カテゴリー「お誘い」の記事

2017/09/24

■カフェサロン「重度知的障害のある人の一人暮らしとコミュニティ」のご案内

今回のコムケアサロンは、一人暮らしをしている重度の知的障害のある青年の生活記録の映像を見ながら、そういう人たちに寄り添いながら、長年活動してきている中村和利さん(風雷社中代表)に、さまざまな話題を提供してもらいながら、みんなで話し合いたいと思っています。

映像の主役は、シェアハウス&コミュニティスペース『Transit Yard』で自立生活をする“げんちゃん”です。
げんちゃんは常時見守りやケアを必要とする重度知的障害のある青年ですが、Transit Yardでの長時間介護を利用しながら、さまざまな人たちと関わりながら、自立生活をしています。
げんちゃんに関しては、新聞などでも報じられたことがあるので、ご存知の方もあるかもしれません。
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/genchan?utm_term=.dnJjjMYxzW#.yv0JJQwlrd

そのTransit Yardに関わる人々や重度知的障害のある青年の意思決定支援の営みなどを、映像や中村さんの話に触発されながら、話しあえればと思います。
中村さんからは、Transit Yardの話はもちろんですが、重度知的障害のある人の暮らしについて、制度面の話も含めて、いろいろと話題や問題を提供してもらえると思います。

また中村さんたちは、知的障害のある人たちが、自分が生まれ育った地域で安心した生活をしていけるような社会を目指して、「知的障害者の自立生活についての声明」も社会に呼びかけています。
https://jirituseikatu.jimdo.com/%E7%9F%A5%E7%9A%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%87%AA%E7%AB%8B%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87/%E5%A3%B0%E6%98%8E%E6%96%87%E7%B4%A0%E6%A1%88/
ぜひお読みください。
この声明への関心を広げていきたいです。

あまり見えていないかもしれない社会のもうひとつの側面が見えてくるかもしれません。
コムケアのみなさんには、特に参加してほしいサロンです。

○日時:2017年11月4日(土曜日)午後1時半~3時半
○場所:湯島コムケアセンター
http://cws.c.ooco.jp/cccentermap.pdf
〇テーマ:重度知的障害のある人の一人暮らしとコミュニティ
○問題提起者:中村和利さん(風雷社中代表)
○会費:500円。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/22

■出会い頭にぶつかりそうになってヒヤリとした経験はありませんか

湯島サロンの仲間でもある小宮山さんの会社(コミー株式会社)はFFミラーという、一見すると凸面のミラーを感じさせる平板な広角ミラーをはじめとして、いろんなミラーを社会に提供しています。
しかし、ただミラーを売っているのではなく、自分の会社の技術や知恵を使って、たとえば衝突事故を減らすように、安全で安心して暮らせる社会に近づけたいと思っています。
そのコミーが、今日の日本経済新聞の朝刊に全面広告を出しました。
そして「出会い頭にぶつかりそうになって、ヒヤリとした経験」を募集しています。

ヒヤリ体験を集めて、そうしたことを防いでいくために自分たちにできることはないかという活動を始めたのです。

実は小宮山さんは、物理的な衝突だけを考えているわけではないような気がしています。
そのあたりは話し出すと長くなるのでやめますが、小宮山さんの世界は実に不思議なのです。
たとえば今回の広告の右下に、小宮山さんが作詞した「鏡の唄」が紹介されています。
いろんな歌のメロディに合わせて歌えます。
唄と衝突とどうつながるのか。

いつか湯島で小宮山さんにサロンをしてもらおうかと思っています。

それはそれとして、みなさん、ぜひ衝突ヒヤリ体験を応募してください。
社会をもっと安全で安心な世界にしていくために。

20170922

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/21

■カフェサロン「呼吸器の子・重い障害を生きる意味」のご案内

3年ぶりに、小児外科医の松永正訓さんのサロンを開催します。
前回は、著書「運命の子 トリソミー」を中心にして、「人間」や「生命」の意味を問い直し、人間の関係性(社会)とは何かを、とても生き生きと一人称自動詞で語っていただきましたが、今回は、今春出版された「呼吸器の子」(現代書館)を中心に、さらに深まった松永さんの人間観をお聞きしたいと思います。
松永さんからのメッセージを紹介します。

意識が乏しく寝たきりで、人工呼吸器を付けて自宅で暮らす小学生に私は出会いました。
こうしたご家族に対して私たちは、悲惨であるとか、社会から孤立しているという先入観を持ってしまいます。
しかし在宅呼吸器の子の日常を、私たちは具体的に知っているでしょうか? 
拙著『呼吸器の子』を読み解きながら、重い障害を生きることの意味を考え、私たちの心の中にある障害児に対する思い込みを乗り越えていきたいと思います。

同書を読まれた方も多いと思いますが、私は改めて、生きるということの豊かさと意味を教えられたような気がしました。
同書の最後に書かれている松永さんのメッセージも心に響きます。

本書は、私たちの中に潜む差別思想に対するカウンターブローになるだろうか。
たった一冊の本にそれだけの力はないかもしれないが、可能性を信じないことには世界は何も変わっていかない。
私は愚直に信じることにする。

タイトルから、ちょっと専門的な「重い」話だと思われる方がいるかもしれませんが、むしろすべての人の生き方につながっていく、日常的な「明るい」話し合いにしたいです。
前回に引き続き、気づかされることの多いサロンになると思います。
ぜひお気軽にご参加ください。

できれば、事前に「呼吸器の子」をお読みいただければと思います。
「呼吸器の子」は、私のサイトに少しだけ紹介しています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#170709

○日時:2017年9月30日(土曜日)午後3時半~5時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○問題提起者:松永正訓さん(小児科医師)
○会費:500円。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「今を生きる先住民族」のお誘い

サロンをやっていると、次々と「知らないこと」が見えてきます。
先日、イスラムのサロンを開きましたが、国内にも知らないことが山のようにあります。
そこで今回は、日本の先住民族である「アイヌ」との交流を重ねている写真家の井口康弘さんにお話をしてもらうことにしました。
井口さんは、いろんな国のマイノリティ(少数民族)とお付き合いがある方ですが、そうした人々の生き方に魅了されているようで、私から見るとご自身も見事にマイノリティの世界を生きています。
だからきっとマイノリティの魅力が見えているのでしょう。

私はアイヌの人たちとの交流は全くありません。
同じ日本人でありながら、イスラム以上に遠い存在です。
アイヌ文様の美しさには魅了されますが(南米のマヤの文様との類似性を強く感じます)、ユーカリの世界には共感しながらもなかなか入れません。
それはたぶん、アイヌの人との接点がないからかもしれません。
知識だけでは世界は見えてきません。
ですから生活の次元でもアイヌの人たちと交流のある井口さんの話をとても聞きたいと思っていました。

井口さんの視点は観察者の視点ではありません。
相手の世界に見事に溶融しながら、しかし、視座がぶれることはありません。
もしかしたら、これが写真家の感性であり、哲学者の理性なのかもしれません。

アイヌに関しても、「歴史を踏まえて、私たち和人(マジョリティ)は先住民族に対してどのような生き方ができるだろうか」というのが井口さんの視点です。
どうしたらアイヌ民族の権利の回復に役立てるか、そのために自分ができることはないか。
常に自らの生き方につなげて考えている。
「後から住みだした人々(和人)が何を奪ってきたのか、という点は明らかにしておきたい」と井口さんは考えています。

アイヌに対するイメージも、さまざまでしょう。
どこかに差別の意識がある一方で、文化や精神性に関しては、どこかに羨望の意識もある。
そんな多面的な視点から、アイヌの人たちの生き方を通して、私たち自身の生き方を問い質してくれるはずです。
もしかしたら、私たちの中にある「マイノリティ」の世界に気づかせてくれるかもしれません。

これは、過去の話ではありません。
アイヌとの関係のようなことは、いまもさまざまな形で、世界に満ち溢れているのかもしれません。
自らのうちにある「マイノリティ」の自分に気づけば、私たちはもっと寛容に、もっと優しくなれるかもしれません。

東京オリンピックの開会式では100人規模のアイヌのパフォーマンスが検討されているそうです。
オリンピックの開会式で少数民族のパフォーマンスを行う最近の風潮には、私は否定的ですが、それでもそれによって、アイヌへの理解が深まることになるのであれば、そのチャンスは活かしたいとは思います。
井口さんは、「日本人として日本の先住民族のことを少しでも語れないと恥ずかしい」と言いますが、それにも共感します。
そんなわけで、このサロンに参加すると少しだけ恥をかかなくてすむようになるかもしれません。

当日は、写真や映像を交えて、身近な存在としてのアイヌのお話をしてくださる予定です。
きっとまた大きな発見があるはずです。
みなさんの参加をお待ちしています。

○日時:2017年10月14日(土曜日)午後2時~4時(1時半開場)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○問題提起者:井口康弘さん(写真家の哲学者)
○テーマ:「今を生きる先住民族」
○会費:500円。
○申込先:qzy00757@nifty.com(佐藤)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/20

■サロン「私が考える日本の政治課題ー新党創設の動きに絡めて」のご案内

民主主義をテーマにした、リンカーンクラブのサロンのご案内です。
リンカーンクラブ主催の「日本の政治課題を考える」シリーズのサロンをスタートさせます。

リンカーンクラブ代表の武田文彦さんが、その時々の話題を取り上げて、民主主義の視点から問題提起をしていきます。
時にはゲストもお呼びしたいと思っていますが、一番大切にしたいのは、参加者のさまざまな意見の出合いです。
武田さんのキースピーチは、そのための火付け役と考えています。
さまざまな異論反論が飛び交いながら、お互いに気づき合い学び合う場になればと思っています。

第1回目は、いま話題になっている「新党創設の動き」に絡めて、いまの政治状況と政治課題を武田さんの独自の視点で俎上にあげてもらいます。
異論反論大歓迎です。
奮ってご参加ください。

参加される方は、できれば事前にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2017年10月9日(月曜日ですが休日です) 午後1時半~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ(リンカーンクラブ事務局)
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇会費:500円
〇問題提起者:武田文彦さん(リンカーンクラブ代表)
〇テーマ:私が考える日本の政治課題ー新党創設の動きに絡めて
〇申込先:リンカーンクラブ事務局(info@lincolnclub.net


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/19

■カフェサロン「医療・社会保障崩壊のルーツは明治維新」のご案内

高齢社会の到来で、日本における医療のあり方への関心は高まっており、さまざまな新しい試みも広がりだしています。
湯島のサロンでも、時々、医療制度の話題がでますが、なかなか取り組めないでいるテーマです。
しかし、私たちの生活にとって、医療制度や医療政策のあり方はとても大きな影響をもっています。
9月には、「呼吸器の子」をテーマにしたサロンも開催する予定ですが(9月30日)、そうした問題を考えていくためにも、「医療制度・医療政策」や「病院」の問題もこれから取り上げていきたいと思っています。


そこで、まずは長年、医師の立場で、日本の医療制度改革に取り組んできている本田宏さんに、日本の医療や社会保障が置かれている状況に関する基本的なお話をしていただくことにしました。


本田さんは、36年間外科医としてのお仕事をされるかたわら、NPO法人医療制度研究会の副理事長として、マスコミなどでも積極的に発言してきましたが、還暦を迎えたのを機に一昨年、外科医を引退し、医療再生のための活動に加えて、さまざまな市民活動に積極的に参加し、もっと住みよい社会に向けての幅広い連帯を目指す活動に専念されだしています。
その思いは、このままだと日本の医療は崩壊してしまう、それを阻止するためには、日本そのものを真の民主国家に転化をしなければという危機感です。


本田さんの視野は、長く深く広いので、普通はなかなか見えてこない問題を明らかにしてくれるものと思います。
今回もそんなことを感じさせるタイトルです。


本田さんからは、次のようなメッセージをもらっています。


医師不足に疑問を抱き、十数年以上医療や社会保障再生を目指して活動した外科医がたどり着いたのは明治維新だった。
明治維新は薩長の下級武士が大英帝国のアヘンマネーを背景に、皇室を錦の御旗に政治利用して徳川から政権を奪取したクーデターだった。そして彼らによるクレプトクラシー(収奪・盗賊政治)は敗戦後70年以上経過した現在も続いている。

ちょっと話が大きすぎて腰が引ける人もいるかもしれませんが、生々しい医療の現場で活動してきた本田さんのお話は具体的でわかりやすいですから、ぜひとも多くの人に聞いていただきたいと思います。
話はたぶん医療制度を超えて、社会のあり方や私たちの生き方につながっていくはずです。
本田さんがいま取り組んでいる活動やそのビジョンも話してもらえると思います。
とにかくエネルギッシュな人ですので、話に圧倒されるかもしれませんが、それに負けずに積極的な異論反論が飛び交うサロンにしたいと思っています。
もちろん、しっかりとお話を聞いて勉強したいという方も、大歓迎です。


まわりの方もぜひお誘いください。

○日時:2017年10月29日(日曜日)午後2時~4時(1時半開場)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○問題提起者:本田宏さん(医療制度研究会副理事長)
○テーマ:「医療・社会保障崩壊のルーツは明治維新」
○会費:500円。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/18

■カフェサロン「となりのムスリムにイスラムのことを聞いてみよう」の報告

台風が心配されるなか開催された第1回イスラムサロンは16人のサロンになりました。
テーマの関係かもしれませんが、初参加の方も数名いました。
話し手のムスリムのオプさんの家族(パートナーと小学5年の息子さん)も参加してくれました。
息子さんも、父親からきちんとイスラムの話を聞く機会は多くないようで、自分から聞きたいと言って参加してくれたのだそうです。

まずオプさんは簡単な自己紹介をしてくれました。
最初の来日は、山口県でボランティア活動をした時だったこと。
帰国後、自国のバングラディシュで日本から来ていた美希さんと出会って結婚し、日本に移住したこと。
日本はとても住みやすいけれど、日本の人たちにもっとイスラムのことを知ってほしいと思っていること。
イスラムの信仰は深いけれど、1日5回の礼拝などの戒律に関しては、その精神を大切にして、必ずしも形には縛られていないこと。
いまは日本の企業で働いているが、バングラディシュと日本をつなぐ活動がしたいこと。
イスラムのこともバングラディシュのことも、もっと多くの日本人に知ってほしいと思っていること。

それに続いて、オプさんは参加者に、イスラムのイメージや知りたいことなどを問いかけました。
いろんな視点からの関心事や質問がありました。
オプさんはイスラムにネガティブイメージを持っている人が多いのではないかと思っていたようですが、むしろイスラムに好感を持っている人が多かったのが意外だったようです。

オプさんはみんなの質問に答えるような形で、話をしてくれました。
イスラムの教えでは、ハラールとハラームということがよく言われます。
「許されていること」と「禁じられていること」で、たとえば、豚肉とアルコール類は禁じられています。
オプさんは、それにはきちんと理由があってそうなったのだといいます。
でも今はその理由がもうなくなったものもあるはずで、オプさんとしては時代に合わせて、自分で判断しているそうです。
礼拝で唱える言葉の意味は必ずしも意味明快ではないそうですが、繰り返し唱えることの効用もあるという話は、日本の仏教のお経を思い出しました。

ひとわたり話してくれた後で、オプさんはイスラムの生活を支えている大事なことが5つあると説明してくれました。
「アッラーへの信仰告白」「1日5回の祈り」「チャリティ」「断食」そして「巡礼」です。
「アッラーへの信仰」をしっかりと持っていることは絶対的なものですが、祈りやチャリティや巡礼は、その精神をしっかりと持っていればいいというのがオプさんの考えです。
困っている人がいたら、むしろ巡礼費用をチャリティに使うことで巡礼に行ったと同じと認められるというような話もコーランにあるそうです。
オプさんは、ムスリムと言っても、そうした戒律を厳格に守っている人もいれば、柔軟に捉えている人もいると言います。

断食に関しても、食を断つことが目的ではなく、我欲を自制し、自らが苦しみを体験することで、他人の痛みや苦しみを知るところに意味があると言います。
それに夜になれば、みんなで一緒に食べるという喜びもセットになっていることを知ってほしいいと話してくれました。

複数の妻帯が認められているのかという質問もありましたが、オプさんはそれは貧しい時代にみんなで助け合うというチャリティの意味もあったと説明してくれました。
そういうように、厳しく感じられる戒律にも、みんなが支え合って生きていくための知恵が、その基本にあるわけです。
しかしそうした「生きていくための知恵」として生まれた戒律が、誰かによって悪用されている現実があることに関してもオプさんは残念だと思っているようです。

ジハード(聖戦)についても大きな誤解があるようです。
最近のIS関係の報道を通して、好戦的なイメージが広がっていますが、ジハードとは、本来「神の道のために努力する」ということで、むしろ自分に克つという意味合いが強いと言います。
聖戦と言っても、それはムスリムの共同体の防衛のためであって、攻撃を正当化することはないし、コーランでは殺人は厳しく禁じられているそうです。

他にもいろんな話がありましたが、私の記憶に残っていることを少し紹介させてもらいました。
オプさんは、イスラムと言ってもいろいろあるので、画一的に考えないでほしいとも話されました。
たしかにムスリムの女性たちの服装も国によって違います。
オプさんと美希さんの結婚式の写真を見せてもらいましたが、女性たちはみんな実にカラフルで、スカーフなどで顔を覆ってもいませんでした。

サロンでの話を聞いていて、私が感じたのは、ムスリムの戒律には富の再半分機能と社会秩序の維持機能が見事に埋め込まれているということです。
そこから学ぶことはたくさんありそうだということです。
でもまだ1回だけのサロンですから、そんな気がしただけというべきかもしれません。

オプさんは、イスラムの本当の実態がなかなか伝わっていないことを残念に思っています。
ですから、日本の人たちにももっとイスラムのことを話したいと考えています。
日本人がイスラムのことをどう思っているかについても知りたいでしょう。
一方、日本人は、イスラムのことも知りたくてもなかなか話を聞く機会がありません。
今回のサロンは、双方にとって理解し合う契機になりました。
イスラムサロンは継続して開催していきますので、まわりにムスリムがいたらぜひ話に来てもらってください。
私に連絡してもらえれば、場をセットします。
できれば、定期的なムスリムとの交流の場が生まれればと思っています。

ちなみに、オプさんの息子のサミーくんも初めてお父さんからイスラムのことをきいて、イメージがちょっと変わったそうです。
それにとても面白かったので、また参加したいと言ってくれました。
サミーくんのためにも、このサロンはつづけようと思います。

とても気づかされることの多い、また何かが生まれそうな予感のするサロンでした。
オプさん家族と参加されたみなさんに、感謝しています。

Apu01 


Apu02


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/17

■「みんなのゆる~いカフェ」のご案内

8月に開催して好評だったので、また平日夜の「湯島みんカフェ」(みんなのゆる~いカフェ)を開きます。
前回は、一応、「居場所」がテーマでしたが、今回はテーマなしです。
前回以上に、ゆる~いサロンにしたいです。
途中での出入りももちろん自由。
私は、今回こそコーヒーを淹れる役に徹します。
確約はできませんが。

来たくなったら、気楽に来てください。
突然の参加も歓迎です。
申し込んでいたけれど、当日行けなくなったという人は、無断不参加も歓迎です。
ともかく、だいたいのことが何でも許される、ゆる~いサロンです。
お会いするのを楽しみにしています。

前回の様子は次にあります。
https://www.facebook.com/groups/557493344392535/permalink/957994617675737/

〇日時:2017年10月4日(水曜日)午後6時~8時半(途中の出入り自由)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇参加費:気が向いたら机の上にある缶にワンコイン(1円でも500円でも自由)を入れてください。みんなでつくるサロンを目指したいものですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/13

■憲法を考えるサロン「元軍国少女が語る憲法への思い」報告

「元軍国少女が語る憲法への思い」には20人を超える参加者がありました。
男性女性半々でした。

元軍国少女を自称されている85歳の高林さん(NPO法人認知症予防ネット理事長)のお話は、ご自身の体験に基づくものなので、説得力があり、とてもわかりやすいお話でした。
高林さんは、京都の宇治にお住まいですが、NPO法人認知症予防ネットの理事長として、長年、認知症予防活動に取り組んでいる方です。

高林さんが憲法への関心を持ったのは、地元の宇治中学校で戦争に関わる体験談をお話になったのが契機だそうです。
高林さんの話を聴いた中学生たちの感想文を読んで、自分には「軍国教育をもろにうけた者」としての視点で語り部的責任があるのではないかと考えるようになったといいます。
思ったら実行するのが、高林さんの生き方です。
そして憲法がないがしろにされている最近の政治状況への憤りもあって、憲法に関しても改めて読み直し、自らの憲法前文を自分でつくってしまいました。

案内文にも書きましたが、高林さんの思いを引用します。

敗戦の経験がなければ、憲法に注文をつけたくなるなど思いもしなかった筈です。 戦争体験と憲法は、私にとりましては表裏一体で、同学年の女学生達の中で、突出した思想の持ち主だったと思いに至ります。 怨霊のような軍国少女にも、1ミクロンの魂が残っています。

憲法と聞くだけで、何時も欲求不満がくすぶります。
私も自分なりの憲法を書いてみようと思った途端、目の前が明るくなりました。
言論の自由の前に、自分の要求を書いてみることが先だと気が付きました。

Takabayashi170912


高林さんの新憲法前文の内容は極めて明快です。
なぜ憲法を変えるのか、そして新しい憲法の理念は何かを明確に示しています。

まず、戦後、日本は「皇国史観」を否定し、主権在民、民主主義、平和憲法を軸にした、新しい憲法を制定したにもかかわらず、恣意的解釈によって9条に違反し、さらには皇国史観の残影の出没を許している現実があることを正さなければいけない、そのために、平成今上天皇の退位が定められたこの転換期に際して、再び憲法の改定を行うべきだと主張します。
そして、改めて政教分離を明確にし、天皇制についても「始めあれば終わりありという天地の公道に従うべき」と主張します。

そして、「国策」理念が、次のように、具体的に明記されます。

「明治以来の富国強兵策は、昭和20年の敗戦までの78年間に、8度の外征を行い、諸外国に多大の被害を与え、我が国もまた甚大な損害と苦難に落ちた。世界で唯一の原爆被災国の責任として、戦争絶対反対、非戦、非武装を世界に誓い、一切の武力による抵抗も行わないことを宣言し、世界平和を追求することに於いて、世界の礎となるべきことを誓う。」
したがって、「自衛隊は解散し、災害救助隊を設立する。兵器は所有しない。害獣に対する麻酔銃に限って所有することを得。世界中からの要請に応えて援助に赴くものとする」としています。
「害獣に対する麻酔銃に限って所有することを得」というのは、高林さんらしいお茶目さです。

以上が前文に明記されている内容です。
個々の条文までは高林憲法案はできていませんが、個人の尊厳を基本とする民主主義理念で一部コメントをしています。
たとえば、「子女」というような「差別用語」が憲法に使っていることを問題提起しています。
そこにこそ、憲法の理念が象徴されると高林さんは指摘するのです。


ちなみに、この「子女」という言葉はだいぶ議論の話題になったのですが、男性と女性とはまったく受け取り方が違っていました。
私は男性ですが、「子女」という日常言葉(最近はあまり使われないでしょうが)にこそ、民主主義をどう捉えているかの本質が現れると思います。
言葉は思考を露呈し、同時に指向を規定します。

皇国史観に関しては、この説明では少しわかりにくいかと思いますが、実はここには高林さんの深い思いもあるのです。
残念ながら今回は、そこまでは踏み込んだ話し合いはできませんでした。
ここには高林さん一流の遊びや余裕も含意されているので、遊び心のある人たちで話し合うと面白いサロンになりそうです。


国策としての「非武装」主義に関しては、反論も多かったです。
最近の国際政治状況を踏まえて、核武装論まで出ましたが、武装によって平和が実現した国家などないという指摘と、逆に非武装で平和を維持した国家があるのかという、「男性」たちの論争がありました。
まあいずれもないというのが正解だと思いますが、大切なのはどちらの生き方を望むかです。
もっとわかりやすくいえば、あなたは誰かを殺さないと生き残れない場合、殺す方を選びますか殺される方を選びますか、ということです。
私は、鶴見俊輔さんが「教育再定義への試み」(岩波現代文庫)で書いていた文章を思い出しました。
ちょっと長いですが、一部省略して、引用させてもらいます。

私の息子が愛読している『生きることの意味』の著者高史明の息子岡莫史が自殺した。 息子は動揺して私のところに来て、「おとうさん、自殺をしてもいいのか?」とたずねた。私の答は、「してもいい。2つのときにだ。戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい。(以下略)」

他にもいろんな話が出ました。

高林さんから今朝メールが届きました。

一生涯の決算を、あのような方たちの前で させていただいて、感激しました。 自衛隊を無くして、一億丸腰で、海岸線に一億が仰臥して、北朝鮮からの原爆を丸浴びする覚悟を、世界の人々に示すのが、良いと思っていますが、そこまでは時間不足で口に出せませんでした。 本当に闇夜でなくても棒で殴られても甘受する覚悟でしたが、意外と似たような御意見も聞かせて頂いて、嬉しい思いに膨らんで帰りました。

サロンに参加した人たちからもメールなどをいただきました。
男性たちはあんな感じで政治を語っているのかという女性の感想も聞けました。
こういう話をもっとしていかないといけないですねという人もいました。


高林さんは、学校で話したことなどをまとめて小冊子にしたいと考えています。
私は勝手にまた応援することにしました。
高林さんの了解は得ていませんが、断られても応援するつもりです。
資金集めもしたいですし、出版につなげて読者を広げたいです。
一緒に取り組んでくれる人がいたらご連絡ください。
よろしくお願いします。


なお、高林さんが宇治中学校で話された話の概要は下記にあります。
お時間があればお読みください。
http://cws.c.ooco.jp/takabayashi2017.pdf


憲法サロンはつづけます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/09/10

■カフェサロン「オランダの社会と教育」報告

湯島サロンへの初参加の方5人を含めて、多様な立場の人たちの14人の集まりになりました。
教育関係者も多かったですが、教育への関心の高さを改めて感じました。

折原さんは、10ページにわたるレジメをつくってきてくれました。
オランダの教育の実態を多くの人に伝えたいという折原さんの思いが伝わってきます。

折原さんがオランダの教育に着目した理由は、オランダの子どもたちが世界一幸せだということからだそうです。
2007年のユニセフの「子どもの幸福度調査」ではオランダは総合1位。
たとえば、子どもが「自分は孤独である」という項目でいえば、オランダは2.9%で最も低かったそうです。
ちなみに日本は29.8%で最も高かったそうです。
また、オランダでは90%の子どもたちが「学校が楽しい」と応えています。
だからと言って、いわゆる「学力」が低いわけではなく、「学力」も世界トップクラスなのです。
ちなみに、2016年の「生活満足度の格差」調査でも、世界の主要国の中で最も格差が少ないのがオランダでした。

オランダも1980年ころまでは「オランダ病」と言われていたように、経済も生活も問題を抱えていました。
子どもたちもハッピーではなく、出生率も1.5を割っていました。
日本と同じような状況だったわけですが、なぜ日本とは違った展開になったのか。
転機になったのは、政府と企業家と労働組合が一緒になって取り決めた「ワッセナーの合意」と言われるものです。
そこから「同一労働同一条件(同一賃金ではありません)」を基本にしたワークシェアリングが生まれ、人々の働き方や生き方が変わりだしたのです。

オランダの教育現場が変わったのは、そうした社会全体のあり方や人々の生き方の変化の上にあるのです。
その視点がないと、たぶんいくらオランダ詣でをしても役には立たないと思います。
折原さんはそうしたオランダの状況をていねいに説明した後、ご自分も参加された2013年のオランダの教育現場視察のDVDを見せてくれました。
映像から伝わってくるオランダの教育現場は、書物などで読む以上に現実感があります。
映像が終わった後、感動したというためいきが参加者から出るほど、日本の学校現場とは違うものでした。
私も学校の職員室が生徒たちも自由に集まれるカフェのような雰囲気なのに感動しました。
そこにオランダの学校の本質のすべてが見えるような気がしました。

紹介したいことは山のようにありますが、それは折原さんの本や論文、あるいは折原さんが紹介してくれた記録ビデオ『教育先進国リポート オランダ入門編』(監修リヒテルズ・直子)を見てください。
ちなみにビデオにはチラッと折原さんの姿も出てきます。

少しだけ私の印象に残ったことを書きます。
オランダの義務教育は5歳からだそうですが、4歳になると翌月から小学校に入学でき、
1年生のクラスに入って、5歳児と一緒に教育を受けられるのだそうです。
つまり毎月入学者がいるということです。
ここにオランダの人たちの基本的な価値観を感じます。

授業は一斉に教えるようなスタイルではなく、生徒一人ひとりに合わせて、寄り添いながら成長を支援し見守っていきます。
子どもたちの学びに接しながら、活動に偏りがないよう、必要最小限度のアドバイスをするのが、先生の役割だそうです。
個人別のプロファイルがしっかりと作られ、数字で評価するのではなく、その子の成長に役立つことが先生によってしっかりと残されていきます。
学びの場も窮屈な教室だけではなく、廊下さえもが学びとして使われます。
授業のスタイルは、日本のような一斉授業ではなく、数人のグループを基本に行なう個別教育です。
したがって、日本のような検定教科書はなく、学校が独自に選んだ教材を、一人ひとりの子どもの発達段階や適性、そして、特別のニーズに合わせて選びながら子どもに提供するそうです。
書きだしたらきりがないので、このくらいにしましょう。

話し合いでは、日本の教育現場との違いやなぜそういう教育がうまくいくのか、どんな人が先生になるのか、など、いろんな話が出されました。
これも紹介するときりがないので、私の意見だけを書いておきます。
私は、オランダの教育がうまくいったのは学校だけの話ではなく、その根底には社会や経済の変化とみんなの生き方の変化があったからだと思います。

よく言われるように、ワッセナー合意によって、オランダでは働き方への基本的な考え方が変わりました。
その結果、それぞれが自らの生き方に合わせて働き方を選べるようになった。
つまり「しなやかに働き、しなやかに生きる」ことができる社会になったのです。
自分の納得できる生き方ができることで、みんなが幸せになり、笑顔が増えてきた。
親やまわりの大人たちの笑顔が増えれば、子どもたちは精神的にも安定してきます。
しかも自らに会った学び方を支えてくれる仕組みがある。
そうなれば、子どもたちものびのびと学ぶことができ、当然、学校は楽しい場になり、学力も向上する。
私は、オランダの教育の成功は、制度の問題だけではなく、そうした大人たちの生き方に大きく起因していると思います。
働き方を自分で選ぶのと同じように、自分の子どもたちが通う学校もまた、自分たちで選ぶという文化が育っているのです。

「世界一子どもが幸せな国」の理由を知りたくてオランダに出向いて得た答は、「大人が、親が幸せだから、子どもも幸せ」だということだった、と「ワンモアベイビー応援団」の人たちは、その報告をまとめた「18時に帰る」という本に書いています。

親や先生が余裕なく働いている社会では、どんなに制度を変えても問題は解決しない。
私はそう思います。
一番の問題は、私たちの生き方なのではないかと思います。
ちなみにこれは、学校教育だけの話ではありません。
私は、さまざまな分野で活動している人たちとささやかな付き合いがありますが、私がいつも気になっているのは、このことです。

書いていたらきりがありませんね。
前回のサロンは、食を切り口に同じようなところに行きつきましたが、今回は学校教育から私たちの生き方に行きついた気がします。
学校が荒れているのではありません。
私たちの生き方が荒れているのです。
私も生き方を改めて問い直そうと思います。
そう気づかせてくれた折原さんと参加者のみなさんに感謝します。

なお、最後に折原さんは、リヒテル直子さんの「民主的シチズンシップ教育」についてのビデオも見せてくれました。
これはこれだけで大きなテーマになります。
これについては改めて別の形でサロンをやることを考えていますので、また案内させてもらいます。

Orihara


| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧