カテゴリー「平和時評」の記事

2026/08/06

■テレビを通じての広島平和式典参加

テレビで、ですが、広島平和式典に参加していました。

横田知事の挨拶を、高市総理はどういう思いで聞いていたでしょうか。
高市総理も非核三原則を堅持し核兵器のない世界に向けて行動していくというような話をしましたが、核抑止力に依存しているかぎり、その言葉は虚しいです。

いつも思うのは、なぜこの式典に総理を呼ぶのかという疑問です。
話をしてもらう人はほかにいるだろうに、と思います。

例年、8月上旬は、湯島で広島か長崎に関連したサロンを開くのですが、今年は企画しませんでした。代わりに、今日の式典に参加しているサロン仲間の話を聞く、かる~いサロンを中旬にでも開こうと思います。

核兵器(原発も含めてですが)は人類とは共存できないと思っています。

 

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2026/07/07

■「愚かな戦争」?

テレビであるコメンテーターが、アメリカがイランに仕掛けた戦争を、「愚かな戦争」と評していました。
つい聞き流してしまいそうな言葉ですが、この人は、「愚かでない戦争」があると考えているのでしょうか。
そうした「ちょっとした言葉づかい」に、その人の本音が現れます。

戦争は、そもそも「愚かな行為」です。
いや「愚か」どころか、「やってはいけない行為」だと思います。
にもかかわらず、なぜ戦争を起こしてしまうのか。
戦争を起こす人は、決して「愚か」ではないでしょう。
愚かでない人が、愚かな戦争を起こす。
「愚か」って、一体、何なのでしょうか。

 

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2026/04/30

■復讐への誘惑

「私刑」は禁じられています。つまり今の社会では、「復讐」は禁じられています。
代わりに警察行政や司法が、加害者を罰してくれることになっています。
しかし、その警察行政や司法が、冤罪などを起こしたり、加害者に対して被害者の要求度とはかなり違う対応をしたりすることは少なくありません。

昨日の朝日新聞に暴露系アカウント「DEATHDOL NOTE」の記事が出ていました。
「DEATHDOL NOTE」は、アイドルの不祥事などの情報を暴露する投稿を2024年から始め、100万人以上のフォロワーを持つそうですが、今年に入ってから、各地の学校で起きた暴行の様子を映した動画の投稿も始めているそうです。

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今年初め、中学生の息子が学校でいじめにあい暴行を受けた母親が、加害者の動画をそこに投稿し、その結果、加害生徒が逮捕されたことを添付の朝日新聞が紹介しています。被害を受けた生徒の母親は「動画をさらさなければ逮捕できなかったはずだ」と話しています。
「DEATHDOL NOTE」の主催者は、「加害者は制裁を受けるべきだ」と考え、加害者と判断した人物の顔にはモザイクをかけずに投稿していますが、それに対してもうひとつの「いじめ加害者になっている」といった否定の声も多いそうです。

こうした背景には、現在の警察行政や司法が十分には機能していないこと、さらに被害者関係者からは信頼もされていないことを示しています。
だからといって、私刑や安直な社会的制裁を認めることには賛成できませんが、私自身どこかにそうした動きに共感してしまう気持ちがあります。
私にはまだ実体験はないのですが、被害者の持つ「復讐願望」は頭ではよくわかります。
ですから、昨日この記事を読んで以来、ずっと気になっています。

このテーマで一度、湯島でサロンをやろうと思います。
どなたか問題提起者として参加してくれる人はいないでしょうか。
もしいなければ、この新聞記事を材料に話し合いたいと思います。
みなさんの意見をお聞かせください。

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2026/04/28

■誰かのせいにしても、戦争はなくなりません

40年前の一昨日、ソ連のチェルノブイリ原発で事故が起こりました。
最近は、チェルノブイリとは言わずに、チョルノービリというそうですが、こういう表記の変更は、事故を忘れさせるための暴挙だと思いますが、それは今回書きたいことではありません。

チェルノブイリ事故は原発の危険性を世界に示しましたが、21世紀に入ると原油価格の高騰や地球温暖化防止を理由に世界的にまた原発の再評価の動きが出てきて、「原子力ルネッサンス」などという言葉まで使われ出しました。日本でも、そこで再生エネルギーへの動きは止まってしまいました。
ところが2011年に福島原発事故。まるで神様(自然)の警告のように私には思えますが、そこでまた脱原発の動きが出てきました。そして日本でも核兵器と原発は同じものだという認識がようやく生まれてきた気がします。

しかし、その動きもまた、ウクライナ戦争以来、反転し、今回のイラン戦争で一変しました。まさに歴史は繰り返すですが、そこに「資本の意図」をどうしても感じてしまいます。
「戦争」→「原油価格の高騰」→「原発回帰」という流れが、そこには見えますが、流れは反対なのではないかと思います。
つまり、「原発回帰」→「原油価格の高騰」→「戦争」。

経済を成長させるためには、市場の拡大が不可欠です
企業経営の基本は「顧客の創造(市場の拡大)」と言われているように、市場を拡大することにこそ資本主義の本質があります。
そう考えれば、「戦争」の意味がまったく違って見えてきます。
戦争は市場拡大の手段なのです。
しかも原油が高騰すれば、一挙に「市場規模」つまり「経済成長」が実現します。とりあえずは「名目価値」ですが、すぐに実態はついてきます。
このことは以前から言われてきていることです。

しかし今やそこに「原子力」が入ってしまった。
原子力の安全神話はもう消えたはずです。
原子力発電は、基本的に危ないもので、人間の管理できるようなものではありません。
しかし、原油が高くなるとみんなまた原子力発電を受け入れてしまう。
みんな「今の自分」のことしか考えていないのでしょうか。

戦争のために原油が高騰したのではなく、原油を高騰させるために戦争を引き起こした。
そう考えると、戦争はまた違った風景に見えてきます。
脱原発になっては経済の無限成長が止まってしまう。
戦争はそのために起こされているのではないのか。

つまり、戦争とはヒトラーやトランプが起こしているのではないのではないか。
私たち生活者一人ひとりの生き方が、戦争を引き起こしている。
私にはそう思えてなりません。

「戦争止めろデモ」の価値は私にもわかります。
でも戦争を止めるためには、まずは自らの生き方を変えることから始めたい。
誰かのせいにしても、戦争はなくなりません。

湯島ではそんな話し合いを毎月やっています。
そして私も、できることから生き方を少しずつ変えています。
来世もまたこの地球で生きたいからですが。

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2026/04/08

■とりあえずの危機は乗り越えましたが

今日の午前9時を超えたら、イランに大攻撃を行うというトランプの言葉が、直前になって、また変更されて、2週間の攻撃中止発言がありました。
たぶんトランプは発言を変えるだろうとは思ってもいましたが、万一、実行されたらどうなるのだろうかと、楽観主義の私にはめずらしく昨夜は心配で仕方ありませんでした。
まさに今のトランプは、イソップの「オオカミ少年」のような感じですが、しかし、危機を危機と感じなくなっている世界がとても恐ろしいです。

さらに気になるのは、ウクライナにしろガザにしろ、一時は盛んに日本でもマスコミで報道されていたのに最近は、イランのおかげであまり報道もされず、多くの日本人も関心を失っているように思えることです。
アルテミス計画どころではないと思いますが、私たちの見える世界は、マスコミ報道でつくられていることがよくわかります。
ウクライナやイランでさえ、そうなのですから、実際に発生している「不都合な事件」はこうやって「浪費」されながら、「だれか」の都合に合わせて、構成されているのでしょう。冤罪や不正行為の見過ごしなどが横行しているのも当然かもしれません。
自分の身に降りかからなければ、みんな「ドラマ」として楽しんでしまう。
そういう世界には生きたくないと思いながらも、残念ながら抜け出すのが難しい。

それにしても、こうした大きな危機にあるにもかかわらず、テレビで報道されているCMやCMまがいの報道記事に触れると、ほんとうにどこかで戦争が行われているのだろうかと思ってしまいます。

今は平和の時代なのか、戦争の時代なのか。
いやそれ以前に、自分が本当に生きているのだろうかと、時々思うことがあります。

でもまあ今日はイランが守られた。それだけでもうれしいです。

 

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2026/03/31

■ホルムズ海峡の重油タンカーを止めているのは日本政府

イラン戦争もあってガソリン価格が上がっているので大きな話題になっています。
価格だけではなく、重油そのものが入ってこなくなるのではないかと言われています。
こうした話には、いつでもおかしなことがたくさんあります。

トランプからホルムズ海峡への艦船派遣要請された高市首相は、憲法9条があるのでできないと言ったそうです。「出来るのに断った欧州各国と違い、日本はしたいけれど出来ないのと言った」という解説になっています。
これもおかしい。すでに憲法を破った過去のある日本の本音はそこにあるのか?

ホルムズ海峡を重油タンカーが通過することに対して、イランはアメリカ協力国以外の国は連絡すれば通過できると言っています。にもかかわらず、日本政府は相変わらずホルムズ海峡の危機を唱え、重油が入ってこなくなると言い続け、アメリカ産重油を買いだした。今回は、「できるけれどやらない」と言っているわけです。これもおかしい。

重油タンカーを止めているのは、イランではなく、日本政府なのです。
そして、9条を条件にして戦艦派遣をしなかったのは、別の理由がある。
トランプがやっているのは、国家間の戦争などではないのです。
そう考えるといろいろと見えてくる気がします。

まあしかし、戦争はどこから起こるかわからない。
その前に高市首相からは政治の世界から出ていってほしいです。
もう十分に役割を果たしてくれたのですから。
日本の政治のおかしさや問題点を、しっかりと認識させてくれました。
あとは私たち、国民が目覚めるときです。

高市さんを個人的の貶めるようなことしか言わない人たちにも退場してほしい。
自分の欠点は他者に写って見えることに気づいてほしい。社会の表に出てくる人は、みんなそういう意味で自分の鏡です。良い意味でも悪い意味でも。
そんなところに呪縛されていたら、未来は見えてこない。

まずは円安や株高を止めたいです。

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2026/03/30

■広島市立大学国際学部叢書『原爆80年』(人文書院)をお薦めします

人文書院から広島市立大学国際学部が出版している叢書の1冊に『原爆80年』というのがあります。書名が示すとおり、昨年末に出版されました。
副題は「被爆と核をめぐる過去・現在・未来」。
核問題に関心ある人にはぜひ読んでほしい本です。10編の論文から構成されていますが、いずれも興味深く、読みやすいです。

編者の一人、井上泰浩さんは「序章」をこう書き出しています「未来に向けて今、核廃絶を求めて声をあげなければならない」。
そして、こう締めくくっています。「核兵器は明白で、差し迫った、究極の危機だ。未来に向けて核廃絶を実現しなければならないし、そのために、わたしたち一人ひとりは声を上げることも、何かをすることもできる。その一つが本書『原爆80年』である」。
このメッセージに共感しますが、この本を読むこともまた、核廃絶に向けて私たちのできることの一つだと思います。読んで隣の人に薦めること、もです。

5日もかかりましたが、すべてをいま読み終えました。
いろいろな気づきをもらい、また新しい疑問が生まれてきました。
たとえば、アメリカのマスコミがフェイクニュースで成り立っているというのはどうも今に始まったことではなく、さらに韓国での原爆観の歴史など、私の視野からほとんど抜けていたことにも気づかせてくれました。

論考集とはいえ、それぞれはとても読みやすいです。
特に私が多くの人に読んでほしいと思ったのは、第9章、太田育子さんの「人類は戦争を廃絶できるか ラッセル=アインシュタイン宣言から考える国際秩序の未来」です。20ページほどの小論ですので、できればこの読書会をやりたいと思っています。
いささか高価な本なので、みなさんに購入しての読書会は難しいと思うので、何か方法は考えようと思います。できれば太田さんのお話もお聞きしたいと思いますが、どなたか友人はいませんか。

もう一つは、韓国の原爆観です。これに関しては2つの論考が収録されています。
金栄鎬さんの「『はだしのゲン』は韓国でどうよまれたか」と高橋優子さんの「朝鮮半島出身被爆者の暦と未来につづく課題」です。後者は、私の疑問(「なぜ語り伝えていかねばいけないのか」)への問いにも触れています。
なお、中沢啓治さんの『黒い』シリーズのコミックが紹介されていますが、どなたかお持ちであれば貸してくれませんか。

ちなみに、私の最近の一番の関心は日韓関係です。日本にとって一番大きな意味を持つのは韓国ではないかと思っているからです。
韓国の人にサロンをお願いしたいとずっと思っています。もし気楽にお願いできる韓国の人がいたらご紹介ください。湯島のサロンではお礼は一切できませんが。

風邪はまだ治りませんが、読書できるまでには回復しました。
遠隔治療の効果かもしれません。それに太陽も出てきましたし。

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2026/03/17

■世界平和に向けて、もっと考えたいですね

一昨年、湯島のサロンで「世界議会」のお話をしてくだった原田雄一郎さんが、いま、「世界議会を作ろう!」というサイトで、世界平和に関係する2つのコーナーを担当し、投稿しています。
https://peace-union.org/

ロシア対ウクライナ戦争、米国・イスラエル対イラン戦争、北朝鮮核強国へと、第三次世界大戦前夜のような感じもするこの頃、世界平和を求める運動を少しでも進めるように努力したい、というのが原田さんたちの思いです。
日本でもますますキナ臭い話が増えており、憲法9条改正が現実の課題になりそうなうえに、核兵器に対する姿勢さえ変わりつつあるような、心配な状況になってきています。

こういう状況であればこそ、目先の動きに振り回されずに、原田さんたちが取り組んでいる「世界議会」の理念を改めてしっかりと考えていくことが大事だと思います。

原田さんは、上記サイトのブログの中で、「『世界議会 21世紀の統治と民主主義』を読み解く」と「平和な世界を求めて。考えようーお勧めの本」の2つのコーナーを担当しています。
昨今の世界の動きに不安を感じている方にはぜひ読んでほしいと原田さんは思っています。感想などもできれば原田さんに送っていただければうれしいです。

原田さんたちが取り組んでいる『世界議会』改訂版の翻訳も進んでいるようです。
また一度、原田さんの「世界議会と世界平和」サロンも企画できればと思っています。

原田さんたちが翻訳出版した『世界議会 21世紀の統治と民主主義』は、原田さんからCWSライブラリーに寄贈されていますので、貸出可能です。ぜひ多くの人に読んでほしいです。ご希望の方は湯島に来た時にでもお申し出ください。

ちなみに、原田さんの湯島での世界議会のサロンの報告は次にあります。
サロンに参加されていない方、ぜひお読みください。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2024/11/post-329355.html

 

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2026/03/05

■核戦争が起きてもおかしくない状況ですね

イランをめぐる状況は、毎日のテレビ報道を見ているとどんどん悪化しているような気がしてなりません。このままだと、どこかで核戦争のボタンが押されてもおかしくない。

核兵器はシステムによって管理されているでしょうが、だからこそ責任感が希薄化されていますから、ひょっとした「誰かの気分の迷い」から引き金がひかれてもおかしくありません。なにしろ日本にさえ、人の死を喜ぶような気持ちが漂い出している時代ですから。

システムでの管理ということほど、恐ろしいことはありません。
そこでは、そこにかかわる人間の「責任」はシステムに帰せられますから、誰もが真剣には考えなくなります。さまざまなチェック機能が仕組まれてはいますが、いずれもそれはシステムが正常に機能するかどうかのためであって、結果が人間にとってどういうものであるかの評価はないでしょう。
そうしたことは、企業組織が時々犯す事件が、個人の責任や良識とは切り離されていることからわかるでしょう。組織やシステムは、そのためにあるといってもいい。

そもそも核兵器の使用結果などというものは、人間の想像を超えていますから、いわゆる「プロメテウス的落差」によって、人間でさえも評価できません。
冷静に考えれば、核兵器を使用したいと思う人間はおそらくいないでしょう。その結果は自分にもやってくるのですから。しかし、人間はいつも冷静であるわけではありません。
あるいは分業化された課題を担当する人間にも、そうした想像力は作動しないでしょう。

いつシステムが人間とは別に動きだすか。そのシステムに引き寄せられる狂気がいつ生まれるか。そんな不安が、毎日強まっています。
そんななか、今日、WBCが開幕。

時代の狂気を感じます。
祈るしかありません。

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2026/03/03

■人類の遺産がまた失われるのが心配です

アメリカ・イスラエルとイランとの破壊合戦が、これ以上エスカレートしなければいいのですが。

テヘランにあるユネスコ世界遺産のゴレスターン宮殿が被害を受けたという報道がありました。タリバンによるバーミヤーン大仏の破壊には驚きましたが、それと同じようことをアメリカもイスラエルもするのだと知りました。

私はシラーズの近くのペルセポリスが大好きなのですが、あそこが破壊されないことを祈ります。ペルセポリスに立った時、ギリシアから始まる歴史とは違う人類の歴史に少しだけ触れた気がして、私の世界観は変わりました。
私がペルシアもイスラムも好きなのは、そのせいかもしれません。

私が訪問したくてできなかったのは、シリアのパルミラです。
パルミラはISによって破壊されましたが、あんな愚行はもう繰り返してほしくないです。
過去を破壊していくことは、未来の破壊につながります。
現在は、過去と未来をつなぐことにこそ意味がある。

これ以上、人類の記憶を壊していってほしくないです。
もちろん第三次世界大戦は起こってほしくないですが、人類の遺産も壊してほしくない。
トランプさんとネタニヤフさんに、それくらいの知性は期待したいです。
壊し合いをやるなら、月の裏面ででもやってほしい。
あるいはバーチャル空間のゲーム世界でやってほしいです。

イランには、いや中東には、素晴らしい遺跡がたくさんあります。
そこから私たち人間の歴史がこれから明らかになっていくはずです。
それを壊してしまえば、私たちの未来はたぶん開けていけないでしょう。

人類は間違いなく退化しています。
本来の人類に戻れなくなってしまうことが恐ろしいです。

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