カテゴリー「無駄話」の記事

2009/07/07

■首相への背任罪告訴はできないものでしょうか

麻生首相への背任罪告訴はできないものでしょうか。
小泉元首相も国民の財産(有形無形含めて)に大きな損失を与えたという点で告訴できるものなら告訴したいですが、まあ彼を支持したのもまた多くの国民ですから、それは難しいでしょうが、最近の麻生首相の首相権限の乱用は目にあまります。
彼のおかげでどれだけの財産が浪費され壊されたことでしょうか。
告訴したい気分です。

ナチスの高官も戦前の日本政府の高官も、戦後、処罰されました。
なぜ彼らは処罰され(死刑にもなっています)、麻生首相は裁かれないのか、納得できませんが、現職だからなのでしょうか。
韓国のように、人気終了後、告訴される仕組みは日本にはあるのでしょうか。

国王の処刑でも書きましたが、処刑できない支配者をつくってしまう仕組みは、どう考えても主権在民とはいえません。

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2009/03/18

■アサリに共棲しているカニ

暖かくなりました。
昨年、わが家の庭に話した沢蟹が年を越して土の中から出てくるのではないかと楽しみにしています。
子どものカニがカマキリの子どもたちのように山のように溢れ出てくるかもしれません。

先週、福岡の蔵田さんが春を告げる恒例のアサリを送ってきてくれました。
ご自分で海から採ってきて、毎年、送ってくれるのです。
今年のアサリは大きくて立派でした。
そのアサリの中に、体長2~3ミリの小さな蟹が含まれていました。
まだ生きているのを3匹拾い上げて、飼ってみることにしました。
5日ほど立ちますが、みんな元気そうです。
今年の秋になれば、大きくなって食べられるかもしれないと思って、飼い方をネットで調べてみました。
どうもこの蟹は、アサリとの共棲蟹のようで、大きくはならないようです。
食べられません。ホッとしました。

私は大きなカニは好きではありませんが、小さいカニは大好きなのです。
前世がカニだったのかも知れません。
そういえば、カニのように少しひねくれていますし。

カニとアサリを育てようと思います。
うまく育つといいのですが。


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2008/12/18

■疲れる毎日

今週はどうもハードな話との出会いが多く、気が沈みがちです。
ブログもなかなか書けずにいます。

久しく会っていない友人を訪問しました。
経営が大変だというのです。
オフィスのあるビルの前に若い人が立っていて、ビルに入ろうとしている私を観察しているような雰囲気です。
あとで聞いたら、友人のオフィスの隣の会社の再建取立ての人なのだそうです。
隣の会社の社長は行方不明で、オフィスにはもう誰もいないようですが。
そうした人に会うのは初めてなのですが、一見する限り、その人も普通のビジネスマンです。
きっとその人の会社も、苦境に立たされているのでしょう。

彼の会社も仕事が急減し、今の社員の人件費をとても負担できなくなっているようです。
でも小さな会社なので、社員の顔を毎日見ていますので、とても解雇などとはいい出せないのだそうです。
大企業の経営者がいとも簡単に大量解雇発表するのとは大違いです。

そうかと思うと行政の景気浮揚策での無駄遣いの話もいろいろと入ってきます。
こんなにもらっていいのかと思うと言っている友人がいますが(まあ、額は知れていますが、きっと誰かがもっと大きな利益を得ているのでしょう)、別の友人に聴いたら、どうも全国的な話のようです。
景気浮揚のためのお金の使い方の仕組みがあまり効果的でないような気がします。

私が取り組んでいるコムケア活動の仲間の分野でもいろいろとあります。
孤独死や自殺の問題もあります。
DV問題もあれば、メンタルヘルスの問題もあります。
活動を再開したら、急にドッと問題が流れ込んできましたが、たぶんそれは時代状況のせいなのでしょう。
どの問題に、どこまで関わるか、悩ましい話です。
それに私自身にまつわる問題もそれなりにあるのです。

最近、ちょっと落ち込んでしまい、時評を書く気力が萎えています。
元気づけてくれる伴侶がいないので、なかなか元気が出てきません。
困ったものです。

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2008/10/16

■沢蟹の話3

久しぶりに沢蟹の話です。
沢蟹関連はむしろCWSコモンズのほうの話題なのですが、沢蟹という検索ワードでこのブログにアクセスしている人が毎日数名います。
それでここにも書く気になりました。

ホームページの方で報告しているのですが、9月に滋賀の石道寺から、また8匹の沢蟹を連れてきました。
今その沢蟹を庭の池の周辺に放しています。
2匹は勝手に水槽から抜け出して、庭に脱出してしまったのですが。
わが家の庭の池は小さいのですが、周辺に草木があり、周辺には蟹にとっての隠れ場所がたくさんありますから、放した数分後にはみんな姿が見えなくなりました。
毎日、暇があれば探していますが、見つかりません。
ところが先日、娘が見つけたのです。
なんと池の中に棲んでいました。
私は池の中だと呼吸が続かないのではないかと勘違いして、池の周辺に水路を作ったりしていたのですが、蟹たちにとっては水中のほうが居心地がよかったのです。
考えてみると水槽の水の中に蟹たちは飼われていましたね。
とんでもない勘違いでした。

餌は蟹の餌を買ってきました。
水槽での観察によれば、それよりも蟹たちはご飯や小魚のクズが好きなようでした。

池の周りを半分囲いましたが、半分はオープンにしています。
蟹の棲息習慣に関する知識が無いのですが、完全に閉じ込めるのはかわいそうです。
隣の奥さんから逃げませんかと訊かれましたので、なついているから大丈夫ですと応えましたが、全く自信はありません。
なぜなら今まで放してから姿を見せた蟹はいないからです。

水槽で飼えばいいと娘は言いますが、やはり蟹にも自由が必要です。
わが家の小さな庭のどこかに沢蟹が棲んでいると思うだけでわくわくします。
そしていつか、「あれ、こんなところを蟹が歩いている」と来客を感動させたいわけです。
水槽では誰も感動しません。
それに私も水槽の蟹をみるよりも、姿は見えないけれど、どこかに蟹がいると思うほうが気持ちが豊かになります。
最近、わが家の狭い庭や小さな池が、とても自然豊かな素晴らしいものに思えています。


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2008/07/31

■ムペンバ効果

今日の朝日新聞に、『「湯は水より早く凍る」現象議論沸く』という記事が出ていました。
記事の一部を引用させてもらいます。

水よりもお湯の方が早く凍ることがある――。NHKの番組「ためしてガッテン」で紹介された不思議な現象が話題になっている。科学的には未解明で、物理学者の大槻義彦・早稲田大名誉教授がブログで「実に馬鹿馬鹿もの」と批判している一方、雪氷学者らは「条件次第では起きる。まじめに研究しては」という。
7月9日放送の「今年も猛暑!お宅の『氷』激ウマ大革命」。「常識逆転!お湯は水より早く凍る」として、37.2度と66.5度の水を60グラムずつ零下25度の冷凍庫に入れ、高温の方が早く凍ったという実験などを紹介した。
私自身はその番組を見ませんでしたが、放送後、かなりの反響があったようで、賛否両論の議論で盛り上がっているそうです。
この現象は「ムペンバ効果」として知られていることなのだそうです。
ウィキペディアに詳しく紹介されています。

「湯は水より早く凍る」のが正しいのかどうかはわかりませんが、私にはとても刺激的な話です。
そんなバカなことはないというのは、明らかにリニア発想の近代科学者だと思いますが、私たちのほとんどが、無意識の中にそうした発想を持っています。
だからこそ、この現象が「不思議な現象」とされるわけです。
以前、書いたように「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」と考えれば、素直に納得できます。
おそらく様々な条件が組み合わさって、そうした結果が起こったり起こらなかったりするのでしょう。
そうでなければ、実験可能な現象に関して論争など起こりようがありません。

「湯は水より早く凍る」
じっくりと見ていると実に示唆に富む言葉です。
社会的な問題も、そこにたくさん含意されているような気がします。
これまで蓄積してきた知識体系が壊れていくような快さを感じませんか。
私たちもそろそろ、中途半端な「科学的思考」の呪縛から抜けでたほうがいいのかもしれません。

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2008/07/17

■「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」

仕事で福島に行くため、上野から新幹線に乗りました。
予定より30分も早く上野駅に着いたので、1本早い新幹線に乗りました。
福島駅でゆっくり珈琲でも飲もうと考えたのです。
ところがです。
乗車して車内放送を聞いたら、20分早く出発するのですが、福島駅にはむしろ15分遅く着くことがわかりました。
各駅停車の新幹線だったのです。
慌てて次の大宮駅で降りて、20分後に来る予定していた新幹線に乗り換えました。

早く出発するんだから早く到着する。
これは完全に思い込みです。
まあ、今回の私の思い込みは、新幹線もいろいろとあることに関する知識不足、注意不足でしかありませんが、おそらくこうした「思い込み」による失敗を私たちはたくさんしているのでしょう。

今日は、福島県の自治研修センターでの講演でした。
今回の講演の主旨のひとつは、発想が硬くなっている自治体職員のみなさんの固定観念を壊すことです。
その話をする自分が、こんな思い込みの失敗をしてしまっているとは恥ずかしい限りです。

2年ほど前に光文社新書で「99.9%は仮説」と言う本が出ました。
思いこみ、常識、前例、先入観、固定観念……そういったものにしばられて、身動きがとれなくなっている人が多いが、「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」というようなことが書かれている本のようです。
私自身も「世の中ぜんぶ仮説にすぎない」という発想の持ち主ですので、まあ読むまでもないかなと思って、まだ読んでいません。

私の今日の体験と、この話は違うような気もしますが、たぶんつながっています。
もちろん仮説を一々検証しながら、生きていたら身が持ちません。
仮説とか常識は、そうした生きるための膨大な作業を縮減するためのものですから、否定する必要はありません。
それに「世の中ぜんぶ仮説」ならば、その真偽を検証する必要もありません。

私は、太陽は絶対に東から出るとは思っていません。
時に西から出てくることがあるかもしれないと思っています。
カフカの小説ではありませんが、明日目が覚めたら、私が大きな毛虫になっている可能性もゼロだとは思っていません。
世の中に絶対、確実のものなどあろうはずがありません。

これまでの67年間の人生において、私はいつも目覚めると人間のままですが、だからと言って明日の朝もそうだとは限りません。
何をバカなことを書いているのかと思うかもしれませんが、昔読んだ本に「ヒヨコの悲劇」という話がありました。
毎日、決まった時間に餌をもらえて平和に過ごしていたヒヨコが、ある日、突然ブロイラーにされてしまうという話です。
昨日までがそうだったからと言って、今日も同じだとは限らないわけです。
その話も、ちょっと違うんじゃないかといわれそうです。
しかし、最近の世界は、そういう断絶的なことが頻発しているのです。
これまでの発想で未来を考えていては、間違いかねません。

新幹線を乗り違えた腹いせに、何かわけのわからないことを書いてしまったような気もしますが、いろいろと発想の転換が求められています。
「99.9%は仮説」を読んでみようかという気になってきました。

「99.9%は仮説」と「0.1%は真実」という命題は、同じものでしょうか。
こういう話を最近しなくなったことに気づきました。
そういえば、昔は女房とよくこういう話をしていました。
こんな馬鹿げた話に付き合ってくれたのは女房だけでした。
その女房は、もういません。
しかし、それもまたもしかしたら、思い込みかもしれません。
明日になったら、ヒョコっと顔を出すかもしれません。

あれ、いつの間にか「挽歌編」になってしまいました。
すみません。

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2008/07/08

■「ハンマーカンマーの法則」

数日前に書いた「ハンマーカンマー」はお目にとまったでしょうか。
私の思いをこめた自信作の時評(まあ年に数回はあるのですが)への反応はあまりないのですが、この非自信作への反響は予想外に多いのです。
それにヤフー検索を通してのアクセスも結構ありました。
これって、喜ぶべきことでしょうか。
いささか不満もあります。いやはや。

許可なく私信メールを掲載すると問題もあるのですが、まあ、いいでしょう。
なにしろ「ハンマーカンマー!」ですから。
最近、「法則の法則」という本を書いた一条さんからのメールです。

「ハンマーカンマー!」と叫ぶと笑えて元気になれるというのは、「佐藤さんの法則」ですね。
ぜひ、この素敵な「法則」が世の中に広まりますように。
みんなが笑って、みんなが元気になれますように!
ハンマーカンマー!
私もついに、法則の発見者です。
ニュートンの法則に比べると、やや見劣りがする気もしますが、勝手に自称したものではなく、法則の権威者の命名ですから、価値があります。
ノーベル平和賞をもらったような気分です。
でも一条さん、世の中に広まって大丈夫でしょうか。
ちょっと、いや、かなり心配ですね。
それよりも、一条さんまでが、ハンマーカンマー!と書いて大丈夫でしょうか。
まったくハンマーカンマーの威力は底知れません。はい。

次は、元気をなくしている私に、笑いの効用を説いてくれているNKさんからのメールはこうです。

この所「笑の効用」が得られなかったものでしたので、何か無いかな~!と思っていたところです。
昨夕「先生のHP」にお邪魔致しまして、「ハンマーカンマー!」を、拝見いたしまして、お腹の皮が痛くなるほど“笑わせて”頂きました。
今までは、“畏敬の念”はいつも感じて居りましたが、今回の!イヤ~ッ!先生の“笑のセンス”に、「ジタジタ」。イヤ!失礼しました。「タジタジ」が正解です。

>みなさん、もし今まわりに誰もいいなければ、ちょっと「ハンマーカンマー!」といってみて下さい。
>どうですか笑えませんか。
>笑えない?
>ではもう一度。はい、「ハンマーカンマー!」
>・・・・
先程、この箇所を「プリントアウト」致しまして、私も “バカ笑い”致しております。
エエッ!「プリントアウト」するなんて「著作権」に“抵触する”ですか?
そこは、“恩になるばかりの私”ですが、“なが~い”お付き合いと言う・・・。
ごようしゃ下さいますよう。
なお、このメールに関しては、「返信」は「不要」になさって下さい。
なぜか?
「ハンマーカンマー!」だからです。(*^_^*)
「ハンマーカンマー!」のおかげで、私の評価は「畏敬」から「バカ笑い」に変化したわけです。
喜ぶべきでしょうか。嘆くべきでしょうか。

前後の記事との落差が大きすぎるという声もありますが、
それがいいと、今日は田辺さんがコメントを書き込んでくれました。
いやはや、ハンマーカンマー効果はすごいですね。

洞爺湖サミットの動きに、いろいろ時評すべきでしょうに、
こんなハンマーカンマー騒ぎをしていていいのでしょうか。
でもまあ、それがハンマーカンマーなのかもしれませんね。
いやはや。明日は少し硬派の時評を書かないといけませんね。
頭が痛いです。はい。

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2008/07/05

■「ハンマーカンマー!」

最近、テレビ番組はどうしようもないほど「アホ化」していますが、一発芸的なナンセンス芸がはやっているようです。
流行語にまでなっているものも少なくありませんが、私にはみんな退屈です。
ところが、時々、ついつい引きずり込まれてしまうようなものに出くわします。
昨夜、大西ライオンという芸人が、サイレント芸をやっていました。
1分のうちに3人を笑わさないといけないというゲームです。
見ていない人には説明のしようがないのですが、
私が笑い転げてしまったのは、ライオンキングのかつらの向きを変えるという、ただそれだけの行為です。
そのどこが面白いのかですって。
だから見ていないとわからないといったのです。
まあ、そんなのに笑っているんじゃ、ほかのタレントの一発芸に笑っているのと同じじゃないかといわれそうですね。

ところがその前日、もっと面白いものを見てしまったのです。
これもご存じない方が多いでしょうが、
ハリウッドザコシショウという、デビュー以来全く何の賞ももらったことのない芸人の古畑任三郎のものまねです。
その物まね芸は面白くないのですが、なぜか「ハンマーカンマー!」という全く無意味な言葉を乱発するのです。
最初は何の面白味もないのですが、繰り返し乱発しているのを見ているうちに、なぜか笑いこけてしまうようになります。

やはりテレビを観ないとわからないでしょうか。
いやそんなことはないでしょう。
ものは試しです。
みなさん、もし今まわりに誰もいなければ、ちょっと「ハンマーカンマー!」と言ってみてください。
どうですか笑えませんか。
笑えない?
ではもう一度。はい、「ハンマーカンマー!」
やはり笑えないでしょうか。
もし笑えないとすると問題です。
もう一度やってみましょう。
「ハンマーカンマー!」
面白いでしょう。おなかの皮がよじれますよね。
これを書きながら、笑いがとまりません。
なぜなら、「ハンマーカンマー!」だからです。
だから「ハンマーカンマー!」なのです。

呪文のような言葉に、「欧米か」とか「かんけいねえ」とかいろいろありますが、
「ハンマーカンマー!」には勝てないでしょう。
なにしろ「ハンマーカンマー!」ですからね。
これは絶対に流行ると娘に言ったら、絶対に流行らないよといわれました。
ちなみに娘は大西ライオンを一度見て、無駄に声がいいので好きになったようです。
彼女の勧めでサイレント芸を見たのですが、まあ「ハンマーカンマー!」に比べれば、「ハンマーカンマー!」です。

明日、誰かに会ったら「ハンマーカンマー!」と言ってみましょう。
きっと1日が明るくなります。
「ハンマーカンマー!」をお忘れなく。
今年の流行語大賞間違いなしです。

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2008/05/30

■過去の記録を消す

今日は私の67歳の誕生日です。

私はたくさんのものに囲まれて生きています。
「本来無一物」に共感しながらも、捨てられずにいます。
すべて捨てたらどんなにすっきりするだろうかと思いながらも、いざ捨てる段になると、いつも未練が出てきます。
所詮は、私も物欲のかたまりなのかもしれません。

時々、パソコンのデータをすべて消去したら気分がすっきりするだろうなと思います。
パソコンデータの消去は実に簡単ですので、その衝動に見舞われることもあります。
しかし消去できないばかりか、実際にパソコンが故障し、それまでのデータの大半を失いそうになった時などはあわててしまいました。
そのため、最近はこまめにバックアップしているのが実状です。
どうも私は自分の思いとは反対に、過去にしがみついているのかもしれません。

メールの記録もなかなか削除できず、3000件ほどの受発信記録が残っています。
ちまじました話ですが、今日、今年の4月以前のメールを削除することにしました。
66歳までのメール記録はほとんどなくなりました。
削除をクリックした時の気分は爽快でした。
この程度で爽快になれるのですから、私も幸せなものです。

人間の思考や情念も、こんな感じで意図的に削除できるともっと生きやすくなるでしょうね。
しかし、意図的に削除しなくても、私も徐々に記憶を思い出せなくなるでしょう。
今でも人の名前がなかなか出てこなくなりました。
思い出せなくなるのは、きっと意味があるのでしょう。
パソコンが定期的にクラッシュするのも意味のあることかもしれません。
そうであれば、パソコンの情報やデータも、徐々に消去していくのがいいのかもしれません。

そんなわけで、これを皮切りに、いろいろものやことを捨てていくことにしました。
もしかしたらいろいろと不都合が出てくる恐れもないわけではありませんが、お許しください。

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2007/08/03

■いのちの大切さと学びの面白さ

わが家の庭の南東の角にアズキナシの樹があります。そこはわが家の狭い庭では一番目に付く場所です。
植えてから5年、大きく育ったのですが、毎年アブラムシがたくさんつくのです。
アブラムシが樹液を吸ったアブラムシが出す甘い排液にアリが集まり、またアリの排液で樹木のみならず、周辺が真っ黒になります。鉢などもあつまってきます。時にカミキリなども来ます。そうして周辺の草木は大きな被害を受けて元気を無くします。
これが自然の流れなのでしょうが、庭木としては選定を間違ったようです。
大胆に剪定したり、防虫剤を使ったり、まわりの草花の種類を変えたり、女房と娘はいろいろ工夫して、何とか問題を解決しようと取り組んできました。
しかしうまくいきません。
植え替えも考えたのですが、樹が大きくなっているため場所がありません。
昨年、庭の花や樹木の手入れをしている娘からついに伐採の提案がありました。
しかし、私は生きた樹を切るのはしのびなく、たとえ1本の樹であろうと生きている樹は切りたくないと主張したのですが、現場を管理している娘はアズキナシ1本を犠牲にすれば、たくさんの草花が生き生きしてくるのだから、私の考えこそ、いのちを大切にしていないというのです。
女房も娘も、枯れかかった花でも大事の育てて元気にします。
彼女たちの手にかかると、廃棄寸前の処分品がわが家では大きく育っていきます。そのおかげで、わが家の庭にはたくさんの花があります。
その2人からの2回目の提案なので今回は私も賛同しました。
2年間、アズキナシを守る努力をしてきましたので、アズキナシもゆるしてくれるだろうと女房が言いました。
それで、今日、塩で清めてお祈りし、アズキナシを伐採させてもらいました。
庭木1本伐るだけでも本当に心が痛みます。
こうした思いは、しばらく前までは日本人であれば、だれでもが持っていた感情だったように思います。
そうした文化や「いのち」への畏敬の念は自然とのふれあいの中で、私たち世代は学んできました。
私が勉強好きになったのは、小学4年の春に学外授業で学校からかなり離れたところにある沼に自然観察にいったおかげです。そこでいのちのすばらしさを学んだからです。今でも勉強は大好きです。新しい気づきにはわくわくします。
私にとっての勉強は教室で先生から教わるものではありません。
自然とのふれあい、情報(書物)とのふれあいのなかで、自分で気づいていくものでした。
いまの学校教育がうまくいかないのは、教室に閉じ込めてしまい、教師が教える仕組みだからではないかと思います。
自然や社会のなかで学ぶ仕組みをつくれば、学ぶことは面白く魅力的になります。
それに、学びはいのちや暮らしにつながっていないと面白くはありません。
考古学も天文学も、すべて私たちの日々の暮らしやいのちにつながっているのです。

今日、アズキナシに感謝をしながら伐採して、子どものころのわくわくするような学びを思い出しました。
ちなみにわが家には沢蟹もカブトムシも放し飼いにしています。
もっとも放した後、見かけることはないので、いまはどこかに出かけているかもしれないのですが。

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2006/08/21

■沢蟹のこと

このブログは、アクセス解析機能がついています。
ですからどの項目にいつどれだけアクセスがあったかがわかります。
実は昨日それに気づきました。
それを今見ていたら、意外なことがわかりました。
「沢蟹騒動」へのアクセスが多いのです。
この4ヶ月の間になんと163人のアクセスがありました。
この記事は2004年5月3日の記事です。
普通は見つけられないはずですから、ネットで探した人が見てくれたのです。
おそらく読んだ人は失望したでしょうが、沢蟹への関心の高さがわかります。
沢蟹好きは私だけではないようです。

ネットでの情報発信の場合は、見出しのつけ方やアクセスさせる仕組みが重要なことがよくわかりました。
実に面白いテーマですし、実際に工夫しだすと底なしの面白さでしょうね。
実際にビジネスとしても成り立っているわけですが。

これから毎回、沢蟹という表題をつけるとアクセス数が増えるかもしれません。
まあ、それでは詐欺になりかねませんが、この記事へのアクセスがどうなるか興味があります。
たわいのない話のようですが、現代の情報環境を示唆する興味深い話です。

最後に少しは沢蟹のことを書かなければいけませんね。
実はわが庭のビオトープに放した沢蟹たちは相変わらず姿を見せません。
困ったものです。
奥深くに隠れてしまったようです。
今でもいろいろとの所に出かけた際には寸暇を惜しんで沢蟹探しをしていますが、見つかりません。
ペットショップに行きましたが、なぜか最近は売っていません。
そう思っていたら、今日、ネットでうれしい記事を発見しました。
食用の生きた沢蟹を購入して、それを育て上げた人のサイトです。
私も一度挑戦しましたが、もう一度挑戦することにしました。
問題は生きた食用沢蟹を見つけなければいけないことです。
見つかるといいのですが。

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2006/04/05

■元気をもらえた2週間

この2週間、ばたばたしていて、ブログを休んでしまいました。
その間、CWSコモンズに活動報告を書くだけで精一杯でしたが、少し余裕ができましたので、ブログも少しずつ再開します。
この2週間、住民活動・市民活動をしているたくさんの人に出会いました。マスコミに接していると未来への希望を失いそうになりますが、現場での活動を垣間見るだけでも元気は戻ってきます。各地で、本当に多彩な活動が、地道に取り組まれているのです。テレビや新聞からでは、それがなかなか見えてきません。
現場で活躍している人と話していると、キラキラするような言葉にたくさん出会います。たとえば、2日に大阪で福祉活動に取り組んでいる若者たちの柔らかなネットワーク活動をしている清田さんに会いました。彼から出てくる言葉のパワーに圧倒されました。言葉の輝き具合で、その人の生き方が見えてきます。
2つの会社の経営者とも接点を持たせてもらいました。いずれもとてもいい会社です。いい会社にはいい経営者がいます。いや、きちんとした経営者が本当の「経営」をしている会社は、決しておかしくはならないのかもしれません。
昨今の大企業は、ほぼ例外なく、品格のない経済競争に陥っていますが、しっかりした企業文化を堅持しながら、業績もまた堅持している会社があることを知って、とてもうれしい思いでした。こうした会社がしっかりと社会を支えていることもまた、テレビや新聞だけではなかなか確信がもてません。
いずれもマスコミに出てくる企業経営者とは全く違った人たちであり、会社です。そうした経営者にお会いすると元気になれます。
そうした輝いている人に、この2週間、たくさんで出会えました。
そんなわけで、時間破産ではありましたが、とても元気になれる2週間でした。
幸いなことに、時間破産のおかげでテレビを見る時間が少なかったのもよかったのかもしれません。
むかし、「元気が出るテレビ」というのがありましたが、最近のテレビは元気を削ぐことが多いです。テレビの製作現場が、きっと荒れているのでしょう。
元気がもらえた勢いで、また明日からブログを書かせてもらいます。

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2005/01/02

■象徴的な年の変わり目  

象徴的な年の変わり目でした。
ものすごく寒い大晦日が一変して、温かな元日でした。
しかも、厚い雲に遮られて、初日の出は見えなかったのですが、
未練がましく空を見ていたら、40分後に晴れてきて、雲の合間から太陽が見えたのです。そして、一挙に雰囲気が変わったのです。
実に象徴的な年明けでした。
もっとも、これは私の住んでいる千葉県我孫子市の話ですが。

今年はあたたかな年になりそうです。
いや、そうしなければいけません。
昨年のこのブログは、いささか口汚く、品位に欠けていました。
イワン老人の教えに反しました。
今年は少しポジティブに書いていくつもりです。
そして当事者的な視点を少し強める予定です。
CWSコモンズでの呼びかけとも連動させます。

みなさんもぜひ気楽にコメントしてください。
またCWSコモンズの案内にもぜひご参加ください。

4日から書きだす予定です。
明日はいただいた年賀状と年賀メールに返事を書かなくてはいけませんので。
今年もよろしくお願いいたします。

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2004/07/13

■沢蟹に最近会えません 

私の還暦の祝いに、家族がミニミニビオトープをつくってくれました。
3年もたつと、それらしい雰囲気も出てきました。
そのビオトープのどこかに、沢蟹と赤手蟹が住んでいるはずです。
といっても、この1か月、会ったことがありません、
放し飼いにしたときは、きちんと住処を作ったのですが、
毎朝、覗きに行っているうちに、いつの間にかいなくなってしまいました。
過干渉だったのです。
しかし、まあどこかに生息しているとかたく信じて、時々餌を与えています。

見えないところに、私の蟹が住んでいるというのはちょっと楽しい気分です。
もっとも、我が家の庭には他にもモグラと土蛙もいるようです。
彼らに食べられてしまったのではないかと家族はいいます。
庭から出て行ってしまったのではないかという意見もあります。
そう言えば、今まで蟹が定着したことがないのです。

しかし、今回は必ずどこかに棲んでいると確信しています。
何か彼らの気を感じるのです。
来春、沢蟹の子どもが庭にあふれてくることを期待しています。

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2004/05/15

■沢蟹の定住 

気持ちのいい朝です。

沢蟹ですが、庭の人工的なビオトープもどき(還暦の祝いに家族みんなで手作りしてくれました)に、うろとをつくり、そこに放しました。心配したのですが、ほぼ1週間たちますが、どうやら住みついてくれたようです。
広島の折口さんの近くの蟹とはちがい、極めて狭い住居ですが、
定着してもらえるとうれしいです。

しかし、やはりお店から購入した蟹は弱くて、
放す前に1匹は死んでしまいました。
沢蟹の飼い方に詳しい方がいたら教えてください。

今日はCWSコモンズのホームページの更新です。
夕方までには書き込みます。
面白い話題があります。
ぜひお読みください。
http://homepage2,nifty.com/CWS/

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2004/05/03

沢蟹騒動

私が好きな動物のひとつが、沢蟹です。
私の夢は(とても小さいのですが)、自宅の庭に、沢蟹と蛍がいることです。
なにせ小さな庭なので、絶望的な夢なのですが。

沢蟹を近くのお店から2匹買ってきました。
520円でした。
本当は買わずに、自然の山沢から見つけてきたかったのですが、
最近はなかなか見つける機会がありません。
友人にも頼んでいるのですが、誰も送ってきてくれません。
そこで、心ならずも、購入してしまったのです。
お店で売っている沢蟹は、あんまり強くないのです。

すぐに庭の池に放すと家出してしまいます。
今までも何回か体験していますので、まずは水槽で飼うことにしました。
ところが、今朝、起きてみると、1人がいないのです。
慌てて部屋中を探しました。
あんまり広くない部屋だったのですが、
そこに我が家の息子が同居していますので、彼に食べられたのではないかと不安になりました。
ちなみに、息子は犬なのです。

幸いに散らかった物品の中に、まぎれているのが見つかりました。
ホッとしましたが、同時にムッとしました。
せっかく居心地のいい生活環境を整いてやったのに、
蟹ですら、ホームレス願望があるようです。

そういえば、昔、湯島のオフィスで、10匹以上の沢蟹を購入して、放し飼いにしたことがあります。
この時は大変でした。
結局、全員が2日で死亡しました。水場がなかったためです。
一応彼らのためにオフィスに一角に水のみ場を用意したのですが、私の善意は伝わりませんでした。
コミュニケーションとは難しいものです。

とまあ、今日はたいした話題ではないのですが、なにやら、イラクや北朝鮮の話につながるような要素があるような気もしないではありません。

今日は一日、仕事です。

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2004/04/29

CWSプライベートがスタートしました

CWSコモンズをマネジメントしている佐藤修です。
CWSコモンズはリゾーミックで共創的な世界を目指していますが、
そのサブシステムとして、新たにこの、CWSプライベートをつくることにしました。

CWSコモンズは、いくつかの仕組みで構成されていますが、
その重要なメディアの一つが、CWSコモンズ(コミュニケーションのホームページです。
http://homepage2.nifty.com/CWS/

これ自体が、リゾーミックな複雑なホームページなのですが、
さらにメーリングリストやディベートコーナーなど、
いくつかの試みをしてきました。
しかし、なかなかうまく成長しません。
まあリゾーミックな仕組みとはそんなものですが、
今度はちょっと見える形でのサブシステムをつくってみました。

それがこのウェブログです。
誰でも書きこめますので、こちらのほうが、むしろコモンズになっていく可能性もあります。
しかし、これまでの経験で、たぶんそうはならないでしょう。
そうわかっているのに、このプログラムを開始しました。

これまでのホームページも無防備でしたが、
このウェブログはもっと無防備です。

もしお時間があれば、
私の15年前の雑文をお読みください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/jikoshoukaibunn.htm

このウェブログも、この小論のビジョンの延長にあります。
私は一応、言行一致を信条にしています。


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