カテゴリー「サロン報告」の記事

2019/11/11

■第5回万葉集サロン「柿本人麿の〈われ〉の喪失‐人麿の詩のかたち「泣血哀慟歌」を読む」報告

今回は、人麿の、妻の死を哀しむ「泣血哀慟歌」を取り上げました。
併せて、それとは対照的な大伴家持の妻への哀歌も詠んでくれました。
テーマは、「われ」から「自己」へ、です。

最初にまず、これまで詠んできた3つの万葉歌を振り返りました。
最初に詠んだのは、額田王が漢詩の宴で、天智天皇から「春山がよいか、秋山がよいか」と問われて即興で応えた「秋山、われは」の歌でした。
「ことば」をもって仕える巫女の「われ」意識の強さが宴席に出ていた人たちを魅了しただろうと升田さんは言います。

次に詠んだのが天智天皇の后の倭太后の天智をしのぶ歌でしたが、そこには妻ならではの「孤高のわれ」のまなざしがあり、その「われ」は、亡き夫とともに永遠につづく「われ」だ、と升田さんは言います。

そして前回の人麿の近江荒都歌。そこにあるのは、死者たちと共にある「われ」です。
いずれにおいても、「われ」は現世(うつせみ)を超えているわけです。

こうしたなかに升田さんは「わ」と「な」の相似性を置いています。
「わ」はいうまでもなく「吾」「我」であり、「な」は「汝」です。

そして、今回は人麿の「泣血哀慟歌」。
そこでは人麿はついに現世の「われ」から現世を超えた「われ」へと向かっている。
そして、心身を震わせるように、死者への思いを生々しく表現している様は、われを死者と融合させるようだと読み解きます。
升田さんによれば、歌の主体としての「われ」の喪失とも読めるというのです。

升田さんはまた、「現世」(うつせみ)をうたうとき、万葉歌人の中で、人麿だけが「うつせみと思ひし」と表現するという点に注目します。
それはまるで、霊の世界から現世を見ているようだ、と升田さんは言います。
そこに人麿の「われ」の特異性がある。

ところが、大伴家持は悲しさをとても冷静に歌っている。
そこでの「われ」は、まさに現世で他者と対峙している「われ」です。
霊から解放された「われ」の誕生、言い換えれば「自己」意識が生まれたのです。
「わ」と「な」のつながりは切り離され、おのおのが別々の「わ」になっていく。
その変質のさまが、人麿の歌と家持の歌に、はっきりと読みとれる。
そしてそこから家持の世界が広がっていく。

おおまかにいえば、歌の主体としての「われ」の変質は、人の生き方や社会のあり方を映し出しています。
そう思って、これまで読んできた歌を読み直すと、またいろんなことに気づく面白さがあります。
私自身はまだ十分には消化できていませんが、少しだけ万葉集の世界の魅力を感じさせてもらいました。

関連していろんな話が出ました。

私が興味を持ったのは、「わ」と「な」の話でしたが、それに関連して、升田さんは「わのなの国」という言葉をつぶやきました。
その解説はなかったような気がしますが、「わのなの国」は古代にあった国の一つです。
有名な志賀島で発見された古代の金印には、「漢委奴国王印」と刻まれていましたが、これは「かんのわのなのこくおうのいん」と読まれています。

「わ(吾)のな(汝)の国」。
なにかとんでもない気付きをもらったという気がしたのは私だけかもしれませんが、残念ながら升田さんがどうしてそれをつぶやいたのかはわかりません。

最後に少しだけ古代の文字表記について話がありましたが、これは改めてサロンをしてもらうことにしました。
升田さんが資料を配ってくれましたが、ひとりで読んでも理解不能な気がします。
きっとたくさんの話したいことが升田さんにはあるのでしょう。
であれば、話してもらうのがいいので、番外編を考えようと思います。
升田さんが了解したらですが。

次回は1月です。
来年からは、もっと自由に万葉の世界を遊ぶ内容になっていくようです。
ぜひご期待ください。

私の報告は一部の主観的報告ですので、ぜひ実際にサロンに参加して、万葉集の世界を楽しんでもらえるとうれしいです。

Manyo191108

| | コメント (0)

2019/11/08

■BMSサロン「大型台風経験で思ったこと」報告

11月のBMSサロン(茶色の朝シリーズのサロン)は「大型台風経験で思ったこと」がテーマでした。
今回の台風のように、身近な災害を体験すると、国家の大切さや必要性への認識と同時に、現在の政治の問題点が見えてきます。
そしてそれこそが、国民の政治への関心を高める契機になると思っています。
政治は私たちの日々の生活の安全と安心に深くつながっているはずです。
テーマが生活に直結していることもあって、女性の参加連絡が多かったのですが、当日になって急に参加できなくなった人が多く、結果的にはやはり男性中心のサロンになってしまいました。

参加者も少なかったので、テーマから外れる話も多かったのですが、生活を語ることは政治を語ることでもあるというBMSサロンの趣旨に沿って、それも良しということにしました。
参加者は5人だったのですが、このくらいの人数だとゆっくり話せます。
ちょっと脱線が多かったですが。

テーマに関しては、次の2点が合意されたように思います。

まず、国民の「自己責任」を強調している現在の政府には、地球温暖化によって増えるだろう自然災害から国民の生活を守る政治はあまり期待できない、という諦め。

私はそれに加えて、みんなが「自己責任」などというのではなく、政府依存ではない、コミュニティ単位の「生活力」を高めるべきではないかと思います。
つまり、人のつながりを育てていくことです。

社会にとっての大切な資源(ソーシャル・キャピタル)は「人と人との信頼関係」という考え方が一時期、日本でも言われたことがありますが、実態はそれとは逆に「自己責任論」がまた戻ってきたように思います。
ソーシャル・キャピタルの視点から、社会のありようを考えることの大切さを、今回改めて実感しました。
そこで、年末か年始に「ソーシャル・キャピタル」をテーマにしたサロンを企画することにしました。

もうひとつは、自衛隊の日常的な主要任務を「戦争出動」ではなく「災害救助・復興支援」にしていくのがいい、ということ。

古代に大型古墳を造営したのは、そのために結集させられた多人数の集団は、有事には武器をもたせて戦闘集団に変えることができることが関係していたのではないか、と考古学者がある本に書いていました。
非常時には自衛戦争に立ち向かうとしても、日常的には災害防止や被災者救済を主目的にする組織に自衛隊を改組するというのは、こういう視点からも理にかなっています。
そうすれば、自衛隊も憲法に合致した存在になるでしょう。
「自衛」の対象は「他国」という時代は終わったように思います。

BMSサロンはこれからも続けます。
こんなテーマでサロンしたいという方がいたら、ご連絡ください。

191107

| | コメント (0)

2019/11/06

■CWSサロン「網野史観から考える現代日本の〈別の選択肢〉」報告

蔵原大さん(東京国際工科専門職大学講師)を講師にした「網野史観」ゼミ型サロンは、蔵原さんのリズミカルで小気味よい話で、とても気持ちの良いサロンでした。
あまり的確な表現ではないでしょうが、蔵原さんという芸能の民の周りに多彩な人が集まった河原場サロンを感じました。

Amino191103

あらかじめ蔵原さんは参加申込者に「網野史観とは何か」「網野史観はなぜ広まったのか」を簡潔にまとめたレジメを配ってくれていましたので、それを踏まえて、最初に網野史観の要点を蔵原流に簡潔に紹介してくれました。

その後、時々脱線しながら、質疑応答のスタイルで、参加者が知りたいことを起点に話を広げてくれました。
しかし、どんな問いかけにも、即座に蔵原さんは肯定的に応えるので、ついつい蔵原世界に引き込まれてしまうようなサロンでした。
「非人」「無縁」「苦界」「アジール」」「悪党」などの網野史観を象徴する概念に関しても、わかりやすく解説してくれました。

ところで今回のサロンのテーマは、現代日本の〈別の選択肢〉です。
蔵原さんの話も、このテーマを基軸に進められました。
蔵原さんによれば、網野史観は「見方をひっくり返して考えること」を示唆しています。

見方をひっくり返したら、どんな選択肢が見えてくるか。
その一例として、蔵原さんは日本列島周辺の地図をひっくり返した地図を見せてくれました。それだけでいろんな気付きが得られます。

空間だけではありません。
過去への見方(常識・偏見)を変えると未来の別の選択が見えてくる。
そうした時空間の常識的な捉え方(偏見)の呪縛から解放されると世界は広がり発想も変わっていく。
「日本人は〇〇〇だ」という意識から自由になれば、いろんな選択肢を持った未来が見えてくる、と蔵原さんは言います。

そしてオーウェルの小説「1984年」を持ち出して、歴史教育こそ支配のかなめだと言い、過去への偏見(常識)を決めるものが、私たちの未来の〈選択〉を支配するというのです。
未来を左右するのは、過去をどう見るかによって決まってくるというわけです。

網野さんは、いまの日本に深くつながる中世の見方を一変させました。
そこからどんな未来の可能性が見えてきたか。
現在の権威に拠って生きている人たちには危険な考えですが、未来に生きようとしている人たちには大切な考えです。

歴史の見方を変えることで、私たち日本の「選択肢」を自由に議論することができるようになり、未来は変わっていく。
そして、それが今の社会そのものを問い直す契機になればというのが網野史観を踏まえての蔵原さんのメッセージだったと思います。

今回はいわばそのキックオフでした。
網野さんが主張した中世の日本の見方を参照したうえで、学校で叩き込まれた歴史を問い直し、自らの「常識(偏見)」から自由になって、いまの日本社会の見方を問い直し、どんな未来が見えてくるのかを考える。

今度はそこに焦点を当てたサロンを開きたくなりました。
蔵原さんに、網野史観パート2をお願いしようと思っています。
まだ蔵原さんには話してはいないのですが、まあ1回で終わるのはもったいないと思うサロンでした。

網野史観の内容に関しての報告は省略しましたが、蔵原さんは網野さんの書籍をたくさん持参して、紹介してくれました。
もし網野史観に関心のある人は、蔵原さんに訊けば、関心にあった網野さんの本を紹介してくれると思います。
たぶん、ですが。

| | コメント (0)

2019/11/05

■第3回リンカーンクラブ研究会報告

第3回研究会は「代議制と選挙」をテーマにしましたが、前回武田さんから提案された「選挙で投票に行くと一人1万円もらえるという制度」が議論の中心になりました。

 Photo_20191105183101

まず参加者10人それぞれからこの制度への感想を発表し合いました。
絶賛する私ほどではないとしても、良い制度だという人の方が多かったですが、明らかな反対者も2人いました。
それもかなり厳しい反対で、「金権政治」ではないか、お金で投票を誘うのは「下品」ではないかとさえいう人もいました。
厳しい反対が出るのは良いことで、おかげでより議論が深められます。

結論的に最後はみんな納得しました。
なかにはちょっとしぶしぶ感のある人もいましたが、今様に「合意なき決定」ということで、この制度はリンカーンクラブの基本方針の一つになったと思います。
ただし、その趣旨をきちんと説明しないと誤解される、という注意事項が付きましたが。

政治を大きく「権力政治」と「参加政治」に分ける考え方があります。
現在の日本の代議制の政治は、民主主義と言われていますが、要するに権力政治の一つです。
ルソーも、選挙の時しか民主主義が実現されない代議制が権力指向型の政治になっていくこと危惧していました。
リンカーンクラブは、その点を重視し、武田さんは以前から代議制民主主義は民主主義に非ずと主張してきています。

日本でも50年ほど前に「参加民主主義」が話題になりましたが、当時出版されたR.J.プランジャーの「現代政治における権力と参加」(勁草書房)にこんなことが書かれています(カッコ内は私の注記です)。

(公務に関しての)高い地位は政治機構の中で有力な人々、すなわちある特別な地位を認められている公職者(政治家)と非公式な集団(官僚)とによって占められており、より低い地位にあっては普通の市民が義務(公務)を果たしている。
この政治的義務のもっとも低い等級については、そこで遂行される仕事を公共的なものであると考えることはまずおそらくないであろうから、現代の政治文化では政治と権力とが同一視されてしまう。
権力指向型の政治が注意を独占しているところではたいていそうなのだが、人々は、もはや市民を社会に認められた公務担当者としてはまったく考えなくなっている。だが市民性とは公的な地位のことであるし、市民とは公務担当者のはずなのだが。

以上が参加民主主義の基本にある考え方の一つです。
つまり、私たち市民にとって、選挙の時に投票に行くのは、主権者としての義務、つまり公務なのです。
にもかかわらず、選挙の立会人は公務として給与をもらうのに、肝心の投票に行く市民は無償なのです。
なかには時給や生業仕事を犠牲にして投票に行かなくてはいけない人もいるでしょう。

投票に行くというのは代表を選ぶとても大事な活動です。
公務としていかに重要かは少し考えればわかることです。
プランジャーが書いているような、「もっとも低い等級の政治的義務(公務)」ではありません。
ですから投票行為に1万円を支給するのは、国家を維持していくためにはきわめて理にかなっています。

というか、政治や選挙投票の捉え方につながってくる問題です。
そして、いわゆる「金権政治」とは真逆なものであることがわかるでしょう。
サロンでは、こうしたことをもう少し具体的な話も含めて意見を出し合いました。

これは「公務」をどうとらえるかともつながってきます。
日本では「公共性」とか「公務」がきちんと整理されていないと私は思っています。
そもそも「公共性」などという言葉は実にあいまいな矛盾した言葉だと思いますが(「新しい公共」などというばかげた言葉までありますが)、そこまで行くといささかまた長くなりそうなので、いつかまたサロンをしたいと思います。

ちょっと偏った報告ですみません。
しかし、「投票という公務に1万円を支給する」制度の意味はとても深いです。
サロンでは、この制度を軸にした政治への関心を育てる仕組みなどの提案もありました。
これで一つの政党ができるという人までいました。

いずれにしろこの制度はもう少し内容を整理して、社会にも呼び掛けていこうということになりました。
参加されていない方にはうまく伝わらないかもしれませんが、関心のある人はぜひリンカーンクラブ研究会に参加してください。
たぶん時々話題になっていくはずです。

次回は127日。
テーマは「報道と選挙、そして報道権」です。
話題提供は坪田さんと武田さんです。
これまた大きなテーマですので、できるだけとんがった議論にしていければと思っています。
報道に関わっている方の参加を期待しています。

 

| | コメント (0)

2019/10/24

■CWSサロン「核時代に懸ける人類生存の橋」報告

11月のフランシスコ・ローマ法王の来日に寄せて、本間照光さんが毎日新聞に寄稿した「核時代に懸ける人類生存の橋」を巡ってのサロンには10人を超す人が集まりました。

Honma191020

案内にも引用しましたが、その寄稿で本間さんはこう書いています。

「全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」(日本国憲法)。これは戦争の放棄、戦力および交戦権の否認」(同9条)へと続く。法王が見ているのも同じ方向だ。これを国の内外に共有してこそ、核時代に人類生存の橋が懸けられる。

参加者からいろんな意見が出されました。

38年前のヨハネ・パウロ2世法王の来日の時には、広島平和記念公園で法王は「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の地、この平和記念公園ほど強烈に、この真理を、われわれに訴えている」という平和アピールを世界に呼びかけました。
当時の日本人の関心の強さと働きかけが、その平和アピールの背景にあります。
ところが今回はどうでしょうか。
本間さんに危機感と嘆きはそこにあります。

そういう危機感を残念ながら、私も含めてサロン参加者はあまり持っていませんでした。
そして、この「好機」を活かそうという思いも、あまり強くなかったような気がします。
本間さんは、そういう状況を嘆いているのです。

せっかくサロンを企画しながら、私自身、しっかりと考えていなかったことを大いに反省させられるサロンでした。
今回は、私には報告する資格はありません。
どこかで私も逃げてしまっていたような気がしています。

そこで大いに反省して、本間さんのメッセージを多くの人に知ってもらうために、自分でできることに取り組もうと思います。
できるかどうかは確実ではありませんが、また報告させてもらいます。

本間さんの寄稿文を、改めて読み直してもらうことをお願いして、今回の報告に代えさせてもらいます。
ぜひ添付の本間メッセージを読んでいただき、それぞれでできることを考えてもらえればうれしいです。

ちなみに、サロンではさまざまな論点が議論になりました。
そこから新たなシリーズのサロンも生まれるかもしれません。

おかしな報告ですみません。

191007_20191024093101

 

 

| | コメント (0)

2019/10/14

■第2回リンカーンクラブ研究会の報告

大型台風のため1日予定を遅らせて2回目のリンカーンクラブ研究会を開催しました。
台風直後で交通も不便でしたが10人が集まりました。
テーマは「目指すべき日本の国家像」。

Lc1910

最初に、参加者それぞれから「こんな国にしたい」という話をしてもらい、それも踏まえて、武田さんが考える理想の国家像が語られました。
これは次回から始まる政策や制度の各論のベースになるものです。
さまざまな次元で「こんな国にしたい」というキーワードが出たように思います。
なかには、いろいろと考えると、果たして「国家」は必要なのかと疑問になるという意見もありましたが、その人も現在の国家に関する根本的な問いかけをしているのであって、人が集まってお互いに人間の尊厳を尊重できるような「法の支配」を否定しているわけではないようです。

みんなが自己実現を目指せるように、自由と「自由」と「平等」をどうつないでいくか。
アメとムチの組み合わせが大切。
道徳がなくなったのではないか。もう一度、道徳を取り戻そう(道徳国家)。
国家が決める押しつけ的な国家像はない方がいい。
若者と女性が政治を行う側にきちんと場所を保証される政治体制にしたい。
「平和国家」「民主国家」そして「クリーン国家」が理想。
「住む人の表情が明るく輝いていて世界に向けて、開かれていること」が大切。
「みんなが話し合ってみんなで決めていく国家」。
などいろんな思いが発せられました。

それを受けての武田さんの国家像は実に簡単なものでした。
国民全員が政治の決定に意思表示できる国家です。
これが武田さんのいう「究極的民主主義国家」です。

そして今回は国民投票制度ではなく、国民みんな(たぶん年齢制限はあると思いますが)が選挙に行きたくなる仕組みを作り、選挙に行くことによって、政治への関心を高め、政治に参加する国家をつくろうという提案がありました。
たとえば、選挙で投票に行くと一人1万円もらえるという制度です。

これだけ聞くとむかしの日本の村落政治を思い出してしまいますが、それをうまく活かしていこうというのです。
私のような経済的な貧困層は1万円もらえれば投票に行きますが、お金持ちは1万円ではいかないでしょう。
そのことだけでもこの提案にはいろんな示唆があります。
ちなみに、参加者からは投票を義務化するという提案も最初にありましたが、目指すところは同じようですが、たぶんまったくちがう結果を生むでしょう。

話し合いで感じたのは、みんな「誰かに強制されることなく主体的に生きること」を望んでいるように思いました。
大きな方向はみんな同じように感じました。

国家像の話し合いの後、台風直後だったこともあり、今回の台風で感じたことも最後に少し話しあいました。
私は、15号台風の時の対応や今回の台風への備えを報道で見ていて、そこに国家の本質と今の政治の方向性を感じました。
こうした身近な災害を体験すると、国家の大切さや必要性への認識と同時に、国家の問題点が垣間見えてきます。
そしてそれこそが、国民の政治への関心を高める契機になると思っています。

政治は私たちの日々の生活の安全と安心に深くつながっているのです。

これに関しては、長くなるので報告はやめますが、フェイスブックやブログで少し私見を書きました。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2019/10/post-8b0b98.html
お時間があればお読みください。

もし関心を持ってくださる人が3人以上いたら、緊急サロンを開催してもいいかなと思っています。
ご希望の方は私にご連絡ください。

 

 

| | コメント (0)

2019/10/09

■10月茶色の朝サロン報告

茶色の朝シリーズのサロンを、参加者は多かろうと少なかろうと毎月、定期的(当面は曜日は不定)に開催することにしましたが、今月は前回に引き続き、「最近、ちょっと気になることから政治を考える」をテーマに、自由に話し合うスタイルにしました。

男性8人女性2人の参加者でした。
男性が多くなるとどうしても話は抽象論や制度論に向かいがちです。
男性の考える政治と女性の考える政治とはどうもかなり違いがあるようです。

最初に参加者それぞれから最近気になることを出してもらいました。
食の話やメディアの話、原発の話もあれば、今年はキンモクセイの気配がないという話、香港や韓国の若者のような動きが日本ではなぜ起きないのか、さらには名古屋の表現の不自由展の話、憲法の話から消費増税、働き方改革、ゆでガエルや教育問題、などさまざまですが、みんなどこかでつながっているような気がします。
しかし、どうもみんなあまり切実感はないような気もしました。
いまの時代はみんな「食える」からという人もいました。
しかし「食えない人」も増えてきているような気もしますが。

批判や愚痴だけではなく、どうしたらこの状況を変えられるかという方向での議論も時々でましたが、なかなか名案は出てきませんでした。
こういう話し合いの場があるのはいいという意見もありましたが、ここに集まる人と集まらない人とは別の世界に生きているというような指摘もありましたし、最近は「当事者でないのにそんなことを言うな」という形での発言の押さえつけが増えていると聞くという人もいました。

要は社会の分断が広がっているということでしょうか。
そうした流れに抗して、異質な人をどう巻き込んでいくか、あるいは異質な場にどう入っていくかが大切なのかもしれません。

茶色の朝に関して言えば、もう真っ黒かもしれないという声もありましたが、まだこうした話し合いの場が許されているのですから希望はあります。
でも押しなべて、参加者の多くが社会は茶色一色の方向に向かっていると感じているように思います。
ではどうしたらいいか。

この茶色の朝サロン(BMSサロンと呼ぶことにします)は、急がずにゆっくりと、無駄な集まりだと指摘されようが、参加者がゼロになるまで継続することにします。
もちろんゼロを目指すのではなく、参加者が多すぎて中止にすることを目指しますが。

報告は次回からはもっと簡単にします。
写真も、参加者はマスクをしていないので、画素を粗くしてみました。

11月は、昼間働いている人が参加しやすいように、平日の夜(117日午後6時半~8時半)に開催する予定です。
また近づいたら改めてご案内します。

また誰かこんなテーマで開きたいという人がいたら、その人を中心にサロンしてもらうことも大歓迎です。
その気になったらご連絡ください。
基本的には私も参加します。

茶色の朝がくるか私がダウンするまで、BMSサロンは継続を目指します。

19102

| | コメント (0)

2019/10/08

■CWSサロン「破傷風菌に「われ」はあるか」報告

細菌学者の益田昭吾さんによる講義+ゼミ型サロンを久しぶりに開催しました。
今回のテーマは、『破傷風菌に「われ」はあるか』。

Saikin19

最初に益田さんは新聞の活字のコピーを使って文字の「図」と「地」の関係を説明し,地あっての図であることを示してくれました。
つまり、自己(われ)は非自己(環境)あってこその自己なのです。
環境もまた自分であるという「環世界」観もありますが、環境と自分とは切り離せない関係なのです。

そこから破傷風菌の話になるのですが、破傷風菌はなぜ自分にとっての環境に見える人をなぜ殺すのかという話になっていきます。
ここで自己(われ)と環境とをどうとらえるかが問題になります。

難しい話はすべて省略してしまえば、破傷風菌が持つ毒素(人にとっての毒素)は破傷風菌の中にいるプラスミドが持っていて、プラスミドにとっての直接の環境は破傷風菌で、プラスミドと破傷風菌はむしろ相互に支え合っている関係にある。
つまり「環境」とは重層的な構造を持っています。
そして、「自己」の中にもまた、自己と環境の構造が重層的に存在している。
最近、ニュースで話題になった「たまねぎ」を思わせます。

プラスミドは自分にとっての環境である破傷風菌には悪さはせずに、破傷風菌にとっての直接の環境ともいうべき生物に対しては、毒素を作動させ、破傷風菌の宿主である人間を「善意(悪意なく)」で殺してしまうわけです。
こうして、直接の環境とは支え合いの関係を維持しながらも、しかし間接の環境には悪さをしてしまうということも起こるわけです。
しかし、環境が重層的につながっているのであれば、冒頭の「図」と「地」の関係のように、たとえ間接的な環境であろうと、環境を壊してしまえば、いつかは自己(われ)も壊れてしまう。

これはまさに人間が抱えている地球環境問題にも当てはまります。
食欲のために飽食を重ねて、食欲を支える身体を糖尿病にしてしまうのも、同じパターンだと益田さんは言います。
つまり、自己(われ)と環境は幾重にも重なっている同心円構造になっている。
問題はどこまでを「われ(自己)」と捉え、どこからを「環境(非自己)」と捉えるかです。
そして、その同心円を掘り下げていったとき、その中心にあるのはなんのなのか。
そこから最後は「自殺」の問題にまで話は行きました。

今回のサロンのタイトルに関していえば、益田さんのメッセージは、破傷風菌に「われ」はあるかを考えていくと「われ」(自己)とはなにかという思考の地平が開け、世界が違って見えてくる、そして環境問題や健康問題も違った見え方がしてくる(ということは違った対処法が見えてくる)ということかなと私は受けとけました。
益田教授からは叱られるかもしれませんが。

生命はすべて支え合う形でつながっていると考えている私にとっては、いつもながら示唆に富む話でしたが、1回のサロンでは消化不良だったような気がします。
益田さんの以前のサロンの記録映像が次にありますので、関心のある方はご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=OxIbOe36RkM
また益田さんの一般向けの著作もちくま新書で2冊出ています(「病原体はどう生きているか」「病原体から見た人間」)。

もう少し同心円の中心を掘り下げる続編サロンを、もし参加希望者が3人以上いたら、益田さんにお願いしようかと思います。
益田さんがもし引き受けてくだされば、ですが。
希望者がいたら、私宛にご連絡ください。

 

 

 

| | コメント (0)

2019/10/02

■湯島サロン「生活を豊かにする片づけ術:探し物がないことが一番!」報告

家事セラピストで整理収納アドバイザーの石田ユキさんのサロンは、参加者それぞれと対話したいという石田さんの意向で、10人限定のサロンにさせてもらいました。
案内にも書きましたが、石田さんは、「片づけ」の大切さを「生き方」につなげて考えています。これまで出合った事例も紹介しながら、そんな話をとても分かりやすくお話をしてくださいました。

Kataduke-salon

最初に、片づけに関するチェックリストによる簡単な自己診断がありました。
そこで「片づけ」と「捨てる」とは違うことがやんわりと伝えられ、大切なのは「分ける」ことだと気づかせてくれました。
分けるためには、そのものの持っている「役割」を考えることが大切ですし、さらにそれは「生き方」にもつながってきます。

サロンは、石田さんが参加者に問いかけながら進められました。
たとえば、いろいろなキッチン道具が一目瞭然とわかり、すぐ取りやすい形で壁面にかけられているキッチンと、道具はほとんどが収納されているキッチンの写真をしめして、どちらが好きかと問われました。
そこで、片づけと使いやすさとの関係も示唆してくれました。

人は生きているうえで、たくさんの物を持つようになります。
大切なのは、持ち物のクセを自分の人生とつなげながら考えていくこと。
物は、物としてあるわけではなく、自分の生活とのつながりの中であるわけですから、片づけはその人の生き方につながっているわけです。
ですから、片づけは人生の棚卸し、暮らしの在庫確認だと石田さんは言います。
それをしっかりしていけば、楽しく安全に暮らせるようになり、そうした家がまた、楽しくて安全な暮らしを生み出していく、というわけです。
そうした循環を生み出していくためにも、片づけは大事です。

物が生活とつながっているのであれば、人生の節目ごとに持ち物を見直し、物との関係を変えていくことも必要です。
つまり、物との関係のルールや物を片づけるルールも大切です。
ルールは人によって違うでしょうが、基本的なルールは知っておくほうがいいと石田さんは言います

片づけのルールや方法はいろいろとあるでしょう。
物に住所をるける方式も話題になりましたし、色分けや収納方法も話題になりました。
しかし一番大切なのは、「分けること」、そしてそのための「ルール」。
今回、石田さんが強調したのは、「いつも使うもの」と「たまに使うもの」「念のための置いておくもの」「使わないもの」を分けることだということでした。

もう使わないけれど捨てるに捨てられないものをどうするかについてもいろいろとアドバイスがありました。
たとえば、和服のように自分が納得できない安さでしか売れないものは、売らずに寄付をするとかその新しい活かし方を考えることも有効かもしれません。
「売り買い」と「分け合う」の意味を考えさせられる話です。
そんな話し合いもありました。

片付いた暮らしは、いろんなメリットも生み出します。
探し物が少なくなり時間が生まれてくる。
無駄なものを買うことがなくなり経済的にも節約でき、空間も生まれてくる。
さらに心のゆとりと安心感を生み出す精神的効果もある、と石田さんは言います。

片づけというと、捨てることとつなげがちですが、私自身は片づけとは活かすことと考えていますし、散らかっているように見える片づけ方もあると思っています。
要は快適に生きられる物との関係づくりが「片づけ」ではないかと、改めて思いました。
つまり、「片づけ」は、物の価値を引き出すことで、捨てることでは枚葉に思いました。

石田さんがこれまでの体験から得てきたさまざまなノウハウの片りんもちょっと垣間見えましたが、石田さんは整理収納アドバイザーとして講演やワークショップ、実際に住まいを訪問して片づけ作業をやるお仕事もされていますので、もっと学びたい方や片づけに困っている方は、石田さんにお相談ください。
私に連絡をくださればいつでもご紹介します。

いろんなことを気づかせてくれる実践的なサロンでした。

 

| | コメント (0)

2019/09/23

■第4回万葉集サロン「柿本人麿「近江の荒れたる都を過ぎし時の歌」を読む」報告

万葉集サロンも4回目になりました。
今回は、柿本人麿「近江の荒れたる都を過ぎし時の歌」を題材に、〈亡びにし者たちの「われ」の喪失〉がテーマでした。

最初に、今回は「万葉仮名」について説明してもらい、続いて今回の歌の背景にある壬申の乱に関しても概説してもらいました。
これまでのサロンで、この2つをきちんと踏まえておかないと万葉集は読めないような気がして、升田さんにお願いしたのですが、議論を少し深入りさせてしまい、肝心の近江荒都歌を読み解く時間が少なくなってしまったのを反省しています。
改めてこの2つを、別個に取り上げた万葉集番外編を企画できればと思います。

私自身は、この2つが万葉集を読むための2つのポイントではないかと改めて確信しましたが、これに関しても、升田さんの解説を踏まえて簡単に紹介しておきます。

万葉仮名は約650の文字が確認されています。
万葉仮名というために、万葉集だけが想定されがちですが、そうではなく、万葉時代に使われていた言葉を表記するために漢字(真字)を借りた仮の表記文字と考えた方がいいと思います。
また1文字一音とは限らず、複数文字で1音、1文字で複数音、複数文字で複数音などいろいろあります。

私は多分、当時は50音どころか無数の発声が行われていて、それを違った記号で表記していたと思いますが、日本文字の誕生につながるだけではなく、日本という国の誕生にもつながる話です。

当時は、たぶん朝鮮半島と日本列島の人の交流は多く、「渡来人」は少数民族というよりも、むしろマジョリティだったかもしれません。
さまざまな故地(出身地)を持つ人たちがまとまろうとしていた状況の中で、壬申の乱が起こったわけですが、そのことと万葉集成立とは無縁ではないように思いますし、天智-天武-持統という王朝のめまぐるしい変化を踏まえることで、万葉集の世界に漂うものが見えてくるような気がします。
いずれにしろ、壬申の乱に関しては、東アジアとの関係で考える必要があると思いますが、現在の日本という国の出発点だったともいえる大きな事件でした。

そういう前置きを踏まえて、升田さんはまず近江荒都歌を詠んでくれ(万葉集は声に出さないといけないと升田さんは言います)、解説してくれましたが、案内に書かれていた升田さんの解説が簡潔に要約されていますので、それを再掲します。

壬申乱によって廃墟と化した天智天皇の近江大津宮の跡を詠んだ、人麿の若いとき(万葉初出)の長歌である。
安禄山の戦によって滅んだ唐の都を詩に歌った、杜甫の「春望」(国破れて山河あり 城春にして草木深し)は、漢文の教科書を通して多くの若者たちに感動を与えた。人麿の近江荒都歌は、780年それに先んじている。日本で「荒都」を主題とした歌は、これが最初である。
前半は皇統譜を、後半は一転して廃墟の中をさ迷う人麿の姿を歌う。人麿の目に映ったものは何であったか。
動乱調、乱調と言われる人麿の歌には分かり難い部分もあるが、言葉の意味と調子で力強くそこを突き抜けて行く。古代の歌の魅力である。
近江荒都で人麿の詩性を突き動かしたものは、人麿の「われ」と対峙することの決してない、滅んだ人々の〈「われ」の喪失〉だったのではないか。
若き人麿の、心の迷いを歌う古代言語に触れたい。

サロンでは、これを踏まえて、「ここ」「霧」「夢」について、万葉集の歌を題材にくわしく解説してくれました。
そしてそうしたことを通して、「われ」が主体的・能動的になっていく古代人の心情を示唆してくれました。

この歌には、人麿の悲しみがあるわけですが、その悲しみとは何かということが話題になりました。
廃墟になってしまった近江宮で、人麿は「われを喪失した死者」に出会っているわけですが、そうした事実に悲しみを受動的に感じた〈われ〉の詠嘆なのか、そこから能動的な生まれた〈われ〉の主張なのか、もしそうなら人麿の「われ」を目覚めさせたのはなにか、に私は強い関心がありますが、どうも私の考えすぎのようで、残念ながらそこまでの話し合いにはいきませんでした。
国破れて山河あり、と淡々と歌う杜甫に比べて、人麿の感情が込められている近江荒都歌に。私はどろどろした「われ」の誕生、そして歴史の誕生を感じます。
たぶん升田さんはそれを感じさせたくて、2つの詩を並べてくれた気がします。

ついでにやや余計な私見を加えれば、杜甫とは違い、人麿は、〈われ〉と対峙することのできなくなった死者に代わって、強いメッセージを発しているような気がしてなりません。
そうだとして、人麿は誰に向けて呼びかけているのか。

これまでの4回の万葉集サロンは、ある意味では、言葉を通しての〈われ〉の誕生だと受け止めてきた私としては、とても刺激的で示唆に富むサロンでした。
そのためいつも以上に勝手な私見も入れた報告になってしまいました。

升田さんの講義内容は、ていねいな資料を含めて、ぜひきちんとした記録に残すべきでした。
記録を取っておかなかったことを反省しています。

Manyoushu4

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧