カテゴリー「無駄話」の記事

2019/11/01

■2日間、悩み続けています

東京か札幌か、英語の試験制度は導入すべきかどうか、など世間は現場知らずの人たちによって振り回されていますが、私のこの2日間の関心はまったく別のところにあります。

私が、この2日間、いくら考えてもわからないのは郵便局員による切手不正換金問題です。
「料金別納」郵便の支払いで使われた切手を、廃棄せずに金券ショップで換金したという事件です。
2人で行ったというその額がなんと5億円以上というのには驚きましたが、私の悩みは、これによって「損をした人」は誰なのかということです。

要は、廃棄すべき切手を勝手に換金したら5億円になったということですから、ごみの再利用とも考えられます。
まあいくらでも「おかしい点」は指摘できますが、しかし、これによって「損害」を受けた人が見当たりません。
もし受けたとしたら、その行為によって懲戒解雇になった2人の郵便局員ではないかとさえ思えます。
実に悩ましい問題です。

さらにこれによって、世間的には流動性が増加し、経済成長にも寄与したでしょう。
黒田日銀総裁の手助けにもなっているかもしれません。
2人の郵便局員は賞賛されてもいいかもしれません。
なにしろゴミから5億円を生み出したのですから。

まあやり方や生み出したお金の使い方には少し問題があったような気もしますが。
でもそれで、何か社会に実害を与えたわけでもありません。

どなたかこのことで生じた損害についてご教示いただけないでしょうか。
この2日間、この答えが気になって、ずっと考え続けていましたが、救いを求めることにしました。
よろしくお願いします。

ちなみに、こうしたことが起こったのは制度が悪いと思いますが、そういう話にはあまり関心がありません。
制度には必ず欠陥はつきものですから、それはまた別の問題ですので。

 

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2019/10/02

■幽界との邂逅

昨日と一昨日、那須に出かけていました。
那須に半分住んでいる友人が、今年も**遊民会議の仲間たちと一緒に私を那須に招待してくれたのです。
那須は季節外れの暑さでしたが、いま思えば、それは参加した遊民たちの異常な霊力のせいだったかもしれません。

そもそもそんな現象を起こせる**遊民会議とは何でしょうか。
一見、自由に生きている若者たち(年齢とは無縁)が緩やかにつながっているグループのようですが、私にはまだ正体が見えないコミュニティです。
時折、一人は大きな声を叫びますし、一人は踊り出す。
いまはもう使用していない吊り橋の上で踊っていたので、後ろから歩いていく私などは振り落とされそうでした。

私のように、心身共に自由ではない老人は参加資格はないでしょうが、なぜか付き合ってもらえていますので、感謝していました。
ちなみに、今回の那須の集まりを呼びかけた友人も**遊民会議のメンバーのようです。

今回は昨年のように完全に道端にある露天の混浴露天風呂(私も希望したサルと人間の混浴です)には行けませんでしたが、廃墟に近いと私には思えたホテルの廃墟に近い露天温泉に入ってきました。
後ろの岩の岸壁から温泉が流れ出している、実に自然になじんだ、しかし人間から見るとあまり清潔とは言えないお風呂でした。

ちなみに宿泊は友人の別荘です。
遊民たちはみんな調理がうまくて、専属シェフ付の感じで、毎回、食べたこともないような素晴らしい料理でした。
食べていると次から次へと料理が出てくるのです。

ともかく**遊民たちは自活力がすごいのです。

しかし、とても知的で文化的な2日を過ごさせてもらいました。
ところが、今日になって驚愕な真実に気付いたのです。

その別荘の近くに、ホーンテッドマンションと言われている家があり、その敷地内に入ると2度と戻って来られないと別荘主が繰り返し私の話すのです。
そういわれると行きたくなるのは人の常。
それに、禁止条項は破られるためにありますし、行くなと言うのは行けと言うメッセージです。

早朝早く私一人で、そこに行き、敷地に入ってしまいました。
特に結界は感ずることなく、素直に入れました。
まあそれが閉じ込めの常道ですが。

建物に近づき上を見たら2階の角の部屋に明かりがついていました。
写真を撮りましたが、周辺には木やツタが繁っていてあまり良く見えません。
はっきりと撮影できる場所を探しましたがなかなか見つからない。

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外から階段で上がれそうでしたが、途中で崩れそうでしたし、敷地内はともかく家屋に無断侵入すると、近くに住んでいる友人に迷惑がかかりそうなので諦めて、周辺を回っていたら、道を誰かが歩いてきたので、見つかったらまずいと思い、写真を撮るのをやめて道に出ようとしました。
幸いに道にいたのは、一緒に那須にやって来た遊民の一人でした。
そして彼は突然私の哲学的な問いを浴びせました。
それで、明かりの話をする間もなく、別荘に引き戻されました。

戻ってみんなに明かりがあったと話しましたが、だれも信用せずに、また誰も確かめに行こうとも言いませんでした。
普通は、確かめに行こうと言うと思いませんか。
友人は、どうして私が戻ってこられたかばかり話していました。
そして、そのまま朝食タイムでいつの間にか明りの話は忘れてしまいました。

なにか心に引っ掛かる謎を感じていました。

今日になって、その訳が分かりました。
**遊民たちは、ホーンテッドマンションに住んでいる幽霊の仲間で、私を仲間にしようとしていたのです。
そう考えるとすべてのことが納得できます。

明かりの様子をあまり詳しく調べられると都合が悪いので、明確な証拠写真を私が撮る前に、私を引き戻しにやって来た。
今回の那須の集まりは、そもそも私を幽界に引き込む審査会で、幸か不幸か私は及第できなかったので、元に戻したのでしょう。
幽界の人たちは優しいのでしょう。

そういえば、今回入浴した温泉も、それを管理している旅館も、冷静に考えれば、この世のものではない雰囲気がありました。
おそらく数十年前に朽ち果てて、廃墟になっているのです。
そういえば、更衣室は電気も付かず、トイレの水は出ませんでした。
もちろん床は底が抜けそうで、入口に一人だけ男性がいて、入浴料を受け取ったり話をしたりしていましたが、いまから考えるとどこかおかしい雰囲気でした。
脚はありましたが、話がどうもつじつまが合わない気がしました。
しかし、一緒に行った4人の遊民たちは、みんな納得して、私をなんとなく説得していたような気もします。
みんな仲間だったに違いありません。

そういえば、昨日もその前の日も、別の友人からメールや留守電が届いていました。
内容は、「連絡がつかないが死んでいるんじゃないか」という内容でした。
彼はかつて臨死体験をし、いままた死の近くで生きている人です。
彼には私の危機が見えていたのかもしれません。

幽界も一度体験したいので、仮入会させてもらえればよかったのですが、残念ながらまだ資格がないようで、無事、昨夜、帰宅できました。

今日は謎解きに1日かかりました。
さて来年は呼んでもらえるでしょうか。
幽界の人たちに振り回されないように、心身の力を高めなければいけません。

今月また、相馬霊場八八か所めぐりの後半40キロを歩く予定です。
もちろんサンダルで。
もし力がついたら、**遊民たちを幽界から救ってやろうと思います。

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2019/10/01

■CWSコモンズ村の新しいメーリングリストを始めます

湯島のサロンの参加者を対象としたメーリングリストの引っ越しを完了しました。

このメーリングリストは、20155月以降に、湯島の公開サロンに参加した人を対象にしていますので、参加者は私だけではなく、少なくともサロンでお会いした数名の人が知り合いの人に限られています。
現在、登録者は400人強です。
今日から使用開始です。

メーリングリストなどのネットでも交流は、気楽で便利で負担なく、「ゆるやかなつながり」維持できますが、その一方で脆さや危険性もあります。
私もいろいろなメーリングリストに参加していますが、時に「炎上」事件も起きます。
その脆さを補完するために、リアルなみんなの空間との連携を重視し、このメーリングリストとサロンと一体化させていきたいと考えています。

なお、10月から湯島のサロンの名称を「CWSサロン」に改称し、そこから生まれるコミュニティを「CWSコモンズ村」と呼ぶことにしました。
メーリングリストの名前も「CWSコモンズ村」となっています。
また改めて説明させてもらいたいと思いますが、「CWSコモンズ村」は湯島のサロンとこのメーリングリストが目指している、心をひらけあえるコミュニティです。

CWSは、コモンウェルス・ソサエティの略ですが、同時に私が主宰するコンセプトワークショップの略でもあります。
コモンウェルスには「共和国」の意味もありますが、私は「みんなで育てていくコミュニティ」と捉えています。
ちなみに、「CWSコモンズ村」には失敗の歴史もありますが、一時期はコモンズ通貨も発行していた時期があります。

今度こそ、単なるメーリングリストだけではなく、リアルな場も持ったネットコミュニティを育てていければと思っています。
しかも、それを開かれた存在にしていきたいと思います。
文字ではなかなか伝えにくいので、一度、これをテーマにしたサロンを開く予定です。

湯島を維持する資金繰りのめどはまだ立っていませんが、ネットでのつながりの脆さを補完するリアルな場はこれまで以上に大切にしていきます。
できればみんなが使えるようなコモンズ空間を目指したいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

なおCWSコモンズ村にご関心を持ってもらえたら、私宛に個別にご連絡ください。

 

 

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2019/06/10

■ゾブリスト・プロジェクト

暇で暇で仕方がなかったので(やることがないのではなくやる気が出ないので)DVDで、ダン・ブラウンの「インフェルノ」を見ました。
「ダ・ヴィンチ・コード」「天使と悪魔」に続く、ロバート・ラングドンものですが、なぜか急にまた観たくなりました。

 生物学者ゾブリストが人類増加問題の解決策として恐ろしい伝染病を世界に広めようとし、それをラングドンが止めるという話です。
ゾブリストは、その活動を始める前に、WHOに、飲料品に不妊薬を入れることによって、人口増を抑制しようと提案しています。
WHOはその提案を受け入れませんが、その場面を見て、もしかしたら実際には、すでにゾブリスト・プロジェクトは始まっているのではないかと思ってしまいました。

 最近は、日本でも除草剤グリホサートが問題になりだしていますが、これはほんの氷山の一角でしょう。
湯島のサロンでも一度発言したことがありますが、日本では少子化対策ではなく少子化促進策が進められていると私は感じています。
そういう日頃の思いとゾブリストの発言がつながってしまいました。
なんだかとても暗い1日になってしまいました。

 5人に1人が認知症とか老後の生活に2000万円必要だとか、130/90を超えたら高血圧だとか、私にとってはまったくばかげたとしか思えない話が飛び交っていますが、それも含めて、ゾブリスト・プロジェクトは着々と日本を標的に進められているのではないかという妄想に襲われています。

暗い時代にならなければいいのですが。

 雨の日は元気が出ません。

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2019/03/03

■オープンサロン再開

3月からオープンサロンを再開しました。
しかしあいにくの雨の寒い日になりました。
私も行きたくなかったほどですので、参加者はいないかもしれないと思っていましたが、4人の参加者がありました。
ただし、2人は私の小学校時代の同級生です。
お互いに人生が終わりに近づいたので、たぶん私に会いに来てくれたのです。
来世を信ずる私は人生は終わらないと思っていますので、別に急いで会うこともないと思っていますが、何やら2人ともかなり危ういようです。
まあそれぞれ健全に老化しているということでもあり、嘆くことでもありません。

話の流れで、私の小学校時代の話が出ました。
私の知らない話が多いのですが、どうも小学校時代から私は「宇宙人のような存在」だったそうです。
以前も一度、女性の同級生が私の子ども時代のことを話してくれましたが、それもまた私ではないような話でした。
子ども時代の友人に会うと、私の知らない自分に合うことができるようです。
まあ私はあんまり信じていませんが。

それはともかく、今回は女性がいなかったこともあり、女性のすごさについての話が出ました。
男性どもは、所詮は、消耗品ではないかという話ですが、まあ、男性もそれなりに頑張っているという話もありました。
男女共同参画や女性の社会進出議論によって、女性は飼育されてきていますが、しかし、専業主婦(家内)志向の女性も増えてきているという話もあり、女性の覚醒も始まっているような気配もあります。
狩猟社会においても農耕社会においても、社会を支配していたのは「女性」だったでしょうし(ただし、そもそもこういう社会区分が全く間違っていると私は思っていますが)、子供を産めず育てられない男性という「種」は、間もなく消えていくのではないかと私は思っています。

江戸町民の銀製のキセルに象徴される消費文化や女子高生の恐ろしさや、売上高思考の企業の可笑しさや小学校の生徒と先生の人数比率などの話題も出ました。
京都と江戸の刑場の話も出ていました。
何やら面白そうでしょう。
これはほんの話題の一部ですが。
オープンサロンは、やはり話題が広がって、面白いです。

ところで、明日の縁カフェはもうやめたのですが、間違ってくる人もいないとは限らないので(メールも電話もしない人が一人いるのです)、せっかく来た中を寒いのにそのまま帰らせては悪いので、私も一応、お昼から3時くらいまでは念のために湯島に行っていようと思います。
よほど暇な方は話し相手にお越しください。
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2019/01/15

■ようやく復活

年末年始と思ってもいなかったことが続発で、かなり滅入っていました。
まだ立ち直れてはいないのですが、何とか心身が動き出せそうになってきました。

問題のひとつは、パソコンがほぼすべて壊れてしまったことです。
自宅のもオフィスのも、娘から借りたパソコンも。
さらに自宅のテレビとDVDがおかしくなりました。
もしかしたら私自身の電磁波システムが変調をきたしたのかもしれません。

まあ以前からテレビのアンテナをつなげなくても、私がいるとテレビが映ったりしていましたし、臨時に借りていたパソコンがパスワードでロックされていたのに、パスワードなしで入り込めたり、まあ電磁波がおかしく動いていることがありました。

最近、私自身、もしかしたら単なる電磁波体(つまりアンドロイド)ではないかなどと思うようになっているのですが、それが変調をきたしだしているわけです。
困ったものです。

まあそんなことはどうでもいいのですが、そんなわけでこの1か月、私が発するメールやネット投稿は「乱調」気味だったかもしれません。
ブログもあまりかけず、ホームページはかなりおかしくなってしまっていました。

幸いに今日から私の電磁波体も少し回復してきました。
今日と明日でたぶん正常に復帰します。
パソコンも友人のおかげで治りましたし、ブログも今日から復活します。

そんなわけで、遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。
この1か月の亜空間への旅は、私の考えをまた少し変えてくれました。
今度お会いした時には、またちょっと変わった私になっているかもしれません。

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2019/01/01

■ 年のはじめに

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今年もまた、気持ちのいい朝からのはじまりです。
屋上で初日を待っていた時には、寒くて体が震えそうでしたが、太陽が顔を出すと暖かさが伝わってきました。
朝の寒さが嘘のように、あたたかな1日になりそうです。

昨年は、いろんなことがありすぎて、心身ともにかなり疲れましたが、何とか乗り切って、いい年だったと言えそうでしたが、12月にパソコンがダウンし、データが消去し、何か自分の一部が失われたような気がして、めげてしまいました。
パソコンは直ったのですが、ソフトがうまく稼働せずに、大みそかは1日かかって頑張ったのですが、ホームページを更新できずに年を越えました。
したがって、この文章も、ホームページに掲載されるのは数日後になるでしょう。

大みそかにパソコンと格闘するのは、これで2度目です。
前回は、実はこのホームページをアップするための格闘でした。
12月に友人からホームページのスキームを教えてもらい、ソフトを購入して30日からホームページづくりに取り組み、大みそかの除夜の鐘が鳴りだしたころに、完全手づくりのホームページを立ち上げました。
以来、17年が経過しましたが、付け足しつけたしのホームページは整理したくても整理できないほどの複雑な構造になってしまい、自分でも何が書かれているのかわからないほどです。
しかも途中でプロバイダー側の事情変更などもあって、初期のものはかなり削除しましたので、ますますわからない世界になってしまいました。
まあそれはまさに私自身のあり様にもつながっている気がします。

昨年、喜寿を超え、現世のことはかなりわかってきた気がします。
わがままに生きても、さほどの則を超えることのないようになってきた気もします。
彼岸のこともそれなりに見えてきたようにも思います。
このまま、静かに第4期に入れるように考えていましたが、どうもそうはならないようになってきました。
昨年会った若い友人に、また刺激を受けてしまったのです。
困ったものですが、もう少し長い第3期を続けることになりそうです。
テーマは「死と生」です。

また、湯島のサロンに意味も、多くの人に理解してもらってきた気がします。
今年も湯島でサロンをつづるための元気も、たくさんもらいました。
今年も、週に1回をめどにサロンを続けていくつもりです。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎のサロンです。
もし気が向いたら遊びに来てください。

湯島には、週の半分くらいは行こうと思っています。
オープンサロンでなくても、時間さえ合えば、だれでも歓迎です。
コーヒーしかお出しできませんが、お気軽にご連絡ください。

今日の青空はとても美しい。
この青空のように、澄んで暖かい社会を目指して、私ができることをしていこうと思います。
今年もまた自らに誠実に生きていこうと思います。

そろそろ初詣に出かけます。

2019年月1日1日 午前9時

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2018/11/22

■石は意思をもっているか

先日の湯島のサロンで、鉱物も生きているのではないかという発言をしてしまいました。
サロンの前日に、ある本で、こんな文章に出くわしたからです。

物質から意識が生まれるはずはないというのは、私たちの単なる思い込みなのかもしれませんね。ご著書で紹介されているチャーマーズの仮説では、月の裏側にぽつんと置かれた石も、太陽光によって容積を膨張させたり収縮させたりするのであれば、自分の温度という意識をもつことになるということですが、それも領けるような気がします。
たばこ総合研究センターで発行している「談」の最新号の、渡辺正峰さんにインタビューしている編集者の佐藤真さんの発言です。 ここで、「ご著書」というのは、渡辺正峰さんの「脳の意識、機械の意識 脳神経科学の挑戦」という本です。 この本は面白いです。

佐藤真さんとは知り合いではないのですが、一度、電話で話したことがあります。
間違い電話をしたら、偶然に佐藤真さんが電話に出たのです。
面識はないのですが、なんとなくそんな気がして、もしかして佐藤真さんですかと訊くとそうだというのです。
それで、「談」は愛読書ですと伝えましたが、間違い電話に会いたいと思っていた人が偶然に出るというのも珍しいですが、その人から話しかけられるというのもめずらしい体験(ちょっと不審な体験と受け取られたかもしれませんが)だったと思います。
残念ながらまだ直接お会いできる機会がやってきていませんが、いつか会えるでしょう。


大学生の頃、読んだソ連作家のSF作品に、生きている石のはなしがあったので、その本を探したのですが、どこかに埋もれていて見つかりません。
短編集ですが、そこには地中を飛び交う鳥の話もありました。
いずれも私の世界観を広げてくれた小説です。

ところで、石が意思をもつかですが、サロンの参加者から「さざれ石」もあるねとメールが来ました。
そういえば、ルーマニアにはトロヴァントの石という、成長し分裂していく石もあるそうです。
それに有名な「ガイア仮説」という、地球自体が生きているという説もあります。
これもソ連の作家の「ソラリス」という長編小説(2回、映画化されています)は星自体が生命体でした。

石には意思があると思うと、そうぞんざいには扱えません。
それに最近の日本人を見ていると、むしろ意思を持っていないのではないかと思ってしまうこともあります。
AIの意思もさることながら、まずは自らの意思をしっかりと自覚しなければいけません。
まあ、そうするとちょっと生きにくいこともありますが。

湯島のサロンでの話し合いは、こんな形で後に続いていることもあります。
そしてそれが時にまた次のサロンになるわけです。
石に意思があるかは、サロンのテーマにはなりそうもありませんが。

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2018/06/10

■雨にも負けず畑に行きましたが、デモはさぼりました

私は昔、花巻に住んでいたそうです。
「そうだ」というのは、もうかなり昔の話なので、記憶がほとんどないのです。
その頃の友人が、いまは福島に住んでいますが、彼から30年ほどまえに教えてもらったのです。

当時、たぶん、花巻には宮沢賢治が住んでいたと思いますが、会った記憶はありません。
しかし、なぜかとても賢治には親近感があります。
賢治の「雨にも負けず」に描かれているような人になりたいと、私も思っていた頃があります。
いまはもうあきらめていますが、でも時々、思い出します。

というわけで、昨日は「暑さ」に負けずに、今日は「雨」にも負けずに、畑に行きました。
水やりではなく、声かけに行ったのですが、ついつい作業をやりだしたら、また1時間以上、在畑してしまいました。
昨日に懲りていたので、無理はしまいと思っていたのですが、やはりちょっとくらい無理をしないと、充実感がありません。
それでも汗はかきました。

以前は、シランが一画を占拠していたのですが、中途半端に手を入れたので、植生が一変しました。
気が付いたら今はほとんどありません。
花を植えるよりも、いまある花を応援したほうがいいと思い出しました。
笹竹退治からシラン支援に思想を変えることにしました。

畑も似ています。
真ん中の野草を抜いて苗を植えていたのですが、耕し方が不足していたため、ほとんど枯れてしまいました。
そこを放置していたら、そこに大根か青菜かわかりませんが、野菜らしきものがたくさん芽を出してきました。
以前、ここに育てていた野菜の種が発芽したのでしょう。
無理して野菜を植えるよりも、自然に出てくるものを活かす方がいいかもしれません。

午後は久しぶりに国会前に行こうと思っていたのですが、さぼってしまいました。
まだ百姓一揆までには時間がありそうなので、今日は読書させてもらいます。
晴耕雨読は、私の文化ではないのですが。

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2018/05/17

■「先史学者プラトン」は世界を広げてくれます

月曜日の朝日新聞1面下の書籍広告欄で、國分功一郎さんが、「大胆な議論をぜひ楽しんでもらいたい」と、「先史学者プラトン」を推薦していました。
それで読んでしまいました。
30年ほど前の著作ですが、日本では今年になって翻訳出版されました。

プラトンと先史時代といえば、アトランティス大陸を思い出しますが、本書の著者はアトランティス大陸ではなく、大異変後の大きな戦争の痕跡に焦点を当て、人類の定住や文化の原型に関して、考古学と神話をつなげながら語ってくれます。
いささか複雑で全体像がすっきりしないのですが、これまでの常識とは大きく違った全体像がおぼろに見える気がします。
古代アナトリアのチャタル・ヒュユク遺跡の話がとてもていねいに書かれていますが、今から7500年ほど前にこんな建物と生活があったのかと驚きました。
エジプトやシュメールの文明はどこから来たのか、今も明確ではありませんが、その謎解きの一つの材料が、そこにありそうです。
1万年ほど前に、先史文明があったという議論はいろいろとありますが、そうしたものが消えてしまったのは海岸線の上昇のためとも書かれています。
当時の文明は消滅し、辺鄙な山奥の文明が辛うじて残り、それが復活したのが、古代文明というわけです。

もうひとつ興味深かったのは、ゾロアスターの役割です。
現代のいわゆる三大宗教のすべてに関わっていることが示唆されています。
いやそこから「宗教」とは何かという問いさえ感じられます。

イラストも豊富で(ほんとかなという疑問を時々感じながら見ましたが)、論理を超えて強烈な印象を受けました。
そのおかげで、日本の市松模様もアナトリア発だったのだと、洗脳されてしまいました。

おまけとして、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』の関連個所抜粋がついていますので、私も初めて読みました。
これが実に面白いです。

國分さんがいうように、大胆な議論を3日間、楽しませてもらいました。
退屈している人には、お薦めの1冊です。
ディテールに引きずり込まれると、大胆な議論は楽しめないので、要注意ですが。

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