カテゴリー「医療時評」の記事

2022/11/10

■退院後の自宅養生で考えたこと

入院中に考えたことをFBにアップしたら、それを読んだ娘から、退院後の自宅療養で考えたことも書けと言われました。娘には大変な負担をかけているからです。たしかに、私自身も退院後が大変でしたし、娘はさらに大変なのです。
もちろん娘は皮肉を込めて言っているので、書くことは望んでいないでしょうが、素直な私は書くことにしました。

何が大変かと言えば、やはり食事です。
一応、退院時に栄養士にいわれた通りのことには注意していましたが、ちょっとした油断で大変な状況になってしまうのです。特に内臓系の病気の場合、退院後の食事は大変です。食事指導を実際に個人に当てはめるのはそんなに簡単なことではありません。個人の好みもありますが、食はそれこそ個人によって全く違うのです。ただ脂っぽいものをやめるとか甘いものや刺戟性のものは避けるというような話ではないのです。

それに多くの場合、食生活は3度の食事だけとは限りません。
また私の場合のように、1週間も点滴投与で絶食していた場合、慎重に戻していかないといけないでしょう。退院したから入院前と同じような食生活に戻れるわけではありません。

あまりに自分の恥をさらすのもと思い書いていませんが、実のところ、2回も失敗があり、いささか食事不安症になっているのです。
そのうち、一回目はかなりひどい状況で、悪夢のような一夜を過ごしました。事情を知っている友人からは再入院を勧められましたが、入院嫌いな私は自力で頑張りました。それで娘は大変だったわけです。私も実に苦しい数時間でしたが。病気は当人よりも周辺の人が精神的には大変なのです。

生活リズムもなかなか取り戻せません。
病院ではやることもないので、院内の散歩やラジオ体操もやっていましたが、自宅では時間をつぶすことはいくらでもあり、生活リズムをとるのは難しいのです。
それに自宅だとどうしてもわがままになります。特に私のように、「家族は迷惑をかけ合うのが当然」という思いを持っている場合、ナースでもスタッフでもない娘は大変です。「来世でお返しするから」と言ったら、「もう来世は関わりたくない」と言われてしまいました。さもありなんと思います。

そうは言うものの、家族関係はお互いの行動に根強く埋め込まれています。介護疲れや介護トラブルの事情が少し実感できるような気もします。当事者は本当に大変なのです。
これは知識や理屈の話ではないのです。

娘から指摘されて私が気づいたのは、私の生活がいかにいい加減だったかということです。そういう意味では、生活を見直すいい機会になりました。

最大の教訓は、やはり同居している人がいることの心強さです。
最近独り暮らしの友人知人が増えていますが、やはり人は誰かと一緒に住むのがいいような気がします。たしかに独り暮らしが一番気楽でしょうが、病気になった時に一番支えになるのは、一緒に住んでいる人のような気がします。
施設や家族とは違う意味での、仲間と一緒に暮らす「家」の仕組みが創り出せないものか。それこそが私が目指す「ケア・コミュニティ」の基本だなと改めて思っています。
家族ほど近すぎず、施設ほど遠くない関係が維持できる「仲間たちの住居」が構想できないものでしょうか。

 

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2022/11/09

■入院して改めて感じた医療のあり方

先月、8日間入院しました。

改めていろいろなことを感じましたが、20年ほど前に考えていた「医療制度のパラダイムシフトの素人見解」を思い出しました。探してみたら、その一部が見つかりました。
http://cws.c.ooco.jp/iryou-1.htm#am

入院中に書いた「病院生活日記」を読んだ医学者の友人が、5チャンネルで放映される「トラベルナース」というのは結構好番組だと思います、とメールをくれました。

昨日、過去にさかのぼってみて観ました。米国のナース・プラクティショナー(一定レベルの診断や治療などを行うことができるナース)の資格を得た若者が日本に戻ってきて病院で活動する話です。
https://www.tv-asahi.co.jp/the_travelnurse/

そこに出てくる不思議なナースが口癖のようにこう云うのです。

医師は病気を見て病気を治す。
ナースは人を見て人を治す。

全く同感です。

入院中の8日間、医師は私に一度も診察には来ませんでした。
途中、MRI検査や3回の血液検査をしましたが、医師はそのデータを見て、ナースに指示を下すのでしょう。入院中に2回、ベッドのところに来てくれましたが(一度は退院の報告)、別に診察するわけではありません。まさに、人よりも病気を見ている。
これは今回の経験ではありませんが、診察していても患者のほうを見ずに、最初から最後までパソコンの画面だけを見ている医師もいました。私の妻はそれにとても失望していました。

入院中に、ナースやスタッフとのコミュニケーションが不十分なのも何回か経験しました。意見が違っていることもありそうです。お互いに忙しいので仕方がないのかもしれませんが、患者にとっては気になることです。

患者を見ない医師と患者の状況を詳しく見ているナースと、患者にとってどちらが頼りになるか。いやこういう病院体制でいいのだろうかと思ってしまいます。
おそらく医師の仕事の多くは間もなくAIに置き換わられてしまうでしょう。でもナースの仕事は残るでしょう。と考えれば、どの仕事が病院や医療の核になるかは明らかなはずです。

こんなことを書くと、今回、私が入院していた病院を非難しているように思われるかもしれませんが、そうではありません。病院はいずれもがんばっているのです。でも大きな方向性に、私は違和感を持っているのです。

ところで、「トラベルナース」ですが、日本でも制度導入への検討が始まっているようです。日本看護協会からも提案がなされています。
https://www.nurse.or.jp/nursing/np_system/index.html

医療のあり方が、根本から見直される時代に向かっているのがとてもうれしいです。

 

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2022/03/30

■宮庄さんの新著「新型コロナ真相 謎とき紙芝居」のお勧め

今年初めに湯島のサロンでも、ワクチンの話をしてくださった宮庄さんが、コロナに関するとてもわかりやすい本を出版されます。
「新型コロナ真相 謎とき紙芝居」。クラブハウスから420日出版予定ですが、現在、アマゾンで予約受付中です。
https://www.amazon.co.jp/dp/4906496644/

 宮庄さんは、「これ1冊でコロナ騒動の真相を1から10まで理解することのできる唯一の本」と言っています。というのも、この本は専門家が書いた本ではなく、宮庄さんご自身が自らの疑問を出発点にして、一市民の視点で調べ上げていったことを、これも普通の市民たちに説明しながら、どうしたらわかりやすくなるか工夫しながらまとめあげてきたからです。本の大筋はすでに一昨年末に完成していたそうですが、その後、いろんな場でたくさんの人たちに話し合いながら、内容を整理してきたのだそうです。

そのおかげで、話したいことを書くよりも、知りたいことを書くという、まさに読者視点になっているとともに、文章だけではなく、図表やイラストをふんだんに使いながら、しかも1テーマ1ページという、紙芝居スタイルですので、とてもわかりやすいのです。

私もいくつかの図表やイラストを見せてもらいましたが、タイトルが興味をそそられる謎解き風になっていますので、ついつい引き寄せられてしまいます。
しかも、宮庄さんは、ただ読んで終わりではなく、実践・実戦用の資料集をめざしたと言っていますが、周りの人の疑問にも答える上でとても役に立つ資料に仕上げられています。

新型コロナに関しては、まだまだわからないことが多いのですが、わからないが故についつい納得できないままに世間の風潮に流されてしまっている人も少なくないでしょう。

宮庄さんは、コロナ脳からの攻撃や同調圧力への防御などにも役立つはずだと言っています。
まだ出版はされていませんが、ぜひ多くの人に読んでもらいたい本です。

 詳しい内容はアマゾンのサイトをご覧ください。
https://www.amazon.co.jp/dp/4906496644/

 

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2021/11/04

■「‟認知症と拘束”尊厳回復に挑むナースたち」のご紹介

しばらくご無沙汰していた平岩千代子さんから1冊の本が送られてきました。
平岩さんには、私がささやかに医療や福祉の問題にかかわった時には、いつも応援してもらった記憶があります。
その平岩さんが、大学院で医療福祉ジャーナリズムを学び直し、その修士論文をもとに、読みやすいブックレットにまとめて出版されたのです。
「‟認知症と拘束”尊厳回復に挑むナースたち」(日本看護協会出版会 900円)

本を開いて驚いたのは、本書の冒頭が、「父が縛られることに同意はできない」という言葉で始まっていたことです。
その一言で、本書の主旨が理解できましたが、同封されていた手紙を読んで、平岩さんのこのテーマへの思いも伝わってきました。

長い人生を懸命に生き抜いた最終楽章で、身体拘束されるのはあまりにも切なく悲しい。人生100年時代といわれるようになりましたが、「長生きしてよかった」と思える生活や療養の環境を整えることが喫緊の課題です。一市民としてできることはないか。

思ったら行動を起こす。私が知っている平岩さんの生き方です。
直ぐに読ませてもらいました。

本編は平岩さんが出会った、人間の尊厳を根底において活動されている3人の看護師のインタビューです。生い立ちや立場、仕事も違うのですが、そこから伝わってくるのは、いずれも「現場の生の人間の声」です。

病院での身体拘束の話は、今も時々聞きますし、湯島のサロンでも時に話題になります。
しかし本書を読んで思うのは、私にとっても決して無縁の話ではないなということです。
同時に、この問題は、福祉とは何か、医療とは何か、そして、生きるとは何かを真正面から問うてきていることに改めて気がつきました。

私の読後感を一言で言えば、一市民としてできることはある、ということです。

読んでいただくと分かりますが、これは決して医療や福祉に関わるだけの問題ではありません。「はじめに」で平岩さんは、「見える拘束」と「見えない拘束」に言及されていますが、私はそのくだりを読みながら、まさに私たちの日常生活も、今やこうした状況になるのではなかとふと思いました。
だとしたら、看護師ではない私にもできることはあるはずです。

看護師の田中とも江さんがインタビューの最後に話した言葉が、強く心に残りました。
私の考えにあまりに重なっていたからです。

私には社会を変えることはできません。できることは目の前の人が安心して暮らしを営むための支援をすること。言い換えれば、私自身が自分らしく生きたい。これって尊厳のことですよね。

内容を紹介するよりも、気軽に読めるブックレットですので、ぜひ直接読んでいただき、3人の看護師の声を聴いていただきたいと思います。湯島においておきますので、関心のある方は順番に読んでみてください。

また次のサイトから注文できますので、購読してもらえるとうれしいです。
https://www.jnapc.co.jp/products/detail/3906

 

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2021/09/11

■「ネオ・ヒューマン」

今朝から読みだした「ネオ・ヒューマン」を読み終えました。

「ネオ・ヒューマン」というタイトルに惹かれて、読んだのですが、内容は全く違い、 ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された著者(ピーター・スコット・モーガン)が、自らを実験台にサイボーグとして生きることを決意し、実行した記録でした。
「ネオ・ヒューマン」についての解説などは全くありませんが(原題もHuman Cyborgとはありますが、Neo Humanの文字はありません)、生々しい実話のおかげで、Neo Humanという概念への理解は深まります。

著者は、重要な宇宙の法則は次の3つしかない、と言い切ります。
 1.科学こそ、魔法への唯一の道である。
 2.人類が偉大なのは、ルールをぶっ壊す存在だから。
   3.愛は - 最終的に - すべてに勝つ。

「ルールを壊してこそ人間」であり、すべては「愛」から始まるというのも、本書の重要なメッセージです。この点には完全に共感します。
ネオ・ヒューマンについて考える視野を広げてもらった気がします。

本書の最後は、21年先にAIとのコラボレーションによって高解像度のアバターとして活動するサイボーグとして生きてきた著者の死が語られています。
死こそが、人間の証というわけですが、ただそう言い切っているわけではなく、いささか含みを残しているような気がします。ここも共感します。

これは実話であり、おそらく映画化されるでしょう。
18日に湯島でムーンショット計画のサロンがありますが、現実はここまで来ています。
AIとどう向き合うか。死をどう位置づけるか。
とても1回のサロンでは終わらないテーマですが、「生きるとは何か」「人間とは何か」を秋からの湯島の基本テーマにしようと思っています。

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2021/09/06

■第1回リンカーンクラブ研究会報告

リンカーンクラブ代表の武田文彦さんからの呼びかけの第1回リンカーンクラブ研究会は9人の参加者があり、予定時間を大幅に超える熱い思いがぶつかり合う会になりました。
ちょっとみんな熱くなりすぎて、危うく壊れそうになるほどでしたが、かなりみんな真意も吐き出したので、何とかおさまり、逆にこれからの展開も見えてきました。

ご案内の通り、参加申し込みいただいた方にはあらかじめ膨大な原稿が送られてきました。それに一応目を通したうえで、皆さん参加されましたが、最初に武田さんからは、こう問いかけられました。

考えていただきたいことがあります。

他人やほかの本からではなく、現代の日本という国家についてのみなさんの国家観についてです。
さらに、歴史観です。今の時代は日本にとってどういう時代なのかということです。
もう一つは、経済観です。経済というものをどう考えるかです。

この、国家観、歴史観、経済観、それぞれ考えていただいたうえで、この3つの要素の連関性についてお考えいただきたいのです。
それぞれの考えに論理的に大きな矛盾が生じないようにしていただくという作業になります。バラバラではあまり意味はありません。

国家観、歴史観、経済観は単独では成立しません。
それは人体の各臓器とその作用のような物だと考えています。国家という生体が生きていくうえでの基本的な機構かもしれません。
こうすることで構想というものが生まれてくるような気がします。
こうして、初めて、日本の現代と未来の問題が見えてくると思います。
そして、現代の個人と国家の関係のあり方もまた見えてくるような気がします。

これが長年の武田さんの取り組み姿勢ですが、こう正面から問われると、いささかたじろいでしまいます。それに突然言われても、そう簡単にな話せない。

しかしめげずにみなさんそれに応じて、自論を話すことから研究会は始まりました。
参加者全員が話し終わった時はすでに予定の時間が終わるころでしたが、それから話し合いがはじまりました。

と書くといかにも整然と会が進んだように感じるかもしれませんが、原稿に対する批判や実際の運動につながっていないという厳しい批判もあり、さらに終盤になって個別的な政策課題に話題が行ってしまったために、話し合いは混迷し、あわや空中分解になりそうでした。
しかし、武田さんが呼び掛けたように「他人やほかの本から」の知識的な情報のやりとりではなく、それぞれの本音の話し合いだったので、各人の思いも見えてきて、逆にこれからの展開の手応えがあったような気もします。
本音の思いは、そう簡単には伝わり合えません。それがわかっただけでもよかった気がします。

いずれにしろ今回の話し合いを踏まえて、10月に第2回目の研究会を開催するとともに、並行して、リンカーンクラブ構想の話やその理念でもある究極的民主主義の紹介などのサロンも行うことを考えていこうということになりました。

研究会は基本的にはメンバー制で開催していきますが、関心のある方には公開していくスタイルをとる予定です。
関心のある方はご連絡いただければ、次回の案内などさせていただきます。

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2020/07/26

■ALS患者の言葉に深く耳を傾けたい

昨夜は4時に目が覚めてしまいました。
そして、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者が薬物を投与されて殺害されたとされる事件のことが浮かんできて、もう眠られなくなってしまいました。
私には、実に簡単な事件のように思いますが(「殺人事件」です)、なぜかテレビの報道に接して以来、頭から離れません。

今朝、朝日新聞のトップにALS患者の増田さんのメールが紹介されていました。
何度も読み返しました。
そして、林優里さんのご冥福を祈りました。

増田さんのメッセージをぜひ皆さんにも読んでいただきたいです。
私が、一番共感したのは、次の文章です。

誤解して欲しくないのは、彼女の意思表明は、
生きたいと思ったからこそのものであること、
そして事実生きていたということです。

書きたいことは山のようにあります。
できれば湯島のサロンでも取り上げたいと思います。
でも今はまだその元気がでません。

ともかく、多くの人に増田さんのメールを読んでもらい、考えてもらいたいです。
退屈な「言葉」の問題にはしないでほしいですが。

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2020/07/20

■医療関係者のストライキのメッセージをきちんと受け止めたい

今日は娘の手術の立ち会いで、大学病院で半日過ごしました。
手術は2時間でしたが、その前後、併せて5時間以上、病院にいました。

いろんなことが見えてきます。
コロナ騒ぎで、病院は大きな負担を強いられているのがよくわかります。
しかし、看護師もスタッフも、もちろん医師も、非常に誠実です。
医師は昼食を食べる暇なく、仕事をしているようです。
さすがにナースステーションは昼食時少し人数が減っていましたが、患者担当の人は昼食もなく頑張っていました。私も昼食を食べずに待合室にいたので、それが実感できました。

そのうえ、みんなとても気遣い合う姿勢が強く、看護師だけでなく、たとえばストレッチャーを運ぶスタッフや待合室の掃除に来る人など、みんな実に親切です。
エレベーター内では声をかけないようにと掲示が出ていましたので、私も声掛けは最小限にしましたが、それなりに声をかけてもらえましたし、それなりに声をかけさせてもらいました。もっとも、みんな私よりも疲れているはずなので。私にはお礼を言うしかできませんでしたが。

帰宅してテレビを見ていたら、病院の看護師のストライキが報道されていました。
コロナ騒ぎで病院が収益悪化し、ボーナスが削減されたりしているようです。
これを見て唖然としました。

たぶん金銭的な問題ではないでしょう。
医療関係者への評価や、もしかしたら私たち患者や患者家族の姿勢が問題なのかもしれません。社会の目も、問題かもしれません。
もし本当に新型コロナが心配なのであれば、そして医療崩壊を本当に心配するのであれば、病院の経営収益の問題などにしてはいけないはずです。

コロナ対策特別税として、全国民が毎月一定額を負担するようにしたらどうでしょうか。
経済が回らなくては困るとみんないいますが、病院はどうなのか。
昨今のバブルに近いような消費の報道には、私は違和感があります。
まずは医療関係者に温泉に行って休んでもらいたい気分です。

病院のスタッフ業務には、資格がなくてもできる活動も少なくありません。
そういう活動をするボランティアを受け入れるのもいいでしょう。
私にも入り口で体温を計ったり、消毒をしてもらうようなことなら、週10時間くらいであれば、引き受けられそうです。

ニュースで医療関係者のストライキが、ボーナスとの関係で報道されているのに、やりきれない気がします。
報道関係者はもう少ししっかりと現実を見てほしいです。
そこまで報道はお金に毒されてしまっているのでしょうか。

今日、お世話になった慈恵医大柏病院の守衛さんをはじめとした、すべてのみなさんに感謝します。

 

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2020/06/02

■磯野真穂さんの「医療者が語る答えなき世界」をお薦めします

ぜひお薦めしたい本に出合いました。

磯野真穂さんの「医療者が語る答えなき世界」(ちくま新書)です。
先日、新型コロナに関連した朝日新聞のインタビューで、磯野さんが「人と人が直接会って交流できないことは、社会の死を意味する」と話されていたことに誘い込まれて、磯野さんのこの新書を読んでみました。感激しました。読み終えたのは先月ですが、多くの人に読んでほしいと思い、紹介させてもらうことにしました。

朝日新聞の記事では、磯野さんは「医療人類学者」と肩書きされていました。医療人類学という言葉も私は初めて知ったのですが、本書を読んでとても納得できました。
そして、私たちの生活のすぐ近くに、「文化人類学」のフィールドがたくさんあることに気づきました。社会は豊かさに満ち溢れているのです。
同時に、私たちにも「文化人類学者」的な生き方ができる事にも気づかされました。磯野さんは、「文化人類学は他者の生を通じて自分を知る学問」だと書いています。そう捉えれば、私もささやかに「文化人類学」的な生き方をしているように思います。

それはともかく、磯野さんは、こう書いているのです。

身体の異常を元通りに治すとか、心身の不調をすっかり取り去るとか、字句通りの「治す」からはいっけん離れたところにある医療行為が現場にはたくさんあり、それらの行為こそがまさしく医療なのではないかと思わせる場面が存在する。

そして、「「治す、治さない」という二項対立的な基準を持ち込まずに医療者の仕事をとらえる方法はないだろうか」と問い、「医療者の仕事は医学を医療に変換すること」だというのです。
現在の医療に違和感を持っていた私には、とても腑に落ちる言い方です。

磯野さんは、そうしたことをわかりやすい8つの医療者の物語を通して、ていねいに説明してくれます。「8つの物語が、読者のこれまでの人生と何らかの形で共鳴することを願ってこの本を書いた」と磯野さんは書いていますが、私の場合、たくさんの共鳴がありました。共鳴だけではなく、感動もあり、納得もあり、気づきもありました。

紹介したいこともたくさんあるのですが、生半可な紹介よりも、ぜひ本書を読んでほしいので、内容の紹介はやめておきます。
読み終えた後、磯野さんがインタビューで「人と人が直接会って交流できないことは、社会の死を意味する」と言っていたことの思いが、さらに深く伝わってきました。

新型コロナ対策で、社会が死なないように、ぜひ多くの人に読んでいただき、自分の生き方を考える時間を持ってもらえればと思います。
気楽に読める新書です。

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2020/05/17

■「感染者に会わなければ感染しない」わけはありません

新型コロナに関する専門家のテレビ発言はできるだけ聞くようにしています。
そのおかげで、新型コロナのことがかなりわかってきたような気がしますが、いわゆる専門家のほうがわかっていないのではないのかと思うことも少なくありません。
まあ私の聞き違いや理解不足の可能性も大きいですが。
しかし、専門家の発言こそ、注意して聞かねばいけないというのが私の人生体験の一つです。

たとえば、「感染者に会わなければ感染しない」ということが、ともかく家にいた方がいいという呼びかけの理由とする専門家が少なくありません。
「感染者に会わなければ感染しない」と言われると、そうだなとつい思いがちですが、そんなことはまったくありません。もし、そうならドアノブや公園の遊具を消毒したりすることは全く不要です。
物質に付着したウイルスは感染力を持っているわけですから、感染者に会わなければ感染しないなどというのは全くの嘘です。こういう嘘を重ねていくと、事実は見えなくなっていきます。たぶんそういっているうちに専門家自身もおかしくなっていくのでしょう。
嘘をついているといつの間にかその嘘に自分も騙されてしまいかねません。

専門家に限りませんが、テレビでよく言われていることや新しい生活様式なども、おかしなことは少なくありません。自宅の部屋も換気をしろと言われますが、すでにコロナウイルスが自分の家にも蔓延しているということでしょうか。
ソーシャルディスタンス2メートルなどというと、いかにも科学的で根拠がありそうな気もしますし、もっともらしく説明されていますが、専門家たちはどう思っているのでしょうか。

相手は自由に飛びまわるウイルスですから、人間が勝手に決めた行政区画に制約されて動いているわけではありません。最近の人間は、ウイルスよりも従順で、行政区域に呪縛されるようですが、ウイルスは生きている以上、そんなことにはお構いなでしょう。かれらが生きてるのは武漢の研究所の実験室の中ではなく、広い宇宙空間なのです。

揚げ足取りと言われそうですが、ともかくわけのわからない思いつきのルールや予防策が、それこそ世間に蔓延しているような気がします。
私は、そんなわけで世間に流布されているルールは参考にはしますが、自分なりに吟味して、まじめに感染予防に取り組んでいます。
オウム返しのように「ホームステイ」などと有名人が呼びかけている動画も不快でしかありません。

自分の生活をかけて感染予防に取り組んでくれる人が増えてくることを願っています。

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