カテゴリー「妻への挽歌20」の記事

2022/05/30

■節子への挽歌5354:「畑に行かない券」のプレゼント

節子

昨年までは時々、孫のにこも畑に行っていたのですが、今年になってからは畑らしくないほどの荒れた状況で、畑には行きません。バッタがいるとかカエルがいるとか言っても、頑として拒否します。
ところが先日、にこの誕生日に欲しがっていた図鑑をあげたら、81歳の誕生日に「畑に手伝いに行く券」をあげると言っていました。

夕方、にこ親子がケーキをもってやってきました。
にこからなんだかリボンのようなものをプレゼントされました。
券が折り込まれているようです。
「はたけ券」かなと思って開いてみたら、違っていました。

Niko

「おさむさん おたんじょうびおめでとう。それより、はたけにわいきません」と書かれていました。

「畑に行きません券」でした。
にこはきっと気にしていたのでしょう。
でもよほど、畑がきらいなようです。

まあ、いささかの危険があるのは否定できませんが、さてどうやってにこに連れ出すか。
知恵を出せねばいけません。

みんなでケーキを食べた後、トランプゲームをしました。
最近のわが家の誕生日は、こんな感じです。
節子がいた頃とはだいぶ違います。
節子はなんだかわかりませんが、大きなものを持ち去ってしまったような気がします。
少なくとも私の人生は、大きく変わってしまいましたし。

孫にとっても、節子がいないのが本当に残念です。

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■節子への挽歌5353:81歳まできてしまいました

節子
何と81歳です。信じられないでしょう。私も信じられない。

昨日最後に会った人から分かれてすぐに「そういえば明日は誕生日ですね」とメールが来ました。今朝、フェイスブックを開いたら、誕生日を祝ってくださるメールが入っていました。今日は私の81回目の誕生日。
フェイスブックには、たくさんの人がメッセージを送ってきてくれています。

おかげさまで、健全な老化を伴いながら、ほどほどに元気です。
身体能力の低下はかなりのものですが、いまのところ何とかこれまでの生活スタイルをつづけられています。もっとも他者から見るとかなり危うくなっているだろうことは、みなさんの声掛け言葉でよくわかります。今日の誕生日メッセージもはっきりとあらwれ手います。正直、あまりうれしいものではありませんが、こればかりは仕方ありません。

なかには、しかし思いもかけない人からのメッセージもある。
うれしいことです。
節子の知っている人も少なくありません。

誕生日だからと言って何かをしたい気分は皆無です。
今日も午前中は畑でひと汗かいてきました。
ユカが外食を誘ってくれましたが、あんまり行く気もない。
娘たちからのプレゼントも、私があんまり喜ばないので、最近はプレゼントもない。
まあ私としては、それが一番なんですが。

それにしても81歳とは驚きです。

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2022/05/27

■節子への挽歌5352:落ちてきたひな鳥

節子

幼稚園から帰ってきたにこが玄関でジュンと騒いでいます。
なんだろうと降りて行ったら、野鳥の子どもがわが家の中庭に落ちてきたそうです。
巣から早目に飛び出して失敗したのでしょうか。
そういえば、数羽の親鳥が近所の家の屋根の上やテレビアンテナの上で鳴き続けています。

そこで箱を用意してひな鳥を入れてやりました。
いつも親鳥が食べている庭のジュンベリーの実も小さく刻んで口に入れましたが、まだ呑み込むすべを知らないようです。いつもは親鳥に押し込んでもらっているのです。

あまり近くにいると親鳥が降りてこられないだろうと少し放置することになりましたが、しばらくしていってみるとひな鳥は箱から飛び出して中庭の隅っこに隠れています。
これは本能なのでしょう。

Hako2

中庭は隔離されているのですが、安全とは言えません。
というのは近隣の猫が時々やってくるからです。
さてどうするか。
にこの知恵が働くといいのですが、まずは図鑑で餌を見つけると言っています。
まあ生物を大事にする親子なので、何とかするでしょう。
雨が上がったので、よかったです。

親鳥はいまも大きな声で鳴いています。
ひな鳥事件は、時々起こっていますが、今回のはめずらしいです。

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2022/05/26

■節子への挽歌5351:畑に2回も行きました

節子
昨日に続いて、今日も畑作業でした。

体調もだいぶ戻ってきたので、病院よりも畑療法が効果的だと判断して、今朝も9時過ぎに畑に出かけました。今日の作業を刈り取った草を埋める穴掘りです。ところがこれが難作業です。
なにしろ篠笹の根っこが半端でなく張りめぐっているのです。根切り鎌で切るにもかなりの力が入ります。そのうち太陽も強くなり、暑くなってきました。
今日は注意しようと、買い物に出かけていたユカに電話して、麦わら帽子と飲み物を届けてもらうことにしました。

穴は何とか一つ掘りましたが、40分もかかりました。そこに刈り取った草を詰め込みました。こんな穴をこれから4つほど掘らねばいけません。
開墾作業は大変なのです。顔から汗がしたたり落ちる感じです。

もう帰ろうかと思っていたら、娘が帽子とアクエリアスを届けてくれました。それで一息ついたら、また草刈りがしたくなりました。草刈りは成果が目に見えてわかるので、面白いのです。

夢中に草を刈っていたら、近くの青木さんがやってきました。
青木さんは昔からの地元住民で、兼業農家ですが、会社はもう定年退社して、たぶん暇なのです。花かご会の時に節子にお世話になったと、前も行っていました。

私は草刈りは土の上に座り込んで作業をするのですが、青木さんも土の上に座って話し出しました。話はいろいろです。
青木さんと私は別に自治会のメンバーですが、自治会のトラブルなどの話をしてくれましたが、同時にウクライナ戦争の話から食料自給の問題にまで、幅広い話です。昔はこうやって地域の人たちの情報共有がなされていたのでしょう。
気が付いたら11時半、青木さんは11時過ぎに約束があったようで、あわてて帰っていきました。
私も帰りが遅くなったのですが、上から私が青木さんと話しているのが見えるので、大丈夫だと思って呼び戻しの電話がなかったのでしょう。

 Hatake202205262

今日は午後もまた畑に行きました。かなり成果が上がりました。
しかし、野菜はいささか危ういです。せっかくの小玉スイカは消えかかっています。困ったものです。

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2022/05/25

■節子への挽歌5350:元気がだいぶ戻りました

節子

今日は初夏のようないい天気です。
にもかかわらず、どうも調子がよくありません。
どこがどうとうまく言えませんが、胃腸の調子が悪いのはたしかです。
食欲もない。
昨日はお医者さんに行こうかで追うか迷ったのですが、結局、畑作業療法のほうがいいと判断して、畑に行きました。でもどうもよくならない。

昨夜は夕方テレビを見ていたら、急にお刺身が食べたくなった。
これは回復の前兆です。食欲が出たのですから。
ユカが買ってこようかと言ってくれたのですが、どうせなら近くの回転ずしに行こうかとジュン母子も誘って、はま寿司に行きました。
孫のにこはお寿司が大好きなのです。

ところが、目玉商品はすでに完売で、おいしそうなお寿司がないのです。
こうとわかっていたら、お刺身にすればよかったといささか後悔。
でもまあ孫との会食もできたので、少し元気が出ました。

お寿司の後、孫はいつもポテトティップスを食べるのですが、どういうわけか今日は届いたらまず最初の1本を私にくれました。
孫にも私がよほど元気なく見えたのでしょうか。
子どもはなにしろ本質を見抜きますので。

今朝は少しよくなった気がしますが、基本的には変わりません。
朝、畑に水をやりに行ったのですが、それだけで疲れてしまいました。
でもまあとてもいい天気のおかげで、湯島のサロンにやってきました。

初夏の湯島は、ぼんやりしているにはとてもいいところなのです。
明日は医者に行こうか決めようと思います。
サロンには、私の健康を心配したと言って若者が参加してくれました。
うれしいことです。

彼はさらにうれしいことを言ってくれました。
佐藤さんが亡くなったから15年後にお墓参りに行きますよ、と。
先日の挽歌の記事を読んだようです。
まあこれでもう安心して死ねそうです。

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2022/05/24

■節子への挽歌5349:やっと畑に行けました

雨もあって、また10日近く畑に行けませんでした。
今日はいい天気になったので、気になっていた畑に行くことにしました。

実は数日前から胃腸の痛みなど、いろいろと体調がおかしいのですが、畑に行くのが病院よりもいいだろうという判断をしたのです。
途中で倒れたら大変なので、一緒に行こうとユカを誘ったのですが、断られました。
もちろん私が畑に行くのにも反対です。
それに何でこんな太陽が出ている暑い時に行くのかとまた叱られました。
しかし、太陽がぎらぎらしている時でなけれなば私は畑に行く気にならないのです。

畑に着いて、まず先日植えた野菜に挨拶しましたが、みんな瀕死の状態です。
でもまあ、ナスとトマトは何とか大丈夫そうです。
支えの棒を立てました。

それから草刈り。
この時間は至福の時間です。草や土の感触がとてもいいのです。
太陽にじりじりと照らされるのも気持ちがいい。

笹のほかにはセージが広がっています。
一時期、セージ畑にしようかと思ったこともあるのですが、まあしかし選択していると大変なので、ともかく一度すべてを刈り取ることにしました。
深い草藪を刈り込んでいったら、行方不明になっていた鍬が見つかりました。
これで畑が耕せます。

アーティチョークが大きなつぼみを2つつけていました。
草に負けずに頑張っています。
先日少し救出したイチゴは、小さいながらも実をつけていました。
のどが渇いていたので、早速に食べましたが、甘くはないもののなつかしいイチゴの味がしました。

刈り取った草は埋めようと思っていますが、今日は、体調もよくないので穴掘りはやめました。しかし今年はごみ処理ではなく、大地に戻そうと思います。
昨年10本くらいまでに育てたアオイは1本だけしか出ていません。
まあ野草を刈り取ればきっとまた芽が出てくるでしょう。

1時間、いい汗をかいたおかげで、体調も少し良くなった気分ですが、でもどこかい違和感がある。自宅に着いたら疲れがどっと出て、また玄関で大の字になって5分ほど寝ていました。
体力の低下は、自分ながら驚きます。

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2022/05/23

■節子への挽歌5348:不安な1日

節子

一昨日からまた胃腸が痛くなりました。
痛みはさほどではないのですが、気持ち的にはどうも気が出てこない。身体全体に違和感があるのです。
そろそろ寿命かなという気もしだしていますが、それ以前にともかく得も言われぬ辛さがある。
困ったものです。

節子もこういう日々を過ごしたのでしょうか。
でもいつも隣に私がいた。
何の救いにならなくて、辛さを気楽に話せる人が近くにいると気分的には安心でしょう。

私の場合は、娘が聞き役ですが、やはり伴侶への気安さと娘とではだいぶ違う。
そんな気がします。
やはり伴侶の存在は大きいのです。

こういう状況が続いていたら、病院に行こうかなと思いますが、もう少し様子を見ようと思います。
なんだかとても不安に駆られて1日でした。

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2022/05/21

■節子への挽歌5346:論語物語

節子

最近、中国ドラマの「始皇帝」と「三国志」を見続けています。
歴史的ないろいろなことを知るのも思いsロいのdすが、そこに出てくる「忠孝の精神」にはいろいろと考えさせられます。
ドラマですから、どこまでが真実かはわかりませんが、親への孝と仕えるものへの忠とが、社会の秩序を維持していたことがよくわかります。
いまから考えれば、不条理にさえ感じますが、秩序を維持するとはそういうことかもしれません。

先週、佐久間さんから新著「道教と日本人」が送られてきました。
とてもわかりやすく共感できました。

そこで思い出したのが、小学生のころ読んだ下村個人の「論語物語」です。
詠んだのは6年の時ですが、いまから考えると、あの本は私の基本的な価値観を決めたのかもしれません。
大学時代以降は、むしろ儒教的な考えには否定的だった気もしますが、結局は何とかそうした呪縛から抜け出たくて、そう思いこもうとしていたのです。
たぶん節子にも同じようなところがあり、いち早く親元から出たにもかかわらず、結局は親思いの人でした。

この歳になると、そういうことが素直にわかるようになってきます。
気になって、書棚から「論語物語」を探し出しました。
これは小学生のころ読んだ本ではなく、その後、再刊されたものを購入したまま、一度も読んでいない本です。
字が小さくて読むのは大変そうですが、そして読んでもたぶん退屈でしょうが、近いうちに読み直してみようと思います。

ちなみに、中学生の頃読んだ鈴木三重吉の『古事記物語』も、なんとなき記憶に残っています。
古事記は何回か読み成そうと思い、本も何回か購入していますが、こう考えると、私の価値観はとても保守的で古色蒼然としている気がします。

どちらが本当の私でしょうか。
たぶん、論語物語に共感した私が、やはり私なのでしょう。
だから節子に会えたのかもしれません。
節子は論語の人でしたから。

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2022/05/20

■節子への挽歌5345:ワタアメ

節子

昨日、にこが友達のお母さんから「ワタアメ」をつくるおもちゃをもらったそうです。
その話を聞いたので、夕方、にこにワタアメをお願いしますと頼みました。
いろんな味があるけど、なに味がいいか、と訊かれましたので、「いろんな味」でお願いしまうと言ったら、「いろんな味」という味はないよと言われてしまいました。

私が声をかけた時は、にこはじゅんと一緒に庭の芝生を植え変えていましたので、すぐにはワタアメは届きませんでした。
夜になっても届かないので忘れられてしまったなと思っていました。

ところが今日、私は午後、在宅だったのですが、3時過ぎににこが帰ってきました。
いつもはバスを降りた後、近隣を散歩しながら帰宅するのですが、今日はめずらしくすぐに帰宅。玄関でじゅんと話していました。
聞こえた言葉は、「だっておさむさんにワタアメをつくってやりたい」という言葉です。
どうも母親のじゅんは、ワタアメづくりはあまり賛成ではなく、今日はやめようと言ったようです。それに対しての答が、どうも聞こえてきたのです。

しばらくして、にこは4本のワタアメをもってやってきました。
3つは小さなワタアメ、もう1本は大きなワタアメです。
そして、小さなワタアメは、ブドウとパインと普通味だとはなしてくれました。
大きなワタアメは普通味。
そしてどれがいいのかと訊かれました。

大きいのでもいいのか、と訊いたら、いいと言います。
迷いましたが、結局、めずらしいブドウ味を選びました。
一緒にいたユカもお相伴したのですが、ユカは普通味の小さい方を選びました。

Wataame202205201
渡したらにこは1階に戻っていきました。
昨日から気になっていたのかもしれません。
いつもおさむさんはきらいだと言っているのに、うれしいことです。

もらったワタアメを食べてしまってから、写真を撮っていなかったことに気づいたので、下に降りて行って、にこの大きなワタアメの写真を撮らせてもらいました。
にこはまだ小さなパイン味をたべていました。
明日もまたお願いしますと言ったら、明日はお休みだということ。明後日もお休みだそうです。

どうもワタアメづくり機は、使用後の処理が大変なようで、ジュンはあまり歓迎していないようです。
にこは母親思いの子なので、しばらくはワタアメは休業のようです。

ちなみににこの作ったワタアメはなつかしい味でおいしかったです。

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■節子への挽歌5344:信仰の力

節子

昨日、応現院を案内してくださったのは阿部夫妻です。
阿部和子さんは、小さな時から病気がちだったそうですが、ある時に真如苑の信仰に出会い、人生を変えたようなお聞きしています。
両親は法華宗徒だったようですが、お経を聞いても意味が分からない。
しかし真如苑の教えはわかりやすい言葉で語りかけてくれるのにとても共感したようです。

節子の両親は浄土真宗でした。
結婚して法事に参加するうちに、読経の後、わかりやウイ言葉で親鸞の教えを説くのです。
それが私にはとても新鮮でした。
意味の分かる説法と意味の分からない不思議な読経。
この組み合わせが、おそらく信仰の核にあるのでしょう。

難病や余命宣告を受けた人が、宗教に帰依することは少なくありません。
それで救われた友人知人もいます。
節子はどうだったのでしょうか。
たぶん信仰には向かわなかった。
勝手な推測ですが、私がいたからです。
節子は発病後は私に完全に身を任せていました。
それもひとつの信仰かもしれません。

にもかかわらず、私はそれに応えてやれなかった。
ただただ節子の病気は回復すると思い込むことによって、問題から逃げていたような気もします。
悔いがたくさん残ったのはそのせいです。

難病で不治を言い渡された人が、いろいろと名医を探して治った話を聞くことがあります。
先日もまさにそうした話を聞いたのですが、そういう話に接するたびに、罪悪感が浮かびます。
節子にはもっと誠実に取り組むべきでした。
そういう思いから、いまもなお、抜け出せません。

時々とても滅入ってしまうのです。

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