カテゴリー「サロン報告」の記事

2021/01/26

■第5回益田サロン「予防注射と免疫」報告

今回の益田昭吾さんのサロンのテーマは「予防注射と免疫」。
新型コロナのワクチン接種の是非も話題になりましたが、「自己・非自己」と免疫に関する基本的な話もあり、新型コロナウイルスとの付き合い方に大きな示唆をもらえるサロンになりました。

私たちは新型コロナウイルスに関して、「感染者」数や不安を感じさせられる情報が毎日のように届けられて、その上、行動自粛まで要請されていますが、そもそもウイルスそのものに関してはほとんど何も知らないように思います。
知らないがゆえの不安感や恐怖感が社会を覆っているのかもしれません。
その意味で、益田さんのサロンではいつもいろんな気づきをもらえます。
益田さん自身、参加者と一緒になって考えてくれる姿勢をとっていますので、参加者の発言もとても参考になります。
こうした情報提供や話し合いの場がなぜもっとないのかが不思議です。
とりわけ今回は、私にとってはとても元気づけられる内容で、湯島のサロンをつづけてきたことも間違いではなかったと思えるサロンでした。

今回、益田さんは最初に「自己・非自己」とMHC抗原やACEの話をしてくれました。
MHC抗原については、「内憂外患」という形でわかりやすく解説してくれたのですが、つづけて「ミッシング・セルフ」の話をしてくれました。
いずれも専門用語ですが、私にもわかるような生活用語で話してくれました。
これに関して報告しだすと長くなりそうなのと私も十分には理解できていないので報告は省略しますが、ウイルス感染の仕方や免疫の作動のこと、さらにはワクチンの意味が実感的に理解できました。

「ミッシング・セルフ」という言葉は、私は初めて聞いたのですが、私が長年「自己・非自己」論に関して抱いていた疑問がすべて氷解したような示唆に富む話でした。
「ミッシング・セルフ」とは、簡単に言えば、自己なのに自己と認識されないことがある自己という意味です。益田さんは、社員証を身に着けていない社員のようなものと解説してくれました。自己なのに自己と認識されない自己。
つまり「自己」とは何かを問い直すヒントがそこにあるように思えたのです。

「自己」をどう捉えるかに関しては、益田さんはこれまでも何回も問いかけてくれていましたが、ようやく益田さんの意図が理解できました。
私の勝手な解釈ですが、要するに「利己」とか「利他」とかいう発想が、そもそも問題なのかもしれません。小さな自己(個体)を犠牲にして、大きな自己(種)を守ることは、生物界ではよく報告されています。
視野を広げれば、自己の範囲は広くなり、周辺の「他」もまた「自己」に包み込まれる。
それに伴い、自己のためが「家族のため」「仲間のため」になり、「みんなのため」になっていく。ちなみに、外出自粛、会食自粛も、マスクも手洗いも、自分のためというよりも感染を拡大しないための「みんなのため」とも言われています。

「自己」をどう捉えるかによって、「非自己」の捉え方も変わってくる。
そこからいささか発想を飛ばしてしまえば、COVID-19と敵対するという発想がそもそも間違いではないかと言えるような気もします。

ところで、ワクチンはある意味で、COVID-19感染症に人為的に軽く罹ることともいえます。
私のこれまでの新型コロナ対策は、「軽く罹患し身心の免疫を蓄積していくことで発症を抑えよう」ということでしたが、この方針をこれからも持続しようと改めて思いました。間違っているかもしれませんが、これが私の今回の感想です。
参加したほかの人は、全く違った感想を持たれたかもしれません。

しかしどう考えても、昨今の動きは私には理解しがたいことばかりです。
やはりもっと話し合う場が欲しいです。
益田さんにはやはり時々サロンを開いてほしいと改めて思いました。
そしてできるだけ多くの人がそういう話し合いの場で話し合ってほしいとも思いました。
「正しくおそれよ」と当初言われていましたが、だれも事実を知ろうとしない。公表されているデータは実に作為的なモノばかりですが、なぜかそれをベースにみんなおそれて、行動自粛に努めている。
問題は医療の話ではもうなくなっているような気がします。

サロンの報告にはなっていませんがお許しください。
「自己・非自己」問題は、もっと大きな視点で、一度サロンをできればと考えています。

Uirus5

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2021/01/20

■湯島サロン「ゲノム編集」報告

山森俊治さんのサロンパート2は「ゲノム編集」をテーマにしてもらいました。
今回も山森さんは、くわしい資料を作成してくださり、それにそって質問も受けながらていねいに話を進めていってくれました。

サロンに入る前に、山森さんはこんな話をしてくれました。

昨今の科学技術の進歩は、非常に速いスピードで進行しており、その技術成果が、人類を繁栄させてきた一方で、人間の健康や生命をも操作できる存在として登場し始め、それをどのように扱うべきか現実の問題になってきている。また、早い進歩は倫理等の議論を後回しにできないことを意味している。
ロボット工学の進歩による自立型軍事ロボットの登場やゲノム編集技術の登場とその進歩による受精胚の操作の可能性などが一例としてあげられる。
今回のサロンでは、遺伝子を自在に操ることがきるゲノム編集技術とその倫理的課題に焦点を当て、話題提供をするので、参加者のみなさんからもさまざまな意見をいただきたい。

そして、そもそもゲノム編集とは何なのかを、3本の短いビデオ動画で紹介してくれ、そこから話に入りました。
前回同様、当日の配布資料は山森さんのご好意で、希望者には公開されていますので、関心のある方はご連絡ください。お届けするようにします。
資料にはサロン当日、紹介されなかった資料的なものも含まれていますので、サロン参加者には個別に送らせてもらいます。

ゲノム編集にかかわる科学技術の発展がもたらす問題としては、私の理解では、3つに分けて考える必要がありそうです。
まず「体細胞ゲノム編集」。人間や生物の体細胞の改造で、遺伝にはつながらないものです。これは医療面で大きな効用がありそうです。しかし、それが医療ではなく、例えば野菜や家畜などの食品産業で活用されると、人間の口に入ってきますから、「安全性」などの問題が発生します。いわゆる「遺伝子組み換え食品」「ゲノム編集食品」の安全性の問題です。これに関しては、規制や食品表示が課題になります。

医療面でも問題が全くないわけではありません。ゲノム編集によって「不老不死」の道が開けるかもしれませんが、そこに問題がないわけではありません。私のように、自然な老化と死の存在こそが人間の価値だと考えている者にとっては、これは大きな問題です。その先には、人間さえもが工業的に「生産」される可能性も否定できません。

さらに、「受精卵ゲノム編集」という「遺伝しうるゲノム編集」が、いわゆるキメラのように、全く新しい生物を出現させるかもしれないという不安があります。

こうしたゲノム編集が抱えている問題や不安について、実際に品種改良された家畜などで発生した弊害なども含めながら、具体的に話してくれました。
各国はゲノム編集に関するさまざまな規制をかけていますが、これは国家単位で完結する話ではありません。国を越えての取り組みが必要ですが、今のところそうした体制は十分にはできていないようです。
しかも、ゲノム編集などの証拠をつかむことは難しく、規制違反を摘発することも難しいようですが、そもそも日本では、国会審議さえ行われずに、ゲノム編集が解禁されているのだそうです。
日本では、遺伝子組み換え作物を使った油やお酢などは食品表示しないでいいことになっているそうですが、規制が厳しいEUに輸出する場合には、先方の規制に合わせて同じ食品にも「遺伝子組み換え食品」と表示しているそうです。
こうしたところにも、国民の知識と意識の差が出ていると山森さんは言います。
 
現時点では、ゲノム編集作物を食べて人体にどのような影響が出るのかは誰にもわかりませんが、表示義務も課せられていないため、消費者の知る権利、選ぶ権利が侵害されていることは大きな問題だと山森さんは指摘します。
そうした状況を変えていくためにも、私たちはもっと関心を持ち知識を身に着けないといけないのです。
原発は安全だと言われて安心していた過ちを繰り返してはいけなと山森さんはメッセージしてくれているのです。
まだまだ知識も意識も低い自分に気づいて大いに反省させられたサロンでした。

山森さんの作成してくれた資料をお読みになりたい方は私にご希望の方はご連絡ください。

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2021/01/19

■湯島サロン「スマホ5G時代のSNSの効果的な活用法」報告

ソーシャルメディアマーケティング代表の菅野弘達さんによる「スマホ5G時代のSNSの効果的な活用法」にはたくさんの参加者があり、関心の高さを改めて感じました。
この分野にはかなり詳しく一家言お持ちの方も少なくなかったのと、話の区切れごとに、菅野さんが話し合いのセッションをつくってくれたので、とてもいい話し合いもできました。

菅野さんの話は、ダグラス・エンゲルバードとアラン・ケイから始まりました。
いずれも私のような世代には懐かしい名前ですが、現在世界を覆っているSNSは、この2人から始まったともいえます。
エンゲルバードは1968年の伝説のプレゼンテーションで、「意識的な共生と進化により知の和を高める」というビジョンメッセージを発していたそうですが、まさに今、それが実現しつつあるわけです。
菅野さんは2人を日本に招聘して行ったイベントの話もしてくれましたが、どうもその時に託された宿題に、その後菅野さんはずっと取り組んでいるようです。

しかし日本のSNSリテラシーはなかなか向上しない。
そうした危機感を踏まえて、菅野さん自ら最近はSNSマーケティングの分野に積極的にかかわりだしているのでしょう。
今回は菅野さんがかかわった成功事例をいくつか紹介してくれました

SNSを効果的に使うことで、事業の進め方が全く変わり、しかも事業そのものが楽しくなってきたという話はとても説得力がありました。
進め方というよりも、たぶん事業というものの意味が変わったのです。
それはとりもなおさず、そこにかかわった人たちの生き方や働き方、あるいは社会のあり方を変えていきます。
もうこれまでのような「雇用関係」や「労働概念」「事業概念」ではとらえられないような、新しい経済が始まりだしたと言ってもいいでしょう。
1960年代に日本でも「経済の民主化」ということが言われた時期がありますが、まさにその「経済の民主化」が現実的に始まった。
私にはそう思える話がたくさん紹介された気がします。

今回は5GSNSによる「成功事例」の話が中心でしたが、その背後にはたくさんの失敗事例もあるでしょう。しかし技術の端境期においては、成功事例の方から学ぶことの方が大切だと感じました。そこに様々な示唆に富むメッセージがあるからです。

印象的だったのは、SNSマーケティングの成功のカギは、実直な継続や弱いつながりだと菅野さんが話したことです。技術を活かすのは、やはり極めて人間的な「実直さ」と「人のつながり」だということにとても納得し、安心しました。

今回は「活用策」でしたので技術的なことはあまり出てきませんでしたが、「ハイパーリンク」技術によって技術の位相が変わったという話がありました。私にはまさにコロンブスの卵のような話で、そこでネット技術の位相が転換したことに気づかせてもらいました。知の世界が変わったのです。5Gにも同じような位相変化がありそうです。この話はぜひもう少し深めたいと思いました。

ちなみに、5Gの人体などへの影響にも関心をお持ちの方がいましたが、これに関しては、改めてサロンを企画したいと思っています。話題提供や問題提起してもらえる人がいたらぜひご連絡ください。

今回のサロンの中心は、単なるSNS活用のノウハウというより、その根底にある思想の話でしたが、実践的なヒントもたくさんあったと思います。
事例はビジネスプロジェクトが多かったですが、まちづくりやNPO活動、あるいは教育や文化の分野でも、たくさんの活用策があることに気づかせてくれました。
逆にSNSリテラシーを高めないとGAFAに利用されてしまいそうです。

私はそれなりにSNSを活用している気がしていましたが、フェイスブックとLINEの意味の違いにさえ無頓着だった自分に気づかせてもらいました。
もっとSNSリテラシーを高めて、能動的に活用していこうと思います。
ただ湯島のサロンのオフライン方針はまだ維持する予定ですが。

Sns

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2021/01/12

■湯島サロン「仲直りを広げよう」報告

2021年最初の湯島サロンのテーマは「仲直り」でした。

社会の「分断」が問題になっているなかで、いろんな意味での「仲直り/和解」がますます大切になってきていますが、それに加えて、新型コロナ感染拡大への予防策として「ニューノーマル」とさえ言われだした「ソーシャル・ディスタンス」や「外出自粛」が、人と人の関係を損なっていくのではないかととても心配です。
そんな思いから、今年は「関係」や「つながり」、あるいは「共感」や「共存」を湯島サロンのテーマのひとつにしていきたいと思っています。

今回は、その手始めとして、まさに「仲直り」を取り上げ、「関係改善支援の会」を立ち上げた吉本さんにサロンを開催してもらいました。
吉本さんはこれまで実際に、「仲違い」を解消したり、「仲直り」を支援したりする活動をしてきていますが、最初にこれまでに取り組んだ事例を紹介しながら、「仲直り」についての理解や意義、あるいは仲直りのための手順を考える視点を提供してくれました。

つづいて、「最近体験した他者とのトラブル」をテーマに、参加者自身が「事実と感情」を整理するミニワークショップを行い、自分の問題として「仲違い」や「仲直り」を考えさせてくれました。
そうしたことを踏まえて、後半は「仲直りのイメージ」「仲直りの意義」「誰と仲直りしたいか」「どうやって不仲を解消するか」を、一人称自動詞で話し合う場を作ってくれました。

参加者の中には、「仲違い」を個人の問題ではなく、国家間や集団間の問題も含めて捉えていた人もいたのですが、今回の仲直りは、あくまでも「個人と個人の関係」と吉本さんが限定してくれました。しかも、それぞれが自己開示するミニワークショップがあったので、話し合いは実にリアルで具体的で、私自身いろんな気づきをもらいました。

私が気付いたことの一つは、「仲が良い」と「仲が悪い」とはコインの裏表で、「仲直り」とは「仲」がちょっとずれてしまった関係を「直す」ことだという、まあ当然のことです。
言い換えれば、「仲違い」は「仲良し」の一つの表現型で、「仲」さえあれば、それが悪かろうと良かろうと、「良い関係」に「直せる」ということです。

問題は「仲が存在しない関係」、いいかえれば相手を「無視」しあう関係です。
嫌われることと無視されることとでは、どちらがいいでしょうか。
とすれば、「仲直り」よりも「仲創り」こそが大切ではないか。
しかし、むしろ「仲離れ」に向かっている人が多い現状に、いささかの懸念を感じています。
こうしたことから「仲直り」の問題を考えていくと、いろんなことに気づかされるような気がします。

この問題は1回では入り口にしかたどりつけないということで、吉本さんは今回を皮切りに、これから「仲直り」をテーマにした集まりを継続して開催することを呼びかけました。実際にある人と仲直りしたいという方を対象に、仲直りの輪を広げていくような集まりを目指すそうです。私も参加する予定ですが、もし実際に「仲直り課題」をお持ちの方がいたら、ぜひご参加ください。
サロンとはちょっと違ったスタイルになると思いますが、関心のある方は吉本さんか私に連絡いただければうれしいです。

新型コロナウイルスCOVID-19とも「仲良く」したいと思っている私としては、いろいろと考える視野を広げてもらえたサロンでした。

  Nakanaori20210109      

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2021/01/05

■今年最初のサロンの報告

昨日は今年最初のオープンカフェサロンでした。

サロンが始まる前に、湯島天神にお参りに行きましたが、驚くほど人がいませんでした。それでサロンも参加者は少ないだろうと思っていたのですが、年末サロンほどではなかったのですが、10人を超す人が参加してくれました。
年始にお会いできると少しホッとします。非常事態宣言が出るようですが、サロンは今年も継続です。

オープンサロンなので、話は参加者がそれぞれ持ってきてくれました。
新型コロナのおかげで時代の流れが変わるかもしれない、いや変えないといけないという話もありましたし、なんでみんなこんなにコロナを恐れるのだろうという話も出ました。
初詣に行かない人も行く人もいましたが、箱根駅伝でも上位3大学はみんな仏教系だという話にもなりました。これは偶然ではないと私は思っているのですが。
こういう時期であればこそ、初詣に行かないといけないと思っている私には、今日の湯島天神の風景は衝撃的でした。

いつもながらあっという間の5時間でした。

今年もサロンは継続します。
新型コロナよりも恐ろしいことをしっかりと見据えていこうと思います。
そして、絆とは違うゆるやかなつながりを育てていこうと思います。

今年もよろしくお願いいたします。

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2020/12/28

■湯島サロン「2020年を振り返る-新型コロナが問いかけたこと」報告

今年最後のテーマサロンは、サロン常連の一人でもある、若いデザイナーの林さんによる「2020年を振り返る」でした。

林さんは、まず月ごとに、林さん自身が気になった事象や事件を時系列で説明してくれた後、林さんや林さんの家族に起こった生活の変化を紹介してくれました。
それに対して参加者もまた勝手なコメントや反応をするというスタイルで、1年を振り返りましたが、参加者の反応もまた私にはとても興味深いものでした。

私が全く知らなかったこともあり、人はそれぞれ違う世界で生きていることを思い知らされましたが、にもかかわらずに、大きなところでは同じ時代を生きているのだということも実感できました。
私にとっては、1年を振り返るサロンになったばかりか、改めて時代の大きな分岐点にあることを認識できた、1年を総括するいいサロンでした。
このスタイルのサロンを、毎年年末に行いたくなりました。
サロンで話してくれた林さんも、発表のための年表づくりで気づいたことも多く、来年もまたやりたいと言ってくれていますので、実現するでしょう。

それにしても、今年の話題は圧倒的に新型コロナにつながるものが多くて、それ以外のことが見えなくなってしまっているのかもしれません。
コロナと言っても「病気」の話だけではなく、むしろそれが引き起こしている悲喜劇があまりにインパクトが強く、しかもわかりやすいのです。人間の本性や社会の実相が生々しく伝わってきます。

参加者のお一人が、最近、東京から脱出する人が増えている、自分も千葉県の外房に住む場所を用意し、来年から二拠点生活だと話してくれました。
たしかに私の周りでも、そういう人が出始めていて、いよいよ時代の流れが変わりだすかという思いも持てるようになってきました。
また新型コロナに感染したイギリスのジョンソン首相が、退院した時に、「社会はあった」と発言したことを林さんはとりあげていましたが、サッチャー首相が「社会はない」といって始まった新自由主義経済も、反転しだすとなると、コロナ様様ともいえるかもしれません
発表者の林さんと参加者の釈源光さんが、アガンベンやジジェクの、いささか過激な本を持参していたこともあって、時代が大きく変わるかもしれないという話も出ました。

まだ相変わらずの路線の上での「新しい生活様式」が話題になっていますが、もっと大きな「新しい生活」が始まりだそうとしているのかもしれません。

非常に印象的だったのは、新型コロナのおかげで、なぜか元気になったという人が少なくとも3人はいたことです。
私自身もとても生きやすくなり、これまでなかなか通じなかった企業の人たちとも話が通ずるようになった実感がありますので、住みやすい時代に向かいそうだという感じがあるのですが、どうやらそういう思いを持っているのは私だけではないことを知りました。

個人の視点で1年の事象や事件を振り返ってもらうと、その人のいろんなことがわかってきますが、それと同時に、自分の関心の偏りにも気づかされます。時代に流されないための、新しいサロンのスタイルがちょっと見えてきた気もします。
毎月やってもいいかもしれません。

今年は、たくさんのサロンを開催させてもらいました。
ありがとうございました。

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2020/12/22

■湯島サロン「日本の聖母信仰を通して日常生活と神道の関わりを考える」報告

日本の神道における「聖母信仰」をテーマにした本間さんのサロンは、「プロローグ」でした。大きな物語が始まることを予感させるサロンであり、今回は、そのプロローグとして、有史以前より続いている大地母信仰の話から始まり、日本の聖母信仰(神功皇后信仰)の伝統を時代背景や国家の成り立ちにまで言及しながら、ていねいに話してくれました。

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今回の参加者も、いつもとは違い女性が多く、半数が女性でした。
ちなみに案内でも書きましたが、日本の場合、聖母は「しょうも」と発音するそうです。

本間さんは、最初に、子と母を一緒に祀る母子神信仰が聖母信仰につながっていくことを話してくれました。その根底にあるのは「豊穣の祈り」であり、聖王を生み育てる存在への感謝です。

私たちは聖母というとすぐに聖母マリアを思い出しがちですが、そもそも「聖母」は中国では漢の武帝の時代からあった言葉のようです。また、聖母の処女懐胎も東西共通しているそうです。世界各地に伝わる神話や伝承には共通することが多いですが、聖母信仰も処女懐胎も、その一つのようです。

日本における「聖母」の文字の初見は、現在のところ13世紀だそうですが、その対象となる聖母は「神功皇后」で、八幡信仰とつながっています。
かつては神功皇后は有名な存在でしたが、最近はあまり話題にはなりません。そこで本間さんは、神功皇后とはどのような存在だったのかを、記紀や風土記などの伝承を中心に解説してくれました。

このあたりの話は実に面白くて私も大好きなのですが、紹介しだすときりがないので省略して結論だけを言えば、神功皇后聖母信仰が創られたのは8世紀で、当時の国際的緊張関係を背景に、各地で別個に伝わっていた女神神話を統合して、国家守護神としての聖母=神功皇后を生み出していったのではないかというのが本間さんのお考えです。

ちなみに、神功皇后の子供は応神天皇。「神」の文字を諡号に持つ天皇は3人しかいませんが、普通に考えれば、王朝の始祖と考えられますが、応神天皇はその最後の天皇で、しかもその母は神の文字を諡号に持つ唯一の皇后というのは、とても興味深い話です。
また応神天皇は、「八幡神」として神格化されていて、応神天皇を祀る大分の宇佐神宮は、伊勢神宮に並んで皇室の「宗廟」になっています。

とまあこういう話をしてくれた最後に、本間さんは、神功皇后聖母信仰は、日本の「イエ」の典型であり象徴でもある皇室の現在につながっているとともに、日本の「イエ」を守る神にもつながっていた、というのです。つまり、日本の伝統的家族制度の問題にもつながっているというわけです。

残念ながら今回は、そこまでで時間切れ。本間さんが呼びかけた問いかけは次回以降に持ち越されました。
神功皇后信仰と家族制度がつながっているとは思っていなかったので、本間さんの問いかけに興味をそそられましたが、最後に本間さんはさらに大きなメッセージを出されました。

混迷している世界の状況に対して、日本の神道に果たす役割があるのではないかというのです。日本の神道に、そんな普遍性があるのかという意見もありましたが、デカルトと神道を学んだ本間さんがそういうのであれば、神道にはデカルトから始まる近代西欧を超える何かがあるのでしょう。
となれば、やはりこのテーマは何回か続けていきたくなりました。

というわけで、来年から本間さんには連続で、神道サロンを開催してもらうことになりました。時々、他の人にも神道を語ってもらいながら。

話し合いも示唆に富むものだったのですが、長くなったので省略します。

私は本間さんの話を聞きながら、映画「ターミネーター2」で、主人公のサラ・コナー(この映画では「聖母」にあたる存在です)の言葉を思い出していました。
「生命を生み出せるのは女。男が作るのは死」

しかし私には神功皇后は、どうも大地母神的な存在には思えないのですが。
子どものころ見た神功皇后の像の写真に、母性や慈愛を感じなかったのです。
サラ・コナーにも感じませんでしたが。

 

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2020/12/16

■湯島サロン「色彩心理で自分のキャラクターを知ろう」報告

色彩心理カウンセラーの鈴木やすこさんの「色彩心理で自分のキャラクターを知ろう」は、当日の鉄道事故などのため参加者が少なかったこともあって、ゆっくりとしたワークショップが実現したので、参加者としてはとてもよかったのですが、もっと多くの人に聴いてほしいと思った内容でした。
自己診断だけではなく、他者とのコミュニケーションやチームづくり、仲直り、さらには空間設計などを考える上でも示唆にも富んでいるからです。

色彩心理学は、今世紀になってアメリカで誕生した心理学です。色の根源的な性質や特質、色と人間の心の諸要素との関連などを主として研究する学問だそうです。
今回、鈴木さんは、カラーセラピストの飯田暢子さんが開発したプログラムの一つである「カラーメンタリング」を中心に、実際に参加者とワークしながら色彩心理学の入り口を紹介してくれました。

鈴木さんは最初に、80項目の質問を矢継ぎ早に問いかけ、その問いかけに対して、各自、配布されたシートにチェックさせるワークから始めました。
配布されたシートは10グループに分かれていて、そのそれぞれに8つの質問が行われたのですが、その10のグループには、色が決められていたのです。

今回は主に、外に向けてのエネルギーと内に向けてのエネルギーの強弱を確認するワークでしたが、それによって自らのコミュニケーション指向や他者との関係のとり方などがわかるわけです。

こう書くととても分析的に聞こえて退屈ですが、カラーメンタリングでは、人の心身の中には10人の小人が住んでいると考え、その小人たちの個性を色で表し、その小人たちを「マイキャラプロフィール」としてイメージ化してくれるのです。「小人」という表現は私の勝手な表現ですが。
しかも、その10人は、お互いに補い合ったりする役割も演じてくれるのですが、それも色によって説明されます。つまり「心のマルチ・ネットワーク」が見事に色で可視化されるというわけです。
その活用策はいろいろとありそうです。

この種のワークがとても苦手の私も、楽しく付き合わせてもらいました。その結果、私があまり内省的ではないタイプだということが判明してしまったのは心外ですが。
鈴木さんは、色彩心理学を学ぶことで自らの人生も変わったことを話してくれましたが、うまくいけば、私ももう少し内省的になれるかもしれません。

色によって、心の意識・無意識、あるいは感情を浮き上がらせることで、日常のモヤモヤやイライラの背景がわかるとしたら、自分のセルフセラピーにもなりますが、そういうワークもあるそうです。
他にも、さまざまなワークや方法が、飯田さんのグループには蓄積されているようです。
今回は、そのほんの一部を紹介してくださったのですが、言葉ではなく色を媒介にすることに興味を感じました。色は、言葉と違って、嘘をつかないからです。

今回は参加者が少なかったので、年が明けたら、もう一度、鈴木さんにまたサロンをやってもらうようにお願いしました。
またご案内しますので、興味のある方はぜひご参加ください。
鈴木さんはアドラー心理学をベースに、さまざまなカウンセリングや研修活動も行っています。本格的に詳しく知りたい方は、鈴木さんをご紹介しますのでご連絡ください。

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2020/12/15

■升田万葉集サロン第1期のまとめ

升田万葉集サロンの過去12回(第1回~11回および番外編)での話を升田さんにまとめてもらいました。

 ■「た」から覚醒する「わ」

「歌(序詞)」+「言」→「神の領域」+「人の領域」。歌の構造をこのように説明した。「序詞」は修辞ではなく、下の語と意味上、感覚上、融即的に深くかかわる。

階級を持たない「た」の世界の原質は、神と共生する意識の温床としての霊的世界にある。「た」は「他」ではなく「多」として無意識的な空間を形成し、「わ」はその中でゆるやかに共生する。

神の領域「歌(序詞)」に依ることで、人の領域「言」を自由に発声している。「歌(序詞)」の原質が自然をはじめとする神々の心(ことば)にあるから、それに依る信頼は「言」を、自由にした。したがって、「言」は、自我の主張語ではない。むろん、記号化した言語でもない。からかい、悪口、反発、憧れ、情熱、労苦、悲涙…全てゆるやかに受容し、集団共有の感興、連帯感が歌を明るくする。神の領域は、共生を広げ、互いの理解を思いでつなぎ、「言」のコミュニケーションを助ける。

かつて聞いた神の言葉(神話)は、言い伝えられてゆく内に慣用というフィルターが懸けられ、異なる方向へと転換する。『万葉集』は、その変わりゆく前後のありようをとどめた“存在史”である。

やがて神と人との分化が「歌」の様相を変化させ、個の抒情へとかたむいてゆく。

このような“存在史”の中で、「た」から「わ」が覚醒するありようが見えてくるが、「文学」意識とはまだ遠いかもしれない。特に、作者不明歌(東歌)においてはである。が、将来に文学とは何かを問うときの礎として大切に思う、人間の営為の一つである。

 ■「な」と「名」

「わ」と対峙する最小単位の「な」。「な」を意識して「わ」は新しい自分を意識できる。そして、「な」の「名」がさらに、「た」の中の「わ」の存在の意味を想起させるであろう。

神話は、神々の名によって世界に秩序が生まれ、天地が創造されて行くところから始まる。「名のり」の「のる」は、「名」が呪性を持つことを示しているが、「名」は属性を示し、「名」付けることによって生命が付着し、そのものに霊性が定まる。

生命は永遠であり回帰するという思想は「名」が永遠の生命を持つことは、物語、伝説や日分などに象徴されている。

古代の「名」のりは、生命をもらう(あげる)ことにつながる。雄略天皇の赤猪子の話(記)は、一見美談のようにもきこえるが、異なる解釈ができるであろう。ことは、「名」を聞いたところから始まっている。『万葉集』巻頭歌の雄略天皇の歌に、「家聞かな 名告らされ」とあるのもそれと不可分ではない。

 ■人麿の詩性

人麿の詩性を、死者の「わ」と交換する霊性から見てゆく。
近江荒都歌を読み直して、それをたしかめたい。同時代の高市黒人の近江の歌とくらべてみても、宮廷歌人と称される人麿の方が、作者不明歌の世界に遥かに近い。

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■第11回万葉集サロン「再びの人麿」報告

番外編を含めて、升田さんの万葉集も12回目です。
毎回の報告でもお伝えしていますが、升田万葉集サロンはただ万葉歌を読んで楽しむだけではありません。万葉の歌を通して、日本列島に住んでいた人たちが、「人間」として覚醒していくのを追体験しようというのです。こうした取り組みは、これまであまりなかったように思いますが、話がどんどん深まっていくので、一度立ち止まって、これまでの話を整理してもらいました。
これまでのサロンで語られてきたことを改めて総括して理解が深められたのですが、文字(論理)でまとめるといささか難しくなり、初めての方にはちょっと戸惑いがあったかもしれません。初めて参加された方から、翌日次のようなメールが届きました。

本日は、びっくりぎょうてん、驚きの会でした。
さまざま思うことがありました。
万葉の古代は、本当におおらかに毎日を過ごしていたのですね。
神の世界を借りて婉曲表現を使う世界。
現代なら反グローバリズムですが、そこが好きです。
いろいろ展開できる内容でした。

升田万葉集サロンの雰囲気をちょっと感じてもらえるかもしれません。
まとめの話の後、升田さんはいくつかの歌を読んでくれましたが、そのなかで、近江荒都に寄せる柿本人麿と高市黒人の歌を通して、東歌のおおらかな霊的世界がどう変わっていったのかを感覚的に感じさせてくれました。
話し合いでは、歌から言葉にそして文字へという変化も少し話題になりました。
また「神の世界」と「人の世界」も話題になりました。

今回また面白い話がありました。
「あなた」という言葉に、「あ(吾)」と「な(汝)」と「た(多)」が凝縮されるという話です。
これまでサロンに参加されてきた人にはちょっと気になる話です。

升田さんが整理してくれた、これまでの話の骨子は、1200字ほどの短い文章ですが、1冊の本に匹敵するほど示唆に富む内容です(私の個人的意見ですが)。関心のある方がいたらご連絡いただければお届けします。
これだけを深く話し合うサロンをいつか番外編として企画できればと思っています。

私は、今回のサロンの話で、上代日本の世界に少し触れたような気がして、数日は興奮状態になっていました。言葉の誕生の秘密もわかったような気がしました。
以下は勝手な私の妄想です。
東歌を文字にしたのはだれかという質問も出ましたが、東人たち(日本列島に住んでいた人たち)はきっと鳥のさえずりのように音声を発していた(歌を歌っていた)。それを文化人類学者ならぬ朝廷の官僚たち(多くはいわゆる渡来人)がやってきてフィールドワークを行い、それを人類学者がよくやるように、自分たちの「知識」で整理していく。その過程を通して、形式化された歌が生まれ、言葉が生まれ、文字が整理されてきた。
そして個人の意識や意思が育ちだし、人の関係が構造化され、社会が生まれた。
あくまでも私の妄想です。

Manyou11

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