■近代は自らを終焉させる仕組みを内在させていた
日本農村情報システム協会の不正支出と自己破産申請がマスコミをにぎわせています。
こういう話は、それこそ山のようにありますし、おそらく霞ヶ関あるいは自治体と付き合いのある人なら、似た話を一つ二つはすぐ思い出せるのではないかと思います。
にもかかわらず、なかなかそういうものはなくなりません。
いや、もしかしたら増えているかもしれません。
私が知っている少ない情報でも、この数年、霞ヶ関が嘘のように「助成金」と称して税金をいろんなところにばら撒いている話はよく聞きます。
そうした文化のうえに、定額給付金は立案されたとしか思えません。
少しは全国民にもばら撒いて、自分たちの罪の意識を軽減しようという話です。
とまあ、こんな邪推をしたくなってしまいます。
それにしても、こうした天下り組織の実態は一向に明らかになってきません。
今頃こんな話が話題になるのは、その証拠です。
テレビのキャスターやコメンテーターたちも、もっとあるのではないかといつも言います。
1000万円もあれば、全国の天下り組織の実態調査はできるでしょうから、もしそう思ったら調査をしてほしいです。
それができる立場にいる人も少なくないはずです
しかし、具体的に全体を調査するという動きは聞こえてきません。
年金の時も薬害の時もそうでした。
責任者も報道者も、具体的には誰も動こうとしないのです。
なぜなのでしょうか。
それが明らかになったら困るので、残しておいたほうがいいと思っている人が多いのでしょうか。
批判者は、批判の対象がなくなることが一番怖いことなのですから、批判の対象をなくすようなことはしないでしょうし。
マスコミは、さまざまな不正や犯罪的行為を暴いてくれます。
しかし、そこから先はなにもしません。
不正行為がなくなれば、マスコミは報道する材料が減るからではないかなどと思ってしまいます。
まあ、そんなことはおそらくないでしょう。
と、ここまで書いてきて、ハッと気づきました。
産業と同じく、問題解決したら市場がなくなるというジレンマは、マスコミにもあるはずですから、こうした疑いはまんざらありえない話ではないのかもしれません。
そういえば、最近の報道ステーションは、ただ同じ批判を繰り返すだけの退屈な番組になってしまいました。
マスコミも、やはり「産業のジレンマ」「近代のジレンマ」の渦中にあるのです。
週刊誌がセブンイレブンを批判できないのと同じ構図が至るところに張り巡らされているのでしょうか。
批判が封じられれば、残るのは滅びの道です。
近代は、自らを終焉させる仕組みを内在させていたのです。
私にとっては、久しぶりの大発見です。
世界観が変わりそうです。
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