政の方にもおすすめです。

つづいて、トヨタ出身の北川尚人さんの新著です。
『トヨタチーフエンジニアの仕事』(北川尚人 講談社α新書 880円)
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トヨタの経営と言えば、原価低減や品質管理に優れたトヨタ生産方式がすぐに頭に浮かびますが、もう一つの「トヨタの強さ」は次々とヒット商品を生み出すトヨタ製品開発方式であり、その中心的役割を果たすチーフエンジニア(CE)制度です。

長年トヨタで、チーフエンジニアとして、新車を開発してきた北川尚人さんは、これからの成熟した経済社会にあっては、この製品開発システムこそが企業の活力の根源だろうと考えています。
「現在、世界を席巻する巨大IT企業GAFAはトヨタのCE制度を徹底的にベンチマークし、プロダクトマネジャー制度として導入し、大きな成果に繋げていることは意外と知られていない。プロダクトマネジャー制度の源流、本家はじつはトヨタのCE制度だ」と北川さんは言います。
つまり、モノづくり企業にとどまらず、トヨタのCE制度にはこれからの企業経営の活力の源泉のヒントがあるというわけです。

北川さんは、トヨタで10年間、チーフエンジニアとして数多くの新車の開発に取り組んできました。そうした自らの実践を通して蓄積してきた体験知を、わかりやすくまとめたのが本書です。
本書の中心は、北川さんの体験から生まれたCE17条(言い換えれば、ヒット商品開発のポイント)の紹介です。その第1条は、「車の企画開発は情熱だ、CEは寝ても覚めても独創商品の実現を思い続けよ」です。これだけ読むと、北川さんはただの猛烈社員のように思うかもしれませんが、そうではありません。それに続く17条を読んでもらうと、北川さんの「働くことの哲学」あるいは「生きる哲学」がわかってもらえるでしょう。

「一人でも多くの人を幸せにする乗り物を開発したい」というのが北川さんの夢だったそうですが、それは言いかえれば、「自動車メーカーの人間として何とかできないのか」と考えつづけることでした。そのために北川さんは、仕事のかたわら、まちづくりに関わったり、老年学を学んだり、障害者施設を訪問したりしていました。会社の中にいるだけでは、新しい製品は見つかりません。
本書には、そうした北川さんの夢への取り組みが具体的に紹介されています。

時代は大きく変わり、「HOW」から「WHAT」へと社会が求めるものも変わってきている。WHATを生み出し続けられる価値創造の仕組みこそが、これからの企業の活力につながっていく、と北川さんは言います。
トヨタが創り上げてきたCEのシステムは、これからの時代、メーカーだけではなくサービス分野を含むさまざまな企業にとって役に立つだろうと考えた北川さんが、自らの実践知を惜しげなく公開した本書には、力を失ってきている日本の企業を活性化するヒントがたくさんあるように思います。

製品開発のためのテキストとしても参考になるでしょうが、むしろこれからの働き方を考えるような読み方も面白いのではないかと思います。

機会があれば、おふたりにも湯島でサロンをやってもらいたいと思っています。

 

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2019/10/11

■ちょっと、そしておおいに残念なこと

ちょっと残念なことがありました。

もう1か月以上前の話ですが、新潟の友人から電話がかかってきました。
憤慨している口調で、新潟日報に集英社文庫の新刊の広告が大きく掲載されているというのです。
本は「水が消えた大河で ルポJR東日本・信濃川不正取水事件」で、著者は朝日新聞記者の三浦英之さん。
2008年に発覚したJR東日本が信濃川にある水力発電ダムで契約以上の水を取水していたという事件を現地取材したドキュメンタリです。

新聞広告には、「魚が消えた。土地が死んだ。愛すべき日本一の信濃川を涸れさせたのは、誰だ」と挑発的な文字を大きく出ています。
私も当時の信濃川の実状は見ていますので、これは大袈裟な表現ではありません。

 しかし、電話をくれた友人が怒っている相手は、JR東日本ではなく、集英社と著者であり、さらにはこんなに大きな広告を載せた新潟日報です。

 実はこの本は「新刊」ではありません。
2010年に出版された本を文庫化して復刊したものです。
友人が怒っているのは、なぜ今頃に、ということなのです。

この本は私も前に読んでいます。
問題を明確に整理したいいドキュメンタリです。
しかし、そこで告発された問題や状況は、その後大きく変わってきています。

この事件を契機に、JR東日本は誠実に問題に取り組みだしました。
事件を反省し、改善しただけではなく(それは当然のことですが)、信濃川に鮭を遡上させようという活動に取り組んでいた新潟のNPOとも協力し、ダムに鮭が遡上できる魚道を作り直し、NPOと一緒になって鮭の稚魚放流にも協力。信濃川の状況は大きく変わったのです。

 私は当時、そのNPOの顧問をさせてもらっていて、たまたま面識のあったJR東日本の当時の社長とNPOのコアメンバーとのミーティングをセットさせてもらいました。
私には、JR東日本はとても誠実に対応してくれたと思います。

 友人は、そうしたことを知っているはずの三浦さんがなぜ今頃、この本を復刊したのか、なぜ集英社は復刊したのか、新潟日報がなぜそういうことも知りながら大きな広告を出したのか、ということです。
ちなみに三浦さんも、文庫の中で「今回、文庫化するにあたり、私は再度、JR東日本の「犯罪」を糾弾したいと考えたわけではありません」と書いています。
しかし実際には、JR東日本の「犯罪」を糾弾していることになっているように思います。

私が残念に思うのは、せっかく的確な指摘をし、状況を変える一助になる本を出版した三浦さんが、なぜその後の状況の変化、とりわけJR東日本の誠実な取り組みを取り上げ、企業が社会性を高める動きを支援しなかったのかということです。

糾弾は目的ではなく、それによって状況がよくなるための手段です。
にもかかわらず糾弾で終わってしまい、事態が変わった後になってもそれを言い続ける。
私にはヘイトスピーチにさえ感じられます。
そして新潟日報までもが、それに乗ってしまったのは、とても残念です。

JR東日本の当時の社長は、NPOへの評価も変えてくれました。
企業とNPOとは文化が違いますが、こうした具体的な「事件」を共有することで、それぞれの価値や意味が実感的にわかってくる。
そこからいい意味でのコラボレーションが始まります。
考えややり方は違うとしても、企業もNPOもいずれも、基本的にはみんなが住みやすい社会を目指しているのです。

私は現在の企業にはきわめて否定的ですが、企業の本来的な価値は高く評価していますし、ちょっと経営方針や事業行動を変えるだけで、再び企業は社会的な存在になると確信しています。
その格好の事例が信濃川で展開されだした。それがこのJR東日本のダム問題だったかもしれません。
そうした新しい動きこそ、三浦さんには書いてほしかった。

企業は問題も起こしていますが、たとえば東日本大震災でもたくさんの企業が誠実な社会活動をしています。
個別には語られますが、そうした企業の社会活動が見えてくれば、社会の企業を見る目も変わり、それによって企業そのものが変わるはずだと思うのですが、相変わらず企業を糾弾することばかりが話題になりやすいのがっとても残念です。

ちなみに、私も水が涸れた信濃川を上流まで体験させてもらいました。
それで私もNPOの活動に共感してささやかな協力をさせてもらったわけですが,信濃川にはJR東日本のダムのほかにも東京電力のダムがいくつかあります。
そのダムの取水方法や魚道の見直しなどにも取り組むはずだったのですが、東電とNPOとが一緒に鮭の稚魚を放流する予定を組んだミーティングの一週間後に不幸な3.11が発生しました。
東電の関係者はそこで動けなくなってしまったように思います。

企業にもNPOにも、それぞれ良い面もあれば悪い面もある。
お互いに悪さを補い、良さを活かし合う方向に向かえば、社会はかなり変わるでしょう。
マスコミは、糾弾ばかりに精出さずに、良さを活かし合う動きを支援してほしいと思っています。

 

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2019/05/09

■湯島サロン「過労死問題が問いかけるもの」報告

過労死をテーマにした2回目のサロンには10人を超える人が参加しました。
小林康子さん(東京と神奈川の過労死を考える家族の会世話人)は問題の背景などを話してくれた後、参加者に3つの問いかけをしました。

「業務における過重な負荷」
「業務における強い心理的負荷」
「そのような就労環境」

これに関して話し合おうということになりました。

ところが最初から、過労死問題の捉え方に関する根本的な問いかけが出されました。
昨今の過労死問題や働き方改革は「雇用労働」に焦点を絞りすぎているのではないのか、過労死は個人営業やフリーワーカーの人たちにも発生している、というのです。
そして波乱万丈のサロンになっていきました。
そんなわけで、さまざまな話題にとびましたが、そのおかげで、「労働」を超えた社会のあり方や私たちの生き方へと視野は広がり深まったと思います。
そして、小林さんの問いかけにも深い意味でつながっていったように思います。

少し具体的な話を紹介すれば、時間以外の要素にもっと目を向けるべきではないかという意見が多かったです。
納得できていない仕事と納得して取り組んでいる仕事とでは同じ労働時間でもまったく違うのではないか。
個人で仕事をしている人たちの労働時間は場合によっては雇用労働者の残業時間よりも長い場合もあるが、だからといって過労死が問題にならないのはなぜか。
働かされているのか、働いているのかで違うのではない。
ILOが取り上げているディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)や雇用労働と協同労働の話もでました。

日本には、組織を辞める自由が少ないし、辞めることを恥と思う文化もある。
本人が自分に負荷をかけている面もあるのではないか、といった日本人の考え方や生き方の話も出ました。
組織のため、会社のために働いていることが問題ではないか。
かつては、会社のためと自分のためとがつながっていたが、いまは切り離されてしまった。
もっと自分の生活を起点に考えることが大切ではないか。

お金に縛られすぎているのではないかという話もありました。
そうならないように、いろいろな人のいろいろな生き方を知ることが大切だという指摘もありました。

過労死に向かってしまう人は、自分が見えなくなってしまう。
家族などのまわりの人が忠告してもわかってもらえない。
そういう時に、相談に乗ってくれる人や、気づかせてくれるような場や仕組みがほしい、と遺族の方からの体験談もありました。
企業でもカウンセラーや相談窓口をつくっていますが、当事者目線での仕組みがまだ不十分のようです。
これは過労死に限ったことではありません。

働き方改革の動きが、逆に労働条件が悪化させる危険性もあるという指摘やそもそも「正規」「非正規」という働く人たちを分断しているのが問題ではないかという指摘もありました。

過労死問題の原因は3つ。90年代に外資系コンサルが日本人の働き方を変えたこと、日本人の好きなスポ根文化、そして日本人の帰属意識重視文化だという指摘もありました。

さらには、教育の問題やセイフティネットまで、書き出していったらきりがないほど、いろんな話が出ました。
「過労死問題が問いかけるもの」は労働や企業だけにはとどまらないのです。

私は、経済ではなく生活を基本にした社会に変わっていくことが必要ではないかと思いますが、そのためにはまず私たち一人ひとりが自分の生活を大切にしていくことではないかと思います。
過労死は、社会のあり方を象徴している表現の一つです。
制度的な対策も必要でしょうが、私たちの生き方や社会のあり方に根差している。
そのためにはまず、いろんな生き方があることやいろんな世界があることをもっとみんなに知ってほしいと思います。
それが湯島でサロンを続けている理由の一つなのです。

生き方として何に価値を置くか。自分が価値があると認められることのために働くことは楽しいことです。
働くことは楽しくなくてはいけないと思っている私としては、働くことは生きることなので、過労死という捉え方にはそもそも違和感があります。
私たちはいったい「何のために」働いているのか。
そこから問い直さないと「働き方改革」は、事態をさらに悪化させていきかねない。
改めてそう思わされたサロンでした。

最後に小林さんが、こういう議論を広げていくためにも、秋に公開フォーラムを開催したいという提案をしました。
有志で実行委員会を立ち上げることを検討したいと思います。
一緒に取り組みたい方は、ぜひゆるやかな実行委員会のメンバーになってください。
ご関心を持っていただけたら、私にご連絡ください。

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2019/03/16

■経営者は労働者ではないのか

24時間営業をやめたために本部から違約金を請求されそうになったセブンイレブンの事件は、世論の盛り上がりにも支えられてか、なんとか無事おさまりましたが、事態は何も変わっていないのだと改めて思ったのは、昨日(2019年3月15日)の「コンビニ店主は労働者ではない」という中央労働委員会の判断です。
5年前の地方労働委員会の判断を覆したものです。
地労委の委員は現実と個人に目を向けているのに対して、中労委の委員は、法律条文と政府に目を向けているとしか思えません。

「地方の判断」と「中央の判断」が正反対になることは多いのですが、少なくとも私は、ほとんどの場合、地方の判断の方に納得します。
そこには、「地方分権」と「地方主権」の違いが表れていますが、一時、言われ出した「地方主権論」はもう忘れさられたようで残念です。

しかし、そう遠くない先に、関係の反転が起こると私は思っていますが(そうでなければ社会は破綻しますから)、今回、話題にしたいのは「コンビニ経営者は労働者か」という問題です。

中労委は「オーナー店主は労働者とはいえないとして団体交渉権を認めない」としました。
法論理的にはそういえるのかもしれませんが、法の精神は果たしてそうなのかは疑問です。
以前も、「みなし管理職」という概念で、裁判で問題になったことがありますが、オーナーというのは名ばかりで、実際には雇用労働者よりも「労働者」なのではないかと私には思えます。

4年前に東京都労働委員会は、ファミマのオーナーたちのユニオンに対して本部との団体交渉権を認めましたが(今回、それが否定されたわけですが)、その報道の時に紹介されていた、コンビニオーナーは、次のように言っていました。

「オーナー・店長といっても、仕事のほとんどの時間は、アルバイトと同じような業務を自ら行っています。ファミリーマートが以前、あるオーナーに示した経営資料では、加盟店のオーナーと家族で毎週7日、1日18時間の店舗労働を担うことが前提とされていました」
「私たち加盟者は、再契約をしてもらえなければ家族単位で職を失う。本部が1店失うのとはまったく重みが違う。それなのに“対等の事業者”であるというならば、対等の意味をはき違えている」

非正規社員よりも過酷なのではないかと私には思えます。
それはそれとして、問題は、労働者とは何かです。
経営者の一部は、確かに労働しない「不労所得」を得ている人もいるでしょう。
しかし、経営者といえども、特に中小零細企業の経営者は、雇用している社員よりも収入は少ないことも少なくありません。
しかも、従業員よりも時間的にも精神的にも労働している人を私も知っています。
そして過労死した人も、自殺を図った人もいます。
「経営者」と「労働者」は対立概念ではなく、役割分担が違う、同じ労働者(働く人)ではないでしょうか。
実際には、「経営」という労働をしていない「不労経営者」が多くなっているのかもしれませんし、「経営者とは労働者とは違うのだ」というゴーンさんのような人が増えているのかもしれません。

「働き方改革」の本質が、今回の中労委の判断に象徴されているように思えてなりません。
それにしても、なぜ過酷な条件のコンビニオーナーの成り手がいるのかが不思議でなりません。
「働き方改革」の捉え方が私にはまったく理解できません。
だれかが「働き方改革」をしてくれるなどと思ってはいけません。
その改革の「方向」は、もしかしたら反対を向いているのかもしれません。

改めるべきは、働き方ではなく、私たちの生き方であり、社会のあり方ではないかと思います。

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2019/01/28

■カフェサロン「人を大切にする経営とは」

個人と組織の関係をテーマにしたサロンは、坂本研究室で長年調査活動に関わっていた桝谷さんに「人を大切にする経営」をテーマにお話しいただきました。
桝谷さんの誠実さがあふれるようなサロンでした(この表現は参加者の杉本泰治さんの言葉です)。
桝谷さんは、3つの代表的な企業の話をしてくれた上で、「経営とは〈やり方〉ではなく〈あり方〉だ」といいます。
そして、「会社は、関わる全ての人の永遠の幸せを追求するためにある」というのです。

〈やり方〉ではなく〈あり方〉。
「人と会社」あるいは「人と人」の関わり方のなかにこそ、経営の本質が見えてくる。
小手先の技術ではなく、会社そのものの現実にこそ経営があらわれている、ということでしょう。
私もいくつかの会社の経営に関わらせてもらってきましたが、会社というのは、現場で働いている人たちの表情をしっかりとみていれば、ほぼすべてのことがわかります。
有価証券報告書などの資料や雑誌や新聞などの紹介記事からはなかなか見えてきません。

桝谷さんはまた〈需要〉と〈供給〉に関して興味ある指摘をしました。
ケインズ流にのっとった一般の経営の考え方では「企業の成長は貨幣的な裏付けのある〈有効需要〉」を獲得することを目指すが、いい会社の共通項は「〈供給〉を重視している」というのです。
つまり、顧客が欲しがるいい製品・いいサービスといった〈有効な供給〉を作り出せば顧客は必ず見つかるというのです。
この発想の違いを、改めてしっかりと考えることはとても大切のような気がします。

桝谷さんは、企業とは5つの業からなる生命体だといいます。
「環境適応業」「市場創造業」「幸せ創造業」「人財育成業」「社会貢献業」。
ちょっと未整理な気もしますが、いずれにしろ企業はさまざまな顔を思っています。
経済的機関であるととも、社会的機関・文化的機関であることは間違いない事実です。
少なくとも会社が生み出しているのは経済的な金銭利益だけではないことは大切な視点です。
そしてさらに言えば、多くの人間がそこで多くの時間を過ごす場でもあります。
そうした企業の持つ多義性をもっと重視していくことはますます大切になっていくはずです。

「新しい経営のモノサシ」につなげて、「人を大切にする経営学会」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などの紹介の後、桝谷さんは「人を大切にする経営」を広めることは、人々の幸せを作り出し成熟した日本へ向かっていくための推進力になるはずだと締めくくりました。
いろんな意味で共感します。

ところで、「人を大切にする経営」とが話題になるのは、現在の会社経営においては人があまり大切にされていないことを示唆しているといってもいいでしょう。
さらにいえば、人を大切にしなくても成り立つ経営があるということです。
ほとんどの人はそんなことに疑問を持たないかもしれません。
しかし、組織の主役は常に人です。
人の力を活かしていくための制度が会社であるならば、経営の基本は本来、人を活かすということ、つまり〈大切〉にするということです。
実はこの問題は、「経営」とは何か「会社」とは何かにつながっていくのです。
今回は、そこまでは議論は進みませんでしたが、今回の桝谷さんのお話をベースに、そのパート2として、そのあたりの議論を深めるサロンしてみようかと思います。
話したい方がいたらご連絡ください。

今回のサロンも、桝谷さんと近藤さんの協力を得て、公開させてもらいうことにしました。
https://youtu.be/Etau9Pnvz5M

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2019/01/17

■「人間の成長」とは「新たな働きかけをする人へ自分自身が変わること」

昨年末、長年の友人の経営コンサルタント荻阪哲雄さんが湯島に来たのですが、その時に、昨年出版された新著『成長が「速い人」「遅い人」』を持ってきてくれました。
荻阪さんは、プロセス・コンサルティングの視点で、長年、組織開発に取り組んでいる、論理的な熱血漢のプロフェッショナルです。
これまでも何冊かの経営関係の書籍を出版していますが、その主張は、ご自身の実体験に基づいていますので、いずれも具体的かつ実践的です。
その荻阪さんが、「個人」の働き方支援に重点を置いてまとめたのが、本書です。
組織開発の出発点である個人の成長を支援しようというのが今回のテーマです。

荻阪さんは、「人間の成長」とは「新たな働きかけをする人へ自分自身が変わること」だと捉えています。
私にはとても共感できる捉え方です。
この捉え方に、荻阪さんの経営思想やコンサルティング理念が凝縮されています。
新たな働きかけをする人たちの集まった組織は、放っておいても生き生きと動き出す。
それこそが、荻阪さんの考える、個人を起点とした組織開発のポイントです。

しかし、実際には、新しい「働きかけ」をすることはそう簡単なことではありません。
組織の中にいると、さまざまな呪縛が「働きかける」ことの足かせになってしまうからです。
それを荻阪さんは「7つの悩み」にまとめています。

その悩みを解いてやるにはどうすればいいか。
それが本書で提唱されている「飛躍の7力(ななりき)」モデルという人間成長法です。
さまざまな現場で、さまざまな人たちと長年接してきた荻阪さんの体験知を体系化し、誰もが自分に合った「気づける力」を高める取り組みができるようにしたのが、このモデルです。

「飛躍の7力」とは、熱望力、実験力、修業力、結果力、体験力、盟友力、好転力です。耳新しい言葉もありますが、大切なことは、これらの7つの力が、相互に活かしあう関係でつながり、全体として循環している仕組みに気づくことです。
その仕組みを踏まえて、自分の得意な「力」から入っていけば、自然と無理なく、「飛躍の7力」を会得し、人間力が高まっていく。
本書では、その7つの力を高めていく方法が実践的に説明されています。
詳しい内容は本書をお読みください。

「飛躍の7力」モデルの出発点は「熱望力」になっています。
「熱望力」とは、「惹く力」だと荻阪さんはいいます。
仕事を通して、強く望んでいる「想い」や「感情」、それがさまざまなものを惹き付け、自らもまた惹き付けられていく、これこそが成長するための出発点だと。
いわゆる「志」といってもいいかもしれません。

しかし、「想い」は自らの中にあるだけでは大きくは膨らんでいきません。
「飛躍の7力」モデルの7番目は「好転力」。
「好転力」は、自らの目の前にある現実をよくする力だと荻阪さんは言います。
人は自らが置かれた環境の中で、他者と関わりながら、現実を生きている。
同時に、自らの存在や生き方が、環境をつくりだしていく。
自分と環境(他者)は、一体であり、共進化関係にある。
つまり、自らの想いが現実をよくしていくことで自らが成長し、環境(会社)は成長していく。
それこそが、個人を起点にした組織開発であり、継続していく生きた組織づくりだというわけです。
「熱望力」から「好転力」に向けての「飛躍の7力」がどうつながり、どう循環していくかは、本書を読んでじっくりとお考えください。

本書はビジネスマンに向けて書かれた本ですが、会社の中での生き方にとどまるものではありません。
この「飛躍の7力」モデルは、生きる上でも大きな示唆を与えてくれます。
個人を起点とする社会や組織にしていくことを課題にしている私には、とても示唆に富む本です。
企業人にはもちろん、社会を豊かにしていきたいと思っている人にも、お勧めします。

もし本書を読んでもう少し議論を深めたいという方が複数いらっしゃったら、荻阪さんもお呼びして、読書会的サロンを企画します。
本を読まれて、関心を持たれた方は私にご連絡ください。

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2018/12/07

■カフェサロン「大家族主義経営を考える―個人と組織の関係」報告

久し振りの企業経営をテーマにしたサロンは、今回は徳島にある西精工株式会社の事例をベースにして、個人と組織の関係を考えるサロンでした。
西精工は、「ホワイト企業大賞」や「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」などを受賞し、「人間尊重型経営」で成果を上げていると話題になっている会社です。
最近、西精工の経営を紹介した「人間性尊重型大家族主義経営」(内外出版社)を編集した上本洋子さん(自在株式会社)に、同社の紹介をしてもらいました。
西精工の現場にも行ったことがある内外出版社の関根さんも参加してくれました。
最初に先ず、上本さんから西精工の紹介をしてもらいました。

社長の西さんは、東京の広告代理店で働いていましたが、会社の後継者候補だった従兄弟が病気で急逝したため、急遽、会社を継ぐことになり、徳島に戻りました。
入社してわかったことは、業績はいいものの職場風土にいろんな問題があることでした。
どうにかしなければと思っている矢先、西さんご自身が腎臓病になってしまい、1年間の闘病生活を余儀なくされてしまいます。
病気回復後、会社の中の気の流れを変えたいと決意し、掃除や挨拶からの風土改革を始めたものの、なかなか思うようにはいきません。
そしてさまざまなドラマが始まっていくのですが、これはぜひ本を読んでください。

同書には前半で、西精工と重ねながら最近話題の「ティール組織」のことが紹介されています。上本さんは、そのエッセンスも話してくれました。
「ティール組織」は話題になっているわりにはその実体がなかなかわかりにくい「組織モデル」ですが、個人と組織の関係を考える上では大きな視点を提起しているように思います。

上本さんのお話の後、話し合いが始まりました。
最初に私から、西精工の会社現場の雰囲気を質問しました。
本やテレビで描かれている話と実際の現場とは大違いの会社が少なくないことをこれまで何回も経験しているからです。
たとえば西精工では、毎朝1時間の朝礼が行なわれていますが、その雰囲気はどうなのか。
朝礼にも参加したことのある関根さんから即座に答えが返ってきました。
社員の表情が輝いていて、みんな楽しそうに話し合っていたというのです。
工場の雰囲気もとてもいいそうです。
本の記述と実態は違っていないことを、私は確信しました。
社員の顔は嘘をつかないからです。

本にも書かれていますが、会社を死に場所にしたいと言っていた社員の話に、そんな会社があるのだと驚いた人が一人ならずいました。
会社が、その人にとって、自分の生きがいを満たしてくれている場になっているということでしょう。
しかし、その一方で、そんなに会社べったりでいいのだろうかという違和感を持った人もいたかもしれません。
それではかつての「会社人間」と同じではないか、と。
そこで、「家族」ということの意味が話題になりました。

本のタイトルは「大家族主義経営」ですが、西精工社内では「家族主義」という言葉はあまりつかわれていないようです。
ここで「大家族主義」という言葉に込めた意味は、社員のことは家族の一員のように、最後までしっかりと面倒を見るとともに、仕事の上での上下関係を人間としての上下関係にせずにお互いに支え合う関係を大事にしようということではないかと思います。
「家族」という言葉には、拘束的な面や他者を排除するような面もないわけではありませんが、西精工にはそうしたことはないようです。
たとえば工場周辺の掃除にしても、ただ工場周りだけではなく、まちなかにまで掃除を広げているようですが、そこに象徴されるように、家族ファーストではないのです。
西さんの祖母の言葉が、とても示唆に富んでいます。
「社員さんが250人おったら、×(かける)4せなあかんのよ」。

西さんは、経営とはみんなの幸せを追及することだと考えています。
宮沢賢治の「世界ぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」を思い出します。
それは、同社の行動指針にも明確に表現されています。
そこで大切にされているのは、「つながり」とか「コミュニティ」です。
決して閉じられた「家族主義発想」ではないのです。

西さんは、主体者は社員で、社長はサポートする人だと言っているそうです。
そこには人を信頼して任せる、各人の常識に委ねる。
ここにも従来の家父長型の家族主義発想はありません。

西さんは、子どもの頃から本に囲まれて、たくさんの物語になじんで育ったそうです。
そのためか、自分を主役に物語を語ることになれている。
そして、社員と一緒に物語を語りながら、社員とコミュニケーションを深めていくようです。
物語を語ることは大切です。
社員一人ひとりが主役になる組織、まさに「ティール組織」が目指されています。

ティール組織に関する議論もいろいろとありました。
ティール組織の議論は、社会の状況に合わせて組織の構成原理も変わっていくという話ですが、いまの日本の社会や人間は変わってきているのだろうかという話もありました。
上本さんは、朝の通勤時の電車の様子を見ると人間の質も上がっているのではないかと言いました。

西精工のような、人間の生活をつなげる「人間尊重型」の経営は、どこでも実現できるのか。
参加者からは、地域社会の特性と無縁でないのではないのかという意見が出ました。
東京と地方の会社に関わっていて、そう実感されているようです。
上本さんも、四国という土地柄が関係しているかもしれないと言います。
まさにティール組織論が言うように、社会の状況が組織のありようを決めていく。
同時にまた、組織のありようが社会のありようを決めていくのかもしれません。
だからこそ、会社のありようは社会的にも大切なのです。

企業は社長の経営観や価値観で変わってくる。
しかし、会社を変えていくには、社長一人ではなく、何人かのコアになる人が必要だという意見も、実際に企業変革に関わっている人から出されました。
西さんの経営観は、どこで培われたのか、もしかしたら1年間の入院生活が何らかの影響を与えているのではないか、という話も出ました。
人は世界の広さによって、経営観も変わってきます。
大病経験が西さんの経営観を豊かにしたのかもしれません。
障害を持つ社員がいるおかげで、経営に関する考え方も広くなったという参加者の発言もありました。

まだまだいろんな話が出ましたが、長くなりすぎたので、これでやめます。
上本さんが、時々ポツンとつぶやいた言葉が私にいろんなことを考えさせてくれました。
経営者からの話も示唆に富むことが多いですが、編集者から企業のことを聞くことの意味がよくわかりました。

いつもながら、私の関心に合わせて報告させてもらいました。
個人と組織(会社には限りません)をテーマにしたサロンは、来年も続けます。

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2018/11/21

■お金が人間をどんどんと劣化させている

日産を立て直したと言われるゴーンさんが逮捕されました。
それに関しては、何の感想も持ってはいないのですが、これに関して日頃から気になっていることを書きたくなりました。

ゴーンさんは名経営者とか日産を立て直したとか、よく言われます。
日産では2万人の従業員を解雇したにもかかわらず、日産の売上規模は大きくは変わらず、それで会社はV字回復したと言われています。
たしかに会社の業績で評価すれば、立て直したと言ってもいいでしょう。
しかし会社とは何なのか。
2万人の解雇された従業員の視点に立った時、「会社が立て直された」と言えるのかどうか。

そもそも会社とは何なのか。
会社にとって従業員は単なる手段なのか。
従業員を解雇して会社業績を上げることは、「会社の立て直し」と言えるのか。
私には、それは「経営」とはとても思えないのです。

もう一つ気になるのは、高額な報酬です。
海外のグローバル企業の経営者の報酬に比べたらそんなに高額ではないといわれています。
たしかにそうでしょう。
しかし、そもそもグローバル企業の経営者の報酬が高額すぎるのです。
自らの会社の従業員の給料に比べて比較にならないほどの高額の報酬を得ていることになんの疑問ももたない経営者は、はたして経営者と言えるのか。
私には、そうした人たちは「経営者」とはとても思えないのです。
略奪者でしかない。

まだまだ気になることはあるのですが、まあそういうことを少しでも考える人が出てきてほしいです。
せめて「経営者」とか「経営」の捉え方を見直してほしいです。

お金が人間をどんどんと劣化させている。
そんな気がしてなりません。

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2018/11/19

■カフェサロン「過労死など起こらない働き方の未来を考える」報告

「過労死など起こらない働き方の未来を考える」のサロンは、7人の参加者がありました。
「働き方」が問題になっているので、もっとたくさんの人が参加すると思っていたのですが、意外でした。
今回、問題提起してくださった小林さんは、過労死は、突然誰に起こってもおかしくないのではないかと話してくれましたが、私も同感です。
多くの人にとって、決して「無縁」ではありません。
しかし、まだまだ「過労死」は特別の「事件」と位置付けられているのかもしれません。
私は、そこにこそ問題の本質があるような気もします。
本気で「働き方」(生き方)を変えようとみんな思っているのでしょうか。

小林さんは、15年前の40代の時に企業で働いていた夫を過労死で亡くされました。
小林さんと3人の子供たちの生活は大きく変わってしまったでしょう。
企業での過労死の場合は、会社の上司や経営者への怒りも起きがちで、憎悪におそわれることもあります。
小林さんは、しかし、憎悪の世界に引き込まれることなく、悲しみのなかで、なぜ夫は過労死に追い込まれたのか、そしてどうしたら過労死をなくすことができるのか、に取り組んできました。
医療や福祉の分野で仕事をしていた小林さんの使命感もあったでしょうが、それが小林さんの支えになってきたのかもしれません。
そして、いまは過労死家族の会に参加して、同じ立場になってしまった家族の支援や過労死防止のための活動に取り組んでいます。
小林さんは、そうした15年を語ってくれました。

小林さんはこう話してくれました。
過労死は社会問題となって既に30年近くになるのに、いまもなお、過労死・過労自殺は年齢、性別、職種を超えて広がり続けている。
毎年2万人以上の自殺者の中には、相当数の過労自殺が含まれている。
疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因として、「長時間にわたる過重な労働」が考えられるが、相変わらず長時間労働の実態は改善されず、最近話題になったように、裁量労働制などでむしろ長時間労働を是認するような動きさえも見られる。
長時間労働は、脳や心臓疾患との関連性が強いという医学的知見が得られているし、業務における強い心理的負荷による精神障害により、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺に至る場合もあると考えられている。

そして小林さんは、残業時間をせめて月45時間以内にすれば、過労死をかなり減少させることができるはずだ、とデータで示してくれました。
厚労省が発表している「過労死等の労災補償状況」(平成29年度)によれば、時間外労働時間が45時間以内の場合は、該当者がゼロになっています。
1998年には、月45時間を限界とする行政指導基準が労働大臣の告示として出されているそうですが、法的拘束力がないばかりか、適用を回避する条件も示されています。
時間がすべてではないだろうが、せめてこの45時間基準に法的拘束力をつけるだけでも、かなりの過労死は避けられるはずだ、と小林さんは考えています。
そしてそうした活動に、仲間と一緒に取り組んでいるのです。

小林さんは、最後に2つの文章を読み上げてくれました。
ひとつは亡くなった夫が残した家族あての遺書。
もうひとつは、国際労働機構(ILO)が昨年スタートさせた「仕事の未来世界委員会」で確認された次の方針です。
「仕事の未来は、既に運命的に決まっているものではなく、われわれの主体的な意思や行動で
より良いものに変化させることのできるものだ」。
いずれも心に響くものがあります。

小林さんの話を受けて、いろんな視点での意見が出されました。
「個人と組織の関係」や「働くとは何か」。
みんな時間に追われているという意味でも「時間」が「人」を追い込んでいるのではないか。
過労死に追い込まれるような会社よりも、みんなが楽しく働けるような会社のほうが業績を上げている事例も多いのに、なぜそうした会社が増えていかないのか。
ほかにもいろいろと出たはずなのですが、なぜかいつも以上に、思い出せません。
この問題には私も少し思い入れが強すぎるからかもしれません。
参加された方、できれば話し合いのところを補足してください。

過労死は、小林さんが言うように、いまのような社会においては、誰にでも起こりうることです。
過労死までいかなくても、精神的にダウンしてしまっている人も少なくありません。
過労死の問題は、まさに私たちの生き方、さらには社会のあり方につながる問題です。

それはまた、現代の組織の本質につながる問題かもしれません。
人間にとっての仕組みだったはずの「会社」や「組織」が、いつの間にか人間を追いやってしまう存在になっているのかもしれません。
そこで、湯島のサロンでは、「個人と組織の関係」をさまざまな視点から考えるサロンを時々開催していこうと思います。
それが、「過労死がなくなる社会」に向けて私のできることのひとつだと思うからです、
案内はまた別に投稿させてもらいますが、その第1回を12月5日に開催します。


Karousi181117


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