カテゴリー「妻への挽歌23」の記事

2026/08/19

■節子への挽歌6855:孫は飛行機嫌いのようです

節子
書き忘れましたが、一昨日はちゃんとにこから鎌倉土産の鳩サブレをもらいました。
節子にもお供えしたので、もう知っているかとは思いますが。
そこで改めて夏休みの間にどこかに行こうと提案しましたが、相変わらず行先と日程が決まりません。

しかし話していてわかったことがあります。
にこは飛行機には乗りたくないのだそうです。理由を聞いたら、怖いという。
海に出ていく大きな船もいやだと言う。
これは驚きでした。
私の母と同じとは。困ったものです。
節子とは真反対のようです。節子は新しいことが大好きでした。まあ、あまり考えていなかったという気もしないではないですが。

いろいろと行き先を提案していますが、どうも問題は、行先ではなく、私が信頼されていないことのようです。
たしかに、いつも適当に、存在しないような場所を提案しているからです。
ディズニー・スペースとか上野水族館とか、ユニコーンを見に行こう、とかです。

にこの夏休みもあと10日。
きちんと考えないといけません。
にこは今日はユカと2人で、冷たいスイーツを食べに出かけていましたが、私は誘ってもらえませんでした。
冷たい娘と孫です。
まあ、誘われても断りましたが。

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2026/08/18

■節子への挽歌6854:香典返し

節子
夏が終わり、秋を感じます。
暑さはまだ去ったわけではありませんが、朝の気配はもう秋です。
気候温暖化が進んでも、季節の気配はそう簡単には変わらないようです。

先月急逝した従兄の遺族から、香典のお返しが届きました。
好きなものを選ぶことのできるカタログでした。
やはりそうなるかと思いました。
いつの頃からか、カタログの返礼が増えてしまいました。
いとこの遺族を批判することになりかねないので、迷いますが、やはり書いておくことにします。

そもそも香典の半返しという文化は、貧しい時代の貧しい庶民たちの生活の助け合いの知恵だったはずです。しかし、いまはそういう時代状況ではありません。
そもそも香典もですが、必要あるのかという気がしています。

節子の時は、予想以上にたくさんの人が来てくれて、そのお返しが大変でした。
いまなら香典返しはしなかったかもしれません。
でも当時は、そんなことを考える余裕もなく、香典返しにはとても苦労しました。
一人ひとりに合わせて返礼品を選ぶのは大変です。
また香典の一部を節子が取り組んでいた活動のグループに寄付しようと提案しましたが、先方からていねいに辞退されてしまいました。個人はともかく組織としての香典にはどう対応しようかはとても難しい。

もっとも香典返しで苦労することは悪いことだけではありません。
気がまぎれると同時に、亡くなった人、つまり節子ですが、故人と友人との関係を思い出す機会をつくってくれるのです。

しかし、カタログ返礼のようなスタイルになってしまうと、まさに事務処理の世界になりかねません。
それに大体において、カタログから選ぶ場合、適切なものがないのです。まあもらえるのだからと何かを選んでしまうのでしょうが、私には大きな違和感があります。それで娘に任せてしまいますが、どうも無駄な金銭経済に加担するようであまり気分がよくないのです。

かなり誤解されそうな書き方になっていると思いますが、やはり香典文化はもう終わったのだろうなと思うのです。
でも実際にまた、葬儀に行くことになったら、私もまた香典を包む気がします。
思い切って次回からは、香典を止めようかと思いますが、でもそうしたら、故人を差別しているように思われてしまうかもしれないという不安があります。

いまはたぶん葬儀の形が変わろうとしている時期なのでしょう。
香典も、そろそろお金ではなくなるでしょうし、香典返しなどということもなくなるでしょう。

では、どういう形で、死者への追悼の意を表せられるのか。
私の葬儀の時までには、ぜひそれが見つかっていてほしい気がします。
いや、娘たちが私の葬儀をやるかどうかもまだわかりませんが。

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2026/08/17

■節子への挽歌6853:鳩サブレ

節子
今日はにこ家族は江の島の水族館に行きました。
にこは、私にはつき合いませんが、両親と出かけるのは大好きなのです。

にこは水族館も好きですが、実は今回はもう一つの狙いがあります。
鳩サブレです。
にこはともかく鳩サブレが大好きなのです。一番の大好物と言ってもいいほどです。
でもめったに手に入りません。
それで今日は、鎌倉本店に行って、そこでしか買えない鳩サブレを買ってくるそうです。

問題は、私へのお土産があるかどうかです。
一番大きな鳩サブレをお願いしますと頼んだのですが断られました。
さて果たしてにこは私への鳩サブレを買ってくるでしょうか。
条件は、にこのお小遣いで、です。

夏休みもそろそろ終わりそうです。
夏休み1日くらいつき合うようにと交渉していますが、いまだに折り合いがつきません。いいところまで行くことはあるのですが、なかなかお互いの都合も合わない。
ユカは、にこと2人で津得たいスイーツを食べに行くそうですが、私にはその趣味はありません。
なんとか残る日数で、口説き落とさねばいけません。
しかし、あと2週間。かなりの難題です。

鳩サブレのお礼を口実に、明日また再折衝です。
まだ帰ってきません。
めずらしく遅いです。

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2026/08/16

■悦子への挽歌6852:送り火でお寺に行きました

節子

今日は送り火でした。
サロンでしたが、早目に終わる予定だったので、帰宅してから家族みんなにお寺に行くことにしました。ちょうちん持ち役はにこです。
自宅から運んで行った火で、線香を供えて、節子は無事、戻りました。
さすがに遅くなったので、お墓も静かでした。

短い帰省でしたが、節子は自宅を楽しんでくれたでしょうか。
いつもはカサブランカの香りで部屋が充満するのですが、今年はカサブランカがなかったので、ちょっと不満だったかもしれません。
わが家は薄情で、精霊棚には果物やお菓子は供えられていますが、食事は供えられないのです。そのすぐ前で、私たちは食事をするのですが。しかもお盆だからといって、特別の食事も用意しないのです。ユカがお盆にご馳走を食べた記憶がないというのです。
私たちにとっては、お盆は寂しいだけの日でしたから、ご馳走を食べようなどという気が起きなかったからなのでしょうか。せっかく節子が戻ってくるのだから一緒にご馳走を食べようという発想は、わが家では起きなかったのでしょう。少なくとも、今はそうです。

精霊棚ではずっとろうそくの火がついていますが、パソコンをやったりテレビを見たりしている時には、常にその火が見えています。節子が帰省中、私は在宅時はずっと精霊棚の近くで過ごしていました。
まあそれが何よりの接待だと思うからです。

夕方、節子の位牌はまたいつもの仏壇に戻りました。
お墓に戻っていった節子と仏壇に残っている節子。
いつもいささかの混乱が生じます。
しかし、毎年、送り火で節子が帰った後は、気が抜けてしまうのです。

間もなく節子の命日です。
この日の前後には一応、家族みんなで食事をします。
いや、その前にお寺のお施餓鬼があります。
この時期、節子を思い出す日が多いのです。
私にはいささか複雑な時期なのです。

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2026/08/15

■節子への挽歌6851:挽歌のはじまりのところを読んでみました

節子
昨日、増田さんと話していて、この挽歌を読んでいる人がいることを改めて認識し直しました。それにしては、あまりに気楽に書いていました。
挽歌だけではありません。時評編もこの頃は、あまりきちんと書いていないのです。
湯島のサロンの案内と報告で時評編はうまっていますし、挽歌は私の日記になっています。「挽歌」と言えるような内容ではありません。
少し姿勢を変えないといけません。

となると、今度は逆になかなか書きにくくなる。
さてどうするか。

今日はお盆なので、もしかしたら宝蔵寺のご住職がお経をあげに来るかもしれないとずっと自宅で待機しました。
コロナ以来、状況が少し変わってきているようです。
結局、今日はわが家には来てもらえませんでした。
代わりに私が般若心経をあげました。
明日は送り火です。
短い帰省でした。

一日在宅だったので、挽歌の書き出しを読んでみました。
最初の5つほどは、まだブログになっていなくて、ホームページに書かれた週間日記の記事でした。久しぶりに読んだのですが、当時の記憶がよみがえってきました。なぜかすぐにわが家までやって来てくれた人たちが数名いたのです。どうしてみんな知ったのでしょうか。私が直接伝えたとは思えません。
あの頃は、私自身、現世と霊界を往来していたような気がします。その感覚もちょっと甦ってきました。また引き戻されてはいけません。
結局、読むのをやめました。
節子が残した日記を読もうと思っても読めないのと同じなのかもしれません。

自分の挽歌でもこんな感じなのですから、友人知人の挽歌は読みたくはないでしょう。ましてや他人の挽歌など。

そういえば、以前誰かが有名人の挽歌をまとめた新書を持ってきてくれました。
しかし正直、読む気は全くせずに、どこかに埋もれています。
正直、本になった挽歌には、真実を感じられないのです。
ですから、この挽歌も本になったら、私の世界からはどこか遠くに行ってしまうような気がしてなりません。
増田さんは、本としてもきちんとしたものにしたいと言ってくれています。
どんなものができるのか、ちょっと気にはなります。
そこに関わった人の思いが込められるのであればうれしい限りですが、そんな期待はあまりにもわがままです。
いずれにしろ複雑な気持ちはますます高じています。

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2026/08/14

■節子への挽歌6850:とんでもない話が持ち込まれました

節子
とんでもない話がやってきました。
この挽歌を本にしたいというのです。
話を持ってきたのは萬書房の増田圭一郎さんです。そこで本にしたいというのです。
聞けば、以前からこのブログにアクセスし、ダウンロードしているというのです。
だから時々、アクセス数が多くなっていたのです。まさかの増田さんだったのです。
となれば、検討し始めたのはかなり前からです。

非公式ですが、制作実行委員会までできていて、企画書もある。
「挽歌なんて誰も読まないよ」と断ったものの、読んでいる人がいて、その人たちの要望でもあるという。意外な人の名前が出てきました。

実は、私の書いたものを材料に本ができないかという話は聞いていました。
それなら私も反対はしませんが、それはたぶんムリだと思っていました。あまりにも書き散らしているので、まとめるのが大変だからです。
しかし、まさかの「挽歌の本」。
さてさて。

増田さんの出版社は、しかしそんな経済的余裕があるはずもない。
費用はどうするのかと言ったら、事前の予約販売を考えているという。
それも1口50冊の予約販売で、一人10万円。
私の周辺にそんなお金持ちはいないはずですし、50冊も予約する人はいないだろうと思うのですが、もう何人かは賛同していそうな口ぶりです。
私も予約した方がいいのかと聞いたら、私は対象には行っていないそうです。
普通なら私を先ずは対処にするでしょうに。

話しているうちに、だんだん、私の本であるのを忘れて、どうしたら実現するかを考えだしているのに気づきました。そして、***さんなら10万円は引き受けてくれるだろうなと言ってしまっているのです。

そういえば、今日の午前中、同じく増田さんと『声なき声』の著者小野寺さんを引き合わせて、『声なき声』の復活を相談していたのですが、それと同じく、どうしたら増田さんの思いを実現できるかを考えている自分がいる。
困ったものです。

結局、私は何もしないでいいからと言われて賛成してしまいました。
増田さんによれば、実現のためには150万円、つまり15人の予約引き受け者が必要なそうです。どなたか増田さんを応援してやってくれませんか。

しかし、冷静に考えれば、この挽歌を本にする意味があるのでしょうか。
増田さんは、意味があると明言するのです。
増田さんには、意味があったのだというのです。

さてさてどうなることやら。
増田さんや予約引き受けした人に迷惑がかからなければいいのですが。

しかし増田さんの話には、いろいろとどろかされました。
少しずつまた書いていきます。

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2026/08/13

■節子への挽歌6849:今年の精霊棚はなぜか仏花

節子
お寺に行って、節子と一緒に返ってきました。
今日はお盆の迎え火です。
20260813

精霊棚は年々、質素になってきましたが、今年はなぜか花が仏花です。
用意してくれたユカに訊いたら洋花は高いのと暑さに弱く長持ちしないからだそうです。
そういえば、お寺のお墓に供えてきた花も、今年は仏花でした。
いつもは洋花、しかも節子が好きだったカサブランカなのですが、今年は庭のユリになっていました。お供えも家でとれたブドウです。

桃と梨も供えましたが、これもすぐにダメになり、いつも腐らしてしまうので、今年は毎日食べてしまおうと思います。
世知辛い世の中になってしまいました。いや、わが家が貧しいだけかもしれませんが。

お迎えの馬と見送りの牛は、にこに作ってもらいました。
忙しいようで、あまり工夫がありません。
すばらしい場合は、金賞だったのですが、今年は優秀賞になりました。
賞品は、いくつか提案しましたがすべてだめで、結局、にこが決めるそうです。

お坊さんが来てくれるのは15日の予定です。

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2026/08/12

■節子への挽歌6848:精霊棚の馬と牛

節子
今年もお盆の精霊棚の馬と牛の作成をにこに頼みました。
出来具合によって、金賞や銀賞を用意すると言っていたのですが、宿題の工作作品づくりが忙しそうで、出来上がったものは何の変哲のない作品でした。
残念ながら金賞ではありません、と言ったら、では優秀賞か残念賞で、というのです。それで、優秀賞になりました。

さて賞品をどうするか。
決めていないので、相談です。
「上野動物園招待」を提案しましたが、当然ながら拒否されました。
結局、保留となりました。
さて何が提案されるかおそろしいです。
福証を呈何しようと思いますが、まあ、私の提案はすべて拒否でしょう。
困った孫です。

明日はお盆の入り。
精霊棚を整えようと思います。
今年は何も買っていませんが、まあできるでしょう。

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2026/08/11

■節子への挽歌6847:濱文様の和たおる

節子
先日書いたMさんがサロンに来ました。
お元気そうなので安心しました。
逆に、私が変わっていないのにも驚いたようで、後でこんなメールをもらいました。

全然お変わりなかったので、びっくりしました。
サロンの雰囲気はすごく懐かしく、行って良かっと思いました。

私は、前より元気です。とお伝えしましたが、実は必死なんです。
先生に抗がん剤治療で1番長い人で何年生きたのですか?とお尋ねしましたら、10年です。と言われました。私は今年で4年です。

Mさんの毎日は、私の毎日とは全く違うのでしょう。
続けてこう書いてきてくれました。

ですので、腰が痛くても、膝が痛くても、整形で痛みどめもらい、来年はどうなるか分からないといろんな所へ出向いています。

節子を思い出します。
節子も闘病中、ともかく想い出をたくさん作りたいといろんなところに出かけました。私も基本的にはすべてにつきあいました。
ただ、四国に行きたいという節子の願いは果たせませんでした。
どうして四国に行かなかったのでしょうか。
いまもなお悔いが残っています。

元気そうなMさんから、なぜか濱文様の和たおるをもらいました。
濱文様は、私のイメージなのだそうです。色はブルー。

大事にしなければいけません。

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2026/08/09

■節子への挽歌6846:キリギリスはやってきませんでした

節子
キリギリスが死んでしまったのですが、吉田さんがまた山梨にお孫さんと一緒に昆虫採集に行って、私のためにキリギリスのつがいを捕獲してきてくれたと連絡がありました。
今日は、そのキリギリスたちを湯島に連れてくることになっていました。

ところが朝、連絡があり、つがいのいずれもが昨晩、死んでしまったというのです。
キリギリスたちには悪いことをしてしまいました。

吉田さんは息子さんの一人が引きこもり状況だったため、生き方を大きく変えた人です。ひきこもり関係のカウンセラーなどの遍歴の後、湯島にやってきました。
それで湯島でサロンをしてもらいました。ひきこもり当事者にも声をかけ2.3人が参加してくれました。
激しいサロンで、途中で吉田さんはもう帰ると言い出したほどです。
でもそれがひとつの契機になったのかもしれません。
その後、吉田さんは時々、湯島に来てくれます。

吉田さんほど、家族のために自分の人生を大きく変えた人を私はあまり知りません。

いつかひきこもっている息子さんに会いたいと思っていますが、なかなか実現できません。

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