カテゴリー「マスコミ時評」の記事

2025/12/18

■「Nスタ」井上貴博アナの姿勢に共感します

TBSの井上貴博アナウンサーは、20年以上前から私はいつも感心しています。
ご自分の考えをしっかりと発言するからです。
最近はますますそれが明確になってきました。
たとえば最近の「おコメ券」に対する考えは、実にはっきりと自分の意見を述べています。それも静かに語ってくれるのでいいです。
れいわの山本さんには、ぜひ井上さんの話し方を学んでほしいです。

政治の動きに関しても、しずかに、しかしはっきりと自分の考えを発言しています。
このままいくともうじき下ろされるのではないかという気もしますが、ぜひともこの姿勢を続けてほしいです。
報道の中立性などとよく言われますが、「報道の中立性」っていったいどういうことでしょうか。要は報道しないということでしょうか。わかったようでわからない(いかようにも説明できる)言葉は警戒しないといけません。

それにしても、なんで見え透いた「おコメ券」などを採用する自治体があるのか、理解できません。
誰のための政治なのか。
ブルシットジョブづくりはなかなかなおりません。

https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%EF%BD%8E%E3%82%B9%E3%82%BF-%E4%BA%95%E4%B8%8A%E8%B2%B4%E5%8D%9A%E3%82%A2%E3%83%8A-%E3%81%8A%E3%81%93%E3%82%81%E5%88%B8%E3%81%AE%E6%8A%B1%E3%81%88%E3%82%8B%E8%AA%B2%E9%A1%8C%E3%81%AB-%E7%B5%90%E5%B1%80-%E5%9B%A3%E4%BD%93-%E7%B5%84%E7%B9%94%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%84%E3%81%9F%E6%94%BF%E6%B2%BB%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6/ar-AA1SAuId?ocid=msedgdhp&pc=U531&cvid=6943d67d6bdb4889bb89c733b6a1bd45&ei=14

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2025/11/10

■立花さんの映像をテレビでは出してほしくない

立花孝志さんが名誉棄損で逮捕されました。
何をいまさらと思いますが、選挙が絡んでいるので、「言論の自由」の関係で、検察はいろいろと考えていたのでしょうか。なにしろ「国家」にとっては、利用価値の大きな「事件」ですから。
しかし、立花さんのおかげで保身に成功した兵庫県知事は今なお知事でいます。
私はあの事件(斎藤知事再選)以来、兵庫県民はあまり信頼できなくなっていますが、もし千葉県で同じようなことが起きたら、私も今の兵庫県民と同じように何もできないのかもしれません。恐ろしいはないです。

しかも立花さんのおかげで、また「言動の自由」を管理する法律までできそうですが、それにしてもテレビが盛んに取り上げることにはいささかうんざりしています。
今の時代、良くも悪くも、顔が露出されるごとに、有名になり、立花さんは「出所」後、さらに行動しやすくなるでしょう。
テレビは、有名人を作り出し、社会を変えていく力があるのです。

昨日の湯島のサロンで、いま取りざたされている「国家情報局」が話題になりました。
「情報」は、管理する人によって、意味合いも影響も全く違ってきます。
立花さん的なものの存在や影響力を高めていくようなマスコミ報道は、結局は自らを貶めていくことになるでしょう。そして、自らもまた立花孝志化してしまう。

せめて立花さんの映像をテレビでは出してほしくないです。

 

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2025/07/25

■やはりおかしい

暑いせいで私の判断力がおかしくなったのか、最近はどうも納得できないことが多い。

たとえば、自民党の若手議員まで石破首相下ろしに動いているという話。
自民党では権力争いのただなかにいる老人たちはそれしか楽しみがないのだからまあ仕方ないとして、若手や地方議員までもが党首を代えれば問題が解決すると思っているとしたら、自民党はもう完全に終わりだとしか思えない。

自らも敗北したにもかかわらず、立憲党首が首相辞任を迫るのは滑稽すぎるとしても、それに異を唱える議員がいない立憲民主党も、もう完全に終わりとしか言いようがない。
まあ野田さんを党首にした段階で、完全に終わったとしか思えなかったですが。

日米交渉で、何かうまくいったように報道されているけれど、関税率を引き下げたことの代償に、巨額な防衛装備品や農産物の購入を受け入れたことにはあまり批判の目が向けられないのも理解できない。
関税率よりも、もっとひどい話ではないのかという気がしてならないが、うまくいったと自慢そうな赤沢さんの表情には、全く納得できない。
まあこれで日本の農家つぶし圧力が少しは弱まるかもしれないとしても、日本の食文化と自然環境はさらに壊れていくことは間違いない。

原発新設などという驚きの動きもある。現実の話とは、とても思えないが、どうやら事実らしい。

まあこれはほんの一部であって、ともかく新聞やテレビから流れてくる話は、納得できないことばかり。
暑さのせいで、日本政府の有権者たちはみんなおかしくなったとしか思えない。

そういえば、私の投稿へのコメントでの首相の名前表記が「石場」とか「石橋」とかの誤植が多いのも気になる。これは間違いか、意図的な誤記か、気になる。
いずれにしろ、この暑さは日本をだめにするかもしれない。
「命にかかわる危険な暑さ」どころではない。

今日も暑いですが、これから畑に行きます。
暑さでだめにならないように、自然から生命力をもらって来ようと思います。
やはり私には、エアコンよりも自然とのつきあいが好みです。

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2024/10/09

■袴田さんの無罪確定と「仕事」の評価基準

袴田さんの無罪が確定しました。

検察が控訴をしないことを発表した検事総長の談話には違和感があります。
相変わらず「控訴すべき内容だ」と言い、ただ「袴田さんの法的地位が不安定な状況が継続することは相当でない」から控訴しないというのは、どう考えても納得できません。
謝罪の言葉があったので、検事総長も人間だったとは思えたのですが。

しかし問題は袴田事件だけではないでしょう。
冤罪が起こる原因を無くしていかなければいけません。
冤罪だったということは、本当の加害者を見逃しているということです。
私はそのことに一番の危惧を感じます。

これに関して書きだすと切りがないのでやめますが、冤罪が発生するということは、捜査の進め方に問題があるということを意味します。冤罪がこれほど生まれてくるということは、真実を追求するスタイルができていないということです。どこかに大きな穴が開いているわけです。そこに焦点を当ててこそ、袴田さんの事件は活かされるはずです。
でも検事総長の談話には、そういう意識はまったく感じられません。

実に残念です。

朝日新聞は東京本社編集長の名前で、当時の報道に関するお詫びを1面で大きく書いています。これもちょっと安堵したひとつです。
しかし、マスコミが冤罪づくりにどれほど大きな役割を果たしてきているか。
できれば謝罪だけではなく、冤罪防止に向けての報道の役割をぜひとも考えていただきたいと思います。
検事の力も大きいですが、マスコミの力はもっと大きい。
そうした力を冤罪防止に止まらずに、真犯人探しに活かしていく方策をぜひとも考えてほしいと思います。
その気になれば、おそらく大きな力になると思いますので。

マスコミに対しても検察に対しても、私は「仕事」の評価基準に違和感を持っているのです。
そしてそれは、その両者だけではなく、いまの社会のほとんどの組織に対して感じていることです。

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2024/06/28

■新聞・テレビのない1週間

入院しているおかげで、この1週間、新聞とテレビから完全に遮断された生活を送っています。
たぶん私にとっては初めての体験です。

ネットニュースは基本的に見ませんので、世間から遮断されたと言ってもいいでしょう。
ただネットを通して個人的にはいろんな人とのやり取りはほとんど変わっていないので、身の回り関係では何の変化もありません。
つまり身の回り関係以外の社会からちょっとだけ情報遮断されているということです。

正直、何の違和感もありません。都知事選もガザの話も、ましてや興味本位な犯罪情報が入ってこないだけ、精神の安定にはいい気もします。
しかし、1週間経過して、やはり新聞が私の場合、とても重要なことに気づきました。

と言っても、私はほとんど新聞は読みません。
購読しているのは「朝日新聞」ですが、毎朝、5分ほど目を通すだけです。
特に読みたい記事があるときには、後でそこをきちんと読みますが、朝、全紙面をさっと読み流すだけで、なんとなく世間の動きが感じられます。それがどうも重要なようで、そこで私の関心が刺激され、以後、なんとなくそのことに注意祖W向けているのでいろいろと追加情報が入ってくる気がします。
テレビ欄もさっと見ますが、これも私にはかなり大切です。

テレビもニュースは一応見ますが、最初に出る予定されたタイトルだけで終わることも少なくありません。テレビニュースは私にとってはどうも繰り返しばかりで退屈です。それに画像情報は刺激が大きくて、むしろ思考を呪縛しかねない。それに、そもそも私が知りたいことではないことの方へと画像は向けられることが多いのです。

でも1週間、新聞やテレビを見ていないと、政治への関心は急速に低下、というか、変質するような気がします。うまく言えないのですが、日常から離れた「物語」のようになる。
新聞を毎日読まない人が増えているようですが、そういう人たちは、あきらかに私とは別の世界で生きていることになりそうです。話がかみ合わないわけです。

こういう状況で、ちょっと刺激的な話を聞くと大きく影響されるような気もします。
ポピュリズムが広がったり、陰謀論が出回ったり、極端な意見やヘイト思考が広がるのも、こうしたことが素地になっている気がします。

やはり毎日、日常的に新聞に接していることの意味は大きい気がします。
情報を受け取る主体が自然のうちに育っているのです。よく新聞に洗脳されているという話も聞きますが、情報を受け取る主体ができていなければ、そもそも「洗脳」されるまでにも至らない。簡単にデマやフェイトを信じてしまう。
新聞は「朝日」でも「産経」でも「赤旗」でもいいでしょう。定点観測的に、全体像を伝えてくれる新聞に触れていると、もちろん影響される面はあるでしょうが、それよりももっと大きな意味があるような気がします。

明日は帰宅後、1週間の新聞を改めて読むつもりです。

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2023/10/28

■「本当に裁かれるべきは、冤罪を生み出した我が国の司法制度」

袴田事件再審の初公判が昨日行われました。
事件発生後60年近くが経過し、しかも冤罪の可能性が極めて高い裁判です。

 昨日の公判での弁護団事務局長の小川秀世弁護士の冒頭陳述に心底共感します。

 「被告人は袴田さんですが、本当に裁かれるべきは、警察であり、検察であり、弁護人及び裁判官であり、ひいては冤罪を生み出した我が国の司法制度です」

警察や検察はどこを向いて仕事をしているのかに関しては、いささかの違和感をずっと持っています。
視座が基本的に間違っているようにしか思えません。

冤罪を生み出すのは警察や検察やマスコミの仕事であってほしくはありません。
袴田事件が「冤罪」かどうかは私自身は確証を持てませんが、そもそも冤罪が発生するという仕組みには、どこか欠点があるはずです。
警察や検察やマスコミが目指すべきは、犯人探しではなく、事実の解明であってほしいです。
ましてや、誰かのための「事実の構築」であってはならないでしょう。
でもそういうような方向に、何か動いているような気がしてなりません。

 「本当に裁かれるべきは、警察であり、検察であり、弁護人及び裁判官であり、ひいては冤罪を生み出した我が国の司法制度」という小川さんの言葉に、検察やマスコミはしっかりと耳を傾けてほしいと思います。

 

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2023/10/05

■尽きることのない市場、尽きることのない争点

沖縄知事の玉城さんは、辺野古にまつわる政府の繰り返しの難題に、判断保留を打ち出しました。昨今、あまりにも安直に使われているご都合主義の「苦渋の決断」と違って、玉城さんの誠実さを感じます。
https://www.asahi.com/articles/ASRB4552RRB4TPOB002.html

それにしても、マスコミは、ジャニーズ問題よりも、こうした問題にもっと時間を割いて報道してほしいものです。そして関心を高め、世論を盛り上げていってほしいものです。賛否は問いませんが。

もちろんジャニーズ問題が小さな問題などとは思っていませんが、いまの取り組み方はあまりに瑣末なところしか取り上げられていない気がします。
2回にわたる記者会見も、まさに茶番でしかありません。いまのような報道ならばやらない方がましではないかと私は思います。
そもそもまともに考えたら、ことはもっと簡単に運べるはずであり、いまのようなやり方なら、この数十年と何も変わっていない気さえします。

辺野古問題は、資本主義の本質を象徴しています。
一部の識者が言っているように、地盤問題もふくめて、たぶん辺野古は決して実現することはないでしょう。だからこそ、いまの経済や政治を仕切っている人たちには、最高の材料です。

尽きることのない市場、尽きることのない争点。
近代西欧は、「未完のプロジェクト」を生み出すことで、経済を成長させ、政治を権力化してきています。
ドラッカーの「顧客の創造」が経営の基本などと言っている、経営学者もいますが、そういう発想の人にとっては、辺野古は永遠に続く顧客創造装置とも言えます。
そろそろ「顧客の創造」が経営だなどという成長主義、金銭主義から抜け出せないものか。
未完を求める経済成長主義は、未来永劫続けられるわけでもありません。

最近、玉城知事に毎朝、エールを送っています。
沖縄がどうなっていくのかで、日本の未来が決まるような気がします。
岸田さんに、玉城さんの半分でも国民(住民)の声を聞く力、いや気持ちがあればいいのですが。

 

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2023/09/13

■ジャニーズ問題への私見

連日、ジャニーズ問題がテレビをにぎわしています。
私には、解決に向けて何も動き出しておらず、またいつものように、マスコミが新しい金儲け素材として取り上げているようにしか思えません。
ですからこの関係の報道には辟易しています。

そもそも問題は簡単で、当たり前の当然の話を、もったいぶって解説しているような話ではない。統一教会の話題と同じように思えてなりません。
もっと取り上げてほしい材料はたくさんある。
あまりに乱暴で粗雑な語り方ですみませんが。

そもそも問題の会社の社名存続に、会社側の姿勢は明確に出ています。
問題を全く恥じていないのです。悪いと思っていない。
名前は体を表す重要な存在です。それを存続させるということは、これまでも同じ理念で行くということです。体質はたぶん全く変わらないでしょう。新社長の東山さんは、なぜ自分の考えを通せなかったのか。要するに彼は変わっていないのです。悪い意味での忖度しているだけの話でしょう。
私には東山さんは、もう同罪の加害者側に加担した存在にしか見えません。鬼畜に加担したらダメでしょう。鬼畜に見えてしまっても仕方がない。
そもそもここまでずっと放置してきたジャニーズ関係者は、みんな同罪でしょう。
ビッグモーターの社員と、どこが違うのか。

おかしな組織は、経営者だけで成り立っているわけではありません。
社員がみんなで作っているのが会社です。
いまだに社員の中から、なぜ経営者への異議申し立てが起きないのか、そこにも問題の本質を感じます。ジャニーズ所属のタレントは、全員、加害者です。ジャニーズの恩恵を受けてきているのですから。
そもそも自分が所属している組織がどんな組織なのかに無関心でその恩恵を受けていること自体が、私にはありえない話です。

人は間違いを犯します。
でも間違いに気づいたらしっかりと向き合って、自らを正さないといけない。
私には、事態は解決ではなく、さらなる悪化に向かっての次のステップへと進んでいるようにしか見えないのです。

 

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2023/01/25

■You tubeを金儲けの手段にしてほしくありません

回転寿司の店舗での横取りやワサビ乗せの動画が話題になっています。

You tubeでの閲覧者を増やすために、こうした動画づくりに取り組むyou tuberが増えているようです。
こういう事件がなぜなくならないのか、どうしたら減らせるのか、は簡単です。でもだれもとめようとしませんし、むしろ増やそうという動きの方が多いような気もします。その根底にあるのは、こうした行為の深刻さへの認識が足りないからだと思います。

犯罪と言われる行為の評価基準に関しては、私と日本の司法界とでは全く違うようなのですが、私自身は時には「ある種の殺人」(例えば介護疲れややむにやまれずの結果)よりもこうした行為の方が社会を壊す意味では重罪だと思っています。
ですから、たとえば今回の横取りやワサビ乗せ行為者は、少なくとも1年以上の実刑としての懲役刑と罰金刑を重複で課すべきかと思っています。無期懲役刑もあってもいいと思うくらいです。なぜなら、被害は社会そのものを壊すことであり、特定の人たちに留まらないからです。
まあ、あまり賛成は得られないでしょうが。

幸いに今回は、被害を受けた会社(はま寿司)側が、当事者からの謝罪で許すことなく、訴えると言っています。そう決断したはま寿司に拍手したいです。
テレビでも映像が出ていますが、顔が隠されています。これもいつも不満で、本人がyou tubeで顔を出しているのであれば、テレビでも顔を出すべきです。無人販売所からお金も払わずに商品を持ち出す映像も時々テレビで流れますが、この場合も顔を出しません。そうしたマスコミの「過剰な気づかい」にもいつも違和感を持ちます。
まあそれはそれとして、みんななぜ「加害者」にこんなに気を遣うのか、私には理解できません。もしかして加害者の仲間なのでしょうか。

話がずれました。戻します。

こうした行為を過熱させる原因の一つは、you tubeへのアクセス数が多ければお金が入るからです。たしかにネットのおかげで、すべての人が情報発信者になれる時代です。それはとてもいいことだと思いますが、それを金儲けの手段にするのは問題が多すぎます。

近代社会の産業は「問題解決」型であるがゆえに、市場を拡大するためには問題を創り出せばいいという構造になっていますが、私はそれを「産業のジレンマ」と呼んでいます。ドラッカーがいったように、顧客を創造すれば、つまり必要もない人に必要性を感じさせれば、経済はいくらでも成長するのです。私はそんなことは「経営」だなどとはどうしても思えないのですが、you tubeは顧客創造の手段としては実に好都合なツールのような気がします。でもそれでいいのか。そろそろドラッカーの弊害に気づくべきではないのか。

また書きすぎました。
しかし、今回の横取り・ワサビ乗せ動画の投稿者のような人は、社会を壊す存在です。千丈の堤も蟻の一穴より崩れることを忘れてはいけません。そういう人が生まれる素地を広げているYou tubeの課金システムにはどうしても批判的になってしまいます。

もちろんYou tubeそのものを批判しているのではありません。社会を豊かにし、安心したものにしていくために活動しているYou tuberも決して少なくありませんから。
私が批判的なのは、安直にお金を稼ぐ仕組みと生き方です。

 

 

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2022/12/09

■「宗教2世」?

言葉が現実を創り出していくと言われるように、言葉はとても大切です。

マスコミや権力者、あるいは権威筋が使う言葉に、私は時々大きな違和感を持つことがあります。
たとえば、いまマスコミで使われている「宗教2世」にはどうしてもなじめません。
そもそも旧統一教会が「宗教団体」ということ自体にも違和感がありますが、その信者の元で育てられ自らも信者体験をした人たちを「宗教2世」というのでしょうか。

家族の役割のひとつが、子育てだとしたら、子どもは必ず親の影響を受けます。
生物的に育てるだけではなく、考えや生き方も、親から大きな影響を受けることは避けがたいでしょう。
湯島のサロンでも時々話題になりますが、親の影響を受けて生きにくくなってしまった人は少なくありません。もちろんその逆もあるのですが、私自身の反省も含めて、親は自らの生き方は自分だけでの問題ではないことをもっと意識するべきでしょう。

「宗教」をどう捉えるかにもよりますが、宗教はそもそも個人単位というよりも人のつながりの中で生まれてくるようにも思います。
そう考えると「宗教2世」という表現にはどうしても違和感があります。
問題は、「宗教」にあるのでしょうか。
私にはむしろ、そうした問題を起こす親たちが宗教をもたなかったことにこそ問題があるような気がします。また誤解されそうな表現ですが。

というわけで、私は「宗教2世」という言葉に大きな差別意識を感じます。というよりも、否定的なイメージを持ってしまうのです。これが新しい差別感を生み出さなければいいのですが。
「宗教2世」という言葉を使う人に問いたいのは、「宗教」って何ですか、ということです。

それにしても、問題が起こるといとも簡単にカテゴライズして、命名してしまう風潮には恐ろしさを感じます。言葉を生み出すのは、慎重でなければいけません。
先日発表された流行語大賞などというバカげた、というか俗悪で危険な風潮にもいつも極めて不快感を持ってしまいます。
言葉遊びには大切な意味がありますが、言葉を無責任におもちゃにしてはいけません。

 

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