カテゴリー「サロン報告」の記事

2026/08/15

■8月オープンサロン報告(2026年8月14日開催)

今回もにぎやかなサロンでした。
熊本地震被災者に対して何ができるかという話から始まって、最後はゲゼル経済学を否定したケインズ批判まで、いつものように話題の幅が広いというか、拡散しすぎというか、自由に展開する面白さがありました。
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長らく企業経営幹部の支援プロジェクトに関わっていた方が、初めてオープンサロンに参加されたのですが、あまりに無秩序なサロンの展開にあきれるかと思いきや、こんなに刺激的とは思っていなかった、もっと早く参加すればよかった、と感想を述べてくれました。以前同じような立場の人が来て、「なんでこんな生産性のない集まりをやっているのですか」と言われたのとは真反対です。
まあ、いずれも私には納得できる感想ですが。

今日も参加者が自己紹介や近況報告とともに、もしあれば話題提供するスタイルをとったのですが、実にいろいろな話題が出ました。
不登校に対する学校の姿勢が変わってきた、ひきこもり当事者への行政の対応が変わってきた、というのが現場からのうれしい話。
ほかにも、メルカリの可能性、労働に価値があるか、長崎では8月9日は曜日に関係なく登校日、貨幣論、家族問題、農福連携の話、出身地の話などなど、「生産性」とは無縁の話ばかり。しかし、新しい世界を感ずる「刺激」もまた多く、その気になって突っ込めば、いかようにも話は展開できるおもしろさもある。

面白くなければ、黙って寝ていればいい。もちろん途中退席もあり。主役は参加者。
やはりオープンサロンが、湯島サロンの基本ですね。
改めてそれを感じさせてもらいました。

オープンサロンは毎月第2金曜日です。

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2026/08/13

■新倉食養サロン「秋の食養生」報告(2026年8月11日開催)

恒例の東方健美研究所代表の新倉久美子さんによる「食養生サロン」、今回は「秋の食養生」でした。
最近の気候状況では、立秋を過ぎても、まだ暑いですが、しかしその暑さの中でも風は秋になってきている。私たちの自然環境は、温度だけで成り立っているのではないようです。だからこそ、長年伝来の食文化には、たくさんの叡智が込められているのです。
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初めての参加者がおふたりいたので、今回も「ふるさと薬膳」の話もしてくれました。またこれまでとはちょっと違う話も出てきて、やはり実践者の知見は底なしに深いことを感じます。
毎回、報告しているように、新倉さんの「ふるさと薬膳」は、一言で言えば、「その土地でできたものを季節に合わせて食べること」を基本にしようという食生活の提案です。それこそが、健康につながる「食養生」だというのです。特別の食材を工夫しての「薬膳」とは違いますので、その気になれば誰でもできる「食養生」なのです。
そのあたりは、1回目のサロンの報告をお読みください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2023/11/post-c35e3b.html

その後、いつものように新倉版陰陽五行配当表に基づいての秋の食養生の話。
秋は空気が乾燥することから鼻や、喉に不具合が生じて肺呼吸器に症状が現れやすい。鼻がつまったり、喉がカサカサして咳が出たりするのも乾燥によるものだそうです。肌や髪の毛に潤いがなくなるのもこの季節の特徴。
したがって、この季節を健やかに過ごすための食養生のポイントは、「培陽潤肺」、体内の「陽」を育て肺呼吸器を潤すことだそうです。
肺を潤す食べ物は里芋、大根、にんにくなどのほか、生姜、わさび、山椒など辛味の食材が効果的。旬の食材にそうした「辛味」を加えて網理するのがいいそうです。
背の青い魚や根菜で身体を程よく温めて冬への準備を進めるのも秋の食養生の大切なポイントです。
この季節の食養生は「秋は肺呼吸器、辛味」、と新倉さんは言います。

暑さが続くからと言って、夏食養生をつづけるのはやめたほうがよい。身体を冷やすのではなく、むしろ熱性を持った食材を選んで、冬に備えた方がいいそうです。

ともかく、地のもの・旬のものがいいということですが、最近は何が「地のもの」か「旬のもの」かもわかりにくくなってきています。そういう意味では、自分で少し野菜づくりに取り組むのも効果的です。農家とのつながりをつくるのもいいでしょう。
最近は、「かかりつけ医」ならぬ「かかりつけ農家」という言葉さえできていますが、農と食のつながりを自分で体験的につくっていくことも大切です。

新倉さんが取り組んできている「ふるさと薬膳」発想は、まさに「農」と「食」をつないだところに大きな意味があると思っています。
分業化を基本にした工業社会は「分断指向」を内在していますが、その結果が、最近の食文化のような気がします。
食養生のためには、やはり「農」にもっとつながっていかないといけません。
そうした視点から、今年は改めて「食と農」を湯島サロンの重点テーマにしています。

なお、今回は私がつくった「桑の葉茶」を用意させてもらいました。
サロンの5日前に桑の葉をとってきて、3日間乾燥させ、サロンの前日にフライパンで炒ったのです。料理どころか、ガスレンジの使い方もよくわからないため、娘に付き添ってもらいながらの焙煎でしたが、まあ何とか出来ました。
味はどうかいささか心配でした。幸いに、不評ではありませんでした。なんとかみなさんには飲んでもらいましたし、おいしいとも言ってもらいました。
ちなみに、夏にはよい麦茶も、そろそろ卒業の時期です。冬は黒豆茶がいいそうですが、秋は野草茶もお薦めだそうです。
今度の健康サロン(22日)には、焙煎しない桑の若葉を煎じた熱いものと、今回の焙煎した桑の葉を淹れて冷やした冷たい桑の葉茶を用意しようと思います。
たぶん、ですが。

また9月は、食と農をテーマにしたサロンを、農に取り組み出した薬剤師と弁理士の方にやってもらう予定です。
食養生に関心のある方は、ぜひご参加ください。

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2026/08/11

■湯島サロン「日本の個性と可能性~日本社会を変えるために「日本」について理解しよう」報告(2026年8月9日開催)

増山博康さん(見沼菜園クラブ代表)は、最近の日本に状況に不安というか、不信というか、ともかくこのままではいけないと考えています。
社会への疑問は、何も今に始まったことではありません。学生の頃から、社会への違和感はあり、社会を変えていこうという姿勢で生きてきています。

障害者運動、環境問題、農業などに関わり、今は教育関係のことにも関わっていますが、この違和感のある日本社会を変えるには、まずは日本社会の「個性」を理解しなくてはいけないというのが増山さんの考えです。

そこで、いままで40年ほどいろいろな実践を重ねてきたことを一度サロンで参加者に公開し、参加者と話し合いながら「日本」について理解を深めようと思って始めたのが、このサロンです。
いまの社会にはいろいろな問題はありますが、増山さんには日本の個性への信頼があり、社会を変えていく可能性は大きいと確信しているのです。
ですからこのサロンは、ただ話し合い考えるだけではなく、具体的な実践につなげていきたいと増山さんは思っています。そのためには、継続して実施していかなければいけません。隔月程度の開催を予定していますが、今回はその第1回です。
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増山さんは学生時代に取り組み出した地域の障害者運動のことから話を始めました。
それを皮切りに、点字受験の実現や自治体の環境基本計画策定などの体験を通して、日本の個性を考える材料をいろいろと出してくれました。

話し合いは自由に拡散しながら、たくさんの話題が出てきましたが、なかなか肝心の「日本の個性と可能性」にはたどりつきませんでした。何しろ「日本の個性」ですから、そう簡単にたどりつけるはずもありません。「島国根性」とか「農耕民族文化」とか、「空気の文化」「調和重視の社会」とか簡単な言葉にしてしまえば、それこそ「言葉遊び」になってしまうでしょう。それでわかったようになってしまっては、増山さんの意図には合わないでしょう。なにしろ増山さんは、実践の人でもあるからです。

参加者がまたややこしいほどに多彩なメンバーだったので、話し合いもとてもおもしろかったですが、まとめるのは至難です。それに1回目のせいか、あまりかみ合っているようにも思えませんでした。
でもまあそれがサロンのいいところなのです。

ボランティア論議や国のかたち論議、暴論の役割、信頼関係の棄損、法的差別と民間差別、コスパ・タイパ重視の新自由主義的危機、あるいは「汎市場化」など、興味あるテーマはたくさん出てきましたが、まあ1回目ですので、テーマ出しの感もありました。

話し合いの最後に、とりあえずの日本個性仮説を増山さんに問うたら、「沼地」という言葉が出てきました。遠藤周作が『沈黙』で書いた「沼地」です。日本人の心の奥底には、理性や倫理では制御できない“泥のような暗い領域”があり、そこに神が寄り添うというのが遠藤周作の「沼地」思想で、それが「共同体への溶け込み」や「情的なつながり」「曖昧さ」という日本人の生き方につながっているというのです。
私には違和感がありますが、とりあえずの「最初の仮説」が定まったので、話し合いの起点ができたと言っていいかもしれません。
しかし、「沼地社会」をどういう報告に変えていくかに関しては、また議論が紛糾しそうです。水田にするか乾田にするか、ビル街にするか草原にするか。

いろいろと話し合ったあたりで、前にも湯島で何回かサロンをしてくれた開成町の元町長の露木さんが、自分の体験から、社会を変えていくためには何が大切かを話してくれました。なんだかそれが今回の結論になってしまった感もあります。

露木さんは、社会を変えるための3つのキーワードを出してくれました。「青さ」「熱い気持ち」「よそ者の力」。特に大切なのは、「青さ」。透明性とか誠実とか理想主義と言ってもいいでしょうか。
ちなみに、「熱い気持ち」に関しては、増山さんは「暴論」という表現を使っていましたが、通ずるところがあるでしょう。しかし、「沼地」社会からはなかなか出にくいのが「暴論(理念?)」です。このあたりがこれからの論点の一つになるかもしれません。
この3つは、別に社会を変えるためだけではなく、組織を変えるためにも当てはまるという話も出ました。
ここから「変える」ということの本質が見えてくるような気がします。「変える」ということは何なのか、も、あまり何も考えずに話している人が多いように思っている私には、「青さ」という言葉は心に響きました。

露木さんは、地方自治の停滞に関しても言及してくれました。自治の停滞は、社会の主役が人間から制度に移っているからかもしれません。事実、住民たちが主役になって動き出している「住民自治」に比べて、中央政府に目を向けた「団体自治」は、最近逆方向を向いているような気さえします。しかし、最近は日本でも「ミュニシパリズム」の動きが少しずつ広がっていて、私には展望は明るいです。

話し合いで出た話題のほんの一部しか紹介できませんでしたが、増山さん自身、まだ確たる確信や考えがあるわけではなさそうです。
増山さんは、これから隔月でサロンを開いていく予定です。今回も話題になったさまざまなテーマに関してゲストを呼んだり、さらにサロンだけではなく、今回話題になった開成町訪問など、湯島を飛び出すことも考えていくそうです。

社会を変えていくということは、言うまでもなく自分を変えていくことと深くつながっています。他人事で考えていては社会は変わりません。増山サロンには、話し合いだけではなく、そこから何かが生まれてくることを期待したいです。

さてどんな展開になっていきますか。
しばらく様子を見ようと思います。

増山さん
勝手な報告ですみません。フォローしてくれますか。

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2026/08/10

■湯島サロン「からだのバランスを整えてみませんか」報告(2026年8月8日開催)

しばらくまた「健康」をテーマにしたサロンを行う予定ですが、その第一弾として、今注目され出している健康法の「縦巻き横巻き理論」をとりあげました。

「縦巻き横巻き理論」とは、「人間の体は左右でまったく異なる動きをしている。これこそが人体の絶対法則。血液型にいくつかのタイプがあるように、身体の正しい動かし方にも明確なパターンが存在する」という、内司和彦さんが提唱している独自の理論です。
https://home.tsuku2.jp/storeDetail.php?scd=0000135551

その初級講座講師ライセンスをもっているタカイシオミさんに、理論の紹介も兼ねて、ミニワークショップを開いてもらいました。
タカイさんは、心身に造詣が深いとともに、霊の分野にもつながっている人で、独自の「タカイ式身がまま整体」を実践、からだのこととこころのことを合わせたオリジナル手法を常に探求中。私もいつもいろいろアドバイスをもらっています。

この理論によれば、人体は左右対称ではなく、どちらかが縦巻きで、どちらかが横巻きなのだそうです。それに合わせて身体と付き合うことが大切で、ちょっとしたセルケアをするだけでも身体の不調が回復することもあると言います。逆にそれを無視して、左右同じようにやってしまうと逆効果にもなるかもしれないそうです。
上記の縦巻き横巻き理論協会のサイトにはわかりやすい動画も公開されていますので、見てください。

今回はワークショップを通して、参加者各人の身体の左右どちらが「縦巻きか」を確認しました。最後には、タカイさんが希望者一人ひとりの身体の動きをチェックし、どちらが縦巻きかをみてくれました。
それに合わせて、たとえば、身体を振るとかさするとかすることが大切で、縦と横を逆にしてしまうとよくない結果も起こりうると言います。
今回のどちらが縦かをチェックする簡単なワークショップだけでも、ちょっと身体が動きやすくなったという人もいました。
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いずれにしろ、これを知ることでセルケアできるというわけです。
ただしまだ事例が十分に集まって、いわゆる「エヴィデンス」がしっかりしているわけではあいようです。だからこそたくさんの事例を集めていくことが必要なのかもしれません。
今回、参加した人はぜひ判明した自分のタテヨコを踏まえてセルフケアし、結果を高井さんに報告していただければと思います。
私は、高井さんの判定と自分の判定がちょっとずれてしまいましたが、とりあえず自己判断での右縦型として1週間、セルフケアしてみようと思います。その結果が、吉と出るか凶と出るか、それによって自己判断が正しかったかどうかがわかるでしょう。ダメだったら次の1週間は左縦型で挑戦です。いずれにしろ2週間後には、たぶんわかっていると思いますが、そういうプロセスで、自分の身体としっかりつき合うことの効果も大きいと思います。

この理論やセルケア法に関して、関心のある方はタカイさんに連絡を取ってください。いろんなアドバイスをもらえるかと思います。
http://shi-dobe-ginza-sea.planet.bindcloud.jp/

なお、健康シリーズのサロンとして、今月から「健康のためにやっていることを話し合いませんか」サロンが始まります。みんなに薦めたい健康法があればぜひご紹介ください。逆に健康法探しをしている人もぜひ。
1回目は8月22日の午後2~4時です。
もし今回参加した人がいれば、その間の縦型横型セルケアの結果もぜひご報告ください。

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2026/08/08

■第21回あすあびサロン報告

明日の我孫子を話し合う集まり「あすあびサロン」ももう21回になりました。
ともかく続けていくことを第一に、ゆる~い運営に心がけています。
少しずつメンバーも増えてきています。
今回もまた一人、新しい人が参加してくれました。
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今回はテーマなしの会です。
参加者それぞれが簡単な自己紹介に合わせて、話題提供などをしてもらったうえで、いくつかの話題に関して自由な話し合いを行いました。
もう一つの手賀沼実行委員会が主催する10月3日の講演会「柳宗悦と山崎弁栄と手賀沼と」の話、リサイクルセンターや脱カーボンの話、ふるさと納税の話、なるほど‟街歩き”の話、増えている外国人との付き合い方の話、さらにはあまり知られていない我孫子にまつわる話など、話題はさまざまでした。

次回はもしかしたらテーマを設定するかもしれません。あるいはどなたかこんなテーマで話し合いたいという希望があれば、検討させてもらいます。
10月は、郷土史に詳しい越岡さんに、我孫子の話をしてもらおうと思います。できればそこから何か新しいプロジェクトをスタートさせられないかと思っています。

日程が決まり次第に、ご案内させてもらいます。
なお、この集まりに関してのお問い合わせは、事務局(qzy00757@nifty.com)にどうぞ。

 

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2026/08/07

■湯島サロン「ひきこもり家族兄弟姉妹問題」報告(2026年8月2日開催)

機能不全家族に関連して親子の問題がよく話題になりますが、あまり話題に取り上げられないのが、兄弟姉妹問題です。しかし、実際にはひきこもり当事者とは全く別の意味で、その兄弟姉妹も大変な苦労をしているのです。しかも、その思いを話し合う場もあまりない。

今回、25年前からひきこもりだした弟のいる大林さんが、自分の体験を材料に、そのテーマに取り組むサロンを引き受けてくれました。
大林さんのようにひきこもりの兄弟姉妹を持つ人、ひきこもり当事者や体験者、さらにひきこもり当事者を含む複数の子どもの母親など、いろいろな立場の人が参加してくれました。意見の違いからのぶつかり合いもありましたが、それぞれに考えを深めることのできるサロンだったと思います。
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大林さんの話は、突然の家族のひきこもりに対して両親がどう対応したか、兄として家族にどう働きかけどう反応されたか、から始まって、大林さんがなぜ家を出たか、その時の心境はどうだったか、そして兄として、あるいは家族の一員として、自分ができることをどう考えどう行動したかを、大きなターニングポイントを節目にしながら生々しく語ってくれました。
家族の話もしてくれました。大林さんの弟さんの場合、住む家があり、親が生活費を出しているため、特に困ることはなく、親も、むしろそれを受け入れて、しかし外部に相談することもない。こういうケースは決して少なくないでしょう。
それが問題を先延ばししていることに気づいているのは兄弟姉妹なのかもしれません。結局、長く付き合うのは親ではなく兄弟姉妹なのですから。機能不全家庭の親子関係の改善に、兄弟姉妹関係がひとつの切り口になるかもしれないと、改めて思いました。

大林さんの話はとても現実的で「生活的」だったので、理念論や抽象論にならずに、生々しい話し合いになったと思います。それに、大林さんは、話す(放す)というよりも、参加者と一緒に語る(象る)という姿勢で、批判や異論にも柔軟に対応してくれました。参加者も多様な立場の人たちがいたので、時に賛否を起こしながらも、密度の濃い話し合いができたと思います。

大林さんの個人的物語や家族の話は、この問題を考える上でとても示唆に富むものなので詳しく紹介したいのですが、さすがに公開型のこの報告では紹介できません。しかし、話の雰囲気を知ってもらうために、冒頭のやりとりだけを例示的に少しだけ紹介します。

大林さんは弟と2歳しか違わないこともあり、「なぜ働かないの?」「なぜ勉強しないの?」と気にかけて声をかけましたが、弟は次第に大林さんに近づかなくなったそうです。弟との関わり方がわからないため、両親に「弟を病院に連れて行って、障害があるかどうか確認してほしい」と頼んだそうです。曖昧なまま接するのがストレスだったため、障害者として接することができれば対応の仕方が明確になると考えたからです。
しかし、父からは「うちにはそんな子はいない」、母からは「なぜそんなことをするの?」と言われ、両親への失望を感じたそうです。
両親の反応に絶望し、弟のひきこもり問題には触れない「当たらず触らず」の関係が続き、状況を変えるのは無理だと考えた大林さん自身が、家を出たのが最初の大きなターニングポイントだったと言います。

ここまでの一区切りで話し合いが始まりました。
たとえば、参加者から「弟さんを障害者として扱いたいと思ったのか?」という質問がありました。大林さんは「対応の仕方が全くわからなかったので、そう思った」と答え、引きこもっている状態は異常だと感じ、障害者として接すれば明確な対応ができると考えていた当時の思いを素直に話してくれました。ひきこもりと障害者を結びつけることは、当事者にとっては意外なことだったかもしれません。
しかし別の当事者からは、「障害」という言葉はともかく、ひきこもり当事者の生活支援のための社会的制度を活用する意味で、「自立支援の制度」を知ることは大切だという指摘もありました。
家族のひきこもりが、立場によってまったく違って受け取られているのがわかります。それを踏まえずに話し合っても、解決策や対策には行き着かないでしょう。

当事者と兄弟姉妹の視点のずれも話題になりました。
大林さんは弟の内面的な苦しみや生きづらさには踏み込まず、「働かない人」というレッテルをはった面があったのではないか、理解を示さない兄に、弟は精神的にも距離を取ったのではないか、という当事者からの厳しい指摘もありました。
大林さんは自分のできる範囲でいろいろとやったつもりだが、当時、同じ問題を抱える人たちとの交流があったら対応が違っていたかもしれないと話しました。その意見に、当事者の家族を持つ参加者も強く共感しました。みんな、突然のひきこもり事態に戸惑っているのです。体験談に触れられれば対応は違ってくるでしょう。

兄弟姉妹が体験を話し合う場がないわけではありません。大林さんも、今はそうした場にも参加しているそうですが、多くの人はそういう場に出合えていないのかもしれません。いや、出合えても実際に心を開いて話し合うことはそう簡単ではありません。

話し合いを聞きながら、当事者とその兄弟姉妹がもっと心を開いて話し合えたら状況は変わるかもしれないとも思いました。このサロンは、直接の兄弟姉妹ではありませんが、まさに当事者と兄弟姉妹の立場の人がコミュニケーションできていると感じたからです。しかし実際には、家族であればこそのコミュニケーションの難しさもあるのでしょう。

まあこういう感じで、大林さんからはターニングポイントごとの体験や思いが語られ、それを受けてかなり生々しい話し合いが展開したのです。

ちなみに、ターニングポイントは、大林さんの意思とは関係なく外部からやってくることもあります。就活や婚活は大林さん自身の問題ですが、両親の病気はたとえ家を出ていたとしても、無縁ではいられません。
大林さんも、実際に父親の入院と葬儀、母親の要介護からの施設入所などが、大きなターニングポイントになっています。8050問題は、ひきこもり当事者と親の関係で捉えられがちですが、兄弟姉妹にとっても無関係ではないのです。
かなり個人的な話なので報告は控えますが、大林さんの話は、その点からもとても示唆に富むものでした。兄弟姉妹から考えると、8050問題も違って見えてきます。

ちなみに大林さんは、「弟は(家族は)こうあるべき」という自分の幻想が強すぎたと今では思っているようです。相手を変えようとしすぎていた。
これまでの体験を通じて、大林さんはたくさんの気づきを得ているようですが、一番は「相手を変えようとしていたが、変えるべきは自分だと気づいた」ということかもしれません。自分に余裕が出てくると、相手も変わってきた。「何かしなさい」と言うのをやめ、言い方を変えるようになり、相手がしゃべっている内容に自分を合わせるよう努めるようになったとも言います。
いま、大林さんは、母と弟が共依存しながらも、介護サービスを入れながら「ソフトランディング」で別れていく方向を模索しているようです。「2人が長く暮らしていくのもありかなと思っている」し、「本人がそう選んで安定があればそれでいい」とも思えるようになったそうです。考える視点が、自分ではなく相手に移っている。

ひきこもり当事者の存在が、兄弟姉妹を苦しめることがあることにも気づかねばなりません。これは世間の風潮や家族の思い込みが大きな原因になっています。
参加者の一人(ひきこもり当事者の姉妹)が、「隠さなければならないという社会的重圧」や「誰にも言えないことによる精神的疲弊」が自分の人生に覆いかぶさっていることを話してくれました。そうしたことを話せる場があるだけでも救いになるのであれば、そういう場を広げていくことが大切です。
さらには、「ひきこもり」が特別のことではないという社会にしていければと思います。生き方はいろいろある。時に引きこもることもある。「ひきこもり」は社会の病理という発想を見直せないものでしょうか。その間の自立支援の仕組みを広げていけないものか。せめて「隠さなければならないという社会的重圧」はなくしたい。

またまた長くなってしまいましたが、サロンで語られ話し合われたことのほんの一部しか報告できないのが残念です。

話し合いが深まったこともあって、今回、大林さんの話は、最後までたどり着けませんでした。そこでもう一度、大林さんにサロンを開いてもらうことにしました。
今回のサロンで、大林さんもいろいろな気づきがあったそうです。次回のサロンでは、今回のサロンの総括も含めて大林さんは話してくれるでしょう。
ぜひ直接に大林さんの話を聞いてほしいと思っています。

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2026/08/04

■湯島サロン「今日の社会状況の疑問点をまず語りあいますか?」報告(2026年7月31日開催)

最近の社会は少しおかしくなっているのではないかと感じている人は少なくないでしょう。そんなことを自由に話し合おうという鴨下さんの呼びかけで開催されたサロンには、9人が参加しました。
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最初にまず鴨下さんから、現在の社会状況で気になっていることはないか、これまでと何か違うとしたらその変化はなぜ起こっているのか、その変化を「否定的」に捉えている人が多いように思うがそれはなぜか。変化に対する考え方も固定的になっているような気がする、常識にとらわれることなく、時には逆説的な視点で考えてみるのもいいのではないか、といった話がありました。

具体的にも、最近の高市政権の政策から、自動車が通行していなくても赤信号を守るべきかどうかといった話まで、いくつかの話の切り口を出してくれました。
鴨下さんの問題意識の根底には、「法の支配」「遵法意識」「有識者」「メディア」「政局」の最近の状況への関心があるのです。
  
最初に話題になったのが、自動車通行のない道での赤信号でした。
私が大学の法学部で最初に学んだのが、「自動車通行がない時でも赤信号を守るのはドイツ人、信号が赤でも自動車通行がなければ道路を横断するのがフランス人」ということでした。ここに法に対する本質が語られているという気がして、今でもはっきりと覚えています。「社会思想史」の淡野さんの講義でした。

しかし今回、話題になった問題はその先です。自動車通行がなければ赤信号でも渡るとしても、近くに子どもがいたらどうするか、です。
そこで意見が分かれました。悪い見本を示さないために渡らない人と法の意味を考えさせるために渡るという人とに分かれたのです。
この話題を「今日の社会状況の疑問点」につなげれば、自分で考えなくなってきているという風潮と世代間の断絶に関わっています。いずれも重要です。

今回は前者、つまりみんな自分で考えなくなってきているというほうで話は広がっていきました。自分で考えなくても赤信号なら止まるというように、最近は受動的な生き方でも十分に利便性を享受できるために、みんな思考停止に陥っているのではないか、しかしそれでいいのか、という疑問です。

いや、実際には思考停止しているわけではありません。行政や警察に対して「危ないから信号をつけてくれ」と要望する住民が増えたため、日本の道路には信号が多い、という話もありました。「自分で注意する」ことよりも「決まり(信号)に従って動くことで、考えずに平和に暮らしたい」という思考が広がっているのかもしれません。先日のサロンでの「巨人軍監督の娘への暴行容疑逮捕事件」のときも話題になりましたが、思考する内容と方向が変わってきているのです。

そうした風潮に応じて、現代社会は、熱中症への注意喚起など「余計なお世話」とも言える過剰な指示にあふれています。これは、人々が自ら判断して行動することを放棄し指示を待つようになってきている、つまり「家畜のような暮らし」を求めているからではないかというきびしい意見さえありました。

思考停止だけならまだしも、最近はフィルター・バブルのもとで自分の見たい情報だけに囲まれてしまい、価値観の分断が進んで異なる意見との「対話」がしにくくなっていることも指摘されました。分断が進むとコミュニケーションも成り立たなくなります。

こんな感じで、話はどんどん広がり、政治状況や皇室問題、消費税、国旗問題にまで発展、まさに気になること満載の社会のようです。でもどうも抽象的で深刻さが感じられない。

最近はどうして「ストライキ」がなくなったのか、という話題も出ました。
社会や経済の構造が変わったために、ストライキの効果が失われたのではないかという話も出ました。そこから「クラウド資本」や「テクノ封建制」など、資本主義の変質の話がちょっと出ましたが、これは深入りせず。

「世の中の根本はまったく変わっていない、弱毒化しただけ」という意見もありました。そこから、「目に見えにくい全体主義や同調圧力」を象徴する「弱毒化した茶色」という言葉も登場しました。物理的な暴力の代わりに、異論を唱える者が「変な目で見られる」「仲間外れにされる」といった心理的・社会的な排除が広がり、人々は自ら進んで「秩序」や「空気」に合わせることで、摩擦を避けるスタイルへと変化しているのではないかというのです。
そうしたことの背景には、日本人の心理的変化がある。かつては集団主義の中でも、表面上は合わせつつ個人の自由を追求する「したたかさ」がありましたが、現代では集団や空気に完全に同一化してしまい、自分を大事にする回路が働かなくなっている。そして、「考えることの煩わしさ」を避け、「決まり通りに動くことで得られる安楽さ」に満足し、自己主張するよりも、同調することで「(否定される)痛みを感じない場所」に身を置く傾向が強まっているのではないかというのです。

しかし、「茶色」が「弱毒化」しているからといって安全というわけではなく、むしろそれが深刻な事態を招く予兆であるという指摘もありました。人々が「これしかない」と諦め、弱毒化した茶色に合わせて生きることが唯一の選択肢だと思い込まされている状況自体が、大きな危うさを秘めているというのです。

自己承認欲求に関しても話がかなりありましたが、そもそも私の世代からすれば、「自己承認」などという概念自体がぴんと来ないので、うまく報告できません。
他にもいろいろな話題が出ました。収拾がつかないほどに。

もちろん、疑問を出し合っただけではありません。どうしたら気になる状況を変えていけるかの話題も出ました。
ここはいつものように、社会全体を変えることは難しくても、まずは自分の手の届く「狭い範囲」から、自分たちの価値観に基づいた「茶色(全体主義・同調圧力)ではないモザイク」のような場所を維持していくことが、現実的な「したたかな」対抗策ではないかという話だったように思います。
また、現代人が失った「したたかさ」を回復するには、「痛みを感じない場所」への逃避を止め、面倒であっても対話と実体験を通じて自分の頭で考え続けることが必要であるという指摘もありました。

主催した鴨下さんは、話し合いと言うのは、いろんな人がいろんなことを言おうとするプロセスに大きな意味があると改めて実感したそうです。茶色化されつつある社会であればこそ、異なる意見をぶつけ合うことで固定観念を崩し、新たな気づきを得ることが重要だというのです。
結論はもちろん出ませんが、参加者それぞれにいろいろと気づきがあったのではないかと思います。それぞれが小さな一歩を踏み出せば、きっといつか社会は変わっていくでしょう。
こうした話し合いの場は、これからも誰かやりたいという人がいたら開催していきますので、気楽にご連絡ください。

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2026/08/01

■湯島サロン「消滅国家〜2023年、戦争で消滅したアルツァフ共和国」報告(2026年7月26日開催)

アルツァフ共和国は、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ地方のアルメニア人が1991年に独立を宣言し、他国からの承認は受けられませんでしたが、事実上の独立国家として32年間、存在していましたが、2023年9月にアゼルバイジャンの攻撃を受け消滅してしまった国家です。いまは、アルメニアに事実上の亡命政府が存続しているだけになってしまいました。

この、‟消滅した未承認国家アルツァフ共和国”を取材してきたのがフォト・ジャーナリストの小野寺翔太朗さんです。小野寺さんは、ウクライナの取材もしていますが、今回は、そうした戦争に巻き込まれた人たちの「声なき声」を紹介してもらい、国家とは何かを考えようというサロンでした。

まず小野寺さんは、アルツァフ共和国の消滅の経緯や避難民の苦悩について話してくれました。時間の関係もあって、詳しい話はありませんでしたが、古代からアルメニア文化圏に属し、住民の大多数がアルメニア人の、このナゴルノ・カラバフ地方が、アルメニアにではなく、アゼルバイジャンに組み込まれたのかは、まさに政治的な理由(実際にはソ連政府の都合)からです。
このことからも、「国家」とは何かが見えてくるのですが、今回はそこからではなく、もっと生々しい小野寺さんが現地で接した人たちの「声なき声」から、「国家」を話題にしてもらいました。「加工情報(誰かが創った物語)」が世界を覆い出している現在、こういう生々しい「現場情報」は、なかなか直接触れる機会はありません。

アルツァフ国家消滅の経緯は、ある意味、簡単でした。2022年12月に、アルツァフとアルメニアとを結ぶ唯一の道「ラチン回廊」がアゼルバイジャンによって封鎖されたのです。それまで両国は国境で分離されてはいたものの、人々の生活圏としては深くつながっていたのですが、この封鎖により、物資・医療・人の移動が完全に止められてしまったのです。
食料や薬が不足する過酷な状況が9か月続きましたが、2023年9月のアゼルバイジャンの攻撃によりアルツァフはわずか1日で降伏し、10万人以上の人々が故郷を追われ、アルメニアへと強制移住させられたのです。

未承認国家であったため、アルツァフの人たちは、故郷を失っても国際的に「難民」として認定されにくく、公的な支援が届きにくいという複雑な立場に置かれてしまったのです。国家がなくなると、人は「何者でもない」存在になってしまう。ここでも、「国家とは何か」を考えさせられる「生々しい声」を、小野寺さんはいくつか紹介してくれました。

小野寺さんは、2022年にロシア軍による虐殺が発覚したブチャでも長期取材を行いました。そこで、実際に小野寺さんはロシア軍による虐殺の痕跡や実際の体験者から聞いた話を紹介してくれました。
ブチャの虐殺に関しては、いまではロシア軍によるものという認識になっていますが、一時期はウクライナ軍がやったという話が広がり、いまなおその見方も相変わらず流布されています。
今回、参加者の中にもブチャ虐殺の犯人は誰だということに関心を持っていた人が複数いたこともあって、小野寺さんはあえてブチャで取材した「声なき声」を詳しく話してくれました。
小野寺さんは、ブチャ虐殺はロシア軍以外にはあり得ないと確信しています。それが現場で暮らしている人たちの声だからです。たとえば、小野寺さんは実際に遺族から「目の前で家族が撃たれた」「ロシア兵に埋葬を禁じられた」といった生々しい証言を多数得ています。

サロンでは、この点で論争が起こりヒートアップしてしまいました。
ブチャの犯人探しの論争は、「現場事実」と「物語」との対立です。
現場事実は一つしかないとはいえ、どの部分に焦点を当てるか、あるいは観察者の知識や関心によってさまざまな見え方がし、また報告の仕方によっても印象は大きく変わります。これは写真でもいえることです。戦場のどこに焦点を合わせて撮るかによって、印象や意味は全く変わります。マスコミ報道もネット報道も、「戦場らしい写真」が選ばれますが、実際に戦場を歩いた小野寺さんには違った風景もたくさん見えています。どの写真を選ぶか。そこにジャーナリストの姿勢があらわれます。

そうした「現場の事実」を材料にして、マスコミやネットで報道されるのは、発信者が解釈し捜索した物語です。とりわけネット情報では、都合のいい事実情報を集めて物語がつくられます。そこからいわゆる「陰謀論」も生まれていくわけです。
今回のサロンでヒートアップした「ブチャ虐殺の真実」は、まさにこうしたことを可視化してくれました。「物語」と「事実」はいまや切り離されてしまっているのです。
私たちは、みんな誰かが創った物語情報にしか触れられませんが、だからこそ、時に小野寺さんのように現場での一時情報に触れることが大切です。
ちなみに、小野寺さんは自分が見聞きしたことを伝えてくれているだけで、それがすべてだとは言っていません。それをどう解釈するかは聞き手の問題です。

横道にそれてしまいました。テーマが違ってしまいました。
テーマは、「国家とは何か」でした。
これに関しては、参加者の一人がとてもわかりやすい話をしてくれました。
政府(権力者)が統治する「国家」と人々が愛着を持つ「故郷(お国)」と、同じ「国」といいながら全く違うものなのではないか。
ここに「国家とは何か」がすべて含意されているような気がします。
どこに視点を置くかで、国家は意味を変えてくるのです。

アルツァフの人たちにとっての国は政治的に他の国に取り込まれてしまった。
あるいはイスラエルという国ができたために、それまで仲良く暮らしていたアラブの人とユダヤの人とが分断されてしまい、対立が意図的に生み出された。
国には、人々の暮らしを守る国と人々の暮らしを壊す国がある、といってもいいかもしれません。大切なのは、どちらの視点で国を語るかです。最近の、国旗問題や安全保障問題などは、これによって意味合いが真反対にもなるでしょう。

また長くなってしまいましたが、最後に小野寺さんの報道姿勢を紹介しておきます。
小野寺さんは、サロンの最初に2種類の写真を見せてくれました。砲撃を受けて建物が破壊された街の写真と笑顔に包まれた子どもたちの写真。いずれも小野寺さんが出会った現実です。
小野寺さんは、メディアでは悲劇的な側面ばかりが強調されるけれど、現地では悲劇を乗り越えて懸命に生き、笑顔を見せる人々の姿もある、といいます。たとえ戦争であろうとも、人々は暮らしている、戦ってばかりいるわけではない、というのです。そこに、報道と日常のギャップがある。
小野寺さんは、報道されない「日常」を伝えることを重視しているのです。

そうした小野寺さんのジャーナリストとしての姿勢の背景には、小野寺さんの個人的な体験があるのかもしれません。
小野寺さんは、父を自死で亡くした遺族としての背景を持っていますが、それが小野寺さんをジャーナリストへと向かせた理由の一つのようです。
自死で突然、声を聞けなくなった「父の声」を聴きたいという強い思い。それもあって、戦場で「数字」として処理されてしまう一人ひとりの「声なき声」を小野寺さんは聴き続けているのです。
声なき声は、時に涙や笑いです。小野寺さんは、自著『声なき声』で、「わたしが求めるのは、涙の、さらに奥にあるもの」と書いています。

長くなってしまいました。話し合いが十分に報告できないのが残念ですが、ぜひ小野寺さんの著書『声なき声』を読んでほしいです。
また小野寺さんは、写真展も開催していますので、ぜひ足を運んでいただきたいと思います。「涙の、さらに奥にあるもの」が見えるかもしれません。
もし小野寺さんがいたら、ぜひ声をかけてみてください。

国家とは何かに関しては、またサロンを企画したいと思います。
決して私たちと無縁の話ではありませんので。

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2026/07/28

■7月の茶色の朝サロンのご案内(2026年7月25日開催)

7月の「茶色の朝」サロンは猛暑の中、10人を超す人が集まりました。
暑さのせいで、みんないら立っているのかもしれません。いやますます社会が「茶色化」してきているのかもしれません。あるいは、そろそろもう集まれなくなるとの予感があるのかもしれません。ただ暇だったからかもしれません。
いずれにしろ、ともかく話し合いは活発でした。時間がともかく足りない。
と言っても、「政府批判」が多かったわけではありません。それはほとんどなかった気がします。いまの社会には気になることが多いという話です。
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まず参加者それぞれから気になることを一言ずつ話してもらった後、話し合いに入りました。

最初の話題は、複数の人から出された「巨人軍監督の娘への暴行容疑逮捕」事件でした。AIに相談したことの是非に関して正反対の意見が出されたのです。
そこから「家庭の問題」が社会化されてきていることも話題になりました。これも意見は分かれました。
AIのおかげで、考えなくなった人が増えてきているのではという意見もありましたが、それへの反対もありました。
そこから産業革命前の機械打ち壊し運動(ラダイト運動)まで話題になりましたが、それに関しても意見は分かれました。

ともかく、この事件から見えてくることはたくさんあります。
いずれにしろ事実をどのくらい知ろうとしたか、あるいはどこからの情報によって判断したかで、評価は正反対にもなりかねないことを、話し合いを聞いていて感じました。断片的な情報で考えることは、もしかしたら考えないことよりも危険かもしれません。
その意味でも、いろんな人と話し合うことは大切です。

異論が自由に飛び交う様子を見て、初めて茶色の朝サロンに参加した人は最後に、こんなに自由に意見が飛び交う場がもっとあればと感想を述べました。そう発言したのは、自分の意見をはっきりいう性格のため、これまでとても苦労してきた人です。
意見を自由に話す(放す)場がもっとあるといい。異論を出し合い話し合うことで、新しい「語り(物語)」が見えてきます。いまはそういう場が少ないので、誰かの描いた「物語」を鵜吞みにして、真相を見ようとしない人が多いように思います。
それこそが「茶色の社会」なのですが。

最近のテレビの気象情報番組で、「命にかかわる暑さ」といった脅迫的な表現や「今日は半そでがいいでしょう」などという余計なお世話情報が増えているのが、気になるという人もいました。私もいつも違和感を持っています。
これは話し合いには発展しませんでしたが、みんなの「思考放棄」を促しているように思えます。これも「茶色の社会」への道でしょう。私にはとても恐ろしいです。

国旗損壊罪法も話題になりました。秩序維持のための法が、次第に人々の心の中まで入り込んできて、人をマリオネット化してしまうのも、茶色の社会の特徴です。
最近の法律は、そこに近づいているのではないか、いやもうそこに来ているのではないか、そんな話も少し出ました。

とまあ、こんな感じでいろんな話題が出ましたが、参加者みんなが同じ意見だったわけではありません。政府批判で一色になってしまったら、それはそれでまた「茶色の社会」に転じやすくなるでしょう。異論に心を開くことが、このサロンの目指すところです。
「茶色の朝」サロンでは、各人の私見を大事にしたいと思っています。

今回もまた、いろいろなことに気づかせてもらったサロンでした。

以下は書こうかどうか迷いましたが、私の勝手な感想です。
今回、「機能不全家庭」(この言葉には私は違和感があります)に育ったと公言している参加者が、いろんな事例の「茶色度」を鋭く指摘してくれました。よく見えているなと感心させられました。
それを聞きながら、もしかしたら「茶色の社会」のモデルは「機能不全家庭」にあるのではないかという気がしてきました。そして、不登校の若者たちは、「機能不全学校」に気づいたので、そこに加担しなくなったのかもしれないという思いが浮かびました。
その一方で、多くの「社会人」は、機能不全会社や機能不全社会に自らを合わせて生きているのではないか、だから「生きづらい」などという。しかし、その「生きづらさ」㋾かいけつするために、そういう「機能不全社会」に引きこもろうとする。それこそまさに「茶色の社会」を目指す生き方です。
その「生きづらさ」が気にならなくなってしまうのが、「茶色の社会」ですから。
そうであれば、そこから救い出してくれるのは、不登校の若者や「ひきこもり当事者」と言われている人たちかもしれません。

いま私たちは、「茶色の社会」の生きやすさに向かうか、「茶色の社会」とは別の道を歩み出すかの岐路にいるのかもしれません。
さて、どちらを選ぶか。

茶色の朝のサロンは、やはり毎月、つづけていこうと思います。

 

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2026/07/27

■湯島サロン「どうやって死ぬかな? 生き方と死に方を考える」 報告(2026年7月20日開催)

呼びかけた吉本さんが、このテーマではたして参加者がいるだろうかと心配していましたが、酷暑にもかかわらず、何と10人の参加者がありました。
しかも参加したいが、日程調整ができなくて残念というメールが3人から届きました。
やはり、「死」は誰にとっても気になるテーマなのでしょうか。
でもなかには、話すのがちょっと怖いので参加を躊躇したという人もいました。
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案内にも書きましたが、今回の吉本さんの「どうやって死ぬかな?」の問いは、死に方ではなく、「生きている間の生き方」を考えようということです。
生き方がその人の死に方に現れてくるとよく言われますが、もしそうなら、「どういう死に方を目標にするか」から考えれば、生き方へのヒントが得られるはずだというわけです。

実はこのテーマは、これまでも年に1回程度は開催してきています。
しかし、今回は単刀直入に「どうやって死ぬか」という問いかけだったので、逆に受け取り方はさまざまだった気がします。

最初に参加者それぞれが自己紹介と「死に方」に関する考えを開陳したうえで、吉本さんから「死にまつわる想い出」や自分がいま取り組もうとしている「準備」に関しての話があり、そして「死ぬまでにどのように生きますか」という問いかけがありました。

いろいろの立場から、生と死が語られました。
いずれも実に生々しい。何らかの形で、実際の死につながる体験をしている人が多かったからかもしれません。
しかし、そうはいっても、自分の死ではない。自分の死は実際には体験できませんから(臨死体験はできるとしても)、どうしても語ると第三者の死になってしまう。死生観も同じです。自分の死生観は語れても、他者の死生観を論ずることはできません。でも話したがる人も多い。だから話し合いは、とても難しい。

吉本さんは、肝心の「どのように死のうか」の解はまだ見つけていないようですが、死に向けての準備はいろいろと考えているようです。
たとえば、自分の生活や思いを本やフォトブックに残すことにしたそうです。と言っても、出版するということではなく、パソコンソフトを使って自分で簡単に制作できる写真中心の小冊子です。
また、家族や友人と遊ぶことにも心掛けようとしていると言う。
死ぬまでにやろうとしていることが、フォトブックをつくって家族や友人と遊ぶこと?
こういう話を聞くと、いささか構えて参加した人は、なんだか肩透かしをくらった気がするかもしれません。しかし吉本さんは真剣なのです。みんなの話を聞いて、さてどう死のうか(=どう残された人生を生きようか)を考えようとしているのですから。
こうしたところにも、その人の死生観が出てきます。

ともかくこんな感じで、とかく「重くなるテーマ」を、吉本さんは誰もが気楽に話せる話題へと持って行ってくれました。
そうなると不思議なもので、逆に「重い話」も話しやすくなる。次々と、「重い体験」が飛び出してきました。みんなそれぞれに「重い体験」を持っているのです。
オフレコなので紹介はできませんが。

私は、吉本さんの問いに「痛みに苦しむことのない死に方をしたい」などと答えてしまいましたが、吉本さんはそんな当然のことを聞きたかったわけではありません。吉本さんの話を聞いていると、吉本さんは「自分の痕跡を残す/残ること」を目指しているようです。つまり、どうしたら自分が亡くなっても、自分の存在が残り続けることができるかが、吉本さんの問い「どうやって死ぬかな?」の真意のようです。そこに吉本さんの生命観、人生観がある。
話し合いでも、他者の死がどれだけ遺された者に影響を与えたかが話題になりました。裏返せば、自分の死がどのように他者に影響を与えるかが、吉本さんの問いには含意されているのです。「死」は自分事ではないのです。
そう考えると報告がさらに難しくなりました。

本論から派生した話を書くことにします。
当然と言えば当然ですが、自殺と安楽死の話が出ました。
これも何回も湯島では取り上げてきているテーマです。いつも抽象的な話が多いのですが、今回は身近に体験した人が少なくなかったので、ちょっといつもとは違う話し合いができた気がします。

でも驚いたのは、参加者の半数が自殺や安楽死を認めるというのです。
自殺(安楽死も含め)は、私には生命の私物化と思え、自殺を認めたとたんに、生から逃げることになると考えていますし、自殺を認めてしまえば、死刑も戦争も認めることになると私は考えています。自分を殺せる人は他者も殺せるでしょうから。
それに、今回のテーマの「どうやって死ぬかな?」も自分で決められることになる。それぞれが、勝手に死ねばいい。話し合うまでもないテーマになってしまいかねません。
自殺のない社会づくり活動に取り組んできた私には、何やらとても虚しい気がしてなりません。そういえば、「自殺」の問題はこの10年ほど、サロンでは取り上げてきませんでしたので、改めて取り上げようと思います。

医療と死も話題になりました。
医療とは死に抗う行為なのか、死を踏まえての行為なのかによって、医療の意味合いは変わってきます。私は後者の立場をとっていますが、だからこそ「いのち」を大切にしています。

こういう議論を聞きながら、改めて吉本さんの問い「どうやって死ぬかな?」の意味の深さが何となくわかりました。
生は一人では成り立たず、私物化できないように、死もまた一人では成り立たないのです。孤独死などあり得ない。でもそこに異論を持つ人が少なくない。
なぜなのか。なぜ自殺はなかなか減らず、安楽死の受け入れが増えているのはなぜか。
吉本さんの問いは、「生きる意味」まで問いかけてきた気がします。

なんだか独りよがりの報告になってしまいましたが、吉本さんはこの続きをやりたいそうです。吉本さんもきっと、いろいろと考えることがあったのでしょう。
次回は、どんな問いが発せられるか、興味あります。

吉本さん、意図に反する報告になっていたらすみません。
フォローしてもらえるとうれしいです。

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