カテゴリー「平和時評」の記事

2018/12/09

■パリは燃えていくのか

パリが燃えています、いや、これからかもしれませんが。
50年前を思い出します。

1968年は、私が人生を変えた1年前です。
1960年代は大きな歴史の岐路だったような気がしますが、それが象徴的に表れたのが、いわゆる「68年革命」です。
対抗文化が元気だったその時代を、20代でありながら逸脱もせずに時代の流れに沿って生きた私としては、いささかの悔いもありますが、いろんな意味で影響を受けたことは間違いありません。
対抗文化讃歌とも言われたチャールズ・ライクの「緑色革命」は、私の生き方に指針をあたえてくれた1冊です。

ちなみに、映画「パリは燃えているか」は、1944年のパリの話です。
その24年後に、再びパリは燃え、そして今またパリは燃えています。
しかし、その燃え方は、あまりに違います。

1968年に比べれば、インターネットの発達で、いまのほうが世界同時に燃え出してもおかしくありません。
しかし、1968年とは大違いで、各地での若者の炎はつながらない。
一番燃えてもおかしくないはずの日本では、燃えようともしません。
たぶんどこかで何かが変わっているのでしょう。
アラブの春とかいろいろありましたが、結局、ネットは「燃えるのを防ぐ」手段になってきているのかもしれません。

68年革命から50年目にして起こったパリの炎のゆくえには関心があります。
日本でお国会議事堂前でのデモは盛んです。
しかし、国会に向かって叫ぶのは、向きが違っているのではないかと私には思えます。
野党もまた、国会の中でいくら騒いでもあまり効果は期待できないどころか、パワダウンにしかならない気もします。
燃える材料は、国会にはない。

野党は国民にこそ呼びかけてほしいです。
どうして野党議員は、国民に呼びかけないのか。
たぶんこれまでの政治の枠組みの中でしか考えていないからでしょう。

パリは燃えるのに、なぜ日本は燃えないのか。
テレビを見ながら、そんなことを考えています。

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2018/09/20

■なぜ交番にいる警察官は拳銃を所持しているのか

仙台の交番でまた不幸な事件が起きました。
これに関連して、いつも不思議に思っていることがあります。
それは、なぜ交番勤務の警察官が拳銃を所持しているのかということです。
街中のパトロールも含めて、私には拳銃はふさわしくないものだと思っています。

警官が所持する拳銃を奪いたくて事件を起こした事例もあります。
拳銃の使用が過剰防衛だと言われたこともあります。
そういう事件が起こるたびに思うのは、拳銃は殺人を誘発するのではないかということです。

核兵器抑止論に私が違和感を持つのも、そうしたこととつながっています。
核抑止論と警官の拳銃所持は、発想の根源が同じものではないか。
それは、暴力で秩序を維持しようという発想です。
それはたしかにある状況では有効だったでしょうが、一度、秩序化ができた後も有効なのか。
無秩序の状況で有効だったものが、秩序化された状況のなかでは、機能が反転することもあるのではないか。
とりわけ「暴力の象徴」的存在(核兵器や拳銃)は、秩序の強制的維持か秩序破壊には効果的な道具です。
マックス・ウェーバーは、「暴力の独占」が近代国家を支えているといいましたが、思想としての「暴力」は独占できても、実際の道具(核兵器や拳銃)を独占することは不可能です。
ですから「暴力の独占」は理念でしかありません。

たとえ国家によって独占されるとしても、暴力が肯定されている社会では、実際の暴力は根絶されることはなく、私益や私欲につながっていきます。
国家に寄生している人たちは、つまるところ「暴力」に寄生している。
そしてそこから金銭という果実の配分を受けている。
暴力に対しては暴力と考えるのは、必然的な結論でしょう。
想像力のない人間や国家は、暴力の象徴である核兵器や拳銃を手に入れたくなる。
それは「暴力の独占」を脅かす「暴力の拡散」を引き起こす。

ですから、武器は争いを誘発しこそすれ、抑止はしないように思うわけです。
過剰な抑圧は、被抑圧者の暴発を招きますし、武器を奪うための行動も誘発しかねません。
核武装の使用は、国家間で行われるとは限りません。
北朝鮮の核武装化などは大きな問題ではなく、むしろテログループや個人の核武装化に、私は不安を感じます。

日本が長いこと平和を維持できたのは、「刀狩」のおかげではないかと思います。
日常から武器が見えなくなることは、なんと心の安らぎをもたらしてくれることか。
刀や武器をコレクションしている友人知人もいますが、その気持ちが私にはわかりません。
私も過去に、実際の日本刀に触れたことはありますが、手にした途端に気持ちが少し変わるのを感じました。
武器の所有は、人の心を変えかねない。
お金と同じです。
そして、その武器を持ってみたいという気持ちも誘発しかねません。

交番のシステムは、海外からも評価され、一時は交番システムが広がっていたこともあったと聞きます。
しかし、その交番システムには、拳銃は不要のはずです。
警官の日常の見回りなどには拳銃を所持する必要などないはずです。
携行しなければ、拳銃を落としたとか置き忘れたとか、そんなことも起きません。
日常生活を見守ってくれている警官には、拳銃所持など不要の話です。
拳銃による警察官の自殺もなくなるでしょう。
なによりも警察官のストレスは解消されるはずです。

特別の状況の中で拳銃を所持することまで、今の状況のなかでは否定しませんが、せめて交番勤務の警察官には拳銃は不要だと思うのです。
交番や警察官が襲われる理由は他にもあるでしょうが、それもたぶん、拳銃所持と無縁ではないでしょう。
交番のセキュリティが話題になっていると報道されていますが、おかしな話です。
そろそろ「暴力」で秩序を管理する発想を見直す時期ではないか。
「昭和の頭」で発想するのは、やめた方がいいような気がします。

そこから「核抑止」の問題も考えてみるのはどうでしょうか。

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2018/07/15

■カフェサロン「日本は核武装するべきか」の報告

30度を超す暑さのなか、しかも3連休の初日、「日本は核武装するべきか」というテーマに13人の参加者がありました。
それだけでもうれしかったのですが、議論も盛り上がりました。
最初に、参加者それぞれが日本の核武装に関する自説を簡単に紹介し、つづいて「文藝春秋」7月号でエマニュエル・トッドが提唱した「日本は核を持つべきだ」という論は自分の考えとほぼ同じだという武田文彦さんが問題提起してくれました。

トッドは、日本が依存している「米国の核の傘」はフィクションにすぎない、しかし、核とは戦争を不可能にするもので、第二次大戦以降、欧州で大きな戦争が起こっていないのも核の存在のおかげだ、だから日本は核武装すべきだというのです。

武田さんは、それも踏まえて、2つの問題(太田さんによる整理)を提起しました。
対米従属の日本が真の独立を得るためには、「日米安保条約の解消」とそれに代わる「対外的パワー(侵略抑止力?)としての核武装」が必要だというのです。
この前提には、いまの日本はアメリカに従属していて、独立国家とは言えないという認識がありますが、これに関しては参加者からの特に大きな異論はありませんでした。
日米安保条約に関しても、ほぼ全員がなくていいという意見でした。
問題提起者の武田さんが驚いたように、今回のサロンは昨今の日本の社会では特異な人の集まりだったかもしれません。
日米安保条約がなくてもいいと思っている人は、そう多くはないでしょう。
永続敗戦論や米国属国論はいわば流行的な現象にさえなっていますが、日米安保条約の恩恵を捨てようとは思っていない人が多いはずです。

次の問題は、核兵器は戦争(侵略)抑止力を持つかです。
ここでのポイントは、戦争に勝つ力ではなく、戦争を起こさない力を、核兵器は持っているかどうかです。
ちなみに、限定核兵器の話も出ましたが、そもそも核の力は人間が管理できるものではありませんから、私自身は限定核兵器などというのは概念的にありあえないと思っています。
一時期流行した「核の平和利用」と同じレベルの話です。

核兵器の抑止効果の有無に関する意見は別れましたが、核兵器は実戦には使えないにもかかわらず抑止力があるというのは、私には理解できません。
それは抑止力ではなく、暴力的な威圧であり、プロのボクサーとは喧嘩はできないという話なのではないのか。
しかしプロのボクサー自身はいつでも喧嘩はできます。
プロのボクサーには喧嘩がしかけたれないというだけの話で、それは非対称の抑止力ですから、戦争そのものの抑止効果とは違います。
いわゆる行動的な戦争ではない構造的な暴力戦争は、核兵器を持つ国によって引き起こされ続けていることは歴史が示しています。
古代ローマの歴史家タキトゥスは、ローマの皇帝たちは荒廃を生み、それを平和と呼ぶと書いているそうですが、平和とは誰にとっての平和なのかをしっかりと考えなければいけません。
私自身は、核兵器を持つことは、核クラブのメンバーになって、世界中の生活者を恐喝する側になることですので、まったく与することはできません。

それに関して、武田さんから核兵器抑止力と並んで、たとえば日本が病院を周辺国に無償供与することも戦争抑止につながるという話をしました。
核兵器による抑止と生活支援による抑止とは、理念が全く違いますが、そこをもう少し掘り下げると戦争とは何かがもう少し整理できるでしょう。
今回は「核兵器」がキーワードでしたので、その話は掘り下げられませんでした。

核武装する「日本」とは誰なのかの議論はあまりできませんでした。
核武装した時にだれが核兵器の発射のボタンを押すのかという問題です。
つまり核武装の主語は国家ではなく、個人として考えなければいけません。
あるいは少なくとも、核兵器のガバナンスの問題を抜きには考えられないということです。

戦争の意味が20世紀になってまったく変わったという認識が大切です。
30年ほど前に出版された「戦いの世界史」という本が4年ほど前に日本で翻訳出版されました。
人類は、どう戦ってきたかの詳しい報告で、面白い本です。
そこにこんな指摘があります。
「20世紀最初の10年が終わるころには、戦争において人間が主役だった時代は終わり、機械が主体となる時代が目前に来ていた。」
その後、戦争の変質に関してはさまざまな論考がありますが、戦場からどんどん人間がいなくなってきていることは間違いありません。
そうなると何が起こるか。
映画「ターミネーター」の世界です。
つまり対立の構図が全く変わってしまうわけです。
となると、誰に対する「抑止」なのかが改めて問われることになります。
それはとりもなおさず、「政治の捉え方」の変化につながります。
以前、サロンでお話した「統治の政治から生活の政治へ」というテーマです。
今回は残念ながらそこまでは行きませんでした。

コスタリカの話も出ました。
コスタリカに関しては以前ブログに書いた記事があります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/03/post_2.html
そこからコスタリカの情報にリンクしています。
日本では軍隊のないことばかりが有名ですが、問題の核心はたぶん国家のあり方です。

核兵器は開発されてしまった以上、もうなくすことはできないのではないかという議論もありました。
となると、核兵器の管理をどうするかということが重要になります。
そこで出てくるのが、国境をなくす世界国家論です。
方向としてそういう方向を目指すべきだという話も出ました。
まさに憲法9条が生まれた時の、日本人側の思想であり、日本国憲法の前文の理念です。

なお、核兵器はいかに管理しても、原発がそうだったように必ず誤爆が起こるという指摘もありました。
その危険性は日々高まっている気がします。

核武装にはほとんどの人が反対でしたが、日本安保条約は不要と考える人が多かったということは、核不要論と言えるでしょう。
つまり、核などなくても自立できるということです。
逆に日本安保条約を破棄し、核武装するという人は、核兵器が独立国家の必須要件と考えているのかもしれません。
核がなければ自立できない、というわけです。
よく考えればわかりますが、両者の「自立」の意味は全く違います。

となると「国家(の独立)」とは何かということが問題になる。
核武装するべきかどうかという切り口から、いろんなことが見えてくるように思います。

今回はもっと核武装論支持者がいると思ったのですが、ほとんどいなかったのが驚きでした。
マスコミで接している日本人の考え方とサロンに集まる人たちの考え方の乖離なのか、現実とマスコミ報道によって作られる第二次情報との乖離なのか、それが改めて気になったサロンでした。

もう少し問題を絞ったサロンをまたやってみたいと思います。
たとえば、視点を変えて、世界の人々が平和であるために何をやったらいいか、というようなテーマのサロンです。
最初の問題提起をしてくれる人がいたらご連絡ください。

今回は報告がとても長くなってしまいました。
すみません。


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2018/07/09

■「9条誕生」(岩波書店)をお薦めします

すでにご案内の通り、今度の土曜日、湯島で「日本は核武装するべきか」というテーマでのサロンを開催します。
たぶん賛否いずれの方も参加されますので、話し合いがどう展開するか楽しみにしています。
サッカーやオウム事件や集中豪雨などでマスコミは埋め尽くされていますが、その裏側で着々と進められている動きへの関心も忘れないようにしたいと思います。

ところで、昨年放映されたNHKスペシャル「憲法70年“平和国家″はこうして生まれた」を見た方も多いと思います。
とても興味ある内容でした。
ご覧になっていない方は、ぜひネットで見てください。
https://www.dailymotion.com/video/x5kcntm

ところで、その番組制作にも関わった塩田純さんの「9条誕生」(岩波書店)という本も、多くの人に読んでほしいと思っています。
NPO関係の人たちにも、政治問題に関するサロンを呼びかけてもあまり反応はよくありません。
日本の市民活動の多くは、政治に関わることを忌避している面がありますが、政治と無縁の市民活動は私にはまったくと言っていいほど無意味なものに感じます。
日本のNPO活動のほとんどは、既存の体制のサブシステムになっていると思いますが、そこから抜け出していかないと、社会は変わりようがありません。

そんな思いも会って、せめてこの本くらいはみんなに読んでもらいたいと思い、紹介させてもらうことにしました。
ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。
そしてもしよかったら、今度の土曜日の午後の湯島のサロンにもご参加ください。
できるならば、次のサロンは「平和」をテーマにできないかと考えています。
どなたか問題提起者になっていただけませんか。

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2018/06/13

■米朝会談への違和感

米朝会談の実現は喜ばしいことでした。
いままで会ったことのない2人が、直接に会ったことが実にすばらしい。
人は、直接会って話をしてこそ、お互いに分かり合えて、人間的な判断や思考ができるようになると思っているからです。
そこに最大の意義がある。

ただ、報道を読んでいて、どうも違和感があります。
たとえば、「非核化」ということです。
核を持っているアメリカが、北朝鮮に非核化を要求することの「非対称性」がどうも理解できません。
トランプ大統領が握手しようと先に手を出したように、まずは自らの核への姿勢を表明しなければ、対話は成立しないはずではないのか。
「朝鮮半島の非核化」という言葉の意味がわかりません。
非核国家とされていた日本にも、米軍によって核兵器がたくさんあったことも最近明らかになっています。

「非核化」の主語は「人類」でなければいけないのではないか。
核兵器を独占する大国が、核を独占しようとすることにこそ、問題があるのではないのか。
アメリカが非核化しない限り、朝鮮半島の非核化など成り立つはずもない。
核兵器は、国家など越えているからです。
アメリカ大統領は、北朝鮮の非核化を言う前に、自らの(段階的な)非核化を宣言すべきではないか。
オバマ大統領が、そういう姿勢を出した時には大いに期待しましたが、言葉だけで終わりました。
核兵器に支えられた力や体制は、ひずみを起こしていくでしょう。

北朝鮮の体制の保証という言葉にも驚きます。
私には信じがたい言葉ですが、北朝鮮がそれを望んでいるというように報道されています。
それではまるで、アメリカの属国になるということです。
そんなことがあるはずもない。
ここで保証の対象は何かをもっと考えなければいけません。
それに、そもそも「体制」とはなんなのか。

米朝会談の実現は喜ばしいことですし、それによって、なにかが変わっていくように思います。
しかし、小国の非核化が正当化され、大国による国家体制の保証が正当化されるようであれば、そこにある「平和」は、抑圧された平和でしかありません。
発想や言語体系の枠組みを考える「視点」を、そろそろ逆転していかなければいけないのではないのか。

しかし、それはそれとして、未来の大きな影響を与える立場にあるトランプ大統領と金委員長が、直接会って、会話し、握手したことの意味は大きい。
だからやはり昨日の米朝会談は、新しい歴史につながっていくと思います。

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2018/05/21

■カフェサロン「世界は変えられる!子どもがそう信じられる社会に」報告

日本子どもNPOセンターが、ブックレット「児童労働、NPO/NGOのチャレンジ」を出版したことのお知らせもかねて、そこで取り上げられているNGOフリー・ザ・チルドレン ジャパン(FTCJ)の代表の中島早苗さんをゲストに、サロンを開催しました。
このタイトルにとても魅かれた私としては、たくさんの人で会場が大丈夫かなと実は心配していました。
実際には参加者は13人でしたが、半数は日本子どもNPOセンターの関係者で、ある程度問題を知っている人たちでした。
やはり「児童労働」というテーマは身近には考えてもらえないのかと、少し残念な気がしました。

フリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)については、案内文に書きましたが、次のサイトに紹介されています。
http://www.ftcj.com/

現在、世界には約1億5000万人の児童労働者数がいるそうです。
5歳から17歳の子どもたちの10人に1人が、義務教育を十分に受けられない状況に置かれているということです。
こうした状況を変えていこうと思い立ったカナダの12歳のクレイグ少年がはじめたのが、「フリー・ザ・チェルドレン・プロジェクト」です。
クレイグ君は、実際に各地の児童労働の現場に行き、悲惨な児童労働の実状を目の当たりにします。
問題はとても大きく、子どもである自分に何ができるだろうか。
彼を勇気づけたのは、マザー・テレサの「若者には世界を変える力がある」という言葉でした。
そして、今やクレイグ少年の活動は、世界に広がる大きな運動になってきているのです。

中島さんは20代の時に、アメリカでこの活動を知って、1999年に日本で活動を始めました。
知った以上は何もしないわけにはいかないというのが中島さんの気持だったようです。

クレイグさんや中島さんたちは、「自分にできることを、自分に関心のあることに活かせていけば社会は変わる」と考えています。
人は誰でも「贈り物」(Gift 才能)をもらっている。
そのGift(才能)を、社会の気になる問題(Issue)に向けていこう。
そうすれば世界は変えられる。
“Gift+Issue=Change”。
好きなことを活かして変化を起こそう!世界を変えることは自分を変えることだ、というわけです。
その信念に基づいて、できるだけ多くの子どもたちに、それを実感できる場を創っていこうというのが、中島さんたちの活動です。
そして、そうした体験をした子どもたちは、変わっていく。
そして世界も変わっていく。
とても共感できる活動です。
「世界は変えられる!」と、子どもたちが信じられる社会になれば、世界は変わっていくでしょう。

お話を聞いた後、いろんな話が出ました。
まずは、家族労働と児童労働とは違うという話がありました。
家族が支え合って、子どもの頃から家族と一緒に働くのは、むしろ肯定されるべきかもしれません。
教育を受けられずに、文字が読めないことが生命にかかわってくる事例も話題に出ました。
ご自分の体験から、他国の文化に関わっていくことには慎重でなければいけないという意見も出ました。
豊かな日本の子どもたちよりも、経済的に貧しい国の子どもたちのほうが、目が輝いているという話もありました。
またNGOだけでは限界があるので、行政も巻き込んだ方がいいのではという意見もありました。
大人たちが、そうした子どもたちを応援することも重要だという指摘もありました。
たぶんみんなそうなのだと思います。

しかし私は、やはり「子どもたちが主役になって動き出したこと」に、新しい時代のはじまりを感じました。
その一方で、日本の子どもたちの置かれている状況はどうなのだろうかと思いました。
さらに日本の大人たちはどうだろうか。
「世界(社会)は変えられる」と思っている大人たちはどのくらいいるのだろうか。
いろいろと考えさせられるサロンでした。

ちなみにクレイグさんたちの活動は、名称を“WE movement”と変えていますが、アメリカ各地で“WE day”という子どもたち主役の集まりをやっています。
ネットで動画が見られますので、ぜひご覧ください。
https://www.facebook.com/pg/WEmovement/videos/?ref=page_internal
中島さんたちは、3年後に日本で “WE day”を開催したいと考えています。
そのために資金的な支援を含めて、この動きをたくさんの人に知ってほしいと考えています。

未来は子どもたちが創っていきます。
しかし、大人も、その子どもたちを支援することはできます。
“Gift+Issue=Change”は、大人たちにも当てはまります。

フリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)のサイトをご覧になって、何かできることが見つかったら、ぜひ応援してください。
http://www.ftcj.com/
私も、「世界は変えられる!」と、改めてまた確信しました。
元気が出るサロンでした。

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2018/01/30

■アーサー・ビナードさんの「知らなかった、僕らの戦争」

ご自身の戦争時の体験を語りだしている、京都の高林さんが、3月にアーサー・ビナードさんと対談することになりました。
それで、遅まきながら、アーサー・ビナードさんの「知らなかった、僕らの戦争」(小学館)を読みました。
面白くて一気に読みました。
何が面白かったといえば、「本当はみんな知っていた」ということを感じたことです。
正確には、「みんな」ではなく、一部の関係者ですが、その気になれば知ることができたということです。
戦争がはじまった頃、日本は勝つはずがないと語っていた義母に「非国民」と非難していた体験を語っている女性がいます。
「教育」を受けていた人と「違う教育」を受けていた人とは世界が違って見えていたようです。
原爆の真実も「真珠湾奇襲」の真実も、いまでは「教育」通りに考えていない人も増えてきていますが、相変わらず「教育」で教えられたことを信じている人も少なくありません。
しかし、真実は現場にあるということを、この本を読んで改めて実感しました。

ビナードさんの発言にも共感することが少なくありません。
安倍総理の真珠湾訪問とオバマ大統領の広島訪問のからくりは、私も感じていたことで、いずれも違和感を持っていましたが、彼は明確に切り捨てます。
とりわけ、オバマ大統領が長崎に行かずに、しかもオスプレイを誇示したかに関する違和感は、この本を読んで少し納得しました。
広島と長崎の扱いの違いも、この本を読んで納得できた気がします。
それにしても、なぜ広島の人は、毎年、安倍首相を受け入れるのか、理解できません。


この本には、いろんな角度から、戦争にまつわる体験談を23人の人が語っています。
私にはたくさんの新しい気付きがありました。
パンプキン爆弾のように、知らなかったこともあります。
原発は核兵器のために、いまもなお、日本では廃炉されないことへの確信も強まりました。

読みやすい本なので、多くの人に読んでほしいです。
Binado


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2017/12/15

■緒方修さんの「青い眼の琉球往来」を読みました

16世紀半ばのポルトガル製の世界地図には、中国大陸の東に横たわる列島が描かれ、その列島全体の名として、「琉球」を意味するポルトガル語が記されていた、ということを加藤陽子さんの「戦争まで」という本で知りました。
その列島の一つの島の名が「日本」だったそうです。
日本は、琉球(沖縄)の一部だとの認識が、当時の世界にあったということになる、と加藤さんは書いています。
言うまでもなく、当時の琉球は日本とは別の国家でした。
このことを知って、改めて沖縄のことを調べたくなった時に、沖縄在住の緒方さんから『青い眼の琉球往来』(芙蓉書房出版)が届きました。

不思議なほどのタイミングなので、一気に読ませてもらいました。
そして、1793年に出版された初版の『アメリカン・エンサイクロペディア』や1797年の『エンサイクロペディア・ブリタニカ』には、「琉球とはアジアの強大かつ広大な帝国を成す島々の名前である。その国民は文明開化され、アジアに広がる他の野蛮国と混同してはならない」と書かれていたことを知りました。
ますます沖縄のことを知りたくなりました。

本書は、19世紀に琉球にやってきた“青い眼”の人たちの航海記や遠征記などの記録を読みながら、現地を訪問してまとめた、緒方さんの歴史紀行エッセイです。
単なる記録の紹介ではありません。
緒方さんも、あとがきで、「ところどころ逸脱して原文から離れ、想像の世界に遊んだ」と書いていますが、緒方さんの人柄や考え方が素直に出ていて、エッセイとしても面白い。
時に横道に外れながらも、現代の沖縄問題への鋭い目線も感じさせるメッセージも込められています。
気楽に読める本ですが、読み終えると現在の沖縄の状況への共感や理解が深められるような、そんな緒方さんの思いが伝わってきます。

日本を開国させたペリーは、日本に来る前に琉球に寄っていますが、そのことを私は本書で初めて知りました。
ペリーは、琉球をとても重視していて、日本には2回しか寄港していませんが、琉球には5回も寄稿していたことも、初めて知りました。
本書の副題は「ペリー以前とペリー以後」とあります。
その視点は山口栄鉄さんの著書から学んだ、と緒方さんは書いていますが、それにつづけて、「乱暴な言い方をすれば、ペリー以前、バジル・ホールの航海記は紳士的(英国の狡猾さはあまり見えない)、ペリーは乱暴者(砲艦外交)。沖縄にいると、ペリーのやり方が今でもまかり通っている、と感じる」と書いています。
私は、この短い文章に緒方さんの強い思いを感じます。

緒方さんは、クリフォードの「訪琉日記」を踏まえて、琉球が「香港」と並ぶ自由貿易港になっていた可能性を想像し、もしそうなったら、100年後の日米戦争では琉球国内に英米軍基地がつくられ、そこから日本への爆撃機が連日飛び立っただろうと言います。
そしてその後で、「米軍の嘉手納基地から日本本土に対する核攻撃がいつでも可能という現状を思い出させる」と書いています。
誰もあまり口にしないことですが、私にはとても真実味を感じさせられる言葉です。
沖縄の基地は、中国や北朝鮮ばかりでなく、「日本本土」にも向けられていることに気づかなければいけません。

面白いエピソードもひとつ紹介しておきます。
1816年、琉球王国に寄港、那覇に40余日間滞在した英国人バジル・ホールは、帰国途中で、セントヘレナに流されていたナポレオンのところに立ち寄ったそうです。
バジル・ホールの父は、士官学校でナポレオンと同窓でした。
彼の『航海記』には、「琉球では武器を用いず、貨幣を知らない、また皇帝の名前も聞いたことがない、とホールが語ると、ナポレオンは大笑いし、笑い声が隣室まで聞こえたという」と書かれているそうです。
そしてナポレオンは、こういったそうです。
「そのような嘘は止めてもらいたい。自分が生きているこの世の中に武器を持たない民族がいるはずがない。武器がなければ、その民族はどのように戦争をするのだ」。

沖縄から学ぶことはたくさんありそうです。

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2017/10/15

■それでもあなたは原発再稼働に賛成しますか

NNNドキュメント「放射能とトモダチ作戦」 米空母ロナルドレーガンで何が? の再放送を見ました。
衝撃的な内容でした。
その番組の最後のナレーションは、

トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが、原発事故の放射能で被曝して健康を害したとして、402人が裁判を起こしていることを、あなたは知っていますか?

でした。
私は知りませんでした。
すでの9人が被曝で亡くなっていて、もう身体が自由に動かなくなった人たちも少なくありません。
にもかかわらず補償も十分ではないようでした。
なにしろ裁判になっているくらいですから。

番組解説にはこう書かれていました。
http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-66.html

福島第一原発の事故。汚染されたのは東日本の陸上だけではなかった。実は、放射性物質の約8割は太平洋上に流れ込んでいたという。そして東北沖で"トモダチ作戦"として支援活動していたのが米空母ロナルドレーガン。当時、艦内では放射能アラームが鳴り響いていた。乗組員の兵士らは今、続々と放射能による健康被害を訴え死者は9人に。そして米兵ら400人以上が東電などを訴えている。空母で一体何があったのか?

海上の空母の乗組員でさえ、こうした状況にあるのに、なぜ福島原発では死者が出ていないのか。
そこに大きな疑念をもちました。

録画しておけばよかったのですが、録画しませんでした。
再放送なので、いまのところ再放送は予定されていないようです。
ネットのユーチューブ流れていますが、もし可能であればぜひ見てください。
見られないかもしれませんが。
http://www.dailymotion.com/video/x63roud

身心が凍るようなメッセージが伝わってきます。
この番組を見たら、脱原発とか再稼働とか議論することさえ無意味に思えます。

もし自分がその当事者になったら、と思うと、今度の選挙の投票先は明確です。
再放送がないのがとても残念です。

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2017/10/08

■制裁への逃走と「離見の見」

フランクリン・ルーズベルトの前のアメリカ大統領ハーバート・フーバーは、その回顧録でルーズベルトを厳しく批判しています。
GHQの教育でルーズベルトは偉大な大統領だったと多くの日本人は刷り込まれていますが、最近ようやくその実体が露呈してきています。
真珠湾攻撃で日本が戦争を始めたという考えも疑問がもたれはじめました。
フーバーの回顧録を材料に、ルーズベルト批判の書を書いている青柳武彦さんは、太平洋戦争は1937年、つまり真珠湾攻撃の4年前に、アメリカによってはじめられていると言っています。
アメリカ政府が、真珠湾攻撃を事前に察知していて、むしろそれを利用したことは以前から明らかにされてきていますが、いまもって多くの日本人もアメリカ人も、真珠湾攻撃によって日米は開戦したと考えています。

まあその種の話は、かなり詳しく書かれている本がたくさんありますので、関心のある人はそれを読んでもらうとして、今回紹介したいのは、フーバーの回顧録に書かれている次の指摘です。

制裁は、殺戮と破壊以外の全ての戦争行為そのものを実行するもので、いかなる国といえども、品格を重んじる国であれば、我慢できることではなかった。

日本はアメリカによる厳しい制裁によって、戦争へと向かってしまったわけです。
その体験がありながら、いま日本の政府は、北朝鮮に対して、同じような「制裁」に取り組んでいる。
フーバーの政治感覚からすれば、「制裁」はすでに戦争行為なのです。
戦争はすでに始まっているといえるのかもしれません。
異論のある人も多いでしょう。
しかし、アメリカに制裁されていた時の日本のことを少しは思い出したいものです。

いささか論理が飛び過ぎだと思いますが、日本の社会には、いま「制裁」思考が広がっているように思います。
子どもたちのいじめ、多発する自殺、メンタルダウンの増加。政治や暴力団の世界での制裁。
「刺客」などというおぞましい言葉をためらいもなく使う政治家たち。
相手の身になって考える余裕がなくなっているのかもしれません。

ここで思い出すのは、世阿弥の「離見の見」です。
あるいは道元の「まず我見を離るべし」という教えです。
日本の文化が培ってきた、そうした日本の知恵が、最近どんどんと消えてしまっているのが、とてもさびしいです。

残念ながら私はフーバーの回顧録を読んでいません。
友人が、草思社から翻訳が7月に出たと教えてくれました。
ちょっと高いので、迷いますが、読んでみようかとも思います。

「裏切られた自由 上: フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症」
下巻は来月発売予定だそうです。

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