機能不全家族に関連して親子の問題がよく話題になりますが、あまり話題に取り上げられないのが、兄弟姉妹問題です。しかし、実際にはひきこもり当事者とは全く別の意味で、その兄弟姉妹も大変な苦労をしているのです。しかも、その思いを話し合う場もあまりない。
今回、25年前からひきこもりだした弟のいる大林さんが、自分の体験を材料に、そのテーマに取り組むサロンを引き受けてくれました。
大林さんのようにひきこもりの兄弟姉妹を持つ人、ひきこもり当事者や体験者、さらにひきこもり当事者を含む複数の子どもの母親など、いろいろな立場の人が参加してくれました。意見の違いからのぶつかり合いもありましたが、それぞれに考えを深めることのできるサロンだったと思います。
大林さんの話は、突然の家族のひきこもりに対して両親がどう対応したか、兄として家族にどう働きかけどう反応されたか、から始まって、大林さんがなぜ家を出たか、その時の心境はどうだったか、そして兄として、あるいは家族の一員として、自分ができることをどう考えどう行動したかを、大きなターニングポイントを節目にしながら生々しく語ってくれました。
家族の話もしてくれました。大林さんの弟さんの場合、住む家があり、親が生活費を出しているため、特に困ることはなく、親も、むしろそれを受け入れて、しかし外部に相談することもない。こういうケースは決して少なくないでしょう。
それが問題を先延ばししていることに気づいているのは兄弟姉妹なのかもしれません。結局、長く付き合うのは親ではなく兄弟姉妹なのですから。機能不全家庭の親子関係の改善に、兄弟姉妹関係がひとつの切り口になるかもしれないと、改めて思いました。
大林さんの話はとても現実的で「生活的」だったので、理念論や抽象論にならずに、生々しい話し合いになったと思います。それに、大林さんは、話す(放す)というよりも、参加者と一緒に語る(象る)という姿勢で、批判や異論にも柔軟に対応してくれました。参加者も多様な立場の人たちがいたので、時に賛否を起こしながらも、密度の濃い話し合いができたと思います。
大林さんの個人的物語や家族の話は、この問題を考える上でとても示唆に富むものなので詳しく紹介したいのですが、さすがに公開型のこの報告では紹介できません。しかし、話の雰囲気を知ってもらうために、冒頭のやりとりだけを例示的に少しだけ紹介します。
大林さんは弟と2歳しか違わないこともあり、「なぜ働かないの?」「なぜ勉強しないの?」と気にかけて声をかけましたが、弟は次第に大林さんに近づかなくなったそうです。弟との関わり方がわからないため、両親に「弟を病院に連れて行って、障害があるかどうか確認してほしい」と頼んだそうです。曖昧なまま接するのがストレスだったため、障害者として接することができれば対応の仕方が明確になると考えたからです。
しかし、父からは「うちにはそんな子はいない」、母からは「なぜそんなことをするの?」と言われ、両親への失望を感じたそうです。
両親の反応に絶望し、弟のひきこもり問題には触れない「当たらず触らず」の関係が続き、状況を変えるのは無理だと考えた大林さん自身が、家を出たのが最初の大きなターニングポイントだったと言います。
ここまでの一区切りで話し合いが始まりました。
たとえば、参加者から「弟さんを障害者として扱いたいと思ったのか?」という質問がありました。大林さんは「対応の仕方が全くわからなかったので、そう思った」と答え、引きこもっている状態は異常だと感じ、障害者として接すれば明確な対応ができると考えていた当時の思いを素直に話してくれました。ひきこもりと障害者を結びつけることは、当事者にとっては意外なことだったかもしれません。
しかし別の当事者からは、「障害」という言葉はともかく、ひきこもり当事者の生活支援のための社会的制度を活用する意味で、「自立支援の制度」を知ることは大切だという指摘もありました。
家族のひきこもりが、立場によってまったく違って受け取られているのがわかります。それを踏まえずに話し合っても、解決策や対策には行き着かないでしょう。
当事者と兄弟姉妹の視点のずれも話題になりました。
大林さんは弟の内面的な苦しみや生きづらさには踏み込まず、「働かない人」というレッテルをはった面があったのではないか、理解を示さない兄に、弟は精神的にも距離を取ったのではないか、という当事者からの厳しい指摘もありました。
大林さんは自分のできる範囲でいろいろとやったつもりだが、当時、同じ問題を抱える人たちとの交流があったら対応が違っていたかもしれないと話しました。その意見に、当事者の家族を持つ参加者も強く共感しました。みんな、突然のひきこもり事態に戸惑っているのです。体験談に触れられれば対応は違ってくるでしょう。
兄弟姉妹が体験を話し合う場がないわけではありません。大林さんも、今はそうした場にも参加しているそうですが、多くの人はそういう場に出合えていないのかもしれません。いや、出合えても実際に心を開いて話し合うことはそう簡単ではありません。
話し合いを聞きながら、当事者とその兄弟姉妹がもっと心を開いて話し合えたら状況は変わるかもしれないとも思いました。このサロンは、直接の兄弟姉妹ではありませんが、まさに当事者と兄弟姉妹の立場の人がコミュニケーションできていると感じたからです。しかし実際には、家族であればこそのコミュニケーションの難しさもあるのでしょう。
まあこういう感じで、大林さんからはターニングポイントごとの体験や思いが語られ、それを受けてかなり生々しい話し合いが展開したのです。
ちなみに、ターニングポイントは、大林さんの意思とは関係なく外部からやってくることもあります。就活や婚活は大林さん自身の問題ですが、両親の病気はたとえ家を出ていたとしても、無縁ではいられません。
大林さんも、実際に父親の入院と葬儀、母親の要介護からの施設入所などが、大きなターニングポイントになっています。8050問題は、ひきこもり当事者と親の関係で捉えられがちですが、兄弟姉妹にとっても無関係ではないのです。
かなり個人的な話なので報告は控えますが、大林さんの話は、その点からもとても示唆に富むものでした。兄弟姉妹から考えると、8050問題も違って見えてきます。
ちなみに大林さんは、「弟は(家族は)こうあるべき」という自分の幻想が強すぎたと今では思っているようです。相手を変えようとしすぎていた。
これまでの体験を通じて、大林さんはたくさんの気づきを得ているようですが、一番は「相手を変えようとしていたが、変えるべきは自分だと気づいた」ということかもしれません。自分に余裕が出てくると、相手も変わってきた。「何かしなさい」と言うのをやめ、言い方を変えるようになり、相手がしゃべっている内容に自分を合わせるよう努めるようになったとも言います。
いま、大林さんは、母と弟が共依存しながらも、介護サービスを入れながら「ソフトランディング」で別れていく方向を模索しているようです。「2人が長く暮らしていくのもありかなと思っている」し、「本人がそう選んで安定があればそれでいい」とも思えるようになったそうです。考える視点が、自分ではなく相手に移っている。
ひきこもり当事者の存在が、兄弟姉妹を苦しめることがあることにも気づかねばなりません。これは世間の風潮や家族の思い込みが大きな原因になっています。
参加者の一人(ひきこもり当事者の姉妹)が、「隠さなければならないという社会的重圧」や「誰にも言えないことによる精神的疲弊」が自分の人生に覆いかぶさっていることを話してくれました。そうしたことを話せる場があるだけでも救いになるのであれば、そういう場を広げていくことが大切です。
さらには、「ひきこもり」が特別のことではないという社会にしていければと思います。生き方はいろいろある。時に引きこもることもある。「ひきこもり」は社会の病理という発想を見直せないものでしょうか。その間の自立支援の仕組みを広げていけないものか。せめて「隠さなければならないという社会的重圧」はなくしたい。
またまた長くなってしまいましたが、サロンで語られ話し合われたことのほんの一部しか報告できないのが残念です。
話し合いが深まったこともあって、今回、大林さんの話は、最後までたどり着けませんでした。そこでもう一度、大林さんにサロンを開いてもらうことにしました。
今回のサロンで、大林さんもいろいろな気づきがあったそうです。次回のサロンでは、今回のサロンの総括も含めて大林さんは話してくれるでしょう。
ぜひ直接に大林さんの話を聞いてほしいと思っています。
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