カテゴリー「平和時評」の記事

2017/10/15

■それでもあなたは原発再稼働に賛成しますか

NNNドキュメント「放射能とトモダチ作戦」 米空母ロナルドレーガンで何が? の再放送を見ました。
衝撃的な内容でした。
その番組の最後のナレーションは、

トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが、原発事故の放射能で被曝して健康を害したとして、402人が裁判を起こしていることを、あなたは知っていますか?

でした。
私は知りませんでした。
すでの9人が被曝で亡くなっていて、もう身体が自由に動かなくなった人たちも少なくありません。
にもかかわらず補償も十分ではないようでした。
なにしろ裁判になっているくらいですから。

番組解説にはこう書かれていました。
http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-66.html

福島第一原発の事故。汚染されたのは東日本の陸上だけではなかった。実は、放射性物質の約8割は太平洋上に流れ込んでいたという。そして東北沖で"トモダチ作戦"として支援活動していたのが米空母ロナルドレーガン。当時、艦内では放射能アラームが鳴り響いていた。乗組員の兵士らは今、続々と放射能による健康被害を訴え死者は9人に。そして米兵ら400人以上が東電などを訴えている。空母で一体何があったのか?

海上の空母の乗組員でさえ、こうした状況にあるのに、なぜ福島原発では死者が出ていないのか。
そこに大きな疑念をもちました。

録画しておけばよかったのですが、録画しませんでした。
再放送なので、いまのところ再放送は予定されていないようです。
ネットのユーチューブ流れていますが、もし可能であればぜひ見てください。
見られないかもしれませんが。
http://www.dailymotion.com/video/x63roud

身心が凍るようなメッセージが伝わってきます。
この番組を見たら、脱原発とか再稼働とか議論することさえ無意味に思えます。

もし自分がその当事者になったら、と思うと、今度の選挙の投票先は明確です。
再放送がないのがとても残念です。

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2017/10/08

■制裁への逃走と「離見の見」

フランクリン・ルーズベルトの前のアメリカ大統領ハーバート・フーバーは、その回顧録でルーズベルトを厳しく批判しています。
GHQの教育でルーズベルトは偉大な大統領だったと多くの日本人は刷り込まれていますが、最近ようやくその実体が露呈してきています。
真珠湾攻撃で日本が戦争を始めたという考えも疑問がもたれはじめました。
フーバーの回顧録を材料に、ルーズベルト批判の書を書いている青柳武彦さんは、太平洋戦争は1937年、つまり真珠湾攻撃の4年前に、アメリカによってはじめられていると言っています。
アメリカ政府が、真珠湾攻撃を事前に察知していて、むしろそれを利用したことは以前から明らかにされてきていますが、いまもって多くの日本人もアメリカ人も、真珠湾攻撃によって日米は開戦したと考えています。

まあその種の話は、かなり詳しく書かれている本がたくさんありますので、関心のある人はそれを読んでもらうとして、今回紹介したいのは、フーバーの回顧録に書かれている次の指摘です。

制裁は、殺戮と破壊以外の全ての戦争行為そのものを実行するもので、いかなる国といえども、品格を重んじる国であれば、我慢できることではなかった。

日本はアメリカによる厳しい制裁によって、戦争へと向かってしまったわけです。
その体験がありながら、いま日本の政府は、北朝鮮に対して、同じような「制裁」に取り組んでいる。
フーバーの政治感覚からすれば、「制裁」はすでに戦争行為なのです。
戦争はすでに始まっているといえるのかもしれません。
異論のある人も多いでしょう。
しかし、アメリカに制裁されていた時の日本のことを少しは思い出したいものです。

いささか論理が飛び過ぎだと思いますが、日本の社会には、いま「制裁」思考が広がっているように思います。
子どもたちのいじめ、多発する自殺、メンタルダウンの増加。政治や暴力団の世界での制裁。
「刺客」などというおぞましい言葉をためらいもなく使う政治家たち。
相手の身になって考える余裕がなくなっているのかもしれません。

ここで思い出すのは、世阿弥の「離見の見」です。
あるいは道元の「まず我見を離るべし」という教えです。
日本の文化が培ってきた、そうした日本の知恵が、最近どんどんと消えてしまっているのが、とてもさびしいです。

残念ながら私はフーバーの回顧録を読んでいません。
友人が、草思社から翻訳が7月に出たと教えてくれました。
ちょっと高いので、迷いますが、読んでみようかとも思います。

「裏切られた自由 上: フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症」
下巻は来月発売予定だそうです。

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2017/09/23

■お互いに知り合えば、戦争などなくなるでしょう

トランプさんと金正恩さんとのチキンゲームはますますお互いの弱さを露呈してきていますが、それに拍手する安倍首相のような人もいて、さらにはそれをはやし立てるテレビタレントもいて、このままだと事故の暴発にさえつながりそうな気配を見せています。
暴発は運に任せるしかありませんが、もっと恐ろしいのは日本核武装論が現実化しそうなことです。

何回も書きますが、改めてオスグッドの勇気に感心しています。
当時は日本もアメリカも、エスカレーション戦略論者のハーマン・カーンが大人気でした。
その潮流には、オスグッドは決して乗りませんでした。

オスグッドも引用していますが、アインシュタインは、かつてこう書いています。

我々の世界は、善悪いずれを問わず主要な決定を下すことのできる権力者の手に負えぬほどの、一大危機に見舞われている。解き放された原子の力は、我々の思考以外のすべてを変えてしまった。もし人顆がこれから先も生き残ろうとするならば、我々は事実上、全く新しい思考の方法を必要とするであろう。

オスグッドは、「本当に災難が訪れた時、それを非常識な学者たちや、ワシントンのバカどもや、クレムリンの悪魔のせいにすることは容易いことです。しかし、それでは我々はどうにもならないでしょう」と「戦争と平和の心理学」で書いています。
まさにこの言葉は、いまの状況にも当てはまります。
批判してもどうにもならない。

アインシュタインは、その後、パグウォッシュ宣言などに見られるように、行動を変え、世界に働きかけていきます。
パグウォッシュ会議が始まった1950年代からオスグッドの提案が出た1960年代にかけて、世界は大きく方向を変えそうな時代でもありました。
しかし、なぜか1970年に入ると歴史はまた回帰してしまいました。

なぜそうなってしまったのか。
たぶんそれは、世界の構造原理の変化に無関係ではないような気がします。
システム同士の対立からシステムと人間との対立になったというのが私の考えです。
私には、世界の構造ははっきりと見えているのですが、それはイメージ的なものなので、文字で書くのはたぶんできません。
そういえば、小林秀雄さんが、岡潔さんとの対談で、「アウグスチヌスは、時というものを説明しろといったらおれは知らないと言う、説明しなくてもいいというなら、おれは知っていると言うと書いていますね」と話していましたが、まあ偉そうに言えば、そんなことです。
人が言葉にできることは、自分の世界のほんの小さな一部でしかありません。
世界が見えていると不安は小さくなります。

本論に戻れば、人間はみんな平和を欲しているのです。
その点では、アメリカの人たちも北朝鮮の人たちも同じです。
私もそうです。
昨日のテレビの報道ステーションで、仲代達矢さんがどうしてあの2人はあんなに言い合うのかと話していましたが、まったく同感です。
そしてそれに波長を合わせている人が多いのにも私は不思議でなりません。

権力たちは、もしかしたら「平和」を望んでいないのかもしれません。
言い方を変えれば、「争い」で自らの「平和」が得られると思っているのかもしれません。

問題を解決したいのであれば、違いから入るのではなく、同じところから入るのがいいでしょう。
大切なことは、平和を望んでいるのは誰であり、争いを望んでいるのは誰かということを見極まることです。

友だちを増やしましょう。
世界を広げましょう。
お互いに知り合えば、戦争などなくなるでしょう。
そんな思いで、湯島ではサロンを続けています。
百年河清を俟つのも、またいいものです。


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2017/09/21

■ソクラテスの嘆き

20日の国連総会で、安倍首相は北朝鮮について、「脅威はかつてなく重大で、眼前に差し迫ったものだ」と述べ、「必要なのは対話ではなく圧力だ」と強調したと報道されています。

いま、50年前に出版されたチャールズ・オスグッドの「戦争と平和の心理学」を読み直しているのですが、ちょうど昨日読んだところに、アメリカとソ連の冷戦関係の時に、アメリカ人とソ連人にソクラテスがインタビューした話(もちろんフィクションです)が出てきます。
それぞれにインタビュー後、ソクラテスは嘆いて言うのです。

「神よ。他人の立場に立って自分の立場が眺められるような能力を、我々すべてに授け給え」
ソクラテスはさらに続けます。
「神よ。自分の立場に立って他人の立場を眺められるような能力を、同じく我々すべてに授け給え」
両国民とも、自分たちはまったく責める気がないのに、相手が攻めてくることを恐れているのです。
オスグッドは、これを普通の生身の人間に要求するということは容易なことではないと書いています。
しかしもし平和を望むのであれば、相手を信頼して「緊張緩和の漸進的交互行為」に踏み出す勇気(GRIT)を持つことだと言っています。
緊張緩和の漸進的交互行は、Graduated and Reciprocal Initiative in Tension-reduction の訳語ですが、頭文字を取ればGRITになります。
核抑止力に関する強力なアンチテーゼとして提案された考えです。

ついでにもうひとつ。
一度紹介したことがあるキム・ジヒャンさんの「開城工団の人々」(地湧社)に出てくる話です。
開城工団(ケソン工業団地)は、北朝鮮が韓国の企業を誘致して北朝鮮国内につくった工業団地で、そこでは韓国の人と北朝鮮の人が一緒に働いていました。
韓国の人も北朝鮮の人も、最初は、お互いに相手を角の生えた鬼くらいに思っていたそうです。
同じ国家の国民だった人たちが、50年もたてば、そうなってしまうのです。

相手を信頼する勇気こそ、私が大事にしていることです。
相手も自分と同じ人間であることに気がつけば、その勇気は出てきます。
時に裏切られるとしても、自分もまた時に裏切ることがないとは言えないことを思えば、許せます。
相手を信頼できない人は、私からすれば、よほど性悪な人なのでしょう。
性悪で弱虫のチキンレースがどんな結末になるのか、思うだけでもおぞましいです。

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2017/09/18

■カフェサロン「となりのムスリムにイスラムのことを聞いてみよう」の報告

台風が心配されるなか開催された第1回イスラムサロンは16人のサロンになりました。
テーマの関係かもしれませんが、初参加の方も数名いました。
話し手のムスリムのオプさんの家族(パートナーと小学5年の息子さん)も参加してくれました。
息子さんも、父親からきちんとイスラムの話を聞く機会は多くないようで、自分から聞きたいと言って参加してくれたのだそうです。

まずオプさんは簡単な自己紹介をしてくれました。
最初の来日は、山口県でボランティア活動をした時だったこと。
帰国後、自国のバングラディシュで日本から来ていた美希さんと出会って結婚し、日本に移住したこと。
日本はとても住みやすいけれど、日本の人たちにもっとイスラムのことを知ってほしいと思っていること。
イスラムの信仰は深いけれど、1日5回の礼拝などの戒律に関しては、その精神を大切にして、必ずしも形には縛られていないこと。
いまは日本の企業で働いているが、バングラディシュと日本をつなぐ活動がしたいこと。
イスラムのこともバングラディシュのことも、もっと多くの日本人に知ってほしいと思っていること。

それに続いて、オプさんは参加者に、イスラムのイメージや知りたいことなどを問いかけました。
いろんな視点からの関心事や質問がありました。
オプさんはイスラムにネガティブイメージを持っている人が多いのではないかと思っていたようですが、むしろイスラムに好感を持っている人が多かったのが意外だったようです。

オプさんはみんなの質問に答えるような形で、話をしてくれました。
イスラムの教えでは、ハラールとハラームということがよく言われます。
「許されていること」と「禁じられていること」で、たとえば、豚肉とアルコール類は禁じられています。
オプさんは、それにはきちんと理由があってそうなったのだといいます。
でも今はその理由がもうなくなったものもあるはずで、オプさんとしては時代に合わせて、自分で判断しているそうです。
礼拝で唱える言葉の意味は必ずしも意味明快ではないそうですが、繰り返し唱えることの効用もあるという話は、日本の仏教のお経を思い出しました。

ひとわたり話してくれた後で、オプさんはイスラムの生活を支えている大事なことが5つあると説明してくれました。
「アッラーへの信仰告白」「1日5回の祈り」「チャリティ」「断食」そして「巡礼」です。
「アッラーへの信仰」をしっかりと持っていることは絶対的なものですが、祈りやチャリティや巡礼は、その精神をしっかりと持っていればいいというのがオプさんの考えです。
困っている人がいたら、むしろ巡礼費用をチャリティに使うことで巡礼に行ったと同じと認められるというような話もコーランにあるそうです。
オプさんは、ムスリムと言っても、そうした戒律を厳格に守っている人もいれば、柔軟に捉えている人もいると言います。

断食に関しても、食を断つことが目的ではなく、我欲を自制し、自らが苦しみを体験することで、他人の痛みや苦しみを知るところに意味があると言います。
それに夜になれば、みんなで一緒に食べるという喜びもセットになっていることを知ってほしいいと話してくれました。

複数の妻帯が認められているのかという質問もありましたが、オプさんはそれは貧しい時代にみんなで助け合うというチャリティの意味もあったと説明してくれました。
そういうように、厳しく感じられる戒律にも、みんなが支え合って生きていくための知恵が、その基本にあるわけです。
しかしそうした「生きていくための知恵」として生まれた戒律が、誰かによって悪用されている現実があることに関してもオプさんは残念だと思っているようです。

ジハード(聖戦)についても大きな誤解があるようです。
最近のIS関係の報道を通して、好戦的なイメージが広がっていますが、ジハードとは、本来「神の道のために努力する」ということで、むしろ自分に克つという意味合いが強いと言います。
聖戦と言っても、それはムスリムの共同体の防衛のためであって、攻撃を正当化することはないし、コーランでは殺人は厳しく禁じられているそうです。

他にもいろんな話がありましたが、私の記憶に残っていることを少し紹介させてもらいました。
オプさんは、イスラムと言ってもいろいろあるので、画一的に考えないでほしいとも話されました。
たしかにムスリムの女性たちの服装も国によって違います。
オプさんと美希さんの結婚式の写真を見せてもらいましたが、女性たちはみんな実にカラフルで、スカーフなどで顔を覆ってもいませんでした。

サロンでの話を聞いていて、私が感じたのは、ムスリムの戒律には富の再半分機能と社会秩序の維持機能が見事に埋め込まれているということです。
そこから学ぶことはたくさんありそうだということです。
でもまだ1回だけのサロンですから、そんな気がしただけというべきかもしれません。

オプさんは、イスラムの本当の実態がなかなか伝わっていないことを残念に思っています。
ですから、日本の人たちにももっとイスラムのことを話したいと考えています。
日本人がイスラムのことをどう思っているかについても知りたいでしょう。
一方、日本人は、イスラムのことも知りたくてもなかなか話を聞く機会がありません。
今回のサロンは、双方にとって理解し合う契機になりました。
イスラムサロンは継続して開催していきますので、まわりにムスリムがいたらぜひ話に来てもらってください。
私に連絡してもらえれば、場をセットします。
できれば、定期的なムスリムとの交流の場が生まれればと思っています。

ちなみに、オプさんの息子のサミーくんも初めてお父さんからイスラムのことをきいて、イメージがちょっと変わったそうです。
それにとても面白かったので、また参加したいと言ってくれました。
サミーくんのためにも、このサロンはつづけようと思います。

とても気づかされることの多い、また何かが生まれそうな予感のするサロンでした。
オプさん家族と参加されたみなさんに、感謝しています。

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2017/09/17

■GRIT戦略

相変わらず北朝鮮の核開発行動が国際的な問題になっています。
私は何回か書いているように、「問題の捉え方」が間違っているように思いますし、冷静に考えたら合理性においては、米国や日本よりも北朝鮮の言動のほうに論理性を感じます。
最近ようやくそういう発言が語られだしていますが、問題の設定を間違えば、問題は解決しようもありません。
ついでにいえば、今朝の朝日新聞は拉致問題を大きく取り上げていますが、拉致問題の解決こそが核開発問題の解決にとっても出発点にあるように思います。
ここでも「問題の設定」の間違いを感じています。
解決の順番を間違えてしまえば、行きつくところは違うものになります。

ところで今日思い出したのは、チャールズ・オスグッドの「戦争と平和の心理学」です。
これもホームページやブログで何回か取り上げていますが、いまこそ読み直すべき本ではないかと思っています。
日本で翻訳が出たのが1968年です。まだ日本ではハーマン・カーンのエスカレーション理論が主流で、核抑止論が絶対的に信仰されていた時代です。
会社の上司がカーンがいたハドソン研究所に1年ほど留学したこともあって、核抑止論に違和感のあった私はそれに代わる議論はないのかと探して出会ったのがこの本でした。
この本は、私に少なからぬ影響を与えてくれました。
でもそれは今からもう半世紀近く前の話です。

この本は、当時の核抑止力のためのエスカレーション戦略に対して、まずは相手を信頼して「緊張緩和の漸進的・交互的主導権」をとろうという、デ・エスカレーション戦略です。
緊張緩和の漸進的・交互的主導権、Graduated Reciprocation in Tension-reductionの頭文字をとってGRIT戦略と言われていました。
ネットでGRITを調べたら、「いま米国で最も注目されている成功のためのキーワード」という解説が出てきました。
Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)の4要素からなる「やり抜く力」を意味すると書いてありました。
時代は変わってしまいました。
人類の知性はどんどん劣化しているような気がしてなりません。

チャールズ・オスグッドの「戦争と平和の心理学」は、アマゾンで100円前後で購入できます。
読んでもらえるとうれしいです。
GRIT戦略は、いわば「逆向きの軍備競争」ですが、ポイントは2つあります。
ひとつは「自らがしてほしいと思うことを他者にも行なえ」という欧米の黄金律の実行です。
私は、この黄金律には否定的ですが、東洋の黄金律と言われる「自らがされたくないことを他者にしてはならない」にも通じています。
もうひとつは、コミュニケーションは言語よりも行為で行われるということです。
つまり、GRIT戦略は何も国際紛争だけに適用されるものではありません。
成功のためのキーワードではなく、平安に生きるための原理です。
きっと生きる上でのヒントが得られると思います。

読まれた感想を聞かせてもらえるとうれしいです。

Grid


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2017/09/13

■憲法を考えるサロン「元軍国少女が語る憲法への思い」報告

「元軍国少女が語る憲法への思い」には20人を超える参加者がありました。
男性女性半々でした。

元軍国少女を自称されている85歳の高林さん(NPO法人認知症予防ネット理事長)のお話は、ご自身の体験に基づくものなので、説得力があり、とてもわかりやすいお話でした。
高林さんは、京都の宇治にお住まいですが、NPO法人認知症予防ネットの理事長として、長年、認知症予防活動に取り組んでいる方です。

高林さんが憲法への関心を持ったのは、地元の宇治中学校で戦争に関わる体験談をお話になったのが契機だそうです。
高林さんの話を聴いた中学生たちの感想文を読んで、自分には「軍国教育をもろにうけた者」としての視点で語り部的責任があるのではないかと考えるようになったといいます。
思ったら実行するのが、高林さんの生き方です。
そして憲法がないがしろにされている最近の政治状況への憤りもあって、憲法に関しても改めて読み直し、自らの憲法前文を自分でつくってしまいました。

案内文にも書きましたが、高林さんの思いを引用します。

敗戦の経験がなければ、憲法に注文をつけたくなるなど思いもしなかった筈です。 戦争体験と憲法は、私にとりましては表裏一体で、同学年の女学生達の中で、突出した思想の持ち主だったと思いに至ります。 怨霊のような軍国少女にも、1ミクロンの魂が残っています。

憲法と聞くだけで、何時も欲求不満がくすぶります。
私も自分なりの憲法を書いてみようと思った途端、目の前が明るくなりました。
言論の自由の前に、自分の要求を書いてみることが先だと気が付きました。

Takabayashi170912


高林さんの新憲法前文の内容は極めて明快です。
なぜ憲法を変えるのか、そして新しい憲法の理念は何かを明確に示しています。

まず、戦後、日本は「皇国史観」を否定し、主権在民、民主主義、平和憲法を軸にした、新しい憲法を制定したにもかかわらず、恣意的解釈によって9条に違反し、さらには皇国史観の残影の出没を許している現実があることを正さなければいけない、そのために、平成今上天皇の退位が定められたこの転換期に際して、再び憲法の改定を行うべきだと主張します。
そして、改めて政教分離を明確にし、天皇制についても「始めあれば終わりありという天地の公道に従うべき」と主張します。

そして、「国策」理念が、次のように、具体的に明記されます。

「明治以来の富国強兵策は、昭和20年の敗戦までの78年間に、8度の外征を行い、諸外国に多大の被害を与え、我が国もまた甚大な損害と苦難に落ちた。世界で唯一の原爆被災国の責任として、戦争絶対反対、非戦、非武装を世界に誓い、一切の武力による抵抗も行わないことを宣言し、世界平和を追求することに於いて、世界の礎となるべきことを誓う。」
したがって、「自衛隊は解散し、災害救助隊を設立する。兵器は所有しない。害獣に対する麻酔銃に限って所有することを得。世界中からの要請に応えて援助に赴くものとする」としています。
「害獣に対する麻酔銃に限って所有することを得」というのは、高林さんらしいお茶目さです。

以上が前文に明記されている内容です。
個々の条文までは高林憲法案はできていませんが、個人の尊厳を基本とする民主主義理念で一部コメントをしています。
たとえば、「子女」というような「差別用語」が憲法に使っていることを問題提起しています。
そこにこそ、憲法の理念が象徴されると高林さんは指摘するのです。


ちなみに、この「子女」という言葉はだいぶ議論の話題になったのですが、男性と女性とはまったく受け取り方が違っていました。
私は男性ですが、「子女」という日常言葉(最近はあまり使われないでしょうが)にこそ、民主主義をどう捉えているかの本質が現れると思います。
言葉は思考を露呈し、同時に指向を規定します。

皇国史観に関しては、この説明では少しわかりにくいかと思いますが、実はここには高林さんの深い思いもあるのです。
残念ながら今回は、そこまでは踏み込んだ話し合いはできませんでした。
ここには高林さん一流の遊びや余裕も含意されているので、遊び心のある人たちで話し合うと面白いサロンになりそうです。


国策としての「非武装」主義に関しては、反論も多かったです。
最近の国際政治状況を踏まえて、核武装論まで出ましたが、武装によって平和が実現した国家などないという指摘と、逆に非武装で平和を維持した国家があるのかという、「男性」たちの論争がありました。
まあいずれもないというのが正解だと思いますが、大切なのはどちらの生き方を望むかです。
もっとわかりやすくいえば、あなたは誰かを殺さないと生き残れない場合、殺す方を選びますか殺される方を選びますか、ということです。
私は、鶴見俊輔さんが「教育再定義への試み」(岩波現代文庫)で書いていた文章を思い出しました。
ちょっと長いですが、一部省略して、引用させてもらいます。

私の息子が愛読している『生きることの意味』の著者高史明の息子岡莫史が自殺した。 息子は動揺して私のところに来て、「おとうさん、自殺をしてもいいのか?」とたずねた。私の答は、「してもいい。2つのときにだ。戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい。(以下略)」

他にもいろんな話が出ました。

高林さんから今朝メールが届きました。

一生涯の決算を、あのような方たちの前で させていただいて、感激しました。 自衛隊を無くして、一億丸腰で、海岸線に一億が仰臥して、北朝鮮からの原爆を丸浴びする覚悟を、世界の人々に示すのが、良いと思っていますが、そこまでは時間不足で口に出せませんでした。 本当に闇夜でなくても棒で殴られても甘受する覚悟でしたが、意外と似たような御意見も聞かせて頂いて、嬉しい思いに膨らんで帰りました。

サロンに参加した人たちからもメールなどをいただきました。
男性たちはあんな感じで政治を語っているのかという女性の感想も聞けました。
こういう話をもっとしていかないといけないですねという人もいました。


高林さんは、学校で話したことなどをまとめて小冊子にしたいと考えています。
私は勝手にまた応援することにしました。
高林さんの了解は得ていませんが、断られても応援するつもりです。
資金集めもしたいですし、出版につなげて読者を広げたいです。
一緒に取り組んでくれる人がいたらご連絡ください。
よろしくお願いします。


なお、高林さんが宇治中学校で話された話の概要は下記にあります。
お時間があればお読みください。
http://cws.c.ooco.jp/takabayashi2017.pdf


憲法サロンはつづけます。

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2017/08/29

■北朝鮮の人たちは、私たちどころではないでしょう

毛里和子さんの「日中漂流」(岩波新書)の中にこんな文章が出てきます。

1971年7月から10月、周恩来首相は実は依然として日本への強い警戒心と不信を抱いていた。秘密訪中したキッシンジャーとの会談中、周恩来が、米国が台湾から兵力を引き揚げた後、日本軍が空白を埋めるのではないか、日本の軍事的膨張は止められないのではないか、などと日本を抑止することを米国が約束するよう執拗に求めていることからも、それは明らかである。

毛里和子さんの「日中漂流」(岩波新書)の中にこんな文章が出てきます。
1971年7月から10月、周恩来首相は実は依然として日本への強い警戒心と不信を抱いていた。秘密訪中したキッシンジャーとの会談中、周恩来が、米国が台湾から兵力を引き揚げた後、日本軍が空白を埋めるのではないか、日本の軍事的膨張は止められないのではないか、などと日本を抑止することを米国が約束するよう執拗に求めていることからも、それは明らかである。

1971年においてさえ、中国でさえ、日本の攻撃を恐れていたということを知って驚きました。
北朝鮮が、今日、弾道ミサイルを北東方向へ発射した報道を見ていて、その話を思い出しました。
報道では、日本人が脅威に感じているという報道ばかりでてきますが、北朝鮮の人たちの恐怖感は、日常的に広がり深まっているのかもしれません。
最近はむしろそのことが気になって仕方がありません。
アメリカや日本の為政者は、北朝鮮の立場を全く理解しようとしていないのではないか。
そしていうまでもなく、それぞれの国民もです。

北朝鮮は朝鮮半島を統一することが目的だから、核兵器開発はやめないだろうと武貞さんが話していました。
私もそう思いますし、その姿勢を非難する気にはなれません。
そもそもそういう行動を始めたのはアメリカでした。
いわゆる核抑止力戦略です。
それを捨てずに、他の国の核兵器開発を非難するのは、私には理解できません。
まずは自らの核兵器を廃棄してからこそ、北朝鮮に核兵器開発をやめろという資格が出てきます。
それが私の「常識」ですが、こんなことを言うと非難されそうです。

核拡散条約に署名しないのであれば、むしろ核兵器をだれももてるようにすべきではないかとさえ、私は思います。
自分だけ核兵器を所有して(いうまでもなく日本も実質的には核兵器所有国だと思います)、相手が核兵器を持とうとすると悪の国家と呼ぶことが、私にはまったく理解できません。
素直に考えれば、北朝鮮の行動はとても納得できます。
私には理にかなっているとさえ思えます。
理解できなのはアメリカと日本の政府です。

北朝鮮の人たちの恐怖感への、僅かばかりの想像力があれば、世界の見え方は変わってくるように思います。
誤解のないように書き加えますが、私は北朝鮮の金政権を支持しているのではありません。
しかし金政権がなんでこんな行動を取り続けているかには、きちんと理由があるということを忘れてはいけないと思います。

自らを変えずして、相手を変えることなどできません。
相手を知らずして、相手と対話することなどできません。
そして、それらがない限り、世界は見えてこない。
ただ、そう思っているだけのことです。

最近のマスコミ報道は、かつての大本営発表と同じなのではないかという気がしてなりません。
たぶんこんな感じで、鬼畜米英観がみんなの常識になったのでしょう。

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2017/08/27

■自分の問題と他者の問題とでは判断基準が変わるようです

また北朝鮮がミサイルを3発発射しました。
そんなことをやればやるほど北朝鮮はむしろ自らを滅ぼすのではないかと思う人は少なくないでしょう。
そんなことをやっても米国の核兵器には勝てるはずがないので、抑止力は高まらないと思う人は多いでしょう。
金正恩体制の政策に共感する人はあまりいないと思います。

しかし、その同じ人が日本では核抑止力を信奉しています。
人は立場によって、思考を反転させることができることがよくわかります。
自分のことは見えなくなるのかもしれません。
前にも書きましたが、核抑止力を信奉し、日本の軍事力強化や米軍基地が日本の平和に寄与すると考える人は、金正恩と同じ思考をしているように思います。
だとしたら、北朝鮮を非難するのは自らを非難していることにならないのか。
同じ仲間、同志であることを自覚したほうがよいように思います。
昨日からの報道を見ていて、改めてそう思います。
テレビのキャスターやコメンテーターも、どこが金正恩やトランプとちがうのかもわかりません。
みんな「日本ファースト」「自分ファースト」でしか考えません。
視野の狭さよりも、私欲の深さを感じます。
それを党名にするような人がいるのは驚き以外の何ものでもありません。
でもヒトラーはそれで一時の成功を収めました。
日本でも小池さんが、それで知事になりました。
ここでも私は感じます。
ナチスを支えたドイツ人たちと、いまの日本人のどこが違うのか、と。
私の生き方はこれでいいのだろうか、と。

昨日、茨城県の東海村で行われた「8.26原発いらない茨城アクション」に参加してきました。
東海原電を人間の鎖で囲もうというアクションです。
その前の集会で、「原発いらない福島の女たち」の方が話をしてくれました。
原発事故を体験した人たちは、それを何とかして他の人にも伝えたいと活動していますが、原発再稼働の動きは止まりません。
そこにも立場の違いでのコミュニケーションのむずかしさを感じます。
なぜか「体験者」の話は特別のものになってしまい、自分の問題になりません。
困っている人を支援するというNPOの人たちと付き合っていて感ずるのも、同じことです。

私もそうでしょうが、人の判断基準は、自分に関することと他者に関することでは違ってしまうようです。
気をつけなければいけません。

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2017/08/06

■戦後使われていた社会科の教科書をお薦めします

先日のサロンで参加者の濱中さんから、1948年から1953年の間に実際に使われた中学・高校社会科教科書のエッセンスを編集した「民主主義」(幻冬舎新書)という新書を教えてもらいました。
早速、読んでみました。
当時の政府や教育界の真摯な姿勢に、改めて感心しました。
この教科書よりもずっと試用期間は短かったですが、1947年に中学校で使われた「あたらしい憲法のはなし」を読んだ時にも感激しましたが、それからさらにこうした教育が行われていたことを初めて知りました。
改めて日本の教育界の劣化(民主主義を目指すという視点からの評価ですが)を残念に思います。

たとえば、こんな文章が出てきます。

多くの人々は、民主主義とは単なる政治上の制度だと考えている。民主主義とは民主政治のことであり、それ以外の何ものでもないと思っている。しかし、政治の面からだけ見ていたのでは、民主主義をほんとうに理解することはできない。 政治上の制度としての民主主義ももとよりたいせつであるが、それよりももっと大切なのは、民主主義の精神をつかむことである。なぜならば、民主主義の根本は、精神的な態度にほかならないからである。 それでは、民主主義の根本精神はなんであろうか、それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。 人間が人間として自分自身を尊重し、互に他人を尊重しあうということは、政治上の問題や議員の候補者について替戎や反対の投票をするよりも、はるかにたいせつな民主主義の心構えである。

私は、民主主義とは個人の尊厳の尊重であり、それをできるだけ実現することが民主政治の課題であると考えています。

それに続いて次のような文章が出てきます。

これまでの日本では、どれだけ多くの人々が自分自身を卑しめ、ただ権力に屈従して暮らすことに甘んじて来たことであろうか、正しいと信ずることをも主張しえず、「無理が通れば道理引っこむ」と言い、「長いものには巻かれろ」と言って、泣き寝入りを続けて来たことであろうか。それは、自分自身を尊重しないというよりも、むしろ、自分自身を奴隷にしてはばからない態度である。

これを読んで愕然としました。
まさに今もなお、私たちの社会はこうなっていないか。
つまり、戦後70年間、私たちは民主主義に関しては進歩していないのではないかと思ったのです。

編者の西田亮介さんも、「民主主義とは何かという、ときに青臭くも感じられる問いを、真剣に吟味する作業を怠ってきたこの社会は、今、何から始めればよいのだろうか」と問いかけています。
そして、「現代の大人が読んでも気づきが多数あるはずだ。何より、当時どのように民主主義が語られたかという「論調」に目を向けてほしい」と書いています。
「近い将来訪れるかもしれない大きな政治的選択の場面において、いやそれにかぎらず、日常生活における政治的選択の場面において、日本の民主主義がどのように発展し、固有性を確立し、あらためてそれらを「自分たちのもの」にできるのかどうか。あとは読者各位の判断と議論に委ねたい」という西田さんのメッセージが、私の心に深く響きました。
さて何かやらないわけにはいきません。

まずはこの本を多くの人に読んでもらおうと、この文章を書きました。
読むのは結構大変ですが、ぜひ手に取ってみて下さい。
ついでに、「あたらしい憲法の話」なども、お薦めしたいです。

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