カテゴリー「お誘い」の記事

2019/02/22

■縁カフェの一時休店とオープンカフェの再開

昨年試験的に開店営業した「縁カフェ」は、1年間やってみましたが、思うような展開ができず、一時、休店することにしました。
売り上げは年間で2万4000円でしたが、売り上げが休店の理由ではありません。
なかなかお客様を広げられずに、どうも私の応援のために無理に来客している気配も感じられたからです。
行き場やホッとできる場のあまりない人の場にしたかったのですが、こういう場があることをどう伝えたらいいか方策が見つからなかったのも反省です。
そこでいい方策が見つかるまで休店します。
縁カフェの基金24000円は当面コムケア基金として保持します。

それに代わり、かつてのようなオープンカフェを再開します。
以前のように金曜日の夜が集まりやすいのでしょうが、居場所のあまりない人の集まる場を目指しますので、日曜日の午後にしました。
毎月、第1日曜日に開催します。

湯島のサロンは、テーマサロンが中心になってきましたが、このサロンは以前のようにまったくテーマなしです。
正午からスタンバイし、サロンそのものは1~4時を想定。出入り自由です。
ほとんど無意味のサロンですが、無意味と思われるものほど意味があるというのが、いささかひねくれた私の考えなので、
ただ、私が突然急用ができたりすることもあるので、絶対開催ではなく、原則開催です。
参加費は今まで通り、500円を目安に、部屋のどこかにあるお布施缶に入れてください。
会場の維持のために充当させてもらいます。

最初のオープンサロンは、3月3日です。
私がまだ会ったこともない人の来店をお待ちしていますが、飽きるほどあっている人も歓迎します。

よろしくお願いいたします。

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2019/02/19

■「贈与と共生の経済倫理学」(折戸えとな著)をぜひ多くの人に読んでほしいです。

とても共感できる本に出会いました。
折戸えとなさんの書いた「贈与と共生の経済倫理学」(図書出版ヘウレーカ出版)です。
有機農業の里として知られる埼玉県小川町にある霜里農場の金子美登さんの実践活動と、そこに関わりながら、誠実に生きている人たちのライフストーリーをベースに、新しい生き方(新しい社会のあり方)を示唆する、意欲的な本です。
「贈与と共生の経済倫理学」という書名にいささかひるんでしまう人もいると思いますが、さまざまな人の具体的な生き方や発言が中心になっているので、自らの生き方とつなげて読んでいけます。
要約的に言えば、人間の生の全体性を回復するための実践の書です。

ただ読みだしたときには、ちょっと驚きました。
レヴィナスの「他者の顔とは、私たちに何かを呼びかける存在としてそこに現前している」という言葉や、イリイチのコンヴィヴィアリティ(自立共生)といった言葉が出てきたからです。
しかし、さぞや難解な文章が続くと覚悟したとたんに、今度は金子さんや彼とつながりのあるさまざまな立場の人たちに対するインタビューによって描き出される生々しいライフストーリーが始まります。
そのあたりから、引き込まれるように一気に読んでしまいました。
ちなみに、レヴィナスとイリイチの言葉は、本書の描き出す世界の主軸になっています。
もう一つの基軸は、ポランニーの「経済を社会関係に埋め戻す」という命題です。
こう書くと何やら難しそうに感ずるかもしれませんが、そうしたことを解説するのではなく、むしろそうした概念に実体を与え、日ごろの私たちの生き方につなげていくというのが、著者の意図です。

金子美登さんがなぜ有機農業に取り組んだのかは、きわめて明確です。
象徴する金子さんの言葉が最初に出てきます。

「より安全でよりうまい牛乳を、喜んで消費者に飲んでもらうことが、私のささやかな望みであり、これが可能でないような農業はあまりにもみじめなのではないか。このようなことが実現されてはじめて、自分の喜びが真の喜びになると思っていたのである」。

つまり出発点は、金子さんの生きる喜びへの思いなのです。
私は、そこに、理屈からは出てこない「ほんもの」を感じます。

しかし「この本質をつく農業を行っていたのでは、目的の生活がなりたたない社会の仕組みとなってしまっている」という社会の現実の前で、金子さんのさまざまな活動が始まっていきます。
その取り組みは、失敗したり成功したりするのですが、いろんな試行錯誤の結果、現在、行きついているのが、金銭契約ではなく、「お礼制」という仕組みです。
「お礼制」とは、出来たものを消費者に贈与し、それへの謝礼は「消費者の側で自由に決めてください」という形で、生産者と消費者がつながっていく、という仕組みです。
そのつながりは、お互いをよりよく知りあい、「もろともの関係」に育っていくことで、双方に大きな生活の安心感が育ってくる。
そして、ものやお金のやりとりを超えた人のつながりが広がっていく。
新しい生き方、新しい社会のあり方のヒントがそこにある。

契約を超えた「お礼制」と「もろともの関係」に集約される本書の内容は、簡単には紹介できませんが、出版社であるヘウレーカのサイトにある解説で、概要はつかめるかもしれません。
https://www.heureka-books.com/books/396
また本書の帯に書かれている内山節さんの推薦文も、本書の的確な要約になっています。
「有機農業によって自然と和解し、価格をつけない流通を成立させることによって貨幣の呪縛から自由になる。それを実現させた、独りの農民の営みを見ながら、本書は人間が自由に生きるための根源的な課題を提示している」。

つまり、本書は自由に生きるための生き方を示唆しくれているのです。
それもさまざまな生き方を具体的に例示しながらです。
そして、自由な生き方にとって大切なのは〈責任・自由・信頼〉を核にした生き方だというメッセージにつながっていきます。
言葉を単に並べただけではありません。
折戸さんは、「責任」「自由」「信頼」の言葉の意味をしっかりと吟味し、それをつなげて考えています。

金子さんは「ことばの世界に生きていない」と自らを位置づけているそうですが、折戸さんもまた、別の意味で「ことばの世界に生きていない」人だと感じました。

本書のキーワドは、書名にあるように、「贈与」「共生」「倫理」です。
いずれも聞き飽きた退屈な言葉ですが、この「流行語」がしっかりと地に足付けて語られています。
しかもそれが大きな物語を創っているばかりか、人が生きることの意味さえも伝えているのです。
同じような言葉を並べた、書名が似た本とは全く違います。

たとえば「倫理」。
倫理に関する本を読んで私はいつも違和感を持ってしまいます。
私の実際の生き方につながってこないからです。
倫理(ethics)という言葉の語源であるギリシア語のエトスは、「ねぐら」「住み処」という意味です。
つまり、その人の生活圏での暮らしを通じて形づくられる「生き方」や「振る舞い方」、言い換えれば、どうしたら快適に暮らせるかのルールとすべき価値の基準が「倫理」だと、私は考えています。
折戸さんは、たぶんそういう意味で「経済倫理学」という言葉を選んだのでしょう。
崇高な理想などとは無縁の話で、「いかに善く生きるか」が著者の関心です。
そして、それぞれが善く生きていれば社会は豊かになると、たぶん確信しているのでしょう。
私も、そう確信している一人です。

生きやすさを求めることを「倫理」と考えれば、そのカギとなるのは「贈与」と「共生」だと折戸さんは言います。
ここでも折戸さんは退屈な定義には満足していません。
贈与とは「他者との関係性を豊かにすること」であり、「共生」とは「もろともの関係」で生きることだというのです。
いずれにも「覚悟」が必要です。
これだけで、本書は退屈な「贈与」や「共生」を解説する本ではないことがわかってもらえると思います。

ついでに言えば、書名にあるもう2つの言葉、「経済」と「学」についても、折戸さんは、前者は「オイコノミクス(家政)」「経世済民」と捉え、後者に関しても、あいまいな「言葉」だけでは不十分だと指摘しているような気がします。

以上のことは、私の勝手な解釈ですので、折戸さんからは叱られるかもしれません。
しかし、本書を読んでいると、彼女の深くて実践的な問題意識と新しい学への意欲をいたるところで感じます。

ところで、レヴィナスの「顔」はどうかかわっているのか。
そこに込められたメッセージは「個人の尊厳の尊重」であり、ほんとのコミュニケーションは、顔を持った個人間で行われるということです。
個人が存在しなければ、ほんとうのコミュニケーションも成立しない。
そして、イリイチのコンヴィヴィアリティやサブシステンス概念は、まさに「もろともの関係」に具現化されています。

折戸さんが「終わりに」に書き残した文章を、少し長いですが、引用させてもらいます。

巨大システムの中で個が一括管理されていくような世界で、自然と不可分につながっている人間たちの尊厳をかけた運動は、私たちの生存と生きがい、生産と再生産、自由、責任、信頼にとってなくてはならない不可欠な要素なのである。その意味において、たとえすべての人が、生活全体を「もろとも」の関係性で構築することは不可能であったとしても、このような関係性のない世界では、私たちは生きることができないといっても過言ではないだろう。

関係性のない世界で生きることに多くの人が馴らされてきている現在の社会に少しでも違和感を持っている人には、ぜひとも読んでいただきたい本です。
きっと新しい気づきや生きるヒントを得られると思います。
そして、できるならば、折戸さんが残したメッセージ(本書の「おわりに」に示されています)を引き継ぐ人が現れることを心から願っています。

いつも以上に主観的な、しかも長い紹介になってしましたが、もう少し蛇足を。
著者の折戸えとなさんには、私は残念ながらお会いする機会を失しました。
お名前はお聞きしていましたが、まさかこういう本を書かれていたとは知りませんでした。
折戸えとなさんは、本書を仕上げた後、亡くなりました。
お会いできなかったのが、心底、残念です。
本書を読んだ後、どんな人だったのだろうと思っていたら、その後、会う機会を得た折戸さんの伴侶から、なぜか写真が送られてきました。
人は会うべき人には必ず会うものだという私の確信は、今回も実現しました。

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2019/02/16

■湯島サロン「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」のご案内

新しいスタイルのサロンを始めます。
以前やっていた、「ちょっと知的なサロン」の発展形の一つです。
単発ではなく、ちょっと学習会的な要素も入れて、シリーズ展開します。

その第一弾は、カルチャーセンターでやっているような「万葉集入門」の、カジュアル参加型版です。
カルチャーセンターとちょっと違うのは、講師と参加者の関係を仲間関係にすることです。
講師は、昭和女子大学元教授の升田淑子さんですが、このサロンでは、元教授であることはみんな忘れて、現研究者として講師役をつとめてもらいます。

万葉集の名前は知っているけれど、読んだことはない、という方も大歓迎です。
ちょっとゼミ気分も味わえるようにもしたいと思っています。
ですから、万葉集に関してこんなテーマでひそかに研究しているという人がいたら、それもまた大歓迎で、そういう人には発表の場もつくります。
このサロンに触発されて、新たにテーマを設定して研究したいという人が生まれてきたら、升田さんにアドバイザーになってもらいます。
希望者による「奈良万葉の旅」も企画する予定です。

今回はそうしたことの予告も兼ねての、キックオフサロンです。
升田さんに、「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」を語ってもらい、その後、連続企画している「升田万葉集サロン」の紹介をしてもらいます。
連続サロンの内容は、参加者のみなさんの希望を含めて、方向づけたいと思います。
隔月くらいの開催を予定していますが、継続参加できる人をコアにして、公開で開催します。

万葉集など学んでも、何の役にも立たないなというような現在の社会風潮を変えていこう、などという意図は全くないのですが、何かが生まれるかもしれないと、ひそかに楽しみにしています。

一味違う湯島サロンに、ぜひご参加ください。

〇日時:2019年3月23日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「万葉集の多様性ー古代和歌の魅力」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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2019/02/15

■湯島サロン「東京で感じたこと、米子で見えたこと」のお誘い

矢辺卓哉さんと出会ったのは、矢辺さんが大学生の時でした。
障害のある人たちの働く会社を立ち上げたいという思いで、経営学を学んでいました。
当時私が取り組んでいた「コムケア活動」も手伝ってくれていましたが、時々、矢辺さんとは「ノーマライゼーション」だとか障害者の働く仕組みづくりとか、あるいは「経営とは何か」などをよく話し合っていたのを思いだします。
とても行動的な、明るい若者でした。
大学を卒業後、障害を持つ人の雇用を支援する会社に入社、時々その話もお聞きしていました。
社会に出ても矢辺さんの考えはぶれることなく、その後、みずから会社を起業し、しばらく東京で活動していましたが、数年前に故郷の鳥取県米子市に戻りました。
なぜ戻ったのかについてはっきりと聞いたことはないのですが、私には意外なことではありませんでした。
以来、付き合いはほとんどありませんでした。

その矢辺さんから東京に行くという連絡がきたので、サロンをしてもらうことにしました。
彼はとても「純」に自分を生きている若者ですから、彼が今の時代をどう感じ、どう生きているかに関心があったのです。
東京で起業し、今は鳥取で会社代表を務めるとともに、別の会社の平社員も兼務しているという、事業家の矢辺さん(まだ30代です)には、私には見えていないことがたくさん見えているはずですから。
タイトルは、「東京で感じたこと、米子で見えたこと」にさせてもらいました。
何を話すかは矢辺さんに一任しました。
30~40分ほど話してもらい、その後はみんなで話し合えればと思います。

矢辺さんはフェイスブックをしていますが、その自己紹介に、「好きな食べもの:あなたや家族と一緒に食べる食事すべて」と書いています。
食は生き方の基本ですが、この言葉に矢辺さんの「人となり」が象徴されています。

どんな話に展開していくかはわかりませんが、いつもとはちょっと違ったサロンになればと思っています。
そのためにも、若い世代の人たちにもたくさん参加してもらいたいです。
もちろん、若くない世代の人も歓迎です。
若者から学ぶことはたくさんありますので。

〇日時:2019年3月8日(金曜日)午後6時半~8時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供:矢辺卓哉さん(平社員と社長を兼業しているソーシャル・アントレプレナー)
〇テーマ:「東京で感じたこと、米子で見えたこと」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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2019/02/12

■湯島サロン「お墓のことを考えたことはありますか」のお誘い

湯島では、昨年から「死の視点から生き方を考えよう」という主旨のサロンを何回か行ってきました。さらにそこから、「新しいお葬式や死への取り組み方」を考えていくプロジェクトの立ち上げも検討しています。
根底にあるのは、「死」とは「別れ」であると同時に、「つながり」の契機だという考えです。
これは、これまでの湯島のサロンの理念と重なっています。
そうした活動の一環として、それに関連したサロンやミーティングを今年も毎月開催していく予定です。

その皮切りとして、3月13日に、長年、お墓のお仕事をされている篠田さん(篠田石材工業代表取締役)に「お墓」をテーマにサロンをしていただくことにしました。
お墓は、日常生活の中ではあまり話題になることはありませんが、暮らしの中に埋め込まれている、お彼岸やお盆には、お墓参りに行く人も少なくないでしょう。
また、誰にも訪れる「死」の後の「棲み処」としてのお墓をどうするかは、誰にとっても避けられない問題です。
しかし、にもかかわらず、お墓に関しては、私たちはあまり知りませんし、話し合うことも少ない。
最近は、「お墓は要らない」という人も増えているようです。

東日本大震災後の被災地を訪問した時、とても印象的な風景に出会いました。
住居の復興は全く手付かずだった集落に、一か所だけきれいに復興したところがありました。
集落の墓地でした。
お墓はしっかりと立て直されていました。
そこに住む人たちにとっては、生きる拠り所がお墓だったのかもしれません。
遺された人たちと逝ってしまった人たちをつなぐだけではなく、遺されて生きている人たちの支えになっているような気がしました。
お墓や墓地(霊園)の持つ意味を、改めて考えさせられました。

私が、お墓の意味に気づいたのは、妻を見送った後です。
いまは毎月、時には孫もつれて、お墓参りに行っています。
お墓の持つ意味は、普段はなかなか気づきませんが、生きることと深くつながっているように思います。

先日、お葬式をテーマにした話し合いを開いたのですが、参加者の中に数名、自分は「散骨」希望だという人がいました。
つまり、「お墓」をつくらないということです。
その理由はさまざまですが、費用的な理由や遺された人に負担をかけてしまうという理由もありました。
しかし、もしかしたらそう考えてしまうことに、問題があるのかもしれません。
「葬儀」もそうですが、「お墓」も、遺されたものが生きていくという視点で考え直すことが大切になってきているように思います。

費用や煩わしさの問題は、お墓に関する知識があれば、考えが変わるかもしれません。
しかし、お墓について、気楽に話を聞いたり質問したりする場はあまりありません。
そこで今回は長年お墓のお仕事をされている篠田さんにお墓や霊園に関してお話しいただき、その後、なんでもQ&Aをさせてもらえるサロンを企画しました。
篠田さんは、100年を超える老舗の石材店の経営者で、お墓を通して、社会の変化や死生観の変化も見てきている人です。
お墓にまつわるいろんな相談にも乗ってもらえるかもしれません。
そして、お墓を通して、生き方を考えるような場にもしたいと思っています。

ぜひ多くの人に参加したいと思っています。

〇日時:2019年3月13日(水曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○話題提供:篠田雅央さん(篠田石材工業代表取締役)
〇テーマ:「お墓のことを考えたことはありますか」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2019/02/08

■カフェサロン「国民主権と統治行為論」のお誘い

今月のリンカーンクラブサロンは、統治行為論をテーマに国民主権の問題を考えます。
日本では、1959年の「砂川事件」最高判決で、「国家統治の基本に関する高度な政治性」を有する国家の行為に関しては、司法の対象にはしないという方針が出されました。
この判決に関しては、その後、日米両政府からの圧力があったことが明らかになりましたが、このいわゆる「統治行為論」はその後の日本の政治の方向を定めたと言ってもいいでしょう。
そして、その判決とその後の日本の政治の展開から、いろいろなことが明確になってきています。

私は学校では、政治は、立法・行政・司法の三権分立の枠組みで行われると学んできましたが、そもそも三権分立では本来的な「統治」はできません。
実際に何かを実行するためには、三権分立の上位の権限、あるいは決定者が必要になります。
国民主権の政治体制は、決定者は「国民」という建てつけになっているわけですので、日本の統治行為論では、国民の代表から構成される立法がその役割を果たすことになっています。
しかし、もしそうであれば、国民の意思が「高度な政治性を持つ国家行為」の判断に関して、しっかりと反映される、ルーティンではない仕組みがなければいけません。
しかし、これまでそうした議論はあまり行われていないように思います。

武田さんは、それはおかしいと言っています。
そして単に批判するだけではなく、実践的な解決策を提案しています。
今回は、それを改めて紹介してもらい、みんなで話し合って、その具現化を話し合えればと思います。
できればそれに加えて統治権という問題を少し考えてみたいと思います。

こう書くとかなり難しい話に感じられるかもしれませんが、要は大事な問題に関してこそ、私たち国民一人ひとりの意思が反映される仕組みを考えるという、極めて基本的な問題を話し合おうということです。
ですから、武田さんの提案について、知識ベースで議論するというよりも、生活感覚で話し合いができればと思っていますので、どなたでも気楽に参加していただければと思っています。

ちょっと気おくれしてしまうようなタイトルですが、どうぞ気楽にご参加ください。

〇日時:2019年2月23日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「国民主権と統治行為論」
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2019/01/20

■これからの葬儀について考える検討会のご案内

今日はいつもとちょっと違う集まりのご案内です。
これまで何回か、湯島のサロンでは「死」や「葬儀」、「看取り」についてのサロンを開催してきました。
昨年は、長年そうした活動に取り組まれてきた僧侶でもある中下大樹さんに湯島でサロンをやってもらいましたが、中下さんから「死を消費する社会」から「死を活かす社会」に向けての新しい事業を起こしていきたいという相談がありました。
私も長年、誰もが気持ちよく暮らせる社会に向けての活動(コムケア活動)に取り組んできましたが、さまざまな問題の根っこには、社会のあり方や私たちの生き方の問題があり、そのさらに奥には死の捉え方があると思うようになってきていました。

そこで中下さんと一緒に、死を要にして生を考えていくような社会に向けての新しいプロジェクトを起こせないかとこの半年議論してきました。
そして、中下さんが現在実際に取り組んでいる「葬儀」事業に取り組みながら、実践的に構想を具現化していくことになりました。
葬儀といっても、これまでの延長上の葬儀ではなく、「死を活かす社会」を目指したお葬式のあり方や供養のあり方、さらには「幸せな死」を目指す生き方の支援も意識しながら、新しい葬送文化を創り出すようなことを考えています。
しかし一挙には飛べないので、現実的な葬儀にも取り組みながら、いろんな人たちの知恵や思いも踏まえながら、ゆっくりと進めていこうと思っています。

しかし2人だけで考えていてもなかなか前には進めません。
それに、新しい葬送文化を構想する以上、できるだけさまざまな視点を取り込んでいかねばいけません。
そこで現在の段階で私たちが行きついた事業構想をお話しさせていただき、それをベースに、みなさんから、ご意見をいただき、実際の葬儀にも取り組みながら、思いをご一緒できるみなさんと一緒に、実践を積み重ねながら構想を形にしていくという方法をとることにしました。
私たちの思いはまだ十分に練られているわけではありませんが、構想が「絵に描いた餅」にならないように、ともかく一歩踏み出そうと決意した次第です。

そんなわけで、下記の通り、2月1日(金曜日)の午後と夜の2回にわたり、私たちの事業構想を材料にした「これからの葬儀」について自由に話し合う会を企画いたしました。
自分はこんな葬儀をしたいとか、死に向けてこんな生き方をしたい、あるいは遺された者として、こんなことがあったらいいと思っている、など、いろんなお話もお聞きできればと思っています。

もしご関心を持っていただけるようであれば、いずれかの回にご参加いただければと思います。 

〇日時:2019年2月1日(金曜日)午後2時~4時/6時半~8時半
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○進め方
最初に私たちから30分ほど話をさせていただき、それを踏まえて参加者のみなさんからご意見をいただき話し合えればと思っています。
〇主催:有限会社コムケアセンター(中下大樹・佐藤修)
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2019/01/15

■カフェサロン「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」の案内

湯島のサロンの常連メンバーの太田篤さんは、日本への留学生の支援活動をされています。
そこで、太田さんにお願いして、日本に来ている留学生のみなさんが日本をどう感じているかを話題にしたサロンを開いてもらうことにしました。
太田さんが、2人の留学生に頼んでくれました。
温さん(韓国)とラッセルさん(スリランカ)です。
お2人には、日本に来る前の日本像と実際に来日して実感した日本の印象を話してもらうことにしました。
加えて、たくさんの留学生たちと長年触れ合ってきている太田さんには、受け入れ側の日本と留学生たちが、この数十年、どう変わってきているかを話してもらおうと思います。

私も25年近く前に、私費留学してきた人たちの交流サロンを湯島でやっていました。
留学生から聞く話は、意外なものが多かったのですが、一番驚いたのはせっかく日本に来たにもかかわらず日本が嫌いになって帰国する人が多いということでした。

異質な人との交流の中で、自らの見えなかった面が見えてくることは少なくありません。
日本の中で暮らしている私たちには気付いていないことを、違った社会で育ってきた人たちの体験から、気づかせてもらえるだろうと思います。

どんな話題が出てくるか、とても興味があります。
自分自身の生きている社会はどんな社会なのかを、ちょっと意識するサロンになればと思っています。
みなさんのご参加をお待ちします。

〇日時:2019年2月16日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「留学生の目からの来日前の日本、来日後の日本」
〇話題提供:温ビチャンさん(韓国)とJ.ラッセル(スリランカ)と太田篤さん
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2019/01/13

■インド占星術の第1回目のサロンを開催しました

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昨日、ヴェーダ占星術師のKazue Kishori Chibaさんにお願いしたインド占星術の第1回目のサロンを開催しました。
ヴェーダはインド古来の知恵ですが、Kishoriさんは「生きる知恵」だと話してくれました。
「占星術」というと「占い」のような感じがしますが、「生きる知恵」が身につけば、過去も未来も見えてくるのがヴェーダの知恵なのかもしれません。
今回は、そうした「知恵」と「知識」の混同が参加者の中にあって、本論に入る前の質疑応答が少し多すぎてしまったのが残念でしたが、それでも多くのことを気づかせてもらえました。
このサロンのために、わざわざ富山から出てきた人もいて、その人は終わった後、来てよかったと言ってくれました。

1月17日(14時~16時)に第2回目を開催します。
ヴェーダ占星術を知りたいという方は是非ご参加ください。
1回目に参加した方も参加されなかった方も、いずれも歓迎です。
単なる知識だけではなく、インドの聖地ブリンダーヴァンで1年の1/4を過ごしているKishoriさんの人柄に触れるだけでも、ヴェーダを感じられるかもしれません。

サロンの内容の報告は、2回目が終わった後、まとめて報告させてもらいます。

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2019/01/12

■カフェサロン「沖縄の辺野古県民投票を考える」のご案内

久しぶりにリンカーンクラブサロンを開催します。
テーマは、いま話題になっている沖縄県民投票を材料に、国民投票について考えたいと思います。
あわせて辺野古の問題もちょっとだけ、考えられればと思います。

リンカーンクラブは、できるだけ国民一人ひとりの意見が政治に反映する仕組みを目指しています。
そのためには、制度に期待するだけではなく、私たち一人ひとりが、政治に対する関心を高め、自らの意見をしっかり持って、できることに取り組んでいくことが大切です。
リンカーンクラブサロンは、そうした場のひとつのしたいと思っています。

今回の沖縄の住民投票は、さまざまな問題を示唆しています。
最近の新聞記事によれば、沖縄県の一部の自治体の首長は県民投票には協力しないことを明言していますが、住民も必ずしもみんな賛成ではないようです。
ある人は、「県民の分断を深める」県民投票には懐疑的だと言っています。
知人同士でも、酒が入ると言い合いになることがあり、「(投票すれば)本音だけがむき出しになり、県民がいがみ合う。こんな苦しみはうんざりだと言っている人もいるそうです。
私自身は、そうした発言そのものに大きな違和感がありますが。

県民投票をやるためには5億円以上もかかると言われていますが、菅官房長官は投票結果が工事に与える影響は「まったくない」と明言しており、政府が工事を止めることはないと思うと諦めている人もいて、「それなら、お金を福祉に回した方がいい。仮に投票が実施されても、行くつもりはない」という人もいると報道されています。
こうした考えにも、私は本末転倒を感じます。

さらに実際に県民投票をやるとなれば、実務は基礎自治体である市町村が担うことになりますが、そこで果たして公正な投票が行われるかどうかもわかりません。
こんなことを話し合いながら、国民投票(住民投票)というものを通して、「政治」について考えるサロンにできればと思っています。

政治こそ、私たちの生活を支える基盤です。
辺野古にも国民投票にも、まったく関心も知識ももっていなかった人も含めて、いろんな立場の人に気楽に参加してほしいと思っています。
私たち一人ひとりが変わらなければ、日本の政治も社会も変わっていかないのですから。

誰もが気楽に話し合えるサロンですので、どうぞ気楽にご参加ください。

〇日時:2019年1月26日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「沖縄の辺野古県民投票を考える」
辺野古基地に関する沖縄県民投票の住民や自治体の反応を材料に民主主義とは何かを考える。
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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