カテゴリー「補足記事」の記事

2010/09/03

CWSプライベートにようこそ

このブログは「時評編」と「挽歌編」が混在していますので、驚かれる方もいると思います。
混在の理由はゾーエとビオスの融合を目指しているからです。
目ざわりかと思いますが、お許しください。
別々に読む方は右側のカテゴリーで選んでください。

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2009/01/22

■時評をさぼっている言い訳

時々、時評を書く意欲が消えてしまうことがあるのですが、この1週間、まさにそうで、何を見ても聴いても、まあ勝手にやったらいいんじゃないのと思ってしまうようになっています。
オバマのスピーチに世間は沸いていますが、20分のスピーチを聴いても心が躍動しません。
たしかに久しぶりにスピーチらしいスピーチのような気もしますが、なんだか私の心が麻痺してしまっているのです。
スピーチの一方で、ガザの惨劇は続き、アフガンやイラクの情勢は変化の兆しを感じられないのが、その理由かもしれません。
日本でも、政府や財界が言葉を並べ立てていますが、現実が変わる兆しは感じられません。
現実を変えているのは、当事者と当事者に繋がる人たちなのです。
閣僚たちの視線は、そうした現場には向いていません。

言説の時代は終わったといわれています。
大きな物語の時代も終わった、これからはローカルな身の丈にあった物語だという人もいます。
逆に言葉が現実を超えて、新しい世界を創りだしていくといっている人もいます。
いずれにも共感しますが、だからなんだとも思います。
いささか「うつ」状態なのかもしれません。

オバマのスピーチに世界は大騒ぎです。
あんなに大盤振る舞いして大丈夫なのでしょうか。
世界は本当に変わっていくのでしょうか。
そうあってほしいものですが、何だか方向は全く変わっていないような気がしてなりません。

すみません、無意味なことを書いてしまいました。
明日から少しまた書き出します。

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2009/01/01

■生命を支えているのは「希望」と「信念」

今年最初のブログ記事は、挽歌編と時評編の統合版です。

E.フロムは「希望の革命」の中で、こう書いています。

希望が失われたら、生命は事実上あるいは潜在的に終りを告げたことになる。
希望は生命の構造および人間精神の力学の本質的要素なのだ。
それは生命の構造のもう一つの要素、すなわち信念と密接に結びついている。
それはまだ証明されていないものを信じることである。 
「まだ証明されていないものを信じること」
これは私の信条の一つでもあります。
だとしたら、希望は私の生活信条の一つだったはずです。

節子を送ってから、私の心身から「希望」が抜け出してしまっていました。
昨年の前半までは、希望の抜けた存在だったのかもしれません。
フロムに言わせたら、生命の抜け殻です。
希望ももたない抜け殻に、果たして時評する資格があるのか、これは大きな疑問です。
そして、時評している自分の中に、希望があることに気づいたのです。
社会との関わりのなかで、見えなくなっていた自分が少し見えてきました。
心身に「希望」が戻ってきたのは、昨年の11月頃からです。

ホームページの「新しい年のはじまりに」にも書きましたが、
今年を再び「希望の年」としました。
節子との別れを体験した2年前と同じです。
その時もそうでしたが、「希望」を見失っていたからこそ、「希望」にこだわりました。
しかし、「希望」とはなにかについての何も考えていなかったのが2年前です。
すでに、その時には私の思考力は極度に萎えていたのです。

フロムは同じ本で、カフカの『審判』の中に出てくる挿話を紹介しています。
有名な挿話なので、ご存知の方も多いと思いますが、概略を引用させてもらいます。

ある男が天国に入る門の所へやってきて、入れてほしいと門番に頼みました。
門番は、今はだめだと言います。
男は許可があるまで待ったほうがいいだろうと思い、待つことにします。
しかし門番はなかなか許可を出してくれません。
男は坐って何日も何年も待ちつづけます。
門はいつも開かれているのですが、門番に頼んでもいつもまだだめだと言われるのです。
この長い年月の問、男はほとんど絶え間なしに門番を観察し、ついには毛皮の襟についた蚤までわかるようになります。
それでも門番は許可をくれません。
とうとう彼は年をとって死にそうになってしまいます。
諦めた彼は門番にたずねます。
「こんなに長い間に、私のほかに誰も入れてくれと言ってこなかったのは、どうしてですか」。門番は答えます。
「お前のほかには誰もこの門から入ることはできないんだ。この門はお前の門と決まっていたんだからね。さあ、そろそろ閉めるとするか」 
もしこの挿話を2年前に思い出していたら、節子を守ってやれたかもしれません。
自分の愚かさをいくら悔やんでも悔やみきれませんが、節子への懺悔も含めて、今年は「希望」を心にしっかりと刻んでいこうと思っています。

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2008/12/30

■「やさしさ」と「つめたさ」

今年も余すところ1日です。
私にとってだけでなく、今年はさまざまなことがクロスし、
状況が大きく変わっていく「せめぎ合い」の年だったように思います。

このブログの時評編では、社会が壊れてきていると何回も書きました。
しかし、それは新しい社会のはじまりなのかもしれません。
派遣切り問題から広がりだした、支え合いの輪は実に感動的です。
世界が変わりだしたようなイメージさえあります。

私が会社を辞めたのは1984年、平成元年です。
会社を辞めて、独りで活動を開始して体感したのは、時代が大きく変わりだそうとしている風でした。
その頃の年賀状に、よく「地殻変動の予感」とか「地殻変動の確信」とか書いていたことを思い出します。
しかし残念ながら1990年代の後半になるにつれ、その地殻変動の動きは変質してしまいました。
以前の延長に戻りだしたのです。
社会が壊れだすような感じでした。
そしてその流れから見ると、社会はまさにかなり壊れてしまったように思います。

ところがそうした壊れだした社会の中から新しい動きが出始めているのを、最近また感じられるようになりました。
それは社会現象からだけではなく、私自身の少し特殊な体験からも、です。
いや、それがあればこそ、その変化を心から実感できるのかもしれません。

挽歌編で書いていますが、私は昨年、妻を亡くしました。
私にとっては思ってもいなかった体験であり、いまだその事実を受け入れられない状況にあります。
しかし、そのことを通して、人の「やさしさ」や「いのちのつながり」を深く実感させてもらいました。
世界はなんと「やさしさ」で満ち満ちているのかということに改めて感激しました。

一昨日、こんなメールが来ました。

佐藤さんにお元気になっていただきたいと願って居ましたら、いつのまにか私のほうがはげまされている状態でした。
この方は、相談と称して何回も湯島に来てくれました。
その相談の内容がよくわからなかったので、いささかの苛立ちさえ感じていたのですが、
彼女は私を励ましに来てくださっていたのです。
なんと鈍感なことでしょうか。
恥ずかしい話です。

「鈍感さ」とは正反対に、最近、人の「情」に関する「ひがみっぽさ」は敏感になっていました。
自分でもいささか嫌悪したくなるほど、「言葉」に過剰に反応し、人への不信感をもったこともあります。
しかし、みんなそれぞれの事情を抱えていることを思いやる余裕が最近ようやく戻ってきました。
結局、不信感は自らの気持ちの現われでしかありません。
世界は自分のこころの鏡像なのです。

マスコミ報道でみると、社会の冷たさのニュースが多すぎて、いささか気持ちが沈みます。
しかし、もしかしたら、実はさまざまな「あたたかなエピソード」がたくさんあるのではないかと思うのです。
私自身がそうだからですが、これはなにも私のまわりに限ったことではないでしょう。
その証拠が、派遣切り問題から始まった支え合いの輪の広がりです。
自分の心が変われば、世界は違った様相を見せてくれるかもしれません。

年末に友人から教えてもらった、サティシュ・クマールの「君あり、故に我あり」を読みました。
「インド思想が説く平和をめざす新原理」と本の帯に書いてあります。
書かれていることのすべてに共感しました。
ガンジーに対する私自身の偏狭な見方も反省させられました。
この歳になって、やっと自らの卑しさを思い知らされるのは辛いことですが、
もっと「やさしさ」をもって、社会を見ることにしたいと思います。
まず自らのうちにある「つめたさ」を克服しなければ、社会の「あたたか」に気づくことはないでしょう。
サティシュはこう書いています。

「人は平和であるとき、平和を発散するのだ」
最近、やっとこの意味がわかってきました。

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2008/11/29

■支え合いサロンの報告

先日、このブログでご案内した「支えあう生き方を考える気楽なサロン」の報告です。
参加者は私を別にして8人でした。
このブログを見て参加して下さった方が3人いました。
その一人が、男前に生きているdaxさんでした。
daxさんの話が面白く、それにdaxさんはどうも話好きなので、なかなか終われませんでした。

今回の気づきは、ヤクザの世界はまさに「結い」「支え合い」の世界だということです。
そもそも組織の原型は「支え合い仲間」だと思っている私としては、なぜもっとヤクザ組織に関心を持たなかったのだろうと反省したほどでした。
しかし、ヤクザの世界には「血」が出てくるので、気の弱い私は、そこから学ぶ前に失神しそうで、あんまり学びたくはないのですが。

最近の暴力団の世界は企業に似てきていますが、その企業にしても、30年ほど前までは「支え合い仲間」的要素がかなりありました。
dax さんは、いまは福祉の世界で働いていますが、それはとても納得できます。
「福祉」の世界も結いや支え合いの世界だからです。
ヤクザの世界と福祉の世界は同じだったのです。

同じだった、と過去形で書きましたが、福祉の世界も最近はお金の世界へと変質しつつあるように思います。
ヤクザの世界も企業の世界も、福祉の世界も、みんな足並みをそろえて、お金の世界になってしまっているのです。
宗教の世界も、医師の世界も、教育の世界も、スポーツの世界も、芸術の世界もそうです。
まあ、そうしたところが先鞭をつけたというべきでしょうが。
もちろん政治の世界がそうであることは言うまでもありません。

daxさんは、お金の世界になってしまったヤクザの世界にはいられないよとやめてしまったのですが、残念ながら、そうした純粋の志を持っている人にとっては、どこもかしこも生きにくくなっているのです。
だからといって、生きないわけにはいきません。
時勢に抗いながら生きるのもまた、「男前」です。
daxさんは、青木が原樹海に向かったことがあったそうですが、「男前」に生きるのであれば、そんな選択肢はありません。

なんだかサロンの報告にはなっていませんね。
すみません。

このサロンを思い立ったのは、実はITベンチャーの経営者からの相談を受けたのがきっかけです。
お金中心の世界から抜け出ないと、本当に「いい仕事」などできませんし、「大きな福祉」など実現できません。
抜け出るためには、やはり表情ある個人のつながりとそこから自然と育ってくる「支え合い」だと思ったのです。
支え合いサロンの第1回は、まさにそうした話題からスタートしました。
その意味では、私にとっては、とてもいいスタートでした。
参加者の皆さんがそう思ったかどうかは分かりませんが。

サロンでは、とても大事な話もいろいろと出ました。
支えあうの「あう」が大事だ
支える時の距離感が大事だなどなど。
でもまあ、そんなことを断片的に書いても無意味でしょう。

dax さんが「不思議な集まりだ」といいました。
ギタリストの宮内さんは「なんだかみんな以前会ったような気がする」といいました。
ほとんどが初対面なのに、不思議なつながりを感ずる場になりました。
支えあいの始まりは、つながりなのです。

さてこのサロンはこれからどう発展していくのでしょうか。
次回は12月17日に予定です。
案内は私のホームページ(CWSコモンズ)のお知らせのコーナーで毎回ご案内しますが、毎月、原則として第3水曜日の夜です。
気が向いたら遊びに来てください。

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2008/11/07

■支え合う生き方を考える気楽なサロンへのお誘い

今日はある集まりへのお誘いです。

私が取り組んでいる活動の一つに、コムケア活動というのがあります。
みんなが気持ちよく暮らしていける社会に向けて、表情のある人のつながりを育てていこうという活動です。
その活動の一つとして、「支え合う生き方を考える気楽なサロン」をスタートさせることにしました。

「支え合う生き方を考える」。
なんだか大きなテーマで、うっとうしいなと思う方もいるかもしれません。
でもそんなのではないのです。

このブログでも書きましたが、
先日、ベンチャー企業の経営者と話していたら、
企業を元気にするには従業員が支えあう関係を創ることが大切だが、
そのためには、みんながお互いに周りの人のことをちょっと気にして、
時に声を掛け合ったりするようにすることから始まるのですね、
と話してくれました。

「支え合う」というと何か大変なことを引き受けてしまうように思うかもしれませんが、ここでいう「支え合う生き方」とは、まずはちょっと気にして声を掛け合うということなのです。
自分一人でがんばりすぎないということでもあります。

今回のサロンを皮切りに、これから毎月1回、気楽な集まりを行っていこうと思います。
お互いの体験談を話し合ったり、
日本に昔からあった支え合いの文化をテーマにしたり、
こんなことができるといいなと言うような夢を語り合ったり、
時には自分の困っていることを出し合ったり、
ともかくまずは、参加者のつながりを育てていくことから始めたいと思っています。

コムケア活動の理念は「表情のある人のつながり」です。
そしてビジョンは「新しい結い(支え合いの関係)」づくりです。
そんなことも少しは意識していきたいと思いますが、
ともかく最初は「気楽な話し合い」です。
そこに参加しただけで、ホッとできるようなサロンになればいいなと思います。
よかったら参加してください。

■日時:2008年11月26日(水曜日)午後7時から9時
6時には私は会場にいますので、はやめにきてもらっても大丈夫です。
そして、出入り自由です。
■場所:コンセプトワークショップ湯島オフィス(千代田線湯島駅の近く)
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map3.mht
■会費:500円
■内容:今回は参加者の自己紹介とこれからの進め方を話し合う予定。
■参加申込および問合せ先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)
申込がなくても当日突然の参加も大歓迎です。

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2008/11/06

■ゾーエの生命的規範とビオスの社会的規範

このブログは、ゾーエの立場での挽歌とビオスの立場での時評とから成り立っています。
しかもそれらを峻別するのではなく、できるだけ近づけようと考えていますので、独断的な時評になり、理念的な挽歌になったりしています。
また、このブログは「読む人」のことをあまり意識せずに、「書く」ためのブログでもありますので、冗長です。

いうまでもなく、ゾーエにもビオスにも生きるための規範があります。
生命的規範と社会的規範といってもいいかもしれません。
前者はゾーエとしての生を守るための、つまり「生きるための規範」ですが、
後者はビオスとして「生きやすくするための規範」です。
いずれも生きるためのエネルギーを縮減するためのものですが、生
命が絶たれるような毒物は飲まないという生命的規範を破れば、まさに生きてはいけません。
しかし「法律には違反しない」とか「お上には逆らわない」というような社会的規範は、破ったところで生きていけますし、その規範は時代によっても権力者によっても変化します。

言い方を変えれば、社会的規範を吟味すれば、その社会の権力者が誰かが見えてくるはずです。
西部劇で、「オレがこの町の法だ」などというセリフが出てきますが、
あれは決して開拓途上の西部の話ではありません。
そもそも「法律」とはそういうものですから、国家、つまり法律の制定者が行う行為は犯罪にはなりません。
その最大の例が、戦争における殺人行為です。

社会的規範が有効なのは、それが正しいからではありません。
みんなが守っているからです。
交通信号を守ることの規範性を思い出せばいいでしょう。
社会的規範は、みんなが守るから規範性を高め、みんなが守るようになるわけです。
つまり、社会的規範とは本来、価値や生命とは別の論理で成り立っているのです。
そこにこそ、社会的規範の落とし穴があります。
社会的規範の概念が、近代社会を実現させたともいえますが、
その広がりの中で、本質的な価値に基づいて構築されていた生命的規範が次第に忘れられてしまう恐れがあります。

ややこしい話を書いてしまいましたが、
実はこのことが昨今の経済不況や政治の混乱などの背後にあるような気がしています。
実体経済の呪縛を飛び出した金融経済、
国民の生活の豊かさを犠牲にする権力政治、
そこには、「規範が規範を生む」ような、おかしな状況が感じられます。

このブログを通して、生命的規範に立脚して、社会的規範を相対化するとともに、
社会的規範を踏まえながら生命的規範を考えていければと、私は思っています。

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■ビオスによる時評とゾーエによる挽歌

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2008/08/09

■オープンサロンの報告

ブログ読者のオフ会を意識して、サロンをご案内しました
まだお会いしたことのない読者の方に、もしかしたらお会いできるかと思っていましたが、
残念ながらお会いできませんでした。
時評と挽歌の混在しているブログですから、もしかしたらそれぞれが引いてしまったのかもしれません。
来てくださったのは面識ある人だけでしたが、私の性格をしっていれば参加しやすいのでしょうが、ブログだけ読んでいると、ちょっと危ない人のように感じるかもしれません。
それにブログは、お互いに知らなければこそ気楽に読者や書き手になれるのかもしれません。
そこを何とか破りたいと思ったりもしたのですが、今回はだめでした。
サロン自体は、私にはとても面白かったのですが、ひそかに期待していた読者との出会いは適いませんでした。
もっとも来てくださった人の中には、えっ!ブログを読んでるの、という人もいたので、発見はありました。

これに懲りずに、今度は「挽歌編読者サロン」をやってみようと思います。

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2008/05/07

■節子への挽歌248:時評と挽歌、愛と怒り

このブログには異質の2つの流れがあります。
時評と挽歌です。
私は毎日、この2つを書くようにしていますが、読む人はきっと混乱するでしょう。
時評と挽歌という、全く質の異なる文章がほぼ交互に出てくるからです。
しかし、時評と挽歌が混在していることを、このブログの特徴にしています。
その理由は以前、ゾーエとビオスという言葉を使って説明しました

いつも読んでくださっているSKさんが思ってもいなかったコメントを送ってきてくれました。

佐藤さんの社会への怒りは、奥様への深い愛に基づいているのだということが、なんと
なく感じられるようになってきました。
SKさんは、私も節子も良く知っている人です。
このメールをもらって、少し考え込んでしまいました。
そこでSKさんにどういう意味ですかと訊いてしまいました。

SKさんから返事が来ました。

ダライラマは「愛と思いやりがあればこそ、私たちは社会的な不正に怒りを持つ」と言っておられます。奥様への愛が、奥様と共に不正な社会への怒りとして発露しているように思うのです。佐藤さんの生を支えているのは、奥様の愛であり、奥様への愛が、佐藤さんを支えているように思います。
私には過分な評価ですが、私が感じていたことを整理させてもらった気がしました。
時評と挽歌は、怒りと愛を分担していたのです。
実は時評編を書く時、いつも節子(妻)のことを思い出しながら書きます。
特に「怒り」の時には、彼女と共有していることを確認しながら書くことが多いです。
ここで書かれていることの多くは、私だけの怒りではなく、私以上に庶民だった節子の怒りでもあります。
節子は、いつも「修は怒りやすい」とたしなめていましたが、私は怒りがこみ上げてくるとなかなか止められないところがあります。
節子がいなくなったいま、節子の言葉を噛みしめるようにしています。
そのおかげで自制力が高まったねと娘たちからも言われるようになりましたが、それでも時々失敗します。
このブログでも失言は繰り返されていることでしょう。

怒りと愛は、たしかにコインの裏表です。
最近のジャーナリズムに、怒りがなくなったのは「愛」がなくなったからなのでしょうか。
この連休、私がやったことは辺見庸さんの著作を読みはじめたことだけです。
友人が、私のブログに書いてあるのと同じような文章が辺見さんの本に書かれている、まさか剽窃(もちろん私がです)しているんじゃないだろうねと電話してきたのが契機です。
読んだことのない他人の文章を剽窃するのは難しいでしょうが、文章の断片に触れていて、それが私の文章にでてくることはありえない話ではありません。
辺見さんの本は、これまで1冊しか読んでいなかったのですが、今回他の本を読み始めて、この人の凄さには圧倒されました。
あまりにも共感できる文章が多いのです。
残念ながらまだ私と同じ文章には出会っていませんが、辺見さんの文章で触発されたり、私の怒りが高まったりすることが実に多いのです。
まさにいま何かを書いたら、辺見さんの思いの剽窃になりそうです。

しかし、辺見さんの怒りは私のそれとは違い、説得力があります。愛の深さを感じます。
辺見さんは離婚しています。
にもかかわらず、どうしてこれほどの愛をもてるのでしょうか。
いささか無意味な疑問でしょうが、そう思わずにはいられません。

今回は挽歌編と時評編の統合編です。

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2008/02/08

■私の生き方

バタイユという変わり者の思想家が、ある本でこう書いているそうです。
「私は、悪意のある人にはほとんど語りかけておらず、そうではない人たちに私のことを見抜いてくれるように求めているのである。友愛の目さえ持っていれば、かなり遠くまで見ることができる。私は説教師の本を書いているのではない」

何だかトゲのある文章ですが、とても共感できます。
私は本を読むときに、自分が共感できるところだけを理解しているような気がします。
本は自分の中にある思いを具現化したり気付かせたりするだけのものなのかもしれません。
集合的無意識の世界で、人の知識や情報はすべてつながっているとしたら、そう考えてもおかしくはありません。

このブログの内容はかなり独断的であるばかりか、論理的にも破綻していることが多いと思います。
ですから、論理的な説明や、現実的な可能性を問われると応えられないのです。
時々、メールや電話をいただきますし、ブログへのコメントももらいますが、しっかりした質問に答えられないこともあります。
困ったものです。

昨日、こんなコメントをもらいました。
そこにも簡単に答えましたが、とても重要な問題なので、あえてここでも書かせてもらうことにしました。

>その発想は、どうすれば実現できるのでしょうか?
>正直に言って、全くの机上の空論としか思えないのですが…。

ご指摘のように、このブログで書いてあることのほとんどが机上論なのです。
ただあえていえば、そのほとんどが私の生活にはつながっているのです。
ですから私には「空論」ではなく、「実論」なのです。
そして、その発想を実現するのは「自分サイズ」で考えると簡単なことなのです。
「やればいい」のですから。
一挙にはできないとしても、その方向に向かって一歩踏み出せばいいのです。

「空論」と思う人には、それは確かに「空論」です。
しかし「空論」であろうとやってみようかと思う人も、いるかもしれません。
そうして歴史は変わってきた、と私は思っています。
歴史は変えるものではなく、変わるものかもしれません。

私の好きな西部劇に「荒野の7人」という映画がありますが、そのなかでスティーブ・マックィーン扮するヴィンが、こんな話をします。
裸でサボテンに抱きついた男がいる。なんでそんなことをしたのかと訊いたら、その時はそれが良いことだと思ったんだ、と答えた。
大学生の頃から、このせりふが好きでした。

良いと思ったことに向かって少しずつ生活を変えていくことは誰にでもできるはずです。「少しずつ」というところがみそですが。
それがみんなに広がるかどうかは分かりませんが、100匹目のサルという話もあります。
10年では実現不可能でも、100年では実現できるかもしれません。

要は、できるかどうかではなく、やるかどうか、です。
それも、「やらなければいけないかどうか」のではなく、「やりたいかどうか」です。
それが私の生き方でした。そして今もそれをできるだけ大事にしています。

開き直ったようで、すみません。

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