カテゴリー「無駄話」の記事

2021/04/12

■私がワクチンを接種しないわけ

一週間ほど前に、コロナウイルスワクチン接種の接種券が届きました。
かなり分厚い手紙なので、いつもながら読んでもわからないのだろうなと思って読むのもやめました。行政からの手紙は、いつもほとんど理解不能もしくは読んでもあまり新しい話はないのです。

それに私は今の段階ではワクチンを接種するつもりはありません。
ワクチンは危険だから接種するなという話も出回っていますが、私が摂取しないのはそのためではありません。
接種しない理由は明確です。

 仮に、今回のワクチンがリスクのほうが大きいとしたら、当然、接種しません。
しかしリスクよりも発症予防や重症化予防などの効果のほうが大きいとしたら、いまなおワクチンは不足しているようですから、私のような高齢者ではなく福祉関係者などをまずは優先させるべきだと思っています。
医療関係者は高齢者よりも優先されているようですが、まだまだワクチン不足で接種者は少ないようですから、そちらにワクチンを回してもらったほうがいいと思っていますし、福祉関係者が高齢者の次というのは全く理解できません。
高齢者は幸いに他者への感染力が弱いとも言われていますので、接種は最後でいいだろうというのが私の意見です。

それにしても、我先にワクチンを接種したいと電話予約が殺到して、なかなか電話がかからないというような報道に接すると、なんだか悲しくなります。
日本人の「譲り合いの精神」は、もう失われたのでしょうか。

コロナウイルスが私たちの本性を顕わにしたのか、あるいは私たちの本性を変えてしまったの。
いずれにさびしい時代になってしまいました。
だからこそ、私としては改めて生き方を問い直したいと思っています。

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2021/01/21

■マンゾーニの小説『いいなづけ』を読もうと思ったのですが

COVID-19パンデミックが始まった昨春、感染防止のために休校したイタリア・ミラノの高校のスキラーチェ校長の「こんな時にこそ良い本を読んでほしい」という生徒へのメッセージが話題になりました。

そこで校長が紹介したのが、マンゾーニの小説『いいなづけ』です。私は名前さえも知らなかった小説ですが、ダンテの『神曲』と並んで、高校や大学へ進むほどのイタリア人ならだれもが自分で買って持っているのが当然と言われている本だそうです。
副題が「17世紀ミラーノの物語」とあるように、この小説には、17世期に発生したペストの大流行の様子が詳しく描かれているのだそうです。
デフォーの「ペスト」もカミユの「ペスト」も読んでいますが、この本は知りませんでした。

しかし、パンデミック関係の本を読んでいるとこの小説の名前がよく出てきます。
そこで私も読んでみようと思い、図書館から借りてきました。
ところがA4サイズの2段組みで800頁を超える大長編なのです。
借りてきたのはいいものの、読みだす気力が萎えてしまい、もし買ったのであれば、たぶん後で読もうということになってそのまま埋もれてしまっていたでしょう。そういう本がたくさんあるからです。
しかし、借りてきた以上は10日以内に読まないといけません。それは私が決めたルールなのです。期限を延ばすと読まない恐れがあるからです。
基本的には借りた本は3日で読むことにしていますが、この分厚い本は3日で読了する自信がありません。どんなに速読しても1週間はかかりそうですが、1週間も同じ本を読んでいるのは私の好みではありません。さてさて悩ましい話です。

でもまあ今日は読みだすのはやめましょう。
どうしたら速読できるかを考えようと思います。

Iinaduke

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2021/01/20

■1月20日は世界が変わる日?

今日120日は世界が変わる日になるかもしれないと「陰謀論」を信じている友人から言われています。
楽しみではありますが、それが本当かどうかは間もなくわかるでしょう。
失望する結果にならなければいいのですが、仮に変わらなかった場合、私はその一人からイタリアンランチをごちそうしてもらえるのです。

私には、最近の「陰謀論」はいかにもという感じになってしまい、20年前までと違って私にはもうついていけなくなってしまっていますが、いまもまだ熱狂的に信じている友人が私の周辺にも数名いるのです。

今回のCOVID-19に関しても、陰謀説は山のようにあり、ウイルスに人工的な痕跡が証明されたという話もあります。もちろん痕跡など全くないという話もありますが、まあどちらが正しいかはわかるはずもありません。そもそも「科学技術」とはあくまでも限られた条件の範囲内での議論ですから、「絶対」などということはあり得ません。
科学技術が真理だと捉えるのも、神の存在を真理だと考えるも、結局は同じことです。

私は、生命は泥から生まれたという神話も否定しませんし、宇宙人の存在も霊界との交流も否定しません。シュメール人が宇宙から来たという説も、その一人がゾロアスターだったという説も、否定しないどころかむしろ賛成したいくらいです。
いずれにしろ、いずれもあるともないとも言えない話です。科学技術とはあるパラダイムのなかでの仮説の話ですから宗教とそう違わないと思います。

そういう立場から考えれば、いわゆる「陰謀論」のほとんどもまた否定はできません。
しかし、ある「陰謀論」を信ずるのであれば、それと反対の「見解」もまたきちんと受け容れないといけません。仮説として「陰謀論」を受け容れるのは世界を広げてくれますが、「陰謀論」の世界に絡めとられてしまうと世界は見えなくなるからです。同じように陰謀論を頭から否定するのも、陰謀論に呪縛されているのと同じですから、私の立場ではありません。

しかし、トランプが大統領にとどまるかどうか、バイデンが逮捕されるかどうかは、「陰謀論」の次元の話でありません。それは単に権力闘争の話です。
現実の政治制度は、ある仮説(前提)によって構築されています。その前提を議論しだしたら社会は成り立ちません。
トランプは「不正選挙」を問題にしていますが、「不正」が存在しない選挙などありません。完璧な制度も、制度運用も、そもそも存在しようもないからです。
それに、トランプもバイデンもつまるところは同じ世界の仲間ですから、どちらが大統領になろうと大した問題ではありません。
そんなことで世界が変わるはずもないでしょう。

にもかかわらず、もしかしたら世界が変わると私が思いたいのは、いかにも現在の世界が荒れ果てているからです。
人間の時代は終わったと思えてなりません。
萩尾望都さんの「百億の昼と千億の夜」の最終場面を思い出します。
神の実験は失敗したのかもしれません。

しかし、まだ可能性は捨てないで、今日1日を待とうと思います。

 

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2020/09/16

■もし「不死の薬」があったら、あなたは飲みますか?

一般には知られていないことですが、20世紀の最大の発明は3つあります。
生命体を透明にする薬、不死身になる薬、そして不老不死の薬です。

残念ながらちょっとした事故のゆえに、それらの発明は公開されないままに、いまはまだ埋もれていますが、事情通のフレドリック・ブラウンの報告書「未来世界から来た男」にその間の事情が書かれています。
せっかくの発明が人類みんなの財産にならなかったのもまた、よくある「ちょっとした勘違い」によるのですが、そこに神の配慮を感じないわけにはいきません。おかげで、私たちは、悪さもせずに、時々心身を痛めるドラマに悩みながら、生の退屈さから解放された、辛い人生を楽しませてもらっているのですから。

ところで、不死身になる薬がもし手に入ったら、みなさんはどうするでしょうか。
ほとんどの人は最初は飲みたいと思うでしょうが、実際に飲む段になった場合、躊躇するのではないでしょうか。
私はたぶん飲まないでしょう。
永遠の生などぞっとします。

永遠の生のおぞましさは、手塚治虫さんの「火の鳥」でも描かれていますので、手塚さんもたぶん飲まなかったでしょう。
私としては、もう少し長く生きて、「火の鳥」を完成させてほしかったですが。

話を戻せば、死があってこその生なのです。
死のない生は、退屈でしょう。

しかし、最近のコロナ騒ぎを見ていると、多くの人は死のない生を生きたいと思っているようです。
もしかしたら、不死の薬を飲むかもしれません。
私的に言えば、人間をやめたがっている。
だから人間でありつづけたい私とはコロナへの向きあい方が違ってしまうのでしょう。

ちなみに、フレドリック・ブラウンの報告書「未来世界から来た男」は、日本でも翻訳出版されています。タイムマシンの発明はかなり先になっていますが、そこから考えると、この報告書の真偽には少し疑いを感じますが。

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2020/04/15

■朝の空気が気持ちよかったです

今日は暖かな気持ちのいい春日和です。
新型コロナウイルスが世界を覆っているのが嘘みたいです。
久しぶりに少し歩いてみようと思い、近くの手賀沼公園に行きました。

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早い時間のせいか、まだ人も多くはありません。
ドラッグストアのマスクの売り出しも、最近は販売中止のお店もあって、並んでいる人もいません。
しかし、そんな知恵さえ働かなくなるほどに、みんなおかしくなっていたのです。

ウイルス騒ぎのおかげで、社会は少し良くなるかと期待していましたが、どうも今度は逆方向に動き出してしまったようです。
「外出禁止風潮」「人との接触を避けようブーム」。
まるで人間はウイルス以上に汚染された存在になってしまったようです。
誰かに感染させるかもしれませんと言われていることは、すでにあなたは感染しているかもしれませんと言われているわけですが、そういわれると動きが取れなくなってしまうわけです。
こういう状況が、かつて日本を戦争に向かわせたのでしょう。
困ったものです。

しかし感染した人の症状が急変して、死に至ってしまうこともあるという報道が、なまなましく伝えられると、私もいささか気の迷いが起きてしまいます。
テレビ映像のほとんどは一部を切り取って増幅させたものだと思いながらも、そういう事実があることも否定できないので、万一、自分がキャリアになって他者を死に至らしめたらと思うと、ここは「無責任」に自宅に引きこもろうかと思いたくもなります。

しかし、その一方で、ウイルス感染症とは別の理由で病院に通っている人も私の周辺にはいます。
その人たちにとっては、もちろんウイルス感染症も心配ですが、自らの病気も心配です。
私も身近にそういう人が複数いますので、ウイルス騒ぎよりもそちらに関心があります。
新型ウイルス感染症の致死率は決して高くはないと思いますし、死者数もとても少ないですが、みんなの目が新型ウイルスにだけ向けられるのが不思議です。
そうした問題を抱えている人が少ないのでしょうか。

がんの妻を見送った時のことが思い出されます。
みんなの「しあわせ」が、ちょっとうらやましい気もします。
しかし、ウイルス騒動の陰で、どれだけの「死者」が出ているのでしょうか。

手賀沼公園のベンチで座って、そんなことを考えてきました。
帰り道ではかなりの人と出会いましたが、ほとんどの人がマスクをしていたのが、私には異様でした。
こんないい空気をどうして満喫しないのでしょうか。
そんなことをやっていると病気になりますよと言いたい気分でした。

ちなみに今日は、誰にも話しかけずに、無言のまま帰宅しました。
娘に今回は手洗いはいいだろうと言ったら、ドアノブにも触っているのだから 手洗いは必要だと言われて、ちょっとがっくりしました。
わが家もかなり汚染されているようです。

いや世界中が汚染されてしまった。
ウイルスが浄化してくれるかもしれません。

 

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2020/04/05

■私の脳が少しおかしくなってきたようです

全くの無駄話です。

最近、私に会った人は気づいているかもしれませんが、心身の老化がかなり進行しています。
思考と言動、とりわけ言葉がずれてきています。
それに気づいたのは1年ほど前ですが、最近さらにひどくなってきています。

ただし、思考の世界はむしろ急速に時空間的にも広がっていて、世界がかなり見えるようになっている気がします。
しかし、それを言語化できないばかりか、言葉自体が思考から切りはなされているような気がします。
つまり考えていることと話していることがずれているのです。

困ったものです。

しかしさらに最近、もう一つ困ったことが起き出しました。
時間が止まりだしたのです。
これも1年ほど前から何となく感じていたのですが、どうも時間秩序が壊れだしたのです。
それで図書館から「時間とはなんだろう」という松浦壮さんの本を借りてきて読みだしました。

ところがなんと、なんとそこについ最近読んだことが書かれているのです。
100×100のマス目に10個の荷物を置いて動かしていくという話です。
その記述をこの2~3日に本で読んだ記憶があるのです。
それでこの2~3日に読んだ本(5冊ですが)を確認してみましたが、どこにも出てきません。

しかも、記憶のなかでは、100×100のマス目のイラストもあったのですが、今日読んだ松浦さんの本にはイラストはありません。
さてさてどうなっているのでしょうか。

もしかしたら、これから読む本がもう記憶に移っているのかもしれません。
私の心身においては、時空間がおかしくなってきているのかもしれません。
ぼけ現象のひとつかもしれないのですが、100×100のマス目のイラストが頭から消えません。
もし、そうしたイラストが載っている本をご存知の方がいたら教えてください。

しばらく読書はやめた方がよさそうです。
やはり畑作業で心身を休めないといけません。

 

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2020/01/10

■中公新書の「持統天皇」が面白かったです

なかなか読めずにいた中公新書の「持統天皇」を今日、読みました。
私の持統天皇へのイメージは、最初は吉野裕子さんの「持統天皇」でつくられたためかとてもいい印象を持っていて、日本の歴史を大きく方向づけたのは持統天皇だと思っていました。
しかし、その後、いろいろと読んでいるうちに、どうもあまり好印象は持てなくなり、夫を裏切った女性という印象を持つに至りました。
しかし、瀧浪貞子さんの今回の本を読んで、また評価が変わりました。
やはり女性の視点と男性の視点で、評価が変わってくるようなきがします。
吉野さんも瀧浪さんも、持統天皇の気持ちに入り込んでいるような気がします。
私は男性なのですが、瀧浪さんの本に見事に変節させられ、持統天皇の生き方にもちょっと理解できる気がしてきました。
それはともかく、最近読んだ歴史関係の本では久しぶりに共感と発見と内容のあった本でした。

ところで、本書の中に「万葉集」に関する論考が20頁以上にわたって書かれています。
ここがとても面白い。
万葉集に関心のある方には、ぜひお薦めしたいです。

湯島では、令和騒ぎの前からまじめな万葉集サロンをやっていますが、次回は1月18日です。
テーマは「〈わ〉と〈な〉、そして〈た〉-共有される歌々」。
ちなみに、江戸時代に発見された金印は「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」と刻まれていますが、万葉集サロンで升田さんが「委奴国」を「〈わ〉の〈な〉の国」とも読めると話してくれたことがあります。
今回も面白い話がいろいろと出てきそうです。

 

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2019/11/01

■2日間、悩み続けています

東京か札幌か、英語の試験制度は導入すべきかどうか、など世間は現場知らずの人たちによって振り回されていますが、私のこの2日間の関心はまったく別のところにあります。

私が、この2日間、いくら考えてもわからないのは郵便局員による切手不正換金問題です。
「料金別納」郵便の支払いで使われた切手を、廃棄せずに金券ショップで換金したという事件です。
2人で行ったというその額がなんと5億円以上というのには驚きましたが、私の悩みは、これによって「損をした人」は誰なのかということです。

要は、廃棄すべき切手を勝手に換金したら5億円になったということですから、ごみの再利用とも考えられます。
まあいくらでも「おかしい点」は指摘できますが、しかし、これによって「損害」を受けた人が見当たりません。
もし受けたとしたら、その行為によって懲戒解雇になった2人の郵便局員ではないかとさえ思えます。
実に悩ましい問題です。

さらにこれによって、世間的には流動性が増加し、経済成長にも寄与したでしょう。
黒田日銀総裁の手助けにもなっているかもしれません。
2人の郵便局員は賞賛されてもいいかもしれません。
なにしろゴミから5億円を生み出したのですから。

まあやり方や生み出したお金の使い方には少し問題があったような気もしますが。
でもそれで、何か社会に実害を与えたわけでもありません。

どなたかこのことで生じた損害についてご教示いただけないでしょうか。
この2日間、この答えが気になって、ずっと考え続けていましたが、救いを求めることにしました。
よろしくお願いします。

ちなみに、こうしたことが起こったのは制度が悪いと思いますが、そういう話にはあまり関心がありません。
制度には必ず欠陥はつきものですから、それはまた別の問題ですので。

 

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2019/10/02

■幽界との邂逅

昨日と一昨日、那須に出かけていました。
那須に半分住んでいる友人が、今年も**遊民会議の仲間たちと一緒に私を那須に招待してくれたのです。
那須は季節外れの暑さでしたが、いま思えば、それは参加した遊民たちの異常な霊力のせいだったかもしれません。

そもそもそんな現象を起こせる**遊民会議とは何でしょうか。
一見、自由に生きている若者たち(年齢とは無縁)が緩やかにつながっているグループのようですが、私にはまだ正体が見えないコミュニティです。
時折、一人は大きな声を叫びますし、一人は踊り出す。
いまはもう使用していない吊り橋の上で踊っていたので、後ろから歩いていく私などは振り落とされそうでした。

私のように、心身共に自由ではない老人は参加資格はないでしょうが、なぜか付き合ってもらえていますので、感謝していました。
ちなみに、今回の那須の集まりを呼びかけた友人も**遊民会議のメンバーのようです。

今回は昨年のように完全に道端にある露天の混浴露天風呂(私も希望したサルと人間の混浴です)には行けませんでしたが、廃墟に近いと私には思えたホテルの廃墟に近い露天温泉に入ってきました。
後ろの岩の岸壁から温泉が流れ出している、実に自然になじんだ、しかし人間から見るとあまり清潔とは言えないお風呂でした。

ちなみに宿泊は友人の別荘です。
遊民たちはみんな調理がうまくて、専属シェフ付の感じで、毎回、食べたこともないような素晴らしい料理でした。
食べていると次から次へと料理が出てくるのです。

ともかく**遊民たちは自活力がすごいのです。

しかし、とても知的で文化的な2日を過ごさせてもらいました。
ところが、今日になって驚愕な真実に気付いたのです。

その別荘の近くに、ホーンテッドマンションと言われている家があり、その敷地内に入ると2度と戻って来られないと別荘主が繰り返し私の話すのです。
そういわれると行きたくなるのは人の常。
それに、禁止条項は破られるためにありますし、行くなと言うのは行けと言うメッセージです。

早朝早く私一人で、そこに行き、敷地に入ってしまいました。
特に結界は感ずることなく、素直に入れました。
まあそれが閉じ込めの常道ですが。

建物に近づき上を見たら2階の角の部屋に明かりがついていました。
写真を撮りましたが、周辺には木やツタが繁っていてあまり良く見えません。
はっきりと撮影できる場所を探しましたがなかなか見つからない。

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外から階段で上がれそうでしたが、途中で崩れそうでしたし、敷地内はともかく家屋に無断侵入すると、近くに住んでいる友人に迷惑がかかりそうなので諦めて、周辺を回っていたら、道を誰かが歩いてきたので、見つかったらまずいと思い、写真を撮るのをやめて道に出ようとしました。
幸いに道にいたのは、一緒に那須にやって来た遊民の一人でした。
そして彼は突然私の哲学的な問いを浴びせました。
それで、明かりの話をする間もなく、別荘に引き戻されました。

戻ってみんなに明かりがあったと話しましたが、だれも信用せずに、また誰も確かめに行こうとも言いませんでした。
普通は、確かめに行こうと言うと思いませんか。
友人は、どうして私が戻ってこられたかばかり話していました。
そして、そのまま朝食タイムでいつの間にか明りの話は忘れてしまいました。

なにか心に引っ掛かる謎を感じていました。

今日になって、その訳が分かりました。
**遊民たちは、ホーンテッドマンションに住んでいる幽霊の仲間で、私を仲間にしようとしていたのです。
そう考えるとすべてのことが納得できます。

明かりの様子をあまり詳しく調べられると都合が悪いので、明確な証拠写真を私が撮る前に、私を引き戻しにやって来た。
今回の那須の集まりは、そもそも私を幽界に引き込む審査会で、幸か不幸か私は及第できなかったので、元に戻したのでしょう。
幽界の人たちは優しいのでしょう。

そういえば、今回入浴した温泉も、それを管理している旅館も、冷静に考えれば、この世のものではない雰囲気がありました。
おそらく数十年前に朽ち果てて、廃墟になっているのです。
そういえば、更衣室は電気も付かず、トイレの水は出ませんでした。
もちろん床は底が抜けそうで、入口に一人だけ男性がいて、入浴料を受け取ったり話をしたりしていましたが、いまから考えるとどこかおかしい雰囲気でした。
脚はありましたが、話がどうもつじつまが合わない気がしました。
しかし、一緒に行った4人の遊民たちは、みんな納得して、私をなんとなく説得していたような気もします。
みんな仲間だったに違いありません。

そういえば、昨日もその前の日も、別の友人からメールや留守電が届いていました。
内容は、「連絡がつかないが死んでいるんじゃないか」という内容でした。
彼はかつて臨死体験をし、いままた死の近くで生きている人です。
彼には私の危機が見えていたのかもしれません。

幽界も一度体験したいので、仮入会させてもらえればよかったのですが、残念ながらまだ資格がないようで、無事、昨夜、帰宅できました。

今日は謎解きに1日かかりました。
さて来年は呼んでもらえるでしょうか。
幽界の人たちに振り回されないように、心身の力を高めなければいけません。

今月また、相馬霊場八八か所めぐりの後半40キロを歩く予定です。
もちろんサンダルで。
もし力がついたら、**遊民たちを幽界から救ってやろうと思います。

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2019/10/01

■CWSコモンズ村の新しいメーリングリストを始めます

湯島のサロンの参加者を対象としたメーリングリストの引っ越しを完了しました。

このメーリングリストは、20155月以降に、湯島の公開サロンに参加した人を対象にしていますので、参加者は私だけではなく、少なくともサロンでお会いした数名の人が知り合いの人に限られています。
現在、登録者は400人強です。
今日から使用開始です。

メーリングリストなどのネットでも交流は、気楽で便利で負担なく、「ゆるやかなつながり」維持できますが、その一方で脆さや危険性もあります。
私もいろいろなメーリングリストに参加していますが、時に「炎上」事件も起きます。
その脆さを補完するために、リアルなみんなの空間との連携を重視し、このメーリングリストとサロンと一体化させていきたいと考えています。

なお、10月から湯島のサロンの名称を「CWSサロン」に改称し、そこから生まれるコミュニティを「CWSコモンズ村」と呼ぶことにしました。
メーリングリストの名前も「CWSコモンズ村」となっています。
また改めて説明させてもらいたいと思いますが、「CWSコモンズ村」は湯島のサロンとこのメーリングリストが目指している、心をひらけあえるコミュニティです。

CWSは、コモンウェルス・ソサエティの略ですが、同時に私が主宰するコンセプトワークショップの略でもあります。
コモンウェルスには「共和国」の意味もありますが、私は「みんなで育てていくコミュニティ」と捉えています。
ちなみに、「CWSコモンズ村」には失敗の歴史もありますが、一時期はコモンズ通貨も発行していた時期があります。

今度こそ、単なるメーリングリストだけではなく、リアルな場も持ったネットコミュニティを育てていければと思っています。
しかも、それを開かれた存在にしていきたいと思います。
文字ではなかなか伝えにくいので、一度、これをテーマにしたサロンを開く予定です。

湯島を維持する資金繰りのめどはまだ立っていませんが、ネットでのつながりの脆さを補完するリアルな場はこれまで以上に大切にしていきます。
できればみんなが使えるようなコモンズ空間を目指したいと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

なおCWSコモンズ村にご関心を持ってもらえたら、私宛に個別にご連絡ください。

 

 

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