カテゴリー「妻への挽歌21」の記事

2024/02/20

■節子への挽歌5891:今もわが家の周囲は風が強いです

節子

昨日は風が強く、いまやってもらっている家の外装メンテナンスも、危険なのでと早目に作業を引き上げたほどでした。
今回はいつもとは違うところに、お願いしたのですが、とても丁寧な仕事ぶりです。
会社によって、こんなにも違うのかということに驚きましたが、それはまたいつか核として、今日は違う話です。

家の周りに張り巡らしているネットも、危険なので絞っていたのですが、一番大きな会社表示のシートは残していました。
そのシートを留めていたひもが強風で切れてしまいました。
夕方になっても風は止まらず、シートがバタバタとはためき、飛んで行ってしまうのではないかとユカが心配しだしました。私も、ですが。
それで小雨の中を、シートをたぐり寄せ、何とかベランダにひもで結び、固定しました。
いささか危険な作業で、それを知った孫のにこが騒いで、下から応援していました。
オズの魔法使いみたいに、家が飛んじゃうかもしれないねと話しながら、何とか作業は終了。
夜も風が強かったので心配していました。

朝起きてシートを見ると、大丈夫ではありましたが、上部のひもが切れていて、相変わらずバタバタしていました。
もし昨日、下の部分をベランダにつなげておかなかったら、どこかに飛んで行ってしまったかもしれません。
いまもいささか危険な状態ですが、ひとりでは直せません。
注意しないと、シートではなく、私が落ちてしまうかもしれません。
もう10年前であれば、きっと無謀にも対策したでしょう。
無謀なことに取り組む元気がなくなったのは、いいことかもしれません。
早く作業してくださっている人が来るといいのですが。

 

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2024/02/19

■節子への挽歌5890:ボストンからの電話

節子

節子が逝ってしまった後のことなので節子は面識はありませんが、前にも書きましたが、ボストン在住のSさんが、日本に帰国すると湯島のサロンに参加してくれます。
今年もまた日本に来ることになったとで、サロンへの参加をしたいと電話が来ました。
来日を決めたのは一昨日で、それからチケットを手配し、すぐに連絡をくれたのだそうです。

昨年末にSさんからはクリスマスカードが届きましたが、その返事を先週やっと出したのですが、それも見てくださったようです。手紙には、せっかくなので、サロンに参加するだけでなく、サロンを開いていただけないかと書いたのですが、それも引き受けてくださいました。
いつもながらのSさんで、丁寧なお話しぶりには痛み入るばかりです。

Sさんは日常的な生活ではインターネットは使っていません。ですから連絡の基本は電話と手紙なのです。
ただ、時々、私のブログを読んでくださっているようで、私が前立腺がんになったことも知っています。それも気遣ってくださっているようですが、まさにSさんの在日期間は、私の治療時期にほぼ完全にかぶさっています。
でもまあ、サロンの時間は取れるでしょう。
いささか気になりながらも、4月1日にSさんのサロンを開催することにしました。

やはり生きているといろんなことが起こる。
3年を5年に延ばしてもいいかもしれません。
まあそれが許されるのならば、ですが。

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■節子への挽歌5889:もう少し生きつづけよう

節子

最近少し生への考えが変わってきました。
もうしばらく生きつづけようという気が起きてきたのです。
18年ぶりでしょうか。
節子を見送った後、生への関心はほぼ失っていたのですが、この数日、なぜかもう少し生きつづけようという意識が高まってきたのです。
これは前立腺がんが見つかったおかげかもしれません。
まさにワルゾーのおかげです。
感謝すべきかどうかはわかりませんが。

もう少し生きつづけようという意識に気づいたのは、やりたいことが見つかったからではありません。
やりたいことはもう20年前にすべて追いやってしまいました。
いまさらそれに取り組むだけの気力はありません。

ではなぜそう思いだしたのかといえば、やはり生きることの面白さを思い出したのです。
たとえば、節子がお世話になった伊藤医師、20年前に会おうと思いながら会えなかった人、未来の光を感じさせてくれる若者、親子関係に悩む老親たち、あるいはかつて交流していたような社会のど真ん中を前向きに進んでいる人…、そういう人たちとの出会いがこの1か月あたりに集中的にやってきたのです。
そういう人たちが、私の生活に変化を与えてくれるかもしれません。
少なくとも、明日の私の人生に何かが起こるかもしれないという気持ちを起こしてくれる。

それは、20年前までの、私の生活でした。
いろんな人との関係で、私の生活はどんどん変わっていった。
その目まぐるしいほどの変化の面白さに、生きるということはこういうことなんだと、いつもワクワクしていた。あの感覚をちょっと思い出してきたのです。

いささか大げさですが、なんだか23日前から、気分が違う。
何がどう違うのか、よくわからないのですが、何かまた起きそうな、そんな気がしてきたのです。
流れに任せて死を受け入れるのではなく、流れに任せて、生を受け入れる。
生きる姿勢を変えようと思います。

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2024/02/18

■節子への挽歌5888:素直に自分の老化を受け入れなければいけません

節子

立ち上がった時に、足が痛くて、すぐには歩きだせなくなっていましたが、4,5日、長歩きをしてみたら、だいぶよくなりました。
やはり身体は使い続けないといけないようです。
でも最近は、バランス感覚が急速に低下しています。
たぶん私が歩いているのを見たら、かなりふらついているのではないかと思います。

毎朝、原則としてテレビ体操をしていますが、最近はこの体操さえも疲れを感じます。
そのうえ、どうもバランス感覚に関連した体操はうまくいきません。
どうもふらふらしてしまう。

もっと老化を実感するのは、頭を使った体操です。
どうもうまくいきません。
身体もそうですが、頭脳もまたかなり狂いだしてきているのでしょう。

先日、新聞に開成中学の入試問題が出ていました。
中学入試なら簡単に解けるだろうと思って、数学にチャレンジしてみました。
1問目は解けましたが、2問目で引っかかってしまいました。
これにはいささか唖然としてしまいました。
世間の水準が上がっているのか、私の思考力が低下しているのか。たぶん、後者でしょう。

人間の心身は、やはり劣化していくようです。
にもかかわらず、それを素直には受け入れられないのも人間です。
注意しないと、自分をどんどん誤解していきそうです。

最近、世界が見えてきたと、時々、思うことがあるのですが、とんでもない。見えてきた、その世界は以前よりもずっと小さな世界なのかもしれません。
そうは思えないし、思いたくもないのですが、やはり素直に自分の老化を受け入れなければいけません。

今日はあたたかな1日でした。

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2024/02/17

■節子への挽歌5887:伊藤先生は副院長になっていました

節子
うれしいことが起こりました。

いま私が通っている国立がん研究センター東病院は、節子がお世話になったところです。
ですから最初はかなり抵抗があったのですが、行ってみたら逆に何かなつかしさが甦ってきました。どこかに節子がいるような気さえし始めたのです。

以前は待合室に医師の一覧表が掲げられていました。
節子の時にお世話になった伊藤医師はまだいるだろうかと気になって探そうとしたのですが、医師一覧はいまはなく、代わりに寄付者一覧になっていました。
それで特に調べてみなかったのですが、先日、ネットで調べたら節子の手術をしてくれた、伊藤医師は副院長になっていました。なんだかとてもうれしい気がしました。

節子が亡くなってから、私の精神が極めて不安定になってしまっており、伊藤さんが会いに来てくださるというのを辞退したような気がします。
しかし、当時の記憶はかなり不正確ですので、私の記憶違いかもしれません。

いまも東病院にいることを知って、メールしようかと考えたのですが、もう忘れられているでしょうし、もし覚えていても迷惑をかけるだろうなと思い、差し控えていました。でも15日に診察の合間にいろんなところをうろついているうちに、やはりメールしたくなりました。それで、迷いながらもメールを送ってしまいました。

ところがなんとすぐに返信が来たのです。

久しぶりのご連絡、心より感謝申し上げます。
このようなメールを突然いただき、とてもうれしく思います。
佐藤節子さんの事も佐藤修さんの事もよく覚えております。
もちろん手賀沼マラソンで当時応援していただいたことも然りです。

さらに続くメールによれば、いまもなお、手術もやっているようで、昨日はたまたま手術が早く終わってメールが読めたそうです。たしかに節子がお世話になっていたころも、いつお昼を食べるのだろうかと思うほどの激務でした。

早速に節子にも報告しました。
なんだかとてもうれしい気分になりました。
3月から毎日のように病院通いが始まりますが、もしかしたら偶然に出会えるかもしれません。
私はたぶん気づくでしょうが、伊藤医師は私には気づくことはないでしょう。

でもなんだかそんなことも起こりえると思うだけで、病院通いが楽しくなりそうです。

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2024/02/16

■節子への挽歌5886:健全な老化

節子

そろそろ私の身体も、耐用期間を過ぎだしたようで、いろいろと問題が出始めました。
きちんとケアしておけばいいのですが、そういうことが極めて不得手なので、仕方ありません。

今年になって歯が欠けたりして、3回も歯医者さんに通っています。
先週、固いおせんべいを買ってきて、少し迷ったのですが、食べてしまいました。
案の定、歯が欠けてしまいました。
それで今日、歯医者さんに行ってきました。
まあ、いわゆる8020は達成したものの、だんだん歯も失いかねません。

腰痛を昨年末から体験しだしていますが、最近、いささかひどくなってきました。
座っていて立つと左足が痛くてすぐには動けないのです。
動き出すとすぐに普通に歩けるようになるのですが、最初の数歩はおっかなびっくりといった感じの在り方になってしまいます。
以前は、朝起きた時だけだったのですが、先週くらいから、電車で座っていて降りようとするとスムーズに動けないのです。
これは歩いて治そうと思いますが、うまくいくかどうか。

右目がよく見えません。
まあこれも今に始まったことではなく、たぶん白内障なのでしょう。
手術すれば視界はよくなるのでしょうが、世間がよく見えたからと言って、良いこともなさそうですし、まあよく見えないままの方がいいかもしれません。
しかし読書がしにくいのが困りものですが、読書もそろそろ卒業してもいいでしょう。

一番の問題は、内臓の調子です。
胆嚢手術を先延ばししていることが気になってか、どうも消化器系に違和感を感ずることが多くなっています。
いつか決着をつけた方がいいかもしれませんが、まあ老人は老人なりの身体の方がいいのかもしれません。

思い出し力の低下は、日に日に高まっています。
これはたぶんいいことなのでしょう。
時に人の名前が思い出せずに、失礼をしてしまうことも出てきましたが、まあ許してもらえるでしょう。

というわけで、健全な老化はどんどん進んでいる。
前立腺がんの治療をすれば、さらにこうした「老化」は加速するでしょう。
それがやはりいささかの迷いです。

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2024/02/15

■節子への挽歌5885:がんセンターでの診察結果も同じでした

節子

今日はがんセンター東病院の診察でした。
ジュンに送ってもらいました。

昨日につづき、また採血検査でしたが、結果は当然ながら昨日とほぼ同じでした。
ということで、早速、治療に入ることになりました。
思っていた以上、期間は長く、21日間、毎日、治療に通わなければいけません。
またホルモン療法も、2年間、続けなければいけないそうです。
放置しておく選択もありますが、骨に転移したらつらいので、治療を受けることにしました。
詳しくは時評編に書いておきました。

さてこれからが大変です。
幸いに3月以降の予定はあまり立てていなかったので、何とか対応はできるでしょう。
ユカやジュンには迷惑をかけることになりますが、まあ仕方がありません。

しかし肝臓や膵臓の問題が回避されたのはよかったです。
もちろんまだ解決したわけではないので、落ち着いたらこちらも対応しなければいけませんが。

最近実はもう一つ問題が発生しています。
腰痛です。
長く座っていて立ちあがると痛くてすぐには歩き出せないのです。
10歩ほど歩くと大丈夫なのですが。
整形外科に行くかどうか、迷っていますが、しばらくはともかく歩くことで解決できないか試してみようと思います。
それにしても最近は身体はボロボロです。

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■節子への挽歌5884:「体験」こそが最高の学び

節子

昨日につづき今日もまた病院です。
国立がん研究センター東病院ですが、今日はジュンが送ってくれます。
昨日すでに採血検査が終わっていますので、新しい発見はないでしょう。
そろそろ陽子線治療の相談が始まるのかもしれませんが、まだ先行きは見えてきません。

もうこの辺りで標準治療はやめて、生命の成り行きに任せるのがいいかもしれませんが、それもまた周りとの関係で面倒です。
まあ今の路線をつづけようと思います。

今朝は、息子さんの引きこもりで長年悩んでいる父親からメールが来ました。
専門家への相談をし続けてきた10年以上のようですが、たぶん専門家に相談しつづけることにこそ、「問題の立て方」が間違っているような気がしてきて、一度、会いませんかと連絡しました。
彼が立ち向かうべきは、自分と息子のはずですが、どうも多くの人は専門家や医師に頼ってしまう。それこそが「病気」なのかもしれません。
今回の前立腺癌体験で、改めてそういうことに気づかされています。

やはり、「体験」こそが最高の学びです。
今の私の考えは、たぶん、節子との体験から学んでいるのでしょう。

なぜか最近、親子関係の相談が増えてきています。
情が深ければ深いほど、それが裏目に出てしまう。
人間とは不思議な存在です。

さてそろそろ出かけなければいけません。
また病院での1日が始まります。
今日は午後には解放されるでしょうが。

 

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2024/02/14

■節子への挽歌5883:採血検査はすべてほぼ正常

節子

時評編に書きましたが、東邦病院で採血検査をしましたが、なんとすべてがほぼ正常値でした。意外な結果です。
前回の監査結果は一時的な異常値だったようです。
前立腺がんよりも気になっていた、肝臓関係は一安心です。
しかし心当たりと言えば、この1か月やめていたのは、アルカリ療法とヒートマット、そしてチャーガです。
これが一因でしょうか。
確かめようがないのが悩ましいです。
取りあえず先週からアルカリ療法は復活しています。

明日また採血検査をやりますので、その結果も踏まえて、これからどうするかを決めようと思います。
いずれにしろデータ値が改善したのはいいことです。
ワルサくんも頑張ってくれたようです。

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■節子への挽歌5882:節子に甘えすぎたことへの後悔

節子

昨夜、ユカがコンタクトレンズをなくしてしまいました。
今日から2日連続で私の病院の往復を頼んでいたのですが、運転ができなくなってしまったのです。さてさて困ったものです。
早速、今日、コンタクトレンズを作りに行くそうですが、できるまで一週間くらいかかるようです。その間、私の外出は公共交通機関に頼らないといけません。

今日は市内の病院なので、そう問題はないのですが、明日はがん研究センター東病院なので、いささか憂鬱です。
以前から、ユカからは毎回送れるわけではないので、その時には電車とバスで行ってねと言われていましたが、まさか実際にそうなるとは思っていなかったのです。何しろ私はいつも楽観主義で、わがままですから。

それに、往復も面倒ですが、私はどうも一人で病院で時間を過ごすのが苦手です。
がん研究センター東病院の場合、待合室で隣の人に話しかけるような雰囲気はあまりないのです。

節子のがん研究センター東病院での診察には必ず私は同行しました。
あの頃はいまよりも病院の体制は不整備で、ともかく待ち時間が長かったのですが、ふたりで話しながら過ごした時間でもありました。
先日、当時の待合室をのぞいてみましたが、全体的な雰囲気はそう変わっていませんでした。
でもたぶん待ち時間問題は解消されているはずです。

ところで、私自身は当の昔に運転免許を返納していますので、運転はできません。
病院の送迎はいつもユカが自動車でやってくれています。
それがあまりに当然のことになっていたのですが、今回、送迎がしばらくできなくなったことで、そのありがたみに気づきました。
私がいかに娘たちに支えられているかを、時に忘れがちですが、それへの戒めかもしれません。周りの人たちに支えられていることに関しては、自分ではいつも感謝しているつもりですが、身近な家族の場合には、あまりに日常的過ぎて気づかないのかもしれません。
どうも「甘え」があるようです。

と考えると、節子への甘えは、娘に対するものどころではなく、際限なく大きかった気がします。
節子は私の思いを、すべて察知して支えてくれたと言ってもいいでしょう。いやな顔一つせずに、いろいろと私の思いをかなえてくれた。
改めて節子への感謝の念とともに、いささかの後悔を感じさせられています。

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