カテゴリー「無駄話」の記事

2024/04/05

■シャーロックにはなれそうもありません

もう20年ほど前ですが、たぶん誰かの紹介で面識のない人が湯島に何か相談に来ました。
お話を聞いたうえで、まず私が問うたのは、「ところでエジプトはどうでしたか?」でした。
相談とは全く無縁の問いでしたので、相手は驚いた様子で、どうして私がエジプトに行っていたことを知っているのですか、と訊いてきました。
理由は簡単で、彼女がエジプトツアーに行くと必ず買わされるであろうアクセサリーをしていたからです。このやり取りで、その後の展開はとてもうまくいきました。
これが私のシャーロックゲームの一番の経験です。

 子どもの頃はシャーロキアンにあこがれていましたし、新しい人に会うと、ついついプロファイルしてしまうのです。それでこういうことはいまも少なくありません。

 いま病院で毎日それを楽しんでいますが、昨日、それが見事にピント外れだったことが判明しました。例の「バトミントンK」さんです。
実は前に書いた後も、推測を重ね、推測をかなり修正しました。高校の先生で、病院にはUSVで来ていること。だから春休みを利用しての通院であること。などなど。
そして思い切って、昨日、確認の問いかけをしたのです。
テニスはお仕事ですか、仕事場は柏駅近くですか、と質問しました。
そこから話が弾みだしました。仕事はテニスだけではなく、ギターと空手もです。事務所は駅近くです。???

とと言うわけで、私の推測は見事に外れ。でもどうやら私との接点が見つかりそうな気がして、さらに話をつづけましたが、これまた見事にすべての可能性が否定されました。
でもいつか彼と会いたくなったら、会う方法は見つかりました。
2度と会うことが不可能になった「10時の人」の誤りは犯したくなかったのです。
そういえば、昨日で最後になった「とりでさん」とも、最後のわずかの一言で、いつかまた会えるきっかけを確保しました。

まあこんな感じで病院通いを楽しんでいますので、退屈はしませんが、疲れるようです。
今日はまた会うメンバーが変わるかもしれませんので、まずは会話なしでのプロファイリングです。

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2023/12/31

■今年読んだ本のベスト10

一条真也さんが、今年読んだ本のベスト10を選んだが、「資本主義の次に来る世界」が一位でした、とわざわざラインで教えてきてくれました。
その結果は一条さんのブログに書かれています。
私が読んだのは、この本だけでした。彼の読書範囲はともかく広いのです。
https://shins2m.hatenablog.com/entry/2023/12/30/000000

一条さんは、それらの紹介や読後感を、いつもていねいにブログで紹介していますので、よかったら読んでください。一条さんの紹介文を読んだだけでも読んだ気分になります。

一条さんのブログを読んで、私も真似をしたくなりました。
私の読書の範囲や量、そして読み方のていねいさも、一条さんとは比べようもありませんが、それでも今年も100冊を超える本を比較的ていねいに読んだつもりです。ただ、ジャンルがかなり狭くなったうえに、最近は、新刊よりも昔の本を読みなおすことが多くなりました。フィクションはほんの数冊しか読みませんでしたが、いずれもベスト10に入りませんでした。想像力が低下しているのかもしれません。

対象にした本は、今年出版された本に限定しました。
結果は次の通りです。
いずれも面白いというよりも、共感できたというべきでしょうが。
書名と、気になった一文を挙げてみました。順位はありません。

〔いまの金銭至上主義的経済社会から抜け出すための示唆をもらえた2冊〕
〇「資本主義の次に来る世界」(ジェイソン・ヒッケル 東洋経済新報社)
成長志向のシステムの目的は、人間のニーズを満たすことではなく、満たさないようにすること
〇「資本主義の〈その先〉へ」(大澤真幸 筑摩書房)
相克性を基底に置いた関係から、相乗性を基底に置いた関係へ

〔いまの政治の閉塞状況を打破していくための示唆をもらえた2冊〕
〇「地域主権という希望」(岸本聡子 大月書店)
私がめざしたい政治とは、人々が当たり前に、希望をもって暮らせる社会の実現
〇「コモンの「自治」論」(斉藤幸平+松本卓也編 集英社)
〈ケア〉とは、まわりの人々から人間以外の生物や環境まで気遣うこと

〔自分の生き方を問い直すヒントをもらえた2冊〕
〇「自己家畜化する日本人」(池田清彦 祥伝社新書)
現代社会において「飼い主」は、「システム」「権力」
〇「我々はどのような生き物なのか」(ノーム・チョムスキー 岩波書店)
社会変革のための方法はただ一つ、民衆による広範な組織化と活動
〇「宮本常一〈抵抗〉の民俗学」(門田岳久 慶應義塾大学出版会)
理念の実現のために制度や補助金を「使う」という主体的あり方が重要
〇「樹木が地球を守っている」(ペーター・ヴォールレーベン 早川書房)
人間は「無知」を受け入れ、尊重することで、よりよい道を見出せるようになる

〔気付きをもらった本〕
〇「戦後教育史」(小国喜弘 中公新書)
教育改革の現場を通して見えてきたのは、政治に翻弄される学校の姿であり、そのなかでの子どもたちの不幸
〇「新しい自由論」(村中璃子 文藝春秋)
自由は、最初からそこにあるわけでも勝ち取ったら終わりでもなく、時と文脈に応じてその意味をくり返し問い直し、理性と努力で守っていく必要がある

ちなみに、読みなおした本では、「「日本書紀」の暗号」(林青覚 講談社)が面白かった。今年出版された「スサノヲの正体(関裕二 新潮新書)も面白かったですが。年末年始は久しぶりに日本の古代史の本を10冊ほど読む予定です。

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2023/08/27

■『刑事モース〜オックスフォード事件簿〜』がついに終わりまし■

10年以上続いた英国テレビドラマ『刑事モース〜オックスフォード事件簿〜』がついに終わりました。
https://www.wowow.co.jp/detail/189210

毎年、3~6話ずつ放映されてきましたが、今回で最終回。
今日は時間があったので、最後の3本(4時間半)を続けてみました。
最後まで暗いままで終わりました。
おかげで私も暗い気分です。

これは2013年に始まったイギリスのテレビドラマです。
最初は面白かったのですが、だんだんその暗い内容に何回も見るのを止めようと思ったのですが、結局、10年間見続けてしまったわけです。
最後は明るい終わり方を望んでいましたが、最後まで暗かったのです。
何しろ暗い時代のイギリスの話ですから。
でも最初は嫌な性格だと思っていたブライト署長の生き方がとてもよかった。それが唯一の救いです。

このドラマの大きなテーマの一つは、家族とは何かです。
その点ではいろいろと考えさせられました。
こういうドラマは日本では作られないでしょうね。

最近の日本のドラマは明るすぎて、見ていても何も残らない。
最近、好きなドラマは「ハヤブサ消防団」です。
実にいい。でもああいう文化は日本でもどんどんなくなっているのでしょうね。ああいうところで最後の時間を過ごせたら最高ですね。
https://www.tv-asahi.co.jp/hayabusa-syobodan/

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2023/07/26

■新羅と秦族と六郷満山文化

まったくの無駄話です。
リフォームで、私の書庫がなくなってしまい、蔵書はいま未整理のまま、7つの書棚と段ボール数箱に、詰め込まれて、必要な本を見つけるのが大変な状況のまま、2~3年たっています。

時々、思い出して、本を探すことがあるのですが、そんな時、別の懐かしい本に出合うことがあります。昨日も懐かしい本に出合いました。
「邪馬台国は秦族に征服された」という安藤輝国さんの本です。1983年発行となっていますので、40年前の本です。
帯に「高木彬光氏推薦」と書いてあったので、気になってパラパラと読んでみました。

私は小学生のころから、横溝正史よりも高木彬光が好きだったのです。
高木彬光には、邪馬台国の論考もありますし、邪馬台国を題材にしたベッド・ディテクティヴものの小説もありました。

ページをめくると、さらに興味を掻き立てる文字が目に入りました。
「六郷満山文化」
ずっと気になりながら、調べたこともない、私には魅惑的な「話題」です。
20年ほど前に、大分県の国見町に行ったときに、友人に案内してもらったことがありますが、その時は、私はほぼ夢遊病者のような精神状況にあり、ただ現地を少し歩いただけで終わりました。でもその時の風景は今も時々思い出します。

そんなこともあるので、改めてこの本を読みなおしました。
ユダヤ・秦の始皇帝・新羅・応神・神功・磐井の乱・宇佐・天武というつながった物語が語られていました。だんだん思い出してきましたが、古代豊国も魅惑的です。

宇佐も気になりながら拒否されてきたところです。
30年ほど前にワクワクしながら宇佐に初めて行ったのですが、なぜか拒否された思いが残っています。宇佐に行ったのに、私には宇佐がほとんど見えなかったのです。行くまでにもいろいろとあったような気がしますが。
まあ時々そういう不思議なことが起こっていました。

いま語られている日本の古代史は、たぶん30年後にはまったく違ったものになっているような気がしています。
その歴史に触れられないのが残念です。

 

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2023/07/11

■邪馬台国のもやもやが解決しました

卑弥呼と邪馬台国にようやく解が得られました
もちろん、私にとって、という話ですが。

最近はあまり流行りませんが、私が若いころには「邪馬台国論争」というのが話題でした。
作家の松本清張や高木彬光なども論争に参加し、ある種の知的ゲームの感がありました。
当時私は古代史が大好きだったのでかなりはまっていました。

その後、今度は「邪馬台国はなかった」という古田武彦さんの論が新しい論争を起こしてくれました。これがまた魅力的で、それにもはまってしまいました。

その後、考古学での新たな発見が相次ぎ、さらに話は盛り上がってきましたが、その頃から逆に私自身は興味を失っていました。夢を感じなくなってきたのです。
でも卑弥呼が何者で、邪馬台国はどこだったのかには、関心がありました。

先週、図書館から寺沢薫さんの「卑弥呼とヤマト王朝」という本を借りてきていました。
「卑弥呼」にではなく、「ヤマト」に惹かれたのです。
昨日から読み出しました。
半分専門的な本なので、しっかり読んだら大変ですが、私の読み方だと、つまり関心のあるところだけの拾い読みだとどんな厚い本も2日もあれば十分です。
夕方には読み終えました。
それで長年の私の中での「邪馬台国論争」は解決しました。

著者も書いていますが、寺沢さんの考えは異端だそうです。
でもとても私には説得力があります。それに書き方がフェアなのです。
卑弥呼や邪馬台国でもやもやしている人は、読むといいです。
すっきりします。たぶん、ですが。

とても共感できるのは、視野が広く話題も広いことです。
司馬懿も公孫淵も出てきますし、マルクスもエンゲルスも出てくる。

邪馬台国問題ですっきりしない人にお薦めです。
国家とは何かを考えたい人にも。

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2023/04/25

■畑作業もどき記録20230425

今日は9時過ぎに畑に行きました。
先日整理していたら出てきた昔はいていたジーパンで作業です。
久しぶりのジーパンです。全く似合わない。

30分で帰宅する予定が、気がついたら11時。
畑作業をしていると時間を忘れます。
今日はまた畑面積を拡大し、さらに夏大根と葉ねぎを播く準備の畝をつくりました。
加えてかなり広い畑候補地も作りました。ここにはモロヘイヤやニンジンを予定。すでに植えているキュウリやナスもいささか危ういので、これも植え直そうと思います。
着々と収穫農業に向けて準備が進んでいます。

ところで、笹の生い茂っていたところを開墾するのは大変なのです。
その一部を写真に撮りました。かなり太い根っこがわかると思いますが、こうした根っこが地中に張り巡っているのです。
それと開墾作業をしていると、光合成に陽光は不要なのではないかなどという非常識の考えが生まれます。土中に青い葉を見つけることがあるからです。
まあ書籍で学んだ知識にはこだわりませんので、面白い発見がたくさんあるのです。

上から見ると空き地の緑が茶色に代わってきています。
これがまた緑になると畑作業も成果があったということです。
同じ色でも意味合いは全く違うのです。
茶色で覆われだしている日本の社会も、なんとか新しい緑の社会に代えたいものです。

 

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2023/03/13

■以前話題になったSF「三体」を読みました

今年は中国の人たちのことを知りたいと思い、湯島で現代中国に関するサロンを継続開催することにしました。
それもあって、少しずつ中国に関する書籍も読もうと思い、まずは以前話題になったSF小説の『三体』を読みました。

1部の「沈黙の春」は、1967年の文化大革命期の中国から始まります。あまりにリアルな展開に、これがSFかと思ってしまいましたが、第2部「三体」になると、VRゲームの話も出てきて、だんだん訳が分からなくなってきました。面白い話題はふんだんに出てくるのですが、そのほとんどが無駄に浪費されている感じで、いつになっても期待している展開になりません。

読むのをやめようかと思ったのですが、念のため訳者あとがきを読んだら、そのうちに、山田正紀の「神狩り」やJ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」のようなワクワク感が出てくるはずと書いてあったので、改めて期待して読み続けました。
しかし、結局は「神狩り」や「星を継ぐもの」の時のようなワクワク感は味わえませんでした。

私の理解力や想像力の劣化のせいかもしれないと思い、SF評論家でもある岡和田さんにどう評価すればいいかを聞いてみたら、期待通りの的確なコメントをもらいました。
ちょっと安心しました。

それにしてもこんな作品がいまやヒューゴー賞を受賞するとは。
ちなみに私は1980年代までしかSFは読んでいませんが、いい時代にSFを読んでいたと改めて思いました。いまはもう現実科学や想像世界がSFを超えてしまっていて、SFのSが一体何なのかがわかりにくくなってしまっているような気がします。
まあこんなことを言うと、岡和田さんからはまた笑われそうですが。

『三体』はその後も3作品が出版されていますが、もう読むのはやめました。
でも久し振りに、「神狩り」を読んでみようかと思います。
果たして今の私にSFを読む感性と知性が残っているかですが。

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2023/02/03

■細い血管がつながりました?

今日は脳神経外科の定期検査です。
脳の細い血管が2本消えかかっていたのが数年前に確認され、以來、薬を飲みながら、定期的にいろいろと検査を受けています。
今日は半年ぶりのMRI検査でしたが、なんとこれまで画像では繋がっていなかった血管に細い繋がりがみえるようになっていました。医師も薬では回復しないのだがというのですが、間違いなく前回の状況とは違います。次回はもっと太くなっているでしょうか。病院に来るのが楽しみになりました。

つづいて膵臓炎のフォローで外科へ。
血液検査結果ではもう異状はなく、薬も不要とのこと。
まあそう思って、こちらの薬は自発的にほとんどやめていましたが、正解でした。

この病院の外科の医師は4人いますが、毎回違う医師が対応してくれ、しかも言うことが違います。だから病院を変えたかったのですが、幸か不幸か、もう来なくてもいいし、薬も飲まなくていいそうです。解放されたようでホッとしました。

胆嚢の摘出も個人判断とのことで、「お薦め」はありませんでした。患者の相談に乗るのが医師の仕事だと私は思っていたのですが、最近は事実を知らせるのが医師の仕事のようです。医師とは気楽な商売になったものだと思います。たぶん医師の仕事はまもなくAIに代わっていくでしょう。

いずれにしろ、2月に胆嚢摘出手術をしようかと思っていましたが、やめました。胆嚢の胆石を持ったまま天寿を全うする人もいると今日の医師は言いましたが、私の場合は、死ぬときが天寿を全うする時ですので、手術することもないかなと思いだしています。特に、この病院では手術はしたくありません。そういう場合、どうすればいいのか。かかりつけのお医者さんに頼んだのですが、最近は病院の紹介も難しいようです。

私は近くの慈恵医大の病院で精密検査と手術をしたいのですが、どうやって行けばいいかまだ分からないので、少し様子見することにしました。まあ、もう少し天寿は残っているでしょうから。

そんなわけで、もうしばらくみなさんのお世話になりそうです。

 

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2022/12/19

■箸技ゲームの普及に加担することにしました

西川口にある国際箸会館に行きました。

国際箸学会が箸技ゲームをこれから世界に広げていきたいというので、その思いに共感して、ささやかながら応援することにしたのです。
なにやら思いは伝わるようで、箸会館で話し合いをしているまさにその時、京都のNPO認知症予防ネットの原さんから箸技ゲームの注文の電話があり、それで私がここにいることを知った高林實結樹さん(みんなの認知症予防ゲームを日本中に広げた人です)から電話がありました。高林さんと電話で話すのは久しぶりですが、まったく以前と変わらないお元気な声でした。

ところが、そこで高林さんが箸ピーゲームをやっている時の呼吸が、自分がかつて学んでいた呼吸法と同じだという話をしてくれました。
「呼吸法」。今日も駅から箸会館まで、深呼吸歩きをしてきたのですが、「呼吸」と聞いたら聞き流すわけにはいきません。
年が明けたら京都に行ってもいいかなと思いました。
また新しい物語が生まれるかもしれません。

ついでに、国際箸学会会長の小宮山栄さんの会社のコミーにも立ち寄らせてもらいました。
小宮山さんは、今年、社長を退き、いまは次の世代にバトンタッチしています。
コミーはミラーの会社ですが、これまで開発した面白いミラーが展示されている部屋があります。私はそこを見るのが好きなのですが、そこに「自分と握手できるミラー」があります。久しぶりに、そこで自分と握手してきました。写真でそれがわかるでしょうか。

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コミーには面白い展示がたくさんありますが、どこまで公開していいかわからないので写真を載せるのは差し控えます。

訪問した時に、社員みんなで箸技ゲームを行う時間と重なりましたので、私も久しぶりに小宮山さんと一緒にやってみました。今日は、箸ぴーゲームと箸の上にピーナツを乗せる直立不動ゲームでした。右手でのゲームは時々やっていましたが、左手は久しぶりでしたので、予想以上に苦戦しました。直立不動ゲームはたった2つだけ。

社員はみんな社内ネットで画面をシェアしながらゲームを楽しんでいるのです。
そういう風景を見ていると、社内コミュニケーション支援や気分転換とか、あるいはもっと創造的な面でも、企業でもいろんな使い方がありそうです。

国際箸学会に出向したスタッフが中心になって、いま箸技ゲーム(ゲームを遊ぶとともにゲームを創案するゲームもあります)を拡げるべく活動しています。
湯島でも毎月、箸技サロンもやっています。

ぜひ一度、試しに遊びにお越しください。
病みつきになるかもしれません。あるいは、いつもとは違うところが刺激されて、人生が変わりだすかもしれません。残念ながら、保証はできませんが。

 

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2022/09/09

■ドラマ「始皇帝」

昨日、中国ドラマ「三国志」について書いたのですが、思っていた以上に観ている人が多く、コメントもいただきました。なかには、三国志をテーマにサロンをやったらという提案までありました。
それで、ついでに同時に観ていた「始皇帝」についても一言。
これも78話という長編でした。

制作に14年かかったそうですが、ドラマとしては無声時代の映画を観ているようでかなり前の制作作品だと思います。「三国志」と比べると時代の変化を強く感じますが、内容を通底する精神(文化)は同じです。
忠孝思想が強く流れています。
中国が共産主義や社会主義国家などとはとても思えません。

私の関心事は、なぜ始皇帝は焚書坑儒というような「蛮行」を行ったのか。
それと彼の出生の秘密や名前だけしか知らなかった李斯のことを知りたかったのが、観始めた理由です。
焚書坑儒に関しては、納得できました。
異文化を統合して平和を実現するためには、当時の状況ではまだ多様性は許されなかったのです。
いわゆるゼロベースからのグレートリセットのためには、多様な知識や文字は邪魔になったわけです。言葉自体が未熟だった当時の状況では、それは合理的だったのだと思います。
しかし、20世紀の中国の文化大革命やカンボジヤでの蛮行は、合理的とは言えないでしょう。

また、「三国志」でもそうですが、重要な会話は、決められた表現が使われています。古書古伝に残された「言葉」を子どもの頃から学んで、それを駆使して会話が成り立つのです。つまり、当時の言葉は、個人の言葉というよりも「神の言葉」だったような気がします。これも改めて確信できました。
これは、湯島での万葉集サロンのテーマのひとつでもありますが、日本でも同じことが起こっていたのです。教養とは、神の言葉、古人の言葉を記憶することだったわけです。

知のあり方がいまとは全く違っていたようにも思いますが、よく考えてみると、いまもまだ同じかもしれません。
昨日の湯島の集まりでも、ある人が、言葉の数(ヴォキャブラリー)が少ないと話についていけないことがあるというようなことを指摘していました。
しかし、言葉を媒介とした知には限界がある。いやむしろ知を阻害するのではないかと私は思っていますが、しかしその一方で、言葉は知らない世界への入り口になりえるとも思っています。

「始皇帝」から話が離れていますね。
中国ドラマの「始皇帝」は史実を丁寧に追ったもののようですが、悪名高い呂不韋に関してはかなり好意的に描かれていました。
しかし始皇帝が呂不韋の子どもかもしれないということはかなり明確に示唆されていました。

一説では呂不韋はユダヤ系の人だと言われていて、もしそうなら始皇帝にはユダヤ人の血が入っていますが、さらに秦が滅びた後、秦の王家は華南に移り、朝鮮半島を経て、日本列島に来たと言われていますから、日本ユダヤ同祖説につながっていきます。
古代日本の秦一族はユダヤ系かもしれませんし、私が好感を持っている天武天皇は新羅系(ユダヤ系?)とも言われていますので、もしかしたらユダヤ系かもしれません。

また本題から外れました。
「始皇帝」では、統一前の七国それぞれを支配する人たちは、婚姻関係でみんなつながっています。ヨーロッパの近世と同じです。そこでは支配層と生活層が分離していたわけです。国家は、生活者にとっては迷惑な制度だったと思います。
昨今のグローバルな世界は、1%の富裕層と99%の生活者層とに分かれだしていますが、まあそのモデルが秦の時代にあったわけです。

もう一つ現代と通ずると感じたのは、李斯や韓非のような「参謀」や「知識人」が大きな力を持っていたことです。
これは三国志における司馬懿や諸葛孔明にもつながっていくわけですが、参謀の役割はたぶんいまや終わったように思います。これからその役割を果たすのはAIでしょうが、AIを支えるのは生活者たちのビッグデータです。
つまり集団(社会・国家)の統治の視座が全く変わってしまっているのです。
もはや李斯や司馬懿の時代は終わったのです。

しかし、参謀が地位を得たはじまりの頃の話として、「始皇帝」は興味深かったです。
同時に、最近の日本の政治や経済の世界で、「参謀」や「人脈利用者」が私腹を肥えさせているのが、いささか悲しいです。まだそんなことをやっているのか、と。

このドラマにはたくさんの人が出てきますが、私にはほとんど名前も知らない人ばかりでした。しかし78話も見てしまうと、無機質だった秦の話が私の中では生き生きとしてきました。始皇帝はやはり好きになれませんでしたが。

今度はアニメ「キングダム」を見てみようと思います。
これも長編ですので、大変そうですが。

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