カテゴリー「サロン報告」の記事

2024/04/18

■湯島サロン「攻められたらどうするのか? 真の安全保障政策を考える」報告

「平和」の問題を考えるサロンの2回目は、折原利男さんが昨年発表した「攻められたらどうするのか? 真の安全保障政策を考える」という論考を材料に話し合いました。

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最初に折原さんは、論考の主旨を紹介してくれました。案内の時に添付しましたが、折原さんの論考をお読みになりたい方は、ご連絡いただければ改めてお送りします。

折原さんの主張を思い切り簡単に紹介すれば、日本はいま、攻められてもおかしくない状況へと向かっている、しかしもし攻められたら、国家も国民も悲惨なことになる、だから攻められないようにすることこそが、真の安全保障政策ではないか。そしてそのための具体的な提案をいくつか提起してくれました。

さらに最後に、それでも万一、攻められたらどうするかと問い直し、こうまとめてくれました。自国第一主義、国粋主義と排外主義が相まって目を覆うような紛争と軍事衝突があちこちで展開されている今日、やはり最終的な和平の拠り所と解決の手段は、コスタリカが尽力し、実践してきたように、国際機関を機能させ、国際法に則って、国連を中心とした国際法秩序をもう一度建て直す、ということではないか。

現状に対する認識や大きな流れにはあまり異論はなかったと思いますが、それへの対策に関しては異論反論もあり、話し合いは大いに盛り上がりました。

簡単に論点を整理します。

まずは「攻められたらどうするか」という論点ですが、今回はこの点はあまり論じられませんでした。現状分析などを通して、折原さんは攻められたらウクライナのように悲惨な状況になってしまうから、それは絶対に避けねばならないという認識のもとに、必要なのは「攻められないためにどうするか」だと考えているからです。
しかし、この論点に関しては改めてまたサロンをしたいと思います。
私自身は、この問いへの答えがすべての出発点だと思うからです。それは「国家とは何か」を問い直すことにもつながります。

次の論点は、攻められないためにはどうするかですが、これに関しては大きく分かれました。核兵器も含めて、というよりも、むしろ核武装を中心にして抑止力を高めるという考えと折原さんが提唱する非武装中立・非暴力不服従という考えです。

これに絡んで、核兵器とこれまでの通常兵器による軍事力に関する議論もありましたが、核兵器が開発されてしまった以上、それを無しにすることはできないという点では、軍備による抑止論者も非武装論者も同意できていたように思います。
前にもサロンで話題になりましたが、核兵器が開発されてしまった世界は、それ以前とは異質になってしまったのです。ですから従来の発想では対処しきれないはずです。にもかかわらず世界はまだ従来の発想の枠組みで動いている。これは前から本間さんが指摘していたことですが、このサロンのシリーズでは本間さんの問題提起もお願いしているので、そこで議論が展開されると思います。

ちなみに核兵器は使用可能かどうかに関しての議論もありましたが、これに関してもまだ情報はあまりシェアされていないことを痛感しました。

攻められないための方策としては、抑止論と非武装論の中間の「段階的軍縮論」もありますが、今回は話題にはなりませんでした。

折原さんは、非武装中立論を話す前に、デビッド・マッキーの絵本「せかいでいちばん強い国」を紹介してくれました。そして非武装中立の国を攻められるものでしょうか、と問いかけました。この問いには意見は二分されました。
おそらく結論は出ないでしょうが、これは話し合う価値のある大切な論点です。
「せかいでいちばん強い国」は折原さんの論考にも紹介されていますが、あらすじは次でも読めます。ぜひお読みください。いつかサロンにも取り上げたいです。
https://www.jac-youjikyouiku.com/chiiku/recommend/19275/

非武装平和は理念としては共感できるが、問題はそれをどう実現するかではないかという問いかけもありました。
折原さんは、コスタリカも訪問し、子どもたちさえもが憲法を活かしながら積極的な非武装中立の実現を支えていることを実感していますし、そこでの活動家とも交流を重ねていますので、理念と現実がつながっているのだと思いますが、日本においては、むしろ言葉と現実が乖離していて、結局はなし崩し的に「平和憲法」さえ風化しているという認識がつよく、非武装平和論には悲観的な人も多かったように思います。
そのためか、実践的な政策やアクションプランを期待した人もいました。またコスタリカに関する実際の状況ももう少し詳しく知りたい人もいて、たとえば、「万一攻められた場合のことをコスタリカの人はどう考えているのか」という問いかけも出されました。

他にもいろいろと話題が出ましたが、私からは、問題の立て方を変える必要があるのではないかと指摘させてもらいました。
攻められるとか、攻められないようにとかいう問題設定は、いずれも他国任せの発想です。むしろ安全保障を考える場合は、自国(自分たち)が他国を攻めるかどうかが重要な問題ではないかと思います。
もし自国政府が他国を攻めようとしているとすればどうするか。今の日本は折原さんの指摘にもあるように、まさにそういう状況にあるように思います。もしそうであれば、それをこそ止めるのが先決ではないのか。

問題は「攻められる」とか「攻められないように」ではなく、「攻めない」ことではないのか。もし政府が他国を攻めたり、他国からの侵略に対抗して戦う(攻める)のであれば、その政府と戦うこそが必要なのではないか。「敵」を間違ってはいけません。
そういう発想に立てば、いま展開しているウクライナ戦争の当事者の捉え方も全く変わってくるような気がします。
しかしこの問いかけは、折原さんの問題提起とはなかなか絡み合わないので、改めて別のサロンで話題にしたいと思います。

相変わらず不十分な報告ですみません。
参加されたみなさん、補足してもらえるとうれしいです。
次回の平和サロンは、非武装平和国家に向けての実践的・具体的な提案を含めて、ん倶楽部のN'da Haさんに問題提起してもらうことになりました。
日程が決まったらご案内させてもらいます。

 

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2024/04/16

■「世界遺産の基礎知識がざっくりわかるサロン」の報告

「ざっくりわかるサロン」シリーズの第1回、「世界遺産」編は、NPO法人世界遺産アカデミー事務局の村上千明さんによる楽しい解説で盛り上がりました。
とりわけ今回は「奈良の世界遺産」に焦点を当ててくれたので、奈良ファンの私にはとてもうれしいサロンでした。

サロンは案内にあった通り、2部構成でした。
パート1は「世界遺産の基礎知識」編。
世界遺産誕生のきっかけは、エジプトのアスワンハイダム建設によってアブシンベル神殿がナイルの川底に沈むのを避けるために世界中の国々が協力したことから始まりました。見事に成功したそのプロジェクトから、「未来に残していくべき遺跡や自然を、国際的に守っていこう」という機運が高まり、「世界遺産条約」が創設されたのです。

そして、いまでは1200件ほどの世界遺産が指定されています。大きくは、「文化遺産」、「自然遺産」、そして文化と自然の両方の価値を持つ「複合遺産」の3種類があるそうです。
世界遺産が一番多いのはイタリアで、日本は現在11位(25件)。

とまあ、こんなことを村上さんは、クイズ形式もいれながら、映像も使って楽しく紹介してくれました。

つづいてパート2では、「奈良の世界遺産」に焦点を当ててくれました。
現在、奈良にある世界遺産は3つです。おわかりでしょうか。

日本での最初の世界遺産登録が「法隆寺地域の仏教建造物」ですが、ほかにも「古都奈良の文化財」「紀伊山地の霊場と参詣道」が登録され、それに加えて現在、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」が世界遺産暫定一覧表に記載されています。
そのそれぞれについても、村上さんはクイズを問いかけながら、楽しく案内してくれました。

ご存じの方もいるでしょうが、世界遺産検定もあります。4級からマイスターまで6段階あるそうで、20万人以上の人が認定を受けているようです。関心のある方は村上さんにお問い合わせください。検定用のテキストも出版されています。

サロンでは、村上さんは世界遺産に関するたくさんのマメ知識「コネタ」を用意してくれていました。そのおかげで、終始楽しいサロンになりました。
たとえば、こんな問いかけが行われました。

①「モナリザ」と「最後の晩餐」のなかで世界遺産はどっち? それはなぜ?
②世界遺産に登録されている巡礼の道は2つ。それはどこか?
③世界遺産の法隆寺の五重塔は何階建ての建築でしょうか?
④奈良の人が鹿を大事にするのはなぜ?

みなさん、おわかりですか。

サロンで10問のクイズがありましたが、私は全問正解で商品までもらいました。
実は子どもの頃、ある本を読んで歴史遺産に興味を持ち、わずかな知識で毎年、自分のなかでの歴史遺産ベスト10を選んでいました。
たとえば、当時、雑誌で連載されていた『沙漠の魔王』に登場したエジプトの「メムノンの巨象」が私の憧れでしたが、30年後に実際に出合えた時は感激しました。一緒に行った家族はあまり感激していませんでしたが。
最近の世界遺産のあまりの多さにはいささか食傷気味でしたが、改めてまた世界遺産への興味を回復しました。

今回は村上さんのおかげでとても楽しめましたが、世界をちょっと広げる「ざっくりわかるサロン」もなかなか面白い。
村上さんにはぜひ「奈良編」ではないパート2をお願いしたい気分ですが、世界遺産以外でもいろいろと取り上げられそうです。
どなたかご自分の得意な分野で、ちょっと楽しい雑学知識を語る「世界をちょっと広げるサロン」をやってもいいという方はいないでしょうか。
自分の出身地自慢でも、密かに蓄えている雑知識集でも、知ってしまうと危ない知識でも、何でも歓迎です。

ともかく知らないことを知ることは楽しいことです。
というわけで、世界をちょっと広げるサロンの2回目をやってくださる方を募集します。
マニアックな分野でもいいので、ぜひ気楽に手をあげてください。

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2024/04/14

■湯島サロン「生きづらさについて話し合おう」報告

「生きづらさ」については、人によって、その捉え方が全く違います。
生き方次第で、「生きづらさ」の意味が反転することもあります。
ですからサロンでテーマにするのは難しいとは思ったのですが、あえてテーマにしたのは、個人問題としてではなく、今の社会のありようを批判的に問い直してみたいと思ったからです。もしかしたら、みんな「生きづらさ」を誤解しているのではないか、それが私がずっと思っていることです。
そこで案内文にも、「ドコモロジー」に言及していたのですが、結果的にはどうも脱ひきこもりサロンの一環のように受けとられてしまったようです。

今回は私が問題提起者になったのですが、最初にみなさんに問いかけました。
「あなたは〇〇〇のために生きているのか?」と問われたら何と答えますか、という問いかけです。
参加者全員にまず応えてもらったあと少し話をさせてもらいました。この問いに対する参加者の回答だけでも長い報告文を書けそうですが、今回は一切省略します。

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問いかけに応えてもらった後、添付のメモに基づいて、少し話をさせてもらいました。

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社会を覆っている考え方やルールは個人のそれとは違いますから、合わせられる人と合わせられない人がいるのは当然です。個人との関係もそうですが、個人の場合は「付き合いづらさ」があれば付き合いをやめればいい。でも社会との付き合いは簡単にはやめられない。そこでいろんな生き方が生まれてくるわけです。
大きく分ければ、「社会に自分を合わせて生きる生き方(A)」「何とかやりくりして社会の中で生きる生き方(B)」「社会から距離を置いて自らの生きる世界を創り出しそこで生きる生き方(C)」の3つになると思います。

これまでの日本は、Aが基本でした。だから学校も家庭も、子どもたちが社会に合わせて生きられることを目指してきました。
しかし、1980年代頃から日本は変わりだし、「自立」とか「個性」が盛んに言われだしました。「自己責任」論も加わっていましたが。

「生きづらさ」で、私が問題にしたいのは、AとBの人たちです。なぜならCの人はすでに自らの快適な時空間を持っているからです。その周辺にいる人たちはまさに「生きづらさ」を感じているでしょうが。
こうした考えから、このサロンは「脱ひきこもりサロン」とは別に開催したのです。

サロンで話題にしたかったのは、生き方を合わせなければいけない現代社会とはどんな社会なのかということでした。それがわかっていなければ、生きづらさの実質もわからないはずだからです。
主観的な生きづらさに関しては話し合いは難しい。他者の生きづらさなど、だれにもわかるはずがないからです。でも、それぞれに「生きづらさ」を感じさせている現代社会を問い直すことを通して、それぞれの生きづらさを自己分析するとともに、お互いにシェアできることが見つかるかもしれません。
そこで、現代社会の一つの捉え方を、10年ほど前に出版されている古東哲明さんの『瞬間を生きる哲学』から紹介させてもらいました。

詳しくは添付の当日のメモを見てもらえればと思いますが、概略こんな紹介をさせてもらいました。

現代の日本は、なにかの「タメに生きる習慣」があたりまえになっている社会。〈今ここ〉ではない、〈いつかどこか〉のなにかのタメに生きること。おクニのタメとか、家族のタメとか、将来のタメとか。そんなライフ・スタイルが、通常の生存生活を織りあげ、社会システムを駆動する原動力になっている。

こうした近代特有の「先へ前へ競わせ駆り立てる仕組み」のことを、フランスの社会思想家ヴィリリオは、ドロモロジーと名づけた。一時期、日本でも話題になったイリイチのコンヴィヴィアル(自立共生)な社会、つまり「身近な場所や身近な人たちと今ここで愉快に共に生きる生活形式」は、追いやられてしまった。

〈今ここの幸せ〉に目を向けず、今ここにはない〈明日の幸せ〉(もしかしたら明日は永遠に来ない)を目指して、走り続けることが求められている社会。もしそうであれば、そういう社会に合わせて生きることは、生きやすいはずはないような気がします。私には、人生が「手段」になっているような気さえします。

そして最後に3つの問いかけをさせてもらいました。
・生きづらいとはどういう意味か、いまの生き方のどこがどう生きづらいのか。
・なぜ、社会など気にせずに、〈今ここ〉の自分を素直に生きないのか。
・知識や言葉による洗脳から解放されて、もっと素直に自分を生きたらどうか。

そして話し合い。残念ながら、現代社会のありようよりも、やはり個人的な生きづらさの話題が中心になりがちでした。
個人的な話に関してはオフレコにさせてもらっている以上、あまり紹介できませんが、私は「生きづらさ」を考えるか上での大きな示唆をいつもながらにいただきました。
しかし、残念ながら、私の3つの問いかけにはあまり回答はもらえませんでした。それで改めてまた、同じテーマのサロンを企画する予定です。
今度は「なぜ現代の社会は生きづらいのか」というような呼びかけにさせてもらう予定です。そしてそういう社会の生きづらさを、むしろ生かして〈今ここ〉の人生をしっかり生きている人に話題提供・問題提起してもらおうと思います。私ではどうも説得力がないようですので。

どなたか話題提供者になってくれませんか。

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2024/04/13

■緊急サロン「最近の裁判っておかしくないですか 水俣病認定熊本地裁判決を題材に」報告

急に呼びかけたにもかかわらず、10人の人が参加してくれました。
最近の裁判判決におかしさを感じている人は少なくないことを知りました。

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案内に、「判決を定期的に読んでいくサロン」と書いたため、実際に判決文を読むと思って参加してくれた人もいますが、問題提起者の吉本さんは、判決文など全く読まずに、水俣がどこに位置し、どんな場所だったのかを身体感覚的に話してくれました。

吉本さんは、子どもの頃から水俣の近くで生まれ育ち、水俣のことをよくご存じなのです。
吉本さんが、水俣病事件を他人事と捉えていないことが伝わってきました。自分事として捉えられるかどうかが、判決を読む際には重要になってきます。

しかし、なぜあれほどの事件が、周辺への広がりを見せずに、むしろ小さな地域の特別な事件に閉じ込められたのか。問題が発覚してもなお、なぜ水銀を排出していたチッソは操業を止めなかったのか。いまもなお、なぜ誰の目からも水俣病症状に襲われているとわかる人に、私たちの政府、つまり私たちは謝罪の言葉さえかけられないのか。
それは私たちの生き方にも深くつながっているように思います。今回の判決は、まさにそうした私たちの生き方を問い質すような判決にも感じます。

水俣のことを体験的に知っている吉本さんが、この判決に大きな違和感をもったのはよくわかります。おそらく原告にとってはお金の問題ではないのです。吉本さんも指摘しましたが、そもそも賠償金額は原告たちが受けた被害に釣り合うような金額ではありません。それに、賠償金全体を考えても、裁判にかかる国家の手続き費用(最高裁までの上告全体を考えてですが)で対応できる程度のものではないかと思います。

ですから問題は、まさに政治の話です。あるいは、国民に対する政府の姿勢が象徴されているとも言えます。それは「裁判とは何か」という問題にもつながっています。

三権分立と言いながら、日本における司法権は政治や経済に大きく影響されています。そもそも、日本では最高裁判事は行政府の長によって指名される建て付けになっているのです。そのため、これまでの多くの判決を見ても、政府への「忖度」がしばしば問題になっていますが、生活者感覚からのずれも大きいように思います。少なくとも自分がもし原告の立場にあったとしたら、とても納得できる判決ではないものは少なくない。

ちなみに、今回の裁判と同じ、水俣病被害者の救済措置の適用に関わる訴訟は、現在、全国4地域で起こされていますが、今回の熊本地裁の判決は昨年の大坂地裁の判決とは大きく違ったものでした。その結果、たとえば、同じ家で育った姉妹が、しかも同じような症状で苦しんできているにもかかわらず、たまたま訴訟時に住んでいるところの関係で大阪と熊本と別々の裁判の原告になった結果、一方は賠償対象になり一方は拒否されるというように、裁判長によって違った判決が出ているのです。
同じ法律による裁きなのに、判決は属人的なのです。そこに、「法治国家」の本質が示唆されています。法治国家もまた現実は「人治」なのです。

吉本さんは、今回の判決を出した品川裁判長のこれまでの裁判の判決もさっとレビューしたそうですが、特に違和感はなく、いずれも納得できるものだったと言います。でも今回の判決は、生活者感覚から、特に水俣のことを知っている立場からすれば、理解しがたい判決だと言うのです。
なぜそのようなことが起こるのか、話し合いではいろんな意見が出ました。

政治的な働きかけや「忖度」もあったのではないかという意見さえありました。
地裁から高裁、そして最高裁という三審制に対して、それぞれが役割分担しているのではないかという辛辣な意見もありました。あるいは国民視点ではなく、検察や裁判制度のメンツというか無謬性がまだ最優先されているのではないかという意見もありました。
そこまでではないにして、裁判官や検察官が「正義の味方」という感覚を持っている人はいまはもうあまりいないようです。しかし、それでいいのでしょうか。

多くの人は、裁判とは無縁の生活をしています。しかし、主権者である私たち国民が、政府に統治権を委ねているのは、問題が起きても司法が守ってくれるという信頼感があればこそです。しかし、どうも最近は裁判への信頼感が揺らいでいる。

袴田事件や大川原化工機冤罪事件の裁判に関わる司法の動きに違和感を持っている人は少なくないでしょう。しかし、そうした事件は、自分とは別の世界のことと思いがちです。しかし、決して私たちとは無縁のものではなく、いつ誰に起こってもおかしくないのです。
私たちはそうした意識をもっと持つべきではないのか。
裁判に巻き込まれてからではもう動きようがないのです。
私たちが、万一事件に巻き込まれたときに、安心して裁判に身を任せられるように、裁判に対する関心をもっと高めていく必要がある。

少なくとも、私たちの生活につながっているような事件の判決に関しては、日ごろから関心を持っておくことが大切です。
そこでまずは、マスコミで話題になるような判決については、読み過ごすのではなく、しっかりとみんなで話し合う仕組みができないかと思います。少なくとも、そういう判決が、誰にも簡単に読める仕組みが必要かもしれません。

一挙にはいきませんが、そんな判決をテーマにしたサロンを定期的に開催していきたいと思います。みなさんの中で、気になる判決があれば、このメーリングリストで呼びかけて、話し合うサロンを開催していきたいので、気楽に声をかけてください。私からも呼びかけていこうと思います。
一緒にこうした活動をやってもいいと言う人がいたらご連絡ください。
よろしくお願いします。

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2024/04/09

■湯島サロン「海外から感じている日本社会の変化」報告

40年近くアメリカにお住まいになっている坂口さんは、毎年、1~2回、日本に来て各地をまわられていますが、今年は桜に合わせて日程を組まれたようです。
今年は桜が遅れていますが、桜を見る前に湯島でサロンを開いてもらいました。

「海外から感じている日本社会の変化」と題させてもらったせいか、たくさんの方が参加されました。こうしたことに関心のある人は多いようです。

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坂口さんは、ご自身がなぜアメリカに移住したかから話しはじめましたが、そこでまず話されたのが、アメリカ人とかアメリカとかを一括りでとらえてしまいがちな私たちの習癖でした。
坂口さんも渡米前は、当時形成されていた「ジャック&ベティ」型のアメリカ人イメージを持っていたようですが、行ってみて実際に出合ったのは、まさにメルティングポットといわれる、さまざまな民族が集まり、文化的に溶け合っている社会、さまざまなアメリカ人でした。私たちが見えていると思っている世界と実際とは違うのです。

坂口さんはまず中西部で10年以上、それから東海岸のボストンで20年以上、暮らしていますが、同じアメリカでも中西部と東海岸でも大きく違う。「アメリカは…」と一括りにできないのです。

おなじことは、たぶん日本にも言えるでしょう。安直に「海外から感じている日本社会の変化」などというテーマを設定したことを反省しました。問題をこのように単純化してしまうことで、わかったような気になってしまおうとすることなのかもしれません。それでは世界はもちろん、自分さえも見えてこない。

坂口さんは、日本でアメリカ文学を専攻し、アメリカで日本文学を専攻し、その後、ライブラリアンとして日本文化の紹介に関わる活動を長らくしてきていますが、仕事を始めたころは、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代であり、後半はアメリカでの日本の存在感がどんどんと低下していった時代です。日本人に対する見方も大きく変わったとはいうものの、その変わり方は一様ではありません。

さらに、アメリカ人と結婚してから周りの目が変わった(「競争相手」と見られるようになった)と坂口さんは言います。「異邦人」と「同朋人」とでは関係性もまた変わってくるのです。
というわけで、社会の変化などということを軽々には表現できないのです。

それに社会はそう簡単には変わらない。
人権意識にしても、平和への動きにしても、マスコミで報じられていることと実態とは大きく違うと坂口さんは感じているようです。
坂口さんは、今でも世界各地のテレビ報道ニュースを毎日4時間ほど録画して、それをチェックしているそうです。表層的にはいい方向に向かっているようにつくられてはいるものの、むしろ実態は劣化しているように感じているようです。

しかも、各地の報道内容が似てきている。正確に言えば、欧米社会といったあるくくりのなかでの報道が均質化してきているということです。社会の「劣化」を覆い隠すように、きれいに編集されているのかもしれません。そのことは、世界を見えやすくするかもしれませんが、あきらかに分断していく。どこに属しているかで、世界の見え方は変わってきてしまう。

さらに問題は全体の方向性です。世界はみんなを幸せにする方向に動いているのか。長年、ライブラリアンとして培ってきた坂口さんの感覚では、どうも世界中で、社会の劣化が起こっている。日本社会がどうのこうのというレベルを超えて、どうも世界がおかしくなってきているというのです。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代においても日本人が対等に扱われるようになったわけではありません。ましてや存在感がなくなってきた今では、アジアンヘイトのなかに日本人も組み込まれているようです。黒人差別もそうですが、アメリカにおけるレイシズムはそう簡単に解消はされないようです。

でも社会は変わってきている、とも坂口さんは言います。
アメリカでは、建国の父たちへの評価が揺らぎだしている、というのです。国家の根幹である「権威への信頼感」が揺らぎだしている。
そのために一時的な混乱が起きるとしても(そして今まさに起きていますが)、そこに希望があるのかもしれません。そういう視点から、たとえばアメリカ社会における銃規制問題やトランプ現象も見ていかないといけないのかもしれません。

こうしてみると、「劣化」は、主に経済的な意味や情報面での話かもしれません。
これに関しても、坂口さんはとても示唆に富む話をされました。
アメリカに転居した際、坂口さんは日本的に両隣にあいさつにまわったそうです。そのおかげで、その後、ひったくりにあったときに助けられ、隣人づきあいが始まったそうです。どこにいても、自らが生まれ育った自分の文化を大事にする坂口さんの生き方には、大きな示唆がある。

劣化とは、もしかしたらそれぞれの文化を失い、表層的で画一的な経済や効率が優先される生き方へと変わってきていることを示しているのかもしれません。そこでは、人権はもちろん、人間さえも居場所をなくしてきているのかもしれません。であればこそ、人間として抗う余地がある。生まれ育った生活の文化を見直していく価値がある。

坂口さんが毎年日本に戻ってきて各地を回っているのは、それを確かめに来ているのかもしれません。坂口さんは、ボストンでもクリスマスやお正月に、日本式のお節料理も含めて、近隣の人たちとの交流をされているようです。
人が共に食べ笑い合えば、人権もレイシズムも問題にはならず、銃も要りません。

坂口さんのお話を勝手に大きく膨らませてしまいました。
最後に、参加者から、アメリカで注目されている日本人は誰かという象徴的な問いかけがありました。
坂口さんは、しばらく考えたうえで、自分の話として、1998年のIBBY(国際児童図書評議会)の世界大会での美智子皇后(当時)の基調講演の話をされました。
世界を感動させたそのスピーチは、「橋をかける」という書物になって出版されたので読んでいる人も多いでしょうが、アメリカでも話題になったそうです。

坂口さんがなぜこの話題を出したのか、なんとなくわかるような気もします。
このスピーチの全文は、ネットで読めますので、ぜひ読んでみてください。
https://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/ibby/koen-h10sk-newdelhi.html

ちなみに、経済や政治の面はともかく、文化の面では、日本の位置づけはむしろ見直されてきているのではないかという指摘もありました。
日本の役割は、むしろ大きくなってきているのではないか。
世界中がもし「劣化」してきているのであれば、それを嘆くよりも、それに抗って私たちに何ができるかを考えるのがいい。
そのヒントはきっと私たちの暮らしの中にある。

ちなみに坂口さんが私にアクセスしてきてくれたのは、湯島のサロンに興味を感じたからです。今回、坂口さんのお話を聞いて、またサロンをやめられなくなってしまいました。

坂口さんは、いま西日本各地をまわっていますが、4月20日頃に東京に戻り、20日の万葉集サロンに参加して、その後、帰国されます。
万葉集サロンの終わった後の30分で、今回各地をまわっての坂口さんの感想を話してもらおうと思います。
関心のある方はぜひご参加ください。

 

 

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2024/04/02

■湯島サロン「厭わしき民と平等」報告

今回の問題提起者のN'daさんは、複数の名前を持ち、複数の人として生きている人です。私がN'daさんと知り合ったのは、つい1か月ほど前ですが、N'daさんのおおもとの半田智久さんとはもう40年ほどの付き合いです。
と書くと、いろいろとややこしいのですが、

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冒頭、N'daさんからなぜ名前を変えたのかの話がありましたが、夫婦別姓のことを考えながら聞いていました。私(佐藤修)のように、ありふれた姓と名前だと姓名には全く何のこだわりもなく、ただの記号でしかないのですが、とても大きな意味を持っているのかもしれないと改めて思い直し、このテーマのサロンをやろうと思ったりしていました。

というわけで、本論に入る前にすでにさまざまな刺激を受けるサロンでした。
まだ書きたいことはありますが、一切省略して、N'da さんの問題提起の話を書きます。
私の理解では今回のメッセージは、言葉に惑わされて思考停止に陥ってはいけないということでした。その切り口として出されたのが、「民」と「平等」でした。

N'daさんは、最初に参加者に3つの問いかけをしました。
① あなたはどのようなときに国民としての自覚を得ますか?
② あなたが市民意識のもとに行動するのはどのようなときですか?
③ あなた自身の民族の由来をどう考えているか教えてください

国民、市民、民族。いずれにも「民」の文字がある問いかけです。
参加者全員の回答を聞いたうえで、N'daさんは「民」という文字は、もともとは目に針のようなものを刺した象形だという説があることを話してくれました。つまり、奴隷を盲目にしておいたことに由来する、というわけです。

いまは、「民」の文字を使った熟語はたくさんありますが、どちらかと言えば、いずれも肯定的に使われています。しかし、と、N'daさんは言います。「民」にそういう意味があることを知っていたら、市民とか民主主義とかいう言葉に、安直に身を任せてはいられないのではないか。民への偏執は思考の黴。「民」という文字には奴隷・隷属時代に培われた狡猾さの残り滓ないし亡霊が生きている。
たしかに私たちは、あまりに安直に「民」の文字を使います。最近は「公民」なる言葉が学校の教科にさえなっています。

重ねてN'daさんは、このことばを使うたびに隷属の身としてあった過去のくびきに再びつながれ、あたかもそのwifi伝導を受けたかの思考に囚われるのではないか、と言います。そして、こういうのです。
囚われの身を嘆きつつも互いに手を取り合い、苦悩の諸相を見つけ出しては共苦の情を示し合う。その思いやりなるものに安住し、独り立ち、足枷を外して洞窟を脱することから逃れ安堵している。民草に身体化された狡智に気づけ(恥じよ)、と。

そのメッセージの意図はよくわかりますし、共感できる面もある。「思いやりなるもの」への信頼の強い私でも、思いやりなるものへの安住ほど嫌いなことはありません。

ちなみに、「民」の対語は何かという問いがありましたが、民に対するのは、私は神や王だと思います。やまとことばで言えば、「かみ」(神)「きみ」(君)と「たみ」(田・多)との関係です。「おみ」(臣)という興味深いことばもあります。いずれにしろ、「民」には支配される存在という意味がある。これは蛇足的な私見です。        

ちなみに、N'daさんは、文字の象形意味について別にうんちくを語ったわけではありません。そうではなく、ふだん、私たちが語り、読み、書くことばが、潜在的に私たちのこころに、ものの考え方の基本に及ぼす影響について、注意を喚起してくれたのです。
これに関しては私も同感で、言葉に呪縛されないように、いつも言葉から意図的に自由になろうと心がけています。そのため、サロンでも齟齬をきたすこともありますが。

N'daさんの問いかけはさらに鋭く、私たちの生き方に突き刺さってくるのですが、この辺りでやめておきましょう。問題の大きさから、一挙に受け止めるにはいささか重すぎる人も少なくないでしょう。しかし、とても大切なメッセ―ですので、できれば続きをまたやりたいです。N'daさんが承知してくれればですが。

ところで、タイトルにある「平等」という言葉も一役買っているのです。
平らで等しいというメッセージを与えてくれる「平等」概念を私たちはどう受け止めているのでしょうか。もし仮に、「平らで等しい」ことが「平等」であるならば、それは、平衡・静止・無機・死につながるだけで、そこには躍動する生はない。つまり、そこにあるのは目を潰された民に用意された世界と同じではないのか。N'daさんはそう言います。平等とは、群れと化した思考しない民を一律に扱うのではなく、多様な表情と思いを持った凸凹な存在、一人ひとりの「個の尊厳」を認め合うことでないか。と。

言い換えれば、そこにいるのは「民」ではなく「人」なのです。
そしてN'daさんは、民という文字を用いた言葉の「民」を「人」にかえて、示してくれました。たとえば、国民は国人、市民は市人、民族は人族、民主主義は人主主義…。
そういう言葉を眺めていると、世界が違って見えてくる。

ちなみに、N'daさんは、「良心の自由」や「基本的人権」に関連して、日本国憲法についても触れました。話し合いでは、民にはもっと平和な意味もあるのではないか、傍観者は「平等な対応」などというが福祉施設の現場では一人ひとりに合わせた対応が大切、さらには「正義」とか「良し悪し」は主観的で基準にはならないとか対話とは何か、などと盛りだくさんでした。

要は、言葉に呪縛されて思考停止に陥いることなく、民として生きるよりも、凸凹した自分をしっかりと生きようと言うのが、N'daさんからのメッセージだったような気がします。
それはそう簡単ではないことのN'daさんの実体験の話もありましたが、やはり私は、みんながしっかりと自分を素直に生きるようになってほしいなと改めて思いました。

N'daさんたちには、またサロンをお願いしようと思います。

 

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2024/03/25

■湯島サロン「サンティアゴ巡礼に出かけてきます」報告

湯島サロンではサンティアゴ巡礼がよく話題にあがります。

サロン常連の鈴木さんが、コロナ騒ぎ前は毎年のようにサンチャゴ巡礼路を歩き、報告のサロンをしてくれていましたし、昨年も2回のサンチャゴ巡礼関係のサロンがありました。
ちなみに、湯島でサンティアゴ巡礼のサロンを最初にやったのは20年以上前です。サンチャゴ巡礼の映画を制作しようとしていた黛まどかさんに2回ほど、サロンをやってもらったことがあるのです。

そんな「場所の記憶」の影響もあったのか、最近サロンによく来ている仲谷さんが、突然にサンティアゴ巡礼に行くと言い出したのには驚きました。
そこで、出発前に、仲谷さんにサロンをお願いしました。10人が集まりました。ほとんどがサンティアゴ巡礼を考えている人でした。サンティアゴ巡礼通の鈴木さんも参加してくれました。
意外だったのは、黛さんのサンティアゴ巡礼の映画づくりに深くかかわっていたのが、サロンにもよく来る出版活動をしている増田さん(今回も参加)だったことです。今回、話を聞くまで知りませんでした。世界はほんとうにつながっています。

Nakaya202403000

仲谷さんは、最初に、今回歩くコースを紹介してくれた後、なぜ巡礼に行くことになったのか、そして行くことにしたのか、を話してくれました。
やはり湯島サロンでの鈴木さんたちの話を聞いたのが影響を与えているようですが、それだけではないようです。最近、ちょっと身内にいろんなことが起こったことも関係しているようです。人生の節目で、しかも巡礼に出かけられる状況になったということのようです。いかにも突然のような気がしましたが、そうではなかったのです。

それにそもそも仲谷さんは「異文化コミュニケーション」に関心をお持ちです。これまでも、仲谷さんは、カウチサーフィンのネットコミュニティで海外から日本に旅行に来ている人たちを対象にしたイベントなども主催し、交流しているそうですが、そうした経験からも、サンティアゴ巡礼に行くハードルも低かったようです。

つづいて、巡礼で何をしてきたいかについても話してくれました。
一言で言えば、「自分と直面し、気づいていない自分に出会いたい」ということだそうです。日本での日常生活では、なかなか他者と「深い話」はしにくいが、巡礼で会った人とは、人生とは何か、生きるとは何か、というような深い話ができるのではないか。だから巡礼で、いろんな人と出会い、話したいというのです。

深い話。心を開いての深い話を交わし合うことは、巡礼路での出会いであればこそ、可能になるのかもしれません。自らもまた、何の憂いなく心を開けるでしょうし。利害関係やその後の付き合いへの影響も考える必要もありません。
それに、そういう思いをもって巡礼に向かう人も少なくないでしょう。余計な気を遣うことなく、話を切り出せるし、心を開きあえる。
そして心を開いた深い話し合いを、巡礼路は守ってくれるはずです。
そこには長い歴史の「場所の記憶」があるからです。

最後に、仲谷さんは巡礼に向けての準備の話もしてくれました。
靴もバッグも調達し、いま持っていく荷物を絞っているところのようです。
ちなみに、飛行機のチケットはとっているそうですが、宿泊の予約はまだだそうです。そのあたりは、何回も言っている鈴木さんのアドバイスも受けながら、しかしあまりアドバイスに従うことなく、鈴木さんを心配させながらも、仲谷さんらしく進めているようです。

今回仲谷さんが歩くコースは、最初にピレネー越えをするコースなので、まあ最初を乗り越えられれば大丈夫でしょう。
意外としっかりと準備しているので少し安堵しました。

参加者からの質問は、かなり具体的なものも多く、また巡礼の意義などの話や、日本の巡礼路などの話も出ました。
参加者みなさんの話もとても興味深いものがありました。
みんなどこかで、人生を「歩き直したい」と思っているようです。

仲谷さんには、巡礼から戻ったらまたサロンを開いてもらおうと思います。
それがいつになるか少し不安ですが、どんな話が聞けるのか、そして仲谷さんがどんな自分と出会ってくるか、とても楽しみです。
また参加者のなかにはサンティアゴも含めて、巡礼に行きそうな人が少なからずいましたので、ぜひまたそれぞれの巡礼体験の話をしてもらおうと思います。

巡礼サロンも、湯島サロンの定例サロンの一つにしていきたいと思いました。
鈴木さんから前に言っていただいたように、湯島サロンもまた「巡礼場」にしたいと思っていますので。

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2024/03/20

■第3回脱ひきこもりサロン「ひきこもりの精神世界を紐解いてみませんか」報告

脱ひきこもりサロンの3回目です。

いつもと気分を変えて、ちょっとエンタメ型の明るい話し合いのサロンを目指しました。
しかしもちろん実際の問題解決につながる実践的な話を具体的に、というのが目的です。
話題提供者はMTねっとわく代表の土佐さん。実際に苦労した人であればこその、明るい話の展開でした。やはり現実を真摯に乗り越えてきた人は違います。

精神世界から紐解くということで、まずは次元の話から始まりました。
以下、土佐さんの話を流れだけ簡単にまとめるとこんな感じになります(たぶん)。

精神世界は、いわば4次元以上の高次の世界、でも私たちは3次元の物質世界、重力から自由になれない2極の世界に生きている。そのため、どうしても「良い悪いをジャッジ」し、「物質優先の人と比べる習性」から逃れられない。

しかし、最近、西洋占星術を中心に、「地の時代から風に時代へ」と言われだしている。地の時代には“I believe”が大切で、努力や頑張りが求められたが、風の時代は“I know”こそが大切だ。私たちはみんな、自らのなかに、愛と光(豊かさ)を持っている。自分の中に、愛(豊かさ)=自己愛があると気づくことが大切で、そのために、本来の自分に戻ろう。ジャッジや比べ合うことから自由になろう。私たちは身体を持ったまま5次元に生きることができるのだ。

大切なのは「自己愛」。自分を愛する力、自分を幸せにする力、自分を癒す力、自分を許す力、自分を信じる力を大切にしよう。
「自己愛」はエゴとは違う。エゴとは、外側(お金、健康、人間関係)に幸せがあるという思い込みのうえに自我、欲、向上心に繋がっている思考で、物質世界の中で植え付けられたもの。エゴの声は、悩み苦しみを生み出すが、本来の自分の中にある自己愛に気づけば、エゴの声をストップさせられる。

大切なのは、自己愛、右脳を育てること。そのためには、たとえば、自然に触れ、心地よい音楽を聴き、好きな事に集中し、童心にかえる。自己内傾聴につとめ、「いま」を意識することも大切。「いま」を意識するとは、日常の身体の動きを意識すること。いま生きていることにこそ価値がある。
ジャッジせず、マイナスな感情も受け入れ、今までのことをすべて赦す。すべてがOK。
内側が変われば外側が変わる。見えている現実も変わってくる。

目次的にまとめたので、土佐さんが伝えようとした一番大切な「精神世界」のエッセンスが抜けてしまっていると思いますが、ともかくあれやこれやと考えすぎずに、自分の中にある「自己愛」に気づき、すべてを赦していくことで、世界は変わってくると言うのが、土佐さんのメッセージです。

土佐さんは、今回、特にひきこもりの子どもを持つ親の立場の人に聞いてほしかったようです。ひきこもりを解決しようと悩むより、ジャッジする癖を手離して、流れのままに、この一瞬一瞬を一緒に生きていこうよ、というのが、土佐さんが今回、みんなに伝えたかったメッセージのようです。

誰かと比べるのではなく、それぞれの生き方を信じて認め合おう。人生は、その人のものですから。それに人は、どちらかから見るかで違って見えてくる。病や問題行動という視点で見ているのと、本来(ありのまま)の本人に焦点を当てるのとでは、違ってくるのではないか。問題だという思いで見ていると、問題ばかりが見えてくるが、素直に見れば、ありのままのよさが見えてくる。土佐さんはそんな話もしてくれました。

要は、どのくらい互いに信じあえるかどうかなのかもしれません。そして、信ずる行為は、どちらかが先に信じる一歩を踏み出さないといけない。

これは別にひきこもりに限った話ではありません。まさに「ひきこもり問題」には、今の社会を生きるさまざまな問題が象徴的にあぶりだされているのかもしれません。

話し合いでは、「自己愛」とエゴの関係が話題になりました。
自己愛に関しては「自己愛性人格障害」という専門用語もありますし、「我欲」「ジコチュウ」などといわれるように、ともすると否定的なイメージが強いですが、土佐さんの話を聴いて、肯定的な意味合いに気づいた人もいました。
土佐さんの自己愛には、自己肯定とか主体性といった意味合いもあると思いますが、「相手のため」が往々にして「相手のせい」になっていく現実を考えると、とても納得できます。

他にもさまざまな意見が出ました。でも脱ひきこもりサロンでは。基本的に話し合いの内容はオフレコなので、紹介は差し控えます。

次回の予定はまだ立っていませんが、どなたか話題提供や問題提起してくださる人がいたらご連絡ください。
また脱ひきこもりサロンではありませんが、「生きづらさ」をテーマにしたサロンを4月7日に予定しています。
別途また案内させてもらいますが、よかったら参加してください。

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2024/03/14

■湯島サロン「請願権の現実をご存じですか」報告

湯島のサロンでは、今年は改めて「平和」をテーマの一つにしようとしていますが、生活レベルでしっかりと平和を考えていこうという生活目線での平和サロン(茶色の朝サロン)も再開します。

このシリーズでは、単に話し合うだけではなく、実際の行動へとつなげていくことを意識していきたいと考えています。実際に具体的な課題に取り組んでいる方の呼びかけを歓迎していますので、呼びかけたい方は気楽にご連絡ください。
ここでも平和は、私たちの生活の安心につながる問題はすべて対象にしています。ただし大上段に「平和」を語るのではなく、実践が伴うものを重視したいと思っています。

今回の問題提起は、自分に降りかかってきた交通事故の問題に絡んでぶつかった「不都合な現実」を題材に、生々しく請願権活動に取り組んでいる濱中都己さんによる「請願権」がテーマです。
参加者も実際にさまざまな活動に取り組んでいる女性たちの参加が多かったこともあり、最後まで生々しい話し合いになった気がします。

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途中で、ふたりの人からドイツの法学者イェーリングの「権利のための闘争」の言葉が引用されていましたが、実践活動に取り組んでいる女性たちの言葉には、やはりエネルギーを感じます。頭だけでの話し合いとは違うので、たくさんの刺激をもらいました。でもやはり男性と女性とでは思考回路が違うような気もして、男性の私としては、いささか身を縮めながら話を聴いていました。

濱中さんは、母親の自動車事故の話から話し出しましたが、すべてはそこからは始まったのです。ですから、実に生々しい。その事故の保険金の支払いをめぐって、濱中さんにとっては納得できないことが続出し、それを調べていくうちに、健康保険法の運用の問題点や金融ADR制度のおかしさやスラップ訴訟問題に行き当たったのです。

そして、いろいろな取り組みをしているうちに、憲法で保障されている請願権制度もまた形骸化していることに気づき、その問題に取り組みだしたのです。
実際に濱中さんは現在、2つの請願を国会議員の協力を得て、国会に提出しています
10年以上、ほぼ独力で進めてきた、その実践には頭が下がります。

でも一人では限界がある。そこで濱中さんは「みんなの請願支援センター」をみんなで作ろうと思いつき、湯島でも3年前にサロンを開いてくれました。でも「おかしなことを正そうという取り組み」は際限がなく、次々と問題や「闘争」に巻き込まれ、「みんなの請願支援センター」づくりはなかなか進まない。

今回は、そうした状況を打破して、前に進んでいく仲間を見つける呼びかけでもあったのです。

今回、濱中さんが問題提起した呼びかけは2つです。

まずは、請願権の制度を生きたものにしていこうというための組織づくり。加えて、いま実際に濱中さんが請願活動で取りくんでいる金融ADR制度や損保業界での保険金処理の仕方などでの国民の利益が損なわれている実態を広く知らせたいということです。その問題は、すべての人に関連しているからです。
そして、この2つは濱中さんのなかではつながっているのです。

最後に濱中さんは、いささかのジョークを込めて、面白い提案を出してきました。
「みんなの裏金基金協議会」を発足させ、互助会政党をつくろうというのです。
これに関しては、話し合いには至りませんでしたが、そこに込められた思いには、共感しました。しかし生活者感覚の女性たちには、なかなか受け入れられなかったのかもしれません。そこに男女の差を感ずると言ったら、非難されそうですが。

いずれにしろ、社会を憂えているだけでは、何も変わりません。
濱中さんの活動を広げていくために、何かできることを考えていこうと思いますが、一緒にやっていく人を募集したいです。
自動車事故の保険金支払いで問題を抱えている人、請願権活動で苦労している人、司法問題で大変な思いをしている人など、当事者意識のある人は特に大歓迎です。気楽に私宛にご連絡ください。

ちなみに、日本国憲法16条には次のようにあります。
「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」。
ここに定める請願権は、年齢に関係なく、外国人や参政権のない人も請願権櫛ができます。この条文がしっかり守られていけば、私たちの生活は間違いなく守られるような気がします。

近いうちにまた請願権(日本国憲法16条)を学ぶサロンや金融ADR制度や損保業界での保険金処理の問題を話し合うサロンを開催したいと思いますので、ぜひ問題を抱えている人や関心のある人の参加をお待ちしています。

 

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2024/03/13

■第30回益田サロン「生物と環境の二重円錐モデル」報告

細菌学の視点を基軸に、生物と環境の関係を考え、そこから社会の様々な問題を捉えなおそうという益田サロンも30回目を迎えました。
回は、昨年末に行きついた「生物と環境の二重円錐モデル」をベースに、「言葉」を切り口に、改めて、言葉や時間を持った人間の視点で、生物と環境の問題を考えていこうということになりました。

最初に益田さんは、「言葉は、時間を越えて、事物の存在を保証する」と話しだしました。空間的な円形モデルでの生物と環境の捉え方とは違って、円錐モデルにおいては、時間の観念が生まれ、存在は動き出すのですが、それらは言葉によって保証されるというわけです。言い換えれば、言葉が時間を生み出したと言ってもいいでしょう。

しかし、「事物の存在」を「保証する」とはどういうことか。
初参加した人が、最近、自分の名前を変えたという話をしてくれました。
これまでは生まれた時に親から与えられた「名前」で生きてきたが、定年で仕事をやめたのを契機に、別の名前を使うことにしたというのです。

その人が言うには、自分はどんどん変化しているにもかかわらず、名前によって自分が「固定」されている。そうした名前によって構成されているアイデンティティを解き放ちたいというのです。
言葉(名前)と実体(事物の存在)との関係は、言葉から考えるか、存在する事物から考えるかで、逆転します。たとえば、「保証」が「支配」「拘束」になることもある。

また「保証する」対象は固定した事物なのか変化する事物なのかによって、「存在」の意味合いが変わってきます。いささかややこしく言えば、即自的なアイデンティティか対自的なアイデンティティかと言ってもいいでしょう。

そこから、生物(主体)と環境の二元論的・二次元的ではない関係が見えだすのではないかという気がしますが、今回はまだ「存在」や「保証」の意味を深めるまでには至りませんでした。

さらに、言葉が生み出す「環境」と円形モデルで考えられていた「環境」との違いも整理する必要があるような気がします。「関係」と「境界」の問題も少し出ましたが、まだ話し合いにまではいきませんでした。これもとても面白いテーマだと思います。

モデルが「進化」した以上、言葉や概念もまた「進化」させる必要があるような気がします。そのあたりの理解の共有が難しいために、なかか話し合いが難しい。

もう一つ、益田さんが提出した命題は「言葉は環境である」ということです。
「身体あっての心」というのはこれまでも何回も出てきた命題ですが、円形モデルの場合、「環境あっての生物」というように、環境が生物(のようなもの)を生み出してきましたが、言葉が生まれた円錐モデルになると、逆に環境である言葉が、生物のようなものを生み出すことになると益田さんは言います。
ここで生物と環境の転回が生まれるわけです。さらには環境や生物の意味合いも変わってくるような気がします。

と、今回もまたかなり私の勝手な解釈を入れて整理してみましたが、益田さんの意図に沿っているかどうか自信がありません。

たとえば、あとで確認したら、益田さんとしては、言葉はその対象を生物のようなものにする。つまり言葉によってその対象は復元性すなわち持続的に存在を続ける(対象が不変のものになる)ことができるようになる、という意味で、「言葉は環境である」という命題を出したそうです。

というように、なかなか話し合いがかみ合わないのは、やはり基本となるモデルの理解や「言葉」の意味が共有されていないからではないかという気がします。

そこで次回は、益田さんと相談して、これまでの集大成も兼ねて、「生物-環境」益田モデルを益田さんにていねいに解説してもらい、そこからいくつかの論点課題を提起してもらおうと思います。

これまでに、様々な論点・課題が出てきているように思いますので、改めての益田さんのモデル解説から、シーズン2の益田サロンを開始したいと思います。
次回の益田サロンは415日(月曜日)を予定しています。
ぜひ新たな参加者も含めて、みなさんの参加をお待ちしています。

Masuda30000

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