カテゴリー「節子への挽歌21」の記事

2022/07/20

■節子への挽歌5372:気が滅入って元気が出ません

節子

昨夜、いささか気の重くなるようなテレビドラマを観てしまいました。
もう昔放映されたものですが、録画していたのです。
「ダブルフェイス」という、やくざ組織への潜入ドラマです。

私は、生理的にやくざ組織が受け入れられません。
前世に何か悪縁があったとしか思えないほど、生理的にだめなのです。
したがってこのドラモも録画しながら結局観ていなかったのだと思いますが、昨日は何となく観てしまったのです。

節子と一緒なら絶対に観ていないドラマです。
節子は私以上にこの種の話が嫌いでしたから。

見終わって、やはり気分が沈んでしまいました。
理由はわかりませんが、朝、目が覚めても引きずっています。
元気が出ない。

これに限りませんが、最近、いささか感情の動きが大きいのです。
そして滅入ることが多い。
畑で野草刈りに専念している時には、すべてを忘れられますが、少しするとすぐ忘れてしまう。
今日も朝からどうも元気が出ないのです。

こういう状況の時には判断間違いも多くなります。
最近、いろんなことで判断を間違ってしまうことがよくあります。
どうしてそんなことに気づかなかったのかと思うと、また気が沈んでしまう。

湯島のサロンも、またいささか引いてしまいそうな自分に気づきます。
誰が何といおうと無意味な活動なのではないかと思うのです。
なぜ20年前に思っていたことをつづけなかったのか。
つづけられないのであれば、なぜ潔く、隠棲しなかったのか。

節子がいなくなったために、私の人生は大きく変わってしまった。
いや、節子と出会った時から、この人生は決まっていたのかもしれません。
気が滅入るとそんなことまで考えてしまう。

今日も畑に行って、気を取り戻さなければいけません。

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2022/07/19

■節子への挽歌5371:たかつきメロン

節子

今年も節子の生家から地元産の「たかつき」メロンが届きました。
以前は節子の祖父の家でもこのメロンをつくっていましたが、いまはもう誰も作っていませんが、毎年、送られてくるのです。
早速、節子にお供えをしました。

コロナもありますが、節子の生家にはもう長いこと行っていません。
娘たちも出て行って、いまは節子の義妹が大きな家に独りで住んでいます。
若い世代は、村から出て行ってしまう。
なんだか歴史はいい方向に向かっているのかどうか迷います。

幸いにわが家は娘たちも一緒に住んでいますが、これもまたいいことかどうか迷うところです。
しかし、人生はさまざまですから、どれがいいのかどうか、考えること自体がおかしいのでしょう。

毎年、たかつきメロンが送られてくるたびに、家族で高月に帰ったことを思い出します。
あの頃は、まさか私だけが遺されることになろうとは思いもしていませんでした。
人生は、なかなか思うようにはいきません。

おそらくこれからもそうでしょう。

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■節子への挽歌5370:にことの3つの約束

節子

先週の日曜日、部屋でパソコンをしていたら、孫がひょっこりやってきました。
じゅんが買い物に行っていて、一人で留守番だったようですが、退屈してやってきたのです。

2人でゲームをすることにしました。
はさみ将棋を教えてやろうと言ってやりだしましたが、どうも難しそうです。
そのうちに、にこが「あみだくじ」をやろうと言い出しました。
早速、紙に5本の線を引いて、あみだくじを2人でつくりました。

さて当たったらどうするかということになりました。
にこはすぐに、「畑に行く」にしようと言い出しました。
あれほど畑行きを拒んでいたのになんとしたことか。

私は、では「好きな本を買う」にしようといって、それぞれ書き込みました。
にこは畑の代わりになにやら松明のような絵を描きましたが。

5本のうち当たりは2本。もう一つ当たりをつくろうと言って、にこに何がいいか訊きました。返事はありませんでしたが、なにやら何か欲しいものがありそうです。何なのか訊いたら、でもすぐにはだめなものだと言います。ますます聞きたくなって問い重ねると、自動車だと言います。え!! まだ早いんじゃないのと思ったら、なんと「リカちゃんの自動車」だそうです。後でじゅんから聞いたのですが、昨年から欲しいと言いながら、まだ買ってもらえていないそうです。いざとなると優先順位が下がるようです。

リカちゃん人形系は私は買いたくないのですが、仕方なく3番目の当たりに加えました。
そしてあみだくじを始めました。
にこは1回目で本を当てました。
ところが次に私がやったら、なんと「畑に行く」が当たりました。もちろんこれはにこが畑に行くという意味です。
次ににこがまたやって、これは外れ。最後に私がやったらリカちゃん自動車が当たってしまいました。困ったものです。

さてそこで、にことの間に3つの約束ができました。
「畑に一緒に行く」と「孫に好きな本を買う」「リカちゃん自動車を買う」です。

いずれもまだ実行されていません。
雨だと畑に行けませんし、晴だとにこはいつも友達と遊びに行って、暗くなるまで戻ってきませんので、畑には行く時間はありません。
本を買いに行く約束もまだですが、どうもいまはそんなに欲しい本がないようです。

さてリカちゃん自動車はどうするか。じゅんによると、欲しいだけなのだといいます。欲しいという夢は大事にしなければいけません。そのためには実現されないほうがいい。そんな気もしますが、どんなものでしょうか。

明後日からにこは夏休みですので、近いうちに畑に行けるでしょう。
薮状態なので、夏ズボンを持っているかどうか心配ですが。

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2022/07/18

■節子への挽歌5369:畑作業を続けています

節子
畑作業はつづいています。

雨でしばらく行けなかったのですが久しぶりに今日は畑に行きました。
やはり野草のほうが元気です。
雨で水気が多く柔らかくなっているため、野草を除去するのは難しいのです。
しかし放っておいたら、それこそ大変なことになります。

先日、蒔いておいた秋キュウリが芽を出していました。
Akiqri
このうち2~3本が育てば十分です。
ナスは手入れが悪かったので収穫はあきらめていましたが、元気になってきました。

今日は前回、途中でやめたヒメヒオウギ水仙を一掃する予定だったのですが、なんとなくその気になれませんでした。その隣のオミナエシをすべて刈りとろうと思いましたがこれもやめました。花が咲いているところには虫がかなりいるので、もう少し彼らの場にしておこうと思ったのです。で、今日も笹竹刈りに徹しました。

道路側の斜面の花畑は、野草を刈り取りだしていますが、花類が一向に芽を出しません。斜面の一角の特別ゾーンをつくりました。ここに花の種子を蒔こうと思います。以前は芝桜が覆っていたのですが、いまは跡形もありません。
今日は「花壇ゼロ」ですが、1か月後には花が満開になっていると思います。たぶん、ですが。

1時間半のハードな作業で、滝のように流れる汗をかきました。実に気分がいい。
今回も水は持参しなかったのですが、帰宅したらユカがいま話題なのだと言って、ヤクルト1000を用意しておいてくれました。元気が出るのだそうです。
優しい娘だと思ったら、ズボンくらいは自分で洗えと言われ、シャワーをするついでに洗わされました。節子は私を甘やかせすぎたとよく言われています。
困ったものです。

でも今日は久しぶりに汗をかいて、元気が回復しました。
今日もエアコンのお世話にならずにすみました。

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2022/07/07

■節子への挽歌5368:マスク症候群はコロナよりも恐ろしい気がします(

節子

5時に起きたので、久しぶりに早朝の畑に行きました。
昨日雨が降っていたので、今日は水やりは不要の上、畑に入るとびしょびしょになるのですが、まあ挨拶だけに行こうと思い、道具は一切持たずです。
畑と言っても藪のような感じなので、やはりびしょびしょになりました。

ミニトマトが熟し始めていました。後植えのキュウリは大丈夫のようです。
ナスは元気がないので、声をかけてきました。今日から成長しだすでしょう。

道沿いの琉球朝顔は咲き始めていますが、花壇にはまだなんの花も芽を出しません。
今日は苗か種子を買いに行こうと思います。

ところで昨年から生え出した桑の木がどんどん大きくなります。
植生に合った木や草はその成長はすごく早いのです。
自然農や野草を抜かない農法が成立するのは、きちんと「畑化」されたところではないかと思います。自然に任せておくと野菜の苗はほとんどが消えてなくなります。たとえ声をかけてもなかなかうまくいきません。これは体験から学んだことです。
植生に合ったものを、手を尽くしながらなじませていかなければいけません。

自然と付き合っていると、いろんなことを学べます。
体験者のアドバイスや書籍の知恵もヒントにはなりますが、やはり現場での体験はそううまくはいきません。自然は生きているからでしょう。体験知でアドバイスすることも注意しないといけません。これは別に畑仕事のことではありません。

ところで朝の5時ころだと散歩している人が多いです。
何人かに声をかけさせてもらいましたが、マスクをして散歩している人には声をかけにくく、かけませんでした。みんな早くマスク離れをしてほしいです。
しかし、早朝のこんな気持ちのいい空気をマスクで遮る感覚が理解できません。
人とも滅多に出会わない筈なのに。

マスク症候群は、コロナよりも恐ろしい気がします。
節子がいたらどうしていたでしょうか。

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2022/07/06

■節子への挽歌5367:若い人たちが私の健康を心配してくれます

節子

最近、サロンでの私がどうも疲れ気味のようで、いろんな人が心配してくれます。
ドクダミ茶をわざわざつくって持ってきたり、特製の塩入のドライ納豆を持ってきたりですが、今日、26歳の若者からこんなものがいいとメールが来ました。
みんな20代の若者です。

今日メールをくれた若者は、「私のためにも早く元気になって下さい 笑」と書いてきました。
いま彼の相談に乗れる数少ない大人になっているようです。
最近の若者は実に心優しく気が付きます。
競争時代をがむしゃらに生き抜いてきた世代とはどうも違うようです。

湯島のサロンで話を聴いていると、私と同世代だったり少し若い世代の人たちのコンプレックスの強さを感ずることが多いです。言い換えれば、若い世代を指導してやろうとしがちなのです。たぶん同世代や自分さえをも始動できないことの現れでしょう。見ていてなんだか同情したくなります。たぶん自らの生き方を悔いているのでしょう。
まあこんなことを言うと嫌われそうですが。

しかしそれは決して私と無縁な話ではありません。
私にもきっと同じようなところがあるのでしょう。
そう思うといささかぞっとしますが。

サロンによく来る鈴木さんは、佐藤さんにはそういう上から目線は感じないといつも書いてきてくれますが、そんなことはないでしょう。気をつけなければいけません。

でももしそういう姿勢が仮に少ないとしたら、それはたぶん節子のおかげです。
節子のおかげで、そういう私の血管はかなり改善されたはずです。
それに関しては、いくら感謝しても感謝しきれません。

今日はゆっくり休みました。
おかげで身体はほぼ回復。生活リズムもだいぶ立ち直りました。

 

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2022/07/04

■節子への挽歌5366:過去を思い出す人が夢によく出てきます

節子

最近また夢をよく見ます。
そこに私には記憶のない人が登場して、会ったことがあるでしょうと言ってくるのです。

昨日、夢であった人は、湯島にやって来て、名刺を渡してくれました。
なんとなく記憶が浮かんできて、〇〇さんと関係だったでしたっけ、と質問しましたが、違うと言われました。
まあそこで、久しく忘れていた〇〇さんのことを思い出し、そこで目が覚めました。
とまあ、こういう夢をよく見るのです。

もちろん〇〇さんは、毎回、違う人です。
昨夜の〇〇さんは、守永さんでした。
もうずっと前に亡くなりましたが、最後は施設に入り、交流を避けてしまうようになっていたので、電話で話したのがたしか最後です。
なぜ今頃思い出すのだろうと気になります。

守永さんのおかげでつながった人も少なくありません。
しかも、節子とイランにツアー旅行に行った時、節子と親しくなった人が、後でわかったのですが、守永さんの秘書をやっていた人でした。
節子とは交流があり、私も一緒に食事をしたことがありますが、こうやって忘れていた〇〇さんを契機にいろいろな人が思い出されるのです。

80年の人生、いろんなことがありました。
それをゆっくりと語り合う相手の節子がいないのが残念です。

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2022/07/02

■節子への挽歌5365:若者との会話はやはり元気が出ます

節子

今日は山梨の北斗市に移住し、自然農に取り組んでいる大学生(現在休学中)が湯島までわざわざ出て来てサロンをやってくれました。
彼女を紹介してくれたのは、これも大学生の川端さんですが、ふたりとも自分の生き方を探しながら、実践している若者です。
そのサロンにはほかにも若者が参加しました。みんな悩みながらも自分の生き方を探している。

大人たちもなぜかたくさん参加しました。
いつも感じますが、大人たちと若者の発言が次元がまったく違うのです。
大人たちは先輩目線で若者を指導し教えようとする。

若者はそういう発言にはむしろ反発を感じ、厳しく非難するのです。
私は、若者とほぼ同じ意見を持ちますが、それは彼らとの付き合いの中で学んだものかもしれません。
あるいは私自身もずっとそうしてきたのかもしれません。
会社時代も上司の考えに怒りを感じてついつい怒りをぶつけてしまったこともあります。思い出せばいろいろとある。

サロンが終わった後、若者たちと話していて、私がやりたいのは、こういう若者たちとのサロンではないかと思いました。
もう同世代の、あるいは少し若い「大人たち」の退屈な話は聞きたくないのですが、どうもそういう人たちがサロンでは発言が多い。
しかも私は佐藤さんと同じ考えだなどと言われると、いささかく戸惑います。
同じであるはずがないからです。

しかし私ももしかしたらそういう大人たちと同じなのかもしれません。
注意しなければいけません。

最近またサロンへのモチベーションが下がっています。
なんだか参加者からは喜ばれていて、こういう話し合いの場があまりないと、今日もある企業をまもなく定年退職する人から言われましたが、そういう言葉でついつい止められなくなっているのです。

節子がもしいたら、たぶんサロンはもうやっていないでしょうね。
私たちも北斗市に移住していたかもしれない。
白樺湖の周辺が終の棲家の候補の一つでもありましたから、
そんなことも思い出していました。

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2022/07/01

■節子への挽歌5364:エアコンのなかでの安楽で怠惰な1日

節子

今日は早朝に畑に水をやりに行き、テレビ体操を行い、ゆっくりと朝食を食べました。
生活リズム再建は順調に始まったのですが、その後がダメでした。

リビングのエアコンを入れたせいで、そこから動けなくなりました。
エアコンが嫌いだなどと言っていても(事実そうなのですが)、一度、その環境になれてしまうとそこに居ついてしまいます。
午前中はずっとそこにいました。

やることもないので、ついつい録画していたテレビドラマを観てしまいました。
「三国志」と「始皇帝」、いずれも中国のドラマです。
ともかく長い連続ドラマで、まだ終わらないのです。
今日は合わせて5話を見ました。

いずれのドラマも、忠孝の思想が根底を貫いています。
いろいろと考えさせられます。

午後もやることがなく、昨日のサロンの報告を書きましたが、そこで思いついて、いま展開中の参院選の選挙公報をじっくりと読んでみました。これまでは読むとしても関心のある人だけでしたが、今日は全員を同じように読んだのです。
なかなかおもしろいし、いろんな気づきがありました。
テレビの政見放送を見て、この人はなかなかあいいじゃないかと思っていたのに、キチンと全体のメッセージを読むととんでもないこともわかります。

昨日のサロンでの私の主張とは真反対ですが、プラトンの言う「哲人政治」のほうがいいかなという気さえしてきます。
間暑い中、涼しいリビングでそんな感じで、怠惰な一日を過ごしました。
夕方に畑作業に行こうと、朝は思っていたのですが、あまりに安楽な1日を過ごしていたら、その気は全くなくなりました。

困ったものです。

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2022/06/30

■節子への挽歌5363:大学時代の学びをめずらしく思い起こしました

節子

26日のサロンで久しぶりに「新しい経済・新しい政治」をテーマに1時間ほど話させてもらいました。
私のこれまでの生き方の背景にある経済観・政治観をはなしただけですが。

話が「コモンズの経済」に関わった時に、なにげなく玉野井芳郎(元東大教授)さんの名前を出したのですが、参加していた東大の学生から、佐藤さんは玉野井さんの講義を聴いていたのですか、と問われました。彼の先輩が最近修論で玉野井さんを取り上げたのだそうです。
玉野井さんの授業はいまも記憶しているいくつかの授業の一つですが、私には全く退屈で、それで経済学が嫌いになったとさえ言えます。

しかし、東大を定年で退官後、東北大や沖縄大に移ってからの玉野井さんの論考は私の知っている玉野井さんではなく、実に面白く、彼の著作はその後、かなり読みました。
私のコモンズの回復というテーマに見事に重なってきたのです。

また「総有」という言葉を出したら、別の人がいま読んでいる本に「総有」という言葉が出ているが、佐藤さんはどこで「総有」という言葉を知ったのかと訊かれました。
私が「総有」という言葉に出会ったのは、これも大学1年の時で、「社会思想史」の淡野安太郎さんの講義でした。これもはっきりと覚えている講義でした。
「総有」と追う概念にはとても共感し、以後、私の経済観や政治観のベースの一つになっています。

そんな話をしていた、やはり大学時代の学びの大きさに気づきました。
法律関係だけをいつも思い出していましたが、政治学や行政学などのほうが、私のその後に影響を与えていたのかもしれません。
しかしいずれも記憶に残っているのは、講義内容というよりも、その教授の話したことのような気がします。

 

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