カテゴリー「妻への挽歌21」の記事

2024/05/08

■節子への挽歌5968:気になっていた若者からのうれしいメール

節子

うれしいメッセージが届きました。
ずっと気になっていた若者のMさんからです。
どうやら精神的な底を抜け出して事由に跳び出したようです。
こんなメッセージです。

お久しぶりです。
地元のイベントに参加しまくって「社会的引きこもり」を第一宇宙速度並みの速度で抜け出しています
今ここにある身体性への感度が高まり"全力で休むスキル"も伸びつつあるので、今までの躁状態とはまた違った感覚です

そして、こんなことまで書いてきました。

佐藤さんがたびたびテーマにしている「コモンズ」。相互扶助と共有的な理念を現実的に叶えようとするときのある種の"答え"なんじゃないか?と感じる取り組みがあったのでシェアします

私の関心事まで思い出して情報を送ってくれる。意識が外に向かっている。
もう「ひきこもりのブラックホール」から抜け出したのでしょう。

こんなことも書いてきました。

またサロンやるのもいいかもしれませんね。正直自分のことはもうある意味どうでもいい(人に見せびらかす必要が全くなくなった感覚)ので、実践的に人を巻き込んで何かしらの社会実験するようなものがいいです

うれしい限りですが、ちょっと速度が速いのが気になります。
でもまあ周りにも友人がいるので大丈夫でしょう。
夏には会えるかもしれません。

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■節子への挽歌5969:新しい住民自治への呼びかけ

節子

静岡県知事選に立候補した浜中さんの選挙活動が明日からスタートします。
静岡朝日テレビが立候補の記者会見を配信してくれました。
立候補者は6人になりましたが、女性は浜中さんただ一人。
頑張ってほしいですが、マスコミの扱いはやはり問題にはされていない感じです。

浜中さんが頑張っているので、私も我孫子での活動を一歩進めようと思います。
コロナでのびのびにしていた、明日の我孫子を話し合うサロンです。
これをうまく展開していけば、次の市長選にも影響をもてるかもしれません。
いささか取り組みを延ばしてしまったので、ちょっと展開が難しくなってしまいましたが、決めたことは始めなければいけません。

市議会議員や市役所職員など、改めて関係づくりを始めようと思います。
一番信頼していた副市長が3月で突然辞職したのが意外でしたが、まあやりようはあるでしょう。
新聞社関係のつながりなども最近はなくなっているのですが、活動しながらまた育てていけばいいでしょう。

ソフト化経済センターでの研究会で、「自治体解体新書」をみんなでまとめたことがあります。
あの時に、全国に呼び掛けて「新しい風の会」を立ち上げておけばよか合ったのですが、当時はともかくやりたいことが多すぎて、結局、目移りばかりしてまとまった組織活動は何一つできませんでした。

一つくらいは、何かきちんとしたものを残しておかないという気がし始めています。
うまくいくといいのですが。

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2024/05/07

■節子への挽歌5967:降圧剤がなくなってました

節子

最近は脳神経外科の関係もあり、高血圧対策の降圧剤を毎朝きちんと飲むようにしています。
ところが、うっかりしてその薬がなくなってしまっていました。
しかも気づいたのが連休前。
かかりつけの遠藤クリニックも昨日までお休みでした。

というわけで1週間ほど、薬なしでしたので、今日、遠藤さんのところに薬をもらいに行きました。
遠藤さんは、前立腺がんの方はどう?といつものように訊いてきました。

そもそも前立腺がんが見つかるきっかけは遠藤さんの検査でした。
あまりにもPSA値が高かったので、すぐに病院に行くように言われて、東邦病院を紹介されたのです。東邦病院は手術でも定評があるからと、言って。

ところが私が陽子線治療を受けたことを報告すると(受けることは前に話していました)、なんと「手術しないでよかったね」というのです。
「うん??」、手術する病院を紹介したのは遠藤さんだったでしょう、とつい思ってしまったのです。
ちょっとまた医師への不信感を持ってしまいました。
遠藤さんは昔からお世話になっているので、これまでは完全信頼だったのですが。
医師と付き合うのは難しい。

ちなみに1週間、降圧剤を飲んでいませんでしたので、血圧は1回だけの測定で、きちんと遠藤さんが期待する、ちょっと高めの血圧値になりました。

私には至って正常値なのですが。

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2024/05/06

■節子への挽歌5966:いい涙

節子

今日は雨なので、自宅で昨日録画していたテレビドラマ「生きとし生けるもの」を観ました。それが実に感動的で、とても「いい涙」を流させてもらいました。
「いい涙」が流せたのは、私の思いと重なっていたからです。
https://www.tv-tokyo.co.jp/ikitoshiikerumono/

それでこのドラマを観ながら「生きる意味」を語り合うサロンを開きたくなりました。
言うまでもなく、私の生きる意味は「節子」でした。
その節子がいなくなってもまだ生きているのが、一時期、少し不思議に関していましたが、いまはまた納得できています。
いまもなお、私の生きている意味は「節子」なのです。
いや、私だけではないでしょう。
みんなきっと「誰かのために」生きている・

生きるのは、決して自分一人だけのものではない。命もまた、自分だけのものではない。
そう思えば、みんなもっと素直に生きられるような気がします。
すぐにでもサロンをやりたいと思って予定表を見たら、当面の土日がすべて埋まってしまっています。
最近どうもサロンが多すぎる。
平日ならばいつでもできますが、やはりこのサロンは日曜日にやりたい気がします。

少し先になっても、このサロンはやろうと思います。
このドラマはDVDに音いたので、また少し経ったら見直そうと思います。

 

それにしても「いい涙」は心洗われます。

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■節子への挽歌5965:新倉さんのお弁当

節子

節子がいなくなった後で出会った人の中に新倉さんという人がいます。
彼女の息子さんが農福連携に取り組む研究所を主宰しています。
そこに毎週2回ほど、出ているのですが、ある時、息子さんと一緒に湯島に訪ねてきたことがあります。
ある用事で、ふたりが湯島の近くに来た時に、息子さんが、「親父に似た人がいるから会いに行こう」と母親の新倉さんを誘ったのだそうです。
昨年の話で、もしかしたらこの挽歌でも書いたかもしれません。

その研究所に、これまた湯島サロンによく来ていた大学生が就職しました。
新倉さんは、以前から「ふるさと薬膳」構想をお持ちで、全国にいろんな動きを起こしていますが、川辺さんの研究所では週2回、お昼を新倉さんがつくってふるまっているのだそうです。
それで一度、私も食べに来ないかと誘われていたのです。
その研究所は湯島のオフィスから歩いて5~6分ですので。

それで今日、訪問しました。
川辺さん以下、スタッフの方もいて、みんなで新倉さんの手づくりの昼食をいただきました。
とてもおいしく、なによりも新倉さん手づくりのお新香が実においしかったです。

節子がいたらいいお付き合いができたかもしれません。

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2024/05/05

■節子への挽歌5964:畑の空き地が心配です

節子

背感は大型連休ですが、わが家は静かです。
こどもの日なので、にこと食事にでもと思いましたが、にこは友だちとの遊びが忙しくて、なかなか付き合ってはくれません。
まあ子どもは友だちと遊ぶのが一番なので、無理に誘うのは控えています。

連休までには畑空地の野草の刈り取りをしなければ大変なことになるのですが、今年は、病院に通いづめで放置したままです。
ちょっと怖くていけません。
また昔のような、背の高い笹が覆っているかもしれません。
まだ今年は使えそうですので、そのまま放置しておくわけにもいきません。
責任をもって、それなりに整理はしなければと思うのですが、最近は体力にあまり自信がありません。

以前のように早朝に起きて、野草狩りをしていて、何かおかしくなったら大変です。
一人での畑もどき作業は控えなければいけません。

もういっそ、完全返却した方がいいのかもしれませんが、やはり土との触れ合いには魅力がって、決めかねています。

節子がいたら、楽しい畑もどき作業ができるのですが。

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2024/05/03

■節子への挽歌5963:友人が静岡県知事選に立候補

節子

湯島のサロン時々参加していた濱中さんから連絡があり、失言で辞任した川勝さんの公認知事を決める静岡知事選に濱中さんが立候補するので相談に乗ってほしいと連絡がありました。
立候補のための供託金を確保するために浜松の自宅を売却することにしたというのです。

いささか突然のことなので、まずは立候補を止めようと思い、会うことにしたのですが、合ってみたら、決意は固くすでに家の売却手続きも済ませたそうです。
いつもながらの行動でいささか心配ですが、決めた以上は応援しようと思います。

と言っても静岡の県民でもないので、なにができるかわからない。
まあそれなりに考えて、できるだけ応援になるような活動をしようとは思っています。

濱中さんは、交通事故が原因でいろんな不条理な目に合っていて、今はかなり「怒り」の渦中にいますが、怒りからは何も生まれないと彼女には伝えています。
個人的な不幸には、多くの人は共感はしてくれません。
同情と共感は全く違います。

彼女がいまの詩的な怒りからどれだけ抜け出せるかがポイントですが、逆に言えば、この選挙で怒りをコモンズ的なものに変えていけるかもしれません。
ともかくそうなるように、私も協力する予定です。

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■節子への挽歌5962:のどかで平和な上野公園

節子

今日は湯島で恒例の憲法サロンです。
天気がいいので、久しぶりに上野から上野公園を通って湯島に行きました。
もう桜は終わっていますが、気持ちのいい季節です。
外国人の方も多く、どこも賑わっています。

不忍池のまわりでの骨董市が開かれていました。
以前は時々節子と覗きまわりましたが、最近は外国からの観光客相手のような感じで、いささか私には違和感があります。でもまあ、公園の雰囲気づくりは役立っていますが。
不忍池も先月掃除をしていたのできれいになっています。

この賑わいも、日本国憲法のおかげだろうと思いますが、この風景もまもなく見られなくなるかもしれません。
私には、日本国憲法が今や風前の灯のように思えてなりません。
私がそう思うのは、改憲間近というような些末な話でありません。
政治への関心をみんなが失いつつあることに不安を感じています。

でも友人の一人が、そんな気分を吹き飛ばすように、行動を起こしてくるようです。
静岡県知事選への立候補です。
風が起こることを願っています。
近々時評編で報告できると思います。

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2024/05/02

■節子への挽歌5961:病気サロンを思いつきました

節子

今度、湯島で病気サロンをやることにしました。
病気体験を語り合うとともに、病気の予防策を話し合うサロンです。

節子の闘病時も感じましたが、病気と向き合うときは初めてのことも多いため、いささか戸惑いますし、なかなか大事なことに気づかない。そんな時、同じ立場の人はどうしているかを知りたくなったことはしばしばでした。

今回、私は前立腺がんで、改めてそれを痛感しました。
医師も医療に詳しい人も、その発言はほとんど役に立たない気がしました。
役に立ったのは、同じ体験をした人や今まさに同じ立場の人の話でした。

そういうことから病気サロンを思いついたのです。
ただこれは一回だけでは意味がない。
できればそこに行けば、病気の生きた情報が得られる場が望ましい。
と考えていたら、まさにそれは病院の待合室だと気づきました。

よく以前、待合室に通い出す高齢者の多さを皮肉って、元気な高齢者が病院にやってくるということが言われていましたが、それこそが病院の役割と考えればいいのです。
薬や医師の治療よりも、待合室での雑談の方がよほど治療効果・予防効果があったのかもしれません。
でも最近はそういう風景はあまり見られなくなった気がします。

この「病気サロン」構想がうまく展開するといいのですが。

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2024/05/01

■節子への挽歌5960:サロンのアイデア続出

家にいるといろいろやりたくなってきます
サロンのアイデア続出です。
しかし最近は他の人のサロンも増えてきていて、思い付きサロンをやる日がなかなか見つかりません。

たとえば、読んだ本を紹介し合うブックサロンはもう呼びかけましたが、ほかにも「病気について明るく話すサロン」とか「テレビドラマを観ながらの話し合いサロン」「無人のオープンカフェサロン」アドなど、いずれももう案内文はつくってあるのですが、日程が確保できないでいるのです。
我孫子でのサロンも、新しいスタイルのをまた始めようと思っています。

陽子線治療のせいかもしれませんが、最近どうも身体的な疲れが強まっています。その一方で、こうした何か新しいことをしたいという思いは強まっている。
もしかしたら、身体と思いは、こうやってバランし合っているのかもしれません。

しかしまずは身体的な回復です。
何もしない在宅の日をできるだけ増やそうと思っています。

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