カテゴリー「生活時評」の記事

2009/10/31

■近くのスーパーの閉店

道路整備の関係で、近くのスーパーストア「ライフ」が閉店になります。
とても良心的なお店で、いつも賑わっていました。
わが家にはとても大きな影響があります。
生活費は1割くらいアップするかもしれません。
それほど他店と比べて安かったのです。
もちろん同じものが安いという意味です。
それにお店の規模が大きすぎずに、手ごろでした。

今日が最後だというので、見に行ってきました。
商品はもうあまりありません。
ほとんどがすでに撤収されています。
ところが、なぜかお客様でいっぱいでした。
私のように最後のお店の様子を気にきている人もいるかもしれません。
なぜかわからないのですが、駐車場の自動車もいっぱいでした。

お店の人に、とても良いお店でしたね、と感謝の気持ちを伝えました。
そういう会話は私だけではなく、いろいろのところで交わされていました。
ライフはとても良心的な良いお店です。
利用されている方は、多分わかってもらえると思います。

ライフの閉店に代わって、先週、その近くに「カスミ」が開店しました。
行ってみました。
最近の中規模店舗で、私にはやや大きすぎます。
商品数も多すぎます。
それに雰囲気が、最近の店舗のように、冷たいのです。

私にとっては、ライフは世相を感ずる一つの定点観測場所でした。
商品の価格の動きもよくわかりました。
マスコミの報道と現実の違いも、ライフのおかげで知ることができていました。

新しいカスミはわが家からは歩くと10分以上かかります。
わざわざ定点観測に行くことも少なくなるでしょう。
また一つ私が社会を感ずる場所が減りました。

妻が元気だったころは、近隣のショッピングセンターやスーパーに一緒に行ってもらっていました。
そういう場所に行って、座っていると、世間の動きがよくわかるのです。
妻がいなくなってからはそういう機会も少なくなりました。
一人ではなかなか行く気にもなれませんし、長居はできません。
こうしてだんだん世間から疎くなっていくのでしょうか。
近くのライフの閉店は、私には大きな生活変化になりそうです。

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2009/09/14

■法事の風景

先週、滋賀の湖北にある妻の実家の法事にいったのですが、そこでとても面白い話を聞きました、
お葬式に声をかけるところは、必ずしも血縁関係にあるところではないのだそうです。
昔からのしきたりだそうで、隣関係と言うわけでもないのです。
お互いになぜ声を掛け合うのか、今ではわからなくなっているところも少なくないようです。
結婚式とはまた違って、法事だけのことなのだそうです。
4つくらいの近在の集落の人たちの話でしたが、いずれも同じようです。
ちなみにみんな浄土真宗です。

私は40年ほど前に妻と結婚してからはじめてその地域の法事に参加しました。
妻の父は早く亡くなったのですが、その葬儀はとても印象的でした。
まだ土葬でしたが、親戚や近隣の人たちが集まり、2~3日かけての葬儀でした。
雪の日に白装束でお墓まで行列を成して葬送しました。
孫のわが娘が先導役だったような気がします。
ちょうど通りがかった人がさかんに写真を撮っていたのが記憶に残っています。

葬儀の読経が迫力がありました。
10畳の部屋を2つつなげた部屋やその周りの廊下などに集まった人たちが、僧侶と一緒に読経するのです。
私には初めての体験でしたので感動しました。
葬送の後、女性たちがつくった料理が山のように出され、次から次へと酒が出てきました。
下戸の私にとっては辛い宴会が続きました。
亡くなった人のために、それこそトポラッチのように、無駄な消尽が行われていたような気がします。
若い世代の人たちが、もっと無駄をなくして合理化しなければと話していたのも記憶に残っています。

それから何回も法事に出ましたが、年々大きく変化してきています。
土葬から火葬へと変わり、葬送の行列もなくなりました。
料理も次第に仕出し屋のものになってきました。
先日の法事は4時間ほどで終わりました。
消尽する雰囲気はなくなっていました。

変わっていないことが少なくとも一つありました。
みんなご仏前とは別に、品物を参加者分だけ持ち寄るのです。
そして、それをみんなで分け合って持ち帰るのです。
このスタイルは残っていました。

参加者は激減していました。
そこで冒頭の話が出てきたのです。
代替わりを契機に、声を掛け合うことをお互いに自重しだしているようです。
法事でしか付き合うことのないところは、徐々に呼びかけあうことをしなくなっているようです。
たくさんの家に声をかけるということは、たくさんの家の法事に行かなければいけないということです、
そうなれば、年中、法事に出なければいけなくなり、会社に勤めだすとそんなことはできなくなります。
つまり、いまの時代の生活にはあわないわけです。

長々と書いてしまいましたが、いつもとてもいろんなことを考えさせられるのです。
都会での生活と違って、地方にはまだまだ文化があります。

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2009/08/11

■ノリピーの虚像と実像

ノリピーこと酒井法子逮捕によって、次第に明らかになりつつある「ノリピーの現実の姿」は、あまりにもイメージと違います。
しかし、テレビでも報道されだしていますが、その実像は周辺には知られていたようです。
清純なイメージは、完全に演出された虚像だったわけで、そうでない酒井法子を知っていた人も少なくなかったということです。
こうした世間的につくられた虚像と実際の生活での実像の違いは、多かれ少なかれだれでもあります。
その違いを増幅させ、両者を乖離させていくのが、マスメディアであり、タレントビジネスです。
ここでいう「タレント」とは広義のタレントで、有名な政治家や財界人、学者や文化人もさします。

私も完全に騙されていました。
事件が起こった時に、むすめたちに自殺するんじゃないかなどと、自分の無知をさらけ出していました。
しかしおそらく関係者はみんなノリピーの実像を知っていたのでしょう。
事件に関して、あるベテランタレントが、アイドルは包装紙で包まれているが、その包装紙が破れただけのこと、と話していましたが、おそらく関係者知っていたのでしょう。
ただ知らないふりをしていなければいけなかったわけです。

多くの人にとっては、実像などはどうでもいいのかもしれません。
大切なのはつくられた虚像のほうで、みんなその虚像と付き合っているわけです。
それが「大人の世界」なのかもしれません。
そこでは実像などはどうでもいいことです。

ノリピーほど極端ではないとしても、私たちはそうした「建前」で生きているのです。
仮面(ペルソナ)がいつの間にか実体になってしまうことさえあります。
しかし、仮面で生きることは、なぜか社会は許しません。

医師免許も持たずに、医療行為して、多くの病人を救ったにも関わらず逮捕された人もいます。
学歴詐称で国会議員を辞めなければいけなくなった人もいます。
資格などに全くの価値を認めない私にとっては、いずれの事例も社会的な損失だと思います。
免許や資格で仕事ができるかと思います。

また話がおかしな方向に逸脱しそうですが、今回の事件で学ぶべきは、看板と実体はかくも無縁だということです。
騙されるのであれば、騙され続けるほうがいいでしょう。
騙すのであれば、騙し続けるほうがいいでしょう。
虚像と実像とは、尺度を変えれば、逆転する概念なのですから。
騙し続ければ、それが現実になることもあるでしょう。

最近、いろいろのことが「暴露」されますが、これこそ「情報社会」の本質なのでしょう。
しかし情報社会における実像とは一体何なのでしょうか。

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2009/07/16

■背広を着ることの意味

今日、私よりもかなり若い知人が相談にやってきました。
彼は自分で会社を起こし、その社長なのですが、誠実を絵に書いたような人なのです。
私のところに来る時でさえも、背広でやってきます。
今日は真夏のような暑さでしたが、やはり背広を着てきました。
私のところに来る時には、気楽でいいからと話しましたが、彼にとって私は二回りも年上なので、礼を失してはいけないと思っているのです。

最近、私はめったに背広を来ませんが、それでも時々着ることがあります。
会う人や行く場所によって、服装を変えるのはおかしいのではないかと思いながらも、自然とそうしてしまいます。
背広を着るのと着ないのと基準は何でしょうか。
そこに、自分の生き方や価値観が現れており、自分の小賢しさを知ることができます。

自分が何を着ているかで言動は変わります。
ですから、長年、着ているものによって人間の生き方や価値観は決まっていくはずです。
小学生の頃、たしか佐藤紅録の小説だったと思うのですが、こんな文章がありました。

昔の日本の男はふんどしで下半身を締めていたが、最近の男たちはネクタイで首を絞めているから、根性がなくなったのだ。
子どもながらに、とても納得しました。
私は、ふんどしをしたことはありませんが、ネクタイだけはしないでしようと思っていました。
しかし、会社に入る頃には、そんなことはすっかり忘れてしまっていました。
そんなわけで、私は根性のない大人になってしまったわけです。
いや、子どもの頃から,あんまり根性はなかったですが。

話がそれてしまいましたが、服装は意識に大きな影響を与えます。
和服を着ていた時の日本人と洋服になじんでしまった日本人とは、たぶんかなりの違いがあることでしょう。

私は最近、Tシャツでオフィに行くことも少なくありません。
自宅とオフィスでは、ほとんど、同じ服装をしています。
生活にメリハリがなくなってしまったのは、そのせいかもしれません。
やはり仕事をするのであれば、背広をきちんと着るべきなのでしょうか。
最近、企業の仕事に縁遠くなったのは、そのせいかもしれません。困ったものです。

日本の社会をおかしくした一因は服装にある、というようなことを書くつもりだったのですが、まあそんな偉そうなことをいう前に、自分の服装を点検すべきですね。

今日もまた、意味のないことを書いてしまいました。
政治の話を書くと何を書くかわからないので、しばらく政治時評は避けたいと思っているのです。
はい。

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2009/07/14

■不幸な1日

このブログでも八つ当たりしていますが、最近、とても機嫌がよくないのです。
ともかく周辺に問題が多すぎますし、自分自身もそれなりに問題を抱えています。
周囲の問題は、無視すればいいだけの話ですし、自分の問題は腹をくくればいいだけの問題です。
この蒸し暑さも、クーラーをかければ逃れられます。
しかし、性格上、どうもそうした生き方ができないのです。

まず最近、滅入っているのは元気が出てこない相談が多すぎることです。
それもなぜか、結構、不義理されている人からの相談が多いので、何でいまさらと思うことも少なくないのですが、そういう「不義理な相談」でも、いざ相談されるとなぜか受けてしまう習性が私にはあるのです。
決して、その人のために、などと思うわけではないのです。
むしろ自業自得だろうと、どこかで思っている自分さえいるのです。
でも、なぜか相談を受けたら、過剰に反応してしまう。
これは、おそらく私に限らず、すべての人の持つ、生命の本性です。
そういえば、以前、このブログでも「欲望としての他者救済」の話を書きました。
もっとも、その本性に気づかない人が多いのですが、私は気づくタイプなのです。
一度気づいてしまうと、変えようと思っても変えられないものです。

昨日は、あるプロジェクトで私の知人同士を引き合わせる日でした。
私は同席しないでもよかったのですが、いささか心配で、頼まれてもいないのに、暑いのにわざわざ交通費まで払って出かけました。
ところが、肝心のその人が突然の休暇になってしまっていたのです。
嘘だろうと思いましたが、嘘ではありませんでした。
疲れきって湯島のオフィスに寄りました。
そうしたら、なぜか次々と電話です。
うれしい電話もひとつだけありましたが、なぜか昨日は疲れる電話ばかりでした。
なんでこうも問題が多いのでしょう。
もしかしたら、ほんとうに不況なのかもしれないと、危なく信じてしまうほどでした。
念のために言えば、私は今が不況などと思っていないのです。
今日も長電話で相談のあった危機的な事業でいえば、景気などの問題ではなく、無責任な行政と事業を引き受けた企業の経営者の無責任さが原因です。
倒産してしかるべきですが、ある程度事情を知っていることもあって、私の気分も複雑です。
あまり詳しく書くと何の話しかわかる人にはわかってしまうのでやめましょう。
しかし、腹立たしいです。
無責任だった人が、今はのうのうとしているからです。

ところで、帰宅したら、突然休暇だった人からメールが届いていました。
入院されていたお母さんが大変だったのだそうです。
連絡のつけようがなく、すみませんという謝罪のメールでした。

非常識な行為の背景には、必ずそれなりの事情があるものです。
「迷惑をかけた人」と「迷惑をかけられた人」と、どちらが「大変だった」かというと、多くの場合、前者の人のほうが辛いことが多いのだ、という体験則を最近忘れてしまっていました。
それを忘れて腹を立てていた自分がいやになりました。
昨日、電話などで相談に乗った人にも、もしかしたら、失礼な対応をしたのではないかと気になりだしたら、さらに不幸な気分になりました。

不幸とは、結局は自分にその原因があるものです。
困ったものです。
それに腹を立てたところで、何かが解決されるわけでもありません。
今日、1日、また相談に乗ったりしていたら、少し頭が冷やされました。

明日は幸せな1日にしようと思います。

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2009/07/09

■生産の無駄と生活の無駄

CWSコモンズのほうには書いたのですが、先月、パソコンが壊れてしまいました。
メーカーのサービスセンターの人の指導を受けて修復に努めましたが、ダメでした。
そのことをホームページの週間報告に書いたら、それを読んだ友人が修理に来てくれました。
そして、一度は諦めて買い換えようと思っていたパソコンを直してくれたのです。
その上、今日また来てくれて、今度はメモリーをパワーアップしてくれました。
ゴミになりそうだったパソコンが見事に復活し、さらに成長したのです。

ついでにもう1台、ノートパソコンも壊れていましたが、それまで直してもらいました。
商品のことをどれだけ知っているかで、こんなにも違うものなのです。
友人は自分で部品を買ってきてパソコンを組み立てていたのだそうですが、そのため、どこをどうすればいいかよくわかっているのです。

知識があるかないかでは、商品との関係は全く変わってきます。
一時期、「消費者教育」という言葉がさかんに使われましたが、その言葉自体に象徴されているように、消費する教育でしかありませんでしたから、その商品のことをよく理解してもらい、修理方法も含めて「付き合い方」を学ばせるものではありませんでした。
商品の実態はどんどんブラックボックスになっていき、ただ「機能」だけを享受できればいいという発想が広がりました。
つまり「無知な消費者」を増やす「市場拡大活動」です。
こうした活動は、生活に無駄を増やそうということなのだと、今回の体験で改めて気がつきました。
つまり、「経済」を発展させるということは、無駄を増やすことなのです。
企業は、自らの活動(生産)においては「無駄」をなくそうと努力していますが、市場においては「無駄」を増やそうとしているのです。
故障した商品は修理してもらっては困るわけで、修理できないようにして廃棄させ、新しい商品を購入してもらうのが、「顧客の創造」という美名に隠れた実態です。
それに加担したのが、近代アメリカの経営学です。

生産における無駄をなくすのか、消費(生活)における無駄をなくすのかで、経済のかたちは全く変わります。
そのどちらが悪いと決め付けることはありませんが、その意味だけはしっかりと認識しておく必要があります。

商品の電子化は商品の構造を見えなくしていきます。
そのため、商品の修理が難しくなってきていますが、消費の無駄はそのせいだけではありません。
最近のエコポイントやクールビズなどは、まさに消費の無駄の促進策です。
にもかかわらずエコなどというごまかしの言葉を振りまいているのは、経済の倫理につながる問題です。
政治経済学という言葉があるように、まさに政治と経済はつるんでいるのです。
個人の顔が思い出されてきて、ますます腹立たしくなるので、このあたりでやめますが。

今回の体験で、たくさんの気づきがありました。
生産の無駄と生活の無駄という言い方をしましたが、さらに言えば、「無駄の生産」を増やすことが経済の発展なのだと気づきます。
もっといえば、生活における無駄の概念が、そうした「経済の視点」で規定されていることにも気づきます。
そろそろ、「無駄」とは何かを考え直す時期なのかもしれません。

経済の本質を垣間見たようで、また私の生き方が変わりそうです。
さいわいなことに、ますます「お金」から離れることができるかもしれません。

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2009/07/01

■「お手伝いしてください」

近くのTさんの子どもが、スモモを届けてくれました。
小学校に上がったばかりのその子は、こういってスモモを届けてくれました。
「(スモモを)たくさんもらったのでお手伝いしてください」
彼女はいつもそういって、お裾分けしにきてくれるのです。
スモモよりも、その気持ちがいつもうれしいです。

かつての日本の文化が象徴されている言葉です。
小さな頃からそうした文化の中で育てば、きっと「分かち合う精神」が育つでしょう。

分かち合うことは、双方を幸せにします。
取り合うことは、双方を惨めにします。
そんなことは誰も知っているはずですが、世間からは「分かち合う生き方」は失われ、「取り合う生き方」が広がっています。
経済的に豊かになるほどに、分かち合う文化よりも取り合う文化が広がってきているといってもいいかもしれません。
そこに、今の経済のおかしさがあるように思います。

今の経済システムでは、取り合う関係を基本にすることによって経済は発展し、分かち合っていたら経済は停滞するのです。
まさにおかしな話ですが、そうしたことを前提にして、経済の論理や仕組みが組み立てられていることにほとんどの人は違和感を持ちません。

今日のテレビで、どこかのスーパーの「10円セール」を報道していました。
その10円商品を取り合う主婦たちの映像が流れていましたが、それを見ていて、「10円」に意味があるのではなく、「取り合い」に意味を見出しているのではないかという気がしてきました。
小さな頃から「取り合い競争」の文化の中で育ってきたことの結果を、そこに感じてしまったのです。
そして、その人たちの子どもたちも、きっとまた「取り合い競争」に追いやられているのだろうなと思いました。
そうした親たちが多い中で、「お手伝いしてください」という文化を守っている家庭があることが、私にはとてもうれしいのです。
まさにホッとする感じです。

「お手伝いしてください」
とてもいい言葉だと思いませんか。
私もその精神を守りたいと思っていますが、時に「取り合い競争」の思考の中にいる自分に気づいて恥ずかしくなることがあります。
心しなければなりません。

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2009/05/14

■問題の立て方

問題の立て方を間違うと答は全く違ったものになるという話は以前書いたことがあります。
大切なことは、問題を解くことではなく、問題を立てることなのです。
問題を解くのは技術や知識があれば可能です。
それはコンピューターにゆだねることもできるでしょう。
しかし問題を立てるのは人間、それも主体的に生きている人間でなければできません。

最近経済界では「イノベーション」が流行です。
イノベーションは技術革新と訳されますが、技術以前に発想の問題のように思います。
30年ほど前に光ファイバーのことを調べたことがあります。
そのときに、光ファイバーが技術的に実現可能だということが論証された途端に、開発が加速されたという話を講演で聴きました。
コロンブスが新大陸を発見したのは、そこに新大陸があるという確信だったはずです。
問題が的確であれば、その解決はそう難しい話ではないと私は思っています。

こんなことを書いたのは他でもありません。
今の政治における問題の立て方が適切なのかどうかということを言いたいためです。
テレビの報道は、その問題の立て方で情報の扱い方が全く変わります。
私が一時期、よく見ていた報道ステーションでは、映像情報とコメンテーターとビデオ情報が時に不整合なことがありましたが、これは明らかに問題の立て方があいまいな結果です。

インフルエンザ問題も小沢さんの秘書問題も予算編成の問題も、定額給付金の問題や年金の問題、解散時期の問題など、すべての問題において、私には問題の立て方への違和感があります。
問題の立て方を間違えば、問題を解くことさえ無意味になります。

問題の立て方の間違いは、経済や産業に関してもいえます。
それがしっかりしていないために、無駄遣いが景気浮揚策になり、格差問題や福祉問題が自立問題になってしまうわけです。
あるいは農業の見直しが農業の工業化、商業化になってしまうわけです。

私の考えが普遍性をどのくらいもっているかは保証の限りではありませんので、こうした考えを誰かに押付けようなどとは思いませんが、私自身はいつも「問題の立て方」に最大のエネルギーを向けています。
極端にいえば、問題の解き方など瑣末なことなのです。
問題をしっかりと立てて生きていれば、どんな状況になっても納得できます。
人生は、納得して生きることこそが一番幸せなことかもしれません。

もっとも私の場合、「問題の立て方」を間違ったことがないわけではありません。
むしろいつも間違ってきたと言えるかもしれません。
しかし仮に間違っても、それは自分の過ちですからその結果には納得できるのです。
まあ、そうも言っていられないこともないわけではないのですが。

私の立てた問題からすれば、政治も経済も状況は悪い方向に向かっています。
そのなかで、自分自身はどう生きるか、それはまた実に面白い問題です。
時に、生きるのが嫌になることもないわけではありませんが。

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2009/05/07

■手賀沼に「おしゃれな」なカフェはいりません

コメント欄に、ちょっと書いたことですが、もう一度ここに書かせてもらいます。私の住んでいる我孫子市には手賀沼があります。
沼というので泥臭いイメージを持つかもしれませんが、とても安堵する風景を私たち住民に与えてくれます。
写真集手賀沼というサイトもありますので、よかったら見てください。

その手賀沼にある手賀沼公園の湖畔に沼に張りだす形で、おしゃれなウォーターカフェがあったらいいのにと前から思っていました。
思っているだけではダメなので動き出さなければいけませんが、その話をある人に話したら、その人がこういうのです。
私はこの我孫子が大好きです。
それは土と水と緑のにおいがするからです。
手賀沼の湖畔には着飾ったおしゃれなカフェはつくってほしくありません。

初めて異論をぶつけられました。
そして、ハッと気づきました。
「おしゃれなカフェ」というのは、そういうイメージなのだと。
安直に話していたことを反省しました。
私も、土と水と風が生き生きしている空間を描いていたのですが、どこかにモダンな小奇麗さもイメージしていたかもしれません。
その異論に対して、いささか苦しい回答をしましたが、実はこの異論がこれまで私が出会った一番の賛意なのかもしれないと思いました。
我田引水に考えるのが(ポジティブシンキングともいいます)、私の長所なのです。

「おしゃれ」というのは便利な言葉ですが、誤解を招きがちな言葉です。
注意して使わないといけません。
多義的なのに、反論しにくい言葉があります。
そうした言葉は、議論を封じ込めがちです。
「おしゃれ」もそうした言葉の一つです。
私が一番嫌いな言葉のはずだったのに、自分がそうした言葉を安易に使っていることに気づいたのです。

手賀沼に必要なのは、「おしゃれなカフェ」ではなく、「手賀沼らしいカフェ」です。
それがどんなカフェなのか、みんなで話し合うような場をいつか実現したいと思います。

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2009/05/04

■アリとキリギリス

友人から長電話がありました。
電話が長くなったのは、脱線してしまった結果です。
そこで連休に何をしていたのかという話になったのですが、彼は仕事の関係で仕事をしていたというのです。
自分で会社を経営していますが、零細企業はたとえ休みでもそう簡単には休めないのです。
彼の仕事は毎日処理していないといけない種類の仕事なので休めないのです。

もうそろそろ会社をやめて奥さんとゆっくりしたらと話したところから、話題がおかしくなってしまいました。
彼の幼馴染も自分で事務所をやっているのですが、同じように働いていたのに、彼の友人は億を超える資産を貯めているそうです。
ですからもう後は奥さんとの悠々自適な生活も可能なのだそうです。

しかし私の友人のほうは、おそらくそれ以上の収入があったはずですが、それをその時々に使ってきてしまっています。
なかにはかなり問題のある遊興費や趣味に投じているのではないかと思いますが、私が知っているだけでもたとえば500万円を投じて、自らの主張をテレビで放映するような活動もしています。
ともかくお金は貯めずに、その時々でお金を使っているのです。
そのためまだ借金もあり、仕事をやめられないのだそうです。
どこかで聞いたような話ではあるのですが、それはともかく、電話を切った後、この2人のどちらが豊かな生き方なのか少し考えてしまいました。

やや簡単に割り切れば、「お金を貯める人生」と「お金を使う人生」のどちらが豊かか、です。
なにやら、アリとキリギリスの話を思い出します。
10年前までであれば、私はアリを称賛していましたが、最近はどちらかといえば、キリギリスの方が正しいのではないかという気がしています。
でも、そう簡単に割り切れない面もあります。
キリギリスの生き方を「浪費」と捉えれば評価は逆転しかねません。
しかしキリギリスは、浪費していたのか。
お金を稼いでいないのですから、もしかしたら「浪費」はしていないかもしれません。
一方、アリは将来の生活のために現在の時間を「浪費」していたのかもしれません。
悩ましい問題です。
皆さんはどちらを選ぶでしょうか。

いまさら、アリとキリギリスでもないのですが、お金とは何かを考える上で、とても重要な何かを示唆しているようにおもえてなりません。
私は実は今日まで、自分はアリの生き方をしてきているという認識でしたが、もしかしたらキリギリスだったのではないかという気がしてきました。
自分の生き方は、なかなか本人にはわからないものなのかもしれません。

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2009/04/23

■私たちの「食べ方」で農業の未来は決まる

「農と業を分けて考える」を読んでくださった岐阜の佐々木さんが、中日新聞の4月19日の社説の文章を送ってきてくれました。

2つの言葉をぜひみなさんにも知っていただきたくて、引用させてもらうことにしました。

ひとつは、今春、中日農業賞の農水大臣賞に選ばれた、石川県能美市の岡元豊さん(39)の授賞式でのスピーチの言葉です。
「農業とは“いのち”を伝える職業です。これまでは、次世代のために農業の種をまくことを心掛けてきましたが、これからは、その種を育て、実らせていくことを考えたい」

もうひとつは、審査委員長の生源寺東大農学部長の祝辞の言葉です。
「日本の農業を支えているのは食卓です。私たちの“食べ方”で農業の未来は決まります」

50年ほど前までは、こうした言葉が現実でもあったように思いますが、今は残念ながら、こうした文化は消えてしまっています。
しかし、これからの私たちの生き方がここに示されているように思います。
2つの言葉をつなげれば、私たちの未来は、私たちの「食」のあり方にかかっています。

一時期、「食育」がブームになりました。
私も実は最初とても大きな期待を持ちましたが、所詮は「産業のための食育」のような気がして興味を失ってしまいました。
しかし、「食育」は本来、こうした「文化」につながらなければ、逆効果のような気もします。
言い方を替えれば、こうした文化の回復にこそ、「食育」の目的が置かれるべきだろうと思います。
食材の4割が廃棄されるような食文化には、未来もなければ文化もありません。

農や食の問題を考えることは、いのちと未来を考えることなのだと、この社説を読んで改めて思いを深めました。

ブログを書いていると読者の皆さんから、いろいろと教えてもらうことが多いです。
佐々木さん
いつもありがとうございます。

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2009/04/13

■正しく生きることの大切さ

「いまの世の中に生まれて、国をよくしようと思うものは、何もそれほど苦悩する必要はない。大事なことは、人としての当然の感情に基づいて、自分の行動を正しくし、熱心に勉強し、広く知識を得て、それぞれの社会的役割にふさわしい知識や人間性をそなえることだ」
熊本に行く飛行機の中で、福沢諭吉の現代語訳「学問のすすめ」を読みました。 とても共感できるところが多かったのですが、130年ほど前に書かれた文章が、今もなお通用することにいささかの驚きを感じました。 たとえば、この文章です。 まさにいま、私がめざしている生き方です。

「信ずることには偽りが多く、疑うことには真理が多い」
この言葉にも驚くほどのリアリティを感じます。

「学問のすすめ」は、今の若者たちにも勧めたいとおもいます。
要するに「基本」が欠落しだしているのです。
明治時代には、国をつくろうという政府があったことがよくわかります。
それがあればこそ、福沢諭吉の存在があったのかもしれません。
いまはどうでしょうか。
国を壊そうという政府しか見えてこないのが残念です。
学問が失われてきていることも心配です。

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2009/02/20

■「自分に正直に、自分らしくあるように」

来日したヒラリー・クリントンが東大の学生たちとの話し合いの中で語った言葉が印象に残りました。
「どうしたらあなたのように強くなれますか」という女子学生に応えて、「自分に正直に、自分らしくあるように」と返し、会場を沸かせたというのです。
私もテレビで、そのシーンを見ました。

「自分に正直に、自分らしくあるように」
正直に生きていれば、たしかに「こわいもの」はなく、強くなれます。
自分らしくあることに価値を置けば、だれから誹謗中傷されても気になりません。
しかし、これは簡単なことではありません。
私も、こうした生き方に心がけていますが、満足できるものではありません。

さて、そこから話がややこしくなるのですが、
麻生首相や中川前財務省は、「自分に正直に、自分らしくあるように」しているような気がします。
その点では、私などよりもよほど根性が入っているようにも思います。

「自分に正直に、自分らしくあるように」という、私の生き方は間違っていたかもしれないと、最近、ちょっと気になりだしています。
自分には見えないのかもしれませんが、私の生き方も、外から見たら、麻生さんや中川さんのように見えるのかもしれません。
なんだかゾッとします。

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2009/02/18

■経済成長とは何なのか

日本経済は「戦後最大の危機」なのだそうです。
昨年の10~12月期の実質国内総生産(速報値)が年率換算で前期比12.7%減となったことがマスコミで大きく取り上げられています。
そんな時にこんなことをいうのは不謹慎なのですが、わが家はその「戦後最大の危機」がどうも実感できずにいます。
お金離れの生活が少し定着してきているからかもしれません。

不況になった最大の理由は輸出の減少だそうです。
とりわけ自動車の輸出減の影響は大きいようですが、そもそも輸出に過大に依存している経済の構造自体がおかしかったわけで、それがようやく正常化に向かいだすことになったと思えば、歓迎すべきことかもしれません。
それに、円高不況などと言うことは、私にはどう考えても理解できません。
円高とは、日本の経済が高く評価されたことだろうと、素人の私は思ってしまうのです。

いやそれ以上に、国内総生産などという概念がわかりません。
実は一昨日、娘から改めて国内総生産って何だと訊かれたのですが、経済用語辞典的な説明をしている自分に気づいて、嫌気がさしました。
どこかに書いたことがありますが、自分で家事をやれば国内総生産には反映されず、家事サービスを外注すると国内総生産に反映するなどという馬鹿げた数字は、経済学者や資本家には意味があるかもしれませんが、私のような生活者にはどうでもいい話です。
国内総生産コンプレックスから抜け出ないといけません。

問題は雇用の場が急速に縮小していることですが、実際に仕事をしないと生活が成り立たない人にとっては、それは大きな問題です。
でも、それを国内総生産などという数字で議論してほしくないものです。
国内総生産など増えなくとも、限られたお金をうまく活かしながらお互いに支え合う仕組みを育てていけば、国内総生産などという、わけのわからない数字に振り回されることはなくなります。

かなりめちゃくちゃなことを書いていて、いま仕事がなくなった人に怒られそうですが、私が言いたいのは、今の経済の仕組みや私たちの働き方や生き方を、改めて見直していく必要があるのではないかということです。
経済学者の言葉ではなく、生活の言葉で、発想していくことが、今こそ求められているように思います。
国内総生産には寄与しないかもしれませんが、生きていく上では支えになる仕事は多分たくさんあるはずです。
一昨日紹介した朝日新聞の投書の記事は、そのことを物語っています。

ちなみに、和歌山県の話は、コメントくださった人にお伝えすることができました。

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2009/02/16

■新しき村への期待

このブログに、過疎地には仕事が山積みですと書いたら、それをよんでくれたひとがコメントをかいて質問してました。

和歌山のあるまちについて詳細を知りたいです。
自然な営みに近い生活スタイルと家族移住を考えています。
ちょうど、2日前の朝日新聞の投書欄に、「職住困ったら,田舎においで」という投稿がありました。兵庫県の74歳のお年寄りの投稿です。
著作権などがあるのかもしれませんが、とても共感できる文章であり、できるだけ多くの人に読んでほしいので、少しだけ省略しましたが、ほぼ全文を引用させてもらいます。
100年に一度の不況で都会では職を失い、路頭に迷っている人が多いようです。この際、地方から出てきた人は、いったん田舎に帰ってはどうでしょうか。田舎の出身でない人でもいい。私の住んでいる周りには空き家や遊んでいる田畑はいくらでもあります。
 帰る家のない人はそこで寝泊まりし、米や野菜を作ります。栽培方法は老人たちが教えてくれます。食と住は確保されます。すぐ農産物から収入は得られませんが、集荷を手伝う道もあります。
 景気がよくなれば都会に戻ればいいし、農業が好きになれば、住み続けるのもいいでしょう。
一時的でも生活する場所を得ることが最優先。終戦直後は、疎開した多くの人が、国土の復興に貢献しました。不況時の疎開は、ふるさと活性化にも役立つでしょう。
私もそう思います。
意識をちょっと変えるとさまざまな生き方が見えてきます。
それにこんなに豊かで穏やかなところ(日本)は、今の世界にはそうはありません。
もっと平安に生きていく方策はたくさんあるはずです。
残念ながら私はその生き方ができていませんが、もう少し早く気づけばどうにかなったかもしれないと思うこともありません。
今となっては、その気は私には全くありません。
その理由は、挽歌編に書いているように妻がいなくなったからです。
それに娘たちには、その生き方を選ぶ育て方をしてきませんでしたから、もう無理のようです。

問い合わせのあった方には、早速、和歌山のことも含めて、情報をもっている友人を紹介しようと思います。
こうした思いを持った人は少なくないとしたら、今こそ、「新しき村」が実現できるかもしれません。
昨年、実は、そうしたことを少し考えたこともあるのです。
もしそんな村ができたら、生き方を間違ってきた私も移住できるかもしれません。
挽歌編に書いたように、「老いて」しまった私には、いささか荷が重く、作り手にはなれないのが寂しいですが。

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2009/02/09

■愛に支えられた社会とお金に支えられた社会

昨日書いた「お金があれば生きられるが、愛だけでは生きられないのか」の話を、挽歌編と絡ませながら続けます。

お金がなければ生きられない社会は、考えてみれば不思議な社会です。
お金は食べられませんし、お金があっても、それを何か「生きるために必要なもの」に誰かが交換してくれないと、何の役にも立ちません。
無人島に流された人にとっては、2兆円のお金を持っていても何の役にも立ちません。
それ自体何の価値もないお金に、私たちの生活が振り回されるのは、どう考えてもおかしな話です。

挽歌編にも書きましたが、私は47歳で会社を辞めました。
何の不安もなく会社を辞めたのは、資産があったからではありません。
愛し合っている妻がいたからです。
愛とは信頼でもあります。
どんな苦境に立たされても、2人の知恵と汗を出しあえば、生き抜けるだろうと確信していました。
お金にしがみついていたら餓死することもあるでしょうが、お金にしがみつかなければ、今の時代、何とかなる。
そう開き直って、次の仕事のあてもないのに会社を辞めたのです。
お金がなくなって、娘から借金したこともありますが、それから21年、生き続けています。
とても悲しいことに、妻は病気で一昨年、旅立ってしまいましたが、お金があってもそれは防げませんでした。

妻がいなくなって、私の生命力は極端に落ちた気がします。
しかし、娘たちがいたおかげで、何とか生き抜けました。
娘たちを、私は愛しています。
生きるために必要な愛は、愛される愛だけではなくて、むしろ愛する愛です。
引きこもりがちだった私を引き出して、元気を与えてくれたのは、私を愛してくれているたくさんの友人知人たちです。
私も、そうした友人知人を愛しています。
ですから、私は確信しています。
「生きるためには、お金よりも愛が大切だ」と。

生きていくために「仕事と家」が邪魔だったという姜さんのことを昨日書きました。
「仕事と家」が突然なくなって、生きるのが不安になっている人がたくさん出ています。
同じもの(仕事と家)が、生きる邪魔をしたり、生きる支えになったりします。
この違いはどこにあるのか。
おそらくそれは「愛」に関係しています。
姜さんはきっとたくさんの愛を育みながら生きてきたのでしょう。
だからいま、そのたくさんの愛に育まれているのです。

愛に支えられた社会とお金に支えられた社会があるような気がします。
どの社会に生きるかは、それぞれの人の好みかもしれません。
しかし私はやはり「愛に支えられた社会」に生きたいと思います。
日本にはまだそういうところがたくさんあります。
お金がなければ生きていけないと思っている人に、そういうことを知ってほしいと思います。
「愛に支えられた社会」に生きたい人が増えていけば、きっと社会は変わります。
昨日のワークショップで、こういうことを話せばよかったなと反省しています。

でもやはり「甘い」と怒られるかもしれません。
67歳だから、こんなことがいえるのでしょうか。

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2009/01/03

■「舌の記憶」とFOOD ACTION NIPPON

身の丈にあった農作業を生活に組み込む動きをもっと広げたいと、自らも畑を借りて、菜園インストラクター講座などを手がけている、環境クラブ代表の増山康雄さんから年初めのメールマガジン「E-news」が届きました。
増山さんは、その生き方において、またそのパーソナリティにおいて、私には共感の持てる人物の一人です。

増山さんは、このお正月にレストランで「米粉のパン」を食べました。
研究熱心な彼は、小麦粉のパンと米粉のパンをいろいろな食べ方で比較したようです。
その結果、米粉のパンの方がちょっと「もっちりしているかな」と思ったそうです。
まあ、そんな比較実験しなくても、すぐわかることですが、そこが「科学者増山」のこだわりなのです。
それはともかく、その時、思い出したのが、ある本で読んだ東南アジアのモチ米文化の話だそうです。
増山さんはこう書いています。

何でもタロイモみたいな「もっちり感」のある食べ物を食べてきた人達が「稲作」に出会った時、モチ米の食感がやっぱり「もっちり感」を持っているので、受容されたみたいなことが書いてありました。考えてみれば、人間、何か新しいものが入ってきた時、無意識のうちに、今までの自分の感覚とか、経験とかと照合してしまうものですよね。
そうなのでしょうね。
増山さんは、こう続けています。
最近、自給率向上の議論の中で、米粉のパンも注目されているが、それが売れるかどうかに大きな影響を与えるのは、人々の「舌の記憶」ではないか。
「舌の記憶」。
これはとても興味があります。
食は文化の基本ですから、「舌の記憶」は単に食文化の問題だけではないでしょうから。

私自身は一時はパン派でしたが、50歳頃から米派に回帰しました。
おいしいご飯と漬物とお味噌汁があれば、ほかは何もいりません。
娘の一人はお米が嫌いですが、なぜか米粉のパンが好きなのです。
そういうことを考えると、やはり長年の食文化が国民の「舌の記憶」になっているのかもしれません。

増山さんは、こう書いています。

米粉と小麦粉の配合具合とか、
小麦粉も国産なのか、輸入なのか、
コメや小麦の品種の組み合わせとか、
「どんな米粉のパンが売れるか」と想像してみると、
ちょっと考えただけで相当奥行きが深い問題があるなと
新年早々、レストランで感慨にふけってしまいました。
いかにも増山さんらしいです。
増山さんは、科学者であると同時に、哲学者でもあるのです。
1月中旬にも、菜園インストラクター講座を3回やるそうです。
ほかにもいろいろな講座があります。
関心のある方は、増山さんの日本リトルファーミング協会のサイトをぜひご覧ください。

昨年10月に、食料自給率向上に向けた国民運動「FOOD ACTION NIPPON」推進本部が設置されたのはご存知でしょうか。
農水省のサイトによれば、その目的は「世界の食料事情の変化や近年の食料自給率が低い水準にあることを踏まえ、国民の皆様が問題意識を共有し、食料自給率向上に資する具体的な行動を起こしていくため」だそうです。

私たち一人ひとりが、自分の食文化を変えるところから変えていくべきでしょう。
いまの状況の中でも、できることはたくさんなります。
食文化を変えさせた人たちがまた元に戻すような運動を推進することには、いささかの抵抗はありますが、まあ否定する必要はありません。
もっとも、この推進本部は電通のなかにあるのが、ちょっと気になりますが。
私としては、増山さんのような人に推進本部をやってもらいたいと思いますが、まあ増山さんは嫌がるでしょうね。

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2008/12/26

■「君あり、故に我あり(Estis, ergo sum)」

挽歌462で、プライベートの語源は「奪う」にあるという話を紹介させてもらったところ、友人から、ジャイナ教の「5戒」でも「アパリグラハ(蓄えないこと、所有しないこと)」があげられているというメールをもらいました。
ジャイナ教の「非所有(アパリグラハ)」も、法頂師が書いているように、否定的意味合いではなく、すべてを分かち合うという積極的意味があるようです。
人間が自然のなかで素直に暮らしていくためには、非暴力と非所有が大事であり、それができれば、それは同時に、魂の解放につながるというわけです。
この「非所有」の思想からいまの社会を見ていくと、いろいろなことに気づきます。
日本にはもともとそうした発想がありましたし、今もなおいろいろなところにそれが残っています。
いつかそれに関しても書ければと思っているのですが、それを書くにはまだ私自身が「所有の文化」に埋もれてしまっていますので、気恥ずかしさが残ります。。
法頂さんのように、思いのまま、書ける生き方をしている人が時にうらやましいこともあります。

それはともかく、その人から「君あり、故に我あり」と言う本を教えてもらいました。
シューマッハー・カレッジに関わっているサティシュ・クマールというジャイナ教の元僧侶の人の本です。
それにしても、とても気になる書名です。
少し調べてみたら、インドで良く知られている格言「ソー・フーム(So Hum)」の訳なのだそうです。
そのまま訳すと、「彼は我なり」となるようですが、それをサティシュは「君あり、故に我あり」と言い換えているのです。
西洋近代の出発点は、デカルトの有名な「我思う、故に我あり」です。
それと対照的な世界観を予感させます。

早速、読んでみました。
心にとても素直に入ってきました。
貫いているのは「関係を見る哲学」。まさにシューマッハーです。
こういう文章があります。

デカルト的二元論の帰結は、個人をお互い及び世界全体と対立させ、人生を戦場とする。
各個人は自力で生きていかねばならず、自らの利益のための行動に没頭する。
個人主義が強者による弱者の搾取を生み、権力や富のための争いを生む。
まさに昨今の日本社会の状況です。
それを克服する知恵が、「君あり、故に我あり」の世界観にあります。
サティシュはこう書いています。
私たちは、自分自身だけで存在することはできない。
これは私たちの存在は他者の存在があって初めて可能である。
それに気づけば、突然の派遣切りなどは起こらないでしょう。
派遣切りの動きに対して、各地で広がりだした住宅や仕事の支援の動きに、「関係を見る哲学」の文化はまだ消えずに残っていることを確信できました。
その文化を支えているのは、やはり大企業経営者や政治家ではなく、やはり現場で汗している人たちであることも見えてきました。
文化が大きく変わる予兆が見えてきたような気がします。

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2008/12/06

■「お金がなくても暮らせる生き方」を目指して宝くじを買う中途半端さ

ある集まりで、「お金がなくても暮らせる生き方を目指したい」と言ったら、ある人からうらやましがられました。
「目指したい」というくらいですから、今の私はそうではないのですが、彼はとても感心してくれました。
このブログでも、「お金」関係の記事は少なくありません。
たとえば、次のようなのがあります。

■お金はあったほうがいいのか 08/09/25
■「お金がないと生きていけない」と「お金がなくても生きていける」とどちらが「たわごと」だと思いますか08/09/23
■支え合いの文化があればお金などなくても生きられるはず 08/09/21
■お金を基準にした社会から抜け出せないものでしょうか 08/07/24
■お金がなければ活動ができないNPO 08/04/06
■お金で豊かさを買うのではなく、豊かさでお金を買う社会 2007/02/28
■お金と幸せの反比例 2006/10/12
■つながりを壊すお金とつながりを育てるお金 2006/06/14
■お金がお金を生み出すことへの疑義  2005.07.07
■お金がお金を生む経済の不思議さ  2004.12.22

何回も同じようなことを書いているのですが、それだけ私が「お金」にこだわっていることを物語っているのかもしれません。
なかなか「お金」からは抜けでられません。

実は今回もついふらふらと「宝くじ」を買ってしまいました。
今年は年初に買った宝くじが3000円当たりました。
ですから、もしかしたら年末には3億円が当たるかもしれません。
「お金がなくても暮らせる生き方」を目指す人間としては、許しがたい行為です。
でも3億円あれば、周りの人たちにいろいろと役立てることも事実です。
言行不一致ではないかと怒られそうですが、そこがまだ悟りきれていない者の弱さなのです。
困ったものです。

宝くじが当たったら、私の生き方はどう変るでしょうか。
それにとても興味があります。
やはり当たらない方がいいでしょうか。
しかし、3億円当たれば、たぶんお金のことなど気にせずに、気になっているに取り組むことができるようになるでしょう。
そういう暮らし方と、私が目指している「お金がなくても暮らせる生き方」とはどこが違うのでしょうか。

さてどちらを選ぶべきでしょうか。
宝くじを焼却すべきか、もう1組追加で買うか。
悩み多き凡人としては悩みます。

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2008/11/22

■節子への挽歌448:「社会のため」と「自然な暮らし」

このブログの挽歌編に、こんなコメントをいただきました。

朝夕寒くなってきましたね。窓から見える桜の葉っぱが赤や黄色になってきれいです。拾ってきて主人の写真の前に飾りました。
昨日、このコメントを思い出して、箱根から紅葉した落ち葉を拾ってきました。
もう1泊する予定だったのですが、昨夜帰宅し、節子の位牌の前に報告し、供えました。

そこまではよかったのですが、今朝、起きて挨拶に行ったら、そのもみじ葉は無残にも丸まってしまっていました。
節子はいつも綺麗な落ち葉をいろんな場所にそっと置いたりしていたはずなのですが、どうしてこんなになってしまったのでしょうか。
娘に聞いたら、押し花にしてからでないとダメだよというのです。
常識が欠落している自分に、またまた出会ってしまった感じです。

それで落ち葉を少し水に浸して蘇生させ、きちんと処置した上で、また節子に供えようと思います。
こうした「常識」が、たぶん暮らしの常識なのでしょう。

私は節子に比べると、書籍に書いてあるような知識は数倍たくさん持っていました。
何を訊いても知らないことがないと節子が思っていた時もありました。
しかし、それがなんだというのでしょうか。
本当に大切な知識は、そんなことではない。
それに気づかせてくれたのは、節子です。
もっとも、私がそれに気づいたのは結婚して20年ほどたってからです。
いや、もしかしたら節子もそうだったかもしれません。

企業に勤めて、それも戦略スタッフとして仕事をしていた時には、落ち葉の保存策よりも商品開発や市場開拓に関する知識や地球環境に関する知識などのほうが重要だと思っていました。
新しい視点や概念を企業に取りこむことこそ、大切だと思っていた時期もあります。

しかし、もっと大切なのは、そうした知識を自らの暮らしにつなげていくことです。
理屈だけで生きていくことはできません。
環境問題を知っているだけでは意味がありませんし、環境負荷を与える行動をすべて禁じたら生きていけません。
そういうことを「心身的」に気づかせてくれたのが節子なのです。
そこから私の生き方は変わりだしたように思います。

私が「社会のため」などという言葉を使わなくなったのも、その頃からです。
自らの暮らしそのものが社会をつくっているということに気づけば、自分と社会を切り離すような「社会のため」や「社会貢献」などという発想はなくなります。
自分のために誠実に生きていれば、それが必ず社会のあり様を変えていきます。
そう考え出したのです。

節子は「社会のため」などとは決して言いませんでしたが、不正や不作為が嫌いでした。
自宅から離れた電信柱のまわりでさえ、花がなければ花を植え、水をやりに出かけていました。
近くの子どもが悪さをすれば注意しました。
しかし決して「社会のため」などとは思っておらず、それが節子にとっての「自然の暮らし」だったのです。

こんなことを書くと、節子がとても善人だったように聞こえるかもしれませんが、節子は時にあまり感心できないこともやってました。
ハイキングに行って、山道で実生の小さな樹の芽があるとこっそり抜いてしまったり、きれいな花の木の枝をこっそり持ち帰ったりしたこともあります。
そうした花木がわが家の庭にはいくつかあります。
「自然の暮らし」には、そうしたちょっと怒られそうなこともあるのです。
私は当初、やめたほうがいいと注意していましたが、そのうちにそれを手助けし、今誰も見ていないよ、などと見張役を引き受けるようになってしまいました。
まあ、自然の暮らしには、そうした「悪事」もあるのですが。

箱根から持ち帰った落ち葉は、水の中で復活しました。
問題はこれからですが、うまくいくでしょうか。
自然の暮らしは、時間と汗をかけなければいけません。
本を読んだり、誰かの話を聞いたら身につくわけではありません。
心身を動かすことで身についていくのです。
節子がいた時にもっともっとこうした暮らしをしておけばよかったと思えてなりません。

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2008/11/10

■節子への挽歌436:真の癒しを得るための懺悔と赦し

真の癒しを得るためには、懺悔と赦し(ゆるし)が必要だと、ある本に書かれていました。
そして、赦すとは、事件を忘れ、それを帳消しにし、苦しみのもとを簡単に解き放ってしまうことではなく、その事件の呪縛から自らを解放することだというのです。
最近の自分自身のことを考えると、とてもよくわかります。
しかし、それは、そう簡単なことではありません。
その本に、ある神学者が話したことが書いてありました。

満足のいく心境になるには、あらゆる好ましくないことを何もかも口から吐き出してしまうことです。
傍らに立つ牧師がこう言っている姿が見えます。
「もうすべてを打ち明けましたか、ほかにはないですか」と。
そして、しつかりと受けとめられる方法でそれを吐き出してしまえば、本当に新たな気持ちで自由に歩き出していけることに気がつきます。
ところが、私たちが嘆きもせず、神の御座に話を打ち明けなければ、残りの人生の中でずっとそのまま引きずって生きていかなければなりません。
私は仏教徒であり、キリスト教徒ではありませんから、キリスト教の意味での神とは無縁ですが、神という言葉を、日本の文化の中での神に置き換えれば、とても納得できます。
この人は、「痛みを感じることであり、その傷を表にさらした方がよい」と言っていますが、とても共感できます。

問題は、耳を傾けてくれる人がいるかどうかです。
相手がいなければ、思いをさらしだすことは難しいです。
私の場合は、読む人がいようがいまいが、このブログに書くことで思いをさらけ出しています。
この挽歌を書くことで、気を鎮められます。
しかしそれだけでは十分ではありません。
時々、周りの誰かに思いをぶちあけたくなりますが、多くの人はそれを聴くのを好みません。
当然のことです。
でも先日のTYさんのように、「話し合え、聴き合える」人が現われます。
それで私の場合は、辛うじて破綻を封じているわけです。

日本の文化における神は「自然」です。
自然に向かって、思い切り懺悔し赦しをえるのもいいですが、
迷惑がられるかもしれませんが、周りの人に、自分の思いを吐き出してしまうのも効果的です。
吐き出していると、いつかきっと、「話し合え、聴き合える」人が現われてくるように思うのです。

周りに「愛する人を失った人」がもしいたら、ぜひ話を聴いてやってください。
同情や助言は禁物です。
ただ聴いてやってください。牧師のように。
みんな聴いてほしいのですから。
話を聴くこと、それが「支え合う生き方」ではないかと思っています。

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2008/10/26

■サイゼリヤの過ちと食との付き合い方

食材の安全性の問題で、外食産業は振り回されています。
こういう動きが出始めてから、もう長いこと経過しているのに、状況は改善されていません。
その大きな理由は、問題を外食産業の問題と捉えずに、個別企業の問題と捉えているからではないかと思います。
業界として取り組めば、事態はかなり変わったはずです。

しかも、個別企業の対応は必ずしも適切ではないように思います。
赤福の二重の間違いに関しては前に書きましたが、要は問題を引き起こした企業が慌てて対応してしまうために、おかしなことが行われてしまうのです。
個別企業の問題ではなく、業界の問題だと捉える人がいれば、こうした愚挙は避けられるはずですが、不思議なことにそうした動きは見えません。

そして、また同じような愚挙が行われました。
ファミリーレストランのサイゼリヤが販売したピザの冷凍生地から、微量のメラミンが検出された問題に対し、同社は対象のピザを食べた可能性のある客すべてに代金を返還する、と発表したのです。
慌てたのか、事業に自信がないのか、わかりませんが、多くの人はその発表におかしさを感じたのではないかと思います。
そして案の定、「ピザを食べたので代金を返金してほしい」と嘘をつく人が出てきてしまいました。
嘘をつく人が悪いといってしまえばそれまでですが、嘘をつかせるような状況をつくって、子どもたちに心の傷を負わせたことの責任はサイゼリヤにあるでしょう。
新聞で報道されているのは、たぶん氷山の一角です。

さらに心配するのは、毒物混入を誘発する効果です。
その影響は、サイゼリヤに限らず、ほかの外食産業にも及ぶ可能性はあります。
短絡的な対応は社会を混乱させるだけです。

そもそも外食産業には、常に安全問題が内在されていますし、顧客もまたそれをある程度は了解しているはずです。
世の中に、完全に安全なる物は存在しません。
そうしたことを踏まえて考えれば、外食における安全性の向上は、外食産業全体の問題であることは間違いありません。
他のレストランチェーンで問題が起これば、自分のところにお客が来るなどという話ではないのです。
そうした「安全で健全な外食産業」を育てるという姿勢が、外食産業にはあまり感じられません。
そこで働く人たちの労働条件も含めて、再考すべき時期だろうと思います。
餃子毒物混入事件で、労働条件の悪さの不満から、食材に毒物を混入したのではないかという話が出ていましたが、それはなにも中国に限ったことではありません。

そして、外食産業を利用するわれわれも、あまり安さを追求しないことです。
ホテルのバーが安いといっている麻生首相は論外ですが、外食産業は安すぎるように思います。
もし食費の負担を下げたいのであれば、自宅での調理をもっと増やすべきでしょう。
やりようによっては、食費は数分の1になるでしょう。
自宅で調理する時間がないという人があるとすれば、それは生き方、つまり働き方が間違っています。
そして、たまにはレストランで談笑したのであれば、きちんとお金を払うべきです。

私たちの食との付き合い方が、どうも少しおかしくなっているのではないかと思えてなりません。
食は、生活の基盤です。
家畜が餌を食べるのとは違うのです。

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2008/10/21

■ワーキングハードとワーキングプア

ワーキングプアが問題になっています。
いくら働いても収入が少なく、自立さえ難しいという話です。
私の周辺にも、そうした人は少なくありませんので、その深刻さは実感しています。
しかし、そこに含まれている重要なことは、「プア」にあるのではなく、働き方にあるような気がします。

これに関しては、これまでも何回か書きました。
たとえば、「ワーキングプア、あるいは働くことの意味」では、
ワーキングプアは、これまでの発想の枠組みで考えていては限界がある。
一歩進んで、働くことの意味を問い直す契機に出来ないものか。
と書きました。
残念ながら反応は誰からもありませんでした。
まあ、あんまり読まれていないブログですから、仕方がありませんが。

ワーキングプアには二つの要素が含まれています。
「プア」と「ハード」です。
ハードに働いてもプアというわけです。
そしてみんな「プア」に目を向けます。
それはまさに「金銭基準社会」の落とし穴のような気がします。

「金銭基準社会」とは私の造語ですが、昨今の社会の中心にある評価基準は金銭といっていいでしょう。
昨今の日本社会は、価値を測る基準や行動の基準、コミュニケーションの手段など、すべて金銭なのです。
豊かさの基準も、当然のように金銭で語られますし、感謝の気持ちも金銭で測られがちです。
何かを考える時に、私たちは「金銭」を拠り所にして発想するようになっています。
そんなことはないと自信をもって答えられる人は少ないでしょう。

ワーキングプアは、生活のプアではなく、金銭のプアが問題にされているのだと思います。
お金がなければ生きていけないと、みんな思い込まされているわけです。
そこでみんなハードに働くことになるわけですが、これは中学校で習った産業革命が始まった頃のイギリスやフランスを思い出させます。

プアなのは、金銭ではなく、生活だと考えたらどうなるでしょうか。
かなり違った展望が開けます。
お金がなくても、プアでない生活は可能なはずです。
そもそも貧しいからこそ、貧しさを補完しあうために生まれたのがお金なのです。
みんなが豊かな社会ではお金など必要ないでしょう。
その基本的なことをみんな忘れています。

自分の時間もなくハードに働いている人には、金銭収入の多い人も金銭収入もわずかばかりの人もいます。
後者がワーキングプアといわれるわけですが、金銭収入が多いワーキングハードな人はどうでしょうか。
生活がプアなことにおいては、そう違わないような気もします。
高給取りのワーキングハードは、「もうひとつのワーキングプア」かもしれません。

高給取りに対する、私の「やっかみ」もないわけではありませんが、今、問われるべきはワーキングハードな社会ではないかと思います。
みんながワーキングハードをやめたら、失業率も低下するでしょうし、メンタルダウンも減るでしょうし、何よりも少子化などはなくなります。
これからはワークハードではなく、ワークツギャザーだという人もいます。

対処療法的なワーキングプア対策はもちろん大切ですし、もっと真剣に取り組むべきですが、同時に、ワーキングハード社会や金銭基準社会を変えていくという発想も持たなければいけないのではないかと思います。

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2008/09/25

■お金はあったほうがいいのか

一昨日に続いて、もう少しお金のことを考えて見ます。

4つの命題があります。
A:お金があれば幸せになれる。
B:お金がないと幸せになれない。
C:お金がなくとも幸せになれる。
D:お金があれば幸せになれない。

いずれの命題も、何がしかの正しさと誤りを含んでいますが、
どの命題を大事にするかで、人の生き方は変わってきます。
みなさんが大切にされている命題はどれでしょうか。

私は「お金がなくとも幸せになれる」生き方を大事にしています。
当然ではないかといわれそうですが、当然なのです。

お金がない場合、どうしたらいいか。
人に親切にするしかありません。
誰かの役に立つことを考えなければいけません。
誰かの役に立てば、必ずだれかが支えてくれると思っています。
お金があったらどうでしょうか。
誰の世話にならずとも、自分だけで楽しい暮らしができるかもしれません。
しかも、お金を提供することで、誰かの役に立つことができる喜びを味わえるかもしれません。
しかし、お金がなくなったらどうなるか。
お金がなくならなければ、その心配も不要かもしれません。

こう考えると、やはりお金はあったほうがよいことになります。
いろいろと書いてきたのに、やはり私もお金信仰者の一人のような気がしてきました。
実際、時々、お金がほしくなって宝くじを買ったりしています。
どうも矛盾しています。
いやはや、お金の威力は計り知れません。

しかし、「お金はあったほうがよい」という結論には、
どこかに間違いがあるはずです。
それが何なのかわかりません。
困ったものです。

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2008/09/23

■「お金がないと生きていけない」と「お金がなくても生きていける」とどちらが「たわごと」だと思いますか

一昨日、今の時代は「たわごと」にもしかしたら真理がある時代ではないかと思います
と書きましたが、その言葉が気になりだしました。
歴史は、「たわごと」を現実にするために動いてきたように思い出したのです。
だとすれば、いつの時代においても「たわごと」は価値があったはずです。
今の時代に限ったことではありません。

昨日の話につなげて言えば、「お金があれば何でもできる」ということは少し前までは「たわごと」だったでしょう。
お金では買えない何かがあるとみんな思っていました。
それが「たわごと」だとホリエモンは考えていたようですが、今はどう思っているでしょうか。
しかし今でもそうしたお金信仰を持っている人は少なくないようです。

見たこともないような人が印刷した紙幣に、みんなが価値を見出す。
考えてみれば、これはとても奇妙な話です。
その前提にはたぶん「信頼関係」があるはずです。
たしかに当初は金との交換が制度化されていましたが、
今はそれもできない「ただの紙」です。
しかしみんなの紙幣信仰はあまり揺らいでいません。
依然として、信頼関係というか信用関係が存続しているわけです。
もしそれがなくなったらどうなるのでしょうか。
皮肉なことに、金銭信仰は「人のつながり(信頼関係)」の価値を忘れさせますから、実は金銭は自らの存在価値を低下させるという宿命を持っています。
これは実におもしろい問題です。

こうしたことから考えて行くと、最近の金融危機の先が少し見えるような気がします。

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2008/09/21

■支え合いの文化があればお金などなくても生きられるはず

北朝鮮ジャーナリストによる北朝鮮の実状映像をテレビで見ました。
こうした状況を放置している隣国の国民として、複雑な思いを持ちました。
政府にもし、人道支援なる考えがわずかにでもあるのであれば、先ずは隣国の惨状を正すことです。
それができずにイラクやアフガンに関わることはできないような気がします。
しかし、では自分に何ができるかと問えば、何もできない現実があります。
北朝鮮支援に関わっているNPOへの寄付くらいでしょうか。

その映像を見ながら、思ったことがもう一つあります。
もし彼らに支えあう関係が存在していたら、こんな悲惨な状況にはなっていないだろうということです。
生活を分かち合うことは生きるものの本能の一つだったはずです。
アダム・スミスもこう書いています。
「いかに利己的な人間であっても、彼の本性には、他人の運命について思いを馳せ、その幸福を、自分にとってはそれを見ることの楽しさ以外は何の関係も無いのに、大切にしようとする衝動が備わっている」。
西田幾多郎は、人間から愛他心を除けば、何も残らないといいました。
隣に問題を抱えている人がいたら、自然と手を出すのが人間です。
そしてそのことによって、社会は成り立ってきたのです。
しかし、そうした状況があれば、強権支配はできません。
「分断」こそが支配の基本なのです。

この数十年、日本の社会もそうした自然な支え合いの関係や構造を壊してきました。
それを壊すことが、まさに産業にとっての市場を拡大することであり、政府にとっては従順な僕、民を増やすことだったのです。
西田幾多郎がいうように、愛他心のない人間は人間とはいえません。
そうした人間もどきが、今の社会を構成しているとしたら、まさに金銭が猛威をふるうことになるでしょう。

一見した状況は全く対極にあるように見えて、もしかしたら北朝鮮と日本の現実は、同じものなのかもしれません。
そうならないように、お金や物を超えた、人のつながりをもっともっと育てていきたいと思います。
たまたま昨日、共済研究会で「共済の心」について少しだけ話をさせてもらう機会がありました
支え合いの文化があればお金などなくても生きられるはず、というのが私の考えですが、たぶん「たわごと」に聞こえたことでしょう。
しかし、今の時代は「たわごと」にもしかしたら真理がある時代ではないかと思います。
お金があっても、人とのつながりがなければ生きていくのは楽しくないでしょう。
いや、それどころかもしかしたら突然にお金が紙くずになることもあることを考えれば、お金に依存する生活の脆さは分かるはずなのですが。

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2008/09/04

■堂々と質問に答えられるような生き方

大麻疑惑で、日本相撲協会の北の湖理事長が、記者の質問に対して無言で押し切る姿を見ていて、なんとも言いようのない寂しさを感じます。
質問に堂々と答えられない人が、どうして社会的な職責を担っているのか。
これは日本相撲協会だけではありません。

質問する記者たちの無意味な質問に辟易しているのかもしれませんが、
たとえ相手の記者が非常識で勉強もしていない人たちであろうと、
そのシーンはテレビを通して多くの国民に届くのです。
見識のない記者やレポーターたちに勝手なことを言わせないための、絶好の機会なのです。
自らの発言をテレビで流してもらうなどと言うことは、普通の人には望んでもできることではないのです。
そのせっかくの機会に、黙して語らないのは、それこそ語る以上の明確なメッセージを視聴者には伝えるはずです。
黙して語らないだけで、北の湖理事長は職責を果たさず、どこかに後ろめたいところがあるはずです。
あの力士殺害(傷害致死)事件以来の多くの相撲界の不祥事の黒幕は、私には、北の湖理事長だろうと思えてなりません。
つまり本当の犯人は北の海だということです。
言い方がきつすぎますが、暴力を温存させていた加害者の仲間であり、大麻がもし事実であるとしたら、それもまたそうした状況を作り出してきたという意味で加害者の一角を成しているというべきです。
黙して語らずの言動が、それを明確に示しているように思えてなりません。

何か問題が起きた時に、当事者側の権限ある人は記者の質問攻めを浴びることになります。
それは、実は絶好のチャンスです。
危機管理の出発点は、自らをさらけ出し、多くの目でチェックしてもらい、問題解決に協力してもらうことです。
どんなことでもいいので、まずは話すことから始まります。
多くの場合、責任者には当事者意識が欠落しており、自分たちも被害者だと思ってしまうようですが、関係業界や関係者はだれであろうと、いついかなる場合も、加害者の仲間であって、被害者ではないのです。

マスコミ報道を恣意的に悪用するのはよくないですが、関係者はもう少し真面目にマスコミに対応する姿勢をもってほしいです。
しかし、そういう状況が育たないのは、マスコミ側に大きな責任があるように思います。
マスコミもまた、そういう効用を関係者にしっかりと理解してもらい、その効用を健全に活かす努力をするべきです。
少なくとも、無意味な質問をし、内容のない報道をするのではなく、事件を正しく視聴者に伝えられるように、節度ある取材、意味ある質問、正確な報道にもっと真剣に取り組むべきです。

北の湖理事長のこそこそした惨めな姿を見て、どんな質問にも、堂々と応えられるような生き方をしたいなと改めて思います。

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2008/08/29

■過疎地には仕事が山積みです

最近、全く生き方を別にしている2人の人と別々に話していて、共通の話題がテーマになりました。
「仕事がない」ってどういうことだろうという話題です。
一人は子育て支援をライフワークにしているシニアの女性で、山村留学の話をしている時に、ある山村に家族で住むには、そこに「仕事」がないと難しいという文脈で。
もう一人は、IT関係のベンチャーの若い経営者で、東京集中をやめてもっとみんな地方に分散すればいいのだが、地方には仕事がないからみんな東京にしがみつくという文脈で。

地方に移住したいのだが、移っても仕事がないから暮らしていけない、と多くの人はいいます。
それは本当でしょうか。
いえ、「仕事」ってそもそも何なのでしょうか。

生きていく上で、必要なことはたくさんあります。
生きていれば、できることはたくさんあります。
それらをみんな「仕事」だと考えれば、どこであろうと仕事はあるはずです。
とりわけ、人手が少なくなっているであろう過疎地域には、仕事は山ほどあるでしょう。
但しお金は稼げないかもしれません。
もしお金を稼ぐことが「仕事」であるとすれば、過疎地にはあまり仕事はないかもしれません。
しかし逆にそういうところでは、つまりお金を稼げないところでは、お金を稼がなくても生きていけるのではないかと思います。

山村留学に取り組んでいる、その人に言わせれば、60万円もあれば、十分1年生活できるといいます。
私もある人から、月に3万5000円あれば、豊かな暮らしができるから転居したらといわれたことがあります。
人が生きているところでは、必ず「働く仕事」はあるはずです。
ないのは「稼ぐ仕事」ですが、稼がなくても生きていければ、稼ぐ必要はないのです。
人間にとって、本当に必要なのは、稼ぐ仕事ではなく働く仕事のはずです。

しかし、なぜ私たちは仕事イコール稼ぐことと考えるのでしょうか。
その考えのもとに私たちは、馬車馬のように働き高度経済を成し遂げてきたのです。
東京でワーキングプアなどといわれる生活をするくらいなら、過疎地に移住して、自然と共にゆっくり暮らしたらいいのではないか。
実際に過疎地には空き家も多いですし、引っ越してくる人を待ち望んでいるところも少なくないでしょう。
しかし、なぜかそういう流れは起きません。
どうしてか。

私たちはもしかしたら、「洗脳」されてしまっているのです。
地方には仕事がないから生活していけないと思い込まされているのです。
幸いに日本は自然も豊かで天候も温暖です。
沙漠や寒冷地ではないのです。
そうしたところでは、生活していれば仕事はいくらでも見つかります。
いや、生きていくことが必然的に仕事を発生させるのです。
仕事のために私たちは生きているのではありません。
勘違いしてはいけません。

ワーキングプアや非正規社員の人たちが、そう思って地方に転居し出したら、一番困るのは誰でしょうか。
答は明白です。
企業経営者、もしくは資本家です。
仕事は地方にはないという命題の意味は、まさにそこにあるのです。
その呪縛から解き放たれれば、生き方は一変します。
そして、その生き方から解放される人が増えてくれば、社会は一変するでしょう。
そうなっては大変なので、「過疎地には仕事がない」と思わせておくことが必要なのです。

本当の仕事は生活に密着したところから生まれます。
しかし昨今の仕事は、生活とは無縁のものが少なくありません。
皆さんの仕事は、生活に役立つ仕事ですか。
みなさんは、お金がないと暮らしていけない暮らし方をしていますか。
もちろん、いずれも程度の問題ですが。

和歌山県のあるまちが、家族ずれの移住者を求めています。
当面は子どもを含む家族が中心です。
もし転居希望家族があればご連絡ください。
現地視察も可能です。

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2008/08/14

■梨は秋を感じて熟しだすのです

妻が大好きだった近くのすぎの梨園に、新盆のお供え用の梨を分けてもらいに行きました。
そこで杉野さんから、とてもいい話をお聴きしました。

「梨は秋を感じ出さないと熟さないのですよ」
今年は昨年よりも収穫が遅いですねという、私の質問への答は意外なものでした。
梨の実が秋を感ずる。
現場の人でないと出てこない、生きた言葉ですね。
今年は暑すぎて、梨もなかなか秋を感じなかったようです。

普通は、市場に合わせて、ホルモン剤などで熟す時期などを早めたりすることもあるそうですが、杉野さんのところはそれを一切していないのです。
人間の都合に合わせるのではなく、梨の生き方を大切にしているのが、杉野さんの哲学なのでしょう。
それはまさに日本古来の「自然と共にある生き方」です。

そういえば、この数日、暑さは一向に和らぎませんが、朝晩の空気に秋を感ずるようになりました。
梨はそうしたことを敏感に感ずるのでしょう。
私たち人間も、以前は梨のように季節を感じながら、豊かに生きていたのでしょうね。
しかし、いまや、梨ほどにさえ、自然を感じていない生き方になってしまっています。
持続可能性とか環境意識とか偉そうなことをいう前に、梨のように自然と共にある生き方を回復することが大切ではないかと、気づかされました。

杉野さんは、きっと梨とも話ができるのでしょうね。
最近の若者たちはコミュニケーション能力がなくなったと大人たちはよくいいますが、私が体験して限りにおいては、コミュニケーション能力がないのは大人たちです。
若者たちに不足しているのは、コミュニケーション能力ではなく、コミュニケーション体験です。
自然と切り離された生活環境で、コミュニケーションの相手がいないのです。
なにしろ周りにいる大人たちはコミュニケーションしてくれませんから、若者たちのコミュニケーション能力は発揮されることもなく、逆に押さえ込まれてしまっているのが実情のように思います。
本当は、梨のように自然とコミュニケーションする能力を子どもたちは持っています。
それは生物が持っている本来的な能力だからです。
それを押さえ込んでいるのが、もしかしたら今の教育かもしれません。
あるいは今の子育てかもしれません。

私も梨に見習って、もっともっと自然と共にある生き方をしようと反省しました。

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2008/05/21

■経済の交換行為と生活の交換行為

昨日、金融権力に関して書きましたが、そこに、
「カネがカネを生むシステム」がはびこる世界には生きたくない
と書きました。
ではどんな世界に住みたいか、です。

私が住みたいのは、お金を経由しない「物々交換」や「事々交換」の世界です。
それに関しては、その前日に、挽歌編のほうに書いていたのを思い出しました。
そこで書いたように、
お金を使った交換はそこで終わりますが、お金を使わない交換はそこから始まります。
経済の交換行為と生活の交換行為とは全く違うのです。

「交換」は実に面白い行為ですが、私には手におえないほど、深い世界です。
金銭を媒介にした交換は、基本的には「等価交換」であり、そこで完結してしまいます。
本来、「生きる」とは外部との交換行為のことですが、そこでの「交換」は決して完結することはありません。
つまり、生活における交換行為は継続的な行為なのです。
そこでは「交換」は意図されていないとしても、結果的には交換的な展開につながっているのです。
時にその交換が現世を超える場合もあるでしょうが、生命的な次元で考えれば必ずつながっています。
その「交換」は、始まりも終わりも明確ではなく、際限もありませんから、損得という概念から自由です。
いうまでもなく「等価交換」ではありません。
さらにいえば、「交換」は手段的行為ではなく、目的的な行為なのです。
金銭的交換の世界にはgive and take という言葉がありますが、そもそもgive and take という発想すらないように思います。giveという発想がないからです。

生命的な交換に立脚した「経世済民」の経済システムの精神は、まだきっと日本にも残っています。
それを大切にしていきたいと思っています。

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2008/05/18

■心理主義の罠

先週、企業の経営幹部の皆さんの研究活動の発表会がありました。
2つのチームが半年間、議論してきた成果の発表会でしたが、テーマが「本気」と「愛」でした。
テーマを決めたのは研究に取り組んだ皆さん方自身です。
2つともとても刺激的で面白かったのですが、最後に少しコメントをさせてもらう時間がありました。
そこでお話したことの一つが、「心理主義の罠」でした。
これは河野哲也さんの本を読んで知った言葉です。

私は、かなりわがままに個人的に生きている人間です。
ですから、自分の周りで何か問題が起きた場合、制度や組織のせいにするのはあまり好きではありません。
20年前までは制度や社会を変えようなどという思いもありましたが、当時勤めていた会社の企業文化変革に取り組んで気づいたのは、変えられるのは自分だけだということでした。
そして自分の人生を変えました。
会社を辞めたのです。
それで自分が変わったわけではありませんが、少なくとも変わる契機にはなりました。
そして自分が変われば社会も変わっていくのだという思いをずっと持っていました。
もちろんすぐにではなく、50年もすれば変わるだろうということです。
その頃は私はいませんから、裏切られることはありません。
まあ、気楽といえば気楽ですが、そう確信すれば生きることは楽しくなります。

いろいろな問題を相談に来る人がいますが、
自分が変わると風景が変わってくるから、まず自分でできることから始めてみたら、そのために私ができることがあればできるだけ私も応援するよ、
というのが長年の私の基本姿勢でした。
しかし、数年前から少し考えが変わってきました。
世間で「自己責任論」が広がりだした4、5年前からです。
社会の構造が変わってしまってきたことに気づいたのです。
そして昨年、出会ったのが「心理主義の罠」という言葉でした。
「心理主義」とは、人々の関心が社会から個人の内面へと移行する傾向をいうらしいのですが、その結果、本来は社会的・政治的であるはずの問題を、個人の問題へとすり替えて、問題を「個人化」するようになってしまうわけです。
「悪いのは自分だ」と思うのは実践的な発想ですが、「悪いのはお前だ」というのは無責任な発想です。
その違いは大きいですが、どうもその2つが混同されてきているのではないかと思い出してきたのです。

私たちは最近あまりにも大きな責任を一人で背負い込んでしまっているのではないか。
その重さに耐えられずに、さまざまな問題が発生しているのかもしれません。
無責任な自己責任論がどれだけ多くの人を苦しめているか。
最近、そのことがとても気になっています。
問題を自分だけで引き受けすぎないようにしなければいけません。
政治家や官僚のように、すべてを他者や外部要因に引き受けさせる姿勢も、少し学ばなければいけないのかもしれません。

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2008/04/17

■逃げ場の無い空間での身の処し方

先日、久しぶりに超満員の電車に乗りました。
乗ってから後悔しましたが、もう出られません。
どんどん中に押し込まれます。
すぐ目の前の人は、それまでつりかわを掴んでいたのが押しやられ、手を離さざるをえなかったのですが、その手を下に下ろす隙間がなく、手を上げたままです。
知人がいつか話していましたが、満員電車では置換の疑いをかけられないようにするため、手は上に上げておかねばいけないのだそうです。
それが納得できるような混雑状況でした。

電車で閉じ込められたことも何回かあります。
もう数百メートルで目的駅に着くという直前で事故で止まり、1時間以上かん詰になったこともありますし、新幹線で東京を出た途端に事故でストップし、結局、新横浜まで2時間かかって着いたこともあります。
そういう状況にあうと、どうしようもありません。

先日、千代田線に乗っていたら、肌寒い日だったにもかかわらず、車掌が何を思ったのかファンを入れました。
私の車両はそれほど混んでいませんでしたが、車掌の乗っている所は混んでいたのかもしれませんが、千代田線は、前にも書きましたが、寒くても冷房をよく入れる電車です。
しかし、乗客としてはどうしようもありません。

車内放送の音が大きすぎたり、何を言っているのか聞き取れないような音量だったりすることもあります。
これもいらいらして降りたくなりますが、時間を気にして時には、我慢して乗っています。精神的にはよくないです。

先日、風が当たる車内で考えたのですが、電車内は閉じられた逃げ場のない空間なのです。
しかし、そこで気づいたのですが、逃げ場のない空間は車内だけではありません。
私たちは、そうしたさまざまな逃げ場のない空間に閉じ込められて生きているのです。
だとしたら、従順にその空間の条件を受け入れていくか、あるいは空間の条件を変えていくしかありません。

でまあ、今日は会社に意見を送りました。
しかし、こういう瑣末で勝手な意見が事業コストを上げているのかもしれません。
返信不要とは書いておきましたが、海外協力援助事業者は迷惑かもしれません。
個人の感想を伝えることは果たしていいことかどうか、迷います。
しかし、できるだけこれからは発言していくことにしました。
もちろん行動も含めてですが。

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2008/03/31

■イラクや宮崎の場所がわからなくても生きていけるか

テレビの番組で教育論議をやっていました。
たまたまその番組を見たら、「イラクや宮崎の場所もわからない子どもが増えているような教育は問題がある」というような発言に対して、「イラクや宮崎の場所がわからなくても生きていける」という反論が行われていました。
入浴する直前だったので、そのやりとりしか見ていないのですが、風呂につかりながら、ちょっと気になりだしました。

たしかに、「イラクや宮崎の場所がわからなくても生きていける」でしょう。
しかし、その人生と、イラクや宮崎の場所を知っている人生とは、明らかに違う生き方なのだろうと思います。
義務教育といわれる小中学校の教育は、その人の生き方を大きく規定していくでしょう。
どちらの生き方を前提に、カリキュラムが組まれるかは将来の社会のあり方を方向づける重大な問題です。
大げさかもしれませんが、この議論には「教育の本質」「子育ての本質」が含意されているような気がします。

「イラクや宮崎の場所がわからなくても生きていける」生き方が、いまや主流になっているようです。
学校がおかしくなりだした原因は、こんなところにあるのかもしれません。

私は、やはり「イラクや宮崎の場所がわからなくては生きていけない」ような生き方をしたいと思っています。
みなさんはどういう生き方を望みますか。

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2008/03/08

■「いま何時?」

フーテンの寅さんを演じた渥美清さんは物の所有から自由な人だったと何かで読んだことがありますが、腕時計も嫌いだったそうです。
こんな言葉が残っているそうです。

「時間も他人に聞いてすむ生き方をしたい。
おい、いま、何時だと、そういう生き方でいきたい」
渥美さんに比べると私はまだまだ物欲が強いのですが、この時間に対する感覚だけは少し似ています。
腕時計はこの40年したことがありませんし(一時、時間とは全く無縁な理由で半年ほど時々はめていましたが)、今でも「いま何時?」と周りの人にたずねる生き方をしています。
そのせいで迷惑をかけることもありますから、ほめられた話ではないのですが、自分としては全くといっていいほど不便は感じません。
これに関しては以前一度書きました

その時は、腕時計を外すと時間から解放されるというようなことを書きましたが、今から考えるとそう思うことこそが時間に拘束されていたのだと思います。
渥美さんのことを読んだ時に、そのことに気づきました。

時計を外した効用は、「いま何時?」と質問できることです。
質問できることが効用だというのもおかしな話ですが、要は自己完結していない弱みを持てるということです。
そのことによって、周辺との関係性を変えるこができるということです。

携帯電話にしろiPodにしろ、個人はますます自己完結的な方向に進んでいるように思います。
言い換えれば周囲との関係性を断ち切る生き方を目指しているようです。
誰かとのつながりを求めているような面もありますが、自らを隠したままの一方的な関係を目指していることが多いように思います。

ネット社会でのつながりは一方的なものも多いです。
しかし自らの正体を見せずにつくられた関係はほとんど意味がないような気がします。
そうした虚構の関係性の中で、さまざまな「人間関係もどき」が「コミュニティもどき」を構築していきます。
時にそれが「機能性」を発揮し、社会的パワーになることもあります。
ネットを通した署名運動は、そのひとつです。
しかし、そうした虚構のコミュニティや機能主義的コミュニティは、私自身どうもなじめません。

話が飛躍してしまいましたが、「いま何時?」と周りの人に聞いていた、渥美さんの生き方は、私たちが失ってしまいつつある何かを示唆しているような気がします。

ちなみに、街中で知らない人に「いま何時ですか」と訊ねるのは、意外と楽しいものです。

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2008/02/19

■ちょっといい話を創る生き方が大事ですね

妻への挽歌をいつも読んでくださっている方が、先日の「小さな不要のもの」を読んでメールをくれました。

このお話に感動しました。すばらしい方がいらっしゃりますね。人間嫌いといいつつ、やはり人恋しくなるのは、こんな人が本当はいっぱいいらっしゃるからなのです。でも社会としては、多くはないのでしょうか。
そしてこんなことも書いてくださいました。
スーパー等で買い物をするとき、賞味期限の近いものから買いますとおっしゃった女性がいます。すぐに食べられるのだから、期限切れになりそうなものから買えば、その他のものの捨てられる可能性が低くなり、環境にもやさしいし、ムダも(社会の!)省けるからと。子供は、古いものを買うことを不思議がりましたが、今はなんだか尊敬してくれているようですと、とても嬉しそうにおっしゃっていました。
考えてみれば当たり前のことですが、なかなか実践されていません。ぜひ、佐藤さんのプログ等で、こんな感動を多くの人に伝えてください。怠惰な私も、すこし前進できそうですから。
たまたまこのようなことを時評版にかいたところなのですが、我が家では残念ながら娘たちの尊敬は受けられませんでした。すぐに使うものに関しては、そうしているようですが、保存するものに関しては保存期間が多いほうが逆に無駄にならないというのです。確かに、一概に言える話ではありませんが、この発想は大事にしたいものです。

こうした「ちょっといい話」はいろいろあるのでしょうね。
テレビや新聞は、こうした話をもっとどんどん広げていってほしいものです。
そういえば、このブログも、以前ある人から、いつも悪い話ばかりではなく、楽しい話やうれしい話も書いてほしいとアドバイスをもらったことがありました。
私自身も、少し話題をいい話に向けないといけませんね。
もし見つからなかったら、自分で創ればいいのです。
他人事ではありませんでした。
創れるように生き方を変えなければいけません。

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2008/02/17

■子どもを育てる前に、自分を育てたほうがいい

文部科学省が発表した学習指導要領の改訂版が議論をよんでいます。
中途半端なせいか、教育基本法を変えたことに対する賛成派も反対派も、いずれもあまり良い評価を与えていないようです。

教育問題に関していつも思うのは、いま必要なのは、子どもの教育ではなく、大人自らの生き方の見直しではないかということです。
子どもは詰まるところ親の生き方から自由ではありません。
もし「愛国心」や「道徳心」をもつ人間に育てたいのであれば、親がそうした生き方をすれば良いだけの話です。社会への視野を広げたいのであれば、先ずは自らがそうしたらいいだけの話です。いじめられたりいじめたりすることから自由にさせたいのであれば、先ずは親がそうした生き方を貫けばいいのです。

もちろん、それで問題がすべて解決するわけではないですが、その出発点をおろそかにして、他人事に教育問題を語るべきではないでしょう。
自分の生き方が、次の世代の生き方につながり、それが結局、自分に戻ってくる。
そのことを毎日実感しています。
そうしたことにもっと早く気づいていたら、私の生き方ももっと違ったものになっていたかもしれません。

すべてが自分から始まっていることを、私たちはもっと自覚したほうがよいように思います。

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2008/02/10

■フェアショッピング

原油高騰で生活用品がじわじわと値上げしているようです。
私も最近は時々買い物に行くのですが、確かに値上げ傾向を感じます。
デフレからインフレへと経済の基調が変わろうとしているのでしょうか。
しかし私にとって不思議なのは、日によって商品の価格がかなり違うことです。

我が家の近くに、ライフというスーパーがあります。
そのお店はポイント制度があるのですが、日曜日はそのポイントが3倍になります。
土曜日はお菓子類が1割引きになり、水曜日には冷凍食品が4割引きになります。
曜日に限らずに、日によって特売品があります。
たとえば昨日はいつもは200円近くする白砂糖が99円でしたし、めったに安くならないヤクルトが1割以上安かったです。
こうしたことは多くのお店でやっているのですが、なぜ日によって同じ物が安くなるのか、それが私には昔から納得できません。
顧客サービスであるとともに、顧客を集め拡売する狙いをもった販促方法だということでしょうが、どこかに違和感があります。
それに4割引でも売れる商品の価格設定には不信感さえ持ちます。

日によって値段が違う、割引率が違う。
この販促戦略は今のような経済環境のなかで効果的なのか、という問題ではなく、そういう価格設定の考え方に問題はないのか、という話です。
答えは明確で、お店にも顧客にもメリットがあり、現在の経済の枠組みの中では、問題はないでしょう。
しつこいですが、にもかかわらず、私には納得できないのです。
豊作になったから野菜の価格が低下するというのも納得できませんし、不作だから高くなるというのも少し違和感があります。
阪神が優勝したから大特売といったものは、まあお祭り的な蕩尽行為ですから賛成できるのですが、その場合もむしろ高く売るべきではないかという気もします。
お祭りには物の値段は高くなるのが普通です。
価格を安くして販売を増やすというところに、私はなぜか抵抗があるのです。

それと全く違った価格戦略をとっているショップがあります。
100円ショップです。
そこに並んでいる商品は、いつでも100円です。
日によって変動することもありませんし、割引されることもまずありません。
それ以上に、コストとも関係なく、みんな100円なのです。

長々と書いてきましたが、特売とか割引制度というのは損をしたり得をしたりすることがあるので、フェアではないと思うのです。

むしろお金のある人には高く売り、お金のない人には安く売るというのであれば、納得できます。
めちゃくちゃな議論のように思われるかもしれませんが、消費税の設定の仕方でそうしたことは組み込めるでしょう。

何を言いたいのかわかってもらえないかもしれませんが、要は今の価格設定の考え方を変えたらどうだろうかと言うことです。
100円ショップの成功には、そのヒントの一つがあると思います。
ブランド商品の価格設定もヒントになるでしょう。
経済は新しい局面に入りだしています。
安ければ良いわけでもなく、安くすれば良いわけでもありません。

しかし現実に買い物に行くと、割引されているとついつい買ってしまいます。
頭では違和感をもちながらも、実際には私もまたそう動いてしまうのです。
特売品は、それを必要とする人に残しておくべきだと思うのですが、買ってしまうのです。
自分のいやしさがいやになりますが、自然とそうなってしまいます。
フェアショッピングは難しいものです。

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2008/02/08

■私の生き方

バタイユという変わり者の思想家が、ある本でこう書いているそうです。
「私は、悪意のある人にはほとんど語りかけておらず、そうではない人たちに私のことを見抜いてくれるように求めているのである。友愛の目さえ持っていれば、かなり遠くまで見ることができる。私は説教師の本を書いているのではない」

何だかトゲのある文章ですが、とても共感できます。
私は本を読むときに、自分が共感できるところだけを理解しているような気がします。
本は自分の中にある思いを具現化したり気付かせたりするだけのものなのかもしれません。
集合的無意識の世界で、人の知識や情報はすべてつながっているとしたら、そう考えてもおかしくはありません。

このブログの内容はかなり独断的であるばかりか、論理的にも破綻していることが多いと思います。
ですから、論理的な説明や、現実的な可能性を問われると応えられないのです。
時々、メールや電話をいただきますし、ブログへのコメントももらいますが、しっかりした質問に答えられないこともあります。
困ったものです。

昨日、こんなコメントをもらいました。
そこにも簡単に答えましたが、とても重要な問題なので、あえてここでも書かせてもらうことにしました。

>その発想は、どうすれば実現できるのでしょうか?
>正直に言って、全くの机上の空論としか思えないのですが…。

ご指摘のように、このブログで書いてあることのほとんどが机上論なのです。
ただあえていえば、そのほとんどが私の生活にはつながっているのです。
ですから私には「空論」ではなく、「実論」なのです。
そして、その発想を実現するのは「自分サイズ」で考えると簡単なことなのです。
「やればいい」のですから。
一挙にはできないとしても、その方向に向かって一歩踏み出せばいいのです。

「空論」と思う人には、それは確かに「空論」です。
しかし「空論」であろうとやってみようかと思う人も、いるかもしれません。
そうして歴史は変わってきた、と私は思っています。
歴史は変えるものではなく、変わるものかもしれません。

私の好きな西部劇に「荒野の7人」という映画がありますが、そのなかでスティーブ・マックィーン扮するヴィンが、こんな話をします。
裸でサボテンに抱きついた男がいる。なんでそんなことをしたのかと訊いたら、その時はそれが良いことだと思ったんだ、と答えた。
大学生の頃から、このせりふが好きでした。

良いと思ったことに向かって少しずつ生活を変えていくことは誰にでもできるはずです。「少しずつ」というところがみそですが。
それがみんなに広がるかどうかは分かりませんが、100匹目のサルという話もあります。
10年では実現不可能でも、100年では実現できるかもしれません。

要は、できるかどうかではなく、やるかどうか、です。
それも、「やらなければいけないかどうか」のではなく、「やりたいかどうか」です。
それが私の生き方でした。そして今もそれをできるだけ大事にしています。

開き直ったようで、すみません。

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2008/02/06

■食事時間は生存のための必要時間でしょうか

一昨日、餃子事件に関連して食について書きましたが、思い出したことを書きます。

ある会で「人間が自由に使える時間をどう使うべきか」という議論がありました。
生存のために必要な睡眠と食事時間を外すと1日15時間、とある人が説明し出したら、異議が出されました。
食事は必要時間ではないのではないか。
みなさんはどう思われますか。

食は栄養補給の意味もありますが、それ以外の意味がたくさんあります。
家族一緒に食べる食事は家族をつなげる場でしたし、友人との会食は心を開いたふれあいの場でした。
子どもにとっては、それはまさに「教育」や「マナーを学ぶ場」でもありました。

しかし最近は、家族が一緒に食事をするのではなく、食べるものも時間も別々という家庭も少なくないようです。
子どもたちのお弁当も、いまやコンビニ弁当というような話も聞きますし、今回の報道でも冷凍庫にお弁当用の冷凍食品があふれている風景がしばしば流れていました。
なんだかとても心配になってしまいます。
餃子に農薬が混入されたことよりも,こうした食の実態こそが問題なのではないかと思うほどです。
みんな食の効用を忘れてしまっているのではないでしょうか。

もっと食を楽しむ余裕をもてないものか。
テレビで、餃子はまた手づくりにしますと答えていた人がいましたが、調理も含めて食は私たちにとって生存のための時間ではなく、生活文化そのもののような気がします。
食のあり方のなかに、私たちの文化の本質が秘められているような気がします。
今回の事件は、そうしたことを私たちに問題提起してくれたように思います。

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2008/02/04

■餃子中毒事件から何を学ぶか

餃子中毒事件は私たちの食のあり方、あるいは生き方に大きな問い直しを求めているように思います。
単なる冷凍食品の安全性の問題と捉えるべきではありません。

食は生命の基本ですが、それを私たち日本人は海外に委ねてしまったということです。
動物園で飼育係から餌をもらって生きている動物と同じ状況と言うべきでしょう。
私たちにはその認識が全くないのが問題ではないかと思います。
第二次世界戦争が始まった時に、上野動物園の動物たちは、餌の中に毒物を入れられて「始末」されたという話を読んだ記憶があります。
記憶違いかもしれませんが、なんだか現在の私たちと似ているような気もします。
もちろん今回は毒物を入れられたわけではありませんが、そうしたことが警告されているような気がしてしまいました。

いま手づくりの食事を食べている人はどのくらいいるのでしょうか。
食材まで含めれば、ほとんどの人は顔も知らない人たちの作ったものに依存しています。
それを不安に思う人はあまりいません。
それが当然だとみんな思っているのです。
しかし、つい100年ほど前まではそんなことはありませんでした。

自分たちで作った食材を使って自分たちで料理しようというつもりもありません。
わが家は極力そうしてきましたが、そうするかどうかは考え方の問題です。
しかし、せめて今のように食材や食品を経済の論理に任せて、無節操に国外に求めるのは考え直すべきではないかと思います。
私たちの暮らしの安全と言う意味もありますが、それ以上に、たとえば移送に伴う環境負荷の増大、生産地の食糧事情への悪影響などの問題も大きいと思います。

念のために言えば、中国産が危険だと言うわけではありません。
食材を過度に海外に依存すべきではないと言う話です。
食料自給率が時々問題になりますが、それは私たちの生活の自立度であり、国家の自律性の問題でもあります。

この事件から私たちは何を学ぶのか。
問題の発端は私たち自身にあることを自覚すべきではないかと思います。
食生活のあり方を見直すことから、それは簡単に始められるのですから。

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2008/02/01

■カーボン・デモクラシー

先日のクローズアップ現代で「カーボン・デモクラシー」が取り上げられていました。
一挙には難しいでしょうが、環境問題を考える時に根底に置くべき理念だと思います。

カーボン・デモクラシーという表現には違和感がありますが、要は「世界中すべての人が排出する二酸化炭素の量を平等にすべきだ」という考えです。
ロンドンでは、このような考え方のもとにさまざまな規制が始まっているといいますし、すでに大きな成果を挙げた事例も紹介されていました。
こうした取り組みにおいては、分散型エネルギーの推進が効果的で、ロンドン市内に発電所を作り、地域での自給を賄おうとする計画もあるそうです。
以前、東京に原子力発電所を創ろうという運動があったことを思い出しました。

分散型エネルギーの主張は1980年代にかなり盛んだったように記憶しています。
きっかけはエイモリー・ロビンスの「ソフトエネルギーパス」でした。
シューマッハの「スモール イズ ビューティフル」も話題になっていた頃で、エネルギーにおいても小規模水力発電とかバイオマスが議論されていました。
私も当時、エネルギー問題の研究会をやったりしていましたが、その時に思いついたひとつが、歩行者の多いところで人々が地面を踏む力で発電できないかということでした。
最近、その実験が東京駅で行われるというニュースを聞いて思い出しました。
ソフトエネルギーパス発想ではエネルギー分散も大きなテーマでした。
それは同時に、廃棄物処理に関しても同じで、分散処理が議論されていました。
ともかく当時は、規模の経済ではなく、規模の不経済が議論されだしていたのです。

エネルギーや廃棄物問題だけではありません。
まちづくりにおいても「地域主義」が叫ばれ、地産地消や身土不二が話題になり、コミュニティへの関心が高まっていたように思います。
時代は大きく変わると私は思いました。

しかし、そうはなりませんでした。
バブル経済の進行が、人々の意識を反転させ、大規模経済が力を取り戻してしまったのです。
私は会社を辞めましたが、頭はともかく、身体的にはなかなか価値観を変えることができませんでした。
会社を辞めたのに(私は企業社会からの離脱を宣言したのですが)、実はその社会から離脱はできなかったのです。
そして気がついたら、経済はますます金銭効率主義になり、社会は管理化してきています。
幸いに私の場合は、ライフステージのおかげで、わがままに過ごせましたが、それは単に社会から脱落してしまっただけのことだったのです。
結局はお釈迦様の手から飛び出せなかった孫悟空の思い上がりの話を思い出します。

中国の野菜よりは地元の野菜を食べるようにしたいものです。
フードマイレージを考えれば、一見安価のようですが、結局は高い野菜を食べているのです。
自分でできることは自分で処理する。
そんな「百姓的生き方」を目指すように心がけたいと思います。
中国産餃子毒物混入事件は私たちの生き方への警告かもしれません。
禍転じて福としたいものです。

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2008/01/31

■素材メーカーの海外シフトとポーター仮説、または毒物混入餃子の遠因

「素材メーカー、海外シフト加速」という記事が朝日新聞に出ていました。

二酸化炭素の国内での排出削減を求められている素材メーカーが、海外生産を加速させようとしている。
どう考えてもおかしな話だと思いますが、これが昨今の環境問題への取り組みの実態です。
簡単にいえば、形を整えるために環境負荷を高めているということです。
最近のリサイクル問題(30年前までのリサイクルは違います)や排出権売買、静脈産業論なども、そうした動きの一つだと思います。
これに関しては、20年近く前に、「脱構築する企業経営」で、エントロピー視点からの問題提起をしたことがありますが、
その後の20年はそれとは全く反対の方向に進んでいるような気がします。

素材メーカーが海外にシフトすることが一概に悪いことではありません。
もし生産拠点が市場の近づくのであれば、環境負荷は低下します。
しかし動機が排出抑制投資や排出枠購入などのコストを回避しようというのであれば、
問題が出てきかねません。
排出抑制努力は緩和され、製品の移動に伴う環境負荷が高まることもあるでしょう。
排出権を企業単位に付与すれば、こうした立地による回避策は防止できます。

しかし、最大の問題は「コスト」から発想するか、「環境」から発想するか、です。
昨今の企業は。コストから発想することを基本にしています。
しかも、その「コスト」概念が、いかにも狭い視野でしか考えられていないのです。
問題が起きないはずがありませんが、それを支えているのは財界と政治です。

私は大企業こそが、環境問題に正面から取り組むのがよいと考えています。
1970年代後半、日本版マスキー法による自動車排ガス規制が技術革新を促し、燃費節約などを進め、
日本の自動車産業の国際競争力が高まったとされています。
戦略経営で有名な、マイケル・ポーターは、
「適切に設計された環境規制こそが産業を進化させる」と言っています。
私はこれを「ポーター仮説」と呼んでいますが、
企業の存在価値は、そうしたイノベーションを起こしていくことです。
欧州では、ファクター4などの動きで、それが具現化されています。

企業の経営発想の基本には「コスト」でなく、「価値」を置くべきです。
そのことは、私たち一人ひとりの生活においてもいえることです。
中国産餃子への毒物混入事件が発覚しましたが、
これもまた私たちの「コスト重視の暮らし方」が生み出したことかもしれません。
すべては私たちの生き方につながっているのです。

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2008/01/28

■リサイクル論議よりも無駄遣いをやめるのがいいです

再生紙偽装問題を契機に、リサイクル是非論がまた議論され出しています。
私自身が、この種の問題に興味を持ったのは、
新聞に掲載された「一本のあきびんから」という山村硝子の広告でした。
そして山村硝子社長の山村徳太郎さんの同名の書籍「一本のあきびんから」を読んで感激し、
早速、西宮市に会いに行きました。
社長はご自分で直接、回収選別再生の工場や現場を案内してくれました。
残念ながら山村さんは、その後、急逝されてしまいました。
もし山村さんがご健在であれば、私の人生もちょっと違っていたかもしれません。

その前後に、廃プラスチック問題や容器のリサイクル(当時はむしろリユースのイメージでした)に関して、仕事としても調査をしていました。
日本でペットボトルが導入されようとして、ちょうどその時期でした。
最新の焼却場に取材に行ったりもしました。
当時の私の結論は、使用量を減少させることと効果的な焼却でした。
焼却炉は急速に改善され、高熱にも耐えられるようになっていました。
分別は消費者意識を変えるためには必要だと思いましたが、
環境負荷の面ではマイナスではないかと思っていました。
これに関しては、その後、いくつかの小論を書きましたが、
しっかりと調べたわけではなく、感覚論です。
しかし、環境ビジネスとか静脈産業という発想には、大きな違和感を持っていました。
今もその違和感は消えません。

リサイクル問題は、ほとんどの場合、全体像が明確にされませんし、
またどの範囲で考えるかも曖昧ですので、議論がなりたちません。
昨日もテレビで議論が行われていましたが、
前提を確認せずに議論するので、聴いているほうはどれが本当なのか分からないようになっています。
分別がいい、リサイクルはいい、という常識が広がっていますから、
その視点で考えがちですが、その常識も所詮はある前提の中での話です。
無条件で良い訳ではありませんが、無条件で良い悪いと言い切る人が多いのには驚きます。

この話は、書き出すと切が無いほど話したいことがあります。
一応、私も10年くらいはそれなりに調べてきましたし、問題意識は学生の頃から持ち続けています。
それでも何が良いかは分かりません。

しかし間違いなく言えることはあります。
それは資源の使用量を減らすことが大事だと言うことです。
これだけ無駄な紙を使いながら(たとえば新聞、行政が作る小冊子類)、何が再生紙だ、と思います。
その種の話はたくさんあります。
消費者も分別する前に、ペット容器の飲み物をやめるべきです。
ちょっと努力すれば、私たちの資源消費量は大幅に減らせるはずです。

まずはペットボトルを使うのを止めたらどうでしょう。
私は個人的には数年前からやめています。
自販機も使うのをやめて、かなりたちます。
あまり読むところがない新聞もやめたいのですが、これはまだ踏み切れずにいます。
家族の合意が得られれば、止めてもいいと思っているのですが。

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2008/01/27

■「夕張希望の杜」を応援することの幸せさ

CWSコモンズでも案内していますが、佐賀市長だった木下敏之さんが、「夕張希望の杜」を応援するためのメルマガを発行しています。
そのメルマガに、とてもいい話が載っていました。
お読みになった方もいると思いますが、一部を紹介させてもらいます。
書いているのは、大学病院を辞めて家族で夕張に移転した医師の永森さんです。
なぜ安定した生活を捨ててまで、夕張に移ったのかという質問への答に、次の歌詞で答えているのです。

そこがどこかが問題じゃない
そこに誰がいるかが大事だった
君のいるその場所が
僕の生きていく場所だ
どんなつらさも幸せに
かえながら生きてゆける  (槇原敬之 Anywhere)

そしてこう書いています。
こっちには僕を必要としてくれるスタッフや地域の人々がいます。
破綻した市のつぶれた医療機関を再生することはもちろん楽しいことばかりではないし、地域や組織がちゃんと先に進まないつらさもあります。
怒ったり、喜んだり、楽しかったり、悲しかったり。
でも、こんな経験のすべてをここで家族や仲間とシェアできる僕は幸せです。
みんな、ありがとう。

もしよかったら、みなさんもぜひ「夕張希望の杜」応援のために、このメルマガを申し込んでくれませんか。それだけで「夕張希望の杜」を応援することができるのです。
メルマガは次のサイトから申し込めます。
http://www.mag2.com/m/0000253983.html


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2008/01/14

■家族同士の死傷事件と家族のあり方

また徳島で4人家族同士の死傷事件が起こりました。
そうした事件が増えているのかどうか調べたことはありませんが、増えているような気がします。
私は数年前から、「大きな福祉」を理念に、さまざまなNPO活動に触れていますが、
それを通して感ずるのは、「家庭」の問題への取り組みが抜けているのではないかということです。

家族や家庭の問題への取り組みは、簡単ではありません。
DVや介護、難病、子育てなどといった課題からの取り組みも、もちろん家庭や家族につながっていますが、
そうした個別課題からのアプローチではなく、
むしろ家庭や家族問題を正面から見据えた取り組みが必要になってきているように思います。
「大きな福祉」の考えは、個別課題から発想するのではなく、
生活の基盤から発想しようということなのですが、
家族のあり方を根底から考え直すべき時期にきています。

日本の高度成長は、核家族化に支えられてきたように思います。
さらに加えて、女性の社会進出、あるいは生半可の男女共同参画思想がそれを応援してきました。
女性は社会に参画したのではなく、産業化や市場化に取り込まれただけではないかというのが私の考えです。
女性たちの多くが、男性と同じように、魂をお金や産業に売ったような気がしています。
それを主導したのもまた女性でした。
いつの時代も、裏切りは仲間から始まるのです。
この発想は30年前からの考えなのですが、賛同者はいませんでした。
しかし、最近ますますその感を強めています。
まあ、これは暴論でしょうから、みなさんのひんしゅくも買いそうです。

日本国憲法のもとでの民法の改定によって、明治時代以来の家制度は廃止され、
夫婦と子という個人関係が標準的な家族モデルとなりました。
そして、妻が家事や育児、さらには介護を分担し、
夫は後顧の憂いなく勤労者として全力を産業に投入するという、
まさに経済支援型の家族モデルができたのです。
夫を「主人」とする家父長意識や男女差別感が残存していたために、
基本的な問題は解決されないままでしたが、経済的には見事な成果を上げたというべきでしょう。

しかし、新たな問題も発生しました。
高度経済成長の中で、金銭経済志向が社会を覆うと共に、
産業界の労働力需要と人件費削減の要請が、主婦層の取り込みを過剰化してしまったのです。
そして、格差の拡大や非正規社員の増加が進み、経済を支える社会そのものの劣化が進んだのです。

家族同士の殺傷事件、自殺やメンタルヘルスの増大などは、そうしたことと無縁とは思えません。
いまようやく、地域社会や近隣関係への関心が高まり出していますが、
基本は家庭や家族のあり方なのではないかと思います。
家族とは一体何なのか、最近、妻を失って、改めて家族の意味をかみ締めています。

大切であるからこそ、きっと死傷事件が起こるのでしょうが、
なぜそういう不幸なことになるのか、自分の問題としてみんなが考えなければいけない問題です。
その問題から無縁な人はいないはずです。
少子化問題も介護問題も、教育改革も環境問題も、
すべてが家族や家庭からはじまっているような気がします。

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2008/01/07

■「資源を過剰に使用」した結果としてのスタグフレーション

1970年代に世界を襲ったスタグフレーションの再来が危惧されています。
いや、もうすでに始まっているというべきでしょうか。
「スタグフレーション」とは、景気停滞(スタグネーション)と物価上昇(インフレージョン)の合成語で、
要するに「不況なのにインフレ」という状況です。

私がこの言葉に出会った1970年代のはじめ、企業で経営戦略スタッフとして仕事をしていた時です。
第1次オイルショックで、日本の社会が混乱していた頃です。
トイレットペーパーが入手しにくくなり、公衆トイレからトイレットペーパーが盗まれるという時代でした。
経営戦略につながる仕事をしていた私には重要なテーマでした。
そのため、石油や景気の行方に関するセミナーやフォーラムによく参加しましたが、
暖房が止められた寒い中で2日間もセミナーを受講した記憶があります。
みんな熱いコーヒーを飲みながら寒さをしのいでいたことを懐かしく思い出します。

その時に聞かされたのが、「スタグフレーション」という言葉でした。
うろ覚えですが、当時、聞かされたのは、
不況は一般に需要不足によって起こるが、
スタグフレーションは供給ネックが契機になるということでした。
1970年代初めのオイルショックが引き金だったのです。
うろ覚えだったので、ウィキペディで調べてみたら、こう書いてありました。

経済のダイナミズムから見れば、スタグフレーションは、経済上の資源を過剰に使用して経済成長した場合に、バランスをとるために発生する。
とても納得できました。
「経済上の資源を過剰に使用」。
まさに現在の私たちの経済ではないかと思いました。

いま、国会ではガソリン税の暫定税率を継続するかどうかが問題になっています。
税負担の公平性およびその使途という点から、私は躊躇なく廃止すべきだと思いますが、
ガソリンが高くなったので自動車の利用を控えているという知人の話を聞くともっと税率を高めてもいいなとも思ってしまいます。
まぁ、これは問題が全く違うのですが、
「資源を過剰に使用」する経済のあり方は変えなければいけません。
それこそ今流行の「持続可能な経済」にも反します。

「資源を過剰に使用」した経済を支えているのは、私たちの生き方です。
そして、私たちの生き方もまた、「資源を過剰に使用」しています。

スタグフレーションはまた、格差社会にもつながっています。
インフレは、資源を過剰に使用する人たちにも、資源を過少にしか入手できない人たちにも同じように影響を与えます。
しかもその影響度は後者が圧倒的に強いのです。
一方、不況は格差を拡大する作用がありますから、後者の資源入手の困難度は高まります。
さらに、格差は資源の過剰消費に深くつながっているように思います。
スタグフレーションと格差社会、そして持続可能経済の欺瞞性が、すべてつながっているような気がしてなりません。

いずれにしろ、「資源を過剰に使用」する生き方は改めたいものです。
我が家のささやかな誇りの一つは、家族みんなが資源消費への節約意識が強いことです。

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2007/12/23

■あなたは握手を求めたことがありますか

先週コーディネーターを引き受けたシンポジウムが終わった後、2人の人から握手を求められました。
敬愛するお2人からの握手だったので、喜んで応じましたが、
私には自分から握手を求める文化がないため、握手を求められていささかたじろぐことも少なくありません。
それに、なぜ握手なんだろうと思うような場合もないわけではありません。
要するに、私は形式的な握手が嫌いなのです。

一説では握手とは相手に対して攻撃する意図のないことを示すことだといわれますが、
もしそうであれば握手の前後では相手との関係が違うわけです。
たしかに親子や家族間では、握手はしませんから、握手はある感情の変化を表現しているのかもしれません。
関係を変える、つまり相手に対する評価を変えるということを潔しとしないことが、私の握手嫌いの一因かもしれません。

時に久しぶりに会った人が握手を求めてくることがあります。
これは会えてよかったという表現でしょうが、これもまた私には違和感があります。
なかには、そうしたことが極めて自然体の人もいますが、私のほうは決して自然体にはなれません。
しかし、握手を求められたら断るわけにはいきません。
握手をしてくる人は、私の経験では私よりも上の世代の男性で、
海外での生活経験がある人が多いように思います。

初めて私に会いに来て、話しているうちに思いが通じ合ったのか、帰る時に握手を求めてくる人もいます。
これは比較的若い人に多いです。
彼の感動振りが伝わってきますが、その握手した時の気の高まりが持続しているケースは多くはありません。
握手しながら、その後、ほとんど連絡がなくなる場合もあります。
握手する事で、気の高まりを解消してしまう機能も握手にはあるのではないかと、私は思ったりしています。

最近はあまり効果がないそうですが、選挙では握手した人の数が決め手となるといわれた時代もありました。
企業の経営者がボーナスを一人ひとりに握手しながら渡すことでモチベーションを高めたという有名なエピソードもあります。

たしかに、握手をすると何だか親しさが増すような気もします。
握手の効用は決して小さくはないようです。

自然体で握手できる人の多くは、実にコミュニカブルな人です。
握手によって、一瞬にして関係を構築してしまう人もいます。
日本ではお辞儀をしあうスタイルが基本でしたが、
もっと直接的なスキンシップによるコミュニケーションスタイルが必要になってきているのかもしれません。
昨今の若者たちは握手をしあっているのでしょうか。
皆さんは握手する機会が増えていますか。

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2007/12/08

■廃棄と別れ

友人からもらった「本来無一物」の掛け軸を見ていたら、急に資料や書籍の整理をしたくなりました。
今までも何回も挑戦して実現しなかった難題です。
亡くなった妻は、どんな資料も保存していく私の性癖には少し呆れていました。
書籍もそうです。私がお金を使う唯一の対象が本でした。
最近は違いますが、以前は読むためにではなく、いつか読めるようにしておくために新聞などで見ては書店に注文していました。ですから読んでいない本がたくさんあります。
資料もそうです。私が関わったプロジェクトの資料はほぼすべて残しています。
愛着があるということもありますが、いつかまた参考になるかもしれないと思っているのです。
ところが、妻が亡くなった後、彼女が残したたくさんの写真や手紙を前に、
もし私が死んだらこの書籍や資料はどうなるのかと思ったのです。

資料や書籍は、所有者との関係においてのみ意味を持っています。
妻に来た手紙は、私にとってはあまり意味はありません。
「物」というのも「事」と同じく、個人に付属しています。
私の持っている書籍や資料は、私がもっているからこそ意味を持っている。
そうであれば、「思いを持って」それを廃棄できるのもまた、私だけです。
廃棄するのに、「思い」など関係ないのではないかと言われそうですが、そんなことはありません。
妻を亡くして、そういうことがよくわかってきました。
もちろん私は妻を「廃棄」したのではなく、「別れ」を体験したのです。
書籍や資料もまた私の一部だったわけですから、「廃棄」ではなく「別れ」と考えるべきです。
私の一部であればこそ、いつもは「廃棄」できなかったのですが、
私の一部であればこそ、「良い別れ」が必要だと思ったわけです。
そう思ったおかげで、今回はかなりたくさんの資料との別れができそうです。

私もいま66歳ですが、そろそろ「人」や「物」との別れを意識的に進めていく時期かもしれません。
それでこそ、世界が広がり深まるのではないかと思うようになりました。

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2007/12/01

■守屋非難の前に、先ず自らの身を正したい

守屋前防衛次官の逮捕により、防衛省の実態が少しずつ見えてきました。
その「金銭汚染」の広がりは私が思っていた以上でした。
彼の周りにいた人たちはほぼ全員共犯と言っていいでしょう。
美鳩会のメンバーも、法的にはともかく、道義的には共犯を免れないはずです。

テレビ報道で、守屋問題の感想を訊かれた防衛省職員が、国民と同じ気持ちです、と応えていました。
このブログで何回も書いているように、組織の仲間の犯罪は組織全員の犯罪だと私は思いますから、あなたも「仲間」でしょうと言いたい気分でした。
こうした「まじめな職員」が、守屋事件を支えているのです。
その典型例が、ナチスのユダヤ人ジェノサイドです。

守屋さんはおそらく氷山の一角でしかありません。
それに何も守屋時代に始まったことではないでしょう。
私の認識では、あるいは体験では、少なくとも25年前から存在していたことです。
もちろん程度は今とは大きく違いますが、構造的にはなんら変わっていないのではないかと思います。
国際関係および日米関係と言う側面はかなり変わっているでしょうが。

そうしたことを垣間見ながら、何もしなかった自分を恥じなければいけませんし、恥じています。
もしそうしたことすべてに口を出していたら、時間がいくらあっても足りないという言い訳はありますが、所詮はそれは言い訳でしかありません。
「時間がない」はいかなる場合にも正当化の理由にはならないからです。
それに、このブログに最近投稿してくれた高校生が言うように、そんな事をしても何も変わらないという「小賢しさ」が私にもあったかもしれません。

これからは、「おかしいことはおかしい」という姿勢をもっと大事にしようと思います。
そうでなければ、私も結局は守屋さんと同じ仲間になりかねませんので。
守屋さんを非難する前に、先ずは私たちそれぞれが身を正すことが必要かもしれません。

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■節子への挽歌88:当事者の身勝手なわがまま

実にわがままなのですが、今の私はコンプレックスの塊なのかもしれません。

先日、犯罪被害者の方の話がテレビで紹介されていましたが、その方は娘さんを殺害され、そのことで奥さんが精神的に病んでしまった結果、自殺してしまったそうです。
その方が、妻は、娘を殺された後、外部からの連絡も少なくなり、孤立感を高めたようだ、というような話をされていました。
その言葉に私もハッとしました。

節子の葬儀の後、たくさんの人が弔問にきたり、電話をかけてきたりしてくれました。
今もなお、献花に来てくれる人がいます。
誰かが来てくれるということは、節子のことが忘れられていないということです。
とてもうれしいことです。

しかし、毎日誰かが来るわけではありません。
実に勝手なことなのですが、誰も来ないと見捨てられた気がするのです。
相手の人は、電話していいものかどうか、あるいはわざわざ献花にいって迷惑ではないか、などとむしろ遠慮しているケースもあります。
実際に、来るのはかなり勇気が必要だったといった方もいました。
来ることばかりが、節子のことを思っているわけではありません。
しかし、その方がどんなに思っていてくれていても、当事者にとっては実感できません。
ですから実際の活動が途切れると孤独感が生まれるのです。

病気で妻を亡くした私の場合ですらそうですから、犯罪被害者の場合はもっと深刻なはずです。
声をかけるほうも難しいでしょうし、家族の孤立感も大きいはずです。
その犯罪被害者の奥さんの気持ちがよくわかります。
わがままといわれるでしょうが、当事者はそんなものなのです。

みんなそれぞれに問題をかかえています。
ですからよその家族の不幸ばかりを気にしていることはできないことは当然です。
しかし、被害者にしろ遺族にしろ、当事者はどうしても自分の不幸を中心に考えてしまうのです。
その温度差がどうしても出てきます。
孤立感が高まりだすととまらなくなる恐れもあるのです。
最近は、そうしたことを避けるためのセルフヘルプグループも増えてきていますが、それだけではたぶん問題は解決しません。
これは当事者になって初めてわかることかもしれません。

しかし、当事者の「わがままさ」はこれにとまりません。
来ないと薄情なと思うのですが、来たら来たでまたわずらわしいのです。
みんなに気にしていてほしいけれど、気にしすぎてはほしくない。
実に身勝手なわがままさです。

以前も書きましたが、どう対処しようと当事者は満足できないのです。
困ったものです。
私の場合は、しかし理想的な対応をしてくれた人が何人かいます。
いつかその方法を書きたいと思いますが、まだ今は書くことを躊躇します。

できるだけたくさんの人に、節子のことを時々思い出してほしいと思っています。
すごく自分勝手な願いなのですが、節子のために私がしてやれる数少ないことの一つだからです。
当然の事ながら、私はほぼ四六時中、節子のことを思い続けています。
今の私には、それが生きる意味の一つなのです。

そして同時に、
坂出市の事件も、光市の事件も、
友人知人の逝ってしまった家族のことも、
今、辛い現実に立ち向かっている友人たちのことも、
節子への語りかけの中で思いを馳せ、節子と話すようにしています。
こうした思いを馳せていることの表現の仕方は、
節子が逝ってしまった後、友人知人から教えてもらったことです。

相手に伝わらないままで、思いと馳せ続けることこそ大事だとわかっているのですが、
自分のことになると、まだそれを実感したいという身勝手さが首をもたげます。
そんなわけで、頭と気持ちはなかなか一致しませんが、
当事者の身勝手なわがままさから早く抜け出したいと思っています。

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2007/11/29

■節子への挽歌86:「社会的弱者」のコンプレックス

最近、少し「負い目」を感ずるようになってしまいました。
妻を死なせた夫は、人生における敗残者ではないかという強迫観念です。
人生の途中で生命を失った妻もまた、人生の敗北者だったのではないかという思いもあります。
こんなことを書くと、死者への冒涜ではないかと思う人もいるかもしれませんが、妻を失った夫の気持ちはそれほどに揺れ動くものなのです。
「冒涜」という意識は全くないのですが、夫婦で旅行を楽しんでいる話を見聞すると、自分ながら嫌になるのですが、そういう気持ちがどこかに生まれてくるのです。
その複雑な気持ちは、なかなかわかってはもらえないでしょうが、そのコンプレックス、劣等感が自分の言動に影響を与えてしまっていることに気づいて、それがまたコンプレックスになっていくのです。

そうした敗残者や敗北者の感覚は、行き過ぎかもしれませんが、少なくとも夫婦という形に欠陥が発生したわけで、夫婦単位で考えれば、私たち夫婦は大きな障碍を持った夫婦と言うことは否定できません。
最近の言葉を使えば、「社会的弱者」ということになります。

この1か月ほど、そうした意識がとても強くなっているのですが、そのおかげで、改めて「社会的弱者」の気持ちが今まで以上にわかるようになった気がします。
さすがに私には「可哀想に」という言葉は向けられませんが、僻(ひが)みかもしれませんが、そういう「まなざし」を感ずることはないわけではありません。
たしかに「可哀想」なのですが、そういう「まなざし」はさらに気分をへこませてしまいます。
おそらくハンディキャップをもっている人たちは、こういう「まなざし」の中におかれているのだろうなと改めて感じました。

暗い話になりましたが、一度書いておきたいと思っていた話です。
そしてこれは決して「暗い話」ではないのです。
そのことへの気づきや体験によって、実は私の世界は大きく広がったからです。
節子への愛や感謝の気持ちもさらに高まりましたし、節子とのつながりも太くなったのです。

節子、ぼくらはもしかしたら人生に負けたのかもしれないけれど、それによって大きなものを得たのかもしれないね。

でも、こんな「負い目」を感ずること自体、もしかしたら私自身が人生に負けてしまっているのかもしれません。

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■自由人とは自らにとっての真理を語るものである

自由人とは真理を語るものである。
これが古代ギリシアの自由人の定義だったそうです。
真理を語るのは、誰にも拘束されたり迎合したりしていな証です。
逆に真理を語れないのは誰かの、あるいは何かの奴隷だと言うわけです。

もっとも「真理」などというのは捉え方でいくらでも変わります。
「真理」は時代や文化のそれぞれに、存在しますから、唯一絶対の真理などあろうはずもありません。
ただ社会を維持していくためには、メンバーが共有する最小限の認識はが不可欠ですから、それを「真理」と呼ぶわけですが、それにしてもそれは絶対であるわけではありません。
「真理」は多様であり、生きています。
その認識こそが、「真理」を見るための出発点だと思います。
であればこそ、誰にも拘束されることなく、自由に「自らにとっての真理」を語り合うことが大切です。
先入観のない真理への思いをぶつけ合うことで、「真理」はいのちを与えられ、歴史は動き、社会は硬直化による死から解放されます。

こうした視点から考えると、日本では「真理」が語られることは少ないように思います。
多くの人、いやほとんどの人が「真理は与えられる物」と考えていますから、自らの違憲の根拠を誰かの発言に依拠しがちです。
そうやって、社会の「真理」は強固になっていき、そこから外れたものは多くの人には見えなくなっていく恐れがあります。

19年前、自由人になりたくて会社を離脱しましたが、以来、自由に考え語ることが私の自負の一つでした。
しかし最近、妻への妄念が強すぎて、真理が見えなくなってきているかもしれません。
いや、感受性が研ぎ澄まされて、真理が見えすぎて混乱してしまっているのかもしれません。

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2007/11/26

■節子への挽歌83:ストイックな秋、平和につながる生き方

今年の秋は紅葉が美しかったのでしょうか。
私は一度も紅葉を見ませんでした。
紅葉が好きだった節子と一緒でなければ見ても悲しくなるだけだからです。
節子は紅葉とか桜が好きでしたから、紅葉はテレビですら見られないのです。
来年の春も桜を見る気にはならないでしょう。

節子がいなくなってから、私の生活はとてもストイックになりました。
私だけが楽しいことを体験することには何となく「罪の意識」を感ずるのです。
いや、「罪の意識」というよりは一緒に体験できない節子の不憫さが頭をよぎってしまうのです。それは同時に、愛する伴侶と世界を共有できないでいる自らの不憫さを味わいたくないからでもあります。
楽しいことが辛いことになるという、見事な価値転換が起こってしまうのです。
ですからできるだけ身を縮めて、ストイックな生き方に心がけているわけです。
それは決して残念なことでもなく、むしろそこにこそ節子と世界を共有しているという幸せを感じられるのです。
価値転換がここでも見事に働くわけです。

喪にふくすとは、こういうことかもしれません。
発想を膨らますのが好きな私としては、これこそが平和につながる生き方ではないかという気にまでなりそうです。
しかし、宮沢賢治がいうように、世界にあるたくさんの不幸を考えれば、ストイックに生きることこそ正しい生き方のようにも思います。

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2007/11/23

■「言葉の人」と「身体の人」

大きな身の変化があると見えてくることがあります。
それは恐ろしいほどによく見えてきます。

25年勤めた会社を辞めた時に見えてきたのは、人のつながりでした。
以前もどこかに書いた記憶がありますが、人のつながりは「時間」ではないということです。
一度しか会ったことがなく、それもたった15分しか立ち話をしたことのない人との付き合いが始まる一方で、長年仕事で付き合っていたのにパタリと付き合いが切れるつながりなど、思っても見なかった経験をしました。
「踏み絵」のような言い方になるのが心配ですが、そうではなく、つながりには「手段としてのつながり」と「それ自体に価値のあるつながり」があることに気づいたのです。
良し悪しの問題ではなく、同じ付き合いでも全く意味が違うことを実感したのです。

また、新しい立場になると、いろいろな人が興味を持って訪ねてきてくれることも体験しました。
組織を離れて、たった一人で、しかも世間的な意味では「まともに」仕事をしない生き方を選ぼうとする私に「つながって」も何の利得もないはずなのに、たくさんの友人ができました。これも思ってもいなかったことでした。
しかし、「利益」を求めてきた人はみんな失望して来なくなりました。
それは本当に明らかでした。
その後、ベンチャーで成功して有名になった人もいますが、成功したら私は全く意味のない存在として忘れられます。
それは私にはとてもうれしいことです。
会社を辞めた時に、そうした生き方から離脱することを目指したのですから。
そして19年、なぜか私は会社を辞めた時のままの生き方を続けています。
経済的に困ると、つながりの中の誰かが支えてくれました。
「つながり」を手段にしなかった生き方のおかげだと思っています。

妻を亡くして、またたくさんのことが見えてきました。
誤解のないように繰り返しますが、それによって誰かを評価するとか嫌いになるとかいう話では全くありません。
多様な人がいればこそ、社会は豊かなのだと確信していますから、私はほとんどあらゆるタイプの人と付き合ってきました。
要するに八方美人だったわけです。
そんな生き方は馬鹿げていると諭してくれた友人も、いつの間にか、それがお前の生き方だよなと諦めてくれています。

今回、何が見えてきたか。
「言葉の世界で生きている人(言葉の人)」と「身体の世界で生きている人(身体の人)」がいるということです。
前に書いた「ビオス」と「ゾーエ」と言い換えてもいいかもしれませんが、ますます分かりにくいかもしれません。

最近またフーコーの入門者を読んで、「正常」と「狂気」の関係を改めて考えています。
以前、「ノーマイラゼーション」や「ユニバーサルデザイン」という発想への違和感を書きましたが、そうした漠然とした違和感の実体が垣間見えてきたような気がします。
そうした視点からいえば、「正常な人」と「狂気の人」です。
いうまでもありませんが、私は「狂気の人」といえるでしょう。

ますます分かりにくくなりそうですから、やはり「言葉の人」と「身体の人」にしておきましょう。
「言葉の人」はだいたいにおいて経済的に豊かで、社会の主流にいます。
「身体の人」の多くは、文化的に豊かで、社会の主流の周辺にいます。

「言葉の人」と「身体の人」とでは、妻を亡くした私への対応は、見事に違います。
繰り返しますが、どちらが良いとか悪いとかいう話ではありません。
いずれも私のことを「心配」し、「支援」しようとしてくれているのです。
いずれにも感謝しています。
しかし、大きな違いがあるのです。
前者の人たちは「自分の視点」で私を救おうとしているのに対し、後者の人たちは「私(当事者)の視点」で私に寄り添おうとしているのです。
このあたりの話はもっとしっかりと書かないと伝わりにくいですね。

しかし、世界を見る上で、私にはとても大きな示唆を与えてくれました。
私の生き方も改めて考え直さなければいけません。
「身体の人」として生きながら、これまで以上に「わがまま」に生きようと思います。
失礼があることが多くなると思いますが、お許しください。

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2007/11/20

■節子への挽歌77:年賀欠礼のご挨拶を節子と連名で出しました

年末が近づくと年賀欠礼のはがきが届きだします。
悲しいことに今年は私が送り手になってしまいました。

年賀欠礼の挨拶の手紙がみんな同じ文章で定型化されていることにいつも違和感を持っていました。
自分ではそうした定型文は使ったことがありません。
今回ももちろん「私たち仕様」で書くことにしました。
もっとも私の友人知人には出状しようかどうか迷っています。
まだ節子の訃報を知らない夫婦共通の知人に、私と節子の連名で出状させてもらいました。

今日はその手紙文を掲載させてもらいます。
手紙の実物はPDF形式ですが、私のホームページに載せています。
ちなみに、告別式の会葬礼状49日法要の報告も、既定のものではなく、私たちならではの文章にしました。よかったら読んでください。
いずれも基本形です。相手によって少しずつ変えているものもあります。

いつか弔電について書きましたが、こうした手紙も自分の言葉で書くようにできないものでしょうか。
その文章を考える時間がとてもいい時間になるはずです。
私が先に逝ったとしても、節子はきっと自分の言葉で手紙を書いてくれたはずです。

こうした手紙のおかげで、いろいろな人から連絡をもらいます。
そして故人を思い出す時間が持てます。
それこそが供養ではないかと思います。
みなさんも、その時が来たら、ぜひとも自分の言葉で、自分のスタイルで、手紙を書くことをお薦めします。
大変ですが、そのおかげでたくさんの感激を体験できるはずです。

以下は今回の手紙文です。

<年賀欠礼のご挨拶>

今年も残すところ、あと1か月半になってしまいました。
平素のご無沙汰をお許しください。

今日はちょっと辛いお知らせのお手紙です。
親しくさせていただいた妻、節子が今年の9月に彼岸へと旅立ちました。
4年半ほど前に胃がんの手術をし、その後、順調に回復していたのですが、昨年10月に再発してしまいました。再発してからも前向きな闘病生活で、もしかしたら奇跡が起こるかもしれないというところまでがんばったのですが、残念ながら体力の限界を超えてしまったのです。
私にとっては、生きる意味を与えてくれる、かけがえのない伴侶でした。
これほどのかなしさは体験したことはありませんし、またこれからもないでしょう。
伴侶の死は、まさに自らの死と同じような思いがします。

節子が逝ってからもう2か月以上経過しますが、今なお節子がいない世界が実感できずにいます。不思議な感覚です。
ブログで節子への挽歌を書いて気を鎮めていますが、時間がたつほどに寂しさはつのります。
告別式での挨拶をホームページに載せました。
読むのが辛い内容ですが、節子のがんばりを読んでもらえればうれしいです。

発病後の節子は見事な生き方をしました。
しかし、みなさんにお会いできずに逝ってしまうことが、とても残念だったと思います。
最後は家族に見守られ安らかに息を引き取りました。
最後の寝顔は、私がいうのもおかしいですが、とても美しくやさしい顔でした。
節子を守れなかった自分が本当に悔しいです。

訃報をお知らせもせずに申し訳ありませんでした。
またこんな手紙をお届けすることもお許しください。

我孫子のほうに来る機会があればお立ち寄りください。
庭に小さな献花台をつくりました。

これまでのたくさんのご厚情が、節子の人生をとても豊かにしてくださっていたことを、節子に代わって感謝申し上げます。
ありがとうございました。

みなさまも、どうぞご自愛くださいますように。

不一

佐藤修(佐藤節子)

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2007/11/10

■脱貨幣社会の気分をちょっと味わっています

政治問題はもう辟易しましたので、今日はちょっと体験的な生活時評です。

ちょっと大げさのタイトルですが、今週はいろんな人からいろんなものをもらいました。
今日は福井からたくさんの野菜が届きました。
義姉夫婦が農業をやっているので、定期的に届くのです。
一部を近隣や兄夫婦にお裾分けしました。
午後には近所の人が新鮮なカブをたくさんもらったのでとお裾分けしてくれました。
昨日は、やはり近くの人が実家に帰って庭の柿を採ってきたのでとお裾分けしてくれましたし、
その前日は実家からわかめがどっさり届いたといって持ってきてくれた人もいます。
亡くなった妻が、お裾分けが好きだったのですが、そのおかげでわが家にはいろんなものが届きます。
お金がなくても暮らしていけるのではないかと思うほどです。

野菜だけではありません。
手づくりのジャムやきしめんが届くこともあります。
またわが家の家庭菜園からのお裾分けが虎屋の羊羹になったり、和菓子になったりすることもあるのです。
妻は近くの高齢者の家から夏みかんをもらってジャムにしてお返ししていました。
他の人からもいろんなジャムが届きます。
私には不得手なジャムもあるのですが、なかなかジャムは買うチャンスがありません。
他にも、古着を活用した裂き織のバッグだとか、妻はいろいろとリサイクルユースしていました。
ケーキもよく作っていましたが、ケーキ屋さんのよりも私の口には合いました。
娘もその文化を引き継いでいますが、そうしたおかげで、わが家の金銭支出はかなり低いはずです。

私は、百姓の生活が理想ではないかと思っています。
百姓生活にはさほど現金はいらないはずです。
女房と違って実践力がありませんが、亡き妻のおかげで、いまその恩恵を受けているわけです。
今日も来客があったのですが、わが家のつつましやかな家計と生活の質の正の相関について話をしていたところです。
なかなか理解はしてもらえませんでしたが。

お金の使用を最小限にする生き方をみんなが始めたら、どうなるでしょう。
きっと経済は失速し、景気は悪化するでしょう。
不要な仕事を創出することによる経済の活性化は、それを知ったときには実に新鮮に思えたのですが、
今では何という馬鹿げた話かと思います。
どこかで何かが間違っているように思います。

大切なのは経済ではなく、暮らしです。
経済が回復して暮らしが辛くなるようなことはどう考えてもおかしいです。
やはり、現在の経済システムは基本から考え直す必要がありそうです。
暮らしを良くするために現金は必要ですが、現金がなくても暮らせる仕組みを回復できないものでしょうか。
その視点で考えると、過疎問題や限界集落も違う捉え方ができるように思います。

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2007/10/20

■節子への挽歌46:核家族での死、大家族での死

昨日の続きです。
生きることの意味が「関係」の中にあるとすれば、関係をたくさん持っている人生は豊かです。
人間関係には、快いものも不快なものもありますが、快不快はコインの裏表です。
ですから多様な関係をもっていることは人生の豊かさに通じます。
もちろん、たった一つの関係でも、深く深く育てていけば、それもまた豊かさに通じます。

わが家はまだ2人の娘が自宅に同居しています。
私の両親はもう既に亡くなっていますので、今までは4人家族でした。
その一人だった節子がいなくなり、いまは3人家族です。
家族の1/4がいなくなったということは、生活のうえでは大きな変化です。
もし家族が10人もいたら、変化はもう少し小さかったかもしれません。
数の問題なのかと思うかもしれませんが、間違いなく数は大きな問題です。

もちろん、家族の数とは関係なく、伴侶は一人ですから、かけがえのない関係です。
しかし、私に妻が10人いたら、これほどの衝撃を受けないでしょう。
10人も妻がいれば、私にとって、その一人は「かけがえのない存在」にはならないはずです。
娘たちが結婚してわが家を出ていたらどうでしょうか。
妻と2人だけの家族の一方がいなくなったら、その衝撃は大きいです。
そうでなかったことを感謝しなければいけません。
節子との別れは辛いですが、今の私は娘たちに救われています。

最近は核家族化が進んでいます。
核家族になったために祖父母の死に居合わせることがなくなり、子どもたちが死を実感できなくなったともいわれています。
たしかにそうでしょう。
今では死は日常的なものではなく、頭で想像する時代です。
そのため、ひとたび、死が現実のものになると、そのショックを緩和する仕組みがなくなってきています。
とりわけ老夫婦だけの家族では伴侶の死は残された者の生命をも奪いかねません。

大家族から核家族になってまだ半世紀少しです。
その咎(とが)がいろいろな形で出始めていますが、まだまだ出てきそうです。
そろそろ核家族文化を見直すべきではないかと、思います。

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2007/10/09

■節子への挽歌35:所有と無所有はコインの表裏

節子が残していったものがたくさんあります。
まだ1回も着たこともない衣類や日用品も少なくありません。
そうしたものをどうしたらいいでしょうか。
衣服に関しては、娘にリサイクルショップに持っていくようにとお店まで教えていたそうです。節子らしいです。
しかし、残されたものを整理することはかなりの気力が必要です。
まだその気にはなれず、整理は手つかずです。
遺産のために親族の骨肉の争いが起こることもありますが、
遺産のみならず、何事も残すものは最小限にしておいたほうがいいのかもしれません。

これは節子の問題に限りません。
私自身も身の回りの整理をしなければと思い出しました。
とりわけ仕事関係の資料や書籍は残しすぎですし、生活用品も過剰に所有していることは明らかです。
これまでも何回か整理しようと試みたことはありますが、廃棄できませんでした。
しかし、今なら思い切って整理できそうです。

韓国の法頂師の「無所有」という本があります。
そこにこんな文章が出てきます。
何かを持つということは、一方では何かに囚われるということになる。
そのことに気づいた法頂は、こう心に決めたそうです。
その時から、私は1日に一つずつ自分をしばりつけている物を捨てていかなければならないと心に誓った。
物を所有するということは、物に所有されるというわけです。
主客の転倒、このことへの気づきが、私が会社を離脱した大きな理由でした。

19年前に、私は勤めていた会社を辞めました。
その時に、少しだけこうした思いを持っていました。
いろいろと捨てたつもりですが、いまなお物欲の世界に安住しています。

法頂は、さらにこうも書いています。
何も持たない時、初めてこの世のすべてを持つようになる。
これはとてもよくわかります。
私が理想と考えていることでもあります。
所有とは無所有であり、無所有とは所有である、というわけです。

節子と一緒であれば、無所有の世界に入りやすかったと思います。
すべてを捨てても、節子さえいれば大丈夫だったからです。
節子とそうした話を始めたのは4年半前です。
その直後に、節子の胃がんが発見されたのです。
そして節子がいなくなった。
私の人生設計は大きく狂ってしまったわけです。

しかし、今であれば、むしろすべてを捨てられそうです。
節子がいないのであれば、それ以外の何に未練があるでしょうか。
法頂さんを見習って、私も一つずつ捨てていこうと思います。
最後に残るのは何でしょうか。

ちなみに、この「無所有」という本はとても読みやすく、示唆に富んでいます。
みなさんにもお勧めします。
わがコモンズ書店を通して、アマゾンから購入できます。
ぜひどうぞ。

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2007/09/24

■節子への挽歌20:定型文の豪華な弔電はやめませんか

今日はちょっと社会時評の内容も含めて、節子への挽歌です。

節子の葬儀に関して、たくさんの弔電が届きました。
送ってくださった方々には感謝していますが、私はこの弔電の送り方にかなりの異論をもっています。
弔電にではなく、弔電の送り方やスタイルに、です。

せっかく弔電を送ってくださった方には大変失礼なことになりますが、今回はあえて書いておこうと思います。
問題は、弔電の多くが定型文だということです。
そして、弔電の文章を包むカバーが立派過ぎることです。
中には漆塗りのものもあります。
この2つは、私が最も嫌う文化を象徴しています。
せっかく送ってくださった皆さん、本当に申し訳ありません。
みなさんのお心遣いには微塵も疑いを持っていませんが、この文化は早くなくしたいと思っているのです。
お許しください。

今回、自分の言葉で電文を書いてきてくれた方はほんの数人でした。
告別式ではそのうちの2つを読み上げてもらいました。
しかし、郵政公社は、どうして定型文などを用意しているのでしょうか。
それさえなければ送る人は少しの時間、相手に思いを馳せるはずです。
商品を選ぶようなやり方は、弔電にはふさわしくありません。
郵政公社のコストダウンには寄与するでしょうが、日本の文化を壊すものです。
死者への冒涜ではないかとすら私には思えます。

さらに腹立たしいのが、電文を包むものが年々立派になってきていることです。
その一方で、電文が書かれる肝心の用紙は年々粗雑になってきています。
発想が完全に間違っています。
メッセージは軽視し、包装を立派にするのは、金銭至上主義の象徴です。
しかも、明らかに資源の無駄遣いです。
私はそうした弔電は廃棄しますが、その時にとても悲しい気分になります。
それを知っているために、弔電をもらった時にとても悲しくなります。

包装の立派さで弔意の重さが決まるのでしょうか。
そんなはずはありませんが、それがまさに今の社会の文化を象徴しています。
私が一番嫌悪する文化です。

意外だったのは、こうしたことに批判的なはずの信頼する友人が、一番立派な包装の弔電を送ってきたことです。
彼は女房のことを深く心配し、いろいろと応援してくれた人ですから、思いを込めたのだと思いますが、彼がまさかそんな選択をするとは予想もしていませんでした。
私のことを良く知っている彼なら、一番質素な包装を選べたはずです。
しかし、豪華さの段階がある以上、そうなってしまうのかもしれません。
私も一番質素なスタイルで送るのには躊躇するかもしれません。
他人のことをとやかく言える立場ではありません。

弔電のカバーは格差をつけずに、すべて同じにすべきです。
弔電に経済的な格差をつけるのは、極端に言えば、生命を差別化することです。
郵政公社の、そうした卑しい商売主義は正すべきです。
しかし民営化で、この方向はますます進むかもしれません。
心卑しい人たちが経営者になっていますから。
彼らの前歴を見ればそう思わざるを得ません。

弔電は喪主宛に届きます。
これにも違和感があります。
弔辞などは死者宛に読み上げられますが、弔電はなぜ家族に当てられるのでしょうか。
葬儀は死者のためのものではなく、残された人たちのためのものからかもしれません。
そのことにも私は違和感を持っています。
喪主宛には手紙がいいでしょう。急ぐこともありません。

今回の葬儀は、節子を親しく知っている人だけに伝えたのですが、こういう情報は見事に伝わるものです。
節子に会ったことのない人まで弔電をくれました。
それはうれしいことですが、私にはいささかの違和感があります。
こんなことをいうと、せっかく弔電を送ってくれた人は怒り出すかもしれません。
すみません。
送ってくれた人への不満をいっているのではありません。
そういう形になってしまう文化や仕組みを問題にしているのです。

告別日までに2人の方から手紙をもらいました。
ご自分の言葉で、私への弔意を書いてきてくれました。
私にはとてもうれしい手紙でした。
女房に読みか聞かせました。
とても心が和みました。

弔電の文化は、そろそろやめても良いように思います。
少なくとも私は定型文の弔電は打ちません。

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2007/08/22

■重要な問題と瑣末な問題

今日は反省です。

1か月以上前の話です。
夜の11時過ぎでしたか、就寝してまもなく電話がなりました。
友人からでした。
あることで悩んでいて、それを聴いてほしいという内容でした。
その悩みとは私にとっては、よくある話で「瑣末なこと」のように思えました。
そこでついつい笑ってしまい、そんなことで悩むのはやめたほうがいいと話しました。
当時、私も女房の病気の「問題」に直面しており、毎日疲れきっていたために、何でそんな話でわざわざ電話してくるのかという気持ちもありました。
彼女は「やっぱり笑われたか」と(後で考えると)さびしそうに言いました。
しばらく話して、電話を切ったのですが、以来、彼女からは電話もメールもきません。
人生の大きな決断をしたのかもしれません。
瑣末に思えることが人生や歴史を決めることは決して少なくありません。
電話を切ってから、そのことが気になってきたのですが、私自身の問題も大きくなっていく中で、2週間もしたら忘れてしまっていました。

昨日、女房の病気の関係で何人かの病院の人に電話しました。
この数日、ずっと悩んでいた問題の相談です。
しかし、その問題は、専門家にとってはどうも「瑣末な問題」だったようで、相談には乗ってもらいましたが、結局は私の中では解決を得られない結果になりました。
具体的な内容を書かないと伝わらないかもしれませんが、私の不安に対して、そんなことよりも今はもっと大事なことがあるからその問題は先送りにしたらというようなことです。
悪くいえば、事務的に対応されたということです。
まあ、論理的には私も納得したのですが、私の不安はむしろ相談する前よりも大きくなってしまいました。
相談に乗ってくれた人たちから見放されたような気もしました。
その時に、なぜか1か月以上前の電話のことを思い出したのです。
そうだ、私も同じようなことをしたことがあったのだ、というわけです。

客観的に考えて「瑣末かどうか」などというのは、現実の問題に直面している者にとっては無関係なことです。
その瑣末な問題が大きな問題の本質につながっているのです。
すべては「瑣末なこと」から始まるのです。
そのことに気づきました。

ケアマインドで支えあう社会が、私のビジョンです。
しかし、どうもまだ私のケアマインドは自分しか見ていないようです。
自分が弱い立場に立つと世界はようやく見えてきます。
そのことを毎日のように気づかされています。

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2007/08/14

■家事やボランティア活動と賃仕事

女房が病気になったおかげで、家事、あるいは仕事の意味のようなものを考える機会をもらいました。これまでも頭ではいろいろと考えてはいたのですが、実際に家事の一部を主体的にやってみると、また思いも深まります。
それにしても、私の人生は女房による「家事」に支えられてきたことがよくわかりました。
言い換えれば、資本主義経済は家事により支えられてきたにもかかわらずに、その「仕事」はシャドーワークでしかなかったわけです。

仕事というと最近では「賃仕事」、つまり対価をもらう仕事をイメージしがちです。
しかし、人類の長い歴史のなかでは、賃仕事は仕事の中のほんの一部だったはずです。
対価を貰う仕事が主流になったのは、20世紀になってからかもしれません。
それは「貨幣」の世界の広がりとつながっています。
世界が貨幣によって支配されだすとともに、仕事の効用は貨幣で測られるようになってしまいました。
商品に対する「貨幣の王権」(プルードン)は、仕事に対しても支配力を広げていったのです。
貨幣の呪縛から脱却しない限り、私たちは仕事の主役にはなれず、主体的に生きる人生は送れないのです。
お金は主体性を得るためのものではなく、主体性を奪うものです。

大切なのは、仕事の「貨幣的対価」ではなく、仕事の「生活(社会)への効用(役立ち)」です。
貨幣経済の発展と共に、仕事の中心は賃仕事に移ってしまったわけですが、賃仕事を支えているのは、私たちの暮らしを支えている、さまざまな、貨幣的対価のない「仕事」のおかげです。
とりわけ「日常生活」を支える家事が、私の仕事をどれだけ支えてきたか、女房が家事を出来なくなってから、痛感させられています。企業での仕事や自分のビジネス活動に専念できたのは、家庭という生活基盤があったればこそであり、モチベーションの源泉がしっかりしていたからです。
その視点に立てば、労働対価の算定方法は基本から考え直すべきでしょう。

やってみるとわかりますが、「家事」は大変です。
際限がなく、日々、新しく、創造的でもあれば、想像的でもあります。
私はこれまで家事をほとんどすべて女房や娘に依存してきました。
そのありがたみを、自分で家事の一部をやり出してようやく理解できてきました。
私がこれまでやってきた仕事などは、家事に比べれば瑣末で簡単なものでしかないのかもしれません。仕事は誰でもできますが、家事はそうはいきません。

みなさんも企業などで社会的価値ある仕事に取り組まれていると思いますが、時にそれを支えているさまざまな「仕事」に思いを馳せることをお勧めします。
そうすれば、家事やボランティアへの評価も変わるかもしれません。
地域活動や広域のボランティア活動は、賃仕事の合間に社会還元的発想で考えるべきものではなく、そうした活動こそが賃仕事を支えていることが実感できるかもしれません。

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2007/07/19

■歯医者では目をつぶりますか

みなさんは歯医者で治療をしてもらう時に目をつぶりますか。
私はいつも目をつぶるのですが、私の娘は目をあけているそうです。
だから医師や歯科技工士が何をやっているかがよくわかるのだそうです。
目を開けているとやりづらいんじゃないかと私は思いますが、目をあけているほうも結構疲れます。
歯科医の椅子に座って、目をつぶるということは医師たちを完全に任せるということです。毒を盛られても、ドリルで歯を傷つけられても気が付かない恐れはあります。

歯医者はいいとして、他の病院はどうでしょうか。
目を開けていても、何をされているか分からないことが少なくありません。
最近は薬の説明も丁寧にしてくれますが、だからといいて反論や異論は唱えにくいです。
なにしろ情報量が違いますから。

商品の購入時はどうでしょうか。
品質表示が最近はかなりやかましくなりましたが、注意して見ても、肝心の知りたいことはなかなかわかりません。確かに表示はされていますが、形式が整っただけで実態はそう変わっていないような気がします。
肉まんにダンボールのかけらが入っていてもたぶんわからないでしょう。
先日も近くの大手スーパーで購入した長いもがおかしかったので、よくみたら賞味期間の表示が無いので、家族が電話したら、その商品は表示しないのだそうです。全国展開している大手スーパーです。もっとも最近は表示があっても、あまり信頼は出来ません。

政治はどうでしょうか。これはますますわからない。マニフェスト選挙と言われていますが、あれで本当に何かがわかるのでしょうか。私にはあまりわかるようには思えません。

結局、私は歯医者の椅子に座っているのと同じことを生活すべてにおいてしているのかもしれません。
それではいけないと、今日は歯医者で目を開けてみました。
しかしやはり疲れます。
すぐまた目をつぶってしまいました。
まあ「目をつぶった」生き方のほうが楽なのです。
それに最近は目をあけていると身が持たないのです。
毎日、今日こそは目をあけていようと思うのですが、なかなかそれを継続できずにいます。困ったものです。

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2007/07/17

■みなさんは私的な駐車場を横切りますか

湯島のオフィスに行く途中に駐車場があります。
ちょうど道の角にあり、そこを横切るとわずかばかりの距離短縮になります。
しかし、そこは個人の私有地ですので、私は横切ることを避けていました。
その駐車場には自動車が駐車していることが少ないこともあって、ほとんどの人はそこを横切って近道します。
私も友人知人と一緒に歩いているとほぼ必ずみんな横断しようとします。
ここは私有地だからと、私は頑なに横切るのを避けていましたが、いつの頃からか私ひとりでも横切るようになりました、
ほんの僅かな距離短縮なので、近道しようなどという考えよりも、目標先がその先に見えるので最短距離を歩こうという自然な行動の現われなのかもしれません。
自然の流れに反するのは、私の考えに合わないと勝手な自己解釈に変わったのです。
さて、みなさんならどうしますか。
距離短縮のために横切るのが合理的か、私有地を勝手に横切らないほうが合理的か、どちらでしょうか。
くだらない質問をするな、その時の気分次第だ、第一、そんなことは考えもしない、と怒られそうです。
その通り、そんなことなど考えていたら、暮らしていけないのかもしれません。
しかし、そういうことを考えてしまうととまらなくなるのが私の悪癖です。

目的地が見えるところにあり、そこにいく具体的な方法もわかっている。
ただ、少しだけ法やマナーを犯すことになる。
そういう問題に置き換えたら、少しは意味があるでしょうか。
先の国会の強行採決はその一例かもしれません。

今日、久しぶりにオフィスに行きました。
曲がり角で考えましたが、駐車場は横切らないことにしました。
少しだけのマナー破りが、社会を壊していくことにもなりえます。
社会が壊れたら困るのは私ですから。

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2007/07/08

■地方ごと、人ごとに時間があります

久しぶりに時間の話です。
世界標準時なるものがありますが、これが世界の画一化の第一歩だったのかもしれません。
人間のリズムの数倍の速さで、物理的な距離を移動できる自動車や飛行機によって、あるいは瞬時につながる通信手段の実現によって、世界各地の時間はつながってしまいました。
そして自然に合わせて生きていた私たちは、時間に合わせて生きなければいけなくなってしまいました。

私は基本的に時計を持たずに暮らしていますが、時間から自由になったわけではありません。
相変わらず時間に合わせながら暮らしています。
意識の上では文化の多様性が認められる一方で、世界標準時をベースにした画一的な時間を踏まえたライフスタイルが世界を席巻しているように思います。
エンデの寓話「モモ」を持ち出すこともないほどに、表情のない機械基準の時間は私たちの文化を画一化しているような気がします。

時間で管理されるということは多様な文化の存続には大きな障害になるでしょう。
どんな場所にいても、時間が来ると聖地を向いて礼拝するイスラムの人たちが異様に感じられることは、そのことの証左です。
日本国内においても、地域時間があるように思います。
私個人の体験においても、東京にいる時と地方に出かけた時とでは、明らかに時間の流れ方が違います。
山手線の駅だと5分も電車が来ないとイライラしますが、ローカル線の駅ならば30分待たされてもなんとも感じません。

地方で会議などをやると、定刻になっても人が集まらないことがあります。
以前は、「定刻より30分遅れるのが**時間」(**にはその地域の名前が入ります)などと主催者が話すこともよくありました。
最初は違和感がありましたが、それはそれで合理的だなと私は奇妙に納得していましたが、最近は残念ながらみんな時計通りに集まることが多くなってしまいました。

暮らしに時間を合わせるのではなく、時間に暮らしを合わせるようになったのです。
文化は退屈になるはずです。
時間意識は大きなソーシャル・キャピタルでもあります。
時間が共有化されていることが無駄をなくし、信頼のためのコストを削減しますから、論理的にはみんな暮らしやすくなるはずなのです。
しかし、何となく、それでいいのだろうかという気もします。

言葉は文化の本質です。
言葉をそろえることはコミュニケーション効率を高めましたが、そこで抜け落ちた文化や知恵はたくさんあるでしょう。同じことがきっと時間についてもいえるはずです。

よく時間だけはすべての人に平等に与えられているといわれます。
私は、全くそうは思いません。
機械時間はそうかもしれませんが、時間の長さは、実は人それぞれです。
介護や看護に取り組まれている方は、きっとそれを実感しているはずです。
それを無理やり、単一の管理時間に合わせる社会を作った結果が、いまさまざまなひずみを起こしているのかもしれません。
それぞれが自分の時間で暮らしていける社会。
自分たちの暮らしにあった時間をもてる地域社会。
時間というもののあり方を改めて考えてみることも大切なことではないかと思います。

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2007/06/28

■分かち合う文化の復活

最近、いろいろな人が手づくり野菜を送ってくれます。
定年で会社や役所を引退した人たちの手づくり野菜は特に見事です。
鶏を飼って卵まで送ってくれる人もいます。
我が家でも近くの空き地で家庭農園をやっています。
私が毎朝、パンと一緒に食べるサラダ菜はプランターで育っているものです。
毎朝、自分でちぎってきますが、時に土がついていてじゃりじゃりします。
まあよく洗えばいいのですが、
近くのお宅に立派なびわの樹があります。
葉っぱをいつももらっているのですが、最近は実までもらってきます。そのお宅では食べないのです。我が家もこれまでびわはほとんど食べなかったのですが、そのお宅のびわの実はお店で買ってくるのと大違いで美味しいので、食べるようになりました。
最近はジャムも良く届きます。ゆずジャムやいちごジャムです。
そういえば、びわの樹のお宅には夏みかんもありますが、それをもらってきて、女房がジャムにして我が家とそのお宅とで食べています。
女房の友人がスイカをもらいました。夫婦2人では食べきれないので半分もってきてくれました。
果物も届きます。
高価なサクランボは我が家には縁遠いものですが、山形から年に一度、ドサッと送ってくれる人がいます。半分は近所や友人にお裾分けします。そうするとそれがまた違うものになって返ってきます。
つまらないことを書いていますが、みなさんのところでも、こうしたことが少しずつ増えているのではないかと思うのです。
食べ物だけではありません。
女房のところには実にさまざまな手づくり品が届きます。

こうした「お裾分け文化」「手づくり文化」が、昔は社会を育てていたのでしょうね。
私の両親の時代は、物が不足し、今よりはかなり貧しい時代でした。
しかし今よりもずっとお裾分けは多かったように思います。
自分が食べる量を少なくしてでも、周りの人にあげるという風習がありました。
人は貧しいほど、「分かち合うこと」を大切にするのかもしれません。
それは一種のセーフティネットでもあるのです。

みんなが、それぞれ得意なことを思い切りできるようになり、その成果をみんなで分かち合えることができれば、社会はもっと豊かになるでしょうね。
もしかしたら、お金がほとんどなくても暮らせる社会がまた戻ってくるかもしれません。
そんなことを最近よく考えます。

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2007/06/16

■あっちゃんの雑記帳

知人のSさんから小冊子が届きました。
「あっちゃんの雑記帳」。38ページの手づくりの小冊子です。
手紙にこう書かれていました。

同封の冊子を家族みんなで作りました。
私の母の想いがつまっています。多いに個人的な内容なので、ご迷惑かもと思いますが、佐藤さんにお目にかけたいなあ・・・と、つい思ってしまいました。
いろいろな活動からの経験で、この冊子を作ることが出来ました。母にも喜んでもらえましたが、一番楽しんだのは私です。ちょっと(かなり)自慢のこの一冊、ご笑納いただければ幸いです!

Sさんはコムケア活動で知り合った人です。
実に多彩な活動をしていますが、その活動の広がりと組み合わせがすごいのです。
地元での活動もあれば、全国的な活動もあります。自分の活動もあります。
いずれにも共通しているのは「楽しむ姿勢」です。そしていつも「暮らし」につながっています。

そのSさんのお母さんが「あっちゃん」です。83歳です。
Sさんは全国マイケアプラン・ネットワークのメンバーでもあります。
そこで作成した「マイライフプランの玉手箱」をあっちゃんに渡して、ともかく今までのことを気が向いた時にメモ書きしておいてね、と伝えていたのだそうです。
4月に実家に戻った時に、びっしりと書き込まれたノートを渡されました。帰りの電車で、それを読んだSさんは涙が出そうになったそうです。

そこには大正13年に東京の本郷で生まれたことから始まり、さまざまなことが書かれていました。それを読んでSさんは、母のメモリアルのための冊子にしようと決めたのです。そして姉妹と孫たちに呼びかけて編集会議が開かれ、みんなが楽しみながら完成させたのが「あっちゃんの雑記帳」です。
あっちゃんの両親のことも、あっちゃんの若い頃の友人のことも、もちろん娘のSさんのことも、孫たちのこともいろいろと書かれています。内容はいずれも個人的な話なのですが、逆にそのおかげで、当自の社会の様子が生き生きと伝わってきます。戦争の話もあれば、物価の話もあります。歴史が見えてきます。
Sさんが結婚した頃、我孫子に住んでいたことも書かれています。
Sさんの祖母が新潟の西蒲原出身ということも知りました。

私が一番興味を持ったのは、「あっちゃん」という名前です。
Sさんのお母さんの名前には「あっちゃん」につながる文字がないからです。
理由はあっちゃんのお父さんが、戸籍名をきらって子どもたちに、別の呼び名をつけていたのだそうです。
戸籍名は喜美子、呼び名は昌子(あつこ)。それで戸籍名とはちがう「あっちゃん」とずっと呼ばれていたのだそうです。
戸籍名と呼び名。面白い話です。まさに言霊の文化が感じられます。
これに関した研究はあるのでしょうか。知っている人がいたらぜひ教えてください。

長々と「あっちゃんの雑記帳」のことを書いてきましたが、この冊子が示唆していることはとても大きいように思います。
認知症予防のための回想法というのがありますが、そのひとつの「自分史法」に、最近広がりだしている「物語」(ナラティブ)発想を入れて「物語法」と言ってもいいでしょう(もうあるかもしれませんが)。
認知症予防という消極的発想から抜け出せるかもしれません。
多世代交流もできます。

さらにこうした自分史作りが広がっていくと、それは膨大な歴史資料になります。
平板な歴史書の時代は終わるでしょう。そして社会の認知症予防にもなるはずです。
企業を離れだすだす団塊シニアの皆さんにはぜひ取り組んでほしい活動です。
いや団塊シニアに限りません。子どもの頃からこうした思考をもてば、子どもたちの育ちも変わっていくはずです。家庭も家族も変わるでしょう。

これらはおそらく効用のほんの一部です。
「あっちゃんの雑記帳」から社会が変わりだしていくかもしれません。

Sさんは、そんなことは考えていないでしょうが、この小冊子の向こうにはとても大きな世界があるように思いました。
新しい歴史はいつも現場の小さな活動から始まるのです。

ちなみに全くの偶然なのですが、今日、我孫子でSさんに会うかもしれません。
実にフットワークがいいのです。我孫子のコンサートを聴きに来るのだそうです。
私もそのコンサートに出かけますので。

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2007/05/30

■孤独から抜け出るのは簡単です

一昨日、Comfort isolatesについて書いたら、
ある人から、現代はみんな孤独なのだというメールが来ました。
それに安直なつながりや連帯よりも、孤独であることの自覚と主体性も大事なのではないかというのです。
たしかに、一理あります。

昨日紹介したシンポジウムで、ソンタグはまた、
Solidarity corrupts solitude(連帯は孤独を堕落させる)
とも言っています。
堕落していない孤独とは何か、これまた難問ですが、でも何かわかる気がします。
私も安直な連帯やつながりは好きではありません。
功利主義的なつながりには嫌悪感すら持ちます。

まあ、しかし、それはそれとして、
現代はみんな孤独なのだと決め付けることもありません。
私が地方に行って感ずるのは、とても気持ちの良い「つながり」です。
外から見るからそう感ずるので、中に入ると結構冷たい、と地方に転居した友人は言いますが、
きっといつか心を開きあう仲間になっていくでしょう。

私も決して孤独ではありません。
勘違いかもしれませんが、孤独と感じたことはありません。
孤独と感じていないから、孤独ではないのかもしれませんが。
孤独は自分で創りだすことかも知れません。
ソンダクが言うように、どこかで「安寧」にもつながっているのです。

生前の松岡さんはどうだったのでしょうか。
孤独だったのでしょうね。
孤独でなければ、少なくとも自殺や殺人は避けられるはずです。

ところで、孤独から抜け出るのは簡単なことです。
隣の人に(自宅の隣人に限りません)声をかけ続ければいいのです。
返事がないかもしれませんが、返事があるまで声をかければいいのです。
もちろん声のかけ方は充分に注意しなければいけませんが、
素直に声をかけていけば、いつかは返ってくるでしょう。

人は決して孤独ではありません。
人間は幼児の時は母親や看護師に「依存する存在」であることから、
他者と協働して、「共通善」を目指すことが必要な動物だとする、
アメリカの哲学者マッキンタイアの考えに従えば、
依存を受け入れる姿勢が人間には内在しているのです。

人間はみんなつながっているのです。
そう思えば、人生はずっと楽になります。
自分は孤独だなどと思うのはやめたいものです。
安寧は人を孤立化させるかもしれませんが、
孤立した中での安寧は、決して本当の安寧をもたらしません。

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2007/05/29

■Comfort isolates

松岡農相の自殺から考えさせられることがたくさんあります。
そのひとつが、「人のつながりの多さは、人を幸せにするか」です。
私のこの十数年の活動は、ほぼすべて、「つながり育て」の活動でした。
しかし、「つながり」は両刃の剣かもしれません。

松岡さんは豊かな人脈により、社会的地位を獲得し、大臣にまでなったのでしょう。
しかし、その豊かだったはずの人とのつながりが、逆に彼を追い詰め、死に追いやったのかもしれません。
松岡さんが創りあげた「つながり」が金に支えられていたというだけのことかもしれませんが、しかし「つながり」そのものの持つむなしさや冷たさも感じられます。
それは松岡さんに限らず、私もよく体験することでもあるからです。
悪意や善意という話ではなく、「人のつながり」はもろく冷たいものでもあります。

Comfort isolates(安寧は人を孤立化させる)。
2002年に開催されたシンポジウム「この時代に想うー共感と相克」でスーザン・ソンタグが話した言葉です。
ソンタグは、精力的な批評活動を展開している米国の作家です。
このシンポジウムの記録は、「良心の領界」(NTT出版)として出版されています。

そのシンポジウムで、ソンタグはComfort isolates.と述べたのです。
「つながり」をテーマにして、さまざまな活動に取り組んでいた私にとっては、忘れられない言葉でした。ずっと心にひっかかっていました。前にもホームページで書いたかもしれませんが、否定したくなりながらも、うなずきたくなる命題です。

このブログでも、時に「安寧」という言葉を使ってきました。
「平和」という意味合いを込めて使ってきたつもりです。
「平和」という言葉は、私にはなかなか実感がもてないのですが、個人の安寧は平和を実感させる言葉なのです。
そして、私の平和観は、突き詰めると「つながり」を育てることです。

そこで、頭が混乱してきてしまうわけです。
「平和」→「安寧」→「孤立化」→「つながりこわし」→「平和の破綻」
という関係になってくるからです。
「安寧は人をつなげる」という、私のビジョンは、この命題とは相反します。
しかし、ソンタグの命題は、昨今の日本社会を見ると、あながち否定できません。
鍵は、「安寧」と「つながり」の定義なのでしょうが、悩ましい話です。

安寧を目指す中での孤立化の広がり。
松岡さんの事件には、まさにそれを感じます。
そして、それは松岡さんに限ったことではありません。
みんな「安寧」を求めすぎて、孤立している自分に気づいていません。
孤立していては決して「安寧」は得られないのですが。

松岡さんは自らの生命を絶つことで、安寧を手に入れたでしょうか。

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2007/05/21

■団塊シニアの不安

団塊シニアが会社を定年で辞めだしましたが、彼らは退職後の生活に経済的不安をもっているかどうか。
今日、そんな議論をちょっとだけ、団塊世代の人としました。
リストラされずに無事定年を迎える団塊シニアは、何とかぎりぎりでバブル経済の恩恵を受けて、老後の経済的心配はないのではないかと、私は思っていました。
しかし、団塊世代である当人(大企業の役員です)は、そんなことはない、不安に感じている人が多いというのです。
皆さんはどう思われるでしょうか。

私の意見はこうです。
団塊シニアの多くは、会社人間として目いっぱい「生産活動」言い換えれば「金儲け活動」に取り組んできました。その結果、お金を稼ぐことが仕事だと考えるようになってしまったのです。
逆に言えば、お金を稼ぐことはできても、お金を使うことが出来なくなってしまったのです。

資本主義経済の発展の両輪は、生産と消費です。
男性が生産を、女性が消費を担ってきたのです。
20年前に会社を辞めてから、そうしたことを実感することが多かったです。
カルチャーセンターでも、旅行でも、百貨店でも、いつも主役は女性でした。

生産と消費はコインの裏表ですから、そのどちらも必要なのですが、あまりに役割分担が進みすぎて、生産生活を続けてきた男性たちは、お金を使うという発想がなくなったのです。
お金を稼ぐことは、彼らにとって、生きている証になってしまったのかもしれません。
ですから、お金が稼げなくなると自らのアイデンティティが否定されるような気がするのかもしれません。
つまり、経済的不安ではなくて、自己否定される不安なのです。
よく、私は年金生活者だからという人がいます。
あれもまた、稼ぐことしか発想できない男性の哀しさを象徴しています。

団塊シニアが不安に思っているのは、お金が稼げなくなることではなくて、お金の使い方がわからないことなのではないか。そんな気がしてなりません。
お金を稼ぐ点では女性に負けなかった男性たちも、お金を使う点では女性には勝てないでしょう。
したがって、家庭での主導権は女性に移るのです。
その先には熟年離婚が待っています。
稼ぐことでしか居場所がなかった男性たちの冬の季節が始まるのかもしれません。

そうならないために、みなさん、お金を稼ぐことの虚しさに早く気づきましょう。
お金は稼ぐためにあるのではなく、暮らすためにあるのです。

みなさん、もし6億円が当たったら、きちんと使うことが出来ますか。
まさか「貯金する」などという馬鹿なことは考えないでしょうね。
貯金するくらいなら、6億円は当たる必要はないのです。
そう思いませんか。

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2007/05/20

■どこから考えるか

とても美味しいジュースをコップで半分飲んだところで、
「もう半分しか残っていない」と思うか、「まだ半分もある」と思うか。
よく語られる話です。
物事は考えようで、全く違った風景になります。

話題のTOTOビッグを買うことにしました。
いま6億円あると、ちょっと面白いこともできそうですので。
で、何枚買うかという問題に直面しました。
論理的な私としては、当たる確率から考えることにしました。
確率からいえば、極めて低い確率でしょうから、
1枚でも10枚でもたいした違いはないでしょう。
だとしたら、1枚でもいいことになります。
そこで1枚にしようと思ったのですが、発想を変えると1枚よりも10枚のほうが当たる確率は10倍になります。
数千円の差で、確率が10倍になるのであれば、
打算家の私としては、ここはやはり10枚にしたほうがいいと考え直しました。
ところが、10枚にしようと思った途端に、懐疑論者の私としては、どこかで騙されていないかと気になりました。
微小な数字が10倍になったところで、意味があるのだろうかというわけです。
やはり1枚でしょうか。
妥協好きな私として、真ん中をとって5枚にしようか。
いや、この場合、真ん中は5枚と考えるべきなのかどうか。
とまあ、こんなことを考えているうちに、結局、ビッグを買い損ねてしまいました。

風景が変わると決断できないことにもなりかねません。
自分の視点はしっかり持たなければいけません。

結局、優柔不断な私としては、6億円を失った後悔だけが残ったような気もします。
しかし、6億円失ったおかげで、構想していた苦労の多い仕事をしないですみました。
怠惰な私にとっては、6億円当たるよりも良かったのかもしれません。
それに、奇跡を信ずる私として、
もしかしたら買わなかったけれど当たるかもしれないという思いもあります。
それに当たった人がお裾分けしてくれないとも限りません。
ものは考えようでもあります。

ところで、みなさんは買いましたか。
6億円当たったらコーヒーをご馳走してくれませんか。
ドトールでいいです。

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2007/05/04

■チビ太はいつもとても幸せそうに寝ています

わが家の犬(私はチビ太と呼んでいます)はよく寝ます。
いつ見ても寝ています。
一人で読書したりテレビを見たりしている風景を見たことがありません。
若い頃は一人遊びをしたり、哲学したりしていましたが、最近はそうしたこともめっきり減って、散歩と食事以外は、寝ていることが圧倒的に多いです。
いま11歳ですので、人間年齢では私とほぼ同じです。
今日、その幸せそうに寝ているチビ太をみながら、もしかしたら生命の基本は寝ることではないかと思いつきました。
活動するための休養が睡眠の目的ではなく、睡眠のための手段が活動かもしれません。
疲れたから寝るのではなく、寝るために疲れる、というわけです。
働くために食べるのではなく、食べるために働く。
発想を変えると生き方が変わるかもしれません。

まあ、こうした「無駄なこと」を考えたりしているので、人間は寝る暇がなくなるのかもしれません。

私も若い頃は特に、寝る時間を惜しんで学び働き遊んできました。
今もそういう感覚はどこかに残っています。
寝る時間がもったいないと思うことは、さすがに最近は少なくなりましたが、活動できる時間がもっと多ければいいと、ついしばらく前までは切実に思っていました。
最近、それがなくなりました。
生き方がまた少し変わりつつあります。

それにしても、チビ太の寝顔はすばらしく幸せそうなのです。
私も寝ている時は、こんなに幸せそうな顔をしているのでしょうか。
チビ太と私は、どちらが幸せなのでしょうか。
でも、次に生まれる時も、やはり人間がいいですね。
なかなか解脱できそうもありません。

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2007/04/29

■経済的な連休から精神的な連休へ

大型連休のはじまりです。
資本主義経済の発展を支えているのは、いうまでもなく「市場」です。
つまり「消費」こそが経済の原動力です。「生産」ではありません。
しかも、「消費」と「生産」の意味は、資本主義経済の状況によって変質してきます。
たとえば「価値の消費」が「価格の消費」に変化し、「価値を創る生産」が「価値を壊す生産」に変化するようなことが起こるわけです。
大型連休は、過剰な生産を清算する消費にも、過剰な消費を清算する生産にも、大きな効果があります。ですから年々大型化していく傾向にあります。
言葉足らずで、わかりにくい書き方になっているかもしれませんが、ブログではなく、もっときちんと書かなければいけないテーマかもしれません。
しかし、20年前には生活(余暇)のためにあった連休が、いまや経済のための連休になってきていることは、もっと意識されるべきではないかと思います。

私は、この20年近く、連休とは無縁な生活をしています。
この数年でいえば、あるプロジェクトのおかげで、連休はいつも自宅で報告書づくりをしていました。「消費」の対象は、市場的なものではなく、私自身の時間だけでした。経済の発展には全く寄与してきませんでした。
今年の連休は、例年よりももっと無為に、女房との時間を過ごす予定です。
そして自らの生き方や社会との関わり方を考えてみるつもりです。

そろそろ経済的な連休ではなく、そうした精神的な連休のあり方が必要になってきているのかもしれません。
個人の話ではありません。社会全体の話です。

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2007/04/23

■あなたはいつも笑顔でいられますか

私がこの世で一番尊敬でき、信頼できる人は、いつも笑顔でいる人です。
宮沢賢治も憧れた
「欲はなく決して瞋(いか)らず、いつも静かに笑っている」(雨ニモマケズ)、
そういう人に私もなりたいと思っています。
しかし、私の現在は、それとは全く対極にあるような気がします。

今日、いつも笑顔の友人がやってきました。
友人というのには、まだ付き合いが短いのですが、
不思議なことになぜか昔からの知り合いのような気がお互いにしているようで、
その人もブログで私のことを友人と書いてくださったので、友人と呼ばせてもらいます。

その人は、いつも笑顔なのです。
その人を追いかけ取材した30分のテレビ番組を見せてもらいましたが、
内容はかなり厳しいものなのに、いつも笑顔なのです。
番組の内容よりも、その絶えない笑顔のことが私の脳裏からは離れないほどの強い印象を受けました。
そういえば、これまで3回お会いしましたが、いつも笑顔が絶えたことがないのです。

そこで、今日は極めて不躾な質問をしました。
「***される前から、いつも笑顔が絶えなかったでしょうか」
実はその人は数年前に大きな事件があって、生き方を変えたことがあるのです。
その事件以来のことではないかと実は私は考えていたのです。
人はとても辛いことを経験するとやさしくなれることを実感してきたからです。
ところが、答はそうではなく、事件の前からそうだったそうです。

どんなに苦労しても、笑顔が絶えない人がいるのです。
有名な人では、横田さんや河野さんがいます。
拉致事件とサリン事件の被害者ですが、いつも笑顔です。
この時代にも、笑顔を絶やさないことができるのです。

笑顔の友人と話していて、自分自身の生き方を今日はとても反省させられました。
笑顔を忘れないように、心の平安を維持できるように、今日から少し意識を変えたいと思っています。
いや、きっと、笑顔を絶やさないことこそ、心の平安を維持する秘訣なのでしょうか。

いじれにしろ、笑顔をもっと大切にしないといけません。
今日はたくさんのことを学ばせてもらいました。

もし、平和を望むのであれば、笑顔を絶やさないことから始めるべきかもしれません。

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2007/04/14

■不幸と幸せはコインの表裏

コミュニケーションの出発点は自らの弱さ(ヴァルネラビリティ)を見せることだということは以前、金子郁容さんから学んだことです。
金子さんが安積遊歩さんたちと一緒に東中野で障害のある人の支援活動をしている時のことです。
私もささやかに協力していました。
その時に学んだのは、ヴァルネラビリティとアファーマティブアクションです。
その二つは私にとっては、コミュニケーションのことを考える上で大きなヒントになりました。
以来、体験的にヴァルネラビリティ効果の確かさを納得しています。

この数年、私の弱さは見えすぎるほど見えていますので、逆に私もまた周りがよく見えてきました。
見るという行為は一方的な行為ですが、「見える」ということは双方向的な関係です。

昨日、友人から家族の「不幸」を曝けだすメールがきました。
その友人は、何か問題がありそうなのに、とても明るく振舞っているので、軽く考えていましたが、思いもしない問題を抱えていました。
その友人から「生きている気力って何?」と質問されて、驚きました。
そんなだったのかという驚きです。
気づかなかった私は友人失格かもしれません。
笑顔の後ろに、みんなそれぞれの問題を抱えているのです。

久しぶりに会った、幸せそうな家族的な友人が、後で離婚していたことを知りました。
あの幸せそうな素振りは、その裏返しだったのかもしれません。
それに気づかなかった私の感受性のなさにショックを受けました。
突然訪ねてきた人がいます。なんでもない話をして帰りました。
なぜわざわざ来たのかなあと思っていたら、知人から彼は結構切羽詰っているのだと聞きました。
その人は初対面だったこともあり、私はあまり弱みを見せませんでしたので、心を開けなかったのかもしれません。
反省しなければいけません。

自治会の会長をやっているといろいろなことに触れる機会があります。
良いことばかりではありません。
昨夜も電話がありました。もう自治会長は次に人に回したのですが。
お話を聞くといろいろあります。
わが家とはかなり離れているところの、会ったこともない人ですが、近隣社会が壊れていることから発生した問題の相談です。
自治会長時代には気づきませんでしたが、その気になれば気づいたはずの問題です。
自分の問題で精一杯だったので、見ないようにしていた自分がいたのでしょう。
恥じなければいけません。

長々と書いてしまいましたが、この半年、こういう話が毎週のように舞い込んできています。
ここに書いた話は、いずれも深刻ではないほうの話です。
みんなそれぞれに問題を抱えていることを実感しました。
いつの時代も、こんなにみんな問題を抱えていたのでしょうか。

「生きる気力」を訊いてきた友人に、こう返信しました。

どこの家も外から見ると平和そうでも、中に入るといろいろ問題はあります。 わが家にもいろいろあります。 そうした悩みも含めて、それこそが人生です。

私よりも辛い状況にいる女房は、
みんなそれぞれにがんばっている。私もがんばらなくては。
といつも言います。
病気になってから身につけた、女房のポジティブシンキングスタイルです。
「病気はいただきもの」と考えるかどうかで、その人の幸せは決まります。

外から見える幸せと中にある悩みや哀しさ。
外から見える不幸と中にある幸せ。
不幸と幸せはコインの表裏かもしれません。

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2007/04/13

■家事とビジネスとどちらが難しいでしょうか

最近、女房や娘に任せていた家事をちょっとだけ分担しています。
そこで感じたのは家事に比べたら、ビジネスの仕事などいとも簡単だということです。

これには異論のある方もいるでしょう。
もう少しきちんと説明したほうがいいかもしれませんが、
たとえば食堂での食事をつくるのと家族のための食事では、
前者が簡単なのはお分かりいただけるでしょうか。
なぜ簡単かといえば、前者はつくりたいものをつくればいいからです。
できたものを食べたい人が食べればいいのです。
それに毎日同じものを作っていればいいのです。
食べる人は変わるのですから。

しかし家族のための食事は、家族が食べたいものを、
その家族の健康状況や人生を考えながらつくらないといけません。
しかも毎日同じ人が食べるのです。
毎日メニューを変えなくてはいけません。

先日、CWSコモンズのほうに百姓のことを書きましたが、
百姓仕事、最近の言葉を使えば農民の仕事と工業関係の仕事を比べたら、これまた工業の仕事は簡単です。

これも異論があるでしょう。
しかし工業の世界はマニュアルがつくれますが、自然相手の農業はマニュアルなどあてにはなりません。
自然は毎年同じとは限らないからです。
いまの時代には、家事はビジネス仕事よりも下位におかれ、
農業も工業よりも下位に見られていますが、とんでもない話です。

世界に冠たる大企業の社長も、家に帰ったら奥さんに頭があがらない存在かもしれません。
生活面では、たぶん自立していないでしょう。
そうした自立もできない人が現場で汗している自立している生活者に訓示を垂れている風景は、
私にはとても滑稽に感じます。
百姓を見下す工業エンジニアにも可笑しさを感じます。

私はただいま、家事見習い中ですが、難しいものです。
最近は資格認定が多いですが、役にも立たない資格認定などやめて、
家事資格というのを始めたらどうでしょうか。
目標を与えられるとがんばってしまう男性たちがこぞって家事を学びだすと、
もしかしたらまた日本の家庭は世界に誇れる家庭になるかもしれません。

いや、ますます悪くなりますね。
どうせ資格制度をつくるのであれば、百姓資格認定がいいですね。
私などはまだ「十姓」くらいでしかありませんが。
現代社会の仕事観は根本から変えていかねばいけないと思っています。
本当に価値のある仕事をしたいものです。

家事や百姓仕事に比べたら、企業のナレッジマネジメントなどはままごとみたいな話かもしれません。
たいした頭は使わないでいいはずですから。

またみんなからヒンシュクをもらいそうですね。はい。

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2007/04/03

■地産地労の思想

今朝、みのもんたさんのテレビを見ていたら、夕張市が話題になっていました。
みのさんが夕張市を訪問した時に、市役所を退職されて、まだ新しい仕事が見つかっていない人が、「30分くらいで通える仕事はなかなか見つからない」と話したそうです。
みのさんは、それに対して、東京では1時間から2時間かけて通勤しているのが普通なのに、30分以内で探すとは真剣さが足りないのではないかと怒っていました。
それに対して、コメンテーターの池上淳さんは、「1~2時間かけて通勤するほうがおかしいのではないか」と発言しました。
少しすれ違った議論ですが、とても重要な問題を提起しています。

「地産地消」が流行になっていますが、私は「地産地労」こそが大切ではないかと思っています。
地産地労が実現すれば、おのずと地産地消も進むはずです。
そういう視点からいえば、池上さんがいうように、通勤に1~2時間かけることこそ問題です。
東京の悪しき常識を押し付けてはいけません。
発想のベクトルは逆転しているのです。
それに、環境問題も地域社会の荒廃も、たぶん子育て問題や介護問題も、すべてはここにつながってきます。
職住接近という言葉もありますし、ワークライフバランスも議論されだしています。
そうしたことも含めて、改めて私たちの働き方や「仕事とは何か」を考えるべきです。

よく地方には仕事がないといわれます。
そんなことは全くないというのが私の昔からの考え方です。
仕事がないという時の「仕事」とは「賃仕事」です。
つまりお金をもらえる仕事です。
価値を生み出すということを仕事と考えれば、その気になれば、どこでも仕事はあるのです。いや創れるのです。
金銭の呪縛から解放されれば、仕事はいくらでもあります。
そして、すべての人が、子どももお年よりも病人も、価値を生み出す仕組みがある社会こそが健全な社会ではないかと思います。
私がコムケア活動で目指しているのは、まさにこうした社会です。
「お客様」のいない社会といってもいいでしょう。

私たちはいまの生き方にあまり疑問を持たずにいることが多いです。
みのさんは湘南の自宅からテレビ局まで自動車で送り迎えでしょうから、通勤時間の意味は実感されていないかもしれませんが、毎日往復に3~4時間かかる生き方は、どう考えても異常です。
無駄の多い、環境負荷の高い生き方です。
失業してもなお、30分のところで仕事を探す。そんな甘いことを言っていて良いのかという、みのさんの怒りはわかりますが、視点を変えれば、彼らのほうが豊かなのかもしれません。
第一、賃仕事しなければ生きていけない東京とは違って、たぶん彼らはどうにかなるのです。
それが実は社会が成り立っている証ではないかと思います。

地産地労を壊したのは、産業革命以来の資本主義です。
生活と切り離して仕事を工場に集めたのです。
そして、その先に生まれたのが、「消費」を「仕事」に優先させる経済の仕組みです。
さらに、それが「仕事」とは切り離された「金銭」によって主導される経済になってきたのです。
こうした流れの中には、個人の「生活」は見えてきません。
「生活」を基軸にした新しい経済の仕組みを再構築していくことはできないものかどうか。
それが私の関心事です。

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2007/03/26

■「貧乏はいただきもの」

「貧乏はいただきもの」。
この言葉は、私の友人が創った言葉です。
彼女(その友人は女性です)は、たぶん貧乏なのです。
しかし、たぶん「豊かな人」でもあります。
病気を克服した人から「すごく大切なものを、病気から『いただいた』と思う」と聴いた時に、この言葉がひらめいたそうです。
それ以来、貧乏が一気に楽しくなってしまって、「もう一生貧乏でもいいや」と思ってしまったのだそうです。彼女は、「それはそれで、問題の多い人生哲学ですが」とシャイに語りますが、いやいやどうして、悟りに近い人生哲学ではないかと思います。
かのラスキンもきっと拍手してくれるでしょう。

この言葉の生みの親である「病気はいただきもの」の心境は、私たち夫婦の実感でもあります。
これに関しては、以前、CWSコモンズにも時々書きました。
柳原和子さんも同じような言葉を書いてきてくれたことがあります
病気をプラスに転化させることは、そう簡単なことではありませんが、マイナスに受けとめてしまうと、その呪縛から抜け出られなくなり、免疫力を低下させかねません。
そうはいっても、柳原さんですら、時には嘆くこともあるでしょうし、女房は落ち込むこともあります。
いつもポジティブシンキングを維持できるわけではないのです。

しかし、少なくとも女房の病気のおかげで私たち夫婦の生活は大きく変わりました。
そして見えてきたことはたくさんあります。
人の優しさ(と時に忙しさ)も見えてきました。もちろん自分たちも含めて、です。
何よりも、これまでの生き方が良かったのかどうか、
いささかの不安を持ちながら、いまの生き方を正したいという気持ちは高まりました。
非礼で傲慢な自分も少し見えてきました。

コムケア活動に取り組んで実感したことの一つは、
ケアマインドは、ケアされる立場にある人ほど強いということでした。
自らがそうなって初めて見えてくることがたくさんなるのです。
この3年半、痛いほど実感しました。

「貧乏はいただきもの」。
この言葉で、1冊の本が書けそうですね。
いや、新しい歴史が始まるのかもしれません。
ガンジーの反近代化活動は、そこから始まったのかもしれません。

ガンジーの、自らの生命を脅かすまでの断食行為は、
飢餓に直面している貧しい人たちとの壁を壊すためだったという人がいます。
そしてそれは見事に成功したわけですが、しかし不可触民との壁は破れず、アンベードカルに糾弾されました。
アンベードカルは「ガンジーは断食など止めた方がいい。無駄死にをするだけだから」と言ったそうです。
ガンジーほどの人でも、「いただきもの」としての「不可触民」との距離は越えられませんでした。

しかし、この世のすべては「いただきもの」かもしれません。
すべての人に「いただきもの」は与えられるのでしょうが、その中身はそれぞれ違うのです。
ガンジーとアンベードカルに贈られたものは違っていたのです。
「貧乏」もまた、それぞれにとって違うものなのかもしれません。

人生そのものも「いただきもの」だと思えば、きっと生き方が変わります。
粗末に扱うことなどできなくなります。

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2007/02/28

■お金で豊かさを買うのではなく、豊かさでお金を買う社会

もう一度だけ、生き方について書きます。お金と豊かさの関係です。
私たちは、豊かな暮らしのためにお金を稼ごうとしています。
確かにお金があれば、美味しい食事も楽しい旅行もでき、豊かな時間がすごせるかもしれません。
しかし、その一時の豊かさの時間のために、どれほどの豊かな時間や気持ちを注ぎ込んだことでしょうか。
豊かではないたくさんの時間を、わずかな豊かな時間を手に入れるために使っているのではないでしょうか。
お金で快適な家を手に入れることが出来たとして、その家でゆっくりと豊かな時間を過ごすことができている人がどのくらいいるでしょうか。

お金があれば何でも買えるという若者もいましたが、お金で買えないのが「豊かさ」ではないかという気がします。
まあ、「豊かさとは何か」という定義にもよりますが。
お金の多さこそが豊かさの高さを示すのではないかという人もいるでしょうが、豊かではない金持ちも、豊かな生活をしている貧乏人もいます。

私たちの最近の生活は、「お金で豊かさを買う」のではなく、むしろ「豊かさを犠牲にしてお金を稼ぐ」生活をしているのではないかという気がします。
いずれにしろ、お金と豊かさが交換されているわけですが、消費の局面ではなく、労働(生産)の局面で交換されていると考えると新しい風景が見えてくるような気がします。
お金がないから豊かではない、のではなく、本来は豊かな暮らしが出来るはずなのに、それを犠牲にして、その対価としてお金を得ているのが、最近の多くの人のワークスタイルです。
そして、その延長として生活的にではなく、経済的に消費行動をしているのが、若者たちの生き方かもしれません。私には、最近の消費もまた経済活動に組み込まれた貧しさを感じてしまうのです。つまり、消費の局面でも実は豊かさを犠牲にする仕組みが広がっているように感ずるのです。

お金で豊かさを買っていたつもりが、実は豊かさでお金を買っていた。
そう考えてみると、きっと違った風景が見えてくるような気がします。

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2007/02/27

■「社会のため」という大義の意味不明さ

私には理解できない言葉がたくさんあります。
たとえば、「社会のため」という言葉です。
私の言動はすべて「私のため」です。
社会のためという意識はありません。
きわめて利己的なのです。

しかし、利己的であることは利他的に通じます。
近江商人が行き着いた商人道、あるいは宮澤賢治の「世界みんなの幸せがあって自分の幸せが実現する」という世界観のように、社会がたくさんの「私」で構成されているのであれば、「私のため」こそが社会を構成しているのです。
「社会のためにやっています」などという言葉は、私には理解しにくい言葉です。
第一、「社会」ってなんでしょうか。
見る視座や視野によって、全く内容は違ってくるでしょう。
そういう言葉が多すぎるのが現代かもしれません。

社会の最小単位は家族だろうと思います。
その原点はもちろん夫婦ですが、その夫婦や家族がいま大きく変わろうとしています。
男女共同参画は今の夫婦や家族関係を壊そうとしていますし、現代の経済システムもまた、これまでの家族関係が阻害要因になってきているのかもしれません。

いずれにしろ「家族」はいま、危機に瀕しています。
少子化の原因は夫婦や家族の制度の崩壊に起因していると私は思っています。
児童手当などはそれを加速するだけでしょう。
家族のあり方を、改めて考えなおすべき時期にきているような気がします。
家族を軽視して、社会のあり方は見えてきません。
もちろんここでいう「家族」は血縁家族に限っているわけではありませんが。

昨日、「女房のため」と書いたら、女房から「家族のため」ではないのかと指摘されました。
「女房のため」か「家族のため」か、あるいは「自分のため」か。
そうしたところから考えた上で、「社会のため」を語ることが大切ではないかと思います。
自分も家族も、社会の構成要素なのですから。

最近、人生について、いろいろと考えることが多いのです。
歳のせいでしょうか。
いや年甲斐もなく、でしょうか。

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2007/02/26

■あなたは誰のために生きていますか

みなさんは誰のために生きているのでしょうか。「何のために」ではなく「誰のために」です。
「何のために」は手段概念であり、「誰のために」は「生きる」ことに内包された目的概念だと考えています。
生命や生活を支えるのは、きっと「何のため」ではなく「誰のため」です。

昨年、東尋坊で自殺予防の活動を続けている茂さんにお会いした時にもそう感じました。茂さんは著書「東尋坊 命の灯台」でこう書いています。(94ページ)

東尋坊で崖の上から身を投げようとするとき、人は孤独です。 でも、そこに辿り着く前に、とっくに人は孤独になっているのだと思います。(中略) 「あなたは孤独だ。あなたは生きる資格がない」  一度その声が聞こえ始めると、容易には振り払えない。
孤独とは社会的な死かもしれません。 自殺する人は、その前に死を体験しているのかもしれません。 自殺予防の鍵は、そこにあるのかもしれません。

孤独のなかで社会的に大活躍している人がいるではないかといわれそうですが、その人の心の中にはきっと「誰か」がいるはずです。
そうでなければ活動は持続できないのではないかと思います。
あるいは、落語「粗忽長屋」にあるように自分が死んでしまったのに気づかないだけの話かもしれません。

「誰のために」の「誰」を見つけるのは簡単です。
うれしいこと、悲しいことがあった時に、みなさんは先ず誰に話したくなるでしょうか。
その人が「誰」その人なのです。
どんなに大成功しても、有名になっても、それを分かち合える人がいなかったら、喜びも半減するでしょう。
見ず知らずのたくさんの人が喜んでくれるよりも、身近な誰かが喜んでくれるほうがうれしくはないでしょうか。
分かち合ってくれる人がいなければ、悲しさも倍増します。
人は決して一人で完結しているのではありません。
自立とか自律とかいう言葉がありますが、人は関係性の中においてしか自立も自律もできないのです。

あの人のために生きているという思いこそが、人の生命を支えています。
それがなかったら、人はもっと簡単に死んでしまえるでしょう。
死を阻んでいるのは、死への恐怖ではなく、自分でない誰かへの優しさなのではないでしょうか。

自分の生命を支えてくれる誰かの先には、また同じようにその人を支えている誰かがいます。
そうして支えのつながりは、植物の根のように絡み合いながらどんどん広がっています。
そうしたつながりが育ってくると、社会から自殺も殺人も戦争も貧困もなくなるはずです。誰かを傷つけることは、結局は回りまわって自らの生命を傷つけることになるからです。

問題は、生命を支える、そうした「誰」かが見えにくくなってきたことです。
その一因は、お金かもしれません。
誰かのためではなく、お金のために生きる人が増えているのが寂しいです。
お金は決して、私たちの喜びや悲しさを分かち合ってはくれません。

私の生命を支えてくれているのは女房です。
私は女房のために生きています。
そして女房の先にあるたくさんの人たちのためにも、です。
そこにはおかしな話ですが、自分も含まれています。

みなさんは誰のために生きていますか。

追記
この記事にトラックバックがついていますが、ぜひその記事も読んでください
そのブログも面白いので、他の記事もお薦めです。

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2007/02/17

■不法と違法

アミネ事件の決着は私にはなかなか納得できませんが、一家にとっては最悪の事態は避けられたのかもしれません。
アミネ一家を支援してきているAPFSから次のようなメールが届きました。

アミネさん一家のようなケースは後をたちません。 私たちAPFSは今後とも長期にわたり日本で暮らした非正規滞在者の合法化-在留特別許可取得のため全力を尽くしていく所存です。
「非正規滞在者」。 新聞などでは「不法滞在」と書かれています。

今朝の朝日新聞に、「違法スレスレ 銀行セールス」という記事が出ていました。
銀行は最近、定期預金の満期直前の顧客を狙って、年金保険などの販売をしているのだそうですが、これは顧客情報を保険販売に使うこと禁じている法律に違反していないのかどうか、微妙なのだそうです。
違反しているのは明らかだと思いますが、アミネ一家とは違い銀行は黒でも白といえるほどの力があるのかもしれません。

ところで、「不法」と「違法」とはどう違うのかが気になってきました。

集英社の国語辞典によれば、「不法」は法に反すること、人の道に背くこと。「違法」とは法律に背くこと。とあります。
「法」と「法律」の違いもありますが、どうやら「不法」のほうが実体的な生活概念、「違法」は規制的な管理概念のようです。
そういう視点で、改めてアミネ問題を考えると、やはり納得は出来ません。
不法行為なのでしょうか。

「不正」「非行」という言葉もあります。
これも前者は実体概念、後者は管理概念だと思いながら、辞書を調べてみました。
同じ辞書によれば、「非行」とは不正な行い、特に青少年の社会規範・法律に反する行為、とあります。「不正」は道義上または法律的に正しくないこと、とあります。
私は「非行」ということばは管理概念の言葉と思っていましたが、不正と同じような意味のようです。

どうでもいいような話を書いてしまいましたが、
こうした言葉を私たちはもっとしっかりと理解しておくべきではないかと、改めて思いました。
言葉で私たちの意識は大きく変えられてしまうからです。
言葉をたくみに操る権力者には注意しなければいけません。

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2007/02/07

■痛みを分かち合うための条件

またブログへのコメントに触発されての記事です。
今日は小川さんのコメントです。

その作業がどんなにつらくても、その先に「希望」を抱くことができれば、それは耐えられるものなのでしょうが、 それを描くことができないから(あるいは信じることができないから)、きっと逃げ出したくなるのでしょう。
小泉首相は「痛みを分かち合って」とよく言いました。 痛みを分かち合うには、未来も分かち合わなければいけません。 それはセットのものです。つまり「痛みを分かち合う」ことは手段概念なのです。 痛みの先にある未来が納得できるものであれば、痛みは耐えられます。 つまりこの言葉は、「夢を分かち合う」ということがあって、成り立つ言葉なのです。 しかし当時、小泉首相は夢を語ったでしょうか。確かに抽象的には語りましたが、みんなが理解できるような形では夢も未来も語りませんでした。 ただ「痛みを分かち合う」ことの大切さを呼びかけたのです。

手段概念と実体概念の混同に関しては、これまでも何回か書きましたが、手段概念のほうが具体的なことが多いので、それが目的概念化されやすいのです。
そこにこそ統治や支配、管理のポイントがあるのですが。

似たことばに「協働」という行政が好きな言葉があります。
私も「協働のまちづくり」の活動に関わったりしていますので、いささか気が引けるのですが、「協働」もまた夢やビジョンがあってこそ成り立つ言葉です。しかし多くの場合、そうした夢やビジョンは抽象的にはともかく具体的な形では存在しないままでの協働が多いように思います。これでは単なる行政の下働きとしての住民活動になってしまいかねません。
ですから私は「協働」という言葉がとても嫌いです。

こうしたことから浮かび上がってくるのは、
お上(官)の指示で闇雲に働かされている民の構図です。
こうした「官民構造」を変えていくことこそが、これからの課題なのではないかと思います。

先がしっかりと見えていれば、私たちの生き方は大きく変わっていきます。
いま問題になっているかなりの問題が解決されていくように思います。
今の日本にないのは、未来に向けてのビジョンかもしれません。
それがないと組織は崩れます。
家庭も地域社会も崩れます。
みんなをわくわくさせるようなビジョンを打ち出さない限り、政権交代は単なる名前の変更だけになるでしょう。
自治体の首長選挙もビジョンがなければ、消去法の選挙になってしまい、結局は何も変わらないでしょう。
時代を変えるためには、ビジョンが不可欠であることを認識すべきではないかと思います。
それは個々人の生活においても同じです。
自らの生活の主役になっていくためには、自らのビジョンが大切です。
それも「希望」を生み出すビジョンが望まれます。
私が今年を「希望の年」にしたのは、そういう思いからです。
しかし「先」を描いて、ビジョンを持つことの難しさを、いま実感しています。
時にはめげそうになりますが、めげれば「希望」はさらに遠くに逃げていってしまいます。
小川さんの痛みがよくわかります。
小川さん。
めげずに前に進みましょう。
お互いに。

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2007/02/02

■自由の牢獄

ミヒャエル・エンデといえば、「モモ」や「エンデの遺言」で有名ですが、彼の小品に「自由の牢獄」という作品があります。

インシアッラーという盲目の乞食が、イスラムの教主に語った体験談の話です。
彼は若い頃、ギリシャ哲学に心酔し、イスラムの戒律を守らず、ラマダンの最中も勝手気ままに飲み食いしていたために、召使たちに逃げられてしまいました。
その彼の所に、ある日、悪魔がやってきます。
そして気がつくと彼は丸天井に覆われた広大な円形の部屋の中にいました。
部屋には窓がなく、代わりに同じ形の111(オリエント数学で狂気を意味する)の扉で囲まれています。
そして悪魔の声が聞こえてきます。
「ある扉の向こうには楽園が、別の扉の向こうには財宝が、また別の扉の後ろには食人鬼がいるかもしれない。どの扉を開いて、外に出るかはお前の自由だが、どれかを選んだ途端に、他のすべての扉は永遠に閉ざされる。つまり他の扉の後ろに何があるか永遠に分からなくなる」

あなたならばどうしますか。
生命さえも賭けなければならない自由とは難しいものです。
インシアッラーは選ぶ決心がつかず、数日がたちます。
日がたつにつれて扉の数が毎日一つ減っていくことに気がつきます。
早く選ばなければ扉はどんどん減るぞ、という悪魔の呼びかけにもかかわらず、彼は決断ができません。
そしてついに扉は1つになってしまいます。
しかし、今度は開けるべきかいなかの決断ができません。
111であろうと1つであろうと、実は同じことなのです。
それに気づき、結局、インシアッラーは扉を選ばないで、その場所に残ることを決めるのです。
そして翌日、目覚めると、扉は一つもなくなっていたのです。
そして、彼は初めて彼はアッラーに帰依します。
たくさんの扉があれば選べず、一つしかなくても開くべきか留まるべきか選べず、ついに扉がなくなり選択の自由がなくなったときに初めて心の平安を得たのです。
インシアッラーはこう言います。
「完全な自由とは完全な不自由なのだ」
その次の瞬間、彼は盲目になってバクダッドの門の前にいる自分に気づくという話です。
紹介の仕方があまりうまくないのですが、10数年前に読んだ時からずっと頭に残っている話です。

私たちはいま、無数の扉のある「自由の牢獄」にいるのかもしれません。
扉を開く勇気を持たなければいけません。
もし神に帰依しないのであれば。

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2007/01/28

■希望と生命:「希望サロン」の呼びかけ

今日はちょっと「暗い書き込み」です。
昨日、「パサジェルカ」に言及したのですが、正確だったかどうかが心配になり、確かめたくなりました。
私の記憶はかなり最近危ういですので。
手元にあるDVDで画面を探したのですが、確かにユダヤ人たちは整然とガス室に入っていくのです。
まあ、これは映画ではありますが。
希望がないと死は怖くはないのです。
だから自爆テロもできるのでしょうか。
そこでは「死」が「生」に転化するのかもしれません。

映画ついでに「ソラリス」のことも書きます。
ロシアのSF作家スタニスラフ・レムの「ソラリスの陽のもとに」の2回目の映画化作品です。
原作の小説は、私がSFに目を開かれた作品で、私には思い出深い作品なのです。
最近映画のリメイクが増えていますが、私の感覚がついていけないのか、退屈なものが多いです。
リメイク版のほうが面白かったのは、「オーシャンズ11」くらいでしょうか。
他は愚作としか思えないものばかりです。
「ソラリス」も最初の作品のほうが面白かったですが、
最近、テレビで「ソラリス」が放映されたの、ついつい見てしまいました。

ところが、見終わった後、またまたアウシュビッツを思い出してしまいました。
いいかえれば「希望」の意味を考えさせられたということです。
私の勝手な解釈ですが、人は「希望」が見えなくなると「生命」への執着がなくなってしまうということです。
その時点で「生命」の輝きも消えてしまうのかもしれません。

逆に希望が芽生えると、生命を超えて、生きてしまうというようなことが起こってしまうのです。
意味不明で何を言っているのかわからないという方は、ぜひリメイク版「ソラリス」を見てください。

今年は、「希望の年」にしようと決めたのですが、
希望とは結局、生きるということではないかと気付きました。
言い換えれば、相手から「希望」を奪ってしまえば、自在に操作することができるということです。
また、自らの「希望」を捨てれば、主体的には生きられない存在になってしまうということです。

どうも回りくどい言い方になってしまいましたが、
もしかしたら、いま私たちは「希望」を奪われ、
「希望」を捨ててしまっているのではないか、という気がしてきました。
どうやら私だけが「希望」を見失っていたのではなく、
社会が「希望」を忘れてしまっているのではないか、
そんな気がしてきました。

小難しいことを書いてしまいました。
「希望」を語り合うサロンをやはり開きたいと思います。
どなたか一緒にやりませんか。
しっかりと自らを生きるために。
連絡をお待ちします。

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2007/01/17

■シニアライフをどう生きるか

九州のKさんがまたどっさりと野菜を送ってきてくれました。
大企業に勤めていたのですが、定年退職後、郷里に戻り、百姓生活をしているのです。
今回は何と関鯵の天日干しまで入っています。
手紙によると自分で釣りあげた鯵を自分で干したのだそうです。
Kさんは毎年、アサリもどっさり送ってくれます。
これも自らが浜で採集してくるのだそうです。
CWSコモンズでも紹介したことがありますが、野菜も中途半端ではなく、実に立派です。女房が今回も感動しています。
いつもレシピまでついています。

Kさんは農業だけをしているわけではありません。
地域活動にも取り組み、行政とも付き合っています。
もちろんしっかりした主体的な視点をもってです。
こうしたシニア層が増えてきました。
お金のためではなく、仕事(人生)のために生きる人たちです。
私とは仕事の関係で付き合いが始まったのですが、仕事を離れてもこういうお付き合いができるのがうれしいです。

定年後にどういう生き方をするか、そこにその人のそれまでの人生が感じられるものです。
昨日お会いしたAさんの生活も感動的なほど、豊かです。
もう70才近いのですが、私の娘のスペインタイルの教室に通ってくださっているのです。
たまたま昨日、いらしていたのですが、私も自宅にいたので、教室終了後、コーヒーをご一緒しました。コーヒーが大好きなのです。
この人も大企業の役員だったのですが、そんなことは微塵も感じさせない、見事な人です。
退職後、仕事は一切やめて、自分の世界を楽しんでいます。
たとえばヘブライ語の勉強や陶芸などをやっているのですが、昨年からスペインタイルも学びだしたのです。そんなわけで、私の娘が「先生」なのです。
たまたまその人と私に共通の友人がいることがわかり、私もお付き合いさせてもらうようになりました。
お話をしていて、アッカド学などという話が、ごく自然に出てくるのです。
いま大学で学生たちと一緒に学んでいるのだそうです。
ともかくそういう学びの時間が至福の時間なのだそうです。
「社会には役立ちませんが」とおっしゃるのですが、実はこういう生き方をしていることこそが、もしかしたら社会に大きなお役立ちをしているように思います。
NPOだけが社会ではありません。自らの暮らしぶりからの情報発信もあるのです。
最近はシンプルな生活を目指し、自動車はもちろん自転車もやめたそうです。
歩いているといろいろなことがわかるし、いろいろな人に会えます、とおっしゃいます。
同感です。

高度経済成長時代を生み出し、そこを生き抜いてきた体験を踏まえて、どんな生き方をしていくか。
私の周りで、実に様々な生き方が広がりだしていますが、KさんとAさんの生き方は全く違うようで、私には同じ生き方のように見えます。
お2人は自らが納得した生き方をしているだけでなく、社会のあり方に強いメッセージを送り出しているように思うのです。
私はまだ、お2人の域には達していませんが、学ぶことがとても多いです。

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2007/01/08

■絶望を知っている人間が希望を語る資格がある

私の新年の挨拶を読んで、ある人がメールで、
12月27日の毎日新聞の夕刊のインタビュー記事を教えてくれました。
「この国はどこへ行こうとしているのか」という題の、
理論社の創業者で作家でもある小宮山量平さんのインタビュー記事です。
出だしの小見出しが、

「絶望を知っている人間が希望を語る資格がある。だから、絶望を感じないといけないんだ」です。
心がえぐられるようなメッセージです。
その記事によれば、90歳になった小宮山さんは、これから長編小説の執筆を始めるのだそうです。
題は「希望=エスポワール」。完成は2年先らしいです。
ぜひ読んでみた本です。
小宮山さんのインタビュー記事はとても刺激的です。
まだ毎日新聞のサイトで読めますので、ぜひお読みください。

ところで、絶望を知らない人は希望を語れないのか。
私はそうは思いませんが、この言葉にも共感できます。
人は自分の体験した世界しか語れないことを最近痛感しているからです。

では、絶望を知った人は希望を語れるのか。
絶望と希望は、もしかしたら同義語なのではないかという気がしています。
うまく説明できませんが、いまの私には同義語に近いのです。
希望があるから絶望できる。
絶望したから希望が見えてくる。
なにやら禅問答のような話ですが、
私の今の心境です。
気楽に他の人に「希望」を持て、などとは言ってはいけないと改めて自戒しています。

今日はちょっと重くて暗い話になってしまいました。
我孫子の空はとても青くて美しかったのですが。

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2006/11/29

■「最後まで、楽しい生活、支える歯」

歯医者に行きました。
天井にポスターがはってありました。
そこにこんな標語か書かれていました。
「最後まで、楽しい生活、支える歯」
これはやはり、
「いつまでも、楽しい生活、支える歯」
にしてほしいと思いました。
私が「最後」に近づいているからかもしれませんが、
最近、こうしたことがとても気になっています。
友人が「エンディング」をテーマにイベントを開催したいと言っています。
主旨にはとても共感できるのですが、「エンディング」という言葉に拒否反応が出てしまいます。
まあ、これは個人によって受け取り方は違うでしょうが、言葉というものの持つパワーを最近痛切に感じます。
言葉は使い手の思いではなく、聞き手の思いで、意味を持ち出すことが多いように思います。
それをしっかりと認識した上で、使わなければいけないと、最近、反省しています。
このブログも、毒のある言葉が多すぎますので。

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2006/10/16

■人の悲しみの上に自分の幸せは築けない

「幸せ」論の続きです。
たけしのアンビリバブルで感動的なドラマを見ました。
2004年2月12日に放映された「奇跡の愛 51年目の再会」の再放送です。
話の内容は、アンビリボーのサイトで探してください。
バックナンバーで、2004年2月12日を開いてください。

その最後に出てくる言葉が心に残りました。
「人の悲しみの上に自分の幸せは築けない」
宮沢賢治の「世界中みんなが幸せでないと自分の幸せはない」という言葉を、私は生々しく実感していますが、周りの人にはなかなか伝わりません。
きれいごととしか思ってもらえないのです。
しかし、
「人の悲しみの上に自分の幸せは築けない」
という言葉であれば、実感してもらえるような気がします。
いかがでしょうか。
そして、この言葉の延長に、宮沢賢治の言葉があるのです。

この言葉をかみしめながら、この2日間、「幸せ」を意識しながらすごしたのですが、
フッと気づいたことがあります。
もしかしたら、今の社会は、
「人の悲しみの上に築く幸せ」競争をしているのではないかということです。
哀しい気づきです。

そういえば、ゼロサム時代の利益競争という考えが広がった時期もありました。
誰かが得をしたら、誰かが損をする、という構造は受け入れやすい考え方です。
もしそうであれば、利益は誰かの犠牲を意味します。
その発想に立てば、幸せもまた誰かの悲しみの上に成り立つことになります。
昨日の議論にもつながりますが、
理想は、
「人の悲しみの上に自分の幸せは築けない」
しかし現実には、
「人の悲しみの上にしか自分の幸せは築けない」
ということにもなりかねません。
おそらく「人の悲しみの上に築いた幸せ」は、決して幸せなどではないでしょう。
しかし昨今の私たちの幸せは、間違いなく「人の悲しみ」に成り立っています。
ただその犠牲になって悲しんでいる人たちの顔が見えないだけの話です。

昨日見た「幸せの風景」の向こうに、誰かの悲しみがあるのかもしれない。
こんなことを考えていたら、とてもやりきれない気になってしまいました。
まだまだ宮沢賢治の言葉をしっかりと消化していない自分に気づいて唖然としました。

誰かが得をしたら、みんなが損をする。
それが私が目指す「コモンズの社会」です。
私の頭の中では、そんなことは当然のことなのですが、
どうも現実はそうなっていないようです。
私はどこで間違っているのでしょうか。

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2006/08/30

■無理しなければ疲れません

我が家のトイレにこんな紙がはってあります。

Photo


半年前に女房があるところから見つけてきて、貼り出しているのです。
トイレに貼ってあるので、自宅にいれば、毎日目にすることになります。
このメッセージを毎日、読んでいるにもかかわらず、
なぜか疲れて、傷つくことが多いのです。

私の信条は
Take it easy.
です。
まあ、気楽にやろうよ、という感じですが、
先週、ある人に話したら、驚いたというのです。
私の生き方はとても「気楽」ではないように見えるというのです。
そういえば、昨日もある人から同じようなことを言われました。
私の生き方は、まだまだTake it easyではないようです。
どこかで無理をしているのかもしれません。

無理しなければ疲れません。
いたわれば傷つきません。
体も、心も、おんなじだね。

そんな生き方に近づきたいと思いますが、
どうしてこうも毎日、問題が続発するのでしょうか。
社会的な事件もそうですが、身近な事件も多すぎます。
身近な問題に関しては、私自身がTake it easy に生きてきたせいではないかと気もしますが、
もしかしたら、社会全体の事件もそうかもしれません。
Take it easy は最近の日本社会の基調だったのかもしれません。
その一方で、無理をするばかりで、いたわりを忘れてきたのも、この30年の私たちの生き方だったのかもしれません。
だれもがお互いに支え合いながら、社会全体の無理を最小化するような社会を目指して、まずは自分が出来るところから生き方を見直していきたいと思います。

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2006/08/16

■生態系の変化

温暖化の影響で自然界に異変が起こっているという話が最近増えています。
私自身、なんとなく毎年の自然の成り行きに違和感を持ち出してから、すでに10年以上たちますが、その変化や違和感は、気のせいかなと思うほどの小さなものですから、意識的には徐々にならされてきている感じがあります。
ゆっくりと進む変化には人は次第に慣れていき、おかしさを感じなくなるものです。

そこ気づいたのですが、日ごろ感ずる変化をメモに残していこうと思いつきました。
たとえば今年のウグイスの話やトンボの話しのようなことを、です。
みんなで気づいた、ちょっと回りで気づいたおかしな話をどこかに集めてみたら、なにかが見えてくるかもしれません。

今日から始めます。
一緒にやってみる方はいませんか。
今日の気になる風景は、3時頃見た黒煙のような雲でした。
写真にとっておかなかったのが残念ですが、生まれて初めてあんな雲を見ました。

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2006/08/04

■物事を簡単に考えてしまう発想

「当たり前」発想が思考停止につながることを昨日書きましたが、それとは逆の発想があります。
「そんなことは簡単なことです」とまず思い込んでしまう発想法です。
実はこれが私の発想法なのです。

商店街の活性化、そんなことは簡単なことです。
少子化の問題解決、そんなことは簡単です。
企業の業績改善、そんなことは簡単です。
家庭農園の雑草とり、そんなことは簡単です。
などなど、
これが私の基本的な発想なのです。
そういえば、CWSコモンズに、
「企業を変えるのは簡単です」という小論も載っています。

実はこの発想が家族から大きなひんしゅくを受けているのです。
そして私の信頼感を損なっているのです。
知ったかぶりだ。
物事を簡単に考えていつも失敗ばかりしている。
簡単ならもっときちんと畑の草取りをしろ。
いやはや、困ったものです。

女房からは、
「あなたは現実を知らないで物事を簡単に考えすぎる。
そのしわ寄せはすべて家族や関係者にいっているのがわからないのですか。
現場が大事だといいながら、現場の人の大変さをどう考えているのですか」
と厳しく怒られています。
それが原因での夫婦喧嘩も少なくありません。
しかし、難しい問題をそれは難しいという発想から始めたら何もできません。
これもまた一種の思考停止発想になるのです。

何か問題解決を議論していると、
そんなことはできないとか、難しいとか、いう人が多すぎます。
そう考えていては、前に進みません。
失敗してもいいですから、まずは「そんなことは簡単だ」と声に出していいましょう。
そこから「不幸」が始まることになるかもしれませんが、
それが「人生」なのです。
声に出して、復唱してください。
「そんなことはかんたんだ」
どうですか、何か人生が開けたように気になりませんか。

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2006/07/15

■電話が不通です

携帯電話の不通に続き、今度は電話が不通です。
昨日の午後、激しい雷雨がありました。
停電もありました。
その後で気づいたのですが、また電話が不通になってしまいました。
1年ほど前に、光フレッツに切り替えたのですが、これで2度目の不通です。
幸いに今回はメールは大丈夫でしたが、こんなに簡単に壊れてばかりだと困ってしまいます。
修理依頼の電話をしたら、留守電でした。まだ復旧していません。

市の災害緊急連絡網が電話で計画されていますが、これは問題です。
電話への過信は最近なくなりましたが、動くものが動かない状況を、私たちはもっとイメージしておくべきですね。
今日はまた暑くなりそうです。

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2006/07/11

■携帯電話が不通になりました

一昨日、うっかり携帯電話を水溜りに落としてしまいました。
急いで乾かしたおかげで、その直後は大丈夫になったのですが、昨日、かけようと思ったらだめでした。つまりそこに入っていた友人知人の携帯電話番号もすべて消去してしまったわけです。
これを契機に携帯電話なしの生活に戻ろうかと思ったのですが、昨日の1日だけで、その不便さを実感しました。人間は便利な生活を一度体験すると戻れなくなりそうです。
私はあまり携帯電話を使わないのですが、それでもこれだけの不便さを感じます。携帯電話をよく使っている人にとっては仕事もできないし、生活もできないかもしれませんね。私からパソコンがなくなったら、きっと文章ひとつ書く気がしなくなっているのと同じでしょうね。
さて、携帯電話をどうするか。
ともかく今日はもう1日、携帯電話なしの生活です。
早朝から岡山出張なのですが、少し不安ですね。
こうして人間はどんどん生活力を失ってきているのでしょうか。

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2006/07/07

■今日もまだウグイスが鳴いているのです

今朝もウグイスが鳴いていました。
今年はいつまでもウグイスの声がきけます。
いま夕方の6時ですが、今も部屋からウグイスの声が聞こえました。
これはちょっと異常です。

奇妙な静けさがあった。 たとえば、鳥は、どこへ行ってしまったのだろう。 多くの人々が、そのことをいぶかり、心配し、話した。裏庭の給餌場に、やってくる鳥はいない。 たまにどこかで見つかる鳥は、死にかけていて、激しく震え、飛ぶことができない。 それは、音のない看であった。 朝になると、かつては、夜明けのコーラスを歌うコマドリ、ネコマネドリ、ハト、カケス、ミソサザイなど、多くの鳥の声でにぎやかだったのに、 いまや、音はなく、草原や森や沼地に、沈黙があるのみだ。 (中略) 道ばたは、かつては魅力的だったものが、一面の植物がしおれて茶色になり、あたかも山火事にあったかのようだ。 ここでも、あるのは沈黙であり、生き物がいなくなってしまった。 小川さえも、いまでは生命がない。 釣り人が訪れなくなったのは、魚がすべて死んでしまったからだ。

これは1962年に発表されたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」のはじめにある「明日のための寓話」の一節です(杉本泰治仮訳)。

沈黙どころか、この数年の自然は冗長です。
それが沈黙よりいいことなのかどうか、にわかには判断できませんが、今年のウグイスは異常です。
何かの予兆でなければいいのですが。
庭にメロンの食べた後を小鳥たちのために置いておいたら、カナブンで真っ黒になっていました。
これほどのカナブンがこの時期に群がっているのもめずらしいです。
その反面、蝶々が少ないような気がします。
この数年、モンシロチョウはめっきり減りましたが、昨年はアゲハチョウが賑やかでした。
今年は気のせいか蝶が少ないようです。
毎年、何がしかの異常を感じます。
気のせいであればいいのですが。

九州の豪雨が心配です。
これは天災なのか人災なのか。
私たちの生き方を変えないといけないと思いながらも、変えられずにいます。

ちなみに我が家の庭に放したはずの沢蟹は、相変わらず姿を見せません。
春には子蟹が大挙出現するのではないかと期待していたのですが、今年もだめでした。
これはまあ別の要因かもしれませんが。はい。
自然は正直ですから、そこからのメッセージに私たちはもっと敏感にならなければいけないのでしょうね。
何か予兆を感じていませんか。

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2006/07/03

■正すべきは自らにあり。

金英男さんの記者会見は見え透いたお粗末な茶番という人が多いですが、日本の国会の実況と、私にはそう違わないような気がしました。
印象に残ったのは、隣で発言している金さんの顔を横から唖然としてみている母親の表情でした。何も出来ない、発言すらできない、唖然とするしかないのです。
あの目線を、金さんはどう感じたでしょうか。
国会議員の答弁は、ああいう目線からも隔離されているのかもしれません。
いや、私たち国民が、ああいう当事者としての感受性や関心をすでに失っているのかもしれません。

北朝鮮政府の責任ある人が嘘をついたり、つかせたりしていることが、もし真実であるとしたら、それを正すことなく、その嘘の上に国交し、核危機を回避しても、それは何も生み出さないのではないかという気がしてなりません。
それに、悪事を見逃すことは、自らも悪事に加担することと同義です。
結局は〔仲間〕になるということです。
にもかかわらず、正すことも経済制裁も出来ずに、対話しようとしている。

しかし、ちょっと立ち止まって、自分の生き様を考えてみると、
実は私もまた、金英男さんと同じような生き方をしていることを否定できません。
嘘をつかなければ生きていけない社会。
納得できなくとも、体制に従わなければ生きていけない社会。
金英男さんが、見事に自分に重なっているのに改めてゾッとしました。
もちろん、そうしたことの積み重ねが日本の国会審議になっているわけです。

金正日の嘘の構造は、私たちの嘘とつながっているのです。
正すべきは自らにあり。
金英男さんの記者会見は自らの生き方も含めて、いろいろ考えさせられました。

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2006/06/19

■日本クロアチア戦を見てしまいました

サッカーが好きではないといいながら、そして最近のスポーツイベントは「パンとサーカス」戦略の陰謀ではないかなどといいながら、昨夜はついついワールドカップのクロアチア戦を観てしまいました。時流に勝てないのが人間なのです。はい。
いつもそうなのですが、見出すと止められなくなるのがスポーツですね。
しかもそこに「戦いの要素」が入るとついつい自分に近いほうに肩入れしてしまいます。それがちょっと高ずるとファン同士の「戦い」になってしまうのでしょうか。
それにしても、日本チームの動きに一喜一憂し、相手のミスに拍手を送ってしまう自分に、「パンとサーカス」批判論者の自分はいったいどこに行ったのだろうかと思ってしまうわけです。はい。
やはり人間である以上、「パンとサーカス」の魅力には勝てないことがよくわかりました。
ちなみに、テレビにもちょっと映っていましたが、試合終了後の選手たちのお互いに気遣いあう交流風景には感動しました。戦いの中にある「心の通い合い」を象徴していました。

「パンとサーカス」の社会も、それほど悪くないのかもしれません。
問題はそれに代わる魅力的なメッセージがないことなのでしょうね。
それを昨日の松戸市の市長選で感じました。
松戸市の市長選は現職が4回目の当選を決めました。
これに関しては項を改めて書きます。
クロアチア戦を観ている場合ではなかったかもしれません。困ったものです。

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2006/02/28

■帰属意識と当事者意識

一昨日のブログに榊原さんがコメントしてくれました。
そこに返事を書こうと思いましたが、気になるコメントでしたので、ここで取り上げさせてもらうことにしました。
榊原さん、ありがとうございました。

私が気になったのは、次のところです。

「僕の大きな悩みの1つが、会社や国家に対する帰属意識の薄さです。いつからかそうなってしまった自分があまり好きではありません。決してそうなりたいわけではないのですが、今ひとつ地に足がつかないような気がしているのです」

帰属意識の問題は、私が取り組んでいる「コモンズの回復」につながっている問題です。
私が会社に入った頃は、経営論の世界でも盛んに帰属意識が話題になりました。
昭和40年頃の話です。私はちょうど人事労務の仕事をしていましたから、とりわけ関心のあるテーマでした。
帰属意識。Belonging。構成員が組織にどれだけ強い帰属意識を持つかは組織の効率性に大きな影響を与えますから、帰属意識を高めるさまざまな制度が議論されました。愛社精神や愛国心が経営者や統治者の大きな関心事だったわけです。
また閉じ、並行してマズローの欲求5段階説が流行しましたが、そこでも帰属欲求が議論されていました。
組織と個人、双方にとって「帰属」は大きな意味を持っていたような気がします。
1980年代になると、組織のアイデンティティが話題になりだしました。そして1990年代には国家のアイデンティティも議論されだしました。
個人を考えるアイデンティティという言葉が組織にも転用されだしたわけです。
私は、このアイデンティティという言葉が契機になって、人生を変えてしまったわけですが、この言葉も今から振り返ると微妙に変化しています。
当初のアイデンティティ議論は、CI(コーポレート・アイデンティティ)という言葉に象徴されるように、組織のアイデンティティでした。しかし、次第にCIはメンバー一人ひとりのパーソナル・アイデンティティによって決まってくることが見えてきました。そして企業文化変革が話題になりだしたのです。
そして、identification という言葉が出てきたのです。
組織とアイデンティファイする、つまり一体感を強めるというような意味です。
このあたりは実に深い個人的思いがあるので冗長になってしまいますが、この頃から私は自らの生き方を自覚できるようになったのです。そして会社を辞めてしまったわけです。
Belongingとidentification。
英語は不得手なのですが、かなりニュアンスが違うように思います。
私の勝手な解釈では、前者は組織起点の発想、後者は個人起点の発想です。平たく言えば、組織が主役なのがBelonging、自分が主役なのがidentificationです。メンバーが自立していないのがBelonging、自立しているのがidentificationといってもいいでしょうか。かなり強引な説明ではありますが。

長々と書いてしまいましたが、社会が成熟してきた段階での組織原理はメンバーの自立を前提にしたほうが効果的です。そうすると大切なのは帰属意識ではなく、自らを主役にした一体感、言い換えれば当事者意識をもっての組織との関わりということになります。さらに平たくいえば、この会社は私の会社、この国家は私の国家と思えるかどうかです。
そこがおかしくなっているのです。
とすれば、会社も国家も、そろそろ脱構築しなければいけません。

現在の組織への帰属意識を高めようと思うのは難しいことです。
しかし、自らがアイデンティファイできる組織や国家に変える努力はそれぞれができることです。
組織や国家は、その成員が変えられるのです。主役は組織ではなく、人間なのですから。
帰属意識ではなく、当事者意識を強めることが大切なのではないかと思います。

コスタリカ大学のロベルト・サロマさんは国家をも動かしました。
私たちにできることは、たくさんあるのかもしれません。

榊原さん
悩みはますます深まったかもしれませんね。すみません。

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2006/01/19

■生きることの意味を時々考えると人生は変わるかもしれません

訃報が届きました。
コムケアの仲間です。病気のために身体の不自由さをかかえながら、さまざまな社会活動に取り組み、とても充実した人生を送っていた方です。
昨年末にも同じような方の訃報が届きました。彼女は今回も「奇跡」が起こって、また元気になることを祈っていました。「ともかく生きたい」というお手紙もいただきました。私も「奇跡」を確信していたのですが、叶わぬ願いになってしまいました。彼女が病院から送ってくれた講演録が私への最後のメッセージになりました。

お2人とも1~2度しかお会いしたことがありませんが、私が取り組んでいる「コムケア活動」に共感して仲間になってくださった方たちです。
お2人とも全力を挙げて生きていたように感じます。
生きることの意味をしっかりと実感していたからでしょう。
コムケア活動を通して、さまざまな問題に向き合っている人に出会いますが、みんな自らの生き方をとても大切にしています。

その「コムケア」仲間のひとつが、自殺のテーマに取り組んでいます。
生きたいと念じている人の立場から見れば、何で死んでしまうのかという思いが強いでしょう。生きることを真剣に考えた上での決断なのかもしれませんが、もしその人が一度でも「死」に直面したことがあれば、思いとどまったかもしれません。
意図せずにやってきた「死」と生きる選択肢の一つとしての「死」は、似て非なるものなのかもしれません。「自殺」と「自死」という言葉がありますが、二つの言葉は天と地ほどの開きがあるのかもしれません。
自殺の問題は社会のあり方を象徴しているのかもしれません。

「死」の問題を私たちはもっと自らの問題として考える必要があるように思います。
コムケアには、「死」を見据えた活動をしている仲間もたくさんあります。
「死」から始まるテーマに取り組んでいるグループもあります。
今日もそのグループの人からメールをもらいました。
「ななみちゃんを救う会」への協力要請をあるメーリングリストに投稿したことへのコメントです。
「死」から考えるか、「生」から考えるかで、同じ事象も全く変わってくるのです。
とても微妙な問題ですが、

訃報が来ると、いろいろと考えることが多いです。

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2006/01/05

■初詣で何をお願いしましたか

私のオフィスは湯島天神の近くにあります。
今日は初出勤だったのですが、湯島天神にお参りする人でにぎわっていました。
新たな年を迎え、神にお参りする文化は根強く残っています。
私はこれこそが「信仰」であり、「宗教心」だと思いますが、そうした素朴な生活慣行はもっと大事にしたいという思いが歳とともに強くなってきています。
これまで、そうした文化をあまり大事にしてこなかったことを反省しますが、壊れたものを回復することはそう簡単なことではありません。せめてこれからは壊すことだけはやめようと思います。


ところで、今日、訪ねてきた人から、教会に行くと「地球の平和」とか「人類の幸せ」とか書いてあるが、日本の寺社では「家内安全」とか「商売繁盛」とか、個人へのご利益(ごりやく)が書かれていますね、といわれました。
たしかにそうですね。
「祈り」と「願い」の違いでしょうか。
日本の文化が内向的な現われだと、その人はいうのです。
私も昨年までは、神社ではついつい願い事をしがちでした。最後に、すべての人が気持ちよく暮らせますように、と祈りも付け足しますが、その前にたくさんの頼み事をしてしまいます。ひどい時には宝くじが当たりますように、などと無理難題まで要求します。

祈りと願い。
あまり違わないのではないかという気もしますが、全く違うような気もします。
オフィスの下の道をぞろぞろと湯島天神にお参りに行く人たちは、みんな何を祈願してくるのだろうかと気になった1日でした。

みなさんは初詣で、祈りましたか。願いましたか。
私は、やはり願いに重点があったような気がします。
宝くじ当選は頼みませんでしたが。
でもこれからは祈りにしようと思います。
日本でもつい最近まで、祈りの文化があったような気がしてきました。

神社に行かなくても、祈りはどこでもできます。
生活に祈りを入れる。
神社に行った時だけでないということです。
これを今年の決め事のひとつにしました。
多くの人々の祈りが歴史を変えるかもしれませんから。

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2005/12/31

■ローマ人の物語14巻「キリストの勝利」

今年は元気の出ない年でした。
あまりにも納得できないことが頻発し、時代に違和感を強めていました。
なぜみんな、自らを不幸にするような選択をし、住みにくい社会づくりに向かっているのかが私には理解できませんでした。歴史の繰り返しなのですが。
昨日、ローマ人の物語14巻「キリストの勝利」を読みました。そこでも民衆が同じ行動をしています。

「ローマ人の物語」14巻は、キリスト教カソリックが異教と異端を抑えて、権力化、つまり唯一の権威になっていく過程が描かれています。そしてその流れに抗した2人の人物が登場します。
一人はユリアヌス、「寛容の時代」への回帰を目指した「背教者」の肯定と、皇帝をも神の羊飼いにしてしまったアンブロシウスに異議申し立てしたシンマクスです。前者は有名ですが、後者は本書で初めて知りました。いずれも時代の流れに抗したアナクロニズムと受け取ることもできますが、時間軸を変えれば評価は全く変わります。それは今の日本の状況にも見事に当てはまります。悲しいことですが。

話はとびますが、なぜ元気がでなくなったのか、それは私の主体性の問題です。
時代に期待しすぎてしまったからです。流れには勝てません。勝とうと思うからこそ、愚痴が出ます。主体的なようで、主体的でないのかもしれません。
流れを基準にするのではなく、自らを基準にすれば、抗う必要はなくなります。

今年は愚痴が多かったと思いますが、来年は主体的に言動しようと思います。
そして、主体的に考え行動するとはどういうことかを考えたいと思います。

今年も読んでくださった方々に感謝します。
できれば読者の方と会いたいとついつい思ってしまうのが、私のアナクロニズムですが、このブログはCWSコモンズともつながっています。気が向いたらオープンサロンなどにも来て下さい。お会いできればうれしいです。

来年は元気溢れる年にするつもりです。
ありがとうございました

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2005/11/21

■ちょっと独白:ペルソナとシャドー

数日前のこのブログに、
「常に悪者を探さずにはいられない」のですね、というコメントをもらいました。
これは反省させられるコメントでした。

このブログや私のホームページ(CWSコモンズ)でのメッセージはある意味では一貫していると思っているのですが、その一貫性を維持するために、それに反する私の意識の部分を無意識に抑圧しているはずです。それがよく言われる「シャドー」というわけですが、精神的バランスをとるために、その部分を第三者に投影して、「常に悪者」を探しているのかもしれません。
そう考えると、私が忌み嫌っている小泉自民党は私の分身かもしれないことになります。
最近はテレビで小泉首相の顔が出てくるだけでも、目を背けたくなるのですが、これはかなり重症なのかもしれません。

ペルソナとシャドーの理論で考えると実に様々なことが納得できます。
外部に「悪者」を生み出して、安心してしまっている自分も見えてきます。
しかし、同時に、その「悪者」とつながっている自分にも気づかされます。
もう64歳なのだから、ペルソナとシャドーを統合した生き方を目指そうかという気もしないわけではありません。
さてどうするか・
いろいろ考えた挙句、これからも「悪者」批判をしていくことにしました。

たしかに、誰かを批判すると必ずその矛先は自らに戻ってきます。
批判の対象には間違いなく自らも含まれているわけですから。
ですから人を批判するのは、心穏やかな行為ではありません。

でも、シャドーとはやはり決別しなければいけません。
ユングにだまされないように、これからも嫌いなものは嫌いといい続けることにしました。
つまらない結論ですが、この2日間、ちょっと悩んだ問題でした。

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2005/11/05

■死をコントロールできるか

昔、本で読んだのですが、人は死のうと思うと風邪でも死ぬことができるそうです。たしかイヌイットの話でしたが、純粋に生きている人たちに限っての話でしょうが。私たちのように小賢しい医学知識を持った人間には無理かもしれません。
しかし、その小賢しさが逆に働くこともあります。
たとえば「がん」ということに関する知識です。
がんという言葉が当事者に与える影響力はすさまじいものです。症状に名前を与えるとその名前が力を持ち始め、症状ではなく生命に大きな影響を与えていくというのはいかにも皮肉な話です。

昨日、天候に生死は影響されるようなことを書きましたが、同時に体内にある自然もまた生死につながっているように思います。体内にある自然は意識に象徴されていると私は思っています。
とすれば、さらに反転させれば、死はコントロールできます。
がん宣告を受けた人の生き方を見ていると、まさに意識の問題だなと思うことがあります。しかし、その意識は自分ではどうも自由にはならないのですが。

葬儀や見舞いなど、最近は死につながる場に行く機会が増えていますが、そこでいつも自分の葬儀をイメージします。
できれば私は、そこに参加したいわけですが、もし死を予感した場合、死の前日に告別式ができれば理想的です。そして、いつもと同じように眠りにつき、そのまま眠り続けることができればと思います。しかし、実際にそういうことが自らの意思でできるかどうかにはかなりの不安があります。

私の母は病院で亡くなりました。家族全員に見守られながらです。私の娘のひとりが病院に駆けつけるのが遅れたのですが、意識不明の危篤状況だった母は、娘が病室にかけつけるまで心臓を動かし、娘が到着してから自ら心臓を止めました。その時に、私は死はコントロールできることを知りました。コントロールする主体は何なのかはわかりませんが、自らの意識がその一端を担っていることは間違いありません。

かつては自らの死だけではなく、他人の死もコントロールできたのかもしれません。いわゆる「祟り」です。
残念ながら「祟り方」の文化は継承されなくなっていますが、「祟り」が忘れられたのは「怒り」が忘れられてきたからかもしれません。

最近、自らの中に「生きる」貪欲さが希薄になってきているのを感じます。
もしかした、それは私に限らない、時代の特徴なのでしょうか。

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2005/11/03

■自然とつながっている人体

生命が自然の一部であることは間違いありませんが、なぜか私たちは、人間だけは別のような錯覚に陥りがちです。
この2週間、天気がよくありません。そのせいか、私の周りでは体調を崩す人が増えています。私のようにただ風邪を引くだけではありません。もっと深刻な事例が多いのです。時には死につながっています。
先週、ある人のお見舞いに行く予定だったのですが、家族の方から気候のせいか急に体調が悪くなり面会が難しくなったという連絡がありました。まさに自然の動きは個々の人体にも影響を与えているようです。
もしそうであるならば、個々の人体の調子は自然にも影響を与えているはずです。
今日は文化の日ですが、この日は快晴になる確率が8割を超える特異日だといわれていました。しかし、この10年は快晴になる確率が50%になっているそうです。
これは単なる自然の偶然でしょうか。
私には文化への私たちの思いが引き起こしていることではないかと思えてなりません。

最近の自然災害もまた私たちの生き方や意識が引き起こしていることではないかと思っています。
悔い改めよ、という天の声が聞こえてくるようです。

今日は穏やかな日でした。
お見舞い日和でした。

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2005/10/25

■人生を分ける生き方の意味が少し分かってきました

昨日、若い友人の父のお通夜に参列しました。
最近、訃報が多いのですが、葬儀に参列すると自らの生を振り返るいい時間になります。
人生はよくしたものです。きちんとそうした設計がなされているのです。
そのおかげで、最近、人生のリズムを実感できるようになりました。
そのリズムに合わせることは大切なことかもしれないと思い出しています。

17年前に会社を辞めた時には、これで「定年」もなくなり、自らの意思で人生をすべて決められると思いました。
そして、「遊ぶでもなく働くでもなく学ぶでもなく」、自らを生きることを基本にすると友人知人に手紙を書きました
数年は意図的にそうしていました。
そのスタイルが定着したかどうかは、極めて疑わしいですが、意識的にはその思いを実現したのが、いまの私の生活です。
少なくとも今の私にとって、働くこと、遊ぶこと、学ぶことは、ほとんど完全に重なっているのです。

インドには人生を4つの期間に分けて考える文化があります。
4つとは、学ぶ期間(学生期)、働く期間(家住期)、振り返りの期間(林住期)、そして後輩に教え説く期間(遊行期)です。
私は当時、この4つを分けるところに問題があると考えたのですが、今から思うとどうもそれは「論理演算」でしかなかったようです。
歴史の中で培われた文化は、やはり含蓄に富んでいます。
私の同世代の友人は、定年で組織を離れ、悠々自適の生活を送り出しています。
そして少しずつ遊行期に入りだしている人が少なくありません。
コムケア活動を通しても、そうした人たちに出会う機会が増えています。
そうした人は私と違って、もっと思い切り一点に集中できます。
私のように中途半端ではないのです。成果もしっかりとあげています。
人生を4つに分けて生きることに異を唱えた小賢しさを、少し反省したくなります。

もうひとつ最近感ずるのは、加齢とともに「誘われ方」が変わってくるということです。
自らは加齢を感じなくとも、外部からはしっかりと見えているわけですし、関係性は間違いなく変わっていきます。
自らの認識と外部の認識との格差に時々気づかされます。
「仕事」も次第に減ってきますし、原稿も頼まれなくなってきました。
これは寂しいことですが、自分を生きるうえではとても喜ばしいことでもあります。
自然の摂理というべきでしょうか。

私は、自然に従って生きることと自分の意思で生きることとは同じことだと以前は考えていました。
その傲慢さを最近は思い知らされています。

昨日は長いお通夜だったので、いろいろと考えさせられました。

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2005/10/08

■雨が降ってきたら走りますか

ブログを再開します。
元気はまだ十分ではないですが、書くことで元気がでるかもしれません。

まずはウォーミングアップを兼ねて、含蓄のある話題?です。
昨日、道を歩いていたら、雨が降ってきました。傘を持っていませんでした。オフィスまで300メートルくらいのところです。
さてこういう場合、みなさんなら走りますか。そのまま同じ速度で歩きますか。

雨の中を歩く時に、いつも思い出すのが、傘を使わない場合の濡れ方の相違です。
降雨の中をあるくということは、空間に水滴があるなかを歩くことですから、歩く距離によって濡れる度合いは決まります。水平面だけは雨を直接受けますから、濡れる度合いは時間の関数になりますが、それを除けば距離の関数になるはずです。ですから頭に何かを置いて歩けば、走ろうと歩こうと濡れる度合いはほぼ一緒です。
いつもそう言い聞かせて、走らずに歩きたいのですが、やはり自然と急ぎ足になり、ついには走ってしまいます。昨日もそうでした。

しかし、どうも納得できません。
やはり走ったほうが濡れない気がします。
みなさんはどうしていますか。

この場合は、たかが洋服の濡れ方の度合いでしかありませんが、
そこにはさまざまな教訓やメッセージが含意されているような気がします。
どんなメッセージがあるのだと質問してはいけません。
そこまでしっかりと考えて書いているわけではないからです。

まあそんないい加減なブログの再開です。

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2005/08/29

■隠居は最高の贅沢です。 

企業を定年退職した後、郷里の福岡に戻った藏田さんが立派な野菜を送ってきてくれました。しかも10種類以上のさまざまな野菜です。もちろん藏田さんの手づくり野菜です。その立派さに女房ともども驚きましたが、しかもそこに「おしながき」までついていました。藏田さんらしいおしゃれな遊びです。

私たち夫婦の友人知人が会社を定年で辞めてから農業に取り組んでいるケースはすくなくありません。やはり土の魅力や手づくりの魅力は大きいのです。
私たちも実は宅地予定地で野菜作りを今年から始めました。まだ土づくりの段階ですが、10種類以上の野菜を女房が植えました。なかなかうまくはいきません。近くの人が時々指導してくれますが。

先日は遅まきのジャガイモを掘り起こしました。植え付けが遅かったことともう廃棄直前の苗だったためか、変形の芋が多く、近所の家に配ったら変な形のものしか残りませんでした。おそらくこういう形のものがお店で売っていたり、誰かからもらったりしたら食べずに捨てていたでしょう。しかし、一応、手塩にかけての作品ですから、丁寧に皮をむいてみんなで食べました。ちょっと考えさせられた話です。
昨日は地元の住民の集まりでいささかストレスが溜まったので、女房の誘いに乗って、また土を耕しました。たいした仕事ではないのですが、運動不足のために立ちくらみがします。やはり生き方が間違っているのでしょうね。しかし気分は爽快になります。

藏田さんにお礼のメールをしたついでに、私も野菜づくりを始めたと書いたら、都会で農業とは最高の贅沢ですね、と返信が来ました。我孫子は都会ではありませんが。
最高の贅沢は、しかし「隠居」でしょうね。藏田さんは農業だけではなく、さまざまな活動を楽しまれています。

つい先日まで、私は「働くでもなく遊ぶでもなく、学ぶでもなく休むでもない」生き方を志向してきました。その生き方では「定年」はありません。その生き方は、しかしもしかしたら小賢しい生き方だったのかもしれません。
定年退職、隠居、などという社会的システムは、長い生活からの英知だったのかもしれません。

定年退社した知人友人の半分は、海外旅行や趣味三昧に入っています。一昨日もある人から、女房と海外旅行を楽しんでいると手紙が来ました。
いい人生です。
私は相変わらずばたばたしています。女房から非難されていますが、そういう女房もまたばたばたしています。似たもの夫婦の生活は、どうもいつになってもゆっくりできないようです。
隠居はとてもいい仕組みです。
隠居こそ最高の贅沢ですね。
生涯現役などと馬鹿な考えは捨てて、これからは隠居を目指すことにします。
それでも歴史は何の変化も起こさないでしょう。

いつもとは違って、最近、こんな気分になっています。はい。

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2005/07/30

■エスカレーターで歩かないことの難しさ

エスカレーターでは歩かないことにしたのですが、これがまたなかなか難しいのです。
ついつい歩いてしまうのです。それに二列に並んでいる時に必ずしも右側に乗れるとは限りません、不幸にして右に乗った場合、歩かざるを得ないのです。
そのため、できるだけエスカレーターを使わずに、階段を歩くようにしているのですが、エスカレーターしかないところが意外と多いのです。
選択肢が増えているわけではないのです。

エスカレーターでは歩かない、こんなことだけでも実行してみるといろいろなことに気づきます。
人生を変えるのはそう難しいことではないのかもしれません。

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2005/07/22

■朝青龍の負けを期待している自分への嫌悪感  

朝青龍が2回負けました。それも微妙な負け方です。物言いが入り、検討の結果が発表されるとみんな拍手喝さいです。
そして負けた途端に座布団が異常に飛びました。私も拍手しました。

おそらく多くの観衆は朝青龍が負けることを期待しています。勝って当然なのですから、みんなもしかしたら負けるかも知れないと、それが楽しみで見ているわけです。少なくとも私はそうです。

しかし考えてみると、これはいかにも性格が悪い話ですね。人が負けるのを期待するとは何とも情けない発想です。今日、朝青龍の相撲を見ていて、それに気づきました。
生き方を反省しなければいけません。
社会が劣化していく契機はこんなところに潜んでいるのかもしれません。
パンとサーカスの戦略が少し理解できました。
危ないところでした。

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2005/06/30

■自然の生命力

自宅の近くの宅地を借りて、野菜作りを始めました。
といっても主役は女房です。私は時々の手伝いです。
昨日はたまたま地元の人との話し合いなどが重なったので、自宅にいたのですが、用事の合間に、その畑の雑草取りを命じられました。
雑草の成長の早さは驚異的です。
そこには昨日とは違う今日があるのです。
自然の生命力には驚かされます。

それほどの生命力をもつ自然を壊してしまう、私たちの文明とは何なのでしょうか。
私たちが壊しているのは本当に自然環境なのでしょうか。
もしかしたら私たち自身の生命を壊しているのかもしれません。

最近の気象はとても不気味です。
梅雨なのに初夏だったり、水不足と豪雨が並行して進んだり、自然が私たちに警告している感じがします。
生き方を悔い改めよ、という天の声が聞こえます。

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2005/06/10

■サッカーにあまり興味をもてないのです。 

サッカーで盛り上がっています。
そんな中で、非国民といわれそうですが、私はサッカーにほとんど関心がないのです。
ですからサッカーが話題になると、どうも肩身が狭いのです。
いや、サッカーだけではないのです。
野球にも興味がないのです。テニスもゴルフも、です。
わが家族には、夫も父親も体育系がいい、と私の評判は余り芳しくありません。
しかし、関心がもてないのだからどうしようもありません。

スポーツだけでもありません。
マツケンサンバも全く興味がありません。
先日、ある結婚式でマツケンサンバが登場しましたが、どうもなじめないのです。

要するに、世間の関心と私の関心はどうもずれているのです。
子どもの頃からずっとそうでした。
まあ、「いじめられっ子」の素質があったわけです。
いや、いまでもそうかもしれません。
同調性がないのです。
あまり人には好かれないタイプですね。

それに、サッカーの盛り上がりの後ろで、
何が進んでいるのか、そんなことが気になってしまうのです。
性格がわるいのでしょうか。

ところが、その私ですら、北朝鮮との試合は最初から最後までみてしまったのです。
そして、日本が得点するととてもうれしくなったのです。
どうしてでしょうか。

サッカーの盛り上がりの後ろで、何が進んでいるのか、
やはりとても気になってしまいます。
困ったものです。

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2005/05/31

■戦うことへの本能 

あるメーリングリストで、こんなメールが流れてきました。

>斉藤さんの生き方について、テレビのインタビューなどでは「自分の生き方を見つけ>た方」「あのような生き方はすばらしい」と言うような反応があるようです。
>このような反応をされた方はNGOの高遠さんについての反応とは全然違うなあと>思いました。
>NGOの方が「苦しみを共有しあう」のに対し傭兵を賛美する方は「相手を攻撃」し>たり「激動を体験」することにあこがれているように思えました。

恥ずかしい話ですが、私の中にも斉藤さんの生き方に憧れる気持ちがあるのです。
もっとも私の場合は、イラク側での参戦ですが、まあ、どちらであろうと「相手を攻撃すること」に関しては同じことです。
みなさんはどうですか。

最近、フセインに直接会った弁護士が、フセインが語った逮捕の様子をテレビで紹介していました。アメリカの発表とは全く違う話です。
独房でのフセインの話も出てきましたし、最近の写真も映し出されました。
その話を聞いていて、フセインを応援したいと思っている自分に改めて出会いました。
ビン・ラディンに関しても、そういう感情が否定できません。
彼らのやったことには憤りを感じていますが、その一方で共感をしている自分がいます。
みなさんはどうですか。

映画「ターミネーター2」で、主人公の少年の母親がいいます。
男たちは壊すことしかできない、
創るのは女性たちだけだ。

その言葉が衝撃でした。
以来、男性である私には平和活動などできないのではないかという思いが芽生えてしまいました。自らのなかにある、残酷さや好戦気分が否定できないのです。

最近、平和に関するメーリングリストが実に活発です。
にもかかわらず、どうも発言できなくなってきてしまいました。
平和に向けての自信を喪失しつつあるのです。
困ったものです。

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2005/04/22

■不明を恥じる 

今回は懺悔です。

ライブドアとフジテレビの問題はあっけなく決着しました。
この問題が起きた時に、私は堀江さんを支持するメッセージをここに書きました
私の判断ミスでした。

彼の言動が、状況を破り、見えなかったものを見えるようにしたことは、今でも評価していますが、彼のマネーゲーム的な感覚は、私が思っていたのとは違って、没価値的でした。それを理解できなかった自分を恥ずかしく、思います。
一度出したメッセージは消えることはありませんが、自らの不明を恥じるとともに、改めてブログへの姿勢を考え直したくなりました。

こうしたことがこれまでなかったわけではありませんが、表現の行き過ぎはともかく、価値観に関わるところで評価が変わることはありませんでした。
残念ですが、今回は評価を変えました。
私にとっては、結局は彼もまた、取り込まれた一人であり、イノベーターではなかったということです。
産業基盤が大きく変わってきているなかで、しっかりした信念や価値観がなくても、あるいはイノベーションがなくても、インスタントな起業家が生まれる時代になったということかもしれません。
マネーゲームの主役は、常にマネーですから、彼らを起業家というべきかどうかも迷いますが。

その時代を早く終わらせたいものです。
私の周りで苦戦している若いソーシャルアントレプレナーたちに大きな期待を持っています。

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2005/04/20

■中国の反日デモ騒動

連日の中国の反日デモのニュースを見ていると改めて国家の不条理に怒りを感じます。それとこうした映像を繰り返し流すマスコミにもいささかの疑問を感じます。これはまさに「反中国教育」です。マスコミの教育効果はきわめて大きいです。
対立軸は「日本」対「中国・韓国」ではなく、「制度」対「生活」だと、私は思っているのですが、その(私にとっての)基本軸が、最近は見事にはずされているような気がして残念です。
この問題へのコメントは難しいですが、中国側が公式の場ではまったく謝罪の意を表しないこと、日本もまたそれに異議申し立てしないことに、改めて対立の基本軸の所在を感じます。国家は、結局は同じ存在なのかもしれません。

これが、昨日までの私の考えでした。

竹島問題にしても、靖国参拝にしても、その本当の意味は私も含めてあまりわからないままに問題がどんどん広がっています。私自身の不勉強さを恥じなければいけません。
最近、私自身もどんどん時代に流されて、あいまいな言葉だけで考えているような気がしだしてきました。いろいろな人のコメントは、それに少し気づかせてくれました。

首相が靖国参拝をすることがなぜ問題なのか、私は子どもたちに説明できる自信がありません。ただ言えることは、それが東アジアの人たちには不愉快に感じる材料になりうるということです。

人の言動に関する、当人の「思い」や「意図」と、その言動に触れた人にとっての「意味」や「評価」とは同じではありません。時に正反対になります。この2年、私も実際にそれを体験しました。

私は、日本の国家も国旗も好きですので、なぜあれほどまでに学校の先生たちがこばむのかが身体的に理解できませんでした。もちろん国家や国旗にこめられた「忌まわしい記憶」や「その意味」は理解していましたが。
しかし、1年前にある雑誌で、渡辺さんという方の書いた文章を読んでようやく理解できました。できれば皆さんももう一度読んでください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/katsudoukiroku3.htm#3132

日本の人でさえ、靖国への複雑な思いを持っている人もいます。そうであれば、東アジアの人たちには、首相という国家を代表する人が靖国参拝を行うことに対しては複雑な思いがあるはずです。
そうした人たちの思いへの想像力や感受性が、さまざまな価値観の人たちが共生していくこと、つまり本来的な意味でのグローバライゼーションの出発点だろうと思います。
そうした想像力や感受性のない、一人の人間の独善的な言動が、もし東アジアの平安を壊す材料をつくりだしているとしたら、そういう人を代表に選んでいる私たちの責任は大きいです。

彼らの投石は、甘んじて受けなくてはならないのかもしれません。
繰り返し映し出される破壊の現場映像を見ながら、ようやくそのことに気づきだしました。

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2005/01/12

■見たくないものを見ない生き方

昨日、新幹線で山形に行ったのですが、同じ車両に10人くらいの人たちが乗りました。
その人たちの半分は、太い紐でつながれていました。
犯罪者でしょうか。見てはいけないもの、見たくないものを見てしまった感じです。
そして、なにか気分が沈んでしまいました。
人が「つながれている」ということは、やはりショッキングな光景です。
事情をわからずにいうのは不謹慎ですが、大勢の人前で、人をつないで連行するようなことは、まさに人権侵害ではないかと思います。

しかし、今日になって、それとはまったく別のふたつの疑問がでてきました。

まず、こうした風景を見たくないと思う、私に対する疑問です。
私は、見て見ぬ振りをしました。おそらくみんなそうでしょう。
見ない振りをしているわけですから、当然、何も行動しません。
「どうしたのですか」などという質問はできません。
子どもであれば、どうでしょう。
きっと質問するでしょうね。
目撃者が多い状況の中でこそ、犯罪や事故は見過ごされるという調査結果がありますが、とても納得できます。
見たくないものは見ないという、こういう態度は、果たしていいのか、という疑問です。

もう一つは、これが犯罪事件そのものである可能性はなかったのかという疑問です。
紐でつながれていたのは被害者で、暴力団に連れて行かれるところだったかもしれません。途中で声を出したら、殺すと脅かされていたのかもしれません。その可能性はゼロではないはずです。
堂々と行動すれば、犯罪も見逃されるという話です。

しかし、目撃したすべての人は、確認もしないまま、紐でつなげて連行するという人権侵害を起こしているほうが正義で、連行されているの人たちは犯罪者と、勝手に解釈しているわけです。何かおかしいですね。
こうして、私たちは大きな犯罪を見逃してきているのかもしれません。

私もまた、裸の王様になりたがっておることに気づいて、愕然としました。
昔はこうではなかったのです。
まあ、それが人生を踏み外させたのかもしれませんが。

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2004/12/28

■イワン・フロール老人の教え 

昨日のドンキの放火事件に関する記事に、友人がコメントしてくれたのですが、そのコメントは私へのたしなめが感じられました。そこで少し反省して、思い出したことを書きます。

トルストイの小品に、「火を粗末にすると―消せなくなる」というのがあります。
隣人と仲よくやっていたイワン家族が、代替わりしてから、些細なことで隣人と争いだします。争いはどんどんエスカレートして、訴訟合戦にまでなります。そしてついに、その恨みをかって、イワンの家に隣人が火をつけます。放火です。イワンはその現場を見つけるのですが、火を消すのではなく、その犯人を追いかけてしまいます。そしてもみ合っているうちに火は広がり、ついに村全体を燃やしてしまいます。
イワンは犯人を追いかけるのではなく、火が付けられた藁くずをもみ消していたら火事にならずに済んだのにと悔やみます。
イワンには寝たきりの老父がいました。やっとのことで助け出すのですが、死ぬ間際に老父はイワンを呼んで質問します。「イワンよ、村を焼いてしまったのはだれだな?」「あいつだよ、父さん」とイワンは答えます。
老父は、若い世代になってから争いの絶えないことを心配して、相手の立場で考えるように息子を諭しつづけていたのです。
父はいいます。「それはいったい誰の罪だね?」答えられずにいるイワンに父はいいます。「神様の前で言うがええ、誰の罪だな?」。イワンはやっと気がついて「わしの罪だよ、父さん」と言います。
「これからどうしていったらいいのだろう、父さんよ」と訊くイワンに老父は答えます。「ええかの、ワーニャ、気をつけて、だれが火をつけたかってことを、決してだれにも言うでねえだぞよ。お前が人の罪を隠してやれば、神様はふたつの罪を許してくださるじゃ」。それが老父の最後の言葉でした。
イワンと隣人にはまた父親たちのような隣同士らしい暮らしが戻ったといいます。

若い頃、私が好きだった作品の一つですが、恥ずかしながら、なかなかイワンの心境にはなれないのです。もちろん頭ではそうありたいと思っており、かなり身についてはきましたが、時折、その正反対の気分になるのです。つまり許せなくなるのです。
今日、1時間かけて、この本を山積みの書籍の中から見つけました。2回読み直しました。まだまだ意味を咀嚼できていない自分に気づきました。

ドン・キホーテの社長にもぜひ読ませたい小品です。きっと多くのことを学ぶはずです。

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2004/10/11

■ブログがなかなか書けません 

10日前に、ブログを毎日書くと書き込んだのですが、結局、書けませんでした。
時間がなかったというのは全く理由にはなりません。
「書けない」のです。なぜでしょうか。

腹立たしいことは、相変わらず多いですし、
うれしいこともたくさんあります。
しかし、書く気が起きないのです。

日本国民は、政・官・業・ヤクザの連携プレーの中で収奪されているのになぜ怒らないのかと呼びかけている『泥棒国家の完成』(光文社)を読んでの感想を、今成宗和さんが「東京ライフスタイル日記」に、書いています。

>著者は「なぜこうしたことにみな怒らないのか」と言うのですが、怒るに気にもなれないのです。

私もそんな気分になっているのかもしれません。
そのせいか疑心暗鬼になっている傾向もあります。
たとえば、UFJ銀行の刑事告訴、時を同じくしたダイエーへの再生機構活用の働きかけ。後ろにあるものを勘ぐりたくなります。

今週こそ書き出します。

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2004/10/01

■人との出会い

今日、新しい出会いが4つありました。
10年振りの偶然の出会いも2人いました。
今日はたくさんの人と出会えました。
私は人と会うと元気になるタイプなのです。

企業の人を対象にした講演で、私がよくする質問があります。
あなたはこの1か月で、新しい人と何人出会いましたか?
営業が仕事の人は新しい名刺をたくさん入手したかもしれませんが、
そうではなくて、心を開ける直接的な利害関係のない人との出会いです。

意外とこれが少ないのではないでしょうか。
幸いに私は新しい出会いに恵まれています。
しかし、それを活かせているかどうかは自信がありません。

今日、たまたまですが、旧知の人にぱったり出会いました。
それぞれ別々にです。
本当に偶然ですが、これはきっと何かの意味があるのでしょう。
2人とも10年くらいご無沙汰している人です。
人のつながりを大切にしていないのではないかという天からのメッセージでしょうか。

今日は他にもメールで、とても元気づけられるメールをもらいました。
このブログの読者からも、最近煮詰まっているようで心配だというメールももらいました。
心配をかけてすみません。
CWSコモンズに明日にでも書き込みますが、
だいぶ元気が出てきました。
明日からまた、原則として毎日、このブログを書く予定です。
自分のために。

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2004/07/15

■花の名前

我が家のミニミニビオトープには時々、パピルスががんばっています。
残念ながら冬を越せたことがないのですが、懲りずに春に購入してくるのです。
土着の花木が望ましいとは思うのですが、パピルスが好きなのです。

そういえば、我が家の庭の花木の多くが、なぜかカタカナの名前です。
カタカナにしたほうが売れるからでしょうか。
それともみんな外来種なのでしょうか。
私の机に置きたくなる花も、どうも最近はカタカナ品種です。

そういえば、カタカナ用語を漢字に変えようという、馬鹿な答申をした有識者委員会がありましたが、あれはどうなったのでしょうか。

選挙で社会がますます嫌いになった私としては、
できるだけおとなしい話題に気を向けていますが、
どうしてもついつい「愚痴」や「批判」が出てきますね。
いやはや、まだまだ人間ができていません。
このブログも少し休みましょうかね。
朝青龍も昨日、連勝をストップしたことでもありますし。

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2004/07/14

■花の水やり

我が家の庭における植物の密度はすごいです。
生物多様性の大切さが叫ばれていますが、とても狭い空間に数百種類の多様な植物が共生しています。平等に支援して行くためには、たっぷりと水をやらねばいけません。
しかも高台のため、風が強いのです。
ですから朝晩の水やりが欠かせません。
私も時々ですが、担当します。

ただ水をやればいいのではありません。
一つひとつの花木の表情をみながら水をやらなければいけません。
作業としては大変ですが、実にぜいたくな時間でもあります。
こうした時間が最近はどんどんなくなってきているのです。

環境問題が叫ばれていますが、
人と自然とのふれあいがなくなったのが最大の問題かもしれません。
花に水をやる時間の幸せはなんともいえません。
毎回、とても幸せになります。
選挙のことなどすべて忘れられます。はい。

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2004/07/11

■明るい非暴力マニュアル  

2日前の「平和に取り組むことの覚悟」の記事に、一輪庵のブログがトラックバックしてくれました。
早速、そのブログを読ませてもらいました。
グサッと来ました。

そこにこう書かれています。

>相手の良心の最善の部分に呼びかけるのが、非暴力的手法というものです。効果はゆっくりしか出てこないかも知れませんが、戦争という暴力で人間が押しつぶされるのはイヤだ、という思いがあるのなら、まずは自分自身が、怒りや憎しみの連鎖を断ち切るよう、少しだけ努力してみて下さい。

そうでした。最近、この心を忘れていました。
心が荒んでいたのです。
島田 理聡さん、ありがとうございました。

今日はコメントを書きません。
もしお時間があれば、一輪庵のブログを読んでみてください。
前後もぜひお読みください

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2004/07/01

■「食道楽」の人 村井弦斎 

黒岩比佐子さんが3年かかって書き上げた本を贈ってきてくれました。
岩波書店から出版された「『食道楽』の人 村井弦斎」です。
またCWSコモンズのブックのコーナーで紹介させてもらいますが、本格的な評伝です。

まだ読んでいないので内容紹介はできませんが、
とても安心できる本だなと感じました。

本は持ってみるとすぐに相性がわかります。
そばに置きたくなる本とただ読めばいい本とにわかれます。
帯もとても正統的で安心できます。
最近の本はインクのにおいがあまりしないのが残念ですが、
岩波書店らしい、いい作りです。

村井弦斎といっても、おそらくみなさんも知らないでしょう。
書店にもそうは置かれないでしょうから、皆さんの目にはなかなか入らないでしょう。
しかし、こうした正統的な書籍の出版はみんなで応援したいです。
まずは名前だけでも知っておいて下さい。
できれば、次の日曜日に更新するCWSコモンズのホームページでの紹介記事も読んでください。
もし私が読めない場合は次の週になりますが。

明日、我孫子市の図書館に購入希望を申し込んでこようと思います。

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2004/06/21

■自然の力 

台風です。
湯島のオフィスで空を見るのが、私はとても好きなのですが、
今日の空はとても悲しい灰色です。
昨日の真夏のような空とは全く違います。
私の気分も、昨日とは全く違います。
午後からは雨が降ってきました。

自然の力は大きいです。
自然の大きな力の前では、人間は微力な存在です。
「沈黙の春」の著者であるレイチェル・カーソンは、
環境が、動植物の形態や習性をつくりあげてきたと言った後で、こう書いています。

地球が誕生してから過ぎ去った時の流れを見渡しても、
生物が環境を変えるという逆の力は、ごく小さなものに過ぎない。
だが、20世紀というわずかのあいだに、
人間という一族が、おそるべき力を手に入れて、自然を変えようとしている。

この下りが、私をエコロジストに引き込んだのですが、
数年前から少し疑問を持ち出しています。
CWSコモンズでもいつか書きましたが、
宮崎の綾町の照葉樹林に出合ったのが契機です。
結局は自然の前では、人間などは小さな存在だと思ったのです。
目前に広がる照葉樹林の迫力にただただ圧倒されました。

30年ほど前に、ベトナム上空を飛行機で飛んだ時に、
ベトナム国土がまさに砂漠のように見えた記憶があります。
米軍の焦土作戦は自然を破壊したのでしょう。
しかし、まあ自然の尺度から見たら、そんなものは瑣末なことだったのかもしれません。

こういう考えが間違っていることは自覚していますが、
豊かな自然やパワフルな台風をみていると、
なぜか環境問題への取り組みが小賢しく思えてなりません。

風が強くなってきました。
わくわくします。
私は台風が大好きなのです。
急いで帰って、台風を満喫します。

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2004/06/19

■「常識」の呪縛からの自己解放 

17日の記事へのコメントを坂谷さんからもらいました。
そのコメントを材料にさせてもらって、
私の生き方の根底にある考えを少し書かせてもらいます。
坂谷さんのコメントには直接答えていないのですが。

坂谷さんは次の2点を書いてくれました。
① 日本の少子化がすすみ、逆ピラミッドの人口構成では、改革するとなれば、年齢層により、どんな改革でも不利益をこうむる人が出てきます。「年金改悪反対」だといっても、どのようにするかを具体的公約なり改革案になると、総論賛成、各論反対的状況になります。
② イラク派兵についても、「自衛隊を撤退させることで、日米案を基軸とする安全保障はどうなるのか、石油がこなくなったら、どうするんだ。」という恫喝には、沈黙せざるをえない、そんな構造があるのではないでしょうか。

このコメントには賛成です。それを前提に読み進んでください。

子どもの数が減れば、年金の保険料を上げ、給付額を減らさないといけない、という発想に、私は間違いを感じます。子どもの数が減るから年金の運営がむずかしくなるというのは、今の年金制度を前提にした発想です。それを変えるのが「改革」です。
日本の改革の多くは、行政改革も企業改革もすべて、大きな枠組みを変えるのではなく、制度をいじるだけですから、成功しないのだと思います。
年金についていえば、少子高齢化社会における年金のあり方を考えればいいのです。たとえば、社会的引退時期を70歳にすればいいのです。私の友人は、63歳にして仕事をしていない人がたくさんいます。彼らは働けないのではありません。社会的に「働く世界」から出されただけです。そして、その一部はNPOなどで無償の仕事をしています。それが悪いわけではありません。しかし、彼らはまだ年金保険料を払える生き方もできるのです。そして、それが幸せかもしれません。
壮年時代に徹底的に過剰な労働をさせる仕組み、あるいは本当に役に立つ仕事をせずに役職だけで高給をとる仕組み、そうした仕組みを変えなければなりません。
つまり、年金制度が問題なのではなく、社会のあり方、働き方、支え合い方が問題なのです。
暴論であることはわかっていますが、ともかく、子どもの数が減るから年金保険料を上げ給付額は減らさなければいけないという常識から解放されなければいけません。

「自衛隊を撤退させることで、日米案を基軸とする安全保障はどうなるのか、石油がこなくなったら、どうするんだ」という発想にも、いくつかの呪縛があります。
日米安保体制がなくなったらどうなるか、石油がこなくなったらどうなるか。やって見なければわかりませんが、たいした問題は起きないのではないかと思います。いま起きている「たいした問題」に比較してですが。
これまた暴論ですが、大切なのは、変化を恐れて変革に挑戦しないことです。
いわゆる「ゆでがえる現象」です。
「常識」の呪縛から自由にならなければいけません。

先日、大学の同窓生に会った時に、
「佐藤の常識は社会の常識とは違うから」
といわれました。
しかし、その私の常識も少しずつ社会の常識になってきたものもあります。

常識とは、その社会で生きやすくするためのルールだと私は考えています。
しかし、今やそのルールを根本から見直さなければならない時代になったのです。

日米関係が壊れても北朝鮮は責めてこないでしょうし、
石油がこなくなっても、対応はできるでしょう。
困ったらみんなで工夫すればいいのです。
額に汗して働いている生活者には、そのくらいの知恵があると確信しています。
私は飢え死にするかもしれませんが、もしそうならば、私がしっかりと自活していなかったためです。諦めなければいけません。

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2004/06/18

■オブコニカの攻撃 

先週末に庭の草花の攻撃を受けて、皮膚に炎症が広がっています。
痒くて、夜に目が覚めるくらいです。顔にまで飛び火しだしました。
皮膚科の医院にいったら、オブコニカに触らなかったかと言われました。
オブコニカは外来の桜草です。
あまり記憶にありませんが、いずれにしろ草木との接触によるかぶれです。

オブコニカはやさしそうな花です。
とてもそんな毒性を持っているとは思えません。
しかし、彼らにとっては、自らを守るための反応なのでしょうね。

自衛と攻撃はコインの裏表です。
子どもの殺傷事件やイラク事件に、どこかでつながっていそうな気がします。
どちらから考えるかで、事態は全く別の見え方になります。

薬を飲んだり、塗ったりしていますが、皮膚の炎症はまだ変化なしです。
1週間くらいはかかるそうです。
気が萎えていると、次々と不幸がやってきます。

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2004/06/16

■動いていないエスカレータでつまずいたことはないですか 

止まっているエスカレータに、なぜか2回乗りました。
もちろん動いているものと思って乗ったのです。
危なくつまずきそうになりました。
2回ともです。
動いていないのに気づいて、歩き出したのですが、おかしな気分で、うまく歩けません。
ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、嘔吐感に襲われました。
実に不快で、めまいがして、自分が頼りないのです。
動いていないのに、私の五感は動いているように受け止めているのです。
動いていないエスカレータは、私の頭の中には存在していないのかもしれません。

人間は、事実を見るのではなく、思い込んでいるイメージを見ていることがよくわかります。
みんな思いこみで生きていることを、この頃、強く感じます。

一昨日、大学の同窓生仲間で会食をしましたが、
みんなそれぞれが創りあげた相手と話しているような気がしました。
それぞれが思っている「私」と私が自覚している「私」とはかなり違います。
私が思っている「相手」と、その人が思っている「自分」とも大きく違うのでしょうね。
まさに人は、付き合いたい相手を勝手に創りあげて、付き合っているのでしょうね。
時にそれが破綻するわけです。

コミュニケーションなど、できるはずがない。
私が若いころ、書きたかった小説のモチーフは、「ディスコミュニケーション」です。
ちなみに表題は「メビウスの男」でした。

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2004/06/15

■コミュニケーションできないほどの情報のやりとり  

昨日の記事は、裁判を傍聴して、まだ怒りの気分が弱まらないうちに、急いで書いて、出先からアップしました。できるだけ生の感想を残したいと思ったのです。
もう少し時間をおくと、気持ちが治まり、きれいに書きかねないからです。

今、読み直しました。
やはり感情的で説得力がありません。
記事自体に、「知的レベルと人間的レベルの低さ」を感じます。余計な一言も入っています。消去したい気分です。私の性格の悪さや欠陥を象徴しています。
これは、ネットやメールの怖さを示唆しているのかもしれません。
手紙だと投函するまでに時間があるので、どこかでストップがかかり、表現が直される機会がありますが、メールは即座に発信できます。まさに瞬時です。私のように、ほとんど読み直すこともなく、発信するタイプにとっては、便利ですが、生々しすぎて誤解や反発を与えてしまうこともあるでしょう。それではコミュニケーションは成立しません。

ネットやメールは、情報伝達量を激増させましたが、コミュニケーションを激減させたのかもしれません。佐世保の事件は、その結果なのかもしれません。コミュニケーションできないほどの情報のやりとりが可能になったのです。

昨夜は大学時代の仲間と会食しました。
そのひとりは、3月まで日本弁護士連合会の事務総長でした。
いまの司法改革に取り組んでいる情熱家です。
そこでの話はCWSコモンズに書きこみます。

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2004/06/12

■メールが減ってきました  

最近、受信メールが減っています。
にもかかわらずウィルスによって発信されたであろう、無意味のメールは減っていません。
私は、発信者が日本名でなく、件名も日本語ではないメールは、原則として、読まずに削除します。例外はありますが、そのために、せっかく送ってもらったメールに気づかないことあります。できれば発信者名は日本語がいいと思います。

もうひとつ気になることがあります。
件名を見直さずに、古い受信メールへの返信で送ってくる人がいます。
ちょっとムッとします。

メールでの照会に回答しても、その後、音沙汰のないことも少なくありません。
私の照会に音沙汰ないのは、気にはなりません。
メールとはそういうものでしょうし、勝手に送って回答を要求するのは欲張りです。

メール上のマナーが盛んに言われた時期がありました。
ネティズンシップなる言葉もあり、私はその欠如を指摘されたこともあります。
最近はあまり言われなくなりました。

メールは味気ない、手紙がやはりいい、と言う人がいます。
いずれもそれぞれの良さがあると私は思っています。

最近、受信メールが減っているのは私だけでしょうか。
みんなに嫌われてきたのでしょうか。
そうであっても不思議はありません。
自分の性格の悪さに、ようやく最近気づきだしました。
困ったものです。

メールは、多いと多いで嫌ですが、
少ないとまたさびしいです。
人間の心情は複雑ですね。

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2004/06/09

■必然的な出会い

ある社会実験によると、すべての人は5~6人を介してつながっているといいます。
日本のテレビでも、北海道の身寄りの全くないお年寄りが東京の全く知らない人に、個人的なつながりを介して手紙を届ける実験をし、たしか7人ほどで無事手渡された結果を放映したことがあります。
そのテレビを見た、ある若者起業家が、私のところに飛び込んできて、
「佐藤さん、ひとはみんなつながっているのですね」
と、感動を伝えて、すぐに帰った「事件」がありました。
その後、彼と会っていませんが、いつかまた会えるでしょう。
人は会うべき人には必ず会えるものです。

昨日、地下鉄日比谷駅で岸田弘さんに会いました。
この駅は不思議な駅で、よく知り合いに出会います。
それも、その人のことを思い出したり、誰かと話題にした直後にです。
岸田さんは千葉の大原に民家を購入して、そこに徐々に転居している人です。
昨日、野原さんと食育の話をしていて、そういえば岸田さんはどうしているだろうと思ったところでした。その数日前にテレビで大原のニュースを見たのがその誘因でした。
岸田さんに出会えた意味は何なのでしょうか。

東京は様々な出会いに恵まれています。
数年前に御徒町の駅近くで、突然声をかけられました。
寺田実さんです。
異色の人です。
銀座のギャラリー悠玄で、17日から個展をやりますが、
17日のオープニングパーティに行くと彼に会えます。
作品はすばらしいです。彼の人柄も魅力的です。
彼の個展に誘われたのは、御徒町で偶然であったおかげです。
彼とは一度しか会ったことがないのです。
それもあるイベントに講演に来てもらっただけです。
それが偶然の出会いのために、個展の案内が届いたのです。

個展に夫婦で行ったら、私たち夫婦の共通の友人も出展していました。
彼の教室に参加していたのです。
2人とも滋賀の人なのです。
人は確かに無限につながっています。
そして、会うべき時に会うのです。

今日、コムケア仲間のCS21の叶内さん、村上さん、川副さんが訪ねてきてくれました。叶内さんの思いのたけをお聞きしました。私の思いとかなり重なりますが、まあそれはまたコモンズのほうで紹介します。
3人が帰り際に、私が美野里町の名前を出しました。
そうしたら、叶内さんたちは何と美野里町を訪問し、そこの文化センターを見てきたそうです。「文化がみの~れ物語」も知っていました。私がそれを編集したことには気づいていませんでした。
コモンズのほうに何度も出てきていますが、私は美野里町やそこの文化センターとかなり深いつながりがあるのです。
あまりの意外な話に驚きました。
しかし、こうした偶然は私だけではなく、叶内さんもたくさん経験し、そしてその結果、今日、仲間と一緒に私を訪ねてきてくれたのです。

みんなつながっているのです。
そう思うと生きるのがとても楽しくなります。

明日は誰と出会えるでしょうか。
東京の魅力のひとつは、偶然の出会いです。
念じていると、必ず会えるのです。
不思議なまちです。

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2004/06/06

■ネットを介したコミュニケーションの難しさ 

佐世保の事件で、ネットによるコミュニケーションの問題点が議論されています。

私もネットを使ったコミュニケーションの輪を広げている一人ですが、
確かに難しさを感じます。
ほとんどニュアンスが伝わらないのです。

5月31日の記事の最後に「教訓」という3行を載せました。
橋本さんがコメントしてくれました。異論の提出です。
橋本さんは私のことをよく知っているだろう人です。
翌日、コムケアセンターで矢辺さんから、
あの記事を読んで、「佐藤さんは疲れているのかな」と思ったと言われました。
つまりコミュニケーションができていないのです。
ある人からメールが来ました。
佐藤さんのジョークは若者には伝わっていない、と。

これは、しかし、ちょっとした世代文化の違いかもしれません。
ネットのやりとりのおかげで、それが顕在化したのです。

折口さんが、CWSコモンズのホームページの「折口さんのつれづれ日記」に、
言の葉の発する恐ろしさ。(6月5日)を投稿してくれています。
そうした恐ろしさもたしかにあります。

私はネットのやりとりで、これまでに舌禍事件を3件起こしています。
CWSコモンズのホームページでも一人の知人を失いました。
ですから、最近はかなり注意しています。
私自身は一応、ネットの性格を理解していますので、それなりの準備はできていると自負しています。

しかし、です。
その私ですら、週に1回は、メールや書きこみで、なにやら滅入ることがあります。
相手の善意や真意は一応理解した上での、何とはなしの不快感を味わいます。
すぐにおちつくのですが、そうした気分が自然と起こるのです。
そんな嫌なことがあるのなら、止めたらいいと思うかもしれません。
しかし、それを上回るうれしいメールもあるのです。

もっとも、うれしさと嫌さは、実は相殺できません。
別々のものなのです。
ですから、こうした言い方は正確ではないでしょう。

気持ちのいいネットのやり取りをできるようにするためにどうしたらいいのでしょうか。
私は、それは不可能なことだと思います。
時に不快感を味わうことこそ、健全なことなのです。
利便性や快適性を追求しすぎた結果は、退屈な人生です。

今日はどんなメールに、一喜一憂するのでしょうか。

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2004/06/02

■医学の進歩と生命の大切さ

歯医者に行きました。
近くのミドリ歯科です。そこの先生の石川さんがすごく話し好きなのです。
今日はこんなことを教えてもらいました。

私には1本、まだ埋っている親知らずがあります。
埋まっているが故に、虫歯にもならずに健全です。
最近は、その親知らずを掘り出して、他の場所に移植することができるようになったそうです。ですからむやみに親知らずを抜いてはいけないのです。いざという時の財産なのです。
さらに最近は、歯の種のようなものを育てる試みも進んでいるようです。
歯が抜けても大丈夫の時代が来るかもしれません。
人間の身体はまだまだたくさんの可能性を秘めているようです。

しかし、その一方で、いとも簡単に生命は突然断ち切られます。
イラクの橋田さんや小川さんもそうですが、
今日はまた佐世保で子どもの殺人事件です。

経済的に豊かになったにもかかわらず、多くの人は豊かさを実感できないでいます。
医学は進歩したにもかかわらず、多くの生命が軽んじられだしています。
どこか似た感じがします。
どこが間違っているのでしょうか。

今日は女房の胃がん手術1年目です。
1年が無事過ごせたことに感謝しています。
がんになったおかげで生命や時間の大切さに気づいたと、多くのがん患者の方が話します。私もその思いを少しだけ共有させてもらっています。

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2004/05/31

■身勝手な生き方から抜けられません

今日は銀行の人と会っていました。
融資を受けるためです。
あんまり真面目に働いていないせいか、時々、活動資金がなくなります。
元気な時は仕事を増やすのですが、最近はちょっと元気がありません。
それで銀行融資を受けることにしました。
ビジネスローン担当の方に来てもらいました。

先日、あれほど銀行に対して罵倒していたのに、その銀行に支援を頼むなどというのは、つじつまが合いません。困ったものです。

まあこれはほんの一例でしかありません。
なかなか言動を一致させるのは難しいものです。

汗をかかずにお金を得ては行けないと考えながら、宝くじを買ってしまいます。
環境負荷を最小化しようと思いながら、短い距離でも自動車に乗ってしまいます。
テレビを批判しながら、馬鹿げた内容のテレビを見てしまいます。
家事分担をするといいながら、何もしません。
困ったものです。

63歳にして漸くですが、最近、自分の身勝手さに気づきだしました。
しかし、その身勝手さはなかなか直りません。
いや、ますます高じそうです。

今日も私が取り組みたいと思っていることを説明し出したのですが、
銀行の方にはほとんど興味を持ってもらえずに、
「運転資金がいるのですね」
と総括されてしまいました。
確かにそうなのですが、プロジェクトの意義を感じて銀行が寄付をしてくれるかもしれないと思うのが、私なのです。そんなことは夢にも起こらないのですが。

銀行の方は淡々と説明してくれました。
そして親切に、もっと有利な資金調達の方法まで教えてくれました。
この人がもし私のホームページを読んでいたら、こんなに親切ではないでしょうね。
そして、融資はしてくれないでしょうね。
読んでいないことを感謝しなければいけません。

教訓。
弱い立場の人間は権力に異議申し立てしてはいけません。
権力に従うのが賢い生き方です。
銀行がいくら融資してくれるか心配です。いやはや。

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2004/05/19

■ホテルでの出来事

昨日は長野に泊まりました。
そして、それは今朝の4時頃に起こりました。

一人でホテルに泊っていたのです。
右を下にして、横向きに寝ていたのですが、
夜中に後ろで人の気配を感じました。
半分眠りながら、手をそちらに伸ばしましたら、人の指に触りました。
軍手をしているような指で、しかもその軍手?にはアナがあいている感触でした。
ビクッとして、寝返りをうとうとしました。
しかし、どうしても寝返りもうてず、目もあけられないのです。
そのうちに指がスーっと離れてしまいました。
そして、また眠ってしまったのですが、
すぐまた気配を感じて、半分目が覚めました。
今度はだれかが私の手に触ってくる感触です。
今度こそ必死になって目を覚まそうとしました。
寝返りも精一杯がんばりました。
しかし、身体は全く動かないばかりが目も開きません。
そのうちに、触られた感触から相手の手のひらをつかむことができたように思います。
さらに数分、頭を振り向く努力に全力を向けました。
但し、まだ半分寝ている状況です。
何度かの努力の末に、ようやく頭をグッと振り向かせることに成功しました。
瞬時に目も覚めました。
部屋は真っ暗ではなく、外の明かりがうっすら入っていました。
しかし、そこには誰もいませんし、いつの間にか手の感触も消えていました。
もちろん人がいた気配は全くありません。
私は汗をかいていました。

まあ、それだけの話です。
不思議なことに、怖さはありませんでした。
むしろなにか気持ちがやさしくなる雰囲気が残りました。

久しぶりの体験です。
そう言えば、最近は、向こうの世界との交流が途絶えていました。
以前はいろいろと不思議なこともあったのですが。

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2004/05/18

■プラグを抜く難しさ  

新聞をとるのをやめようというお勧めをいただきましたが、
なかなかふんぎれません。
それどころか、
パソコン依存の度合いが高まり、今やパソコンがないと動けなくなりそうです。

最近、どうも主力のパソコンが具合が悪いのです。
買ってから2年半ですが、余計なことばかりしているせいか、具合が悪いのです。
この頃は週に1度、いうことをきかなくなります。
その時間ロスを考えれば、買い直したほうが経済的かもしれませんが、
なかなかその気になれません。
貧乏性なのです。

具合が悪くなったのだから、しばらくパソコンから自由になったらいいのではないかとも思うのですが、最近は仕事も生活もすべてパソコンに大きく依存してしまっているのです。

さて、どうしたらパソコンから自由になれるか。
新聞やテレビを問題にする前に、自らの生き方を改めなければいけないのかもしれません。

生きづらい時代です。


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2004/05/13

■極悪非道な人間はどこにいるのか

書きこみを再開します。
風邪は治りました。

昨日の米国人殺害の映像は衝撃的でした。
この映像の話を聞いて、私自身、一瞬、思考停止におちいりました。

10日に企業経営幹部の方々が、これからの企業のあり方について議論して来た結果を発表する会がありました。発表の前に、私から問題提起させてもらいましたが、そこで、「三菱自動車」と「イラク捕虜虐待」の話をしました。
一見、無縁のようですが、同じ話だと私は思っています。
文化や状況は、人を一変させるのです。
今回の事件も、そうした事件に隣り合わせています。

彼らも、殺害をしたくてやったのではないでしょう。
我々は、彼らの残虐な行為を見て、彼らを極悪非道な人間と決めつけがちですが、
果たしてそうでしょうか。
もし、私も、彼らと同じ立場に立ったら、同じ言動をしたかもしれません。
状況によって一変するのが、人間ですから。
それは決して「極悪非道」ではなく、極めて人間的な行為なのです。

私は、むしろ彼らがそうしてしまった状況をつくった人を問題にしたいと思います。
彼らが極悪非道なのではなく、
彼らを追い込んだ人が極悪非道なのです。
その因果を探って行くと、おそらく、「痛み」とは無縁のところで、ぬくぬくした生活に埋もれながら、必然性の無い、非道な言動をしている人がいるはずです。
しかも、彼らは一人ではなく、「自己責任」など全く感じることのない仕組みの一員であることも少なくないように思います。

そこにこそ、焦点しぼるべきでしょう。

哀しい事件です。
しかし、私が、加害者か被害者かになる可能性は十分あります。
もしこうした事件に、対立構造があるとしたら、
加害者と被害者の対立ではありません。
もっと大きな対立構造があるのです。

このテーマが、私のこの数十年のテーマです。
CWSの二つのホームページのテーマでもあります。

なにやら難しいことを書いてしまいました。
明日からは、また気楽に書きます。

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2004/05/12

空白の3日間

ここに毎日、書きこもうと思っていたのですが、
この3日間、書き込めませんでした。
疲れきっていたのです。
風邪は何とか治りましたが。

その上、不幸続きです。
私だけではないのですが、悪いことが続いています。
気がなくなると、ドッと悪いことが寄ってきますね。
この2日間、とてもめげています。

またCWSコモンズには書こうと思いますが、
昨日は3人の人がやって来ました。
11時から5時まで、相談タイムでした。
3つの壮大な構想の話です。
大学、医療、福祉が、それぞれのテーマですが、
いずれも大きな話です。
それに取り組みたいという3人の人が来たのです。

いずれにも関わりたい気分がしています。
せっかく昨年、いろいろな活動から抜けたのですが、
また新しい活動にどんどん吸い込まれそうです。

世の中には、どうしてこんなに面白いテーマがたくさんあるのでしょうか。
しかも、それをやろうとしている人が極めて少ない。
不思議な時代です。

また時間がさらになくなりそうです。
スローライフとは程遠い生活から、抜けられません。
困ったものです。
心を失わないようにしないといけません。

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