カテゴリー「サロン報告」の記事

2022/12/01

■湯島サロン「死刑制度について考える」報告

「死」を切り口に、「よく生きる」を考えていくサロンの1回目は「死刑制度」をテーマにしました。事前の反応がよかったので、たくさんの参加者があるものと期待したのですが、残念ながら当日の参加者は6人にとどまりました。やはり話し合うにはいささか重く、また縁遠いテーマなのかもしれません。

最初にまず死刑制度に賛成か反対か表明してもらったところ、賛成2に対して反対は4(私も含めれば5)でした。

死刑制度を肯定する理由はいろいろあるでしょうが、一番大きいのは被害者遺族の立場に立ってのことのようです。賛成者は、もし自分にとって大切な人が殺されたら相手を殺したいと思うでしょう、とみんなに問いかけましたが、私も含めてほとんどの人が否定しませんでした。たしかにそういう気分になるかもしれません。少なくとも私はそうです。

しかし、直後はそう思うかもしれませんが、冷静になったら考えは変わるかもしれません。もし仮にそう思って加害者を殺害したら、その罪の意識をも背負うことになり、二重に苦しくなるだろうという参加者もいました。
また、「謝ってほしかった」「なぜあんなことをしたか理由を知りたかった」という被害者遺族も少なくない、という指摘もありました。実際に、すべての被害者遺族が死刑を望んでいるわけでもありません。

ただ今回のサロンに参加した死刑制度支持者のおひとりは、被害者遺族とも直接に交流のある方でしたから、その主張には説得力がありました。

被害者遺族が直接手を下すのはまさに私刑(リンチ)です。それを認めたら社会の秩序は維持できなくなる。そこで当人に代わって、しっかりした裁判の手続きを経たうえで、第三者(制度)によって加害者の命を奪うのが死刑制度のわけですが、それでも実際に死刑を執行する人がいるわけです。その人の気持ちはどうでしょうか。
元刑務官の思いを紹介した新聞記事を読んでもらいました。死刑を執行する刑務官の立場を思うと、私はやはりどこかで間違っている気がします。
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古来の黄金律のひとつに、「自分がされたくないことを人にしてはいけない」というのがありますが、自分ではとても執行できない作業を誰かにやらせるという意味では、この黄金律に反します。

死刑制度は殺人事件に対する抑止力を持つかどうかも話題になりましたが、一方では死刑になりたくて無差別殺人を起こすような事例が出て来ているように、むしろ殺人事件を誘発する面もあることも指摘されました。

世界の潮流に反して、なぜ日本では「死刑制度」が続いているのだろうかに関しては、日本文化が影響しているのかもしれないという話も少し出ました。これは「人権」をどう捉えるかという問題にもかかわっていきます。

死刑制度は、ある条件を満たせば、国家は人を殺すことができるという制度です。
「殺されていい人などどこにもいない」とテレビドラマ「相棒」の右京さんはよく言いますが、彼は死刑制度反対論者なのでしょうか。私はそのセリフを聞くたびに、複雑な気分になります。話が横にそれてしまいました。すみません。

人の命を奪ってはならない、ということは、平和な社会を実現するための基本則のように思いますが、人の命を奪った人の命は奪って良いというのは、私にはどうも理解しがたいものがあります。
そうした「小さなほつれ」や「例外」から、ルールは壊れていくからです。
もし「人の命を奪ってはいけない」ということが絶対禁止になれば、人を殺すことを伴う戦争もなくなるでしょう。逆に、例外的に人の命を奪うことが正当化された社会では、殺人事件もなくならないでしょう。
そういう意味でも、人の命を奪うことは絶対悪とすべきではないか。

冤罪の関係から死刑制度反対を言う人もいます。たしかにこの数年でさえ、冤罪による死刑判決の事例は決して少なくありません。しかし、冤罪を理由に死刑制度を反対するのは、問題を少しずらしているような気もします。

他にもいろんな話題は出ましたが、2時間を超える話し合いの結果、死刑制度への賛成・反対の考えは、話し合い前と誰も変わりませんでした。
2時間程度の話し合いで変わるような問題ではないのは当然です。

死刑制度への賛否に関わらず共通した意見もありました。
それは被害者遺族への理解や支援が弱いということです。
このことが最も大切なことのような気がします。

日本ではむしろ、加害者の人権問題が話題になることが多く、被害者遺族への支援や理解が遅れていたように思います。いや今でも被害者遺族への支援や世間の理解は加害者に関するよりも遅れているように思います。正確に言えば、どう付き合っていいかがわからないのかもしれません。その気持ちを埋めるためにも死刑制度支持へと向かっているとさえ思いたくなる気もします。
しかし、加害者を死刑にすれば、被害者遺族は救われるわけではありません。それはまったく別の問題ではないかと思います。

つまり問題の立て方が間違っているのかもしれません。
被害者遺族をどう支えていくか。それこそが重要な問題ではないか。
私が今回のサロンで一番気づかされたことは、このことでした。

サロンの後、参加者がこんなメールを送ってきました。

「死刑制度」を考えるということは、そこに限定される問題にとどまらないのだということを教えられたような気がします。
今朝の朝日新聞の「天声人語」。若い人たちが「どうしたら平和が守れるのか」と考え始めていること。昨日のサロンのテーマともどこかで繋がって行きますね。
「死刑制度」の問題はこんなにも大きくて、「生死」の根幹をえぐりだす問題だととらえることが出来ました。今までは分かりませんでした。

死刑制度に関しては、まだまだ話し合いたい気がしています。
できればまた機会を創りたいと思います。

 

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2022/11/23

■第19回益田サロン「人間の知能がジフテリア菌の毒素に似ているか」報告

今回は、「知能は毒素か?」というのは刺激的な問いかけのサロンでした。

益田サロンではよく話題になりますが、ジフテリア菌は宿主である人体を破壊することはありません。ところがジフテリア菌のなかに寄生しているファージが持つ毒素が人体を破壊してジフテリア菌に栄養を提供する結果、ジフテリアが発症。結果的にファージとっての宿主であるジフテリアの環境である人体を壊してしまうわけです。

益田さんがよくいうように、「環境あっての生物」ですから、生物は環境を壊すようなことはしないのですが、結果的にジフテリア菌の環境は自らが寄生させている毒素を保有するファージによって壊されるように見えます。
でも果たしてそうなのか。

そもそもジフテリア菌はなぜ負担になる毒素を寄生させるのか。「毒素」もまたジフテリア菌にとって積極的な意味があるのではないか。毒素がひき起こすことはジフテリア菌にとっても積極的な意味があるのではないか。いろんな疑問が生まれてきます。
益田さんはそうしたことを明示的にはあまり語らず、参加者に考えさせるのです。そこが益田さんの魅力です。

さらに益田さんは、人間社会に目を向けて、この関係を「脳と知能」に置き換えて考えたらどうなるかと問いかけます。ジフテリア菌の毒素が人体を壊すように、人間の知能もいま、宿主である人間の環境を壊してきているのではないか、というのです。
この問いかけの意味は深くて広いので、そう簡単には答は見出せませんが、今回のサロンはその入り口でいろいろと話し合ったような気がします。

話し合いの内容はなかなかうまく紹介できませんので、いつものように私が感じたことを少し紹介させてもらいます。
益田サロンでの私の関心は2つあります。「自己と非自己」と「生物と環境」です。

益田サロンは「環境あっての生物」というところから始まっています。私たちは環境を捉え違いしているのではないかということを、これまで益田さんはいろいろと示唆してきてくれています。
私は益田さんが時々描く、生物と環境の同心円モデルが好きなのですが、生物を取り巻く円を環境と捉えるととてもわかりやすいのです。
ファージの環境はジフテリア菌であり、ジフテリア菌の環境は人体というわけです。このように、「生物と環境」の関係は幾重にも広がっていくので、幾重にも重なる同心円モデルになるのです。

そして生物は自らを包みこんで守ってくれている環境には決して「悪さ」はしないのです。でも時々、包みこんでくれている環境の外にある環境(例えば毒素にとっての人体)には「悪さ」をしてしまう。つまり「遠い環境」と「近い環境」との関係はちがうのです。でも大きな視野で考えると、遠かろうと近かろうと「環境」ですから、それも「悪さ」ではないのかもしれません。今回のサロンでの示唆の一つはここにあったような気がします。

「環境あっての生物」はまた、「生物あっての環境」と言えるかもしれません。生物は環境と没交渉ではありませんから、必ず環境に影響を与えていますし、環境もまた自らが含んでいる生物を前提にして自らを創り出しています。
言い換えれば、「環境が生物を創り出す」とともに、「生物が環境を創り出している」。それは昨今の地球環境問題を考えればわかります。

これに関しては、益田さんは、大学教授引退後、それまで自らの環境だった研究室がなくなったため、新しい環境を探して創り出してきたような話をしましたが、これもとても示唆に富む話です。コウモリに安住していたコロナウィルスが環境を失いさ迷い出てきたとか、人体の中で静かに存在していた帯状疱疹ウイルスが宿主の人体が危うくなりだすと活動し出すとか、こんな話にもつながっていく気もします。

今回、「本来の環境」という言葉も出てきました。この言葉はこれまでも出てきてはいますが、この「本来の環境」と「非本来の環境」を考える準備もだいぶできてきたように思います。生物にとって「本来の」とはどういうことか。

今回、もう一つ気づいたのは「外なる環境」と「内なる環境」ということです。これは同心円モデルを考えればすぐわかりますが、生物は外と内に環境をもっています。しかも面白いのは、人体とジフテリア菌と毒素でわかるように、外なる環境と内なる環境は見事につながっているのです。これも「環境」を考える上で重要な視点だと思います。
地球環境問題を考える時にも、もっと「内なる環境」を考える必要があると思います。

安定のための環境と発展(変化)のための環境という捉え方も面白いかもしれません。安定にこだわっていても環境は変化していきますし、寿命のある生物はどこかで限界がきます。その限界を克服して、新たな安定を求めるためには、環境の捉え方を変えないといけません。身体が衰えだした時の帯状疱疹ウイルスの動きから学ぶことは多いように思います。
もしかしたら、ジフテリア菌の毒素も、それをやっているのかもしれません。自らの宿主は死んでしまっても、それを契機に新たな宿主の世界を広げてくれるからです。

自己と非自己も環境とかかわっています。非自己も環境だからです。しかしジフテリア菌で言えば、自らの宿主である人体を滅ぼしてしまい自らは滅んでも、それによって仲間のジフテリア菌は大きな栄養を得ることができ、さらに新しい宿主との接点をつくってくれるとしたら、決して無駄死にではありません。自分を犠牲にすることで、自らの仲間(自分たち)を増やしていくという視点から「自己」を考えると、「自己」の概念もまた変わってきます。これも安定した時の自己と発展深化する時の自己の捉え方の違いと言えるかもしれません。

たくさん書いてしまいましたが、環境と生物、さらに自己の捉え方に関してたくさんの示唆を与えてくれたサロンでした。
益田さんの話をいささか膨れさせ過ぎたかもしれません。しかも益田さんの意図から外れてしまっている可能性も大きいです。なにしろ私は、益田サロンの劣等生ですから。

次回は破傷風菌を切り口に、改めて「自己とは何か」を問題提起してくれることになりました。今回の話とつながっていくように思います。

いつもながら勝手な報告ですみません。
報告したいことが次から次へと出て来てしまい、長くなってしまいました。
その割にサロンでの話の肝腎な内容が抜けていて、益田さんに叱られそうです。

 

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2022/11/15

■湯島サロン「在宅ワークとワーケーション」報告

「働く」を考えるサロンの2回目は、「在宅ワーク」をテーマに、在宅ワークの仲介会社で働いている山本紀与さんに問題提起していただきました。

山本さんは最初に、「在宅ワーク」とコロナ禍以来話題の「リモートワーク」とは違うと説明してくれました。今回話題にする「在宅ワーク」は、従来の雇用労働の枠組みではこぼれ落ちがちな、働く意欲や働く能力を活かすための、新たな働き方の選択肢の一つとして、そこに積極的な価値があるというのです。
それは、タイトルにもある「ワーケーション」という言葉が示唆しているような、「働く時間と遊んだり学んだりする時間を自分で管理できる働き方」の提案でもあるのです。

そうした働き方は、単に働き手にとってだけではなく、人材不足に悩んでいる企業にとっても、有益な雇用の選択肢の一つになり、経済全体、社会全体にもウィンウィンの関係を生み出していく。「在宅ワーク」が、働き手にとっても事業主体にとっても、新たな選択肢を持ち込むことによって、世界を広げてくれるというわけです。

山本さんがいま所属している会社(株式会社キャリア・マム)は、20年以上前に、結婚や出産によって社会で活躍することをあきらめがちな女性たちに、働く場を創り出していくという思いで設立されたそうですが、以来、さまざまな働き方を支援することによって、今では11万人ほどの会員によって、多様な働き方が生み出されているようです。
https://corp.c-mam.co.jp/company/

そこでの仕組みをいろいろと説明してくださった後、山本さんは、参加者に「在宅ワークの問題点などあれば聞かせてほしい」と問いかけました。山本さん自身、従来型の企業勤務の経験もあり、「在宅ワーク」の限界や問題点も感じているのでしょう。

実際に、キャリア・マムでは、そうした在宅ワークの限界を克服するためのさまざまな仕組み(たとえば人のつながりを生み出す会員交流会や創発的な開発業務など)にも取り組んでいるようです。

しかも興味深かったのは、そうした仕組みが、会員の声によって生み出されてきているようなのです。同時に、単に個々人が「在宅ワーク」で仕事をするだけでなく、そうした個人ワークの成果品質を高めていくための仕組みができていることです。個人の「在宅ワーク」が基本ですが、それを活かすしっかりした「組織化」も行われているのです。もちろん個人を尊重した組織化ですが。

参加者からの指摘もいろいろと示唆に富むものでしたが、私自身は、議論の多くが、これまでの「雇用労働」「賃金労働」「競争労働」の文化に呪縛されすぎているように感じました。逆に言えば、「在宅ワーク」を基軸にして捉え直すと、これまでとは違った風景(組織論や経営論)が見えてくるような気がしました。そこに私は「目から鱗」を感じました。

キャリア・カムでは、『「自分らしく働く」は「自分自身を生きること」。多様な働き方を創り出し、働く楽しさを広げます』ということを目指していますが、働き手が主導権を取り戻すことこそが、「働き方改革」の要であると考えている私にはとても共感できるスローガンです。

「在宅ワーク」が、個人の働き方にとっても、また企業経営のあり方にとっても、新しい選択肢を増やすことになる。そして同時にそれは、個々人の生き方の変化にもつながり、社会を変えていく。そんな展望を感じました。

以下は、私の感想です。

私は近代産業革命以来の経済や社会のあり方に違和感を持ち続けてきています。
その基本にあるのは金銭労働であり、人間にとって楽しいはずの「働くこと」が、金銭を得るための退屈な「作業労働」に貶められてしまっているからです。
生活の場と働く場が切り離され、工場(あるいは事務所)に9時から5時まで集められて、生活から切り離された「仕事」をするのが、そこでの働き方の基本モデルです。

近年盛んに言われた日本での「働き方改革」も、その発想の枠の中での取り組みでしかありません。
そこでは、「働くこと」が生きるための目的になっていて、苦肉の策として、ワークライフバランスというおかしな言葉が出てきましたが、所詮は、働くために生きる「生き方」が基本になっていました。

ところが、「在宅ワーク」の発想には、この近代労働モデルを変えていく力があることに気づきました。
定められた勤務時間に一か所に集められて、生活を忘れて働くのではなく、自分の生活の拠点をホームベースにして、働く時間も生活を基軸に自分で割り振りできる働き方が可能になってきたということです。働くために生きるのではなく、生きるために働くことの意味を改めて考え直すことが大切かもしれません。

私は、「シャドウワーク」とか「アンペイドワーク」という言葉にも違和感を持っています。そうした発想は、金銭経済を基本に考えているからです。
最近、湯島のサロンでも「お茶くみ仕事」が話題になりましたが、「お茶くみ仕事」に価値を置くのか、金銭を生み出す仕事に価値を置くのかに、仕事観の本質が象徴されているように思います。そしてそれは、その人の生き方に現れてきています。「働き方」と「生き方」は切り離せないのです。

働き方の基軸を変えたら、生き方や社会のあり方の変化につながっていくように思います。同時にそれは金銭経済の縛りからの自由にもつながっていく。改めてそういうことを実感させてもらったサロンでした。
このテーマのサロンはさらに続けていきたいと思っています。

なお、キャリ・マムでは、「在宅ワーカー」に関連したzoomオンライン・セミナー(参加無料)も行っています。
期近なものとして、次の2つのご案内をいただきました。
ご関心があればぜひご参加ください。

12月2日「在宅ワーカー活用セミナー」
https://zaitaku-cmam.jp/enterprise/utilization/day_20221202/

12月13日「働き方改革セミナー」
https://www.saitama-hkaikaku.jp/workstyle/1213/

Zaitauwork000

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2022/10/21

■第23回万葉集サロン「憶良は「生」に苦悩する人間をどう超えようとしたか」報告

万葉集サロンは、いよいよ山上憶良に入りました。

仏教が盛んだった時代の歌が多いにもかかわらず、万葉集には仏教を感じさせる歌は少ないのですが、憶良には、仏教色、さらには儒教色、つまり大陸の文化を感じさせる歌が多く、憶良は特異な存在と言われています。
今回は、その憶良の、「敬和為熊凝述其志歌」(5-886891)と「老身重病経年辛苦及思児等歌七首」(5-897903)を中心に、まずは憶良とはどういう人だったかを紹介してくれました。
1首目は若くして病で亡くなった大伴熊凝を歌ったもの、2首目は無心に遊ぶ子供を見ていると生への執着に心が燃えてくるという歌です。

歌を読む前に、時代背景と子どもの頃大陸からの渡来した憶良の人生を解説してくれました。話は、憶良が自然を詠んだ歌「秋野の花を詠む歌2首」と生き方に触れた歌2首を読むことから始まりました。前者は秋の七草をうたった歌ですが、後者は憶良の生き方を示唆しています。
つづいて、憶良の歌に一貫するテーマとして「老病死」や「生きにくさ」「家族への思い」を支える憶良の思想の土台として、万葉集に収められている「沈痾自哀(ちんあじあい)文」の要点を説明してくれました。
これは憶良が最晩年に病の中で書いた文章だそうですが、漢文で書かれています。

万葉集にこういう文章が含まれていることを私は全く知らなかったのですが、升田さんが説明してくれたように、これはまさに大陸の仏教や儒教のエッセンスと言ってもいい内容です。そしてこれが憶良の精神的基盤であり、この理念を憶良は歌に顕現させたのではないかと升田さんは説明してくれました。
こうしたことがはっきりと感じられるのが、「敬和為熊凝述其志歌」です。

序の漢詩に教理を書いて、和歌でいかにしてこの世に、その教理を顕現されるのかを示す。そこでは、理の世界(漢詩)と情の世界(和歌)の融合がはかられているばかりか、歌の詠み方の手本も示している。つまり歌に対する憶良の姿勢が現れている。
こういう思想背景と、憶良の人物像を踏まえて、憶良の歌を読んでいくと、これまでとは違った世界が見えてくるように思います。

このあたりを詳しく紹介できないのが残念ですが、今回のサロンのテーマとして升田さんが「憶良は「生」に苦悩する人間をどう超えようとしたのか」という問いかけの意味がよくわかります。

升田さんは、さらにいくつかの歌を読みながら、生きるとは何か、死とは何か、を問うたのは憶良が最初だと教えてくれました。
万葉集の多くの歌は、むしろ集団の意志や感情を表現するものが多いのですが、憶良は初めて個人として生老病死や愛苦を詠じているわけです。

憶良は集団行動が苦手な自由人だった。そして、集団の中にいても、いつもしっかりした自分を持っている。しかし憶良は、孤独や孤愁は詠んではいない。いつも誰かにみんなが抱えている問題を問いかける人だったようです。
それによって、「た」の中に自分を見つめる目が生まれ、他人も見えてくる
一見孤独に見えながら、つねに大衆と密着した生き方をした歌人だった憶良に、升田さんはこれまでの「わ」の内奥に潜んでいるさらなる「わ」を見るのです。
無意識の中に出てくる自分(個性)に気づき、「わ」の中に自分をみて対峙する。
意識と無意識の葛藤が生まれるわけです。
そして、自分の中にいる「私」がわかるようになると、他の人もわかるようになる。
「な」も「た」も、それに伴い変わっていく。それが、新しい和歌の世界の誕生へとつながっていく。

さてこれで憶良を読む準備がだいぶできました。
次回は、憶良の別の歌(例えば貧窮問答歌)を読みながら、憶良によって開き出した新しい和歌の世界を楽しむことになりそうです。

今回は内容が多様で深かったので、私の記憶に残ったところを中心に報告させてもらいました。升田さんの思いをきちんと理解できているといいのですが。

Manyou230

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2022/10/18

■湯島サロン「地域での学習体験会から気になること」報告

長年、子どもたちや母子を対象にした学習体験会に取り組んでいる日高さんによるサロンは、ICT(情報通信技術)を駆使したリモート学習の実演も含めて、日ごろの活動を紹介しながら、そこから感じている日高さんの問題意識やその解決に向けての提案など、とても示唆に富むお話をじっくりとしてくださいました。

日高さんがなぜ、会社を早期退職してまで、こうした活動に取り組みだしたのか。そして、なぜ「無料」で行い、しかもどうやって「無料」を続けてきたのかも、話してくれましたが、そのこと自体にも考えさせられることがたくさんありました。
日高さんは、実際に生きるために大きなハンディを背負っている立場の子どもたちに生きる力を与えたいと思って活動を始められたそうです。

これに関しては、中途半端な説明は難しいので、また機会があれば、日高さんに話しをしてもらおうと思います。「仕事」とは何かを考える上でも、示唆に富む話ですので。

日高さんは、ICTと数学を中核にして、音楽、体操、アート、サイエンスなど全教科を楽しく深く体験学習することを大切にしています。
実際のプログラミング教育もありますが、単に技術的なことだけではなく、それを通して基礎学力を身につけ、学ぶ面白さを知り、生きる力の基礎をしっかりと育てていくことを目指したプログラムが用意されています。
すべて実際の学習支援活動の中で、日高さん自らが作り上げてきたものです。
そのために、文科省の膨大な学習指導要領をしっかりと読みこむと同時に、ICTの先端技術を常にチェックしながら取り組んでいるそうです。

そうした活動を、私財を投入しながらほぼ一人で取り組んでいる熱意には感服します。
学習会は、学校や施設での学習会スタイルもありますが、オンラインやオフラインの個別指導も行っているそうです。

活動紹介の後、日高さんは、活動を通して日頃感じていることを3点問題提起してくれました。

  • 学びへの欲求と教育情報過多の中で保護者も子どもたちも困惑している。大切なことは子どもたちが自分スタイルの学び方を身につけていくことではないか。学習指導要領では「個に応じた多様な学び」と言われているが、現実はそうなっているのか。
  • 学ぶことが多すぎて子どもたちの学びが浅くなっている。学ぶ量は増えてきているが、「きらびやかな学び」が増える一方、本当の基礎学力が軽視されていて、結果的に、応用カを培う学びが見向かれなくなっている。
  • 近頃は行き過ぎた対応が多すぎる。半強制的な部活動、地域活動、多様性を育む余裕も自由な時間もなくなってきているが、楽しい遊びの中で、子どものうちに体験しておくべきことがたくさんあるのではないか。

後半は、この3つの問題を中心に、気楽な茶話会的に参加者との質疑応答や話し合いになりました。
話しているうちに、当然なことですが、話題は広がり、最後は、最近の「ポリコレ」社会への批判にまで行き着きました。
子どもや母子との接点を通して、日高さんには社会の実相がいろいろと見えているようです。

今回、母親層の参加者がいなかったのがとても残念でしたが、関心のある方は、ぜひ日高さんのサイトをご覧ください。
https://nextgirls.jimdofree.com/
母子での実際の体験や実際の学習会の開催も対応してくれるそうですので、興味を持った方は是非、上記サイトを通して日高さんにアクセスしてみてください。
また日高さんは、こうした活動を広げていきたいと思っていて、さらには自分の活動を継承してくれる人も探しているそうです。それに関しても、関心を持っていただけたら、日高さんにアクセスしてください。

サロンでのみなさんの話し合いを聞いていて、いま、小中学校で何が行われているのか、私たちにはあまり見えていないことに気づかされました。
しかし、それこそが私たちのこれからの生活に大きな影響を持っているはずです。
小中学校の現実への関心が、もっと広がり高まればいいなと改めて感じたサロンでした。

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2022/10/10

■湯島サロン「知識ゼロで挑む無門関パート3〈奚仲造車〉」報告

「知識ゼロで挑む無門関」第3回目は、第8則の「奚仲造車(けいちゅうぞうしゃ)」でした。車作りの名人が車を作った、そのうち車を分解し始めた。その意味するところは? という「公案」です。
参加者が4人と少なかったおかげで、じっくりと話し合える、ちょっと贅沢な気分のサロンでした。

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金子さんは最初に、禅とは何か、公案とは何か、を改めて解説してくれました。いかにも金子さんの思いを込めた解説だったので、とてもわかりやすかったです。あわせて、金子さんご自身が無門関を読み解く姿勢も紹介してくれました。

「公案」は、悟りにいたる手助けをするもので、考えることを考えさせてくれる。矛盾の中から知的な回答を導き出すよろこびをもたらしてくれる「知的言語ゲーム」と捉えると楽しい。だから、難解という罠に自分からおちないようにしないといけないと。
実は私は、このお題をいただいた時に、公案の「問い」さえつかめなかったのですが、金子さんのお話を聞いて、まさに「罠」に陥っていたことに気づきました。金子さんが案内に書いていた、「入門中の入門編」という意味が少し納得できたような気がします。

〈奚仲造車〉を金子さんがどう読み解いたかは、「ネタばれ」になりますので書きませんが、金子さんは読み解く前にまず、これまでの多くの人たちの読み解きを5つに整理してくれました。
実は、私がサロン前日の長い入浴中に行き着いた回答も、その中にあったのですが、金子さんは、この5つではない読み解きに至ったというのです。
そして参加者と話しながら、そこへと導き、最後にある3文字をホワイトボードに書きました。私の場合は、そこでそれこそ頭が解きほぐされた感じで、それまでのもやもやがすっきりしました。参加者のみなさんの指摘にも気づかされることが多かったです。

〈奚仲造車〉の読み解きは紹介できませんが、本題の前後のお話も興味深いものがありましたので、それを少し紹介します。

本題に入る前に金子さんは有名な国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」を見せてくれました。おそらく誰もが一度は見ているひょうたんとナマズがテーマの不思議な水墨画です。
その水墨画の上段には、京都五山を代表する31人の禅僧が寄せ書きしているのです。実はこの絵は、「ひょうたんでナマズを抑え捕ることができるか」という公案を示したもので、それへの答が漢詩で書かれているのだそうです。
つまりこれは公案問答大会の記録なのです。

それを知って、公案というものへの親近感が高まりました。公案の問いかけも、それへの答も、日々、いつでも身近にあるのだと気づいたのです。
自分の身の回りに、あるいは生活の毎日に、公案集は山のようにあるようで、それを知るだけでも人生が楽しくなるような気がします。

サロンの最後に、金子さんは図像学の話を少ししてくれました。実は、無門関とは別に、金子さんに「仏教図像学」のサロンをお願いしていたのです。
金子さんは、スターバックスのロゴマークを示してくれたのですが、サロン冒頭の瓢鮎図の話とつながって、私にはそこにも「公案」を感じてしまいました。
3回にわたり、金子さんから無門関のお話をお聴きしましたが、私の場合は3回目にしてようやく無門関の面白さに少し気づいた気がします。

また機会があれば、金子さんの無門関サロンはお願いしたいですが、今度は仏教図像学のサロンをお願いすることになりました。また日程など決まりましたらご案内しますが、公案的要素を含んだ金子さんの図像学サロンにご期待ください。

なお、〈奚仲造車〉を読み解いて金子さんが到達した「3文字」ですが、もしそこにたどり着いた人がいたら個人的にご連絡ください。個人的に○×でお答えいたします。そこからこの公案が読み解けていくかもしれません。それは、いまの時代においてもとても大切なことのような気がします。

 

 

 

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2022/10/05

■10月オープンサロン報告

10月のオープンサロンは平日だったにもかかわらず、10人を超す参加者でした。
最近は、湯島のサロンに集まる人たちは平日のほうが都合がいいようです。
コロナ流行以来、平日働いている人たちのサロンへの参加が減っています。

いつものように、テーマなしでしたが、前日のサロンの延長のような話で盛り上がってしまいました。しかもなかなか終わらずに、予定時間の倍の4時間サロンになってしまいました。
オープンサロンは、テーマサロンと違い、話す(放す)スタイルで、語る(象る)ことを目指していませんから、気楽な放談会なのですが、コロナもあって最近は「思いを放す場」が少なくなっているのかもしれません。

話題は、SNSによって同調意識が自分にも出てきた気がするというような話から始まり、学校や教育、会社や仕事、地域共同体の窮屈さと豊かな暮らし、そこからハラスメントやハラスメント・ハラスメント、さらにはフェミニズムやジェンダー論。価値観の世代継承……と広がっていきました。
論点はさまざまでしたが、大きな論点は、「すべてがお金と紐ついてしまった社会」の中で考えるか、そこから離れて考えるか、だった気がします。当然ながら、後者は圧倒的に少なかったように思います。それが直接テーマになったわけではありませんが。

私にはもう死語になっていると思っていた「お茶くみ仕事」という言葉が出たのが意外でした。しかもそれが女性の仕事として捉えられていたのに驚きました。しかし、後でネットで調べたら、いままたこの言葉が話題になっていることを知りました。

私はこの言葉に、「すべてがお金と紐ついてしまった社会」や「ジェンダー問題の本音」が象徴されているような気がします。
今回のサロンでも、私の実体験から、会社の仕事の中でも経営計画づくりよりも「お茶くみ仕事」が大切だと思うと発言したのですが、批判されてしまいました。なんだか、湯島のサロンを否定されてしまったようで、さびしくなりました。

湯島で仕事を始めた時に、会社時代の体験を踏まえて一番重視したのが、まさに「お茶を出すこと」でした。
来客には必ずお茶か珈琲、時には紅茶を出しました。当時は時々、妻が来てくれていたので、妻がいるときには彼女がお茶を出しましたが、珈琲は私の担当でした。珈琲メーカーなどは使わずに、きちんと自分の手で淹れていました。

その珈琲を飲みに来てくれる人も出始め、それが湯島のサロンのきっかけのひとつでもあったのです。しかし、参加者が増えてくると、いちいち、自分で淹れることは難しく、次第に珈琲粉になり、珈琲メーカー依存になっていき、ついにはペットボトルになってしまっています。最近は、個人の来客にも「お茶を出す」ことが少なくなってしまいました。そのせいか、自分でペットボトルや水筒を持ってくる人も増えました。私にはこれもさびしいことなのですが。

相手が出してくれたお茶を、何の疑いも持たずに飲むことが、大きな意味を持っていると私は思っています。お茶を出す人は、そこに毒を入れることもできるのですから。そう考えていくと、お茶くみ仕事の大切さがわかってくると思うのですが。
たしかにお茶くみ仕事はお金には直接つながっていないかもしれませんが、私にはとても大切な仕事だと思えます。。

もう一つ知ったのは、女性たちも、お茶を出すのは若い女性がいいと思っていることです。私にはそんな感覚は皆無ですし、そもそもお茶くみ仕事は女性の仕事と思うこと自体がおかしい。茶人はむしろ男性が独占していた時代もありますし、いまもお茶出しを大切な仕事だと思っている人は、性や若さなどには無縁です。

フェミニズムやハラスメントの話も少し炎上しかけました。
ハラスメント・ハラスメントとは、「自身が不快だと思う他者の行為や言動を「〇〇ハラスメントだ」と主張する嫌がらせ行為」を指すようですが、まさにそうした「ハラハラ症候群」が広がっているような気がします。
そうした動きは、仲良く暮らしていけるという感覚よりもむしろ、仲良く暮らしていくのが苦手だという感覚を助長しているという意見が最近、海外では広がり、トランスジェンダー問題や人種問題などに関しても、行き過ぎの見直しが広がっているようですが、日本では相変わらず、「マイノリティ」に味方する「社会的正義」の視点からちょっとした言葉じりを捉えて糾弾する動きが続いています。
私の友人知人にも、そうしたことで人生を変えてしまった人がいますので、私も決して他人事ではありません。

現実の問題点や限界を非難するだけではなく、現実の中に共感できるところを見つけて、そこを伸ばしていくように尽力する生き方へと、日本も反転してほしいと思います。

他にもいろいろなことに気づかせてくれたサロンでした。
4時間サロンは、いささか疲れましたが。

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2022/10/04

■湯島サロン「企業で働くということ」報告

「働くこと」というテーマでのサロンは、前にも開催しましたが、今回は数か月前まで会社で働き、いまは退社し、次の仕事探している40代前半の横山さんに、ご自身の「働いていた時の体験」や「仕事観」などをお話しいただきました。

横山さんは、入社した日の「カルチャーショック」的な驚きから話を始めてくれました。と言っても、そもそも会社に入るまで、会社の「文化」など知らずにいる若者がほとんどですから、カルチャーショックというのもおかしいですが、学校時代の世界とは違った世界だということ、そしてそれに新入社員はすぐになじむのだということに驚いたと言います。

横山さんは学校の卒業式の関係で、みんなよりも2日ほど遅れて、新入社員教育に参加したそうですが、横山さんが参加したその日にはすでに初日から参加していた人たちは、その会社の社歌を覚えて歌ったのだそうです。横山さんがみんなと同じように最初から参加していたら、そういう驚きは持たなかったかもしれません。

それにつづいて、入社1か月間の話を話してくれました。会社は、たぶん新入社員に早く会社になれてもらうためにと、社員旅行やイベントなどいろいろと考えてくれたのでしょうが、横山さんにとっては、3日しか休めなかったという思いだったようです。特に新入社員教育に組み込まれていた自衛隊での合宿研修は強烈だったようです。

それから20年間、かなりハードな状況で働き続け、管理職になるのですが、あまりにハードな仕事のために体調を崩し、自ら辞めることにしたそうです。
体調を崩すほどのハードな働き方とはどんなものだったかを、横山さんは具体的にいろいろと話してくれました。社会に知れたら問題になるようなこともあったでしょう。
しかし、ほかの会社のことを知らない新入社員たちの多くは、会社で働くとはこんなものなのかと思うのでしょう。最近では転職も増えてきましたし、マスコミやネットでの情報も多いので、自分の会社の労働条件を相対化できますが、横山さんの入社した20年前は、いまほどではなかったでしょう。それに仕事は忙しく拘束時間も長いので、そんなことを考える余裕はなかったのかもしれません。

入社後1か月の話に続いて、横山さんは、その後の20年の働きぶりも話してくれました。目標を達成しなければいけないというプレッシャー、上司によって職場の雰囲気も働きやすさも変わってくること、年功序列と終身雇用という日本の企業文化のために現場で働かずに管理の仕事をする人が増えていくこと、それによって現場で働いている人たちにとっては、むしろ働きにくくなることが多いことなどなど、そういうことを具体的に話してくれした。

横山さんは、しかしそういう長時間労働の「ブラック」とも言いたくなるような会社だったけれども、社員同士のつながりや達成感など、いいこともうれしかったこともあったと言います。そうしたことは、一人では達成できないことかもしれません。
直接、横山さんが話したわけではありませんが、20年間、会社で働く中で、横山さんの考えも豊かになってきたように思いました。
そして、40代で、結果的に横山さんは生き方を変えたわけです。
私も40代後半で、会社を辞め、生き方や仕事観を一変しましたが、それができたのは25年間の会社勤めのおかげだという気がしていますので、横山さんの話にはとても共感できました。

横山さんの話で印象的だったのは、決して、会社を「非難」しないことでした。ブラック的な要素の話もしましたが、よかったこと、学んだことも話してくれました。
さらにもしこれから仕事がなかったら、またその業界に戻れるという話もしてくれました。ある意味での生きる力をそこから得たようです。
非難や愚痴の多いいまの時代にいささか辟易している私としては、横山さんの主体性のある前向きな姿勢にうれしくなりました。

最後に、横山さんは参加者に「仕事の報酬は何だろうか?」と問いかけました。
横山さんは会社時代は仕事の報酬は金銭(給与)だと漠然と考えていたようですが、こういう問いかけをするということは、横山さん自身はその考えに疑問を持ち出しているのでしょう。
20年間の会社生活を振り返った時、横山さんはそれに気づいたのではないかと勝手に想像してしまいました。

参加者の答は、人とのつながり、顧客の喜び、自らの達成感、あるいは一人ではできないことを会社という仕組みで実現すること……、とそれぞれでしたが、金銭と答えた人はいませんでした。

私自身は、仕事は本来楽しいものだと考えています。
しかし、金銭依存の社会になり、お金を稼ぐことが仕事とされてからは、仕事は「言われたことに対応すること」になってしまってきたように思います。
仕事そのものは価値を生み出すものではなく、単なる作業になってしまい、仕事の喜びとは切り離されてしまいました。しかも最近では、ボランティア活動も有償でなければやらないと言う人さえ出始めました。

お金と仕事とを切り離せば、仕事や働くことの意味は大きく開けていきます。
それに、「与えられたことをこなすことが仕事ではない」と考えれば、どんな仕事にも、自らの思いを入れこむことができ、面白さや価値は見つけ出せるはずです。

横山さんはいま、新しい資格も取りながら、新しい仕事探しをしています。
会社にまた入るのか、仲間と起業するのか、故人で何か始めるのか、お聞きしていませんが、横山さんが5年後、10年後、どんな仕事に取り組んでいるか、とても関心があります。私も長生きしなければいけません。

横山さんのお話を聞いていて、仕事や働く意味を考えるサロンを引き続きやりたくなりましたが、同時に、1020代の若い世代だけではなく、3040代世代も大きく変わりだしていることを実感させてもらいました。
最近、コロナもあって、会社で働いている人たちが湯島のサロンに来ませんが、会社で働いている人の話を聞いてみたくなりました。

どなたか話に来てくれませんか。

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2022/09/30

■茶色の朝サロン「政治を我が事と考える」報告

久しぶりの「茶色の朝」サロンは、あえて国民を分断して行われた「国葬」の日に開催。テーマも決め、「政治を我が事とするような意識」としました。
私もいれて8人が参加しました。

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「政治上の民主主義を実現するには、各個人が政治に参与することが、不可欠の要件である。たいせつな政治を、人任せでなく、自分たちの仕事として行うという気持こそ、民主国家の国民の第一の心構えでなければならない」。

これは、敗戦直後に全国の高校で使われた文部省教科書「民主主義」に出てくる言葉です。教科書には続けてこう書かれています。

「政治を人任せにしておいてよいものだろうか。国民の知らないうちに政治家たちによって戦争が計画され、夫やむすこを戦場に奪い去られ、あげくの果ては、家を焼かれ、財産を失い、食べるものにも窮するような悲惨な境遇におとしいれられたのは、ついこの間のことではなかったか」。

この教科書は1948年から1953年まで使われましたが、それは同時に時代の風潮でもあったようです。この教科書がその後も使われていたら、日本の政治は大きく変わっていたように思います。

その教科書にはこんな記述もあります。

「日本人の間には、封建時代からのしきたりで、政治は自分たちの仕事ではないという考えがいまだに残っている。(中略)わが国の政治家も、長い間そういう態度を採って来たために、国民は、自分たちは政治をされる立場にあるのであって、ほんとうに自分たちで「政治をする」という考えにはなかなかなれない」。

この教科書は、そういう日本人の「お上に従う臣民意識」を変えようというものでした。ちなみに、中学生向けにも同じような姿勢の民主主義の副読本がつくられていました。

しかし、なぜか日本政府の姿勢はその後反転し、「由らしむべし、知らしむべからず」という政治状況が広がっています。その結果、最近では「食べるものにも窮するような悲惨な境遇」に置かれる人も増えているようにさえ思います。
案内文に書きましたが、改めて「政治を我が事とする意識」を広げていかないと、またかつての二の舞になりかねません。

長々と余計なことを書いてしまいました、サロンに集まったみなさんもそういう危機感をお持ちのような気がします。

話し合いでは様々なことが話題になりました。
多数決と熟議、政府と個人をつなぐ中間組織(NPOや町内会)、ファシズムとは何か、我が事として考えられる政治とは、……。

政治の話はみんな避けている、という風潮の一方で、自分が動けば変わるようなことには積極的にかかわる人も多いという話も出ました。
問題は、働きかけても変わらないと思う対象が広がってきていることかもしれません。
国の政府は、その最たるものかもしれません。
ただその一方で、自分の身の回りに事に関しては、おかしなことがあればおかしいと言い働きかける人たちは少なくないようです。時にそれがクレーマーになることもあるのでしょうが。

家の近くの道路の工事に周辺住民が意見をいう機会があるとか、自分の住んでいる地域の市(区)役所には働きかけることが可能だとかいう話も出ましたが、政治を我が事と考えるとは、そうした身近な問題に関心を持って関わっていくことだろうと参加者の方が確認してくれました。

そういえば、先の教科書にもこんなくだりがあります。

「政治は国の政治だけとは限らない。もっと狭い、もっと手近なところにも政治がある。町にも政治があり、村にも政治がある。国民は、同時に市民であり、町民であり、村民である。国の政治はむずかしくてわからない場合でも、町の政治や村の政治ならば、だれにもわかりやすい。それを「自分たちの仕事」と考えるのが、民主政治の第一歩である」。

参加者の一人は、今度自分のところの区長が変わり、住民との話し合いを重視しているので、ぜひ区長を応援する活動をしたいと宣言しました。
住民がその気になれば、できることはたくさんあるでしょう。そしてそこから国の政治も変わっていくかもしれません。

「働きかけても変わらないと思わせる範囲」を拡げる風潮に抗って、「働きかければ変わる」のだという意識を広げていくとともに、「政治」と個々人の生活との関係を見えるようにしていくことが大切だなと改めて思いました。

他にもいろいろな話題が出ましたが、こういう場をやはり続けていくことが大事かもしれません。茶色の朝サロンは、不定期ですが、再開します。
できれば自分の住んでいるところで、それぞれがこういう話し合いの場を始めてほしいと思っています。

 

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2022/09/28

■湯島サロン「最期まで身も心も縛られない暮らしを考える」報告

「医療や福祉における拘束”について考える」をテーマにしたサロンで、話題提供者の平岩さんから問いかけられた問題を中心に話し合おうというサロンは、7人が参加しました。

3つの問いかけとは次の通りです。

  • 人生の最後まであきらめたくないこと、大事にしてほしいことは? 実現の方策は?
  • リスクや意思決定過程において、本人と家族では立ち位置が異なるのか、同じなのか。
  • 医療やケアへの期待と可能性、限界とは?

最初に改めてその問いかけへの平岩さんの思いを話してもらい、話し合いに入りました。

①に関しては、やはりみんな「思い通りに生きたい」ということに尽きるようです。自らをコントロールできなくなったら、身体的な拘束もやむを得ないという意見もありますが、おそらくそれは自らはそうならないという確信に基づいた発言のように思います。逆に言えば、自分が身体拘束されるとは誰も思っていない。いずれにしろ基本的にはみんな他者による身体拘束を避けたいと思っていることでしょう。

どうしたら、最後まで思い通りに生きられるのかは日頃の生き方に深くかかわっているように思います。その意味で、これは②につながってきます。
人は一人では生きていません。必ず他者とのかかわりのなかで生きていますが、他者とかかわるということは、お互いに「拘束し合う」というこです。
そこに、この問題を解く大きなヒントがあるような気がします。
自らは他者による拘束を避けたいと思いながら、もしかしたら私たちは気づかないまま他者を拘束していることがあるかもしれません。
また、身体拘束されるような状況は、本人だけではなく、家族にも大きな心理的負担などをかけることもあります。施設利用に際してもこれは重要な判断基準になっています。
つまり「身体拘束」は当人だけの問題ではないのです。

③に関しては、医療とケアが分断されていることに問題があるのではないかという話がありました。医療とケアは提供者側から見れば別のことかもしれませんが、受益者側から見れば、区別できる話でもなく、また区別すべきことでもありません。
ここにも私たちの生き方につながるような大きなヒントがあるような気もします。

話し合いは多岐にわたりましたが、そのなかで平岩さんは、いま厚生労働省が普及に取り組んでいる「人生会議」の話を少ししてくれました。
これは、もしもの時のために、自分の価値観や自分が望む医療やケアについて、前もって家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有しておこうという取り組みです。
私にはこれもやはり、日々の生き方の問題のように思います。「会議」という仕組みの話ではなく、人との付き合い方(生き方)の問題のような気がします。

施設においては「身体拘束」しやすい状況に向かっているという話もありました。
医療・福祉施設における「身体拘束」は、看護者や介護者などにとってもかなり抵抗を感ずる行為でしょうが、その抵抗感を緩和させるように、機器材がどんどん「人出」をかけずに済むようになってきているようです。
それでもやはり「正当化」が必要で、よく使われる理由は「人出不足」や「リスク管理」ですが、これに関しても納得する人が増えているようです。
しかし、そういうことでいいのだろうかと平岩さんは言います。

実際に、拘束手段をとらずに対応しているナースや現場を体験してきている平岩さんには、むしろ人出不足やリスク回避のためにも、身体拘束は逆効果だと見えているのかもしれません。
そもそも身体拘束が日本ほど安易に広く使われている国はそんなにないと言います。世界の潮流に日本は逆行しているようです。
なぜそうなっているのか。そこには、いまの日本の社会のあり方や私たちの生き方が投影されているのではないか。そんな話し合いがいろいろとありました。
問題は、施設における「身体拘束」に留まらないのかもしれません。

そこで最後に、私からいま政府が目指している「超スマート社会」の話をさせてもらいました。政府による科学技術基本計画のビジョン「Society5.0」では、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニ-ズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」が目指されています。

一読すれば、生きやすい社会のように感じますが、この社会のポイントはシステムとしての最適化が追及されるということです。
つまりそこでは人間もシステムの最適化に向けて最適化されるということです。
何も考えずに社会に合わせて生きればいいという話です。
しかし、そもそも「必要かどうか」は誰が決めるのか。
コロナが流行り出した頃盛んに言われた「不要不急」という言葉を思い出します。
そこに究極の「心身拘束」を感じてしまうのは私だけでしょうか。

医療や福祉の現場で「身体拘束」が増えているということと「超スマート社会」への動きは、どこかでつながっているように思います。
そして、そうした動きに、私たちも生き方を合わしだしている。
案内に書きましたが、「身も心も縛られているような社会」に向かっているのではないか。そういうことを、医療や福祉現場での「身体拘束」は警告してくれているのではないか。
「身体拘束」問題が問いかけていることは、まさに私の生き方に深くつながっている。
改めてそんなことを思わされたサロンでした。

ここで紹介したことは、話し合いの中でのほんの一部の話です。
話し合いから学ぶことは多かったのですが、残念ながら「当事者の尊厳が大切にされる共生社会」への希望は見えてきませんでした。
諦めるわけにはいきませんが。

Kousoku2022090

 

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