カテゴリー「無駄話」の記事

2019/01/15

■ようやく復活

年末年始と思ってもいなかったことが続発で、かなり滅入っていました。
まだ立ち直れてはいないのですが、何とか心身が動き出せそうになってきました。

問題のひとつは、パソコンがほぼすべて壊れてしまったことです。
自宅のもオフィスのも、娘から借りたパソコンも。
さらに自宅のテレビとDVDがおかしくなりました。
もしかしたら私自身の電磁波システムが変調をきたしたのかもしれません。

まあ以前からテレビのアンテナをつなげなくても、私がいるとテレビが映ったりしていましたし、臨時に借りていたパソコンがパスワードでロックされていたのに、パスワードなしで入り込めたり、まあ電磁波がおかしく動いていることがありました。

最近、私自身、もしかしたら単なる電磁波体(つまりアンドロイド)ではないかなどと思うようになっているのですが、それが変調をきたしだしているわけです。
困ったものです。

まあそんなことはどうでもいいのですが、そんなわけでこの1か月、私が発するメールやネット投稿は「乱調」気味だったかもしれません。
ブログもあまりかけず、ホームページはかなりおかしくなってしまっていました。

幸いに今日から私の電磁波体も少し回復してきました。
今日と明日でたぶん正常に復帰します。
パソコンも友人のおかげで治りましたし、ブログも今日から復活します。

そんなわけで、遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。
この1か月の亜空間への旅は、私の考えをまた少し変えてくれました。
今度お会いした時には、またちょっと変わった私になっているかもしれません。

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2019/01/01

■ 年のはじめに

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今年もまた、気持ちのいい朝からのはじまりです。
屋上で初日を待っていた時には、寒くて体が震えそうでしたが、太陽が顔を出すと暖かさが伝わってきました。
朝の寒さが嘘のように、あたたかな1日になりそうです。

昨年は、いろんなことがありすぎて、心身ともにかなり疲れましたが、何とか乗り切って、いい年だったと言えそうでしたが、12月にパソコンがダウンし、データが消去し、何か自分の一部が失われたような気がして、めげてしまいました。
パソコンは直ったのですが、ソフトがうまく稼働せずに、大みそかは1日かかって頑張ったのですが、ホームページを更新できずに年を越えました。
したがって、この文章も、ホームページに掲載されるのは数日後になるでしょう。

大みそかにパソコンと格闘するのは、これで2度目です。
前回は、実はこのホームページをアップするための格闘でした。
12月に友人からホームページのスキームを教えてもらい、ソフトを購入して30日からホームページづくりに取り組み、大みそかの除夜の鐘が鳴りだしたころに、完全手づくりのホームページを立ち上げました。
以来、17年が経過しましたが、付け足しつけたしのホームページは整理したくても整理できないほどの複雑な構造になってしまい、自分でも何が書かれているのかわからないほどです。
しかも途中でプロバイダー側の事情変更などもあって、初期のものはかなり削除しましたので、ますますわからない世界になってしまいました。
まあそれはまさに私自身のあり様にもつながっている気がします。

昨年、喜寿を超え、現世のことはかなりわかってきた気がします。
わがままに生きても、さほどの則を超えることのないようになってきた気もします。
彼岸のこともそれなりに見えてきたようにも思います。
このまま、静かに第4期に入れるように考えていましたが、どうもそうはならないようになってきました。
昨年会った若い友人に、また刺激を受けてしまったのです。
困ったものですが、もう少し長い第3期を続けることになりそうです。
テーマは「死と生」です。

また、湯島のサロンに意味も、多くの人に理解してもらってきた気がします。
今年も湯島でサロンをつづるための元気も、たくさんもらいました。
今年も、週に1回をめどにサロンを続けていくつもりです。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎のサロンです。
もし気が向いたら遊びに来てください。

湯島には、週の半分くらいは行こうと思っています。
オープンサロンでなくても、時間さえ合えば、だれでも歓迎です。
コーヒーしかお出しできませんが、お気軽にご連絡ください。

今日の青空はとても美しい。
この青空のように、澄んで暖かい社会を目指して、私ができることをしていこうと思います。
今年もまた自らに誠実に生きていこうと思います。

そろそろ初詣に出かけます。

2019年月1日1日 午前9時

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2018/11/22

■石は意思をもっているか

先日の湯島のサロンで、鉱物も生きているのではないかという発言をしてしまいました。
サロンの前日に、ある本で、こんな文章に出くわしたからです。

物質から意識が生まれるはずはないというのは、私たちの単なる思い込みなのかもしれませんね。ご著書で紹介されているチャーマーズの仮説では、月の裏側にぽつんと置かれた石も、太陽光によって容積を膨張させたり収縮させたりするのであれば、自分の温度という意識をもつことになるということですが、それも領けるような気がします。
たばこ総合研究センターで発行している「談」の最新号の、渡辺正峰さんにインタビューしている編集者の佐藤真さんの発言です。 ここで、「ご著書」というのは、渡辺正峰さんの「脳の意識、機械の意識 脳神経科学の挑戦」という本です。 この本は面白いです。

佐藤真さんとは知り合いではないのですが、一度、電話で話したことがあります。
間違い電話をしたら、偶然に佐藤真さんが電話に出たのです。
面識はないのですが、なんとなくそんな気がして、もしかして佐藤真さんですかと訊くとそうだというのです。
それで、「談」は愛読書ですと伝えましたが、間違い電話に会いたいと思っていた人が偶然に出るというのも珍しいですが、その人から話しかけられるというのもめずらしい体験(ちょっと不審な体験と受け取られたかもしれませんが)だったと思います。
残念ながらまだ直接お会いできる機会がやってきていませんが、いつか会えるでしょう。


大学生の頃、読んだソ連作家のSF作品に、生きている石のはなしがあったので、その本を探したのですが、どこかに埋もれていて見つかりません。
短編集ですが、そこには地中を飛び交う鳥の話もありました。
いずれも私の世界観を広げてくれた小説です。

ところで、石が意思をもつかですが、サロンの参加者から「さざれ石」もあるねとメールが来ました。
そういえば、ルーマニアにはトロヴァントの石という、成長し分裂していく石もあるそうです。
それに有名な「ガイア仮説」という、地球自体が生きているという説もあります。
これもソ連の作家の「ソラリス」という長編小説(2回、映画化されています)は星自体が生命体でした。

石には意思があると思うと、そうぞんざいには扱えません。
それに最近の日本人を見ていると、むしろ意思を持っていないのではないかと思ってしまうこともあります。
AIの意思もさることながら、まずは自らの意思をしっかりと自覚しなければいけません。
まあ、そうするとちょっと生きにくいこともありますが。

湯島のサロンでの話し合いは、こんな形で後に続いていることもあります。
そしてそれが時にまた次のサロンになるわけです。
石に意思があるかは、サロンのテーマにはなりそうもありませんが。

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2018/06/10

■雨にも負けず畑に行きましたが、デモはさぼりました

私は昔、花巻に住んでいたそうです。
「そうだ」というのは、もうかなり昔の話なので、記憶がほとんどないのです。
その頃の友人が、いまは福島に住んでいますが、彼から30年ほどまえに教えてもらったのです。

当時、たぶん、花巻には宮沢賢治が住んでいたと思いますが、会った記憶はありません。
しかし、なぜかとても賢治には親近感があります。
賢治の「雨にも負けず」に描かれているような人になりたいと、私も思っていた頃があります。
いまはもうあきらめていますが、でも時々、思い出します。

というわけで、昨日は「暑さ」に負けずに、今日は「雨」にも負けずに、畑に行きました。
水やりではなく、声かけに行ったのですが、ついつい作業をやりだしたら、また1時間以上、在畑してしまいました。
昨日に懲りていたので、無理はしまいと思っていたのですが、やはりちょっとくらい無理をしないと、充実感がありません。
それでも汗はかきました。

以前は、シランが一画を占拠していたのですが、中途半端に手を入れたので、植生が一変しました。
気が付いたら今はほとんどありません。
花を植えるよりも、いまある花を応援したほうがいいと思い出しました。
笹竹退治からシラン支援に思想を変えることにしました。

畑も似ています。
真ん中の野草を抜いて苗を植えていたのですが、耕し方が不足していたため、ほとんど枯れてしまいました。
そこを放置していたら、そこに大根か青菜かわかりませんが、野菜らしきものがたくさん芽を出してきました。
以前、ここに育てていた野菜の種が発芽したのでしょう。
無理して野菜を植えるよりも、自然に出てくるものを活かす方がいいかもしれません。

午後は久しぶりに国会前に行こうと思っていたのですが、さぼってしまいました。
まだ百姓一揆までには時間がありそうなので、今日は読書させてもらいます。
晴耕雨読は、私の文化ではないのですが。

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2018/05/17

■「先史学者プラトン」は世界を広げてくれます

月曜日の朝日新聞1面下の書籍広告欄で、國分功一郎さんが、「大胆な議論をぜひ楽しんでもらいたい」と、「先史学者プラトン」を推薦していました。
それで読んでしまいました。
30年ほど前の著作ですが、日本では今年になって翻訳出版されました。

プラトンと先史時代といえば、アトランティス大陸を思い出しますが、本書の著者はアトランティス大陸ではなく、大異変後の大きな戦争の痕跡に焦点を当て、人類の定住や文化の原型に関して、考古学と神話をつなげながら語ってくれます。
いささか複雑で全体像がすっきりしないのですが、これまでの常識とは大きく違った全体像がおぼろに見える気がします。
古代アナトリアのチャタル・ヒュユク遺跡の話がとてもていねいに書かれていますが、今から7500年ほど前にこんな建物と生活があったのかと驚きました。
エジプトやシュメールの文明はどこから来たのか、今も明確ではありませんが、その謎解きの一つの材料が、そこにありそうです。
1万年ほど前に、先史文明があったという議論はいろいろとありますが、そうしたものが消えてしまったのは海岸線の上昇のためとも書かれています。
当時の文明は消滅し、辺鄙な山奥の文明が辛うじて残り、それが復活したのが、古代文明というわけです。

もうひとつ興味深かったのは、ゾロアスターの役割です。
現代のいわゆる三大宗教のすべてに関わっていることが示唆されています。
いやそこから「宗教」とは何かという問いさえ感じられます。

イラストも豊富で(ほんとかなという疑問を時々感じながら見ましたが)、論理を超えて強烈な印象を受けました。
そのおかげで、日本の市松模様もアナトリア発だったのだと、洗脳されてしまいました。

おまけとして、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』の関連個所抜粋がついていますので、私も初めて読みました。
これが実に面白いです。

國分さんがいうように、大胆な議論を3日間、楽しませてもらいました。
退屈している人には、お薦めの1冊です。
ディテールに引きずり込まれると、大胆な議論は楽しめないので、要注意ですが。

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2017/11/28

■横綱の品格と白鵬の人格

白鵬に関して横綱の品格が問われています。
横綱の品格よりも白鵬の人格に関心のある私としては、白鵬の言動のほぼすべてに共感しています。
そもそも、人間に対して「品格」などと言う言葉を使うこと自体に、私は最近、疑問を感じだしています。
昔は私も抵抗を感じなかったのですが、大いに反省しています。
人を品定めするようなことはしたくありません。
もっとも「人格」というのも、格付けのようで、これもよく考えないといけませんが。
「一度の過ち」の日馬富士には、一度ならず過ちを繰り返してきた私としては寛大でありたいです。
日馬富士を非難しているコメンテーターを見ると、それこそビール瓶で殴ってやりたい気分ですが、まあそんなことを思うだけでも、私には品格もないし、人格にも欠陥がありそうです。

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2017/07/18

■最近体験したことですが

大企業の名前を冠したあるエネルギー関係のサービス会社から営業の電話がありました。
同社のサービスを受けると、電気代とガス代を合わせて、40%削減できるというのです。
あり得ない話なのですが、4割も安くなるという魔法の話を聞きたくなりました。
数日後に営業マンが説明に来ました。
おしゃれな靴を履いた今様の若い営業マンでした。
一生懸命に説明してくれるのでついつい聞いてしまいましたが、わが家の場合、実際にいくら節約できるかを計算するというのです。
わが家では電気代とガス代が、毎月15000円くらいかかっているようですが(実際にはもう少し少ないと思いますが)、新しいシステムにすると毎月6000円ほど安くなる可能性があるというのです。
私の感覚ではありえない話ですが、計算上はそうなるそうです。
もしそれが本当なら誰でもが新しいシステムに切り替えるでしょう。

ところが実は、新しいシステムを導入するには、イニシャルコストがかかります。
そして毎月安くなったお金をそれに回すと15年で回収できるのだそうです。
つまり、4割安くなった分をわが社でいただきますという話で、私には何のメリットもないのです。
しかも、安くなる金額は計算上のものであって、たぶん最大限に計算しているはずです。
その営業マンには、その趣旨を理解しているかどうか確認しましたが、彼はわかっていました。
彼はまじめそうな若者でしたが、これって理解しないで契約する人がいますよね、といったら、否定はしませんでした。
おれおれ詐欺とどこが違うのか、とまでは言いませんが、多くの高齢者は4割安くなると言われればついつい契約してしまうかもしれません。
ちなみにそれもあって、契約は69歳以下でないとできないので、私も娘に同席してもらいました。
娘は最初から否定的でしたが。
実はこういう話は頻繁に来ます。
ネット費用に関しては在宅していると週に1~2回、かかってきます。
面倒になって時々魔がさして契約してしまいますが、どう変わったのかよくわかりません。
その上、いま私は誰と契約しているのかさえよくわかりません。
そういえば、7月下旬に何とかのサービスは終わりますという手紙が来ていましたが、何が終わるのかもよくわかりません。
不都合が起こらなければいいのですが。
困ったものです。
はい。

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2017/06/11

■猿の惑星にワープしてきてしまったのでしょうか

加計学園問題は、安倍首相の指示で、きちんとした調査が行われることになったようです。
森友問題での理事長の証人喚問も、首相の指示でした。
このことを見ても、首相の関与は明らかですが、なぜかみんなそう考えないようです。
ちなみに、首相が直接指示したかどうかよりも、実質的に首相の意向が明らかになっていて、それが何らかの形で決定に大きな影響を与えたかどうかが私は重要だと思っています。
自らをそんな存在にした首相の責任が問われるべきでしょう。
権力をもつものは、常にそれくらいの知性を持つべきです。

それにしても私は、最近、「猿の惑星」にワープしてきたのではないかと思うことがあります。
しかも、政権トップの人の顔を見ると、どうも猿に見えてしまうのです。
こんなことを言うと、それこそ失礼で侮辱されたと怒られそうですが、まあ幸いにこのブログの読者にはたぶん猿はいないでしょう。
念のために言えば、私が失礼かなと思うのは、もちろん猿のみなさんにであって安倍政権のみなさんにではありません。
それに、猿まねというのは、たぶん猿の文化ではなく、人間の文化だと私は思っていますので。
猿はもう少し知的ではないかと思うのです。
第一、お金などの奴隷にはなっていませんし。

でも文科省の人たちが、少しずつ知性を取り戻してくれているような気がして、とてもうれしいです。
大変でしょうが、知性と思考をなくしてしまえば、猿に戻ってしまいますから。

しまった!
また猿に失礼なことを言ってしまいました。
私は人間中心主義者ではないつもりですが、最近、どうも猿のような権力者への嫌悪感から、猿が嫌いになってきています。

あれ? これってどこか矛盾していますね。
だれが人間で誰が猿なのか?
私は一体どちらなのでしょうか。
ここはやはり「猿の惑星」なのでしょうか?

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2017/02/27

■湯島の部屋を売りませんか

湯島に私のオフィスがあります。
ワンルームマンションの1室です。
昨年秋ころから、そこを売らないかという電話が頻繁にあります。
先週は1日起きくらいにありました。
いま使用しているので、売るはずはありません。
しかし、なぜかしつこく電話がある。
いま売ると高く売れるそうなのです。
あまりのしつこい電話に腹が立ってしまい、今日は、私を追い出そうとしているのですかと声を荒げてしまいました。
そうしたら、相手も負けずと声を荒げてきましたので、失礼しますと電話を切ってしまいました。
なんというひどい会社だろうかと思いました。
しかし電話お切った後も、何かすっきりしません。
バブル時はこうしたスタイルの地上げ屋が多かったのでしょうね。
どこでどう電話番号リストが流れているのかもしれませんが、実に不愉快です。

ネット回線の電話も相変わらず多いです。
あまりのしつこさに、ついつい承知してしまって迷惑を受けたことがありますが、承知しても別の会社からの勧誘がつづきますので何の解決にもなりませんでした。
明日からもまた電話はつづくでしょう。
人生には苦難が必要です。

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2016/12/26

■遅ればせながらの入院報告

12月の15日から3泊4日の短期入院をしました。
その後、1週間、在宅でした。
目が不自由だったからです。
今日から活動再開です。

実は退院の翌日、フェイスブックに描き込みをしました。
入院を知らせたフェイスブック記事へのコメントがたくさんあったからです。
その書き込みを、遅ればせながらこのブログにも残しておくことにしました。
まあもう1週間も前の記事なので、あんまり意味はないのですが。
いか、そのまま再掲します。

帰宅してFBを開いたら、たくさんの方からエールが届いていて、感激です。
初めての手術体験は実に面白かったです。
テレビ番組で見るような手術台で手術を受けながら、医師たちが交わす会話を聴くのも面白かったです。
ついつい私も参加してしまい、医師のモチベーションはなんですかと手術中に失礼な質問までしてしまいました。

同室の患者さんからもたくさんの学びがありました。
政治家も、年に一回は、こういうところで一週間くらい過ごしてみれば、世間の実相がもう少し理解できるでしょう。
同室のおひとりは、60代の屋外警備員で、熱心に働いても月収12万円。
冬は寒くて大変で、そのため顔面神経痛で病院に来たら即入院。
危ういところで人工透析になるところだったそうです。
いまは一人住まいですが、その波乱万丈の人生談も聞きました。
趣味は競馬だったそうですが、いまのカジノ法には怒りをぶつけていました。

彼は、今回の入院費も蓄えがないので、みんなが「包んで」きてくれるお見舞いで支払いを済ませるそうですが、ちょっと入院が長引きそうで、退院後仕事が続けられるかどうか、少し心配していました。
私には見舞客は来ませんでしたが、その人へは見舞客も多く、とてもうれしかったです。
私がうれしがるのもおかしい気がしますが、ともかく嬉しかったです。
真面目に毎日ハードに働いて12万円の一人住まい。
でも「アンちゃん」と慕ってくれる若者がいる。
その彼が、ギャンブルは貧乏人からお金を巻き上げて生活を壊すだけだと怒っていました。
やってきた若者にも、パチンコはたばこの煙で身体にも悪いからやめろと言っていました。
カジノ法に賛成する国会議員に、彼の話を聞かせたかったです。
それに、議員報酬の高さも自覚してほしいです。
たまには総合病院に入院して、まじめに生きている人たちの生活実態を知ってほしいものです。
まさに病院は社会の問題が縮図のように出ています。

看護師や病院スタッフの仕事ぶりからも、別の学びがありました。
病院システムや看護システムは脱産業化しなければいけないと私はずっと考えていますが、改めてそう思いました。
彼らは、まさにジョブやキャリアではなくコーリングとも言うべき、モチベーションで働いている。
それに弱い立場の人と接することで、みんなとても優しくなるのかもしれないと思いました。
ともかくみんな良い人ばかりです。
掃除する人まで、ともかくやさしくていい人ばかりです。
性格を直すのであれば、入院ではなく、政争のありバイトがいいかもしれません。
しかし、にもかかわらず、相模原の福祉施設での事件のようなことが起こるのはなぜなのでしょうか。
どこかに大きな問題がある。

そこで思いつきですが、国会議員の条件として、2年間の病院勤務を義務付けるのはどうでしょうか。
徴兵制度が国民意識を高めた時代がありましたが、これからは病院勤務制度がいいのではないかと思います。
ちなみに、福祉施設ではだめです。
理由はそれぞれでお考えください。
質問には答えません。

ほかにも、言語に関する大きな発見?など、いろいろとありますが、きりがありません。

肝心の手術は順調だったようです。
今朝、退院の前に医師が私をチェックして、いい結果だという顔をしていましたから。
しかし、視野が広がり、世界が明るく見えるようになると期待していましたが、まださほど実感はありません。
世界があまりに暗すぎるからでしょうか。

それはともかく、しばらくはサングラスをしないと外出しにくいですが、たぶん生活は何の支障もないでしょう。
でもまあ、手術したことを口実にして、しばらく休養を取る(怠惰をむさぼる)つもりですので、この件は聞かなかったことにしてください。
さて今年の年末は、たっぷりと時間を楽しめそうです。

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