カテゴリー「妻への挽歌20」の記事

2022/01/17

■節子への挽歌5269:クロンダイク占い(2022年1月17日)

節子

最近、また時間の合間にトランプのクロンダイクを1回だけやっています。
いまはソリティアというらしいです。私にとっては子供の頃からの占いのようなものです。
しかし、最近は上がったことがないのです。

今日もだらだら生活していたのですが、昼食後、クロンダイクをやってみました。
ところが、いつもと全く違った展開になりました。
最初にセットした途端に、カードが動き出したのです。
なんとそのまま半分以上のカードが開き、その上、すべての1もでてしまいました。

驚くほどの運のよさ。こんなことは私の記憶には全くありません。
新しいカードを開くとそれがまた面白いほどにたくさんのカードを動かし、一巡ですべてが開いてしまったのです。
こんなことは生れて始めてです。

今日はとても運の良い日なのです。
ジャンボ宝くじを買いに行こうと思ったら、いまは発売していないとのこと。
特等が当たったら仕事がたくさんできるのにと残念です。

それ以外の策が考えつきません。
もしかしたらこれからとんでもない朗報が届くかもしれません。
しかしこれまでの人生、ほとんどすべての「幸運」を見過ごしてきたので、今回もきっと横を通り過ぎていくのでしょう。それもまた良しです。

でも、なんだか今日は幸せに包まれたような気分で1日を過ごせそうです。
少なくとも、明日からは元気が回復するでしょう。

いやその前に今日はもう元気になって、中断していた屋根裏部屋の掃除を再開しました。
節子が残したものがたくさん出てきました。
さてさてどうするべきか。
私も残すものが内容に今年は大整理の年にしようと思います。

ちなみに今朝から牛乳をやめてコーヒーに戻しました。
朝のテレビ体操も再開。
心身のだるさも消え去りました。

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2022/01/16

■節子への挽歌5268:そろそろ牛乳をやめようかと思います

節子

最近、あまり珈琲を飲んでいません。
朝は牛乳を飲まないといけないので、朝の珈琲をやめてしまったので、1日の珈琲はせいぜいが2杯になってしまいました。
牛乳廃棄のニュースが最近は放映されないので、そろそろ牛乳生活はやめてもいいかもしれません。
牛乳生活がもしかしたら最近の体調に出ているのかもしれません。
いつもは牛乳を全く飲んでいなかったのですから。

最近、私の食生活は大きく変化しています。
朝食はさほど変わってはいないのですが、それでも野菜果物中心から少しだけ蛋白質をとるようにしていて、ウインナや卵がメニューに加わりました。

昼食と夕食はいずれもできるだけ軽く済ますようにしています。
お米はいずれか一方だけ。代わりにたんぱく質重視ですが、量は腹七分が目標。
残念ながら間食はなかなか減りませんが、駄菓子類は極力買わないようにしています。
水分は一時期、かなり摂取するように心がけましたが、いまはまたあまり飲まなくなっています。

というわけで、全体的に見たら、炭水化物はかなり減少したのですが、まだその成果は現れてきていません。
計っていないのでわかりませんが、血圧は下がっているかもしれません。
食生活を大きく変えつつあるので、体調があまりすっきりしていないのかもしれません。

でもそろそろ朝の牛乳はやめようと思います。
もう十分に過剰牛乳消化に協力しましたので。

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2022/01/15

■節子への挽歌5267:厭世観よりも自己嫌悪

節子

時評編でまた報告しますが、今日は湯島で「コロナ騒ぎで変わったこと」をテーマにサロンをしました。
意外と参加者は少なく私を含めて7人でしたが、話はとても面白かったです。
私も話していて、改めてこの間に変わってきている自分にも気づいた気がします。

たとえば、会食を誘われると、相手があまり付き合って楽しくない人の場合は、コロナを理由にお断りする。参加したくない集まりもそうです。
地元の活動でももっと集まりをやりたい時期であれば、コロナなど気にせずに呼びかけたでしょうが、最近、いささか地元の活動に失望してきたこともあって、コロナ理由に集まりにも消極的でした。

もっと自己嫌悪になりそうなのは、マスク風潮には異論を持ちながらも、つい電車で隣に座った人がマスクをせずに席をしたりすると席を移りたくなる自分にも気づきました。批判しているはずの同調性に、自分もいつの間にか陥っている。

まあサロンでそんな話をしながら、改めてまた自己嫌悪に陥ってしまった。
これこそがコロナ騒ぎの罠なのでしょうが、わかっていながらそこに陥っている。
困ったものです。

どうもまだまだ元気が出ない。

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2022/01/14

■節子への挽歌5266:多くの人に支えられていたのがよくわかる

節子

年が明けてからもう2週間。
今年はどうも心身共に調子がよくありません。
困ったものです。

外出機会も減り、生活がかなり不規則化しているのも一因でしょう。
正直、かなり生活がだらしなくなってきているのは間違いありません。
生活がだらしなくなると身体もおかしくなる。
心と身体は本当につながっています。

節子がいなくなってからの数年は、いまから考えると本当に危うい数年だったのでしょう。
よくまあ何事もなく(とも言えませんが)、乗り越えることができました。
周りの人たちのおかげでしょう。
感謝しなければいけません。
でもまあ乗り越えたことがよかったのかどうかはよくわかりませんが。

このころ、当時のことを思い出して、改めて怖くなることがあります。
あの数年は、おかしかった。
周りの人は判っていたのでしょうね。
多くの人に支えられていたのが、いまにして思えば、よくわかる。

そんなことも元気が出ない理由でしょうか。

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2022/01/13

■節子への挽歌5265:今日はまた在宅でした

節子

寒さが続いています。そのせいかあまり元気が出ません。
今日は一日中、在宅でした。

自宅にいてもそれなりに人はやってきます。
社会福祉協議会の資料を障害のある人がわざわざ届けてくれたり、交番のおまわりさんが交番だよりを届けてくれたりと、それなりになにかとあるのです。
おまわりさんは昨年末に担当が代わったのですが、以前の松戸さんが届けてくれました。
あれ勤務先が代わったんじゃないのと訊いたら、今日はたまたま駅前の交番にいたので、佐藤さんのところに届けると言うので私が持って来たんですと言うことでした。こういうのは、何となくうれしい話です。
そこから立ち話で、巡査の階級の話になりました。後任の人は警部補なのだそうですが、警部補になるための試験は大変そうです。
次にまた松戸さんに会ったら、試験どうでしたか、と訊こうと思います。

私の理想は、いろんな人が「名前」で呼び合える関係を育てていくということです。
だから書類などを届けてくれる方には、まずは名前を聞きます。
そのおかげで、向こうも私を名前で呼んでくれるようになります。
そこからなんとなく親しみを持てる関係になっていくような気がします。
これは自治会会長をさせてもらったおかげですが、来年度からはなくなるかと思うとちょっと寂しい気もします。

しかしまたオミクロンウイルスが広がっています。
今年度もコロナ騒ぎで実際に集まりは2回しかできませんでしたし、いろんなイベントもほとんどすべて中止になっていました。
来週は福祉協議会の福祉フェスティバルが予定されているのですが、これも開催が危ぶまれます。
そんなわけで、自治会会長だったにもかかわらず、さほど人のつながりを増やせなかったのがちょっと残念な気もします。

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2022/01/12

■節子への挽歌5264:久しぶりに友人との会食

節子

久しぶりに武田さんと川本さんと会食しました。
2人とも、最近は湯島には来ていませんが、それは話し合いよりも人生の最後に新しい政治運動を始めたい、具体的には「政党」をつくりたいと言ってその準備をしているのです。
引きこもって論文だけ書いていても、何も始まらないあと思う私としては、見ていて違うよなあと思ってはいますが、まあ人にはそれぞれ考えがあります。

節子は武田さんのことはよく知っていますが、川本さんはあまり知らないかもしれません。川本さんは高校の先生をやりながら、ずっと民主主義や平和の問題を考え続けてきた自称「思想家」です。

2人の「構想」はまった異質です。
川本さんは、理念による政治活動であり、まずは共感して一緒に行動する人を探そうとしています。また武田さんは制度による政治活動で、現在の野党の政治家に声をかけようとしています。

2人とも、私は長い付き合いなので、それぞれが書いた数冊の本や論文はほぼすべて読んでいますが、私の考えとは基本的に違いが大きいので仲間にはなれません。
いずれも私をその気にさせる強いパワーを感じないからです。
でも私として、何かできないかを考えているわけです。

今日もあった途端に、川本さんがどうして応援してくるのかというような問いかけをしてきたのですが、理由など全くありません。そこに何かやろうと言う人がいたら、できる範囲で手を貸そうとするのは人の常でしょう。

久しぶりに本音をぶつけ合う政治論争になるはずでしたが、久しぶりに会ったせいか、激しい論争にはならずに、仲良し議論になってしまった感があります。

武田さんは、おいしいステーキ屋さんがあるのでと言って予約してくれていたのですが、私は肉が苦手なので、武田さんが注文してくれていたのに、肉ではない魚の料理を頼んでしまいました。
久しぶりだったこともあって、ふたりとも上機嫌でした。

2人とも今日は上機嫌でしたが、新党はどうもできそうもありません。
しかし、新党づくりの目標があれば、元気を維持できるでしょう。
まあ私たちは、そんな歳になってしまったということかもしれません。

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2022/01/11

■節子への挽歌5263:今日もまた眠ってしまいました

節子

今日もまだ眠いのです。
やはり疲れがいろいろとたまっていたのでしょう。
人の身体は実に素直です。

午前中は気分転換に雨のなかをユカの買い物に付き添って買い物に行きました。なにしろ食欲が全くないので、何か食べたくなるものはないかと期待していったのですが、見つかりません。買ってきたのはシュークリームとかっぱえびせん。こんなものを食べては、さらにお腹の調子は悪くなりそうな気もしますが、食べてしまいました。

午後またあまりやる気がないので、また寝てみようかと思い立ち、寝てみたら、またまた眠れたのです。2時間も寝てしまった。
やはり疲労の蓄積だったのでしょうか。それにしてもよく眠れるものです。

起きてパソコンを開いたら、いろんなメールが届いていました。
残念ながら楽しいメールは少なく、いささか悩ましいメールが多い。
早速に3人にかなり長々と返信。

体調不良でこの3日間は、フェイスブックに書き込みをしていません。
書かないとコメントも少なくなりますが、何か書こうかと思ったものの書く材料がない。
でもタイで頑張っている友人もいれば、新しいチャレンジをしている友人もいる。

フェイスブックを見ていると、こんな寝ているばかりの生活をしているのがさびしくなる。
明日からはまた少し動き出しましょう。

 

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2022/01/10

■節子への挽歌5262:今日こそよく寝ました

節子

昨夜は10時間近く寝ていました。
と言っても途中で目が覚めてしまい、あまり熟睡したという感じは持てないですが。
でもまあそのおおかげで、お腹の痛みはなくなりました。やはりただ食の乱れのせいでしょうか。そうならよいのですが。まあとりあえずそういうことにしておくことにしました。

しかし今日は在宅にしました。
家族はみんなそれぞれに出かけていますので、今日は家にひとりです。
ユカはどうせやることがないのだから寝ているのがいいと言いますが、明るい時に眠るのは私の性に合わないのです。

それで午前中は、テレビで映画を観ていました。
クリムゾン・リバーの2作品です。
いずれも猟奇殺人事件ものですし、画面も暗いので、こういう気分の時に見るような映画ではないのですが、たまたま手元にあったのです。
1作目は以前にもみていますが、2作目は初めてです。
やはり暗い。もっと明るい作品を観るのがよかったです。

午後、帰宅したユカから中途半端なことをしていないで、寝ていたらどうかとまた叱られました。
それで軽食を食べてから(食欲がない)、仕方なく寝ることにしました。
どうせ眠れないだろうからと思って、本を読みだしたのですが、何と直ぐ眠くなり、そのまま5時すぎまで4時間以上寝てしまいました。
自分ながら驚きました。

もしかしたら、疲れがたまっていたのでしょうか。
まだまだ眠れそうです。

でもまあ、相撲の遠藤が気になって起きて来てテレビをつけたら、まさに遠藤の取り組み。しかしあっけなく敗退。また眠りたくなりましたが、お腹も少し減ってきたのでやめました。お腹が減ってきたというのは回復した証拠でしょう。

疲れがたまった理由がわからないのですが、これだけ寝てもまだ眠いのはやはりどこかに間違いがあるのでしょう。睡眠時間が十分だったらいいというものではないでしょうから。少し生き方を変えなければいけません。

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2022/01/09

■節子への挽歌5261:ダウンしてしまいました

節子
ついにダウンです。

今年はどうも調子がよくない。
今日は外出の予定だったのですが、なんとなく違和感があり、やめました。
ところが昼食を食べた後、お腹がどうも重くなってだんだん痛みさえでてきた。
といってもそんなにひどくはないのです。
でも何となくおかしい。

何となく熱っぽいので体温を計っても熱はない。
風邪ではなさそうです。
しかしちょっと気になるのは、今年は、どうも胃腸の調子がよくないのです。
1で回復するので医者に行くほどもない。
しかし、治ったと思うとまた同じような状況が起こる。
こういう状況だと、もうそろそろ身体を使い切ったのかもしれないと思いたくなる。
まああんまり大事に使ってはこなかったので平均よりも劣化が激しいとしても納得できます。
しかし、今年1年は元気で現世生活を続ける予定で、みんなにもそういっているので、そう簡単に終わる訳にも行きません。
困ったものです。

体調は悪いものの寝るほどではない。
こたつがあればそこにもぐってうつらうつらできるのですが、エアコンではそれもできない。やはり私にはエアコンよりもこたつが向いていたのです。

メールを見たら、メーリングリストに不快なメールが届いていました。
いつもならかわすのですが、気分転換に反論を書いてしまいました。
そこにまた余計なことまで書いてしまった。
節子が読んだらきっと怒るでしょう。

そういえば、節子が元気だったころは、時々、私のブログの内容にチェックが入っていました。いまはその節子の役を、ユカが時々やっていますが。
でもメールまではチェックの目は届きません。
自重しなければいけません。

さて今日はもう寝ることにしましょう。
明日は治るといいのですが。
もしかしたら、メンタルのダウンかもしれません。
そういえば、最近はめずらしくストレスを感ずることが少なくありません。
むかしはこんなことはなかったのですが。
節子がいないせいでしょうか。

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2022/01/08

■節子への挽歌5260:久しぶりの金銭収入

節子

また今日は相談したいことがあると言うので、朝から湯島に出かけました。
少し心配していたのですが、思ったよりも元気そうでほっとしました。しかしやはり途中で一瞬ですが、彼の感情がバランスを崩しそうになったことがありました。言葉ではいくら平常を装っていても、そうしたところに事実が見えてきます。
きちんと対応しなければいけません。

彼はいろんな相談に乗ってきていて、みんなを元気づける活動を長年しています。
そういう活動が、当の本人の元気を奪ってしまい、時におかしくなることはよくあることです。
私も以前は、時々、そうなっていた。

いまでは気を抜くことを身につけたのでおかしくなることはなくなりましたが、でもまあ時に理由もなく気が沈むことはあります。
彼の場合は、なかなか気を抜くことができないので、大変なのです。
私が気を抜く存在にならなければいけません。

湯島は彼にとっても救いの場の一つです。
湯島のサロンに参加する機会は少ないですが、サロンが存在するだけでいいのです。
そういう人のためにこそ湯島はある。
改めてそう感じました。

ちなみになんと彼は、相談料だと言ってお金を置いていきました。
相談料をもらったのは、これで2人目です。1回目はもうかなり昔のことですが。

相談料は、対価や謝礼ではなく、相談する相手の存続を支えるものだと思いますので、遠慮なく受け取りました。要するにこれからも存在してほしいというメッセージです。
彼も相談料をもらっていますが、人からはそれが高いと言われているそうです。相談料は高いとか安いとかいう話ではありません。私が知る限り、彼の相談料はいわゆる相談料としてはとても安いのです。その中から私に相談料を置いていく。その気持ちがうれしいです。袋にお金が入っていなくてもいいと思っていましたが、入っていました。。

久しぶりの金銭収入です。

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