カテゴリー「平和時評」の記事

2019/09/03

■湯島サロン「永世非武装中立国コスタリカ~今日を築いた方々を訪ねて」報告

昨年、コスタリカを訪問した折原さんにお話ししていただくサロンは、3時間近い時間だったにもかかわらず、まだまだ話し続けたい内容の濃いサロンになりました。

Costarika1908

最初にドキュメンタリー映画『軍隊をすてた国』(短縮版)をみんなで観てから、折原さんのお話をお聞きしました。
話は、コスタリカのサモラ弁護士の日本での講演内容と質疑応答の要旨、それに続いて折原さんが現地で見聞してきたことの報告でした。
案内文にも書きましたが、サモラさんは大学生の頃からコスタリカの非武装中立を確実なものにするために活動してきた人です。
日本での各地の講演活動には折原さんも同行されました。

とても内容の濃い話で要約することは難しいので、特に私がお伝えしたいことだけに絞って、少し私見も加えて、報告させてもらいます。
詳しく知りたい方は、当日のレジメ資料がありますので、ご連絡いただければ送ります。
また当日の録画映像もありますので、ご覧になりたい方はご連絡ください。

2003年3月、アメリカのイラク進攻が始まり、当時のコスタリカの大統領は、アメリカが呼び掛けた「有志連合」に、国民の反対を押し切って支援することを表明しました。
当時、大学の法学部の3年だったサモラさんは、「法学部の学生なら何かやらないといけない」と考え、憲法法廷(憲法問題を扱う最高裁判所)に訴状を提出、それを受けた最高裁は「大統領の発言はわが国の憲法と平和的伝統、永世中立宣言、世界人権宣言などに違反しており違憲である」と判決し、有志連合リストからコスタリカが削除され、永世非武装中立が守られました。

当時の日本でも反対デモは広がっていましたが、小泉政権はイラク派兵を決めました。
私も久しぶりにデモに参加しましたが、不発に終わり、以来、日本とコスタリカは、ますます対照的な方向へと動きを強めていきました。

コスタリカは、1949年に憲法で軍隊を廃止しています。
そして、1983年に永世中立を宣言し、2008年に「平和への権利」を憲法に明記しました。
折原さんは、「平和という状態は、単に軍隊や戦争がないという状態だけではなくて、すべての人が尊重されていること」というサモラさんの平和の定義を紹介してくれました。

今回の折原さんの話でも、コスタリカにおいて平和がどう捉えられているかの事例がふんだんに紹介されました。
たとえば死刑の廃止、電力のほとんどが自然エネルギーであること、富と権力の平等が重視されていること、経済も生活基盤を大事にしていること、大子どもたちの人権が大切にされていること、国家予算の4分の1が教育に充当されていること、それらはすべてコスタリカにおける平和の重要な要素なのです。
軍隊がなければ平和が実現するわけではありません。

選挙の捉え方も日本とはまったく違います。
大統領選挙は民主主義の祭典〈フェスタ〉と位置付けられ、子どもたちも巻き込みながら、お祭りさながらの展開がなされます。
学校での取り組みなど、興味深い話がたくさんありました。
そうしたことが、子どもも含めて国民みんなの政治への関心を高めているわけです。

政治は、生活や学校教育では「タブー」とされている日本とは全く違います。
日本での選挙投票率が低いのは、政府や行政や学校がそう仕向けてきた結果だということに気づかなければいけません。
ともかく、生活の視点で「政治」を語りださなければ、事態は変わらないでしょう。
これに関連して、主権者教育の話もだいぶ出ました。

コスタリカには、子どもが自分の意見を直接、政府に訴えていける仕組みもあります。
サモラさんが違憲と訴えたのも大学生の時でしたが、もっと若い世代が訴えを起こし、事態を改善した事例の話も折原さんから紹介されました。
子どもが自分の意見を言えるということは、民主主義がきちんと育成されていることだと折原さんは話されましたが、まったく共感します。
日本では、自分の意見を言わない大人たちを見ながら子供は育っていますから、未来は民主主義にはほど遠い社会になってしまいかねません。

書き出したらきりがないのですが、ほかにも示唆に富む話がたくさんありました。
たとえば、司法、立法、行政の3権から独立した「第4権」としての選挙最高裁判所があるという話も、いまの日本の状況を考えるととても示唆に富む話です。

話し合いもさまざまな論点が出されました。
主権者教育、武力攻勢があったらどうするのか、麻薬問題、格差は本当にないのか、平和の捉え方、アメリカとの関係、要は「寛容の精神」ではないか、さらには日本の憲法制定に関する話(「伊豆大島憲法」の話も出ました)など、紹介したいことも多いのですが、長くなるので省略し、最後に勝手な私見を2つだけくわえさせてもらいます。

コスタリカの軍隊放棄の憲法が制定される2年前に、日本では非武装条項(9条)を含む「平和憲法」が制定されました。
当時の世界情勢は、「国連軍構想」がまだ議論されていて、国家単位の軍隊をやめて、国家を超えた国連あるいは世界連邦にゆだねていこうという動きがありました。
まさにその構想に支えられて、日本国憲法の9条は存在基盤を得たと思いますが、コスタリカの軍隊放棄もそうした状況と無縁ではなかったと思います。
ですから、当時のコスタリカでは、万一の時には個別的自衛権はもちろんですが、集団的自衛権も認められていたそうです。
つまり、いざという場合は武装するという「覚悟」ができていたわけです。

個別の国家の武装放棄はそうした世界情勢とつながっています。
最初は同じ「軍隊放棄」から始まったコスタリカと日本が、なぜ今のように大きな違いになって来たかは、まさに世界情勢によるところが大きいです。
コスタリカはその後も、たとえばニカラグアとの国境紛争に際してアメリカの圧力をはねつけましたが、日本は朝鮮戦争でアメリカの傘下に入り武装国家への道を歩みだしました。
コスタリカと日本とどこが違っていたのかを、しっかりと考えることで、いろいろな示唆を得ることができます。

もう一つは主権者教育です。
折原さんは最後に、日本もコスタリカに学んで「主権者教育を通して民主主義立国へ、そして選挙外交と積極的平和国へ」に向かうべきだと総括されましたが、「主権者教育」という言葉には慎重でなければいけません。
コスタリカで実際に行われていることは、私はすばらしいと思いますが、それは決して「主権者教育」として行われているのではないように思います。
かつて「消費者教育」というのがはやったことがありますが、それと同じ落とし穴があるように思います。
この問題は、いつかサロンで取り上げたいと思っています。

ちなみに、コスタリカにもさまざまな面があります。
サロンでも少し話題になりましたが、コスタリカの抱える問題も含めて、コスタリカから冷静に学んでいくことが大切だと思います。

長くなってしまいましたので、これくらいにします。

 

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2019/08/23

■韓国のGSOMIA破棄に素朴に思うこと

韓国がGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)の破棄を発表したことが大きな話題になっています。
軍事で平和を目指そうという考えに拒否感がある私には、素朴に共感できる話ですが、どうもそういう捉え方は非常識のようです。

北朝鮮と韓国の関係は、たぶん当事者でなければ分からない話でしょう。
自分たちが望みもしなかった代理戦争で、分断国家にされて、北と南とで生き別れになった家族にとっては、一番の「平和」は、家族一緒に暮らせることだと思います。
南北の戦争が起こらないことが確信できれば、軍事など無駄な話です。
南北の戦争が起こらなければ(あるいはその危機がなければ)困る人もいるでしょうが、私は、自分は部外者であるとしても、起こってほしくありません。

昨今の日韓関係の報道情報は、やはり私には違和感があります。
日韓政府関係と日本人と韓国人の関係とは全く違う話ですが、それがいつも混同されてしまい、前者が後者に大きな影響を与えるのが残念です。

逆にもっと日本人と韓国人が往来しあい交流を深めたら、状況は変わるでしょう。
むかしは、日本と韓国は同じ生活圏にありました。
そもそも同じ生活圏で生きていたことを思い出したいものです。

 

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2019/08/21

■パンのためのバラ

あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」の中止が波紋を呼んでいます。
しかし残念ながら、またうやむやのうちに終息し、事態は一歩進むような気がします。
もちろん私にとっての悪い方向での前進ですが。

あいちの問題に関してはすでに多くの議論がありますので、議論は繰り返しませんが、芸術監督の津田さんは、「社会の自己検閲」への問題提起を目指したと言っています。
その考えには大賛成ですが、方法には大きな違和感があります。
もしそうであれば、社会の現場に降りてきて、その問題をこそ、考える動きを創り出すことをなぜ目指さないのか、です。

同じような事件や問題はさまざまなところでこれまで繰り返し起こっていますが、そうしたことをつないでいく地道な活動はあまり広がっていません。
そこに大きな問題を感じます。
そして、そうした背景には、現代のアートがあまりにも、「道具」的な存在になってしまった現実を感じます。

そんなこともあって、先週、プレハーノフの「芸術と社会生活」を読み直しました。
プレハーノフは、「芸術と社会生活については、「芸術は人類意識の発達、社会制度の改善をたすけるものでなくてはならない」と「芸術はそれ自身が目的である」という、2つの全く反対の考えがある」と書きだしています。
他の目的を達する手段に芸術をしてしまうことは、芸術的作品の価値を低下せしめるものである、という考えもありますが、そもそも「価値」というのは、社会があればこそ生ずる概念です。
芸術の持つ社会への影響力は極めて大きいことは間違いありません。

社会が豊かになってきた大きな要因の一つは「芸術」でした。
「人はパンだけでは生きていけない。バラも必要なのだ」。
これはウィリアム・モリスの考えを国分功一郎さんが表現し直した言葉ですが、パンだけを目指す生き方に向かっている私たちが思い出すべき言葉だと思っています。
ところがいまでは、バラもまたパンのためのものになりつつある。

最近のアートは経済主義に向けて大きく変質したと思っています。
あるいは、政治(正確には金銭経済の下部組織としての政治)の道具に取り込まれつつあります。
そこに大きな失望を感じます。

アートには大きな力がありますが、それは誰かに私用されるべきではありません。
あるいは、金銭経済の道具にされるべきでもありません。

私がとても素晴らしいと思っている事例は、ラマラ・コンサートです。
前に私のホームページで何回か紹介したことがあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2006/09/post_5897.html
アートでできることはたくさんあるでしょう。

この自由が失われそうな時代に、なぜアーティストの人たちが大きな動きを創り出さないのか。
アーティストの世界には、山本太郎さんのように、人民の中に飛び込んでくる人はいないのでしょうか。
才能のある人が、その才能をどこに向けて発揮するかは、とても大切なことだろうと思いながらも、才能がない私としては悔しいばかりです。

 

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2018/12/17

■カフェサロン「私はなぜ湯島でサロンをやることになってしまったのか」報告

「私はなぜ湯島でサロンをやることになってしまったのか」をお話しさせてもらうサロンには20人を超える方が参加してくださいました。
私のことを、「新興宗教の人」とか「某国の諜報機関の人」とか、「謎の人」と思っている人もいたようで、私の正体を見極めるために来たという人も複数いて、私としては大いに反省させられました。
私ほど自らを開示していて、「謎」とは無縁な人はいないと自負しているのですが、疑いをもたれるような生き方をしていたようで、反省しなくてはいけません。
念のために言えば、もちろん私は新興宗教や諜報機関とは無縁です。

テーマに関していえば、いろんな人が一人の人間として心を開いて触れ合う場こそが、私が目指している、「誰もが気持ちよく暮らしていける社会」を実現するためには、「一番効果的」だと思っているので、サロンを続けているという話をさせてもらいました。
サロンを始めた経緯も含めて。
デモや革命や壮大な思想よりも、信頼し合える人のつながりが育っていくことが効果的だというのが、私が50年以上かかってたどり着いた結論なのです。
それで社会は変わるのか、という指摘も受けましたが、むしろ、それ以外では変わらないというのが私の考えなのです。
もっともそんな「ゆるい方法」ではすぐには変わらないでしょう。
でも50年か100年たてば、変わるかもしれませんし、それでも変わらなければ、その方法は間違っていて、きっと誰かが別の方法で変えていってくれるでしょう。
そう確信していることが、「私が湯島でサロンを続けている」理由なのです。
残念ながら、参加者のみなさんにはあまり納得してもらえなかったかもしれません。
しかし、社会は「変えるもの」ではなく、「変わるもの」なのです。
そして社会は私も含めてみんなでつくっているものですから、たとえばその一部である私が「変われば」当然ながら私が変化した分だけ社会は間違いなく変わるのです。
その信念で私はこの30年生きてきています。

最近の私の活動を紹介しながら、こうした話をさせていただきましたが、そこにいろんな問題提起を含ませてもらいました。
たとえば、みんな「たこつぼ」生活をしていませんか。
たとえば、社会は「公と私」で構成されているわけではなく、もうひとつの社会があること。
たとえば、「コモンズ(共有地)の悲劇」は問題の捉え方が間違っていること。
たとえば、社会問題を各論的に解決しようとするところに問題があるのではないか。
たとえば、稼ぐこと(労働)と働くこと(仕事)は違うのではないか。
たとえば、働き方改革ではなく生き方を問いなすことが必要なのではないか。
たとえば、自分にできる「変える」対象は、自分だけではないのか。
そして、過去生や来世を想定して生きれば、子孫や先祖のことが視野に入ってきて、目先の私欲に惑わされるような生き方ができなくなるのではないか。
などなどです。

どれか一つにでも引っかかってもらえればと思いながら、全体としては、全体を起点に考える時代は終わり、個人を起点にした社会や組織を目指す時代が来たことを伝えたかったのです。
そしてそのためには、みんな「自分」をしっかりと生きるのがいいのではないかと。

最後に私の未来の話とサロン以外の話もほんの少しだけ話させてもらいました。
これは私にはとても重要な話ですが、参加者には蛇足だったでしょう。

話し終わった後に3つの問いかけをさせてもらいました。
Q1:みなさんの仕事はなんですか? (稼ぐ労働のことではありません)
Q2:みなさんの一番の資産はなんですか? (お金だけが資産ではないです)
Q3:いま幸せですか? いつ幸せになるつもりですか? (明日はないかもしれません)

これに関して話し合ってほしかったのですが、むしろ違う話に転じてしまいました。
まあそれが湯島のサロンの特徴なのですが。

厳しい指摘も受けました。
内容が盛りだくさん過ぎて、受け止めにくかった。
佐藤さんは社会を変える意図はないのだと思った。
いずれも正しいですが、こういう発想をやめていこうというのが私の姿勢なのです。
簡単に言えば、一人称自動詞で生きようというのが私の信条です。
佐藤さんは犬型ではなく猫型だという人もいましたが、犬にもたぶん私型の犬もいるでしょう。
私は猫も犬も一括して捉えることができないのですが(血液型や国民性も私にはあまり受け入れられません)、犬も猫も、外国人も、それぞれに個性がありますので、そうした「個性」と付き合う生き方を大切にしています。
参加者の一人は、私のことを「我慢強い人」と言ってくれましたが、一方で、私は「わがままな人」だと言った人もいるような気がします。
たぶんいずれも、その人にとっては正しいでしょう。
でも私は、いずれでもないと思っています。

小学校時代の同級生の女性や会社時代の後輩から私に関するエピソードが紹介されました。
一つは私の悪い性格、一つは私の良い性格のようでしたが、いずれも私の記憶には全くない話でした。
人間の過去はどうも自分と他者とでは違うようです。

最後に、このサロンの報告は本人がまとめるのかと質問がありました。
サロン主催者としての責務であり特権かなと思っていましたので、「はい、私が自分に都合のよいようにまとめます」と答えましたが、参加者でもし報告をしてくれる人がいたら、もちろん大歓迎です。
まったく違った報告になるかもしれません。

それにしても長い私の話を我慢強く聞いて(読んで)くださったみなさんに感謝します。
なお当日の話はいつものように近藤さんが録画してくれましたので、メーリングリストのメンバーには公開させてもらうかもしれません。
そこにたぶんパワーポイントが出てきますので、お時間が許せば、それを見てもらえればと思います。
よほどお暇であればですが。

少なくともあと3年は湯島のサロンは続けたいと思っています。
まだ買っていないですが、明日にでもたぶん宝くじを買う予定なので、当たったら「みんなの喫茶店」を開いて、そこで最期を迎えたいと思っています。
葬儀を頼む人ももう決めました。

ちなみに言い忘れましたが、今回のサロンは熊本の宮田さんがわざわざ送ってくれたコスタリカのコーヒーでした。
宮田さん、ありがとうございました。
Osamu181


Osamu183


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2018/12/09

■パリは燃えていくのか

パリが燃えています、いや、これからかもしれませんが。
50年前を思い出します。

1968年は、私が人生を変えた1年前です。
1960年代は大きな歴史の岐路だったような気がしますが、それが象徴的に表れたのが、いわゆる「68年革命」です。
対抗文化が元気だったその時代を、20代でありながら逸脱もせずに時代の流れに沿って生きた私としては、いささかの悔いもありますが、いろんな意味で影響を受けたことは間違いありません。
対抗文化讃歌とも言われたチャールズ・ライクの「緑色革命」は、私の生き方に指針をあたえてくれた1冊です。

ちなみに、映画「パリは燃えているか」は、1944年のパリの話です。
その24年後に、再びパリは燃え、そして今またパリは燃えています。
しかし、その燃え方は、あまりに違います。

1968年に比べれば、インターネットの発達で、いまのほうが世界同時に燃え出してもおかしくありません。
しかし、1968年とは大違いで、各地での若者の炎はつながらない。
一番燃えてもおかしくないはずの日本では、燃えようともしません。
たぶんどこかで何かが変わっているのでしょう。
アラブの春とかいろいろありましたが、結局、ネットは「燃えるのを防ぐ」手段になってきているのかもしれません。

68年革命から50年目にして起こったパリの炎のゆくえには関心があります。
日本でお国会議事堂前でのデモは盛んです。
しかし、国会に向かって叫ぶのは、向きが違っているのではないかと私には思えます。
野党もまた、国会の中でいくら騒いでもあまり効果は期待できないどころか、パワダウンにしかならない気もします。
燃える材料は、国会にはない。

野党は国民にこそ呼びかけてほしいです。
どうして野党議員は、国民に呼びかけないのか。
たぶんこれまでの政治の枠組みの中でしか考えていないからでしょう。

パリは燃えるのに、なぜ日本は燃えないのか。
テレビを見ながら、そんなことを考えています。

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2018/09/20

■なぜ交番にいる警察官は拳銃を所持しているのか

仙台の交番でまた不幸な事件が起きました。
これに関連して、いつも不思議に思っていることがあります。
それは、なぜ交番勤務の警察官が拳銃を所持しているのかということです。
街中のパトロールも含めて、私には拳銃はふさわしくないものだと思っています。

警官が所持する拳銃を奪いたくて事件を起こした事例もあります。
拳銃の使用が過剰防衛だと言われたこともあります。
そういう事件が起こるたびに思うのは、拳銃は殺人を誘発するのではないかということです。

核兵器抑止論に私が違和感を持つのも、そうしたこととつながっています。
核抑止論と警官の拳銃所持は、発想の根源が同じものではないか。
それは、暴力で秩序を維持しようという発想です。
それはたしかにある状況では有効だったでしょうが、一度、秩序化ができた後も有効なのか。
無秩序の状況で有効だったものが、秩序化された状況のなかでは、機能が反転することもあるのではないか。
とりわけ「暴力の象徴」的存在(核兵器や拳銃)は、秩序の強制的維持か秩序破壊には効果的な道具です。
マックス・ウェーバーは、「暴力の独占」が近代国家を支えているといいましたが、思想としての「暴力」は独占できても、実際の道具(核兵器や拳銃)を独占することは不可能です。
ですから「暴力の独占」は理念でしかありません。

たとえ国家によって独占されるとしても、暴力が肯定されている社会では、実際の暴力は根絶されることはなく、私益や私欲につながっていきます。
国家に寄生している人たちは、つまるところ「暴力」に寄生している。
そしてそこから金銭という果実の配分を受けている。
暴力に対しては暴力と考えるのは、必然的な結論でしょう。
想像力のない人間や国家は、暴力の象徴である核兵器や拳銃を手に入れたくなる。
それは「暴力の独占」を脅かす「暴力の拡散」を引き起こす。

ですから、武器は争いを誘発しこそすれ、抑止はしないように思うわけです。
過剰な抑圧は、被抑圧者の暴発を招きますし、武器を奪うための行動も誘発しかねません。
核武装の使用は、国家間で行われるとは限りません。
北朝鮮の核武装化などは大きな問題ではなく、むしろテログループや個人の核武装化に、私は不安を感じます。

日本が長いこと平和を維持できたのは、「刀狩」のおかげではないかと思います。
日常から武器が見えなくなることは、なんと心の安らぎをもたらしてくれることか。
刀や武器をコレクションしている友人知人もいますが、その気持ちが私にはわかりません。
私も過去に、実際の日本刀に触れたことはありますが、手にした途端に気持ちが少し変わるのを感じました。
武器の所有は、人の心を変えかねない。
お金と同じです。
そして、その武器を持ってみたいという気持ちも誘発しかねません。

交番のシステムは、海外からも評価され、一時は交番システムが広がっていたこともあったと聞きます。
しかし、その交番システムには、拳銃は不要のはずです。
警官の日常の見回りなどには拳銃を所持する必要などないはずです。
携行しなければ、拳銃を落としたとか置き忘れたとか、そんなことも起きません。
日常生活を見守ってくれている警官には、拳銃所持など不要の話です。
拳銃による警察官の自殺もなくなるでしょう。
なによりも警察官のストレスは解消されるはずです。

特別の状況の中で拳銃を所持することまで、今の状況のなかでは否定しませんが、せめて交番勤務の警察官には拳銃は不要だと思うのです。
交番や警察官が襲われる理由は他にもあるでしょうが、それもたぶん、拳銃所持と無縁ではないでしょう。
交番のセキュリティが話題になっていると報道されていますが、おかしな話です。
そろそろ「暴力」で秩序を管理する発想を見直す時期ではないか。
「昭和の頭」で発想するのは、やめた方がいいような気がします。

そこから「核抑止」の問題も考えてみるのはどうでしょうか。

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2018/07/15

■カフェサロン「日本は核武装するべきか」の報告

30度を超す暑さのなか、しかも3連休の初日、「日本は核武装するべきか」というテーマに13人の参加者がありました。
それだけでもうれしかったのですが、議論も盛り上がりました。
最初に、参加者それぞれが日本の核武装に関する自説を簡単に紹介し、つづいて「文藝春秋」7月号でエマニュエル・トッドが提唱した「日本は核を持つべきだ」という論は自分の考えとほぼ同じだという武田文彦さんが問題提起してくれました。

トッドは、日本が依存している「米国の核の傘」はフィクションにすぎない、しかし、核とは戦争を不可能にするもので、第二次大戦以降、欧州で大きな戦争が起こっていないのも核の存在のおかげだ、だから日本は核武装すべきだというのです。

武田さんは、それも踏まえて、2つの問題(太田さんによる整理)を提起しました。
対米従属の日本が真の独立を得るためには、「日米安保条約の解消」とそれに代わる「対外的パワー(侵略抑止力?)としての核武装」が必要だというのです。
この前提には、いまの日本はアメリカに従属していて、独立国家とは言えないという認識がありますが、これに関しては参加者からの特に大きな異論はありませんでした。
日米安保条約に関しても、ほぼ全員がなくていいという意見でした。
問題提起者の武田さんが驚いたように、今回のサロンは昨今の日本の社会では特異な人の集まりだったかもしれません。
日米安保条約がなくてもいいと思っている人は、そう多くはないでしょう。
永続敗戦論や米国属国論はいわば流行的な現象にさえなっていますが、日米安保条約の恩恵を捨てようとは思っていない人が多いはずです。

次の問題は、核兵器は戦争(侵略)抑止力を持つかです。
ここでのポイントは、戦争に勝つ力ではなく、戦争を起こさない力を、核兵器は持っているかどうかです。
ちなみに、限定核兵器の話も出ましたが、そもそも核の力は人間が管理できるものではありませんから、私自身は限定核兵器などというのは概念的にありあえないと思っています。
一時期流行した「核の平和利用」と同じレベルの話です。

核兵器の抑止効果の有無に関する意見は別れましたが、核兵器は実戦には使えないにもかかわらず抑止力があるというのは、私には理解できません。
それは抑止力ではなく、暴力的な威圧であり、プロのボクサーとは喧嘩はできないという話なのではないのか。
しかしプロのボクサー自身はいつでも喧嘩はできます。
プロのボクサーには喧嘩がしかけたれないというだけの話で、それは非対称の抑止力ですから、戦争そのものの抑止効果とは違います。
いわゆる行動的な戦争ではない構造的な暴力戦争は、核兵器を持つ国によって引き起こされ続けていることは歴史が示しています。
古代ローマの歴史家タキトゥスは、ローマの皇帝たちは荒廃を生み、それを平和と呼ぶと書いているそうですが、平和とは誰にとっての平和なのかをしっかりと考えなければいけません。
私自身は、核兵器を持つことは、核クラブのメンバーになって、世界中の生活者を恐喝する側になることですので、まったく与することはできません。

それに関して、武田さんから核兵器抑止力と並んで、たとえば日本が病院を周辺国に無償供与することも戦争抑止につながるという話をしました。
核兵器による抑止と生活支援による抑止とは、理念が全く違いますが、そこをもう少し掘り下げると戦争とは何かがもう少し整理できるでしょう。
今回は「核兵器」がキーワードでしたので、その話は掘り下げられませんでした。

核武装する「日本」とは誰なのかの議論はあまりできませんでした。
核武装した時にだれが核兵器の発射のボタンを押すのかという問題です。
つまり核武装の主語は国家ではなく、個人として考えなければいけません。
あるいは少なくとも、核兵器のガバナンスの問題を抜きには考えられないということです。

戦争の意味が20世紀になってまったく変わったという認識が大切です。
30年ほど前に出版された「戦いの世界史」という本が4年ほど前に日本で翻訳出版されました。
人類は、どう戦ってきたかの詳しい報告で、面白い本です。
そこにこんな指摘があります。
「20世紀最初の10年が終わるころには、戦争において人間が主役だった時代は終わり、機械が主体となる時代が目前に来ていた。」
その後、戦争の変質に関してはさまざまな論考がありますが、戦場からどんどん人間がいなくなってきていることは間違いありません。
そうなると何が起こるか。
映画「ターミネーター」の世界です。
つまり対立の構図が全く変わってしまうわけです。
となると、誰に対する「抑止」なのかが改めて問われることになります。
それはとりもなおさず、「政治の捉え方」の変化につながります。
以前、サロンでお話した「統治の政治から生活の政治へ」というテーマです。
今回は残念ながらそこまでは行きませんでした。

コスタリカの話も出ました。
コスタリカに関しては以前ブログに書いた記事があります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/03/post_2.html
そこからコスタリカの情報にリンクしています。
日本では軍隊のないことばかりが有名ですが、問題の核心はたぶん国家のあり方です。

核兵器は開発されてしまった以上、もうなくすことはできないのではないかという議論もありました。
となると、核兵器の管理をどうするかということが重要になります。
そこで出てくるのが、国境をなくす世界国家論です。
方向としてそういう方向を目指すべきだという話も出ました。
まさに憲法9条が生まれた時の、日本人側の思想であり、日本国憲法の前文の理念です。

なお、核兵器はいかに管理しても、原発がそうだったように必ず誤爆が起こるという指摘もありました。
その危険性は日々高まっている気がします。

核武装にはほとんどの人が反対でしたが、日本安保条約は不要と考える人が多かったということは、核不要論と言えるでしょう。
つまり、核などなくても自立できるということです。
逆に日本安保条約を破棄し、核武装するという人は、核兵器が独立国家の必須要件と考えているのかもしれません。
核がなければ自立できない、というわけです。
よく考えればわかりますが、両者の「自立」の意味は全く違います。

となると「国家(の独立)」とは何かということが問題になる。
核武装するべきかどうかという切り口から、いろんなことが見えてくるように思います。

今回はもっと核武装論支持者がいると思ったのですが、ほとんどいなかったのが驚きでした。
マスコミで接している日本人の考え方とサロンに集まる人たちの考え方の乖離なのか、現実とマスコミ報道によって作られる第二次情報との乖離なのか、それが改めて気になったサロンでした。

もう少し問題を絞ったサロンをまたやってみたいと思います。
たとえば、視点を変えて、世界の人々が平和であるために何をやったらいいか、というようなテーマのサロンです。
最初の問題提起をしてくれる人がいたらご連絡ください。

今回は報告がとても長くなってしまいました。
すみません。


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2018/07/09

■「9条誕生」(岩波書店)をお薦めします

すでにご案内の通り、今度の土曜日、湯島で「日本は核武装するべきか」というテーマでのサロンを開催します。
たぶん賛否いずれの方も参加されますので、話し合いがどう展開するか楽しみにしています。
サッカーやオウム事件や集中豪雨などでマスコミは埋め尽くされていますが、その裏側で着々と進められている動きへの関心も忘れないようにしたいと思います。

ところで、昨年放映されたNHKスペシャル「憲法70年“平和国家″はこうして生まれた」を見た方も多いと思います。
とても興味ある内容でした。
ご覧になっていない方は、ぜひネットで見てください。
https://www.dailymotion.com/video/x5kcntm

ところで、その番組制作にも関わった塩田純さんの「9条誕生」(岩波書店)という本も、多くの人に読んでほしいと思っています。
NPO関係の人たちにも、政治問題に関するサロンを呼びかけてもあまり反応はよくありません。
日本の市民活動の多くは、政治に関わることを忌避している面がありますが、政治と無縁の市民活動は私にはまったくと言っていいほど無意味なものに感じます。
日本のNPO活動のほとんどは、既存の体制のサブシステムになっていると思いますが、そこから抜け出していかないと、社会は変わりようがありません。

そんな思いも会って、せめてこの本くらいはみんなに読んでもらいたいと思い、紹介させてもらうことにしました。
ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。
そしてもしよかったら、今度の土曜日の午後の湯島のサロンにもご参加ください。
できるならば、次のサロンは「平和」をテーマにできないかと考えています。
どなたか問題提起者になっていただけませんか。

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2018/06/13

■米朝会談への違和感

米朝会談の実現は喜ばしいことでした。
いままで会ったことのない2人が、直接に会ったことが実にすばらしい。
人は、直接会って話をしてこそ、お互いに分かり合えて、人間的な判断や思考ができるようになると思っているからです。
そこに最大の意義がある。

ただ、報道を読んでいて、どうも違和感があります。
たとえば、「非核化」ということです。
核を持っているアメリカが、北朝鮮に非核化を要求することの「非対称性」がどうも理解できません。
トランプ大統領が握手しようと先に手を出したように、まずは自らの核への姿勢を表明しなければ、対話は成立しないはずではないのか。
「朝鮮半島の非核化」という言葉の意味がわかりません。
非核国家とされていた日本にも、米軍によって核兵器がたくさんあったことも最近明らかになっています。

「非核化」の主語は「人類」でなければいけないのではないか。
核兵器を独占する大国が、核を独占しようとすることにこそ、問題があるのではないのか。
アメリカが非核化しない限り、朝鮮半島の非核化など成り立つはずもない。
核兵器は、国家など越えているからです。
アメリカ大統領は、北朝鮮の非核化を言う前に、自らの(段階的な)非核化を宣言すべきではないか。
オバマ大統領が、そういう姿勢を出した時には大いに期待しましたが、言葉だけで終わりました。
核兵器に支えられた力や体制は、ひずみを起こしていくでしょう。

北朝鮮の体制の保証という言葉にも驚きます。
私には信じがたい言葉ですが、北朝鮮がそれを望んでいるというように報道されています。
それではまるで、アメリカの属国になるということです。
そんなことがあるはずもない。
ここで保証の対象は何かをもっと考えなければいけません。
それに、そもそも「体制」とはなんなのか。

米朝会談の実現は喜ばしいことですし、それによって、なにかが変わっていくように思います。
しかし、小国の非核化が正当化され、大国による国家体制の保証が正当化されるようであれば、そこにある「平和」は、抑圧された平和でしかありません。
発想や言語体系の枠組みを考える「視点」を、そろそろ逆転していかなければいけないのではないのか。

しかし、それはそれとして、未来の大きな影響を与える立場にあるトランプ大統領と金委員長が、直接会って、会話し、握手したことの意味は大きい。
だからやはり昨日の米朝会談は、新しい歴史につながっていくと思います。

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2018/05/21

■カフェサロン「世界は変えられる!子どもがそう信じられる社会に」報告

日本子どもNPOセンターが、ブックレット「児童労働、NPO/NGOのチャレンジ」を出版したことのお知らせもかねて、そこで取り上げられているNGOフリー・ザ・チルドレン ジャパン(FTCJ)の代表の中島早苗さんをゲストに、サロンを開催しました。
このタイトルにとても魅かれた私としては、たくさんの人で会場が大丈夫かなと実は心配していました。
実際には参加者は13人でしたが、半数は日本子どもNPOセンターの関係者で、ある程度問題を知っている人たちでした。
やはり「児童労働」というテーマは身近には考えてもらえないのかと、少し残念な気がしました。

フリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)については、案内文に書きましたが、次のサイトに紹介されています。
http://www.ftcj.com/

現在、世界には約1億5000万人の児童労働者数がいるそうです。
5歳から17歳の子どもたちの10人に1人が、義務教育を十分に受けられない状況に置かれているということです。
こうした状況を変えていこうと思い立ったカナダの12歳のクレイグ少年がはじめたのが、「フリー・ザ・チェルドレン・プロジェクト」です。
クレイグ君は、実際に各地の児童労働の現場に行き、悲惨な児童労働の実状を目の当たりにします。
問題はとても大きく、子どもである自分に何ができるだろうか。
彼を勇気づけたのは、マザー・テレサの「若者には世界を変える力がある」という言葉でした。
そして、今やクレイグ少年の活動は、世界に広がる大きな運動になってきているのです。

中島さんは20代の時に、アメリカでこの活動を知って、1999年に日本で活動を始めました。
知った以上は何もしないわけにはいかないというのが中島さんの気持だったようです。

クレイグさんや中島さんたちは、「自分にできることを、自分に関心のあることに活かせていけば社会は変わる」と考えています。
人は誰でも「贈り物」(Gift 才能)をもらっている。
そのGift(才能)を、社会の気になる問題(Issue)に向けていこう。
そうすれば世界は変えられる。
“Gift+Issue=Change”。
好きなことを活かして変化を起こそう!世界を変えることは自分を変えることだ、というわけです。
その信念に基づいて、できるだけ多くの子どもたちに、それを実感できる場を創っていこうというのが、中島さんたちの活動です。
そして、そうした体験をした子どもたちは、変わっていく。
そして世界も変わっていく。
とても共感できる活動です。
「世界は変えられる!」と、子どもたちが信じられる社会になれば、世界は変わっていくでしょう。

お話を聞いた後、いろんな話が出ました。
まずは、家族労働と児童労働とは違うという話がありました。
家族が支え合って、子どもの頃から家族と一緒に働くのは、むしろ肯定されるべきかもしれません。
教育を受けられずに、文字が読めないことが生命にかかわってくる事例も話題に出ました。
ご自分の体験から、他国の文化に関わっていくことには慎重でなければいけないという意見も出ました。
豊かな日本の子どもたちよりも、経済的に貧しい国の子どもたちのほうが、目が輝いているという話もありました。
またNGOだけでは限界があるので、行政も巻き込んだ方がいいのではという意見もありました。
大人たちが、そうした子どもたちを応援することも重要だという指摘もありました。
たぶんみんなそうなのだと思います。

しかし私は、やはり「子どもたちが主役になって動き出したこと」に、新しい時代のはじまりを感じました。
その一方で、日本の子どもたちの置かれている状況はどうなのだろうかと思いました。
さらに日本の大人たちはどうだろうか。
「世界(社会)は変えられる」と思っている大人たちはどのくらいいるのだろうか。
いろいろと考えさせられるサロンでした。

ちなみにクレイグさんたちの活動は、名称を“WE movement”と変えていますが、アメリカ各地で“WE day”という子どもたち主役の集まりをやっています。
ネットで動画が見られますので、ぜひご覧ください。
https://www.facebook.com/pg/WEmovement/videos/?ref=page_internal
中島さんたちは、3年後に日本で “WE day”を開催したいと考えています。
そのために資金的な支援を含めて、この動きをたくさんの人に知ってほしいと考えています。

未来は子どもたちが創っていきます。
しかし、大人も、その子どもたちを支援することはできます。
“Gift+Issue=Change”は、大人たちにも当てはまります。

フリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)のサイトをご覧になって、何かできることが見つかったら、ぜひ応援してください。
http://www.ftcj.com/
私も、「世界は変えられる!」と、改めてまた確信しました。
元気が出るサロンでした。

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